(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022156686
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】積層造形用材料及びそれを用いた積層造形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 10/34 20210101AFI20221006BHJP
B22F 3/16 20060101ALI20221006BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20221006BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20221006BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20221006BHJP
【FI】
B22F10/34
B22F3/16
B22F3/105
B33Y70/00
B33Y10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021060497
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100181582
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 直斗
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 義見
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 尚
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 友暉
(72)【発明者】
【氏名】大久保 智
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA33
4K018AB01
4K018AB03
4K018AB04
4K018AC01
4K018BA17
4K018BC12
4K018CA44
4K018EA51
4K018EA60
(57)【要約】
【課題】積層造形時において、内部空孔等の欠陥及び粗大な不均一組織の形成を抑制し、エネルギー効率を高めることができる積層造形用材料及びそれを用いた積層造形体の製造方法を提供すること。
【解決手段】積層造形用材料10は、3次元構造体の積層造形に用いられる。積層造形用材料10は、母材金属(SUS316L粒子8)と異質核粒子(SrO粒子9)とを含む。母材金属は、ステンレス鋼である。異質核粒子は、母材金属よりも高い融点を有し、かつ、所定の式で表されるパラメータMが12×10
-3以下である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3次元構造体の積層造形に用いられる積層造形用材料であって、
母材金属と異質核粒子とを含み、
前記母材金属は、ステンレス鋼であり、
前記異質核粒子は、前記母材金属よりも高い融点を有し、かつ、式(1)で表されるパラメータMが12×10
-3以下である、積層造形用材料。
【数1】
(式中、ε
x及びε
yはそれぞれ異質核相の格子と凝固相の格子の各々で直交する主軸x及びyに沿った主軸ひずみであり、ε
x及びε
yは以下の式(2)及び式(3)で算出される。)
【数2】
【数3】
(式中、x
i、y
i及びx
j、y
jはそれぞれ物質i及び物質jの主軸ひずみ方向であり、a
i及びa
jはそれぞれ物質i及び物質jの格子定数である。)
【請求項2】
前記母材金属に対する前記異質核粒子の体積率は、1.0%以下である、請求項1に記載の積層造形用材料。
【請求項3】
前記母材金属は、オーステナイト系ステンレス鋼である、請求項1又は2に記載の積層造形用材料。
【請求項4】
前記母材金属は、SUS316Lである、請求項3に記載の積層造形用材料。
【請求項5】
前記異質核粒子は、SrO、YN、CaO、VN、MgO、TiN及びTiBから選択される1種又は複数種の化合物粒子である、請求項1~4のいずれか1項に記載の積層造形用材料。
【請求項6】
前記異質核粒子は、SrO粒子である、請求項5に記載の積層造形用材料。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の積層造形用材料を用いた積層造形体の製造方法であって、
前記積層造形用材料における前記母材金属の溶融及び凝固を行い、これを繰り返して積層造形する、積層造形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形用材料及びそれを用いた積層造形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、Additive manufacturing(AM)と呼ばれる新たな加工法が注目されている。これは、Computer-aided design(CAD)によるデジタルデータに基づき、3次元構造物を造形する手法であり、日本では付加製造、3次元積層造形法、3Dプリンター技術等と呼ばれている(以下、「3次元積層造形(法)」又は単に「積層造形(法)」という)。
【0003】
我が国では、樹脂系の3次元積層造形法がいち早く実用化され、展示品や試作品の作製(Rapid prototyping)等に利用されている。樹脂系の3次元積層造形法では、光硬化性樹脂や熱可逆性樹脂、つまり化学反応を利用して造形するため、造形速度が速いという利点がある一方で、強度や耐久性に劣るという欠点を有している。そのため、高強度や高耐久性が要求されるよりハイエンドな製品の製造を行う際には、金属の3次元積層造形技術が求められる。
【0004】
金属の3次元積層造形技術には、大きく分けて、粉末床溶融法と指向性エネルギー堆積法とがある。粉末床溶融法では、ステージ上に均一に敷いた金属粉末に対して、CADによる3次元データのスライスデータに沿ってレーザーや電子ビームを照射し、局所的かつ選択的に金属粉末を溶融及び凝固させ、これを繰り返し行うことで3次元構造体を作製する手法である。一方、指向性エネルギー堆積法は、上記と同様に、レーザーや電子ビームを熱源として利用するが、照射位置に直接金属粉末を供給する手法である。つまり、レーザークラッディング(肉盛溶接)と類似する3次元積層造形法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】小関敏彦:溶接金属の凝固と凝固組織制御,溶接学会誌,70(2001)
【非特許文献2】加藤雅治:まてりあ,56(2017)
【非特許文献3】Y.Ji,M.Zhang,H.Ren:Metals 8(2018)
【非特許文献4】中尾嘉邦,西本和俊,張文平:溶接学会論文集,7(1989)
【非特許文献5】A.Simchi,H.Pohl:Mater.Sci.Eng.,A 359(2003)
【非特許文献6】J.M.Gregg,H.K.D.H.Bhadeshia:Acta Mater.45(1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、金属の3次元積層造形技術は、今後さらに需要が拡大されることが予想される。特に、金属の中でもステンレス鋼は、その優れた耐食性から広く利用されており、3次元積層造形技術への適用が望まれている。しかしながら、金属の3次元積層造形法では、金属特有の溶融・凝固を素過程とする必要があるため、粉末の溶け残りや冷却時の体積収縮に起因する内部空孔が形成しやすい。また、鋳造組織に類似する粗大な不均一組織(柱状組織)が形成して強度が低下すると同時に力学特性に異方性が発生するという潜在的な問題を抱えている。
【0007】
本発明は、積層造形時において、内部空孔等の欠陥及び粗大な不均一組織の形成を抑制し、エネルギー効率を高めることができる積層造形用材料及びそれを用いた積層造形体の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一の態様である積層造形用材料は、3次元構造体の積層造形に用いられる。積層造形用材料は、母材金属と異質核粒子とを含む。母材金属は、ステンレス鋼である。異質核粒子は、母材金属よりも高い融点を有し、かつ、式(1)で表されるパラメータMが12×10
-3以下である。
【数1】
(式中、ε
x及びε
yはそれぞれ異質核相の格子と凝固相の格子の各々で直交する主軸x及びyに沿った主軸ひずみであり、ε
x及びε
yは以下の式(2)及び式(3)で算出される。)
【数2】
【数3】
(式中、x
i、y
i及びx
j、y
jはそれぞれ物質i及び物質jの主軸ひずみ方向であり、a
i及びa
jはそれぞれ物質i及び物質jの格子定数である。)
【0009】
上記積層造形用材料において、母材金属に対する異質核粒子の体積率は、1.0%以下であってもよい。
【0010】
また、母材金属は、オーステナイト系ステンレス鋼であってもよい。
【0011】
また、母材金属は、SUS316Lであってもよい。
【0012】
また、異質核粒子は、SrO、YN、CaO、VN、MgO、TiN及びTiBから選択される1種又は複数種の化合物粒子であってもよい。
【0013】
また、異質核粒子は、SrO粒子であってもよい。
【0014】
本発明の他の態様である積層造形体の製造方法は、上記の積層造形用材料を用いる。積層造形体の製造方法は、積層造形用材料における母材金属の溶融及び凝固を行い、これを繰り返して積層造形する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の積層造形用材料によれば、積層造形時において、内部空孔等の欠陥及び粗大な不均一組織の形成を抑制し、エネルギー効率を高めることができる。また、この積層造形用材料を用いることで、内部空孔等の欠陥及び粗大な不均一組織の形成を抑制した積層造形体が得られ、エネルギー効率が高い積層造形が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】粉末床溶融法による積層造形用材料を用いた積層造形体の製造手順を示す図である。
【
図2】(Fe-18mass%Cr-2.5mass%Mo)-Ni擬二元系状態図である。
【
図3】積層造形用材料の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【
図4】積層造形時のレーザーの描画条件の概略を示す図である(図中の矢印はレーザー走査の方向を表す)。
【
図5】積層造形時のエネルギー密度に対する積層造形体(無添加材、SrO添加材)の相対密度を示すグラフである。
【
図6】積層造形体(無添加材、SrO添加材)の欠陥分布を示す図である。
【
図7】積層造形時のエネルギー密度に対する積層造形体(無添加材、SrO添加材)のビッカース硬さを示すグラフである。
【
図8】積層造形体(無添加材、SrO添加材)の内部組織を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の積層造形用材料は、例えば、積層造形法による3次元構造体の積層造形に用いられ、母材金属と異質核粒子とを含む。母材金属は、ステンレス鋼である。異質核粒子は、母材金属よりも高い融点を有し、かつ、後述する式(1)で表されるパラメータMが12×10-3以下である。
【0018】
本発明において、異質核生成理論に基づく新規の積層造形用材料に関し、母材金属よりも高い融点を有し、かつ、母材金属の初晶となる相に対して原子配列の整合性の良い異質核粒子を予め混合した積層造形用材料を提供する。
【0019】
この積層造形用材料に対して、母材金属を選択的に溶融するようにレーザーや電子線等の高エネルギービームを照射すると、母材金属が溶融し、その後の冷却過程で凝固する際に異質核粒子が結晶成長の核として働くことになる。また、溶融した母材金属に対して濡れ性が良好な場合、異質核粒子のサイズや分布を最適化することで、同一造形条件において溶融領域の拡大が達成され、様々な場所における均一な凝固が促進される。
【0020】
これにより、内部空孔の少ない高密度な積層造形体を造形することができ、粗大かつ不均一な内部組織の発達を抑制することができる。また、異質核粒子が繰り返し入熱による粒成長に対して障害(ピン止め効果)となることも考えられ、造形後も微細な組織が保たれることが期待される。
【0021】
なお、異質核生成理論に基づく組織制御は、溶接工学や鋳造工学においても利用されている(非特許文献1)。しかしながら、本発明は、溶接工学や鋳造工学で用いられている手法とは異なる。溶接工学では、主に対象となる金属は鉄鋼材料であり、酸化物のフラックスや酸化物を含んだワイヤを用いたり、シールドガスに酸素ガスを用いたりすることで溶接部に多量の酸化物を形成し、これを核生成サイトにすることで微細な組織を得る。一方、鋳造工学では、金属溶湯中に異質核粒子を添加することで組織微細化を達成する。したがって、両者では、プロセス中に副次的な工程を挟むことが必要となり、本発明の手法とは異なる。
【0022】
上述した本発明の効果を発揮する異質核粒子を選定、評価する指標として、弾性ひずみに近似的に比例するパラメータM(非特許文献2)がある。パラメータMは、以下の式(1)で算出され、この値が小さいほど核生成に必要なエネルギーが小さくなるため、有効な異質核として働くとみなされている。
【数4】
式中、ε
x及びε
yは、それぞれ異質核相の格子と凝固相の格子の各々で直交する主軸x及びyに沿った主軸ひずみである。
【0023】
また、ε
x及びε
yは、以下の式(2)及び式(3)で算出される。
【数5】
【数6】
式中、x
i、y
i及びx
j、y
jは、それぞれ物質i及び物質jの主軸ひずみ方向である。また、a
i及びa
jは、それぞれ物質i及び物質jの格子定数である。
【0024】
パラメータMは、低指数面・方位だけでなく、すべての結晶方位関係に対して考慮することができる。また、パラメータMは異相界面に導入されるミスフィットひずみによる弾性ひずみエネルギーに近似的に比例することから、物理的意味合いをもつパラメータとなる。
【0025】
本発明では、融点とパラメータMで表される原子配列の整合性評価パラメータとの2種類の要素に基づいて、母材金属に対する有効な異質凝固核となる異質核粒子を選定し、これを母材金属に混合した積層造形用材料を提供する。この際、母材金属であるステンレス鋼に対して、高い融点を有し、かつ、パラメータMが12×10-3以下となる物質を異質核として選定する。
【0026】
母材金属と異質核の界面における結晶方位関係は無数に考え得るが、本発明では、例えば、このうち低指数面を考慮し、その中で値が最小のものを母材金属に対するその物質のパラメータMとすることができる。
【0027】
このような積層造形用材料を用いることにより、内部空孔等の欠陥及び粗大な不均一組織の形成が抑制された、微細な組織を有する高品質な積層造形体の製造が可能となる。また、より低いエネルギーの熱源での積層造形が可能となり、積層造形プロセスのエネルギー高効率化、省エネルギー化を実現できる。
【0028】
積層造形用材料において、母材金属に対する異質核粒子の体積率は、1.0%以下であることが好ましい。すなわち、母材金属を100体積%とした場合に、異質核粒子が1.0体積%以下であることが好ましい。この場合には、異質核粒子が溶融した母材金属の結晶成長の核として有効に働く。母材金属に対する異質核粒子の体積率は、異質核粒子による上述の効果を十分に発揮するために、例えば、0.1%以上とすることができる。
【0029】
なお、金属において合金の組成を損なうことは望ましいことではないが、母材金属に対する異質核粒子の添加は非常に少ないものであるため、組成の変化は非常に小さいものになる。逆に、添加した異質核粒子は、凝固後においても、その後の積層造形時に付加される不可避的加熱に伴う結晶粒成長をピン止めし、結晶粒の粗大化を防止することが期待されるのみならず、転位の移動を妨げる強化相としての役割も望める。
【0030】
母材金属は、どのような形態であってもよく、例えば、粉末状であってもよいし、ある程度の形を有するシート状等であってもよい。したがって、積層造形用材料も、積層造形に用いることができればどのような形態であってもよい。例えば、粉末状の母材金属と異質核粒子とを有する粉末状の積層造形用材料であってもよいし、シート状の母材金属に異質核粒子が分散されているようなシート状の積層造形用材料であってもよい。
【0031】
母材金属を構成する材料であるステンレス鋼としては、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、析出硬化系ステンレス鋼等を用いることができる。この中でも、特に耐食性、加工性等に優れ、非磁性であり、低温脆性がなく、常温で大きな加工硬化を示し、加工により著しく高い強度が得られ、用途が家庭用品、建築用、自動車部品、化学工業、食品工業、合成繊維工業、原子力発電、LNGプラント等と幅広く、産業的に重要な役割を有しているという点からオーステナイト系ステンレス鋼が好ましい。
【0032】
オーステナイト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS316L、SUS304、SUS310S等を用いることができ、特に良好な機械的特性、耐食性、溶接性を併せ持ち、化学機器、熱交換器、海洋構造物等に用いられる材料として重要であるという点からSUS316Lを用いることが好ましい。フェライト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS430、SUS410L等を用いることができる。マルテンサイト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS440C、SUS403、SUS420等を用いることができる。析出硬化系ステンレス鋼としては、例えば、SUS630、SUS631等を用いることができる。
【0033】
母材金属としては、上述したオーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、析出硬化系ステンレス鋼等のステンレス鋼のうち、基本的には1種を用いることができるが、複数種のステンレス鋼を混合した材料を用いることもできる。
【0034】
異質核粒子としては、母材金属(ステンレス鋼)よりも高い融点を有し、かつ、パラメータMが12×10-3以下である材料を用いることができる。このような材料としては、例えば、結晶構造がNaCl構造を有するSrO、YN、CaO、VN、MgO、TiN及びTiBから選択される1種又は複数種の化合物粒子を用いることができる。この中でも、パラメータMが極めて小さく、母相金属との整合性が高いという点からSrO粒子が好ましい。
【0035】
例えば、母材金属としてオーステナイト系ステンレス鋼のSUS316L、マルテンサイト系ステンレス鋼のSUS440C、析出硬化系ステンレス鋼のSUS630を用いた場合、異質核粒子としてSrO、YN及びCaOから選択される1種又は複数種の化合物粒子を用いることができる。また、母材金属としてフェライト系ステンレス鋼のSUS430を用いた場合、異質核粒子としてVN、MgO、TiN及びTiBから選択される1種又は複数種の化合物粒子を用いることができる。
【0036】
異質核粒子は、上述したように、1種又は複数種の材料で構成することができる。また、異質核粒子は、異質核粒子による効果を十分に発揮するために、母材金属中に均一に分布するように混合されていることが好ましい。また、母材金属が粉末状である場合には、母材金属に対して微細又は同程度の粒径を有することが好ましい。
【0037】
積層造形用材料には、上述した本発明の効果を十分に発揮できる程度であれば、母材金属及び異質核粒子以外の材料、例えば、鋳鋼の結晶粒微細化を目的として用いられている希土類元素のCe、La等(非特許文献3)が含まれていてもよい。
【0038】
上述した積層造形用材料を用いた積層造形体の製造方法は、積層造形用材料における母材金属の溶融及び凝固を行い、これを繰り返して積層造形する。積層造形体の製造方法には、一般的な金属の3次元積層造形技術、例えば、粉末床溶融法、指向性エネルギー堆積法等を用いることができる。
【0039】
一例として、
図1に基づいて、粉末床溶融法による積層造形手法の説明を行う。まず、粉末供給槽1に積層造形用材料2を充填する。そして、積層ピッチ分だけベースプレート3を下降させ、反対に粉末供給槽1を積層ピッチ分だけ上昇させる(
図1(a))。次に、リコーター4と呼ばれるローラーによってベースプレート3上に粉末状の母材金属を敷きつめ、均一な粉面を形成する(
図1(b))。
【0040】
その後、ベースプレート3の上方にあるレーザー源5から、予め作製した造形プログラムに基づいてレーザー6を照射することにより、積層造形用材料2中の母材金属を溶融及び凝固させ、1層分の造形を行う(
図1(c))。この造形を繰り返して積層することにより、積層造形体7が得られる(
図1(d))。
【0041】
(実施例)
以下、本発明について実施例により説明する。
ここでは、積層造形用材料を構成する母材金属として、オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS316L粉末を用いる。母材金属に選定したSUS316Lは、原子力分野において原子炉圧力容器の内張りや配管等の構成材料などの原子力材料や腐食環境下での材料として用いられる重要な合金である。
【0042】
SUS316Lは、Fe-(17~19)mass%Cr-(13~15)mass%Ni-(2.25~3)mass%Moの化学組成を有する。SUS316Lは、
図2に示すように、統合型熱力学計算ソフトウェアThermo-CalcのTCFE7を用いて作成した(Fe-18mass%Cr-2.5mass%Mo)-Ni擬二元系状態図によると、α相が初晶として晶出する。しかしながら、積層造形の際は液相からの冷却が非常に速いため、ほとんどの組織が初晶γ相として晶出し(非特許文献4)、最終的にほぼすべての組織がγ相で構成された状態になる。なお、SUS316Lのα相の結晶構造は体心立方晶(bcc)であり、γ相の結晶構造は面心立方晶(fcc)である。
【0043】
したがって、SUS316Lを母材金属として選択した場合、SUS316Lに対して融点が高く、SUS316Lの初晶γ相に対して原子配列の整合性が高い異物質を異質核物質として選定することができる。
【0044】
次に、積層造形用材料を構成する異質核粒子を選定する。
表1に、SUS316Lを構成元素とした各種化合物(TiNb、Nb、SrO、YN、CaO)の融点、結晶構造、格子定数並びに上述した式(1)、式(2)及び式(3)を用いて算出したパラメータMを示す。なお、パラメータMは、SUS316Lの初晶γ相/異質凝固核における低指数面での方位関係を仮定して算出している。
【0045】
【0046】
ここで、パラメータMによる評価について、例を挙げて説明する。例えば、面心立方格子(fcc)を有するSUS316Lの初晶γ相に対し、異質核として面心立方構造(fcc)系の結晶構造を有するSrOを考えた場合、SUS316Lのγ相をFe-C系のγ相の格子定数と同一であることを仮定すると、それぞれの格子定数は、SUS316Lのγ相が0.3640nm、SrOが0.5160nmである。
【0047】
凝固の際のSUS316Lのγ相とSrOの界面がそれぞれの(100)面で平行となり、かつSUS316Lのγ相の[011]方向とSrOの[001]方向が平行となる結晶方位関係が成り立つことを考慮すると、上述の式(1)、式(2)及び式(3)からεx及びεyは共に1.165×10-3となる。これにより、パラメータMの値は0.003×10-3となる。
【0048】
表1に示すように、結晶構造がNaCl構造を有するSrO、YN及びCaOは、SUS316Lよりも融点が高く、パラメータMが12×10-3以下を示しているため、異質核として有効に働くものと考えられる。その中でも、SUS316Lに対して融点がより高く、またパラメータMがより小さいものとして、本実施例では異質核物質としてSrOを選択した。
【0049】
次に、積層造形用材料を作製する。
まず、母材金属であるSUS316L粉末と、異質核粒子として選定したSrO粒子とを準備する。
【0050】
SUS316L粉末は、粒径が25~53μmのものを選択した。SUS316L粉末は、球状の粒子であるガスアトマイズ粉末である。なお、ガスアトマイズ粉末とは、ガスアトマイズ法により作製した粉末のことで、溶融した金属を上段から流下させる際に高圧のガスを吹き付けることで粉末化する手法により作製している。SrO粒子は、粒径が2~30μmのものを選択した。SrO粒子は、凝集しやすい多角形の粒子である。
【0051】
そして、SrO粒子をSUS316L粉末と共に1000mLの容器に入れ、ターブラーミキサー粉末混合装置を用いて均一になるように1時間の混合を行う。ここで、一般的な混合機では1軸の2次元運動あるいは複数軸の3次元運動の組み合わせで設計されているのに対し、ターブラーミキサーでは3次元運動と交互に起こる加速と減速によりシェイキングを行い、比重差の大きいものでも均一に混合できるという特徴を有する。なお、SUS316L粉末に対するSrO粒子の添加量は、0.3vol%(体積%)とした。すなわち、SUS316L粉末に対するSrO粒子の体積率は、0.3vol%(体積%)とした。これにより、積層造形用材料を作製した。
【0052】
図3に、SUS316L粉末に対してSrO粒子を0.3vol%混合して作製した積層造形用材料の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。同図から、母材金属である球状のSUS316L粒子8の表面に、異質核物質であるSrO粒子9が付着している積層造形用材料10を観察することができる。
【0053】
次に、積層造形用材料を用いて積層造形体を作製し、評価を行う。
ここでは、本発明の実施例としてSUS316L粉末にSrO粒子を添加した金属粉末(以下、「SrO添加粉末」という)を準備し、比較例としてSrO粒子を添加しないSUS316L粉末のみの金属粉末(以下、「無添加粉末」という)を準備する。
【0054】
そして、上述した
図1の粉末床溶融法により、SrO添加粉末を用いて積層造形した積層造形体(以下、「SrO添加材」という)と、無添加粉末を用いて積層造形した積層造形体(以下、「無添加材」という)とを作製し、各種評価を行う。これにより、異質凝固核を添加した積層造形用材料の有用性について示す。
【0055】
表2に、積層造形条件を示す。積層造形は、レーザーパワー、走査ピッチ、デフォーカス位置及び積層ピッチを固定し、走査速度を変化させて行った。また、
図4に、レーザー走査の描写条件を示す。ベースプレートとして設置したSUS316L板材に対して金属粉末を敷いた後、レーザー走査を行った(図中の矢印はレーザー走査方向11である)。そして、縦5mm、横5mm、高さ5mmの寸法の積層造形体となるまで積層造形を行った。
【0056】
【0057】
また、上記の積層造形条件より、レーザー照射による単位体積あたりの導入エネルギー(エネルギー密度(J/mm
3))について、以下の式(4)を用いて算出した。
【数7】
式中、Eはエネルギー密度(J/mm
3)、Pはレーザーパワー(W)、vは走査速度(mm/s)、sは走査ピッチ(mm)、tは積層ピッチ(mm)である(非特許文献5)。
【0058】
エネルギー密度:79.4J/mm3(スキャン速度:600mm/s)及びエネルギー密度:119.0J/mm3(スキャン速度:400mm/s)の積層造形条件において、各積層造形体(無添加材、SrO添加材)を作製し、相対密度、欠陥分布、ビッカース硬さ及び結晶粒微細化について評価を行う。
【0059】
図5は、積層造形体の相対密度をアルキメデス法により評価した結果である。同図の横軸は、上述した式(4)で算出したエネルギー密度である。ここで、アルキメデス法とは、水と秤を用いる比較的簡便な相対密度測定方法であり、水と対象物の密度差に起因する浮力を測定することで相対密度を算出する。
【0060】
同図から、SrO添加材は、無添加材に比べて相対密度が高いことがわかる。また、エネルギー密度の増加に伴い相対密度が上昇しているが、一方でSrO粒子添加による相対密度の上昇は、エネルギー密度が低いほど大きいことがわかる。この結果により、本発明の積層造形用材料を用いることで、より高い相対密度を有する積層造形体の作製が可能であることがわかる。また、より低いエネルギー密度のレーザーによる積層造形が可能であり、この結果は3次元積層造形技術におけるプロセスのエネルギー高効率化、省エネルギー化に貢献する。
【0061】
図6(a)、(b)は、エネルギー密度:79.4J/mm
3(スキャン速度:600mm/s)の積層造形体に対してX線コンピュータ断層撮影装置(X線CT)を用いて欠陥分布を測定した結果である。X線CTとは、ステージを360°回転させながらX線を透過し、それを検出器により収集することで、3次元的な像を構築して非破壊的に材料を評価する手法の一種である。同図から、SrO添加材は、無添加材に比べて内部欠陥が減少していることがわかる。この結果により、本発明の積層造形用材料を用いて積層造形を行うことで、より緻密な積層造形体が得られることが示された。
【0062】
図7は、積層造形体の上面(積層面に平行な面)を観察面として、ビッカース硬さを測定したグラフである。ビッカース硬さ試験とは、試料の表面にダイヤモンド圧子を決められた荷重で押し込んだ際の押し込み深さから材料の硬度を評価する機械特性評価方法の一種である。同図から、SrO添加材は、無添加材に比べて高い又は同等のビッカース硬さを示すことがわかる。この結果により、本発明の積層造形用材料を用いて積層造形を行うことで、より高強度な積層造形体が得られることが示された。
【0063】
図8(a)、(b)は、エネルギー密度:79.4J/mm
3(スキャン速度:600mm/s)の積層造形体の積層面におけるEBSD法による内部組織の観察結果である。EBSD法とは、SEMにおいて試料表面から得られる反射回折パターンを指数付けし、EBSDパターン発生点の結晶方位の測定や結晶系を判定する方法である。同図から、SrO添加材は、無添加材に比べて結晶粒が微細になっていることを確認することができる(図中にはfcc粒界12が示されている)。この結果により、本発明の積層造形用材料を用いて積層造形を行うことで、より微細な組織を有する積層造形体が得られることが示された。
【0064】
また、上述したように、本発明の実施例であるSrO添加材は、比較例である無添加材に比べて、内部空孔が少なく、微細な組織を有する。したがって、SrO添加材は、無添加材に比べて、引張特性(引張強度、伸び)の改善、衝撃特性の改善が見込まれる。引張特性及び衝撃特性の評価には、それぞれ引張試験及びシャルピー試験が一般的に利用されている。
【0065】
引張試験は、JIS規格によって定められた試験片に対し、破断するまで張力を負荷し、試験片の降伏点、引張強度、伸び等を評価する試験法である。張力を負荷した際の変形を担う金属組織中の転位の運動に対して障害となり得る結晶粒界がより多く存在する微細組織では、降伏点、引張強度が向上し、また均一な変形が促進されるため伸びも改善される。よって、本発明の積層造形用材料を用いた積層造形体は、優れた引張特性が発現するものと考えられる。
【0066】
シャルピー試験は、JIS規格によって定められたノッチ(切り込み部)を有する試験片に対し、ハンマーを振り下ろして破壊する際に吸収されるエネルギーを測定する試験法である。試験片中に多量の空孔が存在する場合、吸収されるエネルギーは小さく、破壊しやすい。そのため、本発明の積層造形用材料を用いた積層造形体は、吸収されるエネルギーが多く、高い靭性を有するものと考えられる。
【0067】
また、上述したように、本発明の積層造形用材料は、母材金属に対して、高エネルギービームによって溶融した母材金属がその後凝固する際に結晶成長の核となる異質核粒子を添加したものである。一方で、異質核粒子は、固相中における相変態についても、生成相との界面における整合性が良い場合に結晶成長の核になり得る(非特許文献6)。
【0068】
また、上述した実施例では、異質核粒子としてSrO粒子を用いたが、表2に示したようにパラメータMが12×10-3以下であるYN粒子やCaO粒子を用いた場合であっても、同様の結果が得られるものと考えられる。また、母材金属としてオーステナイト系ステンレス鋼を用いたが、例えば、マルテンサイト系ステンレス鋼や析出硬化系ステンレス鋼を用いた場合であっても、同様の異質核粒子(SrO粒子、YN粒子、CaO粒子)を用いることができ、同様の結果が得られるものと考えられる。
【0069】
また、母材金属としてフェライト系ステンレス鋼を用いることもできる。
表3に、フェライト系ステンレス鋼であるSUS430を構成元素とした各種化合物(VN、MgO、TiN、TiB、TiC)の融点、結晶構造、格子定数並びに上述した式(1)、式(2)及び式(3)を用いて算出したパラメータMを示す。なお、パラメータMは、SUS430の初晶α相/異質凝固核における低指数面での方位関係を仮定して算出している。
【0070】
【0071】
表3に示すように、VN、MgO、TiN及びTiBは、結晶構造がNaCl構造を有し、SUS430よりも融点が高く、パラメータMが12×10-3以下を示しているため、異質核として有効に働くものと考えられる。このような異質核粒子を用いることにより、上述した実施例と同様の結果が得られるものと考えられる。
【0072】
本発明は、上記実施形態(実施例)に何ら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。例えば、上記実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素として分散させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に統合したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本発明の実施形態である。
【符号の説明】
【0073】
1…粉末供給槽、2…積層造形用材料、3…ベースプレート、4…リコーター、5…レーザー源、6…レーザー、7…積層造形体、8…SUS316L粒子、9…SrO粒子、10…積層造形用材料、11…レーザー走査方向、12…fcc粒界