(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022168831
(43)【公開日】2022-11-08
(54)【発明の名称】金属精製方法および金属精製装置
(51)【国際特許分類】
C22B 21/06 20060101AFI20221031BHJP
C22B 9/04 20060101ALI20221031BHJP
【FI】
C22B21/06
C22B9/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022044139
(22)【出願日】2022-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2021073894
(32)【優先日】2021-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000241485
【氏名又は名称】豊田通商株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】519016181
【氏名又は名称】豊通スメルティングテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川原 博
(72)【発明者】
【氏名】八百川 盾
(72)【発明者】
【氏名】日比 加瑞馬
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】岩田 靖
(72)【発明者】
【氏名】箕浦 琢真
(72)【発明者】
【氏名】石井 博行
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 大祐
(72)【発明者】
【氏名】日下 裕生
(72)【発明者】
【氏名】加納 彰
(72)【発明者】
【氏名】伊東 享祐
(72)【発明者】
【氏名】中野 悟志
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA02
4K001BA23
4K001EA02
4K001GA16
(57)【要約】
【課題】スクラップ等を原料としたAl基溶湯からZnを効率的に除去または回収できる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、アルミニウム基溶湯(m)の湯面上の第1領域(s1)でアルミニウム基溶湯を加熱する局部加熱工程と、第1領域と異なる湯面上の第2領域(s2)を第1領域よりも低圧にする局部低圧工程とを備える金属精製方法である。これにより第2領域から特定元素が蒸発して、アルミニウム基溶湯が精製される。特定元素は、例えば、Alよりも飽和蒸気圧が大きいZn、MgまたはPbの一種以上である。本発明は、アルミニウム基溶湯から特定元素を除去する精製方法のみならず、アルミニウム基溶湯から資源となる特定元素を回収する方法としても有効である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム基溶湯の湯面上の第1領域で該アルミニウム基溶湯を加熱する局部加熱工程と、
該第1領域と異なる該湯面上の第2領域を該第1領域よりも低圧にする局部低圧工程とを備え、
該第2領域から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製する金属精製方法。
【請求項2】
前記局部加熱工程と前記局部低圧工程は、併行してなされる請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項3】
さらに、前記第2領域から蒸発した前記特定元素を回収する回収工程を備える請求項1または2に記載の金属精製方法。
【請求項4】
前記第2領域側の圧力(P2)を0.1~1000Paとする請求項1~3のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項5】
前記第1領域側の圧力(P1)を100~10000Paとする請求項1~4のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項6】
前記第1領域側の圧力(P1)と前記第2領域側の圧力(P2)との差圧(ΔP=P1-P2)を100~5000Paとする請求項1~5のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項7】
さらに、前記第1領域側の圧力(P1)と前記第2領域側の圧力(P2)との差圧(ΔP=P1-P2)を所定範囲内にする差圧管理工程を備える請求項1~6のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項8】
局部加熱工程は、アーク放電によりなされる請求項1~7のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項9】
前記特定元素は、Zn、MgまたはPbの一種以上である請求項1~8のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項10】
アルミニウム基溶湯の湯面上の第1領域で該アルミニウム基溶湯を加熱する局部加熱手段と、
該第1領域と異なる該湯面上の第2領域を該第1領域よりも低圧にする局部低圧手段とを備え、
該第2領域から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製できる金属精製装置。
【請求項11】
さらに、前記第2領域から蒸発した前記特定元素を回収する回収手段を備える請求項10に記載の金属精製装置。
【請求項12】
さらに、前記第1領域側の圧力(P1)と前記第2領域側の圧力(P2)との差圧(ΔP=P1-P2)を所定範囲内にする差圧管理手段を備える請求項10または11に記載の金属精製装置。
【請求項13】
前記差圧管理手段は、前記第2領域側の圧力(P2)を増加させ得る切替弁または制御弁である請求項12に記載の金属精製装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定元素を蒸発させてアルミニウム基溶湯を精製する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識等の高揚に伴い、軽量なアルミニウム系部材が様々な分野で用いられている。新規に製錬(さらには精錬)されたアルミニウムを用いるよりも、スクラップを再利用すれば、大幅な省エネルギ化や環境負荷低減を図りつつ、アルミニウム系部材の利用を促進できる。
【0003】
もっとも、スクラップを溶解した原料溶湯(「Al基溶湯」ともいう。)中には、Al以外の様々な元素が混在し得る。Al基溶湯を所望組成の溶湯に調製するためには、不要または過剰な元素の除去または低減が必要となる。このような精製方法の一つに、真空蒸留法(減圧蒸留法、真空脱ガス法、真空処理法)がある。Al基溶湯の真空蒸留法は、Alよりも蒸気圧が高い元素(例えばZn、Mg、Pb、H等)を、Al基溶湯から優先的に蒸発させて分離(脱離)する方法である。なお、真空蒸留法は、通常、沸点未満のAl基溶湯に対してなされる。これに関連する記載が下記の文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6-145832
【特許文献2】特開平7-41879
【特許文献3】特開平9-316558
【特許文献4】特開平11-256251
【特許文献5】特開2001-294949
【特許文献6】特開2002-339024
【特許文献7】WO2011/96170
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】大滝,五月女,森,工藤,田中:古河電工時報,104 (1999),25
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~6および非特許文献1はいずれも、均一的に全体を加熱した原料溶湯(Al基溶湯)から、不純物であるZn等を真空雰囲気中へ蒸発させて除去することを提案している。例えば、特許文献1では、Al基溶湯上の一部に設けた真空雰囲気の処理室へ蒸発させた汚染物を吸引して回収している。特許文献1は、その処理室の下方側にあるAl基溶湯中へ、不活性ガスを吹き込むこと(つまりバブリング)を前提にしている。なお、その処理室の上方に設けられているヒータは、Al基溶湯を湯面側から積極的に加熱するものではない。
【0007】
特許文献7では、真空雰囲気の炉内にあるアルミニウム溶湯の湯面付近をアーク放電により加熱して、Zn等の不純物を蒸発除去している。特許文献7の精製方法では、蒸発した不純物が炉内の内壁に付着したり溶湯へ回帰するため、不純物の効率的な除去や回収は困難である。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは異なる手法により、特定元素を効率的に抽出してアルミニウム基溶湯を精製する方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、アルミニウム基溶湯の湯面付近(第1領域)を局部加熱すると共に、その加熱域とは別な湯面付近に設けた真空域(第2領域)から特定元素を選択的に蒸発させることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《金属精製方法》
(1)本発明は、アルミニウム基溶湯の湯面上の第1領域で該アルミニウム基溶湯を加熱する局部加熱工程と、該第1領域と異なる該湯面上の第2領域を該第1領域よりも低圧にする局部低圧工程とを備え、該第2領域から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製する金属精製方法である。
【0011】
(2)本発明の金属精製方法(単に「精製方法」ともいう。)によれば、アルミニウム基溶湯(「Al基溶湯」または単に「溶湯」ともいう。)に含まれる特定元素を、特定域から効率的に蒸発(抽出)させて、除去や回収(留出)することができる。この理由は次のように考えられる。
【0012】
特定元素の蒸発量(除去効率、回収効率)は、湯面(蒸発界面)付近の溶湯温度と、その上空雰囲気の圧力(真空度)による影響が大きい。すなわち、溶湯温度および真空度が高いほど、特定元素の蒸発は促進され、その蒸発量も大きくなり得る。
【0013】
本発明の局部加熱工程では、先ず、特定元素を蒸発させる第2領域とは異なる第1領域を局所的に加熱している。局部加熱により、大量のエネルギ消費、過大な昇温時間、加熱炉(坩堝)等の炉体の消耗(低寿命化)等を回避しつつ、Al基溶湯の湯面付近を効率的に高温化して特定元素を蒸発させることが可能となる。また、局部加熱なら、装置の選択自由度や配置自由度を大きくでき、加熱する湯面上の位置や範囲も調整し易い。例えば、特定元素を蒸発させる第2領域と加熱する第1領域とを、近接(さらには隣接)させたり、逆に、Al基溶湯内の対流等を考慮して適切な距離だけ離間させたりできる。
【0014】
局部低圧工程では、特定元素を蒸発させる第2領域を局所的に低圧にしている。このため、大型な排気装置の設置や維持費用等を削減しつつ、Al基溶湯の湯面上空を選択的に高真空にして、特定元素を効率的に蒸発させることができる。
【0015】
局部加熱工程と局部低圧工程の相乗的な作用により、Al基溶湯に含まれる特定元素を効率的に蒸発させ得る。これにより、特定元素の少なくとも一部が除去されたAl基溶湯の精製、またはAl基溶湯(原料)から有効資源である特定元素の回収が可能となる。なお、回収される特定元素は、その状態(気体(蒸気)、液体、固体)を問わない。
【0016】
ちなみに、本発明により特定元素を蒸発させる際、Al基溶湯の機械的な撹拌等は必須ではない。湯面付近(第1領域)の局部加熱により、少なくともAl基溶湯の上層部分で対流が生じ、第1領域に連なる第2領域でも、溶湯温度(単に「湯温」ともいう。)の上昇と特定元素の補給が継続的になされ得る。つまり、積極的な撹拌等を行わなくても、第1領域と第2領域の間で、過度に偏在した温度分布や濃度分布は生じ難い。
【0017】
なお、第1領域と第2領域は溶湯の連通が可能であればよい。つまり、第1領域で加熱された高温な溶湯が第2領域へ流入し、第2領域の湯面から特定元素が蒸発し易い状況であれば、第1領域と第2領域は、近接(さらには隣接)して配置されても、離れて配置されてもよい。
【0018】
また、本発明でいう特定元素の「蒸発」は、気体状態の特定元素が溶湯表面(湯面)から離脱することを意味する。特定元素の気化自体は、湯面で生じても、溶湯内部で生じてもよい。つまり、特定元素が溶湯内で沸騰して湯面から離脱する場合も、本発明でいう「蒸発」に含めて考えることができる。
【0019】
《金属精製装置》
本発明は金属精製装置としても把握される。例えば、本発明は、アルミニウム基溶湯の湯面上の第1領域で該アルミニウム基溶湯を加熱する局部加熱手段と、該第1領域と異なる該湯面上の第2領域を該第1領域よりも低圧にする局部低圧手段とを備え、該第2領域から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製できる金属精製装置でもよい。また、本発明の金属精製装置は、第2領域から蒸発した特定元素を回収する回収手段を備えてもよい。さらに、本発明の金属精製装置は、第1領域側の圧力(P1)と第2領域側の圧力(P2)との差圧(ΔP=P1-P2)を所定範囲内にする差圧管理手段を備えてもよい。
【0020】
《再生方法(装置)/回収方法(装置)》
(1)本発明は、例えば、スクラップ原料から、特定元素(例えばZnやMg等)を除去した再生Al合金を得る方法(再生方法)として把握されてもよい。特定元素を除去した再生Al合金は、凝固物(インゴット等)として利用されても、溶湯(半溶融状態を含む)のまま利用されてもよい。また、Al系スクラップの再生は、カスケードリサイクルに留まらず、展伸材等へのアップグレードリサイクルでもよい。
【0021】
(2)本発明は、さらに、Al基溶湯の精製や再生とは独立して、原料(例えばスクラップ)を溶解して得たAl基溶湯(原料)から特定元素を回収する方法または装置(特定元素の回収方法または回収装置)として把握されてもよい。
【0022】
《その他》
(1)本明細書でいう「工程」と「手段」は相互に読み替えることができる。例えば、「~工程」を読み替えた「~手段」は「物」(金属精製装置等)の構成要素となり、「~手段」を読み替えた「~工程」は「方法」(金属精製方法等)の構成要素となり得る。
【0023】
なお、本明細書でいう各「工程」の時間的な先後関係(経時的要素)等は問わない。例えば、局部加熱工程と局部低圧工程は、併行して連続的になされてもよいし、各工程が交互になされてもよいし、各工程が離散的になされてもよい。
【0024】
(2)本明細書でいう第1領域および第2領域は、Al基溶湯の湯面上における便宜的な区画である。第1領域には、その湯面の下部(溶湯上層部)を含めてもよい。第2領域には、その湯面の上部(溶湯上空)を含めてもよい。局部加熱される溶湯の範囲(上層域)は、例えば、溶湯の深さの1/3程度でもよい。
【0025】
第1領域側の圧力(P1)や第2領域側の圧力(P2)は、例えば、湯面上空にある処理室(槽)や管路(配管)等に設けたゲージ・センサ等の計器により測定される。液相と気相の境界面である湯面近傍の圧力を安定して測定することは容易ではないため、安定した圧力測定が可能な位置に計器が設けられるとよい。定常運転時なら、測定値の平均値を各領域の圧力としてもよい。特に断らない限り、「圧力」は、特定空間の雰囲気の全圧(単に「気圧」ともいう。)を意味する。また特に断らない限り、「圧力」は絶対圧である。大きい圧力(基準圧)から小さい圧力を差し引いた差分を適宜「真空度」ともいう。
【0026】
(3)本明細書でいうアルミニウム基溶湯は、固液共存状態(半溶融状態)を含む。アルミニウム基溶湯は、Alが主成分(溶湯全体に対してAl含有量が50原子%超、70原子%以上さらには85原子%以上)であれば、具体的な組成を問わない。原料溶湯(精製前のAl基溶湯)中の特定元素濃度は問わないが、通常、その溶湯全体に対して10質量%以下さらには5質量%以下程度である。本明細書でいう濃度や組成は、特に断らない限り、対象物(溶湯等)の全体に対する質量割合(質量%または単に「%」)で示す。
【0027】
(4)特に断らない限り、本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図2】試料1と試料C1に係る精製処理後の回収フィルタを示す写真である。
【
図3】処理槽内における圧力と放電電圧の関係を例示したグラフである。
【
図4】Al基溶湯に含まれるZnの蒸気圧と溶湯温度の関係を例示したグラフである。
【
図5】差圧管理を行う金属精製装置の構成例を示す模式図である。
【
図6】差圧と溶湯ヘッドの関係を例示したグラフである。
【
図8】差圧管理に係る圧力変化を例示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、金属精製の方法のみならず装置にも該当し得る。方法に関する構成要素は、物(装置、(再生)Al合金(溶湯)等)に関する構成要素ともなり得る。
【0030】
《局部加熱》
局部加熱は、高エネルギ密度の熱源を用いてなされるとよい。これにより第1領域の湯面付近を急速加熱して、第1領域に連なる第2領域の溶湯を効率的に高温化できる。
【0031】
(1)熱源
熱源(装置)の種類、出力等は、溶湯を収容する湯槽(加熱炉、坩堝、流路等)や第1領域の形態等に応じて選択、調整されるとよい。熱源として、例えば、高エネルギビーム照射(レーザー照射、電子ビーム照射等)、放電(アーク放電等)などがある。いずれの熱源を用いても、加熱装置の簡素化、小型化、省エネルギ化または湯槽への負荷低減等を図り得る。
【0032】
高エネルギビーム照射によれば、加熱位置(第1領域)の調整を自在にまたは高精度に行える。放電によれば、高温なプラズマ供給により湯面付近を急速に加熱できる。放電は、湯面上に、一対の電極を配置してなされてもよいし、一方の電極を湯面上(第1領域の上空)に配置し、他方の電極(対極)をAl基溶湯(第1領域の湯面)としてもよい。後者の場合、Al基溶湯(他方の電極)と、その湯面上方に配置した電極(一方の電極)との間で放電がなされ、第1領域の溶湯が効率的に急速加熱される。例えば、溶接等で利用されるアーク放電を用いれば、設備負担を低減しつつ、第1領域付近の溶湯を急速加熱して、第2領域を迅速に高温化できる。
【0033】
(2)エネルギ密度
アルミニウム基溶湯の湯面へ付与される単位面積あたりのエネルギ量(エネルギ密度)は、102W/cm2以上、103W/cm2以上さらには104W/cm2以上であるとよい。装置の過大化やアーク直下での湯面付近における突沸等を回避するため、敢えていえば、そのエネルギ密度は105W/cm2以下としてもよい。
【0034】
(3)アーク放電
アーク放電による加熱(アーク加熱)は、電極間に発生する高温なアーク柱による。アーク柱の温度は、その部位により異なるが、少なくとも火炎等(<3000℃)よりも高温であり、例えば、4000℃以上さらには5000℃以上にも達する(参考文献:田中,溶接学会誌,77 (2008),50)。アーク柱による湯面付近の加熱は、直接アーク加熱でも間接アーク加熱でもよい。アーク加熱は、主に放射(輻射)や粒子(電子、プラズマイオン等)の運動エネルギ伝達等によると考えられる。本明細書でいうアーク加熱には、アーク放電をノズルや気流等で拘束して、指向性や加熱温度を高めたアークプラズマ加熱が含まれる。また、アーク放電の電源は、直流でも交流でもよい。
【0035】
アーク放電は、大気圧~準大気圧付近の雰囲気下(約105~104Pa)でなされてもよいし、減圧した(低)真空雰囲気下(約104~102Pa)でなされてもよい。真空雰囲気下でアーク放電すると、その安定化が図れ、溶湯への入熱量も安定的に大きくできる。
【0036】
一例として、後述する
図1に示した金属精製装置Dを用いて、保持槽1内でアーク放電(定電流:100A)させて得られた圧力(処理室v内の雰囲気圧力)と放電電圧の関係を
図3に示した。
図3から、所定の真空雰囲気下でアーク放電を行うと、放電電圧が安定して大きくなり、所望の入熱量を溶湯mへ加えられることがわかった。
【0037】
この結果を踏まえると、アーク放電により第1領域を加熱する場合なら、その圧力(P1)を、例えば、500~2000Pa、650~1750Paさらには800~1500Paとするとよい。
【0038】
また、第1領域側の真空度を大きくする(つまりP1を小さくする)ことにより、高温に加熱したAl基溶湯の酸化を抑制できる。但し、その真空度が過大になると、第1領域側からの蒸発量も増加し、蒸発物が周囲(炉壁や槽壁等)に堆積してメンテナンス性が低下し得る。
【0039】
《局部低圧》
局部低圧は、第2領域を周囲(少なくとも第1領域)よりも低圧にする。これにより第2領域の湯面付近から特定元素を優先的に蒸発させたり、特定元素の回収性を向上させたりできる。
【0040】
第2領域側の圧力(P2)は、適宜調整され得るが、例えば、0.1~1000Pa、1~100Paさらには5~50Paである。第2領域の湯面上の真空度を大きく(P2を小さく)するほど、その湯面上における特定元素の分圧を小さくでき、特定元素の蒸発量や回収量を増加させ得る。
【0041】
もっとも、第1領域側の圧力(P1)に対して第2領域側の圧力(P2)が過小、すなわち、両者の差圧(ΔP=P1-P2)が過大になると、第2領域上の溶湯柱(槽体内の溶湯柱)も高くなって、設備全体の大型化や損傷等を招く。そこで差圧(ΔP)は、例えば、100~5000Pa、200~1000Paさらには300~800Pa程度であるとよい。第1領域側の圧力(P1)は、局部加熱源にもよるが、例えば、100~10000Pa、200~5000Pa、400~2500Paとすればよい。
【0042】
第2領域の低圧化は、例えば、第2領域の湯面とその上空を囲う筒状または管状の槽体(さらにはチャンバ)と、槽体内を排気する排気手段(真空ポンプ等)によりなされる。
【0043】
Al基溶湯の精製や特定元素の回収を安定して行うために、第1領域の湯面に対する第2領域の湯面の高低差(「溶湯柱高さ」または「溶湯ヘッド」という。)、または第1領域側に対する第2領域側の圧力差(ΔP=P1-P2)が、所定範囲内に管理(維持)されるとよい。その具体的な手法は種々考えられる。ここでは、差圧を管理(調整、制御等)して溶湯柱高さを所定範囲内とする場合を例示して説明する(差圧管理工程、差圧管理手段)。
【0044】
差圧管理は、P1の減少および/またはP2の増加によりなされる。例えば、所定の時機に、第2領域側をそれよりも高圧側(第1領域側、大気雰囲気等)へ連通させれば、差圧管理を簡便に行える。差圧管理は、連続的または継続的になされてもよいし、差圧や溶湯柱高さ等が所定範囲を逸脱したときだけなされてもよい。差圧自体の把握(測定、検出等)は、必ずしも差圧管理に必要ではない。例えば、差圧を駆動源として差圧が所定範囲外となったときに作動する圧力弁(切替弁/差圧管理手段)を、第1領域側と第2領域側の圧力回路間に介在させるだけでもよい。
【0045】
勿論、差圧を把握しつつ、差圧管理がなされてもよい。例えば、差圧を直接的または間接的に把握できる差圧計(圧力計、真空計、連成計等を含む)と、第2領域(湯面上方)と高圧域を連通または遮断できる制御弁と、差圧計から把握される圧力(信号)に基づいて制御弁を作動させるコントローラーとを備える差圧管理手段を用いて、精細な差圧管理を行ってもよい。なお、差圧は、直接測定されたΔPでも、測定されたP1とP2の差分でも、P1とP2の一方から推定した値でもよい。例えば、P1とP2の一方が安定している場合なら、その他方の圧力が差圧として代用されてもよい。
【0046】
《特定元素》
蒸気圧(後述する飽和蒸気分圧)がAlよりも高い特定元素が、第2領域の湯面から、その上方にある真空雰囲気(単に「上空」ともいう。)へ蒸発して分留される。
【0047】
(1)蒸気圧
飽和蒸気圧(平衡蒸気圧)は温度に依存しており、温度が高くなるほど大きくなる。純金属単体(液相)の飽和蒸気圧(P0)は、温度(T)の関数として下式(1)により示される(出典:長船:津山高専紀要 13(1975)63)。
logP0=aT-1+blogT+cT+D (1)
ここで、log:常用対数、T:絶対温度(K)、a、b、cおよびD:定数である。
【0048】
また、複数の構成元素からなる温度Tにおける溶湯全体の飽和蒸気圧(Pt)は、各構成元素の飽和蒸気圧の分圧(Pi:飽和蒸気分圧という。)の総和として、下式(2)により示される(出典:長船:津山高専紀要 13(1975)63)。
Pt =ΣPi=Σ(αiPi0) (2)
ここで、αi:溶湯中における構成元素の活量、Pi0:構成元素単体(液相)の飽和蒸気圧である。活量(αi)は、溶湯中における構成元素の濃度と溶湯温度に依存している。
【0049】
溶湯に含まれる構成元素の飽和蒸気分圧(Pi)が、上空における構成元素の分圧よりも大きいとき、その構成元素は溶湯の湯面から上空へ蒸発(放出、散逸)し得る。Al基溶湯の場合、理論上、Alを含む各構成元素は、それぞれの飽和蒸気分圧と湯面上の分圧とに応じて溶湯上へ蒸発し得る。
【0050】
但し、Alの飽和蒸気圧は、Al基溶湯に含まれる他の元素の飽和蒸気圧よりも、無視できるほどに小さい。これは、活量を考慮した飽和蒸気分圧として考えても同様である。例えば、700℃における飽和蒸気圧は、Al:2×10-5Pa、Zn:8.4×103Pa、Mg:7.5×102Pa、Pb:6.7×10-1Paである。従って、活量(濃度)を考慮しても、Alに対して、他の元素の蒸気圧(飽和蒸気分圧)は103~107倍程度も大きい。つまり、Al基溶湯中において、Alと特定元素との間には大きな蒸気圧差がある。このため、第1領域および第2領域において、Alは実質的に蒸発せず、それよりも蒸気圧が大きい特定元素が主に蒸発する。なお、本明細書では、特に断らない限り、上述した飽和蒸気分圧を、単に「蒸気圧」という。
【0051】
(2)特定元素
Alに対する蒸気圧(飽和蒸気分圧)差が大きい特定元素は、例えば、Zn、MgまたはPbの一種以上である。その代表例は、蒸気圧が特に大きいZnである。
【0052】
一例として、Al合金溶湯中に含まれるZnの蒸気曲線(蒸気圧と溶湯温度の関係)を、上述した式(1)、(2)に基づいて算出した結果を
図4に示した。式(2)中の活量(α
i)は、熱力学計算ソフトウェア(AB社製Thermo-Calc)を用いて、Zn濃度と温度から計算して求めた。Zn濃度(質量%)は、
図4に示すように、0.2%、0.5%、0.7%または1.2%のいずれかとした。
図4からわかるように、溶湯温度の増加と共にZnの蒸気圧も増加した。また、溶湯温度が同じでも、Znの濃度が高いほど、その蒸気圧も大きくなった。
【0053】
このような特定元素は、溶湯温度の上昇により蒸気圧が大きくなり、さらに溶湯上空の圧力を小さくすることで、溶湯から蒸発し易くなり、除去効率または回収効率が高められる(参考文献:大滝,五月女,森,工藤,田中:古河電工時報,104 (1999),25)。
【0054】
《精製》
Al基溶湯から特定元素を蒸発させる精製は、バッチ処理(一括処理)されても、連続処理(継続処理)されてもよい。バッチ処理によれば、処理室(例えば第2領域側の空間)内の圧力、湯面付近の温度、処理時間等に係る設定自由度を大きくできる。連続処理によれば、大量のAl基溶湯を効率的に処理でき、他の不純物除去処理や後続の鋳造工程等とも円滑に連携させ得る。
【0055】
《回収》
特定元素は捕捉・回収されて、資源として再利用されてもよい。そこで本発明は、第2領域から蒸発した特定元素を回収する回収工程(手段)を備えてもよい。
【0056】
特定元素は、例えば、その蒸気をフィルタや冷却器(冷却蛇管等)で凝集・固化させて回収される。特定元素の一部は第2領域以外(第1領域等)からも蒸発し得るが、特定元素の大部分は低圧(さらには高真空)な第2領域で蒸発する。このため、第2領域から生じる特定元素の蒸気を凝集・固化すれば、特定元素の効率的な回収が可能となる。なお、特定元素の回収は、固体状態に限らず、気体(蒸気)状態、液体状態、固液共存状態で回収されてもよい。
【0057】
《局部加熱手段》
局部加熱源の好例であるアーク放電について以下説明する。
【0058】
(1)電極
一方の電極には、例えば、Al基溶湯の湯面に対向する先端部を有するトーチ電極を用いるとよい。トーチ電極とAl基溶湯の間の通電(電圧の印加)により、トーチ電極の先端部とAl基溶湯の湯面間にアーク放電が生じ得る。
【0059】
Al基溶湯への通電は、例えば、金属等の導電体からなる湯槽を介したり、Al基溶湯に少なくとも一部が浸漬される対極を介してなされる。溶湯に浸漬される対極は、例えば、トーチ電極と同様に、Al基溶湯の上方側に配設されるとよい。これにより、Al基溶湯の上方に局部加熱に必要な構成・機能が集約され、装置のコンパクト化やメンテナンス性向上、Al基溶湯(湯槽)の供給・入替えの作業性向上等が図られる。
【0060】
トーチ電極は、その外周面が絶縁体で囲われているとよい。これにより自由放電が抑止され、トーチ電極の先端部とAl基溶湯の湯面(局部)間で生じるアーク放電を安定化できる。なお、自由放電は、トーチ電極(外周面を含む)と、対極表面、湯槽壁面、Al基溶湯の湯面等との間で生じ得る放電である。絶縁体がトーチ電極の外周面を囲う範囲は、自由放電を抑制できる範囲であればよい。通常、絶縁体はトーチ電極の先端部付近まであると好ましい。
【0061】
絶縁体は、トーチ電極を内挿(嵌入)する筒状・管状でもよいし、トーチ電極の外表面を覆う膜状でもよい。絶縁体がAl基溶湯の湯面へ供給されるガスの流路の少なくとも一部を構成すると、トーチ側のコンパクト化や簡素化が可能となる。
【0062】
アーク放電は熱陰極アークでも冷陰極アークでもよい。いずれにしても、トーチ電極は陰極(負極、カソード)であるとよい。このとき、湯槽や処理室の壁面とAl基溶湯(対極)とは略同電位であるとよい。高温下に曝される電極(トーチ電極、対極)は、炭素(黒鉛)、タングステン(W)などの高沸点材からなるとよい。電極の形態は問わないが、通常、(円)柱状または(丸)棒状である。
【0063】
(2)気流
アーク放電は、アルミニウム基溶湯の湯面上(特に第1領域)へ気流を付与しつつなされるとよい。気流は、例えば、ノズル等から噴出させたAr、He、N2等の不活性ガス単体やそれらの混合ガス等からなるガス流、トーチ電極側から噴出されるガス流またはプラズマ流である。気流の付与は、継続的でも断続的でもよい。
【実施例0064】
[第1実施例]
Znを含むAl基溶湯に対して局部加熱工程と局部低圧工程を行い、真空蒸留法によるZnの分留と回収を行った。このような具体例に基づいて本発明をより詳しく説明する。
【0065】
《装置》
金属精製装置D(単に「装置D」という。)の概要を
図1に模式的に示した。説明の便宜上、図中に示した矢印方向を、上下方向または左右方向という。この点は、後述の
図5についても同様である。
【0066】
装置Dは、Al基溶湯m(単に「溶湯m」という。)を加熱保持する保持槽1と、溶湯mの湯面s1付近(第1領域)を加熱する局部加熱部4と、溶湯mの湯面s2付近(第2領域)を高真空にする局部低圧部5とを備える。
【0067】
保持槽1(加熱炉)は、筐体11と、溶湯mを収容する坩堝12(湯槽)と、坩堝12内で原料金属(アルミニウム系スクラップ等)の溶解や溶湯mの温度調整を行えるヒータ13と、筐体11の上方を閉塞して保持槽1内に密閉された処理室v(上方空間)を形成する蓋体15とを備える。坩堝12はアルミナ製とし、ヒータ13は電気抵抗式とした。
【0068】
処理室vは、排気部31により減圧される。排気部31は、油回転式の真空ポンプ311(第1排気手段)と、処理室v内の圧力(真空度)を調整する調整弁312と、処理室vから吸い込まれる蒸気や微粒子等をトラップする排気フィルタ313と、処理室vに連通する排気管314を備える。なお、調整弁312は圧力ゲージ10の計測値(P1)に基づいて作動する。
【0069】
局部加熱部4(局部加熱手段)は、アーク放電aを生じさせる電源40、トーチ41および対極42を備える。トーチ41は、電極411(トーチ電極)と、電極411を囲繞するガス管412を備える。ガス管412には、上流側にあるガス源(ボンベ等)から不活性ガス(Ar)が供給される。ガス管412は、セラミックス等の絶縁材からなる。
【0070】
電源40には、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接用電源を用いた。電極411も対極42も丸棒状電極とし、対極42の先端部は溶湯mの上部に浸漬した。電源40により、電極411と対極42の間で通電がなされると、湯面s1とその近傍上空にある電極411の先端部(先端面近傍)との間にアーク放電aが生じる。アーク放電aにより、ガス管412から供給されるガスの少なくとも一部が連続的にプラズマ化し、アーク柱やプラズマ流が安定して生成される。
【0071】
ガス管412の下流側から放出された不活性ガスの一部は、アーク放電aの外周囲と湯面s1に沿ったガス気流gとなる。ガス気流gにより、湯面s1が安定して加熱される。なお、ガス気流gにより、湯面s1上で生じた蒸気は、溶湯mの湯面に沿って拡散し、排気部31へ誘導される。その蒸気の一部は、温度の低下と共に液体または固体となって排気管314やフィルター313に堆積する。
【0072】
局部低圧部5(局部低圧手段)は、一端側が湯面s2付近(第2領域)に浸漬された筒体51と、筒体51に内挿される回収フィルタ52と、筒体51の他端側を気密に保持するチャンバ53とを備える。チャンバ53は排気部32により減圧される。排気部32は、油回転式の真空ポンプ321(第2排気手段)と、チャンバ53内の圧力(真空度)を調整する調整弁322と、回収フィルタ52を通過してチャンバ53に到達した蒸気や微粒子等をトラップする排気フィルタ323と、チャンバ53に連通する排気管324を備える。なお、筒体51は、セラミックス等の耐熱絶縁材からなる。また、調整弁322は圧力ゲージ50の計測値(P2)に基づいて作動する。本実施例では、排気部31と排気部32を併せて、単に「排気部3」という。
【0073】
ちなみに、処理室vの圧力(P1)とチャンバ53の圧力(P2)は、通常、P2<P1<P0(大気圧)とされる。このため、湯面s1と湯面s2の間には、それらの圧力差(ΔP=P1-P2)と溶湯mの密度(ρ)とに応じた高低差(溶湯ヘッド:h)が生じる。
【0074】
《精製》
上述した装置Dを用いて、表1に示すように、Zn(特定元素)を含むAl基溶湯(原料溶湯)の精製(特定元素の除去・回収)を種々行った。具体的には次の通りである。
【0075】
(1)Al基溶湯
精製前のAl基溶湯(原料溶湯)として、Al-1.2%Znとなる溶湯を坩堝12内で調製した。Zn濃度は、溶湯または合金の全体に対するZnの質量割合である。溶湯となる金属原料には、市販の純Alと純Znを用いた。各試料で用いたAl基溶湯量は、いずれも6000gとした。
【0076】
溶湯温度は、湯面s1から約25mmの深さ位置で測定した。局部加熱前の溶湯温度はいずれも750℃とした。
【0077】
(2)減圧
真空ポンプ311、321を作動させて、密閉状態の処理室vとチャンバ53を排気して減圧した。処理室v内の圧力(P1:絶対圧)とチャンバ53内の圧力(P2:絶対圧)は表1に示すようにした。表1に示した処理時間は、P1、P2が表1に示す圧力に到達した後の経過時間(局部加熱するときは放電時間)である。なお、チャンバ53の減圧が本発明でいう局部低圧工程に相当する。
【0078】
なお、筒体51には、セラミックス(チタン酸アルミニウム)からなるパイプ(内径:60mm)を用いた。筒体51の下端部は、湯面s1から溶湯m中へ約10mm浸漬させた。
【0079】
ちなみに、排気部3による減圧により、湯面s1と湯面s2の間にできる高低差(h)は、試料1も試料2も約3cmであった。
【0080】
(3)アーク放電(局部加熱工程)
試料1、2では、電源40に通電して、処理開始時からアーク放電aにより湯面s1を加熱した。アーク放電aは、電極411を負極(カソード)、対極42を正極(アノード)とする直流アークとした。なお、電極411にはφ3.2mmのタングステン棒、対極42にはφ6mmの黒鉛棒を用いた。
【0081】
対極42の下端部は、湯面s1から約50mmの深さ位置まで浸漬した。アーク放電aに伴う放電電流とガス気流gを形成するArガス流量とは表1に示した通りとした。なお、その放電時間は表1に示した処理時間とした。
【0082】
試料C1では、電源40による通電も湯面s1へのガス供給も行わず、溶湯温度を750℃のままにしてチャンバ53の減圧のみを行った。
【0083】
《評価・測定》
(1)特定元素の回収
試料1と試料C1について、精製後の回収フィルタ52の様子を
図2に示した。
図2から明らかなように、湯面s1付近で局部加熱した試料1の回収フィルタ52には、下部に堆積物が確認された。一方、局部加熱しなかった試料C1の回収フィルタ52には、そのような堆積物が認められなかった。
【0084】
このように、湯面s2側(第2領域)を高真空にしつつ、湯面s1側(第1領域)を加熱することにより、短時間内で、溶湯mからZn(特定元素)を蒸発されて回収できることがわかった。
【0085】
(2)特定元素の除去
試料2について、局部加熱(アーク放電)の終了後、保持槽1(処理室v)内の真空度を維持したまま、溶湯mを600秒間冷却(炉冷)した。その後、処理室v内を大気開放して、冷却した溶湯mを取り出した。その溶湯mの一部をステンレス製分析型へ注入し、大気中で自然冷却して凝固させた。こうして得られたAl合金の化学成分(Zn濃度)を蛍光X線分光法により測定した。そのZn濃度は0.65質量%であった。従って、上述した精製により、溶湯mのZn濃度が、初期の1.2質量%から0.65質量%まで低減することがわかった。
【0086】
試料2の回収フィルタ52の下部にも、試料1の場合と同様に、Znの堆積物が確認された。その回収フィルタ52の質量増加分は、上述したZn濃度の変化から算出される溶湯mにおけるZn減少分の約80%であった。つまり、湯面s2側の筒体51内に設けた回収フィルタ52により、溶湯m全体から蒸発したZnの約80%が回収されること(つまりZn回収率が80%となること)がわかった。
【0087】
以上から、本発明のように、Al基溶湯の第1領域を加熱すると共に、第1領域に連なる別な第2領域を高真空とすることで、Al基溶湯から特定元素を短時間で効率的に分留または回収できることがわかった。
【0088】
[第2実施例]
上述した金属精製(特定元素の分留・回収)に伴う差圧管理について、具体例を示しつつ本発明を以下に詳しく説明する。
【0089】
《装置》
本実施例で用いた金属精製装置D1(単に「装置D1」という。)の概要を
図5に模式的に示した。
図1に示した装置Dと同様な部材や機器等については、同符号を付してそれらの詳細な説明を省略した。
【0090】
装置D1は、装置Dに対して、差圧管理部33とリークバルブ34が付加されている。差圧管理部33(差圧管理手段)は、差圧ゲージ330と制御弁331を備える。差圧ゲージ330と制御弁331は共に、調整弁312と排気フィルタ313の間にある配管315と調整弁322と排気フィルタ323の間にある配管325との間に介装されている。リークバルブ34は配管315に設けられている。リークバルブ34を開くと、配管315内が大気解放される。
【0091】
制御弁331は、差圧ゲージ330により検出される差圧に基づいて開閉動する。具体的にいうと、その検出される差圧が所定の閾値以下のとき、制御弁331は配管315と配管325の連通を遮断して、処理室vとチャンバ53の間に所望の差圧(ΔP=P1-P2)を生じさせ得る。一方、その検出される差圧が所定の閾値超になると、制御弁331は配管315と配管325を連通させて、処理室vとチャンバ53を実質的に等圧(P1≒P2、ΔP≒0)にし、湯面s1と湯面s2を実質的に同じ高さ(溶湯ヘッド:h≒0)にする。
【0092】
《差圧管理》
(1)溶湯ヘッド
処理室vとチャンバ53の差圧(ΔP=P1-P2)と、湯面s1と湯面s2の間に生じる高低差(溶湯ヘッド)との関係を計算により求めた。溶湯mを既述したAl基溶湯(Al-1.2%Zn)としたときの一例を
図6に示した。
【0093】
(2)工程
図7に差圧管理の工程例を示した。具体的にいうと、先ず、真空ポンプ311、321を作動させて、処理室vとチャンバ53を減圧する(時刻t0/ステップS0)。次に、処理室vとチャンバ53が所定の真空度に到達してから、調整弁312、322により、チャンバ53の圧力(P2)を処理室vの圧力(P1)よりも低下させる(時刻t1/ステップS1)。両者の差圧(ΔP)が所定範囲内(所定の閾値以下)になった後、リークバルブ34を僅かに開く。こうして処理室vの圧力(P1)が急増する意図的な外乱を生じさせた(時刻t2/ステップS2)。差圧ゲージ330により差圧(ΔP)が所定の閾値を越える異常が検出され、制御弁331が開く。その結果、配管315と配管325が連通して、処理室vとチャンバ53が等圧化される(時刻t3/ステップS3)。
【0094】
(3)実験
装置D1を用いて、上述した工程に沿って実験した結果を
図8に示した。ここで、時刻t1以降における処理室vとチャンバ53の目標圧力はそれぞれ、P1=800Pa、P2<50Pa、ΔPの閾値:900Paとした。
【0095】
図8からわかるように、減圧開始(t0)から180秒後(時刻t1)にP1=P2=1000Paとなった。それからP1≒800Pa、P2<15Paで推移し、減圧開始から500秒後(時刻t2)に上述した外乱を与えた。それとほぼ同時に、P1およびΔPが急増した。ΔP>900Pa(閾値)となったところで制御弁331が開いたため、ΔPは急減した。リークバルブ34の解放によるP1の急増から、差圧ゲージ330と制御弁331の作動によるΔPの急減までに要した時間は極僅かであった。
【0096】
装置D1を停止し、処理室vおよびチャンバ53を大気圧に復圧した。その後、取り出した回収フィルタ52を観察した。上述した外乱の付与後に差圧管理(P1とP2の等圧化またはΔP低減)を行った場合、回収フィルタ52に溶湯付着等は観られなかった。一方、その外乱の付与後に差圧管理を行わなかった場合、回収フィルタ52に溶湯が付着していた。
【0097】
以上から、差圧管理の導入により、異常時でも装置の損傷等が回避され、特定元素の分留や回収を安定して行えることがわかった。
【0098】