(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151517
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】細胞精製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220929BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220929BHJP
C12N 5/074 20100101ALI20220929BHJP
C07K 14/195 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12N5/10
C12N5/074
C07K14/195
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021154419
(22)【出願日】2021-09-22
(31)【優先権主張番号】P 2021054197
(32)【優先日】2021-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】丸山 高廣
(72)【発明者】
【氏名】林 政浩
(72)【発明者】
【氏名】栗原 桃
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博之
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BD14
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA11
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】
Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を精製する方法を提供すること。
【解決手段】
以下の(1)から(3)の工程を含む方法により、前記課題を解決する。
(1)少なくとも1種類以上の細胞を含む細胞混合物と、フコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤を接触させ、吸着剤と細胞が結合した複合体を得る工程。
(2)前記(1)で得られた複合体から、吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する工程。
(3)前記(2)の終了後、前記(1)で得られた複合体に脱着液を接触させることにより、吸着剤から脱着した細胞を回収する工程。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(Z1)から(Z3)の工程を含むことを特徴とする、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞の精製方法:
(Z1)少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液と、以下の(a)から(d)のいずれかのフコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤を接触させ、吸着剤と細胞が結合した複合体を得る工程。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、Xが120以上140以下の整数である、フコース結合性タンパク質。
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有し、Xが120以上140以下の整数である、フコース結合性タンパク質。
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、以下の(1)から(3)に記載のアミノ酸置換のいずれか1つ以上を含むアミノ酸配列を含み、Xが120以上140以下の整数である、フコース結合性タンパク質
(1)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(2)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基の、グリシン残基およびアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換
(3)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(d)前記(c)のフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列において、配列番号1の39番目、65番目および72番目以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有する、フコース結合性タンパク質。
(Z2)前記(Z1)で得られた複合体から、吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する工程。
(Z3)前記(Z2)の終了後、前記(Z1)で得られた複合体に脱着液を接触させることにより、吸着剤から脱着した細胞を回収する工程。
【請求項2】
Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞がヒト多能性幹細胞である、請求項1に記載の細胞の精製方法。
【請求項3】
精製したヒト多能性幹細胞のBC2LCN陽性率が90%以上である、請求項1に記載の細胞の精製方法。
【請求項4】
Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞ががん細胞である、請求項1に記載の細胞の精製方法。
【請求項5】
精製したがん細胞のBC2LCN陽性率が70%以上である、請求項4に記載の細胞の精製方法。
【請求項6】
少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液が、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を含むことを特徴とする、請求項1から5のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【請求項7】
少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液が、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞と、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖およびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さない細胞の双方を含むことを特徴とする、請求項1から6のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【請求項8】
フコース結合性タンパク質が、そのN末端および/またはC末端に付加的なアミノ酸配列を有するフコース結合性タンパク質であって、付加的なアミノ酸配列がシステイン残基を含むオリゴペプチドおよび/またはポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドである、請求項1から7のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【請求項9】
フコース結合性タンパク質が、配列番号2から配列番号9のいずれかで示されるアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質である、請求項1から8のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【請求項10】
脱着液が、フコースおよび/またはフコース含有糖鎖を含む水溶液であることを特徴とする、請求項1から9のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【請求項11】
脱着液中のフコースおよび/またはフコース含有糖鎖の濃度が、0.01mol/L以上1.0mol/L以下であることを特徴とする、請求項1から10のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【請求項12】
カラムに充填してなる吸着剤を用いることを特徴とする、請求項1から11のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤を用いて、フコースを含む糖鎖を有する細胞を精製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療に関する研究開発が活発化しており、幹細胞を用いた技術はその中核を占めている。幹細胞の中でも、ヒトiPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞は心筋細胞などの筋肉系細胞、神経幹細胞などの神経系細胞など、多様な細胞への分化能を有しており、これら多能性幹細胞より誘導した治療用細胞および組織を利用した再生医療の実用化が期待されている(例えば特許文献1)。しかしながら、多能性幹細胞より分化誘導した治療用細胞および組織は、安全性評価、品質管理および大量供給などの体制が十分に整備されていないのが現状であり、多能性幹細胞を利用した再生医療の実用化に向けて、治療用細胞に残存する造腫瘍性未分化細胞の除去技術の開発や、多能性幹細胞が有する治療用細胞への分化能や増殖性などの機能を維持しつつ、大量培養可能な多能性幹細胞の製造技術の開発が必要不可欠である。
【0003】
造腫瘍性未分化細胞の除去技術としては、例えば、ヒトiPS細胞表面に存在する未分化糖鎖マーカーであるHタイプ1型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖)およびHタイプ3型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖)に結合性を有するBC2LCNレクチンを活用し、当該レクチンのC末端に緑膿菌由来外毒素の触媒ドメインを結合した融合タンパクを、iPS細胞から分化誘導中の分化細胞に添加することにより、造腫瘍性未分化細胞の除去が可能であることが報告されている(特許文献2)。また、多能性幹細胞の大量培養技術としては、例えば、通気撹拌型バイオリアクターを利用した浮遊撹拌培養法により、ヒトiPS細胞の大量培養が可能であることが報告されている(特許文献3)。
【0004】
一方、ヒトiPS細胞は皮膚や血液から採取した細胞にOct3/4などの遺伝子を導入して作製されるが(例えば非特許文献1)、ヒトiPS細胞に未分化度が低いiPS細胞や未分化状態を逸脱した細胞(例えば非特許文献2)が混入した場合には、ヒトiPS細胞の多能性幹細胞としての機能が低下するため、例えば、ヒト多能性幹細胞の培養中に発生した未分化状態を逸脱した細胞を除去する方法が報告されている(例えば特許文献4)。従って、多能性幹細胞から分化誘導した治療用細胞および組織の製造において、ヒトiPS細胞を大量培養する前の段階で、作製したヒトiPS細胞の中から多能性幹細胞としての機能を有するヒトiPS細胞を簡便且つ大量に精製することができる技術が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2016/043168号
【特許文献2】WO2014/126146号
【特許文献3】WO2015/122528号
【特許文献4】WO2014/104207号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Takahashi,K等,Cell.2007,131(5):861-872.
【非特許文献2】Watanabe,T等,Biochemical and Biophysical Research Communications,2020,529(3):575-581.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、フコース含有糖鎖であり、未分化マーカー糖鎖でもあるHタイプ1型糖鎖および/またはHタイプ3型糖鎖を細胞表面に有するヒト多能性幹細胞やがん細胞を、高純度に精製する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、(1)フコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤と細胞を接触させ、吸着剤と細胞が結合した複合体を得る工程、(2)複合体から吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する工程、(3)複合体に脱着液を接触させることにより、吸着剤から脱着した細胞を回収する工程の3工程を含む方法により、Hタイプ1型糖鎖および/またはHタイプ3型糖鎖を細胞表面に有する細胞を高純度に精製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の[1]から[12]に記載した発明を包含するものである。
[1]
以下の(Z1)から(Z3)の工程を含むことを特徴とする、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞の精製方法:
(Z1)少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液と、以下の(a)から(d)のいずれかのフコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤を接触させ、吸着剤と細胞が結合した複合体を得る工程。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、Xが120以上140以下の整数である、フコース結合性タンパク質。
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質であって、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有し、Xが120以上140以下の整数である、フコース結合性タンパク質。
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリン残基からX番目のアミノ酸残基までのアミノ酸配列において、以下の(1)から(3)に記載のアミノ酸置換のいずれか1つ以上を含むアミノ酸配列を含み、Xが120以上140以下の整数である、フコース結合性タンパク質
(1)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(2)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基の、グリシン残基およびアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換
(3)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換
(d)前記(c)のフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列において、配列番号1の39番目、65番目および72番目以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有する、フコース結合性タンパク質。
(Z2)前記(Z1)で得られた複合体から、吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する工程。
(Z3)前記(Z2)の終了後、前記(Z1)で得られた複合体に脱着液を接触させることにより、吸着剤から脱着した細胞を回収する工程。
[2]
Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞がヒト多能性幹細胞である、前記[1]に記載の細胞の精製方法。
[3]
精製したヒト多能性幹細胞のBC2LCN陽性率が90%以上である、前記[1]に記載の細胞の精製方法。
[4]
Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞ががん細胞である、前記[1]に記載の細胞の精製方法。
[5]
精製したがん細胞のBC2LCN陽性率が70%以上である、前記[4]に記載の細胞の精製方法。
[6]
少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液が、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を含むことを特徴とする、前記[1]から[5]のいずれかに記載の細胞の精製方法。
[7]
少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液が、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞と、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖およびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さない細胞の双方を含むことを特徴とする、前記[1]から[6]のいずれかに記載の細胞の精製方法。
[8]
フコース結合性タンパク質が、そのN末端および/またはC末端に付加的なアミノ酸配列を有するフコース結合性タンパク質であって、付加的なアミノ酸配列がシステイン残基を含むオリゴペプチドおよび/またはポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドである、前記[1]から[7]のいずれかに記載の細胞の精製方法。
[9]
フコース結合性タンパク質が、配列番号2から配列番号9のいずれかで示されるアミノ酸配列を含むフコース結合性タンパク質である、前記[1]から[8]のいずれかに記載の細胞の精製方法。
[10]
脱着液が、フコースおよび/またはフコース含有糖鎖を含む水溶液であることを特徴とする、前記[1]から[9]のいずれかに記載の細胞の精製方法。
[11]
脱着液中のフコースおよび/またはフコース含有糖鎖の濃度が、0.01mol/L以上1.0mol/L以下であることを特徴とする、前記[1]から[10]のいずれかに記載の細胞の精製方法。
[12]
カラムに充填してなる吸着剤を用いることを特徴とする、前記[1]から[11]のいずれかに記載の細胞の精製方法。
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明のFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞の精製方法(以下、細胞精製方法と略する場合もある。)は、以下の(Z1)から(Z3)の工程を含むことを特徴とする。
(Z1)少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液と、以下の(a)から(d)のいずれかのフコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤を接触させ、吸着剤と細胞が結合した複合体を得る工程。
(Z2)前記(Z1)で得られた複合体から、吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する工程。
(Z3)前記(Z2)の終了後、前記(Z1)で得られた複合体に脱着液を接触させることにより、吸着剤から脱着した細胞を回収する工程。
以下に(Z1)から(Z3)の各工程の詳細を説明する。
【0012】
1.工程(Z1)
本発明の細胞精製方法における工程(Z1)は、少なくとも1種類以上の細胞を含む試料液と、以下の(a)から(d)のいずれかのフコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤を接触させ、吸着剤と細胞が結合した複合体を得る工程である。以下に、試料液、試料液に含まれる細胞、フコース結合性タンパク質および当該タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤、試料液と当該吸着剤の接触方法について説明する。
【0013】
2.試料液
工程(Z1)で用いる試料液は、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を含み、且つ、前記細胞が破壊されず、前記細胞とフコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤が結合した複合体を得ることができれば、前記細胞以外の物質が含まれていてもよく、例えば、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖およびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さない細胞や、細胞を懸濁するための培地や緩衝液、細胞の破壊を防ぐための浸透圧調節剤、細胞の凝集を防ぐための物質が含まれていてもよい。具体的には、培地としては、Dulbecco’s Modified Eagle Medium培地(以下、D-MEM培地と略する場合もある。)、RPMI培地、StemFit培地(味の素製)を例示することができる。
【0014】
緩衝液としては、pH7.0~8.0の範囲で緩衝能を持つリン酸緩衝生理食塩水(以下、PBSと略する場合もある。)、トリス緩衝生理食塩水(以下、TBSと略する場合もある。)、ヘペス緩衝生理食塩水(以下、HBSと略する場合もある。)を例示することができる。
【0015】
前記緩衝液中の緩衝成分の濃度は、細胞の破壊を抑制することができれば特に制限はなく、1mmol/L以上100mmol/L以下の範囲で適宜選択すればよい。浸透圧調節剤としては、塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの無機塩類や、エリスリトール、ソルビトール、キシリトール、マンニトールなどの糖アルコール類を例示することができる。前記浸透圧調節剤の濃度も、細胞の破壊を抑制することができれば特に制限はなく、10mmol/L以上1000mmol/L以下の範囲で適宜選択すればよい。細胞の凝集を防ぐための物質としては、ヒト血清アルブミン(以下、HSAと略する場合もある。)や牛血清アルブミン(以下、BSAと略する場合もある。)などのタンパク質、エチレンジアミン四酢酸(以下、EDTAと略する場合もある。)やエチレングリコールビス(2-アミノエチルエーテル)四酢酸(以下、EGTAと略する場合もある。)などのキレート剤、Triton-X100やTween20などの非イオン性界面活性剤を例示することができる。前記細胞の凝集を防ぐための物質の濃度は、細胞の凝集を抑制することができれば特に制限はなく、HSAやBSAなどのタンパク質については0.001%~5%の範囲で、キレート剤については0.001mmol/L以上100mmol/L以下の範囲で、非イオン性界面活性剤については0.00001~1%の範囲で適宜選択すればよい。工程(Z1)で用いる試料液の調製に用いる物質としては、細胞へのダメージ軽減および吸着剤への細胞の非特異吸着抑制の点で、BSAが含まれていることが好ましく、細胞の凝集防止の点で、キレート剤が含まれていることが好ましく、例えば、PBSに0.5%(w/v)BSAと2mM EDTAが添加された市販のMACS緩衝液を使用してもよい。なお、前記緩衝液、浸透圧調節剤、細胞の凝集を防ぐための物質は、本発明の細胞精製方法により精製した細胞を培養する場合には細胞毒性を示さないものが好ましい。
【0016】
また、工程(Z1)は、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞と、フコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤が結合した複合体を得る工程であることから、工程(Z1)で用いる試料液には、前記複合体の形成を阻害する物質が含まれないことが必須である。前記複合体の形成を阻害する物質としては、例えば、単糖であるフコースや、フコシルラクトサミン(Fucα1-2Galβ1-4Glc)、Hタイプ1型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GlcNAc)、Hタイプ3型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3GalNAc)、ルイスX型糖鎖(Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc)、ルイスY型糖鎖(Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc)、ルイスb型糖鎖(Fucα1-2Galβ1-3(Fucα1-4)GlcNAc)などのフコース含有糖鎖およびこれらフコース含有糖鎖が結合した糖タンパク質や糖脂質を挙げることができる。
【0017】
3.試料液に含まれる細胞
工程(Z1)で用いる試料液は、前述したとおり、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を含み、さらに、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖およびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さない細胞が含まれていてもよい。前記Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞としては、具体的には、ヒトiPS細胞やヒトES細胞などの多能性幹細胞や、非特許文献2などに記載された未分化状態を逸脱した細胞を例示することができる。また、特許文献(例えば、特開2020-025535号公報、WO2017/061449号)や非特許文献(例えば、J.Biomark.2013:960862.doi:10.1155/2013/960862.)に記載されている2102EpやNT2/D1等のヒト胎児性がん細胞、PC-9等のヒト肺腺がん細胞、Capan-1等のヒト膵臓がん細胞、HT29等のヒト結腸がん細胞を例示することができる。試料液に含まれる前記細胞の種類の数に特に制限はなく、1種類であってもよく、2種類またはそれ以上であってもよい。また、前記細胞は生細胞であっても死細胞であってもよく、例えば、本発明の細胞精製方法により精製した多能性幹細胞やがん細胞を培養する場合には、生細胞である必要があり、プロテオーム解析や遺伝子解析などの解析にのみ用いる場合には、生細胞であっても死細胞であってもよい。
【0018】
また、前記Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖およびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さない細胞としては、具体的には、ヒト線維芽細胞などの体細胞、ヒトiPS細胞やヒトES細胞などの多能性幹細胞から分化誘導して生成する分化細胞を例示することができる。さらに、特開2018-134073号公報、特開2020-025535号公報に記載されているヒトバーキットリンパ腫細胞(Ramos細胞)やヒト慢性骨髄性白血病細胞(K562細胞)などのFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さないがん細胞を例示することができる。試料液に含まれる前記Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖およびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さない細胞の種類の数に特に制限はなく、1種類であってもよく、2種類またはそれ以上であってもよく、生細胞であっても死細胞であってもよい。
【0019】
4.フコース結合性タンパク質
本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質とは、Hタイプ1型糖鎖、Hタイプ3型糖鎖、ルイスX型糖鎖、ルイスY型糖鎖、ルイスb型糖鎖などのフコース含有糖鎖への結合性を有するタンパク質である。具体的には、(a):配列番号1で示される組換えBC2LCNレクチンのアミノ酸配列(GenPeptに登録番号WP_006490828として登録されているアミノ酸配列の2番目から156番目までのアミノ酸配列と一致する。)のうち1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列を含むタンパク質であって、Xが120以上140以下の整数であるタンパク質、または(b):配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列において、1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有し、Xが120以上140以下の整数であるタンパク質を、大腸菌の形質転換体で組換えタンパク質として発現させたものである。
【0020】
本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、前記フコース含有糖鎖、特にFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列において、1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してもよく、例えば10個以下、好ましくは5個以下のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してもよい。また、Xは120以上140以下であってよく、125以上135以下であってよい。特開2020-25535に開示されているように、本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列のC末端側の複数個のアミノ酸残基を欠失させることにより、当該アミノ酸残基を欠失させない場合に比べて大腸菌の形質転換体で製造した場合の生産性(発現量)を向上させることができる。
【0021】
また、本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、熱に対する安定性を向上させる点で、(i)配列番号1で示されるアミノ酸配列の39番目のグルタミン残基のロイシン残基への置換、(ii)配列番号1で示されるアミノ酸配列の72番目のシステイン残基のグリシン残基および/またはアラニン残基から選ばれる1種類のアミノ酸残基への置換、(iii)配列番号1で示されるアミノ酸配列の65番目のグルタミン残基の、ロイシン残基への置換、のいずれか1つ以上を含んでいてもよい。
【0022】
特開2020-25535号公報に開示されているように、前記(i)から(iii)に記載のアミノ酸置換を行うことにより、本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質の熱に対する安定性を向上させることができる。前記(i)から(iii)に記載のアミノ酸置換は、単独であっても複数を組み合わせても熱に対する安定性の向上に効果があるが、熱に対する安定性をさらに向上させることができる点で、前記(i)から(iii)に記載のアミノ酸置換を複数組合せることがより好ましい。さらに、本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目のプロリンからX番目のアミノ酸までのアミノ酸配列において、前記(i)から(iii)の置換により置換された位置以外の領域に1個若しくは複数個のアミノ酸残基を欠失、置換若しくは挿入してもよく、例えば10個以下、好ましくは5個以下のアミノ酸残基を欠失、置換若しくは挿入してもよい。
【0023】
本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、そのN末端側および/またはC末端側に、フコース結合性タンパク質を検出する際に有用な付加的なアミノ酸配列を有していてもよい。前記付加的なアミノ酸配列としては、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチド、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(以下、GSTとする。)、マルトース結合タンパク質、セルロース結合性ドメイン、mycタグ、FLAGタグ等が挙げられる。これらの付加的なアミノ酸配列の中では、大腸菌を用いて製造した場合の生産性が高く、蛍光標識した抗ポリヒスチジン抗体あるいは抗GST抗体を用いることでフコース結合性タンパク質の検出が容易に行える点で、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドあるいはGSTであることが好ましく、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドであることがより好ましい。
【0024】
ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドにおけるヒスチジンの繰返し配列数特に制限はないが、ヒスチジンの繰返し配列が短い場合は抗ポリヒスチジン抗体による検出が困難となり、長い場合は、フコース結合性タンパク質の前記糖鎖への結合性が損なわれる可能性がある。従って、ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドにおけるヒスチジンの繰返し配列数の長さはヒスチジンが5個から15個からなる繰返し配列であることが好ましく、5個から10個からなる繰返し配列であることがより好ましい。
【0025】
前記ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドがフコース結合性タンパク質に付加する位置に特に制限はなく、N末端側とC末端側の双方、または、N末端側或いはC末端側のいずれかであってもよいが、抗ポリヒスチジン抗体による検出が効率的に行える点で、前記ポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドはフコース結合性タンパク質のN末端側に付加されていることが好ましい。
【0026】
さらに、本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、そのN末端側および/またはC末端側に、フコース結合性タンパク質を水不溶性の担体に固定化する際に有用な、システイン残基またはリジン残基を含むオリゴペプチドからなる付加的なアミノ酸配列(以下、担体固定化用タグと呼ぶ。)を有していても良い。フコース結合性タンパク質を担体に固定化することで、例えば、特開2020-25535号公報に記載されているヒトiPS細胞等の未分化細胞を除去するための未分化細胞吸着剤を作製することができる。前記担体固定化用タグの長さは、フコース結合性タンパク質がFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、特に制限はない。
【0027】
担体固定化用タグとしては、水不溶性担体への固定化が高選択的かつ高効率に行える点で、システイン残基を1つ以上含む2から10アミノ酸残基からなるオリゴペプチドが好ましく、具体的には、「Gly-Gly-Cys」の3アミノ酸残基からなるオリゴペプチド、「Ala-Ser-Gly-Gly-Cys」の5アミノ酸残基からなるオリゴペプチドおよび「Gly-Gly-Gly-Ser-Gly-Gly-Cys」の7アミノ酸残基からなるオリゴペプチドを例示することができる。前記システインを1つ以上含むオリゴペプチドがフコース結合性タンパク質に付加する位置に特に制限はなく、N末端側とC末端側の双方、N末端側或いはC末端側のいずれかであってもよいが、フコース結合性タンパク質の担体への固定化が効率的に行える点、さらにはフコース結合性タンパク質の活性中心から離れるため結合活性を阻害しにくいという点において、前記システイン残基を1つ以上含むオリゴペプチドはフコース結合性タンパク質のC末端側に付加されていることが好ましい。
【0028】
本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質の具体例としては、配列番号2(配列番号1で示されるアミノ酸配列の1番目から127番目までのアミノ酸配列)、配列番号3(配列番号2の72番目のシステイン残基をグリシン残基に置換したアミノ酸配列)、配列番号4(配列番号2の39番目のグルタミン残基をロイシン残基に、72番目のシステイン残基をグリシン残基に置換したアミノ酸配列)、配列番号5(配列番号2の39番目のグルタミン残基をロイシン残基に、65番目のグルタミン残基をロイシン残基に、72番目のシステイン残基をグリシン残基に置換したアミノ酸配列)、配列番号6(配列番号2で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)、配列番号7(配列番号3で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)、配列番号8(配列番号4で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)および配列番号9(配列番号5で示されるアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列を含むオリゴペプチドを、C末端にシステイン残基を含むオリゴペプチドを付加したアミノ酸配)のいずれかで示されるフコース結合性タンパク質を挙げることができる。
【0029】
これらの中では、大腸菌の形質転換体で製造した場合の生産性や熱安定性、フコース含有糖鎖への結合親和性が高い点で、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号7、配列番号8、配列番号9が好ましく、配列番号3、配列番号4、配列番号7、配列番号8がより好ましく、配列番号4、配列番号8がことさらに好ましい。
【0030】
本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質のN末端側には、宿主での効率的な発現を促すためのシグナルペプチドを付加してもよい。宿主が大腸菌の場合における前記シグナルペプチドとしては、PelB、DsbA、MalE、TorT等といったペリプラズムにタンパク質を分泌させるシグナルペプチドを例示することができる。本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質をコードするDNAは、公知の方法により調製することができる。前記DNAの調製法として、本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質のアミノ酸配列から塩基配列に変換し、当該塩基配列を含むDNAを人工的に合成する方法や、本発明の分離精製方法におけるフコース結合性タンパク質をコードするDNAを直接人工的に調製する方法、またはBurkholderia cenocepaciaのゲノムDNA等からPCR法などのDNA増幅法を用いて調製する方法を例示することができる。なお、当該調製法において、前記塩基配列を設計する際は、形質転換する大腸菌におけるコドンの使用頻度を考慮することが好ましく、例えば、アルギニン(Arg)ではAGA、AGG、CGGまたはCGAが、イソロイシン(Ile)ではATAが、ロイシン(Leu)ではCTAが、グリシン(Gly)ではGGAが、プロリン(Pro)ではCCCが、それぞれ使用頻度が少ないコドン(レアコドン)であるため、これらのコドン以外のコドンを選択して変換することが好ましい。コドンの使用頻度の解析は公的データベース(例えば、かずさDNA研究所のホームページにあるCodon Usage Database、http://www.kazusa.or.jp/codon/、アクセス日:2020年5月7日)を利用することによっても可能である。前記方法により調製したフコース結合性タンパク質をコードするDNAを用いて大腸菌を形質転換するには、当該DNAそのものを用いて形質転換してもよいが、例えば、原核細胞や真核細胞の形質転換に通常用いるバクテリオファージ、コスミドまたはプラスミド等を基にしたベクター中の適切な位置に当該DNAを挿入して発現ベクターとし、それを用いて形質転換することが、安定した形質転換が実施できる点で好ましい。
【0031】
ここで、適切な位置とは、発現ベクターの複製機能、所望の抗生物質マーカー、および伝達性に関わる領域を破壊しない位置を意味する。またベクターに当該DNAを挿入する際は、発現に必要なプロモータといった機能性DNAに連結される状態でベクターに挿入することが好ましい。前記発現ベクターとして用いるベクターは、宿主内で安定に存在し複製できるものであれば特に制限はなく、pETベクター、pUCベクター、pTrcベクター、pCDFベクター、pBBRベクター等が例示できる。
【0032】
また、前記プロモータとしては、trpプロモータ、tacプロモータ、trcプロモ
ータ、lacプロモータ、T7プロモータ、recAプロモータ、lppプロモータ、さらにはλファージのλPLプロモータ、λPRプロモータ等を挙げることができる。前記発現ベクターを用いて宿主である大腸菌を形質転換するには、当業者が通常用いる方法で行えばよく、例えば、宿主として大腸菌JM109株、大腸菌BL21(DE3)株、大腸菌NiCo21(DE3)株、大腸菌W3110株などを選択する場合には、公知の文献(例えば、Molecular Cloning,Cold Spring Harbor Laboratory,256,1992)に記載の方法等を用いることができる。
【0033】
次に、本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質の製造方法について説明する。本発明の細胞精製方法におけるフコース結合性タンパク質は、前記形質転換体を培養することでフコース結合性タンパク質を生産する工程(以下、第1工程という。)と、得られた培養物からフコース結合性タンパク質を回収する工程(以下、第2工程という。)を含む工程により製造することができる。なお本明細書において、培養物とは、培養された形質転換体の細胞自体や細胞分泌物のほか、培養に用いた培地等も含まれる。前記第1工程では、形質転換体を適した培地で培養すればよく、例えば、宿主として大腸菌を用いた場合、必要な栄養源を補ったTerrific Broth(TB)培地、Luria-Bertani(LB)培地等を用いることが好ましい。発現ベクターが薬剤耐性遺伝子を含む場合、その遺伝子に対応した薬剤を培地に添加して第1工程を実施すれば、形質転換体の選択的増殖が可能となり、例えば、当該発現ベクターがカナマイシン耐性遺伝子を含んでいる場合は、培地にカナマイシンを添加することが好ましい。
【0034】
培養温度は利用する宿主に関して一般的に知られた温度であればよく、例えば宿主が大腸菌である場合、10℃から40℃、好ましくは20℃から37℃であり、フコース結合性タンパク質の製造量等を勘案しつつ、適宜決定すればよい。また、培地のpHは、利用する宿主に関して一般的に知られたpH範囲とすればよく、例えば宿主が大腸菌である場合、pH6.8からpH7.4の範囲、好ましくはpH7.0前後であり、フコース結合性タンパク質の製造量等を勘案しつつ、適宜決定すればよい。発現ベクターに誘導性のプロモータを導入した場合は、フコース結合性タンパク質が良好に製造可能な条件下で培地に誘導剤を添加してその発現を誘導すればよい。
【0035】
好ましい誘導剤としては、例えば、tacプロモータやlacプロモータを用いる場合はisopropyl-β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)を挙げることができ、その添加濃度は0.005mMから1.0mMの範囲、好ましくは0.01mMから0.5mMの範囲である。IPTG添加による発現誘導は、利用する宿主に関して一般的に知られた条件で行なえばよい。前記第2工程では、第1工程で得られた培養物から一般的に知られた回収方法によってフコース結合性タンパク質を回収する。例えば、フコース結合性タンパク質が培養液中に分泌生産される場合は細胞を遠心分離操作によって分離し、得られる培養上清からフコース結合性タンパク質を回収すればよく、細胞内(原核生物においてはペリプラズムも含む)に発現する場合は、遠心分離操作により細胞を集めた後、酵素処理剤や界面活性剤等を添加する等により細胞を破砕し、細胞破砕液からフコース結合性タンパク質を回収すればよい。また、フコース結合性タンパク質の純度を向上させたい場合には、当該技術分野において公知の方法を用いればよく、一例として、液体クロマトグラフィーを用いた分離精製法を挙げることができる。液体クロマトグラフィーとしては、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を用いることが好ましく、これらのクロマトグラフィーを組み合わせて行なうことがより好ましい。また、前記クロマトグラフィーにより精製したフコース結合性タンパク質の純度および分子量は当該技術分野において公知の方法を用いて調べればよく、一例として、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)法やゲルろ過クロマトグラフィー法を挙げることができる。
【0036】
次に、本発明の細胞精製方法おけるフコース結合性タンパク質の糖鎖への結合性の評価について説明する。フコース結合性タンパク質の糖鎖への結合性は、表面プラズモン共鳴法により評価することができる。表面プラズモン共鳴法による結合親和性評価は、例えば、Biacore T200機器(Cytiva製)を用い、アナライトをフコース結合性タンパク質、固相をFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖として測定することができる。前記糖鎖を固定したセンサーチップの作製は、ビオチン標識糖鎖を利用して、ストレプトアビジンをコートしたセンサーチップ(Sensor Chip SA、Cytiva製)や、デキストランがコートされたセンサーチップ(Sensor Chip CM5、Cytiva製)にあらかじめストレプトアビジンを固定したものを利用して行うことができる。また、結合性評価は当該機器に付属のカイネティクス解析プログラムを利用して行うことができる。
【0037】
5.吸着剤
本発明の細胞精製方法における吸着剤とは、前記フコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤である。水に不溶性担体の原料に特に制限はなく、シリカゲルや金薄膜を蒸着させたガラスなどの無機系担体、アガロース、セルロース、キチン、キトサン等の多糖類を原料とした水に不溶性の多糖系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋多糖系担体、デキストラン、プルラン、デンプン、アルギン酸塩、カラギーナン等の水溶性多糖類を架橋剤で架橋した架橋多糖系担体、ポリ(メタ)アクリレート、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、ポリスチレン等の合成高分子系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋合成高分子系担体を例示することができる。
【0038】
これらの担体の中では、水酸基を有し、後述する親水性高分子による修飾が容易に行える点で、アガロース、セルロース、デキストラン、プルラン等の電荷をもたない多糖系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋多糖系担体や、ポリ(メタ)アクリレートやポリウレタン等の親水性合成高分子系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋親水性合成高分子系担体が好ましい。また、吸着剤に用いる水に不溶性担体は、細胞の非特異吸着を抑制する点で、前記担体表面が親水性高分子で修飾されていることが好ましく、親水性高分子が担体に共有結合で固定されていることがより好ましい。水に不溶性担体の表面を修飾する親水性高分子としては、アガロース、セルロース、デキストラン、プルラン、デンプン等の中性多糖類や、ポリ(2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート)やポリビニルアルコール等の水酸基を有する合成高分子を例示することができる。これら親水性高分子の中では、親水性が高く、不溶性担体表面への共有結合による固定が容易に行える点で、デキストラン、プルランおよびデンプンなどの中性多糖類が好ましく、デキストランおよびプルランがより好ましい。デキストランおよびプルランの分子量に特に制限はないが、不溶性担体表面の親水性修飾が十分に行える点で、数平均分子量が10,000から1,000,000のものが好ましい。
【0039】
吸着剤に用いる水に不溶性担体の形状に特に制限はなく、具体的には、粒子状、モノリス状、スポンジ状、平膜状、平板状、中空状、繊維状の担体を挙げることができる。さらに、吸着剤に用いる水に不溶性担体の細孔の有無についても特に制限はなく、多孔性担体および無孔性担体のいずれであってもよい。吸着剤への細胞吸着を効率的に行える点で多孔性の粒子状担体、貫通孔を有するスポンジ状およびモノリス状担体であることが好ましい。
【0040】
本発明の細胞精製方法における吸着剤に用いる水に不溶性担体が粒子状の担体である場合、水に膨潤させた状態での平均粒径(メジアン径)は、担体から製造される吸着剤をカラムに充填した場合に分離対象の細胞が吸着剤表面と十分接触し、かつ吸着剤に結合しない細胞が吸着剤間の隙間を淀みなく通過できる点で、好ましくは100μm以上500μm以下であり、より好ましくは150μm以上400μm以下である。粒径が100μm未満の場合には、吸着剤に結合しない細胞が吸着剤間の隙間を通過しづらくなり、細胞の回収率が低下する。
【0041】
また、粒径が500μm超の場合には、吸着剤に結合する細胞と吸着剤表面の接触が不十分となり、吸着剤に結合する細胞と結合しない細胞の分離効率が低下する。水に不溶性担体の粒径は、例えば、ベックマンコールター(株)製の精密粒度分布測定装置(製品名「Multisizer 3」)などを用いて測定することができる。また、光学顕微鏡を用いて目盛り付きスライドグラスの画像を撮影したのち、同じ倍率で測定対象の複数個の粒子の画像を撮影し、物差しを用いて撮影した複数個の担体の粒径を測定し、その平均値を算出することでも求めることができる。さらに、本発明の吸着剤に用いる粒子状担体は市販品を使用してもよく、例えば、ポリ(メタ)アクリレートを原料としたトヨパール(東ソー製)、アガロースを原料としたSepharose(Cytiva製)、セルロースを原料としたセルフィア(旭化成製)等を用いることができる。
【0042】
本発明の細胞精製方法における吸着剤は、水に不溶性担体から反応性担体を製造する工程(以下、工程Y1とする。)と、該反応性水不溶性担体にフコース結合性タンパク質を作用させて固定化する工程(以下、工程Y2とする。)を含む工程により製造することができる。以下に工程Y1と工程Y2の詳細を説明する。工程Y1は、水に不溶性担体にフコース結合性タンパク質を固定化するための反応性官能基を導入して反応性担体を製造する工程である。
【0043】
水に不溶性担体にフコース結合性タンパク質を固定化するため反応性官能基は、一般的なタンパク質固定化用官能基であれば特に制限されず、エポキシ基、ホルミル基、カルボキシル基、活性エステル基、アミノ基、マレイミド基、ハロアセチル基等を例示することができる。担体に前記官能基を導入する方法は、一般的な官能基導入方法であれば特に制限はされず、エポキシ基を導入する方法としては、担体の水酸基とエピクロロヒドリンやエピブロモヒドリン等のハロヒドリン類、エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールジグリシジルエーテル、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル、1,6-ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、テトラエチレングリコールジグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル等のジグリシジルエーテル類、グリセロールトリグリシジルエーテル、エリスリトールトリグリシジルエーテル、ジグリセロールトリグリシジルエーテルなどのトリグリシジルエーテル類、エリスリトールテトラグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテル等のテトラグリシジルエーテル類等のエポキシ基含有化合物を反応させる方法を例示することができる。
【0044】
また、担体の水酸基とエポキシ基含有化合物を反応させる場合は、反応効率を高める点で、塩基性条件下で反応を行うことが好ましい。担体にホルミル基を導入する方法としては、担体の水酸基とグルタルアルデヒド等の2官能性アルデヒド類を反応させる方法や、担体を過ヨウ素酸ナトリウム等の酸化剤と反応させる方法を例示することができる。また、前述の方法によりエポキシ基を導入した水不溶性担体と、D-グルカミン、N-メチル-D-グルカミン、α-チオグリセロール等の化合物を反応させることで隣接する水酸基を導入した担体を、過ヨウ素酸ナトリウムなどの酸化剤と反応させる方法を例示することができる。水に不溶性担体にカルボキシル基を導入する方法としては、当該担体の水酸基とモノクロロ酢酸、モノブロモ酢酸等のハロ酢酸と塩基性条件下で反応させる方法の他に、前述の方法によりエポキシ基を導入した担体を、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸等のアミノ酸類、β-アラニン、4-アミノ酪酸、6-アミノヘキサン酸等のアミノ基含有カルボン酸類、チオグリコール酸やチオリンゴ酸等の含硫黄カルボン酸類と塩基性条件下で反応させる方法を例示することができる。
【0045】
さらに、水に不溶性担体に導入したカルボキシル基を1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(以下、EDCとする。)等の縮合剤存在下でN-ヒドロキシスクシンイミドと反応させることにより、活性エステル基であるN-ヒドロキシスクシンイミドエステルへ誘導する方法を例示することができる。水に不溶性担体にアミノ基を導入する方法としては、前述の方法によりエポキシ基を導入した担体を、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリス(2-アミノエチル)アミン等の少なくとも2つ以上のアミノ基を有する化合物と反応させる方法を例示することができる。水に不溶性担体にマレイミド基を導入する方法としては、水酸基および/またはアミノ基を有する水不溶性担体と、3-マレイミドプロピオン酸、4-マレイミド酪酸、6-マレイミドヘキサン酸、4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサンカルボン酸等のマレイミド基を有するカルボン酸類をEDCなどの縮合剤存在下で反応させる方法を例示することができる。さらに、前述のマレイミド基を有するカルボン酸類のN-ヒドロキシスクシンイミドエステルやN-ヒドロキシスルホスクシンイミドエステルを反応させる方法を例示することができる。担体にハロアセチル基を導入する方法としては、例えば、水酸基を有する担体や、前述の方法によりアミノ基を導入した担体と、クロロ酢酸クロリド、ブロモ酢酸クロリド、ブロモ酢酸ブロミド等の酸ハロゲン化物を反応させる方法や、クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸等のハロゲン化酢酸をEDCなどの縮合剤存在下で反応させる方法を挙げることができる。さらに、前述のハロゲン化酢酸のN-ヒドロキシスクシンイミドエステルやN-ヒドロキシスルホスクシンイミドエステルを反応させる方法を挙げることができる。
【0046】
工程Y2は、前記工程Y1で製造した反応性担体に、本発明におけるフコース結合性タンパク質を固定化する工程である。前記工程Y1で得られた反応性担体にフコース結合性タンパク質を固定化する方法は、一般的なタンパク質の固定化方法であれば特に制限はされず、例えば、配位結合やアフィニティー結合などを利用し、共有結合を形成せずにタンパク質を担体に固定化する方法、タンパク質に固定化用活性官能基を導入したのち、固定化用活性官能基と担体を反応させて固定化する方法、担体に導入した固定化用活性官能基とタンパク質を反応させ、共有結合を形成させて担体に固定化する方法を挙げることができる。共有結合を形成せずにタンパク質を担体に固定化する方法としては、アビジン-ビオチンのアフィニティー結合を利用し、ビオチンを導入したタンパク質をストレプトアビジンセファロースハイパフォーマンス(Cytiva製)などのアビジンが固定化された担体に固定化する方法を例示することができる。タンパク質へのビオチンの導入方法としては、9-(ビオチンアミド)-4,7-ジオキサノナン酸-N-スクシンイミジル等の活性エステル基を有するビオチン化試薬とタンパク質のアミノ基を反応させる方法や、N-ビオチニル-N’-[2-(N-マレイミド)エチル]ピペラジン塩酸塩等のマレイミド基を有するビオチン化試薬とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法を例示することができる。また、タンパク質に導入した固定化用活性官能基と担体を反応させ、共有結合を形成させて固定化する方法としては、4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボン酸 3-スルホ-N-ヒドロキシスクシンイミドエステルナトリウム塩等のマレイミド基と活性エステル基の双方を有する化合物の活性エステル基とタンパク質のアミノ基を反応させてタンパク質にマレイミド基を導入したのち、メルカプト基が導入された担体と反応させる方法を例示することができる。さらに、担体に導入した固定化用活性官能基とタンパク質を反応させて固定化する方法としては、担体に導入したエポキシ基、ホルミル基、カルボキシル基、N-ヒドロキシスクシンイミドエステル等の活性エステル基とタンパク質のアミノ基を反応させる方法、担体に導入したアミノ基とタンパク質のカルボキシル基を反応させる方法、担体に導入したエポキシ基、マレイミド基、ハロアセチル基またはハロアルキル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法を例示することができる。これらの固定化方法の中では、短時間に高収率で担体へのタンパク質固定化が行える点で、担体に導入したホルミル基または活性エステル基とタンパク質のアミノ基を反応させる方法、および、担体に導入したマレイミド基またはハロアセチル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法が好ましく、固定化反応をpHが中性付近で行うことが可能でありタンパク質の変性を抑制できることが可能である点で、担体に導入したマレイミド基またはハロアセチル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法がより好ましく、官能基の安定性が高い点で、担体に導入したマレイミド基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法が、さらに好ましい。
【0047】
前記固定化用官能基を導入した担体と、緩衝液に溶解したフコース結合性タンパク質を反応させることで、本発明の細胞精製方法における吸着剤を製造することができる。フコース結合性タンパク質を溶解する緩衝液に特に制限はなく、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)緩衝液、4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)緩衝液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)緩衝液や、D-PBS(-)(富士フイルム和光純薬製)等の市販の緩衝液を例示することができる。また、固定化反応の効率を高めることを目的として、緩衝液に塩化ナトリウム等の無機塩類やポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Tween20)等の界面活性剤を添加してもよい。
【0048】
フコース結合性タンパク質を担体に固定化する際の反応温度およびpHは、活性官能基の反応性やフコース結合性タンパク質の安定性を考慮した上で反応温度については0℃以上50℃以下、pHについてはpH4以上pH10以下の範囲の中から適宜設定すればよく、フコース結合性タンパク質の失活を抑制する点で、反応温度については15℃以上40℃以下、pHについてはpH5以上pH9以下の範囲が好ましい。水に不溶性担体へのフコース結合性タンパク質の固定化量は、本発明の細胞精製方法において精製対象となる細胞とフコース結合性タンパク質との結合性を考慮したうえで適宜設定すればよく、1mLの担体あたり0.01mg以上10mg以下が好ましく、0.05mg以上5mg以下がより好ましい。
【0049】
また、担体へのフコース結合性タンパク質の固定化量は、固定化反応時のフコース結合性タンパク質の使用量や担体への活性官能基導入量を調節することにより適宜調整することができる。フコース結合性タンパク質の担体への固定化量は、固定化反応液および反応後の洗浄液を回収して未反応のフコース結合性タンパク質量を求めたのち、固定化反応に使用したフコース結合性タンパク質量から未反応のフコース結合性タンパク質量を差し引くことで算出することができる。また、前述したように、本発明の細胞精製方法における吸着剤に用いる担体は、細胞の非特異吸着を抑制する点で、親水性高分子が共有結合で固定されていることが好ましいことから、吸着剤を製造する場合には、前記工程Y1でフコース結合性タンパク質を固定化するための官能基を導入する前に、担体に親水性高分子を共有結合で固定することもできる。担体に親水性高分子を共有結合で固定する方法は、一般的な共有結合形成反応であれば特に制限はなく、例えば、担体表面の水酸基とエピクロロヒドリン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル等のエポキシ基含有化合物を塩基性条件下で反応させることで担体にエポキシ基を導入したのち、エポキシ基と親水性高分子の水酸基を塩基性条件下で反応させる方法を挙げることができる。
【0050】
6.試料液と吸着剤の接触方法
工程(Z1)において、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を含む試料液と、フコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤の接触方法は、前記細胞と前記吸着剤が結合した複合体を得ることができれば特に制限はなく、例えば、吸着剤を試料液が入った容器に添加して接触させてもよく、吸着剤を添加した容器に試料液を添加して接触させてもよい。また、試料液と吸着剤の接触効率を高める点で、試料液と吸着剤が入った容器を撹拌または振盪してもよい。前記容器の形状に特に制限はなく、例えば、ガラス管、プラスチック製のチューブ、シャーレ、6ウェルから96ウェルを有するプレートなどの上部が解放された容器を挙げることができる。さらに、前記吸着剤を充填してなるカラムに試料液を添加して接触させてもよい。
【0051】
前記カラムの形状に特に制限はなく、例えば、カラム上端部が開放されているカラムや、カラム両端部が閉鎖されているカラムなどを挙げることができる。前述した接触方法の中では、吸着剤に結合した細胞の再遊離や、吸着剤との過剰な接触による細胞へのダメージを避けることができる点で、吸着剤をカラムに充填して細胞と接触させることが好ましく、後述する工程(Z2)および工程(Z3)においても同様である。また、カラムの内径や長さなどの形状に特に制限はなく、前述の細胞数に応じて適宜設定すればよいが、吸着剤を効率的に充填できる点や、カラム内での細胞の滞留を抑制できる点で、円筒状のカラムであることが好ましい。さらに、カラムの材質は、カラムへの細胞の非特異的吸着が起こらなければ特に制限はなく、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネートなどの合成高分子製カラムや、ガラス製カラムを利用することができる。加えて、カラムは市販品を使用してもよく、例えば、テルモシリンジ(テルモ製)と注射針を組合せて使用してもよい。
【0052】
本発明の細胞精製方法における吸着剤は、フコース結合性タンパク質の固定化量が吸着剤1mLあたり0.05mg以上5mg以下であれば、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖などのフコース含有糖鎖を有する細胞を少なくとも100万個結合することができる。従って、本発明の細胞精製方法に用いる吸着剤の使用量、すなわち、カラムへの充填量は、前述の吸着剤への細胞の結合数と、吸着剤と接触させる試料液中のFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞数を考慮して、適宜設定すればよい。また、工程(Z1)で用いる試料液の量に特に制限はなく、前述したカラムの形状および容量により適宜選択すればよいが、吸着剤とFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞の接触効率を高める点で、水で膨潤させた吸着剤1mLに対して0.01mL以上100mL以下が好ましく、0.05mL以上50mL以下であることがより好ましい。さらに、試料液と吸着剤を接触させる温度は細胞の破壊を抑制する点で2℃以上40℃以下が好ましく、2℃以上30℃以下がより好ましい。加えて、試料液と吸着剤の接触時間は短時間で前記複合体を得ることにより作業時間を短縮できる点で1分以上60分以内が好ましく、1分以上30分以内がより好ましい。
【0053】
7.工程(Z2)
本発明の細胞精製方法における工程(Z2)は、工程(Z1)で得られた複合体から、吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する工程であり、より具体的には、工程(Z1)で得られた複合体と試料液とを分離する分離工程と、洗浄液を用いて前記複合体を洗浄する洗浄工程を含む工程である。
【0054】
8.工程(Z2)における分離工程
工程(Z2)の分離工程における分離方法は、細胞やタンパク質などの生体由来物質の分離精製操作における分離方法であれば特に制限はなく、当業者が通常用いる方法から適宜選択すればよい。具体的には、容器に入った試料液と吸着剤の混合物からピペットなどを用い、液体中に含まれる吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する方法や、吸着剤を充填してなるカラムに添加した試料液をカラム下部から除くことにより、吸着剤に結合しなかった細胞を分離除去する方法を例示することができる。
【0055】
9.工程(Z2)における洗浄工程
工程(Z2)における洗浄工程は、洗浄液を用いて前記分離工程で得られた複合体を洗浄する工程である。洗浄工程を行うことにより、吸着剤に結合しなかった細胞や吸着剤に結合した試料液中の夾雑物を除去することができる。工程(Z2)における洗浄工程で用いる洗浄液は、工程(Z1)で得られた複合体から細胞が遊離しなければ特に制限はなく、具体的には、前述の「1.試料液」に記載した培地や緩衝液に、細胞の破壊を防ぐための無機塩類や糖アルコール類などの浸透圧調節剤、タンパク質やキレート剤、非イオン性界面活性剤などの細胞の凝集を防ぐための物質が含まれた水溶液を例示することができる。これらの物質の好適な濃度については、前述の「1.試料液」に記載したとおりである。
【0056】
工程(Z2)の洗浄工程における洗浄方法も、細胞やタンパク質などの生体由来物質の分離精製操作における洗浄方法であれば特に制限はなく、当業者が通常用いる方法から適宜選択すればよい。具体的には、工程(Z1)で得られた複合体が入った容器に前述した洗浄液を添加して、ピペットなどを用いて洗浄液を除く方法や、工程(Z1)で得られた複合体が充填されてなるカラムに前述した洗浄液を添加して、カラム下部から除く方法を例示することができる。また、工程(Z2)で用いる洗浄液の量に特に制限はないが、吸着剤に結合しなかった細胞や吸着剤に結合した試料液中の夾雑物を短時間で効率的に除去できる点で、水で膨潤させた吸着剤1mLに対して2mL以上20mL以下が好ましく、3mL以上10mL以下であることがより好ましい。また、工程(Z2)の操作を行う時間および温度に特に制限はなく、時間については1分以上60分以内、好ましくは1分以上30分以内で適宜調節すればよく、温度については、2℃以上40℃以下、好ましくは2℃以上30℃以下で適宜調節すればよい。
【0057】
10.工程(Z3)
本発明の細胞精製方法における工程(Z3)は、工程(Z2)の終了後、工程(Z1)で得られた複合体に脱着液を接触させることにより、吸着剤から脱着した細胞を回収する工程であり、より具体的には、工程(Z1)で得られた複合体に、フコースおよび/またはフコース含有糖鎖を含む脱着液を接触させることにより、複合体からFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を脱着させ、脱着した当該細胞を回収する工程である。以下に、脱着液、脱着液と複合体の接触方法および脱着した細胞の回収方法、回収した細胞の解析方法について説明する。
【0058】
11.脱着液
工程(Z3)で用いる脱着液は、工程(Z1)で得られた複合体において、フコース結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤と、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞との結合、すなわち、前述したフコース結合性タンパク質とFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖との結合を解離させるために使用される。従って、脱着液には、前述したフコース結合性タンパク質が結合性を有するフコースおよび/またはフコース含有糖鎖を含むことが必須であり、具体的には、単糖であるフコースや、フコシルラクトサミン、Hタイプ1型糖鎖、Hタイプ3型糖鎖、ルイスX型糖鎖、ルイスY型糖鎖、ルイスb型糖鎖などのフコース含有糖鎖およびこれらフコース含有糖鎖が結合した糖タンパク質や糖脂質が含まれていることが必須である。
【0059】
これらフコースおよび/またはフコース含有糖鎖の中では、大量に入手することが容易である点で、単糖であるフコースやフコシルラクトサミンが好ましく、単糖であるフコースがより好ましい。脱着液中のフコースの濃度は、細胞が破壊せず、且つ、吸着剤からFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞が脱着できれば特に制限はないが、0.01mol/L以上1.0mol/L以下が好ましく、0.05mol/L以上0.5mol/L以下がより好ましい。
【0060】
工程(Z3)で用いる脱着液は、前述したフコースおよび/またはフコース含有糖鎖による、吸着剤からのFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞の脱着を阻害しなければ、前記フコースおよび/またはフコース含有糖鎖以外の物質が含まれていてもよく、具体的には、前述の「1.試料液」に記載した培地や緩衝液に、細胞の破壊を防ぐための無機塩類や糖アルコール類などの浸透圧調節剤、タンパク質やキレート剤、非イオン性界面活性剤などの細胞の凝集を防ぐための物質が含まれた水溶液を例示することができる。これらの物質の好適な濃度については、前述の「1.試料液」に記載したとおりである。工程(Z3)で用いる脱着液には、細胞へのダメージ軽減および吸着剤への細胞の非特異吸着抑制の点で、HSAやBSAなどのタンパク質が含まれていることが好ましく、また、細胞の凝集防止の点で、キレート剤が含まれていることが好ましい。また、脱着液には市販の緩衝液に前述したフコースおよび/またはフコース含有糖鎖を添加したものを用いてもよく、例えば、市販のMACS緩衝液に前述した濃度のフコースおよび/またはフコース含有糖鎖を添加したものを挙げることができる。なお、前記緩衝液、浸透圧調節剤、細胞の凝集を防ぐための物質は、本発明の細胞精製方法により精製した細胞を培養する場合には細胞毒性を示さないものが好ましい。
【0061】
12.脱着液と複合体の接触方法および脱着した細胞の回収方法
工程(Z3)における脱着液と複合体の接触方法および脱着した細胞の回収方法は、吸着剤からFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞が脱着し、当該細胞を回収することができれば特に制限はなく、具体的には、工程(Z2)で洗浄した複合体が入った容器に前述した脱着液を添加して、ピペットなどを用いて吸着剤から脱着した細胞を含む懸濁液を回収する方法や、工程(Z2)で洗浄した複合体が充填されてなるカラムに前述した脱着液を添加して、カラム下部から脱着した細胞を含む懸濁液を回収する方法を例示することができる。
【0062】
また、工程(Z3)で用いる脱着液の量に特に制限はないが、脱着液の量が少ないと脱着した細胞の回収率が低下し、また、脱着液の量が多いと回収した細胞の密度が低下して死滅する恐れがあるため、水で膨潤させた吸着剤1mLに対して2mL以上20mL以下、好ましくは3mL以上10mL以下の範囲で適宜調節すればよい。さらに、工程(Z3)の操作を行う時間および温度も特に制限はなく、時間については1分以上60分以内、好ましくは1分以上30分以内で適宜調節すればよく、温度については、2℃以上40℃以下、好ましくは2℃以上30℃以下で適宜調節すればよい。
【0063】
工程(Z3)における脱着液の添加回数は、吸着剤からFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞が脱着して当該細胞を回収することができれば特に制限はなく、特定濃度のフコースおよび/またはフコース含有糖鎖を含む脱着液を1回から複数回添加してもよく、濃度の異なるフコースおよび/またはフコース含有糖鎖を含む脱着液を複数回添加してもよい。
【0064】
13.回収した細胞の解析方法
工程(Z3)では、前述した方法によりFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞が回収されるが、回収した細胞が、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞であるかどうかの確認は、当業者が通常用いる方法から適宜選択すればよく、例えば、rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-547、rBC2LCN-635(いずれも富士フイルム和光純薬製)などの蛍光標識BC2LCNレクチンを用いて細胞を染色後、通常の免疫学的測定法によって算出されるBC2LCN陽性率で確認すればよい。また、工程(Z1)の試料液中の細胞と工程(Z3)で回収した細胞の双方を、蛍光標識BC2LCNレクチンを用いて染色し、通常の免疫学的測定法および/またはフローサイトメーターを用いて解析し、BC2LCN陽性率を比較することにより、回収した細胞の精製度合いを評価することができる。後述する実施例で示すとおり、本発明の細胞精製方法により、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有するヒト多能性幹細胞を90%以上のBC2LCN陽性率で精製することができる。また、本発明の細胞精製方法により、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有するがん細胞を70%以上のBC2LCN陽性率で精製することができる。 加えて、精製対象の細胞がヒトiPS細胞などの多能性幹細胞の場合、工程(Z1)の試料液中の細胞と工程(Z3)で回収した細胞を、蛍光標識BC2LCNレクチン以外の未分化マーカーに対する蛍光標識抗体、例えば、蛍光標識抗TRA-1-60抗体、蛍光標識抗SSEA-3抗体、蛍光標識抗SSEA-4抗体などを用いて細胞を染色後、通常の免疫学的測定法によって解析することにより、試料液中の細胞と回収した細胞の未分化度の違いを評価することができる。これらの方法により工程(Z3)で回収した細胞のFucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖の発現量や未分化マーカー陽性率を解析したのち、分化誘導や再培養などの精製後の細胞の使用目的に応じて、工程(Z3)で回収した細胞の必要な分画だけを集約し、分化誘導や再培養などに使用すればよい。
【発明の効果】
【0065】
本発明の細胞精製方法では、再生医療で使用される治療用細胞に分化誘導することができるヒトiPS細胞などのヒト多能性幹細胞を、簡便な方法で精製することができる。具体的には、ヒト多能性幹細胞に含まれる未分化度の低い多能性幹細胞を除去することにより、未分化度の高い多能性幹細胞を得ることができる。特に、本発明の細胞精製方法によれば、未分化糖鎖マーカーであるHタイプ1型糖鎖および/またはHタイプ3型糖鎖に結合性を有するフコース結合性タンパク質を水に不溶性の担体に固定化してなる吸着剤を用いることにより、フローサイトメーター/セルソーターを用いた従来の多能性幹細胞の精製方法に比べて、短時間に大量のヒト多能性幹細胞を精製することができる。
【0066】
精製したヒト多能性幹細胞を培養後、目的の細胞に分化誘導することにより、再生医療で用いる治療用細胞や組織を製造することができる。前述したとおり、本発明の細胞精製方法における吸着剤は、フコース結合性タンパク質の固定化量が吸着剤1mLあたり0.05mg以上5mg以下であれば、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖などのフコース含有糖鎖を有する細胞を約100万個結合することが可能である。再生医療で用いる治療用細胞や組織の製造に1億個のヒトiPS細胞が必要であると仮定した場合、100mLの前記吸着剤を用いて1億個のヒトiPS細胞を精製することができる。
【0067】
また、本発明の細胞精製方法により、創薬スクリーニングにおいて有用な難治性希少疾患の患者から作製したiPS細胞を高純度に精製することができる。さらに、本発明の細胞精製方法によれば、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を細胞表面に有するがん細胞を精製することも可能であることから、例えば、被験者から採取した細胞を含む試料から、前記糖鎖を細胞表面に有するがん細胞を選択的に回収し、がん細胞の存在の有無や存在量を同定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【
図1】実施例1と実施例2における、吸着剤を用いたヒトiPS細胞の精製方法を示した図である。
【
図2】実施例3における、吸着剤に添加したiPS細胞懸濁液、および、流出細胞液および各脱着細胞液中のiPS細胞の、未分化マーカー陽性率を示したグラフである。
【
図3】実施例3における、吸着剤に添加した細胞懸濁液、流出細胞液および各脱着細胞液に含まれる細胞の、未分化マーカー陽性率を示したグラフである。
【
図4】実施例7における、吸着剤に添加した未分化逸脱細胞を含む細胞懸濁液中のiPS細胞、および、流出細胞液および脱着細胞液に含まれるiPS細胞の、未分化マーカー陽性率を示したグラフである。
【
図5】実施例8における、吸着剤に添加した未分化逸脱細胞を含む細胞懸濁液中のiPS細胞、および、流出細胞液および脱着細胞液に含まれるiPS細胞の、未分化マーカー陽性率を示したグラフである。
【実施例0069】
以下、作製例、実施例および比較例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0070】
作製例1 吸着剤127C72Gと吸着剤127Q39L/C72Gの作製
特開2020-025535号公報の実施例12に記載の方法に従ってフコース結合性タンパク質127C72G(配列番号7で示されるアミノ酸配列)を製造したのち、同公報の実施例26に記載の方法に従い、フコース結合性タンパク質127C72Gが水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤127C72Gを製造した。また、特開2020-025535号公報の実施例33に記載の方法に従ってフコース結合性タンパク質127Q39L/C72G(配列番号8で示されるアミノ酸配列)を製造したのち、同公報の実施例34に記載の方法に従い、フコース結合性タンパク質127Q39L/C72Gが水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤127Q39L/C72Gを製造した。
【0071】
実施例1 吸着剤127C72Gを用いたヒトiPS細胞の精製
実施例1は、吸着剤127C72Gを用いた、Hタイプ1型糖鎖および/またはHタイプ3型糖鎖を細胞表面に有するヒトiPS細胞の精製に関するものである。実施例1から実施例4、実施例7、実施例8および比較例1では、ヒトiPS細胞として、iPSアカデミアジャパン社からライセンスを受け、購入したヒトiPS細胞201B7株(以下、201B7細胞と略する場合もある。)を用いた。
【0072】
(1)吸着剤127C72Gを充填したカラムの作製
2.5mL容シリンジ(テルモ製)と注射針(テルモ製、22G)の間に目開き40μMの親水性ナイロンメッシュフィルター(コーニング製)を装着したカラムを作製した。次に、作製例1で作製した吸着剤127C72GをMACS緩衝液(ミルテニーバイオテク製)で置換したのち、12時間以上放置後の吸着剤の沈降体積が50%となるように調整した吸着剤の50%懸濁液を調製し、作製したカラムに1.0mLを添加して、吸着剤127C72Gをカラムに充填した(吸着剤容量:500μL)。
【0073】
(2)201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
201B7細胞の培養は、以下の方法で行った。iMatrix-511(ニッピ製)を3μg/mLの割合でD-PBS(-)(細胞科学研究所製)に希釈した溶液を接着培養用シャーレ(コーニング製)に添加して4℃で一晩以上放置することにより、シャーレの培養面にiMatrix-511をコーティングした。次に、StemFit AK02N培地(味の素製)を添加してシャーレを洗浄後、凍結バイアルより解凍した201B7細胞を、ロックインヒビター(Y-27632:富士フイルム和光純薬製)を10μM添加した同培地に懸濁して播種した。CO2インキュベーターで5%CO2雰囲気下、37℃にて一晩培養後、ロックインヒビターを含まないStemFit AK02N培地へと培地交換を行い、適切な細胞密度になったところで、細胞回収と継代を行った。
【0074】
次に、以下の方法により、Cell Tracker Orange(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を用いた201B7細胞の蛍光染色を行った。201B7細胞の培養終了後、シャーレ中の培地を廃棄後、無血清のRPMI 1640培地(富士フイルム和光純薬製)を添加して細胞を洗浄したのち、培地を吸引廃棄した。次にCell Tracker Orangeを無血清のRPMI 1640培地に終濃度10μMで溶解した溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬溶液を廃棄後、StemFit AK02N培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。培地を廃棄後、StemFit AK02N培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。次に、細胞の回収と細胞懸濁液の調製を以下の方法で行った。シャーレにD-PBS(-)を添加して細胞を洗浄し、D-PBS(-)を廃棄する操作を2回繰り返したのち、CTS TrypLE Select Enzyme(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)とVersene Solution(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を1:1で混合した剥離溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で10分間放置した。細胞が培養面から剥離しつつあるのを確認したのち、ピペッティングを繰り返すことで細胞を培養面から剥離し、50mLチューブ中に回収した。回収した細胞を遠心分離して沈降後、細胞をMACS緩衝液で懸濁し、再度遠心分離して上清を廃棄することで細胞を洗浄した。この洗浄操作を2回繰り返したのち、MACS緩衝液で細胞を再度懸濁し、セルストレーナー(コーニング製、目開き40μm)を用いてろ過することにより、Cell Tracker Orangeで染色した201B7細胞の細胞懸濁液を調製した。得られた201B7細胞の懸濁液の一部を採取し、10倍希釈したのち血球計算盤を用いて細胞密度を算出し、この細胞密度を元にして、カラムへの添加細胞数を細胞密度で除することにより、カラムへの細胞添加数を算出した。
【0075】
前記方法により得られた201B7細胞の未分化マーカー陽性率の測定は以下の方法で行った。前記201B7細胞の細胞懸濁液を1.5mL容エッペンドルフチューブ(エッペンドルフ製)に1mL分取し、遠心分離により上清を廃棄したのち、MACS緩衝液1mLに再懸濁することで細胞を洗浄した。再度遠心分離したのち、得られた細胞沈殿物を0.5%(vol./vol.)のBC2LCN-635(富士フィルム和光純薬製)を含むMACS緩衝液1mLに懸濁し、暗所にて室温で30分間反応させることで、細胞を染色した。反応後、エッペンドルフチューブ内で前記と同様の操作により細胞をMACS緩衝液で洗浄し、得られた細胞沈殿物を合計2mLのMACS緩衝液に懸濁した(1mLのMACS緩衝液で2回懸濁)。5mL容ポリスチレン製ラウンドチューブ(コーニング製)に前記細胞懸濁液2mLを移した後、細胞数計測用内部標準ビーズとしてCountBright Absolute Counting Beads(インビトロゲン製)を50μL、および細胞生死判定試薬として7-AADを50μL添加し、セルソーター(FACSAria:ベクトン・ディッキンソン製)を用いて細胞懸濁液の蛍光強度を解析した。BC2LCN-635に非染色の細胞を陰性細胞集団、BC2LCN-635との反応により蛍光強度が増大した細胞集団を陽性生細胞集団とし、陽性生細胞集団中の細胞数を総生細胞数で除することにより算出した201B7細胞の未分化マーカー陽性率(BC2LCN陽性率)は、97.5%であった。表1に、培養した201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0076】
(3)201B7細胞の精製
前記(1)で作製したカラムを垂直に立てた状態で、細胞添加数が4.0×106個となるよう、前記(2)で調製した201B7細胞の懸濁液(0.5mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と201B7細胞が結合した複合体を得た(本発明の細胞精製方法の工程(Z1)に相当。)。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.5mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した(本発明の細胞精製方法の工程(Z2)に相当。)。次に、カラム上部より脱着液として0.2mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(8.0mL)を添加して、脱着液と前記吸着剤と201B7細胞が結合した複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液(8.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した(本発明の細胞精製方法の工程(Z3)に相当。)。
【0077】
(4)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
前記(3)における流出細胞の流出率(細胞流出率)の測定は以下の方法で行った。前記(3)の操作で得られた流出細胞液(2mL)をセルストレーナー・キャップ付き5mL容ポリスチレン製ラウンドチューブ(コーニング製、目開き40μm)に分取し、細胞数計測用内部標準ビーズとしてCountBright Absolute Counting Beadsを50μL、7-AADを50μL添加したのち、セルソーター(FACSAria)を用いて流出細胞液中の細胞数を測定した。流出細胞液に含まれる生細胞数をドットプロットで得られた内部標準ビーズの粒子数を元に比例計算により算出し、この生細胞数を前記(3)に記載の細胞添加数で除することにより算出した細胞流出率は0.6%であった。また、前記(2)に記載の方法により算出した流出細胞の未分化マーカー陽性率は77.8%であった。従って、前記(2)に記載の方法により培養した201B7細胞には未分化マーカー陽性率が低い細胞集団が含まれており、吸着剤127C72Gを用いた本発明の細胞精製方法により、培養した201B7細胞から未分化マーカー陽性率が低い細胞を除去できることが明らかとなった。表1に、細胞流出率と流出細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0078】
(5)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
前記(3)における脱着細胞の脱着率(細胞脱着率)の測定は以下の方法で行った。前記(3)の操作で得られた脱着細胞液を用い、前記(4)における細胞流出率の測定と同様の方法により細胞脱着率を算出した結果、細胞脱着率は91.9%であった。また、前記(2)に記載の方法により算出した脱着細胞の未分化マーカー陽性率は99.8%であった。以上の結果、本発明の細胞精製方法により精製した201B7細胞の未分化マーカー陽性率は精製前の201B7細胞よりも高くなっており、従って、本発明の細胞精製方法によりヒト多能性幹細胞であるヒトiPS細胞を高純度に精製できることが明らかとなった。表1に、細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0079】
(6)流出細胞および脱着細胞の培養と未分化マーカー陽性率の測定
前記(3)において回収した流出細胞液および脱着細胞液(各1mL)を用い、前記(2)に記載の方法により流出細胞および脱着細胞を9日間培養したのち、前記(2)に記載の方法により培養後の流出細胞および脱着細胞の未分化マーカー陽性率を算出した。なお、培養後の未分化マーカー陽性率は、前記BC2LCN-635を用いたBC2LCN陽性率の他に、抗ヒトTRA-1-60 Alexa Fluor 488抗体(アールアンドディーシステムス製)を用いたTRA-1-60陽性率も算出した。前記抗ヒトTRA-1-60 Alexa Fluor 488抗体を用いた細胞染色は、前記BC2LCN-635を用いた場合と同様の方法で行った。前記方法により算出した流出細胞のBC2LCN陽性率は87.5%、TRA-1-60陽性率は87.5%であった。一方、前記方法により算出した脱着細胞のBC2LCN陽性率は99.8%、TRA-1-60陽性率は98.1%であった。従って、脱着細胞、すなわち精製したヒトiPS細胞は、培養しても高い未分化度を維持可能であることが明らかになった。また、未分化度の低い流出細胞を培養することにより未分化度は高くなるが、その未分化マーカー陽性率は精製したヒトiPS細胞ほどには高くならないことが明らかになった。表1に、培養後の流出細胞および脱着細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0080】
【0081】
実施例2 吸着剤127Q39L/C72Gを用いたヒトiPS細胞の精製-1
実施例2は、吸着剤127Q39L/C72Gを用いたヒトiPS細胞の精製に関するものである。
【0082】
(1)201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製は、実施例1の(2)に記載の方法で行った。培養した201B7細胞の未分化マーカー陽性率(BC2LCN陽性率)は、97.5%であった。表2に、培養した201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0083】
(2)201B7細胞の精製
実施例1の(1)で作製した吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラム(吸着剤容量:500μL)を垂直に立てた状態で、細胞添加数が4.0×106個となるよう、前記(1)で調製した201B7細胞の懸濁液(0.5mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と201B7細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.5mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液として0.2mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(8.0mL)を添加して、脱着液と前記吸着剤と201B7細胞が結合した複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液(8.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。
【0084】
(3)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(4)に記載の方法により、前記(2)における流出細胞の流出率(細胞流出率)を算出した結果、細胞流出率は、1.0%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した流出細胞の未分化マーカー陽性率は46.6%であった。従って、本発明の細胞精製方法において、吸着剤127Q39L/C72Gを用いた場合も、培養した201B7細胞から未分化マーカー陽性率が低い細胞を除去できることが明らかとなった。表2に、細胞流出率と流出細胞の未分化マーカー陽性率を、実施例1の結果と共に示す。
【0085】
(4)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(5)に記載の方法により、前記(2)における脱着細胞の脱着率(細胞脱着率)を算出した結果、細胞脱着率は97.5%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した脱着細胞の未分化マーカー陽性率は99.8%であった。以上の結果、本発明の細胞精製方法において、吸着剤127Q39L/C72Gを用いた場合も、ヒト多能性幹細胞であるヒトiPS細胞を高純度に精製できることが明らかとなった。表2に、細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率を、実施例1の結果と共に示す。
【0086】
(5)流出細胞および脱着細胞の培養と未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(6)と同様の方法により、前記(2)において回収した流出細胞液および脱着細胞液(各1mL)を用い、流出細胞および脱着細胞を9日間培養したのち、実施例1の(2)に記載の方法により培養後の流出細胞および脱着細胞の未分化マーカー陽性率を算出した結果、流出細胞のBC2LCN陽性率は90.7%、TRA-1-60陽性率は88.9%であった。一方、脱着細胞のBC2LCN陽性率は99.8%、TRA-1-60陽性率は98.1%であった。従って、吸着剤127Q39L/C72Gを用いて精製したヒトiPS細胞は、培養しても高い未分化度を維持可能であることが明らかになった。表2に、培養後の流出細胞および脱着細胞の未分化マーカー陽性率を、実施例1の結果と共に示す。
【0087】
【0088】
比較例1 吸着剤155を用いたヒトiPS細胞の精製
比較例1は、配列番号1で示される155アミノ酸残基からなる組換えBC2LCNのアミノ酸配列のN末端にポリヒスチジン配列、C末端にシステインを含むオリゴペプチド配列を付加した組換えBC2LCN(155)cysが、水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤155を用いたヒトiPS細胞の精製に関するものである。
【0089】
(1)吸着剤155および吸着剤155を充填したカラムの作製
特開2020-025535号公報の比較例1に記載の方法に従って組換えBC2LCN(155)cys(配列番号10で示されるアミノ酸配列)を製造したのち、同公報の参考例3に記載の方法に従い、組換えBC2LCN(155)cysが水に不溶性の担体に固定化されてなる吸着剤155を製造した。また、実施例1の(1)に記載の方法により、吸着剤155が充填されてなるカラムを作製した(吸着剤容量:500μL)。
【0090】
(2)201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製は、実施例1の(2)に記載の方法で行った。培養した201B7細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は96.2%、TRA-1-60陽性率は98.5%であった。表3に、培養した201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0091】
(3)吸着剤155を用いた201B7細胞の精製
前記(1)で作製したカラムを垂直に立てた状態で、細胞添加数が5.0×106個となるよう、前記(1)で調製した201B7細胞の懸濁液(0.5mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と201B7細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.5mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。
【0092】
(4)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(4)に記載の方法により、前記(3)における流出細胞の流出率(細胞流出率)を算出した結果、細胞流出率は、8.0%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した流出細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は93.7%、TRA-1-60陽性率は93.5%であった。実施例1および実施例2の結果と、比較例1の結果を比較すると、細胞流出率は、実施例1および実施例2では1%以下であるのに対し、比較例1では8%となっており、また、流出細胞の未分化マーカー陽性率は実施例1および実施例2では80%以下であるのに対し、比較例1では90%以上となっている。従って、本発明の細胞精製方法において、吸着剤155を用いた場合は、本発明の細胞精製方法の工程(Z2)において未分化マーカー陽性率が高い細胞が流出するため、ヒトiPS細胞を高純度に精製できないことが明らかとなった。表3に、実施例1、実施例2および比較例1における、細胞流出率、培養した201B7細胞と流出細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0093】
【0094】
実施例3 吸着剤127Q39L/C72Gを用いたヒトiPS細胞の精製-2
実施例3は、吸着剤127Q39L/C72Gと、異なるフコース濃度の脱着液を用いたヒトiPS細胞の精製に関するものである。
【0095】
(1)201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製は、実施例1の(2)に記載の方法で行った。培養した201B7細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は98.9%、TRA-1-60陽性率は95.6%であった。表4と
図2に、培養した201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0096】
(2)異なるフコース濃度の脱着液を用いた201B7細胞の精製
実施例1の(1)で作製した吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラム(吸着剤容量:500μL)を垂直に立てた状態で、細胞添加数が1.2×107個となるよう、前記(1)で調製した201B7細胞の懸濁液(0.25mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と201B7細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.75mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液-1として0.08mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(6.5mL)を添加して、脱着液-1と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-1(6.5mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液-2として0.18mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(10.0mL)を添加して、脱着液-2と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-2(10.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。最後に、カラム上部より脱着液-3として0.50mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(8.0mL)を添加して、脱着液-3と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-3(8.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。
【0097】
(3)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(4)に記載の方法により、前記(2)における流出細胞の流出率(細胞流出率)を算出した結果、細胞流出率は、1.0%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した流出細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は69.1%、TRA-1-60陽性率は51.2%であった。表4に細胞流出率を、表4と
図2に流出細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0098】
(4)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(5)に記載の方法により、前記(2)における脱着細胞液-1から脱着細胞液-3の細胞脱着率を算出した結果、脱着細胞液-1の細胞脱着率は1.2%、脱着細胞液-2の細胞脱着率は92.8%、脱着細胞液-3の細胞脱着率は3.6%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した各脱着細胞液中の脱着細胞の未分化マーカー陽性率は、脱着細胞液-1のBC2LCN陽性率は72.7%、TRA-1-60陽性率は75.0%、脱着細胞液-2のBC2LCN陽性率は99.1%、TRA-1-60陽性率は97.1%、脱着細胞液-3のBC2LCN陽性率は91.7%、TRA-1-60陽性率は92.4%であった。以上の結果から、吸着剤127Q39L/C72GとヒトiPS細胞を接触させることで得られる複合体に、フコース濃度が0.08mol/Lより高く0.18mol/L以下の脱着液を接触させて得られる脱着細胞液-2を回収することにより、ヒト多能性幹細胞であるヒトiPS細胞を高純度に精製できることが明らかとなった。表4に各脱着細胞液の細胞脱着率と脱着細胞の未分化マーカー陽性率を、
図2に各脱着細胞液中の脱着細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0099】
【0100】
実施例4 吸着剤127Q39L/C72Gを用いたヒトiPS細胞の精製-3
実施例4は、吸着剤127Q39L/C72Gを用いたヒトiPS細胞と、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を細胞表面に有さないヒト胎児横紋筋肉腫由来細胞(ケー・エー・シーより入手。以下、RD細胞と略する場合もある。)の混合物からの、ヒトiPS細胞の精製に関するものである。
【0101】
(1)201B7細胞およびRD細胞の培養と細胞懸濁液の調製
201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製は、実施例1の(2)に記載の方法で行った。RD細胞は、細胞増殖用培地(ケー・エー・シー製)を用い、接着培養用シャーレ(コーニング製)に細胞を播種し、5%CO2雰囲気下、37℃で培養した。次に、以下の方法により、Cell Tracker Orangeを用いたRD細胞の蛍光染色を行った。RD細胞を培養中のシャーレ中の培地を廃棄後、無血清のRPMI 1640培地(富士フイルム和光純薬製)を添加して細胞を洗浄したのち、培地を吸引廃棄した。次に、Cell Tracker OrangeをRPMI 1640培地に終濃度10μMで溶解した溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬溶液を廃棄後、前記細胞増殖用培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。次に、培地を廃棄したのち、再び前記細胞増殖用培地培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。
【0102】
次に、細胞の回収と細胞懸濁液の調製を以下の方法で行った。シャーレにD-PBS(-)を添加して細胞を洗浄し、D-PBS(-)を廃棄する操作を2回繰り返したのち、Accutase(イノベーティブセルテクノロジー製)を添加して数分間放置したのち、ピペッティングを繰り返すことで細胞を培養面から剥離し、50mLチューブ中に回収した。回収した細胞を遠心分離して沈降後、細胞をMACS緩衝液で懸濁し、再度遠心分離して上清を廃棄することで細胞を洗浄した。この洗浄操作を2回繰り返したのち、MACS緩衝液で細胞を再度懸濁し、セルストレーナー(目開き40μm)を用いてろ過することにより、Cell Tracker Orangeで染色したRD細胞の細胞懸濁液を調製した。
【0103】
調製した201B7細胞およびRD細胞の懸濁液の一部を採取して10倍希釈し、血球計算盤を用いて細胞密度を算出したのち、両細胞懸濁液を混合して、以下に記載の吸着剤を用いた201B7細胞の精製に使用した。実施例1の(2)と同様の方法により算出した201B7細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は96.2%、TRA-1-60陽性率は94.6%であった。表5に201B7細胞懸濁液に含まれる201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0104】
(2)異なるフコース濃度の脱着液を用いた201B7細胞の精製
実施例1の(1)で作製した吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラム(吸着剤容量:500μL)を垂直に立てた状態で、細胞添加数が201B7細胞は1.0×106個、RD細胞は1.0×106個となるよう、前記(1)で調製した201B7細胞およびRD細胞の混合細胞懸濁液(1.0mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.0mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液-1として0.08mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(6.5mL)を添加して、脱着液-1と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-1(6.5mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液-2として0.18mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(10.0mL)を添加して、脱着液-2と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-2(10.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。最後に、カラム上部より脱着液-3として0.50mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(8.0mL)を添加して、脱着液-3と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-3(8.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。
【0105】
(3)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
前記(2)の操作によって得られた流出細胞液2mLをセルストレーナー・キャップ付き5mLポリスチレンラウンドチューブ(目開き40μm)に2mL分取し、細胞数計測用内部標準ビーズとしてCountBright Absolute Counting Beadsを50μL、7-AADを50μL添加したのち、セルソーター(FACSAria)を用いて流出細胞液に含まれる201B7細胞およびRD細胞の生細胞数を測定した。流出細胞液に含まれる各細胞の生細胞数をドットプロットで得られた内部標準ビーズの粒子数を元に比例計算により算出し、この生細胞数を前記(2)に記載の細胞添加数で除することにより各細胞の細胞流出率を算出した結果、201B7細胞の細胞流出率は2.0%、RD細胞の細胞流出率は87.0%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により、流出細胞液に含まれる201B7細胞の未分化マーカー陽性率を算出した結果、BC2LCN陽性率は0.1%、TRA-1-60陽性率は2.4%であった。表5に細胞流出率を、表5と
図3に流出細胞液に含まれる201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0106】
(4)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
前記(3)と同様の方法により、前記(2)における脱着細胞液-1から脱着細胞液-3に含まれる201B7細胞およびRD細胞の細胞脱着率を算出した結果、脱着細胞液-1における201B7細胞の細胞脱着率は0.9%、RD細胞の細胞脱着率は2.4%であった。また、脱着細胞液-2における201B7細胞の細胞脱着率は70.4%、RD細胞の細胞脱着率は1.1%であった。
【0107】
また、脱着細胞液-3における201B7細胞の細胞脱着率は10.4%、RD細胞の細胞脱着率は0.3%であった。さらに、実施例1の(2)に記載の方法により、前記(2)における脱着細胞液-1から脱着細胞液-3に含まれる201B7細胞の未分化マーカー陽性率を算出した結果、脱着細胞液-1のBC2LCN陽性率は38.5%、TRA-1-60陽性率は49.6%、脱着細胞液-2のBC2LCN陽性率は97.2%、TRA-1-60陽性率は96.4%、脱着細胞液-3のBC2LCN陽性率は92.4%、TRA-1-60陽性率は93.5%であった。
【0108】
以上の結果から、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を細胞表面に有するヒトiPS細胞と、前記糖鎖を細胞表面に有さないRD細胞とを含む試料液を吸着剤127Q39L/C72Gと接触させることで得られる複合体に、フコース濃度が0.08mol/Lより高く0.18mol/L以下の脱着液を接触させて得られる脱着細胞液-2を回収することにより、前記糖鎖を有するヒト多能性幹細胞であるヒトiPS細胞を高純度に精製できることが明らかとなった。表5に各脱着細胞液の細胞脱着率と201B7細胞の未分化マーカー陽性率を、
図3に各脱着細胞液に含まれる201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0109】
【0110】
実施例5 吸着剤127Q39L/C72Gを用いたがん細胞の精製-1
実施例5は、吸着剤127Q39L/C72Gを用いた、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を細胞表面に有するヒト肺腺がん由来細胞(PC-9細胞、DSファーマバイオメディカルより入手、ECACC株番号:90071810)の精製に関するものである。
【0111】
(1)PC-9細胞の培養と細胞懸濁液の調製
PC-9細胞は、10%FBS(Biological Industries製)と抗生物質溶液(ペニシリン-ストレプトマイシン溶液、富士フイルム和光純薬製)を添加したRPMI 1640培地(富士フイルム和光純薬製)を用い、接着培養用シャーレ(コーニング製)に細胞を播種し、5%CO2雰囲気下、37℃で培養した。次に、以下の方法により、Cell Tracker Orangeを用いたPC-9細胞の蛍光染色を行った。PC-9細胞の培養終了後、シャーレ中の培地を廃棄後、無血清のRPMI 1640培地(富士フイルム和光純薬製)を添加して細胞を洗浄したのち、培地を吸引廃棄した。次にCell Tracker Orangeを無血清のRPMI 1640培地に終濃度10μMで溶解した溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬溶液を廃棄後、10%FBSと抗生物質溶液を添加したRPMI 1640培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。培地を廃棄後、10%FBSと前記抗生物質溶液を添加したRPMI 1640培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。Cell Tracker Orangeで染色したPC-9細胞は、実施例4に記載のRD細胞の場合と同様の方法によりAccutaseを用いて培養面から剥離したのち、MACS緩衝液で洗浄し、細胞懸濁液を調製した。得られたPC-9細胞の懸濁液の一部を採取し、10倍希釈したのち血球計算盤を用いて細胞密度を算出し、この細胞密度を元にして、カラムへの添加細胞数を細胞密度で除することにより、カラムへの細胞添加数を算出した。実施例1の(2)と同様の方法により、PC-9細胞のBC2LCN陽性率を算出した結果、BC2LCN陽性率は54.6%であった。表6にPC-9細胞のBC2LCN陽性率を示す。
【0112】
(2)PC-9細胞の精製
実施例1の(1)で作製した吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラム(吸着剤容量:500μL)を垂直に立てた状態で、細胞添加数が2.7×106個となるよう、前記(1)で調製したPC-9細胞の懸濁液(0.5mL)をカラム上部より添加して、吸着剤とPC-9細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.5mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液として0.4mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(8.0mL)を添加して、脱着液と前記吸着剤とPC-9細胞が結合した複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液(8.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。
【0113】
(3)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(4)に記載の方法により、前記(2)における流出細胞の流出率(細胞流出率)を算出した結果、細胞流出率は、28.7%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した流出細胞のBC2LCN陽性率は45.6%であった。表6に細胞流出率と流出細胞のBC2LCN陽性率を示す。
【0114】
(4)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(5)に記載の方法により、前記(2)における脱着細胞の脱着率(細胞脱着率)を算出した結果、細胞脱着率は70.0%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した脱着細胞のBC2LCN陽性率は75.0%であった。従って、本発明の細胞精製方法により、培養したPC-9細胞の中から、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を細胞表面に多く有する細胞集団が得られることが明らかとなった。表6に、細胞脱着率および脱着細胞のBC2LCN陽性率を示す。
【0115】
【0116】
実施例6 吸着剤127Q39L/C72Gを用いたがん細胞の精製-2
実施例6は、吸着剤127Q39L/C72Gを用いた、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を細胞表面に有するヒト胎児性がん細胞である2102Ep細胞(Embryonal Carcinoma Cells Cl.4/D3細胞(コスモバイオより入手)と、前記糖鎖を細胞表面に有さないヒト間葉系幹細胞(JCRB1133:ヒト骨髄由来間葉系幹細胞、JCRB細胞バンクより入手。以下、hMSCと略する場合もある。)の混合物からの、2102Ep細胞の精製に関するものである。
【0117】
(1)2102Ep細胞およびhMSCの培養と細胞懸濁液の調製
2102Ep細胞は、10%FBSと抗生物質溶液(ペニシリン-ストレプトマイシン溶液)を添加したD-MEM培地(高グルコース、富士フイルム和光純薬製)を用い、直径10cmの接着培養用シャーレ(コーニング製)に細胞を播種し、5%CO2雰囲気下、37℃で培養した。次に、以下の方法により、Cell Tracker Green(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を用いた2102Ep細胞の蛍光染色を行った。2102Ep細胞を培養中のシャーレ中の培地を廃棄後、無血清のRPMI 1640培地を添加して細胞を洗浄したのち、培地を吸引廃棄した。
【0118】
次にCell Tracker GreenをRPMI 1640培地に終濃度0.03μMで溶解した溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬溶液を廃棄後、10%FBSと前記抗生物質溶液を添加したD-MEM培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。次に、培地を廃棄したのち、再び10%FBSと前記抗生物質溶液を添加したD-MEM培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。Cell Tracker Greenで染色した2102Ep細胞は、実施例4に記載RD細胞の場合と同様の方法によりAccutaseを用いて培養面から剥離したのち、MACS緩衝液で洗浄し、細胞懸濁液を調製した。
【0119】
hMSCは、10%FBS、抗生物質溶液(ペニシリン-ストレプトマイシン溶液)、L-グルタミン水溶液(富士フイルム和光純薬製)を添加したD-MEM培地(低グルコース、富士フイルム和光純薬製)を用い、接着培養用シャーレ(コーニング製)に細胞を播種し、5%CO2雰囲気下、37℃で培養した。次に、以下の方法により、Cell Tracker Red(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を用いたhMSCの蛍光染色を行った。hMSCを培養中のシャーレ中の培地を廃棄後、無血清のRPMI 1640培地(富士フイルム和光純薬製)を添加して細胞を洗浄したのち、培地を吸引廃棄した。次に、Cell Tracker RedをRPMI 1640培地に終濃度10μMで溶解した溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬溶液を廃棄後、10%FBSと前記抗生物質溶液とL-グルタミン水溶液を添加したD-MEM培地(低グルコース)培地を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。次に、培地を廃棄したのち、再び10%FBSと前記抗生物質溶液とL-グルタミン水溶液を添加したD-MEM培地(低グルコース)を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。Cell Tracker Redで染色したhMSCは、実施例4に記載のRD細胞の場合と同様の方法によりAccutaseを用いて培養面から剥離したのち、MACS緩衝液で洗浄し、細胞懸濁液を調製した。
【0120】
調製した2102Ep細胞およびhMSCの細胞懸濁液それぞれについて、実施例4に記載のPC-9細胞の場合と同様の方法により血球計算盤を用いて細胞密度を算出したのち、両細胞懸濁液を混合して、以下に記載の吸着剤を用いたがん細胞の精製に使用した。実施例1の(2)と同様の方法により、2102Ep細胞およびhMSCのBC2LCN陽性率を算出した結果、2102Ep細胞のBC2LCN陽性率は90.2%、hMSCのBC2LCN陽性率は1.8%であった。表7に2102Ep細胞およびhMSCのBC2LCN陽性率を示す。
【0121】
(2)2102Ep細胞の精製
実施例1の(1)で作製した吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラム(吸着剤容量:500μL)を垂直に立てた状態で、細胞添加数が2102Ep細胞は7.4×105個、hMSCは2.6×106個となるよう、前記(1)で調製した2102Ep細胞およびhMSCの混合細胞懸濁液(0.5mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.5mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液として0.2mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(10.0mL)を添加して、脱着液と前記吸着剤と細胞が結合した複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液(10.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。
【0122】
(3)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例4の(3)と同様の方法により、流出細胞液に含まれる2102Ep細胞およびhMSCの細胞流出率を算出した結果、2102Ep細胞の細胞流出率は20.0%、hMSCの細胞流出率は94.0%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により、流出細胞液に含まれる2102Ep細胞およびhMSCのBC2LCN陽性率を算出した結果、2102Ep細胞のBC2LCN陽性率は56.1%、hMSCのBC2LCN陽性率は0.8%%であった。表7に流出細胞液に含まれる2102Ep細胞およびhMSCの、細胞流出率およびBC2LCN陽性率を示す。
(4)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例4の(3)と同様の方法により、脱着細胞液に含まれる2102Ep細胞およびhMSCの細胞脱着率を算出した結果、2102Ep細胞の細胞脱着率は64.0%、hMSCの細胞脱着率は5.6%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により脱着細胞液に含まれる2102Ep細胞およびhMSCのBC2LCN陽性率を算出した結果、2102Ep細胞のBC2LCN陽性率は97.7%、hMSCのBC2LCN陽性率は2.0%であった。従って、本発明の細胞精製方法により、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcおよび/またはFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有するがん細胞(2102Ep細胞)と、Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcからなる構造を含む糖鎖およびFucα1-2Galβ1-3GalNAcからなる構造を含む糖鎖のいずれも有さない細胞(hMSC)の双方を含む混合物から、前記構造を含む糖鎖を細胞表面に有するがん細胞(2102Ep細胞)を精製できることが明らかとなった。表7に、2102Ep細胞およびhMSCの細胞流出率および細胞脱着率を示す。
【0123】
【0124】
実施例7 吸着剤127Q39L/C72Gを用いたヒトiPS細胞の精製-5
実施例7は、吸着剤127Q39L/C72Gを用いた、未分化状態を逸脱させたヒトiPS細胞(以下、未分化逸脱細胞と略する場合もある。)からの未分化状態を逸脱した細胞の除去および高未分化度を維持したヒトiPS細胞の精製に関するものである。
【0125】
(1)未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の培養は、非特許文献2に記載の方法を参考にして行った。具体的には、StemFit AK02N培地の構成物であるB液、C液をそれぞれ65℃にて30分加熱処理したのち、それらをStemFit AK02N培地の構成物であるA液に添加して混合した培地を予め調製した(以降、未分化逸脱化培地と呼ぶ。)。次に、iMatrix-511(ニッピ製)を3μg/mLの割合でD-PBS(-)に希釈した溶液を接着培養用シャーレに添加して4℃で一晩以上放置することにより、シャーレの培養面にiMatrix-511をコーティングした。次に、StemFit AK02N培地を添加してシャーレを洗浄後、凍結バイアルより解凍した201B7細胞を、ロックインヒビター(Y-27632)を10μM添加した同培地に懸濁して播種した。CO2インキュベーターで5%CO2雰囲気下、37℃にて一晩培養後、ロックインヒビターを含まないStemFit AK02N培地へと培地交換を行った。翌日、未分化逸脱化培地で培地交換を行い、その後3~4日に1度の頻度で未分化逸脱化培地による培地交換を行い、適切な細胞密度になったところで細胞を回収した。
【0126】
次に、細胞の回収と細胞懸濁液の調製を以下の方法で行った。シャーレにD-PBS(-)を添加して細胞を洗浄し、D-PBS(-)を廃棄する操作を2回繰り返したのち、CTS TrypLE Select EnzymeとVersene Solutionを1:1で混合した剥離溶液を添加し、5%CO2雰囲気下、37℃で10分間放置した。細胞が培養面から剥離しつつあるのを確認したのち、ピペッティングを繰り返すことで細胞を培養面から剥離し、50mLチューブ中に回収した。回収した細胞を遠心分離して沈降後、細胞をMACS緩衝液で懸濁し、再度遠心分離して上清を廃棄することで細胞を洗浄した。この洗浄操作を2回繰り返したのち、MACS緩衝液で細胞を再度懸濁し、セルストレーナー(目開き40μm)を用いてろ過することにより、未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の細胞懸濁液を調製した。得られた未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の懸濁液の一部を採取し、10倍希釈したのち血球計算盤を用いて細胞密度を算出し、この細胞密度を元にして、カラムへの添加細胞数を細胞密度で除することにより、カラムへの細胞添加数を算出した。実施例1の(2)と同様の方法により算出した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は86.8%、TRA-1-60陽性率は83.3%であり、実施例1から実施例4に記載の条件で培養した201B7細胞よりも低い未分化マーカー陽性率であった。表8と
図4に、培養した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0127】
(2)未分化逸脱細胞の除去および高未分化度を維持した201B7細胞の精製
実施例1の(1)で作製した吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラム(吸着剤容量:500μL)を垂直に立てた状態で、細胞添加数が1.0×106個となるよう、前記(1)で調製した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の懸濁液(0.5mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.5mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液として0.2mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(4.0mL)を添加して、脱着液と前記吸着剤と細胞が結合した複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液(4.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。
【0128】
(3)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(4)に記載の方法により、前記(3)における流出細胞の流出率(細胞流出率)を算出した結果、細胞流出率は4.8%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した流出細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は76.9%、TRA-1-60陽性率は69.2%であった。表8に細胞流出率と流出細胞の未分化マーカー陽性率を、
図4に流出細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0129】
(4)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(5)に記載の方法により、前記(2)における脱着細胞の細胞脱着率を算出した結果、細胞脱着率は76.0%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した脱着細胞液中の脱着細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は99.6%、TRA-1-60陽性率は98.0%であり、実施例1から実施例4に記載した脱着細胞液中の細胞と同等の未分化度を示した。したがって本発明の細胞精製方法により、未分化逸脱細胞を含むヒトiPS細胞中から、高未分化度を維持したヒトiPS細胞を精製可能であることが明らかとなった。表8と
図4に細胞脱着率と脱着細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0130】
【0131】
実施例8 吸着剤127Q39L/C72Gを用いたヒトiPS細胞の精製-6
実施例8は、吸着剤127Q39L/C72Gを用いた、未分化逸脱細胞から未分化状態を逸脱した細胞の除去および高未分化度を維持したヒトiPS細胞の精製に関するものである。
【0132】
(1)未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の培養と細胞懸濁液の調製
実施例7の(1)に記載の方法により、未分化逸脱化培地を調製した。同様に、実施例7の(1)に記載の方法により、接着培養用シャーレにiMatrix-511をコーティングしたのち、StemFit AK02N培地で201B7細胞の培養を開始し、37℃にて一晩培養後、ロックインヒビターを含まないStemFit AK02N培地へと培地交換を行った。翌日、未分化逸脱化培地で培地交換を行い、その後3~4日に1度の頻度で未分化逸脱化培地による培地交換を行い、未分化逸脱化培地で培養を開始してから10日間経過したところで、実施例7の(1)に記載の方法により201B7細胞を回収し、細胞懸濁液を調製した。得られた未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の懸濁液の一部を採取し、10倍希釈したのち血球計算盤を用いて細胞密度を算出し、この細胞密度を元にして、カラムへの添加細胞数を細胞密度で除することにより、カラムへの細胞添加数を算出した。実施例1の(2)と同様の方法により算出した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は69.6%、TRA-1-60陽性率は54.2%であり、実施例7に記載の条件で培養した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞よりもさらに低い未分化マーカー陽性率であった。表9と
図5に、培養した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0133】
(2)異なるフコース濃度の脱着液を用いた未分化逸脱細胞の除去および高未分化度を維持した201B7細胞の精製
実施例1の(1)で作製した吸着剤127Q39L/C72Gを充填したカラム(吸着剤容量:500μL)を垂直に立てた状態で、細胞添加数が1.0×106個となるよう、前記(1)で調製した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞の懸濁液(0.5mL)をカラム上部より添加して、吸着剤と細胞が結合した複合体を得た。次に、カラム上部よりMACS緩衝液(3.5mL)を添加して吸着剤を洗浄することにより、カラム底部から吸着剤に結合しなかった細胞(流出細胞)を含む流出細胞液(4.0mL)を容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液-1として0.05mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(4.0mL)を添加して、脱着液-1と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-1(4.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。次に、カラム上部より脱着液-2として0.20mol/Lのフコースを含むMACS緩衝液(4.0mL)を添加して、脱着液-2と前記複合体と接触させることにより、カラム底部から吸着剤から脱着させた細胞(脱着細胞)を含む脱着細胞液-2(4.0mL)を前記操作とは異なる容器に回収した。
【0134】
(3)細胞流出率および流出細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(4)に記載の方法により、前記(2)における流出細胞の流出率(細胞流出率)を算出した結果、細胞流出率は4.1%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した流出細胞の未分化マーカー陽性率は、BC2LCN陽性率は23.1%、TRA-1-60陽性率は23.1%であった。表9に細胞流出率と流出細胞の未分化マーカー陽性率を、
図5に流出細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0135】
(4)細胞脱着率および脱着細胞の未分化マーカー陽性率の測定
実施例1の(5)に記載の方法により、前記(2)における脱着細胞液-1と脱着細胞液-2の細胞脱着率を算出した結果、脱着細胞液-1の細胞脱着率は77.5%、脱着細胞液-2の細胞脱着率は8.6%であった。また、実施例1の(2)に記載の方法により算出した各脱着細胞液中の脱着細胞の未分化マーカー陽性率は、脱着細胞液-1のBC2LCN陽性率は75.2%、TRA-1-60陽性率は57.7%、脱着細胞液-2のBC2LCN陽性率は91.8%、TRA-1-60陽性率は82.0%であった。以上の結果から、本発明の細胞精製方法により、未分化マーカーであるBC2LCN陽性率が70%以下に低下した未分化逸脱細胞を含む201B7細胞からも、高未分化度を維持した201B7細胞を精製可能であることが明らかとなった。表9に細胞脱着率と各脱着細胞の未分化マーカー陽性率を、
図5に脱着細胞の未分化マーカー陽性率を示す。
【0136】