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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022162832
(43)【公開日】2022-10-25
(54)【発明の名称】低変態温度フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20221018BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20221018BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20221018BHJP
   C22C 38/04 20060101ALN20221018BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
B23K35/30 A
C22C38/00 301A
C22C38/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067856
(22)【出願日】2021-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加納 覚
(72)【発明者】
【氏名】麻 寧緒
(72)【発明者】
【氏名】平岡 和雄
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA05
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA10
4E084BA11
4E084BA12
4E084BA13
4E084BA14
4E084BA15
4E084BA16
4E084BA18
4E084CA13
4E084CA23
4E084CA25
4E084CA26
4E084DA10
4E084EA06
(57)【要約】
【課題】全姿勢溶接における溶接作業性が優れているとともに、耐高温割れ性が良好である溶接金属を得ることができる低変態温度フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】低変態温度フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対する酸不溶性Ti、Si、Al、Zr、Mn、Fe及びCの含有量が所定の範囲に規定されているとともに、Cr:11.0質量%以上17.0質量%以下、Ni:6.5質量%以上8.9質量%以下を含有する。また、ワイヤ中のCr含有量、Ni含有量、酸不溶性Ti含有量を、ワイヤ全質量に対する質量%で、それぞれ[Cr]、[Ni]、[酸不溶性Ti]と表す場合に、[Cr]/[Ni]:1.60以上2.19以下であり、[酸不溶性Ti]/([Ni]+[Cr]):0.170以上0.250以下、である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスが充填された低変態温度フラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
酸不溶性Ti:3.5質量%以上6.5質量%以下、
Si:0.8質量%以上1.6質量%以下、
Al:0.3質量%以上0.7質量%以下、
Zr:1.0質量%以上2.0質量%以下、
Mn:0.2質量%以上2.5質量%以下、
Cr:11.0質量%以上17.0質量%以下、
Ni:6.5質量%以上8.9質量%以下、
Fe:55質量%以上、を含有し、
C:0.06質量%以下(0質量%を含む)であり、
ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cr]と表し、
ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Ni]と表し、
ワイヤ中の酸不溶性Ti含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[酸不溶性Ti]と表す場合に、
[Cr]/[Ni]:1.60以上2.19以下、
[酸不溶性Ti]/([Ni]+[Cr]):0.170以上0.250以下、であることを特徴とする、低変態温度フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
酸可溶性Ti:0.4質量%以上1.2質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1に記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
Bi:0.01質量%以上0.10質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
F:0.05質量%以上0.40質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【請求項5】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
Na及びKの総量:0.10質量%以上0.60質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【請求項6】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
Nb及びVの総量:0.10質量%以下、であることを特徴とする、請求項1~5のずれか1項に記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低変態温度フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
船舶においては、船体構造の一部で、溶接により生じた引張残留応力と船体に繰り返し付与される応力とが、溶接止端部に集中して、金属疲労による亀裂が発生する。このような亀裂に対し、従来の溶接による修繕法により補修すると、補修部において、溶接金属の収縮により、引張残留応力が再生成され、その結果、補修箇所から亀裂が再発生する場合が多かった。
そこで、上記のような船舶における亀裂に対しては、近時、亀裂発生部の部材を交換するか、又は溶接補修と共に、補強材を追加し、挿入する対処法が採用されてきた。しかしながら、亀裂発生場所によっては、対策が難しい場合や工期やコストの増加となる上に、再発防止を保障する恒久的な補修とはなり得ないことが多かった。
【0003】
補修部において亀裂が再発しにくい新たな補修方法として、低変態温度(LTT:Low Transformation Temperature)溶接材料を用いた伸長ビード溶接法が提案されている。
【0004】
低変態温度溶接材料とは、溶接金属の膨張を伴うマルテンサイト変態を活用した溶接材料であり、低変態温度となるように、溶接金属成分が設計された溶接材料を総称する。すなわち、低変態温度溶接材料は、各種合金成分を含有することで、主に溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(以下、「Ms点」ともいう。)が調整されている。具体的には、常温以上の温度でマルテンサイト変態が開始するように設計されていることが、低変態温度溶接材料の特徴である。
低変態温度溶接材料を用いた溶接金属においては、Ms点が常温に近い程、マルテンサイト変態の膨張効果を最大限活用することが可能であり、溶接部周辺に導入される圧縮残留応力も大きくなる。その効果を活用し、船舶や橋梁などの鋼構造物の溶接部の応力集中箇所に対して、疲労寿命向上を目的に伸長ビード溶接法への適用が検討されている。低変態温度溶接材料を用いた伸長ビード溶接法は、船舶の修繕工程のみならず、新造船の建造工程においても適用が検討されている。更に、低変態温度溶接材料は近年、橋梁などのすみ肉溶接部の止端部に付加溶接することで、一定の疲労寿命向上効果が得られることも明らかとなってきた。
【0005】
例えば、特許文献1には、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の低変態温度溶接材料を用いて、ガセット板の端部から伸長するビードを形成する溶接方法により、構造物を補修又は補強する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5881055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、船舶及び橋梁等の鋼構造物は、溶接箇所が多種多様であり、様々な溶接姿勢で溶接を行う必要がある。このため、全姿勢溶接が可能な低変態温度溶接材料が求められている。
しかしながら、従来の低変態温度溶接材料では、全姿勢溶接における溶接作業性を良好としつつ、耐高温割れ性が良好である溶接金属を得ることが困難であった。
【0008】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、全姿勢溶接における溶接作業性が優れているとともに、耐高温割れ性が良好である溶接金属を得ることができる低変態温度フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記目的は、低変態温度フラックス入りワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0010】
[1] 鋼製外皮にフラックスが充填された低変態温度フラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
酸不溶性Ti:3.5質量%以上6.5質量%以下、
Si:0.8質量%以上1.6質量%以下、
Al:0.3質量%以上0.7質量%以下、
Zr:1.0質量%以上2.0質量%以下、
Mn:0.2質量%以上2.5質量%以下、
Cr:11.0質量%以上17.0質量%以下、
Ni:6.5質量%以上8.9質量%以下、
Fe:55質量%以上、を含有し、
C:0.06質量%以下(0質量%を含む)であり、
ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cr]と表し、
ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Ni]と表し、
ワイヤ中の酸不溶性Ti含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[酸不溶性Ti]と表す場合に、
[Cr]/[Ni]:1.60以上2.19以下、
[酸不溶性Ti]/([Ni]+[Cr]):0.170以上0.250以下、であることを特徴とする、低変態温度フラックス入りワイヤ。
【0011】
低変態温度フラックス入りワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[6]に関する。
【0012】
[2] さらに、ワイヤ全質量に対して、
酸可溶性Ti:0.4質量%以上1.2質量%以下、を含有することを特徴とする、[1]に記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【0013】
[3] さらに、ワイヤ全質量に対して、
Bi:0.01質量%以上0.10質量%以下、を含有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【0014】
[4] さらに、ワイヤ全質量に対して、
F:0.05質量%以上0.40質量%以下、を含有することを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【0015】
[5] さらに、ワイヤ全質量に対して、
Na及びKの総量:0.10質量%以上0.60質量%以下、を含有することを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【0016】
[6] さらに、ワイヤ全質量に対して、
Nb及びVの総量:0.10質量%以下、であることを特徴とする、[1]~[5]のいずれか1つに記載の低変態温度フラックス入りワイヤ。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、全姿勢溶接における溶接作業性が優れているとともに、耐高温割れ性が良好である溶接金属を得ることができる低変態温度フラックス入りワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0019】
本実施形態における含有量とは、特に説明がない限り、低変態温度フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%を意味する。また、本実施形態に係る低変態温度フラックス入りワイヤ(以下、単に「フラックス入りワイヤ」又は「ワイヤ」ともいう。)に含有される各元素及び各化合物は、鋼製外皮及びフラックスのいずれかに含有されていればよく、鋼製外皮及びフラックスの両方に含有されていてもよい。
さらに、上記各元素は、特筆しない限り、金属の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていても、化合物の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていてもよく、また、金属及び化合物の両方の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていてもよい。したがって、特筆しない限り、上記各元素がどのような形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていても、元素単体に換算した換算値で規定する。例えば、Siを例に挙げる場合に、Si含有量とは、金属SiとSi化合物のSi換算値の合計をいう。なお、金属Siとは、Si単体及びSi合金を含む。
【0020】
[1.低変態温度フラックス入りワイヤ]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、鋼製外皮(以下、単に「外皮」ともいう。)にフラックスが充填されたものである。
本実施形態において、ワイヤの外径は特に限定されないが、例えば、0.9mm以上、1.6mm以下であることが好ましい。また、フラックス充填率は、ワイヤ中の各元素の含有量が本発明の範囲内であれば、任意の値に設定することができるが、よりワイヤの伸線性及びワイヤ送給性を向上させるためには、例えば、ワイヤ全質量に対して15質量%以上、30質量%以下とすることが好ましい。さらに、ワイヤは、外皮に継ぎ目を有する場合、継ぎ目を有しない場合など、その継ぎ目の形態や断面の形状に制限はない。
【0021】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行った。その結果、ワイヤ中のMn、Cr及びNi含有量を適切に制御するとともに、Cr含有量とNi含有量との比を所定の範囲に制御することにより、低変態温度溶接材料の設計において肝要であるMs点の調整を可能にすることを見出した。すなわち、Cr含有量及びNi含有量を用いたパラメータを最適化すれば、耐高温割れ性に優れ、Ms点が確実に常温以上に設定された溶接金属を得ることができ、溶接金属近傍に十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0022】
また、本発明者らは、ワイヤ中の酸不溶性Ti、Si、Al及びZr含有量を適切に制御するとともに、酸不溶性Ti含有量、Ni含有量及びCr含有量を用いたパラメータを所定の値に制御することにより、優れた溶接作業性を得ることができることを見出した。すなわち、このパラメータを最適化することにより、全姿勢溶接において、優れたスラグ剥離性、ビード形状及びアーク安定性を得ることができる。
【0023】
以下、具体的なワイヤの化学成分組成、その含有量の数値限定理由について、更に詳細に説明する。
【0024】
<酸不溶性Ti:3.5質量%以上6.5質量%以下>
本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおいては、酸不溶性Tiと、酸可溶性Tiとを区別し、酸不溶性Tiの含有量を限定するとともに、酸可溶性Tiの含有量の好ましい範囲を限定している。酸不溶性Ti及び酸可溶性Tiの定義については後述する。
【0025】
TiO等の酸不溶性Tiは、スラグ生成剤として機能し、立向上進や上向姿勢などでの溶接を容易とし、全姿勢において、良好な溶接作業性を得る効果を有する成分である。また、酸不溶性Tiは、溶接スラグの熱膨張率を調製し、溶接金属と溶接スラグの熱膨張差を増加させることにより、スラグ剥離性を向上させる効果も有する。ワイヤ中の酸不溶性Ti含有量が3.5質量%未満であると、上記効果を得ることができず、スラグ剥離性及びビード形状が不良になるとともに、溶接金属の靱性を向上させる効果を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対する酸不溶性Ti含有量は、3.5質量%以上とし、4.0質量%以上であることが好ましく、4.5質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中の酸不溶性Ti含有量が6.5質量%を超えると、アークの安定性が悪くなるため、ビード形状が劣化するとともに、スラグ剥離性も劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対する酸不溶性Ti含有量は、6.5質量%以下とし、6.0質量%以下であることが好ましく、5.5質量%以下であることがより好ましい。
【0026】
(酸不溶性Ti、酸可溶性Ti)
Ti、Ti合金及びTi化合物のうち、「酸不溶性Ti」とは、王水(体積比で、濃塩酸:濃硝酸=3:1で混合した液体)に溶解しないものをいい、「酸可溶性Ti」は王水に溶解するものをいう。
ワイヤ中の「酸不溶性Ti」の含有量及び「酸可溶性Ti」の含有量は、ICP(Inductively Coupled Plasma;高周波誘導結合プラズマ)法により、分析することで得ることができる。
【0027】
一般に、Tiは、金属若しくは合金の形態で、又は酸化物や金属間化合物などの化合物の形態で、フラックス入りワイヤに含有される。なお、ワイヤ中に含有されるTi源の具体例としては、金属Ti、Fe-Ti、ルチール、チタンスラグ、イルメナイト等が挙げられる。これらのTi源のうち、「酸可溶性Ti」としては、金属Ti、Fe-Tiなどが挙げられる。また、「酸不溶性Ti」としては、ルチール、チタンスラグ、イルメナイトなどが挙げられる。
本願明細書において、「酸不溶性Ti」、「酸可溶性Ti」とは、それぞれ、上記Ti源のTi換算値を表す。
【0028】
<Si:0.8質量%以上1.6質量%以下>
Siは、溶融プール内での溶融スラグの粘性及び融点を調整して、スラグの被包性を良好にする効果を有する成分である。ワイヤ中に所定量のSiを含有させることにより、ビード形状を良好にすることができるとともに、スラグ剥離性も良好にすることができる。ワイヤ中のSi含有量が0.8質量%未満であると、全姿勢溶接においてスラグ被包性が不良となり、スラグ剥離性及びビード形状が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、0.8質量%以上とし、0.9質量%以上であることが好ましく、1.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のSi含有量が1.6質量%を超えると、溶融スラグの凝固が遅くなり、立向上進溶接及び立向下進溶接において溶接金属の垂れが発生し、ビード形状が不良となる。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、1.6質量%以下とし、1.4質量%以下であることが好ましく、1.3質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
<Al:0.3質量%以上0.7質量%以下>
Alは、溶融スラグの粘性及び凝固温度を調整し、立向上進溶接のビード形状を良好にする効果を有する成分である。ワイヤ中のAl含有量が0.3質量%未満であると、ウィービング法及びストレート法での立向上進溶接において、ビード形状及びビード外観が不良となる。したがって、ワイヤ全質量に対するAl含有量は、0.3質量%以上とし、0.4質量%以上であることが好ましい。
一方、ワイヤ中のAl含有量が0.7質量%を超えると、全姿勢溶接においてスパッタ発生量が増加する。また、スラグの融点が高くなり、冷却速度が速いビード部にスラグが残って、スラグ剥離性が悪くなる。したがって、ワイヤ全質量に対するAl含有量は、0.7質量%以下とし、0.6質量%以下であることが好ましい。
【0030】
<Zr:1.0質量%以上2.0質量%以下>
Zrは、溶融スラグの粘性及び凝固温度を調整し、立向上進溶接のビード形状を良好にする効果を有する成分である。ワイヤ中のZr含有量が1.0質量%未満であると、ウィービング法及びストレート法での立向上進溶接において、ビード形状及びビード外観が不良となる。したがって、ワイヤ全質量に対するZr含有量は、1.0質量%以上とし、1.1質量%以上であることが好ましく、1.2質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のZr含有量が2.0質量%を超えると、全姿勢溶接においてスパッタ発生量が増加する。また、スラグの融点が高くなり、冷却速度が速いビード部にスラグが残って、スラグ剥離性が悪くなる。したがって、ワイヤ全質量に対するZr含有量は、2.0質量%以下とし、1.8質量%以下であることが好ましく、1.7質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
<Mn:0.2質量%以上2.5質量%以下>
Mnは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分である。また、ワイヤ中に所定量のMnを含有させることにより、溶接金属のMs点を低下させることができる。ただし、本実施形態において、Mnは、溶接金属のMs点の調整を主目的として、ワイヤ中に含有されるのではなく、必要最低限の溶接金属の強度を得ることを目的として、ワイヤ中に含有される。
ワイヤ中のMn含有量が0.2質量%未満であると、所望の強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、0.2質量%以上とし、0.5質量%以上であることが好ましく、0.6質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のMn含有量が2.5質量%を超えると、溶接金属の強度が増加して、靱性が低下する上に、高温割れへの懸念が高まる。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、2.5質量%以下とし、2.3質量%以下であることが好ましく、2.0質量%以下であることがより好ましく、1.6質量%以下であることがさらに好ましい。
【0032】
<Cr:11.0質量%以上17.0質量%以下>
Crは、溶接金属の強度と靱性の両立に有効な成分である。また、ワイヤ中に所定量のCrを含有させることにより、溶接金属のMs点を低下させることができる。さらに、Crは、溶接金属に一定量のδフェライトをもたらす成分でもあり、Ni量との相関関係も考慮して、ワイヤ中に所定量のCrを含有させることにより、溶接金属の高温割れを防止することができる。なお、δフェライトとは、本実施形態に係るフラックス入りワイヤを用いて得られる溶接金属の凝固モード(FAモード:初晶フェライト+(フェライト+オーステナイト)二相凝固)に準じて晶出する、初晶フェライトを意味する。
【0033】
ワイヤ中のCr含有量が11.0質量%未満であると、本実施形態に係るワイヤにおけるNi含有量の範囲では、溶接金属でδフェライトが低位となり、高温割れが発生する。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、11.0質量%以上とし、13.0質量%以上であることが好ましく、14.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ全質量に対するCr含有量が17.0質量%を超えると、本実施形態に係るワイヤにおけるNi含有量の範囲では、溶接金属のMs点が常温未満となる。その結果、常温でマルテンサイト変態を生じなくなり、溶接部近傍に、十分な圧縮残留応力を付与することができず、低変態温度溶接材料としての性能が著しく損なわれる。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、17.0質量%以下とし、16.5質量%以下であることが好ましく、16.0質量%以下であることがより好ましい。
【0034】
<Ni:6.5質量%以上8.9質量%以下>
Niは、主に、溶接金属の靱性を得るために必要な成分である。また、Crと同様に、ワイヤ中に所定量のNiを含有させることにより、溶接金属のMs点を低下させることができる。なお、上記Niが有する効果は、適切な含有量でワイヤ中にNiが含有されることによって発揮されるが、本実施形態に係るワイヤにおけるCr含有量との相関関係も考慮することが必要となる。すなわち、ワイヤ中のNi含有量及びCr含有量を適切に制御することにより、溶接金属において、常温以上でマルテンサイト変態を生じ、且つ良好な耐高温割れ性も確保することができる。
【0035】
ワイヤ中のNi含有量が6.5質量%未満であると、本実施形態に係るワイヤにおけるCr含有量の範囲では、溶接金属のMs点が高くなり過ぎて、冷却過程でマルテンサイト変態の膨張効果が弱められ、溶接部近傍で、最終的に得られる圧縮残留応力は低位となる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、6.5質量%以上とし、6.6質量%以上であることが好ましく、6.7質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のNi含有量が8.9質量%を超えると、本実施形態に係るワイヤにおけるCr含有量の範囲では、δフェライトが低位となり、高温割れが発生しやすくなる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、8.9質量%以下とし、8.0質量%以下であることが好ましく、7.5質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
<Fe:55質量%以上>
Feは、本実施形態に係るワイヤの主成分である。ワイヤ全質量に対するFe含有量は、55質量%以上とし、58質量%以上であることが好ましく、60質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のFe含有量の上限は特に規定しないが、ワイヤ全質量に対するFe含有量は75質量%以下であることが好ましく、73質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
<C:0.06質量%以下(0質量%を含む)>
Cは、アーク集中性を促進することによって、アークの安定性を向上させ、溶接作業性に寄与する元素であるが、溶接金属の高温割れに対して有害な元素でもある。
ワイヤ中のC含有量が0.06質量%を超えると、溶接金属において高温割れ発生の懸念が高まる。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は、0.06質量%以下とし、0.05質量%以下であることが好ましい。
なお、ワイヤ中のC含有量を0質量%とすることは難しいが、C含有量は0質量%であってもよい。ただし、上述のとおり、Cは、アーク集中性を促進することによって、アークの安定性を向上させ、良好な溶接作業性を得ることができる元素であるため、このような効果を得るために、ワイヤ全質量に対するC含有量は、0質量%超であることが好ましく、0.01質量%以上であることがより好ましい。
【0038】
<[Cr]/[Ni]:1.60以上2.19以下>
本発明者らが鋭意検討した結果、低変態温度溶接材料の設計で肝要なMs点の調整には、下記式(1)により得られる値を所定の範囲に制御することが、有効であることを見出した。すなわち、下記式(1)により得られる値を最適化すれば、耐高温割れ性に優れ、Ms点が確実に常温以上に設定された溶接金属を得ることができ、溶接金属近傍に十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0039】
[Cr]/[Ni] ・・・式(1)
【0040】
上記式(1)により得られる値が1.60未満であると、溶接金属においてδフェライトが低位となるため、溶接金属の高温割れが発生する。したがって、上記式(1)により得られる値は、1.60以上とし、1.65以上であることが好ましく、1.70以上であることがより好ましい。
一方、式(1)により得られる値が2.19を超えると、溶接金属のMs点が常温未満となり、常温でマルテンサイト変態を生じなくなり、溶接部近傍に十分な圧縮残留応力を付与することができない。したがって、上記式(1)により得られる値は、2.19以下とし、2.17以下であることが好ましく、2.15以下であることがより好ましい。
【0041】
なお、上記式(1)中において、[Cr]は、ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
また、[Ni]は、ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0042】
<[酸不溶性Ti]/([Ni]+[Cr]):0.170以上0.250以下>
本発明者らが鋭意検討した結果、スラグ剥離性、ビード形状及びアーク安定性を良好にするためには、下記式(2)により得られる値を所定の範囲に制御することが、有効であることを見出した。すなわち、下記式(2)により得られる値を最適化すれば、全姿勢溶接において、良好な溶接作業性を得ることができる。
【0043】
[酸不溶性Ti]/([Ni]+[Cr]) ・・・式(2)
【0044】
上記式(2)により得られる値が0.170未満であると、ワイヤ中のCr含有量及びNi含有量に対して、必要な酸不溶性Tiの含有量が不足するため、スラグ剥離性が劣化するとともに、アーク安定性及びビード形状も劣化する。したがって、上記式(2)により得られる値は、0.170以上とし、0.180以上であることが好ましく、0.185以上であることがより好ましい。
一方、上記式(2)により得られる値が0.250を超えると、ワイヤ中のCr含有量及びNi含有量に対して、酸不溶性Tiの含有量が過剰になるため、アーク安定性及びビード形状が劣化する。したがって、上記式(2)により得られる値は、0.250以下とし、0.240以下であることが好ましく、0.235以下であることがより好ましい。
【0045】
なお、上記式(2)中において、[Cr]及び[Ni]は、上記式(1)における[Cr]及び[Ni]と同じ意味を示す。
また、[酸不溶性Ti]は、ワイヤ中の酸不溶性Tiの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0046】
<酸不溶性Ti、Si、Al、Zr、Mn、Cr、Ni、Fe及びCの含有量の合計:88質量%以上>
本実施形態に係るワイヤにおいて、必須成分である酸不溶性Ti、Si、Al、Zr、Mn、Cr、Ni及びFeの含有量と、任意成分であるC含有量との合計は、88質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましく、93質量%以上であることがさらに好ましく、95質量%以上であることが特に好ましい。
【0047】
また、本実施形態に係るワイヤは、さらに、酸可溶性Ti、Bi、F、Na、K、Nb及びVから選択される成分を、それぞれ以下に示す含有量の範囲内で含有することが好ましい。これらの元素がワイヤ中に含有される場合の好ましい含有量及びその含有量の限定理由について、以下に説明する。
【0048】
<酸可溶性Ti:0.4質量%以上1.2質量%以下>
本実施形態においては、溶接金属の強度及び靱性を向上させるとともに、溶接金属の耐食性を向上させる目的で、ワイヤ中に酸可溶性Tiを含有させることができる。ワイヤ中の酸可溶性Tiの含有量が0.4質量%以上であると、溶接金属の強度、靱性及び耐食性を向上させる効果を得ることができる。したがって、ワイヤ中に酸可溶性Tiを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対する酸可溶性Ti含有量は、0.4質量%以上とすることが好ましく、0.5質量%以上とすることがより好ましく、0.6質量%以上とすることがさらに好ましい。
また、ワイヤ中の酸可溶性Tiの含有量が1.2質量%以下であると、良好なスラグ剥離性を得ることができる。したがって、ワイヤ中に酸可溶性Tiを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対する酸可溶性Ti含有量は、1.2質量%以下であることが好ましく、1.1質量%以下であることがより好ましく、1.0質量%以下であることがさらに好ましい。
【0049】
<Bi:0.01質量%以上0.10質量%以下>
本実施形態においては、スラグ剥離性を向上させることを目的として、ワイヤ中にBiを含有させることができる。ワイヤ中のBi含有量が0.01質量%以上であると、スラグ剥離性を向上させる効果を得ることができる。したがって、ワイヤ中にBiを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するBi含有量は、0.01質量%以上とすることが好ましい。
また、溶接金属の割れを防止する観点から、ワイヤ全質量に対するBi含有量は、0.10質量%以下とすることが好ましい。
なお、ワイヤ中には、Bi酸化物等の形態でBiを含有させることが可能であり、この場合に、上記Bi含有量とは、Bi酸化物のBi換算値を表す。
【0050】
<F:0.05質量%以上0.40質量%以下>
本実施形態においては、スパッタ発生量を抑制し、アークを安定化させることを目的として、ワイヤ中にFを含有させることができる。ワイヤ中のF含有量が0.05質量%以上であると、スパッタ発生量を抑制し、アークを安定化する効果を得ることができる。したがって、ワイヤ中にFを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するF含有量は、0.05質量%以上とすることが好ましく、0.10質量%以上とすることがより好ましく、0.15質量%以上とすることがさらに好ましい。
また、ワイヤ全質量に対するF含有量は、スパッタ、ヒュームを抑制する観点から、0.40質量%以下とすることが好ましく、0.35質量%以下とすることがより好ましく、0.25質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0051】
<Na及びKの総量:0.10質量%以上0.60質量%以下>
本実施形態においては、アークを安定化させることを目的として、ワイヤ中にNa及びKのいずれか一方又は両方を含有させることができる。ワイヤ中には、Na及びKの少なくとも一方を含有すればよく、Na及びKの総量が0.10質量%以上であると、スパッタ発生量を抑制でき、アーク安定性を向上させる効果を十分に得ることができる。したがって、ワイヤ中にNa及びKの少なくとも一方を含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するNa及びKの総量は、0.10質量%以上であることが好ましく、0.20質量%以上であることがより好ましく、0.30質量%以上であることがさらに好ましい。
また、ワイヤ全質量に対するNa及びKの総量は、アーク安定性の観点から、0.60質量%以下であることが好ましく、0.50質量%以下であることがより好ましく、0.45質量%以下であることがさらに好ましい。
【0052】
<Nb及びVの総量:0.10質量%以下(0質量%を含む)>
Nb及びVは、いずれも、焼き入れ性を高めることで、溶接金属を高強度化する効果を有する成分であるが、スラグ剥離性に影響を与える成分でもある。ワイヤ中のNb及びVの総量が0.10質量%以下であると、スラグ剥離性を良好に保つことができる。したがって、ワイヤ中にNb及びVの少なくとも一方を含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するNb及びVの総量は、0.10質量%以下とすることが好ましい。
【0053】
<Mo:0.20質量%以下(0質量%を含む)>
本実施形態においては、溶接金属の強度を向上させるとともに、耐食性を向上させることを目的として、ワイヤ中にMoを含有させることができる。
ワイヤ中のMo含有量が0.20質量%以下であると、溶接ビードにガルバニック腐食が生じることを抑制することができる。したがって、溶接金属の強度及び耐食性を向上させることを目的として、ワイヤ中にMoを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するMo含有量は、0.20質量%以下とすることが好ましく、0.15質量%以下とすることがより好ましく、0.10質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0054】
<Cu:0.20質量%以下(0質量%を含む)>
本実施形態においては、溶接金属の低温での靱性を向上させるとともに、耐食性を向上させることを目的として、ワイヤ中にCuを含有させることができる。
Moと同様に、ワイヤ中のCu含有量が0.20質量%以下であると、溶接ビードにガルバニック腐食が生じることを抑制することができる。したがって、溶接金属の低温での靱性及び耐食性を向上させることを目的として、ワイヤ中にCuを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、0.20質量%以下とすることが好ましく、0.15質量%以下とすることがより好ましく、0.10質量%以下とすることがさらに好ましい。
なお、ワイヤ表面にCuメッキを施す場合には、メッキ中に含まれるCuも、本実施形態において規定されるCu含有量の範囲に含まれる。
【0055】
<その他の成分及び不純物>
本実施形態において、上記成分の他に、B、Mg等を含んでいてもよく、高温割れを防止する観点から、ワイヤ全質量に対するB含有量は、0.010質量%以下とすることが好ましい。また、スパッタ発生を抑制する観点から、ワイヤ全質量に対するMg含有量は、0.5質量%以下とすることが好ましい。
その他の残部は不可避的不純物とし、不可避的不純物の総量は、ワイヤ全質量に対して、0.15質量%以下に規制されることが好ましい。不可避的不純物としては、P、S、N、Ca、Sn、Pb等が挙げられる。特に、高温割れを防止する観点から、ワイヤ全質量に対するP含有量及びS含有量は、各々0.030質量%以下であることが好ましい。
【0056】
上記本実施形態に係る低変態温度フラックス入りワイヤは、伸長ビード溶接用としてより好適に使用することができる。本実施形態に係る低変態温度フラックス入りワイヤを伸長ビードの溶接用として使用することにより、全姿勢溶接において、優れた溶接作業性を得ることができるとともに、耐高温割れ性が良好である溶接金属を得ることができる。
【0057】
なお、伸長ビードとは、溶接欠陥もしくは金属疲労などにより割れや亀裂が発生しやすい溶接箇所、既に亀裂が発生している溶接箇所、又は将来的に亀裂が発生すると予測される溶接箇所(例えば、ガセット板などの角回し溶接部やすみ肉溶接部)の表面に、割れや亀裂の成長方向に対して交差する方向に行う肉盛溶接ビードである。
【0058】
[2.低変態温度フラックス入りワイヤの製造方法]
本実施形態に係る低変態温度フラックス入りワイヤは、例えば、以下に示す方法で製造することができる。まず、外皮を構成する鋼帯を、長手方向に送りながら成形ロールにより成形し、U字状のオープン管にする。次に、所定の化学組成となるように、金属又は合金と、化合物等とを所定量配合したフラックスを外皮に充填した後、断面が円形になるように加工する。このとき、外皮の合わせ目に溶接等を施すことにより継ぎ目無しとすることもできる。その後、冷間加工により伸線し、例えば0.9mm以上、2.0mm以下のワイヤ径とすることにより、フラックス入りワイヤを製造することができる。なお、冷間加工の途中に焼鈍を施してもよい。
【0059】
[3.溶接方法]
本実施形態において、溶接方法については特に限定しないが、上記[1.低変態温度フラックス入りワイヤ]を用いて、ガスシールドアーク溶接により、例えば伸長ビードの溶接を実施することができる。
なお、伸長ビードの溶接をする場合の溶接方法において、本実施形態に係る低変態温度フラックス入りワイヤを用いること以外の各種溶接条件については特に限定されず、母材の種類、溶接電圧、溶接電流、溶接姿勢、伸長ビードの長さ等について、フラックス入りワイヤを用いた一般的な伸長ビード溶接方法における条件を用いることができる。伸長ビードの長さは、17mm以上とすることが好ましく、伸長ビードの幅は、下層となる溶接部の溶接幅を完全に覆う幅に設定することが好ましい。また、シールドガスについては、COガス及びAr-COの混合ガスも使用することができる。
【実施例0060】
以下、本実施形態に係る低変態温度フラックス入りワイヤの発明例及び比較例について説明する。
【0061】
[溶接作業性及び溶接金属の評価]
<ワイヤの作製>
まず、下記表1に示す化学成分を有する帯状の鋼製外皮を成形した後、これにフラックスを充填し、種々の成分を有する直径が1.2mmのフラックス入りワイヤを作製した。また、フラックスの充填率は、ワイヤ全質量に対して21質量%以上28質量%以下の範囲となるようにした。
【0062】
<溶接作業性の評価>
次に、得られたフラックス入りワイヤを使用して、下記表2に示す板厚及び化学成分を有する母材に対して、下記表3に示す溶接条件によりガスシールドアーク溶接を実施し、以下に示す種々の溶接作業性について、評価した。なお、母材は2枚使用し、一方の母材の表面に、他方の母材の端面を接触させて配置し、すみ肉溶接を実施した。
また、本実施例においては、全姿勢のうち、難姿勢である立向上進溶接を実施した。難姿勢である立向上進溶接で良好な結果が得られれば、他の溶接姿勢でも良好な溶接作業性が得られると考えられる。
【0063】
(スラグ剥離性)
スラグ剥離性は、溶接金属の表面をタガネで叩き、スラグが容易に剥離するかどうかを観察することにより評価した。
スラグ剥離性の評価基準としては、スラグが溶接金属の表面から容易に剥離して落ちたものを○(良好)とし、スラグが剥離しなかったものを×(不良)とした。
【0064】
(ビード形状)
ビード形状は、溶接後に形成した各溶接部を観察し、視覚的に評価した。
ビード形状の評価基準としては、溶接部のビード形状が平滑で良好であったものを○(良好)とし、ビード形状が凸形状や垂れた形状等となったものを×(不良)とした。
【0065】
(アーク安定性)
アーク安定性は、アークの集中性を官能評価した。
アーク安定性の評価基準としては、アーク集中性が良好であったものを○(良好)とし、アーク集中性が不良であり、アークのバタつきが発生したものを×(不良)とした。
【0066】
<溶接金属の評価>
(高温割れの有無)
溶接作業性評価の溶接で作製したすみ肉溶接金属について、目視および浸透探傷試験により、高温割れの有無を評価した。
高温割れの有無の評価基準としては、高温割れが発生しなかったものを○(良好)とし、1箇所でも高温割れが発生したものを×(不良)とした。
【0067】
使用した各フラックス入りワイヤの化学成分、下記式(1)及び式(2)により得られる値を下記表4及び表5に示し、溶接作業性及び溶接部の評価結果を下記表5に併せて示す。
[Cr]/[Ni] ・・・式(1)
[酸不溶性Ti]/([Ni]+[Cr]) ・・・式(2)
但し、[Cr]は、ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Ni]は、ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[酸不溶性Ti]は、ワイヤ中の酸不溶性Ti含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
【表3】
【0071】
【表4】
【0072】
【表5】
【0073】
上記表4及び5に示すように、ワイヤ中の各成分の含有量、並びに式(1)及び式(2)により得られる値が本発明の数値範囲内であった発明例No.1~4は、溶接作業性が優れ、高温割れがない溶接金属を得ることができた。
【0074】
一方、比較例No.5は、ワイヤ中のCr含有量及び式(1)により得られる値が、本発明の数値範囲における上限値を超えている。したがって、溶接作業性及び高温割れの評価結果は良好であったが、常温でマルテンサイト変態を生じなくなり、溶接部近傍に、十分な圧縮残留応力を付与することができないものと考えられる。
比較例No.6は、ワイヤ中のCr含有量及び式(1)により得られる値が、本発明の数値範囲における下限値未満であったため、高温割れが発生した。
比較例No.7は、式(2)により得られる値が、本発明の数値範囲における下限値未満であったため、溶接作業性の全ての項目について不良となった。
【0075】
比較例No.8は、式(1)により得られる値が、本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、常温でマルテンサイト変態を生じなくなり、溶接部近傍に、十分な圧縮残留応力を付与することができないものと考えらえる。
比較例No.9は、式(1)により得られる値が、本発明の数値範囲における下限値未満であったため、高温割れが発生した。
比較例No.10は、式(2)により得られる値が、本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、ビード形状及びアーク安定性が不良となった。