(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151800
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】テクスチャが保持された魚類の製造方法及びその方法で得られた非解体魚類
(51)【国際特許分類】
A23L 17/00 20160101AFI20220929BHJP
A23B 4/02 20060101ALI20220929BHJP
A23B 4/22 20060101ALI20220929BHJP
C07K 14/46 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
A23L17/00 A
A23B4/02 Z
A23B4/22
C07K14/46
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022046624
(22)【出願日】2022-03-23
(31)【優先権主張番号】P 2021048469
(32)【優先日】2021-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 希元
(72)【発明者】
【氏名】成澤 侑汰
(72)【発明者】
【氏名】中村 柚咲
【テーマコード(参考)】
4B042
4H045
【Fターム(参考)】
4B042AC06
4B042AD39
4B042AG12
4B042AK01
4B042AK10
4B042AP13
4H045AA30
4H045CA52
4H045EA60
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、長期保存後も優れたテクスチャを示す魚類の保存方法を提供することである。
【解決手段】前記課題は、本発明の塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、及びトランスグルタミナーゼからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質重合剤を含む溶液を、魚類の血管から注入する工程、を含む、テクスチャが保持された魚類の製造方法によって解決することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、及びトランスグルタミナーゼからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質重合剤を含む溶液を、魚類の血管から注入する工程、
を含む、テクスチャが保持された魚類の製造方法。
【請求項2】
前記溶液中の前記タンパク質重合剤が塩化ナトリウムの場合、塩化ナトリウムの濃度が4重量%以上である、請求項1に記載の魚類の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の魚類の製造方法によって製造される魚類。
【請求項4】
筋肉中のミオシンが重合している、請求項3に記載の魚類。
【請求項5】
筋肉中のミオシンを主としたタンパク質が重合している、請求項3に記載の魚類。
【請求項6】
筋肉中の塩分含量が0.3~2.5重量%である非解体魚類。
【請求項7】
実施例1又は2に記載の魚類の製造方法によって製造される、請求項6に記載の非解体魚類。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テクスチャが保持された魚類の製造方法及びその方法で得られた非解体魚類に関する。本発明によれば、保存後においても優れたテクスチャの魚類を得ることができる。
【背景技術】
【0002】
魚肉は自己消化性が高く、保存中にタンパク質が分解され、テクスチャが低下し歯応えが失われてしまうことが課題であった。
魚肉の鮮度を保持する方法として、延髄と背動脈の末端とを切断して放血処理を行い、タンパク質分解酵素が多く含まれる血液を魚体内から取り除くことにより、魚体からタンパク質分解酵素を減少させ、生鮮度低下の速度を抑制する方法が知られている。
また、血液を凝固させない成分である精製塩やクエン酸ナトリウムを含む灌流液を使用し、血管にこの灌流液を流し込む方法(特許文献1)、又は魚類の血管に海水から成る灌流液若しくは海水を水で希釈して成る灌流液を導入する方法(特許文献2)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平08-294357号公報
【特許文献2】特開2010-104356号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記の方法は、仮死状態又は麻痺状態の魚体を用いるものであり、実施できる時期が限られていた。また、保存後のテクスチャを改善するものではなかった。
本発明の目的は、長期保存後も優れたテクスチャを示す魚類の保存方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、長期保存後も優れたテクスチャを示す魚類の保存方法について、鋭意研究した結果、驚くべきことに、特定のタンパク質重合剤を用いることにより、優れたテクスチャを示す魚類の製造方法を見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
従って、本発明は、
[1]塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、及びトランスグルタミナーゼからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質重合剤を含む溶液を、魚類の血管から注入する工程、を含む、テクスチャが保持された魚類の製造方法、
[2]前記溶液中の前記タンパク質重合剤が塩化ナトリウムの場合、塩化ナトリウムの濃度が4重量%以上である、[1]に記載の魚類の製造方法、
[3][1]又は[2]に記載の魚類の製造方法によって製造される魚類、
[4]筋肉中のミオシンが重合している、[3]に記載の魚類、
[5]筋肉中のミオシンを主としたタンパク質が重合している、[3]に記載の魚類、
[6]筋肉中の塩分含量が0.3~2.5重量%である非解体魚類、及び
[7][1]又は[2]に記載の魚類の製造方法によって製造される、[6]に記載の非解体魚類、
に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のテクスチャが保持された魚類の製造方法によれば、長期保存後も魚肉の軟化を防止し、優れたテクスチャの魚類を提供することができる。死んだ魚に実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の製造法におけるタンパク質重合剤を含む溶液の尾動脈からの注入を示した写真である。
【
図2】実施例1の尾のみを切断したマアジ(1)、尾及び鰓入動脈を切断したマアジ(2)の筋肉中の塩分含量を示したグラフである。
【
図3】実施例2及び比較例1~2のマアジの筋肉中の塩分含量を示したグラフである。
【
図4】実施例2及び比較例1~2のマアジの破断試験の写真(A)、破断強度の具楽(A)、及び破断凹みのグラフ(B)を示した図である。
【
図5】実施例2及び比較例1~2のマアジのSDS-PAGEを示した写真である。
【
図6】飽和食塩水の注入時間を検討した実施例3~5のマアジの筋肉中の塩分含量を示したグラフである。
【
図7】飽和KCl水を用いた実施例6のマアジの筋肉中の塩分含量を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1]テクスチャが保持された魚類の製造方法
本発明の製造方法は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、及びトランスグルタミナーゼからなる群から選択されるタンパク質重合剤を含む溶液を、魚類の血管から注入する工程、を含む。
本発明の製造方法は、注入血管以外の血管が実質的に開放されてない方が好ましい。注入血管以外の血管が実質的に開放されていないことによって、効率的にタンパク質重合剤が魚類の筋肉中に貯留し、筋肉中のタンパク質重合剤の濃度を上昇させることができる。それによって、効率的に筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質の重合が促進する。本発明の製造方法は、魚類の保存方法として用いることができる。
本明細書において「注入血管以外の血管が実質的に開放されてない」とは、タンパク質重合剤を含む溶液が、開放された血管から大量に漏れない限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば、尾動脈、頸動脈、入鰓動脈、鎖骨下動脈及び背大動脈のうちの2つ以上の血管が切断され、開放されていないことを意味する。例えば実施例に記載のように、マアジの尾を切断し、尾動脈(背大動脈)から溶液を注入する場合、すなわち、尾動脈を注入血管とする場合、切断された断面の尾動脈以外の血管も切断されて開放されている。しかしながら、尾動脈以外の血管は、細く、タンパク質重合剤を含む溶液が大量に漏れだすことはないため、「注入血管以外の血管が実質的に開放されてない」状態である。一方、比較例に記載のように入鰓動脈を切断し、開放した場合はタンパク質重合剤を含む溶液が大量に開放された入鰓動脈から放出されるため、「注入血管以外の血管が実質的に開放されて」いる状態となる。
また、筋肉中の毛細血管は筋肉中で末端が開放されているが、これは「注入血管以外の血管が実質的に開放されている」ことには当たらない。「注入血管以外の血管が実質的に開放されている」とは、尾動脈、頸動脈、入鰓動脈、鎖骨下動脈及び背大動脈などの血管が切断され、開放されていることを意味するものである。
【0009】
《注入血管》
タンパク質重合剤を含む溶液を注入する血管は、前記溶液を筋肉中に貯留できるように注入できる限りにおいて、特に限定されるものではなく、比較的大きな動脈又は静脈を用いることができるが、血管の強さを考慮すると動脈が好ましい。血管の太さは限定されるものではないが、例えば0.5mm以上が好ましい。動脈としては、背大動脈、尾動脈、入鰓動脈、又は出鰓動脈が挙げられるが、好ましくは背大動脈、尾動脈、頸動脈、鎖骨下動脈、又は入鰓動脈である。前記の比較的大きな血管を用いることにより、効率的にタンパク質重合剤を含む溶液を注入し、筋肉内に貯留することができる。筋肉内にタンパク質重合剤が貯留することによって、効率的にミオシン又はミオシンを主としたタンパク質を重合させることができる。
【0010】
《タンパク質重合剤》
タンパク質重合剤は、筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質を重合できる限りにおいて、限定されるものではない。タンパク質重合剤は、溶媒に溶解して、その溶液を注入血管から注入する。溶媒としては、魚類を食することから、飲食可能な溶媒を用いる。例えば水、又はだし汁等が挙げられる。
前記溶液中の前記タンパク質重合剤の濃度は、筋肉中に十分にタンパク質重合剤が貯留できる限りにおいて特に限定されるものではないが、下限は好ましくは4重量%以上であり、より好ましくは6重量%以上であり、更に好ましくは10重量%であり、更に好ましくいは15重量%であり、更に好ましくは20重量%である。上限は、特に限定されるものではないが、塩の場合は飽和量であり、例えば26重量%以下である。
【0011】
(塩化ナトリウム)
タンパク質重合剤として、塩化ナトリウム(NaCl)を用いることができる。適当な濃度の塩化ナトリウムは、筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質を重合させることができ、魚肉が柔らかくなることを防ぎ、保存後の魚肉のテクスチャを維持又は向上させることができる。
塩化ナトリウムの溶液中の濃度は、限定されるものではないが、下限は好ましくは4重量%以上であり、より好ましくは6重量%以上であり、更に好ましくは10重量%であり、更に好ましくは15重量%であり、更に好ましくは20重量%である。上限は、特に限定されるものではないが、例えば26重量%以下である。
【0012】
(塩化カリウム)
タンパク質重合剤として、塩化カリウム(KCl)を用いることができる。適当な濃度の塩化ナトリウムは、筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質を重合させることができ、魚肉が柔らかくなることを防ぎ、保存後の魚肉のテクスチャを維持又は向上させることができる。
塩化カリウムの溶液中の濃度は、限定されるものではないが、下限は好ましくは4重量%以上であり、より好ましくは6重量%以上であり、更に好ましくは10重量%であり、更に好ましくは15重量%であり、更に好ましくは20重量%である。上限は、特に限定されるものではないが、例えば34重量%以下である。
【0013】
(塩化カルシウム)
タンパク質重合剤として、塩化カルシウム(CaCl2)を用いることができる。適当な濃度の塩化ナトリウムは、筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質を重合させることができ、魚肉が柔らかくなることを防ぎ、保存後の魚肉のテクスチャを維持又は向上させることができる。
塩化カリウムの溶液中の濃度は、限定されるものではないが、下限は好ましくは4重量%以上であり、より好ましくは6重量%以上であり、更に好ましくは10重量%であり、更に好ましくは15重量%であり、更に好ましくは20重量%である。上限は、特に限定されるものではないが、例えば42重量%以下である。
【0014】
(トランスグルタミナーゼ)
タンパク質重合剤として、トランスグルタミナーゼを用いることができる。トランスグルタミナーゼは、タンパク質を架橋することができ、筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質を重合させることによって、魚肉が柔らかくなることを防ぎ、保存後の魚肉のテクスチャを維持又は向上させることができる。
トランスグルタミナーゼは、哺乳動物、魚類、又は微生物等由来のトランスグルタミナーゼが挙げられるが、微生物由来のカルシウム非依存性のものが使用しやすい。例えば、ストレプトマイセス属に属する放線菌により産生されるトランスグルタミナーゼが挙げられ、ストレプトマイセス属として、ストレプトマイセス・モバレンス、ストレプトマイセス・シナモネウム、およびストレプトマイセス・グリセオカルネウム、ストレプトマイセス・ラベンデユラエ、又はストレプトマイセス・ラダカヌムが挙げられる。また、Oomycetes等の糸状菌由来のトランスグルタミナーゼを用いることもできる。更に、トランスグルタミナーゼは、市販されており、例えば、味の素(株)から販売されている「アクティバ」TGシリーズのアクティバKS-CT、アクティバTG-S、アクティバTG-S-NF、アクティバTG-Mコシキープなどを使用してもよい。
トランスグルタミナーゼの溶液中の濃度は、筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質を重合させることができる限りにおいて特に限定されるものではないが、1L中に例えば0.1~10万U(ユニット)であり、好ましくは10~1万U(ユニット)である。
【0015】
《魚類》
本発明の製造方法に使用される魚類は、限定されるものではなく、筋肉内にミオシンタンパク質を有するすべての魚類を対象とすることができ、例えば海水魚又は淡水魚を使用することができる。
魚体は、仮死状態又は麻痺状態の魚体を用いてもよいが、生きていない魚体を使用することもできる。水揚げされて、卸売市場等に搬入された魚類を使用しても、本発明の効果を得ることができるが、好ましくは死んでから七日以内の魚類が好ましく、五日以内の魚類が好ましく、三日以内の魚類が好ましい。一方、水揚げされて冷凍された魚類を解凍してから使用することもできる。
具体的な魚類としては、例えば、アイナメ、アカハタ、アカウオ、アジ、アトランティックサーモン、アナゴ、アユ、アンコウ、イサキ、イトヨリ、イワシ、イワナ、ウナギ、エイ、エソ、オコゼ、カイワリ、カサゴ、カジカ、カジキ、カツオ、カトラ、カマス、カレイ、カワハギ、カンパチ、キス、キンキ、キビナゴ、ギンザケ、グチ、コチ、コクレン、サケ、サバ、サメ、サンマ、サワラ、サヨリ、ソウギョ、ハクレン、パンガシウス、ヒラメ、ドジョウ、スズキ、タラ、タイ、タチウオ、トビウオ、ドジョウ、トラウトサーモン、ナイルテラピア、ナマズ、ニシン、ニジマス、ハゼ、ハタ、ハモ、ヒラメ、ヒラマサ、フグ、フナ、ブリ、(ハマチ、イナダ、メジロ等を含む)、ホッケ、ホキ、ムツ、マグロ、マゴイ、ミルクフィッシュ、メバル、ママカリ、ヤマトゴイ、ティラピア、又はロフーなどが挙げられる。
【0016】
タンパク質重合剤を含む溶液は、
図1に示すように、例えばノズルを用いて注入血管から注入する。ノズルの直径は、特に限定されるものではないが、例えば0.5mm~2mm程度の直径のノズルを使用すればよい。血管からの注入量は、前記タンパク質重合剤を含む溶液が十分に魚体内に貯留できる限りにおいて、特に限定されるものではない。例えば、100gの魚類の血液量は約6%であり、従って約6mLである。注入量は、例えば血液量の5倍~30倍であり、好ましくは10倍~20倍である。すなわち、100gの魚類の場合、30mL~180mLであり、好ましくは60mL~120mLである。溶液の注入速度も特に限定されるものではないが、例えば10mL/分~300mL/分で注入すればよい。
【0017】
《保存工程》
本発明の製造方法は、好ましくは10℃以下での保存工程を含む。本発明の製造方法は、積極的な保存工程を実施しない場合でも、本発明の効果である優れたテクスチャ(優れた破断強度、及び/又は優れた破断凹み)を得ることができる。すなわち、一時的な10℃を超える温度での保存、10℃を超える温度で二日程度の保存後の摂食においても、優れたテクスチャを得ることができるしかしながら、10℃以下での保存することによって、長期にわたる保存が可能であり、長期保存を行っても、優れたテクスチャを示すことができる。
保存温度は限定されるものではないが、好ましくは8℃以下であり、より好ましくは6℃以下であり、更に好ましくは5℃以下であり、更に好ましくは4℃以下である。保存温度の下限は限定されないが、凍結しない方が好ましく、従って0℃以上が好ましい。筋肉が凍結すると、タンパク質重合剤の筋肉への浸透が遅くなるからである。しかしながら、魚体の凍結による保存と、0℃以上による保存を組み合わせて保存することもできる。このような保存により、本発明の効果が阻害されるものではない。
保存期間も特に限定されないが、例えば2日以上であり、ある態様では4日以上であり、ある態様では6日以上であり、ある態様では10日以上である。上限も特に限定されるものではないが、例えば30日以下であり、好ましくは20日以下である。しかしながら、0℃以下での保存を組み合わせれば、更に長期の保存も可能である。
【0018】
[2]テクスチャが保持された魚類
本発明のテクスチャが保持された魚類は、好ましくは本発明の製造方法によって、製造することができる。しかしながら、本発明の製造方法によって製造された魚類に限定されるものではない。
【0019】
本発明のテクスチャが保持された魚類は、限定されるものではないが、筋肉中のミオシン又はミオシンを主としたタンパク質が重合している。ミオシンの重合は、例えば魚肉のSDS-PAGEによって確認することができる。
本発明の製造方法によって製造されたテクスチャが保持された魚類の場合、製造前の筋肉のSDS-PAGEと比較して、ミオシン重鎖(MHC)の単量体の含有量が80%以下、好ましくは70%以下、より好ましくは60%以下、更に好ましくは50%以下になっていることによって判断することができる。すなわち、ミオシン重鎖のバンド強度が減少していることは、ミオシン重鎖が重合していることを意味する。ミオシン重鎖が分解されたのではないことは、筋肉中の低分子タンパク質のバンド強度が増加していないことから判断できる。
なお、分子量約20万のミオシン重鎖の含有量は、実施例のSDS-PAGEにおけるミオシン重鎖の単量体のバンドの濃淡を画像解析することによって計算することができる。
【0020】
前記ミオシン重鎖の単量体の減少率は、製造前の筋肉のSDS-PAGEとの比較以外に、水を注入した魚類の筋肉のSDS-PAGEにおけるミオシン重鎖単量体、処理をしていない魚類の筋肉のSDS-PAGEにおけるミオシン重鎖単量体の量と比較してもよい。更に、同じ魚類の筋肉のSDS-PAGEにおけるミオシン重鎖単量体の量と比較してもよい。
ミオシン重鎖の単量体が減少し、ミオシン重鎖の重合体が増加していることによって、魚類の筋肉の破断強度及び/又は破断凹みが維持又は改善される。
【0021】
(破断強度)
本発明のテクスチャが保持された魚類は、破断強度が維持、又は改善されている。具体的には、本発明の魚類の製造方法の処置を行う前の破断強度と同等、又は強くなっている。破断強度は、限定されるものではないが、例えば80~500Kpaであり、ある態様では100~250Kpaであり、ある態様では100~220Kpaである。より具体的には、製造方法の処置を行って1日、3日、6日、8日、10日、12日、又は14日において、例えば80~300Kpaであり、ある態様では100~250Kpaであり、ある態様では100~220Kpaであり、ある態様では150~250Kpaであり、ある態様では170~230Kpaである。
【0022】
(破断凹み)
本発明のテクスチャが保持された魚類は、破断凹みが維持、又は改善されている。具体的には、本発明の魚類の製造方法の処置を行う前の破断凹みと同等、又は強くなっている。破断凹みは、限定されるものではないが、例えば2~20mmであり、ある態様では4~7mmであり、ある態様では4~6mmである。より具体的には、製造方法の処置を行って1日、3日、6日、8日、10日、12日、又は14日において、例えば3~8mmであり、ある態様では4~7mmであり、ある態様では4~6mmであり、ある態様では5~7mmである。
【0023】
破断強度及び破断凹みは、以下のように測定することができる。例えば、魚類の筋肉を縦2cm×横2cm×厚さ1cmにカットする。直径3mmの円柱プランジャーを用い、例えば1mm/秒で押し込み、破断試験を行い、破断強度及び破断凹みを測定することができる。
【0024】
《非解体魚類》
本発明のテクスチャが保持された魚類は、解体されたもの(例えば、切り身)でもよいが、解体されていない「非解体魚類」が好ましい。非解体魚類であることにより、商品価値を上げることもできる。
本明細書において「非解体魚類」とは、基本的に魚類の形態を残しているものを意味する。例えば切り身、又は三枚おろしは解体魚類である。また、同じくらいの大きさの2つの部分に切断されたものも解体魚類である。
一方、実施例等に記載の尾部を切断されたものは、非解体魚類に含まれる。また、内臓を取り出したものも非解体魚類であるが、内臓を含むものが好ましい。
【0025】
本発明のテクスチャが保持された魚類の1つの実施態様としては、筋肉中の塩分含量が0.3~2.5重量%である非解体魚類である。塩分含量は、特に限定されるものではないが、下限は好ましくは0.5重量%以上であり、ある態様では0.75%以上であり、ある態様では1重量%以上であり、ある態様では1.25重量%以上である。上限は好ましくは2重量%以下であり、ある態様では1.75重量%以下であり、ある態様では1.5重量%以下であり、ある態様では1.25重量%以下である。前記上限と下限とは、適宜組み合わせ、好適な範囲とすることができる。例えば、本発明のテクスチャが保持された魚類を刺身で食する場合は、0.3重量%~1.0重量%が好ましい。
前記塩分含量は、例えばNaCl、KCl、及びCaCl2の合計の含有量とすることができる。
【0026】
本発明の前記実施態様の筋肉中の塩分含量が0.3~2.5重量%である非解体魚類は、本発明の製造方法によって製造されたものでもよく、別の製造方法によって製造されたものでもよい。本発明の製造方法によって製造された場合、製造方法の処置を行って1日、3日、6日、8日、10日、12日、又は14日において、筋肉中の塩分含量は例えば0.5~2.0重量%であり、ある態様では0.8~2.0重量%であり、ある態様では1.0~2.0重量%であり、ある態様では1.2~2.0重量%であり、ある態様では1.2~1.8重量%であり、ある態様では1.5~1.8重量%である。
【0027】
《作用》
本発明の魚類が、保存後に優れたテクスチャを示す理由は、完全に解明されているわけではないが、以下のように推論することができる。しかしながら、本発明は以下の説明によって限定されるものではない。
本発明の魚類は、タンパク質重合剤によって、筋肉中のミオシン重鎖が重合している。ミオシン重鎖が重合することによって、保存後のタンパク質の分解を抑制しているものと推定される。すなわち、本発明に用いるタンパク質重合剤である塩化ナトリウム、塩カリウム、塩化カルシウム、又はトランスグルタミナーゼは、ミオシン重鎖を重合させることができる。これによって、筋肉中のタンパク質の分解が抑制され、そしてミオシン重鎖が重合していることによって、保存後においても優れたテクスチャを示すと考えられる。
【実施例0028】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0029】
《実施例1》
本実施例では、マアジを用いて、
(1)尾を切断し、尾動脈から塩化ナトリウム(飽和食塩水)を注入したもの、
(2)尾を切断し、更に鰓動脈を切断し、尾動脈から塩化ナトリウム(飽和食塩水)を注入し灌流したもの、及び
(3)尾を切断し、更に背大動脈を切断し、尾動脈から塩化ナトリウム(飽和食塩水)を注入し灌流したもの、
を製造した。マアジ(約200g)の尾部動脈から、240mL/分射出可能な1.5mm内径のノズルを用い、飽和食塩水を30秒注入した。処理後のマアジは5℃の冷蔵庫で保管した。
【0030】
図2Aに示すように、尾のみを切断したもの(1)は、24時間で筋肉中の塩分含量が1重量%以上に増加したが、尾及び鰓動脈を切断し、灌流したもの(2)は、筋肉中の塩分含量の上昇が少なかった。また、
図2Bに示すように、尾及び背大動脈を切断したもの(3)は、処理後の保存中に筋肉中の塩分含量が上昇しなかった。尾のみを切断したものは、筋肉内に塩化ナトリウムが十分に貯留したと考えられるが、尾及び鰓を切断したもの又は尾及び背大動脈を切断したものは、飽和食塩水が灌流により、鰓又は背大動脈から抜けたため、筋肉内での塩化ナトリウムの貯留が十分でなかったと考えられる。
【0031】
《実施例2及び比較例1~2》
本実施例では、マアジを用い、そして飽和食塩水(実施例2)又は水(比較例1)を用いて、本発明の製造方法を実施した。
飽和食塩水又は水を用いたこと、5℃での保存を14日まで行ったことを除いては、実施例1の(1)の操作を繰り返した。塩分含量の測定は、0日、1日、3日、6日、10日、14日に実施した。また、本発明の操作を行っていないものを比較例2として、筋肉中の塩分含量を測定した。
図3に示すように、比較例1及び2は、塩分含量は増加しなかったが、実施例2のマアジの筋肉中の塩分含量は、次第に増加し、14日で1.647重量%となった。
【0032】
《破断試験》
実施例2、及び比較例1~2で得られた筋肉について、0日、1日、3日、6日、10日、14日に破断試験を行い、破断強度、及び破断凹みを測定した。
マアジ筋肉を縦2cm×横2cm×厚さ1cmにカットし、直径3mmの円柱プランジャーを1mm/秒で押し込み、破断試験を行った。
図4に示すように、比較例1及び2のマアジは、6~14日で破断強度及び破断凹みが低下したが、実施例2のマアジは破断強度が増加し、破断凹みがほぼ維持された。
【0033】
《SDS-PAGE》
実施例2、及び比較例1~2で得られた0日、1日、3日、6日、10日、14日の筋肉のSDS-PAGEでの解析を行った。
マアジ筋肉を8M尿素-2%SDS-20mM Tris-HCl(pH8.8)に溶解し、市販の5~20%濃度勾配ポリアクリルアミドゲルを用いてLaemmli法に準じて電気泳動を行った。また電気泳動後のゲルについてはCBB染色を行った。
図5に示すように、実施例1のマアジは、3日、6日、10日、14日と保存期間が長くなるにつれて、ミオシン重鎖の単量体が減少し、ウエルに残ったタンパク質が増加しており、ミオシン重鎖が重合していると考えられた。
【0034】
《実施例3~5及び比較例3》
本実施例では、マアジを用い、そして飽和食塩水の注入時間を検討した。
飽和食塩水の注入時間を10秒(実施例3)、20秒(実施例4)、又は60秒(実施例5)としたことを除いては、実施例2の操作を繰り返した。塩分含量の測定は、0日、6日、及び14日に実施した。また、本発明の操作を行っていないもの比較例3として、筋肉中の塩分含量を測定した。
図6に示すように、注入時間が10秒でも塩分含量は増加した。
【0035】
《実施例6及び比較例4》
本実施例では、マアジを用い、そして飽和KCl水を用いて、本発明の製造方法を実施した。
飽和KCl水を用いたことを除いては、実施例2の操作を繰り返した。塩分含量の測定は、0日、6日、及び14日に実施した。また、本発明の操作を行っていない比較例4として、筋肉中の塩分含量を測定した。
図7に示すように、KClの注入によってマアジの筋肉中のKCl含量は、次第に増加した。