(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151473
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】エマルジョン組成物及び積層フィルム
(51)【国際特許分類】
C09D 127/08 20060101AFI20220929BHJP
C09D 7/65 20180101ALI20220929BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20220929BHJP
C09D 5/02 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C09D127/08
C09D7/65
C09D7/63
C09D5/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021093105
(22)【出願日】2021-06-02
(31)【優先権主張番号】P 2021050680
(32)【優先日】2021-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100207756
【弁理士】
【氏名又は名称】田口 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100129746
【弁理士】
【氏名又は名称】虎山 滋郎
(72)【発明者】
【氏名】光田 祥貢
【テーマコード(参考)】
4J038
【Fターム(参考)】
4J038BA022
4J038CD081
4J038MA10
4J038MA14
4J038NA08
4J038PC08
(57)【要約】 (修正有)
【課題】水蒸気バリア性を向上することができるエマルジョン組成物、及び水蒸気バリア性の良好な積層フィルムを提供する。
【解決手段】ポリ塩化ビニリデン系樹脂及びカチオン性官能基を有するナノセルロースを含有する、エマルジョン組成物である。好ましくは、前記ナノセルロースのゼータ電位が-25mV以上であり、前記カチオン性官能基が窒素原子を有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ塩化ビニリデン系樹脂及びカチオン性官能基を有するナノセルロースを含有する、エマルジョン組成物。
【請求項2】
前記ナノセルロースのゼータ電位が-25mV以上である、請求項1に記載のエマルジョン組成物。
【請求項3】
前記カチオン性官能基が窒素原子を有する、請求項1又は2に記載のエマルジョン組成物。
【請求項4】
前記ポリ塩化ビニリデン系樹脂100質量部に対し、前記ナノセルロースを1質量部未満含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載のエマルジョン組成物。
【請求項5】
固形分濃度が30~65質量%である、請求項1~4のいずれか1項に記載のエマルジョン組成物。
【請求項6】
さらにカチオン性界面活性剤を含有する、請求項1~5のいずれか1項に記載のエマルジョン組成物。
【請求項7】
前記カチオン性界面活性剤がアルキルトリメチルアンモニウム塩又はアルケニルトリメチルアンモニウム塩である、請求項6に記載のエマルジョン組成物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載のエマルジョン組成物からなるバリア層と、基材とを備える積層フィルム。
【請求項9】
前記バリア層の厚み1μmあたりの水蒸気透過度が8.5g/m2・day以下である、請求項8に記載の積層フィルム。
【請求項10】
前記バリア層の厚みが0.1~1000μmである、請求項8又は9に記載の積層フィルム。
【請求項11】
前記バリア層と基材との厚み比(バリア層の厚み/基材の厚み)が、0.01~10である、請求項8~10のいずれか1項に記載の積層フィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エマルジョン組成物及び積層フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ塩化ビニリデン系(PVDC)樹脂は、高い水蒸気バリア性を有するコーティング材料として用いられている。PVDCのさらなる水蒸気バリア性向上のため、無機又は有機フィラーの添加が検討されている。
例えば、非特許文献1には、PVDCを有機溶剤に溶解させ、酸化グラフェンとセルロースナノクリスタルを添加したバリアフィルムが示されている。しかし、食品や薬品包装用途に用いられるPVDCコートフィルムの製造には、乳化重合によって合成されたPVDC樹脂エマルジョン系コーティング剤が用いられており、PVDCを有機溶剤に溶解させたコーティング剤は工業的に有用とは言いがたい。
そこで、PVDC樹脂エマルジョンにクレイなどの無機フィラーを添加する検討がなされている(非特許文献2)。
【0003】
また、近年、天然由来の再生可能な材料としてセルロースが注目されており、樹脂の機械特性改善や、バリア性などの化学特性改善のための添加剤として検討がなされている。
例えば、特許文献1では、ミクロフィブリル化セルロースとポリマーを含む分散液コーティングが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Jinhwa Youら, Carbon, 2020, 165, 18-25
【非特許文献2】新免 正史ら, セラミックス基礎科学討論会講演要旨集, 2019, 57, 139
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、PVDCにフィラーを添加したエマルジョンでは、フィラー同士が凝集を起こし、水蒸気バリア性が低下する場合があった。
そこで、本発明は、水蒸気バリア性を良好にできるエマルジョン組成物、及び水蒸気バリア性の良好な積層フィルムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の態様を有する。
[1]ポリ塩化ビニリデン系樹脂及びカチオン性官能基を有するナノセルロースを含有する、エマルジョン組成物。
[2]前記ナノセルロースのゼータ電位が-25mV以上である、上記[1]に記載のエマルジョン組成物。
[3]前記カチオン性官能基が窒素原子を有する、上記[1]又は[2]に記載のエマルジョン組成物。
[4]前記ポリ塩化ビニリデン系樹脂100質量部に対し、前記ナノセルロースを1質量部未満含有する、上記[1]~[3]のいずれかに記載のエマルジョン組成物。
[5]固形分濃度が30~65質量%である、上記[1]~[4]のいずれかに記載のエマルジョン組成物。
[6]さらにカチオン性界面活性剤を含有する、上記[1]~[5]のいずれかに記載のエマルジョン組成物。
[7]前記カチオン性界面活性剤がアルキルトリメチルアンモニウム塩又はアルケニルトリメチルアンモニウム塩である、上記[6]に記載のエマルジョン組成物。
[8]上記[1]~[7]のいずれかに記載のエマルジョン組成物からなるバリア層と、基材とを備える積層フィルム。
[9]前記バリア層の厚み1μmあたりの水蒸気透過度が8.5g/m2・day以下である、上記[8]に記載の積層フィルム。
[10]前記バリア層の厚みが0.1~1000μmである、上記[8]又は[9]に記載の積層フィルム。
[11]前記バリア層と基材との厚み比(バリア層の厚み/基材の厚み)が、0.01~10である、[8]~[10]のいずれかに記載の積層フィルム。
【発明の効果】
【0008】
本発明のエマルジョン組成物は、組成物中のフィラーの凝集が起こりにくい。そのため、当該組成物により得られる膜は水蒸気バリア性が良好であり、また、当該組成物を基材と積層することで、水蒸気バリア性が良好な積層フィルムが得られる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<本発明の概要>
本発明のエマルジョン組成物は、ポリ塩化ビニリデン系樹脂及びカチオン性官能基を有するナノセルロースを含有する。
ナノセルロースは、セルロースを機械的処理又は化学的処理によってナノレベルまで解砕することで得られる。化学的処理による解砕として、例えば2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)を触媒に用いた酸化処理や、硫酸を用いた加水分解が一般的であり、これらの手法から得られるナノセルロースはカルボキシル基や硫酸エステル基などのアニオン性官能基を有する。
一方、ポリ塩化ビニリデン系樹脂エマルジョンもアニオン性界面活性剤で乳化されたものが一般的である。ナノセルロースをポリ塩化ビニリデン系樹脂エマルジョンに配合させると、アニオン性官能基が静電反発を起こし液中では凝集することがないが、塗布乾燥工程で水分が揮発し静電反発が失われるとナノセルロース同士が水素結合を形成し凝集を起こす。ナノセルロースが凝集した状態では、コート層内を水蒸気などのガスが通りやすくなってしまうため、良好な水蒸気バリア性を得られなかった。
そこで、本発明では、ナノセルロースにカチオン性官能基を導入することで、ポリ塩化ビニリデン系樹脂との静電反発を抑え、ナノセルロース同士の凝集を防ぐことによって、得られる膜の水蒸気バリア性を高めることができることを見出した。
【0010】
<エマルジョン組成物>
以下、本発明のエマルジョン組成物を構成する成分について説明する。
【0011】
1.ポリ塩化ビニリデン系樹脂
ポリ塩化ビニリデン系樹脂は、構成単位として、塩化ビニリデン単量体を主に含有するものであれば特に限定されず、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)であってもよいし、塩化ビニリデンと、塩化ビニリデンと共重合可能な単量体との共重合体であってもよい。
上記共重合体としては、塩化ビニリデンの含有割合が60質量%以上100質量%未満であり、塩化ビニリデンと共重合可能な単量体の含有割合が0質量%を超えて40質量%以下である共重合体を例示することができる。塩化ビニリデンと共重合可能な単量体としては、例えば、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸グリシジル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシルなどの(メタ)アクリル酸の炭素数1~18のアルキルエステルまたはシクロアルキルエステル、(メタ)アクリル酸メトキシブチルなどの(メタ)アクリル酸の炭素数2~18のアルコキシアルキルエステル、(メタ)アクリル酸、無水マレイン酸などのカルボキシル基を有するエチレン系α,β-不飽和カルボン酸およびその塩、(メタ)アクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド等の不飽和アミド化合物、(メタ)アクリロニトリル等のニトリル基含有単量体、(メタ)アクリル酸-2-ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸-2-ヒドロキシプロピル等の(メタ)アクリル酸の炭素数2~8のヒドロキシアルキルエステル、ポリオキシエチレンモノ(メタ)アクリレート等の水酸基含有単量体、スチレン、α-メチルスチレン、塩化ビニル、エチレン、プロピレン、ブタジエン、イソブチレン、酢酸ビニル等のその他の重合性不飽和単量体等から選択される1種または2種以上を挙げることができる。
ポリ塩化ビニリデン系樹脂エマルジョンとしては、市販品を用いてもよい。市販品としては、例えば旭化成株式会社製のサランラテックス(登録商標)シリーズ等を好ましく使用することができる。
【0012】
2.ナノセルロース
本発明のナノセルロースとしては、例えば長い繊維状のセルロースナノファイバー(CNF)や、高結晶性であるセルロースナノクリスタル(CNC)が挙げられる。中でも、添加によってエマルジョンの粘性を大きく変化させることなく組成物の調製が可能であり、高結晶性のためガスバリア性に優れるCNCが好適に用いられる。
【0013】
(カチオン性官能基)
本発明のナノセルロースは、カチオン性官能基を有する。カチオン性官能基を有することで、ポリ塩化ビニリデン系樹脂との静電反発が抑えられ、ナノセルロース同士が凝集しにくくなり、得られる膜の水蒸気バリア性が良好となる。
カチオン性官能基とは、特に限定されないが、周期表第15族の原子を含み、その原子がオニウムカチオン構造を形成したカチオン性官能基であることが好ましい。また、ナノセルロース同士の凝集を防ぐ観点から、カチオン性官能基は窒素原子を有することが好ましく、窒素原子がオニウムカチオン構造を形成したカチオン性官能基であることがより好ましい。具体的には、アンモニウム基;メチルアンモニウム基、ブチルアンモニウム基、シクロヘキシルアンモニウム基、アニリニウム基、ベンジルアンモニウム基、エタノールアンモニウム基等のモノ置換アンモニウム基;ジメチルアンモニウム基、ジエチルアンモニウム基、ジブチルアンモニウム基、ノニルフェニルアンモニウム基等のジ置換アンモニウム基;トリメチルアンモニウム基、トリエチルアンモニウム基、n-ブチルジメチルアンモニウム基、ラウリルジメチルアンモニウム基、セチルジメチルアンモニウム基、ステアリルジメチルアンモニウム基、トリブチルアンモニウム基、トリエタノールアンモニウム基、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム基、トリ(2-エトキシエチル)アンモニウム基等のトリ置換アンモニウム基;ピペリジニウム基、1-ピロリジニウム基、イミダゾリウム基、1-メチルイミダゾリウム基、1-エチルイミダゾリウム基、ベンズイミダゾリウム基、ピロリウム基、1-メチルピロリウム基、オキサゾリウム基、ベンズオキサゾリウム基、ピラゾリウム基、イソオキサゾリウム基、ピリジニウム基、2,6-ジメチルピリジニウム基、ピラジニウム基、ピリミジニウム基、ピリダジニウム基、トリアジニウム基、N,N-ジメチルアニリニウム基、キノリニウム基、イソキノリニウム基、インドリニウム基、キノキサリウム基、イソキノキサリウム基等のカチオン性の窒素原子を含有する複素環を含んでなる基、トリフェニルホスホニウム基、トリブチルホスホニウム基等のカチオン性のリン原子を含んでなる官能基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。中でも、水分散性およびバリア性発現の理由から、アンモニウム基、ジメチルアンモニウム基、トリメチルアンモニウム基などが好ましい。
窒素原子の含有量は、ナノセルロース同士の凝集を防ぐ観点から、カチオン性官能基を有するナノセルロース中の含有量として、0.1~1.5質量%の範囲であることが好ましく、0.2~1.2質量%の範囲であることがさらに好ましい。
なお、ナノセルロース中の窒素原子の含有量は、微量全窒素分析装置で測定できる。
【0014】
(ゼータ電位(ZP))
ナノセルロースのゼータ電位(ZP)は、ポリ塩化ビニリデン系樹脂との静電反発を抑え、ナノセルロース同士の乾燥時の凝集を防ぐ観点から、-25mV以上が好ましく、-20mV以上がより好ましい。上限は特に限定されないが、60mV以下が好ましく、40mV以下がより好ましい。
なお、本発明におけるナノセルロースのゼータ電位(ZP)は、ナノセルロース0.5質量%を水に分散させてpH6.5で測定した値である。測定時のpHの調整は、塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液を用いて行うことが好ましい。
【0015】
(カチオン性官能基を有するナノセルロースの製造方法)
本発明のカチオン性官能基を有するナノセルロースの製造方法は、特に限定されるものでないが、例えば非特許文献3(Merima Hasaniら, Soft Matter, 2008, 4, 2238-2244)、非特許文献4(Yulia Bespalovaら,Journal of Applied Polymer Science, 2017, 134, 44789-44795)、非特許文献5(Juntao Tangら, Biomacromolecules, 2014, 15, 3052-3060)に記載の方法によって製造される。非特許文献3には、セルロースナノクリスタルにグリシジルトリメチルアンモニウムクロリドを反応させることでカチオン性官能基を有するナノセルロースを得るための方法が示されている。非特許文献4には、セルロースナノクリスタルにN,N-ジメチルセチルアミンを反応させることでカチオン性官能基を有するナノセルロースを得るための方法が示されている。また、非特許文献5には、セルロースナノクリスタルに側鎖にアミノ基を有するアクリレートをグラフト重合させることでカチオン性官能基を有するナノセルロースを得るための方法が示されている。
【0016】
3.添加剤
本発明のエマルジョン組成物は、添加剤としてカチオン性界面活性剤を含有することが好ましい。
カチオン性界面活性剤は、ナノセルロースのアニオン性基(硫酸エステル基など)とイオン結合することによって、ナノセルロースのカチオン性を高める。このことによって、ナノセルロースはポリ塩化ビニリデン系樹脂に吸着しやすくなり、またナノセルロース同士の凝集をより抑えることができる。
カチオン性界面活性剤としては、アルキル又はアルケニルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキル又はアルケニルジメチルアンモニウム塩、アルキル又はアルケニル四級アンモニウム塩、エーテル基或いはエステル基或いはアミド基を含有するモノ或いはジアルキル又はアルケニル四級アンモニウム塩、アルキル又はアルケニルピリジニウム塩、アルキル又はアルケニルジメチルベンジルアンモニウム塩、アルキル又はアルケニルイソキノリニウム塩、ジアルキル又はアルケニルモルホニウム塩、ポリオキシエチレンアルキル又はアルケニルアミン塩、アルキル又はアルケニルアミン塩、ポリアミン脂肪酸誘導体、アミルアルコール脂肪酸誘導体、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム等が挙げられる。中でも、エマルジョンの安定性の観点からアルキルトリメチルアンモニウム塩又はアルケニルトリメチルアンモニウム塩が好ましい。
【0017】
本発明で好適に用いられるアルキルトリメチルアンモニウム塩又はアルケニルトリメチルアンモニウム塩のアルキル基及びアルケニル基の炭素数については、本発明の効果を奏する範囲であれば、特に限定されないが、炭素数10~24であることが好ましく、炭素数12~20であることがさらに好ましい。炭素数がこの範囲であると、上述の効果を発揮しやすい。
【0018】
カチオン性界面活性剤の添加量は、ナノセルロースに含まれるアニオン性官能基のモル数と当量かそれ以上添加することが好ましい。カチオン性界面活性剤の添加量は、ナノセルロース100質量部に対して1質量部以上50質量部以下が好ましく、2質量部以上30質量部以下がより好ましく、5質量部以上20質量部以下がさらに好ましい。
カチオン性界面活性剤の添加量が上記下限値以上であることで、ナノセルロースの凝集を抑えられる。一方、カチオン性界面活性剤の添加量が上記上限値以下であることで、エマルジョンの安定性が良好となる。
【0019】
また、本発明のエマルジョン組成物は、乳化安定性を高める観点でアニオン性界面活性剤を含有してもよく、さらにノニオン性界面活性剤を含有してもよい。アニオン性界面活性剤及びノニオン性界面活性剤は特に限定されず、公知のものを使用できる。
【0020】
本発明のエマルジョン組成物は、セルロースのゼータ電位に応じて、界面活性剤の種類を選択することができる。例えば、ナノセルロースのゼータ電位(ZP)が大きい場合は、カチオン性界面活性剤を含まなくてもよいが、ナノセルロースのゼータ電位(ZP)が小さい場合は、ナノセルロース同士の凝集を抑えるために、カチオン性界面活性剤を含むことが好ましい。
上記の観点から、本発明の第一の好ましい形態は、ポリ塩化ビニリデン系樹脂及びカチオン性官能基を有するナノセルロースを含有し、当該ナノセルロースのゼータ電位が+5mV以上である、エマルジョン組成物である。当該ゼータ電位は+7mV以上がより好ましく、+10mV以上がさらに好ましい。上限は特に限定されず、例えば60mV以下であることが好ましい。
また、本発明の第二の好ましい形態は、ポリ塩化ビニリデン系樹脂、カチオン性官能基を有するナノセルロース及びカチオン性界面活性剤を含有し、当該ナノセルロースのゼータ電位が-25mV以上である、エマルジョン組成物である。当該ゼータ電位は+10mV未満がより好ましく、+5mV未満がさらに好ましい。
【0021】
4.各成分の含有量
ナノセルロースの含有量は、ポリ塩化ビニリデン系樹脂100質量部に対して1質量部未満であることが好ましく、0.9質量部以下がより好ましく、0.8質量部以下がさらに好ましく、0.6質量部以下がよりさらに好ましい。ナノセルロースの含有量が1質量部未満であることで、ポリ塩化ビニリデン樹脂との適度な相互作用が発生し、エマルジョン中での凝集を起こしにくくなる。
ナノセルロースの含有量の下限値については、ナノセルロースを含有していればよく、特に限定されないが、0.01質量部以上であることで、ナノセルロースによる水蒸気バリア性向上の効果が高くなる。以上の観点から、ナノセルロースの含有量は、0.05質量部以上がより好ましく、0.1質量部以上がさらに好ましい。
【0022】
エマルジョン組成物における固形分濃度は、水蒸気バリア性及び塗膜形成性の観点から、30~65質量%が好ましく、40~60質量%がさらに好ましい。
【0023】
<積層フィルム>
本発明の積層フィルムは、上記エマルジョン組成物からなるバリア層と基材とを備える積層フィルムである。バリア層は、基材の少なくとも一方の面に設けられるとよい。
【0024】
[基材]
本発明の積層フィルムで用いる基材としては、特に限定されないが、樹脂であることが好ましく、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン系樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンイソフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル系樹脂;ポリ乳酸;ポリウレタン;ポリ酢酸ビニル;ポリアクリロニトリル;ポリ塩化ビニル;ポリカーボネート系樹脂等の熱可塑性樹脂が好ましい。
【0025】
また、基材としては、単層構造であっても多層構造であってもよい。多層構造の場合、2層構造、3層構造などでもよいし、本発明の要旨を逸脱しない限り、4層またはそれ以上の多層であってもよく、層数は特に限定されない。多層構造の場合は、複数の層は同一の樹脂で構成されていてもよいし、異なる樹脂で構成されていてもよい。
基材には、必要に応じて添加剤が加えられてもよく、例えば、耐候性を付与するための紫外線吸収剤、易滑性の付与および各工程での傷発生防止を主たる目的として、粒子を配合することも可能である。また必要に応じて従来公知の酸化防止剤、帯電防止剤、熱安定剤、潤滑剤、染料、顔料等を添加することができる。
【0026】
基材の厚みは、フィルムとして製膜可能な範囲であれば特に限定されるものではないが、例えば1~350μm、好ましくは10~200μm、さらに好ましくは30~100μmの範囲である。
また、基材は、バリア層が形成される面にコロナ処理、プラズマ処理、濡れ性を調整するためのコーティング処理等の表面処理を施してもよい。
【0027】
一方、バリア層の厚みは、0.1~1000μmが好ましく、0.2~500μmがより好ましく、0.5~100μmがさらに好ましく、1~50μmがよりさらに好ましい。
バリア層の厚みが0.1μm以上であることで、積層フィルムの水蒸気バリア性が良好となる。一方、バリア層の厚みが1000μm以下であることで、取扱性が良好となる。
【0028】
バリア層と基材との厚み比(バリア層の厚み/基材の厚み)は、水蒸気バリア性を良好にする観点から、0.01~10が好ましく、0.01~1がより好ましく、0.02~0.1の範囲がさらに好ましい。
【0029】
積層フィルムにおけるバリア層の厚み1μmあたりの水蒸気透過度は、8.5g/m2・day以下が好ましく、8.0g/m2・day以下がより好ましく、7.8g/m2・day以下がさらに好ましく、7.5g/m2・day以下がよりさらに好ましく、7.0g/m2・day以下がとりわけ好ましい。水蒸気透過度の下限は特に限定されないが、例えば0.1g/m2・dayである。
なお、バリア層の厚み1μmあたりの水蒸気透過度は、下記式に基づいてバリア層のみの水蒸気透過度を計算した後、厚み1μmあたりの透過率に換算することで求められる。
【0030】
【0031】
<積層フィルムの製造方法>
1.塗布液調製工程
塗布液調製工程では、ポリ塩化ビニリデン系樹脂とナノセルロースを含むエマルジョンを調製する。ポリ塩化ビニリデン系樹脂のエマルジョンに、ナノセルロースの粉末をそのまま添加してもよいが、エマルジョン内でのナノセルロースの分散性を上げる観点から、ナノセルロースを水に分散させてから添加することが好ましい。
【0032】
2.塗布工程
塗布工程では、上記エマルジョン塗布液を基材に塗布する。基材については、前述の通りである。
塗布方法は公知の方法であってよく、例えば、コンマコート法、グラビアコート法、リバースコート法、ナイフコート法、ディップコート法、スプレーコート法、エアーナイフコート法、スピンコート法、ロールコート法、プリント法、ディップ法、スライドコート法、カーテンコート法、ダイコート法、キャスティング法、バーコート法、エクストルージョンコート法等が挙げられる。
【0033】
3.乾燥工程
乾燥工程では、塗膜を乾燥させる。乾燥方法は、公知の方法であってよい。
乾燥温度及び乾燥時間は、エマルジョン塗布液に含まれる水等の溶媒が除去できる条件であればよく、例えば、乾燥温度は、60~100℃、好ましくは70~90℃で、乾燥時間は、30秒~1時間、好ましくは1~10分程度である。
【0034】
4.アニール処理
得られた積層フィルムは、アニール処理を行うことが好ましい。アニール処理を行うことで、ポリ塩化ビニリデン系樹脂の結晶化度を高め、良好なガスバリア性が得られる。
【実施例0035】
以下、本発明のエマルジョン組成物及び積層フィルムについて、実施例に基づいてより詳細に説明する。なお、本発明のエマルジョン組成物及び積層フィルムは、以下の実施例および比較例によって何ら限定されるものではない。
【0036】
<評価方法>
[ゼータ電位]
CNC分散液のゼータ電位は、大塚電子株式会社製のゼータ電位計(機種名:ELSZ-2000ZS)を使用してpH6.5の条件で評価を行った。測定時のpHの調整は、塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液を用いて行った。
【0037】
[水蒸気透過度]
Technolox社製の水蒸気透過度測定装置(機種名:“DELTAPERM”(登録商標))を使用して、温度40℃、湿度90%RH、測定面積50cm2の条件で水蒸気透過度を測定した。
また、下記の式を用いて、バリア層1μmあたりの水蒸気透過度を求めた。基材として用いたポリエステルフィルムの水蒸気透過度は約12g/m2dayであった。
【0038】
【0039】
<カチオン性官能基を有するナノセルロースの調製>
下記調製例1~4によって、カチオン性官能基を有するナノセルロース(B-1)~(B-4)を調製した。
なお、下記調製例1及び3はMerima Hasaniら, Soft Matter, 2008, 4, 2238-2244を参考にし、下記調製例2はYulia Bespalovaら,Journal of Applied Polymer Science, 2017, 134, 44789-44795を参考にし、下記調製例4はJuntao Tangら, Biomacromolecules, 2014, 15, 3052-3060を参考にした。
【0040】
[調製例1]
NCV-100(Celluforce社製/セルロースナノクリスタル)5gを2M NaOH水溶液55.6gに添加し、60℃で5時間攪拌した。攪拌後、ろ過によりCNCを回収した。回収したCNCを1M NaOH水溶液3gとイソプロピルアルコール130gの混合溶液に添加し、次いで4gのグリシジルトリメチルアンモニウムクロリドを滴下した。50℃で3時間反応させたのち、10wt%酢酸水溶液と純水を用いて洗浄とろ過を行い、カチオン化CNC(B-1)を得た。得られたカチオン化CNC(B-1)の窒素原子含有量は0.76質量%であった。
また、得られたカチオン化CNC(B-1)の0.5質量%水分散液のゼータ電位は+36mVであった。
【0041】
[調製例2]
1.0gのセルロースナノクリスタルを三口フラスコに入れた25mlの酢酸エチル(脱水品)に添加し、30分攪拌し分散させた。7.75gクロロ酢酸無水物を25ml酢酸エチル(脱水品)に溶解させ、三口フラスコに徐々に添加した。これを80℃で28時間攪拌した。攪拌後、ろ過と洗浄を行い24時間乾燥させることで中間体を得た。この中間体1.1gを三口フラスコに入れた50mlの酢酸エチル(脱水品)に添加し分散させ、さらに5.05mlのN,N-ジメチルセチルアミンを徐々に添加した。これを80℃で72時間撹拌した。攪拌後、ろ過と洗浄を行い24時間乾燥させてカチオン化CNC(B-2)を得た。得られたカチオン化CNC(B-2)の窒素原子含有量は0.38質量%であった。
また、得られたカチオン化CNC(B-2)の0.5質量%水分散液のゼータ電位は+10mVであった。
【0042】
[調製例3]
300mlの0.01M NaOH水溶液と、3gのNCV-100を混合し、90℃で3時間攪拌した。70℃に温度を下げ8.4gのグリシジルトリメチルアンモニウムクロリドを90分かけて滴下した。70℃で4時間反応させたのち、純水を用いて洗浄とろ過を行い、カチオン化CNC(B-3)を得た。得られたカチオン化CNC(B-3)の窒素原子含有量は0.29質量%であった。
また、得られたカチオン化CNC(B-3)の0.5質量%水分散液のゼータ電位は-20mVであった。
【0043】
[調製例4]
2gのNCV-100を200mlの蒸留水に分散させ、窒素雰囲気下、過硫酸アンモニウム(富士フィルム和光純薬株式会社製)300mgを徐々に加えた。添加後60℃10分撹拌し、温度を50℃に下げたのち、N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート(富士フィルム和光純薬株式会社製)を徐々に加えた。徐々に温度を上げ70℃で3時間撹拌し反応させた。反応後の液は遠心分離と純水による洗浄を3回行い、カチオン化CNC(B-4)を得た。得られたカチオン化CNC(B-4)の窒素原子含有量は1.08質量%であった。
また、得られたカチオン化CNC(B-4)の0.5質量%水分散液のゼータ電位は+8mVであった。
【0044】
<積層フィルムの作製>
[実施例1]
PVDCエマルジョン(旭化成株式会社製「サランラテックスL-574A」/固形分60質量%)に、カチオン化CNC(B-1)の1質量%水分散液を、PVDCとカチオン化CNCの固形分質量比が100:0.1となるように添加し、卓上マグネチックスターラーを用いてよく攪拌することでエマルジョン塗布液を得た。
易接着コートされた二軸延伸ポリエステルフィルム(三菱ケミカル株式会社製「ダイアホイルT-600E」、厚み50μm)を基材として用い、エマルジョン塗布液をバーコーター(三井電機精機株式会社「A-Bar」)を用いて膜厚が2μmになるよう塗布し、熱風乾燥機を用いて80℃で2分乾燥させることで積層フィルムを得た。熱風乾燥機を用いて、得られた積層フィルムのアニール処理を40℃で48時間の条件で行った。
【0045】
[実施例2]
PVDCとカチオン化CNC(B-1)の固形分質量比を100:0.5としたこと以外は実施例1と同じ方法で、エマルジョン塗布液及び積層フィルムを得た。
【0046】
[実施例3]
カチオン化CNC(B-2)を用いたこと以外は実施例2と同じ方法で、エマルジョン塗布液及び積層フィルムを得た。
【0047】
[実施例4]
カチオン化CNC(B-3)と塩化セチルトリメチルアンモニウムの固形分質量比が10:1となるように、カチオン化CNC(B-3)の1質量%水分散液に、塩化セチルトリメチルアンモニウム(添加剤(C-1))を添加して分散液を調製した。当該分散液のゼータ電位は+25mVであった。
PVDC、カチオン化CNC(B-3)及び塩化セチルトリメチルアンモニウムの固形分質量比が100:0.5:0.05となるように、PVDCエマルジョン(旭化成株式会社製「サランラテックスL-574A」/固形分60質量%)に上記分散液を添加し、卓上マグネチックスターラーを用いてよく攪拌することでエマルジョン塗布液を得た。
このエマルジョン塗布液を用いて、実施例1と同じ方法で積層フィルムを得た。
【0048】
[実施例5]
カチオン化CNC(B-4)と塩化セチルトリメチルアンモニウムの固形分質量比が10:1となるように、カチオン化CNC(B-4)の1質量%水分散液に、塩化セチルトリメチルアンモニウム(添加剤(C-1))を添加して分散液を調製した。当該分散液のゼータ電位は+34mVであった。
PVDC、カチオン化CNC(B-4)及び塩化セチルトリメチルアンモニウムの固形分質量比が100:0.5:0.05となるように、PVDCエマルジョン(旭化成株式会社製「サランラテックスL-574A」/固形分60質量%)に上記分散液を添加し、卓上マグネチックスターラーを用いてよく攪拌することでエマルジョン塗布液を得た。
このエマルジョン塗布液を用いて、実施例1と同じ方法で積層フィルムを得た。
【0049】
[比較例1]
実施例1において、カチオン化CNCを添加しないPVDCエマルジョン(旭化成株式会社製「サランラテックスL-574A」、固形分60質量%)を用いたこと以外は実施例1と同じ方法で、積層フィルムを得た。
【0050】
[比較例2]
カチオン化CNCに変えてカチオン化していないNCV-100(表中のB-101)を用いたこと以外は実施例1と同一にして、エマルジョン塗布液及び積層フィルムを得た。NCV-100の0.5%水分散液のゼータ電位は-46mVであった。
【0051】
表1に、実施例1~5及び比較例1、2の積層フィルムのエマルジョン塗布液の材料と、積層フィルムの水蒸気透過度を示す。
【0052】
【0053】
実施例1~5の結果より、ナノセルロースにカチオン性官能基を導入することで、ポリ塩化ビニリデン系樹脂との静電反発を抑えることができ、ナノセルロース同士の凝集が防止されることで、ポリ塩化ビニリデン系樹脂のみである比較例1よりも得られる膜の水蒸気バリア性が高くなることが確認できた。
また、実施例4及び5では、添加剤(C-1)としてカチオン性界面活性剤を含有しており、このカチオン性界面活性剤がナノセルロースのアニオン性基(硫酸エステル基など)とイオン結合することによって、ナノセルロースのカチオン性を高め、ポリ塩化ビニリデン系樹脂に吸着しやすくなり、またナノセルロース同士の凝集をより抑えることができるため、水蒸気バリア性が特に良好となった。
一方、比較例2はナノセルロースがカチオン性官能基を有さないため、塗布乾燥工程で水分が揮発し、静電反発が失われると、ナノセルロース同士が水素結合を形成して凝集を起こし、水蒸気バリア性が悪化した。