(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022162862
(43)【公開日】2022-10-25
(54)【発明の名称】フィラグリン及びヒアルロン酸産生促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/65 20060101AFI20221018BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20221018BHJP
A61P 17/16 20060101ALI20221018BHJP
A61K 8/9789 20170101ALI20221018BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20221018BHJP
A61Q 1/00 20060101ALI20221018BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20221018BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20221018BHJP
【FI】
A61K36/65
A61P43/00 111
A61P17/16
A61K8/9789
A61Q19/00
A61Q1/00
A23L33/105 ZNA
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067905
(22)【出願日】2021-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(71)【出願人】
【識別番号】521157948
【氏名又は名称】株式会社JIAアグリ&バイオ
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野村 義宏
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 栄
【テーマコード(参考)】
4B018
4C083
4C088
【Fターム(参考)】
4B018MD48
4B018ME14
4B018MF01
4C083AA111
4C083AA112
4C083CC02
4C083CC03
4C083CC11
4C083DD14
4C083DD15
4C083DD16
4C083DD17
4C083DD23
4C083DD27
4C083EE12
4C083EE13
4C083FF01
4C088AB58
4C088AC03
4C088BA08
4C088BA09
4C088CA03
4C088CA05
4C088CA25
4C088MA16
4C088MA23
4C088MA31
4C088MA32
4C088MA35
4C088MA37
4C088MA41
4C088MA43
4C088MA52
4C088MA55
4C088MA56
4C088MA59
4C088MA60
4C088MA63
4C088MA66
4C088NA14
4C088ZA89
4C088ZC02
(57)【要約】
【課題】フィラグリン産生促進作用を有し、皮膚保湿効果を発揮する医薬品、医薬部外品、化粧品、食品或いはこれらに配合する素材を提供する。
【解決手段】シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするフィラグリン産生促進剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするフィラグリン産生促進剤。
【請求項2】
シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするヒアルロン酸産生促進剤。
【請求項3】
シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とする皮膚保湿剤。
【請求項4】
シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするフィラグリン産生促進用食品。
【請求項5】
シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするヒアルロン酸産生促進用食品。
【請求項6】
シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とする皮膚保湿用食品。
【請求項7】
抽出物がシャクヤク花弁の熱水抽出物若しくはエタノール-水抽出物、又はシャクヤクから誘導されたカルスのエタノール-水抽出物である、請求項1~3のいずれか1項に記載の剤、又は請求項4~6のいずれか1項に記載の食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィラグリン産生促進剤、ヒアルロン酸産生促進剤及び皮膚保湿剤に関する。
【背景技術】
【0002】
表皮の角質層は皮膚の最上面に位置し、水分の蒸散を押さえることで保湿機能を果たしている。また,外界からの微生物やウィルスの進入、紫外線、侵襲刺激を抑制するバリア機能を果たしている。
【0003】
フィラグリンは、表皮顆粒細胞内のケラトヒアリン顆粒に由来する塩基性タンパク質の一種であり、角層内でケラチンフィラメントを凝集させ、角層の組織構造の構築において重要な役割を担っている。顆粒細胞内のケラトヒアリン顆粒には、フィラグリンの前駆物質であるプロフィラグリンが多量に存在し、プロフィラグリンは脱リン酸化とプロテアーゼの作用とを経てフィラグリンに分解される。
フィラグリンは角質細胞の細胞質内でケラチン線維を凝集させたのち、角質層上層で天然保湿因子(Natural Moisturizing Factors; NMF)へと分解される(非特許文献1)。天然保湿因子は、水との親和性が高いアミノ酸やアミノ酸誘導体から構成され、皮膚角質層の水分保持に重要な役割を果たすと考えられ、乾燥の度合いが高い皮膚においては、角層中のNMFが少ないことが明らかになっている(非特許文献2)。
【0004】
また、フィラグリン欠損マウスにおいて、IL-1の産生が高まり慢性的な皮膚炎症が起きること(非特許文献3)、アトピー性皮膚炎患者においてフィラグリンの遺伝子変異の割合が多く、フィラグリンが産生されにくいことが報告されている(非特許文献4)。すなわち、アトピー性皮膚炎のような乾燥肌を伴う疾患においては、フィラグリン発現が減少し、また角質層中のアミノ酸が減少することが知られている。また、プロフィラグリンのN末端領域には核移行シグナルが存在しており、表皮細胞の核内に移行して表皮の最終的な分化制御やバリア機能の形成に関与すると考えられている(非特許文献5)。
したがって、フィラグリンの発現を促進させることは、皮膚の保水能や表皮細胞の正常な分化を促す上で重要であると考えられる。
【0005】
また、ヒアルロン酸は、コラーゲン、エラスチン等と共に真皮細胞外マトリックスを構成し、表皮細胞や線維芽細胞等の細胞の外にあって、細胞の保護、組織水分の保持、柔軟性の維持、潤滑性の保持等において重要な役割を担っている。皮膚のヒアルロン酸の産生量は、加齢とともに減少することが知られており、その結果、細胞の保湿力を低下させて乾燥、肌荒れ、シミ、皺等の症状を引き起こす原因となる。また、近年、紫外線等の外的要因も、ヒアルロン酸量の減少を誘導する因子とされており、乾燥肌や肌荒れの要因となると考えられる。したがって、ヒアルロン酸産生の促進は、皮膚の保湿機能を維持又は改善する上で重要である。
【0006】
従来、フィラグリンの発現やヒアルロン酸の産生を促進させる植物やその成分について種々検討され、例えばカンゾウの抽出物(特許文献1)、カンナの抽出物(特許文献2)、紫根の抽出物(特許文献3)等にフィラグリンの発現促進作用があること、クロミキイチゴ抽出物やヒマラヤンラズベリー抽出物(特許文献4)、トゲドコロの植物体又はその抽出物(特許文献5)にヒアルロン酸産生促進作用があることが見出されている。
【0007】
ボタン科の多年草であるシャクヤク(芍薬)は、古くから薬用植物として知られ、その根部が、鎮痛・鎮痙、収斂、緩和作用等に効果があるとされ、利用されてきた。一方、シャクヤクの花弁はポプリやハーブ茶等に利用されることもあるが、摘花され廃棄されることが多く、あまり利用されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002-363054号公報
【特許文献2】特開2017-88538号公報
【特許文献3】特開2018-35144号公報
【特許文献4】特開2013-018734号公報
【特許文献5】特開2012-056919号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Yayoi Kamata, Aya Taniguchi, Mami Yamamoto, Junko Nomura, Kazuhiko Ishihara, Hidenari Takahara, Toshihiko Hibino, and Atsushi Takeda, Neutral Cysteine Protease Bleomycin Hydrolase Is Essential for the Breakdown of Deiminated Filaggrin into Amino Acids. J Biol Chem. 2009; 284(19): 12829-12836.
【非特許文献2】L Feng, P Chandar, N Lu, C Vincent, J Bajor, H McGuiness, Characteristic differences in barrier and hygroscopic properties between normal and cosmetic dry skin. II. Depth profile of natural moisturizing factor and cohesivity. Int. J Cosmetic Science, 2014, 36(3): 231-238.
【非特許文献3】Nathan K. Archer, Jay-Hyun Jo, Steven K. Lee, Dongwon Kim, Barbara Smith, Roger V. Ortines, Yu Wang, Mark C. Marchitto, Advaitaa Ravipati, Shuting S. Cai, Carly A. Dillen, Haiyun Liu, Robert J. Miller, Alyssa G. Ashbaugh, Angad S. Uppal, Michiko Oyoshi, Nidhi Malhotra, Sabine Hoff, Luis A Garza, Heidi H. Kong, Julia A. Segre, Raif S. Geha, and Lloyd S. Miller, Injury, dysbiosis and filaggrin deficiency drive skin inflammation via keratinocyte IL-1α release. J Allergy Clin Immunol. 2019 Apr; 143(4): 1426-1443.e6.
【非特許文献4】W H Irwin McLean, Alan D Irvine, Heritable Filaggrin Disorders: The Paradigm of Atopic Dermatitis. J Invest Dermatol. 2012 Nov;132 Suppl 3:E20-21.
【非特許文献5】M Yamamoto-Tanaka, T Makino, A Motoyama, M Miyai, R Tsuboi, and T Hibino. Multiple pathways are involved in DNA degradation during eratinocyte terminal differentiation. Cell Death Dis. 2014 Apr; 5(4): e1181.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、フィラグリン及びヒアルロン酸産生促進作用を有し、皮膚保湿効果を発揮する医薬品、医薬部外品、化粧品、食品或いはこれらに配合する素材を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題に鑑みて検討したところ、シャクヤク花弁又はその抽出物、及びシャクヤクから誘導されたカルスの抽出物に優れたフィラグリン及びヒアルロン酸産生促進作用があり、これが皮膚の天然保湿因子(NMF)の産生促進や皮膚保湿能の向上に有用であることを見出した。
【0012】
すなわち本発明は、以下の1)~7)に係るものである。
1)シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするフィラグリン産生促進剤。
2)シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするヒアルロン酸産生促進剤。
3)シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とする皮膚保湿剤。
4)シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするフィラグリン産生促進用食品。
5)シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とするヒアルロン酸産生促進用食品。
6)シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を有効成分とする皮膚保湿用食品。
7)抽出物がシャクヤク花弁の熱水抽出物若しくはエタノール-水抽出物、又はシャクヤクから誘導されたカルスのエタノール-水抽出物である、1)~3)のいずれかの剤、又は4)~6)のいずれかの食品。
【発明の効果】
【0013】
本発明のフィラグリン産生促進剤、ヒアルロン酸産生促進剤又は皮膚保湿剤によれば、フィラグリン又はヒアルロン酸の産生を促進することにより、皮膚の天然保湿因子量を増加させ、皮膚保湿能を向上させることができる。よって、本発明によれば、乾燥肌を伴う疾患又は状態の改善等に有用な医薬品、医薬部外品、化粧品、食品或いはこれらに配合する素材が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】シャクヤク花弁及びカルスの抽出物の逆相クロマトグラム。PE:花弁熱水抽出物、P30:花弁30%エタノール抽出物、CE:カルス熱水抽出物、C30:カルス30%エタノール抽出物。
【
図2】シャクヤク花弁及び熱水抽出物投与による紫外線照射ヘアレスマウスの皮膚水分量及び経表皮水分蒸散量(TEWL)。PW:花弁、PE:花弁熱水抽出物。
【
図3】シャクヤク花弁及び熱水抽出物投与による紫外線照射ヘアレスマウス背部皮膚のシワスコア。[A]ヘアレスマウスの背部皮膚の写真、[B]シワスコア、PW:花弁、PE:花弁熱水抽出物。
【
図4】シャクヤク花弁及び熱水抽出物投与による紫外線照射ヘアレスマウス背部皮膚のHE及び免疫染色像。[A]HE染色像、[B]抗ラミニン免疫染色像、[C]抗フィラグリン免疫染色像。PW:花弁、PE:花弁熱水抽出物。
【
図5】シャクヤク花弁及び熱水抽出物投与による紫外線照射ヘアレスマウス背部皮膚の表皮厚への影響。PW:花弁、PE:花弁熱水抽出物。
【
図6】シャクヤク花弁熱水抽出物及び構成成分を添加した上皮細胞HaCaTのフィラグリン遺伝子発現量。[A]花弁熱水抽出物(PE)、[B]ペンタガロイルグルコース(PGG)、ペオニフロリン(PF)。
【
図7】抗フィラグリン抗体を用いた表皮細胞培養液のWestern Blottingパターン。PC:ポジティブコントロール(ジンセノシド)。
【
図8】シャクヤク花弁抽出物及びカルス抽出物の表皮細胞のフィラグリン遺伝子発現量への影響。PE:花弁熱水抽出物、P30:花弁30%エタノール抽出物、CE:カルス培養熱水抽出物、C30:カルス30%エタノール抽出物。
【
図9】シャクヤク花弁抽出物及びカルス抽出物の表皮細胞のヒアルロン酸産生への影響。PE:花弁熱水抽出物、P30:花弁30%エタノール抽出物、CE:カルス熱水抽出物。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において、「シャクヤク」とは、ボタン科のシャクヤク(芍薬)(学名:Paeonia lactifloraを指す。
本発明において、シャクヤクは、全草、葉、茎、芽、花弁、蕾、根、根茎、種子等、又はこれらを組み合わせて使用することができるが、好ましくは花弁、蕾、葉、茎であり、より好ましくは花弁である。シャクヤクは、乾燥状態(自然乾燥、凍結乾燥等)のもの、生のものいずれでも好適に使用できる。また、シャクヤクは、適宜粉砕して使用することができる。
【0016】
「シャクヤクから誘導されるカルス」とは、シャクヤクの組織又は細胞を培養することにより細胞分裂を繰返して生じた無定形の組織塊を指す。
培養は、例えば、シャクヤク組織の一部(移植片)を、Murashige-Skoog培地、Linsmaier-Skoog培地、White培地などの一般的培地中、カイネチン、ゼアチン、6-ベンジルアデニン(6-BA)、イソペンテニルアデニン、1-フェニル-3-(1,2,3-チアジアゾール-5-イル)尿素(TDZ)などのサイトカイニン、及びインドール酢酸(IAA)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、ナフタレン酢酸、2,3,6-トリクロロフェノキシ安息香酸、ピクロラムなどのオーキシンの存在下、pH5.6~5.8、22~24℃、暗所で静置培養又は振とう培養することにより行うことができる。
抽出に供するカルスは、生及び乾燥のいずれでもよく、また破砕機で破砕されたものでもよい。
【0017】
シャクヤク又はシャクヤクから誘導されたカルスを抽出するための溶剤には、極性溶剤、非極性溶剤のいずれをも使用することができる。溶剤の具体例としては、例えば、水;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;プロピレングリコール、ブチレングリコール等の多価アルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等の鎖状及び環状エーテル類;ポリエチレングリコール等のポリエーテル類;スクワラン、ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の炭化水素類;トルエン等の芳香族炭化水素類;ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;及び超臨界二酸化炭素;ピリジン類;油脂、ワックス等その他オイル類等の有機溶剤;並びにこれらの混合物が挙げられる。好適には、水、アルコール類、好ましくはエタノール、アルコール(好ましくはエタノール)-水混合液が挙げられる。
【0018】
抽出溶媒の使用量は、十分な抽出効率が得られる条件であれば特に限定されないが、例えば、シャクヤク又はシャクヤクから誘導されたカルスの乾燥物に対して5~60質量倍が好ましく、更に好ましくは5~30質量倍である。
抽出条件は、十分な抽出効率が得られる条件であれば特に限定されない。抽出温度は、0℃以上,使用する溶媒の沸点以下で実施することが好ましく、抽出温度が高温になればより短時間で抽出が可能である。抽出期間(時間)は、例えば、40℃以上に加熱して抽出する場合には10分~1日が好ましく、例えば、40~50℃で12~24時間、50~60℃で2~12時間、60~70で10分~2時間が挙げられる。
また、抽出手段は、特に限定されないが、例えば、固液抽出、液液抽出、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、加圧加熱抽出、蒸留,超臨界抽出等の通常の手段を用いることができる。
【0019】
本発明の抽出物としては、シャクヤク花弁の熱水抽出物、シャクヤク花弁のエタノール-水抽出物、シャクヤクから誘導されたカルスのエタノール-水抽出物が好ましい。
熱水抽出に用いられる抽出水としては、特に限定されず、水道水、井戸水、蒸留水、脱イオン水、超純水(例えば、超純水装置ミリQ(Milli-Q)により精製されたミリQ水)等を挙げることができる。
この場合、抽出温度は、40℃~100℃、より好ましくは60℃~98℃、さらに好ましくは80℃~95℃の熱水を挙げることができ、加圧下では、100℃以上、好ましくは100℃~200℃を挙げることができる。
また、抽出時間は、抽出温度や抽出スケール等を考慮して、適宜設定することができるが、例えば、30分~12時間が挙げられ、好ましくは1時間~5時間、より好ましくは2時間~4時間が挙げられる。また、1回目の抽出を行った残渣を用いて2回目の抽出を行い、1回目の一番液と2回目の二番液とを合わせて本発明に用いる抽出物とすることもできる。
熱水抽出における、乾燥花弁の質量に対する、水(熱水)の容量比は、本発明の効果が得られる有効成分を抽出できる条件であれば、特に制限されない。例えば、シャクヤクの乾燥花弁1gに対して熱水2~100mL、好ましくは熱水5~50mL、より好ましくは熱水5~20mLの比率を挙げることができる。
【0020】
また、エタノール-水抽出に用いられるエタノール-水混合液は、任意の割合で混合して使用することができるが、好ましくはエタノールの割合が20~90%の水溶液(20℃におけるv/v%)であり、より好ましくは30~80%の水溶液である。
【0021】
上記の抽出物は、そのまま用いることもできるが、当該抽出物を希釈、濃縮若しくは凍結乾燥した後、粉末又はペースト状に調製して用いることもできる。
【0022】
また、上記抽出物は、さらに液々分配、固液分配、濾過膜、活性炭、吸着樹脂、イオン交換樹脂等の公知の技術によって不活性な夾雑物を除去して用いることが好ましい。また、抽出物は、必要により公知の方法により脱臭、脱色等の処理を施してから用いてもよい。また、抽出物は、公知の技術及び方法を用いてさらに精製して用いることができる。
【0023】
後述する実施例に示すとおり、シャクヤク花弁又はその抽出物、シャクヤクから誘導されたカルスの抽出物は、表皮細胞のフィラグリン遺伝子発現を有意に促進し、そのタンパク質量を増加させる作用を有する。また、表皮細胞のヒアルロン酸の産生を促進する。
したがって、シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物は、フィラグリン産生促進剤及びヒアルロン酸の産生となり得る。フィラグリンの前駆物質であるプロフィラグリンは、プロスタシン等の酵素によって分解されてフィラグリンとなり、そのフィラグリンは、皮膚角質層でさらに分解されて、皮膚の水分保持に重要な役割を果たす天然保湿因子(NMF)の成分の一つであるアミノ酸となる(前記非特許文献1)。したがって、シャクヤク花弁の熱水抽出物は、フィラグリン産生を促進する作用を介して、天然保湿因子の産生を促進することができ、それによって皮膚保湿効果を発揮することができる。よって、シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物は、皮膚保湿剤となり得る。
斯かるフィラグリン産生促進剤、ヒアルロン酸産生促進剤、皮膚保湿剤は、乾燥肌に伴う疾患又は状態、例えば肌荒れ、皮膚の乾燥ジワ、及びアトピー性皮膚炎、魚鱗癬、老人性乾皮症等の疾患の改善のために有用である。
【0024】
上記フィラグリン産生促進剤、ヒアルロン酸産生促進剤及び皮膚保湿剤は、フィラグリン産生促進のため、ヒアルロン酸産生促進のため、天然保湿因子産生促進のため、皮膚保湿のため、更には肌荒れ、皮膚の乾燥ジワ、及びアトピー性皮膚炎、魚鱗癬、老人性乾皮症等の疾患の改善のための医薬品、医薬部外品、化粧品又は食品として、或いはこれらへ配合するための素材又は製剤とすることができる。
なお、上記の食品(「フィラグリン産生促進用食品」、「ヒアルロン酸産生促進用食品」、「皮膚保湿用食品」とも称す)には、一般飲食品のほか、必要に応じてその旨を表示した食品、機能性食品、病者用食品、特定保健用食品、機能性表示食品、サプリメントが包含される。
【0025】
ここで、「フィラグリン産生促進」とは、フィラグリンの遺伝子発現が促進する等により、生体内のフィラグリン産生が促進され、フィラグリン量が増加することを意味する。
また、「ヒアルロン酸産生促進」とは、皮膚表皮細胞のヒアルロン酸の産生能が促進され、ヒアルロン酸量が増加することを意味する。
【0026】
シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を含有する上記医薬品又は医薬部外品は、任意の投与形態で投与され得る。投与は経口でも非経口でもよい。経口投与のための剤型としては、例えば、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のような固形投薬形態、ならびにエリキシロール、シロップ及び懸濁液のような液体投薬形態が挙げられ、非経口投与のための剤型としては、注射、輸液、局所、外用剤、経皮、経粘膜、経鼻、経腸、吸入、坐剤、ボーラス、貼布剤等が挙げられる。好ましくは、当該医薬品又は医薬部外品は、皮膚外用剤の形態であり得る。
【0027】
上記医薬品又は医薬部外品は、シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を単独で含有していてもよく、又は薬学的に許容される担体と組み合わせて含有していてもよい。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、被膜剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、分散剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、滑沢剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、香料、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。また、当該医薬品や医薬部外品は、シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物の薬理効果が失われない限り、他の有効成分や薬理成分を含有していてもよい。
【0028】
本発明のシャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を含有する化粧品は、シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を単独で含有していてもよく、又は化粧品として許容される担体と組み合わせて含有していてもよい。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、被膜剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、分散剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、滑沢剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、香料、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。また、当該化粧品は、本発明の薬理作用が失われない限り、他の有効成分や化粧成分、例えば、保湿剤、美白剤、紫外線保護剤、細胞賦活剤、洗浄剤、角質溶解剤、メークアップ成分(例えば、化粧下地、ファンデーション、おしろい、パウダー、チーク、口紅、アイメーク、アイブロウ、マスカラ、その他)等を含有していてもよい。化粧品とする場合の形態としては、クリーム、乳液、ローション、懸濁液、ジェル、パウダー、パック、シート、パッチ、スティック、ケーキ等、化粧品に使用され得る任意の形態が挙げられる。好ましくは、上記化粧品は、皮膚保湿用化粧品であり得る。
【0029】
また、本発明のシャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を配合した上記食品の形態は、清涼飲料水、茶系飲料、コーヒー飲料、果汁飲料、炭酸飲料、ゼリー、ウエハース、ビスケット、パン、麺、ソーセージ等の飲食品や栄養食等の各種食品の他、さらには、上述した経口投与製剤と同様の形態(錠剤、カプセル剤、トローチ剤等の固形製剤)の栄養補給用組成物が挙げられる。この内、錠剤、カプセル剤が好ましい。
種々の形態の食品は、本発明のシャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物を単独で、又は他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤等を適宜組み合わせて調製することができる。
【0030】
上記医薬品、医薬部外品、化粧品又は食品は、シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物、必要に応じて上記担体及び/又は他の有効成分や薬理成分を組みあわせて用い、常法により製造することができる。当該医薬品、医薬部外品、化粧品又は食品におけるシャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物の含有量は、乾燥物として製剤全質量中に好ましくは0.00001質量%以上、より好ましくは0.001質量%以上であり、好ましくは10質量%以下、より好ましくは1質量%以下である。
【0031】
また、上記医薬品や食品の投与量は、対象者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、成人1人当たりの1日の投与量は、通常、シャクヤク、シャクヤクから誘導されたカルス又はそれらの抽出物(乾燥物)として、好ましくは0.6g以上、より好ましくは1g以上であり、好ましくは12g以下、より好ましくは6g以下である。上記製剤は、任意の投与計画に従って投与され得るが、1日1回~数回に分け、数週間~数ヶ月間継続して投与することが好ましい。
投与対象としては、皮膚の保湿を必要としている若しくは希望しているヒト、すなわち、乾燥肌に伴う疾患又は状態、例えば肌荒れ、皮膚の乾燥ジワ、及びアトピー性皮膚炎、魚鱗癬、老人性乾皮症等の疾患を有する患者や当該疾患を発症する可能性が高いヒト等が挙げられる。
【実施例0032】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
<製造例>
1.シャクヤク花弁抽出物の調製
(1)シャクヤク花弁の熱水抽出物の調製
シャクヤク花弁を凍結乾燥(FREEZE DRYER FDU-830:東京理化器機株式会社製)した後、電動ミルを用いて粉状に粉砕した。この花弁粉砕物40gにミリQ水20mlを加え、80℃で2時間、2度の抽出を行った。再びガーゼでろ過した後、これら2度の抽出によって得られた抽出液を合わせて凍結乾燥を行った。花弁40.0gから抽出後の凍結乾燥物5.66gを得た。凍結乾燥後瑪瑙乳鉢で粉末状にし、これをシャクヤク花弁熱水抽出物(PE)とした。
【0033】
(2)シャクヤク花弁のエタノール抽出物の調製
(1)と同様に凍結乾燥し粉砕した凍結乾燥花弁粉砕物10gに30%エタノールを20ml加え、超音波をかけながら室温で2時間抽出を行った。ガーゼで濾過して得られた濾液をエバポレーターでエタノールを除去・濃縮した後、濃縮前と同量になるようにミリQ水を加え、凍結乾燥を行った。凍結乾燥後、瑪瑙乳鉢ですりつぶして粉末状にしたものを30%エタノール抽出物(P30)とした。
【0034】
2.シャクヤクの固体培養カルス及びその抽出物の調製
(1)濃度0.25%PVP(polyvinyl pyrolidone)、3%ショ糖、1mg/L 2,4-D及び1mg/L TDZを添加した0.8%寒天培地に、つくばボタン園の薬用芍薬の雑種系統5年生株(無農薬栽培)の蕾の花弁を置床した。培養は、温度24℃、湿度60%、暗所にて行うことでカルスを調製した。
(2)得られたカルスを培地から取り出した後、ろ紙で軽く水分を取除き、凍結乾燥を行った。この凍結乾燥物を瑪瑙乳鉢ですりつぶして粉末状にし、上記1と同様に、熱水及び30%エタノール抽出を行い、カルス熱水抽出物(CE)及びカルス30%エタノール抽出物(C30)を調製した。
【0035】
3.逆相クロマトグラフィーによる成分分析
(1)方法
上記1及び2で調製した各抽出物粉末10mgを10mlの50%メタノールに懸濁し30分振とうすることで10mg/mLの濃度で調製した。残渣に同量の50%メタノールを加え、同様に抽出・ろ過を行い、全濾液を合わせ、0.45μmフィルター(DISMIC-03CP、ADVANTEC社製)に通したものを試料溶液とした。また、ペンタガロイルグルコース標準品(1,2,3,4,6-Penta-O-galloyl-β-D-glucopyranose、和光純薬株式会社製)及びペオニフロリン標準品(和光純薬株式会社製)は、0.1mg/mLで50%メタノールに溶解し、標準溶液とした。試料溶液及び標準溶液をHPLC LC-8020II(東ソー社製)で分析した。分析条件は以下の通りである。
・送液:流速1ml/min
・移動相:(A)アセトニトリル,(B)0.1%リン酸水溶液
・グラジエント条件:0-5min,10-15% A,5-40min,15-30% A,40-45min,30-70% A,45-46min,70-80% A,50-55min,80-10% A,55-65min,10% A
・カラム:TSKgel ODS-80TsQA
・測定温度:40℃
・検出波長:280nm
・注入量:10μl
【0036】
(2)結果
シャクヤク花弁には、ポリフェノールであるペンタガロイルグルコースが豊富に含まれていることが報告されている。
図1にシャクヤク花弁及びカルスの熱水及び30%エタノール抽出物の逆相HPLCパターンを示した(PE:シャクヤク花弁熱水抽出物、CE:カルス熱水抽出物:P30:シャクヤク花弁30%エタノール抽出物、C30:カルス30%エタノール抽出物)。
ペンタガロイルグルコース(PGG)及びペオニフロリン(PF)標準品と同じ保持時間にピークが確認できた。ピークの面積から、サンプル中のPGG及びPF含量を求めた。シャクヤク花弁中のPGG含量は、0.896mg/100mg乾燥重量、PF含量は0.092mg/100mg乾燥重量、熱水抽出物中のPGG含量は0.799mg/100mg乾燥重量、PF含量は0.152mg/100mg乾燥重量となった。
【0037】
<試験例>
シャクヤク花弁抽出物及びカルス抽出物に関する薬理試験の方法及び結果を以下に示す。
尚、すべてのパラメーターについて、正規性の有無、等分散性の有無を確認した。独立2群間の検定において、正規分布に従いかつ等分散である場合は、Student t-testを行った。正規性の有する多群間の検定では一元分散分析を行った。水準間に差がある群間には、Tukey-Kramer’s testにより統計処理を行った。
【0038】
試験例1 光老化モデルに対するシャクヤク花弁及び熱水抽出物の摂取効果
1.方法
(1)光老化皮膚モデル
動物は12時間明暗周期、温度22.8±2℃、湿度は除湿機と加湿機を用いて、52±10%の動物飼育室で飼育した。飼料には一般飼育用固形飼料を用い、自由摂食・自由飲水にのもと、群毎に1つのケージで群飼いとした。3日間の予備飼育後に、体重、皮膚水分量及び皮膚水分蒸散量(TEWL)が等しくなるように群分けを行い、群分けの2日後に本試験を開始した。0.5%トラガカントゴム溶液を溶媒とし1mg/100μlとなるように投与サンプルを調整し、100mg/kg body weightとなるように投与した。
試験群は、UV(-)control群(n=7)、UV(+)control群(n=7)、UV(+)シャクヤク花弁熱水抽出物投与(PE)群(n=7)、UV(+)シャクヤク花弁凍結粉砕物投与(PW)群(n=7)とした。
紫外線照射方法は、Tanakaらの方法に準じて行った。試験期間中1日1回毎日、胃ゾンデによる被験物質溶液を経口投与した。並行して週3回紫外線照射を行った。紫外線照射用UVBランプにはlump GL20SE(SANKYO DENKI社製)を用い、これを並列で3本設置したものを照射器として使用した。このランプは主に280~350nmの波長の光を放ち、306nmで最大となる。照射強度はデジタル紫外線強度計UV-340(アズワン社製)を用いて測定した。照射はマウスを、縦10cm、横6cm、高さ4cmの10連個別ケージに入れて行い、各個別ケージの位置によって照射強度が異なるため、群ごとに毎回位置のローテーションを行い、照射強度の違いを緩和させた。照射は週3回行い、照射時間は、1週目は1分から徐々に照射時間を増やしていき、紅斑形成を防ぐため最大3分45秒とした。照射期間は6週間とし、総照射量は1.39J/cm2であった。
解剖は、被験物質の経口投与30分後に行い、背部皮膚写真を撮影したのち、セボフレン(登録商標)吸入麻酔液(丸石製薬株式会社)による麻酔下、下大静脈採血を行い安楽死させ、背部皮膚を採取した。
皮膚水分量の測定は、Corneometer CM825(Courge+Khazaka electronic GmBH社製)を用いて、群分け時及び試験中に週2回の測定を行った。
経表皮水分蒸散量測定は、Tewameter TM300(COURAGE+KHAZAKA electronic GMBH社製)を用いて、マウス腰部の経表皮水分蒸散量(TEWL: Trans epidermal Water Loss)を解剖前日に測定した。
解剖前にセボフレン(登録商標)吸入麻酔液(丸石製薬株式会社)による麻酔下でヘアレスマウスの背部皮膚の写真をOLYMPUS CAMEDIA DIGITAL CAMERA C-3040 ZOOMで撮影した。シワの目視によるスコアリングは、目視判定基準(Inomata et al., J Invest Dermatol. 2003 Jan;120(1):128-34.)に基づき、群分けを知らされていない試験非参加者8名にこの画像をランダムに見せ、0,2,4,6,8の5段階でシワの評価を行った。
【0039】
(2)皮膚組織解析
セボフレン(登録商標)吸入麻酔液(丸石製薬株式会社)による麻酔下、心臓採血後、皮膚組織の採取を行った。生検トレパン(8mm径、カイインダストリーズ株式会社製)を用いて背部正中線上部に1か所穴を開け、病理解析用皮膚を採取し、濾紙(桐山ロート用濾紙、No.4、21φm/m、桐山製作所製)に真皮側を付けるように貼り付け、直ちに固定液(ティシュー・テックユフィックス鹿島化学薬品株式会社製)を満たしたビンにつけることで固定を行った。続いて、背部全域の皮膚を採取し、カッター板の上に角層側を下にして置き、メス(ディスポメスNo.12、アズワン株式会社製)の刃のついていない面を用いて皮下組織を除去した。皮膚組織は直ちに液体窒素によって凍結し解析まで-80℃にて保管した。
解剖時に採取し固定した皮膚は、常法に従ってパラフィン包埋、切り出し、薄切を行い、ヘマトキシリン&エオジン(HE)染色及び免疫組織染色を施し、それぞれの組織標本を作製した。
【0040】
<HE染色>
脱パラフィンを行い、水洗後、カラッチのヘマトキシリン液で5分間染色を行った。次いで70%塩酸アルコール液で軽く分別した。水道水による洗浄後、温水に浸漬を10分間行い、エオジン染色液に5分間浸漬、100%アルコールで数槽に分けて脱水、キシレンで透徹し、封入した。
これらの標本の全視野を観察し、代表的な部位の写真撮影をOLYMPUS CAMEDIA DIGITAL CAMERA C-3040 ZOOMにて行った。HE染色標本を用いて基底層から顆粒層上層までの距離を表皮とみなし、画像処理ソフトウェア Image Jで測定した。1匹当たり3視野の撮影を行い、写真1枚毎に10か所ずつ表皮の厚さを測定した。写真3枚の平均値を算出し、その値を当該個体の表皮厚とした。
<免疫組織染色>
皮膚の基底膜構成成分であるラミニン及び表皮の構成成分であるフィラグリンを観察するため、酵素抗体法を用いた免疫染色を行った。パラフィンブロックから3μm厚の切片を作製し、脱パラフィンを行った後、Proteinase K(Sigma社製)消化による抗原賦活化処理を行った。続いて、3%過酸化水素・メタノールによる内因性ペルオキシダーゼ阻害処理、1%ヤギ血清によるブロッキング処理を行った後、1%ヤギ血清で希釈した一次抗体(ウサギ由来抗ラミニンポリクローナル抗体,ab11575,Engelbreth-Holm-Swarm sarcoma由来,Abcam社製,100倍希釈;ウサギ由来抗フィラグリンポリクローナル抗体, GTX37695,GeneTex社製、200倍希釈)を用いて、室温で1時間反応させた。PBS(-)にて洗浄後、HRPラベル二次抗体(ヤギ由来抗ウサギIgG抗体;Simple stain MAX PO、ニチレイバイオ社製)を4滴滴下し、室温で30分間反応させた。洗浄後、発色基質(ImmPact DAB、Bector社製)を反応させ染色を行った。マイヤーのヘマトキシリン(武藤化学社製)で対比染色し、水洗後、100%アルコールで数槽に分けて脱水、キシレンで透徹し、マリノール封入を行った。
【0041】
2.結果
試験期間中、被験物質摂取による異常な体重の増減は認められなかった。毎週、皮膚水分量を経時的に測定した。紫外線照射2週目においてUV(-)control群で63.19±2.89 CM unitsであったのに対しUV(+)control群で52.60±1.26 CM unitsとなり、UV(+)control群の水分量がUV(-)control群に比べ有意に低い値となった(p<0.05 Tukey-Kramer’s test)。3週目から7週目においてもUV(+)control群の水分量はUV(-)control群に比べ有意に低下し(p<0.01,p<0.05 Tukey-Kramer’s test)、UV照射によって光老化モデルが形成されていることが確認できた。6週目においてUV(-)control群で61.18±1.30 CM units 、UV(+)control群で44.74±1.58 CM units、UV(+)PW群55.97±1.28 CM units、UV(+)PE群54.11±1.52 CM unitsであった。
図2[A]に示すように解剖時においては、UV(+)control群に比べUV(+)PW群及びUV(+)PE群の水分量の有意な低下の抑制が認められた(p<0.01 Tukey-Kramer’s test)。シャクヤク花弁凍結粉砕物及びその熱水抽出物の摂取により、紫外線暴露により低下する皮膚水分量が改善された。
図2[B]に示したように、解剖時の測定においてUV(+)群のTEWLがUV(-)control群に比べ有意に高い値となった(p<0.01, p<0.05 Tukey-Kramer’s test)。これに対し、UV(+)PW群及びUV(+)PE群のTEWLは、若干低下した。よって、シャクヤク花弁凍結粉砕物及びその熱水抽出物摂取により、紫外線暴露により損傷した皮膚のバリア機能が改善する可能性が示唆された。
図3に紫外線照射ヘアレスマウスの背部皮膚の写真及びそのシワをスコア化した結果を示した。スコアは、基準となる背部皮膚から算定しており、UV(-) control群で0.71±0.18であったのに対し、UV(+) control群6.18±0.36、UV(+)PW群4.68±0.56、UV(+)PE群4.54±0.70であった。UV照射群間では統計的な有意差は得られなかったが、シャクヤク花弁凍結粉砕物及びその熱水抽出物摂取により、若干、シワの形成が抑制されていた。
図4にシャクヤク花弁凍結粉砕物及びその熱水抽出物投与による紫外線照射ヘアレスマウスの背部皮膚の組織像を示した。[A]にHE染色像、[B]に抗ラミニン免疫組織染色像、[C]に抗フィラグリン免疫組織染色像を示した。
HE染色像から、表皮厚を測定したところ、UV(-)control群で15.52±1.24μm、UV(+)control群43.04±2.67μm、UV(+) PW群33.25±2.04μm、UV(+)PE群32.34±1.71μmであった。(
図5)。UV(-)control群に対してUV照射群では有意に表皮の肥厚化が認められた(p<0.01 Tukey-Kramer’s test)。また、UV(+)PW群及びUV(+)PE群は、UV(+)control群に比べ表皮厚が有意に低下した(p<0.01,p<0.05 Tukey-Kramer’s test)。紫外線暴露により、基底膜上部の表皮細胞の重層化、核の喪失、角層の重層化と剥離が認められる。これに対し、シャクヤク花弁凍結粉砕物及びその熱水抽出物摂取により基底膜上の表皮細胞の重層化が軽減しており、角質の剥離も抑制されていた。
ラミニン染色では、主に基底膜を染色している。UV(-)control群では、矢印で示してある基底膜が明瞭に観察できるが、紫外線暴露により消失しているのが確認できる。これに対して、UV(+)PE群において基底膜の染色が認められる。
フィラグリン染色では、UV(-)control群で上皮組織全体が染色される。これに対し、紫外線暴露したUV(+)control群で角質層上部が厚く染色される。UV(+)PW群及びUV(+)PE群は、UV(+)control群と同じように角層上部が染色されるが、上部のみが染色されていた。
以上の結果から、シャクヤク花弁凍結粉砕物及びその熱水抽出物摂取により、紫外線暴露による表皮肥厚の抑制、損傷した基底膜の修復、保水因子であるフィラグリンの角質層上部への集積が認められる。
【0042】
試験例2 シャクヤク花弁熱水抽出物のフィラグリン産生促進作用及びヒアルロン酸産生促進作用
1.細胞及び細胞培養法
ヒト表皮角化細胞は、ヒトケラチノサイト細胞株 Item Number 300493(cell line service, HaCaT)を使用した。増殖用培地には、DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium, high glucose’; SIGMA社製)/10% fetal bovine serum(FBS、SIGMA社製)/1% PSN Antibiotic Micture(GIBCO社製)を使用した。添加用培地には、DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium, no phenol, high glucose;SIGMA社製)/1% Sodium pyruvate solution(SIGMA社製)/1% L-Glutaine(GIBCO社製)を使用した。細胞は、CO2インキュベーター(MCO-17AIC; SANKYO社製)中で、5%CO2、37℃で培養した。
試料及びペンタガロイルグルコース(PGG)及びぺオニフロリン(PF)は、それぞれジメチルスルホキシド(DMSO)に0.5%で溶解し、0.20μmのセルロースアセテートメンブレンフィルター(ADVANTEC社製)を用いて濾過した後、使用するまで-20℃で冷凍保存した。各試料のDMSO溶液は、添加用培地に対して終濃度が0.2%となるように調整した。DMSOを0.2%含む添加用培地をcontrolとして使用した。HaCaTは、ウェルに対して80~90%の被覆率となるまで増殖させた後、増殖用培地を除去し、PBS(-)で1回洗浄後、試料を含む添加用培地を添加し、3,12ないし24時間培養を行った。
【0043】
2.定量的リアルタイムRT-PCRを用いた遺伝子発現解析
HaCaTを12well plateに1.2×105cells/well播種し、24h培養した。PBSで1回洗浄後、サンプルを含む添加用培地に交換した。添加後12h-24hの細胞に500μLの細胞溶解液(TRIzol Reagent)を加え溶解し、回収した。細胞溶解液に100μLのクロロホルムを加え、よく攪拌した後に、常温で3分静置し、13,000rpm、4℃、15分間遠心分離した。上層200μLを別の1.5mLチューブに回収し、250μLのイソプロピルアルコールを加え、攪拌した後、常温で10分静置した。その後13,000rpm、4℃、10分遠心分離し、デカンテーションで上清を除去した後、風乾した。70%エタノールを500μL加えて攪拌し、12,000rpm、4℃、5分遠心分離した後、上清をデカンテーションで除去し、風乾した。
【0044】
cDNA合成は、Prime Script PT-PCR kit(タカラバイオ株式会社製)を用いて行った。1個の試料につきRNase Free Water 6bμL、Random 6mers 0.5μL、5×Prime Script Buffer 2μL、Prime Script RT Enzyme Mix0.5μLの試薬の調整を行った。そこへ1μLのサンプルRNA溶液を加え、サーマルクライマーにて逆転写反応を行った。反応プログラムは37℃15分→85℃→4℃∞として設定した。反応終了後、Easy Dilutionにて2倍希釈を行い、使用するまで-80℃にて保管した。
リアルタイムPCRはTB GreenIを用いたインターカレーター法を利用して行った。反応チューブ(0.2mL Hit-8-Tube:タカラバイオ株式会社製)にTB Green Prime Mix TaqTM(Taq DNA Polymerase、dNTP mixture、Mg2+、TB GreenIを含む試薬:タカラバイオ株式会社製)12.5μL、滅菌水9.5μL、10mol/μL特異的プライマー(タカラバイオ株式会社製)をセンス及びアンチセンスそれぞれ0.5μL、cDNA(ただし逆転写反応後のcDNA溶液は2倍希釈した)2μLの混合溶液を調整した。PCR反応は、Thermal Cycler Dice Real Time System TP800(タカラバイオ株式会社製)を使用して行った。反応条件は95℃5秒(変圧)→58℃ 30秒→アニーリングを40サイクルで行った。反応終了後、相対的な遺伝子発現量を専用の解析ソフトウェア(Thermal Cycler Dice Real Time System TP800 Software Ver.1.02A)で解析した。相対発現量の決定にはスタンダードカーブ法を用い、それぞれのサンプルの遺伝子発現量はともに増幅させたGADPH(グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素)で標準化した。使用したプライマーを以下に示す。
・FLG-Forward:CAAGCAGAGAAACACGTAATGAGG(配列番号1)
・FLG-Reverse:CGCACTTGCTTTACAGATATCAGA(配列番号2)
・GAPDH-Forward:GCACCGTCAAGGCTGAGAAC(配列番号3)
・GAPDH-Reverse:TGGTGAAGACGCCAGTGGA(配列番号4)
【0045】
3.培養上清中のヒアルロン酸(HA)測定法
HaCaT細胞を24wellプレート(IWAKI社製)に4×104cell/well播種し、48時間培養した。各試料の添加は3連で実験を行い、48時間後に培養上清を回収した。
ヒアルロン酸(HA)の定量は、Haserodtらの方法(Sarah Haserodt et al., Glycobiology. 2011 Feb;21(2):175-83.)に準じて以下のように行った。ELISA用 96well ELISAプレート(IWAKI社製)に、1×PBSで2000倍希釈したHyalurnic Acid Binding Protein (HABP、フナコシ株式会社製)を100μL/well添加し、4℃で一晩静置した。翌日、PBS-Tween(0.1%Tween20(和光純薬株式会社製)で2回洗浄後、1×PBSで1%に希釈したブロックエース(登録商標)(雪印メグミルク株式会社製)溶液を200μL/well添加し、37℃で2時間反応させた。PBS-Tweenで1回洗浄後、HAスタンダードコーティング溶液(HANa 1000μg/mL(和光純薬株式会社製)を0.5%ブロックエース(R)溶液で1000ng/mlに希釈したもの)を50μL/well添加し、37℃で1時間静置した。PBS-Tweenで3回洗浄し、0.5%ブロックエース(登録商標)溶液で希釈した各サンプル及び標準HA溶液(1000、250、62.5、15.625、3.90625、0ng/mLのHAを含む0.5%ブロックエース(登録商標)溶液)を50μL/wellを添加し、その上から0.5%ブロックエース(登録商標)溶液で0.125mg/mlに希釈したビオチン結合HABP溶液(フナコシ株式会社製)を50μL/wellを添加し、室温で1時間反応させた。PBS-Tweenで3回洗浄後、0.5%ブロックエース(登録商標)溶液で0.050μg/mlに希釈したHRP結合ストレプトアビジン溶液(Thermo scientific 社製)を50μL/well添加して37℃で30分反応させた。PBS-Tweenで5回洗浄後、テトラメチルベンジジン(TMB)試薬(ナカライテクス株式会社製)を50μL/well添加し、アルミホイルで遮光して30分常温で静置、発色させた。1N H2SO4溶液を50μL/well添加し、反応を停止した。直後にマイクロプレートリーダー(Infinite M200,TECAN社製)を用いてABS450nm/630nmの吸光度を測定した。測定は全て2連で行った。計算方法は、スタンダードの吸光度から対数曲線を作成し、試料の濃度を求めた。
【0046】
4.結果
(1)HaCaT細胞にシャクヤク花弁熱水抽出物(PE)を添加し、添加から12時間後及び24時間後に細胞を回収し、フィラグリン(FLG)の遺伝子発現を解析した(
図6[A])。12及び24時間後にPE添加によりフィラグリンの発現量がcontrolに比べ有意に増加した(p<0.01 Student t test)。また、PGG及びPFを添加し、添加から12時間後のFLGの遺伝子発現を解析した(
図6[B])。PGG 10μM添加において、controlに比べ発現量が有意に増加した(p<0.01 Tukey-Kramer’s test)。PF添加ではFLGの遺伝子発現量に変化は認められなかった。
【0047】
(2)HaCaT細胞のタンパク質を抽出し、ウエスタンブロッティング法によりフィラグリンのタンパク質を解析した(
図7)。50kDa付近に濃いバンドと、より高分子側に複数のバンドが確認できた。35kDa付近にフィラグリンモノマーと見られる薄いバンドを確認できた。また、ローディングコントロールとしてβ-アクチンの検出を行い、タンパク質が等しく発現していることを確認した。ウエスタンブロッティングの結果、25kDa~120kDaの範囲に複数のバンドが確認できた。これは、抗フィラグリン抗体を使用した場合に、フィラグリンの単量体(37kDa)だけでなく、プロフィラグリンやプロフィラグリンのN末端タンパク質が検出されるためだと考えられる。
37kDaのフィラグリンのバンドについて、PE添加においてcontrolよりもバンドが濃くなっていることが確認できた。しかし、PGG及びPF添加では、バックグラウンドが汚く、バンドの濃さの判別が困難であった。
シャクヤク花弁又はカルス培養物の熱水抽出物(PE、CE)、及びシャクヤク花弁又はカルス培養物30%エタノール抽出物(P30、C30)を添加し、添加から12時間後及び24時間後に細胞を回収し、フィラグリン(FLG)の遺伝子発現を解析した(
図8)。添加12時間後では、PE,P30及びC30で、controlに比べFLGの遺伝子発現量の増加が認められた。C30添加で最も高いものであった。24時間後でも同様にPE,P30及びC30の添加でFLGの遺伝子発現量の増加が認められた。
【0048】
(3)シャクヤク花弁抽出物、及びペンタガロイルグルコース添加によりフィラグリンの発現上昇が確認されたが、今回添加したPEサンプル(10μg/ml)中に含まれるペンタガロイルグルコース濃度は0.1μM程度である。そのため、シャクヤク花弁添加によるフィラグリンの発現上昇は、サンプル中のペンタガロイルグルコースによる影響だけではないと考えられる。ペンタガロイルグルコース以外の成分、あるいはペンタガロイルグルコースと他成分の相互作用によりフィラグリンの発現を促進したことが考えられる。
【0049】
(4)ヒアルロン酸の産生量は、シャクヤク花弁又はカルス培養物の熱水抽出物(PE、CE)、シャクヤク花弁30%エタノール抽出物(P30)を添加することで、その産生量の増加が認められた(
図9)。