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特開2022-170877Ag-グラフェン複合めっき膜金属製部品とその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022170877
(43)【公開日】2022-11-11
(54)【発明の名称】Ag-グラフェン複合めっき膜金属製部品とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 15/02 20060101AFI20221104BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20221104BHJP
   C25D 21/10 20060101ALI20221104BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20221104BHJP
【FI】
C25D15/02 F
C25D15/02 J
C25D7/00 H
C25D7/00 G
C25D7/00 J
C25D21/10 301
H01R13/03 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021077148
(22)【出願日】2021-04-30
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(72)【発明者】
【氏名】呉 松竹
【テーマコード(参考)】
4K024
【Fターム(参考)】
4K024AA10
4K024AB01
4K024BA01
4K024BB09
4K024BB10
4K024BB11
4K024CA06
4K024CB12
4K024GA03
4K024GA16
(57)【要約】
【課題】
銀めっき膜について導電性向上と耐摩耗性改善を両立させたAg-グラフェン複合めっきにより被覆された基板を有する部品を提供すること。
【解決手段】
Ag-グラフェン複合めっき膜1により被覆された基板2を有する部品10であって、Ag-グラフェン複合めっき膜1に分散されたグラフェン8のサイズは0.05~6μm、グラフェン8の含有量は3.0~30at%であり、Ag-グラフェン複合めっき膜1中におけるグラフェン8の配置方向は、基板2に垂直、平行または斜めである部品である。
【選択図】図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ag-グラフェン複合めっき膜により被覆された基板を有する金属製部品であって、前記Ag-グラフェン複合めっき膜に分散された前記グラフェンのサイズ(グラフェンサイズ)は0.05~6μm、前記グラフェンの含有量(グラフェン含有量)は3.0~30at%であり、前記Ag-グラフェン複合めっき膜中における前記グラフェンの配置方向は、前記基板に対して垂直、平行及び斜めから選択される少なくても一つであることを特徴とする金属製部品。
【請求項2】
前記Ag-グラフェン複合めっき膜の電気接触抵抗は、0.1~0.7mΩであることを特徴とする請求項1に記載の金属製部品。
【請求項3】
前記Ag-グラフェン複合めっき膜の摩擦係数は、0.1~0.4であり、摩耗量は1/10~1/30に減少することを特徴とする請求項1又は2に記載の金属製部品。
【請求項4】
前記Ag-グラフェン複合めっき膜のビッカース硬さは、80HV以上であることを特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載の金属製部品。
【請求項5】
自動車端子、充電コネクタ又は送電機スイッチ用であることを特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載の金属製部品。
【請求項6】
Ag-グラフェン複合めっき膜により被覆された基板を有する金属製部品の製造方法であって、前記Ag及びグラフェンを含むめっき液の供給方式は、前記基板のめっき対象面に対して略鉛直方向でめっき液を流動する(いわゆる同軸撹拌)、前記めっき対象面に略水平方向に対流する(いわゆるねじり撹拌)、前記めっき対象面に略水平方向に流動する(いわゆる直交軸撹拌)何れかのめっき液を含む前記めっき液により、前記基板の電気めっきを行うことを備えることを特徴とする金属製部品の製造方法。
【請求項7】
前記電気めっき時の電場強度(電流密度)は0.1A/dm~10A/dmであることを特徴とする請求項6に記載の金属製部品の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ag-グラフェン複合めっき膜金属製部品とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境への配慮を背景に、化石燃料車の代わりにEV/PHVの普及が急速的に進展し、省電力のためにすべての金属の中で導電性が最も高い貴金属純銀(Ag)めっき材の需要は益々高まっている。しかし、Agが軟質で凝着しやすいため、耐摩耗性が低い。また、グラフェンは銀よりも導電性が高く、優れた潤滑性と熱安定性を有するが、単独材料として実用できないため、ほかの材料と如何に複合化するのかが最大の難関である。
【0003】
特許文献1には、硬化剤に加えて酸化グラフェンを更に使用することによって、高い硬度及び低い電気抵抗を両立できる銀めっき材料が記載されている。また、特許文献2には、銀又は銅とグラファイトを0.1質量%以上6質量%以下とカルシウム等を含み、相対密度が97%以上である電気接点材が記載されている。
【0004】
一方、非特許文献1には、銀板上にグラフェンを含むエタノール溶液を垂らして乾燥し、銀めっき材と摩耗試験を行うことで、グラフェンを潤滑剤として銀板の摩擦係数を1/10までに大幅に低減できることが記載されている。非特許文献2には、商用グラフェンシートを銀めっき液中に添加し、電気めっきにより表面に凹凸のある銀-グラフェンめっきを形成し、形成された銀-グラフェンめっきは、GCr15鋼球に相手した摩耗試験において、銀めっきより低い摩擦係数と腐食電流を示すことが記載されている。
【0005】
従来技術は、主にAgめっきの硬質化により耐摩耗性を向上させる方法であるが、導電性が下がり、耐摩耗性の改善効果は限られている。固体潤滑剤であるMoSや黒鉛、テフロン(登録商標)粒子など非金属材料との複合化も試みられたが、いずれ導電性の低下を招くといった問題があった。一方、既に発明者はハイブリッドめっき技術を開発してAg-グラフェン複合めっきを創製し、導電性を維持しながら、耐摩耗性を大幅に向上した(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2018-199839号公報
【特許文献2】特開2015-99839号公報
【特許文献3】特願2019-196958号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“Graphene as a lubricant on Ag for electrical contact applications”, Fang Mao, Urban Wiklund, Anna M. Andersson, Ulf Jansson. Journal of Materials Science, vol.50, pp.6518-6525,2015.
【非特許文献2】“Performance studies of Ag, Ag-graphite, and Ag-graphene coatings on Cu substrate for high-voltage isolation switch”, Wang Yan Lv, Ke Qin Zheng, Zeng Guang Zhang, Materials and Corrosion,vol.69. pp.1847-1853, 2019.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、Ag-グラフェン複合めっき膜の導電性には、純銀めっきより改善されていない課題があり、その耐摩耗性は更なる改善の余地がある。特に、導電性と耐摩耗性の向上の両立がいまだ実現されていないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)Ag-グラフェン複合めっき膜により被覆された基板を有する金属製部品であって、前記Ag-グラフェン複合めっき膜に分散された前記グラフェンのサイズ(グラフェンサイズ)は0.05~6μm、前記グラフェンの含有量(グラフェン含有量)は3.0~30at%であり、前記Ag-グラフェン複合めっき膜中における前記グラフェンの配置方向は、前記基板に対して垂直、平行及び斜めから選択される少なくても一つであることを特徴とする金属製部品である。
なお、Ag-グラフェン複合めっき膜の残部は、Ag及び不可避的不純物である。
(2)前記Ag-グラフェン複合めっき膜の電気接触抵抗は、0.1~0.7mΩであることを特徴とする(1)に記載の金属製部品である。
(3)前記Ag-グラフェン複合めっき膜に対する摩耗係数は、0.1~0.4であり、摩耗量は1/10~1/30に減少することを特徴とする(1)又は(2)に記載の金属製部品である。
(4)前記Ag-グラフェン複合めっき膜のビッカース硬さは、80HV以上であることを特徴とする(1)~(3)の何れか1つに記載の金属製部品である。
(5)自動車車載端子・充電コネクタ又は送電部品用であることを特徴とする(1)~(4)の何れか1つに記載の金属製部品である。
(6)Ag-グラフェン複合めっき膜により被覆された基板を有する金属製部品の製造方法であって、前記Ag及びグラフェンを含むめっき液の供給方式は、前記基板のめっき対象面に対して略鉛直方向でめっき液を流動する(いわゆる同軸撹拌)、前記めっき対象面に略水平方向に対流する(いわゆるねじり撹拌)、前記めっき対象面に略水平方向に流動する(いわゆる直交軸撹拌)何れかのめっき液を含む前記めっき液により、前記基板の電気めっきを行うことを備えることを特徴とする金属製部品の製造方法である。
(7)前記電気めっき時の電場強度(電流密度)は0.1A/dm~10A/dmであることを特徴とする(6)に記載の金属製部品の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来技術には実現されていない導電性の向上もできる。特に導電性と耐摩耗性(潤滑性)をバランスよく意識的に制御することができ、実際の端子装着場所によってさまざまなめっき仕様、すなわちそのめっき仕様による金属製部品を提供することできる
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】(a)電気めっきによりCu基板をAg-グラフェン複合めっき膜で被覆する製造方法、(b)その製造方法によるAg-グラフェン複合めっき膜で被覆されたCu基板の代表的な4つの態様の概略図を、それぞれ示した図である。
図2】電気めっき時の電極配置、液流および撹拌方法である同軸撹拌、ねじり撹拌を、それぞれ模式的に示した図である。
図3】市販のノンシアン銀めっき液A液(一般Agめっき)を用いる場合、電気接触抵抗測定による導電性に対する影響因子について(a)電気接触抵抗の測定方法の模式図、(b)複合するグラフェンサイズと電流密度の影響、(c)撹拌方法と電流密度の影響(グラフェンサイズ3~5μm)、(d)電流密度の影響(グラフェンサイズ3~5μm,同軸撹拌)を、それぞれ示した図である。
図4】市販のノンシアン銀めっき液B液を用いる場合、Ag-グラフェン複合めっき膜の導電性(電気接触抵抗)に対する撹拌強度の影響を、グラフェンサイズと撹拌方式を影響因子として(a)同軸撹拌でグラフェンサイズは1~3μm、(b)同軸撹拌でグラフェンサイズは6μm以下(混合)、(c)ねじり撹拌でグラフェンサイズは1~3μm、(d)ねじり撹拌でグラフェンサイズは6μm以下(混合)の場合を、それぞれ示した図である。
図5】摺動摩耗試験により摩耗性に対するグラフェンサイズの影響について(a1)、(a2)純Agめっき膜(めっき液B液、硬質Agめっき)、(b1)、(b2)、Ag-グラフェン複合めっき膜(グラフェンサイズ1μm以下)、(c1)、(c2)Ag-グラフェン複合めっき膜(グラフェンサイズ3~5mm)の場合を、それぞれ示した図である。
図6】摺動摩擦試験結果について(a1)~(a4)純Ag(めっき液A液)、(b1)~(b4)Ag-グラフェン(グラフェンサイズ1~3μm、ねじり撹拌で撹拌強度6)の場合を、それぞれ示した図である。
図7】微小硬度測定により硬さ(ビッカース硬さ)に対するグラフェンサイズの影響について(a)微小硬度測定の模式図、(b)ねじり撹拌でグラフェンサイズ3~5μm又は1μm、(c)同軸撹拌でグラフェンサイズ3~5μm又は1μmの場合を、それぞれ示した図である。なお、Agめっき液は、A液(一般Agめっき液)を用いた。
図8】微小硬度測定により硬さ(ビッカース硬さ)に対するグラフェンサイズの影響について、Agめっき液B(硬質Agめっき液)を用い、グラフェンサイズ1~3μmの場合、(a)同軸撹拌でと(b)ねじり撹拌でめっきする場合を、それぞれ示した図である。
図9】グラフェンサイズのピン止め効果に対する影響を(a)グラフェンサイズ1μm以下、(b)グラフェンサイズ3~5μmの場合を、それぞれ示した図である。
図10】Ag-グラフェン複合めっき膜における炭素の結合状態に対する電流密度の影響を(a)Raman分光測定、(b)めっき膜組成をEDS分析によりそれぞれ示した図である。
図11】(a)ねじり撹拌のときのAg-グラフェン複合めっき膜中のグラフェンのTEM画像、(b)(a)の模式図を、それぞれ示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0013】
図1(a)には、電気めっきによりCu基板をAg-グラフェン複合膜で被覆する製造方法を、同(b)には、その製造方法によるAg-グラフェン複合膜めっきの代表的な4つの態様の概略図をそれぞれ示した。Cu基板はAg-グラフェン複合めっき膜1により被覆される。したがって、Cu基板を有する金属製部品は、Ag-グラフェン複合めっき膜1により被覆された基板を有することになる。
グラフェンフレーク(Graphene flake)すなわちグラフェンは電解剥離法によって製造することができる。なお、電解剥離とは高電場下でグラファイトを層状的に分解することである。
【0014】
図1(b)に示されたように、Ag-グラフェン複合めっき膜1においてAgマトリックス中でのグラフェンの分散状態により、Ag-グラフェン複合めっき膜1は金属製端子にさまざまな性能を与えることができる。電気はグラフェンシートに沿って流れやすいため、相手端子とは上下で嵌合する場合、Ag-グラフェン複合めっき膜で被覆された金属製端子(Ag-グラフェン複合めっき膜被覆金属製端子)を高電導とするには、(2)のような高電導仕様を選択することが好ましい。一方、高潤滑のAg-グラフェン複合めっき膜被覆金属製端子とするには、銅基板に対してグラフェンが滑りやすいように、(3)のような高潤滑仕様を選択することが好ましい。また、グラフェンはシートと並行方向に強度が強いため、グラフェンシートはAg膜にギザギザで斜めに配置して、(4)のような高強度仕様を選択することが好ましい。この場合、導電性と潤滑性を両方向上することができる。
【0015】
電解剥離の条件は次のようであった。グラファイトを水溶液中に浸漬し、強力な電場作用および電気化学反応によりグラファイトを層状に分解し、積層型のグラフェンフレークを作製した。分解された層状のグラフェンは、分級によって次のようなグラフェンサイズに分けられた。グラフェンサイズは1μm以下、1~3μm、3~5μm、6μm以下混合であった。なお、グラフェンサイズとはろ過時に使用するろ紙のメッシュにより分級した。
【0016】
図2に示した電気めっき装置20のめっき槽5に、グラフェン分散液が添加された銀めっき液Lを入れて、めっき対象物であるCu合金基板2(陰極)、対電極(陽極、銀板)3を鉛直方向に浸漬して通電し、めっき対象物に対して電気めっきを行った。銀めっき液Lには例えば撹拌子やプロペラ等によって、流れを強制して起こさせることができる。撹拌子によって例えばめっき槽5の底部で銀めっき液Lに、r1のような流れの向きの流動が起これば、その流れの向きは水平方向(めっき槽5の底と平行)となる。このとき銀めっき液Lは、Cu合金基板2のめっき対象面4に対して、水平方向からめっき対象面に接触する銀めっき液Lを含むことになる。この場合には、r1のような流れの軸x1は鉛直方向であり、Cu合金基板2、対電極3の鉛直方向の軸x3、x4と「同軸」と言うことができる。換言すれば、そのようながれ(流動)を起こさせる撹拌方法を同軸撹拌と言う。
【0017】
一方、例えば撹拌子によってめっき槽5の側面で銀めっき液Lに、r2、r2´のような向きの強制対流が起これば、その流れの向きは鉛直方向となる。このとき銀めっき液Lは、Cu合金基板2のめっき対象面4に対して、鉛直方向からめっき対象面に接触する銀めっき液Lを含むことになる。この場合には、r2、r2´のような流れの軸x2は水平方向であり、x2はCu合金基板2、3の鉛直方向の軸x3、x4と直交する「直交軸」と言うことができる。換言すれば、そのような流れ(流動)を起こさせる撹拌方法を」(直交軸撹拌)と言うことができる。
そして、さらにr2のような流れの向きとr2´のような流れの向きとが、逆向き関係にある場合を「ねじり軸」と言うことができる。換言すれば、そのような流れ(対流)を起こさせる撹拌方法がねじり軸撹拌(「ねじり撹拌」とも言う場合がある)と言う。
【実施例0018】
図1(b)に示された銅につき出発試料としてCu合金基板(20×60×0.3mm)を用意した。Cu合金基板に対して前処理としてアルカリ電解脱脂と酸化膜の除去を目的とした酸洗いを行い、それぞれの前処理後にはよく洗浄した。Agめっきには市販のノンシアン系Agめっき液(Ag 30g/L)を2種類使用した。グラフェンはグラファイト(黒鉛)から電解剥離により作製し、有機分散剤を用いて超音波で分散した。作製したグラフェン分散液をAgめっき液に添加して(グラフェン分散液/Agめっき液=20mL/L)、Ag-グラフェンめっき液とした。
表1、2には、製造した試料(Ag-グラフェン複合めっき膜被覆Cu基板(実施例))、の製造条件やそれらの各測定値についてまとめた。表3には、製造した試料(Agめっき膜被覆Cu基板(比較例)、市販の車載端子・充電コネクタ用各種Agめっき材と送電スイッチ用の厚Agめっき材(比較例)およびそれらの各測定値についてまとめた。以下にそれらの表についても説明を追加する。
【0019】
【表1】

【表2】

【表3】
【0020】
(電気接触抵抗測定)
図3(a)に示した模式図のような電気接触抵抗測定によって、導電性に対する影響因子として、グラフェンサイズ、撹拌方法(グラフェンサイズ3~5μm)及び電流密度(グラフェンサイズ3~5μm,同軸撹拌)について調べた。
電気接触抵抗測定の条件等は次のようであった。条件:荷重変動式(0~0.5~0N、摺動あり)、摺動式(荷重0.5N時の値)、測定装置:電気接触抵抗測定器(電気接点シュミレータ CRS-1型)。相手端子は24K金ワイヤ、固定端子は18K金メッキであった。
図3(b)~(d)にはAgめっき液A液、図4(a)~(d)にはAgめっき液B液を用いて得られた複合めっき膜の電気接触抵抗測定結果(摺動式)を示した。
【0021】
図3(b)から、全てのAg-グラフェン複合めっき膜(実施例1~8)が、純Agめっき膜(比較例1)より電気接触抵抗が小さい、すなわち導電性がよいことが分かった。また、グラフェンサイズ3~5μmのグラフェン(Graphene)を複合した方が、グラフェンサイズ1μm以下を複合したものより導電性がよかった。
【0022】
図3(c)から、全てのAg-グラフェン複合めっき膜(実施例9~12)が、純Agめっき膜(比較例1)より電気接触抵抗が小さい、すなわち導電性がよいことが分かった。特に、同軸攪拌の方がねじり撹拌より導電性の向上効果が大きい。
【0023】
図3(d)から、全てのAg-グラフェン複合めっき膜(実施例13-17)が、純Agめっき膜(比較例1)より電気接触抵抗が小さく、電流密度が大きいほど接触抵抗が顕著に減少し、導電性が大幅に改善することが分かった。また、純Agめっき膜より最大で59%抵抗値が低下していた(実施例17)。また、いずれの場合においても、電流密度の増加により導電性の改善効果が大きいことがわかった。
【0024】
図4(a)~(d)に示したように、銀めっき液B液を用いた場合も、全条件のAg-グラフェン複合めっき膜(実施例18~実施例29)において導電性の向上を確認することができた。すなわち撹拌強度、撹拌方式およびグラフェンサイズとの組合せることにより、比較例2の純Agめっき膜に対して電気接触抵抗が42~71%となっていた。
【0025】
(摺動摩耗試験)
摺動摩耗試験によって、摩耗性に対するグラフェンサイズの影響に関し、純Agめっき膜(比較例1)、Ag-グラフェン複合めっき膜(グラフェンサイズ1μm以下)、(Ag-グラフェン複合めっき膜(グラフェンサイズ3~5μm)について調べた。
摺動摩耗試験の条件等は次のようであった。条件:荷重3N、振動数1Hz、摺動距離500μm、測定装置:精密摩耗摩擦試験機(CRS-B型)、相手材(エンボズ):
R=3mm、市販一般Agめっき材(80HV)、Agめっき膜:5μm、Niめっき下地あり。各試料に対して2回測定した。
また、摩耗痕について白色レーザー顕微鏡を用いて撮影し、三次元画像を作製した。続いて、その3次元画像のディジタルデータを用いて、未摩耗部分を基準面とし、基準面以上の部分が凝着摩耗量、基準面以下の部分は削り摩耗量を計算した。さらに、凝着摩耗量と削り摩耗量を足して、試料全体の摩耗量を計算した。
【0026】
図5(a1)~(c1)には、それぞれ、純銀めっき(比較例2)、グラフェンサイズが1μm以下(実施例7)と3~5μm(実施例11)のAg-グラフェン複合めっき膜に対する摩耗回数と摩擦係数の相関を示した。各2回測定の結果をグラフにした。(a1)に示す純銀めっきは凝着により摩擦係数が0.6~0.9と高いが、(c1)の3~5μmのAg-グラフェン複合めっき膜は摩耗初期の凝着が少なく、安定領域の摩擦係数が0.28~0.32と低く、純Agめっきより約62%低減できた。
【0027】
また、図5((a2)~(c2)に示すレーザー顕微鏡の3次元画像から見ると、純Agめっき膜が凹凸の激しい摩耗痕になるが、Ag-Graphene複合めっき膜は摩耗痕が殆ど検出されないほど平滑であることがわかる。特に、前述の3次元画像から、凝着摩耗量と削り摩耗量を計算し、試料全体の摩耗量を計算して2回測定値を平均した結果、比較例2、実施例7と実施例11の摩耗量は、それぞれ、167×10μm、116.0×10μmと5.9×10μmとなった。また、実施例7、実施例11の摩耗量を純Agめっき膜の摩耗量と対比すると、116.0×10μm/167×10μm=1/1.42となり、また5.9×10μm/167×10μm=1/28.3で1/28以下となっていた。グラフェンサイズ3~5μmのグラフェンを複合すると最も耐摩耗性がよいことが分かった。
【0028】
(充電コネクタ向け)
充電コネクタ向けとして実施例25と純Agめっき膜(比較例2)に対して、図5と同様な摺動摩耗試験を行いそれぞれの摩耗量等を求めた(車載端子と充電コネクタは同じ条件で測定して摩耗量を計算した)。
図6(a1)には、純Agめっき膜(比較例2)に対して2回測定の摩耗回数と摩擦係数のグラフ示す。同(a2)には摺動摩耗試験後のめっき状態のレーザー顕微鏡写真、同(a3)にはレーザー顕微鏡の3次元画像、同(a4)には同(a2)において摩擦していない面15を基準面とした摺動摩耗試験後の被めっき面16の高低を、それぞれ示した。そして、前述と同様にして摩耗痕について試料全体の摩耗量を計算した。
【0029】
図6(b1)には、Ag-グラフェン複合めっき膜(実施例25)に対して2回測定の摩耗回数と摩擦係数のグラフ示す。同(b2)には、摺動摩耗試験後のめっき状態のレーザー顕微鏡写真、同(b3)にはレーザー顕微鏡の3次元画像、同(b4)には、同(b2)において摩擦していない面17を基準面とした摺動摩耗試験後の被めっき面18の高低を、それぞれ示した。そして、前述と同様にして摩耗痕について試料全体の摩耗量を計算した。
【0030】
図6(a1)と(b1)の対比から、純Agめっき膜(比較例2)では全体的に不安定で摩擦力が大きいに対して、Ag-グラフェン複合めっき膜(実施例25)では摺動について安定領域が存在していた。その安定領域の摩擦係数が0.26と低く、純Agめっきより約61%低減できた。
図6(a2)、(a4)と(b2)、(b4)の対比から、明らかにAg-グラフェン複合めっき膜(実施例25)は、純Agめっき膜(比較例2)より摩耗による損傷が少なく、摩耗量の比率は13×10μm/167×10μm=1/10.5で1/10以下となっていた。
【0031】
また、(a4)と(b4)は摩耗痕に横切った表面粗さのプロファイルを示す。未摩耗部分の点線の基準面に対して、(a4)に示す純Agめっき膜は6.49μm削られてめっき膜の厚み(5μm)よりも深いが、(b4)に示すAg-グラフェン複合めっき膜は最大部分にも2.51μmとなり、Ag-グラフェン複合めっき膜が摩耗されにくいことがわかる。
【0032】
(微小硬度測定)
図7(a)に示した模式図のような微小硬度測定によって、硬さに対するグラフェンサイズの影響について、ねじり撹拌でグラフェンサイズ3~5μm又は1μm、(c)同軸撹拌でグラフェンサイズ3~5μm又は1μmについて調べた。
微小硬度測定(ビッカース硬さ)の条件等は次のようであった。条件:荷重:490.3mN、保持時間:20sec、測定装置:ビッカース硬さ試験器(HMV-1 ADW J)
【0033】
図7(b)、(c)から、1μm以下のグラフェンでは純Agめっき膜と同等レベルであること、3~5μmのグラフェンでは純Agめっき膜より1.2倍硬いことが分かった。
図8には、市販の硬質Agめっき液(B液)を利用し、1~3μmのグラフェンを添加する場合、(a)同軸撹拌、(b)ねじり撹拌で撹拌強度が複合めっき膜の硬さに対する影響を調べた結果である。いずれの場合においても、撹拌強度が4と弱い以上にすると、Ag-グラフェン複合めっきは硬質Agめっき膜よりも約1.2倍硬いことが分かった。すなわち、グラフェンの複合化によりAgめっき膜が硬質化になることが明らかになった。
図9(a)、(b)に示したように、グラフェンのサイズがピン止め効果の効き方に影響を与え、グラフェンサイズが大きい方(同(b))が、グラフェンサイズが小さい方(同(a))よりピン止め効果が高くなり硬くなると考えられる。なお、ピン止め効果とは、1つのグラフェンが複数のAgマトリックスの結晶を連結することによって、Agマトリックスが硬くなる効果のことである。
【0034】
一般Agめっき系の実施例1~17および硬質Agめっき系の実施例18~29と、比較例3~6(車載端子用Agめっき材(C社~D社))および比較例7~9(送電スイッチ用Agめっき材(F社~H社))を対比すると、本発明の実施例の全ての接触抵抗は比較例1~9より低く、現行の製品より高導電性を実現できた。また、複合めっき膜のビッカース硬さは、めっき条件の最適化により比較例1~2の純Agめっきより約1.2倍硬く、高導電性と硬質化を両立していることが分かった。
【0035】
(Raman分光測定、EDS分析)
図10には、Ag-グラフェン複合めっき膜(グラフェンサイズ3~5μm)の化学組成に対する電流密度の影響を、同(a)Raman分光測定により、同(b)EDS分析により調べた結果を示した。
同(a)において、D-bandは欠陥に由来し、G-bandはC原子のsp結合の存在を示し、2D-bandはGrapheneに由来するので、実施例13、実施例15、実施例16、実施例17の全てについて、グラフェンの存在が確認された。
Raman分光測定について、機種名:レーザーラマン分光光度計(NRS-3300)、測定範囲:254.896cm-1~3899.87cm-1、中心波数:2301.01cm-1、励起波長:532.08nm、レーザー強度:7.9mW。EDS分析についは、次のようであった。加速電圧:15kV、写真の倍率:2000倍の全領域で分析した。
【0036】
図10(b)から、同様な実施例13~実施例17について、高電流密度でもめっき膜の組成に変化はないこと(炭素の原子濃度11.6~13.7at.%)が分かり、Ag-グラフェン複合めっき膜を高速で生産することが可能である。一方、一般的な複合めっきでは、高電流密度では金属析出が優先し、複合量が減少するという問題がある。
【0037】
グラフェンサイズは自動車端子・コネクタ用途のめっき膜の厚み(5μm)に超えないような観点から、めっき表面にはみ出せないように6μm以下が好ましく、めっき膜の硬さと導電性の両方向上の視点から1μm~6μmがより好ましい。Ag-グラフェン複合めっき膜に分散されたグラフェン含有量は耐摩耗性と導電性の観点から、3.0at%~30at%であり、5at%~25at%が好ましく、8at%~20at%がより好ましい。なお、電気めっき時の銀めっき液の温度の40℃は例示であって、めっき液種類(例えば、シアン系浴と各種ノンシアン系浴)によって適宜に変更が可能である。
【0038】
Ag-グラフェン複合めっき膜の電気接触抵抗は消費電力の削減の観点からできるだけ低いほうが良いが、耐摩耗性と機械強度(硬さ)を考慮して、0.1mΩ~0.7mΩが好ましく、0.1mΩ~0.6mΩがより好ましく、0.1mΩ~0.4mΩがさらに好ましい。
Ag-グラフェン複合めっき膜に対する摩耗係数は、コネクタを長寿命化の観点からできるだけ低いほうが良く、0.4以下になることが好ましく、摩耗量は現行品より1/10~1/30に減少することが好ましい。
Ag-グラフェン複合めっき膜のビッカース硬さは、めっき膜の導電性および摩耗相手材に対する攻撃性から考慮すると、現行品の一般Agめっきの80HV以上が好ましく、100HV以上がより好ましく、120HV以上がさらに好ましい。また、硬質Agめっき(アンチモンSbやビスマスBiを添加する)場合、現行品の硬質Agめっきの120HVより高い且つ300HVまですることが好ましく、140HVから200HVまですることがさらに好ましい。
【0039】
図11(a1)と(b1)には、それぞれ、同軸撹拌とねじり撹拌基板と垂直方向にFIB加工して透過顕微鏡で観察した画像を示す。(a2)と(b2)はその模式図を示す。撹拌方法が同軸撹拌のとき(実施例3)のAg-グラフェン複合めっき膜中のグラフェンの分布状態は、Cu基板と略平行と斜めに配置するグラフェンが含まれていた。一方、撹拌方法がねじり撹拌のとき(実施例11)のAg-グラフェン複合めっき膜中のグラフェンの分布状態は、Cu基板と略垂直・垂直なグラフェンが含まれていた。同軸撹拌の場合、グラフェンシートが基板と平行そして基板と斜めに配列したため、前述の電気接触抵抗と摩擦係数、硬さの結果からより好ましいことがわかった。一方、ねじり撹拌の場合、めっき膜の光沢性と均一さがより優れたことがわかった。
【0040】
また、現行の自動車端子・コネクタ用途の市販Agめっき材(比較例3~6)の電気接触抵抗と比較することにより、本発明でのAg-グラフェン複合めっき膜は市販品より導電性が2.5倍(0.72/0.29)~5.9倍(1.7/0.29)高いことがわかった。
【0041】
さらに、現行の送電部品用途のAgめっき材(比較例7~9)の電気接触抵抗と比較したところ、本発明でのAg-グラフェン複合めっき膜は現行品より導電性が2.9倍(0.83/0.29)~4.8倍(1.40/0.29)高いことがわかった。
以上のことから、本発明でのAg-グラフェン複合めっき膜は自動車端子・コネクタおよび送電部品用途に向けて、導電性と耐摩耗性の両方が大幅に向上したことが認められた。これによって、製品の品質を保証する前提で、現行品よりAgの使用量が大幅に削減することができ、消費電力の削減によりクリーン社会の構築に波及効果が大きいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
自動車の自動化運転の進展により電子制御が高度化するにともない、ワイヤーハーネスと各種電子機器との接続の端子の高性能化、高耐久性化が求められる。また、EV/PHVの更なる拡大が予想され、充電装置のコネクタの高性能化、高耐久性化に対するニーズは高いと考えられる。また、電気を供給する高電圧・大電流送電機スイッチなどにも電力損失の低減のために、更なる高導電性且つ高耐摩耗性のめっき材としての利用が可能である。
【符号の説明】
【0043】
1、11:Ag-グラフェン複合めっき膜
2:Cu合金基板(陰極)
3:対電極(陽極、銀板)
4:めっき対象面
5:めっき槽
15、17:摩擦していない面
16、18:摺動摩耗試験後の被めっき面
20:電気めっき装置
L:銀めっき液
r1:銀めっき液の水平方向の流れの向き
r2、r2´:銀めっき液の鉛直方向の流れの向き
x1:r1のような流れの軸
x2: r2、r2´のような流れの軸
x3、x4:Cu合金基板の鉛直方向の軸

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11