(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022161973
(43)【公開日】2022-10-21
(54)【発明の名称】遷移金属複合水酸化物の粒子、リチウムイオン二次電池用正極活物質、およびリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
C01G 53/00 20060101AFI20221014BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20221014BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20221014BHJP
【FI】
C01G53/00 A
H01M4/505
H01M4/525
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022128425
(22)【出願日】2022-08-10
(62)【分割の表示】P 2018119705の分割
【原出願日】2018-06-25
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185018
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 亜矢
(74)【代理人】
【識別番号】100107836
【弁理士】
【氏名又は名称】西 和哉
(72)【発明者】
【氏名】加藤 敏弘
(72)【発明者】
【氏名】相田 平
(72)【発明者】
【氏名】高橋 辰也
(72)【発明者】
【氏名】菅沼 慎介
(57)【要約】
【課題】電池特性をさらに向上できる正極活物質等を提供すること。
【解決手段】 遷移金属と、粒子内で分布に偏りを有する添加元素と、を含む遷移金属複合水酸化物の粒子であって、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子を含み、二次粒子は、二次粒子の中心を含む部位に配置され、かつ、複数の微細一次粒子が凝集して形成された中心部と、中心部の外側に配置され、かつ、微細一次粒子よりも大きく、板状の一次粒子が凝集して形成された外周部と、を備え、外周部の板状の一次粒子内よりも中心部の微細一次粒子内の方が高濃度で添加元素が含有され、平均粒径が1μm以上15μm以下である、遷移金属複合水酸化物の粒子。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遷移金属と、粒子内で分布に偏りを有する添加元素と、を含む遷移金属複合水酸化物の粒子であって、
複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子を含み、
前記二次粒子は、
前記二次粒子の中心を含む部位に配置され、かつ、複数の微細一次粒子が凝集して形成された中心部と、
前記中心部の外側に配置され、かつ、前記微細一次粒子よりも大きく、板状の一次粒子が凝集して形成された外周部と、を備え、
前記外周部の板状の一次粒子内よりも前記中心部の微細一次粒子内の方が高濃度で前記添加元素が含有され、
平均粒径が1μm以上15μm以下である、
遷移金属複合水酸化物の粒子。
【請求項2】
ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、及び、前記添加元素(M)と、コバルト(Co)とを含み、かつ、それぞれの元素の物質量比(モル比)が、Ni:Mn:Co:M=x:y:z:t(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表される、請求項1に記載の遷移金属複合水酸化物の粒子。
【請求項3】
前記二次粒子の表面に被覆層を有し、前記被覆層は、前記添加元素を含む化合物を含有する、請求項1または請求項2に記載の遷移金属複合水酸化物の粒子。
【請求項4】
前記外周部は、表面から粒子内部にかけて、前記外周部の厚さに対して50%以上80%以下の範囲で前記添加元素を含む領域と、前記添加元素を含まない、それ以外の領域とを有する、請求項1または請求項2に記載の遷移金属複合水酸化物の粒子。
【請求項5】
リチウムと、遷移金属と、前記遷移金属以外の添加元素を含むリチウム遷移金属複合酸化物の粒子を含有する、正極活物質であって、
複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子を含み、
前記二次粒子は、外殻部と、前記外殻部の内側に、中空部とを備え、
前記中空部は、前記一次粒子を含まず、
前記二次粒子は、平均粒径が1μm以上15μm以下であり、かつ、一次粒子の表面に前記添加元素が濃化して存在する濃化層を有する、
リチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項6】
前記濃化層に含まれる添加元素の濃度は、一次粒子の内部の濃度との比が5以上である、請求項5に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項7】
BET比表面積が0.7m2/g以上5.0m2/g以下である、請求項5または請求項6に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項8】
前記リチウム遷移金属複合酸化物の粒子は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、及び、添加元素(M)と、任意にコバルト(Co)とを含み、かつ、それぞれの元素の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Mn:Co:M=(1+u):x:y:z:t(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表され、層状構造を有する六方晶系の結晶構造を有する、請求項5~請求項7のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項9】
正極と、負極と、セパレータと、非水系電解質とを備え、前記正極の正極材料として、請求項5~請求項8のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質が用いられる、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遷移金属複合水酸化物の粒子とその製造方法、この遷移金属複合水酸化物の粒子を前駆体とするリチウムイオン二次電池用正極活物質とその製造方法、および、このリチウムイオン二次電池用正極活物質を正極材料として用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォン、タブレットPCなどの携帯電子機器の普及に伴い、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な非水系電解質二次電池の開発が強く望まれている。また、ハイブリット電気自動車、プラグインハイブリッド電気自動車、電池式電気自動車などの電気自動車用の電源として高出力の二次電池の開発が強く望まれている。
【0003】
このような要求を満たす二次電池として、非水系電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池がある。このリチウムイオン二次電池は、負極、正極、電解質などで構成され、その負極および正極の材料として用いられる活物質には、リチウムを脱離および挿入することが可能な材料が使用される。なお、電解質としては、支持塩であるリチウム塩を有機溶媒に溶解してなる非水系電解液や、不燃性でイオン電導性を有する固体電解質などの非水系電解質が用いられている。
【0004】
このリチウムイオン二次電池のうち、層状またはスピネル型のリチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質に用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の電圧が得られるため、高エネルギー密度を有する二次電池として、現在、研究開発が盛んに行われており、一部では実用化も進んでいる。
【0005】
このようなリチウムイオン二次電池の正極活物質として、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO2)、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn2O4)、リチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi0.5Mn0.5O2)などのリチウム遷移金属複合酸化物の粒子が提案されている。
【0006】
また、リチウムイオン二次電池において、高い電池特性(高サイクル特性、高出力特性等)を有する正極を得ることを目的として、上記リチウム遷移金属複合酸化物の粒子構造を制御する技術が提案されている。
【0007】
例えば、特許文献1~3には、主として核生成を行う核生成工程と、主として粒子成長を行う粒子成長工程との2段階に明確に分離した晶析反応により、正極活物質の前駆体となる遷移金属複合水酸化物の粒子を製造する方法が開示されている。これらの方法では、核生成工程および粒子成長工程におけるpH値や反応雰囲気を適宜調整することで、小粒径で粒度分布が狭く、かつ、微細一次粒子からなる低密度の中心部と、板状または針状一次粒子からなる高密度の外殻部とから構成される遷移金属複合水酸化物の粒子を得ている。
【0008】
一方、高い電池特性(高サイクル特性、高出力特性等)を有する正極を得るため、上記リチウム遷移金属複合酸化物に、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン以外の元素を添加する技術がいくつか提案されている。
【0009】
例えば、特許文献4には、一般式:Ni1-x-yCoxMnyMz(OH)2+a(但し0.10≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0<z≦0.05,0≦a≦0.5、MはAl、Mg、Ca、Ti、Zr、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Cu、Si、Sn、Bi、Ga、Y、Sm、Er、Ce、Nd、La、Cd、Luからなる群より選択される少なくとも一種以上元素)で表されるニッケルコバルト複合水酸化物であって、ニッケルコバルト複合水酸化物は一次粒子が複数集合した二次粒子からなり、二次粒子は、二次粒子の半径に対する半径方向への深さの割合が表面から5%未満の第一層と、半径方向への深さの割合が5%以上50%未満の前記第一層より二次粒子の内側に存在する第二層と、半径方向への深さの割合が50%以上の第二層より二次粒子の内側に存在する第三層と、からなり、二次粒子の半径方向の深さに対する元素Mに関するSEM―EDXのスペクトルが第二層においてピークを有するニッケルコバルト複合水酸化物が開示されている。この複合水酸化物から得られる正極活物質は、二次粒子の表面に存在する第一層と、第一層より前記二次粒子の内側に存在する第二層と、第二層より二次粒子の内側に存在する第三層とからなり、二次粒子の半径方向の深さに対する元素Mに関するSEM―EDXのスペクトルが第二層においてピークを有し、優れた低温出力特性、高放電容量の電池特性が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2012-246199号公報
【特許文献2】特開2013-147416号公報
【特許文献3】WO2012/131881号公報
【特許文献4】特開2016-210674号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
例えば、上記特許文献1~3のように、正極活物質が、小粒径で粒度分布が狭い粒子によって構成されている場合、サイクル特性や出力特性を向上させることができる。これは、粒径が小さい粒子は、比表面積が大きく、正極活物質として用いた場合に電解液との反応面積を十分に確保することができるばかりでなく、正極を薄く構成し、リチウムイオンの正極板内の移動距離を短くすることができるため、正極抵抗の低減が可能だからである。また、粒度分布が狭い粒子は、電極内で粒子に印加される電圧を均一化できるため、充放電を繰り返した際に微粒子が選択的に劣化することによる電池容量の低下を抑制することが可能だからである。
【0012】
また、上記特許文献1~3のように、正極活物質粒子の内部に、電解液が侵入可能な空間部を形成することにより、出力特性のさらなる改善を図ることができる。このような正極活物質は、粒径が同程度である中実構造の正極活物質と比べて、電解液との反応面積を大きくすることができるため、正極抵抗を大幅に低減することが可能となる。なお、正極活物物質の粒子性状は、その前駆体となる遷移金属複合水酸化物の粒子性状に大きく依存することが知られている。すなわち、その前駆体である遷移金属複合水酸化物の粒子の粒径、粒度分布および粒子構造などを適切に制御することにより、上述した正極活物質を得ることができる。
【0013】
しかしながら、上記特許文献1~3に記載の記述のように、粒子構造を制御するのみでは、電池特性(例、高サイクル特性、出力特性等)の向上に限界があり、電池特性のさらなる向上が求められている。
【0014】
また、例えば、上記特許文献4によれば、二次粒子内部で元素Mが特定の分布を有することにより、電池特性が改善されているものの、電池特性のさらなる向上が求められている。
【0015】
本発明は、上述の問題に鑑みて、二次電池を構成した場合に、電池特性をさらに向上することができる正極活物質、及び、その前駆体として好適に用いられる遷移金属複合水酸化物の粒子を提供することを目的とする。また、本発明は、高い電池特性を有する二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の態様によれば、遷移金属と、粒子内で分布に偏りを有する添加元素と、を含む遷移金属複合水酸化物の粒子であって、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子を含み、二次粒子は、中心部と、中心部の外側に配置された外周部と、を備え、中心部は、複数の微細一次粒子が凝集して形成され、外周部は、微細一次粒子よりも大きく、板状の一次粒子が凝集して形成され、添加元素は、外周部よりも中心部に高濃度で含有され、平均粒径が1μm以上15μm以下である、遷移金属複合水酸化物の粒子が提供される。
【0017】
また、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、及び、添加元素(M)と、コバルト(Co)とを含み、かつ、それぞれの元素の物質量比(モル比)が、Ni:Mn:Co:M=x:y:z:t(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されてもよい。また、二次粒子の表面に被覆層を有し、被覆層は、添加元素を含む化合物を含有してもよい。また、外周部は、表面から粒子内部にかけて、外周部の厚さに対して50%以上80%以下の範囲で添加元素を含む領域と、添加元素を含まない、それ以外の領域とを有してもよい。
【0018】
本発明の第2の態様によれば、リチウムと、遷移金属と、遷移金属以外の添加元素を含むリチウム遷移金属複合酸化物の粒子を含有する、正極活物質であって、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子を含み、二次粒子は、外殻部と、外殻部の内側に、中空部とを備え、中空部は、一次粒子を含まず、二次粒子は、平均粒径が1μm以上15μm以下であり、かつ、一次粒子の表面に添加元素が濃化して存在する濃化層を有する、リチウムイオン二次電池用正極活物質が提供される。
【0019】
また、濃化層に含まれる添加元素の濃度は、一次粒子の内部の濃度との比が5以上であってもよい。また、BET比表面積が0.7m2/g以上5.0m2/g以下であってもよい。また、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、及び、添加元素(M)と、任意にコバルト(Co)とを含み、かつ、それぞれの元素の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Mn:Co:M=(1+u):x:y:z:t(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表され、層状構造を有する六方晶系の結晶構造を有してもよい。
【0020】
本発明の第3の態様によれば、正極と、負極と、セパレータと、非水系電解質とを備え、正極の正極材料として、上記のリチウムイオン二次電池用正極活物質が用いられる、リチウムイオン二次電池が提供される。
【発明の効果】
【0021】
本発明の遷移金属複合水酸化物は、二次電池の正極活物質の前駆体として用いられた場合、添加元素の効果(例、出力特性の改善など)がより向上した二次電池を得ることができる。本発明の正極活物質は、二次電池に用いられた場合、添加元素の効果がより向上した二次電池を得ることができる。また、本発明のリチウムイオン二次電池は、添加元素の効果がより向上した、優れた電池特性を有する。よって、本発明の工業的意義はきわめて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1(A)、
図1(B)は、遷移金属複合水酸化物の粒子の一例を示す模式図である。
【
図2】
図2(A)、
図2(B)は、遷移金属複合水酸化物の粒子の他の例を示す模式図である。
【
図3】
図3(A)、
図3(B)は、正極活物質の一例を示す模式図である。
【
図4】
図4は、遷移金属複合水酸化物の粒子の製造方法の一例を示す図である。
【
図5】
図5は、遷移金属複合水酸化物の粒子の製造方法の一例を示す図である。
【
図6】
図6は、遷移金属複合水酸化物の粒子の製造方法の一例を示す図である。
【
図7】
図7は、正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
【
図8】
図8は、正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
【
図9】
図9は、電池評価に使用したコイン型電池の概略断面図である。
【
図10】
図10は、インピーダンス評価の測定例と解析に使用した等価回路の概略説明図である。
【
図11】
図11(A)は、実施例で得られた正極活物質の二次粒子の外殻部の一部の断面のTEM観察像を説明する図であり、
図11(B)は、TEM観察像の写真(図面代用写真)であり、
図11(C)は、TEM-EDX像の写真(図面代用写真)である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して、実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の粒子とその製造方法、リチウムイオン二次電池用正極活物質とその製造方法、及び、リチウムイオン二次電池について説明する。なお、本発明は以下説明する実施形態に限定されるものではない。また、図面においては、各構成をわかりやすくするために、一部を強調して、あるいは一部を簡略化して表しており、実際の構造または形状、縮尺等が異なっている場合がある。
【0024】
1.遷移金属複合水酸化物の粒子
本実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の粒子は、遷移金属と、粒子内で分布に偏りを有する添加元素と、を含む。本実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の粒子をリチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体として用いた場合、添加元素の効果がより向上した正極活物質を得ることができる。
【0025】
図1(A)~(B)、
図2(A)~(B)は、本実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の粒子の一例を示す模式図である。また、
図3(A)~(B)は、遷移金属複合水酸化物の粒子を前駆体として用いて得られる正極活物質の一例を示す模式図である。
【0026】
遷移金属複合水酸化物の粒子10は、
図1(A)に示すように、中心部3と、中心部3の外側に配置された外周部4と、を備える。
図1(B)に示すように、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、複数の一次粒子1(微細一次粒子1a、板状の一次粒子1b)が凝集して形成された二次粒子2を含む。
図1(B)に示すように、中心部3は、複数の微細一次粒子1aが凝集して形成される。外周部4は、微細一次粒子1aよりも大きく、板状の一次粒子1bが凝集して形成される。また、遷移金属複合水酸化物の粒子10(二次粒子2)の平均粒径は、1μm以上15μm以下であることが好ましい。
【0027】
なお、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、主に二次粒子2から構成されるが、単独の一次粒子1を含んでもよい。以下、遷移金属複合水酸化物の粒子10の詳細について、説明する。
【0028】
[粒子構造]
(二次粒子)
遷移金属複合水酸化物の粒子10は、複数の一次粒子1(微細一次粒子1a、板状の一次粒子1bを含む)が凝集して形成された略球状の二次粒子2を含む。さらに詳細には、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、微細一次粒子1aからなる中心部3を有し、中心部3の外側に微細一次粒子1aよりも大きな板状の一次粒子1bからなる外周部4を有する構造を備える。この遷移金属複合水酸化物の粒子10を前駆体として、正極活物質100を製造することにより、後述する焼成工程(ステップS50、
図7参照)において、粒子内へのリチウムの拡散が十分に行われ、リチウムの分布が均一で良好な正極活物質100を得ることができる。
【0029】
中心部3は、例えば、微細一次粒子1aが連なった隙間の多い構造を有する。よって、中心部3は、微細一次粒子1aより大きく厚みのある板状の一次粒子1bからなる外周部4と比べた場合、焼成工程(ステップS50、
図7参照)において焼結による収縮がより低温から発生する。このため、焼結の進行に伴い、中心部3に存在する微細一次粒子1aは、二次粒子2の中心から、焼結の進行がより遅い外周部4側に収縮して、最終的に外周部4に吸収されて、
図3(A)の符号「24」に示すような外殻部を構成する。一方、このような微細一次粒子1aの収縮と外周部4への吸収により、中心部3に空間が生じる。そして、中心部3は低密度と考えられること、及び、中心部3に存在する微細一次粒子1aの収縮率が大きいことから、焼結の進行に伴い、中心部3は、一次粒子1の存在しない十分な大きさを有する空間となり、正極活物質100において中空部23(
図3(A)、(B)参照)を形成する。
【0030】
(添加元素の分布)
中心部3に存在する微細一次粒子1aは、外周部4より高濃度の添加元素を含む。微細一次粒子1aが高濃度の添加元素を含む場合、焼成工程(ステップS50、
図7参照)での微細一次粒子1aの収縮により、添加元素が濃縮され、かつ、正極活物質100の外殻部24を形成する一次粒子21の表面に添加元素が拡散される。そして、得られる正極活物質100において、外殻部24に存在する一次粒子21の表面に、添加元素が濃化した濃化層Cが形成される。なお、遷移金属複合水酸化物の粒子10における添加元素の分布は、例えば、粒子断面のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いた面分析で添加元素を検出することにより、確認することができる。
【0031】
また、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、
図2(A)に示すように、添加元素を含む化合物を含有する被覆層5でさらに被覆されてもよい。このような粒子構造を有することで、得られる正極活物質100は、二次粒子22全体において、より均一に一次粒子21の表面に濃化層Cが形成され、電池特性をさらに向上させることが可能となる(
図3(A)、(B)参照)。
【0032】
また、添加元素は、中心部3のみに含まれてもよいが、中心部3と外周部4との両方に含まれてもよい。外周部4に添加元素を含む場合、
図2(B)に示すように、外周部4の表面側に、外周部4の内部側よりも高濃度の添加元素を含む層4aを有することが好ましい。遷移金属複合水酸化物の粒子10が、このような粒子構造を有する場合、得られる正極活物質100は、二次粒子22全体において、より均一に、一次粒子21の表面に濃化層Cが形成され、電池特性をさらに向上させることができる。また、外周部4において、内部側より高濃度の添加元素を含む層4aの厚さは、外周部4の厚さtに対して、50%以上80%以下であることが好ましい。高濃度の添加元素を含む層4aの厚さが上記範囲である場合、得られる正極活物質100は、二次粒子22全体において、より均一に一次粒子21の表面に濃化層Cが形成され、電池特性をさらに向上させることが可能となる。
【0033】
(添加元素の種類)
添加元素の種類は、特に限定されないが、リチウムイオン二次電池の耐久性や出力特性をさらに改善するという観点から、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、ランタン(La)、タングステン(W)から選択される1種以上を含むことが好ましい。これらの中でも、より出力特性を向上させるという観点から、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の元素を含むことがより好ましく、例えば、Wを含む添加元素を含んでもよい。添加元素は、1種類を含んでもよく、2種類以上を含んでもよい。なお、添加元素は、上記の一次粒子1の内部に含まれる。
【0034】
(微細一次粒子)
中心部3を構成する微細一次粒子1aは、平均粒径が0.01μm以上0.3μm以下であることが好ましく、0.1μm以上0.3μm以下であることがより好ましい。微細一次粒子1aの平均粒径が上記範囲である場合、十分な大きさを有する空間(中空部23)を形成することができる。一方、微細一次粒子1aの平均粒径0.01μm未満である場合、十分な大きさを有する中心部3が形成されないことがある。また、0.3μmを超える場合、焼成工程(ステップS50)における焼結開始の低温化および収縮が十分でなく、焼成(ステップS50)後に十分な大きさの空間(中空部23)が得られないことがある。
【0035】
また、微細一次粒子1aの形状は、特に限定されないが、板状および/または針状であることが好ましい。微細一次粒子1aが、これらの形状である場合、中心部3は十分に低密度となり、焼成(ステップS50)によって大きな収縮が発生して十分な量の空間(中空部23)を形成することができる。
【0036】
(板状の一次粒子)
外周部4を構成する板状の一次粒子1bは、ランダムな方向に凝集することが好ましい。板状の一次粒子1bがランダムな方向に凝集する場合、外周部4の一次粒子1間にほぼ均一に空隙が生じて、リチウム化合物と遷移金属複合酸化物の粒子10とを混合(ステップS40)して、焼成(ステップS50)する際、溶融したリチウム化合物が二次粒子2の内部へ行きわたり、リチウムの拡散が十分に行われることができる。
【0037】
また、板状の一次粒子1bがランダムな方向に凝集していることで、焼成工程(ステップS50)における中心部3の収縮もより均等に生じることから、正極活物質100の内部に十分な大きさを有する空間(中空部23)を形成することができる。
【0038】
板状の一次粒子1bは、平均粒径が0.3μm以上3μm以下であることが好ましく、0.4μm以上1.5μm以下であることがより好ましく、0.4μm以上1.0μm以下であることが特に好ましい。板状の一次粒子1bの平均粒径が0.3μm未満である場合、焼成工程(ステップS50)における焼結開始が低温化して、焼成後に十分な大きさの空間が得られないことがあり、3μmを超えると、得られる正極活物質の結晶性を十分なのもとするために、焼成温度を高くする必要があり、上記二次粒子間で焼結が発生して、得られる正極活物質の粒径が上記範囲を超えることがある。
【0039】
なお、微細一次粒子1aおよび板状の一次粒子1bの粒径は、遷移金属複合水酸化物の粒子10の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察することによって測定できる。例えば、複数の二次粒子2(遷移金属複合水酸化物の粒子10)を、樹脂などに埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工などにより、複数の二次粒子2の断面観察が可能な状態とする。微細一次粒子1aおよび板状の一次粒子1bのそれぞれの粒径は、二次粒子2中の、好ましくは10個以上の各一次粒子1a、1b断面の最大径(最大長さ)を粒径として測定し、平均値を計算することで求めることができる。
【0040】
(外周部)
外周部4の厚さt(
図1(A)参照)は、二次粒子2の粒径(直径)に対して、5%以上45%以下であることが好ましく、7%以上35%以下であることがより好ましい。ここで、正極活物質100における外殻部24の厚さは、遷移金属複合水酸化物の粒子10における外周部4の厚さが概ね維持される。よって、外周部4の厚さtが上記範囲である場合、リチウム金属複合酸化物の粒子(正極活物質100)に十分な中空部23を形成することができる。一方、外周部4の厚さが5%未満である場合、外周部4が薄くなりすぎて、焼成工程(ステップS50)において、遷移金属複合水酸化物の粒子10全体の収縮が大きくなり、かつ、得られる正極活物質100の二次粒子22間に焼結が生じて、正極活物質100の粒度分布が悪化することがある。また、外周部4の厚さが45%を超える場合、十分な大きさの中心部3が形成されないことがある。
【0041】
なお、外周部4の厚さtは、以下の方法で測定することができる。まず、樹脂中の複数の二次粒子2から、ほぼ粒子中心の断面観察が可能な二次粒子2を選択して、3箇所以上の任意の箇所で、外周部4の外周上と中心部3側の内周上の距離が最短となる2点間の距離を測定して、粒子ごとの外周部4の平均厚みを求める。次いで、二次粒子2の外周上で距離が最大となる任意の2点間の距離を二次粒子2の粒径(直径)として、二次粒子2の粒径(直径)で、上記の平均厚みを除して(外周部4の平均厚み/二次粒子2の粒径(直径))、二次粒子2ごとの外周部4の厚さ(%)を求める。さらに、10個以上の二次粒子2について求めた、各二次粒子2の厚さ(%)を平均して、二次粒子2の粒径(直径)に対する外周部4の厚さ(%)を求めることができる。
【0042】
(平均粒径)
遷移金属複合水酸化物の粒子10の平均粒径は、1μm以上15μm以下、好ましくは3μm以上12μm以下、より好ましくは3μm以上10μm以下である。遷移金属複合水酸化物の粒子10の平均粒径は、この遷移金属複合水酸化物の粒子10を前駆体として得られる正極活物質100の平均粒径と相関する。よって、平均粒径を上記範囲に制御することで、正極活物質100の平均粒径を所定の範囲に制御することができる。なお、遷移金属複合水酸化物の粒子10の平均粒径とは、体積基準平均粒径(MV)を意味し、例えば、レーザ光回折散乱式粒度分析計で測定した体積積算値から求めることができる。
【0043】
(粒度分布)
また、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径〕が、好ましくは0.65以下、より好ましくは0.55以下、さらに好ましくは0.50以下である。
【0044】
正極活物質100の粒度分布は、その前駆体である遷移金属複合水酸化物の粒子10の影響を強く受ける。このため、微細粒子や粗大粒子を多く含む遷移金属複合水酸化物の粒子を前駆体とした場合には、正極活物質にも微細粒子や粗大粒子が多く含まれることとなり、これを用いた二次電池の安全性、サイクル特性および出力特性を十分に改善することができなくなる。これに対して、遷移金属複合水酸化物の粒子10の段階で、〔(d90-d10)/平均粒径〕が0.65以下となるように調整しておけば、これを前駆体として得られる正極活物質100の粒度分布も狭くすることができ、上述した問題を回避することができる。
【0045】
なお、工業規模の生産を前提とした場合には、遷移金属複合水酸化物の粒子10として、〔(d90-d10)/平均粒径〕が過度に小さいものを使用することは現実的ではない。したがって、コストや生産性を考慮すると、遷移金属複合水酸化物の粒子10における〔(d90-d10)/平均粒径〕の下限値は、0.25程度とすることが好ましい。
【0046】
なお、d10は、各粒径における粒子数を粒径の小さい側から累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の10%となる粒径を、d90は、同様に粒子数を累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の90%となる粒径を意味する。d10およびd90は、平均粒径と同様に、レーザ光回折散乱式粒度分析計で測定した体積積算値から求めることができる。
【0047】
(組成)
遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成は、上述した構造、平均粒径および粒度分布を有する限り、その組成は特に限定されない。遷移金属複合水酸化物の粒子10は、例えば、ニッケル、コバルト、マンガンから選択される1種以上の金属元素と、これらの金属元素以外の添加元素とを含んでもよい。また、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、例えば、ニッケル、マンガン、及び、添加元素を含んでもよく、ニッケル、マンガン、コバルト、及び、添加元素を含んでもよい。
【0048】
例えば、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、及び、添加元素(M)と、任意にコバルト(Co)と、を含み、それぞれの元素の物質量比(モル比)が、Ni:Mn:Co:M=x:y:z:t(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されることが好ましい。このような組成を有する遷移金属複合水酸化物の粒子10を正極活物質の前駆体として用いた場合、高い出力特性、サイクル特性を有する二次電池を得ることができる。
【0049】
また、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、一般式(1):NixMnyCozMt(OH)2+a(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、0≦a≦0.5、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されてもよい。このような遷移金属複合水酸化物の粒子を前駆体とすることで、後述する一般式(2)で表される正極活物質を容易に得ることができ、高い出力特性、サイクル特性を有する二次電池を得ることができる。
【0050】
なお、遷移金属複合水酸化物の粒子10の上記のモル比、及び、一般式(1)において、これを構成するニッケル、マンガン、コバルトおよび添加元素の好ましい組成範囲は、後述する正極活物質100のモル比、及び、一般式(2)における、各元素の好ましい組成範囲と同様となる。このため、これらの事項について、ここでの説明は省略する。
【0051】
なお、遷移金属複合水酸化物の粒子10の製造方法は、上記の特定の構造、及び、平均粒径等を備える限り、特に限定されないが、以下に説明する製造方法により、容易に得ることができる。
【0052】
2.遷移金属複合水酸化物の粒子の製造方法
図4~6は、本実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の粒子10の製造方法の一例を示す図である。本実施形態に係る製造方法は、晶析反応により、遷移金属複合水酸化物の粒子10を製造する方法であり、
図4~6に示すように、遷移金属を含む原料水溶液とアンモニウムイオン供給体とを供給して反応水溶液を形成し、反応水溶液の液温25℃基準におけるpH値を12.0以上14.0以下の範囲に調整し、核生成を行う、核生成工程(ステップS10)と、核生成工程で得られた核を含む反応水溶液の液温25℃基準におけるpH値を、核生成工程のpH値よりも低く、かつ、10.5以上12.0以下となるように制御して、核を成長させる、粒子成長工程(ステップS20)と、を備える。
【0053】
晶析反応において、主として核生成を行う核生成工程(ステップS10)と、主として粒子成長を行う粒子成長工程(ステップS20)とを2段階に明確に区別することにより、狭い粒度分布を有し、より均一な粒径を有する遷移金属複合水酸化物を得ることができる。
【0054】
また、核生成工程(ステップS10)は、酸素濃度が5容量%を超える酸性雰囲気下で核の生成を行う。また、粒子成長工程(ステップS20)は、酸性雰囲気下で前記核を成長させる第1の粒子成長工程(ステップS21)と、第1の粒子成長工程(ステップS21)における酸化雰囲気を、酸素濃度が5容量%以下の非酸化性雰囲気に切り替えて、非酸化性雰囲気下で、さらに前記核を成長させる第2の粒子成長工程(ステップS22)と、を備える。
【0055】
本実施形態に係る製造方法では、核生成工程(ステップS10)と、粒子成長工程(ステップS20)の2段階に分離し、かつ、粒子成長工程(ステップS20)において、反応雰囲気を切り換えることにより、上述した粒子構造を有する遷移金属複合水酸化物の粒子10を工業的規模で、生産性高く、容易に製造することができる。
【0056】
また、粒子成長工程(ステップS20)においては、酸化性雰囲気下で、上記反応水溶液に含まれる遷移金属以外の添加元素を含む原料水溶液を反応水溶液に添加し、非酸化性雰囲気下で、添加元素を含む原料水溶液の反応水溶液への添加を停止する、又は、添加元素の反応水溶液への供給量を減少させる。なお、核生成工程(ステップS10)においては、添加元素を含む原料水溶液を反応水溶液に供給してもよいし、供給しなくてもよい。
【0057】
本発明者らは、上記特許文献2などに記載の技術に基づいて、電池特性をより向上させるため、鋭意研究を重ねた。その結果、酸化性雰囲気においては添加元素を含む原料水溶液を供給し、非酸化性雰囲気においては、添加元素を含む原料水溶液の供給を停止する、又は、添加元素の反応水溶液への供給量を減少させることによって、正極活物質100の結晶中に固溶する添加元素が減少し、かつ、得られる正極活物質100の一次粒子21の表面に、より多くの添加元素を含ませることができるとの知見を得た。二次電池において、電解液と接触する一次粒子21の表面に添加元素が高濃度で存在する場合、添加元素の添加効果をより効率的に発現することができ、電池特性がより向上される。以下、各工程について、説明する。
【0058】
(1)晶析反応
[核生成工程(ステップS10)]
核生成工程(ステップS10)では、遷移金属を含む原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体と、を含む反応水溶液を、液温25℃基準におけるpH値が12.0以上14.0以下の範囲となるように制御して、酸素濃度が5容量%を超える酸性雰囲気下で核の生成を行う。以下、核生成工程(ステップS10)における、反応水溶液(以下、「核生成用水溶液」ともいう)を製造する方法の一例について、説明する。
【0059】
まず、原料となる遷移金属を含む化合物を水に溶解し、原料水溶液を調製する。また、反応槽内に、アルカリ水溶液と、アンモニウムイオン供給体と、を含む水溶液を供給、及び、混合して、液温25℃基準で測定するpH値が12.0以上14.0以下の範囲である反応前水溶液を調製する。反応前水溶液のアンモニウムイオン濃度は、3g/L以上25g/L以下であることが好ましい。なお、反応前水溶液のpH値は、pH計により、アンモニウムイオン濃度はイオンメータにより測定することができる。
【0060】
次に、この反応前水溶液を撹拌しながら、原料水溶液を供給する。これにより、反応槽内には、核生成用水溶液が形成される。核生成用水溶液のpH値は上述した範囲であるため、核生成工程(ステップS10)では、核はほとんど成長することなく、核生成が優先的に起こる。
【0061】
核生成工程(ステップS10)では、核生成に伴い、核生成用水溶液のpH値およびアンモニウムイオンの濃度が変化する。よって、アルカリ水溶液およびアンモニア水溶液を適時供給し、核生成用水溶液(反応槽内液)のpH値が液温25℃基準でpH12.0以上14.0以下の範囲となるように制御する。また、アンモニウムイオンの濃度が3g/L以上25g/L以下の範囲に調整することが好ましい。
【0062】
なお、核生成工程(ステップS10)においては、反応雰囲気を酸素濃度が5容量%を超える酸化性雰囲気に調整する。これにより、遷移金属複合水酸化物の粒子10の内部に微細一次粒子1が凝集して形成された中心部3を形成することができ、この遷移金属複合水酸化物の粒子10を前駆体として用いることによって、最終的に中空構造を有する正極活物質を得ることができるため、電解液との反応面積を一層大きくすることができる。
【0063】
核生成工程(ステップS10)では、核生成用水溶液に、原料水溶液、アルカリ水溶液およびアンモニウムイオン供給体を含む水溶液を供給することにより、連続して新しい核の生成が継続される。そして、核生成用水溶液中に、所定量の核が生成した時点で、核生成工程(ステップS10)を終了する。
【0064】
この際、核の生成量は、核生成用水溶液に供給した原料水溶液に含まれる金属化合物の量から判断することができる。核生成工程における核の生成量は、特に制限されるものではないが、粒度分布の狭い遷移金属複合水酸化物の粒子を得るためには、核生成工程および粒子成長工程を通じて供給する原料水溶液に含まれる金属化合物中の金属元素に対して、0.1原子%以上2原子%以下とすることが好ましく、0.1原子%以上1.5原子%以下とすることがより好ましい。
【0065】
[粒子成長工程(ステップS20)]
粒子成長工程(ステップS20)では、核生成工程(ステップS10)で得られた核を含む反応水溶液を、液温25℃基準におけるpH値が、核生成工程の反応水溶液のpH値よりも低く、かつ、10.5以上12.0以下の範囲となるように制御して、核を成長させる。以下、粒子成長工程(ステップS20)の反応水溶液(以下、「粒子成長用水溶液」ともいう。)を調整する方法の一例について説明する。
【0066】
粒子成長用水溶液のpH値は、例えば、アルカリ水溶液の供給を停止することでも調整可能であるが、粒度分布の狭い遷移金属複合水酸化物の粒子を得るためには、一旦、すべての水溶液の供給を停止してpH値を調整することが好ましい。具体的には、すべての水溶液の供給を停止した後、核生成用水溶液に、原料となる遷移金属化合物を構成する酸と同種の無機酸を供給することにより、pH値を調整することが好ましい。
【0067】
次いで、粒子成長用水溶液を撹拌しながら、原料水溶液の供給を再開する。この際、粒子成長用水溶液のpH値は上述した範囲にあるため、新たな核はほとんど生成せず、核(粒子)成長が進行し、所定の粒径を有する遷移金属複合水酸化物の粒子が形成される。なお、粒子成長工程(ステップS20)においても、粒子成長に伴い、粒子成長用水溶液のpH値およびアンモニウムイオン濃度は変化するので、アルカリ水溶液およびアンモニア水溶液を適時供給し、pH値およびアンモニウムイオン濃度を上記範囲に維持する。
【0068】
なお、粒子成長用水溶液は、上述のように、pH値を調整する以外は核生成用水溶液と同一の反応水溶液を用いてもよいが、核生成用水溶液とは別の反応水溶液を用意して、これを用いてもよい。例えば、核生成用水溶液とは別に、粒子成長工程(ステップS20)に適したpH値およびアンモニウムイオン濃度に調整された成分調整水溶液を用意し、この成分調整用水溶液に、核生成工程(ステップS10)後の核生成用水溶液、好ましくは核生成工程後の核生成用水溶液から液体成分の一部を除去したもの、を添加および混合して、これを粒子成長用水溶液として、粒子成長工程を行ってもよい。
【0069】
核生成用水溶液とは別に、粒子成長用水溶液(成分調整用水溶液)を用意した場合、核生成工程(ステップS10)と粒子成長工程(ステップS20)の分離をより確実に行うことができるため、各工程における反応水溶液を、最適な状態に制御することができる。特に、粒子成長工程(ステップS20)の開始時から粒子成長用水溶液のpH値を最適な範囲に制御することができるため、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の粒度分布をより狭いものとすることができる。
【0070】
また、粒子成長工程(ステップS20)は、上述したように、第1の粒子成長工程(ステップS21)と、第2の粒子成長工程(ステップS22)とを含む。以下、粒子成長工程(ステップS20)における各工程について、説明する。
【0071】
[第1の粒子成長工程(ステップS21)]
第1の粒子成長工程(ステップS21)では、核生成工程(ステップS10)に引き続き、酸性雰囲気下で核を成長させる。第1の粒子成長工程(ステップS21)では、酸化性雰囲気下で粒子成長を行うことにより、上述した微細一次粒子1aが凝集した中心部3を形成することができる。
【0072】
酸化性雰囲気における酸素の濃度は、5容量%を超え、かつ、第2の粒子成長工程(ステップS22)の非酸化性雰囲気における酸素の濃度に対して、好ましく2倍以上、より好ましくは5倍以上である。
【0073】
また、酸化性雰囲気下で、遷移金属とは異なる添加元素を含む原料水溶液を反応水溶液に供給する。これにより、中心部3に添加元素を含有させることができる。中心部3に含まれる添加元素は、最終的に正極活物質100において、一次粒子21の表面に存在する濃化層Cに分布する。
【0074】
[第2の粒子成長工程(ステップS22)]
次いで、第2の粒子成長工程(ステップS22)では、第1の粒子成長工程(ステップS21)における酸化雰囲気を、酸素濃度が5容量%以下の非酸化性雰囲気に切り替えて、非酸化性雰囲気下で、さらに核を成長させる。第2の粒子成長工程(ステップS22)では、板状の一次粒子1bが凝集した外周部4を形成することができる。
【0075】
粒子成長工程(ステップS20)の途中で、反応雰囲気を酸化性雰囲気から酸素濃度が5容量%以下の非酸化性雰囲気に切り替えることにより、上述した粒子構造を有する遷移金属複合水酸化物の粒子10を得ることが可能となる。
【0076】
また、非酸化性雰囲気下で、添加元素を含む原料水溶液の反応水溶液への供給を停止する、又は、添加元素を含む原料水溶液中の添加元素の反応水溶液へ供給する量を減少させる。これにより、外周部4よりも中心部3で添加元素を高濃度で含有することができる。
【0077】
例えば、原料水溶液中における添加元素以外の元素(遷移金属を含む)に対する添加元素の濃度は、酸化性雰囲気における濃度を、非酸化性雰囲気における濃度より高くする。酸化性雰囲気における添加元素の濃度は、非酸化性雰囲気における添加元素の濃度の好ましく2倍以上、より好ましくは5倍以上とする。特に好ましくは、酸化性雰囲気においては添加元素を含む原料水溶液を添加し、非酸化性雰囲気においては添加元素を含む原料水溶液の添加を停止する。
【0078】
酸化性雰囲気で形成された中心部3(微細一次粒子1a)は、正極活物質100を製造した際に、非酸化性雰囲気において形成された外周部4の内側に収縮して中空部23を形成する。よって、酸化性雰囲気で添加した添加元素は、焼成工程(ステップS50)において、外周部4に拡散し、最終的に正極活物質100の外殻部24を形成する一次粒子21の表面に多く存在し、添加元素の濃化層Cが形成される。電解液と接触する一次粒子21の表面に濃化層Cを形成することによって、添加元素の添加効果をより効率的に発現することができる。例えば、出力特性を向上する効果を有する添加元素(例、タングステン、ニオブ、モリブデン、タンタルなど)を添加した場合、従来の技術と比較して、より有効に出力特性を向上させることが可能となる。
【0079】
酸化性雰囲気で添加した添加元素は、一次粒子21の表面(濃化層C)に多く存在するのに対し、非酸化性雰囲気で添加した添加元素は、一次粒子21の内部に多く存在することになる。よって、粒子成長用水溶液に供給される添加元素以外の金属元素(例、遷移金属)の単位時間あたりの物質量(モル)に対する、粒子成長用水溶液中に供給される添加元素の単位時間あたりの物質量(モル)の割合を、非酸化性雰囲気よりも酸化性雰囲気において、より高く調整することにより、一次粒子21の表面(濃化層C)に高い濃度の添加元素を存在させることができる。
【0080】
なお、添加元素を含む原料水溶液中に含まれる添加元素の、反応水溶液へ供給量を減少させる場合、単位時間あたりの反応水溶液への添加元素の供給量を、酸化性雰囲気よりも、非酸化性雰囲気において、減少させることにより、調整することができる。例えば、添加元素を含む原料水溶液の反応水溶液への供給速度を一定とする場合、添加元素を含む原料水溶液中の添加元素の濃度を、酸化性雰囲気よりも、非酸化性雰囲気で減少させてもよい。また、例えば、添加元素を含む原料水溶液の濃度を一定とする場合、添加元素を含む原料水溶液の単位時間当たりの供給量を、酸化性雰囲気よりも、非酸化性雰囲気で減少させてもよい。
【0081】
また、第2の粒子成長工程(ステップS22)において、添加元素を含む原料水溶液の粒子成長用水溶液への供給を停止した後、又は、添加元素の反応水溶液へ供給する量を減少させた後、
図6に示すように、添加元素を含む原料水溶液の粒子成長用水溶への供給を再開することが好ましい。
【0082】
添加元素を含む原料水溶液の粒子成長用水溶液への供給を停止した場合、添加元素を含む原料水溶液の粒子の供給を再開するタイミングとしては、晶析反応中の粒子成長が行われる時間全体に対して、50%以上80%以下経過した時点で再開することが好ましい。
【0083】
また、第2の粒子成長工程(ステップS22)において、添加元素の反応水溶液へ供給する量を減少させた場合、晶析反応中の粒子成長が行われる時間全体に対して、35%以上75%以下経過した時点で、さらに、添加元素の反応水溶液へ供給する量を増加させてもよい。
【0084】
上記のように、添加元素を含む原料水溶液の供給の再開、又は、添加元素の供給量を増加させた場合、外周部4の表面から粒子内部にかけて、厚さに対して50%以上80%以下の範囲(表面側)の添加元素の濃度を、外周部4の内部側(表面側よりも内側の部分)より高くすることができる。このような内部側より高濃度の添加元素を含む層を外周部4の表面側に形成することで、正極活物質100における濃化層Cの形成をさらに均一して電池特性を向上させることが可能となる。
【0085】
なお、核生成工程(ステップS10)および粒子成長工程(ステップS20)において、反応水溶液中の遷移金属等の金属イオンは、核または一次粒子1となって析出する。このため、晶析反応の進行に伴って、核生成用水溶液および粒子成長用水溶液中の金属成分に対する液体成分の割合が増加する。この結果、見かけ上、原料水溶液の濃度が低下し、特に、粒子成長工程(ステップS20)においては、遷移金属複合水酸化物の粒子10(一次粒子1、二次粒子2)の成長が停滞することがある。したがって、液体成分の増加を抑制するため、核生成工程(ステップS10)の終了後から粒子成長工程(ステップS20)の途中で、粒子成長用水溶液の液体成分の一部を反応槽外に排出することが好ましい。
【0086】
粒子成長用水溶液の液体成分の一部を反応槽外に排出する方法としては、例えば、原料水溶液、アルカリ水溶液およびアンモニウムイオン供給体を含む水溶液の供給および攪拌を一旦停止し、粒子成長用水溶液中の核や遷移金属複合水酸化物の粒子10を沈降させて、粒子成長用水溶液の上澄み液を排出することが好ましい。このような操作により、粒子成長用水溶液における混合水溶液の相対的な濃度を高めることができるため、粒子成長の停滞を防止し、得られる遷移金属複合水酸物の粒子10の粒度分布を好適な範囲に制御することができるばかりでなく、二次粒子2全体としての密度も向上させることができる。なお、粒子成長用水溶液の液体成分の一部を反応槽外に排出するタイミングは、特に限定されず、遷移金属複合水酸化物の粒子10の成長の程度により、適宜、調整することができる。
【0087】
[遷移金属複合水酸化物の粒子の粒径制御]
得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の粒径は、特に限定されないが、1μm以上15μm以下であることが好ましい。なお、遷移金属複合水酸化物の粒子10の粒径は、核生成工程(ステップS10)の時間やpH値、粒子成長工程(ステップS20)の時間やpH値、原料水溶液の供給量等により制御することができる。
【0088】
例えば、核生成工程(ステップS10)を高pH値で行うことにより、または、粒子生成工程(ステップS20)の時間を長くすることにより、核生成工程(ステップS10)において、反応水溶液に供給される原料水溶液中に含まれる金属元素の量を増やし、核の生成量を増加させ、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の粒径を小さくすることができる。
【0089】
反対に、核生成工程(ステップS10)における核の生成量を抑制することで、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の粒径を大きくすることができる。また、例えば、所望の粒径に成長するまで粒子成長工程(ステップS20)を継続すれば、所望の粒径を有する遷移金属複合水酸化物の粒子10を得ることができる。
【0090】
以下、上記晶析工程に好ましく用いられる各原料、条件について、説明する。
[原料]
遷移金属を含む原料水溶液としては、遷移金属を含む化合物を水に溶解させて得られる水溶液を用いてもよい。遷移金属を含む化合物としては、特に制限されないが、取扱いの容易性から、水溶性の化合物を用いることが好ましく、水溶性の硝酸塩、硫酸塩および塩酸塩などを用いることがより好ましく、コストやハロゲンの混入を防止する観点から、硫酸塩を好適に用いることがさらに好ましい。
【0091】
遷移金属と異なる添加元素を含む原料水溶液(原料水溶液)としては、目的の添加元素を含む化合物を水に溶解させて得られる水溶液を用いてもよい。添加元素を含む化合物としては、特に限定されないが、水溶性の化合物を用いることが好ましい。例えば、添加元素が、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の元素である場合、水溶性の化合物が好ましく、例えば、シュウ酸ニオブ、モリブデン酸アンモニウム、タンタル酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウムなどを好適に用いることができる。
【0092】
本実施形態に係る製造方法においては、原料水溶液(全体)中の各金属元素の比率が、概ね、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成比となる。このため、原料水溶液は、目的とする遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成に応じて、各金属元素の含有量を適宜調整してもよい。
【0093】
例えば、上述した一般式(1)で表される遷移金属複合水酸化物の粒子10を得ようとする場合には、原料水溶液中(全体)の各金属元素の比率を、Ni:Mn:Co:M=x:y:z:t(ただし、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の元素)となるように調整する。
【0094】
原料水溶液の濃度は、原料となる各金属元素を含む化合物の合計で、好ましくは1mol/L以上2.6mol/L以下、より好ましくは1.5mol/L以上2.2mol/L以下とする。原料水溶液の濃度が1mol/L未満である場合、反応槽当たりの晶析物の量が少なくなるため、生産性が低下する。一方、混合水溶液の濃度が2.6mol/Lを超える場合、常温での飽和濃度を超えるため、各金属元素を含む化合物の結晶が再析出して、配管などを詰まらせるおそれがある。
【0095】
なお、異なる金属元素を含む複数の化合物は、1種類の原料水溶液として反応槽に供給してもよく、異なる金属元素をそれぞれ含む、複数の原料水溶液として、反応槽に供給してもよい。例えば、複数の金属元素を含む化合物を水に混合した際に、互いに反応して、目的とする化合物以外の化合物を生成する場合、個別に金属元素を含む化合物の水溶液(原料水溶液)を調製することが好ましい。異なる金属元素をそれぞれ含む、複数の原料水溶液を用いる場合、全ての原料水溶液における金属元素の合計の濃度が上記範囲となるように、複数の原料水溶液を調整して、所定の割合で反応槽内に供給してもよい。
【0096】
また、原料水溶液の供給量は、粒子成長工程の終了時点において、粒子成長用水溶液中の生成物の濃度が、好ましくは30g/L以上200g/L以下、より好ましくは以上80g/L150g/L以下となるようにする。生成物の濃度が30g/L未満では、一次粒子の凝集が不十分になる場合がある。一方、200g/Lを超えると、反応槽内に、核生成用水溶液または粒子成長用水溶液が十分に拡散せず、粒子成長に偏りが生じる場合がある。
【0097】
(アルカリ水溶液)
反応水溶液中のpH値を調整するアルカリ水溶液は、特に制限されることはなく、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの一般的なアルカリ金属水酸化物水溶液を用いることができる。なお、アルカリ金属水酸化物を、直接、反応水溶液に添加することもできるが、pH制御の容易さから、水溶液として添加することが好ましい。この場合、アルカリ金属水酸化物水溶液の濃度を、好ましくは20質量%以上50質量%以下、より好ましくは20質量%以上30質量%以下とする。アルカリ金属水溶液の濃度をこのような範囲に規制することにより、反応系に供給する溶媒量(水量)を抑制しつつ、添加位置で局所的にpH値が高くなることを防止することができるため、粒度分布の狭い遷移金属複合水酸化物の粒子を効率的に得ることが可能となる。
【0098】
なお、アルカリ水溶液の供給方法は、反応水溶液のpH値が局所的に高くならず、かつ、所定の範囲に維持される限り、特に制限されることはない。たとえば、反応水溶液を十分に撹拌しながら、定量ポンプなどの流量制御が可能なポンプにより供給すればよい。
【0099】
(アンモニウム供給体を含む水溶液)
アンモニウムイオン供給体を含む水溶液も、特に制限されることはなく、たとえば、アンモニア水、または、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、炭酸アンモニウムもしくはフッ化アンモニウムなどの水溶液を使用することができる。
【0100】
アンモニウムイオン供給体として、アンモニア水を使用する場合には、その濃度は、好ましくは20質量%以上30質量%以下、より好ましくは22質量%以上28質量%以下とする。アンモニア水の濃度をこのような範囲に規制することにより、揮発などによるアンモニアの損失を最小限に抑制することができるため、生産効率の向上を図ることが可能となる。
【0101】
なお、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液の供給方法も、アルカリ水溶液と同様に、流量制御が可能なポンプにより供給することができる。
【0102】
(pH値)
核生成工程(ステップS10)では、反応水溶液の液温25℃基準におけるpH値を12.0以上14.0以下の範囲に、粒子成長工程(ステップS20)では、反応水溶液の液温25℃基準におけるpH値を10.5以上12.0以下の範囲に制御する。なお、いずれの工程においても、晶析反応中のpH値の変動幅は、±0.2以内に制御することが好ましい。pH値の変動幅が大きい場合、核生成量と粒子成長の割合が一定とならず、粒度分布の狭い遷移金属複合水酸化物の粒子を得ることが困難となることがある。
【0103】
核生成工程(ステップS10)においては、反応水溶液(核生成用水溶液)のpH値を、液温25℃基準で、12.0以上14.0以下、好ましくは12.3以上13.5以下、より好ましくは12.5以上13.3以下の範囲に制御する。これにより、核の成長を抑制し、核生成を優先させることが可能となり、核生成工程(ステップS10)で生成する核を均質かつ粒度分布の狭いものとすることができる。一方、pH値が12.0未満である場合、核生成とともに核(粒子)の成長が進行するため、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子の粒径が不均一となり、粒度分布が悪化する。また、pH値が14.0を超える場合、生成する核が微細になりすぎ、反応水溶液(核生成用水溶液)がゲル化する問題が生じる。
【0104】
粒子成長工程(ステップS20)においては、反応水溶液(粒子成長水溶液)のpH値を、液温25℃基準で、10.5以上12.0以下、好ましくは11.0以上12.0以下、より好ましくは11.5以上12.0以下の範囲に制御する。これにより、新たな核の生成が抑制され、粒子成長を優先させることが可能となり、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10を均質かつ粒度分布が狭いものとすることができる。一方、pH値が10.5未満である場合、アンモニウムイオン濃度が上昇し、金属イオンの溶解度が高くなるため、晶析反応の速度が遅くなるばかりでなく、反応水溶液中に残存する金属イオン量が増加し、生産性が悪化する。また、pH値が12.0を超える場合、粒子成長工程(ステップS20)中の核生成量が増加し、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の粒径が不均一となり、粒度分布が悪化する。
【0105】
なお、反応水溶液(粒子成長水溶液)のpH値が12.0の場合は、核生成と核成長の境界条件であるため、反応水溶液中に存在する核の有無により、核生成、または粒子成長のいずれかの条件とすることができる。すなわち、核生成工程(ステップS10)のpH値を12.0より高くして多量に核生成させた後、粒子成長工程(ステップS20)のpH値を12.0とすると、反応水溶液中に多量の核が存在するため、粒子成長が優先して起こり、粒径分布が狭い遷移金属複合水酸化物の粒子10を得ることができる。
【0106】
一方、核生成工程(ステップS10)のpH値を12.0とすると、反応水溶液中に成長する核が存在しないため、核生成が優先して起こり、粒子成長工程(ステップS20)のpH値を12.0より小さくすることで、生成した核が成長して良好な遷移金属複合水酸化物の粒子10を得ることができる。いずれの場合においても、粒子成長工程(ステップS20)のpH値を核生成工程(ステップS10)のpH値より低い値で制御すればよく、核生成と粒子成長を明確に分離するためには、粒子成長工程(ステップS20)のpH値を核生成工程(ステップS10)のpH値より0.5以上低くすることが好ましく、1.0以上低くすることがより好ましい。
【0107】
(反応雰囲気)
本実施形態の製造方法においては、各工程におけるpH値を上述のように制御した上で、核生成工程(ステップS10)と第1の粒子成長工程(ステップS21)の反応雰囲気を酸化性雰囲気に調整する。これにより、微細一次粒子1aが凝集した中心部3が形成される。また、粒子成長工程(ステップS20)の途中で、酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気に切り替えて、非酸性化雰囲気で粒子成長を行う第2の粒子成長工程(ステップS22)を行うことにより、中心部3の外側に、板状の一次粒子1bが凝集した外周部4が形成される。
【0108】
上記のように反応雰囲気を制御する場合、中心部3を構成する微細一次粒子1aは、例えば、
図1(B)に示すように、板状および/または針状であってもよいが、それ以外の形状であってもよい。それ以外の形状としては、例えば、直方体状、楕円状、稜面体状などであってもよい。微細一次粒子1aの形状は、遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成等により、調整することができる。また、外周部4を構成する板状の一次粒子1bについても、同様に、それ以外の形状を有してもよい。また、本実施形態に係る製造方法においては、目的とする遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成に応じて、各段階における反応雰囲気を適切に制御することが好ましい。
【0109】
第1の粒子成長工程(ステップS21)では、反応雰囲気を、酸化性雰囲に制御して、遷移金属複合水酸化物の粒子10の中心部3を形成する。具体的には、反応雰囲気中における酸素濃度が、5容量%を超えるように、好ましくは10容量%以上、より好ましくは大気雰囲気(酸素濃度:21容量%)となるように制御する。反応雰囲気中の酸素濃度を上記範囲に制御することにより、平均粒径が0.01μm以上0.3μm以下の範囲となる微細一次粒子1aを形成することができる。
【0110】
なお、第1の粒子成長工程(ステップS21)における反応雰囲気中の酸素濃度の上限は特に制限されることはないが、酸素濃度が過度に高いと、微細一次粒子1aの平均粒径が0.01μm未満となり、添加元素が低密度の層(外周部4)が十分な大きさとならない場合がある。このため、第1の粒子成長工程(ステップS21)酸素濃度は30容量%以下とすることが好ましい。
【0111】
一方、第2の粒子成長工程(ステップS22)では、弱酸化性雰囲気ないしは非酸化性雰囲気に制御して、遷移金属複合水酸化物の粒子10の外周部を形成する。具体的には、反応雰囲気中における酸素濃度が、5容量%以下、好ましくは2容量%以下、より好ましくは1容量%以下となるように、酸素と不活性ガスの混合雰囲気に制御する。これにより、不要な酸化を抑制しつつ、核生成工程(ステップS10)で生成した核を一定の範囲まで成長させることができるため、外周部4を、平均粒径が0.3μm以上3μm以下の範囲であり、かつ、板状の一次粒子1bが凝集した構造とすることができる。よって、上述した中心部3と十分な一次粒子1の粒径の差を有する外周部4を形成することができる。
【0112】
なお、微細一次粒子1aおよび板状の一次粒子1bのそれぞれの粒径は、二次粒子2中の、好ましくは10個以上の各一次粒子1a、1b断面の最大径(最大長さ)を粒径として測定し、平均値を計算することで求めることができる。
【0113】
(雰囲気の切り替え)
粒子成長工程(ステップS20)における、酸化性雰囲気から非酸化性雰囲気への切り替えは、上述した粒子構造を有する遷移金属複合水酸化物の粒子10が形成されるように、適切なタイミングで行う。以下、雰囲気の切り替えの一例について、説明する。
【0114】
雰囲気の切り替えは、正極活物質100において、微粒子が発生してサイクル特性が悪化しない程度の中空部23が得られるように、中心部3の大きさを考慮して、そのタイミングを決定することが好ましい。雰囲気の切り替えは、例えば、晶析反応中の粒子成長が行われる時間の全体に対して、0.5%以上40%以下経過した時点で行ってもよく、好ましくは0.5%以上30%以下経過した時点、さらに好ましくは0.5%以上25%以下経過した時点で行う。雰囲気の切り替えを粒子成長が行われる時間の全体に対して40%を超える時点で行う場合、中心部3が大きくなり、二次粒子2の粒径に対する外周部4の厚さが薄くなり過ぎることがある。一方、雰囲気の切り替えを粒子成長が行われる時間の全体に対して0.5%未満の時点で行う場合、中心部3が小さくなりすぎたり、上記の中心部3と外周部4とを備える二次粒子2が形成されなかったりすることがある。
【0115】
雰囲気の切り替えの方法は、特に限定されないが、雰囲気の切り替えの時間を短縮するという観点から、散気管を用いて行うことが好ましい。従来、反応雰囲気の切り替えは、反応槽内に雰囲気ガスを流通させたり、反応水溶液に、内径が1mm~50mm程度の導管を挿入し、雰囲気ガスによってバブリングしたりすることで行っていた。しかしながら、これらの方法では、反応雰囲気の切り替えに長時間を要するため、雰囲気の切替中に、原料水溶液の供給を停止することが必要であった。一方、散気管は、表面に微細な孔を多数有する導管によって構成され、液体中に微細なガス(気泡)を多数放出することができる。よって、散気管を用いて雰囲気の切り替えを行う場合、短時間で反応雰囲気の切り替えを行うことが可能であり、雰囲気の切り替えの際に原料水溶液の供給を停止する必要はなく、生産効率の改善を図ることができる。
【0116】
散気管としては、高pH環境下における耐性に優れるという観点から、セラミック製のものを用いることが好ましい。また、散気管は、その孔径が小さいほど好ましく、孔径が100μm以下、より好ましくは50μm以下のものを用いる。散気管の孔径が十分に小さい場合、微細な気泡を放出することができるため、高い効率で反応雰囲気を切り替えることが可能となる。
【0117】
(アンモニウムイオン濃度)
反応水溶液中のアンモニウムイオン濃度は、好ましくは3g/L以上25g/L以下、より好ましくは5g/L以上20g/L以下である。アンモニウムイオンは、反応水溶液中で錯化剤として機能する。アンモニウムイオン濃度が3g/L未満である場合、反応水溶液中の金属イオンの溶解度を一定に保持することができなかったり、反応水溶液がゲル化しやすくなったりして、形状や粒径の整った遷移金属複合水酸化物の粒子10を得ることが困難となる。一方、アンモニウムイオン濃度が25g/Lを超える場合、反応水溶液中の金属イオンの溶解度が大きくなりすぎて、反応水溶液中に残存する金属イオン量が増加し、組成ずれなどの原因となることがある。
【0118】
また、反応水溶液中のアンモニウムイオン濃度は、上記の範囲内で一定値に保持することが好ましい。晶析反応中にアンモニウムイオン濃度が変動する場合、金属イオンの溶解度が変動し、均一な遷移金属複合水酸化物の粒子10が形成されなくなることがある。このため、核生成工程(ステップS10)と粒子成長工程(ステップS20)を通じて、アンモニウムイオン濃度の変動幅を一定の範囲に制御することが好ましく、具体的には、±5g/Lの変動幅に制御することが好ましい。
【0119】
(反応温度)
反応水溶液の温度(反応温度)は、核生成工程(ステップS10)と粒子成長工程(ステップS20)を通じて、好ましくは20℃以上、より好ましくは20℃以上60℃以下の範囲に制御する。反応温度が20℃未満である場合、反応水溶液の溶解度が低くなることに起因して、核生成が起こりやすくなり、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の平均粒径や粒度分布を好適に範囲に制御することが困難となる。なお、反応温度の上限は、特に限定されないが、60℃を超える場合、アンモニアの揮発が促進され、反応水溶液中のアンモニウムイオンを一定範囲に制御するために供給するアンモニウムイオン供給体を含む水溶液の量が増加し、生産コストが増加してしまう。
【0120】
(製造装置)
晶析反応に用いられる晶析装置(反応槽)としては、特に限定されないが、上述した散気管によって反応雰囲気の切り替えを行うことができるものが好ましい。また、晶析反応が終了するまで、析出した生成物を回収しないバッチ式の晶析装置を用いることが好ましい。バッチ式の晶析装置を用いた場合、オーバーフロー方式によって生成物を回収する連続晶析装置とは異なり、成長中の粒子がオーバーフロー液と同時に回収されることがないため、粒度分布の狭い遷移金属複合水酸化物の粒子10を容易に得ることができる。また、晶析反応中の反応雰囲気を適切に制御するという観点から、密閉式の晶析装置を用いることが好ましい。
【0121】
(2)被覆工程(ステップS30)
本実施形態に係る製造方法では、
図6に示すように、第2の粒子成長工程(ステップS20)の後に得られた晶析物を、添加元素を含む化合物で被覆する被覆工程(ステップS30)をさらに備えてもよい。被覆工程(ステップS30)を備えることにより、正極活物質100における濃化層Cをさらに均一に形成して、より電池特性を向上することができる。
【0122】
被覆方法は、遷移金属複合水酸化物の粒子10を、添加元素を含む化合物によって均一に被覆することができる限り、特に制限されない。以下、例えば、被覆工程(ステップS30)の一例について説明する。
【0123】
例えば、第2の粒子成長工程(ステップS22)後に得られた晶析物をスラリー化し、そのpH値を所定の範囲に制御した後、添加元素を含む化合物を溶解した水溶液(被覆用水溶液)を添加して、晶析物(遷移複合水酸化物の粒子)の表面に添加元素を含む化合物を析出させる。これにより、添加元素を含む化合物によって均一に被覆された遷移金属複合水酸化物の粒子10を得ることができる。この場合、被覆用水溶液に代えて、添加元素のアルコキシド溶液を、スラリー化した晶析物に添加してもよい。また、晶析物をスラリー化せずに、添加元素を含む化合物を溶解した水溶液、または、スラリーを晶析物に吹き付けて、乾燥させることにより、晶析物の表面に被覆してもよい。また、例えば、晶析物と添加元素を含む化合物とが懸濁したスラリーを噴霧乾燥させる方法により被覆してもよく、例えば、晶析物と添加元素を含む化合物とを固相法で混合するなどの方法により被覆してもよい。
【0124】
なお、晶析物(遷移複合水酸化物の粒子)の表面を添加元素で被覆する場合には、被覆後に得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成が、目的とする遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成と一致するように、原料水溶液および被覆用水溶液の組成を適宜調整する。また、被覆工程(ステップS30)は、晶析物(遷移金属複合水酸化物の粒子)を熱処理した後の熱処理粒子に対して行ってもよい。なお、熱処理粒子の少なくとも一部は、晶析物(遷移金属複合水酸化物の粒子)が酸化された遷移金属複合酸化物の粒子を含んでもよい。
【0125】
(遷移金属複合水酸化物の粒子)
なお、本実施形態に係る製造方法は、上述した構造、平均粒径および粒度分布を実現できる限り、得られる遷移金属複合水酸化物の粒子10の組成によって制限されることはない。遷移金属複合水酸化物の粒子10は、例えば、ニッケル、コバルト、マンガンから選択される1種以上の金属元素と、これらの金属元素以外の添加元素を含んでもよく、ニッケル、マンガン、及び、添加元素を含んでもよく、ニッケル、マンガン、コバルト、及び、添加元素を含んでもよい。
【0126】
例えば、遷移金属複合水酸化物の粒子10は、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、及び、添加元素(M)を含み、それぞれの元素の物質量比(モル比)が、Ni:Mn:Co:M=x:y:z:t(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されることが好ましい。
【0127】
また、本実施形態に係る製造方法は、下記の一般式(1)で表される遷移金属複合水酸化物の粒子10に対して、好適に適用することができる。
一般式(1):NixMnyCozMt(OH)2+a(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、0≦a≦0.5、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)
【0128】
なお、各元素の好ましい範囲は、後述する正極活物質100における各元素の好ましい範囲と同様である。
【0129】
3.リチウムイオン二次電池用正極活物質
図3(A)、
図3(B)に示すように、本実施形態に係る正極活物質100は、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20を含み、リチウムイオン二次電池の正極材料として好適に用いることができる。
【0130】
リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20(正極活物質100)は、複数の一次粒子21が凝集して形成された二次粒子22から構成される。また、二次粒子22は、外殻部24と、外殻部24の内側に配置される中空部23とを備える。また、正極活物質100の平均粒径は1μm以上15μm以下である。
【0131】
なお、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20は、主に二次粒子22から構成されるが、単独の一次粒子21を含んでもよい。以下、正極活物質100の詳細について、説明する。
【0132】
[粒子構造]
(二次粒子)
リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20は、
図3(A)に示すように、外殻部24と、外殻部24の内側にあり一次粒子が存在しない中空部23とを備える。リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20は、
図3(B)に示すように、複数の一次粒子21が凝集して形成された二次粒子22を含む。このような粒子構造を有する正極活物質100では、一次粒子21間の粒界または空隙から電解液が浸入して、粒子内部の中空部23側の一次粒子21表面における反応界面でもリチウムの挿脱入が行われるため、Liイオンや、電子の移動が妨げられず、出力特性を高くすることができる。
【0133】
(外殻部)
外殻部24の厚さは、二次粒子22の粒径に対する比率において、5%以上45%以下であることが好ましく、8%以上38%以下であることがより好ましい。外殻部24の厚さの比率が5%未満である場合、二次粒子22の強度が低下することにより、粉体取扱時および電池の正極とするときに二次粒子22が破壊され微粒子が発生し、電池特性を悪化させることがある。一方、外殻部24の厚さの比率が45%を超える場合、二次粒子22内部の中空部23へ電解液が侵入可能な上記粒界あるいは空隙が少なくなり、粒子内部へ侵入する電解液が少なくなり、電池反応に寄与する表面積が小さくなるため、正極抵抗が上がり、出力特性が低下することがある。なお、二次粒子径に対する外殻部24の厚さの比率は、上述した遷移金属複合水酸化物の粒子10の外周部4と同様にして求めることができる。なお、外殻部24の厚さ(絶対値)は、例えば、0.5μm以上2.5μm以下の範囲であり、0.4μm以上2.0μm以下の範囲にあることが好ましい。
【0134】
(濃化層)
正極活物質100は、一次粒子21の表面に添加元素が濃化して存在する濃化層Cを有する(
図3(B)参照)。正極活物質100は、濃化層Cを有する場合、添加元素による効果をより効率的に発現することができる。特に、出力特性の向上に寄与する添加元素を含む場合、中空構造との相互作用により、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20内部の抵抗(内部抵抗)を大幅に低減することができる。したがって、この正極活物質100を用いて二次電池を構成した場合に、電池容量やサイクル特性を損なうことなく、出力特性をさらに改善することが可能となる。
【0135】
濃化層Cに含まれる添加元素の濃度は、一次粒子21の内部(濃化層C以外の部分)に含まれる添加元素の濃度との比(濃化層Cに含まれる添加元素の濃度/一次粒子21の内部に含まれる添加元素の濃度)が2以上であることが好ましく、5以上であることがより好ましい。これにより、添加元素の効果(例、出力特性)の改善をより大きなものとすることができる。なお、一次粒子21の表面における添加元素の濃度は、透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察により、一次粒子21の表面から内部に向けて組成を分析して求めることができる(例、TEM-EDX分析、実施例参照)。濃化層Cは、添加元素の一次粒子21の濃度プロファイルから、一次粒子21の表面側にある濃度の高いピークとして検出することができる。また、濃化層Cと、一次粒子21の内部との添加元素の濃度比は、一次粒子21内の表面側にある濃度の最も高いピークと、濃化層Cよりも内側における最低濃度と比により求めることができる。
【0136】
なお、添加元素は、主に一次粒子21内の表面側に存在して濃化層Cを形成しており、添加元素は、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶中に固溶して存在してもよく、粒界にリチウムと添加元素の化合物の微細粒子として存在してもよい。
【0137】
[平均粒径]
正極活物質100は、平均粒径が、1μm以上15μm以下であり、好ましくは3μm以上12μm以下、より好ましくは3μm以上10μm以下である。正極活物質100の平均粒径が上記範囲である場合、正極活物質100を用いた二次電池の単位体積あたりの電池容量を増加させることができるばかりでなく、熱安定性や出力特性も改善することができる。一方、正極活物質100の平均粒径が1μm未満である場合、正極活物質の充填性が低下し、単位体積あたりの電池容量を増加させることができない。また、正極活物質100の平均粒径が15μmを超える場合、正極活物質100の反応面積が低下し、電解液との界面が減少するため、出力特性を改善することが困難となる。
【0138】
なお、正極活物質100の平均粒径とは、上述した遷移金属複合水酸化物の粒子10の平均粒径と同様に、体積基準平均粒径(MV)を意味し、たとえば、レーザ光回折散乱式粒度分析計で測定した体積積算値から求めることができる。
【0139】
[粒度分布]
正極活物質100の粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径〕は、特に限定されないが、好ましくは0.70以下、より好ましくは0.60以下、さらに好ましくは0.55以下である。〔(d90-d10)/平均粒径〕が上記範囲である場合、きわめて粒度分布が狭い粒子により構成されることを示す。このような正極活物質100は、微細粒子や粗大粒子の割合が少なく、これを用いた二次電池は、熱安定性、サイクル特性および出力特性がより優れたものとなる。
【0140】
一方、正極活物質100の〔(d90-d10)/平均粒径〕が0.70を超える場合、正極活物質100中の微細粒子や粗大粒子の割合が増加する。たとえば、微細粒子の割合が多い正極活物質100を用いた二次電池では、微細粒子の局所的な反応に起因して、二次電池が発熱しやすくなり、熱安定性が低下するばかりでなく、微細粒子の選択的な劣化により、サイクル特性が劣ったものとなることがある。また、粗大粒子の割合が多い正極活物質100を用いた二次電池では、電解液と正極活物質の反応面積を十分に確保することができず、出力特性が劣ったものとなることがある。
【0141】
なお、工業規模の生産を前提とした場合には、正極活物質100として、〔(d90-d10)/平均粒径〕が過度に小さいものを使用することは現実的ではない。したがって、コストや生産性を考慮した場合、正極活物質100における〔(d90-d10)/平均粒径〕の下限値は、0.25程度とすることが好ましい。
【0142】
なお、〔(d90-d10)/平均粒径〕におけるd10およびd90の意味、ならびに、これらの求め方は、上述した遷移金属複合水酸化物の粒子10と同様であるため、ここでの説明は省略する。
【0143】
[組成]
正極活物質100は、上述した構造を有する限り、その組成は特に限定されない。正極活物質100は、例えば、リチウムと、ニッケル、コバルト、マンガンから選択される1種以上の金属元素と、これらの金属元素以外の添加元素とを含んでもよい。また、正極活物質100は、リチウム、ニッケル、マンガン、及び、添加元素を含んでもよく、リチウム、ニッケル、マンガン、コバルト、及び、添加元素を含んでもよい。
【0144】
例えば、正極活物質100は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、及び、添加元素(M)と、任意にコバルト(Co)と含み、それぞれの元素の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Mn:Co:M=(1+u):x:y:z:t(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されることが好ましい。このような組成を有する正極活物質100を用いた場合、より高い出力特性、サイクル特性を有する二次電池を得ることができる。
【0145】
また、正極活物質100は、一般式(2):Li1+uNixMnyCozMtO2+b(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、0≦b≦0.5、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及びWから選択される1種以上の添加元素)で表されてもよい。
【0146】
上記モル比、又は、一般式(2)において、リチウム(Li)の過剰量を示すuの値は、好ましくは-0.05以上0.50以下であり、より好ましく0以上0.50以下、さらに好ましくは0以上0.35以下である。uの値が上記範囲である場合、正極活物質100を正極材料として用いた二次電池の出力特性および電池容量をより向上させることができる。一方、uの値が-0.05未満である場合、二次電池の正極抵抗が大きくなり、出力特性を向上させることができないことがある。また、uの値が0.50が超える場合、初期放電容量が低下したり、正極抵抗が大きくなったりすることがある。
【0147】
ニッケル(Ni)は、二次電池の高電位化および高容量化に寄与する元素である。上記モル比、又は、一般式(2)において、ニッケルの含有量を示すxの値は、好ましくは0.3以上0.95以下であり、より好ましくは0.3以上0.9以下である。xの値が0.3未満である場合、正極活物質100を用いた二次電の電池容量を向上させることが困難となる。一方、xの値が0.95を超える場合、他の元素の含有量が減少するため、その効果を得ることができない。
【0148】
マンガン(Mn)は、熱安定性の向上に寄与する元素である。上記モル比、又は、一般式(2)において、マンガンの含有量を示すyの値は、好ましくは0.05以上0.55以下であり、より好ましくは0.10以上0.40以下である。yの値が0.05未満である場合、正極活物質100を用いた二次電池の熱安定性を向上させることが困難となる。一方、yの値が0.55を超える場合、高温作動時に正極活物質100からMnが溶出し、充放電サイクル特性が劣化することがある。
【0149】
コバルト(Co)は、充放電サイクル特性の向上に寄与する元素である。上記モル比、又は、一般式(2)において、コバルトの含有量を示すzの値は、好ましくは0以上0.4以下であり、より好ましくは0.10以上0.35以下である。zの値が0.4を超える場合、正極活物質100を用いた二次電池の初期放電容量が大幅に低下してしまうことがある。
【0150】
正極活物質100では、電池特性をさらに改善するため、上述した金属元素に加えて、添加元素を含有する。添加元素としては、例えば、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、ランタン(La)、タングステン(W)から選択される1種以上の元素を用いることができる。これらの中でも、添加元素としては、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上であることが好ましい。これらの添加元素を含む場合、電池特性(例、耐久性や出力特性等)を向上させることができる。
【0151】
これらの中でも、より出力特性を向上させるという観点から、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の元素を含むことがより好ましく、例えば、Wを含む添加元素を含んでもよい。添加元素は、1種類を含んでもよく、2種類以上を含んでもよい。なお、添加元素は、一次粒子21の表面に形成される濃化層Cに存在することが好ましい。
【0152】
上記モル比、又は、一般式(2)において、添加元素Mの含有量を示すtの値は、好ましくは0を超え0.1以下であり、より好ましくは0.001以上0.05以下である。一方、tの値が0.1を超える場合、Redox反応に寄与する金属元素が減少するため、電池容量が低下する。
【0153】
なお、正極活物質100において、これを用いた二次電池の電池容量のさらなる改善を図る場合には、その組成を、一般式(3):Li1+uNixMnyCozMtO2(-0.05≦u≦0.20、x+y+z+t=1、0.7<x≦0.95、0.05≦y≦0.1、0≦z≦0.2、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されるように調整することが好ましい。特に、熱安定性との両立を図る場合には、一般式(3)におけるxの値を、0.7<x≦0.9とすることがより好ましく、0.7<x≦0.85とすることがさらに好ましい。
【0154】
また、正極活物質100において、熱安定性のさらなる改善を図る場合には、その組成を、一般式(4):Li1+uNixMnyCozMtO2(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.7、0.1≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0<t≦0.1、Mは、Nb、Mo、Ta、Ti、Zr、及び、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されるように調整することが好ましい。
【0155】
[比表面積]
また、正極活物質100は、例えば、比表面積が、0.7m2/g以上5.0m2/g以下であることが好ましく、1.8m2/g以上5.0m2/g以下であることがより好ましい。正極活物質100の比表面積が上記範囲である場合、電解液との接触面積が大きく、これを用いた二次電池の出力特性を大幅に改善することができる。これに対して、正極活物質の比表面積が0.7m2/g未満である場合、二次電池を構成した場合に、電解液との反応面積を確保することができず、出力特性を十分に向上させることが困難となる。一方、正極活物質の比表面積が5.0m2/gを超える場合、電解液との反応性が高くなりすぎるため、熱安定性が低下する場合がある。
【0156】
なお、正極活物質100の比表面積は、例えば、窒素ガス吸着によるBET法により測定することができる。
【0157】
[タップ密度]
近年、携帯電子機器の使用時間や電気自動車の走行距離を伸ばすために、二次電池のさらなる高容量化が要求されている。一方、二次電池の電極の厚さは、電池全体のパッキングや電子伝導性の問題から数ミクロン程度とすることが要求される。このため、正極活物質としては、高容量、かつ、高い充填性を有することにより、二次電池全体としての高容量化を図ることが求められる。このような観点から、正極活物質100は、充填性の指標であるタップ密度を、1.0g/cm3以上とすることが好ましく、1.3g/cm3以上とすることがより好ましい。タップ密度が1.0g/cm3未満である場合、充填性が低く、二次電池全体の電池容量を十分に改善することができない場合がある。一方、タップ密度の上限値は、特に制限されるものではないが、通常の製造条件での上限は、3.0g/cm3程度となる。
【0158】
なお、タップ密度は、JIS Z-2504に基づき、容器に採取した試料粉末を、100回タッピングした後のかさ密度を表し、振とう比重測定器を用いて測定することができる。
【0159】
なお、正極活物質100の製造方法は、上記の特定の構造、及び、平均粒径等を備える限り、特に限定されないが、以下に説明する製造方法により、容易に得ることができる。
【0160】
4.リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
図7、
図8は、本実施形態に係る正極活物質100の製造の一例を示した図である。本実施形態に係る製造方法は、リチウムイオン二次電池用正極活物質100を製造する方法であり、
図7に示すように、上記の遷移金属複合水酸化物の粒子10とリチウム化合物とを混合して、リチウム混合物を形成する混合工程(ステップS40)と、リチウム混合物を、酸化性雰囲気中、650℃以上980℃以下で焼成する焼成工程(ステップS50)とを備える。このような製造方法によれば、上述した正極活物質100を容易に得ることができる。
【0161】
なお、
図8に示すように、必要に応じて、上述した工程に、熱処理工程(ステップS35)や仮焼工程(ステップS45)、解砕工程(ステップS55)などの工程を追加してもよい。以下、各工程について説明する。
【0162】
[熱処理工程(ステップS35)]
本実施形態に係る正極活物質100の製造方法においては、混合工程(ステップS40)の前に熱処理工程(ステップS35)を設けてもよい。本工程(ステップS35)では、遷移金属複合水酸化物の粒子10を熱処理して、熱処理後の粒子を得る。ここで、熱処理後の粒子は、余剰水分の少なくとも一部が除去された遷移金属複合水酸化物の粒子10、熱処理工程(ステップS35)により、酸化物に転換された遷移金属複合酸化物の粒子、又は、これらの混合物を含んでもよい。
【0163】
熱処理工程(ステップS35)は、遷移金属複合水酸化物の粒子10を加熱して熱処理することにより、遷移金属複合水酸化物の粒子10に含有される余剰水分を除去する。これにより、焼成工程(ステップS50)後まで残留する水分を一定量まで減少させることができ、得られる正極活物質100の組成のばらつきを抑制することができる。
【0164】
熱処理工程における加熱温度は、好ましくは105℃以上750℃以下である。加熱温度が105℃未満である場合、遷移金属複合水酸化物の粒子10中の余剰水分が除去できず、ばらつきを十分に抑制することができないことがある。一方、加熱温度が700℃を超える場合、それ以上の効果は期待できないばかりか、生産コストが増加することがある。
【0165】
なお、熱処理工程(ステップS35)は、得られる正極活物質100中の各金属成分の原子数や、Liの原子数の割合にばらつきが生じない程度に水分が除去できればよいので、必ずしもすべての遷移金属複合水酸化物の粒子10を遷移金属複合酸化物の粒子に転換する必要はない。しかしながら、各金属成分の原子数やLiの原子数の割合のばらつきをより少ないものとするためには、400℃以上に加熱して、すべての遷移金属複合水酸化物の粒子10を、遷移金属複合酸化物の粒子に転換することが好ましい。
【0166】
なお、熱処理条件による、遷移金属複合水酸化物の粒子10に含有される金属成分を分析によって予め求めておき、リチウム化合物との混合比を決めておくことで、上述したばらつきをより抑制することができる。
【0167】
なお、熱処理の雰囲気は、特に限定されず、非還元性雰囲気であればよいが、簡易的に行える空気気流中で行うことが好ましい。
【0168】
また、熱処理時間は、特に制限されないが、遷移金属複合水酸化物の粒子10中の余剰水分を十分に除去する観点から、少なくとも1時間とすることが好ましく、5時間以上15時間以下とすることがより好ましい。
【0169】
[混合工程(ステップS40)]
混合工程(ステップS40)は、遷移金属複合水酸化物の粒子10、又は、上記の熱処理後の粒子(以下、これらをまとめて、「前駆体粒子」ともいう。)に、リチウム化合物を混合して、リチウム混合物を得る工程である。
【0170】
混合工程(ステップS40)では、リチウム混合物中のリチウム以外の金属原子、例えば、ニッケル、コバルト、マンガンおよび添加元素Mとの原子数の和(NMe)と、リチウムの原子数(NLi)との比(NLi/NMe)が、0.95以上1.5以下、好ましくは1.0以上1.5以下、より好ましくは1.0以上1.35以下、さらに好ましくは1.0以上1.2以下となるように、前駆体粒子とリチウム化合物とを混合する。すなわち、焼成工程(ステップS50)の前後ではNLi/NMeは変化しないので、混合工程(ステップS40)におけるNLi/NMeが、目的とする正極活物質のNLi/NMeとなるように、前駆体粒子とリチウム化合物を混合することが必要となる。
【0171】
混合工程(ステップS40)で使用するリチウム化合物は、特に制限されないが、入手の容易性から、水酸化リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、又は、これらの混合物を用いることが好ましい。特に、取り扱いの容易さや品質の安定性を考慮すると、水酸化リチウム、又は、炭酸リチウムを用いることが好ましい。
【0172】
前駆体粒子とリチウム化合物とは、微粉が生じない程度に十分に混合することが好ましい。混合が不十分である場合、個々の粒子間でNLi/NMeにばらつきが生じ、十分な電池特性を得ることができない場合がある。なお、混合には、一般的な混合機を使用することができる。混合機としては、シェーカーミキサ、レーディゲミキサ、ジュリアミキサ、Vブレンダなどを用いることができる。
【0173】
[仮焼工程(ステップS45)]
リチウム化合物として、水酸化リチウムや炭酸リチウムを使用する場合、
図8に示すように、混合工程(ステップS40)後、焼成工程(ステップS50)の前に、仮焼工程(ステップS45)を備えてもよい。
【0174】
仮焼工程(ステップS45)は、リチウム混合物を、焼成工程(ステップS50)における焼成温度よりも低温、かつ、350℃以上800℃以下、好ましくは450℃以上780℃以下で仮焼する工程である。仮焼工程(ステップS45)を備える場合、前駆体粒子中に、リチウムを十分に拡散させることができ、最終的に、より均一なリチウム遷移金属複合酸化物の粒子20を得ることができる。
【0175】
なお、上記仮焼温度での保持時間は、1時間以上10時間以下とすることが好ましく、3時間以上6時間以下とすることが好ましい。また、仮焼工程(ステップS45)における雰囲気は、後述する焼成工程(ステップS50)と同様に、酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が18容量%以上100容量%以下の雰囲気とすることがより好ましい。
【0176】
[焼成工程(ステップS50)]
焼成工程(ステップS50)は、リチウム混合物を、酸化性雰囲気中、650℃以上980℃以下で焼成する工程である。リチウム混合物を焼成することにより、前駆体粒子中にリチウムを拡散させて、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20(正極活物質100)を得る。
【0177】
焼成工程(ステップS50)において、前駆体粒子(遷移金属複合水酸化物の粒子10)の中心部3および外周部4に存在する一次粒子1は、焼結収縮しながら、正極活物質100における一次粒子21を形成する。中心部3は、微細一次粒子1aによって構成されているため、より大きな板状の一次粒子1bによって構成される外周部4よりも低温域から焼結し始める。さらに、中心部3は、外周部4と比べて収縮量が大きなものとなる。このため、中心部3を構成する微細一次粒子1aは、焼結の進行が遅い外周部4側に収縮し、適度な大きさの空間を有する中空部23が形成される。また、外周部4は、焼結収縮しながら、微細一次粒子1aを吸収して、外殻部24を形成する。この結果、正極活物質100の内部抵抗が大幅に減少し、二次電池を構成した場合に、電池容量やサイクル特性を損ねることなく、出力特性を改善することが可能となる。
【0178】
正極活物質100の粒子構造は、基本的に、前駆体である遷移金属複合水酸化物の粒子10の粒子構造に応じて定まるものであるが、その組成や焼成条件などの影響を受けることがあるため、予備試験を行った上で、所望の構造となるように、各条件を適宜調整することが好ましい。
【0179】
なお、焼成工程(ステップS50)に用いられる炉は、特に制限されることはなく、大気、又は、酸素気流中でリチウム混合物を加熱できるものであればよい。ただし、炉内の雰囲気を均一に保つ観点から、ガス発生がない電気炉が好ましく、バッチ式あるいは連続式の電気炉のいずれも好適に用いることができる。この点については、熱処理工程(ステップS35)および仮焼工程(ステップS45)に用いる炉についても同様である。
【0180】
(焼成温度)
焼成工程(ステップS50)における焼成温度は、650℃以上980℃以下である。焼成温度が650℃未満である場合、前駆体粒子中にリチウムが十分に拡散せず、余剰のリチウムや未反応の前駆体粒子が残存したり、得られるリチウム遷移金属複合酸化物の粒子20の結晶性が不十分なものとなったりする。一方、焼成温度が980℃を超える場合、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20間が激しく焼結し、異常粒成長が引き起こされ、不定形な粗大粒子の割合が増加することがある。
【0181】
なお、上述した一般式(4)で表される正極活物質100を得ようとする場合には、焼成温度を650℃以上900℃以下とすることが好ましい。一方、一般式(5)で表される正極活物質を得ようとする場合には、焼成温度を800℃以上980℃以下とすることが好ましい。
【0182】
また、焼成工程(ステップS50)における昇温速度は、2℃/分以上10℃/分以下とすることが好ましく、5℃/分以上10℃/分以下とすることがより好ましい。さらに、焼成工程(ステップS50)中、上記焼成温度に昇温する前に、リチウム化合物の融点付近(例、融点の±50℃程度)の温度で、好ましくは1時間以上5時間以下、より好ましくは2時間以上5時間以下保持することが好ましい。これにより、前駆体粒子とリチウム化合物とを、より均一に反応させることができる。例えば、リチウム化合物が水酸化リチウム(融点:462℃)の場合、焼成工程(ステップS50)中、上記焼成温度に昇温する前に、融点付近の温度400℃~500℃で保持するのが好ましい。
【0183】
(焼成時間)
焼成時間のうち、上述した焼成温度での保持時間は、少なくとも2時間以上とすることが好ましく、4時間以上24時間以下とすることがより好ましい。焼成温度における保持時間が2時間未満である場合、前駆体粒子中にリチウムが十分に拡散せず、余剰のリチウムや未反応の前駆体粒子が残存したり、得られるリチウム遷移金属複合酸化物の粒子20の結晶性が不十分なものとなったりするおそれがある。
【0184】
なお、保持時間終了後、焼成温度から少なくとも200℃までの冷却速度は、2℃/分以上10℃/分以下とすることが好ましく、3℃/分以上7℃/分以下とすることがより好ましい。冷却速度をこのような範囲に制御した場合、生産性を確保しつつ、匣鉢などの設備が、急冷により破損することを防止することができる。
【0185】
(焼成雰囲気)
焼成時の雰囲気は、酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が18容量%以上100容量%以下の雰囲気とすることがより好ましく、上記酸素濃度の酸素と不活性ガスとの混合雰囲気とすることが特に好ましい。すなわち、焼成は、大気、又は、酸素気流中で行うことが好ましい。酸素濃度が18容量%未満である場合、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子20の結晶性が不十分なものとなるおそれがある。
【0186】
[解砕工程(ステップS55)]
焼成工程(ステップS50)後に、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子10の凝集体または焼結体を解砕する解砕工程(ステップS55)を備えてもよい。焼成工程(ステップS50)後に得られたリチウム遷移金属複合酸化物の粒子10(正極活物質100)は、凝集または軽度の焼結が生じている場合がある。解砕工程(ステップS55)を備える場合、得られる正極活物質100の平均粒径や粒度分布を好適な範囲に調整することができる。なお、解砕とは、焼成時に二次粒子間の焼結ネッキングなどにより生じた複数の二次粒子からなる凝集体に、機械的エネルギーを投入して、二次粒子自体をほとんど破壊することなく分離させて、凝集体をほぐす操作を意味する。
【0187】
解砕の方法としては、公知の手段を用いることができ、たとえば、ピンミルやハンマーミルなどを使用することができる。なお、この際、二次粒子を破壊しないように解砕力を適切な範囲に調整することが好ましい。
【0188】
3.リチウムイオン二次電池
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池(以下、「二次電池」ともいう。)は、上述した正極活物質100を含む正極と、負極と、非水系電解質とを備える。二次電池は、例えば、正極、負極、及び非水系電解液を備える。また、二次電池は、例えば、正極、負極、及び固体電解質を備えてもよい。また、二次電池は、リチウムイオンの脱離及び挿入により、充放電を行う二次電池であればよく、例えば、非水系電解液二次電池であってもよく、全固体リチウム二次電池であってもよい。なお、以下に説明する実施形態は例示にすぎず、本実施形態に係る二次電池は、本明細書に記載されている実施形態を基づいて、種々の変更、改良を施した形態に適用してもよい。
【0189】
[構成部材]
(正極)
まず、上記の正極活物質100、導電材および結着剤を混合し、さらに必要に応じて活性炭や、粘度調整などの目的の溶剤を添加し、これを混練して正極合材ペーストを作製する。その際、目的とする二次電池の性能に応じて、正極合材ペースト中のそれぞれの混合比は、適宜、調整することができる。例えば、溶剤を除いた正極合材の固形分を100質量部とした場合、正極活物質の含有量を60質量部以上95質量部以下、導電材の含有量を1質量部以上20質量部以下とし、結着剤の含有量を1質量部以上20質量部以下としてもよい。
【0190】
導電材としては、例えば、黒鉛(天然黒鉛、人造黒鉛および膨張黒鉛など)や、アセチレンブラックやケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料を用いることができる。
【0191】
結着剤は、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂およびポリアクリル酸を用いることができる。
【0192】
必要に応じ、正極活物質、導電材および活性炭を分散させ、結着剤を溶解する溶剤を正極合材に添加してもよい。溶剤としては、具体的には、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。また、正極合材には、電気二重層容量を増加させるために、活性炭を添加してもよい。
【0193】
得られた正極合材ペーストを、例えば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥して、溶剤を飛散させる。必要に応じ、電極密度を高めるべく、ロールプレスなどにより加圧することもある。このようにして、シート状の正極を作製することができる。シート状の正極は、目的とする電池に応じて適当な大きさに裁断などをして、電池の作製に供することができる。なお、正極の作製方法は、上記の方法に限られることなく、他の方法によってもよい。
【0194】
(負極)
負極として、金属リチウムやリチウム合金などを用いてもよい。また、負極として、リチウムイオンを吸蔵および脱離できる負極活物質に、結着剤を混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にした負極合材を、銅などの金属箔集電体の表面に塗布し、乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成したものを用いてもよい。
【0195】
負極活物質としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛およびフェノール樹脂などの有機化合物焼成体、およびコークスなどの炭素物質の粉状体を用いることができる。この場合、負極結着剤としては、正極同様、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これらの活物質および結着剤を分散させる溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。
【0196】
(セパレータ)
正極と負極との間には、必要に応じてセパレータを挟み込んで配置する。セパレータは、正極と負極とを分離し、電解質を保持するものであり、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微少な孔を多数有する膜を用いることができる。
【0197】
(非水系電解質)
非水系電解質としては、非水系電解液を用いることができる。非水系電解液は、例えば、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものを用いてもよい。また、非水系電解液として、イオン液体にリチウム塩が溶解したものを用いてもよい。なお、イオン液体とは、リチウムイオン以外のカチオンおよびアニオンから構成され、常温でも液体状を示す塩をいう。
【0198】
有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネートおよびトリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、また、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートおよびジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、さらに、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフランおよびジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホンやブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチルやリン酸トリオクチルなどのリン化合物などから選ばれる1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いることができる。
【0199】
支持塩としては、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiN(CF3SO2)2、およびそれらの複合塩などを用いることができる。さらに、非水系電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤および難燃剤などを含んでいてもよい。
【0200】
また、非水系電解質としては、固体電解質を用いてもよい。固体電解質は、高電圧に耐えうる性質を有する。固体電解質としては、無機固体電解質、有機固体電解質が挙げられる。
【0201】
無機固体電解質として、酸化物系固体電解質、硫化物系固体電解質等が用いられる。
【0202】
酸化物系固体電解質としては、特に限定されず、酸素(O)を含有し、かつ、リチウムイオン電導性と電子絶縁性とを有するものであれば用いることができる。酸化物系固体電解質としては、例えば、リン酸リチウム(Li3PO4)、Li3PO4NX、LiBO2NX、LiNbO3、LiTaO3、Li2SiO3、Li4SiO4-Li3PO4、Li4SiO4-Li3VO4、Li2O-B2O3-P2O5、Li2O-SiO2、Li2O-B2O3-ZnO、Li1+XAlXTi2-X(PO4)3(0≦X≦1)、Li1+XAlXGe2-X(PO4)3(0≦X≦1)、LiTi2(PO4)3、Li3XLa2/3-XTiO3(0≦X≦2/3)、Li5La3Ta2O12、Li7La3Zr2O12、Li6BaLa2Ta2O12、Li3.6Si0.6P0.4O4等が挙げられる。
【0203】
硫化物系固体電解質としては、特に限定されず、硫黄(S)を含有し、かつ、リチウムイオン電導性と電子絶縁性とを有するものであれば用いることができる。硫化物系固体電解質としては、例えば、Li2S-P2S5、Li2S-SiS2、LiI-Li2S-SiS2、LiI-Li2S-P2S5、LiI-Li2S-B2S3、Li3PO4-Li2S-Si2S、Li3PO4-Li2S-SiS2、LiPO4-Li2S-SiS、LiI-Li2S-P2O5、LiI-Li3PO4-P2S5等が挙げられる。
【0204】
なお、無機固体電解質としては、上記以外のものを用いてよく、例えば、Li3N、LiI、Li3N-LiI-LiOH等を用いてもよい。
【0205】
有機固体電解質としては、イオン電導性を示す高分子化合物であれば、特に限定されず、例えば、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、これらの共重合体などを用いることができる。また、有機固体電解質は、支持塩(リチウム塩)を含んでいてもよい。なお、固体電解質を用いる場合は、電解質と正極活物質の接触を確保するため、正極材中にも固体電解質を混合させてもよい。
【0206】
(電池の形状、構成)
二次電池の構成は、特に限定されず、上述したように正極、負極、セパレータ、非水系電解質などで構成されてもよく、正極、負極、固体電解質などで構成されもよい。また、二次電池の形状は、特に限定されず、円筒形や積層形など、種々の形状にすることができる。
【0207】
例えば、二次電池が非水系電解液二次電池である場合、正極および負極を、セパレータを介して積層させて電極体とし、得られた電極体に、非水系電解液を含浸させ、正極集電体と外部に通ずる正極端子との間、および、負極集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いて接続し、電池ケースに密閉して、二次電池を完成させる。
【0208】
(3)リチウムイオン二次電池の特性
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、上述したように、正極活物質100を正極材料として用いているため、従来よりも添加元素による効果を効率的に発現することが可能となり、電池特性(例、電池容量、出力特性、サイクル特性など)に優れる。
【0209】
(4)用途
本実施形態に係る二次電池は、上述のように、電池特性に優れており、これらの特性が高いレベルで要求される小型携帯電子機器(ノート型パーソナルコンピュータや携帯電話など)の電源に好適に利用することができる。また、熱安定性に効果のある添加元素を含む場合、高価な保護回路を簡略することができるため、搭載スペースに制約を受ける輸送用機器の電源としても好適に利用することができる。
【実施例0210】
以下、実施例および比較例を用いて、本発明を詳細に説明する。なお、以下の実施例および比較例では、特に断りがない限り、遷移金属複合水酸化物の粒子および正極活物質の作製には、和光純薬工業株式会社製試薬特級の各試料を使用した。また、核生成工程および粒子成長工程を通じて、反応水溶液のpH値は、pHコントローラ(日伸理化製、NPH-690D)により測定し、この測定値に基づき、水酸化ナトリウム水溶液の供給量を調整することで、各工程における反応水溶液のpH値の変動幅を±0.2の範囲に制御した。
【0211】
(実施例1)
[遷移金属複合水酸化物の粒子の製造]
(核生成工程)
はじめに、反応槽(34L)内に、水を半分の量まで入れて撹拌しながら、槽内温度を40℃に設定した。このときの反応槽内は、大気雰囲気(酸素濃度:21容量%)とした。この反応槽内の水に、25質量%水酸化ナトリウム水溶液と25質量%アンモニア水を適量加えて、液温25℃基準で、槽内の反応液のpH値が13.0となるように調整した。さらに、該反応液中のアンモニア濃度を10g/Lに調節して反応前水溶液とした。
【0212】
同時に、硫酸ニッケル、硫酸コバルト、硫酸マンガン、硫酸ジルコニウムを、各金属元素のモル比がNi:Mn:Co:Zr=33.1:33.1:33.1:0.2となるように水に溶解し、1.8mol/Lの原料水溶液を調製した。
【0213】
この原料水溶液を、反応槽内の反応前水溶液に88ml/minの割合で加えて、反応水溶液(核生成用水溶液)とした。同時に、25質量%アンモニア水および25質量%水酸化ナトリウム水溶液も、この反応水溶液に一定速度で加えていき、反応水溶液中のアンモニア濃度を上記値に保持した状態で、pH値を13.0(核生成pH値)に制御しながら、2分30秒間晶析させて核生成を行った。
【0214】
(粒子成長工程)
(i)第1の粒子成長工程
核生成終了後、一旦、すべての水溶液の供給を一旦停止するとともに、硫酸を加えて、pH値が、液温25℃基準で11.6となるように調整して、反応水溶液(粒子成長用水溶液)を形成した。反応水溶液に、再度、原料水溶液と25質量%水酸化ナトリウム水溶液の供給を再開するとともに、添加元素(W)を含む原料水溶液としてタングステン酸ナトリウム水溶液を追加供給し、25質量%アンモニア水によりアンモニア濃度を上記値(10g/L)に保持して、pH値を上記値(11.6)に保持し、晶析を継続して粒子成長(第1の粒子成長工程)を30分間行った。なお、タングステン酸ナトリウム水溶液は、最終的に得られる組成に合うように濃度と流量を調整した。
【0215】
(ii)第2の粒子成長工程
第1の粒子成長工程の後、給液を一旦停止し、反応槽内空間の酸素濃度が0.2容量%以下の非酸化性雰囲気となるまで窒素ガスを5L/minで流通させた(反応雰囲気の切り替え)。その後、添加元素(W)を含まない原料水溶液のみの給液を再開し(粒子成長が行われる時間全体に対して12.5%経過後)、アンモニア濃度とpH値を保持して成長開始からあわせて2時間晶析を行った。
【0216】
反応槽内が満液になったところで、晶析を停止するとともに、撹拌を止めて静置することで、生成物の沈殿を促した。その後、反応槽から上澄み液を半量抜き出した後、晶析を再開し、2時間晶析を行った後(計4時間)、晶析を終了させた。
【0217】
(水洗、濾過、乾燥)
そして、生成物を水洗、濾過、乾燥させて遷移金属複合水酸化物の粒子を得た。なお、上記大気雰囲気から窒素雰囲気への切り替えは、粒子成長工程の開始時から粒子成長工程時間の全体に対して12.5%の時点で行ったことになる。
【0218】
上記晶析において、pHは、pHコントローラにより水酸化ナトリウム水溶液の供給流量を調整することで制御され、変動幅は設定値の上下0.2の範囲内であった。
【0219】
[遷移金属複合水酸化物の粒子の分析]
得られた遷移金属複合水酸化物の粒子について、その試料を無機酸により溶解した後、ICP発光分光法により化学分析を行ったところ、その組成は、Ni0.331Mn0.331Co0.331Zr0.002W0.005(OH)2+a(0≦a≦0.5)であった。
【0220】
また、この遷移金属複合水酸化物の粒子について、平均粒径および粒度分布を示す〔(d90-d10)/平均粒径〕値を、レーザ回折散乱式粒度分布測定装置(日機装株式会社製、マイクロトラックHRA)を用いて測定した体積積算値から算出して求めた。その結果、平均粒径は5.2μmであり、〔(d90-d10)/平均粒径〕値は、0.48であった。
【0221】
次に、得られた遷移金属複合水酸化物の粒子のSEM(株式会社日立ハイテクノロジース製、走査電子顕微鏡S-4700)観察(倍率:1000倍)を行ったところ、この遷移金属複合水酸化物の粒子は、略球状であり、粒径がほぼ均一に揃っていることが確認された。
【0222】
また、得られた遷移金属複合水酸化物の粒子の試料を、樹脂に埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工を行ったものについて、倍率を10,000倍としたSEM観察結果を行ったところ、この遷移金属複合水酸化物の粒子が二次粒子により構成され、該二次粒子は、針状、薄片状の微細一次粒子(粒径およそ0.3μm)からなる中心部と、該中心部の外側にこの微細一次粒子よりも大きい板状の一次粒子(粒径およそ0.6μm)からなる外周部とにより構成されていることが確認された。断面のSEM観察から求めた、二次粒子径に対する外周部の厚さは、12%であった。また、TEMを用いた粒子断面のEDX分析により得られたタングステン(W)の濃度プロファイルから、タングステン(W)が、主に中心部に存在することが確認された。
【0223】
[正極活物質の製造]
(熱処理工程)
上記遷移金属複合水酸化物の粒子を、空気(酸素:21容量%)気流中にて、700℃で6時間の熱処理を行って、遷移金属複合酸化物の粒子に転換して回収した。
【0224】
(リチウム混合工程)
NLi/NMe=1.12となるように水酸化リチウムを秤量し、上記複合酸化物粒子と混合してリチウム混合物を調製した。混合は、シェーカーミキサ装置(ウィリー・エ・バッコーフェン(WAB)社製、TURBULA TypeT2C)を用いて行った。
【0225】
(焼成工程)
得られたリチウム混合物を大気中(酸素:21容量%)にて、500℃で4時間仮焼した後、950℃で4時間焼成し、冷却した後、解砕して正極活物質を得た。
【0226】
[正極活物質の分析]
遷移金属複合水酸化物の粒子と同様の方法で、得られた正極活物質の粒度分布を測定したところ、平均粒径は4.7μmであり、〔(d90-d10)/平均粒径〕値は、0.48であった。
【0227】
また、遷移金属複合水酸化物の粒子と同様の方法で、正極活物質のSEM観察および断面SEM観察を行ったところ、得られた正極活物質は、略球状であり、粒径がほぼ均一に揃っていることが確認された。一方、断面SEM観察により、この正極活物質が、一次粒子が焼結して構成された外殻部と、その内部に中空部を備える中空構造となっていることを確認した。この観察から求めた、正極活物質の粒子径に対する外殻部の厚さの比率は、11%であった。
【0228】
さらに、TEMを用いて正極活物質の粒子の断面のEDX(TEM-EDX)分析を行った。その結果を
図11(A)~(C)に示す。
図11(A)は、TEM-EDX分析を行った正極活物質の二次粒子の外殻部の一部の断面を模式的に示す図であり、
図11(B)は、TEM観察像の写真であり、
図11(C)は、TEM-EDX像の写真である。
図11(A)~(C)に示すように、TEM-EDX分析により得られたタングステン(W)の濃度プロファイルから、一次粒子内の表面から粒子内部に向けて0.1μm付近にW濃度の高いピークが確認された(濃化層)。また、解析した一次粒子内における、このピークの濃度と、濃化層の内側の最低濃度との比(ピーク濃度/内側の最低濃度)が5以上であることが確認された。
【0229】
得られた正極活物質について、流動方式ガス吸着法比表面積測定装置(ユアサアイオニクス株式会社製、マルチソーブ)により比表面積を、タッピングマシン(株式会社蔵持科学器械製作所、KRS-406)によりタップ密度を、それぞれ測定した。この結果、比表面積は1.5m2/gであり、タップ密度は1.31g/cm3であることが確認された。
【0230】
また、得られた正極活物質について、X線回折装置(パナリティカル社製、X’Pert PRO)を用いて、Cu-Kα線による粉末X線回折で分析したところ、この正極活物質の結晶構造が、六方晶の層状結晶リチウムニッケルマンガン複合酸化物単相からなることを確認した。
【0231】
さらに、ICP発光分光分析装置を用いた分析により、この正極活物質は、一般式:Li1.12Ni0.331Mn0.331Co0.331Zr0.002W0.005O2で表されるものであることが確認された。
【0232】
[コイン型電池の製造および電池特性の評価]
上記の正極活物質52.5mg、アセチレンブラック15mg、およびポリテトラフッ化エチレン樹脂(PTFE)7.5mgを混合し、100MPaの圧力で直径11mm、厚さ100μmにプレス成形して、
図9に示す正極PE(評価用電極)を作製した。その作製した正極PEを真空乾燥機中120℃で12時間乾燥した。そして、この正極PEを用いて2032型のコイン型電池CBAを、露点が-80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス内で作製した。
【0233】
負極NEには、直径14mmの円盤状に打ち抜かれた平均粒径20μm程度の黒鉛粉末とポリフッ化ビニリデンが銅箔に塗布された負極シートを用い、電解液には、1MのLiPF6を支持電解質とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合液(富山薬品工業株式会社製)を用いた。セパレータ3には膜厚25μmのポリエチレン多孔膜を用いた。また、コイン型電池CBAは、ガスケットGAとウェーブワッシャーWWを有し、正極缶PCと負極缶NCとでコイン状の電池に組み立てられた。製造したコイン型電池CBAの性能を示す初期放電容量、正極抵抗は、以下のように評価した。
【0234】
[初期放電容量]
初期放電容量は、コイン型電池CBAを製作してから24時間程度放置し、開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)が安定した後、正極に対する電流密度を0.1mA/cm2としてカットオフ電圧4.3Vまで充電し、1時間の休止後、カットオフ電圧3.0Vまで放電したときの容量を初期放電容量とした。
【0235】
[正極抵抗]
また、正極抵抗は、コイン型電池CBAを25℃で充電電位4.1Vで充電して、周波数応答アナライザおよびポテンショガルバノスタット(ソーラトロン製、1255B)を使用して交流インピーダンス法により測定すると、
図10に示すナイキストプロットが得られる。このナイキストプロットは、溶液抵抗、負極抵抗とその容量、および、正極抵抗とその容量を示す特性曲線の和として表しているため、このナイキストプロットに基づき等価回路を用いてフィッティング計算を行い、正極抵抗の値を算出した。
【0236】
本実施例により得られた遷移金属複合水酸化物の粒子の特性を表1に、正極活物質の特性およびこの正極活物質を用いて製造したコイン型電池CBAの各評価を表2に、それぞれ示す。また、以下の実施例2~5および比較例1についても、同様の内容について、表1および表2に示す。
【0237】
(実施例2)
第2の粒子成長工程において、酸化性雰囲気における原料水溶液中の添加元素(タングステン)の濃度に対して、非酸化性雰囲気におけるタングステンの濃度が20%となるようにタングステン酸ナトリウム水溶液の流量を調整したこと以外は、実施例1と同様にして、正極活物質等を得るとともに評価を行った。得られた正極活物質の組成は、Li1.12Ni0.331Mn0.331Co0.331Zr0.002W0.005O2で表されるものであることが確認された。
【0238】
(実施例3)
粒子成長工程において、大気雰囲気から窒素雰囲気への反応雰囲気の切り替えを、粒子成長が行われる時間全体に対して、6.25%経過した時点で行ったこと以外は、実施例1と同様にして、正極活物質等を得るとともに評価した。なお、得られた遷移金属複合水酸化物の粒子および正極活物質の組成は、実施例1と同様であり、遷移金属複合水酸化物の粒子は実施例1と同様に針状の微細一次粒子(粒径およそ0.2μm)からなる中心部と、該中心部の外側にこの微細一次粒子よりも大きい板状の一次粒子(粒径0.8μm)からなる外周部とにより構成されていた。
【0239】
(実施例4)
粒子成長工程において、酸化性雰囲気における原料水溶液中の添加元素(W)の濃度に対して、非酸化性雰囲気における添加元素(W)の濃度(添加比)が10%となるようにタングステン酸ナトリウム水溶液の流量を調整したこと以外は、実施例1と同様にして、正極活物質等を得るとともに評価を行った。得られた正極活物質の組成は、Li1.12Ni0.331Mn0.331Co0.331Zr0.002W0.005O2で表されるものであることが確認された。
【0240】
(実施例5)
粒子成長工程において、粒子成長が行われる時間全体に対して、50%経過した時点でタングステン酸ナトリウム水溶液を酸化性雰囲気における流量と同量となるように調整したこと以外は、実施例1と同様にして、正極活物質等を得るとともに評価を行った。得られた正極活物質の組成は、Li1.12Ni0.331Mn0.331Co0.331Zr0.002W0.005O2で表されるものであることが確認された。
【0241】
(比較例1)
粒子成長工程の全時間において、一定量のタングステン酸ナトリウム水溶液を供給、すなわちM添加比を100%としたこと以外は、実施例1と同様にして、正極活物質等を得るとともに評価を行った。得られた正極活物質の組成は、Li1.12Ni0.331Mn0.331Co0.331Zr0.002W0.005O2で表されるものであることが確認された。
【0242】
【0243】
【0244】
(評価)
実施例1~5の遷移金属複合水酸化物の粒子は、微細一次粒子からなる中心部と、板状の一次粒子からなる外周部とからなる構造を備える。また、中心部は、添加元素含むことが確認された。また、実施例1~5の正極活物質は、凝集した一次粒子が焼結している外殻部と、その内側の中空部とからなる構造を備え、一次粒子の表面に添加元素の濃縮層を有している。これらの正極活物質を用いたコイン型電池CBAは、初期放電容量が高く、正極抵抗も低いものとなっており、優れた電池特性を有することが示された。