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特開2022-169231カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法及び培養装置
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  • 特開-カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法及び培養装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022169231
(43)【公開日】2022-11-09
(54)【発明の名称】カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法及び培養装置
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/00 20060101AFI20221101BHJP
   A61N 5/06 20060101ALI20221101BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20221101BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20221101BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221101BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20221101BHJP
【FI】
C12P21/00 Z
A61N5/06 B
C12N5/071
C12M3/00 Z
C12Q1/02
C07K14/705
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021075131
(22)【出願日】2021-04-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年10月31日に、麻布大学獣医学部に提出された麻布大学獣医学部卒業論文により公開、および 令和2年11月4日に、麻布大学獣医学部において開催された麻布大学獣医学部卒業論文発表会にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】川原井 晋平
(72)【発明者】
【氏名】塚本 篤士
(72)【発明者】
【氏名】藤川 康夫
(72)【発明者】
【氏名】鶴本 智大
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4B064
4B065
4C082
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA27
4B029BB11
4B029GB10
4B063QA05
4B063QQ08
4B064AG20
4B064CA10
4B064CC30
4B064DA13
4B065AA90X
4B065BC50
4B065CA24
4B065CA46
4B065CA60
4C082PA03
4H045AA20
4H045AA40
4H045CA40
4H045DA50
4H045EA50
4H045EA60
4H045FA72
(57)【要約】
【課題】細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法であって、前記細胞に波長域315~325nmの光を照射する工程を含み、前記カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプが、ジヒドロピリジン受容体(DHPR)、電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、リアノジン受容体(RYR)及び小胞体カルシウムATPアーゼ(SERCA)からなる群より選択される少なくとも1つのカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプである、方法を提供する。
【選択図】図6A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法であって、
前記細胞に波長域315~325nmの光を照射する工程を含み、
前記カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプが、ジヒドロピリジン受容体(DHPR)、電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、リアノジン受容体(RYR)及び小胞体カルシウムATPアーゼ(SERCA)からなる群より選択される少なくとも1つのカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプである、方法(ヒトを手術、治療又は診断する方法を除く)。
【請求項2】
前記照射工程において、波長域330~400nmの光は前記細胞に照射されないか、又はその照射量が前記波長域315~325nmの光の照射量の50%未満で照射される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記照射工程において、波長域200~300nmの光は前記細胞に照射されないか、又はその照射量が前記波長域315~325nmの光の照射量の30%未満で照射される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記波長域315~325nmの光がピーク波長320±5nm及び半値全幅1~20nmの波長スペクトルを有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記波長域315~325nmの光がLEDを光源とする光である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞が興奮性細胞である、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
細胞におけるカルシウムシグナル伝達をモジュレートする方法であって、
請求項1~6のいずれか1項に記載の方法により、前記細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する工程、及び
前記細胞において、カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象を測定する工程
を含む、方法。
【請求項8】
前記カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象が、筋収縮、神経伝達、細胞死及び骨芽細胞様への分化からなる群より選択される1又は2以上である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現が亢進している細胞を製造する方法であって、
細胞に波長域315~325nmの光を照射する工程、及び
前記光が照射された細胞を凍結させる工程
を含み、前記照射工程において、波長域200~300nmの光は前記細胞に照射されないか、又はその照射量が前記波長域315~325nmの光の照射量の30%未満で照射され、波長域330~400nmの光は前記細胞に照射されないか、又はその照射量が前記波長域315~325nmの光の照射量の50%未満で照射される、方法。
【請求項10】
波長域315~325nmの光を主として出射することができる第1の照射部と、
前記第1の照射部の照射領域内に位置する、細胞培養容器を載置するための第1の載置部と、
前記第1の照射部を制御する照射制御部と、
前記第1の照射部及び前記第1の載置部を収容する筐体と
を備える細胞培養装置。
【請求項11】
前記筐体内に
波長域315~325nmの光を主として出射することができる第2の照射部と、
前記第2の照射部の照射領域内に位置する、細胞培養容器を載置するための第2の載置部と、
前記第2の照射部を制御する第2の照射制御部と、
波長域315~325nmの光を遮蔽する遮蔽部材と
を更に備え、
前記第2の照射部は前記第1の載置部より下方に位置し、
前記遮蔽部材は、前記第1の照射部から出射した前記波長域315~325nmの光が前記第2の載置部に照射されることを妨げるように位置する、請求項10に記載の細胞培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法及び培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、UV暴露により誘導されたMMP(マトリクスメタロプロテアーゼ)及び炎症誘発性サイトカインの発現を抑制し、細胞内Ca2+流入及び皮膚厚さの増加を抑制するTRPV1抑制ペプチド、及び該ペプチドを含有する皮膚老化防止及び皮膚しわ改善用組成物に関する。同文献には、蛍光太陽灯を用いたブロードバンドUV光(275~380nm)をマウスの皮膚に照射したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2015-515455号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
カルシウムイオン(Ca2+)は、増殖、分化、遺伝子発現、エキソサイトーシス(例えば、ホルモン、サイトカインや神経伝達物質の放出)、アポトーシス、筋収縮、代謝など様々な生物学的プロセスを調節する細胞内シグナル伝達因子の1つである。カルシウムイオンの細胞内レベルは、通常10~100nMに維持されており、刺激により100~200nMまで上昇する。細胞質内へのカルシウムイオンの流入は、カルシウム(イオン)チャネル及び非選択的陽イオンチャネルを介し、細胞質内からのカルシウムイオンの排出はカルシウムポンプが担っている。
よって、カルシウムイオンを選択的に透過するカルシウムチャネル及びカルシウムポンプの発現を誘導できる技術は、種々の生物学的事象の制御、調節又は研究に極めて有用である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示によれば、細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法であって、前記細胞に波長域315~325nmの光を照射する工程を含み、前記カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプが、ジヒドロピリジン受容体(DHPR)、電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、リアノジン受容体(RYR)及び小胞体カルシウムATPアーゼ(SERCA)からなる群より選択される少なくとも1つのカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプである、方法が提供される。
また、本開示によれば、波長域315~325nmの光を主として出射することができる第1の照射部と、前記第1の照射部の照射領域内に位置する、細胞培養容器を載置するための第1の載置部と、前記第1の照射部を制御する照射制御部と、前記第1の照射部及び前記第1の載置部を収容する筐体とを備える細胞培養装置が提供される。
【発明の効果】
【0006】
本開示の方法によれば、細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導させることができる。
本開示の装置によれば、簡便に、細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本開示の装置の実施形態1を示す模式図である。
図2】本開示の装置の実施形態2を示す模式図である。
図3】本開示の装置の実施形態3を示す模式図である。
図4】実験に用いたLEDの発光スペクトルを示す図である。
図5】各照射条件で増加した遺伝子の数を示すベン図である。
図6A】LED光の照射によるDHPR・VGCC遺伝子(CACNG1)の発現量の変化を(照射時の発現量)/非照射時の発現量)の比(LED/コントロール)で示す。
図6B】LED光の照射によるDHPR・VGCC遺伝子(CACNG6)の発現量の変化を示す。
図6C】LED光の照射によるSERCA遺伝子(ATP2A1)の発現量の変化を示す。
図6D】LED光の照射によるRYR遺伝子(RYR1)の発現量の変化を示す。
図6E】LED光の照射によるTRDN遺伝子(TRDN)の発現量の変化を示す。
図6F】LED光の照射によるCASQ遺伝子(CASQ1)の発現量の変化を示す。
図6G】LED光の照射によるCASQ遺伝子(CASQ2)の発現量の変化を示す。
図6H】LED光の照射によるHRC遺伝子(HRC)の発現量の変化を示す。
図6I】LED光の照射によるCyto遺伝子(COX6A2)の発現量の変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本明細書において、数値範囲「a~b」(a、bは具体的数値)は、両端の値「a」及び「b」を含む範囲を意味する。換言すれば、「a~b」は「a以上b以下」と同義である。
【0009】
<カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導方法>
本開示は、1つの観点からは、細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する方法であって、
前記細胞に波長域315~325nmの光を照射する工程を含み、
前記カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプが、ジヒドロピリジン受容体(DHPR)、電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、リアノジン受容体(RYR)及び小胞体カルシウムATPアーゼ(SERCA)からなる群より選択される少なくとも1つのカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプである、方法に関する。
波長域315~325nmの光は、照射した細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導するに効果的な照射量で細胞に照射される。
【0010】
本開示において、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現の誘導には、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現のアップレギュレーションが含まれる。
本開示において、「発現の誘導」は、本開示による光照射を行う前の細胞(光が照射された細胞と同一の細胞)又は本開示による光照射を行っていない細胞(光が照射された細胞とは別の細胞)と比較して、目的とするカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現量が増加していること、例えば20倍以上、より具体的には30倍以上、より具体的には40倍以上、より具体的には50倍以上、より具体的には60倍以上、より具体的には70倍以上、より具体的には80倍以上に増加していることをいう。
【0011】
本開示において、単に「カルシウムチャネル」という場合、そうでないことが明らかな状況を除き、ジヒドロピリジン受容体(DHPR)、電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)及びリアノジン受容体(RYR)を意味する。電位依存性カルシウムチャネルは、L型チャネル、非L型(N型、P/Q型、R型)チャネル、T型チャネルなどを含み、好ましくはL型チャネルであり得る。リアノジン受容体(RYR)には、1型リアノジン受容体(RYR1)及び2型リアノジン受容体(RYR2)が含まれる。カルシウムチャネルの発現誘導は、細胞外環境又は小胞体からの細胞質区画へのカルシウムイオンの取り込みを促進し、したがって細胞質区画へのカルシウムイオンの流入を増大させ得る。
本開示において、単に「カルシウムポンプ」という場合、そうでないことが明らかな状況を除き、小胞体カルシウムATPアーゼ(SERCA)を意味する。SERCAの発現誘導は、細胞質区画からのカルシウムイオンの排出を促進し、したがって細胞質区画から細胞外環境又は小胞体へのカルシウムイオンの流出を増大させ得る。
【0012】
細胞に照射する波長域315~325nmの光の照射量の下限は、例えば、10mJ/cm2、50mJ/cm2、100mJ/cm2、200mJ/cm2、300mJ/cm2、400mJ/cm2又は500mJ/cm2であり得、上限は、例えば、5000mJ/cm2、4500mJ/cm2、4000mJ/cm2、3500mJ/cm2、3000mJ/cm2、2500mJ/cm2、2000mJ/cm2又は1500mJ/cm2であり得る。波長域315~325nmの光の照射量が10mJ/cm2未満である場合、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導を達成できない可能性が高く、照射量が5000mJ/cm2を超える場合、細胞を大きく損傷する可能性が高くなり、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導することができない可能性が高くなると考えられる。
細胞に照射する波長域315~325nmの光の照射量は、より具体的には、上記の下限値及び上限値から選択される任意の下限値及び上限値の組合せで表される範囲内であり得る。波長域315~325nmの光の照射量の範囲の具体例として、10~5000mJ/cm2、より具体的には50~4500mJ/cm2、100~4000mJ/cm2、200~3500mJ/cm2、300~3000mJ/cm2、400~2500mJ/cm2、500~2000mJ/cm2、及び500~1500mJ/cm2が挙げられるが、これらに限定されない。
【0013】
波長域315~325nmの光の照射は、同じ細胞に対して、1回行ってもよいし、2回以上行ってもよい。波長域315~325nmの光を2回以上照射する場合、各回の照射量の合計は、上記の下限値及び上限値で規定される範囲内であり得、各回の照射量の下限は、例えば、5mJ/cm2、10mJ/cm2、20mJ/cm2、25mJ/cm2、50mJ/cm2、100mJ/cm2、150mJ/cm2、200mJ/cm2又は250mJ/cm2であり得、上限は、2500mJ/cm2、2000mJ/cm2、1500mJ/cm2、1000mJ/cm2、750mJ/cm2、500mJ/cm2又は300mJ/cm2であり得る。2回以上照射する場合、照射回数は例えば2~10回、より具体的には2~8回、2~6回又は2~4回であり得、照射間隔は、例えば、1~48時間に1回、より具体的には3時間に1回、4時間に1回、6時間に1回、12時間に1回、24時間(1日)に1回又は48時間に1回であり得る。
【0014】
一方、DNA及びRNAの吸収極大波長が260nm付近であり、タンパク質は200nm付近及び280nm付近の光を吸収するため、波長域200~280nm付近の光は細胞への悪影響が大きいことが懸念される。よって、好ましくは、波長域200~300nm(より好ましくは波長域200~310nm、より好ましくは波長域200~315nm)の光は、対象の細胞に照射されない(すなわち、その照射量が0%)か、又はその照射量が、波長域315~325nmの光の照射量の50%未満であり、より好ましくは40%未満であり、より好ましくは30%未満であり、より好ましくは20%未満であり、より好ましくは15%未満であり、より好ましくは10%未満であり、より好ましくは5%未満であり、より好ましくは1%未満である。
【0015】
加えて、波長域330~400nmの光は、細胞におけるカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導に寄与せず、むしろ細胞の損傷に作用する可能性が高いと考えられることから、波長域330~400nmの光の照射量が波長域315~325nmの光の照射量の50%以上となると、前記発現誘導を効率的に達成することができなくなる。照射対象の細胞への悪影響を回避する観点及びエネルギー効率性の観点から、好ましくは、波長域330~400nmの光は、当該細胞に照射されない(すなわち、その照射量が0%)か、又はその照射量が波長域315~325nmの光の照射量の50%未満であり、より好ましくは40%未満であり、より好ましくは30%未満であり、より好ましくは25%未満であり、より好ましくは20%未満であり、より好ましくは15%未満であり、より好ましくは10%未満であり、より好ましくは5%未満であり、より好ましくは1%未満である。
【0016】
波長域315~325nmの光は、例えば、0.1~300mW/cm2の照度で細胞に照射される。0.1mW/cm2未満の場合、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導を効率的に達成できない可能性が高いと考えられる。300mW/cm2を超える場合、細胞の損傷を誘導する可能性が高いと考えられる。波長域315~325nmの光は、より具体的には0.5~200mW/cm2、より具体的には1~100mW/cm2、より具体的には5~50mW/cm2、より具体的には5~20mW/cm2で照射される。本開示において、前記照度は、照射対象である細胞のレベルでの照度を意味する。
通常、紫外線に晒されている皮膚などの生体組織の場合は、特定の照射量を得るため、300mW/cm2などに照度を高めて、短時間で照射を完了させることが可能である。また、粘膜や臓器、人工環境で細胞を増殖させる細胞培養を行う場合は、強い照度の紫外線光に弱いため、0.1mW/cm2などに照度を弱めて、時間をかけて照射した方が好ましい。
【0017】
本開示において、細胞に照射する光は、波長域315~325nmの光を含み、より具体的には波長域315~325nmに主ピーク波長を有する光であり得る。このような光を細胞に照射することにより、当該細胞内でカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導することができる。波長域、各波長域における強度分布、主ピーク波長、半値全幅の測定は、当該分野で公知の方法、例えば、分光器を用いて行うことができる。本明細書において、「主ピーク波長」とは強度が最大となるピーク波長をいう。なお、例えばLED光のような、スペクトルがシングルピークを示す光については、「ピーク波長」は「主ピーク波長」と同義である。
波長域315~325nmの光は、同時に2以上の細胞に照射することが好ましい。換言すれば、波長域315~325nmの光の照射領域には、2以上の細胞が含まれることが好ましい。波長域315~325nmの光の照射領域の下限は、例えば、0.1cm2、0.2cm2、0.5cm2、1cm2、2cm2、5cm2、10cm2、20cm2、50cm2、100cm2、200cm2又は500cm2であり得、上限は、例えば、10000cm2、5000cm2、3000cm2又は1000cm2であり得る。
波長域315~325nmの光の照射領域は、より具体的には、上記の下限値及び上限値から選択される任意の下限値及び上限値の組合せで表される範囲内であり得る。波長域315~325nmの光の照射領域の範囲の具体例として、1~10000cm2、より具体的には5~10000cm2、より具体的には10~10000cm2、より具体的には20~10000cm2、より具体的には20~5000cm2、より具体的には20~3000cm2、より具体的には50~3000cm2が挙げられるが、これらに限定されない。
【0018】
波長域315~325nmの光は人工光であるか又は人工光を含み得る。本開示において、「人工光」とは、人工光源から発出される光、及び、自然光(ほとんどの場合、太陽光)から、例えば光学フィルタにより、所望の波長域成分を人工的に抽出した光をいう。
人工光源としては、波長域315~325nmの光を照射できるものであれば特に制限されず、例えば、発光ダイオード(LED)、レーザダイオード(LD)、キセノンランプ、蛍光灯、白熱電灯、メタルハライドランプや高圧水銀ランプを挙げることができる。
用いる光源が、波長域315~325nmの光とともに、波長域200~300nm(又は波長域200~310nm)の光を、波長域315~325nmの光の放射強度の20%以上の放射強度で出射するものである場合、波長域315~325nmの光に対する透過率が波長域200~300nm(又は波長域200~310nm)の光に対する透過率より大きいフィルタを併せて用いることにより、対象の細胞に照射される波長域200~300nm(又は波長域200~310nm)の光の照射量又は照度が、波長域315~325nmの光の照射量又は照度の20%未満とされてもよく、より具体的には、15%未満、10%未満、5%未満又は1%未満とされてもよい。
追加的に又は択一的に、用いる光源が、波長域315~325nmの光とともに、波長域330~400nmの光を、波長域315~325nmの光の放射強度の50%以上の放射強度で出射するものである場合、波長域315~325nmの光に対する透過率が波長域330~400nmの光に対する透過率より大きいフィルタを併せて用いることにより、対象の細胞に照射される波長域330~400nmの光の照射量又は照度が、波長域315~325nmの光の照射量又は照度の50%未満とされてもよく、より具体的には、40%未満、30%未満、25%未満、20%未満、15%未満、10%未満、5%未満又は1%未満とされてもよい。
【0019】
エネルギー効率の観点から、波長域315~325nmの光は、主ピーク波長を、例えば320±5nm内に、より好ましくは320±4nm内に、より好ましくは320±3nm内に、より好ましくは320±2nm内に有する光として照射される。スペクトルに第2ピークは存在しない(すなわち、スペクトルがシングルピークを示す)か、存在してもその強度が主ピークの1/10以下であることが好ましい。
主ピークの半値全幅は、例えば1~20nm、好ましくは1~15nm、より好ましくは1~10nm、より好ましくは1~5nmである。主ピークの半値全幅が20nm以下であることにより、細胞におけるカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導に寄与しない波長域の光の照射を回避しつつ、該発現誘導に有効な波長域の光を選択的に照射することが可能となるためエネルギー効率も更に向上する。不要な波長域の光をフィルタ等でカットすることで、主ピークの半値全幅が1nm未満となるような光も使用可能であるが、費用対効果の観点から、主ピークの半値全幅が1nm以上の光を用いることが現時点では好ましい。幾つかの好適な具体的実施形態においては、細胞に照射される光はピーク波長320±5nm(より具体的には320±3nm)及び半値全幅1~20nm(より具体的には1~10nm、より具体的には1~5nm)の波長スペクトルを有する光である。
【0020】
細胞に照射する光の光源としては、発光スペクトルにおいてシングルピークを有する発光ダイオード(LED)又はレーザダイオード(LD)が特に好ましい。波長域315~325nmの光を出射することができるLEDは、例えばAlGaN系材料やInAlGaN系材料を用いたものであり得る。
光源としてLED又はLDを用いる場合、細胞におけるカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導に寄与しない波長域の光の照射を回避しつつ、該発現誘導に有効な波長域の光を選択的に照射することが容易に実現可能となる。また、LED又はLDの使用は、エネルギー集約性、低発熱性、低消費電力や長寿命に起因して、エネルギー効率及び経済性の観点からも好ましい。加えて、照射量及び/又は照度の制御/管理が容易になる。更に、LED又はLDの使用は、平面上の必要な領域中の細胞(標的細胞)のみを狙って照射できるため、標的細胞以外の周辺細胞への影響を低減又は防止することができる。
波長域315~325nmの光がレーザ光として照射される場合、波長域315~325nmの光は、1以上の他の波長のレーザ光(例えば、約640nmのレーザ光及び/又は約960nmのレーザ光)との組合せで照射することができる。1以上の他の波長のレーザ光との組合せ照射により、2光子、3光子又は4光子以上の多光子吸収現象を利用して、積層された細胞において、表層領域の細胞に有意な影響を与えずに、内部(例えば、深部領域)の細胞に照射することが可能となる。
また、インプランタブルな光デバイスや、内視鏡やカテーテルを用いることで、生体内で使用することも可能である。
【0021】
波長域315~325nmの光は、波長域315~325nmの光を出射する光源以外の光源からの光(自然光を含む)の照射下の細胞に照射されてもよい。この場合、波長域315~325nmの光を出射する光源からの光と、当該光源以外の光源からの光との合成光又は混合光において、波長域200~300nm(又は波長域200~310nm)の光の照射量又は照度は、波長域315~325nmの光の照射量又は照度の20%未満であることが好ましく、15%未満であることがより好ましく、10%未満であることがより好ましく、5%未満であることがより好ましく、1%未満であることがより好ましい。前記合成光又は混合光において、波長域330~400nmの光の照射量又は照度は、波長域315~325nmの光の照射量又は照度の50%未満であることが好ましく、40%未満であることがより好ましく、30%未満であることがより好ましく、25%未満であることがより好ましく、20%未満であることがより好ましく、15%未満であることがより好ましく、10%未満であることがより好ましく、5%未満であることがより好ましく、1%未満であることがより好ましい。
【0022】
波長域315~325nmの光の細胞への照射量は、例えば、波長域315~325nmの光を一定の放射強度で出射する光源の点灯及び消灯の制御(すなわち、点灯時間の制御)により、又は、一定期間点灯する光源からの波長域315~325nmの光の放射強度を制御することにより、又は、光源から発出される波長域315~325nmの光の放射強度並びに該光源の点灯及び消灯の制御により調節することができる。波長域315~325nmの光の細胞への照射量は、照射対象の細胞の近傍に配置した光センサ(より具体的には照度センサ)により計測してもよく、その出力信号に基いて上記のように調節されてもよい。
【0023】
波長域315~325nmの光は、細胞に対して、連続光として若しくは間欠光(例えば、パルス光)として又はそれらの組合せとして照射されてもよい。波長域315~325nmの光は、間欠光として照射されることが好ましい。間欠光とすることにより、細胞及び/又は光源の温度上昇を回避又は低減することができる。間欠光の具体例は、パルス幅が100ms以下、より具体的には50ms以下、より具体的には20ms以下、より具体的には10ms以下、より具体的には5ms以下で、デューティ比が50%以下、より具体的には40%以下、より具体的には30%以下、より具体的には20%以下、より具体的には10%以下、より具体的には5%以下であるパルス光である。
【0024】
波長域315~325nmの光は、当該光を出射する照射部(下記参照)の照射面から細胞までの間に、細胞の生存又は増殖に必要な環境(例えば、大気又は細胞培養に一般に用いられる雰囲気(例えば、95%エア/5%CO2)、生理食塩水又は培養培地)以外を通過しないことが好ましい。照射対象の細胞が培養細胞である場合、波長域315~325nmの光は、当該細胞を含む培養容器(具体的には、培養容器の蓋、側壁又は底面)を通過して当該細胞に照射されてもよいが、その場合、当該培養容器は、波長域315~325nmの光に対する透過率が40%以上、より具体的には50%以上、より具体的には60%以上、より具体的には70%以上、より具体的には75%以上、より具体的には80%以上、より具体的には85%以上、より具体的には90%以上である材料で構成されていることが好ましい。このような材料は、例えば、ガラス又はプラスチック、より具体的には、アクリル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ナイロンなどであり得る。
【0025】
細胞への波長域315~325nmの光の照射は、一方向からであってもよいし、二又は三以上の方向からであってもよい。照射が二方向から行われる場合、当該二方向は、上下方向、左右方向又は前後方向のような正反対の二方向であることが好ましいが、これに限定されない。
照射対象の細胞が波長域315~325nmの光に対する透過性が低い(例えば50%未満である)基質(例えば、寒天培地)上で培養されている場合、波長域315~325nmの光は、当該基質を通過しないよう、上方から細胞に照射することが好ましい。
細胞への波長域315~325nmの光の照射は、波長域315~325nmの光を遮蔽し得る(例えば5%未満、より好ましくは1%未満、より好ましくは0.5%未満の透過率を有する)材料により囲まれた閉鎖空間内で行うことが好ましい。
【0026】
本開示において、細胞は、特に限定されず、任意の発生段階にある任意の種類の細胞であり得る。細胞の具体例としては、細菌細胞、酵母細胞、植物細胞又は動物細胞が挙げられる。
細胞は天然に存在する細胞(癌化細胞を含む)、人工的に形質転換させた細胞(例えば不死化細胞)、遺伝子操作細胞又は融合細胞(「ハイブリドーマ」とも呼ばれる)のいずれであってもよい。
細胞は好ましくは真核生物の細胞である。多細胞生物に由来する細胞は、1種の細胞のみからなってもよいし、2種以上の細胞の混合物であってもよい。
幾つかの実施形態において、細胞は、酵母細胞、植物細胞又は動物細胞であり得る。動物はヒト及び非ヒト動物であり得る。非ヒト動物には、伴侶動物、愛玩動物、動物園動物、産業動物(例えば、家畜)、野生動物などが含まれる。非ヒト動物は、例えば脊椎動物であり、好ましくは非ヒト哺乳類、鳥類及び魚類から、より好ましくは非ヒト哺乳類及び鳥類から、より好ましくは非ヒト哺乳動物から選択され得る。動物細胞は、好ましくは、ヒト細胞及び非ヒト哺乳動物細胞であり得る。
【0027】
細胞は、動物細胞である場合、全能性幹細胞、多能性幹細胞、多分化幹細胞、前駆細胞若しくは分化細胞又はこれらの任意の混合物であり得る。多能性幹細胞の具体例として、胚性幹(ES)細胞及び人工多能性幹(iPS)細胞が挙げられる。多分化幹細胞の具体例として、組織幹細胞及び体性幹細胞が挙げられる。分化細胞としては、例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経細胞、脂肪細胞、上皮細胞、内皮細胞、免疫細胞、骨髄細胞、血球細胞及び皮膚細胞が挙げられる。幾つかの具体的実施形態において、細胞は皮膚細胞であり得る。皮膚細胞には、ケラチノサイト、フィブロブラスト、メラノサイト及びランゲルハンス細胞が含まれる。別の幾つかの具体的実施形態において、細胞は興奮性細胞である。興奮性細胞には、神経細胞、グリア細胞、筋細胞(心筋細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞を含む)、内分泌細胞が含まれる。
動物細胞(特に、ヒト細胞)は、体外で、波長域315~325nmの光を照射されることが好ましい。
【0028】
植物又は動物細胞は、初代培養細胞であってもよいし、継代培養細胞であってもよく、組織若しくは器官培養細胞(例えば、皮膚組織培養細胞)であってもよい。細胞の培養は、接着培養又は非接着培養(例えば、浮遊培養)のいずれであってもよい。
照射対象の細胞が接着培養されている実施形態においては、波長域315~325nmの光は、細胞剥離を生じない照射量で当該細胞に照射する。照射対象の細胞が浮遊培養されている実施形態においては、波長域315~325nmの光は、細胞接着を生じない照射量で当該細胞に照射する。
【0029】
細胞の培養条件は、用いる細胞のタイプに応じて適宜選択できる。例えば、動物細胞の培養条件に関して、温度は約36℃~約37℃付近に、相対湿度は約90%~約95%付近に、CO濃度は約4%~約10%付近(より具体的には約5%~約7%付近)に、pHはほぼ中性~僅かにアルカリ性付近(例えば約7.0~約7.7付近、より具体的には約7.2~約7.4付近)に設定することができる。
培養培地は、用いる細胞のタイプに応じて公知の培地から適宜選択でき、例えば、MEM、DMEM、F12、F10、M199、DMEM/F12、RPMI 1640、BME若しくはIMDM又はこれら培地の任意の組合せ若しくは改変培地であり得る。細胞が分化能を有する細胞である場合、培養培地は分化誘導培地であり得る。分化誘導培地は用いる細胞のタイプ及び目的とする分化細胞のタイプに応じて公知の培地(例えば、E5TM培地、E6TM培地、E8TM培地、TeSRTM培地、TeSRTM-E8TM培地など)から適宜選択できる。
培地は、必要に応じて、当該分野において一般に用いられる添加物を含んでいてもよい。添加物は当該分野において公知であり、例として、緩衝液(例えば、HEPES、DPBS、HBSS、重炭酸塩緩衝液)、アミノ酸(例えば、L-グルタミン)、ビタミン、EDTA、抗生物質、血清、血清アルブミンが挙げられる。細胞が分化能を有する細胞である場合、添加物は、増殖因子及び/又はサイトカインを含み得る。増殖因子及びサイトカインの具体例は、上皮増殖因子(EGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、神経成長因子(NGF)、幹細胞因子(SCF)、アクチビンA、骨誘導因子(BMP)、インターフェロン(INF)、インターロイキン、腫瘍壊死因子(TNF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)などであり得る。
【0030】
波長域315~325nmの光を照射された細胞は、カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象を測定されてもよい。カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象の測定により、当該細胞におけるカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導を確証することができる。本開示において、「測定」とは、測定対象の検出若しくは同定又は定量(量の推定も含む)をいう。カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象は、例えば、筋収縮(特に、収縮量及び/又は収縮持続時間の延長)、神経伝達(特に、伝達効率(例えば神経伝達物質の放出量)の増大)、ミトコンドリア活性(例えば、膜電位変化の程度)、細胞死、グリコーゲンの分解(特に、分解促進)、細胞の分化(特に、骨芽細胞様細胞への分化促進)、アミノ酸の生合成、炭素代謝、抗生物質の生合成からなる群より選択される1又は2以上であり得、好ましくは筋収縮、神経伝達、細胞死及び骨芽細胞様への分化からなる群より選択される1又は2以上である。
【0031】
本開示の上記方法によりカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現が誘導された細胞は、例えば、カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象の研究及び/又は制御、例えば、筋収縮の制御、神経伝達の制御、ミトコンドリア活性、細胞死の制御、グリコーゲンの分解促進、骨芽細胞様細胞への分化促進に用いることができる。或いは、本開示の上記方法によりカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現が誘導された細胞は、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプ(例えば、DHPR、VGCC、RYR又はSERCA)と相互作用し得る物質の探索に用いることができる。
よって、1つの観点から、本開示は、細胞におけるカルシウムシグナル伝達をモジュレートする方法であって、
上記の方法により、該細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現を誘導する工程、及び
該細胞において、カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象を測定する工程
を含む、方法を提供する。
カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象の測定には、測定対象に応じて公知の方法から適宜選択することができる。前記生理学的事象は、例えば、筋収縮、神経伝達、細胞死及び骨芽細胞様への分化からなる群より選択される1又は2以上である。
【0032】
別の1つの観点から、本開示は、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現が亢進している細胞を製造する方法であって、
細胞に波長域315~325nmの光を照射する工程、及び
前記光が照射された細胞を凍結させる工程
を含み、前記照射工程において、波長域200~300nmの光は前記細胞に照射されないか、又はその照射量が前記波長域315~325nmの光の照射量の30%未満で照射され、波長域330~400nmの光は前記細胞に照射されないか、又はその照射量が前記波長域315~325nmの光の照射量の50%未満で照射される、方法を提供する。
【0033】
照射工程に関しては、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプ発現誘導方法について上述したとおりである。
照射後の細胞を凍結する方法は、特に限定されず、細胞の凍結保存に使用し得る公知の方法のいずれも使用できる。細胞の凍結は、例えば、緩慢凍結法、ガラス化法(vitrification)又は超急速ガラス化法により行うことができる。
例えば、細胞は、適切な容器内にて適切な培養培地(例えば上記のもの)中に懸濁状態として凍結することができる。前記容器は、例えば、チューブ、バイアル、ウェルプレート又は細胞凍結容器(例えば、バイセル凍結処理容器(日本フリーザー)、CoolCell(登録商標)(コーニング)、Mr.Frosty(登録商標)(サーモフィッシャーサイエンティフィック))であり得る。培養培地には凍結保護剤を添加してもよい。凍結保護剤としては、細胞の凍結保存に使用し得る公知のもののいずれも使用でき、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、グリセロール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、スクロース、グリセリン、ポリビニルピロリドン、ソルビトール、デキストラン、トレハロース、ヒドロキシルエチルデンプンなどが挙げられる。添加濃度は通常2~10%(w/v又はv/v)であり得る。
凍結細胞は、例えばディープフリーザー内で、例えば-50℃以下にて、或いは、液体窒素中で、例えば-180℃以下にて保存できる。
照射工程を経た細胞は、上述のとおり、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現が誘導されており、したがって該発現が亢進している。当該細胞を凍結させることにより、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現の亢進状態を解凍後まで維持できる。このため、凍結細胞は、解凍後に、例えば、カルシウムチャネル及び/若しくはカルシウムポンプ並びに/又はカルシウム流に対する影響の評価系として、簡便に利用し得る。
【0034】
<細胞培養装置>
本開示は、別の1つの観点から、細胞培養装置を提供する。本開示の細胞培養装置は、
波長域315~325nmの光を主として出射することができる(第1の)照射部と、
前記(第1の)照射部の照射領域内に位置する、細胞培養容器を載置するための(第1の)載置部と、
前記(第1の)照射部を制御する照射制御部と、
前記(第1の)照射部及び前記(第1の)載置部を収容する筐体と
を備えることを特徴とする。
本開示の細胞培養装置は、上述した本開示のカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導方法の実施に好適である。本開示の細胞培養装置により波長域315~325nmの光を照射された細胞においては、上記のとおり、カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現が誘導されているため、当該照射後の細胞を、引き続き、カルシウムシグナル伝達が関与する生理学的事象の研究及び/又は制御のために培養することができる。
本開示の細胞培養装置による培養に適切な細胞は、上記<カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導方法>において説明したとおりの細胞である。
【0035】
本開示の細胞培養装置は、筐体内に、波長域315~325nmの光を主として出射することができる照射部を少なくとも1つ備える。照射部は、波長域315~325nmの光を実質的に専ら出射することができることが好ましい。
本明細書において、或る特定の波長域の光を「主として出射する」又は「主として出射することができる」とは、出射される当該特定波長域の光の放射量が、同時に出射される全波長域の光の放射量の50%以上、より具体的には60%以上、より具体的には70%以上、より具体的には80%以上、より具体的には90%以上であること又はそのように出射可能であることをいう。本明細書において、或る特定の波長域の光を「実質的に専ら出射する」又は「実質的に専ら出射することができる」とは、出射される当該特定波長域の光の放射量が、同時に出射される全波長域の光の放射量の95%以上、より具体的には98%以上、より具体的には99%以上であること又はそのように出射可能であることをいう。
【0036】
照射部は、波長域315~325nmの光を発出可能な光源を少なくとも1つ備える。このような光源として、例えば、発光ダイオード(LED)若しくはレーザダイオード(LD)又は(必要なフィルタを備えた)キセノンランプ、メタルハライドランプ若しくは高圧水銀ランプなどを用いることができる。用いようとする光源自体が発する光における前記波長域の成分の割合(全波長域の光に対する放射強度の割合)が比較的低い場合(例えば30%、より具体的には40%、より具体的には50%を下回る場合)には、波長域315~325nmの光に対する透過率が該波長域以外の光に対する透過率より大きいフィルタを用いて前記割合をより高くすることが好ましい。
【0037】
エネルギー効率の観点から、波長域315~325nmの光を出射する光源は、波長域315~325nmの光を主として出射する光源であることが好ましく、波長域315~325nmの光を実質的に専ら出射する光源であることがより好ましい。
波長域315~325nmの光を主として又は実質的に専ら出射する光源は、波長域315~325nm、好ましくは波長域316~324nmに、より好ましくは波長域317~323nmに、より好ましくは波長域318~322nmに主ピーク波長を有する光を出射する光源であり得る。より具体的には、このような光源は、ピーク波長320±5nm(好ましくは320±3nm)及び半値全幅1~20nm(好ましくは1~10nm、より好ましくは1~5nm)の波長スペクトルを有する光を出射する光源(特に、シングルピークを有するもの)であり得る。このような光源の具体例は発光ダイオード(LED)又はレーザダイオード(LD)である。LD又はLEDはアレイ又はクラスタとして提供されてもよい。LED又はLDの使用は、エネルギー集約性、低発熱性、低消費電力や長寿命に起因して、エネルギー効率及び経済性の観点からも好ましい。加えて、照度又は照射量の制御又は管理が容易になる。
【0038】
照射部は、光源の出射経路上に光拡散部材及び/又は光反射部材を備えていてもよい。光拡散部材は特に限定されず、公知のものを用い得、具体例として、フロスト型、オパール型及びホログラフィック型の拡散部材が挙げられる。光反射部材は特に限定されず、公知のものを用い得、具体例としては、ミラー及びプリズムが挙げられる。幾つかの具体的実施形態において、照射部は、光源(例えばLD又はLED)と、導光部材と、光拡散部材及び/又は光反射部材とから構成される面発光体を備える。
照射部は、波長域315~325nmの光を細胞培養容器に対して略均一の照度にて照射可能であることが好ましい。
【0039】
照射部は、波長域315~325nm外の特定の波長域の光を(例えば、主として又は実質的に専ら)出射することができてもよい。換言すれば、照射部は、波長域315~325nmの光を(好ましくは主として、より好ましくは実質的に専ら)出射する光源に加えて、他の波長域の光を(例えば、主として又は専ら)出射する光源を備えていてもよい。或いは、照射部は、波長域315~325nmの光を透過させる光学フィルタと、他の波長域の光を透過させる光学フィルタとを備え、該光学フィルタの切替により、所望の波長域の光を(好ましくは主として、より好ましくは実質的に専ら)出射できるように構成されていてもよい。
他の波長域の光は、例えば、波長域100~290nm、より具体的には190~290nm、より具体的には200~280nm、より具体的には240~280nm又は210~220nmの光であり得る。この波長域の光は、細胞培養の前及び/又は後に、載置部及び/又は載置部周囲の雰囲気の殺菌又は滅菌に(すなわち、殺菌又は滅菌光として)用いることができる。このような波長域の光を出射する光源としては、当該分野において公知の殺菌ランプを用いることができ、より具体的にはLED又はLDを挙げることができる。
他の波長域の光の別の例は、白色光であり得る。白色光は、作業時及び/又は観察時の照明として用いることができる。白色光源として、例えば、蛍光灯、白熱電灯、白色灯及び白色LEDを挙げることができ、白色LEDが好ましい。
【0040】
照射部は、載置部の上方(例えば、真上)、下方(例えば、真下)及び側方(例えば、真横)の少なくとも一方から光を照射できるように配置され得る。
幾つかの実施形態において、照射部は、載置部の上方(したがって、載置部に載置された細胞培養容器の上方)に配置される。この場合、照射部から照射された波長域315~325nmの光が、(寒天培地のような)紫外光吸収性基質を透過することによる減弱を回避でき、したがって細胞への波長域315~325nmの光の照射量又は照度の制御が容易となる。
【0041】
本開示の細胞培養装置は、照射部を制御する照射制御部を備える。本開示の細胞培養装置が複数の照射部を備える場合、異なる照射制御部が異なる照射部を制御してもよいし、1つの照射制御部が2以上の照射部を制御してもよく、当該装置に備わる全ての照射部を制御してもよい。
照射制御部は、照射部から出射される光が連続光であるか若しくは間欠光であるか又はそれらの組合せであるかについて当該照射部を制御してもよい。間欠光とする場合、細胞及び/又は照射部(特にその光源)の温度上昇を回避又は低減することができる。
照射制御部は、照射部から出射される光が例えばパルス幅100 ms以下、より具体的には50 ms以下、より具体的には20 ms以下、より具体的には10 ms以下、より具体的には5 ms以下で、デューティ比が50%以下、より具体的には40%以下、より具体的には30%以下、より具体的には20%以下、より具体的には10%以下、より具体的には5%以下のパルス光であるように当該照射部を制御してもよい。
【0042】
照射制御部はまた、照射部から出射される波長域315~325nmの光の照度(載置面上)が所定の範囲内となるように当該照射部を制御してもよい。
所定の照度範囲は、用いる細胞及び/又は所望の効果(カルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導)の程度に応じて適宜設定され得るが、例えば0.1~300mW/cm2であり得、より具体的には0.5~200mW/cm2、より具体的には1~100mW/cm2、より具体的には5~50mW/cm2、より具体的には5~20mW/cm2であり得る。照射部からの光の照度(したがって、照射部から出射される光の放射強度)を前記範囲内において制御することにより、載置部に載置された細胞培養容器内の細胞において所望の効果を達成するに有効である照度又は照射量を提供することができる。照度が0.1mW/cm2未満であるか又は300mW/cm2を超える場合、所望の効果を効率的に達成できないことがある。
これらの目的のための照射制御部は、例えば、パルス幅変調回路であり得る。
【0043】
照射制御部はまた、照射部から出射される波長域315~325nmの光の照射時間が所定の範囲内となるように当該照射部を制御してもよい。
照射時間の下限は、例えば、1秒間、2秒間、5秒間、10秒間、20秒間、30秒間、1分間、2分間又は5分間であり得、上限は、例えば、5時間、2時間、1時間、30分間、15分間又は10分間であり得る。照射時間は、より具体的には、上記の下限値及び上限値から選択される任意の下限値及び上限値の組合せで表される範囲内であり得る。照射時間の範囲の具体例として、5秒間~5時間、より具体的には5秒間~2時間、より具体的には5秒間~1時間、より具体的には5秒間~30分間、より具体的には10秒間~30分間、より具体的には10秒間~15分間が挙げられるが、これらに限定されない。
この目的のための照射制御部は、例えば、タイマーであり得る。
【0044】
特定の具体的実施形態において、照射制御部は、照射部から出射される波長域315~325nmの光の載置部での照度及び照射時間(又は載置部での照射量)について制御する。この場合、照射制御部は、例えば、パルス幅変調回路及びタイマーから構成され得る。
より具体的実施形態において、照射制御部は、照射部からの照射量が、例えば10~3000mJ/cm2、より具体的には50~2000mJ/cm2、100~1000mJ/cm2、200~500mJ/cm2、300~400mJ/cm2の範囲内となるように当該照射部を制御してもよい。
照射制御部は、照射部の照射領域内の載置面レベルに設置された光センサから受信した信号に基いて照射部を制御してもよい。
【0045】
照射部が波長域315~325nm外の特定の波長域の光(例えば、滅菌光又は白色光)もまた出射可能である実施形態においては、照射制御部は、波長域315~325nm外の特定の波長域の光を特定の場合にのみ出射可能であるか又は特定の場合には出射不可能であるように照射部を制御してもよい。
例えば、照射部が殺菌又は滅菌光もまた出射可能である具体的実施形態においては、筐体に設けられる扉(特に内扉)が閉鎖されているときのみ、殺菌又は滅菌光を出射するよう照射部を制御してもよい。或いは又は加えて、照射制御部は、波長域315~325nmの光と同時に殺菌又は滅菌光を出射しないよう照射部を制御してもよい。
【0046】
本開示の細胞培養装置は、筐体内に、細胞培養容器を載置するための載置部を少なくとも1つ備える。
2以上の載置部は、互いに、水平方向及び/又は上下方向(好ましくは垂直方向)に異なる位置に設けることができる。
載置部は、照射部の照射領域内に位置する。よって、載置部に、細胞を含む細胞培養容器を載置すると、照射部から出射された波長域315~325nmの光は、当該細胞に照射され得る。2以上の載置部を備える実施形態においては、2以上の載置部は1つの照射部の照射領域内に位置していてもよいし、2以上の照射部の照射領域内に位置していてもよく、異なる載置部は異なる照射部の照射領域内に位置していてもよい。
載置部は、その上面に、用いようとする細胞培養容器を載置できる構造及び大きさを有すれば特に限定されず、該細胞培養容器に応じて適宜設計し得る。本開示の細胞培養装置と共に用いられる細胞培養容器は、細胞培養用として当該分野において公知の容器の任意のものであり得、例えば、シャーレ、ディッシュ、ビーカー、フラスコ、ボトル又はマルチウェルプレートなどであり得る。
載置部は、例えば、棚板、棚網、架台若しくは台座の上面又は筐体の内側底面の少なくとも一部から構成され得る。載置面は、連続する1つの面に限られず、分離された複数の面から構成されてもよいし、例えば網状若しくは格子状の棚の上面のような面であってもよい。載置面を構成する部材は、例えば、金属(例えば、鉄、ステンレススチール、アルミニウム、真鍮など)、ガラス又はプラスチック(例えば、アクリル系樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニルなど)であり得る。
幾つかの実施形態において、載置部は、波長域315~325nmの光に関して不透過性の材料で構成される。この実施形態によれば、特に波長域315~325nmの光を上方から照射する場合、当該光が、載置部を透過して、その下方に存在し得る載置部(したがって、該載置部に載置された細胞培養容器内の細胞)へ照射されるのを回避することができ、よって各載置部における波長域315~325nmの光の照射量又は照度の個別制御が容易となる。
【0047】
載置部は、細胞培養容器を載置する領域を区画する凹部又は凸部を有していてもよい。凹部の場合、細胞培養容器は凹部の底面に載置され得る。凸部の場合、細胞培養容器は1つの凸部の上面に載置され得、又は複数の凸部で区画された領域内に載置され得る。
1つの載置部は、唯1つの細胞培養容器を載置できるように構成されていてもよいし、2以上の細胞培養容器を載置できるように構成されていてもよい。
【0048】
本開示の細胞培養装置は、少なくとも載置部と照射部とをその内部に収容する筐体を備える。照射制御部は、筐体の外に配置されていてもよいし、筐体に内蔵されていてもよい。
筐体は、一面(好ましくは側面)において開口を有していてもよく、該開口を開閉する扉が設けられていてもよい。扉は内扉及び外扉から構成されていてもよい。内扉は、筐体内の細胞培養区画を観察可能なように、その少なくとも一部が、可視光に対して50%以上(好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上)の透過率及び波長域315~325nmの光に対して20%以下(好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下、より好ましくは1%以下)の透過率を有する材料(例えば、無機系紫外線吸収剤を含むガラス)又は部材(例えば、有機系紫外線吸収剤の膜を備えるガラス又はプラスチック板)で構成される。
筐体の形状は、例えば、立方体形状、直方体形状などであり得る。筐体は、好ましくは、波長域315~325nmの光に関して不透過性の材料、例えば、金属(例えば、鉄、ステンレススチール、アルミニウム、真鍮など)で構成される。筐体の内部空間は断熱材に囲まれていてもよい。
載置部が棚板、棚網又は架台の一部である実施形態では、筐体内部には棚板、棚網又は架台の支持部材が設けられる。
【0049】
筐体内部は、上下(又は垂直)方向及び/又は水平方向に、2以上の区画(以下、「細胞培養区画」ともいう)に区分けされていてもよい。2以上の細胞培養区画は、筐体内部を、例えば棚板、棚網又は架台により区分けすることにより上下方向に形成されてもよいし、加えて又は或いは、例えば側壁により区分けすることにより水平方向に形成されてもよい。
2以上の細胞培養区画は、例えば、棚板若しくは架台が(特に照射領域外に)複数の開口を有するか又は棚板若しくは架台と筐体の1若しくは2つの内部側壁(例えば、前方及び/又は後方側壁)との間に隙間が存在することにより、或いは別の連通機構(例えばダクト)により、各区画を雰囲気が循環可能なように流体連通状態であることが好ましい。
【0050】
筐体内部が2以上の細胞培養区画に区分けされている実施形態の場合、本開示の細胞培養装置は、波長域315~325nmの光を遮蔽する(例えば5%未満、より好ましくは1%未満、より好ましくは0.5%未満の透過率を有する)遮蔽部材を更に備えていてもよい。遮蔽部材は、或る細胞培養区画(例えば、上方の区画)内に配置された照射部からの波長域315~325nmの光が、他の細胞培養区画(例えば、下方の区画)内に配置された載置部に照射されることを妨げるように筐体内に配置される。
この実施形態においては、各細胞培養区画内に、1セットの照射部及び載置部が配置され、各区画において、載置部は他の区画内に位置する照射部の照射領域外に配置される。この実施形態によれば、複数の細胞培養容器内の細胞を、個々の容器ごとに又は容器群ごとに制御された照度での波長域315~325nmの光の照射下にて培養することが可能となる。
【0051】
よって、幾つかの好適な実施形態において、本開示の細胞培養装置は、筐体内に、
波長域315~325nmの光を主として出射することができる第2の照射部と、
前記第2の照射部の照射領域内に位置する、細胞培養容器を載置するための第2の載置部と、
前記第2の照射部を制御する第2の照射制御部と、
波長域315~325nmの光を遮蔽する遮蔽部材と
を更に備え、
前記第2の照射部は前記第1の載置部より下方に位置し、
前記遮蔽部材は、前記第1の照射部から出射した波長域315~325nmの光が前記第2の載置部に照射されることを妨げるように位置する(すなわち、第2の載置部は第1の照射部の照射領域外に位置する)。
この実施形態の細胞培養装置は、必要に応じて、筐体内に、2以上の遮蔽部材を備え、したがって3以上の照射部及び載置部のセットを備えることができる。第2の照射制御部は第1の照射制御部が兼ねてもよい。載置部は遮蔽部材の上面に形成されてもよい。換言すれば、遮蔽部材の上面が載置部を兼ねてもよい。
遮蔽部材は、例えば、金属(例えば、鉄、ステンレススチール、アルミニウム、真鍮など)で構成される。
【0052】
本開示の細胞培養装置は、筐体内の雰囲気及び/又は載置部に載置された細胞培養容器を所定の温度に加温し維持する温度調節機構を更に備えてもよい。この実施形態によれば、細胞培養装置内で培養中の細胞の温度を適温に維持できるため、波長域315~325nmの光の照射前、照射中及び/又は照射後における温度変化による細胞の生存への影響を低減することが容易に可能となる。
温度調節機構は、例えば、約36℃~約37℃付近の所定の温度又は温度範囲に加温できるものであり得る。温度調節機構は、例えば、発熱体(例えば、ヒーター、ペルチエ素子など)及び/又は熱媒体(例えば、水、オイル、金属など)と、発熱体及び/又は熱媒体の温度を制御する温度制御部とから構成されるものであってもよい。温度調節機構は、筐体内の雰囲気又は載置部に載置された細胞培養容器の温度を検知する温度センサを備えていてもよい。
【0053】
本開示の細胞培養装置は、筐体内の雰囲気を所定の湿度又は湿度範囲内に加湿し維持する湿度調節機構を更に備えてもよい。
湿度調節機構は、例えば、約90%~約95%付近の所定の相対湿度又は相対湿度範囲内に加湿できるものであり得る。湿度調節機構は、例えば、自然蒸発式加湿器から構成されていてもよいし、筐体内の雰囲気の湿度を検知する湿度センサと、水蒸気供給装置と、センサから受信した信号に応じて水蒸気供給装置を制御する湿度制御部から構成されるものであってもよい。
【0054】
本開示の細胞培養装置は、筐体内の雰囲気中のCO2濃度を所定濃度又は所定濃度範囲内までCO2を供給し維持するCO2濃度調節機構を更に備えてもよい。
CO2濃度調節機構は、例えば、約5%~約7%付近の所定のCO2濃度又はCO2濃度範囲内までCO2を供給できるものであり得る。CO2濃度調節機構は、例えば、筐体内の雰囲気のCO2濃度を検知するCO2センサと、CO2供給装置と、センサから受信した信号に応じてCO2供給装置を制御するCO2濃度制御部から構成されるものであってもよい。
【0055】
本開示の細胞培養装置は、表示部を備えていてもよい。表示部は、照射部から出射される波長域315~325nmの光に関する情報(例えば、載置部上での照度及び/又は照射時間及び/又は照射量)を表示し得る。この場合、表示部は、照射制御部から受信した信号に基いて情報を表示してもよいし、照射部の照射領域内に設置された光センサから受信した信号に基いて情報を表示してもよい。
表示部は、代替的に又は追加的に、本開示の細胞培養装置の筐体内の温度及び/又は湿度及び/又はCO2濃度を表示し得る。この場合、表示部は、温度調節機構及び/又は湿度調節機構及び/又はCO2濃度調節機構に備わったセンサから受信した信号に基いて情報を表示してもよい。
表示部は、表示器と該表示器を制御する表示制御部とから構成されるものであってもよい。
【0056】
本開示の細胞培養装置は、筐体内の雰囲気を撹拌し及び/又は循環させる機構(例えば、ファン)を備えていてもよい。
本開示の細胞培養装置においては、照射部から載置部(特に、照射対象の細胞)までの波長域315~325nmの光の経路上に、当該光の照射によりその透過率が実質的に変化する部材(照射部を構成する光学部材は除く)は配置されないことが好ましい。この好適な実施形態によれば、載置部に載置された細胞培養容器内の細胞に照射される波長域315~325nmの光の照度又は照射量の容易な制御が可能となる。
【0057】
以下、本開示の細胞培養装置の幾つかの具体的な実施形態を示す模式図である図1~3を参照しながら本開示の細胞培養装置を説明する。
【0058】
(実施形態1)
本開示の幾つかの実施形態において、細胞培養装置100は、図1に示すように、波長域315~325nmの光を主として照射することができる照射部112と、照射部112の照射領域内に位置し、細胞培養容器150を載置するための載置部114と、照射部112を制御する照射制御部110と、照射部112及び載置部114を収容する筐体118とを備える。
細胞培養装置100は、任意の構成要素として、光センサ120を照射部112の照射領域内に備えていてもよい。
図1において、照射部112は筐体118の内部天面に設けられているが、これに限定されず、筐体の1以上の側壁(例えば後面側壁及び/又は左右側壁)の上部又は載置部の上方に配置された別の構造体(例えば棚板又は架台)に設けられていてもよい。
図1において、載置部114は、棚板140又は架台の一部領域として設けられているが、筐体底面の一部領域として規定されてもよいし、筐体底面上に配置された台状構造体であってもよい。
図1において、照射制御部110は筐体118外部の筐体上部に設けられているが、筐体側部(左右前後のいずれでも)又は筐体下部に設けられていてもよく、或いは筐体118に内蔵されていてもよい。
照射部112は、載置部114に、細胞を含む細胞培養容器(例えばシャーレ)150を載置したとき、該細胞培養容器内で培養中の細胞に波長域315~325nmの光を照射することができる。
光センサ120は、設けられる場合、照射部112からの波長域315~325nmの光を載置面レベルで検知する。載置面レベルとは、載置面のみならず、載置面を外れた同等とみなせる位置を意味する。光センサ120は、検知した波長域315~325nmの光の量に応じた信号を照射制御部110に送信する。照射制御部110は、受信した信号に基いて、照射部112が波長域315~325nmの光を適切な放射強度で(載置面レベルで所望の照度となるように)出射するよう照射部112を制御することができる。
【0059】
(実施形態2)
本開示の別の幾つかの実施形態において、細胞培養装置200は、図2に示すように、波長域315~325nmの光を主として照射することができる第1の照射部212aと、第1の照射部212aの照射領域内に位置し、細胞培養容器250aを載置するための第1の載置部214aと、波長域315~325nmの光を主として照射することができる第2の照射部212bと、第2の照射部212bの照射領域内に位置し、細胞培養容器250bを載置するための第2の載置部214bと、第1及び第2の照射部212a,212bを制御する照射制御部210と、波長域315~325nmの光を遮蔽する第1の遮蔽部材216aと、照射部212a,212b、載置部214a,214b及び第1の遮蔽部材216aを収容する筐体218とを備える。
筐体218内において、第2の照射部212bは第1の載置部214aより下方に位置し、第1の遮蔽部材216aは、第2の載置部214bに(したがって、当該載置部に載置される細胞培養容器250b内の細胞に)、第1の照射部212aからの波長域315~325nmの光が照射されることを妨げるように位置する。すなわち、第2の載置部214bは、第2の照射部212bより上方に位置する第1の照射部212aの照射領域外に位置する。
細胞培養装置200は、任意の構成要素として、筐体218内に、波長域315~325nmの光を主として照射することができ、照射制御部210により制御される第3の照射部212cと、第3の照射部212cの照射領域内に位置し、細胞培養容器250cを載置するための第3の載置部214cと、波長域315~325nmの光を遮蔽する第2の遮蔽部材216bを更に備えていてもよい。筐体218内において、第3の照射部212cは第2の載置部214bより下方に位置し、第2の遮蔽部材216bは、第3の載置部214cに、第1の照射部212a及び第2の照射部212bからの波長域315~325nmの光が照射されることを妨げるように位置する。
図2においては、筐体218内は3つの細胞培養区画に区分けされているが、必要に応じて2つの細胞培養区画に区分けされていても、4つ以上の細胞培養区画に区分けされていてもよい。
【0060】
細胞培養装置200において、載置部214a,214b,214cに、細胞を含む細胞培養容器250a,250b,250cを載置したとき、第1の照射部212aは、細胞培養容器250a内の細胞にのみ波長域315~325nmの光を照射することができ、第2の照射部212bは、細胞培養容器250b内の細胞にのみ波長域315~325nmの光を照射することができ、第3の照射部212cは、細胞培養容器250c内の細胞にのみ波長域315~325nmの光を照射することができる。
図2において、3つの照射部212a,212b,212cは1つの照射制御部210により制御されるが、対応する3つの照射制御部により個別に制御されてもよい。
図2において、載置部214a,214b,214cは、棚板240a,240b,240cの一部領域として設けられているが、図3に示すように、棚板又は架台上に別の構造体として設けられていてもよい。
図2において、棚板240a,240bの全体が遮蔽部材216a,216bを兼ねているが、上方の細胞培養区画内の照射部212a又は212a及び212bからの波長域315~325nmの光が下方の細胞培養区画内の載置部214b又は214cに照射されることを妨げ得る限り、棚板240a,240bの一部領域のみが遮蔽部材216a,216bを兼ねていてもよい。図3に示すように遮蔽部材316が棚板340aとは別の構造体として設けられてもよい。
図2において、第3の載置部214cの下方区画には、加湿器及び/又は気流発生機構(例えばファン)が配置されていてもよい。この実施形態においては、棚板240a,240b,240cは、図2において前方及び/若しくは後方の筐体側壁と接していないか又は棚板の一部(照射部212a,212b,212cの照射領域外)に開口を有する。この構成により、各細胞培養区画内の雰囲気を一様に所望の培養条件に維持することが可能となる。
その他に関しては、実施形態1についての説明が該当し得る。
【0061】
(実施形態3)
本開示の別の幾つかの実施形態において、細胞培養装置300は図3に示すように、波長域315~325nmの光を主として照射することができる第1の照射部312aと、第1の照射部312aの照射領域内に位置し、細胞培養容器350aを載置するための第1の載置部314aと、波長域315~325nmの光を主として照射することができる第2の照射部312bと、第2の照射部312bの照射領域内に位置し、細胞培養容器350bを載置するための第2の載置部314bと、第1及び第2の照射部312a,312bを制御する照射制御部310と、波長域315~325nmの光を遮蔽する遮蔽部材316と、照射部312a,312b、載置部314a,314b及び遮蔽部材316を収容する筐体318とを備える。
この実施形態において、載置部314a,314bは棚網340a,340b上に設けられたプレートであり、載置部314aは遮蔽部材316を兼ねる。
筐体318内において、第2の照射部312bは第1の載置部314aより下方に位置し、遮蔽部材316は、第2の載置部314bに(したがって、該第2の載置部に載置される細胞培養容器350b内の細胞に)、第1の照射部312aからの波長域315~325nmの光が照射されることを妨げるように位置する。すなわち、第2の載置部314bは、第2の照射部312bより上方に位置する第1の照射部312aの照射領域外に位置する。
照射部312a,312bは、波長域315~325nm外の波長域の光(例えば、殺菌用紫外光又は白色光)を主として照射することもでき、消灯状態と、波長域315~325nmの光を主として照射する状態と、波長域315~325nm外の波長域の光を主として照射する状態とに切替可能であり得る。
【0062】
図3Aに示すように、細胞培養装置300において、載置部314a,314bに、細胞を含む細胞培養容器350a,350bを載置したとき、第1の照射部312aは、細胞培養容器350a内で培養中の細胞に波長域315~325nmの光を照射することができ、第2の照射部312bは、細胞培養容器350b内で培養中の細胞に波長域315~325nmの光を照射することができる。
図3Bは、波長域315~325nm外の波長域の光が殺菌用紫外光である実施形態を示す。照射部312a,312bは、細胞培養装置300内での細胞培養の前及び/又は後に、殺菌用紫外光(例えば、波長域200~280nm、より具体的には波長域240~280nm又は210~220nmの光)を照射して細胞培養区画を殺菌することができる。照射制御部310は、波長域315~325nmの光と殺菌用紫外光を同時に出射しないよう照射部312a,312bを制御することができる。追加的に又は代替的に、照射制御部310は、筐体318に設けられる扉(特に内扉)が閉鎖されているときのみ、殺菌用紫外光を出射可能なように照射部312a,312bを制御してもよい。
照射部312a,312bは、波長域315~325nm外の波長域の別の光として、白色光を出射可能であってもよい。この場合、白色光は、細胞培養装置300の細胞培養区画内の照明として、例えば作業及び/又は細胞観察を容易にするために、用いることができる。照射部312a,312bが殺菌用紫外光及び白色光を出射可能である実施形態においては、照射制御部310は、殺菌用紫外光と白色光とを同時に出射しないように照射部312a,312bを制御することができる。
その他に関しては、実施形態1及び/又は2についての説明が該当し得る。
【0063】
実験
3頭のビーグル犬(2~11歳齢)の剃毛後の背中皮膚に、ピーク波長310、320及び330nmのLED光を照射した。図4にLEDの発光スペクトルを示す。具体的には、ピーク波長310nmのLED光は、照射量300mJ/cm2にて1日1回、計4日間照射するか又は照射量1500mJ/cm2にて1回照射した。ピーク波長320nm又は330nmのLED光は、照射量300mJ/cm2にて1日1回、計4日間照射した。
なお、本実験例において、波長測定は、マルチチャンネル検出器(型式:PMA-11 C7473;浜松ホトニクス)を用いて、発光スペクトルを測定することにより行った。照度〔mW/cm2〕は、用いたLEDのピーク波長で感度校正したフォトダイオードセンサー(型式:PD300-UV;オフィール)を用いて測定した。照射量〔mJ/cm2〕は、照度〔mW/cm2〕×照射時間〔秒〕で計算した。
光照射野の中心部の皮膚及び非照射野の皮膚から、生検トレパン(BP-80F、kai medical)を用いて皮膚組織サンプルを採取した。得られた皮膚組織サンプルをRNAlater(登録商標)(Thermo Fisher)と共に一晩4℃にてインキュベートした後、使用まで-80℃にて保存した。
解凍後の皮膚組織サンプルから、トータルRNAを、RNAisoPlus(MACHEREY-NAGEL GmbH & Co.)を用いて粗抽出後、NucleoSpin(登録商標)RNA Clean-up XS(MACHEREY-NAGEL GmbH & Co.)を用いて精製した。
精製したトータルRNAについてRNA-seq解析を行った(タカラバイオ株式会社)。簡潔には、トータルRNAからPolyARNAを単離し、断片化後、得られたRNA断片を鋳型として逆転写反応により一本鎖cDNAを合成した。次いで、一本鎖cDNAを鋳型としてdUTPの存在下で二本鎖cDNAを合成した。得られた(dUTPを取り込んだ)二本鎖cDNAの両末端を平滑化及びリン酸化した後、3'-dA突出及びインデックス付きアダプターを連結した。得られたアダプター連結二本鎖cDNAを鋳型として、dUTPを取り込んだDNA鎖を選択的に増幅しないポリメラーゼを用いてPCR増幅を行った。増幅されたcDNA断片をシーケンスライブラリーとした。シーケンス解析には、シーケンサーNovaSeqシステム(イルミナ株式会社)を用い、情報解析は既知遺伝子のみについて行った。
【0064】
FPKM(Fragments Per Kilobase of transcript per Million fragments sequenced)値又はcount値が全ての皮膚組織サンプルについて0であった遺伝子を除き、各照射条件について、光照射野において非照射野に対してFPKM値及び/又はcount値が有意に変動した遺伝子(p≦0.01;t検定)を抽出した。
図5に、各照射条件下で変動した遺伝子の数をベン図に示した。ベン図の作成にはVenny(BioinfoGP)を用いた。図5より、ピーク波長約320nmの光の照射により、248個の遺伝子の発現が特異的に変動したことが理解できる。よって、ピーク波長約320nmの光の照射により特定の遺伝子発現を制御可能であると推察される。
次いで、抽出した遺伝子について、解析ソフトDAVID 6.8(NIAID)を用いて、Pathway解析及びGene Ontology(GO)解析を行った。Pathway解析では、Pathwayデータベースに基いて分類した。GO解析では、Biological Process(BP)について解析した。
【0065】
Pathway解析において、各照射条件において有意(p≦0.05)に変動した経路を抽出した。結果を表1に示す。
【表1】
【0066】
遺伝子発現量の増減を精査し、抽出された経路についての変化の方向を以下にまとめる。
(a)ピーク波長310nmのLED光を、照射量300mJ/cm2にて1日1回、計4日間照射
・プリン代謝(Purine metabolism):ATP関連化合物の動きや解離尿酸の合成促進。
・アミノアシルtRNA生合成(Aminoacyl-tRNA biosynthesis):グリシン合成の促進、ヒスチジン及びフェニルアラニン合成の抑制。
(b)ピーク波長320nmのLED光を、照射量300mJ/cm2にて1日1回、計4日間照射
・カルシウムシグナル経路(Calcium signaling pathway):小胞体へのCa2+取込みの促進、筋収縮やグリコーゲン分解の促進。
・心筋の収縮経路(Cardiac muscle contraction ):細胞内へのCa2+取込みの促進、シトクロムCオキシターゼやミオシンの活性化。
・解糖系/糖新生(Glycolysis / Gluconeogenesis):解糖系/糖新生の活性化。
・アミノ酸の生合成(Biosynthesis of amino acids):アミノ酸生合成の活性化。
・炭素代謝(Carbon metabolism):炭素代謝の活性化。
・抗生物質の生合成(Biosynthesis of antibiotics):抗生物質生合成の活性化。
・インスリンシグナル伝達経路(Insulin signaling pathway):グリコーゲン合成の抑制。解糖促進
・心筋細胞におけるアドレナリン作動性シグナル伝達(Adrenergic signaling in cardiomyocytes):細胞内へのCa2+取込みの促進。ミオシン活性化。
・グルカゴンシグナル伝達経路(Glucagon signaling pathway):グリコーゲン分解の促進
・オキシトシンシグナル伝達経路(Oxytocin signaling pathway):細胞内へのCa2+取込みや小胞体からのCa2+排出促進。
(c)ピーク波長330nmのLED光を、照射量300mJ/cm2にて1日1回、計4日間照射
・代謝経路(Metabolic pathways):代謝の活性化。
・RNAトランスポート(Metabolic pathways):核から細胞質への輸送の抑制
(d)ピーク波長310nmのLED光を、照射量1500mJ/cm2にて1回照射
・βアラニン代謝(beta-Alanine metabolism):βアラニン代謝の抑制
【0067】
(b)のPathway解析において、各経路に関してヒットした遺伝子と発現変化量(Fold change)を下記表2~11に示す。ここで発現変化量は、照射野についてのFPKM値を非照射野のFPKM値で除算して対数変換して得られた値を示す。
【0068】
【表2】
【表3】
【0069】
【表4】
【表5】
【0070】
【表6】
【表7】
【0071】
【表8】
【表9】
【0072】
【表10】
【表11】
【0073】
表2より、TnC(心筋トロポニンC)、RYR(リアノジン受容体)、SERCA(筋小胞体カルシウムATPアーゼ)、GPCR(Gタンパク質共役受容体)、PHK(ホスホリラーゼキナーゼ)、VDAC(電位依存性陰イオンチャネル)、ROC(受容体作動性カルシウムチャネル)に関する遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、カルシウムシグナル伝達経路において、小胞体へのCa2+取込みを促進し、筋収縮及びグリコーゲン分解を促進し得ることが理解できる。
表3より、DHPR(ジヒドロピリジン受容体)、ATP(ATP合成酵素)、Cyto(シトクロムCオキシターゼ)、Myosin(ミオシン)に関する遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、心筋収縮経路において、細胞内へのCa2+取込みを促進し、シトクロムCオキシダーゼ及びミオシンを活性化し得ることが理解できる。
【0074】
表4より、EC 5.4.2.11(ホスホグリセリン酸ムターゼ)、EC 4.2.1.11(ホスホピルビン酸ヒドラターゼ)、EC 3.1.3.11(フルクトース-ビスホスファターゼ)、EC 2.7.1.11(6-ホスホフルクトキナーゼ)に関する遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、解糖系/糖新生経路において、解糖系/糖新生を活性化し得ることが理解できる。
表5より、phosphoglycerate mutase 2(PGAM2)、enolase 3(ENO3)、phosphofructokinase, muscle(PFKM)、glutamic-oxaloacetic transaminase 2(GOT2)の遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、アミノ酸生合成経路において、アミノ酸の生合成を活性化し得ることが理解できる。
【0075】
表6より、phosphoglycerate mutase 2(PGAM2)、enolase 3(ENO3)、fructose-1,6-bisphosphatase isozyme 2(LOC476300)、phosphofructokinase, muscle(PFKM)、glutamic-oxaloacetic transaminase 2(GOT2)の遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、炭素代謝経路において、炭素代謝を活性化し得ることが理解できる。
表7より、phosphoglycerate mutase 2(PGAM2)、adenosine monophosphate deaminase 1(AMPD1)
enolase 3(ENO3)、fructose-1,6-bisphosphatase isozyme 2(LOC476300)、phosphofructokinase, muscle(PFKM)、carboxymethylenebutenolidase homolog(CMBL)、glutamic-oxaloacetic transaminase 2(GOT2)の遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、抗生物質生合成経路において、抗生物質の生合成を活性化し得ることが理解できる。
【0076】
表8より、PP1(プロテインホスファターゼ1)、PYG(グリコーゲンホスホリラーゼ)、FBP(フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ)、PHK(ホスホリラーゼキナーゼ)に関する遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、インスリンシグナル伝達経路において、グリコーゲンの合成を抑制し、解糖を促進し得ることが理解できる。
表9より、DHPR(ジヒドロピリジン受容体)、InaK(Na+/K+-ATPアーゼ)、Myosin(ミオシン)に関する遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、心筋細胞におけるアドレナリン作動性シグナル伝達経路において、細胞内へのCa2+取込みを促進し、ミオシンを活性化し得ることが理解できる。
【0077】
表10より、PGM(ホスホグリセリン酸ムターゼ)、PYGL(グリコーゲンホスホリラーゼ)、PHK(ホスホリラーゼキナーゼ)に関する遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、グルカゴンシグナル伝達経路において、グリコーゲン分解を促進し得ることが理解できる。
表11より、VGCC(電位依存性カルシウムチャネル)、RYR(リアノジン受容体)、GIRK(G蛋白質活性型内向き整流性カリウムチャネル)に関する遺伝子発現の顕著な増加が見られた。
よって、ピーク波長約320nmの光の照射は、オキシトシンシグナル伝達経路において、細胞内へのCa2+取込みを促進し、小胞体からのCa2+排出を促進し得ることが理解できる。
【0078】
GO解析において、ピーク波長約320nmの光の照射により、複数のBiological Processで有意な変化が認められた(表12)。変化が認められたBiological Processは筋組織に関するものであった。細胞においてカルシウムチャネル及び/又はカルシウムポンプの発現誘導がなされた効果である。
【表12】
【0079】
ピーク波長約320nmの光の照射により、発現量が特異的に増大したカルシウムシグナル伝達経路関連遺伝子には、DHPR、VGCC、SERCA、RYR、TRDN、CASQ、HRC及びCytoが含まれていた。各波長の光照射による発現量の変化を図6(A)~(I)に示す。図に示したデータから、ピーク波長約320nmの光の照射により、DHPR、VGCC、SERCA、RYR、TRDN、CASQ、HRC及びCytoの発現が特異的に(少なくとも約30倍に)アップレギュレートされることが理解できる。
上記の結果をまとめると、細胞へのピーク波長約320nmの光の照射により、当該細胞においてカルシウムシグナル伝達経路、インスリンシグナル伝達経路、心筋細胞におけるアドレナリン作動性シグナル伝達経路、グルカゴンシグナル伝達経路若しくはオキシトシンシグナル伝達経路のモジュレーション、筋収縮、神経伝達、ミトコンドリア活性若しくは細胞死(若しくはアポトーシス)の制御、解糖系/糖新生、アミノ酸生合成、炭素代謝若しくは抗生物質生合成の活性化、グリコーゲン分解の促進、骨芽細胞様への分化の促進を行い得る。
【0080】
本開示の方法及び装置は、下記の用途に応用できると期待できる。
(1)骨及び歯の再生医療
間葉系肝細胞や骨芽細胞などの前駆細胞は、カルシウムイオンを取り込んで骨細胞を作ることが知られる。よって、本開示の方法及び装置は、前駆細胞を生体外で骨細胞に効率よく分化誘導する方法に適用することができ、延いては、培養骨細胞を含む移植用(骨)材料を製造する方法に適用することができると期待できる。また、本開示の方法は、患者に移植した前駆細胞を骨細胞に効率よく分化誘導させる方法に応用することができると期待できる。
【0081】
(2)皮膚及び粘膜のバリア機能改善
本開示の方法及び装置によれば、表皮細胞によるカルシウムイオンの取り込みを促進させることができると期待できる。表皮細胞によるカルシウムイオンの取り込みが促進すると、表皮トランスグルタミナーゼ(Tgase)が活性化し、タンパク質を架橋し、皮膚形成されることが知られる。よって、本開示の方法により、皮膚形成を促進し、皮膚や粘膜の物理的強度を高めたり、保湿機能を高める効果が期待できる。
波長域315~325nmの光の照射により、FGF6(線維芽細胞成長因子6)やMYOD1(myoblast determination protein 1)、MYOG(myogenic factor 4)などの遺伝子発現も確認出来たため、本開示の光照射方法は、線維芽細胞のコラーゲン合成促進効果による美肌効果を期待出来る。
【0082】
(3) 神経・筋疾患研究、治療
カルシウムイオンシグナルは神経伝達や筋肉の制御に関連して多くの研究がなれている。現在は、カルシウムイオンシグナルのモジュレーションには、カルシウムイオノフォア(細胞膜のカルシウムイオンの透過性を亢進させる薬剤)や、光遺伝学(標的細胞にチャネルロドプシンなどの光活性化イオンチャネルを遺伝子工学的手法により発現させた後、これらの細胞に特定波長の光を照射して当該標的細胞におけるカルシウムイオンシグナルを制御する方法)が用いられている。本開示の方法及び装置によれば、光照射のみでカルシウムイオンシグナルのモジュレーションが可能であるため、簡便であり、より臨床応用に近づけることが出来る。
筋収縮の調節は、細胞内カルシウムイオン濃度の変化により制御されることが知られる。本開示の方法及び装置は、再生医療における心筋細胞培養に適用することができると期待できる。
また、アルツハイマー病やパーキンソン病など、いくつかの神経疾患では、細胞内カルシウムイオン濃度の変化の様子が正常の場合と異なっていることが報告されている。本開示の方法及び装置は、機序の解明、神経再生などの治療の提案に有用であると期待される。
【0083】
(4)不妊症
不妊症についてもカルシウムイオンの影響が知られる。例えば、精子は、細胞外からのカルシウムイオンの流入による細胞内のカルシウムイオン濃度の一過的増加と、それに引き続いて起こる細胞内からのカルシウムイオンの排出による細胞内カルシウムイオン濃度の減少によって誘導される鞭毛・繊毛の運動変化を起こすことが知られる。また、細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させることで、キャパシテーション(受精能獲得)および先体反応を経て,卵子に侵入することが知られる。よって、本開示の方法及び装置を用いて、精子機能の重要なパラメーターである精子運動性と先体反応を制御することが出来る。すなわち、カルシウムイオンの制御能力が弱いため卵子への侵入まで至らない精子の運動能を、本開示の方法及び装置を用いて改善することが期待出来る。
また、本開示の方法及び装置によれば、卵子を活性化し、受精率を向上させることができると期待される。例えば、顕微授精(ICSI)を行っても受精が成立しない原因の一つに卵活性化障害があり、精子と卵子の融合によって引き起こされるカルシウムイオンの増加反応が不十分であると考えられている。先行技術としてカルシウムイオノフォアを用いて卵子の細胞膜のカルシウムイオンの透過性を高めて、卵子を活性化させるケースがあるが、本開示の方法及び装置がより簡便である。
受精卵は、細胞内のカルシウムイオン濃度を長時間にわたり周期的に変化させる。これはカルシウムイオン振動と言われ、胚発生に影響する。具体的には、振動が乱れると遺伝子発現の異常や正常出生率の低下の原因となることが知られる。本開示の方法及び装置を用いて細胞内のカルシウムイオン濃度を制御することで正常出生率を高めることが期待される。
【0084】
(5)細胞のアポトーシス誘導
生体組織や培養細胞の不要細胞の除去作業において、先行技術ではレーザ照射によるアブレーションや、イオノマイシンなどのカルシウムイオノフォアを使用したカルシウムイオンオーバーロード(過剰なカルシウムイオンの取り込み)によるアポトーシス誘導技術があるが、本技術は、局所的にかつ低照度で発熱を抑制しつつ不要細胞に光照射することでアポトーシス誘導できるため、正常細胞に熱や光ダメージを与えずに不要細胞のみを除去することが期待できる。
【符号の説明】
【0085】
100, 200, 300 細胞培養装置
110, 210, 310 照射制御部
112, 212a, 212b, 212c, 312a, 312b 照射部
114, 214a, 214b, 214c, 314a, 314b 載置部
216a, 216b, 316 遮蔽部材
118, 218, 318 筐体
120 光センサ
140, 240a, 240b, 240c, 340a, 340b 棚板(又は架台若しくは棚網)
150, 250a, 250b, 250c, 350a, 350b 細胞培養容器
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図6D
図6E
図6F
図6G
図6H
図6I