(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022158771
(43)【公開日】2022-10-17
(54)【発明の名称】脳機能低下抑制剤
(51)【国際特許分類】
A23L 33/135 20160101AFI20221006BHJP
A61K 35/742 20150101ALI20221006BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20221006BHJP
A61P 25/18 20060101ALI20221006BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20221006BHJP
【FI】
A23L33/135
A61K35/742
A61P25/28
A61P25/18
A23K10/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2021086509
(22)【出願日】2021-04-02
(71)【出願人】
【識別番号】000210067
【氏名又は名称】池田食研株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(72)【発明者】
【氏名】松原 主典
(72)【発明者】
【氏名】中村 直樹
(72)【発明者】
【氏名】佐野 優一
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4C087
【Fターム(参考)】
2B150AA01
2B150AB10
2B150AC02
2B150AC04
4B018MD85
4B018ME14
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC65
4C087CA09
4C087MA52
4C087NA14
4C087ZA15
4C087ZA18
(57)【要約】
【課題】 本発明は、天然物由来の新規な脳機能低下抑制剤及び情動障害改善剤を提供する。
【解決手段】 枯草菌に脳機能低下抑制効果及び情動障害改善効果があることを見出し、本発明を完成した。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
枯草菌を有効成分とする、脳機能低下抑制剤。
【請求項2】
枯草菌を液体培養して得られる菌体を有効成分とする、請求項1記載の脳機能低下抑制剤。
【請求項3】
死菌体を有効成分とする、請求項1又は2に記載の脳機能低下抑制剤。
【請求項4】
枯草菌が芽胞形成能欠損株である、請求項1~3の何れか1項に記載の脳機能低下抑制剤。
【請求項5】
請求項1~4の何れか1項に記載の脳機能低下抑制剤を含む飲食品、医薬品又は飼料。
【請求項6】
枯草菌を有効成分とする、情動障害改善剤。
【請求項7】
枯草菌を液体培養して得られる菌体を有効成分とする、請求項6記載の情動障害改善剤。
【請求項8】
死菌体を有効成分とする、請求項6又は7に記載の情動障害改善剤。
【請求項9】
枯草菌が芽胞形成能欠損株である、請求項6~8の何れか1項に記載の情動障害改善剤。
【請求項10】
請求項6~9の何れか1項に記載の情動障害改善剤を含む飲食品、医薬品又は飼料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳機能低下抑制剤及び情動障害改善剤、並びにそれらを含む飲食品等に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化の進展に伴って、加齢による脳機能の低下に起因する脳疾患、例えば、記憶障害、認知症、アルツハイマー症候群等の患者の増大が危惧されており、脳機能の低下を抑制できる食品や医薬品の開発が強く望まれている。
【0003】
特許文献1及び2では、乳酸菌を培養して得られる培養物及び/または菌体を有効成分とするアルツハイマー型痴呆症の予防・改善・治療剤が報告されていた。また、特許文献3では、枯草菌を有効成分とする、老化抑制剤が開示され、枯草菌の経口投与により、老化により引き起こされる、触覚感度の鈍化又は反射的行動の衰退を抑制する効果や、外観の加齢変化である毛の変化を抑制する効果が発揮されたと考えられることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5155960号公報
【特許文献2】特許第5155961号公報
【特許文献3】特開2020―80856号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、天然物由来の脳機能低下抑制剤及び情動障害改善剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、枯草菌に脳機能低下抑制効果及び情動障害改善効果があることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[10]の態様に関する。
[1]枯草菌を有効成分とする、脳機能低下抑制剤。
[2]枯草菌を液体培養して得られる菌体を有効成分とする、[1]記載の脳機能低下抑制剤。
[3]死菌体を有効成分とする、[1]又は[2]記載の脳機能低下抑制剤。
[4]枯草菌が芽胞形成能欠損株である、[1]~[3]の何れかに記載の脳機能低下抑制剤。
[5][1]~[4]の何れかに記載の脳機能低下抑制剤を含む飲食品、医薬品又は飼料。
[6]枯草菌を有効成分とする、情動障害改善剤。
[7]枯草菌を液体培養して得られる菌体を有効成分とする、[6]記載の情動障害改善剤。
[8]死菌体を有効成分とする、[6]又は[7]記載の情動障害改善剤。
[9]枯草菌が芽胞形成能欠損株である、[6]~[8]の何れかに記載の情動障害改善剤。
[10][6]~[9]の何れかに記載の情動障害改善剤を含む、飲食品、医薬品又は飼料。
【発明の効果】
【0008】
本発明によって、天然物由来の脳機能低下抑制剤及び情動障害改善剤を提供できる。また、殺菌後の死菌において脳機能低下抑制効果及び情動障害改善効果が認められることから、枯草菌の死菌体を使用することで、製造設備の衛生管理や製品の品質管理が容易になり、脳機能低下抑制剤を効率的に製造できる。また、有効成分が化学合成品ではなく、食経験のある菌のため、継続した長期的な摂取が望ましい脳機能低下抑制剤として最適である。さらに、芽胞形成能欠損株を使用すれば、一般的な微生物と同様に100℃以下の穏和な条件で殺菌を行うことができ、芽胞菌で問題となる殺菌不足による製造設備の汚染を防ぐことができるため、各種食品への添加や製剤化が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】オープンフィールド試験において、対照(Control)群及び枯草菌投与群(0.1%及び1.0%)のエリアAの侵入回数を示す。
【
図2】オープンフィールド試験において、対照(Control)群及び枯草菌投与群(0.1%及び1.0%)のエリアAの運動量を示す。
【
図3】オープンフィールド試験において、対照(Control)群及び枯草菌投与群(0.1%及び1.0%)のエリアAの滞在時間を示す。
【
図4】明暗箱試験において、対照(Control)群及び枯草菌投与群(0.1%及び1.0%)の明暗それぞれのエリアでの立ち上がり回数を示す。
【
図5】対照(Control)群及び枯草菌投与群(0.1%及び1.0%)の海馬のTTR免疫染色において、プラークの直径が50μm以下(50μm≦D)の沈着数、50μmより大きい(50μm>D)沈着数及びそれらの合計(All)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の脳機能低下抑制剤及び情動障害改善剤は、枯草菌を有効成分とするものであり、摂取により、海馬のトランスサイレチン(TTR)沈着を抑制できるため、神経炎症を予防し、脳細胞を保護することで、老化による脳機能低下を抑制する効果及び老化により引き起こされる情動障害の改善効果を発揮できる。
【0011】
本発明に記載の枯草菌は、前記機能性製剤の有効成分となる枯草菌(Bacillus subtilis)であれば、生菌でも死菌でもよく、特に限定されないが、バチルス・サブチリス・サブスピーシーズ・サブチリス(B.subtilis.subsp.subtilis)が好ましく、バチルス・サブチリスNBRC3009、バチルス・サブチリスNBRC3013、バチルス・サブチリスNBRC3335、バチルス・サブチリスNBRC13169等の納豆菌がより好ましく、独立行政法人製品評価技術基盤機構等から入手することができる。死菌でも脳機能低下抑制効果及び情動障害改善効果があるため、枯草菌の死菌体を使用することで、製造設備の衛生管理や製品の品質管理が容易になり、脳機能低下抑制剤及び情動障害改善剤を効率的に製造できる。また、芽胞形成能欠損株を使用すれば、100℃以下の穏和な殺菌条件で死菌体を調製することができるため、芽胞菌で問題となる殺菌不足による製造設備の汚染を防ぐことができ、各種食品への添加や製剤化が容易となる。
【0012】
本発明で使用される枯草菌は、特に限定されないが、芽胞形成能欠損株が好ましく、芽胞形成能欠損株の取得方法としては、遺伝子組換えによる方法、突然変異による方法等が例示できるが、自然突然変異による方法が好ましい。自然突然変異による芽胞形成能欠損株の取得方法は、特に限定されず、高温培養法や、野生株と欠損株のコロニーのメラニン色素の着色により識別するランダム法、異化代謝産物抑制(Catabolite repression)様現象を利用した方法(J.F.Michel,B.Cami,P.Schaeffer:Ann.Inst.Pasteur,114,11;21(1968))が例示できるが、異化代謝産物抑制様現象を利用した方法が好ましい。異化代謝産物抑制様現象を利用する方法により得られる芽胞形成能欠損株は、芽胞形成能と供にリゾチーム活性及び形質転換能が欠損しているため、溶菌による問題がなく継代することができ、芽胞形成能欠損という形質を維持することができる。
【0013】
枯草菌の培養には、通常の細菌培養用培地が使用でき、炭素源、窒素源、無機物、その他枯草菌が必要とする微量栄養素等を含有するものであれば、合成培地、天然培地の何れでも使用可能である。炭素源としては、グルコース、シュクロース、デキストリン、澱粉、グリセリン、糖蜜等が使用できる。窒素源としては、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機塩類、DL-アラニン、L-グルタミン酸等のアミノ酸類、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、麦芽エキス、コーンスティープリカー等の窒素含有天然物が使用できる。無機物としては、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウム、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化第二鉄等が使用できる。
【0014】
枯草菌の培養条件は、適宜設定できるが、通気、振盪、攪拌等により好気的に液体培養するのが好ましく、培養温度は例えば20~50℃が例示でき、30~45℃が好ましく、培養時間は例えば2~72時間が例示でき、4~48時間が好ましく、6~36時間がより好ましく、培地のpHは例えば5.0~9.0が例示でき、5.5~8.5が好ましい。
【0015】
枯草菌は培養後に殺菌してもよく、殺菌条件は一般的な方法であれば特に限定されないが、例えば加熱温度は、70~150℃であり、加熱時間は、温度に応じて決定すればよいが、通常1~60分である。また本発明に記載の芽胞形成能欠損株は、芽胞を形成しないため、100℃以下の穏和な条件で殺菌を行うことができ、例えば70~100℃、5~20分間の加熱が例示できる。菌体の回収は、遠心分離機等で培地を除去した後、緩衝液、生理食塩水、滅菌水等で菌体を洗浄し、遠心分離機等により固液分離して集菌できる。さらに、エアードライ、スプレードライ、真空及び/又は凍結乾燥等を行って粉末化してもよい。
【0016】
本発明の脳機能低下抑制剤及び情動障害改善剤はその有効成分が天然物由来であり、かつ、製造が容易なため、広く利用でき、各種製品に添加が可能で、液状で添加してもよく、冷蔵、冷凍又は乾燥状態で添加してもよく、脳機能低下抑制効果及び情動障害改善効果を有する飲食品、医薬品、飼料等を調製することができる。各種製品中の枯草菌含有量は、摂取により脳機能低下抑制効果及び情動障害改善剤が認められる量であれば特に限定されないが、0.01~20重量%が好ましく、0.02~10重量%がより好ましく、0.05~5重量%がさらに好ましい。
【実施例0017】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の例によって限定されるものではない。尚、本発明において、%は別記がない限り全て重量%である。
【0018】
(1.枯草菌菌体の調製)
異化代謝産物抑制様現象を利用した自然突然変異により、枯草菌の一種であるバチルス・サブチリスNBRC13169から、芽胞形成能を欠損した、芽胞形成能欠損株:バ
利用した自然突然変異は、特許第6019528号公報の実施例に記載の方法で行い、該公報に記載の方法で芽胞形成能が欠損した株であることを確認した。
【0019】
前記枯草菌を、液体培地(酵母エキス:2%、グルコース:5%、水道水:93%)に接種して37℃で24時間通気攪拌培養した後、90℃で10分間加熱殺菌処理した。次いで、遠心分離機を用いて培地を除去し、回収した菌体を水道水で洗浄した後、さらに遠心分離機で固液分離することで、菌体を回収した。回収した菌体をスプレードライヤーで乾燥し、枯草菌の死菌体粉末(菌体数:6.4×1011個/g、生菌数:100cfu/g未満)を調製した。
【0020】
(2.マウスにおける枯草菌投与効果の確認)
9週齢の老化促進マウス(SAMP8)を3群に分け、対照群(10匹)にはMF飼料(オリエンタル酵母工業製)を、0.1%枯草菌投与群(8匹)には前記1で得られた菌体粉末を0.1%配合したMF飼料を、1.0%枯草菌投与群(8匹)には前記1で得られた菌体粉末を1%配合したMF飼料をそれぞれ与えて34週齢となるまで飼育した。試験期間中、飼料および水は自由摂取させた。
【0021】
(2-1.行動解析)
25週齢時にオープンフィールド試験を実施し、20週齢及び28週齢時に明暗箱試験を実施した。オープンフィールド試験は、マウス一匹を小動物行動解析装置(SCANET、メルクエスト社製)のフィールドに放ち、60分間自由に探索させ、観察、計測を行った。フィールドは、中央部分をエリアA:10.8×10.8cm、その周りをエリアB:26.4×26.4cm、壁に面した周縁部をエリアC:45.0×45.0cmとし、エリアAにおける運動量(移動距離に比例した数値)、滞在時間(秒)及び侵入回数について、
図1~3に示した。また、明暗箱試験は、同装置内に明暗ケージを設置して、明暗それぞれのエリアでの立ち上がり回数を測定し、
図4に示した。
【0022】
通常、動物は広い新奇環境下に曝された場合、立ち上がり行動や歩行を繰り返して探索行動を行うが、この時、壁に触れ、周縁部をより好んで歩行する「接触走性」という行動パターンを示す。これは、生得的・潜在的な情動行動における不安様行動によるものであり、フィールド中央部への探索行動の割合は極めて少ないことが知られている。一方で、老化促進モデルマウスSAMP8系では、加齢により不安様行動が低下する情動障害が知られている(日本薬理学雑誌、2010年、第136巻、第1号、p.6~10)。
【0023】
対照群ではフィールド中央のAエリアへの侵入回数、運動量、滞在時間が枯草菌投与群よりも多く、1%枯草菌投与群とのは有意な差があったことから(
図1~
図3)、枯草菌の投与は不安様行動が維持されていたことを示している。また、20週齢では、明箱と暗箱での立ち上がり回数(探索行動)は3群ともに、探索行動である立ち上がり回数が明箱の方が暗箱よりも優位に多いという同様な行動パターンだったが、老化が進行した28週齢時には1%枯草菌投与群のみ20週齢と同様に明箱と暗箱での立ち上がり回数(探索行動)に有意差があり、他の群ではその差が無くなった(
図4)。このことは、枯草菌投与の有無により老化による脳機能に差が生じたことを示している。つまり、枯草菌投与群では対照群に比べて、加齢により不安様行動が低下する情動障害が改善されたと考えられる。
【0024】
(2-2.脳組織におけるTTR沈着の確認)
34週齢時に屠殺解剖して脳の組織について、アミロイド形成タンパク質の1つであるトランスサイレチン(TTR)の脳での沈着状態について特異的抗体を用いて染色し、評価した。詳細には、対照群、0.1%及び1.0%枯草菌投与群のそれぞれで、海馬の切片を作製し、抗TTR抗体による免疫染色を行い、TTR沈着(Plaque burden)の出現率を表1に示し、面積(1.00×0.75mm)当りのTTR沈着数(直径が50μm以下(50μm≦D)、50μm超過(50μm>D)、合計(All))を算出して、
図5に示した。
【0025】
【0026】
TTR沈着は、TTRの凝集によって起こるものであり、脳に凝集したTTRはミクログリアを活性化し、神経炎症を引き起こすことが知られているため、TTR沈着が減少することで、神経炎症を防ぐことができ、脳細胞が保護されると考えられている(Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry 2018年、Vol.82、No.4,p.647-653)。
【0027】
図5及び表1より、枯草菌投与群では対照群に比べて、海馬の脳細胞における面積当たりのTTR沈着数が少なく、特に1%枯草菌投与群では対照群に比べて有意(p<0.05)に少なかったことから、枯草菌投与により、海馬のTTR沈着が抑制され、神経炎症を防ぎ、脳細胞が保護されたと考えられる。
【0028】
以上より、加齢による脳機能低下により引き起こされたと思われる情動障害が、特に情動的記憶をつかさどる海馬の脳細胞が保護されることによって、抑制、改善されたと考えられる。よって、枯草菌投与によって、海馬のTTR沈着抑制効果が発揮され、神経炎症予防効果及び脳細胞保護効果につながり、以て、脳機能低下が抑制され、また情動障害が改善されたと考えられる。