(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022153337
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】原子間力顕微鏡用探針の評価方法、および測定試料の表面形状の測定方法
(51)【国際特許分類】
G01Q 40/00 20100101AFI20221004BHJP
G01Q 60/34 20100101ALI20221004BHJP
【FI】
G01Q40/00
G01Q60/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051804
(22)【出願日】2022-03-28
(31)【優先権主張番号】P 2021054731
(32)【優先日】2021-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】横塚 英治
(57)【要約】
【課題】探針の使用による劣化度合いを定量的かつ容易に評価する。
【解決手段】原子間力顕微鏡に使用される探針の劣化を評価する方法であって、未使用の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、未使用の探針を用いて取得されるフォースカーブから初期状態での吸着力K
1を求める工程と、初期状態での吸着力K
1に基づき、吸着力のしきい値を設定する工程と、使用回数Xが1回以上である使用後の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、使用後の探針を用いて取得されるフォースカーブから使用後の吸着力K
Xを求める工程と、使用後の吸着力K
Xが吸着力のしきい値を超えたときに使用後の探針が劣化したと評価する工程と、を有する、原子間力顕微鏡用探針の評価方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子間力顕微鏡に使用される探針の劣化を評価する方法であって、
未使用の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記未使用の探針を用いて取得される前記フォースカーブから初期状態での吸着力K1を求める工程と、
前記初期状態での吸着力K1に基づき、吸着力のしきい値を設定する工程と、
使用回数Xが1回以上である使用後の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記使用後の探針を用いて取得される前記フォースカーブから使用後の吸着力KXを求める工程と、
前記使用後の吸着力KXが前記吸着力のしきい値を超えたときに前記使用後の探針が劣化したと評価する工程と、を有する、
原子間力顕微鏡用探針の評価方法。
【請求項2】
前記吸着力のしきい値をAとしたとき、A=α×K1であり、αが1以上10以下である、
請求項1に記載の原子間力顕微鏡用探針の評価方法。
【請求項3】
探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、複数の測定試料の表面形状を測定する方法であって、
未使用の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記未使用の探針を用いて取得される前記フォースカーブから初期状態での吸着力K1を求める工程と、
前記初期状態での吸着力K1に基づき、吸着力のしきい値を設定する工程と、
前記吸着力のしきい値を設定した探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、複数の測定試料のそれぞれについて表面形状を測定することを繰り返し行う工程と、
前記表面形状の測定と並行して、前記原子間力顕微鏡に使用される探針の劣化を評価する工程と、を有し、
前記探針の劣化を評価する工程は、
使用回数Xが1回以上である使用後の探針を前記測定試料の表面に接触させて表面形状を測定したときに取得されるフォースカーブから使用後の吸着力KXを求める工程と、
前記使用後の吸着力KXが前記吸着力のしきい値を超えたときに前記使用後の探針が劣化したと評価する工程と、を有する、
測定試料の表面形状の測定方法。
【請求項4】
前記吸着力のしきい値をAとしたとき、A=α×K1であり、αが1以上10以下である、
請求項3に記載の測定試料の表面形状の測定方法。
【請求項5】
探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、複数の測定試料のそれぞれについて表面形状を測定する方法であって、
前記測定試料とは別に準備した標準試料の表面に対して未使用の探針を接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記未使用の探針を用いて取得される前記フォースカーブから初期状態での吸着力K1を求める工程と、
前記初期状態での吸着力K1に基づき、吸着力のしきい値を設定する工程と、
前記吸着力のしきい値が設定された探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、前記複数の測定試料のそれぞれについて表面形状を測定することを繰り返し行う工程と、
前記表面形状の測定の間に、前記原子間力顕微鏡に使用される探針の劣化を評価する工程と、を有し、
前記探針の劣化を評価する工程は、
使用回数Xが1回以上である使用後の探針を前記標準試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記使用後の探針を用いて取得される前記フォースカーブから使用後の吸着力KXを求める工程と、
前記使用後の吸着力KXが前記吸着力のしきい値を超えたときに前記使用後の探針が劣化したと評価する工程と、を有する、
測定試料の表面形状の測定方法。
【請求項6】
前記吸着力のしきい値をAとしたとき、A=α×K1であり、αが1以上10以下である、
請求項5に記載の測定試料の表面形状の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子間力顕微鏡用探針の評価方法、および測定試料の表面形状の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精密計測分野において、高分解能を持つ計測装置のひとつに走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope: SPM)がある。この走査型プローブ顕微鏡とは、共通装置構成や原理を持つ様々な顕微鏡の総称である。
【0003】
走査型プローブ顕微鏡には、一般的に、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope : AFM)、走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope : STM)、走査型近接場光学顕微鏡(scanning near field optical microscopy : SNOM)などが知られている。
【0004】
例えば、原子間力顕微鏡は、基本的に試料ステージ、カンチレバーの先端に探針を備えたプローブおよびカンチレバーの変位を検出する検出器で構成され、試料に探針を接近または接触させた際に試料と探針の間に働く原子間力を検出し、この原子間力が一定となるように制御することによって、試料の表面形状や表面粗さ等の凹凸情報を得ることができる。
【0005】
原子間力顕微鏡によって試料の表面形状や表面粗さを測定する場合、探針先端の形状および状態が測定結果に大きく影響を及ぼす。例えば、同じ探針で繰り返し測定を行うと、探針の先端が摩耗により太くなったり破損したり、もしくは先端に汚れが付着したりすることで探針が劣化し、探針で表面形状を正確に測定できないことがある。そのため、探針の選択や状態管理は極めて重要である。
【0006】
非特許文献1には、JIS R 1683:2014(原子間力顕微鏡によるファインセラミックス薄膜の表面粗さ測定)で規格化されている探針評価の方法に準拠し、探針を管理することが提案されている。また、市販されている探針評価用の標準試料を用いて、試料の測定前後および測定間に標準試料を測定し、その結果が標準試料の規定の範囲内であるか否かによって探針先端の形状および状態を判定する方法も提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本規格協会、「原子間力顕微鏡によるファインセラミックス薄膜の表面粗さ測定方法(JIS R 1683:2014)」、2014年10月20日改正、p.1-23
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1に記載された方法は、JIS R 1683:2014で規格化されている探針の評価方法において、対象としている試料の算術平均粗さRaの適用範囲が1~30nmの場合に限定されている。そのため、算術平均粗さRaが1nm以下の試料を測定したい場合、探針検査精度の保証がなく、得られたデータの信頼性を判断することができなかった。
【0009】
また、作業者は、探針の形状の状態(劣化の度合い)を原子間力顕微鏡の測定結果から得られた表面形状像から、目視で判断しなければならず、探針の形状の状態を目視で判断する方法は、作業者による熟練度の差(経験差)やロット間のバラツキが生じやすい判定方法であった。
【0010】
一方、原子間力顕微鏡は原子レベルの分解能があることが知られており、算術平均粗さRaが1nm以下の試料においても原子間力顕微鏡による分析ニーズが高まっている。
【0011】
そこで、本発明は、探針の使用による劣化度合いを定量的かつ容易に評価できる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、原子間力顕微鏡で測定して得られるフォースカーブに着目した。フォースカーブとは、探針で測定試料の表面形状を測定するときに取得できるものであり、探針の先端を測定試料の表面に接近させて接触させた後に探針の先端を試料表面から離す過程での、探針の変位量とカンチレバーのたわみ量(カンチレバーに作用する力)との相関を示すものである。フォースカーブには、測定試料と探針との吸着力の情報が含まれている。吸着力(f)は、例えばカンチレバーの変位量(ΔX)とカンチレバーのバネ定数(k)からf=kΔXで算出される。この吸着力は本来、測定試料の材質固有の値となるが、探針が劣化し、探針の先端と測定試料との接触面積が増えることにより、固有の値よりも大きくなる。このことから、吸着力の変動を把握することにより探針の劣化度合いを評価できることを本発明者は見出した。
【0013】
本発明の第1の態様は、
原子間力顕微鏡に使用される探針の劣化を評価する方法であって、
未使用の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記未使用の探針を用いて取得される前記フォースカーブから初期状態での吸着力K1を求める工程と、
前記初期状態での吸着力K1に基づき、吸着力のしきい値を設定する工程と、
使用回数Xが1回以上である使用後の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記使用後の探針を用いて取得される前記フォースカーブから使用後の吸着力KXを求める工程と、
前記使用後の吸着力KXが前記吸着力のしきい値を超えたときに前記使用後の探針が劣化したと評価する工程と、を有する、
原子間力顕微鏡用探針の評価方法である。
【0014】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、
前記吸着力のしきい値をAとしたとき、A=α×K1であり、αが1以上10以下である。
【0015】
本発明の第3の態様は、
探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、複数の測定試料の表面形状を測定する方法であって、
未使用の探針を測定試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記未使用の探針を用いて取得される前記フォースカーブから初期状態での吸着力K1を求める工程と、
前記初期状態での吸着力K1に基づき、吸着力のしきい値を設定する工程と、
前記吸着力のしきい値を設定した探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、複数の測定試料のそれぞれについて表面形状を測定することを繰り返し行う工程と、
前記表面形状の測定と並行して、前記原子間力顕微鏡に使用される探針の劣化を評価する工程と、を有し、
前記探針の劣化を評価する工程は、
使用回数Xが1回以上である使用後の探針を前記測定試料の表面に接触させて表面形状を測定したときに取得されるフォースカーブから使用後の吸着力KXを求める工程と、
前記使用後の吸着力KXが前記吸着力のしきい値を超えたときに前記使用後の探針が劣化したと評価する工程と、を有する、
測定試料の表面形状の測定方法である。
【0016】
本発明の第4の態様は、第3の態様において、
前記吸着力のしきい値をAとしたとき、A=α×K1であり、αが1以上10以下である。
【0017】
本発明の第5の態様は、
探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、複数の測定試料のそれぞれについて表面形状を測定する方法であって、
前記測定試料とは別に準備した標準試料の表面に対して未使用の探針を接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記未使用の探針を用いて取得される前記フォースカーブから初期状態での吸着力K1を求める工程と、
前記初期状態での吸着力K1に基づき、吸着力のしきい値を設定する工程と、
前記吸着力のしきい値が設定された探針を備える原子間力顕微鏡を用いて、前記複数の測定試料のそれぞれについて表面形状を測定することを繰り返し行う工程と、
前記表面形状の測定の間に、前記原子間力顕微鏡に使用される探針の劣化を評価する工程と、を有し、
前記探針の劣化を評価する工程は、
使用回数Xが1回以上である使用後の探針を前記標準試料の表面に接触させて表面形状を測定するとともにフォースカーブを取得する工程と、
前記使用後の探針を用いて取得される前記フォースカーブから使用後の吸着力KXを求める工程と、
前記使用後の吸着力KXが前記吸着力のしきい値を超えたときに前記使用後の探針が劣化したと評価する工程と、を有する、
測定試料の表面形状の測定方法である。
【0018】
本発明の第6の態様は、第5の態様において、
前記吸着力のしきい値をAとしたとき、A=α×K1であり、αが1以上10以下である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、探針の使用による劣化度合いを定量的かつ容易に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、原子間力顕微鏡の構成を示す概略図である。
【
図2】
図2は、原子間力顕微鏡にてサンプル1の探針を用いて観察した測定試料の測定面を上視したときの平面図である。
【
図3】
図3は、原子間力顕微鏡にてサンプル2の探針を用いて観察した測定試料の測定面を上視したときの平面図である。
【
図4】
図4は、原子間力顕微鏡にてサンプル3の探針を用いて観察した測定試料の測定面を上視したときの平面図である。
【
図5】
図5は、原子間力顕微鏡にてサンプル4の探針を用いて観察した測定試料の測定面を上視したときの平面図である。
【
図6】
図6は、原子間力顕微鏡にてサンプル5の探針を用いて観察した測定試料の測定面を上視したときの平面図である。
【
図7】
図7は、原子間力顕微鏡にてサンプル6の探針を用いて観察した測定試料の測定面を上視したときの平面図である。
【
図8】
図8は、原子間力顕微鏡にてサンプル7の探針を用いて観察した測定試料の測定面を上視したときの平面図である。
【
図9】
図9は、サンプル1~7で使用する探針の先端状態を示す正面図である。
【
図10】
図10は、サンプル1~7の探針を用いたときの吸着力、先端状態および測定により得られる算術平均粗さの相関を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<本発明の一実施形態>
以下、本発明の一実施形態について説明する。以下では、原子間力顕微鏡の概略構成、探針の評価方法、および、探針の評価方法を含む測定試料の表面形状の測定方法の順に説明する。
【0022】
(1)原子間力顕微鏡の概略
まず、原子間力顕微鏡の基本的な構成を説明する。
図1は、原子間力顕微鏡装置の構成を示す概略図である。
【0023】
原子間力顕微鏡1は、
図1に示すように、試料ステージ10と、カンチレバー20と、カンチレバー20の先端に探針21を備えたプローブ22と、試料ステージ10またはカンチレバー20をX、Y方向に走査すると同時にZ方向を制御するスキャナー11と、X、Y走査信号をスキャナーに伝送するシグナル部30と、半導体レーザーをカンチレバー20に照射するレーザー部40と、カンチレバー20の変位を検出する検出部50と、探針21と測定試料12の表面との間が一定になるようにZ方向を制御する制御部60とから構成される。
【0024】
測定試料12(測定対象物)が試料ステージ10に載置され、この測定試料12の表面に接近させて探針21が配置される。探針21は、カンチレバー20のプローブ22の先端に形成され、微細な形状を有する針状の部材である。
【0025】
次に、具体的な原子間力顕微鏡1の測定方法を示す。試料ステージ10に測定試料12を載置し、測定試料12と探針21との間に原子間力が発生するような距離まで接近または接触させる。測定試料12と探針21との間に働く原子間力が一定となるように制御することによって、測定曲面のデータを採取する。この制御は、カンチレバー20の振動から速度信号を検出し、加振信号に加えることで制御できる。測定試料12の表面の特定領域を測定するときは、探針21が測定試料12の表面を走査するように移動させる。走査速度は、表面の凹凸の数や測定試料12によって選択可能である。その後、原子間力顕微鏡1に内蔵された解析ソフトによって、表面形状像、吸着力、算術平均粗さ、探針曲率半径などがユーザへ提供される。
【0026】
カンチレバー20の先端に形成される探針21は、角錐または円錐状の形状で測定試料12に接する先端が鋭い構造となっているが、厳密には先端は半球状となっている。探針21は、使用頻度が増すと摩耗や汚れの付着によって先端が太くなり、測定前後によっても形状が変化する。測定試料12の表面の凹凸形状に対して凹部の底部に針先が届かない先端の太い探針21を用いると、本来よりも凹凸が緩やかな形状として測定される。このとき、算術平均粗さは実際よりも小さく測定される。一方、探針21の先端が摩耗や汚れの付着によって太くなると、測定試料12と探針21の接触面積が増えるため、見かけの吸着力が増加する。そのため、測定前後や測定間においても、探針21の先端の形状や状態を把握しておく必要がある。このような理由から、原子間力顕微鏡1による表面形状の測定において、測定試料12の表面の凹凸形状に追従できるよう適した探針を用いることが重要である。
【0027】
(2)探針の評価方法
次に、原子間力顕微鏡用探針の評価方法について説明する。本実施形態では、探針の先端が摩耗や汚れにより劣化していることを、探針と測定試料との吸着力に基づいて評価する。以下では、同じ材質からなる複数の測定試料を探針で繰り返し測定するときに、探針の劣化状態を評価する場合を一例として説明する。
【0028】
まず、探針21の劣化状態を評価する基準となる吸着力のしきい値を設定するため、探針21の初期状態での吸着力を測定する。
【0029】
具体的には、まず、未使用の探針21を原子間力顕微鏡1に装着し、例えば、タッピングモード(圧電素子によってカンチレバー20を上下に振動させながら測定試料12の表面に接近させ、その振幅の変化を測定するモード)を用いて測定試料12の表面形状を測定する。このとき、表面形状に関する情報とともにフォースカーブを取得する。続いて、フォースカーブから吸着力を求める。このとき求められる吸着力は、探針21の初期状態、つまり劣化していない状態での吸着力となる。この吸着力は、測定面全体での平均値として求められる。ここで、未使用の探針21を用いて求められる吸着力を吸着力K1とする。
【0030】
なお、表面形状の測定条件は、特に限定されないが、算術平均粗さRaが1nm以下の測定試料12の表面形状を測定する場合であれば、例えば、測定範囲を1μm角~1.5μm角、走査速度を0.5~1Hz、画素数を256×256または512×512とするとよい。また例えば、先端が鋭い測定試料12や凹凸の数が多い測定試料12では、走査速度を0.5Hz以下にすることも可能である。また、凹凸が少ない場合は測定面積を広くすることも可能である。これにより、算術平均粗さRaが1nm以下でも、測定試料12の表面形状における凹凸部の表面積を精度良く求めることができる。なお、原子間力顕微鏡1におけるタッピングモードは、大気中や液中で試料の表面形状を測定することができる。
【0031】
次に、初期状態での吸着力K1に基づいて、探針21の劣化状態を評価するうえでの基準となる、吸着力のしきい値を設定する。上述したように、同じ探針21を繰り返し使用すると、探針21の先端が汚れたり、または摩耗したりすることで、探針が劣化してしまうことがある。また特に、算術平均粗さRaが1nm以下の表面形状を測定する場合、探針21の先端が太すぎると凹部の底部に探針21の先端が届かず、本来よりも凹凸が穏やかな形状として測定され、探針21の先端と測定試料12の接触面積が増えるため、見かけの吸着力が増加する。そこで、しきい値を設定し、探針21を繰り返し使用したときに測定される表面形状などのデータの信頼性を担保する。
【0032】
探針21の吸着力は探針21の使用回数に応じて増加する傾向があるので、吸着力のしきい値としては、探針21が劣化したとしても、測定試料12の表面形状を精度よく測定できるような値を設定するとよい。具体的には、しきい値をAとしたとき、しきい値はA=α×K1で表され、測定試料12の種類などに応じてαを適宜変更するとよい。ここで、αは、吸着力の増加倍数を示し、しきい値Aに応じて任意に設定できる数値である。増加倍数αが過度に小さいと、探針21があまり劣化していない状態にも関わらず、劣化と判断されるおそれがあり、増加倍数αが過度に大きいと、劣化しているにも関わらず、劣化していないと判断されるおそれがある。この点、増加倍数αは1以上10以下であることが好ましく、3以上6以下であることがより好ましい。このような増加倍数とすることにより、しきい値Aを、探針21の劣化状態を適切に判断できるような値に設定することができる。この結果、算術平均粗さRaが1nm以下の測定試料12について表面形状を精度よく測定することができる。
【0033】
なお、探針21の使用回数とは、1つの測定試料12に対してその表面形状を測定したときを1回とし、複数の測定試料12のそれぞれに対して表面形状の測定を行った場合は測定試料12の数分を示す。
【0034】
次に、しきい値を設定した探針21について、繰り返し使用した後の劣化状態を評価する。
【0035】
具体的には、まず、繰り返し使用後の探針21を準備し、その探針21を測定試料12の表面に接触させて表面形状を測定するとともに、フォースカーブを取得する。そして、取得したフォースカーブから吸着力を求める。このとき求められる吸着力は、探針21の使用後の状態、つまり探針21が劣化した状態での吸着力となる。ここで、使用後の探針21を用いて求められる吸着力を使用後の吸着力KXとする。なお、表面形状の測定条件は、測定試料12の種類などによって適宜変更することができるが、吸着力は測定条件により変動することもあるため、上述した未使用の探針21での測定条件と同一とするとよい。
【0036】
使用後の吸着力KXは、探針21の先端の劣化により、初期状態での吸着力K1よりも大きくなる。
【0037】
次に、使用後の吸着力KXを、上記で設定した吸着力のしきい値Aと比較し、使用後の探針21の劣化状態を評価する。具体的には、吸着力KXが吸着力のしきい値A以下であれば、使用後の探針21の状態が良好であり、表面形状を測定するうえで高い精度を得られると評価することができる。一方、吸着力KXが吸着力のしきい値Aを超えた場合であれば、探針21の先端が劣化したことを示す。例えば、探針21の先端が摩耗したり汚れたりすると、先端が太くなり、測定試料12との接触面積が増え、見かけ上の吸着力が増える。この場合、測定試料12の表面の微細な凹凸を精度よく測定できず、得られる表面形状像は緩やかな凹凸として観察され、本来有する表面形状を得られなくなる。また例えば、探針21の先端が欠損して先端が二股に分かれたりすると、測定試料12との接触面積が増え、見かけ上の吸着力が増えることとなる。この場合、欠損した探針21が測定試料12の表面を2回以上走査することとなり、得られる表面形状像が多重化して観察され、本来有する表面形状を得られなくなる。
【0038】
このように、探針21を繰り返し使用する間、使用後の吸着力Kxがしきい値Aを超えなければ、探針21の劣化がなく、探針21を使用し続けることができる。また、このときに測定される測定試料12の表面形状像などのデータの信頼性を担保することができる。一方、使用後の吸着力Kxがしきい値Aを超えてしまうと、探針21が劣化した、もしくは劣化する兆候があることとなり、測定される表面形状像などのデータの信頼性を担保できなくなる。この場合、使用後の探針21を未使用の探針21に交換して再度測定を行うとよい。
【0039】
以上により、探針の劣化状態を評価することができる。
【0040】
(3)測定試料の表面形状の測定方法
続いて、上述した探針21の評価方法を含む測定試料12の表面形状の測定方法について説明する。ここでは、複数の測定試料12について原子間力顕微鏡1を用いて表面形状の測定を繰り返し行うときに、各測定と並行して探針21の劣化状態を評価する場合を説明する。
【0041】
まず、未使用の探針21を原子間力顕微鏡1に装着する。
【0042】
続いて、1番目の測定試料12を原子間力顕微鏡1に導入し、その表面形状を測定する。このとき、表面形状に関する情報とともにフォースカーブを取得する。このフォースカーブから未使用の探針21の吸着力K1を求め、この吸着力K1から吸着力のしきい値Aに設定する。このしきい値Aは、例えば上述したA=α×K1(増加倍数αが1以上10以下)により適宜設定するとよい。
【0043】
続いて、原子間力顕微鏡1から1番目の測定試料12を取り出し、2番目の測定試料12を導入し、同様に表面形状に関する情報およびフォースカーブを取得する。このフォースカーブから求められる吸着力は、探針21の使用回数が2回での吸着力K2となる。この吸着力K2を吸着力のしきい値Aと比較し、しきい値A以下であれば探針21が劣化していない、しきい値Aを超えていれば劣化した、と判断する。探針21が劣化していな場合は、この探針21を繰り返し使用することができる。
【0044】
続いて、複数の測定試料12について表面形状の測定を繰り返し行い、X番目の測定試料12について同様に表面形状に関する情報およびフォースカーブを取得する。このフォースカーブから求められる吸着力は、探針21の使用回数がX回での吸着力KXとなる。この吸着力KXを吸着力のしきい値Aと比較し、しきい値Aを超えていれば、探針21が劣化したものと判断する。この場合、劣化した探針21を未使用のものに取り換えるとよい。
【0045】
以上により、複数の測定試料12について表面形状を繰り返し測定するのと並行して、探針21の劣化状態を把握することができる。
【0046】
なお、ここでは、表面形状の測定のたびに探針21の劣化状態の評価を行う場合を例として説明したが、例えば表面形状の測定を10回行うごとに劣化状態を評価するといったように、所定の測定回数ごとに劣化状態を評価してもよい。
【0047】
<本実施形態に係る効果>
本実施形態によれば、以下に示す1つ又は複数の効果を奏する。
【0048】
本実施形態では、探針21を繰り返し使用した後の使用後の吸着力Kxを、未使用の探針21を用いて求めた初期状態での吸着力K1から予め設定した吸着力のしきい値Aと比較することにより、使用後の探針21の劣化状態を定量的にかつ容易に評価している。これにより、例えば、探針21の先端が、算術平均粗さRaが1nm以下の測定試料12を測定するのに適した状態であるかどうか、を把握することができ、測定精度を高く維持することができる。
【0049】
吸着力のしきい値Aは、A=α×K1であり、増加倍数αが1以上10以下であることが好ましい。このようにしきい値Aを設定することにより、探針21の劣化状態をより正確に把握することができ、算術平均粗さRaが1nm以下の測定試料12の表面形状を測定する際に高い精度を維持することができる。
【0050】
また、本実施形態では、測定試料12の表面形状の測定とともにフォースカーブを取得できるので、同一種の測定試料12について複数個を順に測定する際、例えば測定試料12の表面形状を測定するたびに、また例えば所定個数の測定試料12を測定するごとに、そのときの探針21の吸着力を算出することができる。そのため、測定試料12の表面形状を測定しながら、探針21の劣化状態を把握することができる。これにより、使用後の吸着力Kxがしきい値A以下であれば、探針が劣化した状態ではなく、探針で測定された表面形状像が、測定者が要求するレベルでの測定結果として信頼性が高いことを確認することができる。また仮に、使用後の吸着力Kxがしきい値Aを超えていれば、探針21が劣化した状態であり、このとき得られた測定結果の信頼性が低いことを把握できる。このように、探針21の劣化状態を測定試料12の表面形状の測定とともに把握することで、測定精度を高く維持することができる。
【0051】
また、本実施形態の評価方法によれば、探針21に吸着力から求められるしきい値を設定しているので、例えば、探針21を原子間力顕微鏡1から一度取り外した後に再度装着するときに、しきい値を再度設定する必要がなく、評価効率を高めることができる。
【0052】
また、同種の探針21と測定試料12の組み合わせによれば、探針21の吸着力と劣化状態との相関があるので、使用回数が不明な探針についてフォースカーブを取得し、その吸着力から劣化状態を類推することができる。
【0053】
また本実施形態における測定試料の表面形状の測定方法によれば、上述した探針21の劣化状態を評価する工程を有することで、複数の測定試料12について表面形状の測定を繰り返し行うときに、劣化のない探針21を用いて各測定試料12の表面形状を測定することができる。つまり、高い測定精度を維持することができる。
【0054】
また、探針21の劣化状態の評価は、測定試料12の表面形状に関する情報とともに取得するフォースカーブから算出される吸着力に基づいて行うことができるので、特別な評価工程を設けることなく、測定効率を損なうことなく維持することができる。
【0055】
<他の実施形態>
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0056】
上述した実施形態では、探針21を測定試料12に接近または接触させたときの吸着力を用いて探針21の劣化状態を評価したが、本発明はこれに限定されない。例えば、対象とする測定試料12とは別に、探針21の吸着力を評価するための標準試料を準備し、この標準試料を探針21で測定したときのフォースカーブから求められる吸着力に基づいて探針21の劣化状態を評価してもよい。具体的には、未使用の探針21で標準試料を測定し、得られるフォースカーブから初期状態での吸着力K1を求め、しきい値Aを設定する。その後、例えば10点の測定試料12について表面形状の測定を行うたびに、標準試料に探針21を接触させてフォースカーブを取得し、使用後の吸着力KXを求め、しきい値Aとの比較から探針21の劣化状態を把握してもよい。なお、標準試料としては、測定試料12と同じ種類の材質からなるものを用いてもよく、測定試料12とは異なる材質からなるものを用いてもよい。
【0057】
標準試料を用いて探針21の劣化状態を評価しつつ、複数の測定試料12について表面形状の測定を繰り返し行う場合、例えば以下のように行うとよい。
【0058】
まず、未使用の探針21を装着した原子間力顕微鏡1に標準試料を導入し、その表面形状に関する情報とともにそのフォースカーブを取得する。このフォースカーブから未使用の探針21の吸着力K1を求め、これを吸着力のしきい値Aに設定する。
【0059】
続いて、しきい値Aを設定した探針21を備える原子間力顕微鏡1を用いて、複数の測定試料12について表面形状の測定を繰り返し行う。
【0060】
そして、測定試料12についての表面形状の測定を所定回数行った後、上述の標準試料について表面形状を測定し、表面形状に関する情報とともにそのフォースカーブを取得する。このフォースカーブから、使用回数がX回目の探針21の吸着力KXを求め、しきい値Aと比較することで、その劣化状態を判断する。
【0061】
このように、測定試料12の表面形状を測定する前に予め、別途準備した標準試料に対して表面形状の測定を行い、そのときの吸着力を求め、しきい値Aと比較することで、探針21の劣化状態を評価しながら表面形状の測定を行うことができる。
【実施例0062】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0063】
本実施例では、未使用の探針を繰り返し使用して初期状態の吸着力K1を求め、しきい値Aを設定した後、探針の使用回数による使用後の吸着力KXの変動をモニタリングし、探針の劣化状態を評価した。
【0064】
具体的には、まず、未使用の探針(会社名:ブルカーAXS、型番:ScanAsyst-Air)を原子間力顕微鏡(会社名:ブルカーAXS、製品名:Dimension Icon)に装着した。続いて、測定試料として、算術平均粗さRaが0.3nmの結晶基板を準備した。この結晶基板を原子間力顕微鏡に導入して、結晶基板の表面形状を測定した。測定条件としては、ピークフォースタッピングモードにて、結晶基板表面の1μm角の範囲を1Hzのスキャンスピードで256×256点測定した。なお、ピークフォースタッピングモードは、タッピングモードの一種である。
【0065】
次に、表面形状のデータとともに取得されたフォースカーブのデータを、原子間力顕微鏡に内蔵された解析ソフト(会社名:ブルカーAXS、製品名:NanoScope Analysis)にて解析した。これにより、探針について使用回数が1回のときの吸着力(初期状態での吸着力K1)を求めたところ、吸着力K1=0.41nNであった。
【0066】
次に、初期状態での吸着力K1に基づいて、吸着力のしきい値Aを設定した。本実施例では、しきい値A(=α×K1)について、探針の劣化による吸着力の増加倍数αを7.5として、Aを3.08nNに設定した。
【0067】
そして、しきい値Aを設定した探針を用いて、結晶基板の表面形状を繰り返し測定し、探針の使用回数と吸着力との相関を確認した。本実施例では、上述した使用回数Xが1回の探針を用いた例をサンプル1とし、下記表1に示すように、使用回数Xが41回、98回、142回、178回、203回である探針を用いた例をサンプル2~6とした。また、使用回数が不明な探針を用いた例をサンプル7とした。サンプル2~7について、サンプル1と同様に、結晶基板の表面形状像とともに、フォースカーブを取得して使用後の吸着力KXを求め、使用後の吸着力KXがしきい値A以下であれば劣化なしとして「〇」、しきい値Aを超えれば、劣化ありとして「×」と判定した。
【0068】
【0069】
また、サンプル1~7で得られた測定試料の測定面を上視したときの平面図を
図2~
図8に示す。初期状態の探針を用いたサンプル1では、
図2に示すように、算術平均粗さRaが1nm以下の測定試料の表面形状を精度よく測定できることが確認された。また、使用後の吸着力K
Xがしきい値A(3.08nN)以下であり、劣化がない(判定で〇)と評価されたサンプル2~4では、
図3~
図5に示すように、サンプル1と同様に表面形状を精度よく測定できることが確認された。サンプル2~4では、
図9に示すように、探針の先端が摩耗・欠損していない、もしくは摩耗・欠損したとしても、その度合いが測定精度に影響しない程度であるためと考えられる。
【0070】
一方、使用後の吸着力K
Xがしきい値A(3.08nN)を超え、劣化があり(判定で×)と評価されたサンプル5~7では、
図6~8に示すように、算術平均粗さRaが1nm以下の測定試料の表面形状を精度よく測定できないことが確認された。具体的には、サンプル5、6では、
図6、7に示すように、測定試料の表面が本来の凹凸よりも緩い凹凸として観察されることが確認された。これは、サンプル5、6では、探針の先端が、
図9に示すように、摩耗もしくは欠損により太くなったためと考えられる。また、サンプル7では、
図8に示すように、測定試料の表面の凹凸が二重に観察されることが確認された。これは、サンプル7では、
図9に示すように、探針の先端が二股に分かれて欠損しており、測定試料の表面を2回以上走査したためと考えられる。
【0071】
また、サンプル1~7の探針を用いたときの吸着力、先端状態および測定により得られる算術平均粗さの相関について
図10を用いて説明する。
図10において、左縦軸は吸着力の増加倍数αを、右縦軸は算術平均粗さRa[nm]を、横軸は探針先端の曲率半径[nm]をそれぞれ示す。図中、●のプロットはサンプル1~6における吸着力の増加倍数を、□のプロットはサンプル1~6で測定される算術平均粗さRaを、〇のプロットはサンプル7(先端が二股に分かれた探針)における吸着力の増加倍数を、△のプロットはサンプル7で測定される算術平均粗さRaをそれぞれ示す。
【0072】
図10に示すように、サンプル1~6によれば、使用回数が増えることにより、探針先端の曲率半径が大きくなり、先端が太くなることが確認された。先端が太くなるのにともなって、接触面積が増え、吸着力の増加倍数が大きくなることが確認された。また、先端が太くなるにつれて、算術平均粗さRaの値が小さくなり、測定試料の表面形状を精度よく測定できないことが確認された。つまり、算術平均粗さRaの変動からは、探針先端の摩耗度合いを把握できないことが確認された。
【0073】
また、サンプル7によれば、探針先端の曲率半径が小さいものの、吸着力の増加倍数αが大きく、接触面積が増大していることから、探針の先端が欠損により分かれたりすることが確認できた。
【0074】
以上のように、吸着力は探針先端の太さや欠損の状態に鋭敏であり、探針の先端形状の判定に有用であることがわかる。また、探針について、初期状態の吸着力K1からしきい値Aを設定し、使用後の吸着力KXをしきい値Aと比較することにより、探針の劣化状態を定量的にかつ容易に評価でき、作業者による熟練度の差やロット間のバラツキを低減することができる。