(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022172297
(43)【公開日】2022-11-15
(54)【発明の名称】糸状菌の形質転換方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/80 20060101AFI20221108BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20221108BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20221108BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20221108BHJP
【FI】
C12N15/80 Z
C12N1/15 ZNA
C12P21/02 C
C12N15/31
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022141082
(22)【出願日】2022-09-05
(62)【分割の表示】P 2017206809の分割
【原出願日】2017-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2016209178
(32)【優先日】2016-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】荒木 康子
(72)【発明者】
【氏名】鉞 陽介
(72)【発明者】
【氏名】原 精一
(72)【発明者】
【氏名】柚木 雅信
(57)【要約】 (修正有)
【課題】糸状菌において、任意の遺伝子を多コピーで染色体に組み込むための汎用性の高い方法を提供する。
【解決手段】選択マーカー遺伝子がコードする蛋白質の機能が欠損している宿主糸状菌を提供すること、標的遺伝子の、コード領域、プロモーター、及び、ターミネーターを含む発現カセット、及び、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子を用いて、該宿主糸状菌を形質転換すること、を含む、糸状菌の形質転換方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程:
コードする蛋白質の機能が欠損している選択マーカー遺伝子を含む宿主糸状菌を提供すること、
標的遺伝子の、コード領域、プロモーター及びターミネーターを含む発現カセット、及びプロモーターを改変することで発現量を低下させた選択マーカー遺伝子を用いて、該宿主糸状菌を形質転換すること、
選択マーカー遺伝子を用いて選択培地で生育可能な形質転換体を選択することを含む、糸状菌の形質転換方法。
【請求項2】
選択する形質転換体が、標的遺伝子が複数コピー挿入された形質転換体である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
糸状菌が、アスペルギルス属、ニューロスポラ属、ペニシリウム属、フザリウム属、トリコデルマ属、ムコール属、クモノスカビ属に属する糸状菌から選択される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
糸状菌が、アスペルギルス属に属する糸状菌から選択される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
糸状菌が、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー 、アスペルギルス・タマリ、アスペルギルス・ルウチウエンシス、アスペルギルス・ウサミ、アスペルギルス・カワチ、又はアスペルギルス・サイトイである、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
糸状菌が、アスペルギルス・ソーヤ、又はアスペルギルス・オリゼである、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
選択マーカーが、pyrG遺伝子、pyrF遺伝子、adeA遺伝子、adeB遺伝子、argB遺伝子、niaD遺伝子、sC遺伝子、amdS遺伝子、trpC遺伝子、leu2遺伝子、bioDA遺伝子、ptrA遺伝子、又はbenA遺伝子である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
選択マーカーが、pyrG遺伝子もしくはadeA遺伝子である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
選択マーカー遺伝子のプロモーターの長さを250bp以下にまで欠損させた請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の方法で取得した形質転換体。
【請求項11】
請求項10に記載の形質転換体を用いて標的タンパク質を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロモーター領域を改変することで発現量を低下させた選択マーカー遺伝子を用いて、任意の遺伝子を糸状菌の細胞へ多コピーで導入する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Aspergillus属、Penicillim属、Trichoderma属などに代表される糸状菌は一般的に高い蛋白質生産能力を有しており、産業上有用な蛋白質の生産宿主として広く用いられている。また、糸状菌は多様な二次代謝産物を生産することでも知られており、低分子化合物の生産宿主としても有用性が高い。そのため、糸状菌においても遺伝子組み換え技術を用いた蛋白質発現系の研究は盛んに行われている。その中でも、目的の蛋白質や化合物を高生産させるためには、特に蛋白質の高発現系の構築が重要であると考えられている。
【0003】
目的の蛋白質を高発現させる方法としては、一般的には高発現プロモーターを用いる方法、目的の遺伝子を高コピーで複製可能なプラスミドを用いる方法、あるいは目的の遺伝子を高コピーでゲノム上に導入する方法等が知られている。
【0004】
糸状菌においても、高発現プロモーターの探索はこれまでに数多く実施されており、多くの報告例がある(特許文献1~7)。また、既存のプロモーターを基にして、特定の塩基配列を付加・欠失させる等により改良することによる高発現プロモーターも報告されている(特許文献8~11)。
【0005】
また、細菌や酵母においては、高コピーで複製が可能な自律複製型プラスミドを用いることで、目的の蛋白質を高発現させることが可能である。一方、糸状菌においては、複製起点としてAMA1を含むベクターは自律複製可能なプラスミドとして機能し得ることが報告されている。ただし、本プラスミドが染色体外で自律複製可能であるのは一部の糸状菌であり、また、そのような糸状菌においても低頻度ながら染色体DNAとの組換えが起こり得ることも報告されていることなどから、産業用途としては適していない。よって、糸状菌において蛋白質を高生産する場合、目的蛋白質をコードする遺伝子の発現カセットを染色体に組み込む方法が一般的である。
【0006】
そこで、目的蛋白質を高発現させるためには、目的蛋白質をコードする遺伝子の発現カセットを高コピーで染色体に組み込むことも方策として考えられる。例えば、硫酸塩資化に関与するATPスルフリラーゼ(sC)を選択マーカーとして用いることで、遺伝子が多コピーで染色体に組み込まれることが知られている。しかしながら、そのコピー数は数コピー程度である株が多く、よりコピー数の多い株を選抜するためには多大な労力を要する。また、アセトアミダーゼ遺伝子(amdS)を選択マーカーと用いることで数十コピーの遺伝子挿入が可能であることが知られている(非特許文献2)。しかし、本システムは清酒用麹菌A.oryzae等もともとamdS遺伝子を有している株では利用が難しいことが知られており(非特許文献3)、一部の糸状菌ではこのマーカーを利用できないという欠点がある。また、amdSはアセトアミドやアクリルアミド等のアミド化合物が単一炭素源である場合には必須であるが、一般的に製造で実際に用いられるようなグルコースやデキストリン等を炭素源とした富栄養培地中ではamdSを必要とせず、培養中に挿入された遺伝子が欠失しやすい点も懸念される。他にも、Aspergillus oryzaeのアルギニン要求株に対し、Aspergillus nidulans由来のオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ遺伝子(argB)を選択マーカーとして用いることで、Aspergillus oryzaeにおいて約60コピーの遺伝子が挿入されたこと(非特許文献4)や、Aspergillus oryzaeのロイシン要求株に対し、Aspergillus nidulans由来のANleu2B遺伝子を選択マーカーとして用いることで、64~128コピーの遺伝子が挿入されたことが報告されている(特許文献12)。しかしながら、これらの方法は、argBやANleu2B以外の選択マーカー遺伝子には応用できないため、使用できる宿主が限定されており、汎用性に欠ける。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3372087号公報
【特許文献2】特許第3759794号公報
【特許文献3】特許第3792467号公報
【特許文献4】特許第4676639号公報
【特許文献5】特許第3743803号公報
【特許文献6】国際公開第2007/071399号
【特許文献7】特許第5507062号公報
【特許文献8】特許第3343567号公報
【特許文献9】特許第4495904号公報
【特許文献10】特許第4490284号公報
【特許文献11】特開2009-254349公報
【特許文献12】特許第5473179号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Gene.1991 Feb 1;98(1):61-7
【非特許文献2】More Gene Manupirations in Fungi,page 409
【非特許文献3】改訂版分子麹菌学、日本醸造協会
【非特許文献4】Agric.Biol.Chem.,51(9),2549-2555, 1987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、糸状菌において、任意の遺伝子を多コピーで染色体に組み込むための汎用性の高い方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、プロモーター領域を改変し、発現量を低下させた選択マーカー遺伝子を用いることによって、任意の遺伝子を糸状菌の細胞へ多コピーで挿入することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]下記工程:
コードする蛋白質の機能が欠損している選択マーカー遺伝子を含む宿主糸状菌を提供すること、
標的遺伝子の、コード領域、プロモーター及びターミネーターを含む発現カセット、及びプロモーターが改変された選択マーカー遺伝子を用いて、該宿主糸状菌を形質転換すること、
を含む、糸状菌の形質転換方法、
[2]
糸状菌が、アスペルギルス属、ニューロスポラ属、ペニシリウム属、フザリウム属、トリコデルマ属、ムコール属、クモノスカビ属に属する糸状菌から選択される、[1]に記載の方法、
[3]
糸状菌が、アスペルギルス属に属する糸状菌から選択される、[1]又は[2]に記載の方法、
[4]
糸状菌が、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・タマリ、アスペルギルス・ルウチウエンシス、アスペルギルス・ウサミ、アスペルギルス・カワチ、又はアスペルギルス・サイトイである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法、
[5]
糸状菌が、アスペルギルス・ソーヤ、又はアスペルギルス・オリゼである、[1]~[4]のいずれか1項に記載の方法、
[6]
プロモーターの改変が、プロモーターの一部の欠損である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の方法、
[7]
選択マーカーが、pyrG遺伝子、pyrF遺伝子、adeA遺伝子、adeB遺伝子、argB遺伝子、niaD遺伝子、sC遺伝子、amdS遺伝子、trpC遺伝子、leu2遺伝子、bioDA遺伝子、ptrA遺伝子、又はbenA遺伝子である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の方法、
[8]
選択マーカーが、pyrG遺伝子である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の方法、
[9]
プロモーターの40%、60%又は80%の長さ以上の配列が欠損している、[1]~[8]のいずれか1項に記載の方法、
[10]
プロモーターの長さを250bp、200bp、150bp、100bp、80bp、又は60bp以下にまで欠損させた[1]~[8]のいずれか1項に記載の方法、
[11]
形質転換に用いる遺伝子が、発現カセット、そして選択マーカー遺伝子の順で連結されている、[1]~[10]のいずれか1項に記載の方法。
また、本発明は、上記の方法で取得した形質転換体、及びその形質転換体を用いて標的タンパク質を製造する方法にも関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、糸状菌において、任意の遺伝子の多コピー挿入が可能となり、産業用途として有用な蛋白質や2次代謝産物の高生産化を実現できる。
また、本方法は、これまでに知られている糸状菌への遺伝子の多コピー挿入方法に比べて、汎用性が高く、実用性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子)
プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子とは、選択マーカーの機能発現に十分な転写活性を有するプロモーターから任意の領域の遺伝子配列を欠失、置換すること、あるいは任意の遺伝子配列を挿入すること等によって、プロモーターの機能を低下させ、それによってコード領域の遺伝子の転写量が低下することで、コード領域の発現量が低下した選択マーカー遺伝子のことである。ここでいう「選択マーカーの機能発現に十分な転写活性を有するプロモーター」とは、該選択マーカー遺伝子が染色体上へ1コピーのみ挿入されることにより選択培地での生育(選択マーカーの機能発現)が可能となるために必要な転写活性を有するプロモーターのことである。
【0014】
コード領域の発現量の低下とは、コード領域の遺伝子の転写量が、プロモーターが改変されていない場合と比べて、50%、好ましくは60%、より好ましくは70%、より好ましくは80%、より好ましくは90%、より好ましくは95%、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上低下していることをいう。ここでいう「改変されていない」プロモーターとは、染色体上に1コピーのみ挿入されるだけで選択マーカー遺伝子の機能発現を可能とする転写活性を有する該選択マーカー遺伝子のプロモーターのことである。なお、プロモーター活性(コード領域の遺伝子の転写量)の違いは、例えばルシフェ
ラーゼ等のレポータータンパク質を用いて、各プロモーター下で発現させたレポータータンパク質の活性を比較することで調べることができる(Eukaryot Cell.,7(1),28-37,2008)。
【0015】
このようなコード領域の発現量が低下するように改変したプロモーターを有する選択マーカー遺伝子を形質転換に用いた場合、選択マーカー遺伝子が1コピーのみ染色体上に挿入された形質転換株は選択マーカーの機能発現が不十分であり生育できないが、複数コピーで染色体上に挿入された形質転換株では選択マーカーの発現量の低下がコピー数によって補われることで生育が可能となる。よって、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と任意の標的遺伝子の発現カセットを連結したDNAコンストラクトを形質転換に用いることで、目的とする遺伝子が複数コピーで染色体上に挿入された株を容易に取得することが可能となる。
【0016】
選択マーカー遺伝子のプロモーターの機能を低下させる方法は、特に限定されず、公知の種々の方法を用いてよい。例えば、具体的な方法としては、1コピーのみで選択マーカー遺伝子のコード領域の機能発現が可能である、該選択マーカー遺伝子のプロモーター配列の一部あるいは全てを欠損させること、あるいは、該選択マーカー遺伝子のプロモーター配列の一部あるいは全てに対して、任意の塩基配列で置換、挿入することが挙げられる。あるいは、該選択マーカー遺伝子のプロモーターを全て欠損させ、転写活性の弱いプロモーターや潜在性プロモーターで置換する方法が挙げられる。任意のプロモーターの転写活性を低下させる方法は、公知の種々な方法を用いることができる。例えば、転写活性を低下させたいプロモーター配列の一部を欠損/置換/挿入させた種々のプロモーター下でGFP、ルシフェラーゼやβガラクトシダーゼ等のレポータータンパク質を発現させ、そのレポータータンパク質の光量や活性を比較することで、該プロモーター配列中の転写活性に必要な領域を特定し、その領域を欠損、あるいはその領域に対し任意の塩基配列を置換/挿入することでプロモーターの転写活性を低下させる方法がある(Mol Cell Biol.,7(7),2352-9,1987、Appl Environ Microbiol.,72(8),5266-73,2006、Yeast.,7(7),679-89,1991、Curr Genet.,43(2),96-102,2003、J Biol Chem.,272(28),17802-9,1997)。あるいは、転写活性の弱いプロモーターを見出す方法として、マイクロアレイ等により、転写量の低い遺伝子を探索し、該遺伝子の上流配列を転写活性の弱いプロモーターとして利用する方法もある。あるいは、条件発現プロモーター等を用いて形質転換株の選択培地中で転写活性の弱いプロモーターを利用する方法もある。また、一般的にはコード領域に隣接する上流領域をプロモーターとして用いることが多いが、例えば、コード領域から離れて存在するような潜在性プロモーターであっても転写活性を有する場合があり、そのようなプロモーターも本発明に利用することは可能である。
【0017】
例えば、プロモーターの一部を欠損させるための一例としては、任意の選択マーカーのプロモーターの長さを250bp、好ましくは200bp、より好ましくは150bp、より好ましくは100bp、より好ましくは80bp、より好ましくは60bp以下にまで欠損させる方法がある。
【0018】
例えば、pyrGマーカー遺伝子のプロモーターの機能を低下させる方法としては、1コピーで十分な機能を有するpyrGマーカー遺伝子のプロモーターから、5’末端の任意の長さの配列を欠損させ、プロモーターを短縮させることが挙げられる。好ましくは、pyrGマーカー遺伝子のプロモーターの長さがコード領域の上流229bp以下にまで短縮されていることが好ましい。さらに好ましくは、pyrGマーカー遺伝子のプロモーターの長さがコード領域の上流129bp以下にまで短縮されていることが好ましい。最も好ましくは、pyrGマーカー遺伝子のプロモーターの長さがコード領域の上流56bp以下にまで短縮されていることが好ましい。あるいはpyrGマーカーのプロモーター領域を全て欠損させても良く、その上で別の遺伝子由来の弱いプロモーター(例えば、adeAマーカー遺伝子由来の短縮化プロモーターや、alpターミネーター由来の潜在性プロモーター等)で置換させても良い。
【0019】
例えば、adeAマーカー遺伝子のプロモーターの機能を低下させる方法としては、1コピーで十分な機能を有するadeAマーカー遺伝子のプロモーターから、5’末端の任意の長さの配列を欠損させ、プロモーターを短縮させることが挙げられる。好ましくは、adeAマーカー遺伝子のプロモーターの長さがコード領域の上流126bp以下にまで短縮されていることが好ましい。さらに好ましくは、adeAマーカー遺伝子のプロモーターの長さがコード領域の上流120bp以下にまで短縮されていることが好ましい。最も好ましくは、adeAマーカー遺伝子のプロモーターの長さがコード領域の上流80bp以下にまで短縮されていることが好ましい。あるいはadeAマーカーのプロモーター領域を全て欠損させても良く、その上で別の遺伝子由来の弱いプロモーター(例えば、pyrGマーカー遺伝子由来の短縮化プロモーターや、alpターミネーター由来の潜在性プロモーター等)で置換させても良い。
【0020】
本発明において使用可能な選択マーカー遺伝子としては、糸状菌で使用可能な選択マーカー遺伝子全てであり得る。例えば、ウラシルの生合成に関与するpyrG遺伝子(オロチジン-5‘-リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子)、pyrF遺伝子(オロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子)、アデニンの生合成に関与するadeA遺伝子N-スクシニル-5-アミノイミダゾール-4-カルボキシアミドリボタイド合成酵素遺伝子)、adeB遺伝子(ホスホリボシルアミノイミダゾールカルボキシラーゼ遺伝子)、アルギニンの生合成に関与するargB遺伝子(オルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ遺伝子)、硝酸塩の資化に関与するniaD遺伝子(硝酸還元酵素遺伝子)、硫酸塩資化に関与するsC遺伝子(ATPスルフリラーゼ遺伝子)、アセトアミド資化に関与するamdS遺伝子(アセトアミダーゼ遺伝子)、トリプトファンの生合成に関与するtrpC遺伝子(グルタミンアミドトランスフェラーゼ遺伝子/インドールグリセロリン酸合成酵素遺伝子/ホスホリボシルアントラニル酸イソメラーゼ遺伝子)、ビオチンの生合成に関与するbioDA遺伝子(7,8‐ジアミノペラルゴン酸合成酵素遺伝子/デチオビオチン合成酵素遺伝子)、ロイシンの生合成に関与するleu2遺伝子(β-イソプロピルリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子)、ピリチアミン耐性マーカーptrA遺伝子(チアゾール合成酵素遺伝子)、ベノミル耐性マーカーbenA遺伝子(β-チューブリン遺伝子)等のマーカー遺伝子が挙げられる。
【0021】
また、選択マーカー遺伝子の由来が使用する宿主と必ずしも同じでなくても良い。由来が異なる選択マーカー遺伝子であってもその宿主で発現し、機能し得る場合は本発明において使用することができる。
【0022】
(形質転換に用いる遺伝子の構成)
本発明で形質転換に用いる遺伝子は、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子、高発現させたい標的遺伝子、標的遺伝子を発現させるためのプロモーター及びターミネーターを連結することによって構成される。本発明で使用する標的遺伝子を発現させるためのプロモーターは特に限定されないが、高発現プロモーターであることが望ましく、例えば、プロモーターとしては、翻訳伸長因子であるTEF1遺伝子(tef1)のプロモーター領域、α-アミラーゼ遺伝子(amy)のプロモーター領域、アルカリプロテアーゼ遺伝子(alp)のプロモーター領域、及びグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(gpd)のプロモーター領域などが挙げられる。また、本発明で使用する標的遺伝子を発現させるためのターミネーターは、その宿主で機能し得る限り特に限定されないが、例えば、α-アミラーゼ遺伝子(amy)のターミネーター領域、アルカリプロテアーゼ遺伝子(alp)のターミネーター領域等が挙げられる。なお、標的遺伝子を発現させるための発現カセットには、標的遺伝子のコード領域、プロモーター、ターミネーター以外にも、分泌シグナル配列や翻訳エンハンサー配列、オルガネラ局在配列等の遺伝子も含みうる。
【0023】
プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と、標的遺伝子の発現カセットを連結させた遺伝子をそのまま形質転換に用いることも可能であるが、その際には標的遺伝子の発現カセット、選択マーカー遺伝子の順で連結することが望ましい。プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子、標的遺伝子の発現カセットの順で連結した場合、該連結遺伝子が染色体上の何らかの遺伝子のプロモーター領域に挿入された株では、挿入された該連結遺伝子のコピー数が1コピーであっても選択マーカー遺伝子が十分量発現してしまい、多コピー株の選抜が困難になる可能性が考えられる。また、標的遺伝子の発現カセット、選択マーカー遺伝子の順で連結する場合でも、標的遺伝子発現のターミネーター遺伝子中に、強い転写活性を有するプロモーターとして機能し得る配列が含まれないことが重要である。
【0024】
また、形質転換に用いる際に、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と標的遺伝子の発現カセットが必ずしも連結させていなくても良い。プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と標的遺伝子の発現カセットが連結させていなくても、形質転換処理後に宿主細胞の染色体上でそれらが連結されるように遺伝子を設計することも可能である。例えば、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と相同組み換え用配列を連結させたDNA断片と、相同組み換え用配列と標的遺伝子の発現カセットを連結させたDNA断片を一緒に形質転換に用いた場合、宿主細胞の染色体上で相同組み換え配列を介して、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と標的遺伝子の発現カセットが連結し得る。
【0025】
本発明において形質転換に用いるDNAは、直鎖状であっても、環状であっても良い。例えば、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と、標的遺伝子の発現カセットを連結させたDNA断片をpUC19等の任意の領域に挿入したものを形質転換用DNAとして用いてもよい。あるいは、標的遺伝子の発現カセットを連結させたDNAをセルフライゲーションにより環状化したものを用いてもよい。
【0026】
また、形質転換に用いるDNAは、プロモーターが改変された選択マーカー遺伝子、標的遺伝子の発現カセット、ベクターDNA以外の任意のDNA配列を含んでいても良い。例えば、宿主の染色体上に存在するDNA配列と相同な配列を有する領域(相同領域)を含んでいてもよい。染色体へDNAが挿入される際、酵母では相同組み換えによってDNAが挿入されるため、形質転換に用いるDNAには相同領域が含まれている必要がある。一方、糸状菌においては、相同組み換え、非相同組み換えの両方の機構でDNAが挿入されうるため、形質転換に用いるDNAに、必ずしも相同領域が含まれている必要はない。つまり、形質転換に用いるDNAに相同領域が含まれない場合にも、糸状菌においては非相同組み換えにより染色体上に遺伝子がランダムに挿入されうるが、形質転換に用いるDNAに相同領域が含まれている場合には相同組み換えも同時に起こることが想定される。さらに、相同領域が染色体上に複数コピー存在する場合は、それぞれの所定の位置で相同組み換えが起こることが想定されるため、より好ましい。
【0027】
(宿主細胞)
本発明で形質転換に使用できる宿主細胞は糸状菌であれば特に限定されないが、例えば、アスペルギルス属、ニューロスポラ(Neurospora)属、ペニシリウム属(Penicillium)、フザリウム(Fusarium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ムコール(Mucor)属、クモノスカビ(Rhizopus)属などに属する糸状菌が挙げられる。
【0028】
アスペルギルス属糸状菌の具体的な例としては、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギ
ルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・ニドランス、アスペルギルス・フミガタス、アスペルギルス・フラバス、アスペルギルス・タマリ、アスペルギルス・ルウチウエンシス、アスペルギルス・ウサミ、アスペルギルス・カワチ、アスペルギルス・サイトイ等が挙げられる。
【0029】
その中でも、安全性や培養の容易性を加味すれば、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・タマリ、アスペルギルス・ルウチウエンシス、アスペルギルス・ウサミ、アスペルギルス・カワチ、アスペルギルス・サイトイなどのアスペルギルス属であることが好ましい。
【0030】
また、本発明において形質転換に用いる宿主糸状菌は、使用する選択マーカー遺伝子がコードする蛋白質の機能が欠損している株である必要がある。その中でも、使用する選択マーカー遺伝子のコード領域の一部分もしくはて全領域の遺伝子が欠損している株がより好ましい。
【0031】
(形質転換体、形質転換方法)
本発明における形質転換体は、使用する選択マーカー遺伝子がコードする蛋白質の機能が欠損している任意の糸状菌に対し、上記のプロモーターが改変された選択マーカー遺伝子と、標的遺伝子の発現カセット等で構成された遺伝子を用いて形質転換を行うことによって取得できる。
【0032】
糸状菌の形質転換方法としては、プロトプラスト化した後ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いて遺伝子を導入する方法(PEG-プロトプラスト法、Mol.Gen.Genet.,218,99-104(1989))や、発芽してすぐの分生子に対してエレクトロポレーションによって遺伝子を導入する方法(Biosci Biotechnol Biochem.1994 Dec;58(12):2224-7.)等が知られている。所望の形質転換体は、選択マーカー遺伝子を用いることによって、たとえば、マーカー遺伝子に関する栄養要求性や薬物耐性等を用いることによって、選択することができる。例えば、栄養要求性によって選択を行う場合は、該栄養要求性を相補するような化合物を含まない培地において所望の形質転換体を選択することができる。また、例えば薬物耐性によって選択を行う場合は、該薬物を適当な濃度で含む培地において所望の形質転換体を選択することができる。
【0033】
本発明における形質転換体の一例としては、pyrG遺伝子のコードする蛋白質の機能が欠損した糸状菌株に対し、プロモーターが改変されて発現量が低下したpyrG遺伝子と、標的遺伝子の発現カセット等を連結した遺伝子、もしくはそれらが細胞内で連結されるように設計した遺伝子を用いて形質転換処理を行い、ウラシル/ウリジンを含まない培地上で生育可能な形質転換体を挙げることができる。その中でも標的遺伝子が複数コピー挿入されている形質転換体が好ましく、標的遺伝子が5コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が10コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が15コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が20コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が30コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が40コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が50コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が60コピー以上挿入されている形質転換体が最も好ましい。
【0034】
また、本発明における形質転換体の別の一例としては、adeA遺伝子のコードする蛋白質の機能が欠損した糸状菌株に対し、プロモーターが改変されて発現量が低下したadeA遺伝子と、標的遺伝子の発現カセット等を連結した遺伝子、もしくはそれらが細胞内で連結されるように設計した遺伝子を用いて形質転換処理を行い、アデニンを含まない培地上で生育可能な形質転換体を挙げることができる。その中でも標的遺伝子が複数コピー挿入されている形質転換体が好ましく、標的遺伝子が5コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が10コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が15コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましく、標的遺伝子が20コピー以上挿入されている形質転換体がより好ましい。
【0035】
コピー数を調べる方法としては、標的遺伝子が1コピー挿入された株と取得した形質転換株における標的蛋白質の生産量もしくは活性を比べることで算出する方法や、標的遺伝子が1コピー挿入された株と取得した形質転換株における標的遺伝子のサザンブロットのバンドの濃さにより算出する方法や、形質転換株の染色体DNAを用いた定量PCR法等がある。
【0036】
(産業上有用な蛋白質や2次代謝産物の製造方法)
目的としている蛋白質や2次代謝産物を製造するためには、本発明を用いて取得した、目的物質の生産に必要な遺伝子が多コピーで挿入された形質転換体を培養し、前記培養物から目的物質を抽出すればよい。
【0037】
上記の形質転換体を培養する培地としては、糸状菌を培養する通常の培地、すなわち炭素源、窒素源、無機物、その他の栄養素を適切な割合で含有するものであれば、合成培地及び天然培地のいずれでも、液体培地及び固体培地のいずれでも使用できる。一例としては、後述の実施例で用いているGPY培地などを利用することができるが、特に限定されない。目的としている蛋白質、2次代謝産物によっては、その物質を生産するために必要な特異的な物質を培地に添加する場合も想定される。
【0038】
培養条件は、当業者により通常知られる糸状菌の培養条件を採用すればよく、例えば、培地の初発pHは5~10に調整し、培養温度は20~40℃、培養時間は数時間~数日間、好ましくは1~7日間、より好ましくは2~5日間など、適宜設定することができる。培養手段は特に限定されず、通気撹拌深部培養、振盪培養、静地培養などを採用することができるが、一般的には溶存酸素が十分になるような条件で培養することが好ましい。ただし、目的としている蛋白質、2次代謝産物によっては、溶存酸素が少ない方が高生産になる場合も想定される。培養条件の一例としては、後述する実施例に記載があるGPY培地を用いた、30℃、3日間の振盪培養が挙げられるが、特に限定されない。
【0039】
培養終了後に培養物から目的の蛋白質や2次代謝産物を抽出する方法は特に限定されなされず、通常の公知の抽出手段を用いればよい。
【0040】
例えば、標的蛋白質を抽出する際において、標的蛋白質が培地中に分泌される場合には、培養後の菌体を濾過や遠心処理等により取り除き、培地上清のみを回収し、限外濾過等により培地成分の除去及び濃縮処理を行うことで粗酵素を得ることができる。標的蛋白質が菌体内に生産される際には、超音波破砕機、フレンチプレス、ダイノミル、乳鉢などの破壊手段を用いて菌体を破壊する方法や、ヤタラーゼなどの細胞壁溶解酵素を用いて菌体細胞壁を溶解する方法、SDS、トリトンX-100などの界面活性剤を用いて菌体を溶解する方法などの菌体破砕処理を行うことで抽出できる。得られた粗酵素を、公知の任意の手段を用いてさらに精製することもできる。精製された酵素標品を得るには、例えば、セファデックス、ウルトロゲル若しくはバイオゲル等を用いるゲル濾過法、イオン交換体を用いる吸着溶出法、ポリアクリルアミドゲル等を用いる電気泳動法、ヒドロキシアパタイトを用いる吸着溶出法;蔗糖密度勾配遠心法等の沈降法、アフィニティクロマトグラフィー法、分子ふるい膜若しくは中空糸膜等を用いる分画法等を適宜選択し、又はこれらを組み合わせて実施することにより、精製された酵素標品を得ることができる。
【0041】
例えば、培養物から二次代謝産物を抽出する際には、培養物から濾過、遠心分離などの操作により回収した菌体をそのまま用いてもよく、回収した後に乾燥した菌体やさらに粉砕した菌体を用いてもよい。菌体の乾燥方法は特に限定されず、例えば、凍結乾燥、天日乾燥、熱風乾燥、真空乾燥、通気乾燥、減圧乾燥などが挙げられる。抽出溶媒はその2次代謝産物が溶解するものであれば特に限定されず、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトンなどの有機溶媒、これらの有機溶媒と水とを混合させた含水有機溶媒、水、温水及び熱水などが挙げられる。溶媒を加えた後、適宜、菌体破砕処理や熱処理等を加えながら目的の2次代謝産物を抽出する。得られた抽出液は、遠心分離、フィルターろ過、限外ろ過、ゲルろ過、溶解度差による分離、溶媒抽出、クロマトグラフィー(吸着クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、陽イオン交換クロマトグラフィー、陰イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなど)、結晶化、活性炭処理、膜処理などの精製処理に供することにより精製することができる。
【0042】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例0043】
(プロモーターを短縮した改変型pyrGマーカー遺伝子を含む形質転換用DNAコンストラクトの作製)
(1)プロモーターを短縮した改変型pyrG1~3遺伝子の取得
配列番号1は、従来Aspergillus sojaeにおいて使用されていたpyrGマーカー遺伝子の配列である(WO2014/126186参照)。配列番号1のpyrGマーカー遺伝子はプロモーター領域407bp、コード領域896bp及びターミネーターを含む535bpの領域で構成されており、この全長1838bpの配列が染色体上に1コピー挿入されることで、ウリジン/ウラシル要求性の形質を相補できることがわかっている。
【0044】
染色体上に多コピー挿入されないとウリジン/ウラシル要求性を十分に相補できない改変型pyrGマーカー遺伝子を創出することを目的として、配列番号1のpyrGマーカー遺伝子のプロモーター領域を短縮した改変型pyrGマーカー遺伝子(改変型pyrG1~3、配列番号2~4)を下記のようにして設計した。配列番号1のpyrGマーカー遺伝子を鋳型として、改変型pyrG1遺伝子(配列番号2、プロモーター領域229bp)は配列番号5、6のプライマーを用いて、改変型pyrG2遺伝子(配列番号3、プロモーター領域129bp)は配列番号7、6のプライマーを用いて、改変型pyrG3遺伝子(配列番号4、プロモーター領域56bp)は配列番号8、6のプライマーを用いて、A.sojae NBRC4239株の染色体DNAを鋳型としてPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)によるPCR反応によって取得した。なお、配列番号5~10のプライマーは後のIn fusion反応に必要な15bpの相同配列を5‘末端に含んでいる。
【0045】
(2)レポーター遺伝子発現カセットと各改変型pyrG遺伝子マーカーを含む形質転換用ベクターの作製
染色体上にどのくらい遺伝子が挿入されたかを検証するためのレポーター遺伝子として、グルコース脱水素酵素(GDH)遺伝子(特許第4648993号公報の配列番号4参照)を用いた。糸状菌で発現させたGDHは後述の活性測定方法により容易にその活性を測定することができる。
WO2014/126186と同様にして、A.sojae NBRC4239株の染色体DNAを鋳型として、レポーター遺伝子(GDH遺伝子)を発現させるためのtef1プロモーター(Ptef)領域およびアルカリプロテアーゼ遺伝子alpのターミネーター(Talp)領域をPCR反応により増幅させた。また、レポーター遺伝子であるGDH遺伝子は特許文献WO2012/169512号公報のpYES2C-MpプラスミドDNAを鋳型にして、配列番号9、10のプライマーを用いてPCR反応により増幅させた。次に、In-Fusion HD Cloning Kit(クロンテック社)を用いて、キットに付属されている直鎖状pUC19、Ptef、GDH遺伝子、Talp、及びpyrG遺伝子(配列番号1)、pyrG1遺伝子(配列番号2)、pyrG2遺伝子(配列番号3)、pyrG3遺伝子(配列番号4)のDNA断片をそれぞれ連結した。これにより、pUC19のマルチクローニングサイトにPtef-GDH-Talp-pyrG、Ptef-GDH-Talp-pyrG1、Ptef-GDH-Talp-pyrG2、Ptef-GDH-Talp-pyrG3がそれぞれ挿入された形質転換用プラスミドp19-GDH-pyrG、p19-GDH-pyrG1、p19-GDH-pyrG2、p19-GDH-pyrG3を取得した。
取得した形質転換株As-pyrG株、As-pyrG1株、As-pyrG2株、As-pyrG3株をGPY培地(2%グルコース、1%ポリペプトン、0.5%酵母エキス、0.5%リン酸2水素1カリウム、0.05%硫酸マグネシウム・7水和物)に植菌し、30℃で3日間培養した。培養後の菌体を濾紙上に回収した後、吸引濾過により水分を取り除き、湿菌体重量50mgの菌体をチューブに入れた。これを液体窒素で凍結させてマルチビーズショッカーにより破砕し、破砕した菌体に1mLの100mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)を加え、遠心分離後の上清を回収することで菌体破砕液を調製した。この菌体破砕液のGDH活性を下記の測定方法に従って測定し、50mg菌体あたりのGDH活性を算出した。
また、特許第4648993号公報と同様にして、5’アーム領域(Alp上流遺伝子)-pyrG遺伝子-Ptef-GDH-3’アーム領域(Alp下流遺伝子、Talp領域含む)のDNAコンストラクトを用いてA.sojaeのpyrG遺伝子破壊株を形質転換し、GDH遺伝子が染色体上のalp遺伝子の領域に1コピー挿入された株を取得した。この1コピー株についても上記と同様にして湿菌体重量50mgあたりのGDH活性を算出し、この値を基に今回取得した形質転換株のコピー数を算出した。
As-pyrG株、As-pyrG1株、As-pyrG2株、As-pyrG3株において、挿入されたGDH遺伝子のコピー数と取得できた株数の結果を表1に示した。
表1より、10コピー以上のGDH活性を有する株の割合はAs-pyrG3株の33%、As-pyrG2株の19%、As-pyrG1株の17%、As-pyrG株の2%の順で高くなっていることがわかる。このことからpyrG遺伝子のプロモーターを短縮することでGDH遺伝子を効率よく多コピーで挿入できることがわかった。また、表1で解析したAs-pyrG3株の18株中には、30コピー以上のGDH遺伝子が挿入されている株も存在した。さらに、pyrG3遺伝子を用いてより多くの形質転換体を取得したところ、60コピー以上相当のGDH活性を有する株も取得可能であることがわかった。また、取得した該60コピー相当株及び30コピー相当株について、定量PCRにより染色体上に存在するGDH遺伝子のコピー数を調べたところ、それぞれ約60コピー、約30コピーのGDH遺伝子が実際に染色体上へ挿入されていることがわかった。
以上より、選択マーカーのプロモーターを短縮し、転写活性を低下させる方法が任意の遺伝子を多コピー挿入するための方法として非常に有効であることがわかった。さらに、該多コピー体が最少培地で複数回植え継いでもGDH活性を維持していること、実製造で用いるような冨栄養培地における培養においても再現性良く同じ値を示し、且つ高活性であることから、本方法で取得した株は安定性にも優れ、産業上実用可能な株であることがわかった。