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特開2022-163529ニコチンアミドモノヌクレオチドの濃度の測定方法
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  • 特開-ニコチンアミドモノヌクレオチドの濃度の測定方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022163529
(43)【公開日】2022-10-26
(54)【発明の名称】ニコチンアミドモノヌクレオチドの濃度の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/88 20060101AFI20221019BHJP
   G01N 30/26 20060101ALI20221019BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20221019BHJP
   B01J 20/287 20060101ALI20221019BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20221019BHJP
   G01N 33/02 20060101ALI20221019BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20221019BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20221019BHJP
【FI】
G01N30/88 C
G01N30/26 A
G01N30/72 C
B01J20/287
G01N33/50 Z
G01N33/50 U
G01N33/02
G01N33/15 Z
G01N27/62 X
G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021068526
(22)【出願日】2021-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100126778
【弁理士】
【氏名又は名称】品川 永敏
(74)【代理人】
【識別番号】100162684
【弁理士】
【氏名又は名称】呉 英燦
(72)【発明者】
【氏名】内山 進
(72)【発明者】
【氏名】馬場 健史
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA05
2G041EA04
2G041FA10
2G041GA09
2G041HA01
2G041LA08
2G045CA25
2G045CB03
2G045DA80
2G045FA36
2G045FB06
(57)【要約】
【課題】混合物に含まれるニコチンアミドモノヌクレオチドの濃度測定方法を提供する。
【解決手段】液体クロマトグラフィーによりサンプル中のニコチンアミドモノヌクレオチドを分離して、その濃度を測定する方法を開示する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
逆相液体クロマトグラフィーによってサンプル中のニコチンアミドモノヌクレオチドを分離する工程を含む、ニコチンアミドモノヌクレオチド濃度の測定方法。
【請求項2】
前記工程において、オクタデシルシリル基結合シリカゲルカラムおよびペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムから選択されるシリカゲルカラムが用いられる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程において、ペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムが用いられる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程において、移動相として0.1%(v/v)ギ酸を含む水とアセトニトリルの混合物が用いられる、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記移動相が、アセトニトリルの割合が0~40%(v/v)の範囲で漸増する勾配を利用する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
サンプルが、血液、尿、化粧料、および食品から選択される、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記サンプル中のニコチンアミドモノヌクレオチドを分離する工程において分離したニコチンアミドモノヌクレオチドを質量分析法によって定量する工程をさらに含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記質量分析法がタンデム質量分析法である、請求項7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチンアミドモノヌクレオチドの濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)は、哺乳類におけるニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)の生合成に関する主要な前駆体である。マウスなどの哺乳類において、NMNの投与によってNADの生合成が促進され、様々な加齢関連疾患の治療をもたらすことが知られている(非特許文献1および2)。
NADは従来から知られている補酵素であり、様々な生物の細胞内の還元反応において重要な役割を有する。哺乳類において、NADは代謝、癌、ストレス応答、炎症、および老化などの、多くの生物学的経路に関連していることが多くの報告から示唆されている(非特許文献3)。また、NADは、加齢に伴って、膵臓、脂肪組織、骨格筋、肝臓、皮膚、および脳などの多くの組織において減少し、NAD量の減少が、癌、心臓疾患、II型糖尿病、肥満、高血圧、加齢黄斑変性などの加齢関連疾患の発症につながることも多く報告されている(非特許文献1)。
NADの生合成の主要な経路として、ビタミンBのアミド体であるニコチンアミド(Nic)および5’-ホスホリボシル-ピロホスフェート(PEPP)が、ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ(NAMPT)によってNMNに変換され、このNMNが、アデニルトランスフェラーゼによってアデニンの付加を受けることによって、NADが生成される経路が存在する。NADの生合成を促進するために、NADの主要な前駆体であるNMNを投与する試みが多数行われており、加齢関連疾患をはじめとする様々な病状の治療におけるNMNの応用が注目されている。
実際に、長期間にわたるNMNの投与によって、マウスの加齢関連生理的減衰の緩和が示された。さらに長期的なNMNの投与は、明らかな毒性および有害事象を伴わず、加齢関連体重増加の抑制、エネルギー代謝の向上、身体機能の向上、インスリン感受性の改善、血漿中脂質プロファイルの改善、および眼機能の改善をもたらすことが示された(非特許文献1)。
【0003】
このように、NMNの投与はマウスなどの哺乳類において、様々なアンチエイジング効果を提供することが報告されている。さらに近年の報告において、ヒト対象に対するNMNの投与に関する安全性も報告されており(非特許文献4)、今後の医療分野において、NMNの医学的応用がさらに期待されている。
しかしながら、NMNは生体内で速やかに代謝されてNADなどの他の代謝産物に変換されるため、血液中のNMNを直接検出した前例は存在しない。上記の報告においても、NMNが血液中で速やかに代謝されてしまうため、NMNを直接測定することができなかったことが記載されている(非特許文献4)。血液中のNMNの検出は、測定のために前処理を行うことも必要であり、血液中ですぐに代謝されてしまうNMNを検出することは難しかった。
さらに、NMNの食品および化粧料への配合によりアンチエイジング効果が期待されているが、これらの製品中には多数の成分が存在するため、このような複雑な混合物中のNMNの分析は困難であった。
そこで、生体サンプル、食品、および化粧料などの、多数の夾雑物が含まれる混合物中のNMNを検出し定量する方法の開発が強く求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Mills, et al., Cell Metabolism 24, 795-806, December 13, 2016
【非特許文献2】Yoshino et al., Cell Metabolism 14, 528-536, October 5, 2011
【非特許文献3】Yoshino et al., Sirtuins: Methods and Protocols, Methods in Molecular Biology, vol. 1077, 203-215, 2013
【非特許文献4】Irie et al., Endocrine Journal 67 (2), 153-160, 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題の一つは、夾雑物を含む混合物中のNMN濃度の測定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討を行った結果、液体クロマトグラフィーを用いたサンプル中のNMNの分離およびその濃度の測定に成功し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明の実施態様としては以下のものが挙げられる。
[1] 逆相液体クロマトグラフィーによってサンプル中のニコチンアミドモノヌクレオチドを分離する工程を含む、ニコチンアミドモノヌクレオチド濃度の測定方法。
[2] 前記工程において、オクタデシルシリル基結合シリカゲルカラムおよびペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムから選択されるシリカゲルカラムが用いられる、項1に記載の方法。
[3] 前記工程において、ペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムが用いられる、項2に記載の方法。
[4] 前記工程において、移動相として0.1%(v/v)ギ酸を含む水とアセトニトリルの混合物が用いられる、項1~3のいずれか1項に記載の方法。
[5] 前記移動相が、アセトニトリルの割合が0~40%(v/v)の範囲で漸増する勾配を利用する、項4に記載の方法。
[6] サンプルが、血液、尿、化粧料、および食品から選択される、項1~5のいずれか1項に記載の方法。
[7] 前記サンプル中のニコチンアミドモノヌクレオチドを分離する工程において分離したニコチンアミドモノヌクレオチドを質量分析法によって定量する工程をさらに含む、項1~6のいずれか1項に記載の方法。
[8] 前記質量分析法がタンデム質量分析法である、項7に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法は、夾雑物を含むサンプル中のNMN濃度の測定を可能にする。ある実施態様において、本発明の方法は、逆相液体クロマトグラフィーを用いることにより、夾雑物を含むサンプル中のNMNを分離して検出し、定量することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】各種カラムにおけるNMNの分離挙動。それぞれ(a)Discovery HS F5、(b)ODS4、(c)SIL100A、および(d)Diolカラムを用いた場合のMRM(335.05>123.2)のマスクロマトグラムを表す。
図2】質量分析におけるNMNおよびカンファースルホン酸の成分同定。
図3】NMN定量用検量線。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明をさらに詳細に説明する。
【0011】
本明細書に記載される「サンプル」は、NMNと他の夾雑物とが混合した任意の試料をいう。ある実施態様において、サンプル中には複数の夾雑物が含まれる。サンプルの例としては、限定されないが、生体サンプル(例えば、血液、尿などの体液、組織、細胞抽出液)、化粧料、食品が挙げられる。好ましい実施態様において、サンプルとして血液または尿が用いられ、より好ましくはヒト血液である。別の好ましい実施態様において、サンプルとして化粧料が用いられる。化粧料としては、NMNが配合される化粧料であれば特に限定されないが、例えば化粧水、美容液、クリーム、シャンプー、育毛剤が挙げられる。食品としては、NMNが含有または配合される食品であれば特に限定されないが、例えば、野菜、牛肉、ビール、パン、醤油などの調味料、サプリメント、栄養ドリンクが挙げられる。
【0012】
本発明に係る方法において、NMNと他の夾雑物とを分離する工程が含まれる。当該分離工程では液体クロマトグラフィーが用いられ、好ましくは逆相液体クロマトグラフィーが用いられる。
【0013】
本発明に係る方法において、液体クロマトグラフィーのカラムは、NMNと適度な相互作用を有するカラムが選択される。NMNとカラムとの相互作用の例としては、吸着、親水性相互作用、疎水性相互作用、双極子-双極子相互作用、π-π相互作用、イオン結合、水素結合が挙げられる。好ましい相互作用の例としては、疎水性相互作用、双極子-双極子相互作用、π-π相互作用、またはそれらの任意の組み合わせが挙げられる。
ある実施態様において、NMNが過度に吸着しないカラムが好ましい。別の実施態様において、カラムは化学修飾基を含むシリカゲルカラムである。シリカゲルカラムの化学修飾基の例としては、限定されないが、オクタデシルシリル基、オクチル基、トリアコンチル基、ペンタフルオロフェニル基、フェニル基、ジオール基、アミノ基、アミド基、シアノ基などが挙げられる。好ましい実施態様において、シリカゲルカラムは、オクタデシルシリル基結合シリカゲルカラムまたはペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムである。さらに好ましい実施態様において、シリカゲルカラムは、ペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムである。シリカゲルカラムは、化学修飾されていないシラノールによる影響を低減するためにエンドキャッピング処理されていることが好ましい。
【0014】
本明細書において用いられる「オクタデシルシリル基結合シリカゲルカラム」とは、オクタデシルシリル基によって、カラム表面のケイ素が化学修飾されたシリカゲルカラムをいう。本明細書において用いられる「ペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラム」とは、ペンタフルオロフェニル基によって、カラム表面のケイ素が化学修飾されたシリカゲルカラムをいう。
【0015】
本発明に係る方法において、液体クロマトグラフィーにおいて用いられる移動相は、NMNと用いられるカラムとの相互作用に応じて任意に選択される。液体クロマトグラフィーにおいて用いられる移動相は、水、有機溶媒、又は水と有機溶媒の混合溶媒でありうる。有機溶媒の例としては、限定されないが、アセトニトリル、メタノール、2-プロパノールが挙げられる。好ましい実施態様において、液体クロマトグラフィーにおいて用いられる移動相は、水とアセトニトリルの混合溶媒である。
【0016】
本発明に係る方法において、移動相に混合溶媒が用いられる場合、溶媒の組み合わせ、およびその混合比は用いられるカラムとの組み合わせに応じて任意に変更される。ある実施態様において、逆相液体クロマトグラフィーにおける移動相が水と有機溶媒の混合溶媒である場合、移動相は、有機溶媒の割合が0~100%(v/v)の範囲で漸増する勾配を利用する。例えば、逆相液体クロマトグラフィーにおける移動相が水とアセトニトリルの混合溶媒である場合、移動相は、アセトニトリルが0~100%(v/v)の範囲で漸増する勾配を利用する。好ましい実施態様において、逆相液体クロマトグラフィーにおける移動相は、アセトニトリルの割合が0~50%(v/v)の範囲で漸増する勾配を利用する。より好ましい実施態様において、逆相液体クロマトグラフィーにおける移動相は、アセトニトリルの割合が0~40%(v/v)の範囲で漸増する勾配を利用する。
【0017】
ある実施態様において、液体クロマトグラフィーにおける移動相は、揮発性酸を含んでもよい。揮発性酸の例としては、限定されないが、テトラフルオロ酢酸、ギ酸および酢酸が挙げられる。好ましい実施態様において、揮発性酸はギ酸である。好ましい実施態様において、液体クロマトグラフィーにおける移動相は、ギ酸を含む水と、アセトニトリルとの混合溶媒である。
【0018】
ある実施態様において、液体クロマトグラフィーの移動相に含まれる揮発性酸は、例えば移動相に対して0.01~1%(v/v)の範囲でありうる。別の実施態様において、移動相に含まれる揮発性酸は、1%(v/v)以上であってもよい。好ましい実施態様において、移動相に含まれる揮発性酸は、水に対して0.1%(v/v)である。
【0019】
本発明に係る方法は、サンプル中のNMNと他の夾雑物とを分離する工程の前に、サンプルを前処理する工程を含んでもよい。サンプルの前処理の例としては、限定されないが、サンプル中のタンパク質除去、脂質除去、核酸除去、金属除去、沈殿除去、イオン除去などに関する、当技術分野において周知の任意の方法が挙げられる。ある実施態様において、生体サンプルが用いられる場合、サンプルの前処理としてタンパク質除去および脂質除去を行ってもよい。生体サンプルの前処理の例としては、例えば、Bligh and Dyer法として当技術分野において既知の、クロロホルム、メタノール、および水の混合溶媒を用いて生体サンプル中のタンパク質および脂質を抽出する方法が挙げられる。ある実施態様において、生体サンプルの前処理において用いられるクロロホルム、メタノール、および水の混合比は、1:2:1(v/v/v)でありうる。生体サンプルを用いる場合、サンプルに応じて、前処理に用いるクロロホルム、メタノール、および水の混合比を適宜変更してもよい。クロロホルム、メタノール、および水の混合溶媒において、クロロホルムに対するメタノールの割合は、0.5~3の間の任意の比でありうる。クロロホルム、メタノール、および水の混合溶媒において、クロロホルムに対する水の割合は、0.5~3の間の任意の比でありうる。血液サンプルにおけるNMN濃度の測定に関して、特に好ましくは、クロロホルム、メタノール、および水の混合比は、1:1:0.8(v/v/v)である。
【0020】
サンプルの前処理において用いられる溶媒は、任意の有機溶媒、または有機溶媒と水の混合溶媒でありうる。有機溶媒としては、クロロホルム、メタノール、アセトニトリル、アセトン、ヘキサン、またはそれらの任意の組み合わせが挙げられる。
【0021】
ある実施態様において、サンプルの前処理を行わずに、サンプル中のNMNと他の夾雑物とを分離する工程を行うことができる。例えば、サンプルは一定の割合で水によって希釈して、NMN濃度の測定に用いることができる。
【0022】
本発明に係る方法において、液体クロマトグラフィーによりサンプル中の他の夾雑物と分離したNMNを、当技術分野において既知の任意の定量方法によって定量することにより、サンプル中のNMN濃度を測定する。ある実施態様において、定量は質量分析による相対定量を用いて行われる。相対定量を行う場合、例えば、既知の濃度のNMN溶液を用いた質量分析強度から検量線を作成し、実際のサンプル中のNMNの濃度を計算する。別の実施態様において、定量は質量分析による絶対定量を用いて行われる。絶対定量を行う場合、安定同位体標識されたNMNを特定の濃度でサンプル中に添加して、サンプル中のNMNと同時に質量分析を行い、質量分析強度の比からサンプル中のNMNの濃度を計算する。
【0023】
本発明に係る方法において、質量分析として、当技術分野において既知の任意の質量分析法を用いてもよい。ある実施態様において、液体クロマトグラフィーにより分離した分子をイオン化して質量分析を行う。好ましい実施態様において、質量分析はエレクトロスプレーイオン化法(ESI)に基づくイオン化を利用する。質量分析の検出部としては、当技術分野において既知の検出装置を用いてもよい。ある実施態様において、質量分析の検出部としては、三連四重極型質量分析計、四重極オービトラップ型質量分析計、四重極飛行時間型質量分析計などのタンデム型質量分析計が用いられる。質量分析の検出部としては、好ましくは三連四重極型質量分析計が用いられる。
【0024】
三連四重極型質量分析計を用いた分析においては、特定質量をもつイオン(プリカーサーイオン)を通過させる質量フィルター(Q1)とガス衝突誘起開裂(CID:collisioninduced dissociation)によって生じる断片を通過させる質量フィルター(Q3)の組み合わせ(MRMトランジション)を設定し、この2つの質量フィルターを通過できるイオンを検出することで、高マトリクス中に含まれる微量のターゲット成分を特異的に定量することができる、多重反応モニタリング(Multiple Reaction Monitoring;MRM)を用いる。
【0025】
ある実施態様において、哺乳類対象から採取した生体サンプル中に含まれるNMNの濃度測定が行われる。ある実施態様において、ヒト対象から採取した血液または尿サンプル中に含まれるNMNの濃度測定が行われる。好ましい実施態様において、NMNの投与または摂取を受けた哺乳類対象から血液サンプルを採取し、血中に含まれるNMN濃度の測定を行う。ある実施態様において、哺乳類対象はNMNの投与を受けたことに伴い、血中のNMN濃度が一時的に通常よりも高濃度である。ある実施態様において、哺乳類対象は、例えば、経口投与、皮下注射、静脈内注射などの、当技術分野において通常用いられる薬剤の投与方法を用いて、NMNの投与を受ける。あるいは、哺乳類対象は食品、例えば、野菜、牛肉、ビール、パン、醤油などの調味料、サプリメント、または栄養ドリンクなどから、NMNの摂取を受ける。NMNの投与または摂取を受けたヒト血液のモデルとして、市販のヒト血漿サンプルにNMNを添加したものを用いてもよい。
【0026】
ある実施態様において、化粧料サンプル中に含まれるNMNの濃度測定が行われる。NMNを配合した化粧料は一定期間保存され利用される。ある実施態様において、NMN含有化粧料を1ヶ月から3ヶ月の期間にわたり異なる温度で保存後、それぞれサンプリングし、化粧料に含まれるNMN濃度の測定を行う。
【0027】
本発明は上記の実施態様および以下の実施例に限定されるものではない。また、上記に例示した実施態様は、これらが組合せ可能であって矛盾しない限り、任意に組み合わせることができ、当該組み合わされた態様も本発明の範囲内に含まれる。
【実施例0028】
実施例1:カラムスクリーニング
最初にNMNの測定に用いるためのカラムの検討を行った。カラムは、逆相シリカゲルカラムとして、ペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラム(Discovery(登録商標) HS F5 (2.1x150 mm, 3 mm), Sigma-Aldrich Co.)およびオクタデシルシリル基結合シリカゲルカラム(Inertsil(登録商標) ODS-4 (2.1x150 mm, 3 mm), GL Sciences Co.)を用い、順相シリカゲルカラムとして、化学修飾基を含まないシリカゲルカラム(Inertsil(登録商標) SIL-100A (2.1x150 mm, 3 mm), GL Sciences Co.)およびジオール基結合シリカゲルカラム(Inertsil(登録商標) Diol (2.1x150 mm, 3 mm), GL Sciences Co.)を用いた。それぞれのカラムについて、10μLのNMN標品(HPLCにて99.5%以上の純度を確認)を液体クロマトグラフィーおよび質量分析(UHPLC Nexera + LCMS-8060, Shimadzu Co.)に付した。
液体クロマトグラフィーの条件は以下の通りである。
カラム温度:40℃
流速:0.25mL/分(HSF5)、0.3mL/分(その他のカラム)
注入量:2μL
移動相A:0.1%(v/v)ギ酸を含む水
移動相B:アセトニトリル
勾配(HSF5、ODS-4):
【表1】

勾配(SIL-100A、Diol):
【表2】

また、質量分析の条件は以下の通りである。
極性:陽性および陰性
エレクトロスプレー電圧:-3.0kV
脱溶媒管(DL):250℃
ヒートブロック温度:400℃
霧化ガス(N)流速:2.0L分ー1
乾燥ガス(N)流速:10.0L分-1
CIDガス(アルゴン)流速:0.19Mpa
検出電圧:1.80kV
残留時間:5m秒
停止時間:5m秒
【0029】
各カラムを用いた場合の質量分析の強度をクロマトグラムに示す(図1)。逆相シリカゲルカラムであるペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラム(Discovery(登録商標) HS F51)、およびオクタデシルシリル基結合シリカゲルカラム(Inertsil(登録商標) ODS-4)を用いた場合、シャープなNMNの溶出ピークが得られた。特に、ペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムを用いた場合には、溶出液中のNMNは高い強度で観測され、当該カラムがNMNの分離に関して高い分離能を有することが分かった。一方で、順相シリカゲルカラムである無修飾のシリカゲルカラム(Inertsil(登録商標) SIL-100A)を用いた場合には、NMNの溶出ピークはブロードであった。さらに極性の強い順相シリカゲルカラムであるジオール基結合シリカゲルカラム(Inertsil(登録商標) Diol)を用いた場合には、溶出液からNMNは検出されなかった。これらの結果より、NMNの測定には逆相シリカゲルカラムが好ましく、特にペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムが好ましいことが示された。以下のNMNの測定においては、ペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムを用いることとした。
【0030】
実施例2:血液サンプル中のNMNの検出
前記のペンタフルオロフェニル基結合シリカゲルカラムを用いて、血液サンプルにおいてNMNの測定を行った。NMN投与後の血液サンプルのモデルとして、ヒト血漿にNMNを添加したサンプルを用いた。
血液サンプルの調製
20μLのヒト血漿(Metabolites in human plasma NIST(登録商標) SRM(登録商標) 1950, Merck)を、2mLのセイフロックチューブに加え、-30℃に冷却したメタノールを960μL加えた。内部標準物質として、125μMの10-カンファースルホン酸のストック水溶液20μLを加え、これに2μMのNMN水溶液を加えた。NMN水溶液の添加量は、未添加サンプルの分析により決定し、分析サンプルにおけるNMNの最終濃度が1μMとなる量とした。また、別の新たなチューブに、20μLのヒト血漿(Metabolites in human plasma NIST(登録商標) SRM(登録商標) 1950, Merck)に、-30℃に冷却したメタノールを960μL加え、内部標準物質として125μMの10-カンファースルホン酸のストック水溶液20μLを加えた溶液を調製した。氷冷下において、各チューブを1分間ボルテックスして各血漿サンプルを撹拌し、その後5分間、超音波処理を行った。各チューブを氷上で5分間静置した。各チューブを4℃、16000Xgで5分間遠心分離した。600μLの各溶液の上清をエッペンドルフチューブに分取し、クロロホルム(600μL)、水(480μL)を新たなチューブに加えた。チューブ中の溶液を4℃、16000Xgで5分間遠心分離した。各チューブの上層を720μL分取し、2種類の分析サンプル、NMN添加ヒト血漿サンプルおよびNMN非添加ヒト血漿サンプルを得た。
【0031】
血液サンプルにおけるNMNの質量分析
前記で調製したサンプルを液体クロマトグラフィーおよび質量分析に付した。液体クロマトグラフィーおよび質量分析の条件は上記と同様の条件を用いた。質量分析におけるデータ解析は、Labsolutions Ver. 5.93 (Shimadzu co.)のソフトウェアを用いた。
質量分析により、NMNおよび内部標準物質の10-カンファースルホン酸が検出された(図2)。
【0032】
検量線の作成
0、0.005、0.01、0.05、0.1、0.5、1.0、または5.0μMのNMN水溶液について、それぞれ質量分析における測定強度を、ピーク面積値として得た。また、内部標準物質の10-カンファースルホン酸についても同様に、0、0.005、0.01、0.05、0.1、0.5、1.0、および5.0μMの水溶液についてそれぞれ、質量分析における測定強度をピーク面積値として得た。サンプルごとに、各濃度における質量分析を3回ずつ行った(n=3)。各濃度において、得られたNMNのピーク面積値を内部標準物質の10-カンファースルホン酸のピーク面積値で割った値を相対ピーク面積値とし、以下の表に示す。
【表3】

上記表に基づいて、相対ピーク面積値とNMN濃度との相関を表す検量線を作成した(図3)。
【0033】
血液サンプルにおけるNMNの定量分析
次いで、上記で調製したNMN非添加ヒト血漿サンプルおよびNMN添加ヒト血漿サンプルについて、上記と同様の条件で液体クロマトグラフィーおよび質量分析を行い、各サンプルに含まれるNMN濃度を定量した。NMN濃度は、質量分析における相対ピーク面積値から、上記で作成した検量線を用いて算出した。さらに、定量したNMN濃度から、液体クロマトグラフィーによるNMN添加回収率を算出した。NMN添加回収率は、以下の式で計算することができる:
添加回収率 (%) = (添加サンプルにおける濃度値-非添加サンプルにおける濃度値) / 添加濃度×100
各サンプルについて3回ずつ実験を行った(n=3)。NMN濃度の定量、およびNMN添加回収率の結果を以下の表に示す。
【表4】

< 0.001 mM (オンカラム量: 2 fmol)
NMN非添加ヒト血漿サンプルについて、質量分析においてNMNは検出されなかった。一方で、NMN最終濃度1μMのNMN添加ヒト血漿サンプルにおいて、回収後に定量したNMN濃度の平均値は、0.79μM(相対標準偏差0.13)であった。すなわち、本発明の方法を用いたNMNの回収率は79%と算出され、本発明の方法が血液サンプル中のNMNの測定に応用可能なNMNの回収率を示すことが示された。
【0034】
実施例3:化粧料サンプル中のNMNの検出
NMNが含有されると表示されている化粧料Aについて、NMN濃度の測定を行った。
水溶性の化粧料Aを水で2000倍に希釈し、血液サンプルにおけるNMNの定量分析と同様の機器、分離条件、および測定条件を用いて、液体クロマトグラフィーおよび質量分析を行った。質量分析における測定強度をピーク面積値として得た。化粧料Aに含まれるNMN濃度は、標準添加法によって算出した。標準添加法における標準試料として、化粧料Aを水で1000倍に希釈した溶液50μLに、2.0μMのNMN水溶液50μLを加えた溶液を調製し(NMN添加量:100pmol、サンプル希釈率2000倍)、同様に質量分析における測定強度をピーク面積値として得た。各サンプルにおけるピーク面積値および算出したNMN濃度は以下の表に示す通りである。希釈前の化粧料Aには、NMNが0.04%(v/v)の濃度で含有されていることが示された。
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のNMNの検出方法および濃度測定方法は、血液サンプルの分析において十分な定量性を示し、当該方法は他のサンプルについても同様にNMNの濃度測定を可能にする。また当該方法は、NMNの薬物動態の解明、並びに食品および化粧料等に含まれるNMNの定量など、様々な分野に応用可能である。
図1
図2
図3