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  • 特開-皮膜 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022168501
(43)【公開日】2022-11-08
(54)【発明の名称】皮膜
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/12 20060101AFI20221031BHJP
   F16C 33/06 20060101ALI20221031BHJP
   C23C 4/10 20160101ALI20221031BHJP
【FI】
F16C33/12 A
F16C33/06
C23C4/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021074014
(22)【出願日】2021-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000000239
【氏名又は名称】株式会社荏原製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100167553
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 久典
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 暢晃
【テーマコード(参考)】
3J011
4K031
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011DA01
3J011KA02
3J011MA12
3J011QA03
3J011SB12
3J011SB13
3J011SB14
3J011SB19
3J011SD01
3J011SE10
4K031AA02
4K031AB02
4K031AB08
4K031CB45
4K031DA01
(57)【要約】
【課題】高い硬度を有し、且つ海水に対して優れた耐食性を有する皮膜の提供。
【解決手段】Cr含有量が20質量%以上であるバインダーと、WおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物のいずれか1種以上と、を含み、前記W、前記Tiおよび前記Crの原子量に対する、前記Tiおよび前記Crの原子量の割合が10~40%である皮膜を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr含有量が20質量%以上であるバインダーと、
WおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物のいずれか1種以上と、を含み、
前記W、前記Tiおよび前記Crの原子量に対する、前記Tiおよび前記Crの原子量の割合が10~40%であることを特徴とする皮膜。
【請求項2】
前記皮膜の全質量に対する前記バインダーの質量が10~20質量%であることを特徴とする請求項1に記載の皮膜。
【請求項3】
ビッカース硬さが900Hv以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の皮膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膜に関する。より具体的には、高い硬度を有し、且つ海水に対して優れた耐食性を有する皮膜に関する。
【背景技術】
【0002】
ポンプ等の回転機械に使用されるラジアル軸受は、高い硬度を有することが要求される。回転機械が海水環境で使用される場合には、ラジアル軸受は、高い硬度のみならず、海水に対して優れた耐食性を有することが要求される。
【0003】
例えば、特許文献1には、重量%で、TiまたはTi合金粉末:15~49重量%、Cr粉末:1~10重量%および/またはCr粉末:2~20重量%、およびタングステンカーバイド粉末:残部からなり、耐海水性、耐摩耗性に優れるチタン合金肉盛用粉末が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第2751776号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者は、特許文献1に記載の技術では、海水に対する耐食性が十分でないことを知見した。
【0006】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、高い硬度を有し、且つ海水に対して優れた耐食性を有する皮膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、WC(タングステンカーバイト)を含む皮膜は、高い硬度を有するが、海水に対する耐食性が十分でないことを知見した。これは、海水環境ではWCが腐食するためであると考えられる。鋭意検討の結果、本発明者は、皮膜中に、WおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物を含ませ、且つW、TiおよびCrの原子量に対するTiおよびCrの原子量の割合を制御することで、硬度のみならず、海水に対する耐食性も向上できることを知見した。
【0008】
上記知見に基づいてなされた本発明の要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係る皮膜は、
Cr含有量が20質量%以上であるバインダーと、
WおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物のいずれか1種以上と、を含み、
前記W、前記Tiおよび前記Crの原子量に対する、前記Tiおよび前記Crの原子量の割合が10~40%である。
(2)上記(1)に記載の皮膜は、前記皮膜の全質量に対する前記バインダーの質量が10~20質量%であってもよい。
(3)上記(1)または(2)に記載の皮膜は、ビッカース硬さが900Hv以上であってもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る上記一態様によれば、高い硬度を有し、且つ海水に対して優れた耐食性を有する皮膜を提供することができる。
上記一態様に係る皮膜は、ポンプ等の回転機械に使用されるラジアル軸受の一部品、より具体的には軸受スリーブの外周面に付与する皮膜として好適に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】ポンプのラジアル軸受を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本実施形態に係る皮膜について、詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0012】
以下の「~」を挟んで記載される数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。
【0013】
本実施形態に係る皮膜は、Cr含有量が20質量%以上であるバインダーと、WおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物のいずれか1種以上と、を含み、前記W、前記Tiおよび前記Crの原子量に対する、前記Tiおよび前記Crの原子量の割合が10~40%である。
【0014】
バインダー
バインダーのCr含有量が20質量%未満であると、海水に対する耐食性が不十分となる。そのため、バインダーのCr含有量は20質量%以上とする。
【0015】
海水に対する耐食性を確保することができれば、バインダーの種類は特に限定されない。
バインダーに対して炭化物の割合が多いと、すなわち皮膜中のバインダーの割合が少ないと、皮膜が十分に形成できない場合がある。また、バインダーに対して炭化物の割合が少ないと、すなわち皮膜中のバインダーの割合が多いと、皮膜自体の硬度が低下する場合がある。そのため、皮膜の全質量に対するバインダーの質量は、10~20質量%であることが好ましい。
【0016】
バインダー中のCr含有量および皮膜の全質量に対するバインダーの質量は、SEM-EDS(SEM-Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いることにより分析することができる。サンプルは、皮膜の膜厚断面を観察できるように採取して、樹脂埋めすることで作製する。
【0017】
複合炭化物
本実施形態において、WおよびTiの複合炭化物とは、W、TiおよびCを含む析出物のことをいう。また、WおよびCrの複合炭化物とは、W、CrおよびCを含む析出物のことをいう。
【0018】
本実施形態に係る皮膜は、WおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物のいずれか一方のみを含んでいてもよく、WおよびTiの複合炭化物、並びにWおよびCrの複合炭化物の両方を含んでいてもよい。
【0019】
TiまたはCrは海水環境等の中性環境において不動態皮膜を形成するため、皮膜中にこれらの元素を含む複合炭化物を含ませることで、皮膜の海水に対する耐食性が向上すると考えられる。
【0020】
皮膜中のWおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物において、W、TiおよびCrの原子量に対する、TiおよびCrの原子量の割合が10%未満であると、海水に対する耐食性が劣化する。また、TiおよびCrの原子量の割合が40%超であると、硬度が劣化する。
そのため、皮膜中のWおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物において、W、TiおよびCrの原子量に対する、TiおよびCrの原子量の割合は10~40%とする。
【0021】
WおよびTiの複合炭化物、並びに、WおよびCrの複合炭化物における、W、TiおよびCrの原子量に対する、TiおよびCrの原子量の割合は以下の方法により得る。
皮膜中の析出物について、SEM-EDS(SEM-Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、W、Ti、CrおよびCの定量分析を行う。W、TiおよびCが検出された場合、その析出物はWおよびTiの複合炭化物であると判断する。また、W、CrおよびCが検出された場合、その析出物はWおよびCrの複合炭化物であると判断する。少なくとも5視野について上述の操作を行い、各視野において1つ以上のWおよびTiの複合炭化物、または、WおよびCrの複合炭化物が確認された場合、その皮膜はWおよびTiの複合炭化物またはWおよびCrの複合炭化物を含む、と判断する。
【0022】
また、上述の分析により得られた析出物中のW、TiおよびCrの原子量の合計を100%としたときの、TiおよびCrの原子量の割合((Tiの原子量+Crの原子量)/(Wの原子量+Tiの原子量+Crの原子量)×100)を算出する。これにより、皮膜における、W、TiおよびCrの原子量に対する、TiおよびCrの原子量の割合を得る。
【0023】
硬度
本実施形態に係る皮膜は、ビッカース硬さが900Hv以上であることが好ましい。ビッカース硬さを900Hv以上とすることで、高い硬度が要求される軸受スリーブに付与する皮膜として好適に適用することができる。
【0024】
皮膜の硬度は、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて測定する。まず、皮膜の膜厚断面を観察できるように試験片を採取して樹脂埋めする。皮膜部分について、荷重500gfで圧痕の3倍以上の間隔でビッカース硬さを測定する。合計で10点測定し、それらの平均値を算出することで、皮膜のビッカース硬さを得る。
【0025】
本実施形態に係る皮膜の膜厚は特に限定されないが、摩耗による減肉によって皮膜が除去されるのを防ぐため、また厚膜化による皮膜の割れを防ぐため、100~300μmとすることが好ましい。
【0026】
また、本実施形態に係る皮膜は、例えば、ステンレス基材、Ni基材等の表面に形成されていてもよく、これらに限定されない。
【0027】
次に、本実施形態に係る皮膜の好適な適用例について説明する。
図1は、ポンプのラジアル軸受を示す図である。図1に示すように、段部10aを有する回転自在な主軸10には、円筒状の軸受スリーブ12が、円筒状で主軸10に固定した固定スリーブ14と主軸10の段部10aとの間に挟まれて、主軸10に対して回転不能かつ軸方向に移動不能に取付けられている。つまり、軸受スリーブ12は、主軸10と一体に回転し、その軸方向に沿った移動が規制されるようになっている。
【0028】
軸受スリーブ12の外周部には、例えば炭化珪素(SiC)または窒化珪素(Si)を主成分とするセラミックス製の円筒状の軸受ブッシュ16が配置され、この軸受ブッシュ16は、金属製のバックシェル18の内周面に固着されており、その外周面に緩衝材20を挟んで軸受ケース22に組み込まれている。
【0029】
これにより、軸受スリーブ12の外周面が回転側の摺動面となって、軸受スリーブ12が回転側摺動部品となり、軸受ブッシュ16の内周面が固定側の摺動面となって、軸受ブッシュ16が固定側摺動部品となるように構成されている。
【0030】
軸受スリーブ12としては、例えば、ステンレス基材、Ni基材、Co基材またはNi+Co基材、これらの基材にCrと、Va族またはVIa族の金属元素(例えばNb、TaまたはMo、またはこれらの混合物)とを混合して焼結させたもの、あるいは、TiCとTi-Mo合金とを混合して焼結させたものを用いることができる。
【0031】
本実施形態に係る皮膜は、高い硬度を有し、且つ海水に対して優れた耐食性を有するため、特に、軸受スリーブ12の外周面に好適に適用することができる。
【0032】
本実施形態に係る皮膜の形成方法は特に限定されないが、溶射、より具体的にはHVOF溶射(高速フレーム溶射)により形成することが好ましい。温度変化等による基材への悪影響が少なく、より均質に皮膜を形成できるためである。溶射により皮膜を形成する場合は、バインダーと、WおよびTiの複合炭化物、または、WおよびCrの複合炭化物とを混合した溶射剤を基材表面に溶射することで、皮膜を形成することができる。
溶射以外の方法としては、肉盛溶接が挙げられる。
【実施例0033】
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0034】
まず、バインダーと種々の複合炭化物とを混合して溶射剤を得た。この溶射剤を用いて、Ni基材に対して、HVOF溶射を行った。これにより、Ni基材に皮膜を形成した。なお、バインダーとしてハステロイC22を使用した。また、得られた皮膜の膜厚は100~300μmの範囲内であった。
【0035】
得られた皮膜に対し、上述の方法により、バインダーの分析および複合炭化物の分析、並びに、皮膜の硬度測定を行った。
【0036】
得られたビッカース硬さが900Hv以上であった場合、高い硬度を有するとして合格と判定した。一方、得られたビッカース硬さが900Hv未満であった場合、高い硬度を有さないとして不合格と判定した。
【0037】
また、得られた皮膜について、以下の方法により海水に対する耐食性を評価した。
25℃の人工海水にサンプル(皮膜を形成した基材)を浸漬した。サンプルに0.3V vs.SSEの電圧を付与し、24時間後の電流密度を測定した。得られた電流密度が20μA/cm以下であった場合、海水に対して優れた耐食性を有するとして合格と判定した。一方、得られた電流密度が20μA/cm超であった場合、海水に対して優れた耐食性を有さないとして不合格と判定した。
【0038】
得られた結果を表1に示す。なお、表1中の「Ti、Crの割合」は「W、TiおよびCrの原子量に対する、TiおよびCrの原子量の割合」を示し、「WTiC」は「WおよびTiの複合炭化物」を示し、「WCrC」は「WおよびCrの複合炭化物」を示す。
【0039】
【表1】
【0040】
表1に示すように、本発明例に係る皮膜は、高い硬度を有し、且つ海水に対して優れた耐食性を有することが分かる。一方、比較例に係る皮膜は、いずれか一方の特性が劣ることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明に係る上記一態様によれば、高い硬度を有し、且つ海水に対して優れた耐食性を有する皮膜を提供することができる。
上記一態様に係る皮膜は、回転機械に使用されるラジアル軸受の一部品、より具体的には軸受スリーブの外周面に付与する皮膜として好適に適用することができる。
図1