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  • 特開-重炭酸イオン感応膜 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022169988
(43)【公開日】2022-11-10
(54)【発明の名称】重炭酸イオン感応膜
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/333 20060101AFI20221102BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20221102BHJP
【FI】
G01N27/333 331C
G01N27/416 351J
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021075775
(22)【出願日】2021-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(72)【発明者】
【氏名】菊池 重俊
(72)【発明者】
【氏名】梅本 詩織
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 伸
(57)【要約】
【課題】重炭酸イオン選択性が高く、アミン化合物の妨害が小さく、更に製造時の再現性が高い重炭酸イオン感応膜を提供すること。
【解決手段】
一分子中にアンモニウムカチオン、ホスホニウムカチオン等のオニウムカチオン等のカチオンと、カルボキシレートアニオン、スルホネートアニオン、ホスフェートアニオン等のアニオンを有する分子を、1:1の比率で有する分子を、可塑剤に分散された形態で含有することを特徴とする重炭酸イオン感応膜。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一分子中に、カチオンとアニオンを1:1の比率で有する分子を、可塑剤に分散された形態で含有することを特徴とする重炭酸イオン感応膜。
【請求項2】
前記カチオンがオニウムカチオンである、請求項1に記載の重炭酸イオン感応膜。
【請求項3】
前記オニウムカチオンがアンモニウムカチオン、ホスホニウムカチオン、イミダゾリウムカチオン、またはピリジニウムカチオンである、請求項2に記載の重炭酸イオン感応膜。
【請求項4】
前記アニオンがボレートアニオン、カルボキシレートアニオン、スルホネートアニオン、ホスフェートアニオン、またはフェノキシドアニオンである、請求項1~3のいずれか1項に記載の重炭酸イオン感応膜。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の重炭酸イオン感応膜が重合体を含有し、前記可塑剤に分散された分子が該重合体に含まれることを特徴とする重炭酸イオン感応膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンの濃度測定を行うためのイオン選択性電極において有用な重炭酸イオン感応膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、イオン選択性電極を医療用に応用し、血液や尿などの生体液中に含まれるイオンの定量を行う試みが盛んに行われている。これは、生体液中の特定のイオン濃度が生体内の代謝反応と密接な関係があることに基づいて、該イオン濃度を測定することにより、種々の疾病の診断を行うものである。現在、生体液中のナトリウムイオン、カリウムイオン、クロルイオン(以下、塩素イオンとも記する)の濃度の測定にイオン選択性電極が応用されており、これらのイオン濃度は簡便かつ迅速に測定されている。一般に、イオン選択性電極は、図1に示すように、試料液に浸漬する部分(一般には底部)に境界膜としてイオン感応膜12を設けて構成された筒状容器11中に、内部電解液13及び内部基準電極14を設けることにより基本的に構成される。
【0003】
上記イオン選択性電極を用い、溶液中のイオンの活量の測定を行うためのイオン測定装置の代表的な構造を図2に示す。すなわち、イオン選択性電極21は塩橋22とともに試料溶液23に浸漬され、塩橋の他の一端は比較電極24と共に飽和塩化カリウム溶液等の溶液26に浸漬される。両電極間の電位差はエレクトロメーター25で読み取られ、該電位差より試料溶液中の特定のイオン種のイオン活量を求めることができる。このようなイオン測定装置に用いるイオン選択性電極の性能は、それに用いるイオン感応膜の性能によって大きく左右される。そのため種々のイオン感応膜の開発が長年に渡って行われてきた。
【0004】
生体液、特に血液中に存在する重要なイオンの1つとしてクロルイオンの濃度測定は一般に行われている。しかし、血液中のアニオンの中ではクロルイオンに次いで濃度が高い重炭酸イオンの測定については、酵素を使った溶液中、呈色反応による定量法(酵素法)はあるものの、センサにより直接的に測定できる方法が無い。そのため、炭酸ガス分圧(PCO)とpHから下式によって求めている(血液ガス測定法)のが現状である。
pH=6.1+log{[HCO ]/0.03・PCO
酵素法は、溶液状の試薬に血液検体を加え、一定温度に保った時に、生成する色素の量を分光光度計により測定する方法であり、数分という長い時間を要する。血液ガス測定法は、測定に30~60秒程度の時間がかかる。また、上述のナトリウムイオン、カリウムイオン、クロルイオン選択性電極と異なる測定法を適用する必要があるため、重炭酸イオン濃度測定は別の機構の装置にて測定する必要があった。
【0005】
一般に、イオン選択性電極では、測定に要する時間を数秒程度に短縮することが可能であり、また、目的とするイオン種に対応するイオン選択性電極を併設することにより、それぞれのイオン濃度を同時に測定することも可能である。このような利点があることから、従来から、重炭酸イオンを選択的に検出するための陰イオン感応膜として種々の膜が提案されてきた。
【0006】
例えば、(a)ポリ塩化ビニルなどの重合体に、4級アンモニウム塩などの脂溶性陽イオンの塩、トリフルオロアセチル-p-アルキルベンゼンなどのトリフルオロアセトフェノン誘導体、及び可塑剤を混合して製膜することにより得られる膜、(b)ポリ塩化ビニルなどの重合体に、トリオクチルチンクロライドなどの有機錫化合物と可塑剤、場合により更にトリフルオロアセチル-p-アルキルベンゼンなどのトリフルオロアセトフェノン誘導体を混合して製膜することにより得られる膜、(c)芳香族ボロン酸ジエステル化合物と脂溶性陽イオンを含む組成物等を製膜することにより得られる膜等が知られている。
【0007】
上記(a)のタイプの陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極としては、例えば、ワイズ等が開示した電極(特許文献1参照)、グリーンバーグ等が報告した電極(非特許文献1参照)が挙げられる。
【0008】
上記(b)のタイプの陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極としては、オーシュ等が報告した電極(非特許文献2参照)、牛沢等が開示した電極(特許文献2参照)などが挙げられる。
【0009】
また、上記(c)のタイプの陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極としては、平等が開示した電極(特許文献3,4参照)が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第3723281号明細書
【特許文献2】特開平4-204368号公報
【特許文献3】国際公開第2000/07004号
【特許文献4】特開平11-323155号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】J.Greenberget,et al.,Anal.Chim.Acta.,1982,141,p57-64
【非特許文献2】U.Oesch,et al.,J.Chem.Soc,Faraday Trans.1986,1,82,p1179-1186
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、これらの先行技術が提示されてきたにもかかわらず、十分な選択性を有し、応答速度が速く、かつ、実用的な耐久性、製造再現性を有する臨床検査用のアニオンセンサに用いる、陰イオン感応膜は無いのが現状である。
【0013】
上記(a)のタイプの陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極は、硝酸イオン、チオシアン酸イオン等の脂溶性のイオンに対する選択性が大きく、重炭酸イオンの選択性が良好ではないことが知られている。上記(b)のタイプの陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極は、膜中に有機錫化合物を含むため、クロルイオンに対する選択性が重炭酸イオンよりも大きいことが知られている。これは、錫原子はハロゲンイオンに対する親和性を有するため、クロルイオンに対しても電位応答するのが原因である。また、上記(c)のタイプの陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極は、種々のイオンに対する選択性は良好であるものの、芳香族ボロン酸ジエステル化合物が測定用緩衝液に含まれるアミン化合物と強く相互作用し、結果として重炭酸イオンに対しては十分な電位応答が得られないことが分かっている。さらに、いずれのタイプの陰イオン感応膜においても、陰イオンを選択的に検知するために添加する複数の化合物の比率が、イオン選択性に大きく影響するため、製造時の再現性が低くなり、結果として安定的に市場に供給することができない。ここで、陰イオンを選択的に検知するための化合物の添加比率とは、(a)のタイプであれば4級アンモニウム塩とトリフルオロアセトフェノン誘導体の比率、(b)のタイプであれば有機スズ化合物とトリフルオロアセトフェノン誘導体の比率、(c)のタイプであれば芳香族ボロン酸ジエステルと脂溶性陽イオン等との比率のことである。さらに、一般的にイオン選択性電極はその電位安定性を維持するために0~1mol/L程度の無機塩を含む水溶液に保存するが、いずれの陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極においても、その保存中に感度性能が低下することが知られている。(a)、(c)のタイプにおいては、脂溶性陽イオンが水溶液中に溶出し、その膜内濃度が低下するためである。(b)のタイプにおいては、陰イオン感応膜に含まれる有機錫化合物が、水溶液と接することにより徐々に分解するためである。すなわち、保存安定性に乏しい。
【0014】
すなわち、従来の陰イオン感応膜を用いたイオン選択性電極は、重炭酸イオンの選択性の低さ、緩衝液等に含まれるアミン化合物への妨害、製造時の性能の再現性の低さ、および、水中での保存安定性の乏しさが課題となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者等は、かかる課題を解決し得る重炭酸イオン感応膜を開発すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、一分子中に、カチオンとアニオンを1:1の比率で有する分子が、可塑剤に分散された形態で含有されることを特徴とする重炭酸イオン感応膜を、陰イオン感応膜として用いることにより、上記の課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明の重炭酸イオン感応膜は、一分子中に、カチオンとアニオンを1:1の比率で有する分子を、可塑剤に分散された形態で含有することを特徴とする重炭酸イオン感応膜である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の重炭酸イオン感応膜は、イオン感応物質として、一分子中にカチオンおよびアニオンを1:1の比率で有する分子を用いる。これにより、従来技術で問題となっていた複数の化合物を添加することにより重炭酸イオンに対する選択性を発現させるが、それらの比率が膜の部位によりばらつくという問題が解決され、重炭酸選択性電極膜としての性能が膜毎にばらつくことは無い、という特長を有する。
【0018】
更に、本発明の重炭酸イオン感応膜は、重炭酸イオンに対して高選択性という特長も有する。その応答機構は明らかではないが、以下のように推定される。すなわち、イオン感応物質の分子内にカチオンとアニオンが近い距離にあるため、測定試料中のアニオンは電気的引力と電気的斥力を同時に受ける。本発明の一分子中にカチオンとアニオンを有する分子を用いると、理由は定かではないが、局所的に重炭酸イオンに対しては、その電気的引力と電気的斥力の和が、他のイオンよりも強い引力となっているため、と推定される。
【0019】
また更に、本発明の重炭酸イオン感応膜は、イオン感応物質の水への溶解度が低く、また水との反応による分解が無いため、水中に保存した時の保存安定性が良好である。
【0020】
本発明の重炭酸イオン感応膜を用いることにより、臨床検査の分野において問題となるクロルイオン、アミン等の妨害イオンの影響が小さく、短時間で大量の検体が測定でき、さらに複数を製造した時に各膜の感度性能の再現性の高いイオン選択性電極を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】イオン選択性電極を示す図
図2】イオン測定装置の代表的な構造を示す図
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、下記の項等を包含する。
項1 一分子中に、カチオンとアニオンを1:1の比率で有する分子を、可塑剤に分散された形態で含有することを特徴とする重炭酸イオン感応膜。
項2 前記カチオンがオニウムカチオンである、項1に記載の重炭酸イオン感応膜。
項3 前記オニウムカチオンがアンモニウムカチオン、ホスホニウムカチオン、イミダゾリウムカチオン、またはピリジニウムカチオンである、項2に記載の重炭酸イオン感応膜。
項4 前記アニオンがボレートアニオン、カルボキシレートアニオン、スルホネートアニオン、ホスフェートアニオン、またはフェノキシドアニオンである、項1~3のいずれか1項に記載の重炭酸イオン感応膜。
項5 項1~4のいずれか1項に記載の重炭酸イオン感応膜が重合体を含有し、前記可塑剤に分散された分子が該重合体に含まれることを特徴とする重炭酸イオン感応膜。
【0023】
以下に本発明の詳細を説明するが、本発明はこれらの説明に限定されるものではない。本発明の、一分子中にカチオンおよびアニオンを有する分子を、本明細書中では両性イオン分子と呼ぶ場合がある。また、両性イオン分子中のカチオンを分子内カチオン、アニオンを分子内アニオンと呼ぶ場合がある。電荷を持つのは1個の原子であるが、本発明においては、これを含むユニット(構造的なまとまりのある、有機化合物の部分構造をユニットと呼ぶ)を、分子内カチオン、分子内アニオンとして取り扱う。それぞれについて以下に詳細に記載する。
(分子内カチオン)
本発明に用いられる分子内カチオンとしてはオニウムカチンを好適な例として挙げることができるが、これに制限されるものではない。オニウムカチオンとは、窒素、リン、ヒ素等の窒素族元素(第15族元素)を含有し、それら窒素、リン、ヒ素等の原子に正電荷を有する基をいう。
【0024】
オニウムカチオンの一般的な構造としては、(1)窒素原子、リン原子等の窒素族元素に1~4つの疎水性有機基が結合されたもの、(2)窒素族元素が芳香族の構成元素として含まれるものなどを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。ここで、疎水性有機基としては、炭素と水素が主たる構成成分であり、この基を有する化合物に水不溶性を与える基が好適である。オニウムカチオンの具体的な例を挙げれば、アンモニウムカチオン、ホスホニウムカチオン、イミダゾリウムカチオン、ピリジニウムカチオン等が一般的に用いられる。
【0025】
上記(1)の例として、窒素原子を有するオニウムカチオンであるアンモニウムカチオンを例にとり以下に説明する。好適に用いられる例としては、疎水性有機基がアルキル基又はアルキレン基であり、窒素原子に、アルキル基が1~3つ結合した化合物が挙げられる。隣接するユニットと結合する原子は、該窒素原子であってもよいし、該窒素原子に結合したアルキレン基であってもよい。残った結合部位に水素イオン(H)が付加した形態でアンモニウムカチオンとなる。アルキル基またはアルキレン基は直鎖状であっても分岐状であってもよい。また、ピロリジン環等のように環状の飽和炭化水素であってもよい。さらに、これらアルキル基またはアルキレン基の一部が2重結合、または3重結合に置き換わった基や、アルキル基またはアルキレン基の一部がヒドロキシル基、ケト基、エステル基等の官能基で修飾された基であってもよい。一般的に用いられる構造の例を挙げれば以下の通りである。
【0026】
【化1】
【0027】
【化2】
【0028】
【化3】
【0029】
【化4】
【0030】
【化5】
【0031】
【化6】
(ここで、Rはアルキル基を表し、Rアルキレン基を表し、Rは三価の炭化水素基を表す。また、Rは炭素数4以上のアルキレン基、Rは炭素数3以上のアルキレン基を、破線は隣接ユニットと結合することを表す。)
【0032】
更に、上記疎水性有機基が芳香環を含む基であってもよい。疎水性有機基は、単独の芳香環であってもよい。また、疎水性有機基はアルキル基を含み、該アルキル基の途中に芳香環が含まれる、あるいは該アルキル基の水素の一つまたは複数が芳香環と置換されていてもよい。芳香環の具体例としては、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン等が挙げられる。もちろん、これらの芳香環はアルキル基、ハロゲノ基、ニトロ基等を含んでいてもよい。
【0033】
上記疎水性有機基が環状の飽和炭化水素である場合の例についてさらに述べれば、以下のとおりである。すなわちアゼチジニウムイオン等の窒素原子を含み芳香族ではない4員環のアンモニウムカチオン、ピロリジニウムイオン、オキサゾリニウムカチオン等の窒素族元素を含み芳香族ではない5員環のアンモニウムカチオン、ピペリジニウムカチオン、ピペラジニウムカチオン等の窒素原子を含み芳香族ではない6員環のアンモニウムカチオン、ホモピペラジニウムイオン、アゼパニウムイオン等の窒素原子を含み芳香族ではない7員環のアンモニウムカチオン等がその例として挙げられる。
【0034】
窒素族元素に結合した複数の疎水性有機基は、互いに同じ構造であっても、異なる構造であってもよい。
【0035】
本発明の分子カチオンとして好ましい例を挙げれば、その原料の入手が容易であり、また合成が容易であることから、以下のとおりである。すなわち、トリメチルアンモニウムカチオン、トリエチルアンモニウムカチオン、トリプロピルアンモニウムカチオン、トリブチルアンモニウムカチオン、トリオクチルアンモニウム、ジメチルオクチルアンモニウムカチオン、ジメチルデシルアンモニウムカチオン、ジメチルドデシルアンモニウムカチオン、ジメチルテトラデシルアンモニウムカチオン、ジメチルヘキサデシルアンモニウムカチオン、ジメチルオクタデシルアンモニウムカチオン、等のトリアルキルアンモニウムカチオンが挙げられる。特に好ましい例としては、その疎水性が高いことから、トリプロピルアンモニウムカチオン、トリブチルアンモニウムカチオン、トリオクチルアンモニウム、ジメチルオクチルアンモニウムカチオン、ジメチルデシルアンモニウムカチオン、ジメチルドデシルアンモニウムカチオン、ジメチルテトラデシルアンモニウムカチオン、ジメチルヘキサデシルアンモニウムカチオン、ジメチルオクタデシルアンモニウムカチオンを挙げることができる。
(分子内アニオン)
本発明の分子内アニオンは、分子中に組み込まれ得るものであれば、いずれの種類のものでも制限なく用いることができる。
【0036】
その例を挙げればボレートアニオン、カルボキシレートアニオン、スルホネートアニオン、ホスフェートアニオン、フェノキシドアニオン、イミドアニオン、スルファモイルアニオンなどがあるが、これらの例に限定されるものではない。また、これらのイオンは、任意の有機基に結合していてもよい。この中でボレートアニオン、カルボキシレートアニオン、スルホネートアニオン、ホスフェートアニオン、フェノキシドアニオンが、安定に存在し得ることから好適に用いられる。また、合成の容易さ、化学的な安定性が高いことから、ホスフェートアニオン、スルホネートアニオンがさらに好適に用いられる。両性イオン分子中にて、カルボキシレートアニオン(-COO)、スルホネートアニオン(-SO )、フェノキシドアニオン(-(C)-O)は、アニオン性を維持するために、構造上の制約があり、分子の末端に位置する必要がある。
【0037】
一方でホスフェートアニオン、
【0038】
【化7】
(式中の破線は隣接ユニットと結合することを表す)
ボレートアニオン、
【0039】
【化8】
(ここで、R、R、R、R、は、独立して疎水性有機基を表し、破線は隣接ユニットと結合することを表す。なお、分子内アニオンの疎水性有機基は、分子内カチオンの疎水性有機基と同義である)
イミドアニオン、
【0040】
【化9】
(ここで、R、Rは、独立して疎水性有機基を表し、破線は隣接ユニットと結合することを表す)
は、分子の構造の途中にも位置することができる。
(両性イオン分子)
本発明の両性イオン分子は、一分子中に、1:1でカチオンおよびアニオンを有する分子である。ここで、分子内カチオンと分子内アニオンの比率が1:1とは、0.95:1.00から1.00:0.95の範囲、好ましくは、0.98:1.00から1.00:0.98の範囲ということである。よって、疎水性カチオンと疎水性アニオンの塩を用いる従来技術で問題となっていた、不純物イオンの共存によりカチオンとアニオンの比率が膜の部位によって異なることを原因として、重炭酸選択性電極膜としての性能がばらつくことは無い、という特長を有する。
【0041】
本発明の両性イオン分子の一般的な構造の例を示せば、以下のとおりである。

X1 - Y1

RA- X1 - Y1

X1 - Y2 -RB

RA- X2 - Y2 -RB

X1 - RE - Y2 -RA

RA- X2 - RE- Y2 -RB
【0042】
【化10】
【0043】
X1 - Y2 - X2 - Y1

X1 - RE- Y2 - RF- X2 - RG- Y1

RA - X2 - RE- Y2 - RF- X2 - RG- Y2 ― RB
【0044】
【化11】
(X1は一価の分子内カチオン、X2は二価の分子内カチオン、Y1は一価の分子内アニオン、Y2は二価の分子内アニオン、RA、RB、RC、RDは一価の有機基、RE、RF、RGは二価の有機基、Rは四価の有機基を表す。ここで、有機基としては、一般的には炭素数1~22のアルキル基またはアルキレン基が用いられる。該アルキル基またはアルキレン基は分岐していてもよいし、一部が2重結合に置き換わっていてもよいし、水素原子の一部がヒドロキシル基、ケト基、エステル基等により置換されていてもよい。また、途中に酸素原子によるエーテル結合を含んでもよい。場合によっては、該アルキル基またはアルキレン基の結合の途中に芳香環を含んでいてもよい。該芳香環はアルキル基、ハロゲノ基、ニトロ基等が好ましい。)
【0045】
本発明の両性イオン分子としては、水への溶解度が低いものが好適に用いられる。具体的には25℃での水への溶解度が0~0.01g/100mlの範囲にあると、本発明の重炭酸イオン感応膜からの両性イオン分子の溶出が抑制され、安定な電位応答を与えるため好適である。
【0046】
本発明の両性イオン分子について、容易に入手でき、かつ水への溶解度が小さいため安定な電位を与える例を示せば以下のとおりである。なお、化合物名に続くカッコ内の記載は、25℃における水への溶解度(単位:g/100ml)である。
【0047】
アンモニウムカチオンとカルボキシレートアニオンを一分子中に含む例としては、2-[[2-(メタクリロイルオキシ)エチル]ジメチルアンモニオ]アセテート(0.01)が、アンモニウムカチオンとスルホネートアニオンを一分子中に含む例としては、ジメチル(n-オクチル)(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシド(0.00)、デシルジメチル(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシド(0.00)、テトラデシルジメチル(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシド(0.00)、オクタデシルジメチル(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシド(0.00)等が挙げられる。また、アンモニウムカチオンとホスフェートアニオンを一分子中に含む例としては、リン酸2-(メタクリロイルオキシ)エチル2-(トリメチルアンモニオ)エチル(0.00)、1,2-ジパルミトイル-グリセロ-3-ホスホコリン(0.00)、1,2-ジステアロイル-グリセロ-3-ホスホコリン(0.00)、1,2-ジリノレオイル-グリセロ-3-ホスホコリン(0.00)等が、アンモニウムカチオンとイミドアニオンを一分子中に含む例としては、(メトキシカルボニルスルファモイル)トリエチルアンモニウムヒドロキシド(0.00)が挙げられる。
(可塑剤)
本発明において可塑剤とは、本発明の両性イオン分子を、その内部に分散させることができる、難揮発性の有機溶媒のことを言う。一般にはポリ塩化ビニルの可塑剤として働くものが好適に用いられる。
【0048】
ここで、難揮発性とはその蒸気圧が、25℃中で0.1Pa以下、好ましくは25℃中で0.05Pa以下のものを言う。難揮発性の有機溶媒を用いることにより、可塑剤は揮発によって減少、消失し難くなる。そのために本発明の重炭酸イオン感応膜は長期の保管、使用が可能となる。
【0049】
本発明の重炭酸イオン感応膜は、測定対象の溶液と接触した状態で測定される。測定対象としては主に水溶液が用いられることから、重炭酸イオン感応膜が測定の間に溶解消失しないためには、可塑剤は水への溶解性が小さいことが望ましい。具体的には水100gに対して、溶解し得る可塑剤の重量が0.01g未満であることが望ましい。
【0050】
両性イオン分子は、可塑剤100mlに対して0.001mmolから10molの範囲で分散させて用いる。
【0051】
両性イオン分子を可塑剤中に分散させる濃度は、小さければ重炭酸イオン感応膜として用いた時の感度が低くなり測定誤差が大きくなるため、最小値が存在する。具体的な値は、用いる可塑剤や、両性イオン分子の種類により異なる。その一般的な値を示せば、可塑剤100mlに対して0.5mmol以上、好ましくは1mmol以上、更に好ましくは2mmol以上である。分散させる濃度の上限については、両性イオン分子を分散させた可塑剤が、膜状物を形成するに足る物理的強度を保つことができる範囲であれば、特に制限はない。
【0052】
また、下記のように、本発明において、重炭酸イオン感応膜に物理的強度を与えるために重合体を用いることができる。その場合に可塑剤は重合体と親和性があることが望ましい。ここで、親和性とは、重合体が可塑剤中に分散し得ること、または、重合体表面での可塑剤の接触角が90度よりも小さいことをいう。
【0053】
可塑剤の具体例を示せば、有機エステル、有機エーテル等が挙げられる。
【0054】
有機エステルとしては、アジピン酸ジブチル、アジピン酸ジオクチル、セバシン酸ジブチル、セバシン酸ジオクチル(以下、DOSと略すこともある)、フタル酸ジブチル、フタル酸ジエチルヘキシル、フタル酸ジオクチル、リン酸ジオクチル等が挙げられる。有機エーテルとしてはo-ニトロフェニルオクチルエーテル(以下、NPOEと略すこともある)、p-ニトロフェニルドデシルエーテル、ジフェニルエーテル等が挙げられる。中でも、疎水性が高いため水中に溶出せず、かつ、誘電率が高く本発明の両性イオン分子の可塑剤中での分散性の高さから、セバシン酸ジオクチル、フタル酸エチルヘキシル、フタル酸ジオクチル、リン酸ジオクチル、o-ニトロフェニルオクチルエーテル、p-ニトロフェニルドデシルエーテルが好ましい例として挙げられる。これら中で、セバシン酸ジオクチル、o-ニトロフェニルオクチルエーテルが、重炭酸イオン感応膜としたときのイオン選択性が良好であるために、特に好ましく用いることができる。
【0055】
本発明の重炭酸イオン感応膜は、平面の膜状物として使用される。本発明の両性イオン分子が分散された可塑剤の片方の面を測定対象の試料溶液に、もう片方の面を内部電解質に接触させる。本発明の重炭酸イオン感応膜を用いて作製されるイオン選択性電極は、経済性の観点から複数の試料溶液を測定できることが望ましい。即ち、本発明の重炭酸イオン感応膜の片面は、最初の試料溶液に浸漬された後に、水洗され、その後に2番目の試料溶液に浸漬される。そのため、水流等による変形、脱離が起きることがある。よって、耐久性の観点からは、水への溶解性が低く、かつ粘度が高い可塑剤を用いるのが好適である。この点から、好ましくは炭素数4以上のアルキル基を有する可塑剤としてアジピン酸ブチル、セバシン酸ブチル等が、さらに好ましくは炭素数8以上のアルキル基を有する可塑剤として、アジピン酸ジオクチル、セバシン酸ジオクチル、フタル酸ジオクチル、o-ニトロフェニルオクチルエーテル、リン酸ジオクチル、p-ニトロフェニルドデシルエーテル等が用いられる。
(重合体)
本発明において、重炭酸イオン感応膜に物理的強度を与えるために重合体を用いてもよい。
【0056】
この場合、両性イオン分子が分散された可塑剤中に、更に重合体を分散させて用いる。このような状態で形成させた重炭酸イオン感応膜は、引っ張り応力による断裂が起きにくくなり、耐久性が向上するため、好適に用いられる。
【0057】
可塑剤中の重合体の濃度は、特に制限無く任意に設定することができるが、本発明の重炭酸イオン感応膜が、実用上困難を生じない強度となるよう設定するのが一般的である。その質量比率の一般的な範囲を示せば、可塑剤と重合体の質量比率が0.01:100~1000:100であり、好適な範囲を示せば10:100~500:100である。また、その具体的な例を示せば、たとえば可塑剤としてフタル酸ジオクチル、重合体としてポリ塩化ビニルを用いる場合には、フタル酸ジオクチルとポリ塩化ビニルの質量比率は0.1:100~1000:100の範囲で用いられる。好適に用いられる範囲を示せば10:100~500:100、更に好適な範囲を示せば40:100~300:100である。
【0058】
可塑剤の比率が小さければ、膜内に含まれる両性イオン分子の量が少なくなるので、重炭酸イオン感応膜として用いたときの感度が低くなる。また、可塑剤の比率が大きい場合には、膜の物理的強度が小さくなるため、変形、破れるなどにより、重炭酸イオン感応膜としての寿命が短くなる場合がある。
【0059】
重合体が可塑剤中に分散し難い場合には、重合体の多孔膜をあらかじめ形成させておき、その多孔膜に両性イオン分子を分散させた可塑剤を含浸させることにより、本発明の重炭酸イオン感応膜を作成することができる。
【0060】
好適に用いることのできる重合体として、一般的に知られる直鎖状重合体を挙げることができる。すなわち、その具体的な例を示せば、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリ塩化ビニルなどの単一のモノマーから得られる重合体、メタクリル酸メチル-スチレン共重合体、エチレン-スチレン共重合体、スチレン-エチレン-スチレンブロック共重合体、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレンブロック共重合体、スチレン-エチレン-プロピレン-スチレンブロック共重合体などの複数のモノマーを共重合して得られる重合体を挙げることができる。
【0061】
これら重合体の重合度は、得られる膜が必要とする強度、可塑剤への分散性を勘案して決めることができる。重合度が小さければ膜の強度は低くなるが、可塑剤に分散しやすくなる。重合度が高ければ膜の強度は高くなるが、可塑剤に分散し難くなる。そのため、各重合体と可塑剤の組み合わせにより、その好適な重合度の範囲は重合体によって異なるため、好適な範囲の具体的な範囲を示すことはできない。一般的には重合度が100~1000の範囲のものが好適に用いられることが多い。
(重炭酸感応膜の形成方法)
重炭酸感応膜として、両性イオン分子を可塑剤に分散された形態で含有させる方法としては、公知の方法を何ら制限無く用いることができる。その一般的な方法を示せば、両性イオン分子を可塑剤中に投入し撹拌する方法である。両性イオン分子の可塑剤への分散速度が遅い場合には、両性イオン分子と可塑剤を、有機溶媒に溶解あるいは分散せしめ、その後に減圧留去等により溶媒を除去する方法等も用いることができる。
【0062】
両性イオン分子を分散させた可塑剤は、中空管内に液膜として形成させることにより、本発明の重炭酸イオン感応膜として用いることができる。
【0063】
その構成方法の一例を示せば、内径1~2mm程度の中空管を、両性イオン分子を分散させた可塑剤に接触させ、毛細管現象により中空管に取り込ませ、液膜を形成させる。
【0064】
重合体を用いる場合には、以下のようにして膜状物を得るのが一般的である。すなわち、可塑剤を溶解し得る有機溶媒に重合体、可塑剤、両性イオン分子を溶解あるいは分散させ、これをシャーレ等の容器に流延させた後に、溶媒を揮発させるという方法である。
【0065】
重合体を用いる場合であり、重合体が可塑剤に分散し難い場合には、両性イオン分子を分散させた可塑剤を、多孔質膜として形成させた重合体に含浸させて膜状物として得ることもできる。多孔質膜として形成させた重合体は市販のメンブレンフィルターとして一般的に入手できる。あるいは、重合体を多孔質膜として形成させ用いることもできる。その方法としては、一般的な方法を用いることができるが、その一例を示せば以下のとおりである。
【0066】
重合体を溶媒に分散させ分散液とし、さらに固体状態では重合体と混じり合わない、第2の重合体を分散させる。この溶液をシャーレ等に流延し、溶媒を蒸発させると、重合体中に第2の重合体が相分離し、第2の重合体が微分散した膜状物が得られる。この膜状物を、第2の重合体のみが分散する溶媒にて洗浄すると、重合体が多孔質膜として得られる。このような重合体、第2の重合体の具体例を示せば、重合体としてポリ塩化ビニル、第2の重合体としてポリエチレングリコール、溶媒の具体例としてはクロロホルム、第2の重合体のみが分散する溶媒の具体例としては水を挙げることができる。
(重炭酸測定用イオン選択性電極の構成方法)
本発明の重炭酸イオン感応膜を用いて、イオン選択性電極を構成するための方法の一例を挙げれば以下のとおりである。
【0067】
重合体を用いない液膜の場合は、上記のように中空管中に液膜を形成させた後に、液膜の一端に内部電解液を接触させる。さらに内部電解液に内部基準電極を挿入し電極とする。
【0068】
重合体を用いる膜の場合には、筒状容器(図1 11)の一端に重炭酸イオン感応膜を接着剤等にて接着し、容器内に内部電解液を満たし、さらに内部基準電極を挿入し電極とする。
(重炭酸イオンの定量方法および性能評価方法)
イオン選択性電極を用いてイオンの活量(濃度)の測定を行う方法は、図2を用いて上述したとおりであるが、ここで更に詳細に述べる。測定対象溶液の濃度を測定するためには、あらかじめ既知濃度の溶液を測定し、濃度と電位差の関係を求めておき検量線を作成する必要がある。
【0069】
検量線は、Nernst式により与えられるが、濃度の対数と電位差(ΔE)が直線関係にある。
ΔE=(定数)+ (Slope)×log(濃度)
ここで(定数)、(Slope)は定数であり、電極膜ごとに異なる値をとる。(Slope)はイオン選択性電極の性能を表わす値でもある。(Slope)の理論値は-59(25℃のとき)である。この理論値は温度により変化する。すなわち、絶対温度の値に比例して、(Slope)の理論値の絶対値は変化する。また、妨害イオンの影響により、その絶対値が小さくなることがある。また、一般に、測定に供するサンプル中のイオンの濃度が極端に低い範囲では(Slope)は0に近い値を取る。イオン選択性電極を用いてイオン濃度の測定を行う際に、(Slope)は、その絶対値が大きな値であれば、濃度を精度良く測定できるので望ましい。その好適な範囲を示せば-59~-20(25℃のとき)、さらに好適な範囲を示せば-59~-30(25℃のとき)である。(定数)は、電極に固有の値であり、電極に用いる膜、内部電解液、内部基準電極の種類、比較電極の種類に依存するが、図2に示すイオン測定装置を構成させた後は常に一定の値である。
【0070】
イオン選択性電極の性能を表す値としては、選択性倍率がある。妨害イオン1mmol/Lが、重炭酸イオン濃度として5mmol/Lに相当する電位差を与える場合、以下のように表記し、選択性倍率5倍と呼ぶ。妨害イオンの選択性倍率が0に近いほど、妨害イオンに起因する測定値の誤差が小さくなるため、イオン選択性電極の性能が良好であると言える。
【0071】
HCO3、X =5 (Xは妨害イオンを表わす)
たとえば、クロルイオンの選択性倍率(重炭酸イオンのクロルイオンに対する選択性倍率とも記載されることがある)が0.1であれば
HCO3、Cl =0.1
と表記する。
【0072】
本発明の重炭酸イオン感応膜を臨床検査に適用する場合には、血清中で重炭酸イオンの4倍以上の濃度で存在するクロルイオンの妨害が小さいことが望ましい。そのため、重炭酸イオンのクロルイオンに対する選択性倍率は1未満であることが望ましい。
【0073】
また、血清中にはタンパク質が存在し、その表面のアミンが電極応答の妨害となることがある。その妨害の程度を評価するために、一般にアミン化合物の水溶液に対する応答が評価される。その評価方法の一例を示せば、アミン化合物の水溶液を測定した時の選択性倍率による方法がある。さらにその具体的な例を示せば、アミン化合物としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンの水溶液を測定した時に、その選択性倍率が100倍未満であり、更に好適には10倍未満である。
【実施例0074】
次に、本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0075】
<実施例1>
(1)イオン選択性電極の作製
両性イオン分子としてデシルジメチル(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシドを、可塑剤であるo-ニトロオクチルフェニルエーテル(NPOE)に、それぞれ表1にて示す量にて加えた後に撹拌して分散させた。この溶液内に、内径1mm、長さ10mmのガラス管の一端を挿入し、毛管現象により該溶液を該ガラス管の一端に管内の長さが1mm程度となるよう導入し、本発明の重炭酸イオン感応膜とした。反対側の端より注射針を用いて、内部電解液である100mmol/LのNaCl水溶液を、水溶液と上記NPOE溶液とが接触するように満たした。さらに該NaCl水溶液に直径0.3mmのAg線(表面にAgClを形成させてあり内部基準電極として機能する)を挿入し、イオン選択性電極とした。
【0076】
(2)イオン選択性電極の性能評価
上述のイオン選択性電極を用い、図2に示す構成のイオン測定装置にて、該イオン選択性電極と比較電極との間の電位差を測定した。測定対象試料としては、0.1mmol/L、1.0mmol/L、3.0mmol/L、10mmol/LのNaHCO水溶液、および1.0mmol/LのNaCl水溶液を用い、イオン選択性電極と比較電極を測定対象試料に挿入した直後から、10秒後の電位差を記録した。測定結果を表2に示した。NaHCO水溶液の測定結果から、濃度の対数と電位差の関係をプロットし、重炭酸イオン(HCOイオン)の検量線を求め、その傾き(Slopeを表2に併せて示した。Slopeが負の値を取った場合には、対象とするアニオンに対する感度があると言える。表2に示すとおり、Slopeは-33であり、アニオンである重炭酸イオンに対する感度があること、すなわち重炭酸イオン感応膜として機能することが示された。また、1mmol/LのNaCl水溶液を測定した時の電位差を、上記検量線に適用し、重炭酸濃度に換算し、クロルイオン(Clイオン)に対する選択性倍率を求めたところ、0.01となった。すなわち、本実施例の重炭酸イオン感応膜は、クロルイオンよりも重炭酸イオンに選択的に応答していることが示された。
【0077】
また、アミン化合物の応答妨害の評価として、アミン化合物であるトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン1mmol/Lを測定した時の電位差を用いて算出した選択性倍率が10未満である場合には「○」を、10以上である場合には「×」を表に記載した。本発明のイオン選択性電極膜はアミン化合物の応答妨害が小さいことが示された。
【0078】
<比較例1>
両性イオン分子を使用しないことを除き実施例1と同様の組成である膜を、表1に示す組成にて作製し、実施例1と同様の操作にて、重炭酸イオンの検量線を求めた。結果を表2に示した。Slopeは0であった。両性イオン分子を使用しない場合には、重炭酸イオンに応答しないことが示された。
【0079】
<実施例2>
両性イオン分子であるデシルジメチル(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシドを、可塑剤であるo-ニトロオクチルフェニルエーテルに、それぞれ表1にて示す量にて加えた後に撹拌して分散させた。この溶液を、市販のメンブレンフィルター(PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製、細孔径0.45μm)に含浸し、本発明の重炭酸イオン感応膜とした。該重炭酸イオン感応膜を接着剤にてポリ塩化ビニル製の筒(外径12mm、内径8mm)の一端に接着し、その後に筒内に内部電解液である100mmol/LのNaCl水溶液を、水溶液と上記NPOE溶液とが接触するように満たした。さらに筒内に満たした該NaCl水溶液に直径0.8mmのAg線(表面にAgClを形成させてあり内部基準電極として機能する)を挿入し、イオン選択性電極とした。
【0080】
その後に、実施例1(2)イオン選択性電極の性能評価に示された方法にて性能評価を行った。その結果を表2に示した。表2に示すとおり、Slopeは-33であり、重炭酸イオン感応膜として機能することが示された。また、選択性倍率を求めたところ、0.01となった。すなわち、本実施例の重炭酸イオン感応膜は、クロルイオンよりも重炭酸イオンに選択的に応答していることが示された。
【0081】
<実施例3>
両性イオン分子であるテトラデシルジメチル(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシドを、可塑剤であるo-ニトロオクチルフェニルエーテルに、それぞれ表3にて示す量を加えた後に撹拌して分散させた。この溶液を、濃度が1重量%であるポリ塩化ビニル(重合体)のテトラヒドロフラン溶液に加え、撹拌し分散させた。得られたテトラヒドロフラン溶液をシャーレに流延し、室温にてテトラヒドロフランを蒸発させた。同じ操作を10回行い、10枚の重炭酸イオン感応膜を得た。該重炭酸イオン感応膜を接着剤にてポリ塩化ビニル製の筒(外径12mm、内径8mm)の一端に接着し、その後に筒内に内部電解液である100mmol/LのNaCl水溶液を、水溶液と上記NPOE溶液とが接触するように満たした。さらに筒内に満たした該NaCl水溶液に直径0.8mmのAg線(表面にAgClを形成させてあり内部基準電極として機能する)を挿入し、イオン選択性電極とした。
【0082】
その後に、実施例1(2)イオン選択性電極の性能評価に示された方法にて性能評価を行った。その結果を表5に示した。10枚の重炭酸イオン感応膜のSlopeはいずれも-30~-45の範囲にあり、良好な感度が得られることが分かった。さらに、複数を製造した時の各膜の感度性能の再現性が高いことも分かった。また、アミン化合物の応答妨害の評価として、アミン化合物であるトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン1mmol/Lを測定した時の電位差を用いて算出した選択性倍率が10未満である場合には「○」を、10以上である場合には「×」を表に記載した。アミン化合物による影響も受けにくいことが示された。
【0083】
<比較例2>
表3に示す量にて、テトラデシルジメチル(3-スルホプロピル)アンモニウムヒドロキシドを、濃度が1重量%であるポリ塩化ビニルのテトラヒドロフラン溶液に加え、撹拌し分散させた。得られたテトラヒドロフラン溶液を用い、実施例3と同様の方法により膜状物を得た。なお、両性イオンの膜内濃度がほぼ同じになるよう各成分の量を勘案し決定した。この膜状物を用いてイオン選択性電極を作成し、性能評価を実施した。その結果を表5に示した。Slopeは0であり、可塑剤を用いない場合には重炭酸イオン感応膜として機能しないことが示された。
【0084】
<比較例3>
特許文献4に記載された既知の重炭酸イオン選択性電極として、トリドデシルメチルアンモニウムとテトラキス[3、5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル]ボレートの塩を濃度50mmol/Lにて用い、表4に示す量にて膜を作製し、実施例3と同様の方法にてイオン選択性電極の作製と性能評価を実施した。その結果を表5に示した。
【0085】
Slopeは0~-45の範囲でばらつき、実用的とされる-30以下の電極膜は4枚であった。電極膜を製造したときに、膜毎に性能がばらつくこと、すなわち、膜毎の感度の再現性が低いことが示された。
【0086】
実施例1~3では、重炭酸イオンの濃度に応じて、電位変化が得られることが示された。また、臨床検査用途にて測定対象となる血清、血漿サンプルに最も多く含まれるクロルイオンの電位応答は重炭酸イオンに比べて小さかった。また、10枚を製造した際に、全ての膜が実用的な感度で電位応答を示した。これに対して、比較例1、比較例2では、重炭酸イオンの濃度に応じた電位変化は得られなかった。比較例3では重炭酸イオンに実用的な感度で応答できる膜、すなわちSlopeが-30よりも小さな値の膜は半数以下であり、複数枚の製造時の膜毎の感度再現性が低いことが示された。さらに、複数枚の膜では、アミン化合物の妨害の程度にもばらつきがみられ、アミン化合物の妨害を受けやすい膜が出現することが示された。
【0087】
これらのことから、本発明の重炭酸イオン交換膜は、重炭酸イオンに選択的に応答し、更に、複数枚を製造したときに膜毎の感度再現性が高いことが示された。
【0088】
<比較例4、5>
一分子中のカチオンとアニオンの比率が1:1から外れる場合として、表4に示す量にて、各化合物が可塑剤に分散された形態で含有する膜状物を、実施例3と同様の方法により作製した。この膜状物を用いてイオン選択性電極を作成し、性能評価を実施した。その結果を表6に示した。
【0089】
比較例4は、アニオンの比率が大きい場合であり、両性イオン分子としてN-(2-ヒドロキシエチル)エチレンジアミン-N,N‘,N’-3酢酸2塩酸塩(カチオンとアニオンの比率=0.67:1)を用いた。このときにSlopeは正の値を取り、カチオンに対し感応していることが示された。そのため、アニオンであるクロルイオン、重炭酸イオンに応答はしなかった。これに対して比較例5は、カチオンの比率が大きい場合であり、両性イオン分子としてビス(1,3-ジブチルバルビツール酸)トリメチンオキソノール ナトリウム塩(カチオンとアニオンの比率=2:1)を用いたが、Slopeは負の値を取り、アニオンに感応していることが示された。しかし、クロルイオンに対する選択性倍率が12と、非常に大きくなり、重炭酸イオンに対する選択性は示されなかった。これらの結果から、カチオンとアニオンの比率が1:1ではない場合には、重炭酸に対するイオン選択性が得られなかった。
【0090】
<実施例4~実施例7>
以下のようにして、表7に示す両性イオン、可塑剤、重合体を、同じく表7に示す量にて用い、本発明の重炭酸イオン感応膜を作製し、性能評価を実施した。
まず、両性イオン分子を可塑剤に加えた後に,撹拌して分散させた。この溶液を、濃度が1重量%である重合体のテトラヒドロフラン溶液に加え、撹拌し分散させた。得られたテトラヒドロフラン溶液をシャーレに流延し、室温にてテトラヒドロフランを蒸発させた。シャーレ中に残った膜を、重炭酸イオン感応膜として得た。該重炭酸イオン感応膜を接着剤にてポリ塩化ビニル製の筒(外径12mm、内径8mm)の一端に接着し、その後に筒内に内部電解液である100mmol/LのNaCl水溶液を、水溶液と上記NPOE溶液とが接触するように満たした。さらに筒内に満たした該NaCl水溶液に直径0.8mmのAg線(表面にAgClを形成させてあり内部基準電極として機能する)を挿入し、イオン選択性電極とした。
【0091】
その後に、実施例1(2)イオン選択性電極の性能評価に示された方法にて性能評価を行った。その結果を表8に示した。
【0092】
更にアミン化合物の応答妨害の評価として、アミン化合物であるトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン1mmol/Lを測定した時の電位差を用いて算出した選択性倍率が10未満である場合には「○」を、10以上である場合には「×」を表中に記載した。その結果を表8に併せて示した。
【0093】
いずれの組み合わせにおいても、Slopeは負の値をとり、またクロルイオンに対する選択性係数は1よりも小さくなった。さらにアミンの妨害も少なかった。よって、本発明の重炭酸イオン感応膜を用いたイオン選択性電極は、重炭酸イオンに応答し、またクロルイオンよりも重炭酸イオンに選択的に応答し、アミンの妨害の影響も少なく、臨床検査用電極と用いた時に良好な性能であることが示された。
<比較例6>
【0094】
特許文献3に従い、有機オニウム塩(濃度3.5mmol/L)としてトリドデシルメチルアンモニウムクロリドを0.2g(350μmol)、芳香族ボロン酸ジエステルとして2-フェニルー4,4,5,5-テトラメチル-1,3,2-ジオキサボロランを100μl、重合体としてポリ塩化ビニルを50mg秤量してテトラヒドロフラン2.5mlに分散させた後、ガラス製シャーレに流延し、溶媒を蒸発させて膜状物を得た。実施例4と同様の操作にて性能評価を実施した。その結果を表8に示した。本比較例の電極膜は、Slope、クロルイオン選択性に優れるものの、アミン化合物の妨害が大きいことが示された。
<実施例8>
【0095】
実施例3にて作製したイオン選択性電極を、100mmol/LのNaCl水溶液に15~20℃にて、1か月間浸漬した。浸漬前後における重炭酸イオンの検量線のSlopeを、実施例1(2)に従い測定し、表10に実施例8として示した。
<比較例7~9>
表9に示すように、本発明の範囲には当たらない化合物として、文献等に記載された既知の重炭酸イオン感応物質を、重炭酸イオン感応膜とした時の可塑剤中濃度が実施例3と同様になるように添加し、実施例3と同様の操作にて膜状物を調製した。これを用いてイオン選択性電極を作製した。実施例8と同様に、100mmol/LのNaCl水溶液に1か月間浸漬した。浸漬前後におけるSlopeを表10に示した。
【0096】
実施例8の電極膜を用い作製したイオン選択性電極は、塩化ナトリウム水溶液中に1か月間浸漬した後もSlopeに変化が無かった。すなわち、分析感度が保たれることが分かった。これに対して、比較例7、9の電極膜は、重炭酸イオン感応物質であるトリドデシルメチルアンモニウムクロライド(水への溶解度0.00g/100mL)が、塩化ナトリウム水溶液中に溶出することによりSlope値が低下した。また、比較例8の電極膜では、イオン感応物質であるトリオクチルチンクロライドが水と反応し分解することにより、Slope値が低下した。
【0097】
よって、本発明の重炭酸イオン感応膜は保存安定性に優れることが示された。






【0098】
【表1】
【0099】
【表2】
【0100】
【表3】
【0101】
【表4】
【0102】
【表5】
【0103】
【表6】
【0104】
【表7】
【0105】
【表8】
【0106】
【表9】
【0107】
【表10】
【符号の説明】
【0108】
11:筒状容器
12:イオン感応膜
13:内部電解液
14:内部基準電極
21:イオン選択性電極
22:塩橋
23:試料溶液
24:比較電極
25:エレクトロメーター
26:飽和塩化カリウム溶液
図1
図2