(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157334
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】加工方法および工具
(51)【国際特許分類】
B23B 1/00 20060101AFI20221006BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20221006BHJP
【FI】
B23B1/00 G
B23B27/14 C
B23B27/14 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061490
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山田 湧太
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
【テーマコード(参考)】
3C045
3C046
【Fターム(参考)】
3C045AA05
3C046CC06
3C046FF33
3C046FF40
3C046FF42
3C046FF47
(57)【要約】
【課題】難削材を加熱した状態で切削加工する際に、切削抵抗を低減しながら、工具耐損耗を抑制できる加工方法および工具を提供すること。
【解決手段】
被削材を加工する加工方法であって、前記被削材を加熱する加熱工程と、前記加熱工程で加熱された前記被削材に、刃具を押し当てて加工する加工工程と、を備え、前記加工工程において、すくい角が負の状態で加工することを特徴とする加工方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被削材を加工する加工方法であって、
前記被削材を加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱された前記被削材に、刃具を押し当てて加工する加工工程と、を備え、
前記加工工程において、すくい角が負の状態で加工することを特徴とする加工方法。
【請求項2】
刃先の切れ刃の接触長さLに対する被削材の切取り幅Wの比(L/W)が、1を超えて2.0以下の状態で加工することを特徴とする請求項1に記載の加工方法。
【請求項3】
前記被削材の被削性指数が50以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の加工方法。
【請求項4】
前記被削材が、セラミックスと金属との複合材料であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の加工方法。
【請求項5】
前記刃具が、Ti,Si,Alの少なくとも1種含むセラミックスである
ことを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の加工方法。
【請求項6】
前記加熱工程の加熱温度が、200℃~800℃であり、
前記刃具の切削速度が、10~60m/minであることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の加工方法。
【請求項7】
被削材を加熱した状態で切削加工するための工具であって、
すくい角が負であることを特徴とする工具。
【請求項8】
前記工具のねじれ角が0°超60°以下であることを特徴とする請求項7に記載の工具。
【請求項9】
前記工具が、Ti,Si,Alの少なくとも1種を含むセラミックスである
ことを特徴とする請求項7または8に記載の工具。
【請求項10】
前記被削材が、セラミックスと金属との複合材料であることを特徴とする請求項7~9に記載のいずれか一項に記載の工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工方法と工具、特に難削材を加熱した状態で切削加工する加工方法と工具に関する。
【背景技術】
【0002】
付加製造方法は、例えば特許文献1に開示されるように、基板に供給される原料粉末にパルスレーザエネルギを印加して原料粉末を溶融、凝固させることを繰り返して三次元形状の付加製造体を得る。付加製造方法によれば、ネットシェイプまたはニアネットシェイプで三次元形状の製品を得ることができる。
【0003】
付加製造方法により得られる付加製造体は、設計寸法に近い形状を得るニアネットシェイプを形成できるが、付加製造体のままでは、切削や塑性加工で得られる寸法精度、表面粗さには到達できない。したがって、付加製造方法は用途によっては後の工程として機械加工が必要であり、付加製造方法によるニアネットシェイプの利益を享受するためには、付加製造体に亀裂や割れなどの欠陥を生じさせることなく機械加工が実行される必要がある。
【0004】
また、付加製造では、高強度、高耐食など優れた特性を有する材料が適用されることが多いが、これら材料から構成される付加製造体の加工性は劣り、所望の形状を能率よく得ることが困難であった。機械加工として、例えば切削加工が掲げられるが、付加製造体が難切削材料から構成されると、刃具の寿命が短く、能率が低い加工が行われることに加え、無理な切削状態を継続することで切削中に工具の異常摩耗が生じ、切削抵抗や切削温度の上昇が起こるなどして、付加製造体に欠陥(表面キズ、亀裂や割れ)が生じるおそれがある。
【0005】
また、例えば、特許文献2に開示されるように、被削材が難削材料の場合には、切削加工時、工具の摩耗や欠損といった工具損傷が激しいため、その抑制が求められる。そこで、工具損傷を起こす加工負荷を低減するために,被削材を加熱し,軟化させた状態で加工する切削方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2016-502596号公報
【特許文献2】WO2020/111231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、被削材の加熱により,切削抵抗は低減するものの加工点の温度が高いことには変わりなく、さらに、切削工具の耐摩耗性向上が求められる。特に、超硬合金やサーメット系材料などの硬質セラミックスを含む被削材を切削する場合には、工具の耐摩耗性を向上するために刃型設計が重要となる。
【0008】
そこで本発明は、難削材等を加熱した状態で切削加工する際に、切削抵抗を低減しながら、工具損耗を抑制できる加工方法および工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、被削材を加工する加工方法であって、前記被削材を加熱する加熱工程と、前記加熱工程で加熱された前記被削材に、刃具を押し当てて加工する加工工程と、を備え、前記加工工程において、すくい角が負の状態で加工することを特徴とする加工方法である。
【0010】
また、前記加工工程において、刃先の切れ刃の接触長さLに対する被削材の切取り幅Wとの比(L/W)が、1を超えて2.0以下の状態で加工することが好ましい。
【0011】
また、前記被削材の被削性指数が50以下であることが好ましい。
【0012】
また、前記被削材が、セラミックスと金属との複合材料であることが好ましい。
【0013】
また、前記刃具が、Ti,Si,Alの少なくとも1種を含むセラミックスであることが好ましい。
【0014】
また、前記加熱工程の加熱温度が、50℃~800℃であり、前記刃具の切削速度が、10~60m/minであることが好ましい。
【0015】
また本発明は、被削材を加熱した状態で切削加工するための工具であって、前記回転工具は、すくい角が負であることを特徴とする工具である。
【0016】
また、前記工具のねじれ角が0°超60°以下であることを特徴とする請求項7に記載の工具。
【0017】
また、前記工具が、Ti,Si,Alの少なくとも1種を含むセラミックスであることが好ましい。
【0018】
また、前記被削材が、セラミックスと金属との複合材料であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、難削材を加熱した状態で切削加工する際に、切削抵抗を低減しながら、工具耐損耗を抑制できる加工方法および工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図3】ねじれ角、接触長さと切取り幅の関係を示す図である。
【
図5】すくい角と摩耗量(逃げ面摩耗、すくい角摩耗)の関係を示す図である。
【
図6】逃げ面摩耗と切削抵抗の関係を示す図である。
【
図8】逃げ面摩耗と切削抵抗の関係を示す図である。
【
図9】加熱温度と切削抵抗および逃げ面摩耗の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<加工方法>
本実施形態に係る加工方法は、被削材を加工する加工方法であって、前記被削材を加熱する加熱工程と、前記加熱工程で加熱された前記被削材に、刃具(工具)を押し当てて加工する加工工程と、を備え、前記加工工程において、すくい角が負の状態で加工することを特徴の一つとする加工方法である。本実施形態に係る加工方法であれば、加熱された状態の被削材を加工する際、工具の損耗を抑制することができる。
【0022】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。まず、被削物について説明した後、加工方法の実施形態について説明し、その次に、工具について説明する。なお、本明細書において「~」の数値範囲は、前後の数値を以上、以下で含む範囲とする。
【0023】
[被削材]
被削材は、例えば、鋳造、鍛圧、肉盛り、溶射、付加製造により製造された造形体などがあげられる。
【0024】
被削材を構成する材料は、その目的を達成することができる限り限定されず、例えば、金属材料、セラミックスと金属との複合材料を用いることができる。ここで、高周波誘導加熱により加熱する場合には、高周波誘導加熱により加熱され得る材料を用いることになる。したがって、被削材は基本的には金属材料で構成されることが好ましく、その中でも加熱温度の範囲において、耐性があるのに加えて加熱による膨張収縮の小さい材料が好ましい。例えば、高硬度である超硬合金およびサーメットなどのセラミックスと金属との複合材料が好ましい。具体的には、Ni基合金、特にNi基超合金、Co基合金、特にCo基超合金、Cr基合金、Mo基合金、Fe基超合金が好ましい。
【0025】
上記の超硬合金(Cemented Carbide)およびサーメット(Cermet)は、周期律表の4族遷移金属、5族遷移金属および6族遷移金属の炭化物、窒化物、酸化物、酸窒化物、炭窒化物、ホウ化物および珪化物の少なくとも一種を含む硬質相と、Fe、Co、Ni、Cr、Moの少なくとも一種からなる結合相と、を主体とする焼結体からなる複合材料である。
【0026】
また、超硬合金は、典型的にはWC-Co系合金であるが、WC-TiC-Co系合金、WC-TaC-Co系合金、WC-TiC-TaC-Co系合金なども用いられている。また、結合相には、Cr、Cuなどの他の金属元素を含むこともある。またサーメットは、典型的にはTiN-Ni系合金、TiN-TiC-Ni系合金、TiC-Ni-Mo2C系合金などである。
【0027】
また、超硬合金は一般的には切削工具として用いられているが、後述する金型のように靭性が求められる用途の場合には、切削工具として用いられているものとは異なる組成を採用することが好ましい。サーメットについても同様である。
【0028】
つまり、超硬合金からなる付加製造体を例えば金型に用いる際には、WC-Co系合金において、Co量が20質量%以上、50質量%以下であることが好ましい。このCo量は、切削工具として用いられるWC-Co系合金に比べて多い。これにより、金型としての使用に適した靱性、強度および硬度が与えられる。
【0029】
また、超硬合金またはサーメットの他に、高硬度材、超合金が掲げられる。高硬度材は、50HRCを超えるFe基の材料を指し、JIS SKD11、SKH51、SUS630などである。超合金は、Ni、Cr、Co、MoなどのFe以外を主体とした合金である。その内、Ni基超合金とは、たとえばNiを50質量%以上含み、その他にクロム(Cr)、コバルト(Co)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、鉄(Fe)、ジルコニウム(Zr)、タンタル(Ta)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、マンガン(Mn)、ケイ素(Si)、ランタン(La)、マグネシウム(Mg)、炭素(C)、ホウ素(B)等から選択される元素を含む合金である。
【0030】
一般に、Ni基超合金は、ガンマ相を主相とする合金である。ガンマ相は冷却過程で相変態することなく、そのままの結晶構造が保たれるため、ワレが起こりにくい。また、鋼や超硬合金の上にNi基超合金を造形した場合には、界面近傍に中間層が形成されるが、この場合、中間層のガンマ相分率が高くなり靭性の著しい低下を抑制することができる。さらに、被削性指数が50以下の難切削材料として、Ti合金(例えば、Ti-6質量%Al-4質量%V)がある。本実施形態に係る構成は、切削抵抗の低減、耐摩耗性の向上の効果に優れるため、特に難切削材料の加工に好適である。
【0031】
ここで、被削性指数は、硫黄快削鋼(AISI‐B1112)を切削して、一定の工具寿命に対する切削速度を100とし、比較する材料の同一工具寿命に対する切削速度を百分率で表すものである。
【0032】
[加熱工程]
まず、加熱工程について説明する。本発明の好ましい形態として、被削材の加熱手段、被削材の加熱理由の順で説明する。
【0033】
被削材を予熱する手段はその目的を達成できる限り限定されない。例えば、高周波誘導加熱、半導体レーザ、ガスバーナー、赤外線電気ヒーター、加熱炉、電子ビームまたはレーザの照射、ハロゲンランプ照射による加熱、ホットプレートのような電熱線を熱源とした加熱方式などによって、被削材を加熱できる。これら手段を単独で用いて加熱してもよいし、併用して加熱してもよい。
【0034】
本実施形態は好ましい例として、安定して加熱温度を維持するため、上記加熱手段の中でも高周波誘導加熱によるエネルギー投入が効果的である。これは、対象物内において、渦電流と金属の電気抵抗によるジュール熱が発生し、金属の自己発熱が起こるため、熱容量の大きい部材であっても、十分な加熱が可能である。特に、加熱する部分以外を断熱材で覆うことで、加熱温度の維持を安定させることができる。対象物を外部から加熱する方法である他の加熱方法は、熱容量の小さい部材の加熱においては十分なエネルギーを投入できる。
【0035】
加熱工程の加熱温度はその目的を達成することができる限り限定されない。例えば、難切削材料で構成されている被削材を加工する場合には、安定して加工できるように、好ましくは50℃~800℃の範囲で維持し、より好ましくは200℃~800℃の範囲で維持し、さらに好ましくは250℃~600℃の範囲で維持する。
【0036】
具体的には、被削材が超硬合金から構成される場合、加熱温度は200~600℃の範囲で維持することが好ましく、300~400℃の範囲で維持することがより好ましい。加熱温度が200℃以上であれば、被削材の軟化が生じやすくなるため、切削時の切削熱と合わさり、切りくず生成時の切削抵抗が低減されるため、よりいっそう工具への負荷が低減し、工具摩耗が抑制される。例えば、加熱温度が800℃を超えると被削材が柔らかくなりすぎ、切削中にバリが生成するなどして平滑な加工面や加工形状を得られにくくなる。
【0037】
加熱状態においては、付加製造体が難切削材料から構成されていても、付加製造体の硬さが低下する。したがって、例えば切削工具が付加製造体に衝突した際にせん断変形が生じ易く、切りくずが生じるときの抵抗が小さい。また、硬質粒子が分散された材料は、室温では切削困難であるが、加熱することで初めて切り屑が生成され、材料組成によっては硬質粒子が起点となって切り屑の分断が起こる等により、切削し易く、切り屑の工具への付着防止による加工面の性状向上につながる。
【0038】
被削材の作製工程の一形態である付加製造工程における加熱状態が維持されたままで切削加工する実施形態は、加熱状態を解いてから再度加熱するのに比べて、エネルギー的にもロスが小さく高能率な加工といえる。なお、付加製造時と機械加工時の温度をそれぞれ最適な状態に制御することができる。機械加工により残留応力が生じることがあるが、これを緩和した状態で加工することやその逆に残留応力を付与することで表面を硬化したり、耐欠損性を向上したりするなどの制御が可能となる。
【0039】
[加工工程]
次に、加工工程について説明する。加工工程は、加熱された被削材に刃具(工具)を押し当てて加工する工程である。加工方法としては、例えば、被削材を回転させ、工具を固定した状態で加工する旋削加工と,被削材を固定し、切削工具を回転させる転削加工とがある。いずれも工具と被削材の相対運動を利用し、切りくず生成させる。工具形状を適正化することで切りくず生成を容易にでき、工具に加わる負荷を低減することができる。すなわち、工具摩耗が抑制される。
【0040】
[すくい角]
すくい角について説明する。
図1に示すように、すくい角150は、工具120の形状のうち、被削材110表面を基準としたときの垂線とすくい面140とのなす角のことをいう。すくい角150は、正負の角度を取り得る。垂線の位置を0とし、工具の進行方向の反対に正の角度をとる。すくい角150が大きいと切れ味が増大することで切削抵抗が低減するが、工具刃先の厚さが低減し、刃先強度が低くなるため、欠損のリスクが高まる。すくい角150が小さく、負の角となると、切削抵抗は増大するものの、工具刃先の厚さが増大するため、刃先強度が高くなり、工具の耐欠損性が向上する。
【0041】
以上から、すくい角を負の値とすることで、刃の剛性が高くなり、工具摩耗を抑制しやすくなる。ここで、すくい角の下限は、好ましくは-60°であり、より好ましくは-45°であり、さらに好ましくは-30°である。また、好ましくは-0°未満であり、より好ましくは-1°以下であり、さらに好ましくは-5°以下である。
【0042】
上述の通り、すくい角は加工面に対するすくい面の傾きを表すものである。すくい角の設定(制御)方法としては、例えば、
図2に示すように、試験機に複合旋盤を用いて、NC(Numerical Control)運転でXおよびY軸を制御し、工具(バイト)230の加工開始点240(加工前位置)から被削材210中心に向かって二次元切削を行えばよく、工具(バイト)230やインサート(刃具)220の形状を変更することなく、Y軸の制御により、負の角度のすくい角250や正の角度のすくい角260を設定することができる。なお、
図2中の矢印は工具の進行方向を示している。
【0043】
[ねじれ角と刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)との比(L/W)]
次に、
図3を用いて、刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)との比(L/W)について説明する。刃先(工具刃先)320の切れ刃の接触長さ(L)とは、切れ刃が切りくず生成時に被削材と接した長さであり、被削材310の切取り幅(W)とは、工具刃先320の進行方向に直交する方向において、切削加工された長さのことである。
【0044】
切取り幅(W)と切れ刃の接触長さ(L)との比(L/W)が大きくなると、切りくず生成時の刃先の単位面積当たりの負荷を低減することができる。そのため、工具の欠損の抑制に有効である場合がある。一方、この比が大きくなりすぎると、工具進行方向の直交する方向からの負荷が大きくなり、工具のビビり振動が生じるなどして、工具の欠損が生じやすくなる。そのため、刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)との比(L/W)が、1を超えて2.0以下の状態で加工することが好ましい。
【0045】
刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)との比(L/W)の設定(制御)方法についても説明する。
図3に示すように、インサート320を機械座標系のXZ平面に対して0~45°回転できる回転部を有する工具を用いる場合、例えば、
図3(a)のように、インサート320の回転角βを0°に設定すれば、刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)の比(L/W)は、1となる。また、例えば、
図3(b)、(c)、(d)に示すように、回転角βを10°、30°、45°と変更すれば、接触長さLと切取り幅Wとの比(L/W)を1超1.41以下に調整できる。また、図示しないが、回転角βを60°に変更した場合には、接触長さLと切取り幅Wとの比(L/W)を2.0に調整できる。なお、工具が回転工具の場合には、刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)との比(L/W)は、ねじれ角に相当する。
【0046】
工具形状と加工条件は、切削試験を行い、工具摩耗や切削抵抗などの評価から決定することができる。本実施形態では、二次元切削加工によりこれらの評価を行った。二次元切削とは、工具の刃先稜線と切削運動の方向(切削方向)が直行する様式である。この場合、切削抵抗は主分力(切削方向に平行な成分)と背分力(切削方向に垂直な成分)の2成分となる。刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)との比(L/W)が1超の場合、送り分力(被削材端面に直角な成分)を加えた3成分となる。切削抵抗は、これらの2または3成分の合力で評価することができる。
【0047】
[切削条件]
切削条件、例えば、切削速度は、切削機構に影響を及ぼすため、工具寿命の安定化と高能率加工の実現のために、これを適正化することが好ましい。例えば、難加工材を加工する場合の切削条件としては、好ましくは切削速度が10~60m/minであり、より好ましい切削速度は20~50m/minである。
【0048】
また、被削材の加熱温度を350℃以上、切削速度を60m/min以下としたり、被削材の加熱温度を250℃以上、切削速度50m/min以下とするなど、被削材の加熱温度と切削速度とを組み合わせることがよりいっそう好ましい。
【0049】
<工具>
次に、本発明に係る工具の実施形態について説明する。工具の実施形態は、被削材を加熱した状態で切削加工するための工具であり、前記工具は、すくい角が負であることを特徴の一つとする工具である。
【0050】
すくい角、ねじれ角、刃先の切れ刃の接触長さ(L)と被削材の切取り幅(W)との比は、上述の通りである。ここで、工具が回転工具の場合には、刃先の切れ刃の接触長さLと被削材の切取り幅Wとの比(L/W)は、ねじれ角に相当し、
図3(a)に示すように、ねじれ角βを0°としたとき、刃先の切れ刃の接触長さと被削材の切取り幅Wは同じ値、すなわち接触長さLと切取り幅Wとの比(L/W)が1となり、例えば、
図3(b)、(c)、(d)に示すように、ねじれ角βを10°、30°、45°と変更することで接触長さLと切取り幅Wとの比(L/W)、を、1超1.5以下とでき、図示しないが、ねじれ角βを60°に変更すれば、接触長さLと切取り幅Wとの比(L/W)を2.0とできる。
【0051】
[工具材質]
切削加工は、工具材料と被削材の硬さの差を利用して行う。被削材を加熱した場合には、被削材が軟化するため加工しやすくなるが、それと接触する切削工具も加熱されるため、工具材質は高温での硬さが高いことが求められる。したがって、被削材を加熱した状態での機械加工には、工具材質にセラミックスを適用することが好ましい。
【0052】
特に被削材が超硬合金やサーメット(セラミックスと金属との複合材料)などの難削材である場合には、被削材を加熱した状態にして切削することで高能率な加工が可能となる。なお、セラミックス製の切削工具であれば、金属材料との接触による凝着が生じ難いため、超硬合金やサーメットに対して安定した切りくずの排出ができるので、加熱状態にある被削材を切削加工するのに好ましい。
【0053】
切削工具に適用されるセラミックスの材質としては、炭化チタン系セラミックス、アルミナ系セラミックス、アルミナ―炭化ケイ素系セラミックス、窒化珪素系セラミックス、ジルコニア系セラミックス、サイアロン系セラミックスなどがある。Ti,Si,Al の少なくとも1種を含むセラミックスが好ましい。特に高温での耐衝撃性、耐摩耗性に優れる工具材質としてアルミナ―炭化ケイ素系セラミックス、サイアロン系セラミックスが好ましい。アルミナ―炭化ケイ素系セラミックス、サイアロン系セラミックスには、イットリウム、イッテルビウム、ジルコニウムなどを添加することで、より耐熱性を向上させることができる。
【実施例0054】
実施例について説明する。
【0055】
[実験装置および計測機器]
被削性の評価には、NC旋盤(オークマ製、LB4000EXII)を使用した。ドライ環境で試験を実施した。
【0056】
切削抵抗の測定には、切削動力計(KISTLER製、9129AA)を使用した。切削動力計はNC旋盤のタレットに取付け、バイトは治具(KISTLER製、9129AE25)を用いて切削動力計に取り付けた。工具摩耗量の測定は測定顕微鏡(オリンパス、STM7)を使用した。
【0057】
[被削材]
下記の被削材を準備し、直径φ100mm、厚さ2mmになるように加工した。さらに、治具の取付穴を加工し、治具を介してNC旋盤に取り付けた。
材料:超硬合金(WC-Co系合金)、WC粒径:2.0 μm、WC量:60 mass%、Co量:40 mass%、硬さ:78.9HRA、製造方法:焼結、とした。
【0058】
[インサート]
工具形状:TCGN160308FN、工具材種:サイアロン、のバイトを用いてNC旋盤に取り付けた。
【0059】
下記切削条件で被削材を加工した際の切削抵抗、工具摩耗状態、びびり振動の発生状況を評価した。表1にその結果を示す。
(1)切削条件
切取り幅:2mm、切削距離:約1500mm、送り量:0.05mm/REVとし、それ以外の切削速度、被削材温度、ねじれ角、すくい角は、表1に示す。
【表1】
【0060】
表1および
図4に示すように、被削材を加熱した状態で切削するとすくい角の増大に伴い切削抵抗が増大する傾向を確認した。主分力(切削方向に平行な成分)は、すくい角が大きくなるほど、大きな値を示し、正の相関があるのに対し、背分力(切削方向に垂直な成分)はすくい角の変化に対しほとんど影響を受けず、一定の値を示した。
【0061】
表1および
図5に示すように、逃げ面の摩耗量はすくい角と正の相関があるのに対し、すくい面摩耗は、一定であった。すくい角を負にしたことで刃の剛性が高くなり、摩耗が抑制されたことで切削が継続できたと考えられる。一方、すくい角を正にすると、刃の剛性が低下したことに起因して、摩耗が進行したと考えられる。
【0062】
表1および
図6に示すように、すくい角-10°~-5°は逃げ面摩耗と切削抵抗を抑制できる条件であった。加熱切削では、すくい角を負にして刃先の剛性を高めることが有効であることが確認された。
【0063】
表1および
図7、
図8に示すように、ねじれ角が切削抵抗および逃げ面摩耗に及ぼす影響は小さいことを確認した。本実施例では、逃げ面摩耗がねじれ角30°の場合に最も切削抵抗と工具摩耗が抑制された。
【0064】
表1および
図9に示すように、加熱温度と切削抵抗には負の相関があった。一方、加熱温度と逃げ面摩耗には正の相関があった。被削材を高温状態で切削すると切削抵抗は低減する一方、過大な熱影響を受けて工具摩耗が促進したと考えられる。また、加熱温度200℃以下で、バイトのびびり振動が発生した。ビビり振動の抑制は必須ではないが、ビビり振動の発生により、不安定な切削状況となりやすいと考えられる。
【0065】
本実施例では、室温(21℃)時と比較して、加熱温度が300℃の場合に、切削抵抗が約35%低減した。また、加熱温度が400℃の場合には、他の条件と比較して摩耗量が約20%低減した。すなわち、加熱温度は300~400℃の範囲が特に好適であることがわかった。