(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022154974
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】藻類の培養システム及び藻類の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20221005BHJP
C12N 1/12 20060101ALI20221005BHJP
【FI】
C12M1/00 E
C12N1/12 A
C12N1/12 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】43
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021058260
(22)【出願日】2021-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(71)【出願人】
【識別番号】591145335
【氏名又は名称】パナック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(72)【発明者】
【氏名】岩田 康嗣
(72)【発明者】
【氏名】富田 かな子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 石根
(72)【発明者】
【氏名】李 鎭雄
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 剛毅
(72)【発明者】
【氏名】大木 利哉
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB04
4B029CC01
4B029DG10
4B029GB09
4B065AA83X
4B065AC20
4B065BC50
4B065CA54
(57)【要約】
【課題】藻類を効率的に培養可能な藻類の培養システムを提供する。
【解決手段】内部に培養液を格納し、藻類を培養するための培養バッグ10と、培養バッグ10の内部に配置された、少なくとも一部がイオン透過性の疎水性高分子フィルムからなるインナーバッグ20と、インナーバッグ20内に、藻類の栄養素を含む栄養液を送るための栄養液供給流路30と、を備える培養システム。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に培養液を格納し、藻類を培養するための培養バッグと、
前記培養バッグの内部に配置された、少なくとも一部がイオン透過性の疎水性高分子フィルムからなるインナーバッグと、
前記インナーバッグ内に前記藻類の栄養素を含む栄養液を送るための栄養液供給流路と、
を備える、藻類の培養システム。
【請求項2】
前記疎水性高分子フィルムにおけるリン酸イオン浸透速度が0.1μmol/L/分以上である、請求項1に記載の藻類の培養システム。
【請求項3】
前記疎水性高分子フィルムがポリエチレンを含む、請求項1又は2に記載の藻類の培養システム。
【請求項4】
前記疎水性高分子フィルムが多孔質膜である、請求項1から3のいずれか1項に記載の藻類の培養システム。
【請求項5】
前記培養バッグが透過光を散乱させる、請求項1から4のいずれか1項に記載の藻類の培養システム。
【請求項6】
前記培養バッグの少なくとも一部が筒状である、請求項1から5のいずれか1項に記載の藻類の培養システム。
【請求項7】
前記培養バッグを複数備え、
前記複数の培養バッグに前記培養液を循環させるための循環流路をさらに備える、
請求項1から6のいずれか1項に記載の藻類の培養システム。
【請求項8】
前記複数の培養バッグが並列に配置されている、請求項7に記載の藻類の培養システム。
【請求項9】
前記循環流路が前記複数の培養バッグに前記培養液を直列に循環させる、請求項7又は8に記載の藻類の培養システム。
【請求項10】
前記栄養液供給流路に接続された、前記栄養液を貯蔵するための栄養液タンクをさらに備える、請求項1から9のいずれか1項に記載の藻類の培養システム。
【請求項11】
前記栄養液タンクにおいて、前記栄養液に二酸化炭素を溶解させる、請求項10に記載の藻類の培養システム。
【請求項12】
前記培養バッグに接続された、前記藻類を回収するための回収槽をさらに備える、請求項1から11のいずれか1項に記載の藻類の培養システム。
【請求項13】
前記回収槽が、前記藻類を一定速度で回収する、請求項12に記載の藻類の培養システム。
【請求項14】
前記インナーバッグ内の前記栄養液を回収するための栄養液回収流路をさらに備える、請求項1から13のいずれか1項に記載の藻類の培養システム。
【請求項15】
前記インナーバッグ内の前記栄養液を回収するための栄養液回収流路をさらに備え、
前記栄養液回収流路が、前記栄養液タンクに接続されている、
請求項10又は11に記載の藻類の培養システム。
【請求項16】
前記インナーバッグを複数備え、
前記栄養液を前記複数のインナーバッグへ送液する複数の栄養液供給流路と、
前記複数のインナーバッグから前記栄養液を前記栄養液タンクへ回収する複数の栄養液回収流路と、
をさらに備え、
前記複数の栄養液供給流路の少なくとも一部が、前記栄養液タンクに並列に接続され、
前記複数の栄養液回収流路の少なくとも一部が、前記栄養液タンクに並列に接続されている、
請求項10又は11に記載の藻類の培養システム。
【請求項17】
前記栄養液回収流路に設けられた、前記回収された栄養液に栄養素を添加する栄養素添加装置をさらに備える、請求項15に記載の藻類の培養システム。
【請求項18】
前記栄養素添加装置に接続された、栄養素の原料液を送るための栄養素原料液流路をさらに備え、
前記栄養素添加装置が、前記栄養素が透過する栄養素透過膜を備え、
前記栄養素添加装置において、前記栄養液回収流路と、前記栄養素原料液流路と、が、前記栄養素透過膜を介して対向する、
請求項17に記載の藻類の培養システム。
【請求項19】
前記栄養素透過膜が親水性である、請求項18に記載の藻類の培養システム。
【請求項20】
前記栄養素透過膜がセルロースを含む、請求項18又は19に記載の藻類の培養システム。
【請求項21】
培養バッグ内部の培養液中で藻類を培養することと、
前記培養バッグの内部に配置された、少なくとも一部がイオン透過性の疎水性高分子フィルムからなるインナーバッグの内部の栄養液に含まれる栄養素が、前記培養バッグの内部の前記培養液内に移動することと、
を含む、藻類の培養方法。
【請求項22】
前記疎水性高分子フィルムにおけるリン酸イオン浸透速度が0.1μmol/L/分以上である、請求項21に記載の藻類の培養方法。
【請求項23】
前記疎水性高分子フィルムがポリエチレンを含む、請求項21又は22に記載の藻類の培養方法。
【請求項24】
前記疎水性高分子フィルムが多孔質膜である、請求項21から23のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項25】
前記培養バッグが透過光を散乱させることをさらに含む、請求項21から24のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項26】
前記培養バッグの少なくとも一部が筒状である、請求項21から25のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項27】
前記培養バッグの数が複数であり、
前記複数の培養バッグに培養液を循環させることをさらに含む、
請求項21から26のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項28】
前記複数の培養バッグが並列に配置されている、請求項27に記載の藻類の培養方法。
【請求項29】
前記複数の培養バッグに前記培養液を直列に循環させる、請求項27又は28に記載の藻類の培養方法。
【請求項30】
前記栄養液に二酸化炭素を溶解させることをさらに含む、請求項21から29のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項31】
前記培養バッグから前記藻類を回収することをさらに含む、請求項21から30のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項32】
前記藻類を一定速度で回収する、請求項31に記載の藻類の培養方法。
【請求項33】
前記インナーバッグ内の前記栄養液を回収することをさらに含む、請求項21から32のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項34】
前記回収した栄養液を、前記インナーバッグに戻すことをさらに含む、請求項33に記載の藻類の培養方法。
【請求項35】
前記インナーバッグの数が複数であり、
栄養液タンクから前記複数のインナーバッグへ複数の栄養液供給流路を介して前記栄養液を送液し、
前記複数のインナーバッグから前記栄養液タンクへ複数の栄養液回収流路を介して前記栄養液を回収し、
前記複数の栄養液供給流路の少なくとも一部が、前記栄養液タンクに並列に接続され、
前記複数の栄養液回収流路の少なくとも一部が、前記栄養液タンクに並列に接続されている、
請求項21から34のいずれか1項に記載の藻類の培養方法。
【請求項36】
前記回収された栄養液に栄養素を添加することをさらに含む、請求項34に記載の藻類の培養方法。
【請求項37】
前記栄養素が透過する栄養素透過膜を介して、前記回収された栄養液に栄養素を添加する、請求項36に記載の藻類の培養方法。
【請求項38】
前記栄養素透過膜が親水性である、請求項37に記載の藻類の培養方法。
【請求項39】
前記栄養素透過膜がセルロースを含む、請求項37又は38に記載の藻類の培養方法。
【請求項40】
疎水性高分子フィルムをイオン透過性にすることと、
前記イオン透過性にされた疎水性高分子フィルムでバッグを形成することと、
を含む、藻類の栄養液のバッグの製造方法。
【請求項41】
前記イオン透過性にすることにおいて、前記疎水性高分子フィルムにエタノールを接触させる、請求項40に記載の藻類の栄養液のバッグの製造方法。
【請求項42】
疎水性高分子フィルムでバッグを形成することと、
前記疎水性高分子フィルムをイオン透過性にすることと、
を含む、藻類の栄養液のバッグの製造方法。
【請求項43】
前記イオン透過性にすることにおいて、前記疎水性高分子フィルムにエタノールを接触させる、請求項42に記載の藻類の栄養液のバッグの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、藻類の培養システム及び藻類の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本国の温室効果ガスの年間排出量はここ10年約13~14億CO2t/年で推移し、その大部分は化石燃料の消費によって発生した11億3900万t/年のCO2が占めている。そのため、石炭・石炭製品の消費割合を抑え、化石燃料の代替燃料としてCO2排出がゼロであるバイオマス燃料に高い期待が寄せられている。
【0003】
微細藻類(以下「藻類」は全て微細藻類を意味し、ワカメ、昆布などの藻類と区別する)が生産する脂質を利用した燃料(以下、「藻類バイオマス燃料」という。)は、個体炭素重量に占めるオイルの比率が高く、自然界で高密度に集団発生する性質をもつことから、藻類の高密度培養によってCO2を効率よく固定し、そのオイル生産性(単位面積当たりの日生産量)を高められる可能性がある。海産性ハプト藻を始め、藻類の中には5~6時間の短時間で世代交代を行う藻類もあり、個体数は世帯交代数を冪とする2の冪乗で増加する。その増加速度は世帯交代を繰り返すごとに急激に高くなる。一日当たりの世帯交代数をs(/日)とすると、d日間に生じる生体交代数xは、下記(1)式で与えられる。
x = sd (1)
藻類の培養開始時における細胞密度をn0(細胞数/m3)、培養容積をV(m3)とすると、d日後の細胞数N(d)は、下記(2)式で与えられる。
N(d) = n0 V ×2x (2)
【0004】
CO2の年間排出量をQ(CO2t/yr)として、Qと、藻類の炭素固定と、のバランス(Q=N)を考える。藻類の細胞に占める炭素量(炭素固定量)をc(t/細胞数)とすると、CO2の排出・固定のバランスは、下記(3)式で与えられる。
Q = c × N(d) = c × n0 V ×2x (3)
【0005】
海産性藻類のTisochrysis luteaを例に挙げると、光合成による細胞単位の炭素固定量cは約3.67(t/1017cells)、世代交代数sは約4(/日)である。水深0.3m、面積1000m2(0.1ha)の小規模な池(V=300m3)でTisochrysis luteaを培養した場合、初期細胞密度n0が3×1011(細胞数/m3)であるとすると、10.5日でTisochrysis luteaによる炭素固定量は11.1億CO2tとなり、年間CO2総排出量11.4億CO2tのほぼ全ての量が固定され、CO2の排出と、固定と、のバランスがとれる計算である。固定された炭素量の10%が仮にバイオ燃料として生産されると、その量は1.2億kLに上り、日本国の年間総輸送燃料(ガソリン、ジェット燃料、軽油)消費量に相当する。
【0006】
しかし、実際に藻類を培養しても、膨大な炭素量が短時間で固定されることはなく、Tisochrysis luteaの細胞密度は1×1014(細胞数/m3)を大きく超えることはない。そのため、固定される炭素量は、僅か1.1tに留まる。光合成藻類の生育は、2の冪乗での成長が持続せずに頭打ち(飽和状態)になる。その理由を、以下説明する。
【0007】
藻類の生育にはCO2以外の栄養素の投与が必要である。2の冪乗すなわち時間の指数関数で生育する藻類に対して、生育に必要な栄養素を生育に従って投与するためには、栄養素の投与量を指数関数的に制御する必要があり、現実的ではない。従来の藻類培養では、予め一定量の栄養素を投与するバッチ方式が採られるのが一般的である。栄養素の投与した量に見合った藻類数に達した時点で、藻類の培養は終了する。栄養素の投与量をG、細胞当たりに必要な栄養素量をgとして、2の冪数xが下記(4)式で与えられる条件を満たす小さい間は、上記(2)式に従い、藻類は生育する。
G/g > 2x N0, (N0 = n0V) (4)
【0008】
冪数xが増大して
【数1】
となるx=x
cに達し、栄養分を全ての細胞に平等に配分すると、十分な量の栄養素が全ての細胞に行き渡らず、全ての細胞が生育できなくなる。細胞の個体差によって生育に必要な栄養素量にバラつきがあると、一部の細胞が生育し、栄養素の量は減少し、残りの細胞はますます生育し難くなる。
【0009】
【数2】
では、細胞数の増加量は指数関数的に減少して2の冪乗生育曲線からは大きく外れ、数学的には無限時間かけて栄養を使い果たす。実際の藻類培養では、
【数3】
となる時間の経過後は、藻類の生育は徐々に飽和する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2015-192927号公報
【特許文献2】特開2013-85534号公報
【特許文献3】特表2018-537948号公報
【特許文献4】特開2004-81157号公報
【特許文献5】特開2007-330215号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Carroll, J.J., Slupsky, J.D., Mather, A.E., J. Phys. Chem. Ref. Data 20, (1991) pp1201-1209
【非特許文献2】M. Baba, Y. Hanawa, I. Suzuki, Y. Shiraiwa, "Regulation of the expression of H43/Feal by multi-signals", Photosynth. Res. 109 (2011) pp169-177
【非特許文献3】草薙ら、産業資材用高分子の吸湿性 T-IR法でみた疎水性ポリマーと水分子との相互作用、繊維工学 39, (1986) pp20-30
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
細胞数の時間変化(x変化)は上記(2)式で与えられ、世帯交代が生じる毎の細胞数変化量を示す時間微分(x微分)は、下記(5)式で与えられる。
dN(x) / dx = ln(2) N(x) = ln(2) n0 V ×2x (5)
【0013】
藻類を培養する際は、藻類の培養液中の濃度が高くなり、藻体自体による光の自己吸収で成長曲線が上記(2)式から大きく外れずに、なるべく高い細胞数密度n(x)をnC=n(xC)に設定し、x>xCでは常に培養液中の細胞数濃度がnCに保たれるようにする。x>xC以降の細胞数の時間変化(x変化)は、下記(6)式で与えられ、微細藻類の細胞数は、時間に対して線形、すなわち一定速度で増加する。ここでNC=N(xC)である。
N(x) = NC [ln(2) (x - xC ) + 1] (6)
【0014】
(2)式と(6)式に基づき計算した微細藻類の培養モデルによるCO
2の固定能力を
図1に示す。藻類の平均世帯交代時間を6時間とし、1日に平均4回の世帯交代が生じるとする。n
C=1×10
13細胞数/m
3とn
C=1×10
14細胞数/m
3の二通りの場合について計算を行った。前者の方がより実際に近い条件を示す。藻類の培養は、面積20ha、培養液の水深1mの水槽を50カ所設けた場合を想定した。
図1には、日本国内におけるCO
2の排出量312万CO
2t/日を示した。これは、化石燃料の消費により排出される11億3900万CO
2t/年に相当する。
図2には、
図1に示した微細藻類培養によるCO
2固定能力と、日本国内の化石燃料によるCO
2排出量とを比較し、両者の比を示した。n
C=1×10
13細胞数/m
3の場合、日本国内の化石燃料によるCO
2排出量の0.5%を固定可能である。すなわち20万haの培養面積を確保することで、日本国内化石燃料によるCO
2排出量全てが固定されることになる。
【0015】
光合成藻類では細胞数密度の増加に伴い、光入射方向の前面にある細胞の光吸収量が、入射深度lに依存して指数関数e-αlで減衰する。ここでαは細胞数密度に依存した光吸収係数を表し、細胞数密度が増加するに従って大きくなる。細胞数密度の増加に伴う光吸収によって藻類の生育は大幅に制限され、バイオマス燃料の生産量も大幅に減少する。光合成藻類にとって効率よく光合成が行える水深はせいぜい30cm程度であり、オイル等の生産物を光合成藻類から収穫するには広大な面積を必要とすることになる。
【0016】
そのため、単位面積当たりの藻類生産量は、生産コストに影響を及ぼし得る。微細藻類に限らず光合成に必要な自然光の光量は、通常、地上の太陽光エネルギーの5%から8%程度であるため、微細藻類の光合成には、太陽光を分散して低エネルギー密度で利用することが望ましい。その分散した光エネルギーを水深深くに分布させる技術は、単位面積当たりの藻類の生産性を向上し得る。
【0017】
食品、栄養食品、香粧品、薬品基剤などの分野では、年間1から数トンレベルの藻類による生産量の需要があり、人工光を利用した室内でタンクによる藻類の培養が可能である。しかし、バイオ燃料の生産に藻類を利用する場合、目的に応じて年間数万から数百万トンの藻類による生産量の需要があり、藻類のフィールド培養を必要とする。藻類を培養可能な水深が2倍以上になれば、その分藻類による生産性は高くなり、細胞当たりのオイル生産量が増加する突然変異株を培養することで生産量は更に増加し、その効果はバイオ燃料の価格安定にも大きな効果を奏することから、光合成藻類培養の水深を深くする技術開発が望まれている。
【0018】
また、近年、低CO2環境の実現を目指して期待されるバイオマス発電の普及が進んでいるが、嫌気性メタン発酵で生産される大量の残渣の処理が課題になっている。一方、大量の藻類培養には、大量の窒素、リン栄養素を必要とする。しかし、藻類バイオ燃料を廉価に生産するためには、窒素、リン栄養素の工業製品を大量に利用すると経費が嵩む。嫌気性メタン発酵の残渣である消化液中には、大量の窒素、リン栄養素が含有されており、これらを藻類培養に利用可能な技術開発が望まれている。
【0019】
また、藻類培養技術では、従来、可塑性に富んだ高分子フィルムで製作したバッグを利用して微細藻類を培養する技術が提案されている。親水性の高分子多孔質フィルムの筒を富栄養化の湖沼や池、あるいは海洋沿岸域の大量の栄養塩とCO2が溶け込んだ海洋表層に浮かべ、微細藻類を培養する技術が提案されている(例えば、特許文献1から5、及び非特許文献1参照。)。これらの技術では、イオン透過性多孔質フィルムの材料として、ポリビニルアルコール(PVA)、セロファン、酢酸セルロース、硝酸セルロース、エチルセルロース、及びポリエステル等の親水性高分子を用いている。
【0020】
しかし、多孔質高分子フィルムは、一般に、素材繊維が疎に織り込まれた構造をもち、外的な力による損傷を受けやすく、また、異常孔径(ピンホール)が発生しやすい。そのため、強度の補強、取り扱い易さ、及び形状保持性の向上を目的として、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリビニルアルコール、及びセルロース等から成る不織布及び連通孔を有するスポンジ等が、親水性高分子と複合化されて用いられている。しかし、ポリビニルアルコール(PVA)、セロファン、酢酸セルロース、硝酸セルロース、エチルセルロースなどの再生セルロースフィルムは、加工性に難点がある。また、ポリエチレン、ポリプロピレン等は、疎水性であり、水溶性イオンの透過性が低い。
【0021】
そこで、本発明は、藻類を効率的に培養可能な培養システム及び藻類の培養方法を提供することを課題の少なくとも一部とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の態様によれば、内部に培養液を格納し、藻類を培養するための培養バッグと、培養バッグの内部に配置された、少なくとも一部がイオン透過性の疎水性高分子フィルムからなるインナーバッグと、インナーバッグ内に藻類の栄養素を含む栄養液を送るための栄養液供給流路と、を備える、藻類の培養システムが提供される。
【0023】
上記の藻類の培養システムにおいて、疎水性高分子フィルムにおけるリン酸イオン浸透速度が0.1μmol/L/分以上であってもよい。
【0024】
上記の藻類の培養システムにおいて、疎水性高分子フィルムがポリエチレンを含んでいてもよい。
【0025】
上記の藻類の培養システムにおいて、疎水性高分子フィルムが多孔質膜であってもよい。
【0026】
上記の藻類の培養システムにおいて、培養バッグが透過光を散乱させてもよい。
【0027】
上記の藻類の培養システムにおいて、培養バッグの少なくとも一部が筒状であってもよい。
【0028】
上記の藻類の培養システムが、培養バッグを複数備え、複数の培養バッグに培養液を循環させるための循環流路をさらに備えていてもよい。
【0029】
上記の藻類の培養システムにおいて、複数の培養バッグが並列に配置されていてもよい。
【0030】
上記の藻類の培養システムにおいて、複数の培養バッグが並列に配置され、循環流路が複数の培養バッグに培養液を直列に循環させてもよい。
【0031】
上記の藻類の培養システムが、栄養液供給流路に接続された、栄養液を貯蔵するための栄養液タンクをさらに備えていてもよい。
【0032】
上記の藻類の培養システムにおいて、栄養液タンクにおいて、栄養液に二酸化炭素を溶解させてもよい。
【0033】
上記の藻類の培養システムが、培養バッグに接続された、藻類を回収するための回収槽をさらに備えていてもよい。
【0034】
上記の藻類の培養システムにおいて、回収槽が、藻類を一定速度で回収してもよい。
【0035】
上記の藻類の培養システムが、インナーバッグ内の栄養液を回収するための栄養液回収流路をさらに備えていてもよい。
【0036】
上記の藻類の培養システムが、インナーバッグ内の栄養液を回収するための栄養液回収流路をさらに備え、栄養液回収流路が、栄養液タンクに接続されていてもよい。
【0037】
上記の藻類の培養システムが、インナーバッグを複数備えていてもよい。上記の藻類の培養システムが、栄養液を複数のインナーバッグへ送液する複数の栄養液供給流路を備えていてもよい。複数の栄養液供給流路の少なくとも一部が、栄養液タンクに並列に接続されていてもよい。上記の藻類の培養システムが、複数のインナーバッグから栄養液を栄養液タンクへ回収する複数の栄養液回収流路を備えていてもよい。複数の栄養液回収流路の少なくとも一部が、栄養液タンクに並列に接続されてもよい。
【0038】
上記の藻類の培養システムが、栄養液回収流路に設けられた、回収された栄養液に栄養素を添加する栄養素添加装置をさらに備えていてもよい。
【0039】
上記の藻類の培養システムが、栄養素添加装置に接続された、栄養素の原料液を送るための栄養素原料液流路をさらに備え、栄養素添加装置が、栄養素が透過する栄養素透過膜を備え、栄養素添加装置において、栄養液回収流路と、栄養素原料液流路と、が、栄養素透過膜を介して対向してもよい。
【0040】
上記の藻類の培養システムにおいて、栄養素透過膜が親水性であってもよい。
【0041】
上記の藻類の培養システムにおいて、栄養素透過膜がセルロースを含んでいてもよい。
【0042】
また、本発明の態様によれば、培養バッグ内部の培養液中で藻類を培養することと、培養バッグの内部に配置された、少なくとも一部がイオン透過性の疎水性高分子フィルムからなるインナーバッグの内部の栄養液に含まれる栄養素が、培養バッグの内部の培養液内に移動することと、を含む、藻類の培養方法が提供される。
【0043】
上記の藻類の培養方法において、疎水性高分子フィルムにおけるリン酸イオン浸透速度が0.1μmol/L/分以上であってもよい。
【0044】
上記の藻類の培養方法において、疎水性高分子フィルムがポリエチレンを含んでいてもよい。
【0045】
上記の藻類の培養方法において、疎水性高分子フィルムが多孔質膜であってもよい。
【0046】
上記の藻類の培養方法が、培養バッグが透過光を散乱させることをさらに含んでいてもよい。
【0047】
上記の藻類の培養方法において、培養バッグの少なくとも一部が筒状であってもよい。
【0048】
上記の藻類の培養方法において、培養バッグの数が複数であり、複数の培養バッグに培養液を循環させることをさらに含んでいてもよい。
【0049】
上記の藻類の培養方法において、複数の培養バッグが並列に配置されていてもよい。
【0050】
上記の藻類の培養方法において、複数の培養バッグに培養液を直列に循環させてもよい。
【0051】
上記の藻類の培養方法が、栄養液に二酸化炭素を溶解させることをさらに含んでいてもよい。
【0052】
上記の藻類の培養方法が、培養バッグから藻類を回収することをさらに含んでいてもよい。
【0053】
上記の藻類の培養方法において、藻類を一定速度で回収してもよい。
【0054】
上記の藻類の培養方法が、インナーバッグ内の栄養液を回収することをさらに含んでいてもよい。
【0055】
上記の藻類の培養方法が、回収した栄養液を、インナーバッグに戻すことをさらに含んでいてもよい。
【0056】
上記の藻類の培養方法において、インナーバッグの数が複数であり、栄養液タンクから複数のインナーバッグへ複数の栄養液供給流路を介して栄養液を送液し、複数のインナーバッグから栄養液タンクへ複数の栄養液回収流路を介して栄養液を回収し、複数の栄養液供給流路の少なくとも一部が、栄養液タンクに並列に接続され、複数の栄養液回収流路の少なくとも一部が、栄養液タンクに並列に接続されていてもよい。
【0057】
上記の藻類の培養方法が、回収された栄養液に栄養素を添加することを含んでいてもよい。
【0058】
上記の藻類の培養方法において、栄養素が透過する栄養素透過膜を介して、回収された栄養液に栄養素を添加してもよい。
【0059】
上記の藻類の培養方法において、栄養素透過膜が親水性であってもよい。
【0060】
上記の藻類の培養方法において、栄養素透過膜がセルロースを含んでいてもよい。
【0061】
また、本発明の態様によれば、疎水性高分子フィルムをイオン透過性にすることと、イオン透過性にされた疎水性高分子フィルムでバッグを形成することと、を含む、藻類の栄養液のバッグの製造方法が提供される。
【0062】
上記の藻類の栄養液のバッグの製造方法において、イオン透過性にすることにおいて、疎水性高分子フィルムにエタノールを接触させてもよい。
【0063】
また、本発明の態様によれば、疎水性高分子フィルムでバッグを形成することと、疎水性高分子フィルムをイオン透過性にすることと、を含む、藻類の栄養液のバッグの製造方法が提供される。
【0064】
上記の藻類の栄養液のバッグの製造方法において、イオン透過性にすることにおいて、疎水性高分子フィルムにエタノールを接触させてもよい。
【発明の効果】
【0065】
本発明によれば、藻類を効率的に培養可能な藻類の培養システム及び藻類の培養方法を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【
図1】微細藻類の培養モデルによるCO
2の固定能力を示すグラフである。
【
図2】微細藻類培養によるCO
2固定能力と、日本国内の化石燃料によるCO
2排出量と、を示すグラフである。
【
図3】実施形態に係る藻類の培養システムを示す模式図である。
【
図4】実施形態に係る培養バッグとインナーバッグに係る圧力を示す模式図である。
【
図5】実施形態に係る培養バッグを示す模式図である。
【
図6】実施例1に係る12ウェルトレーを示す写真である。
【
図7】実施例1に係る12ウェルトレーを示す写真である。
【
図8】実施例1に係る12ウェルトレーを示す写真である。
【
図9】実施例1に係る培養フラスコを示す写真である。
【
図10】実施例1に係るフィルムと藻類の乾燥重量の関係を示すグラフである。
【
図11】実施例1に係るフィルムと藻類の乾燥重量の関係を示すグラフである。
【
図12】実施例2に係るリン酸イオンの浸透量を示すグラフである。
【
図13】実施例2に係るリン酸イオンの浸透量を示すグラフである。
【
図14】実施例2に係るリン酸イオンの浸透量を示すグラフである。
【
図15】実施例2に係るリン酸イオンの浸透量を示すグラフである。
【
図16】実施例2に係るリン酸イオンの浸透量を示すグラフである。
【
図17】実施例2に係るリン酸イオンの浸透速度を示すグラフである。
【
図18】実施例3に係るフィルムと藻類の乾燥重量の関係を示すグラフである。
【
図19】実施例3に係るフィルムと藻類の乾燥重量の関係を示すグラフである。
【
図21】実施例3に係るフィルムの透過率と反射率のスペクトルを示すグラフである。
【
図22】実施例3に係るフィルムの透過率と反射率のスペクトルを示すグラフである。
【
図23】実施例3に係るフィルムの光分散特性を示すグラフである。
【
図24】実施例4に係る培養日数と濁度との関係を示すグラフである。
【
図26】参考例に係るシアノバクテリアの成長曲線を示すグラフである。
【
図27】参考例に係るリン酸濃度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0067】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「実施形態」ということがある)について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施できる。また、以下に示す実施形態は、この発明の技術的思想を具体化するための方法等を例示するものであって、これらの例示に限定されるものではない。
【0068】
図3に示すように、実施形態に係る藻類の培養システムは、内部に培養液を格納し、藻類を培養するための培養バッグ10と、培養バッグ10の内部に配置された、少なくとも一部がイオン透過性の疎水性高分子フィルムからなるインナーバッグ20と、インナーバッグ20内に、藻類の栄養素を含む栄養液を送るための栄養液供給流路30と、を備える。
【0069】
培養バッグ10内に、藻類と培養液が入れられ、藻類が培養される。藻類は、例えば、光合成微細藻類である。藻類は、例えば、糖鎖、脂質、酵素、及び色素等の有用物質を生産する。培養バッグ10は、例えば、少なくとも一部が透明な高分子からなる。培養バッグ10の少なくとも一部は、例えば、高分子フィルムからなる。培養バッグ10の少なくとも一部は、筒状であってもよい。筒状の例としては、円筒状が挙げられる。筒状の培養バッグ10は、例えば、長手方向が、重力方向と略平行となるように配置される。実施形態に係る藻類の培養システムは、培養バッグ10を複数備えていてもよい。また、実施形態に係る藻類の培養システムは、複数の培養バッグ10に培養液を循環させるための循環流路11をさらに備えていてもよい。循環流路11は、複数の培養バッグ10を連結する。培養バッグ10の数は、例えば、フィールドにおける光合成微細藻類の培養を参考にして、任意に設定可能である。循環流路11は、複数の培養バッグ10に培養液を直列に循環させてもよい。これにより、培養液が、複数の培養バッグ10と循環流路11において、一方向に流れる。
【0070】
実施形態に係る藻類の培養システムは、培養バッグ10に接続された、藻類を回収するための回収槽12をさらに備えていてもよい。回収槽12は、循環流路11に設けられていてもよい。回収槽12は、例えば、藻類を含む培養液が淀む液溜まりの槽であり、藻類の少なくとも一部を沈降濃縮して、藻類を回収する。
【0071】
回収槽12は、培養バッグ10内の藻類の濃度が、世代交代数xcにおけるnc付近で一定に維持されるように、藻類を回収する。藻類の濃度がnc付近で一定に保たれる状態においては、藻類の増加は、時間に対して線形である。そのため、回収槽12が、一定速度で藻類を回収することにより、培養バッグ10内の藻類の濃度をnc付近で一定に保つことが可能である。
【0072】
栄養液供給流路30は、栄養液を貯蔵する栄養液タンク40に接続されていてもよい。栄養液タンク40は、例えば、高圧タンクである。栄養液は、栄養液タンク40から、栄養液供給流路30を介して、インナーバッグ20内に送られる。栄養液に含まれる栄養素は、例えば、塩である。塩は、例えば、無機塩である。栄養素の例としては、窒素及びリン酸が挙げられる。栄養素は、例えば、イオンである。イオンは、例えば、水溶性イオンである。
【0073】
栄養液タンク40は、例えば、二酸化炭素発生装置41に接続される。栄養液タンク40は、例えばコンプレッサー43が設けられた二酸化炭素流路42を介して、二酸化炭素発生装置41から二酸化炭素の供給を受ける。二酸化炭素発生装置41は、例えば、バイオマス発電装置である。バイオマス発電装置においては、メタンの発酵による生産ガスが発生する。生産ガスは、二酸化炭素と、メタンガスを含む。例えば、生産ガスの4割以上が二酸化炭素である。
【0074】
栄養液を貯蔵する栄養液タンク40の上層部に、例えば1気圧を越える高い圧力の二酸化炭素を導入することによって、栄養液に二酸化炭素が溶解する。なお、栄養液タンク40に、二酸化炭素と空気の混合ガスを導入してもよい。下記化学式に示すように、栄養液に溶解したCO
2は、H
2O分子の付加反応との間の化学平衡にある。
【化1】
【0075】
上記化学平衡反応の平衡定数は25℃で1.7×10-3と著しく左に偏った平衡にあり、水溶液中で二酸化炭素は大部分がCO2分子(dissolved inorganic carbon, DIC)として存在する。生物では、CO2と炭酸の平衡は体液のpH調節を行う上で重要である。生物は、CO2と水を炭酸水素イオンと水素イオンとに迅速に変換する炭酸脱水酵素(Carbonic anhydrase、略号:CA)を有しており、CAにより上記化学式の反応は迅速に平衡に達する。
【0076】
CO2の水への溶解度は、圧力、温度に依存し、0oC、0.1MPaにおけるCO2の溶解度は1.3×10-3モル分率であるが、20oC、0.1MPaになると0.63×10-3モル分率と半分以下に低下する。気圧が0.2MPaまで上昇するとCO2の溶解度は1.3×10-3モル分率に回復する(例えば、非特許文献1参照。)。海水ではCO2の溶解度が10~20%低下することを考慮すると、培養液を高圧下に置くことで高濃度のCO2が溶解するため、CO2の圧力は、好ましくは2気圧以上である。なお、海洋表面における大気中CO2濃度は0.04%程度であり、多くの光合成藻類にとっては水中に溶解するCO2濃度が希薄であり、欠乏状態にいることが多く、藻類は、二酸化炭素欠乏ストレスがDICを直接に利用する機能であるCO2濃縮機構(CCM)を備えている(例えば、非特許文献2参照。)。
【0077】
インナーバッグ20内には、栄養液が連続的又は非連続的に供給される。インナーバッグ20の少なくとも一部は、多孔質膜からなる。藻類の成育によって培養バッグ10内の培養液中の栄養素の濃度が低下し、インナーバッグ20内の栄養液中の栄養素の濃度が相対的に高くなると、インナーバッグ20内の栄養素が、浸透圧によって、培養バッグ10内の培養液中に浸透する。また、インナーバッグ20内のCO2が、培養バッグ10内の培養液中に浸透する。インナーバッグ20内の栄養液中の栄養素の濃度を、培養バッグ10内の培養液中の栄養素の濃度より常に高く保つことで、藻類の2の冪乗成長から線形成長まで幅広く対応した栄養素の供給を可能とする。
【0078】
インナーバッグ20の少なくとも一部は、筒状であってもよい。筒状の例としては、円筒状が挙げられる。培養バッグ10とインナーバッグ20の両方が円筒状である場合、培養バッグ10の中心軸と、インナーバッグ20の中心軸と、が、重なっていてもよい。実施形態に係る藻類の培養システムが複数の培養バッグ10を備える場合、複数の培養バッグ10の内部に、それぞれ、インナーバッグ20が配置される。実施形態に係る藻類の培養システムが複数のインナーバッグ20を備える場合、複数のインナーバッグ20のそれぞれに、分岐した並列の栄養液供給流路30が接続される。これにより、複数のインナーバッグ20のそれぞれに、並行して、栄養液が供給される。
【0079】
例えば、筒状の培養バッグ10内では、中心軸と平行な方向に、比較的速い培養液の流れが生じる。インナーバッグ20を介して培養バッグ10内の培養液に栄養素を供給することにより、培養液の流速に依存せずに、藻類への栄養素の供給速度を制御することが可能である。
【0080】
疎水性高分子フィルムでインナーバッグ20を構成することにより、インナーバッグ20に適度な強度を与えることが可能である。インナーバッグ20を構成する多孔質膜の平均孔径は、例えば、5nm以上、10nm以上、15nm以上、あるいは20nm以上である。また、インナーバッグ20を構成する多孔質膜の平均孔径は、例えば、70nm以下、65nm以下、60nm以下、あるいは55nm以下である。インナーバッグ20の材料の例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、及びポリエチレンテレフタレート(PET)が挙げられる。インナーバッグ20におけるリン酸イオン浸透速度は、例えば、0.1μmol/L/分以上、0.2μmol/L/分以上、0.3μmol/L/分以上、0.4μmol/L/分以上、あるいは0.5μmol/L/分以上である。
【0081】
図4に示すように、インナーバッグ20内にかかる栄養液タンク40からの圧力Pによる力Fと、培養バッグ10内の培養液から受ける反作用の力F’と、が相殺するため(F’=-F)、インナーバッグ20は、栄養液タンク40から圧力で破損しない。例えば、インナーバッグ20の直径rを、培養バッグ10の直径Rに対して1/5から1/10にすることにより、栄養液タンク40からの圧力Pが1/5から1/10に減圧されて培養バッグ10に内圧pとしてかかる。栄養液タンク40において圧力Pに従って溶解した液相のCO
2は、インナーバッグ20表面から培養バッグ10内の圧力勾配に従って気相に戻り得る。培養バッグ10内の藻類は、気相に戻る前の液相のCO
2を利用する。栄養液にCO
2を溶解させることにより、培養バッグ10のそれぞれにCO
2を供給する流路を設けることを省略可能である。
【0082】
工業的に大量生産可能な電池用隔離フィルムを、インナーバッグ20の材料として用いてもよい。電池用隔離フィルムの例としては、セティーラ(登録商標、F12CD1、F16CK2、東レ株式会社)が挙げられる。セティーラF12CD1の厚さは12μmであり、平均孔径は31nmである。セティーラF16CK2の厚さは15μmであり、平均孔径44はnmである。セティーラは、ゲル状ポリエチレンフィルムを延伸することで、フィブリルを構成して形成される微細孔フィルムである。セティーラは、不織布に比べ、軽量で強度が高く、細孔径分布が非常に狭く微細孔径が揃い、抜け穴となる大口径のピンホールが存在しないとされている。表1にセティーラの物性値を示す。
【表1】
【0083】
しかし、表1に示すとおり、セティーラの平均孔径は30nmであり、親水性である再生セルロースのセロファンの孔径(5nm)に比べて大きいにもかかわらず、ポリエチレン繊維が疎水性であるために、水溶性イオンはセティーラを透過しづらい。一般に、疎水性高分子フィルムの含水率は、親水性高分子フィルムと比較して低くはない。疎水性高分子フィルム内部の吸水率と、親水性高分子フィルム内部の吸水率と、をフーリエ赤外分光で調べた結果、疎水性高分子フィルムと親水性高分子フィルムの違いは、フィルム内部でH2O分子がそれぞれ単体(ガス状)で存在するか、凝集状態で存在するかの違いであることが明らかにされている(例えば、非特許文献3参照。)。そのため、本発明者らは、疎水性高分子の繊維表面に接する水溶液の水分子間の水素結合を緩和して、水分子の状態を単分子に近づけることで、水の表面張力が抑えられ、リン酸イオンや窒素イオン(アンモニウムイオン、硝酸イオン、亜硝酸イオンであり、以後、窒素イオンと表記する)が疎水性高分子フィルムを透過可能になることを見出した。
【0084】
疎水性高分子フィルムをイオン透過性にする方法の例としては、疎水性高分子フィルムをエタノール水溶液に浸漬することが挙げられる。後述する実施例で示すように、袋状に成形したセティーラをエタノール水溶液に浸漬して、ポリエチレン繊維表面に水分子を十分付着させたのち、試験用リン酸溶液(2mmol/L)を袋状のセティーラに詰めて封止し、袋状のセティーラを超純水に漬けてリン酸イオンの浸透を評価した。その結果、30%(v/v)エタノール水溶液に袋状のセティーラを10分以上浸漬することにより、セティーラを水溶性イオンが透過可能であることが示された。30%(v/v)エタノール水溶液は、薬剤としての管理対象外であるため、工業的に取り扱う上でも容易である。
【0085】
疎水性高分子フィルムをイオン透過性にする方法の別の例としては、疎水性高分子フィルムを飽和水蒸気下に48時間以上置くことが挙げられる(例えば、非特許文献3参照。)。
【0086】
透明な培養バッグ10は、透過光を散乱させてもよい。例えば、培養バッグ10の表面に、光を散乱させる凹凸形状が設けられていてもよい。
図5に示すように、複数の筒状の培養バッグ10が、長手方向どうしが対向するようにアレイ状に並列していると、集団的光分散効果(Collective optical dispersion effects)が生じる。これにより、光合成藻類の培養水深を、例えば従来の2倍以上に深くすることが可能であり、単位面積当たりの藻類生産性を向上することが可能である。
【0087】
複数の光散乱性の培養バッグ10を並列させることにより、複数の培養バッグ10のそれぞれに入射した光は、培養バッグ10の表面で散乱し、一部の光は培養バッグ10内に進入し、一部の光は培養バッグ10から反射される。ある培養バッグ10で反射された光は、別の培養バッグ10に進入して散乱することが繰り返される。そのため、培養バッグ10の上方に入射した光の少なくとも一部は、複数の培養バッグ10の間を、乱反射を繰り返しながら、培養バッグ10の下方に到達する。そのため、水深域の広い藻類の培養が可能である。
【0088】
例えば、フィールドにおけるポンド型培養の場合、有効水深は30cm程度とされている。これに対し、例えば、直径200mm、長さ700mmの円筒状の光散乱性培養バッグを用いると、単位面積当たりの生産量が2倍以上に増加し得る。
【0089】
実施形態に係る藻類の培養システムは、インナーバッグ20内の栄養液を回収するための栄養液回収流路31をさらに備えていてもよい。インナーバッグ20が複数である場合、栄養液回収流路31は、少なくとも一部が並列に配置され、複数のインナーバッグ20から栄養液を並行に回収してもよい。また、栄養液回収流路31が、栄養液タンク40に接続されていてもよい。これにより、栄養液が、栄養液タンク40、栄養液供給流路30、インナーバッグ20、及び栄養液回収流路31を循環する。
【0090】
また、実施形態に係る藻類の培養システムは、栄養液回収流路31に設けられた、回収された栄養液に栄養素を添加する栄養素添加装置32と、栄養素添加装置32に接続された、栄養素の原料液を送るための栄養素原料液流路53をさらに備えていてもよい。原料液における栄養素の濃度は、回収された栄養液における栄養素の濃度より高く設定される。
【0091】
栄養素添加装置32は、例えば、栄養素が透過する栄養素透過膜33を備える。栄養素透過膜33の少なくとも一部は、多孔質膜からなる。栄養素透過膜33の平均孔径は、例えば、20nm以下、あるいは10nm以下である。栄養素透過膜33の平均孔径は、例えば、5nmである。栄養素透過膜33は、例えば、親水性である。栄養素透過膜33の例としては、セルロース膜が挙げられる。セルロース膜の例としては、再生セルロース膜が挙げられる。再生セルロース膜の例としては、セロファンが挙げられる。
【0092】
栄養素添加装置32において、栄養液回収流路31と、栄養素原料液流路53と、が、栄養素透過膜33を介して対向する。これにより、栄養素原料液流路53を流れる原料液に含まれる栄養素が、浸透圧により、栄養素透過膜33を透過して、栄養液回収流路31を流れる栄養液中に移動する。原料液に含まれる分子量が大きく、栄養素透過膜33の平均孔径より大きい不純物は、栄養素透過膜33を透過しない。栄養素透過膜33が親水性であると、水が栄養素透過膜33の内部に浸入し、水溶性イオンである栄養素が、栄養素透過膜33を容易に透過する。
【0093】
栄養素の原料液は、例えば、二酸化炭素発生装置41における嫌気性メタン発酵で生じた残渣である消化液である。一般に、メタン発酵で生じた消化液は、窒素及びリン等の栄養素を含む。二酸化炭素発生装置41は、消化液流路51を介して、原料液としての消化液を原料液タンク52に供給する。原料液タンク52は、原料液としての消化液を貯蔵する。栄養素原料液流路53は、原料液タンク52に接続され、原料液タンク52から原料液の供給を受ける。なお、原料液は、メタン発酵で生じた消化液に限定されない。例えば、窒素及びリン等の栄養素を含む活性汚泥や下水を、原料液として用いてもよい。
【0094】
以上説明した実施形態に係る藻類の培養システムは、例えば、回収槽12を備えることにより、連続して藻体の回収を行うことが可能である。そのため、培養バッグ10内の藻類の細胞数を一定に保持することが可能である。したがって、藻類の細胞数密度が2の冪乗で増加して一定値nCに達した後、細胞数が一定速度で増加することに対応可能である。
【0095】
実施形態に係る藻類の培養システムは、例えば、インナーバッグ20を備えることにより、一定速度で増加する藻類に対して、窒素及びリンを含む栄養素と、CO2と、を供給することが可能である。
【0096】
実施形態に係る藻類の培養システムは、例えば、筒状かつ光分散性の培養バッグ10を備えることにより、培養水深を深くし、藻類の培養効率を高めることが可能である。
【0097】
実施形態に係る藻類の培養システムは、例えば、栄養素添加装置32は原料液タンク52に直接原料を投入する栄養素添加装置54でもよく、当該添加装置を備えることにより、メタン発酵で排出される消化液や下水中に高濃度に含まれる窒素、リンなどの栄養素をシステムに連結することなく別のシステムで発生した残渣を回収して添加するバッチ方式により藻類の培養に利用することが可能である。
【0098】
(実施例1:藻類培養バッグの素材評価)
光合成藻類を培養する円筒形状の培養バッグに使用する機能性高分子フィルム素材の評価を行った。素材の評価軸として、光学透過性、藻類の素材への付着の有無、素材の種類による藻類の成長度合いについて試験を行った。評価した高分子フィルムは、表2に示すように、塩化ビニル、防臭・防菌・防腐・防虫・防湿・ガスバリアなどの機能をもつプロガードフィルム(素材:抗菌ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリプロピレン)、多孔質フィルム(素材:ポリエチレン)、及びゴム状のラバロン(素材:スチレン系熱可塑性エラストマー)である。
【表2】
【0099】
それぞれのフィルムの色及び光透過率は、表2に示すとおりであった。
【0100】
次に、藻類の素材への付着の有無を試験した。フィルムを正確に1.0cm四方に切り、12ウェルトレーにそれぞれのフィルム片を入れ培養液を添加し、海産性ハプト藻Pleurochrysis(直径10~20μmで細胞壁に円石を形成)を培養した。半分の6ウェルにはフィルムの上に重りを載せてトレーの底に固定し、24時間振とうした後フィルムを取り出し、50℃で24時間乾燥し、重量測定を行った。全てのフィルムで培養後にフィルム重量が増加し、付着物が確認された。当該付着物を目視で調べたところ、塩化ビニルとプロガードフィルムでは、培地塩の析出による重量増加であり、藻類の付着は認められなかった。一方、多孔質フィルムについては、茶色く藻類の付着が認められた。多孔質フィルムでは、藻類が孔に入り込み付着すると考えられる。
【0101】
次にフィルムの材質による藻類の成育を評価した。
図6に示すように、フィルムを長方形に成形して輪をつくり、12ウェルトレーの各ウェル内壁に巻き付け、12ウェル中で藻類を培養し、成長を調べた。藻類としては、パプト藻Tisochrysis luteaと、Emilliania huxleyiと、を用いた。
図7及び
図8に示すように、Tisochrysis luteaとEmilliania huxleyiともに、左半分(No.1~3)の塩化ビニルを入れたウェルの中では、右半分(No.4~6)のウェルの中より成長が遅く、塩化ビニルの可塑剤が溶出した可能性が考えられた。
【0102】
次に三角フラスコ(100mL)に培養液を入れ、空気通気を行い、Tisochrysis luteaとEmilliania huxleyiを培養した。
図9に示すように、フラスコの周囲に培養層を覆う高さのフィルムを巻き付け、蛍光灯を用いて、4000lxの光強度で光をフラスコに照射した。
図10に示すように、Tisochrysis luteaの場合、光透過率が高い程、また塩化ビニルではフィルムの厚さが薄い程、藻類の成育が早かった。一方、
図11に示すように、Emilliania huxleyiの場合、光透過率の高いフィルムで成育が遅かった。これは、光阻害が生じていると考えられる。したがって、藻類の種類によって、適切な光強度が異なることが示された。
【0103】
(実施例2:半透膜セティーラ(東レ)による水溶性イオンの浸透に必要な前処理)
半透膜セティーラは、素材のポリエチレン繊維が疎水性であるため、未処理では水溶性イオンが透過しにくい。そのため、疎水性ポリエチレン繊維表面に接する水溶液中の水分子を単分子に近い状態にするため、セティーラをエタノール水溶液に浸漬した。エタノール水溶液の濃度条件としては、10%(v/v)、20%(v/v)、30%(v/v)、40%(v/v)、及び50%(v/v)を用いた。浸漬時間の条件としては、10分、30分、60分、及び90分を用いた。
【0104】
2種類のセティーラフィルムF12CD1とF16CK2を筒状のバッグに成形した。バッグをエタノール水溶液で処理した後、水分が乾かない内に、バッグに1.15mol/L(200mg/L)のリン酸溶液(K
2HPO
4)を5mL封入した。バッグを95mLの超純水の中に入れ、バッグの中から超純水中へのリン酸イオンの浸透量を計測した。F12CD1フィルムの計測結果を
図12に示す。F16CK2フィルムの計測結果を
図13に示す。また、リン酸イオン浸透速度を表3に示す。
【表3】
【0105】
エタノール水溶液濃度が40%、50%では、F12CD1とF16CK2の孔径を反映して、F16CK2フィルムのリン酸イオン浸透速度が速い。エタノール水溶液濃度が30%になると、それぞれのフィルムの厚さの違いが表れ、薄いF12CD1フィルムのリン酸イオン浸透速度が上回る。F12CD1フィルムを用いた場合の、他のエタノール水溶液浸漬条件の結果を、
図14から
図16に示す。エタノール水溶液への浸漬条件と、リン酸イオンの浸透速度と、の関係を
図17に示す。セティーラF12CD1フィルムに対するエタノール水溶液前処理に必要な条件は、エタノール濃度30%、浸漬時間10分であり、0.59μmol/L/分とのリン酸イオン浸透速度は、光合成藻類培養に十分な栄養供給が可能な値である。
【0106】
(実施例3:藻類成長を促進する光分散機能性フィルム)
藻類の成長と、光分散機能性フィルムと、の関係を評価した。光感受性の高い2種類の藻類Chloroidium sp.と、Uronema sp.と、を用意した。また、ラバロン(スチレン系熱可塑性エラストマー)、ルミマット両面コート/片面コート(ポリエステル)、NFAG(ポリエステル)、及びユーピロン(ポリカーボネート)の5種類の機能性高分子フィルムを用意した。蛍光光源をそれぞれのフィルムでカバーした。アルミフォイルでコの字型に仕切られたスペースに培養容器(ポリスチレン製細胞培養フラスコ250mL)を設置し、間仕切りの開いた方位から、フィルムでカバーされた蛍光光源からの光を当てた。フィルムでカバーされていない蛍光光源からの光の光強度は2500luxであった。
【0107】
藻類は、いずれも、エアー通気条件下で、初期濃度OD680=0.04から培養された。2種類の藻類ともに、集塊、壁付着が多かったために、培養終了時の乾燥重量を比較した。Chlorolidium sp.の培養終了時の乾燥重量を
図18に、Uronema spの培養終了時の乾燥重量を
図19に示す。なお、
図18及び
図19に示した乾燥重量は、5回行った試験の平均値である。また、5回のそれぞれの試験毎に5種類のフィルムとフィルム無しのセッティング位置をランダムに交換して、セッティング位置の偏りが無いように試験した。
【0108】
2種類の藻類培養において、いずれもNFAGフィルムで最も成長が速く、フィルム無しの場合に対して1.6倍以上の乾燥重量が得られた。次いで、ユーピロン、ルミマットの順であった。評価した全ての機能性フィルムで、フィルム無しの場合より大きい乾燥重量が得られた。
【0109】
本評価試験でセッティングされたアルミフォイルによりコの字型に仕切られたスペースでは、フィルム無しの場合には光源から培養フラスコに向けて光が一方向から照射されやすい。これに対して、光分散機能フィルムを通して光を照射した場合、分散した光がアルミフォイルの間仕切り壁を鏡面にして反射し、光源から培養フラスコに向けた一方向の光以外に、他の方位からも反射光が入射する。光分散が一様に生じる機能性フィルムほどより全方位から培養フラスコに光が照射され、藻類の成長を促した。
【0110】
アルミフォイルの間仕切りを取り払い、替わりに光分散機能性フィルムを配置すると、フィルム面の外側に向かって光は分散する。光分散機能性フィルムを四方に配置してその中央に培養フラスコを置いて光合成藻類を培養することは、光分散機能性フィルムを素材とする円筒縦型培養バッグで光合成藻類を培養することを模倣する。光分散機能性フィルム素材の円筒縦型培養バッグを
図5に示すように集団で配置すると、個々の培養バッグにはより全方位に近い状態で光が入射する。フィールドにおける光合成藻類培養を行う場合に、太陽光線の決まった方位からの光入射に対して、光分散機能性フィルムを素材とする円筒縦型培養バッグを集団で配置することにより、水平方向にも光の分散が生じるとともに、垂直下方にも分散光が届く。
【0111】
仮に機能性フィルムの素材強度により、円筒縦型培養バッグの軸方向の長さに制限がある場合でも、当該円筒縦型培養バッグを集団で配置したブロックをステンレス鋼製の網バケット(ステンレス網バケット)に入れ、ステンレス網バケットを単位として縦に積み上げてもよい。当該円筒縦型培養バッグによる循環式培養を行い、上下の当該培養ブロック間を交互に循環することが可能である。当該上下循環培養によって、機能性フィルムの光分散をより効率的に取り入れることが可能になる。
【0112】
上記の光合成藻類の培養によって評価した機能性高分子フィルムの光学的物性を評価した。計測には微弱光分光計測器(日本分光株式会社)を利用して、光透過率と反射率の分光スペクトルを計測した。透過光と反射光の強度の計測には、積分球型検出器を使用した。入射光の光強度の波長に依存した変動は、入射光軸の上流で回転ミラーによって光を分岐し、光ファイバーにより積分球型検出器に導き、入射光の変動を補正した。
図20に示すように、透過率は0度入射にて、反射率は45度入射になるように試料ホルダーに機能性フィルムを貼り付けてセットした。
【0113】
機能性フィルムの光分散を調べるため、試料面に対して45度入射光軸を中心にして、前後1度のステップで試料ホルダーを回転させて、入射光軸に対して90度方向に設置した検出器で反射光の強度変化を計測した。また光分散が極めて小さい板ガラス(OA-10G、オーバーフロー法で製作されたガラス面が極めて平滑で、たわみの小さい無アルカリ板ガラス、日本電気硝子株式会社)を基準試料として計測した。
【0114】
NFAG(ポリエステル)とラバロン(スチレン系熱可塑性エラストマー)の光透過率と反射率の分光スペクトルを
図21に示す。機能性フィルムの藻類培養評価に使用した円石ハプト藻Pleurochrysis carteraeの色素吸収スペクトルを参考に
図21に記載している。Pleurochrysis carteraeの色素吸収スペクトルは、433nmと663nmに強い色素吸収がある。
【0115】
NFAGの吸収端は320nm付近に在り、433nmをピークとする色素吸収の波長領域をカバーして光を透過させることが可能である。反射率については全波長領域にわたり3~4%の値を示し、光の分散が期待できる。一方、ラバロンの吸収端は400nm付近に在り、433nmをピークとする色素吸収の一部の波長領域の光を透過させることが出来ず、藻類成長に影響を及ぼし得る。また反射率は全波長領域にわたり1%未満であり、NFAGと比較すると光分散の程度は低い。
【0116】
NFAGについて、フィルムの光沢面とつや消し面の透過率、反射率スペクトルを
図22に示す。透過率は、全波長領域で光沢面とつや消し面(AG)とで同じ値であった。反射率は光沢面で8%~12%であった。NFGAフィルムの光分散評価として、波長433nmと663nmの反射光強度を光の入射角(45度からの差分角)に対して計測した結果を
図23に示す。OA-10Gにおける角度広がりは8度であり、当該計測システムの角度分解能を示す。NFAGフィルムでは、両波長共に22°の広い分散角を示した。
【0117】
(実施例4:セロファンフィルムによる消化液中のリン酸・窒素イオン回収)
嫌気性メタン発酵の残渣である消化液から窒素イオン、リン酸イオンを半透膜のセロファンとセティーラ(ゲル状ポリエチレン微細孔フィルム、東レ)を利用して回収し、その栄養塩のみでシアノバクテリアを培養した。消化液中の窒素、リンの含有量の測定するため、消化液はメタン発酵処理で発生する残渣から固形分をフィルター除去した後、遠心分離して上澄み液を回収し、オゾン曝気を行った。
【0118】
窒素量の定量では、消化液を再度遠心分離(15,000rpm, 室温, 10分)し、上澄み液を回収して窒素イオン濃度を計測した。計測には上澄み液を62.5倍、125倍、250倍に希釈した試料25mLで窒素量の計測を行った。計測にはTOC-L CPH/CPN(株式会社SHIMADZU)を利用した。TOCでは、窒素を含む試料(消化液)を燃焼管(720℃)に通し、試料中の窒素を一酸化窒素に分解した。当該一酸化窒素を含むキャリアガスを除湿器で冷却除湿した後、非分散赤外線吸収法により計測した一酸化窒素量から消化液中の窒素イオン濃度を計測した。消化液中の窒素全量の定量は、消化液原液を250倍、500倍、2500倍に希釈し、前記同様に計測を行い定量した。
【0119】
リン酸量の定量では、消化液1mLをガラスビーズにより破砕し(0分、5分、10分、20分、40分)、遠心分離を行った(15,000rpm, 室温, 10分)。上澄み液500μLを回収した。回収した上澄み液を20倍、40倍、100倍に希釈した。試料1mLに20μLのモリブデン酸溶液 (2.5% anmonium molybdate,0.1% potassium antimonyl tartrate sesqquihydrate,3.15mol/L H2SO4)と、20μLのアスコルビン酸溶液 (10% ascorbic acid,2.25mol/L H2SO4)を試料に添加し、室温にて15分間インキュベートした。当該試料の883nmにおける吸光度の計測から消化液中のリン酸イオン濃度を定量した。消化液中の全リン酸量を定量するため、消化液原液での計測を行った。原液1mLを同様にガラスビーズにより破砕した試料(0分、5分、10分、20分、40分)に、200μLの4%ペルオキソ二硫酸(potassium persulfate)溶液を添加し、オートクレーブ後(121 ℃, 20分)、100倍、200倍、400倍に希釈した試料を準備した。当該試料1mLに前記モリブデン酸溶液とアスコルビン酸溶液を同量添加し、室温にて15分間インキュベートした後、前記同様に883nmにおける吸光度の計測から窒素量を定量した。
【0120】
測定結果を表4に示す。藻類を培養するための標準的培養塩(BG11、リン酸塩やアンモニウム塩は、藻類の生育に必要な最低限の分量のおよそ×10
4倍が配合され、閉鎖系培地で藻類はそれらの栄養塩を7~10日掛けて消費する)では、リン酸イオン濃度が180μmol/L、窒素イオン濃度は247mgN/Lである。これに対して、消化液中の全リン酸(ポリリン酸)濃度は1750μmol/L、無機リン酸は320μmol/L、窒素イオン濃度は2800mgN/Lのそれぞれの値を示し、いずれもBG11より高濃度であった。
【表4】
【0121】
次に、消化液をオートクレーブで滅菌した後、セロファンチューブに消化液を20mL入れて封止し、超純水を30mL満たした培養瓶に入れると、栄養イオンはセロファンを介して超純水領域に浸透し、30分程度で平衡濃度(40%消化液希釈溶液)の培養液ができた。濃度を様々に変えてシアノバクテリアの培養を行った。結果を
図24に示す。消化液30%希釈培養液における藻類成長は、培養開始から3日間は対数的に増殖した後、増殖速度は徐々に低下して8日程度でほぼ飽和した。該対数増殖速度と飽和細胞濃度は、比較試験のBG11培地での生育と比較して、いずれも上回る結果を示した。消化液20%希釈培養液ではBG11培地での生育と同じ程度、消化液40%希釈培養液では逆にBG11培地での生育と比較して対数増殖速度、飽和細胞濃度ともに低下した。以上のセロファンを利用した消化液中のリン酸・窒素イオン回収評価から、本実施例に係るセロファンを用いると、消化液濃度を30%程度に維持して、消化液からの栄養イオン回収が可能であることが示された。
【0122】
(参考例:セティーラフィルムによる消化液中のリン酸・窒素イオン回収)
半透膜のセティーラを用いた以外は、実施例4と同様に、消化液の希釈濃度を20%、30%、40%に変えて、シアノバクテリア培養における消化液からの栄養イオンの回収を評価した。培養条件は次の通りである。
図25に示すように、白熱灯で24時間連続して光を照射した。光量子束密度は、70μmol photon/m
2・secであった。培養温度は、34℃であった。通気条件は、1%CO
2混合エアーであった。培地としては、超純水と消化液とスペクチノマイシン(50μg/ml)の混合液を用いた。株としては、シアノバクテリアΔPAS株を用いた。
【0123】
しかし、全ての消化液濃度で、シアノバクテリアの生育は観察できなかった。
図26にシアノバクテリアの成長曲線を示す。培養液中のリン酸濃度を計測すると、順調に生育が見られたBG11培地では、時間経過と共にリン酸濃度は減少したのに対し、
図27に示すように、消化液を封入したセティーラバッグを超純水に入れた培地では、時間経過と共にリン酸濃度は増加し、シアノバクテリアによる消費が見られなかった。
【0124】
セティーラフィルムの素材から藻類の生育を妨げる物質が培養液に溶出した疑いを調べるため、BG11培養液にセティーラフィルムのみを入れて培養すると、BG11単独培地での順調な生育と変わりない藻類の生育が見られた。セロファンとセティーラの孔径はそれぞれ5nm、30nmと異なることから、消化液中に藻類の生育を妨げる物質が存在し、大きい孔径のセティーラフィルムを介しての栄養イオン回収の際には、当該成育阻害物質が培養液に浸透した可能性が示唆された。
【符号の説明】
【0125】
10・・・培養バッグ、11・・・循環流路、12・・・回収槽、20・・・インナーバッグ、30・・・栄養液供給流路、31・・・栄養液回収流路、32・・・栄養素添加装置、33・・・栄養素透過膜、40・・・栄養液タンク、41・・・二酸化炭素発生装置、42・・・二酸化炭素流路、43・・・コンプレッサー、51・・・消化液流路、52・・・原料液タンク、53・・・栄養素原料液流路、54・・・栄養素添加装置