(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022157516
(43)【公開日】2022-10-14
(54)【発明の名称】神経細胞及びその応用
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20221006BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20221006BHJP
C12N 15/86 20060101ALN20221006BHJP
【FI】
C12N5/10
C12Q1/02
C12N15/86 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021061794
(22)【出願日】2021-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】田邉 寛和
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 摂
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
(72)【発明者】
【氏名】前田 純宏
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA20
4B063QR73
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】タウ凝集と細胞死を起こす神経細胞;上記神経細胞を用いたスクリーニングキット及びスクリーニング方法;上記スクリーニング方法により得られる薬剤候補物質;上記神経細胞を製造するためのヒト多能性幹細胞;及び上記神経細胞の製造方法、を提供すること。
【解決手段】導入された外因性野生型タウ遺伝子を有する神経細胞。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導入された外因性野生型タウ遺伝子を有する神経細胞。
【請求項2】
ヒト多能性幹細胞に由来する、請求項1に記載の神経細胞。
【請求項3】
ヒト多能性幹細胞が、健常者由来ヒト多能性幹細胞である、請求項2に記載の神経細胞。
【請求項4】
ヒト多能性幹細胞から神経細胞への分化後に外因性野生型タウ遺伝子が発現されている、請求項2又は3に記載の神経細胞。
【請求項5】
外因性野生型タウ遺伝子の発現が条件特異的に制御されている、請求項1から4のいずれか一項に記載の神経細胞。
【請求項6】
外因性野生型タウ遺伝子が過剰発現したときにタウが凝集する、請求項1から5の何れか一項に記載の神経細胞。
【請求項7】
タウの凝集が遺伝子発現によるもののみである、請求項1から6の何れか一項に記載の神経細胞。
【請求項8】
請求項1から7の何れか一項に記載の神経細胞を含む、タウ過剰発現による変化に作用する作用をもつ薬剤候補物質のスクリーニングキット。
【請求項9】
請求項1から7の何れか一項に記載の神経細胞を用いる、タウ凝集または細胞死を抑制する作用をもつ薬剤候補物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項9に記載のスクリーニング方法により得られる薬剤候補物質。
【請求項11】
導入された外因性野生型タウ遺伝子を有する、ヒト多能性幹細胞。
【請求項12】
ヒト多能性幹細胞に外因性野生型タウ遺伝子を導入すること、及びヒト多能性幹細胞を神経細胞に分化させることを含む、神経細胞の製造方法。
【請求項13】
外因性野生型タウ遺伝子の発現と、神経細胞の分化のための遺伝子発現の工程とがTETシステムである、請求項12に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タウタンパク質の発現によりタウ凝集および細胞死を発現する神経細胞に関する。本発明はさらに、上記神経細胞を用いたスクリーニングキット及びスクリーニング方法に関する。本発明はさらに、上記スクリーニング方法により得られる薬剤候補物質に関する。本発明はさらに、ヒト多能性幹細胞、及び神経細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病等の神経変性疾患の発症メカニズムは多岐に渡るため、様々なメカニズムに基づいた治療薬の研究開発が期待されている。タウは神経変性疾患の発症に関わる主要因子であると考えられており、神経変性疾患の患者の脳内において増加する。またタウの蓄積量と認知機能低下には相関があることが報告されているなど、タウは神経変性疾患の治療ターゲットとして期待されている。
【0003】
タウが神経変性疾患を引き起こすメカニズムの1つとして、凝集タウが神経細胞死を引き起こすことが報告されている。タウ凝集は、微小管から乖離したタウが重合してタウオリゴマー、線維状タウを経て、神経原線維変化へと進展する。しかし、タウ凝集体が神経細胞においてどのように神経細胞死を引き起こしているか、また、その神経細胞死をどのように制御することができるかについては未だ明らかになっていない。したがって、タウ凝集および神経細胞死が生じる神経細胞モデルを樹立し、そのモデルを活用した新規薬剤の研究開発が期待されている。
【0004】
非特許文献1には、タウを発現しない非神経細胞に対して、外部からタウ発現ベクターを導入し人工的にタウを発現させ、様々な方法によりタウを定量する方法が記載されている。非特許文献2には、ヒトiPS細胞由来NPC(神経前駆細胞)に対してTet-on AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを用いたタウの過剰発現に加えてタウ凝集シード(タウのフラグメントを凝集させたもの)を添加することによってタウ凝集および細胞死を誘導させることが記載されている。非特許文献2に方法においては、NPCへタウ遺伝子を導入しつつ分化誘導するため30-40日間という長期の評価期間が必要である。また、多重感染度(MOI) 100という多量のAAVを使用している。
【0005】
特許文献1には、変異タウ遺伝子を持つ患者由来iPS細胞由来神経細胞を使用し、タウ凝集及び神経細胞死を再現することが記載されているが、外来性タウ遺伝子の導入についての実施例は記載されていない。また、タウ凝集および細胞死は変異タウ遺伝子を持つ神経細胞において観察されているため、タウ凝集および細胞死は変異タウによって引き起こされると報告されている。特許文献2においては、CHO細胞に外来の変異γPKC-GFPを導入し、tet-offによる発現制御を行い、トレハロースによる凝集抑制を評価することが記載されているが、外来性タウ遺伝子の導入についての実施例は記載されていない。特許文献3には、タウを神経芽細胞に導入したH4-tau細胞とマウス神経細胞とを使用し、PRKXの過剰発現によりタウがリン酸化され、凝集及び細胞死が起こることが記載されている。特許文献3の発明は、PRKXの影響を評価するためのものであり、PRKXがなければタウは凝集しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Comput Struct Biotechnol J. 2014 Oct 2;12(20-21):7-13
【非特許文献2】J Biomol Screen. 2016 Sep;21(8):804-15
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO16/076435号公報
【特許文献2】特開2008-220302号公報
【特許文献3】国際公開WO09/101942号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
細胞内タウの凝集または毒性を評価する従来の方法には、変異型タウを過剰発現させる方法、変異型タウ過剰発現に加えて凝集促進剤を処置する方法(非特許文献1及び2)、さらに患者細胞から樹立したヒト多能性幹細胞由来神経細胞を使用する方法(特許文献1)が知られている。変異型タウを過剰発現させる方法は、野生型タウの凝集によって引き起こされる病態を再現できていないという欠点がある。また、タウ凝集促進剤を併用する方法は、タウ凝集促進剤自体に毒性があるなど、タウのみの表現型を評価することが難しいという欠点がある。また、患者細胞から樹立したヒト多能性幹細胞由来神経細胞を使用する方法については、一般的に表現型の発現に長期間の培養が必要であり、薬剤スクリーニングを行うことが困難であった。
【0009】
本発明は、タウ凝集と細胞死を起こす神経細胞を提供することを解決すべき課題とする。本発明はさらに、上記神経細胞を用いたスクリーニングキット及びスクリーニング方法を提供することを解決すべき課題とする。本発明はさらに、上記スクリーニング方法により得られる薬剤候補物質を提供することを解決すべき課題とする。本発明はさらに、上記神経細胞を製造するためのヒト多能性幹細胞、及び上記神経細胞の製造方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明者らは、神経細胞に外因性野生型タウ遺伝子を導入することによって、タウ凝集と細胞死を起こすことに成功した。本発明は上記知見に基づいて完成したものである。
【0011】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
<1> 導入された外因性野生型タウ遺伝子を有する神経細胞。
<2> ヒト多能性幹細胞に由来する、<1>に記載の神経細胞。
<3> ヒト多能性幹細胞が、健常者由来ヒト多能性幹細胞である、<2>に記載の神経細胞。
<4> ヒト多能性幹細胞から神経細胞への分化後に外因性野生型タウ遺伝子が発現されている、<2>又は<3>に記載の神経細胞。
<5> 外因性野生型タウ遺伝子の発現が条件特異的に制御されている、<1>から<4>のいずれか一に記載の神経細胞。
<6> 外因性野生型タウ遺伝子が過剰発現したときにタウが凝集する、<1>から<5>の何れか一に記載の神経細胞。
<7> タウの凝集が遺伝子発現によるもののみである、<1>から<6>の何れか一に記載の神経細胞。
<8> <1>から<7>の何れか一に記載の神経細胞を含む、タウ過剰発現による変化に作用する作用をもつ薬剤候補物質のスクリーニングキット。
<9> <1>から<7>の何れか一に記載の神経細胞を用いる、タウ凝集または細胞死を抑制する作用をもつ薬剤候補物質のスクリーニング方法。
<10> <9>に記載のスクリーニング方法により得られる薬剤候補物質。
<11> 導入された外因性野生型タウ遺伝子を有する、ヒト多能性幹細胞。
<12> ヒト多能性幹細胞に外因性野生型タウ遺伝子を導入すること、及びヒト多能性幹細胞を神経細胞に分化させることを含む、神経細胞の製造方法。
<13> 外因性野生型タウ遺伝子の発現と、神経細胞の分化のための遺伝子発現の工程とがTETシステムである、<12>に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の神経細胞によれば、野生型タウ発現のみでタウ凝集と細胞死を起こすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1はCSIV-miR-9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdTベクターのマップを示す。
【
図2】
図2はCSII-TRE-hTau(1N4R)-IRES-Zeoベクターのマップを示す。
【
図3】
図3は、神経細胞の作製方法およびレンチウイルスによるタウ過剰発現の模式図を示す。
【
図4】
図4は、SDS-PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)による過剰に発現したタウの検出を示す。
【
図5】
図5は、hiPSC(ヒト人工多能性幹細胞)由来神経細胞におけるタウ過剰発現による神経突起の変性を示す。
【
図6】
図6は、タウ過剰発現による神経細胞死の検出を示す。
【
図7】
図7は、タウ過剰発現による神経突起内の凝集タウの検出を示す。
【
図8】
図8は、Tau重合阻害剤および微小管安定化剤の薬効を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。
本明細書において、“NP_”、“NM_”、“NG_”とそれに続く数字は、NCBI(National Center for Biotechnology Information)データベースに標準配列(Reference Sequence)として登録されているアミノ酸配列(NP_~)、転写物のヌクレオチド配列(NM_~)、ゲノムDNA配列(NG_~)のIDを各々表す。
【0015】
<神経細胞>
本発明の神経細胞は、導入された外因性野生型タウ遺伝子を有する神経細胞である。
好ましくは、本発明の神経細胞は、多能性幹細胞に由来する細胞である。
【0016】
「多能性幹細胞」とは、生体を構成するすべての細胞に分化しうる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経て自己と同一の分化能を有する娘細胞を生み出す能力(自己複製能)とを併せ持つ細胞をいう。分化多能性は、評価対象の細胞を、ヌードマウスに移植し、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)のそれぞれの細胞を含むテラトーマ形成の有無を試験することにより、評価することができる。
【0017】
多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができるが、分化多能性および自己複製能を併せ持つ細胞である限り、これに限定されない。好ましくはES細胞又はiPS細胞を用いる。更に好ましくはiPS細胞を用いる。多能性幹細胞は、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の細胞である。多能性幹細胞は、好ましくはヒト多能性幹細胞であり、より好ましくは健常者由来ヒト多能性幹細胞である。本発明の好ましい態様では、多能性幹細胞として、ヒトiPS細胞が用いられる。
【0018】
ES細胞は、例えば、着床以前の初期胚、上記の初期胚を構成する内部細胞塊、単一割球等を培養することによって樹立することができる(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Thomson,J.A. et al.,Science,282,1145-1147(1998))。初期胚として、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を用いてもよい(Wilmut et al.(Nature,385,810(1997))、Cibelli et al.(Science,280,1256(1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素,44,892(1999))、Baguisi et al.(Nature Biotechnology,17,456(1999))、Wakayama et al.(Nature,394,369(1998);Nature Genetics,22,127(1999);Proc.Natl.Acad.Sci.USA,96,14984(1999))、Rideout III et al.(Nature Genetics,24,109(2000)、Tachibana et al.(Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer,Cell(2013)in press)。初期座として、単為発生胚を用いてもよい(Kim et al.(Science, 315,482-486(2007))、Nakajima et al.(Stem Cells,25,983-985(2007))、Kim et al.(Cell Stem Cell,1,346-352(2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells,9,432-449(2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells,10,11-24(2008))。上掲の論文の他、ES細胞の作製についてはStrelchenko N., et al.Reprod Biomed Online.9:623-629,2004;Klimanskaya I.,et al.Nature 444:481-485,2006;Chung Y., et al.Cell Stem Cell 2:113-117,2008;Zhang X., et al Stem Cells 24:2669-2676,2006;Wassarman,P.M.et al.Methods in Enzymology,Vol.365,2003等が参考になる。尚、ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も、本発明の方法に用いられる胚性幹細胞に含まれる。
【0019】
ES細胞の中には、保存機関から入手可能なもの、或いは市販されているものもある。例えば、ヒトES細胞については京都大学再生医科学研究所(例えばKhES-1、KhES-2およびKhES-3)、WiCell Research Institute、ESI BIOなどから入手可能である。
【0020】
EG細胞は、始原生殖細胞を、LIF(白血病阻止因子)、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)、SCF(幹細胞因子)の存在下で培養すること等により樹立することができる(Matsui et al., Cell,70,841-847(1992)、Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,95(23),13726-13731(1998)、Turnpenny et al.,Stem Cells,21(5),598-609,(2003))。
【0021】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。
【0022】
iPS細胞の作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4),663-676, 2006;Takahashi, K,et al:Cell 131(5),861-72,2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28およびNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858),1917-1920,2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M,et al:Nat.Biotechnol.26(1),101-106,2008)、Oct3/4およびKlf4の2因子(Kim J B,et al:Nature454(7204),646-650,2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B,et al:Cell 136(3),411-419,2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S,Joo JY,et al:Cell Stem Cell 4,381-384,2009; Kim D,Kim CH,Moon JI,et al:Cell Stem Cell 4,472-476,2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al:Nat.Biotechnol.26(7),795-797,2008; Huangfu D,et al:Nat.Biotechnol.26(11),1269-1275,2008;Silva J, et al: PLoS. Biol.6(10),e253,2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al:Science 318(5858),1917-1920,2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al:Science 322(5903),945-949,2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science322(5903),949-953,2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP,Mohseni P, et al: Nature458,766-770,2009;Kaji K,Norrby K, Pac a A,et al:Nature458,771-775,2009;Yusa K, Rad R,Takeda J, et al:Nat Methods 6,363-369,2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J,Hu K,Smuga-Otto K,Tian S,et al:Science 324,797-801,2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0023】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1およびCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0024】
iPS細胞は、例えば、FUJIFILM Cellular Dynamics,Inc.、国立大学法人京都大学、又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。
【0025】
多能性幹細胞は、多能性幹細胞の培養に適した培地を使用して培養することができる。多能性幹細胞としてiPS細胞を使用する場合には、例えば、StemFit(登録商標)AK02N(味の素)、mTeSR(登録商標)1(Stemcell Technologies)又はStemFlex(登録商標)等を使用することができる。培養は、プレート(例えば、6wellプレート等)上で行ってもよいし、フラスコ内で行ってもよいが、好ましくはプレート上で行うことができる。培養期間は特に限定されず、例えば、1日~7日間培養することができる。
【0026】
本発明の神経細胞は、外部から導入された外因性野生型タウ遺伝子を有している。
タウ(microtubule-associated protein tau、MAPTとも呼ばれる)は、ヒトでは第17番染色体(17q21.1)に存在するMAPT遺伝子(Official full name:microtubule-associated protein tau、Official symbol;MAPT、NG_007398.1)にコードされるタンパク質で、選択的スプライシングによって生じる6つのアイソフォームが同定されている。
【0027】
各アイソフォームは、N末端側の特徴的な29アミノ酸配列(N)の数(0-2個)と、C末端側の微小管結合に関与する反復配列(R)の数(3又は4個)が異なるため、これらの配列の数によって、0N3R型(352アミノ酸、NP_058525.1、NM_016841.4)、1N3R型(381アミノ酸、NP_001190180.1、NM_001203251.1)、2N3R型(410アミノ酸、NP_001190181.1、NM_001203252.1)、0N4R型(383アミノ酸、NP_058518.1、NM_016834.4)、1N4R型(412アミノ酸、NP_001116539.1、NM_001123067.3)、2N4R型(441アミノ酸、NP_005901.2、NM_005910.5)に分類されている(カッコ内に、一例として、ヒトの各アイソフォームのアミノ酸残基数、標準アミノ酸配列のID、転写物の標準ヌクレオチド配列のIDを示す)。
【0028】
本発明におけるタウ遺伝子は、ヒト以外の哺乳動物(例えば、マウスやラットなどのげっ歯類、又はマーモセットなどの霊長類)のタウ遺伝子であってもよい。哺乳動物の生体の脳において選択的スプライシングによって生じる可能性のあるタウタンパク質のアイソフォームは、上記した0N3R型、1N3R型、2N3R型、0N4R型、1N4R型、及び2N4R型の6種類である。
ヒトの胎児期の脳では3R型タウのみが発現するが、ヒト成人脳では上記6種類すべてが発現し、正常人では、4R型(4リピートタウ)と3R型(3リピートタウ)の発現比(=4リピートタウ/3リピートタウ)は同程度である。
マウスでは新生仔までは3R型タウのみが発現するが、離乳期以降は4R型タウのみが発現する。
ラットおよびマーモセットでも、脳では新生仔までは3R型タウのみが発現するが、離乳期以降は4R型タウのみが発現する。
本発明では、特に定めがない限り、タウとは、3リピートタウ及び4リピートタウのいずれでもよい。
【0029】
<神経細胞の製造>
本発明の神経細胞は、導入された外因性野生型タウ遺伝子を有するヒト多能性幹細胞を神経細胞に分化させることにより製造することができる。導入された外因性野生型タウ遺伝子を有するヒト多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞に外因性野生型タウ遺伝子を導入することにより製造することができる。即ち、本発明によれば、ヒト多能性幹細胞に外因性野生型タウ遺伝子を導入すること、及びヒト多能性幹細胞を神経細胞に分化させることを含む、神経細胞の製造方法が提供される。
【0030】
多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する方法としては、特に限定されないが、低分子化合物処置などを用いて多能性幹細胞から神経幹細胞を作製後、神経細胞へ誘導する方法と、遺伝子発現などにより神経細胞へ直接誘導する方法がある。本発明においては、多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導するため、グリア細胞を含まない神経細胞を製造することができる。本発明の神経細胞は、グリア細胞を含まない細胞集団であることが好ましい。
さらに本発明の神経細胞は、立体(3次元)培養された細胞ではないことが好ましく、単層培養された細胞であることがより好ましい。
多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する方法としては、例えば、
(1)無血清培地中で培養して胚様体(神経前駆細胞を含む細胞塊)を形成させて分化させる方法(SFEB法:Watanabe K.,et al, Nat.Neurosci.,8:288-296,2005;SFEBq法:Wataya T.,et al Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,105:11796-11801,2008);
(2)ストローマ細胞上で培養して分化させる方法(SDIA法:Kawasaki H., et al,Neuron,28:31-40, 2000);
(3)薬剤を添加したマトリゲル上で培養して分化させる方法(Chambers S.M.,et al,Nat.Biotechnol.,27:275-280,2009);
(4)サイトカインの代替物として低分子化合物を含む培地中で培養して分化する方法(米国特許第5,843,780号);
(5)多能性幹細胞に神経誘導因子(neurogenin2(Ngn2)等)を導入し発現させることで分化させる方法(WO2014/148646;及びZhang Y., et al, Neuron,78:785-98,2013);
(6)多能性幹細胞にmiR-9/9*-124を導入し発現させることで分化させる方法;
及びこれらの方法の組み合わせ等が挙げられる。
【0031】
上記のうち、(5)多能性幹細胞にneurogenin2を導入して発現させる方法は、短期間且つ高効率で成熟した神経細胞が得られることから好ましい。さらに、(6)多能性幹細胞にmiR-9/9*-124を導入し発現させることで分化させる方法も好ましい。多能性幹細胞から神経細胞を分化誘導する方法として、好ましくは、Ngn2単独またはNgn2とmiR-9/9*-124の発現により神経細胞へ直接誘導する方法である。最も好ましくは、TET-onプロモーターによるNgn2単独またはNgn2+miR-9/9*-124発現によって神経細胞へ誘導する方法である。
【0032】
Neurogenin2タンパク質は発生期において神経細胞への分化を促進することが知られる転写因子であり、そのアミノ酸配列はヒトではNP_076924、マウスではNP_033848で例示される。neurogenin2遺伝子(Official full name:neurogenin2、Official symbol:NEUROG2、Ngn2遺伝子とも呼ばれる)はNeurogenin2タンパク質をコードするDNAのことであり、例えば、標準配列として登録されているNM_009718(マウス)もしくはNM_024019(ヒト)、又はそれらの転写派生体(transcript variant)のヌクレオチド配列を有するDNAが挙げられる。また、上記標準配列及び転写派生体の配列を有する核酸に、ストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補性を有するDNAであってもよい。
【0033】
ストリンジェントな条件とは、複合体又はプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC(Saline Sodium Citrate Buffer)、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の洗浄条件、さらに厳しくは「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件で洗浄しても正鎖と相補鎖とがハイブリダイズ状態を維持する条件を挙げることができる。具体的には、このような相補鎖として、対象の正鎖の塩基配列と完全に相補的な関係にある塩基配列からなる鎖、及び上記鎖と少なくとも90%、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、いっそう好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる鎖を例示することができる。
【0034】
多能性幹細胞におけるNeurogenin2の発現は、Neurogenin2をコードする核酸(DNA又はRNA)又はNeurogenin2(タンパク質)を、多能性幹細胞に導入することによって実施することができる。
多能性幹細胞におけるmiR-9/9*-124の発現は、miR-9/9*-124をコードする核酸(DNA又はRNA)を、多能性幹細胞に導入することによって実施することができる。
【0035】
本発明において、Neurogenin2をコードする核酸、およびmiR-9/9*-124をコードする核酸を細胞に導入する場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体等のベクターをリポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクション等の手法を用いて多能性幹細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター等が例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)等が含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物用プラスミドを使用し得る。ベクターには、Neurogenin2タンパク質またはmiR-9/9*-124を発現させるための制御配列(プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト等)を含むことができ、さらに、必要に応じて薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列等を含んでもよい。特に、所望の時期にNeurogenin2タンパク質またはmiR-9/9*-124の発現を迅速に誘導できるように、タンパク質のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列が誘導可能なプロモーター配列に機能的に接合していることが好ましい。
【0036】
誘導可能なプロモーターとしては、薬剤応答性プロモーターを挙げることができ、その好適な例として、テトラサイクリン応答性プロモーター(tetO配列が7回連続したテトラサイクリン応答配列(TRE)を有するCMV最小プロモーター)が挙げられる。例えば、Tet-On/Off Advanced発現誘導システムが例示されるが、テトラサイクリンの存在下において対応する遺伝子を発現させられることが望ましいことから、Tet-Onシステムが好ましい。すなわち、reverse tetR(rtetR)及びVP16ADとの融合タンパク質(rtTA)を同時に発現させるシステムである。なお、Tet-Onシステムは、Clontech社から入手して用いることができる。また、cumate応答性プロモーター(Q-mateシステム、Krackeler Scientific社、National Research Council(NRC)社等)、エストロゲン応答性プロモーター(WO2006/129735、及びGenoStat誘導性発現システム、Upstate cell signaling solutions社)、RSL1応答性プロモーター(RheoSwitch哺乳類誘導性発現システム、New England Biolabs社)等も好適に用いることができる。このうち、発現誘導物質の特異性の高さと毒性の低さから、テトラサイクリン応答性プロモーターとcumate応答性プロモーターが特に好ましく、最も好ましくはテトラサイクリン応答性プロモーターである。
【0037】
cumate応答性プロモーターを用いる場合には、CymRリプレッサーを多能性幹細胞内で発現する様式を合わせ持つことが好適である。
また、制御配列及び上記プロモーターの調節因子(rtTA及び/又はCymRリプレッサー等)は、neurogenin2遺伝子またはmiR-9/9*-124を導入したベクターによって供給されてもよい。
【0038】
テトラサイクリン応答性プロモーターを用いた場合には、テトラサイクリン又はその誘導体であるドキシサイクリン(doxycycline、本願では以降、DOXと略記)を培地に所望の期間添加し続けることでNeurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を維持することができる。また、cumate応答性プロモーターを用いた場合には、培地にcumateを所望の期間添加し続けることで、Neurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を維持することができる。
【0039】
Neurogenin2タンパク質またはmiR-9/9*-124を発現させるためのプロモーターとしては、恒常発現プロモーター(サイトメガロウイルス(CMV)由来プロモーター、EF1プロモーター、ユビキチンC(UbC)プロモーター、ネズミ幹細胞ウイルス(MSCV)由来プロモーター等)、神経特異的プロモーター(Synプロモーター等)などを使用してもよい。
【0040】
薬剤応答性プロモーターを用いた場合にも、培地から対応する薬剤を除去する(例えば、薬剤を含まない培地に置換する)ことで、Neurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を停止することができる。
【0041】
本発明において、Neurogenin2をコードする核酸や、miR-9/9*-124をRNAの形態で導入する場合、例えばエレクトロポレーション、リポフェクション、マイクロインジェクション等の手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。細胞内でのNeurogenin2またはmiR-9/9*-124の発現を維持するため、複数回、例えば、2回、3回、4回、又は5回等、導入を行っても良い。
【0042】
本発明において、Neurogenin2をタンパク質の形態で導入する場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクション等の手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。細胞内でのNeurogenin2の発現を維持するため、複数回、例えば、2回、3回、4回、又は5回等、導入を行っても良い。
【0043】
本発明において、神経細胞誘導のためにNeurogenin2またはmiR-9/9*-124を多能性幹細胞で発現させる期間は、特に上限はないが、ヒト多能性幹細胞の場合には、2日間以上、好ましくは3日間以上、さらに好ましくは4日間以上である。
【0044】
Neurogenin2やmiR-9/9*-124を導入し発現させることで分化させる方法の発現誘導以降は、多能性幹細胞を、神経細胞への分化誘導に適した培地(神経分化用培地と呼ぶ)中で培養することが好ましい。そのような培地としては、基本培地のみ、又は、神経栄養因子を添加した基本培地を用いることができる。本発明における神経栄養因子とは、神経細胞の生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体のリガンドであり、例えば、Nerve Growth Factor(NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor(BDNF)、Neurotrophin 3(NT-3)、Neurotrophin 4/5(NT-4/5)、Neurotrophin 6(NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor(EGF)、Hepatocyte Growth Factor(HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1(IGF1)、Insulin Like Growth Factor 2(IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6(IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor(CNTF)及びLIF等が挙げられる。このうち、好ましい神経栄養因子は、GDNF、BDNF、及び/又はNT-3である。
【0045】
基本培地としては、例えば、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12(F12)培地、Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(DMEM/F-12)培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium培地(Lifetechnologies社)、Neurobasal Plus Medium培地(Thermo Fisher Scientific)、およびBrainphys(STEMCELL Technologies)及びこれらの混合培地などが包含される。
【0046】
基本培地には血清が含有されていてもよいし、無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2 supplement(Thermo Fisher Scientific)、B27 supplement(Thermo Fisher Scientific)、B27 Plus supplement(Thermo Fisher Scientific)、Culture One supplement(Thermo Fisher Scientific)、アルブミン、トランスフェリン、アポトランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよく、また、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Thermo Fisher Scientific)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンなどの1つ以上の物質も含有してもよい。
【0047】
本発明では、神経分化用培地として、Neurobasal plus Mediumに、B27 Plus supplement、Culture One supplement、Glutamax、dbcAMP、L-ascorbic acid、Y27632、DAPT
(N-[N-(3,5-Difluorophenacetyl-L-alanyl)]-(S)-phenylglycine t-butyl ester)を添加した培地を使用することが特に好ましい。
【0048】
神経細胞の分化誘導を行う際の培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0049】
本発明における神経細胞とは、好ましくは、β-III tubulin、NeuN、N-CAM(neural cell adhesion molecule)、MAP2(microtubule-associated protein 2)から成る神経細胞に特異的なマーカー遺伝子を少なくとも1以上発現し、且つ、β-III tubulin陽性の突起(以降、神経突起と呼ぶ)を有する細胞である。
【0050】
本発明においてより好ましい神経細胞は、形態的に成熟した神経細胞であり、さらに好ましくはグルタミン酸作動性神経細胞である。ここで、形態的に成熟した神経細胞とは、細胞体が肥厚し、且つ、神経突起が十分に伸展(目安として、神経突起長が細胞体の直径の約5倍以上)した神経細胞である。
【0051】
本発明の神経細胞は、上記のようにして多能性幹細胞から分化誘導した神経細胞に、外因性野生型タウ遺伝子を導入することにより製造することができる。あるいは、本発明の神経細胞は、神経細胞に分化誘導する前の多能性幹細胞に外因性野生型タウ遺伝子を導入し、その後に、上記多能性幹細胞を神経細胞に分化誘導することにより製造してもよい。
【0052】
外因性野生型タウ遺伝子の導入方法としては、ウイルスベクター、リポフェクション、エレクトロポレーションなどが挙げられる。好ましくはウイルスベクターであり、より好ましくは、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス (AAV)、センダイウイルス、レトロウイルス等であり、最も好ましくはレンチウイルスである。
【0053】
外因性野生型タウの過剰発現には、プロモーターを用いることが好ましい。好ましくは、恒常発現プロモーター(サイトメガロウイルス(CMV)由来プロモーター、EF1プロモーター、ユビキチンC(UbC)プロモーター、ネズミ幹細胞ウイルス(MSCV)由来プロモーター等)、神経特異的プロモーター(Synプロモーター等)、薬剤誘導性プロモーター(例えば、TET-on、TET-off、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)など)などを使用することができ、より好ましくは、TET-onプロモーターを使用することができる。
【0054】
本発明の神経細胞は、ヒト多能性幹細胞から神経細胞への分化後に外因性野生型タウ遺伝子が発現されていることが好ましい。また、外因性野生型タウ遺伝子の発現が条件特異的に制御されていることが好ましい。
【0055】
本発明において特に好ましくは、外因性野生型タウ遺伝子の発現と、神経細胞の分化のための遺伝子発現の工程とがTETシステム(TET-onシステム又はTET-offシステム)である。TETシステムとは、テトラサイクリン誘導体であるドキシサイクリンの投与により細胞において可逆的に目的遺伝子の発現を調節できるシステムである。
【0056】
本発明の神経細胞においては、外因性野生型タウ遺伝子が過剰発現したときにタウが凝集する。タウの凝集は、外因性野生型タウ遺伝子の発現によるもののみであることが好ましい。
【0057】
本発明の好ましい態様の一例においては、ヒト多能性幹細胞からヒト神経細胞を作製することができる。好ましくは、TET-on誘導性のNgn2およびmiR-9/9*-124発現により神経細胞を作製する。好ましくは、作製した神経細胞を凍結ストック化し評価の際に起眠して使用する。作製した神経細胞は、コーティング済み細胞培養プレート播種に播種することが好ましいが、神経細胞を単層に播種することがより好ましい。神経細胞播種後に外来性にタウ遺伝子を導入しタウを発現させることができる。特に好ましくはレンチウイルスベクターを用いて、ドキシサイクリン処置によるTET-on誘導性にタウを発現させることができる。
【0058】
<スクリーニング方法>
本発明は、上記した本発明の神経細胞を含む、タウ過剰発現による変化に作用する作用をもつ薬剤候補物質のスクリーニングキット、並びに上記した本発明の神経細胞を用いる、タウ凝集または細胞死を抑制する作用をもつ薬剤候補物質のスクリーニング方法に関する。本発明はさらに、上記したスクリーニング方法により得られる薬剤候補物質に関する。
【0059】
本発明の神経細胞は、タウ過剰発現によりタウ凝集及び神経細胞死を誘導することができることから、中枢神経疾病に対する薬剤候補物質のスクリーニングや病態メカニズム解析に利用可能である。即ち、本発明の神経細胞においては、野生型タウの発現のみでタウ凝集およびそれに伴う神経細胞死を顕現させることができる。また、それら表現型を指標として薬剤候補物質のスクリーニングを行うことができる。本発明においては、神経細胞死だけでなく、神経突起の断片化や消失、凝集タウの上昇、リン酸化タウの上昇の効果が得られる。また、それら表現型に対する薬剤の応答を評価することができる。
【0060】
本発明においては、本発明の神経細胞においてタウを過剰発現後、生細胞または死細胞評価、ウェスタンブロッティング、ELISA(酵素結合免疫吸着アッセイ)、または染色による生化学解析により、タウの凝集、リン酸化、タウ量、タウ局在などを評価することができ、さらに神経突起、各種神経関連タンパク質、疾患マーカー等を評価することができる。
本発明の一態様において、野生型タウの過剰発現以外のタウ凝集促進操作を経ずに、タウを凝集させ、細胞死を誘導することができる。タウ凝集促進操作としては例えば、タウフラグメント(K18など)の凝集体、脱リン酸化阻害剤 (オカダ酸など)、タンパク質凝集促進剤 (Congo Redなど)が挙げられる。
本発明において、過剰発現とは操作を行わなかった場合と比較して、対象mRNAまたは対象タンパク質が多く発現されていることを意味する。過剰発現とは、好ましくは内因性タンパク質の等量以上に発現していることを言う。
【0061】
本発明においては、例えば、
(1)本発明の神経細胞と被験物質とを接触させる工程;
(2)上記神経細胞におけるタウを過剰発現させる工程;
(3)上記神経細胞におけるタウ凝集又はそれに伴う神経細胞死を測定する工程;
及び
(4)工程(1)において被験物質と接触させた場合の工程(3)で測定したタウ凝集又はそれに伴う神経細胞死が、工程(1)において被験物質と接触させなかった場合のタウ凝集又はそれに伴う神経細胞死よりも低下している場合、上記被験物質を、タウオパチーの予防薬又は治療薬として選択する工程;
を含む、タウオパチーの予防又は治療薬のスクリーニング方法が提供される。
【0062】
上記の工程(1)は、被験物質を含む培養液を添加された培養プレートに神経細胞を播種するか、培養プレートに神経細胞を播種した後に、被験物質を添加する工程である。被験物質の添加は、外来性のタウを過剰発現させる処置を行う前に行っても良いし、後に行っても良い。好ましくは、タウを過剰発現させる前に被験物質の添加を行う。
【0063】
上記の工程(2)においては、培養液を添加された培養プレートにタウを過剰発現させる処置(レンチウイルスを添加するなど)を行った後に神経細胞を播種するか、神経細胞を播種した後にタウを過剰発現させる処置を行う。好ましくは、神経細胞を播種後にタウを過剰発現させる。より好ましくは、神経細胞の播種2日後にタウを過剰発現させる。
【0064】
上記の工程(3)においては、神経細胞死は、Cell Titer Glo (プロメガ)やCell counting kit-8 (同仁堂)などの生細胞検出試薬を使用するか、Propidium IodideやNucGreen Dead(Thermo Fisher Scientific)などの細胞死検出試薬を使用して検出することができる。好ましくは、Cell Titer Gloを使用する。タウ凝集は、神経細胞に対し、パラホルムアルデヒド、中性緩衝ホルマリン、エタノールなどを処置することで固定し、抗体(タウ抗体、タウオリゴマー抗体、βIII tubulin抗体など)を用いた蛍光染色を行うことで検出することができる。または、タンパク質を回収し、Native PAGE、非還元型SDS-PAGE、SDS-PAGEなどで電気泳動した後に、Coomassie Brilliant Blue 染色やタウ抗体を用いて検出を行うことができる。好ましくは、パラホルムアルデヒドで固定した後に、タウ抗体やタウオリゴマー抗体を用いた蛍光染色により可視化する。可視化した後に、蛍光撮影装置(In Cell Analyzer (GE Healthcare)、IncuCyte (ザルトリウス)、CQ-1 (横河電機))を使用して撮影および解析を行う。好ましくはIn Cell Analyzer を使用する。より好ましくはIn Cell Analyzer 6000を使用する。
【0065】
解析は、タウオリゴマー抗体陽性の神経突起長または蛍光強度を測定することで行う。過剰発現させたタウアイソフォームを認識する抗体(4Rタウがほとんど発現していない神経細胞において、1N4Rタウを過剰発現させた場合は、4Rタウ抗体)を使用することで、外来性のタウが導入され、過剰発現した神経突起を検出し、突起長などを測定することができる。この指標は、過剰発現の内標準として使用することができる。好ましくは、タウオリゴマー抗体陽性突起長を4Rタウ抗体陽性突起長で補正した数値をタウ凝集の指標に用いることができる。
【0066】
工程(4)において、工程(1)において被験物質と接触させなかった場合のタウ凝集より低下しているとは、低ければ特に限定されるものではないが、被験物質と接触させなかった場合のタウ凝集を100%とすると、被験物質との接触により、好ましくは80%以下、より好ましくは50%以下へさせる作用を持つ被験物質を選択する。また、工程(1)において被験物質と接触させなかった場合の神経細胞死より低下しているとは、低ければ特に限定されるものではないが、タウを過剰発現させなかった場合の細胞生存率の値を100%、タウを過剰発現させたが被験物質と接触させなかった場合の細胞生存率の値を0%とした場合、被験物質との接触により、好ましくは20%以上、より好ましくは50%以上細胞生存率を上昇させる作用を持つ被験物質を、神経細胞死を低下させるものとして選択する。
【0067】
本発明のスクリーニング方法は、タウオパチーの予防又は治療薬と成り得る化合物又はリード化合物のスクリーニングにおいて有用である。
タウオパチーとしては、アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease;AD)、第17染色体遺伝子に連鎖しパーキンソニズムを伴う前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia with Parkinsonism linked to chromosome 17;FTDP-17)、前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia;FTD)、ピック病(Pick’s disease)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)、大脳皮質変性症(corticobasal degeneration;CBD)、嗜銀顆粒性認知症(嗜銀性顆粒病)、神経原線維変化型認知症、石灰沈着を伴うび慢性神経原線維変化病(DNTC)、年齢依存的タウタンパク質異常症(Primary age-related tauopathy: PART)等が挙げられる。
【0068】
被験物質としては、例えば、タンパク質、ペプチド、抗体、核酸(遺伝子発現ベクター、siRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、mRNA)、ウイルスベクター(AAV, レンチウイルス、アデノウイルスなど)、非ペプチド性化合物、合成化合物、合成低分子化合物、天然化合物、細胞抽出物、植物抽出物、動物組織抽出物、血漿、海洋生物由来の抽出物、細胞培養上清、及び微生物発酵産物等が挙げられる。
【0069】
また、被験物質は、(1)生物学的ライブラリー法、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他のアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997) Anticancer Drug Des. 12: 145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993)Proc.Natl.Acad.Sci. USA 90:6909-13;Erb et al.(1994)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 91:11422-6;Zuckermann et al.(1994)J.Med.Chem.37:2678-85;Cho et al.(1993)Science 261:1303-5;Carell et al.(1994) Angew.Chem.Int.Ed.Engl.33:2059;Carell et.al.(1994)Angew.Chem.Int.Ed.Engl.33:2061;Gallop et al.(1994)J.Med.Chem.37:1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992)Bio/Techniques 13:412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991)Nature 354:82-4)、チップ(Fodor(1993)Nature 364:555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89:1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990)Science 249:386-90;Devlin(1990)Science 249:404-6;Cwirla et al.(1990)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:6378-82;Felici(1991)J.Mol.Biol.222:301-10;米国特許出願公開第2002/0103360号)として作製され得る。
【0070】
本発明において、被験物質と神経細胞を接触させるとは、神経細胞の培養液へ被験物質を添加することで行ってもよい。接触は、指標の変化が確認できる時間であれば、特に限定されないが、例えば、1日以上、2日以上、3日以上、4日以上、5日以上、6日以上、7日以上である。添加される被験物質の濃度は化合物の種類(溶解性、毒性等)によって適宜調節可能である。
【0071】
被験物質と神経細胞を接触させる際に用いる、神経細胞の培養液は、神経細胞を培養できる培地であれば、特に限定されないが、例えば、上述した神経分化用培地が挙げられる。
【0072】
被験物質と神経細胞を接触させる際の培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0073】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例0074】
(1)レンチウイルスベクターの作製
非特許文献(Mitsuru Ishikawa,et al.,Cells 2020,9,532;)の方法に従ってレンチウイルスの作製を行った。簡潔に記載すると、パッケージングコンストラクト(pCAG-HIVgp)、VSV-GおよびRev発現コンストラクト(pCMV-VSV-G-RSV-Rev)、self-inactivating (SIN)レンチウイルスベクターコントストラクト(CSIV-miR-9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdT、またはCSII-TRE-hTau(1N4R)-IRES-Zeo)の3種類のプラスミドを、HEK293T細胞にポリエチレンイミン(Polysciences)を用いてトランスフェクションすることでレンチウイルスを産生させた。さらに、培養上清を超遠心により濃縮し、レンチウイルスを濃縮した。濃縮後、lenti-Gostix PLUS(タカラバイオ)を用いて力価の測定を行い、実験に用いた。
CSIV-miR-9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdT(
図1)、およびCSII-TRE-hTau(1N4R)-IRES-Zeo(
図2)を示す。CSII-TRE-hTau(1N4R)-IRES-Zeoに関しては、まずはattL1およびattL2とタウ遺伝子配列の両端の配列を含むプライマーを設計し、タウ遺伝子を鋳型としてPCRを行い、attL1およびattL2を両端に持つタウ遺伝子のPCR産物を作成した。その後、Gateway法を用いてプラスミドを作成する為に、pDONR(Thermo Fisher Scientific)ベクターと、上記のPCR産物を鋳型としてreverse PCRを行い、タウ遺伝子を含むpDONRベクターを作成した。その後、そのベクターと、CSIIベクターを、Gateway法を用いて遺伝子を組換え、CSII-TRE-hTau(1N4R)-IRES-Zeoを作成した。
【0075】
(2)iPS細胞へのTET-on誘導性Ngn2およびmiR-9/9*-124ベクターの導入
非特許文献(Mitsuru Ishikawa,et al.,Cells 2020,9,532;)の方法に従って、
図3に示すようなTransposaseベクター(pCMV-HyPBase-PGK-Puro)、rtTAベクター(PB-CAGrtTA3G-IH)、Neurogenin2(Ngn2)ベクター(PB-TET-PH-lox66FRT-NEUROG2)を作製した。これらベクターをStemFit(登録商標)で培養したiPS細胞に対して、GeneJuice(Novagen社)を用いたリポフェクションで導入し、さらに、miR-9/9*-124遺伝子を含むレンチウイルス(CSIV-miR-9/9*-124-mRFP1-TRE-EF-BsdT)をiPS細胞に導入した。その後、Puromycin、Hygromycin, Blasticidin Sを用いた薬剤セレクションによって、ベクターが安定導入されたiPS細胞株を取得した。
【0076】
(3)神経細胞の作製
Ngn2およびmiR-9/9*-124遺伝子を導入したiPS細胞をTrypLE selectで剥離し、ポリオルニチンおよびiMatrix(ニッピ)でコーティングした6well plateに播種した。Doxycycline(DOX)を含む神経誘導培地(Neurobasal plus培地に2%のB27 Plus supplement、1%のCulture One supplemet、200μmol/LのdbcAMP、200μmol/LのL-ascorbic acid、10μmol/LのY27632、10μmol/LのDAPT
(N-[N-(3,5-Difluorophenacetyl-L-alanyl)]-(S)-phenylglycine t-butyl ester)、4μg/mlのDoxを添加したもの)で5日間培養することで神経細胞へ分化誘導した。TrypLE Selectで神経細胞を剥離し、Stem Cell Bankerで凍結細胞ストックにした。
【0077】
(4)iPS細胞由来神経細胞に対するレンチウイルスベクター感染およびタウ過剰発現
凍結神経細胞を湯浴で解凍し、Poly-D-lysine(PDL)およびiMatrix(ニッピ)によりコーティングした96well plateに約3×104cells/wellまたは12well plateに約30×104cells/wellの細胞数で、DOXを含む神経再播種培地(Neurobasal plus:DMEM/F12 HAM=1:1の培地に、2%のB27 Plus supplement、1%のCulture One supplemet、200μmol/LのdbcAMP、200μmol/LのL-ascorbic acid、2μg/mlのDoxを添加したもの) に播種した。また、後記の(7)に記載の1μmol/LのTau Accell siRNA(Dharmacon、#A-012488-13)、又は後記の(9)に記載の化合物を添加した。37℃ CO2インキュベーター内で2日間培養し、レンチウイルスベクターを処置し、7日間程度培養した後に各種評価を行った。
【0078】
(5)hiPSC由来神経細胞において過剰発現したタウの検出
(4)の方法により神経細胞においてタウ発現レンチウイルスベクターを感染させ、5日培養した後、神経細胞をRIPA bufferを用いて可溶化した。NuPAGEゲル(Thermo Fisher Scientific)を用いてSDS-PAGEを行った。電気泳動後のゲル上のタンパク質をPVDF(ポリフッ化ビニリデン)メンブレン転写し、ブロッキング後、Tau抗体(DAKO社製、2000倍希釈、4℃、一晩)、二次抗体anti-rabbit 800nm(LI-COR社から購入、2000倍希釈、室温、1時間)をそれぞれ反応させ、Odyssey CLx(LI-COR)で蛍光を検出した。結果を
図2に示す。内因性タウ以上の量のタウが過剰発現(overexpression; OE)により誘導されたことが確認できた。
【0079】
(6)hiPSC由来神経細胞におけるタウ過剰発現による神経突起の変性
(4)の方法により神経細胞においてタウ発現レンチウイルスベクターを感染させ、6日後に4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。ブロッキング後、一次抗体(1000倍希釈、4℃、一晩)、二次抗体(2000倍希釈、室温、1時間)をそれぞれ反応させ、蛍光顕微鏡で蛍光を検出した。結果を
図3に示す。1N4Rタウの過剰発現により、4R Tau、リン酸化タウ(AT-8,PHF-1)のシグナルが増加した。さらにタウ過剰発現によりβIII tubulinの断片化およびMAP2神経突起の減少が観察され、神経突起に変性が起きていることが確認できた。
使用した抗体を以下に示す。
Rabbit 4R Tau抗体(コスモバイオ)
Mouse AT-8抗体(Thermofisher)
Mouse PHF抗体(Dr. Peter Daviesより譲受)
Rabbit βIII-tubulin抗体(Abcam)
Mouse MAP2抗体(Sigma Aldrich)
Anti-Mouse IgG Alexa Fluor 555 (Thermo Fisher Scientific)
Anti-Rabbit IgG Alexa Fluor 647(Thermo Fisher Scientific)
【0080】
(7)タウ過剰発現による神経細胞死
(4)の方法によりタウを過剰発現させたことによる細胞生存率の低下をCellTiter Gloo assay(プロメガ)により確認した。結果を
図4に示す。タウ過剰発現によりレンチウイルス量依存的に約20%~90%程度の神経細胞死が起きていることが確認できた。さらに、Tau Accell siRNA(Dharmacon,#D-001910-03)処置により神経細胞死は抑制されたことから、神経細胞死はタウ発現依存的に生じていることが示された。
【0081】
(8)タウ過剰発現によるタウ凝集
(4)の方法に従ってタウ過剰発現後の神経細胞において、Tau oligomer抗体(T22)(Millipore)を用いて蛍光染色を行った。結果を
図7に示す。神経突起内にTau oligomer陽性の染色像が確認できた。これは、神経細胞内においてタウ凝集が生じていることを示している。さらに、T22抗体陽性突起長をImage Jを用いて定量したところ、非処置群と比較してタウ過剰発現群でT22陽性神経突起長の増加が確認できた。
【0082】
(9)Tau凝集阻害剤および微小管安定化剤による神経保護作用
(4)の方法に従って、タウ過剰発現後の神経細胞においてタウ凝集阻害作用が報告されているmethylene blueおよびisoproterenol、微小管安定化剤epothilone Dの薬効評価を行った。化合物の細胞保護作用はCellTiter Glo assayで行った。タウ凝集への効果は、蛍光染色による神経突起中のTau oligomer抗体陽性突起長を、4R Tau抗体陽性突起長で標準化することで定量した。結果を
図8に示す。methylene blue、isoproterenol、epothiloneDにおいて部分的な細胞死保護作用が確認できた。さらに、細胞保護作用のあった化合物濃度においてTau重合を評価した。Tau重合阻害作用の報告されているmethylene blueおよびisoproterenolにおいては部分的なTau凝集阻害作用が確認できたが、一方で微小管安定化剤epothilone DではTau重合は変化させず、Tau重合非依存的に細胞保護作用を示した。