(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158092
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】馴化細胞作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/074 20100101AFI20221007BHJP
C12N 1/00 20060101ALN20221007BHJP
【FI】
C12N5/074
C12N1/00 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2019150483
(22)【出願日】2019-08-20
(71)【出願人】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】昭和電工マテリアルズ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】高橋 亮介
(72)【発明者】
【氏名】内田 剛
(72)【発明者】
【氏名】三谷 育恵
(72)【発明者】
【氏名】上田 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】中村 清太
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BB40
4B065BC41
4B065BD50
4B065CA44
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】手間を省きながら、浮遊培養に馴化された多能性幹細胞を得る。
【解決手段】平面培養された多能性幹細胞を供給元から受領すること、受領した多能性幹細胞に対し、平面培養から浮遊培養への移行を可能にするための馴化処理を行うこと、前記馴化処理によって、浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を得ること、得られた馴化済み多能性幹細胞を、提供先からの要求に応じて、指定された提供先に提供すること、を含む、馴化細胞作製方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平面培養された多能性幹細胞を供給元から受領すること、
受領した多能性幹細胞に対し、平面培養から浮遊培養への移行を可能にするための馴化処理を行うこと、
前記馴化処理によって、浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を得ること、
得られた馴化済み多能性幹細胞を、提供先からの要求に応じて、指定された提供先に提供すること、
を含む、馴化細胞作製方法。
【請求項2】
前記馴化処理が、
受領した多能性幹細胞を、一次馴化用培地を充填した一次馴化用培養容器にて一次馴化培養を行い、一次馴化済み多能性幹細胞を得ること、
一次馴化済み多能性幹細胞を、二次馴化用培地を充填した浮遊培養用容器にて浮遊培養を行うこと、及び、
二次馴化用培地によって、浮遊培養に馴化した二次馴化済み多能性幹細胞を得ること、
を含む、請求項1記載の馴化細胞作製方法。
【請求項3】
前記多能性幹細胞が、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)である、請求項1又は請求項2記載の馴化細胞作製方法。
【請求項4】
プロテアーゼ阻害剤を含む培地を用いて、前記浮遊培養を行う、請求項1~請求項3のいずれか1項記載の馴化細胞作製方法。
【請求項5】
前記平面培養が、細胞足場材の存在下で行われる、請求項1~請求項4のいずれか1項記載の馴化細胞作製方法。
【請求項6】
前記一次馴化培養が、平面培養段階と浮遊培養段階とを含む、請求項2~請求項5のいずれか1項記載の馴化細胞作製方法。
【請求項7】
前記平面培養段階には平面培養段階用培地を使用し、前記浮遊培養段階には浮遊培養段階用培地を使用する、請求項6記載の馴化細胞作製方法。
【請求項8】
前記馴化処理を、細胞数をモニタリングしながら行う請求項1~請求項7のいずれか1項記載の馴化細胞作製方法。
【請求項9】
前記馴化済み多能性幹細胞を、浮遊培養形態で前記提供先に提供する、請求項1~請求項8のいずれか1項記載の馴化細胞作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、馴化細胞作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)と、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)とが知られている。これらの多能性幹細胞は、他の細胞系への分化能を保持しており、種々の条件下で目的とするステージの細胞へ分化することができる。この性質を利用して、細胞分化の研究、疾病治療への応用、医薬スクリーニング等、多くの分野で多能性幹細胞の利用が増えている。
【0003】
ところで、これらの多能性幹細胞の培養には、接着性基質材料で形成された細胞足場材が用いられるが、より小さなスペースでより大量に得るために、細胞足場材を必要としない浮遊培養が提案されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、多能性幹細胞は、本来は接着性の細胞であるため、浮遊培養に即時に適用しにくい傾向がある。このため、一定量の多能性幹細胞が必要になってから馴化処理を始めては時間がかかる上に、手間がかかる。
本開示は、手間を省きながら、浮遊培養に馴化された多能性幹細胞を得る馴化細胞作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示は、以下の態様を提供する。
本開示の第一の態様は、平面培養された多能性幹細胞を供給元から受領すること、受領した多能性幹細胞に対し、平面培養から浮遊培養への移行を可能にするための馴化処理を行うこと、前記馴化処理によって、浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を得ること、及び、得られた馴化済み多能性幹細胞を、提供先からの要求に応じて、指定された提供先に提供すること、を含む、馴化細胞作製方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、手間を省きながら、浮遊培養に馴化された多能性幹細胞を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本明細書において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。本明細書において、組成物中の各成分の含有量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の作用が達成されれば、本用語に含まれる。
【0009】
本開示の一態様に係る馴化細胞作製方法は、平面培養された多能性幹細胞を供給元から受領すること(以下、受領工程という)、受領した多能性幹細胞に対し、平面培養から浮遊培養への移行を可能にするための馴化処理を行うこと(以下、馴化工程という)、前記馴化処理によって、浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を得ること、及び、得られた馴化済み多能性幹細胞を、提供先からの要求に応じて、指定された提供先に提供すること(以下、提供工程という)を含む。
これら本開示の馴化細胞作製方法によれば、手間を省きながら、浮遊培養に馴化された多能性幹細胞を得ることができる。
【0010】
これを更に説明すれば、本馴化細胞作製方法によれば、平面培養された多能性幹細胞は、供給元から得たものである。この得られた多能性幹細胞に対して特定の馴化処理を行って得られた馴化済み多能性幹細胞は、提供先からの要求に応じて、指定された提供先に提供される。したがって、提供先は、馴化処理を行う必要がなく、浮遊培養に馴化された多能性幹細胞を要求したときに入手することができる。ここで、供給元と提供先とは同一であっても異なっていてもよい。馴化処理は、供給元及び提供先と異なる場所、機関等で実施する。以下、本明細書では、馴化処理を実施する場所、機関等を、便宜上、「馴化実施機関」と称する場合がある。本明細書では、培養培地を単に「培地」と称する場合がある。
以下、本馴化細胞作製方法について説明する。
【0011】
受領工程では、平面培養された多能性幹細胞を供給元から受領する。本明細書において「多能性幹細胞」としては、複数の細胞への分化能と自己複製能を有する未分化細胞であれば制限はなく、胚性幹細胞(ES細胞)、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)、間葉系幹細胞(MSC)等を挙げることができ、中でも、内胚葉、中胚葉及び外胚葉の三胚葉系列すべてに分化できるES細胞、iPS細胞であってもよい。これらの多能性幹細胞の由来については特に制限はなく、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、ブタ、イヌ等を挙げることができる。
【0012】
受領工程で得られる多能性幹細胞は、平面培養されたものである。ここで平面培養とは、場合によって二次元培養ともいい、平面を有する培養容器の培養面上に細胞を接着させて培養する培養方法を指す。培養容器の培養面となる平面は、細胞親和性のポリマー、フィーダー細胞の細胞層、ビトロネクチン、マトリゲル(登録商標、以下省略)等の細胞外マトリックスを、細胞足場材として備えたものであってもよい。平面培養に用いられる培地は、対象となる多能性幹細胞の種類に応じて適宜選択可能であり、例えば、10%(v/v)FBS含有のDMEM又はDMEM-F12を挙げることができる。平面培養の培養条件としては、対象となる多能性幹細胞に通常適用される条件であればよく、例えば37℃の温度条件下、10%CO2環境下とすることができる。培養条件は、細胞の分化ステージが変化しない範囲で、細胞の状態に応じて適宜変更することができる。
【0013】
受領方法としては、一般に細胞の授受が可能な提供形態であればよく、液体培養形態、凍結保存形態等が挙げられる。多能性幹細胞は、供給元から馴化実施機関に移送されてもよい。移送は、恒温移送、冷蔵移送、冷凍移送等、供給元からの提供形態に応じた移送形式を適宜選択すればよい。
【0014】
馴化工程では、受領した多能性幹細胞に対し、平面培養から浮遊培養への移行を可能にするための馴化処理が行われる。本明細書において「浮遊培養」とは、細胞を面に接着させるのではなく、培地中に浮遊させて培養する培養方法を指す。換言すれば、本明細書において、馴化処理とは、二次元環境となる平面に付着して成育する静的な成育環境下に適応している多能性幹細胞を、三次元環境となる培養液系内に細胞が分散して成育する浮遊環境へ細胞を少しずつ「馴らす」処理である。馴化工程では、細胞は、単一細胞として培地中に分散していてもよく、複数の細胞が集積してスフェロイドを形成してもよく、細胞が接着可能なマイクロビーズ等に付着した状態であってもよく、馴化工程中で、これら異なる状態の時期を有してもよい。馴化処理用に複数の培地を用いてよく、培養温度、pH、培地の攪拌等の培養条件を変更してもよい。馴化工程における培養では、細胞の状態に応じて適切な細胞数を維持するように所定のタイミングで継代を繰り返すことにより、細胞を維持し、増やすことができる。培養は、例えば37℃の温度条件下、10%CO2環境下で行うことができる。
馴化工程を経ることによって、浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を得ることができる。
【0015】
馴化処理は、更に、受領した多能性幹細胞を、一次馴化用培地を充填した一次馴化用培養容器にて一次馴化培養を行い、一次馴化済み多能性幹細胞を得ること(以下、一次馴化処理)、一次馴化済み多能性幹細胞を、二次馴化用培地を充填した浮遊培養用容器にて浮遊培養を行うこと(以下、二次馴化処理)、二次馴化用培地によって、浮遊培養に馴化した二次馴化済み多能性幹細胞を得ることを含むことができる。
馴化処理を、培地及び培養容器が異なる二段階の馴化処理とすることによって、より確実に浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を効率良く得ることができる。
【0016】
一次馴化処理は、一次馴化用培地及び一次馴化用培養容器を用いる。一次馴化処理で使用される一次馴化用培地及び一次馴化用培養容器は、多能性幹細胞受領前の平面培養で用いられた培地又は培養容器と少なくとも一方が異なるものであればよい。これにより、受領前の平面培養とは異なる培養環境下に、多能性幹細胞を供することができる。一次馴化処理は、細胞受領前の平面培養又は二次馴化処理の培養条件と、培地及び培養容器の少なくとも一方が異なるものであれば、平面培養段階と、二次馴化処理とは異なる条件による浮遊培養段階との少なくとも一方の段階を含むことができ、平面培養段階と浮遊培養段階との双方を含むことができる。一次馴化処理を、平面培養段階と浮遊培養段階の二段階で構成される多段階一次馴化処理とすることにより、馴化によるストレスを一層少なく穏やかに細胞の馴化を行うことができ、更に効率良く浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を得ることができる。
【0017】
一次馴化処理における平面培養段階の培養条件は、受領した多能性幹細胞に対して行われていた平面培養とは同一の条件であってもよく、異なる条件であってもよい。ここでいう培養条件には、使用する培地、培養容器、温度、pH等が挙げられる。一次馴化処理における平面培養段階では、マトリゲル等の細胞外マトリックス、マウス胚性線維芽細胞(MEF)等の細胞足場材を、培養面上に用いてもよく、特に異種由来成分を有しないマトリゲルを用いることができる。
【0018】
一次馴化処理における平面培養段階は、受領した多能性幹細胞に対して行われていた平面培養と異なる培地を用いることができる。一次馴化処理における平面培養段階では、例えば、ヒト塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、TGFβ1、GABA、ウシ血清アルブミン(BSA)、コレステロール等を含有するDMEM-F12等の培地を平面培養段階用培地として用いることができる。培養容器としては、例えば、細胞足場材としてマトリゲルをコーティングしたディッシュを用いることができる。平面培養段階は、所定の細胞数、例えば、1×106~3×106個程度に到達した段階で終了することができる。平面培養段階に続けて浮遊培養段階を行う場合には、平面培養中の細胞を、トリプシン等の酵素処理で回収し、浮遊培養段階に移行することができる。
【0019】
一次馴化処理における浮遊培養段階では、多能性幹細胞が浮遊培養しやすい培養条件、例えば、多能性幹細胞が浮遊培養しやすい組成の培地の選択、細胞足場材の除去、これらの組み合わせ等を選択することができる。これにより、平面培養されていた多能性幹細胞が浮遊培養に供される。多能性幹細胞が浮遊培養しやすい組成の浮遊培養段階用培地としては、例えば、1~50%(v/v)又は5~30%(v/v)のノックアウト血清代替物、1~150ng/mLの塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、L-グルタミン、還元剤等を含有する培地を挙げることができる。一次馴化処理における浮遊培養段階は、静的な浮遊培養とすることができる。静的な浮遊培養段階に用いられる培養容器としては、マトリゲル等のマトリックス又はマウス胚性線維芽細胞層などの細胞足場材を有しないディッシュを挙げることができる。
【0020】
一次馴化処理における浮遊培養段階は、多能性幹細胞が未分化の状態で増殖する対数増殖期に入るまで継続することができる。細胞の状態によって異なるが、一般に、1ヶ月~2ヶ月程度とすることができる。浮遊培養中の多能性幹細胞のペレット又は単離された多能性幹細胞塊を、少量(例えば、0.2~1mL)の培地中で細胞を上下にピペッティングすることによって、解離することができる。これにより、浮遊培養段階の多能性幹細胞を効率良く大量に得ることができる。未分化状態で多能性幹細胞が対数増殖期に入ったと確認できたときに、一次馴化処理工程を終了し、二次馴化工程に移行する。一次馴化工程によって、一次馴化済み多能性幹細胞を得ることができる。
【0021】
二次馴化工程は、一次馴化済み多能性幹細胞に対して、二次馴化用培地を充填した浮遊培養用容器にて浮遊培養が行われる。二次馴化工程で用いられる二次馴化用培地は、一次馴化工程における浮遊培養段階の培地とは異なるものとすることができる。具体的には、一次馴化済み多能性幹細胞に対して、より浮遊培養しやすい傾向を高める組成の培地を選択することができる。
【0022】
二次馴化用培地としては、プロテアーゼ阻害剤を含有する培地を挙げることができる。プロテアーゼ阻害剤については後述するものを用いることができる。プロテアーゼ阻害剤を含有する培地については、天然由来の成分を含むことができる。プロテアーゼ阻害剤を含有する培地としては、プロテアーゼ阻害剤を含有する限定培地を使用してもよい。本明細書において「限定培地」とは、人工のものであり、その成分全てが既知である培養培地を意味する。培地には、塩類、栄養素、ミネラル、ビタミン、抗生物質、アミノ酸、核酸、タンパク質などの物質の組み合わせを含む水性培地とすることができる。例えば、DMEM-F12等の合成組織培養培地に、明細書中に記載の各種添加物を添加したものとすることができる。
【0023】
プロテアーゼ阻害剤としては、可逆的プロテアーゼ阻害剤及び不可逆的プロテアーゼ阻害剤を挙げることができ、セリンプロテアーゼの可逆的プロテアーゼ阻害剤及び不可逆的プロテアーゼ阻害剤を挙げることができる。セリンプロテアーゼの可逆的阻害剤としては、フェニルメチルスルホニルフルオリド(PMSF)、GSK3β阻害剤、アルデヒド-CHO、アリールケトン-CO-アリール、トリフルオロメチルケトン-COCF3、ケトカルボン酸-COCOOH等が挙げられる。例えば、PMSFの使用濃度は、培地中0.01mM~1mMとすることができる。セリンプロテアーゼの不可逆的阻害剤としては、トリプシン及びトリプシン様セリンプロテアーゼが挙げられ、トシル-L-リシル-クロロメタンヒドロクロリド(TLCK)を挙げることができる。TLCK(CAS 4238-41-9)は、トリプシン及びトリプシン様セリンプロテアーゼの不可逆的阻害剤である。TLCKの使用濃度は、培地中0.05μM~1000μMとすることができ、例えば、5μM~100μMとすることができる。
【0024】
二次馴化用培地には、更に、CHIR99021等のGSK3β阻害剤、WNT3Aポリペプチド、WNT3Aの安定化剤、白血病阻止因子(LIF)、IL6RIL6キメラなどを含むことができる。二次馴化用培地は、ERK1/2阻害剤、JNK阻害剤、p38阻害剤、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)等を含まないものとすることができる。二次馴化用培地は、無血清培地とすることができ、1~50%(v/v)又は5~30%(v/v)のノックアウト血清代替物を含むことができる。このような二次馴化用培地としては、例えば、国際公開第2018/015954号に記載されている限定培養培地を挙げることができる。
【0025】
二次馴化工程での浮遊培養は、より効率良く細胞数の拡大を行うために、動的な浮遊培養とすることができる。動的な浮遊培養に用いられる浮遊培養用容器としては、培養中の細胞が適切な速度、剪断力、分散度で培地中に分散させることができる容積及び装備を備えたものであれば特に制限はなく、例えば、スピナプラスコ等を挙げることができる。
【0026】
一次馴化処理の浮遊培養段階で用いられた培地から二次馴化用培地へは、二次馴化用培地の割合を段階的に引き上げるように、2段階以上の数段階で切り替えを行うことができる。培地の組成変更に合わせて、細胞の成育状態に応じたタイミングで、培養容器を、静的な浮遊培養に適する培養容器から動的な浮遊培養に適する培養容器へ変更すればよい。これにより、一次馴化済み細胞が、穏やかに二次馴化環境に適用することができ、これに伴い、またこの結果、細胞数を効率良く拡大することができる。
【0027】
二次馴化工程は、培地交換を行いながら細胞の状態を把握し、未分化状態であることを確認しながら継続すればよい。浮遊培養中の多能性幹細胞のペレット又は単離された多能性幹細胞塊を、少量(例えば、0.2~1mL)の培地中で細胞を上下にピペッティングすることによって、解離することができる。これにより、浮遊培養中の多能性幹細胞を効率良く大量に得ることができる。数週間の二次馴化工程によって、浮遊培養に馴化した二次馴化済み多能性幹細胞を得ることができる。二次馴化済み多能性幹細胞が未分化状態であることは、外観、細胞表面抗原、発現マーカー等によって確認することができる。未分化状態であることは、多能性幹細胞の未分化状態を確認する既知の特徴、例えば、OCT4、Nanog、Tra-1-60、Tra-1-81、SSEA4,SOX2等のマーカーの少なくとも2つ以上の発現状態で確認することができる。
【0028】
提供工程では、得られた馴化済み多能性幹細胞は、提供先からの要求に応じて、指定された提供先に馴化実施機関から提供される。上記の通り、提供先は、供給元と同一でも異なっていてもよく、したがって、提供は、提供先からの要求に応じたものであっても、供給元からの要求に応じたものであってもよい。
【0029】
提供の形態としては、例えば、以下の形態が挙げられる:
(1)供給元から受領した多能性幹細胞に由来する馴化済み多能性幹細胞を、供給元からの要求に応じて、すなわち供給元が必要とするときに、供給元に提供する形態、
(2)供給元から受領した多能性幹細胞に由来する馴化済み多能性幹細胞を、供給元からの要求に応じて、すなわち供給元が必要とするときに、供給元とは異なる提供先に提供する形態、
(3)供給元から受領した多能性幹細胞に由来する馴化済み多能性幹細胞を、提供先からの要求に応じて、すなわち提供先が必要とするときに、提供先に提供する形態。
【0030】
提供先に提供される馴化済み多能性幹細胞は、浮遊培養形態で提供されてもよく、浮遊培養形態から単離し、例えば凍結保存された形態で提供されてもよい。浮遊培養形態で提供する場合には、浮遊培養系から馴化済み多能性幹細胞を回収後、所定の培地と共に提供用容器に充填することができる。提供用容器は、ボトル等の硬質性容器であってもよく、バッグ等の軟質性容器であってもよい。このような提供用容器としては、細胞培養用バイオリアクター等が挙げられる。細胞培養用バイオリアクターは、繰り返し使用可能なものであってもよく、いわゆるシングルユースバイオリアクターであってもよい。多能性幹細胞を馴化実施機関から提供先に移送することができる。移送は、恒温移送、冷蔵移送、冷凍移送等、提供形態に応じた移送形式を適宜選択すればよい。
【0031】
このように本馴化細胞作製方法によれば、浮遊細胞に馴化された多能性幹細胞を利用する供給元又は提供先が自ら、平面培養から浮遊培養までを実施する手間をかけることなく、浮遊培養に馴化された多能性幹細胞を得ることができる。
【0032】
換言すれば、浮遊細胞に馴化された多能性幹細胞を、「生け簀」のように維持し、必要なときに必要な細胞数で簡便に用意することができる。例えば、細胞の供給元又は提供先を顧客とした場合に、顧客側で馴化済み多能性幹細胞を準備する手間を省き、顧客側が必要とするときに必要な細胞数で浮遊培養に馴化した多能性幹細胞を提供することができる。
【0033】
得られた浮遊培養に馴化された多能性幹細胞は、未分化能を維持して効率良く増殖することができるため、提供先にとっては、使い勝手の良い多能性幹細胞として種々の態様で利用することができる。このような利用としては、例えば、馴化された多能性幹細胞の未分化能を活用して、所望の細胞へ分化誘導すること、薬剤等のスクリーニングに用いること等が挙げられる。
【0034】
本馴化細胞作製方法では、供給元から多能性幹細胞を受領したときに、識別タグ、個別チップ、工程管理番号、バーコード等の他の多能性幹細胞と識別するための識別IDを付与してもよい。識別IDを付与することによって、受領工程から馴化工程、提供工程を通して提供先に馴化済み多能性幹細胞を提供するまで、個別管理をすることができる。
【0035】
本馴化細胞作製方法において、馴化処理を、細胞数をモニタリングしながら行うことができ、例えば、一次馴化培養及び二次馴化培養を、所定の細胞数となるように継代しながら、馴化済み細胞を維持し、増殖させることができる。細胞数のモニタリングは、例えば、細胞の倍加時間を考慮し、培地交換時に一定の細胞数に調整して播種することにより、簡便に行うことができる。
【0036】
なお、供給元から受領する細胞は、平面培養された多能性幹細胞として本開示に係る馴化細胞作製方法について説明したが、供給元から受領する細胞は、多能性幹細胞に限定されない。本開示の他の態様としては、平面培養された体細胞を供給元から受領することを含んでもよい。この態様では、供給元から細胞を受領した後に、既知の方法に従って細胞をリプログラミングすること、リプログラミングにより得られた多能性幹細胞に対して、平面培養から浮遊培養への移行を可能にするための馴化処理を行うことを含むものであってもよい。