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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022162784
(43)【公開日】2022-10-25
(54)【発明の名称】ポリロタキサンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08G 65/333 20060101AFI20221018BHJP
【FI】
C08G65/333
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067775
(22)【出願日】2021-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100193725
【弁理士】
【氏名又は名称】小森 幸子
(74)【代理人】
【識別番号】100163038
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 武志
(74)【代理人】
【識別番号】100207240
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 喜弘
(72)【発明者】
【氏名】久保田 和臣
【テーマコード(参考)】
4J005
【Fターム(参考)】
4J005AA04
4J005BB01
4J005BB02
4J005BD01
4J005BD05
(57)【要約】
【課題】 水を溶媒とした反応系中で低被覆率のポリロタキサンを短工程で製造できるポリロタキサンの製造方法の提供。
【解決手段】 環状分子と、前記環状分子の開口部を貫通し、両末端が封止された直鎖状分子とを有するポリロタキサンを製造するポリロタキサンの製造方法であって、
前記環状分子と、直鎖状分子と、末端封止剤と、縮合剤と、凝集抑制剤とを含有する水溶液において、前記直鎖状分子と、前記末端封止剤とを反応させる反応工程を含む、ポリロタキサンの製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状分子と、前記環状分子の開口部を貫通し、両末端が封止された直鎖状分子とを有するポリロタキサンを製造するポリロタキサンの製造方法であって、
前記環状分子と、直鎖状分子と、末端封止剤と、縮合剤と、凝集抑制剤とを含有する水溶液において、前記直鎖状分子と、前記末端封止剤とを反応させる反応工程を含む、ことを特徴とするポリロタキサンの製造方法。
【請求項2】
前記凝集抑制剤が、前記直鎖状分子に開口部を貫通された複数の前記環状分子の凝集を抑制する化合物である、請求項1に記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項3】
前記環状分子が、シクロデキストリンであり、
前記凝集抑制剤が、分子内にプロトン供与性基とプロトン受容性基とを有する化合物である、請求項1又は2に記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項4】
前記直鎖状分子が、両末端変性ポリエチレングリコールである、請求項1から3のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項5】
前記環状分子が、α-シクロデキストリンである、請求項1から4のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項6】
前記末端封止剤が、脂環式炭化水素基を有する、請求項1から5のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項7】
前記反応工程に用いられる前記環状分子と前記直鎖状分子との質量比(環状分子:直鎖状分子)が、15:1~5:1である、請求項1から6のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項8】
前記反応工程に用いられる前記環状分子と前記凝集抑制剤との質量比(環状分子:凝集抑制剤)が、0.4:1.0~1.2:1.0である、請求項1から7のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項9】
製造される前記ポリロタキサンの被覆率が、2%以上5%以下である、請求項1から8のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
【請求項10】
前記反応工程が、
前記環状分子と水とを含有する第1水溶液と、前記直鎖状分子と水とを含有する第2水溶液とが混合され、第3水溶液が得られる第1混合処理と、
前記混合処理により得られた前記第3水溶液と、前記末端封止剤と、前記縮合剤とが混合される第2混合処理と、
を更に含み、
前記第1水溶液、及び前記第2水溶液の少なくともいずれかが、前記凝集抑制剤を含有する、請求項1から9のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリロタキサンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリロタキサンは直鎖状分子を環状分子に通した後、環状分子が抜け出ないように直鎖状分子の両末端を封止して得られる分子である。
【0003】
ポリロタキサンは、分子メモリや種々の分子マシン〔例えば、分子シャトル、分子スイッチ、分子アクチュエータ(分子筋肉)、分子バルブ〕に関する材料としての利用が検討されている。
また、ポリロタキサンは、プーリー効果を利用したスライドリングゲルとしての利用が検討されている。スライドリングゲルは、燃料電池電解質膜、LIB(lithium-ion battery)セパレータ、車体構造用樹脂、タイヤ等への実用化を目指し開発が行われているタフポリマーの原料として有用である。
さらに、ポリロタキサンは、環状分子がスライドすることによる応力緩和を利用した粘着剤、接着剤等の原料としての利用が検討されている。
さらに、ポリロタキサンは、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂等の熱可塑性樹脂へ応力緩和機構を組み込む目的での利用が検討されている。
さらに、ポリロタキサンは、ドラッグデリバリーシステムの材料や触媒としての利用も検討されている。
【0004】
ポリロタキサンを種々の用途に利用する際、環状分子の被覆率の制御はポリロタキサンの性能を左右する重要な要因の一つであり、特に被覆率を低く抑えたポリロタキサンの製造方法に関する文献が知られている。
【0005】
特許文献1では、末端をカルボキシル基変性したポリエチレングリコールから擬ポリロタキサンを製造し、次いで有機溶剤中にて縮合剤を用いて末端封止する方法が提案されている。特許文献1には、特に末端官能基に対する末端封止剤のモル当量を調整して被覆率を下げる方法が開示されている。
【0006】
また非特許文献1には、末端アミノ変性ポリエチレングリコールとα-シクロデキストリンを、特定の温度・時間を経過させ、次いで(爆発性が懸念され、危険物5類に該当する)ピクリルスルホン酸ナトリウムで末端封止し、次いで有機溶剤のDMSO/エーテルを用いて精製する方法が示されている。
【0007】
非特許文献2には、(1)ピリジン中でポリエチレングリコールの末端に少し立体障害のある官能基を導入する工程、(2)水中で擬ポリロタキサンを製造する工程、及び(3)有機溶剤中末端封止をする工程、を経て被覆率5%のポリロタキサンを製造する方法が示されている。
【0008】
非特許文献3には、末端アミノ変性ポリエチレングリコールと2-ヒドロキシプロピル変性α-シクロデキストリンを、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)中、末端を変性したジペプチド(Z-Gln-Gly-OH、N-α-カルボベンゾキシ-L-グルタミニル-グリシン)を末端封止剤として、酵素の1種であるMicrobial Transglutaminase(mTGase、微生物産生トランスグルタミナーゼ)を縮合剤に用いて、被覆率2%のポリロタキサンを製造する方法が示されている。
【0009】
非特許文献4には、短鎖の末端カルボキシル変性ポリエチレングリコールとα-シクロデキストリンとから、いったん高被覆率擬ポリロタキサンを製造し、長鎖の末端アミノ変性ポリエチレングリコールで鎖伸長したのち末端アミノ基を封止して低被覆率ポリロタキサンを製造する方法が示されている。
【0010】
このようにして得られた低被覆率のポリロタキサンを用いると、従来の高被覆率のポリロタキサンを用いた場合と比較して格段に物性が向上した材料を提供できることが知られている。例えば低被覆率のポリロタキサンを用いて製造したスライドリングゲルは、非特許文献2および非特許文献3において示されている通り、環状分子の可動域を大きくできるため、従来のスライドリングゲルと比較して大幅に伸び性が改善されることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2019/082869号公報パンフレット
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】G.Fleury, C.Brochon, G.Schlatter, G.Bonnet, A.Lapp, G.Hadziioannou, Soft Matter, 2005, 1, 378-385
【非特許文献2】K.Kato, Y.Okabe, Y.Okazumi, K.Ito, Chem. Commun., 2015, 51, 16180-16183
【非特許文献3】L.Jiang, Ch.Liu, K.Mayumi, K.Kato, H.Yokoyama, K.Ito, Chem. Mater., 2018, 30, 5013-5019
【非特許文献4】Y.Kobayashi, Y.Nakamitsu, Y.Zheng, Y.Takashima, H.Yamaguchi, A.Harada, Chem. Commun., 2018, 54, 7066-7069
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このような現状において、被覆率を低く抑えたポリロタキサンを、短工程で安定して製造する技術は、いまだ確立されたとは言えない状況にある。さらに、環境負荷が最も低い溶媒である水を用いて、しかもワンポットで低被覆率のポリロタキサンを製造する技術は、これまで知られていない。
【0014】
そこで、本発明は、水を溶媒とした反応系中で低被覆率のポリロタキサンを短工程で製造できるポリロタキサンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ポリロタキサンを製造する際に、直鎖状分子に開口部を貫通された複数の環状分子の凝集を抑制する化合物(凝集抑制剤)を用いることによって、水を溶媒とした反応系中で低被覆率のポリロタキサンを短工程で製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含するものである。
[1] 環状分子と、前記環状分子の開口部を貫通し、両末端が封止された直鎖状分子とを有するポリロタキサンを製造するポリロタキサンの製造方法であって、
前記環状分子と、直鎖状分子と、末端封止剤と、縮合剤と、凝集抑制剤とを含有する水溶液において、前記直鎖状分子と、前記末端封止剤とを反応させる反応工程を含む、ことを特徴とするポリロタキサンの製造方法。
[2] 前記凝集抑制剤が、前記直鎖状分子に開口部を貫通された複数の前記環状分子の凝集を抑制する化合物である、[1]に記載のポリロタキサンの製造方法。
[3] 前記環状分子が、シクロデキストリンであり、
前記凝集抑制剤が、分子内にプロトン供与性基とプロトン受容性基とを有する化合物である、[1]又は[2]に記載のポリロタキサンの製造方法。
[4] 前記直鎖状分子が、両末端変性ポリエチレングリコールである、[1]から[3]のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
[5] 前記環状分子が、α-シクロデキストリンである、[1]から[4]のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
[6] 前記末端封止剤が、脂環式炭化水素基を有する、[1]から[5]のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
[7] 前記反応工程に用いられる前記環状分子と前記直鎖状分子との質量比(環状分子:直鎖状分子)が、15:1~5:1である、[1]から[6]のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
[8] 前記反応工程に用いられる前記環状分子と前記凝集抑制剤との質量比(環状分子:凝集抑制剤)が、0.4:1.0~1.2:1.0である、[1]から[7]のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
[9] 製造される前記ポリロタキサンの被覆率が、2%以上5%以下である、[1]から[8]のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
[10] 前記反応工程が、
前記環状分子と水とを含有する第1水溶液と、前記直鎖状分子と水とを含有する第2水溶液とが混合され、第3水溶液が得られる第1混合処理と、
前記混合処理により得られた前記第3水溶液と、前記末端封止剤と、前記縮合剤とが混合される第2混合処理と、
を更に含み、
前記第1水溶液、及び前記第2水溶液の少なくともいずれかが、前記凝集抑制剤を含有する、[1]から[9]のいずれかに記載のポリロタキサンの製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、水を溶媒とした反応系中で低被覆率のポリロタキサンを短工程で製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のポリロタキサンの製造方法について詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の一実施態様としての一例であり、これらの内容に特定されるものではない。
【0019】
(ポリロタキサンの製造方法)
本発明のポリロタキサンの製造方法は、反応工程を少なくとも含み、更に必要に応じて、その他の工程を含む。
ポリロタキサンの製造方法は、環状分子と、両末端が封止された直鎖状分子(以下、「末端封止直鎖状分子」と称することがある。)とを有するポリロタキサンを製造する方法である。
ポリロタキサンにおいて、末端封止直鎖状分子は、環状分子の開口部を貫通している。
【0020】
<反応工程>
反応工程は、環状分子と、直鎖状分子と、末端封止剤と、縮合剤と、凝集抑制剤とを含有する水溶液において、直鎖状分子と、末端封止剤とを反応させる工程である。
【0021】
本発明のポリロタキサンの製造方法においては、直鎖状分子に開口部を貫通された複数の環状分子の凝集を抑制する化合物(凝集抑制剤)を用いることによって、水を溶媒とした反応系中で低被覆率のポリロタキサンを短工程で製造できる。
凝集抑制剤を用いることによって低被覆率のポリロタキサンが得られる理由について、本発明者は以下のように推察している。
α-シクロデキストリンなどの環状分子は、通常、水に溶解する。しかし、凝集抑制剤が不存在の水溶液中で、複数の環状分子の開口部を直鎖状分子が貫通し、擬ポリロタキサンが生成した場合、擬ポリロタキサンを構成する環状分子(開口部を直鎖状分子が貫通している環状分子)同士は水素結合などによってパッキング(凝集)する結果、高被覆率の擬ポリロタキサンが生成する。生成した高被覆率の擬ポリロタキサンは、水溶解度が低く、沈殿する。そのため、一旦生成した擬ポリロタキサンは被覆率が高い状態でしか得られない。
一方、凝集抑制剤が存在する水溶液中で、複数の環状分子の開口部を直鎖状分子が貫通し、擬ポリロタキサンが生成した場合、開口部を直鎖状分子が貫通している環状分子同士の水素結合などによるパッキング(凝集)は凝集抑制剤によって抑制される。そのため、擬ポリロタキサンの被覆率が高くならない状態で、直鎖状分子の末端封止を行うことができる。その結果、低被覆率のポリロタキサンが得られる。
【0022】
反応工程は、好ましくは第1混合処理及び第2混合処理を含む。
第1混合処理は、第1水溶液と、第2水溶液とが混合され、第3水溶液が得られる処理である。
第2混合処理は、第3水溶液と、末端封止剤と、縮合剤とが混合される処理である。
【0023】
第1水溶液は、例えば、環状分子と水とを含有する。
第2水溶液は、例えば、直鎖状分子と水とを含有する。
また、凝集抑制剤は、第1水溶液に含有されていてもよいし、第2水溶液に含有されていてもよいし、両方に含有されていてもよい。即ち、第1水溶液、及び第2水溶液の少なくともいずれかが、凝集抑制剤を含有する。
第1水溶液を準備する際には、加熱を行って、環状分子を十分に水に溶解させることが好ましい。
第1混合処理は、室温(例えば、20℃~30℃)で行ってもよいし、加熱下(例えば、30℃超60℃以下)で行ってもよい。
第1混合処理の時間としては、特に限定されず、例えば、1時間以上12時間以下などが挙げられる。
第2混合処理は、室温(例えば、20℃~30℃)で行ってもよいし、加熱下(例えば、30℃超60℃以下)で行ってもよい。
第2混合処理の時間としては、特に限定されず、例えば、10時間以上50時間以下などが挙げられる。
【0024】
<<環状分子>>
環状分子(リング分子と呼ばれることもある)とは、環状であり、分子内に直鎖状分子が通ることができる空孔(開口部)を有する分子のことであり、直鎖状分子が空孔を突き通せられるものであれば、特に限定されない。
【0025】
環状分子としては、例えば、シクロデキストリン、シクロファン、クラウンエーテル、アザクラウンエーテル、クリプタンド、カリックスアレーン、ピラーアレーン、ククルビットウリル、アヌレン、デヒドロアヌレン、環状ペプチドなどが挙げられる。これらのうち、水に対する溶解度の観点からシクロデキストリンが好ましく、グルコース6ユニットからなるα-シクロデキストリンがより好ましい。
【0026】
<<直鎖状分子>>
直鎖状分子としては、例えば、以下の(i)又は(ii)の分子が挙げられる。
(i)両末端に末端封止剤と反応できる官能基を有し、環状分子の開口部に通すことができる細長い分子
(ii)末端封止剤と反応できる官能基へと変換できる別の官能基を両末端に有し、環状分子の開口部に通すことができる細長い分子
【0027】
直鎖状分子としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリジメチルシロキサン、ポリイソブチレン、ポリイソプレン、ポリテトラヒドロフラン、ポリウレタン、ポリアミド、ポリウレア、及びこれらの誘導体などが挙げられる。これらのうち、水に対する溶解度が高い点において、特にポリエチレングリコールが好ましい。
直鎖状分子は、市販の直鎖状分子の両末端を変性することで得てもよい。直鎖状分子としては、例えば両末端変性ポリエチレングリコール、両末端変性ポリプロピレングリコールなどが挙げられる。
【0028】
直鎖状分子の末端基としては、末端封止剤と反応可能な基であれば、特に限定されないが、例えば、末端封止剤がアミノ基を有する場合、末端基としては、カルボキシル基、ホスホン酸基、クロロスルホニル基、クロロカルボニル基などが挙げられる。これらの中でも、水中でも安定して存在できるカルボキシル基が好ましい。
【0029】
直鎖状分子としては、水に対する溶解度が高い点において、ポリエチレングリコールの両末端をカルボキシル基に変性して得られる両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコールが好ましい。
【0030】
直鎖状分子の分子量としては、特に限定されないが、直鎖状分子の数平均分子量は2,000以上が好ましく、3,000~100,000がより好ましく、8,000~40,000が特に好ましい。
【0031】
なお、本明細書において、「直鎖状分子」の「直鎖」は、実質的に「直鎖」であることを意味する。すなわち、直鎖状分子が環状分子の開口部を貫通した状態で当該環状分子が当該直鎖状分子上を移動可能であれば、直鎖状分子は分岐鎖を有していてもよい。
【0032】
ここで、ポリエチレングリコールの末端水酸基をカルボキシル基に変換する方法の一例を説明する。
ポリエチレングリコールの末端水酸基をカルボキシル基に変換する方法に関しては、文献既知のいずれの方法でもよく、限定されない。例えば、臭化ナトリウム存在下、酸化剤として触媒量のTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルラジカル)及び再酸化剤として次亜塩素酸ナトリウムを用いる方法を挙げることができる。この時、溶媒の水を炭酸-重炭酸緩衝液に置き換えて、再酸化剤投入時のpH変動を少なくすることも可能である。
【0033】
<<末端封止剤>>
末端封止剤としては、以下の(A)及び(B)を満たす化合物であれば、特に制限されない。
(A)縮合剤の存在下で直鎖状分子の末端基と反応できる化合物である。
(B)末端封止剤によって直鎖状分子の両末端が封止された後に、環状分子の開口部から末端封止直鎖状分子が抜け出せないように末端封止直鎖状分子の末端に立体障害を生じさせることができる、嵩高い基を有する化合物である。
【0034】
末端封止剤が有する嵩高い基としては、例えば、脂環式炭化水素基、トリチル基、アントラセニル基、トリメチルベンジル基などが挙げられる。
脂環式炭化水素基としては、例えば、2,6-ジメチルシクロヘキシル基、イソボルニル基、アダマンチル基、ジシクロペンタニル基などが挙げられる。これらの中でもアダマンチル基が好ましい。
【0035】
末端封止剤が有する、直鎖状分子の末端基と反応できる基としては、例えば、アミノ基が挙げられる。
【0036】
末端封止剤としては、例えば、1級アミン化合物、2級アミン化合物などが挙げられる。また、末端封止剤としては、例えば、モノアミン化合物であってもよいし、ジアミン化合物であってもよい。
【0037】
末端封止剤としては、例えば、1-アダマンチルアミン、N-アダマンチルエチレンジアミン、1-(2-アミノエトキシ)アダマンタン、トリチルアミン、9-(アミノメチル)アントラセン、N-(2-アミノエチル)-2,4,6-トリメチルベンゼンスルホンアミドなどが挙げられる。これらの中でも、水中での反応性の高さから、1-アダマンチルアミン、N-アダマンチルエチレンジアミン、1-(2-アミノエトキシ)アダマンタンが好ましく、1-アダマンチルアミンがより好ましい。
【0038】
末端封止剤の使用量としては、特に限定されないが、反応完結の観点から、直鎖状分子の末端基(例えば、カルボキシル基)に対して、2モル当量以上50モル当量以下が好ましく、5モル当量以上20モル当量以下がより好ましい。
【0039】
なお、本発明に用いられる末端封止剤は、1種類の化合物であってもよいし、2種以上の化合物であってもよい。
【0040】
<<縮合剤>>
縮合剤としては、直鎖状分子の末端基と、末端封止剤とを反応させることができる化合物であれば、特に限定されない。ここで、直鎖状分子の末端基と、末端封止剤との反応は、通常、エステル化、アミド化などによってエステル結合、アミド結合などの共有結合性の結合を生成する反応である。
【0041】
縮合剤としては、水溶性化合物であることが好ましい。
【0042】
縮合剤としては、例えば、DMT-MM(4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド)、EDC・HCl(塩酸1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド)などが挙げられる。これらの中でも、水中での活性が高い点で、DMT-MMが好ましい。
【0043】
縮合剤の使用量としては、特に限定されないが、反応完結の観点から、直鎖状分子の末端基(例えば、カルボキシル基)に対して、1モル当量以上50モル当量以下が好ましく、5モル当量以上20モル当量以下がより好ましい。
【0044】
なお、本発明に用いられる縮合剤は、1種類の化合物であってもよいし、2種以上の化合物であってもよい。
【0045】
<<凝集抑制剤>>
凝集抑制剤とは、直鎖状分子に開口部を貫通された複数の環状分子の凝集を抑制する化合物であれば、特に限定されない。
環状分子がシクロデキストリンの場合の凝集抑制剤としては、タンパク質変性作用を持つ化合物であり、特に分子内にアミノ基のようなプロトン供与性基と、(チオ)カルボニル基のようなプロトン受容性基とを有する化合物が挙げられる。このような化合物としては、例えば、尿素、チオ尿素、グアニジン塩類(塩酸塩、チオシアン酸塩等)、ホルムアミドなどが挙げられる。これらの中でも、尿素、ホルムアミドが好ましく、尿素がより好ましい。
【0046】
なお、本発明に用いられる凝集抑制剤は、1種類の化合物であってもよいし、2種以上の化合物であってもよい。
【0047】
得られるポリロタキサンの被覆率としては、特に限定されないが、0%超20%以下が好ましく、0%超10%以下がより好ましく、高い伸び性などの物性に優れる点から、2%以上5%以下が特に好ましい。
被覆率は、擬ポリロタキサン又はポリロタキサンにおいて、直鎖状分子に開口部を貫通された環状分子(例えば、α-シクロデキストリン(α-CD))が最密度で配置された場合の環状分子の個数に対する、実際に配置された環状分子の個数の割合を示す数値(百分率)である。
ここで、環状分子の最密度(最大被覆量)は、直鎖状分子の長さと環状分子の厚みにより決定される。
直鎖状分子がポリエチレングリコール(PEG)の場合、Macromolecules誌、1993年、26巻、5698-5703ページに記載された方法で求められる。即ち、PEGの-(O-CH-CH)-の繰返し単位2個の長さが、α-CDの1分子の厚みに相当する。
直鎖状分子がPEGであり、環状分子がα-CDである場合の擬ポリロタキサン又はポリロタキサンの被覆率は、プロトンNMRから、α-CDの最大被覆量の場合のPEGのHを基準に、PEGのHの積分値と、α-CDの1位の炭素の直結したHの積分値との比から求める。
【0048】
反応工程に用いられる環状分子と直鎖状分子との質量比(環状分子:直鎖状分子)としては、特に限定されないが、20:1~2:1が好ましく、ポリロタキサンの被覆率を2%以上5%以下に調整しやすい点から、15:1~5:1がより好ましい。
【0049】
反応工程に用いられる環状分子と凝集抑制剤との質量比(環状分子:凝集抑制剤)としては、特に制限されないが、0.2:1.0~1.5:1.0が好ましく、0.4:1.0~1.2:1.0がより好ましい。
【0050】
得られたポリロタキサンは必要により精製される。
得られたポリロタキサンを精製する方法としては、特に限定されず、例えば、透析、凍結乾燥などが挙げられる。
例えば、分画分子量12kD~14kDで透析を行うことで、環状分子、凝集抑制剤、末端封止剤、縮合剤などの低分子化合物と、ポリロタキサンとを分離することができる。
更に凍結乾燥を行うことで、ポリロタキサンと水とを分離することができる。
【0051】
本発明のポリロタキサンの製造方法により得られたポリロタキサンの用途としては、特に制限されず、例えば、粘着剤・接着剤、耐キズ性膜、防振・制振・免振材料、吸音・防音材料、塗料、コーティング剤、シール材、インク添加物・バインダー、電気絶縁材料、電気・電子部品材料、光学材料、摩擦制御剤、化粧品材料、ゴム添加剤、樹脂改質・強靭化剤、レオロジー制御剤、増粘剤、繊維、医療用生体材料、機械・自動車材料、建築材料、衣料・スポーツ用品などに用いることができる。
【実施例0052】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳述するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
〔被覆率の測定方法〕
被覆率は、擬ポリロタキサン又はポリロタキサンにおいて、直鎖状分子に開口部を貫通された環状分子(例えば、α-シクロデキストリン(α-CD))が最密度で配置された場合の環状分子の個数に対する、実際に配置された環状分子の個数の割合を示す数値(百分率)である。
ここで、環状分子の最密度(最大被覆量)は、直鎖状分子の長さと環状分子の厚みにより決定される。
直鎖状分子がポリエチレングリコール(PEG)の場合、Macromolecules誌、1993年、26巻、5698-5703ページに記載された方法で求められる。即ち、PEGの-(O-CH-CH)-の繰返し単位2個の長さが、α-CDの1分子の厚みに相当する。
直鎖状分子がPEGであり、環状分子がα-CDである場合の擬ポリロタキサン又はポリロタキサンの被覆率は、プロトンNMRから、α-CDの最大被覆量の場合のPEGのHを基準に、PEGのHの積分値と、α-CDの1位の炭素の直結したHの積分値との比から求めた。
【0054】
(合成例1:両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコールの製造)
直鎖状分子である両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコールを製造した。製造に用いたポリエチレングリコール35000(アルドリッチ製、試薬)に関し、試験成績書によれば水酸基価は4.5mgKOH/gであった。この数値より数平均分子量は、24900g/molと算出される。計算式を次に示す。
(56.11/4.5)×1000×2=24900
【0055】
以下に両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコールの製造方法を具体的に示す。
ポリエチレングリコール35000(アルドリッチ製、試薬)5.002g、臭化ナトリウム(関東化学製、試薬特級)50mg、炭酸水素ナトリウム(関東化学製、試薬特級)76mg、及び炭酸ナトリウム(関東化学製、試薬特級)435mgを50mLの水に溶解した。攪拌しながら、そこへ、酸化剤TEMPO(関東化学製試薬)50mgを投入した。4分後次亜塩素酸ナトリウム水溶液(関東化学製、試薬、有効塩素濃度約5%)5mLを投入し、20分間攪拌した。エタノールを5mL加えて反応を停止したのち、6規定塩酸(富士フイルム和光純薬製、試薬)85滴を加え、pHを1に調整した。次いで得られた酸性溶液を50mLの酢酸エチルで抽出した。酢酸エチル層は淡いオレンジ色になり、着色不純物が酢酸エチル層に移行したことが確認できた。残った水層をさらにクロロホルムで3回抽出し(クロロホルムの合計110mL)、クロロホルム層を飽和食塩水で洗浄後、硫酸マグネシウムで乾燥した。30℃にてエバポレートしたのち得られた白色固体4.787gを120mLのエタノールから再結晶した。得られた流動性のある白色スラリーを一晩冷蔵庫にて保管し、吸引ろ過後に白色固体を3回エタノール洗浄した。30℃にて一晩減圧乾燥後、白色固体が4.588g得られた。
【0056】
(実施例1:α-シクロデキストリン/両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコール=12/1(質量比))
<α-シクロデキストリン/尿素水溶液調製工程>
尿素(関東化学製、試薬)6.007gを蒸留水44.0gに溶解し、そこへα-シクロデキストリン(関東化学製、食品添加物)6.002gを投入した。得られた混合液を緩く加熱し無色透明になったことを確認し、放冷して室温に戻し、α-シクロデキストリン/尿素水溶液を得た。
【0057】
<低被覆率ポリロタキサン製造工程>
合成例1で製造した両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコール0.501gを蒸留水4.0gに溶解し、そこへ、上記作成したα-シクロデキストリン/尿素水溶液を一度に添加した。室温で3時間攪拌後、末端封止剤である1-アダマンチルアミン(アルドリッチ製、試薬)0.081gを投入した。溶解を確認後、縮合剤DMT-MM(東京化成製試薬)0.102gを投入し、室温で27時間攪拌した。得られた無色透明の液体を透析膜(スペクトラム製Spectra/Por4、分画分子量12~14kD)に入れ、2リットルの蒸留水を用いて28時間透析した。透析の途中、2回水を取り替えた。次いで得られた無色透明の液体を一晩凍結乾燥して白色固体0.679gが得られた。
得られたポリロタキサンの被覆率をプロトンNMR測定により求めたところ、4.8%であった。
【0058】
(実施例2:α-シクロデキストリン/両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコール=12/1(質量比)、尿素増量)
尿素を9.002g用いる他は実施例1と同様の操作により、白色固体0.655gが得られた。
得られたポリロタキサンの被覆率をプロトンNMR測定により求めたところ、5.0%であった。
【0059】
(実施例3:α-シクロデキストリン/両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコール=8/1(質量比))
尿素を6.012g、α-シクロデキストリンを6.016g、両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコールを0.751g、1-アダマンチルアミンを0.100g、及び縮合剤DMT-MMを0.120g用いる他は実施例1と同様の操作により、白色固体0.857gが得られた。
得られたポリロタキサンの被覆率をプロトンNMR測定により求めたところ、2.6%であった。
【0060】
(実施例4:α-シクロデキストリン/両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコール=4/1(質量比))
尿素を6.020g、α-シクロデキストリンを3.009g、両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコール0.751g、1-アダマンチルアミンを0.102g、及び縮合剤DMT-MMを0.127g用いる他は実施例1と同様の操作により、白色固体0.834gが得られた。
得られたポリロタキサンの被覆率をプロトンNMR測定により求めたところ、1.4%であった。
【0061】
(比較例1)
尿素を用いない以外は実施例1と同様にしてポリロタキサン合成を試みた。具体的には以下のとおりである。
蒸留水44.0gにα-シクロデキストリン(関東化学製、食品添加物)6.002gを投入した。得られた混合液を緩く加熱し無色透明になったことを確認し、放冷して室温に戻し、α-シクロデキストリン水溶液を得た。
合成例1で製造した両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコール0.501gを蒸留水4.0gに溶解し、そこへ、上記作成したα-シクロデキストリン水溶液を一度に添加したところ、10分ほどで白く濁り始めた。そのまま4時間攪拌を継続して得られた白色スラリーを吸引ろ過した。得られた白色ウェットケーキを100mLの水に解膠し、再度吸引ろ過した。解膠、吸引ろ過の工程を2度繰り返し、30℃にて一晩減圧乾燥したところ、擬ポリロタキサンが白色固体として得られた。
この擬ポリロタキサンの被覆率をプロトンNMR測定により求めたところ、48.0%であった。
なお、比較例1では、高被覆率の擬ポリロタキサンが析出(白濁)したため、末端の封止を行うことができなかった。そのため、被覆率としては、析出した擬ポリロタキサンの被覆率を求めた。また、比較例1においては、反応に使用した両末端カルボキシル変性ポリエチレングリコールの58%が擬ポリロタキサンに消費されていた。