(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022169389
(43)【公開日】2022-11-09
(54)【発明の名称】イヌTGF-β受容体II
(51)【国際特許分類】
C12N 15/12 20060101AFI20221101BHJP
C07K 14/705 20060101ALI20221101BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20221101BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20221101BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20221101BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20221101BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20221101BHJP
C12P 21/00 20060101ALI20221101BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20221101BHJP
A61P 31/00 20060101ALI20221101BHJP
A61P 37/04 20060101ALI20221101BHJP
A61K 38/17 20060101ALI20221101BHJP
A61K 47/68 20170101ALI20221101BHJP
【FI】
C12N15/12
C07K14/705 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P21/00 C
A61P35/00
A61P31/00
A61P37/04
A61K38/17
A61K47/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021075425
(22)【出願日】2021-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】今内 覚
(72)【発明者】
【氏名】前川 直也
(72)【発明者】
【氏名】岡川 朋弘
(72)【発明者】
【氏名】大橋 和彦
(72)【発明者】
【氏名】村田 史郎
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 定彦
(72)【発明者】
【氏名】竹内 寛人
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG20
4B064CA10
4B064CA19
4B064DA01
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BC01
4B065CA24
4B065CA43
4C076AA94
4C076AA95
4C076CC07
4C076CC27
4C076CC31
4C076CC41
4C076EE59
4C076FF31
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA07
4C084BA41
4C084BA42
4C084BA44
4C084CA53
4C084DB63
4C084NA03
4C084NA05
4C084NA12
4C084NA13
4C084NA14
4C084ZB091
4C084ZB261
4C084ZB311
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045DA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】 イヌTGF-βを標的とした新規バイオ医薬品を提供すること。
【解決手段】 配列番号1のアミノ酸配列からなる、イヌ形質転換増殖因子β受容体II(TGF-βRII)。前記TGF-βRII又はその断片を含む融合タンパク質。それらを含む、免疫応答を向上させるための組成物及び医薬組成物。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1のアミノ酸配列からなる、イヌ形質転換増殖因子β受容体II(TGF-βRII)。
【請求項2】
融合タンパク質であって、
a)請求項1記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又はその断片、及び
b)イヌ抗体又はその断片
を含む前記融合タンパク質。
【請求項3】
請求項1記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体IIの断片が、イヌ形質転換増殖因子βへの結合能を有する請求項2記載の融合タンパク質。
【請求項4】
イヌ形質転換増殖因子βへの結合能を有する断片が、イヌ形質転換増殖因子β受容体IIの細胞外領域である請求項3記載の融合タンパク質。
【請求項5】
イヌ形質転換増殖因子β受容体IIの細胞外領域が配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号23~159のアミノ酸配列からなる請求項4記載の融合タンパク質。
【請求項6】
イヌ抗体がイヌIgG-Bである請求項2~5のいずれかに記載の融合タンパク質。
【請求項7】
イヌ抗体の断片がFc領域を含む請求項2~6のいずれかに記載の融合タンパク質。
【請求項8】
Fc領域が配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号160~396のアミノ酸配列からなる請求項7記載の融合タンパク質。
【請求項9】
さらに、シグナルペプチドを含む請求項2~8のいずれかに記載の融合タンパク質。
【請求項10】
シグナルペプチドが配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号1~22のアミノ酸配列からなる請求項9記載の融合タンパク質。
【請求項11】
請求項1記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は請求項2記載の融合タンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチド。
【請求項12】
請求項11記載ポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項13】
請求項12記載のベクターを含む細胞。
【請求項14】
請求項13記載の細胞を培養することを含む、請求項1記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は請求項2記載の融合タンパク質を作製する方法。
【請求項15】
請求項1記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は請求項2記載の融合タンパク質を含む、免疫応答を向上させるための組成物。
【請求項16】
請求項1記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は請求項2記載の融合タンパク質を含む、医薬組成物。
【請求項17】
がん及び/又は感染症の予防及び/又は治療に用いられる請求項16記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌTGF-β受容体IIに関する。
【背景技術】
【0002】
悪性腫瘍は、伴侶動物における最も多い死亡原因の一つであり、10歳以上のイヌでは死因の約45%が腫瘍であるとされている(非特許文献1: Bronson, Am J Vet Res., 1982)。
【0003】
現在、悪性腫瘍に対して外科手術、放射線療法および化学療法が単独あるいは併用して行われているが、腫瘍転移病巣の成長を助長する可能性や、非特異的治療による重篤な副作用が原因で治療法の選択が制限される場合も多く、腫瘍に特異的に効果を発揮し、副作用の少ない新たな治療戦略が求められていた。
【0004】
本発明者らは、世界に先駆けてイヌの腫瘍疾患に対する免疫チェックポイント阻害薬を開発し、末期の罹患犬に対する有効性を示した (非特許文献2:Maekawa et al., Sci Rep., 2017、非特許文献3:Maekawa et al., NPJ Precis Oncol., 2021)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Bronson, Am J Vet Res., 1982, 43:2057-2059.
【非特許文献2】Maekawa et al., Sci Rep., 2017, 7:8951.
【非特許文献3】Maekawa et al., NPJ Precis Oncol., 2021, 5:10.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らが開発した免疫チェックポイント阻害薬は、奏功率が約20% (末期の患者に対しての奏功率)であり、奏効率の向上が求められる。
【0007】
本発明者らの解析により、血清中のTransforming growth factor beta 1 (TGF-β1) 濃度が高い悪性黒色腫罹患犬では免疫チェックポイント阻害薬(PD-L1を標的とするキメラモノクローナル抗体)の効果が低く生存率が低いことがわかった。
【0008】
本発明は、イヌTGF-βを標的とした新規バイオ医薬品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、TGF-β1によるイヌ末梢血単核細胞(PBMC) 由来サイトカイン産生の抑制効果および制御性T細胞 (Tregs) 分化誘導効果を調べたところ、TGF-β1がTregsを誘導し、かつIL-2、IFN-γ、TNF-αといったTh1サイトカインの産生を抑制することが示された。そこで、イヌ腫瘍に対する新規治療法への応用を目指して、TGF-β受容体II(TGF-βRII)の細胞外領域にイヌIgG Fc領域を融合した組換えタンパク質TGF-βRII-Igを作製した。TGF-β1に競合的に結合するデコイ(おとり)レセプターとして、TGF-β1経路を阻害する効果を期待し、作製したTGF-βRII-Igについて、TGF-β1との結合能およびその免疫活性化能をin vitroで検討したところ、TGF-βRII-Igは、TGF-β1に結合し、免疫活性化能(Th1サイトカイン産生増強効果、Tregs分化誘導抑制効果)を示した。本発明は、これらの知見により完成されたものである。
【0010】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)配列番号1のアミノ酸配列からなる、イヌ形質転換増殖因子β受容体II(TGF-βRII)。
(2)融合タンパク質であって、
a)(1)記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又はその断片、及び
b)イヌ抗体又はその断片
を含む前記融合タンパク質。
(3)(1)記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体IIの断片が、イヌ形質転換増殖因子βへの結合能を有する(2)記載の融合タンパク質。
(4)イヌ形質転換増殖因子βへの結合能を有する断片が、イヌ形質転換増殖因子β受容体IIの細胞外領域である(3)記載の融合タンパク質。
(5)イヌ形質転換増殖因子β受容体IIの細胞外領域が配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号23~159のアミノ酸配列からなる(4)記載の融合タンパク質。
(6)イヌ抗体がイヌIgG-Bである(2)~(5)のいずれかに記載の融合タンパク質。
(7)イヌ抗体の断片がFc領域を含む(2)~(6)のいずれかに記載の融合タンパク質。
(8)Fc領域が配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号160~396のアミノ酸配列からなる(7)記載の融合タンパク質。
(9)さらに、シグナルペプチドを含む(2)~(8)のいずれかに記載の融合タンパク質。
(10)シグナルペプチドが配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号1~22のアミノ酸配列からなる(9)記載の融合タンパク質。
(11)(1)記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は(2)記載の融合タンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチド。
(12)(11)記載ポリヌクレオチドを含むベクター。
(13)(12)記載のベクターを含む細胞。
(14)(13)記載の細胞を培養することを含む、(1)記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は(2)記載の融合タンパク質を作製する方法。
(15)(1)記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は(2)記載の融合タンパク質を含む、免疫応答を向上させるための組成物。
(16)(1)記載のイヌ形質転換増殖因子β受容体II又は(2)記載の融合タンパク質を含む、医薬組成物。
(17)がん及び/又は感染症の予防及び/又は治療に用いられる(16)記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、イヌTGF-βRIIとその細胞外領域を含む融合タンパク質が得られた。これらのタンパク質は新規なバイオ医薬品の開発に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】イヌ腫瘍におけるTGF-β1の発現。(a)イヌ腫瘍細胞株由来のTGF-β1産生を測定した。10% 非働化牛胎仔血清を含むRPMI 1640培地中のTGF-β1濃度をバックグラウンド(破線)として示した。(b)口腔内悪性黒色腫罹患犬の血清中のTGF-β1濃度を測定した。グラフ中の横線は中央値を示す。
【
図2】TGF-β1添加によるPBMC由来サイトカイン産生の抑制とTregsの分化誘導。SEBで刺激したPBMC において、 TGF-β1によるTh1サイトカイン (a) IL-2、(b) IFN-γおよび (c) TNF-αの産生抑制効果をELISA法によって、(d) Tregsの分化誘導をフローサイトメトリー法によって検討した。
【
図3】イヌTGFBR2遺伝子の同定。イヌTGFBR2遺伝子を同定した。 (a) イヌTGF-βRIIとヒト、マウス、ラット、ウシ、ニワトリTGF-βRIIとの予想アミノ酸配列の比較解析を行った。 (b) 種々の動物のTGF-βRII予想アミノ酸配列の系統樹解析を行った。GenBank accession numberは慣用名の右括弧内に記載した。スケールバーはbranch lengthを示す。
【
図4】組換えTGF-βRII-IgおよびControl IgG-Bの作製およびTGF-βRII-IgのTGF-β1結合試験。イヌTGF-βRII予想アミノ酸配列をもとに、TGF-βRII-IgおよびControl IgG-Bを設計した (a, b)。TGF-βRII予想シグナルペプチド、TGF-βRII細胞外領域、イヌIgG-B Fc領域をそれぞれ、破線、下線、二重下線で示した。組換えタンパク質をそれぞれ精製し、SDS-PAGE後にCBB R-250染色を行った(c)。2-メルカプトエタノールで還元処理した検体を左、未処理の非還元検体を右に示した。作製したTGF-βRII-IgのヒトTGF-β1結合能を、ビオチン標識抗ヒトTGF-β1抗体を用いたELISA法により測定した (d)。横軸に使用したヒトTGF-β1の濃度を、縦軸に450 nmにおける吸光度を示した。
【
図5】TGF-βRII-IgによるPBMC由来サイトカイン産生の増強とTregsの分化誘導の抑制。TGF-β1存在下でSEBによって刺激したPBMC において、TGF-βRII-Igによる免疫活性化効果をTh1サイトカインである (a) IL-2、(b) IFN-γおよび (c) TNF-αの産生 (ELISA法) ならびに (d) Tregsの分化誘導の抑制 (フローサイトメトリー法) によって検討した。
【
図6a-d】Tregsの検出方法。(a) リンパ球集団の分離。(b) シングレット集団の分離。(c) 生細胞集団の分離。(d) CD4陽性集団の分離。
【
図6e-h】Tregsの代表的な検出結果。(e) 陰性対照、(f) TGF-β1添加群、(g) TGF-β1存在下におけるControl IgG-B添加群、(h) TGF-β1存在下におけるTGF-βRII-Ig添加群。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明は、配列番号1のアミノ酸配列からなる、イヌ形質転換増殖因子β受容体II(TGF-βRII)を提供する。配列番号1及び2は、本発明者らが同定したイヌTGF-βRIIのアミノ酸配列及びTGF-βRII遺伝子のヌクレオチド配列をそれぞれ示す。
【0015】
TGF-βは様々な細胞種の分化・増殖・機能を調節する多機能性サイトカインである。哺乳類ではTGF-β1、TGF-β2、TGF-β3の3つのアイソフォームが存在しており、特にTGF-β1は免疫機能の調整に深く関わっている。TGF-βはシグナルペプチドおよびN末端側のLatency-associated peptide (LAP)、C末端側の成熟TGF-βからなる前駆体タンパク質として合成される。細胞外に分泌されたTGF-βはLAPと複合体を形成していることから活性を持たないが、細胞外スペースにおいて酵素的・非酵素的な作用を受け成熟TGF-βが放出される。TGF-βの受容体として膜貫通型セリンスレオニンキナーゼであるI型TGF-β受容体 (TGF-βRI) とII型TGF-β受容体 (TGF-βRII) が知られており、協調的にシグナル伝達を行う(Batlle et al., Immunity, 2019, 50:924-940)。成熟TGF-βがTGF-βRIIに結合すると、TGF-βRI が動員されリン酸化による活性化を受ける。活性化したTGF-βRIはSMAD2およびSMAD3をリン酸化し、下流の基質へシグナルを伝達する (Wrana et al., Nature, 1994, 370:341-347)。TGF-β1は細胞傷害性T細胞の増殖やサイトカイン遺伝子の発現を抑制するほか (Gorelik et al., Nat Rev Immunol., 2002, 2: 46-53; Thomas et al., Cancer Cell. 2005, 8: 369-380.)、ナチュラルキラー細胞のエフェクター機能を抑制する (Ghiringhelli et al., J Exp Med., 2005, 202:1075-1085.)。さらにTGF-βは、IL-2の競合的阻害や抑制性サイトカインであるIL-10およびTGF-βの産生を行う制御性T細胞の誘導を介してもT細胞機能の抑制に関与する (Chen et al., J Exp Med., 2003,198:1875-1886.)。これらの背景から、TGF-β経路を標的とした薬剤の腫瘍治療への応用が期待されている。ヒト膵臓がんを対象にしたPhase II治験において、TGF-βRIキナーゼ活性の低分子阻害薬であるGalunisertib (LY2157299) はGemcitabineとの併用で全生存期間を有意に延長した (Melisi et al., Br J Cancer, 2018, 119:1208-1214.)。抗TGF-β抗体であるFresolimumab (GC1008) は、悪性黒色腫と腎細胞癌を対象にしたPhase I治験において患者の一部で部分奏功や安定を認めた (Morris et al., PLoS One, 2014, 9:e90353.)。イヌにおいては、TGF-β1が一部の腫瘍で発現しているとの報告はあるが (Avallone et al., Vet Pathol., 2015, 52: 1034-1040.; Sozmen et al., Biotech Histochem., 2020; 1-10.)、その免疫機能に対する影響はほとんど調べられておらず、その阻害薬や治療への応用に関する知見はない。さらに、TGF-βRIIの遺伝子についてもこれまでに同定されていない。
【0016】
配列番号1のアミノ酸配列は、本発明者らが同定したイヌTGF-βRIIのアミノ酸配列であるが、GenBankに登録されている他種哺乳動物の予想アミノ酸配列と比較すると、ヒトTGF-βRII (GenBank accession number: NM_003242.6) と94.0%、ウシTGF-βRII (GenBank accession number: NM_001159566.2) と93.3%、ウサギTGF-βRII (GenBank accession number: NM_001177748.1) と95.2%、マウスTGF-βRII (GenBank accession number: NM_029575.3) と91.9%、ラットTGF-βRII (GenBank accession number: NM_031132.4) と91.2%の配列同一性を示した。
【0017】
本発明のTGF-βRIIは、TGF-β1に対する結合能及び/又は免疫活性化能を有する限り、配列番号1のアミノ酸配列中、他種哺乳動物の予想アミノ酸配列と相違している箇所以外の部位に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加される変異が導入されていてもよく、欠失、置換若しくは付加されるアミノ酸の数は、1~20個であるとよく、好ましくは、1~10個であり、より好ましくは、1~5個であり、変異が導入されたTGF-βRIIのアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも96%の配列同一性を有するとよく、好ましくは、少なくとも98%の配列同一性を有し、より好ましくは、少なくとも99%の配列同一性を有する。本発明のTGF-βRIIは、これらの変異体も包含する。配列の同一性は、BLASTにより計算することができる。
【0018】
成熟TGF-β1は、ヒト、イヌ、ウシでの予想アミノ酸配列が同一であり、そのアミノ酸配列は、GenBankデータベースにそれぞれaccession number NM_000660.7、AAA51458.1、NM_001166068.1として登録されている。これら動物種と、マウス (GenBank accession number: NM_011577.2) およびラット (GenBank accession number: NM_021578.2) の成熟TGF-β1予想アミノ酸配列は1アミノ酸のみ相違があり、配列同一性は99.1%である。
【0019】
本発明のTGF-βRIIとTGF-β1との結合能は、ELISA法により調べることができる。TGF-β1の濃度依存的に吸光度の上昇が認められれば、TGF-βRIIはTGF-β1と結合すると言える。
【0020】
本発明のTGF-βRIIは、TGF-β1競合阻害により、IL-2、IFN-γ、TNF-αなどのTh1サイトカイン産生を増強することができ、また、TGF-β1によるTregsの分化誘導を抑制する効果を有するとよい。Th1サイトカイン量は、PBMCにTGF-β1を添加した後、本発明のTGF-βRII を添加し、適当な培養条件下で培養した後、培養液および細胞を回収し、遠心分離した後の上清を用いてELISA法により調べることができる。また、回収した細胞は、抗CD4モノクローナル抗体と抗CD25モノクローナル抗体と反応させて細胞表面マーカーの染色を行った後、抗Foxp3モノクローナル抗体を用いて細胞内染色を行い、その後、フローサイトメトリー法による解析により、CD4+リンパ球中のCD25+Foxp3+細胞の割合を測定することにより、TGF-β1によるTregsの分化誘導を抑制する効果を測定することができる。
【0021】
また、本発明は、融合タンパク質であって、
a)配列番号1のアミノ酸配列からなるイヌ形質転換増殖因子β受容体II(TGF-βRII)又はその断片、及び
b)イヌ抗体又はその断片
を含む前記融合タンパク質を提供する。
【0022】
a)のイヌTGF-βRIIの断片は、イヌTGF-β(好ましくは、イヌTGF-β1)への結合能を有するものであるとよく、例えば、イヌTGF-βRIIの細胞外領域を含む断片である。イヌTGF-βRIIの細胞外領域は、配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号23~159のアミノ酸配列からなるとよく、配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号23~159のアミノ酸配列には、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加される変異が導入されていてもよく、欠失、置換若しくは付加されるアミノ酸の数は、1~20個であるとよく、好ましくは、1~10個であり、より好ましくは、1~5個である。イヌTGF-βRIIの断片とイヌTGF-β(好ましくは、イヌTGF-β1)との結合能は、上述の方法により測定することができる。
【0023】
b)のイヌ抗体はイヌIgG-Bであるとよく、b)のイヌ抗体の断片は、Fc領域を含むとよく、例えば、Fc領域は、イヌIgG-BのFc領域であり、その一例は、配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号160~396のアミノ酸配列からなる。配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号160~396のアミノ酸配列には、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加される変異が導入されていてもよく、欠失、置換若しくは付加されるアミノ酸の数は、1~20個であるとよく、好ましくは、1~10個であり、より好ましくは、1~5個である。
【0024】
イヌIgGのH鎖として、IgG-A(ヒトIgG2に相当)、IgG-B(ヒトIgG1に相当)、IgG-C(ヒトIgG3に相当)、IgG-D(ヒトIgG4に相当)の配列が同定されている。このうち、IgG-AおよびIgG-DはFcγ受容体ならびに補体への結合能が低く、抗体依存性細胞傷害(Antibody-dependent cellular cytotoxicity; ADCC)活性ならびに補体依存性細胞傷害(Complement-dependent cytotoxicity; CDC)活性を持たない。一方でIgG-BおよびIgG-CはFcγ受容体ならびに補体への結合能が高く、ADCC活性ならびにCDC活性を持つIgGサブクラスであることが報告されている。中でもIgG-Bは、血漿中から細胞内へ取り込まれたIgG抗体を再び血漿中へ放出させる胎児性Fc受容体への結合親和性が最も高く、生体へ投与した際の血中半減期が最も長くなることが期待される(Bergeron et al., Vet Immunol Immunopathol., 2014, 157:31-41)。本発明の融合タンパク質は、イヌIgG-B又はその断片を含むことが好ましい。イヌIgG-BのH鎖定常領域(H鎖CH1~CH3)の配列情報は、GenBankにaccession number; AF354265.1で登録されている。
【0025】
本発明の融合タンパク質は、さらに、シグナルペプチドを含むとよく、例えば、シグナルペプチドは、配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号1~22のアミノ酸配列からなるとよい。配列番号3のアミノ酸配列中のアミノ酸番号1~22のアミノ酸配列には、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加される変異が導入されていてもよく、欠失、置換若しくは付加されるアミノ酸の数は、1~10個であるとよく、好ましくは、1~5個であり、より好ましくは、1~3個である。
【0026】
後述の実施例において、本発明者らが作製した、イヌTGF-βRIIの細胞外領域とイヌIgG-BのFc領域との融合タンパク質(TGF-βRII-Ig)のアミノ酸配列を配列番号3に示す。配列番号3のTGF-βRII-Igのアミノ酸配列中、アミノ酸番号1~22は、TGF-βRIIのシグナルペプチドのアミノ酸配列であり、アミノ酸番号23~159は、TGF-βRIIの細胞外領域のアミノ酸配列であり、アミノ酸番号160~396は、イヌIgG-BのFc領域である。配列番号4は、TGF-βRII-Igのヌクレオチド配列を示す。
【0027】
本発明のTGF-βRII及び融合タンパク質は、遺伝子組換えの手法により、それらのタンパク質を発現するように形質転換した宿主細胞を用いて、組換えタンパク質として製造することができる。宿主細胞の形質転換には、目的のタンパク質をコードするヌクレオチド配列を組み込んだベクターを用いるとよい。
【0028】
本発明は、上記のTGF-βRII又は融合タンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを提供する。
【0029】
配列番号2に、配列番号1のアミノ酸配列からなるイヌTGF-βRIIをコードするヌクレオチド配列の一例を示す。
【0030】
配列番号4に、配列番号1のアミノ酸配列からなるイヌTGF-βRIIの細胞外領域とイヌIgG-BのFc領域との融合タンパク質(TGF-βRII-Ig)をコードするヌクレオチド配列の一例を示す。
【0031】
上記のTGF-βRII又は融合タンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドは、形質転換させる細胞(例えば、チャイニーズハムスター由来細胞(CHO細胞))が好んで使うコドンに配列を最適化されたものであってもよい。配列番号4に示すヌクレオチド配列は、コドン最適化された配列である。
【0032】
本発明は、上記のTGF-βRII又は融合タンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを含むベクターも提供する。
【0033】
ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13)、枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110,pTP5,pC194)、酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15)、λファージなどのバクテリオファージ、レトロウイルス,ワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫病原ウイルスなどを用いることができる。後述の実施例では、pDC62c5-U533(WO2019/225372)を用いた。
【0034】
ベクターには、プロモーター、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、イントロン配列、選択マーカー、SV40複製オリジンなどを付加してもよい。
【0035】
本発明のベクターにより形質転換された宿主細胞を培養し、培養物からTGF-βRII又は融合タンパク質を採取することにより、TGF-βRII又は融合タンパク質を製造することができる。本発明は、上記のTGF-βRII又は融合タンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを含むベクターを含む細胞、前記細胞を培養することを含む、TGF-βRII又は融合タンパク質を作製する方法も提供する。
【0036】
宿主細胞としては、細菌細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、枯草菌など)、真菌細胞(例えば、酵母、アスペルギルスなど)、昆虫細胞(例えば、S2細胞、Sf細胞など)、動物細胞(例えば、CHO細胞、COS細胞、HeLa細胞、C127細胞、3T3細胞、BHK細胞、HEK293細胞など)、植物細胞などを例示することができる。このうち、ExpiCHO-S細胞またはジヒドロ葉酸還元酵素欠損細胞であるCHO-DG44細胞(CHO-DG44(dhfr-/-))が好ましい。
【0037】
組換えベクターを宿主に導入するには、Molecular Cloning 2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法(例えば、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、トランスフェクション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法、エレクロトポレーション法、形質導入法、スクレープローディング法、ショットガン法など)または感染により行うことができる。
【0038】
形質転換細胞を培地で培養し、培養物からTGF-βRII又は融合タンパク質を採取することができる。目的のタンパク質が培地に分泌される場合には、培地を回収し、その培地からタンパク質を分離し、精製すればよい。目的のタンパク質が形質転換された細胞内に産生される場合には、その細胞を溶解し、その溶解物からタンパク質を分離し、精製すればよい。
【0039】
培地としては、OptiCHO培地、Dynamis培地、CD CHO培地、ActiCHO培地、FortiCHO培地、Ex-Cell CD CHO培地、BalanCD CHO培地、ProCHO 5培地、Cellvento CHO-100培地、ExpiCHO Expression培地などを例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0040】
培地のpHは培養する細胞により異なるが、一般的にはpH6.8~7.6、多くの場合pH7.0~7.4が適当である。
【0041】
培養する細胞がCHO細胞である場合、CHO細胞の培養は当業者に公知の方法を用いて行うことができる。例えば、通常、気相のCO2濃度が0-40%、好ましくは、2-10%の雰囲気下、30-39℃、好ましくは37℃程度で、培養することが可能である。
【0042】
適当な培養期間は、通常1日~3か月であり、好ましくは1日~3週間である。
【0043】
TGF-βRII又は融合タンパク質の分離及び精製は、公知の方法により行うことができる。公知の分離、精製法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度の差を利用する方法、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法、等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法などが用いられる。
【0044】
本発明のTGF-βRII及び融合タンパク質は、動物の免疫応答を向上させるために利用することができ、動物用の医薬品として利用することができる。本発明は、上記のTGF-βRII又は融合タンパク質を含む、免疫応答を向上させるための組成物を提供する。本発明は、上記のTGF-βRII又は融合タンパク質を含む、医薬組成物を提供する。
【0045】
本発明の医薬組成物は、がん及び/又は感染症の予防及び/又は治療に用いることができる。がん及び/又は感染症としては、腫瘍性疾患(例えば、悪性黒色腫、肺がん、胃がん、腎臓がん、乳がん、膀胱がん、食道がん、卵巣がん等)、白血病、ヨーネ病、アナプラズマ病、細菌性乳房炎、真菌性乳房炎、マイコプラズマ感染症(例えば、マイコプラズマ性乳房炎、マイコプラズマ性肺炎など)、結核、小型ピロプラズマ病、クリプトスポリジウム症、コクシジウム症、トリパノソーマ病及びリーシュマニア症などを例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0046】
本発明のTGF-βRII又は融合タンパク質をPBSなどの緩衝液、生理食塩水、滅菌水などに溶解し、必要に応じてフィルターなどで濾過滅菌した後、注射により被験動物(ヒトも含む)に投与するとよい。また、この溶液には、添加剤(例えば、着色剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、溶解補助剤、安定化剤、保存剤、酸化防止剤、緩衝剤、等張化剤、pH調節剤など)などを添加してもよい。投与経路としては、静脈、筋肉、腹腔、皮下、皮内投与などが可能であり、また、経鼻、経口投与してもよい。
【0047】
本発明のTGF-βRII又は融合タンパク質の投与量、投与の回数及び頻度は、被験動物の症状、年齢、体重、投与方法、投与形態などにより異なるが、例えば、通常、成獣(又は成人)一匹(一人)当たり0.1~100mg/kg体重、好ましくは、1~10mg/kg体重を、少なくとも1回、所望の効果が得られる頻度で投与するとよい。
【0048】
本発明の医薬組成物は、単独で用いてもよいが、外科手術、放射線療法、がんワクチンなど他の免疫療法や分子標的治療薬と組み合わせて用いてもよい。これにより、相乗効果が期待できる。
【実施例0049】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕
序論
Transforming growth factor beta 1 (TGF-β1) は組織の恒常性を維持するほか、初期の腫瘍の悪性化を防ぐ[2]。腫瘍細胞は、TGF-β1シグナル伝達経路の不活性化によりTGF-β1による細胞増殖抑制を回避している[3, 6, 40]。また、TGF-β1により分化誘導されるCD4+CD25+Foxp3+ リンパ球は、制御性T細胞 (Tregs) として知られ、TGF-β1やIL-10の産生を介してリンパ球の増殖や機能を抑制することで同様に腫瘍の免疫回避に関与している [7, 36]。TGF-β1の作用を阻害することで抗腫瘍免疫が活性化して、抗腫瘍効果が得られることが報告されている [9, 10, 11]。そこで本実施例では、イヌ腫瘍に対する新規治療法への応用を目指して、TGF-βRII細胞外領域にイヌIgG Fc領域を融合した組換えタンパク質TGF-βRII-Igを作製した。TGF-β1に競合的に結合するデコイ (おとり) レセプターとして、TGF-β1経路を阻害する効果を期待し、作製したTGF-βRII-Ig について、TGF-β1との結合能およびその免疫活性化能をin vitroで検討した。
【0050】
材料と方法
1) 血液材料
本研究は、Association for Assessment and Accreditation of Laboratory Animal Care (AAALAC) Internationalに承認されている北海道大学大学院獣医学研究院にて、北海道大学実験動物委員会 (承認番号 15-0149) の許可のもと遂行した。本研究に用いた健康犬末梢血は、北海道大学大学院獣医学研究院動物実験施設において飼育されているビーグル犬から採取した。本研究に用いた悪性黒色腫罹患犬末梢血は北海道大学動物医療センターに来院した臨床症例から採取した。北海道大学動物医療センターより提供されたすべての材料は動物の飼い主に本研究に対する協力の同意を得た上で提供された。
【0051】
2) 細胞とその培養
イヌ悪性黒色腫由来細胞株LMeC [22] 、CMeC [22] 、CMM-1 [23] およびCMM-2 [23] は10% 非働化牛胎仔血清 (FBS、Thermo Fisher Scientific社) 、抗生物質 (ストレプトマイシン100 μg/mL、ペニシリン100 U/mL) (Thermo Fisher Scientific社) 、2 mM L-グルタミン (Thermo Fisher Scientific社) を添加したRPMI 1640培地 (Sigma-Aldrich社) にて37℃ 、5% CO2存在下で培養した。ExpiCHO-S細胞 (Thermo Fisher Scientific社) はExpiCHO Expression Medium (Thermo Fisher Scientific社) で37℃、8% CO2存在下で振盪培養した。ヘパリン加イヌ末梢血からPercoll (GE Healthcare社) を用いて密度勾配遠心分離法により得た末梢血単核細胞(PBMC) は、10% FBS (Thermo Fisher Scientific社) 、抗生物質 (ストレプトマイシン100 ug/mL、ペニシリン100 U/mL) (Thermo Fisher Scientific社) 、2 mM L-グルタミン (Thermo Fisher Scientific社) を添加したRPMI 1640培地 (Sigma-Aldrich社) にて 37℃、5% CO2存在下で培養した。
【0052】
3) TGF-β1産生量の測定
イヌ悪性黒色腫由来細胞株の培養上清中またはイヌ血清中のTGF-β1濃度は、human TGF-β1 DuoSet ELISA (R&D Systems社) を用いて測定した。測定にはマイクロプレートリーダ MTP-900 (日立ハイテクサイエンス社) を用いた。
【0053】
4) イヌ材料からのRNAの抽出と逆転写反応による一本鎖cDNAの合成
イヌPBMCおよび白血球 (WBC) から、TRI reagent (Molecular Research Center社) を用いて全細胞RNAを抽出し、NanoDrop8000 (Thermo Fisher Scientific社) により濃度を計測した。全細胞RNA 1 ugを用いて、DNase I Reaction buffer、1 U DNaseI (Invitrogen社) を加えて、室温で15分のDNaseI処理を行った。次に25 μmol EDTAを加え、65℃で10分間 DNase I不活化処理を行った。これに200 pmol oligo dTプライマーを加え、65℃で5分間処理した後に、逆転写反応液 {PrimeScript Buffer (TaKaRa社) 、10 nmol dNTPs、20 U RNase inhibitor (Promega社) 、100 U PrimeScript Reverse Transcriptase (TaKaRa社) } を加えて、42℃ 60分間の逆転写反応を行い、70℃ 10分間の逆転写酵素不活化処理を経て一本鎖cDNAを合成した。
【0054】
5) イヌTGFBR2遺伝子の同定
イヌTGFBR2を同定するために、まずNational Center for Biotechnology Information (NCBI) に既に登録されているディンゴ (Canis lupus dingo) のTGFBR2の予想塩基配列 (XM_025461082.1) から遺伝子のORF外部を増幅するようにプライマー (TGFBR2 ORF FおよびR) を設計し (表1) 、PCR法によって遺伝子増幅を行った。材料と方法4) で用いた方法で合成した、ビーグルPBMC、トイプードルWBCおよびパピヨンWBC由来cDNA各 2 μLを鋳型として、プライマーを各20 pmol、ExTaqポリメラーゼ (TaKaRa社) 2.5 U、ベタイン (Sigma-Aldrich社) 1 Mを含むPCR反応溶液中で以下の条件下でPCRを行った。
(1) 熱変性 98℃ 20秒間 (初回のみ2分間)
(2) アニーリング 58℃ 30秒間
(3) 伸長反応 72℃ 2分間
熱変性、アニーリング、伸長反応を40サイクル繰り返した。
目的遺伝子断片をFastGene Gel/PCR Extraction Kit (NIPPON Genetics社) を用いて精製した後に、T-Vector pMD20 (TaKaRa社) に組込み、常法にしたがって大腸菌 (HST08株、TaKaRa社) に導入した。陽性クローンを得るために、大腸菌コロニーを鋳型として、プラスミド特異的プライマー (M13 FおよびM13 R2) 各15 pmol、rTaqポリメラーゼ (TaKaRa社) 1 Uを含むPCR反応溶液を調製し、以下の条件下でPCRを行った。
(1) 熱変性 98℃ 10秒間 (初回のみ2分間)
(2) アニーリング 55℃ 20秒間
(3) 伸長反応 72℃ 2分間
熱変性、アニーリングおよび伸長反応を35サイクル繰り返した。
目的遺伝子断片を鋳型として、プラスミド特異的プライマー (M13 FまたはM13 R2) 10 pmol、DTCS Quick Start Master Mix (Beckman Coulter社) 、ベタイン (Sigma-Aldrich社) 1 M を含むPCR反応溶液中で以下の条件下でPCRを行った。
(1) 熱変性 94℃ 20秒間 (初回のみ1分間)
(2) アニーリング 45℃ 20秒間
(3) 伸長反応 60℃ 4分間
熱変性、アニーリングおよび伸長反応を40サイクル繰り返した。
得られたPCR産物をエタノール沈殿により精製した後、GenomeLab GeXP Genetic Analysis System (SCIEX社) を用いて塩基配列を決定した。
【0055】
6) イヌTGF-βRII-IgおよびイヌControl IgG-Bの作製
(a) イヌTGF-βRII-Igの設計および人工遺伝子合成
イヌTGF-βRII-Ig発現プラスミドを作製するために、5)で同定したイヌTGF-βRIIの予想アミノ酸配列について、下記に示した解析ツールを用いて、シグナルペプチドおよび膜貫通領域を予測した {シグナルペプチド予測:SignalP (http://www.cbs.dtu.dk/services/SignalP/)、膜貫通領域予測:TMHMM Server v. 2.0 (http://www.cbs.dtu.dk/services/TMHMM-2.0/)} 。
イヌTGF-βRIIシグナルペプチドおよび予想細胞外領域と、イヌIgG-B (GenBank accession number; AF354265.1) のヒンジ部、CH2およびCH3領域を結合させたアミノ酸配列を作製し、チャイニーズハムスター由来細胞における発現にコドン最適化を行ったのち、AscI制限酵素認識配列、Kozak配列、イヌTGF-βRII-Ig配列およびAsiSI制限酵素認識配列を順に配置するように人工遺伝子合成を行った (GenScript社) 。
【0056】
(b) TGF-βRII-Ig発現プラスミドの作製
材料と方法6) (a) で得られた遺伝子をAscI (New England Biolabs社) および AsiSI (New England Biolabs社) により処理した後、FastGene Gel/PCR Extraction Kit (NIPPON Genetics社) を用いて精製した。同様の制限酵素で処理した発現用プラスミドpDC62c5-U533 (北海道大学教授 鈴木定彦 先生より分与、出願番号2018-99704、鈴木定彦、中川美樹、亀田弥生、今内覚、岡川朋弘、前川直也、後藤伸也、佐治木大和、大橋和彦、村田史郎、北原譲、山本啓一、新規ベクターおよびその利用) に遺伝子を導入してクローニングを行った。NucleoBond Xtra Midi (TaKaRa社) を用いて抽出した目的の発現プラスミドは、実験に供するまで-30℃ で保存した。以降、作製した発現プラスミドをpDC62C5-U533-TGF-βRII-Igと表記した。
【0057】
(c) Control IgG-B発現プラスミドの作製
TGF-βRII-Ig の陰性対照として、イヌIgG-Bのヒンジ部、CH2およびCH3領域のみからなるControl IgG-Bを作製するため、イヌ抗体軽鎖 (IGKV4S1*01) のシグナルペプチドを増幅するように AscI制限酵素認識配列付きIGKV4S1*01 SP AscI FプライマーおよびBspEI制限酵素認識配列付きIGKV4S1*01 SP BspEI Rプライマーを設計した。人工遺伝子合成により得たIGKV4S1*01配列を鋳型にPCRを行い、IGKV4S1*01シグナルペプチドをコードする遺伝子断片を得た。同様に、イヌIgG-Bのヒンジ部以下を増幅するようにBspEI制限酵素認識配列付きCont IgG-B BspEI Fプライマーを設計し、ベクター配列に特異的なR1243プライマーを用いてpDC62C5-U533-TGF-βRII-Ig を鋳型にPCRを行い、イヌIgG-Bのヒンジ部、CH2およびCH3領域をコードする遺伝子断片を得た。AscI、BspEI、AsiSI制限酵素認識配列を利用して、IGKV4S1*01シグナルペプチド、イヌIgG-Bのヒンジ部、CH2およびCH3領域が順に配置するようにpDC62C5-U533ベクターに遺伝子を導入してクローニングを行った。NucleoBond Xtra Midi (TaKaRa社) を用いて抽出した目的の発現プラスミドは、実験に供するまで-30℃ で保存した。以降、作製した発現プラスミドをpDC62c5-U533-Control IgG-Bと表記した。
【0058】
(d) ExpiCHO-S細胞によるTGF-βRII-IgおよびControl IgG-Bの発現と精製
6× 106個/mLのExpiCHO-S細胞25 mLを125 mL容フラスコ (Corning社) に用意し、20 μgのpDC62c5-U533-TGF-βRII-IgおよびpDC62C5-U533-Control IgG-Bを、ExpiCHO Transfection Kit (Thermo Fisher Scientific社) を用いて細胞に遺伝子導入して、Max titer プロトコルに従って目的のタンパク質を発現させた。各プラスミドを導入後13日目に培養液を回収し、400 × g、5分、室温の遠心で得られた上清を、さらに10,000 × g、10分、4℃で遠心して各組換えタンパク質を含む培養上清を得た。Ab-Capcher ExTra (ProteNova社) を用いて、得られた培養上清からTGF-βRII-IgおよびControl IgG-Bを精製した。精製後、アミコンウルトラ4-10K (Millipore社) により溶媒をリン酸緩衝生理食塩水 (phosphate buffered salts, PBS) (pH 7.2; 和光純薬工業社) に置換し、実験に供するまで4℃で保存した。
【0059】
(e) ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動 (SDS-PAGE) とCBB染色
材料と方法 6)-(d)で作製したTGF-βRII-IgおよびControl IgG-Bの発現および精製を確認するために、3 μgの組換えタンパク質溶液に等量の2 × Laemmli Sample Buffer (Bio-Rad社、5% 2-mercaptoethanol; 2ME を添加) を加えて96℃で5分間処理した (還元条件) 。2MEを含まない試料溶液も調製した (非還元条件) 。その後、スーパーセップエース (和光純薬工業社) を用いて試料タンパク質を電気泳動して分離した。分子量マーカーとして、Precision Plus Protein standards all blue (Bio-Rad社) を用いた。電気泳動後のゲルはQuick-CBB kit (和光純薬工業社) で染色後、加熱した蒸留水中での30分間の振盪を2回繰り返して脱色した。
【0060】
(f) 濃度測定
タンパク質の濃度はPierce BCA Protein Assay Kit (Thermo Fisher Scientific社) により定量した。
【0061】
7) TGF-βRII-IgのTGF-β1結合能の検討
作製したTGF-βRII-IgのTGF-β1との結合能を、材料と方法6)で精製したTGF-βRII-IgとControl IgG-B、およびヒトTGF-β1 (R&D Systems社) 、ビオチン標識ニワトリ抗ヒトTGF-β1抗体 (R&D Systems社) を用いてELISA法によって評価した。ヒト成熟TGF-β1のアミノ酸配列はイヌ成熟TGF-β1と100% 一致している。PBSで10 μg/mLに調整したTGF-βRII-Ig及びControl IgG-BをELISA用96穴プレートに分注し、37℃ で30分間固層化させた。PBS-Tで5回洗浄し、SuperBlock ブロッキングバッファー (Thermo Fisher Scientific社) を加えて37℃ で1時間ブロッキングを行った。PBS-Tで5回洗浄した後、1% BSA-PBSで8 ng/mLから4倍階段希釈したヒトTGF-β1を加えて室温で1時間反応させた。PBS-Tで5回洗浄後、1% BSA-PBSで1 μg/mLに調整したビオチン標識ニワトリ抗ヒトTGF-β抗体 (R&D Systems社) を加え、37℃ で1時間反応させた。さらにPBS-Tで5回洗浄後、1% BSA-PBSで10 ng/mLに調整したペルオキシダーゼ標識NeutrAvidin protein (Thermo Fisher Scientific社) を加えて室温で20分間反応させた。反応後のプレートをPBS-Tで5回洗浄後、TMB One Component Substrate (Bethyl Laboratories社) を加えて暗所で8分間反応させた後、0.18 M 硫酸を加えて反応を停止し、マイクロプレートリーダ MTP-900を用いて450 nmの比色を測定した。
【0062】
8) TGF-βRII-Igを用いた末梢血単核球機能への効果の検討
材料と方法2)で得られたイヌPBMCをブドウ球菌エンテロトキシンB (SEB) 1μg/mLで刺激培養を行った。TGF-β1のPBMCへの効果を検討するため、TGF-β1 (0.78 nM) を添加した。また、TGF-βRII-Igの効果を検討するため、TGF-β1 (0.78 nM) に加えTGF-βRII-Ig (78 nM) を添加した。陰性対照として、Control IgG-B (78 nM) を用いた。各条件下で37℃ 、5% CO2存在下で72時間培養した。培養後の細胞を回収し、400×g、5分間、室温の遠心で得られた上清をサイトカイン量の測定に、細胞をTregsの解析に用いた。
(a) サイトカイン量の測定
培養上清中のIL-2、IFN-γおよびTNF-α量をCanine IL-2 DuoSet ELISA (R&D Systems社) 、Canine IFN-γ DuoSet ELISA (R&D Systems社) およびCanine TNF-α DuoSet ELISA (R&D Systems社) を用いて測定した。測定にはマイクロプレートリーダ MTP-900を用いた。
【0063】
(b) Tregsの解析
回収した細胞を、1% BSA-PBSで1 μg/mLに調整した抗イヌCD4マウスモノクローナル抗体 (R&D Systems社) およびPE標識抗イヌCD25マウスモノクローナル抗体 (eBioscience社) を用いて25℃で30分間反応させ、細胞表面マーカーの染色を行った。また、Fixable Viability Dye eFluor 780 (eBioscience社) を用いて死細胞染色を行った。抗イヌCD4マウスモノクローナル抗体はZenon Mouse IgG2b Labeling Kits (Thermo Fisher Scientific社) を用いてAlexa Fluor 488標識したものを用い、抗CD25抗体の陰性対照抗体としてPE標識マウスIgG1アイソタイプコントロール抗体 (eBioscience社) を使用した。PBSを用いて細胞を2回洗浄したのち、PBSで4倍に希釈したFOXP3 Fix/Perm Buffer (BioLegend社) を加え室温で20分間反応させ、固定処理を行った。細胞をPBSで1回洗浄した後、2% 非働化ラット血清を含むPBSで10倍に希釈したFOXP3 Perm Buffer (BioLegend社) を加え室温にて15分間反応させ、ブロッキングおよび透過処理を行った。次に、2% 非働化ラット血清を含むPBSで10倍に希釈したFOXP3 Perm Buffer (BioLegend社) で10 μg/mLに調整したAPC標識抗イヌFoxp3ラットモノクローナル抗体 (eBioscience社) を用いて4℃にて30分間反応させ細胞内染色を行った。陰性対照抗体として、APC標識ラットIgG2a κ鎖アイソタイプコントロール (eBioscience社) を用いた。PBSで10倍に希釈したFOXP3 Perm Buffer (BioLegend社)を用いて細胞を2回洗浄後、FACS Verse (BD Biosciences社) を用いてフローサイトメトリー法により解析した。
【0064】
9) 統計解析
多重比較には、Tukey検定およびDunnett検定を用いた。対応のある群間の比較にはウィルコクソンの符号順位検定を使用した。ノンパラメトリック検定として、マンホイットニー U 検定を用いた。p値が0.05未満の場合は,統計的に有意とした。すべての統計解析にJMP 14(SAS Institute社)を使用した。
【0065】
結果
1) イヌ悪性黒色腫由来細胞株によるTGF-β1産生
腫瘍微小環境におけるTGF-β1産生を検討するため、イヌ腫瘍細胞株の培養上清中のTGF-β1濃度を測定した。悪性黒色腫由来細胞株を48時間培養後、細胞が60-80%コンフルエントになった時点で、細胞培養上清を回収した。FBSには、イヌおよびヒトのTGF-β1と100%同一のアミノ酸配列であるウシの成熟TGF-β1が含まれていることが予想されるため、10%FBSを添加したRPMI1640培地中のTGF-β1濃度をバックグラウンドとして測定した。4つの細胞株のうち、LMeC、CMM-1、CMM-2は、培養上清中のTGF-β1濃度がバックグラウンドと比較して有意に上昇していた (
図1a)。これらの結果から、イヌ腫瘍細胞がTGF-β1を産生することが確認された。
【0066】
2) 悪性黒色腫罹患犬の血清中TGF-β1
イヌ悪性黒色腫由来細胞株がTGF-β1を産生することを確認したため、悪性黒色腫罹患犬では血清中のTGF-β1濃度が上昇しているのではないかという仮説を立てた。この仮説を検討するため、転移巣をもつ悪性黒色腫罹患犬 (n = 40, 表2) と健康なビーグル (n = 16) の血清中TGF-β1濃度をELISA法によって測定した。予想通り、悪性黒色腫罹患犬の血清中TGF-β1濃度は健常犬の血清と比較して有意に上昇しており、TGF-β1を標的としたがん治療の可能性を支持するものと考えられた (
図1b)。
【0067】
3) TGF-β1によるイヌPBMCからのサイトカイン産生抑制効果およびTregs分化誘導効果
TGF-β1は、免疫担当細胞上に発現するTGF-βレセプターを介して抑制性のシグナルを伝達し、免疫担当細胞からのIL-2、IFN-γ、TNF-αといったTh1サイトカインの産生を抑制する。そこで、イヌにおける、TGF-β1によるTh1サイトカイン産生抑制効果を検討するため、イヌPBMCにスーパー抗原であるSEBを加え、各条件においての培養上清中のIL-2、IFN-γ、TNF-α量を検討した。その結果、TGF-β1を加えた群では陰性対照群と比較して、IL-2、IFN-γおよびTNF-α産生量が有意に低下した (
図2a-c)。また、TGF-β1存在下で抗原刺激を受けたCD4+ リンパ球はTregsへと分化する。TGF-β1加えた群ではCD4+リンパ球中のTregsの割合が有意に増加した(
図2d)。Tregsの検出方法および代表的な検出結果を
図6に示す。これらのことから、TGF-β1はイヌにおいて免疫抑制効果を示すことが明らかとなった。
【0068】
4) イヌTGFBR2遺伝子の同定
ビーグルPBMC、トイプードルWBC、パピヨンWBC由来cDNAを鋳型に、PCR法によってイヌTGFBR2遺伝子の増幅を行い、塩基配列を同定した。イヌTGFBR2 のORF全長は1,704 bpであった。現在までにGenBankに登録されている他種哺乳動物の予想アミノ酸配列を比較した結果、高い相同性を示したことからイヌTGF-βRIIは機能が明らかとなっているヒトやマウスのTGF-βRIIと同様の機能を持つことが示唆された (
図3a)。予想アミノ酸配列の系統樹解析を
図3bに示した。
【0069】
2-2) TGF-βRII-Ig及びControl IgG-Bの作製と精製
得られたイヌTGFBR2遺伝子をもとに、TGF-βRII-IgおよびControl IgG-Bを設計した (
図4a, b)。TGF-βRII-Ig、Control IgG-Bの分子量をSDS-PAGEにより解析したところ、それぞれ還元条件においては、約45 kDa、30 kDaであった (
図4c 矢頭) 。予想アミノ酸配列から計算されるTGF-βRII-Ig、Control IgG-Bの分子量はそれぞれ、約42.2 kDa、26.8 kDaである。この値は、SDS-PAGEにより計測した分子量に比べて低い値であった。これはTGF-βRII-IgおよびControl IgG-Bを発現させた際に糖鎖付加など翻訳後修飾を受けたためと考えられた。また、非還元条件においては約2倍の分子量の位置に泳動され、TGF-βRII-Ig、Control IgG-Bは二量体を形成していることが示唆された (
図4c 矢頭) 。
【0070】
2-3) TGF-βRII-IgのTGF-β1との結合能の検証
作製したイヌTGF-βRII-IgとTGF-β1との結合能を、ELISA法により検討した。イヌTGF-βRII-IgではTGF-β1の濃度依存的に吸光度の上昇が認められたが、Control IgG-Bではこのような吸光度の上昇は見られなかった (
図4d) 。このことから、TGF-βRII-IgはTGF-β1と結合することが明らかとなった。
【0071】
2-4) TGF-βRII-IgによるイヌPBMCからのサイトカイン産生増強効果およびTregs分化誘導抑制効果
TGF-βRII-IgのTGF-β1競合阻害による免疫活性化効果を検討するため、TGF-β1存在下でイヌPBMCにスーパー抗原であるSEBを加え、TGF-βRII-Igを添加し、培養上清中のIL-2、IFN-γ、TNF-α量を検討した。TGF-β1存在下において、TGF-βRII-IgをTGF-βRII-Ig : TGF-β1=100 : 1のモル比で添加した群では、同じモル比でControl IgG-Bを添加した群と比較して培養上清中のIL-2、IFN-γおよびTNF-α産生量が有意に増加した(
図5a-c)。また、CD4+リンパ球中のTregsの割合が有意に減少した (
図5d) 。これらのことから、TGF-βRII-IgがTGF-β1の免疫抑制作用を競合的に阻害することで、Th1サイトカイン産生を増強し、Tregsの分化誘導を抑制することが強く示唆された。
【0072】
考察
本実施例において、悪性黒色腫由来細胞株のTGF-β1産生を確認したため、腫瘍細胞が悪性黒色腫罹患犬の血清中TGF-β1濃度の上昇に寄与している可能性が示唆された。PBMC培養系にTGF-β1を添加したところ、PBMCのTh1サイトカイン産生量が減少し、Tregsの分化が誘導されたことから、その免疫抑制効果が示された。また、TGF-β1存在下において、PBMC培養系におとり受容体であるTGF-βRII-Igを添加したところ、Th1サイトカイン産生量が増加し、Tregsの分化誘導を抑制した。これらの結果から、TGF-βRII-IgがTGF-β1の免疫抑制作用を競合的に阻害し、Th1免疫応答の増強やTregsの分化誘導を抑制していることが示唆された。TGF-βRII-Igを用いてTGF-β1の免疫抑制効果を阻害することは、イヌ悪性黒色腫の新たな治療戦略となることが期待される。
【0073】
我々の知る限り、犬の悪性黒色腫由来細胞株におけるTGF-β1の産生と、転移巣をもつ口腔内悪性黒色腫罹患犬における血清中TGF-β1濃度の上昇を確認したのはこの実施例が初めてである。TGF-β1は、腫瘍細胞の増殖や転移に伴う形態変化に関与していることから [2]、本実施例ではリンパ節転移や遠隔転移を伴う口腔内悪性黒色腫と診断されたイヌの血清中TGF-β1濃度を測定した。転移巣をもたない悪性黒色腫に関しては十分な臨床サンプルが手に入らなかったため評価することができなかった。転移巣をもつ悪性黒色腫罹患犬の中には、健常犬よりも血清中TGF-β1濃度の血清レベルが低いものがみられた。悪性黒色腫由来細胞株のTGF-β1産生量が異なることを踏まえると、腫瘍の表現型の違いがTGF-β1濃度に影響を及ぼす可能性が考えられた。腫瘍微小環境では、腫瘍浸潤リンパ球を含む様々な種類の細胞がTGF-β1を産生するため [31]、転移巣をもつ悪性黒色腫罹患犬における血清中TGF-β1の由来は未だ分かっていない。今後、悪性黒色腫の組織切片を用いた免疫組織化学染色や、シングルセルRNAシーケンシングなどを用いた更なる研究が必要となる。また、血清中TGF-β1濃度と腫瘍組織における発現を、様々ながん種で分析し、TGF-βRII-Igの治療標的の網羅的な探索を行っていきたい。
【0074】
ヒトにおいて、血漿中TGF-β1濃度の上昇が、局所進行性または転移性の膵臓癌患者の全生存率の低下と相関していた [32]。また、肺癌患者の血漿中TGF-β1濃度は、放射線治療後の長期追跡調査での病状と相関していた [33]。また、骨肉腫患者では、転移のある患者の方が転移のない患者よりも血清中TGF-β濃度が上昇していた [34]。したがって、血清中TGF-β1濃度は、ヒトのがんの予後マーカーとして利用できる可能性がある。イヌにおいて、血清中TGF-β1濃度と予後との関連は未だ明らかとなっていないため、今後さらに研究が必要となる。
【0075】
Tregsは、ウイルスなどの外来抗原に対する免疫反応の抑制や [35]、がんにおける免疫回避に関与している [36]。イヌにおいて、腫瘍罹患犬の末梢血におけるTregsの割合は、健常犬と比較して高かった [37, 38]。さらに、口腔内悪性黒色腫、口腔扁平上皮癌、肺腺癌の犬では、腫瘍浸潤Tregsの増加が全生存期間の短縮と相関していた [39]。本実施例では、転移巣をもつ悪性黒色腫罹患犬において血清中TGF-β1濃度が上昇しており、PBMC培養系に、TGF-β1を添加することでTregsの分化の誘導が確認されたことから、イヌの腫瘍ではTGF-β1がTregsの誘導に関与し、それが予後不良につながっている可能性がある。
【0076】
本実施例では、転移巣をもつ口腔内悪性黒色腫罹患犬において血清中TGF-β1濃度が上昇していることを確認し、TGF-βRII-IgがPBMC培養系においてTh1免疫応答を増強することを示した。これらの結果は、TGF-β1がイヌ腫瘍に対する免疫療法の標的因子となり、TGF-βRII-Igが免疫活性化効果をもつ生物学的製剤として利用できる可能性を示している。今後、TGF-βRII-Igの安全性や抗腫瘍効果を、腫瘍罹患犬を対象とした臨床研究において検討していく必要がある。
【0077】
表1 各遺伝子増幅に用いたプライマー
イヌTGFBR2遺伝子に特異的なプライマーを設計し、PCRに用いた。組換えタンパク質の発現に使用した各プライマーの制限酵素認識配列を下線 (
) で示した。
【0078】
表2 血清TGF-β1濃度を測定した悪性黒色腫罹患犬のリスト
【0079】
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