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特開2022-158442弾性率局所可変材料、弾性率局所可変材前駆体、弾性率局所可変材及びそのフィルム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158442
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】弾性率局所可変材料、弾性率局所可変材前駆体、弾性率局所可変材及びそのフィルム
(51)【国際特許分類】
   C08G 81/00 20060101AFI20221006BHJP
【FI】
C08G81/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021063345
(22)【出願日】2021-04-02
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(72)【発明者】
【氏名】林 幹大
(72)【発明者】
【氏名】杉本 幹太
【テーマコード(参考)】
4J031
【Fターム(参考)】
4J031AA49
4J031AA56
4J031AA59
4J031AB04
4J031AC01
4J031AC03
4J031AC04
4J031AC07
4J031AC08
4J031AC09
4J031AE03
4J031AE07
4J031AF21
4J031AF23
(57)【要約】      (修正有)
【課題】一種の例えばフィルムから調製された、多様な力学特性・破断特性を示す例えば弾性率局所可変フィルム(弾性率局所可変材)、その材料及び弾性率局所可変材前駆体を提供すること。
【解決手段】熱架橋性官能基5と光架橋性官能基6をそれぞれ側鎖に多点で含む高分子鎖4を含み、熱架橋性官能基5のうち少なくても一部分同士が架橋した熱架橋部分7と、光架橋性官能基6のうち少なくても一部分同士がさらに架橋した光架橋部分8と共に、光架橋性官能基6同士が架橋していない光未架橋部分9を有する弾性率局所可変材3である。
【選択図】図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱架橋性官能基と光架橋性官能基をそれぞれ側鎖に多点で含む高分子鎖を含むことを特徴とする弾性率局所可変材料。
【請求項2】
請求項1に記載の弾性率局所可変材料が有する前記熱架橋性官能基のうち少なくても一部分同士が架橋した熱架橋部分を有する弾性率局所可変材前駆体。
【請求項3】
請求項2に記載の弾性率局所可変材前駆体が有する前記光架橋性官能基のうち少なくても一部分同士がさらに架橋した光架橋部分と共に、前記光架橋性官能基同士が架橋していない光未架橋部分を有することを特徴とする弾性率局所可変材。
【請求項4】
請求項3に記載の弾性率局所可変材の形状がフィルム形状であることを特徴とする弾性率局所可変フィルム。
【請求項5】
ポリエステル系、ポリウレタン系又はポリジメチルシロキサン系であって、熱架橋性官能基はカルボン酸基、エポキシ基及びアミノ基からなる群から選択される少なくても1つであり、光架橋性官能基はシンナメート基、ベンゾフェノン基及びアントラセン基からなる群から選択される少なくても1種類であることを特徴とする請求項1に記載の弾性率局所可変材料である。
【請求項6】
前記熱架橋部分はカルボン酸基、エポキシ基及びアミノ基からなる群から選択される少なくても1種類により形成されることを特徴とする請求項2に記載の弾性率局所可変材前駆体。
【請求項7】
前記熱架橋部分はカルボン酸基、エポキシ基及びアミノ基からなる群から選択される少なくても1種類により形成され、前記光架橋部分はシンナメート基、ベンゾフェノン基及びアントラセン基からなる群から選択される少なくても1種類であることを特徴とする請求項3に記載の弾性率局所可変材。
【請求項8】
請求項1に記載の弾性率局所可変材料に熱架橋を行い、さらに光架橋を行うことを特徴とする請求項5又は7に記載の弾性率局所可変材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性率局所可変材料、弾性率局所可変材前駆体、弾性率局所可変材及びそのフィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
エラストマーの物性を決定する要素の1つに架橋密度がある。一般に、架橋密度が大きい試料は硬く伸びにくく、架橋密度が小さい試料は柔らかく伸びやすい材料となる。従来のエラストマーの多くでは、単一種の架橋により網目構造を形成しており、一つの分子設計に対して、特有の単一力学特性を示す材料しか調製できない。局所的に力学特性の異なる材料を調製するには、架橋密度の異なるエラストマーフィルムを接着などの方法で複合化させるしか方法がない。
【0003】
特許文献1には、熱架橋剤による架橋に続いて光架橋剤による架橋の2段階で架橋されてなる粘着剤層が積層されてなる粘着剤層付き光学フィルムが記載されている。
【0004】
非特許文献1には、複数の架橋様式を組み合わせたポリエステルエラストマーの調製について記載がある。一方、光架橋の導入および効果について記述はない。非特許文献2には、光架橋を用いたエラストマー材料の物性改質について記述がある。一方で、パターニングによる材料物性多様化について記述はない。
【0005】
局所的に力学特性の異なる材料を調製にあたり、従来の方法では、複合化のプロセスが容易ではなく、複合化できたとしても界面剥離が起きやすいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特願2020-180262号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Mikihiro Hayashi, et al., ChemistrySelect. 2020, 5 (9), 2482 - 2847.
【非特許文献2】Mikihiro Hayashi, et al., Macromolecular Materials and Engineering, 2019, 304(8), 1900147.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は上記のような問題を解決し、一種の例えばフィルムから調製された、多様な力学特性・破断特性を示す例えば弾性率局所可変フィルム(弾性率局所可変材)、その材料及び弾性率局所可変材前駆体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明は、以下の通りである。
(1)熱架橋性官能基と光架橋性官能基をそれぞれ側鎖に多点で含む高分子鎖を含むことを特徴とする弾性率局所可変材料である。
(2)(1)に記載の弾性率局所可変材料が有する前記熱架橋性官能基のうち少なくても一部分同士が架橋した熱架橋部分を有する弾性率局所可変材前駆体である。
(3)(2)に記載の弾性率局所可変材前駆体が有する前記光架橋性官能基のうち少なくても一部分同士がさらに架橋した光架橋部分と共に、前記光架橋性官能基同士が架橋していない光未架橋部分を有する弾性率局所可変材である。
(4)(3)に記載の弾性率局所可変材の形状がフィルム形状であることを特徴とする弾性率局所可変フィルムである。
(5)ポリエステル系、ポリウレタン系又はポリジメチルシロキサン系であって、熱架橋性官能基はカルボン酸基、エポキシ基及びアミノ基からなる群から選択される少なくても1種類であり、光架橋性官能基はシンナメート基、ベンゾフェノン基及びアントラセン基からなる群から選択される少なくても1種類であることを特徴とする(1)に記載の弾性率局所可変材料である。
(6)前記熱架橋部分はカルボン酸基、エポキシ基及びアミノ基からなる群から選択される少なくても1種類により形成されることを特徴とする(2)に記載の弾性率局所可変材前駆体である。
(7)前記熱架橋部分はカルボン酸基、エポキシ基及びアミノ基からなる群から選択される少なくても1種類により形成され、前記光架橋部分はシンナメート基、ベンゾフェノン基及びアントラセン基からなる群から選択される少なくても1種類であることを特徴とする(2)に記載の弾性率局所可変材である。
(8)(1)に記載の弾性率局所可変材料に熱架橋を行い、さらに光架橋を行うことを特徴とする(5)又は(7)に記載の弾性率局所可変材の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、一種の例えばフィルムから調製された例えば弾性率局所可変フィルムは、多様な力学特性・破断特性を示す発現することができる。その発現する機能は、既存の汎用材料設計では発現不可能であり、新規機能性エラストマーフィルムとしての活躍が見込まれる
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】本発明の一つの実施形態による弾性率局所可変材等の分子設計の概略図を示した図であって、(a)弾性率局所可変材料の概略図、(b)弾性率局所可変材前駆体の概略図、(c)弾性率局所可変材前駆体フィルムの外観、(d)弾性率局所可変材の概略図を、それぞれ示した図である。
図1B】光架橋による架橋密度パターニングの作成を模式的等に示した図であって、(a)ダンベル形状(フィルム形状)の弾性率局所可変材前駆体、(b)(a)にマスクを施した状態、(c)ダンベル形状(フィルム形状)の弾性率局所可変材、(d)弾性率局所可変フィルムの外観、(e)弾性率局所可変フィルムの両端を引っ張った状態の外観を、それぞれ示した図である。
図2】PE-SHの合成スキームを示した図である。
図3】光架橋性モノマーCEAの合成スキームを示した図である。
図4】PE-dual(弾性率局所可変材料)の合成スキームを示した図である。
図5】熱架橋前後の試料(弾性率局所可変材料、弾性率局所可変材前駆体)の外観を示した図である。
図6】(a)熱架橋前(弾性率局所可変材料)と熱架橋後試料(弾性率局所可変材前駆体)のFT-IRスペクトル(エポキシ領域)。(b)PE-dual(弾性率局所可変材料)と熱架橋後試料(弾性率局所可変材前駆体)のFT-IRスペクトル(カルボニル領域)を示した図である。
図7】UV照射時間(tUV)によるビニレンピークの変化挙動を示した図である。
図8】各架橋試料のDSCサーモグラムを示した図である。
図9】各架橋試料に対する応力歪曲線を示した図である。
図10】フォトマスクの寸法情報を示した図である。
図11】(a)フォトマスクを用いたフォトパターニングの工程、(b)外観をそれぞれ示した図である。
図12】引っ張り測定結果(水平パターニング)を示した図である。
図13】引っ張り測定結果(垂直パターニング)を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0013】
図1A(a)に示したように、本発明の一つの実施形態である弾性率局所可変材料1は、高分子鎖4と、その側鎖に多点で熱架橋性官能基5と光架橋性官能基6をそれぞれ含む。すなわち弾性率局所可変材料1は、複数の熱架橋性官能基5と複数の光架橋性官能基6を備える。同(b)に示したように、弾性率局所可変材料1に熱架橋を行うと、複数ある熱架橋性官能基5のみのうち少なくも一部分同士が架橋した熱架橋部分7を有する弾性率局所可変材前駆体2となる。そして、弾性率局所可変材前駆体2に対して例えばUV照射等による光架橋を行うと、同(d)に示したように、さらに複数ある光架橋性官能基6のうち少なくも一部分同士が架橋した光架橋部分8と共に、光架橋性官能基6同士が架橋していない光未架橋部分9を有する弾性率局所可変材3となる。光架橋部分8は、UV照射等による光架橋を行った部分に生じることになる。
【0014】
図1A(c)には、弾性率局所可変材前駆体2がフィルム形状に成形された弾性率局所可変材前駆体フィルム12の外観を示した。弾性率局所可変材前駆体フィルム12は、厚み0.1mm(25mm×40mmの矩形)であって、白地に黒字で書かれた「NITech」の文字が、弾性率局所可変材前駆体フィルム12が置かれた部分とそれが置かれていない部分とで同程度に見えるほど、弾性率局所可変材前駆体フィルム12は高い透明性を有していた。また、弾性率局所可変材前駆体フィルム12は十分な熱架橋が進行した試料であるため、自己支持率の高いエラストマーフィルムであることが分かった。自己支持率を高くする観点からは、熱架橋性官能基5同士がなるべく多く架橋し、熱架橋部分7の多い方が好ましい。
【0015】
高分子鎖4としては、ガラス転移温度の観点からポリエステル系、ポリアクリル系、ポリウレタン系、ポリジメチルシロキサン系が好ましく、特にポリエステル系が好ましい。
【0016】
熱架橋性官能基5としては、熱反応効率の観点から、カルボン酸基、エポキシ基及びアミノ基からなる群から選択される少なくても1つであり、特にカルボン酸基が好ましい。一方、光架橋性官能基6としては、光反応効率の観点から、シンナメート基、ベンゾフェノン基及びアントラセン基からなる群から選択される少なくても1つであり、特にシンナメート基が好ましい。
【0017】
図1B(a)に示したダンベル形状(フィルム形状)の弾性率局所可変材前駆体22に、複数のスリット30を有するマスク20を施し(同(b))、マスク30を介して弾性率局所可変材前駆体22にUV照射を行うと、弾性率局所可変材前駆体22は、ダンベル形状(フィルム形状)の弾性率局所可変材13となる(同(c))。弾性率局所可変材13は、UV照射がされ光架橋が行われた硬い部分17と、UV照射がなされず光架橋が行われなかった柔軟な部分18を有する。
【0018】
図1B(d)に示すように、引っ張り試験機治具によって弾性率局所可変材13の両端をそれぞれ挟み、弾性率局所可変材13の長手方向に引っ張ると、硬い部分17と柔軟な部分18を有する弾性率局所可変材13は、硬い部分17では低伸長となり、柔軟な部分18では高伸長となった。すなわち弾性率局所可変材13は、それを構成する材料の弾性率が局所で可変となる。
【0019】
<熱・光架橋性ポリエステルの合成>
(チオール基含有ポリエステルの合成)
合成したポリエステルは、図2のスキームに従って合成した。ジカルボン酸成分にチオリンゴ酸(TMA)9.01g(60mmol)を、ジオール成分に1,5-ペンタンジオール(PD)6.26g(60mmol)を用いてSc(OTf)0.30g(0.60mmol)存在下で溶融重縮合を行い(80℃,20時間)、目的のチオール基側鎖含有ポリエステルを得た。以後、合成したポリエステルをPE-SHと表記する。
【0020】
(光架橋性モノマーの合成)
2-ヒドロキシエチルアクリレートとシンナモイルクロリド間のエステル化反応により、光架橋性ビニルモノマーを合成した(合成スキームは図3に示す)。ナスフラスコに2-ヒドロキシエチルアクリレート6.28ml(60mmol)、ピリジン4.72ml(45mmol)を量りとり、ジクロロメタン(DCM)75mlに溶解させた後、反応容器を0oCまで冷却した。シンナモイルクロリド5.0035g(30mmol)をDCM25mlに溶解させ、DCM溶液を調製した。反応容器内の溶液を攪拌しながら、シンナモイルクロリドのDCM溶液を滴下し、室温に戻して3日間反応させた。得られた溶液を蒸留水で8回洗浄し、無水硫酸マグネシウムを用いて脱水を行った。ロータリーエバポレーターでDCMを揮発させ、目的の光架橋性ビニルモノマーを得た。以後、合成した光架橋性ビニルモノマーをCEA(2-cinnamoyloxyethyl acrylate)と表記する。
【0021】
(ポリエステルへの熱・光架橋性基の導入)
熱・光架橋性ポリエステル(弾性率局所可変材料)は、図4に従って合成した。PE-SHとアクリル酸(AA)、CEAをマイケル付加反応によって反応させ、1分子鎖中にカルボキシル基(熱架橋性)とシンナモイル基(光架橋性)の両方を有するポリエステルを合成した。スターラーチップを入れた100mlのナスフラスコに、PE-SH3.00gを量りとり、ジメチルホルムアミド(DMF)溶媒30mlに溶解した。得られたDMF溶液に、AA0.12gとCEA3.05g、触媒トリエチルアミン(TEA)0.46gを加えた。チオール基に対してAAは0.12等量、CEAは0.9等量、TEAは1/3等量となっている。室温で24時間攪拌し、ロータリーエバポレーターで濃縮した後、磁気攪拌させた大過剰のメタノールに滴下することで再沈殿精製を行った。再沈殿精製を2度繰り返し、真空乾燥を経て、目的の1分子鎖中に熱架橋性官能基と光架橋性官能基の両方を有するポリエステルを得た。以後、得られた熱・光架橋性ポリエステル(弾性率局所可変材料)をPE-dualと表記する。PE-SHの分子量は35000g/molで、一分子鎖当たり熱架橋性基(カルボキシル基)を7点、光架橋性基(シンナモイル基)を62点有している。
【0022】
熱架橋性基(熱架橋性官能基)の密度は、柔軟且つ自己支持性の高いフィルム調製の観点から、一分子鎖当たりの官能基当量(=分子量/官能基点数)として、5000~10000g/molが好ましい。
一方、光架橋性光(架橋性官能基)の密度は広範な弾性率調節幅の観点から、一分子鎖当たりの官能基当量として、500~1000g/molが好ましい。
換言すれば、熱架橋性基と光架橋性基を合わせた架橋性官能基の密度は、柔軟、自己支持性、広範な弾性率調節幅の観点から、一分子鎖当たりの熱架橋性官能の官能基当量として、5000~10000g/molが好ましく、光架橋性官能基当量として、その1/10程度の値を持つものが好ましい。つまり、光架橋性官能基密度は、熱架橋性官能基密度の10倍程度の値を持つものが好ましい。
<架橋反応>
(熱架橋反応)
42mm×122mm×20mmのテフロン(登録商標)容器に、PE-dual(弾性率局所可変材料、1.2g)と熱架橋剤1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル(BDE)、触媒2-メチルイミダゾール(2-MI)を加え、THFに溶解させた。BDEはカルボキシル基とエポキシ基が化学量論を満たすように、2-MIはカルボキシル基の1/5等量となるように加えた。THF溶液を40℃のヒーター上に約12時間放置し、溶媒を揮発させた。40℃で2時間真空乾燥させることで、溶媒を完全に揮発させた均一混合試料を真空下で120℃、4時間加熱し熱架橋を進行させた。熱架橋前では、粘着性の試料であったが、熱架橋後では自己支持性の高いエラストマーフィルム(弾性率局所可変材前駆体フィルム)12となった(図5)。
【0023】
(光架橋反応)
熱架橋のみを施したエラストマーフィルム(弾性率局所可変材前駆体フィルム)12に対し、UV光(300W,365nm)を照射することで光架橋を施した。エラストマーフィルム(弾性率局所可変材前駆体フィルム)を長さ13mm、幅4mmのドッグボーン型にくり抜き、サンプル管瓶に入れ、内部を窒素下にした。エラストマー(弾性率局所可変材前駆体フィルム)の表裏に対して、UV光を照射し光架橋を進行させた。片面当たりのUV光照射時間(tUV)を0、1、5、10、30分と変化させ、光架橋の進行度が様々なdual架橋エラストマーを調製した。以後、UV光を照射していない試料(弾性率局所可変材前駆体)をSN(Single Network)、UV光を照射した試料(弾性率局所可変材)をDN(Dual Network)-Xと表記する。ここで、Xは試料の片面当たりのtUVに対応している。すなわち弾性率局所可変材のキーとして用いた光架橋反応は、室温において最大でも30分程度で反応が完結するため、調製効率の時間的な観点でも優位性がある。
【0024】
<架橋反応の確認と物性の変化>
(1.FT-IR(フーリエ変換赤外分光測定))
測定条件:FT/IR-6300(JASCO)を用いて、室温で測定した。
図6(a)にエポキシ架橋剤を混合した熱架橋前の混合試料とSN(熱架橋試料、弾性率局所可変材前駆体)のFT-IRスペクトルの結果を示す。架橋前の混合物で観測された910cm-1付近のエポキシ基に由来するピークがSNでは消失していた。これより、COOH基とエポキシ基間での熱架橋の進行を確認した。図6(b)は、PE-dual(弾性率局所可変材料)とSN(弾性率局所可変材前駆体)のFT-IRスペクトルである。熱架橋前後でシンナモイル基のビニレンに由来する1630cm-1付近のピークに変化が観測されないことから、熱架橋は光架橋性官能基に影響を及ぼさないことを確認した。
図7に光架橋前後のエラストマー(すなわち弾性率局所可変材前駆体と弾性率局所可変材)のFT-IRスペクトルを示す。UV光の照射に伴い、1630cm-1付近のシンナモイル基のビニレンに由来するピークの面積が小さくなった。tUVが長くなるにつれ、より多くのビニレンが二量化したことを確認した。また、30分間のUV光の照射によりビニレンピークが消失していることから、ほぼ100%のビニレンが消費されたことを確認した。
【0025】
(2.DSC(示差走査熱量測定))
測定条件:DSC7020(HITACHI HighTech)を用いて、-50℃から200℃の範囲で測定した。Nガス雰囲気下で、温度変化速度10℃/minで行った。
図8に、UV照射時間を様々に変化させた試料のDSCサーモグラムの結果を載せた。「▽」はガラス転移温度(Tg)の位置、数字はTgの値を示す。SNは熱架橋試料(弾性率局所可変材前駆体)を示す。
【0026】
(3.引っ張り試験)
測定条件:AGS-500NX(SHIMADZU)を用いて、室温で測定した。引っ張り試験速度は10mm/minであった。用いた試料は、厚み0.3mm、ゲージ幅4mm、ゲージ長さ13mmのダンベル試験片13である。
図9に、各架橋試料に対する応力歪曲線の結果を示す。縦軸は公称応力、横軸は公称ひずみである。ヤング率(E)、最大応力(σmax)、破断伸び(ε)を表1にまとめる。
【0027】
【表1】
【0028】
<フォトマスクによるパターニング>
装置は次のようであった。
3Dプリンターを用いて、様々なフォトマスクを作成した。装置は、熱溶解積層タイプ(FDMの、Prusa i3 MK3S(Prusa Research)を用いた。フィラメントとしては、polyethylene terephthalate glycol-modified(PETG)filament (Prusa Research)を用いた。
また、寸法情報は次のようであった。
水平パターニング21~23(H-A~H-C)と垂直パターニング24~26(V-A~V-C)の2シリーズを用意した。各シリーズで、スリット(21a~26a)のピッチの異なる3種を用意した。スリットの総面積は、水平・垂直シリーズそれぞれにおいて同一となるようにした(24mm)。実際の寸法情報を図10にまとめる。
【0029】
(光架橋)
熱架橋のみを施したエラストマーフィルム(弾性率局所可変材前駆体フィルム)に対し、フォトマスクを用いてUV光(300W,365nm)を照射することで光架橋を施した(参考:図11)。ダンベル試料形状(13mm、幅4mm)のエラストマーフィルム(弾性率局所可変材前駆体フィルム)を2枚のフォトマスク(同一寸法)で挟み、表裏に対して、UV光を照射し光架橋を進行させた(30分、室温)。以降では、H-Aを用いた光架橋試料を実施例1、H-Bを用いた光架橋試料を実施例2、H-Cを用いた光架橋試料を実施例3、V-Aを用いた光架橋試料を実施例4、V-Bを用いた光架橋試料を実施例5、V-Cを用いた光架橋試料を実施例6と表記する。対照試料として、全面に光架橋を施した試料を調製し、これを比較例1とする。
【0030】
<パターニング試料の引っ張り・破断特性>
(水平パターニング)
図12(a)~(d)に示したように、引っ張り速度1mm/minで引っ張り試験を行った。水平パターニング(H-A~H-C)により弾性率の粗密を施した試料では(実施例1,2,3)、UV光を施していない部分(SN部18´)は柔らかく伸びやすく、UV光を照射した部分(dual部17´)は伸びにくいという結果が観られた。例として、H-Aを用いてパターニングした試料(実施例1、同(b))のひずみ150%では、SN部18´はdual部17´に対して5倍以上の伸長を示した。また、用いるフォトマスク(21~26)のスリット(21a~26a)数を変化させることで試料内の高変形領域と低変形領域の制御が可能となった。
【0031】
(垂直パターニング)
図13(b1)~(d3)に示したように、引っ張り速度1mm/minで引っ張り試験を行った。垂直パターニングを施した試料((c1)~(d3)では、破断挙動に大きな違いが生じた。13(c1)~(d3)に示すように、光架橋が進行し架橋密度が大きくなるにつれ、εは小さくなる。したがって、垂直パターニングを施した試料(実施例4,5,6)では、伸びにくいDN部位(dual部)が先に破断する。しかし、破断したDN部位の両隣には伸びやすく破断しにくいSN部位が位置しているため、破断の伝播が遅延され、材料の瞬時の完全破断は起こらない。V-A、V-B、V-Cの順にスリットの本数を増やすことで、材料の完全破断がより起こりにくくなった。一方で、完全に光架橋を施した試料(比較試料1、図13(b1)、(b2))では、クラックが生じた直後に端から端へ伝播し、破断が瞬時に起きた。図13(a)に示す応力歪曲線においても、最大応力を観測した時点から、段階的に応力が減少し破断が進行していく様子が見てとれた。これらの結果から、垂直パターニングにより、材料の破断挙動を制御することに成功したと言える。
【産業上の利用可能性】
【0032】
高分子を構成物とした樹脂素材・フィルム素材・エラストマー素材・ゲル(ジェル)素材などに応用が可能である。特に、ウェアラブル素材やフォルダブルディスプレイ(折り畳みディスプレイ)素材など、先端材料への需要が期待できる。
【符号の説明】
【0033】
1:弾性率局所可変材料
2、22:弾性率局所可変材前駆体
12:弾性率局所可変材前駆体フィルム
3、13:弾性率局所可変材
13´:引っ張られた弾性率局所可変材
4:高分子鎖
5:熱架橋性官能基
6:光架橋性官能基
7:熱架橋部分
8:光架橋部分
9:光未架橋部分
17、17´:硬い部分
18、18´:柔軟な部分
20:マスク
21~23:水平パターニング(フォトマスク)
24~26:垂直パターニング(フォトマスク)
21a~26a:スリット
30:スリット

図1A
図1B
図2
図3
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図10
図11
図12
図13