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特開2022-174692抗ワクモワクチン組成物及びその使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022174692
(43)【公開日】2022-11-24
(54)【発明の名称】抗ワクモワクチン組成物及びその使用
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/002 20060101AFI20221116BHJP
   A61P 33/14 20060101ALI20221116BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20221116BHJP
   C07K 14/435 20060101ALN20221116BHJP
【FI】
A61K39/002
A61P33/14
C12N15/12 ZNA
C07K14/435
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021080691
(22)【出願日】2021-05-11
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】511294464
【氏名又は名称】ワクチノーバ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】特許業務法人IPアシスト特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村田 史郎
(72)【発明者】
【氏名】大橋 和彦
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 宗太郎
(72)【発明者】
【氏名】有泉 拓馬
(72)【発明者】
【氏名】今内 覚
(72)【発明者】
【氏名】岡川 朋弘
(72)【発明者】
【氏名】前川 直也
(72)【発明者】
【氏名】大石 英司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 匠
【テーマコード(参考)】
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4C085AA03
4C085BA02
4C085DD62
4C085EE01
4C085EE03
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA09
4H045CA50
4H045DA86
4H045EA31
(57)【要約】      (修正有)
【課題】抗ワクモワクチンを提供する。
【解決手段】ワクモのシスタチン、銅トランスポーター細胞外ドメイン、システインプロテアーゼ、それらの変異体、それらの免疫原性断片及びこれらのポリペプチドに他の任意のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドよりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドを含む、抗ワクモワクチン組成物を提供する。本発明はまた、前記抗ワクモワクチン組成物を家畜に投与することを含む、家畜においてワクモに対して特異的な免疫応答を惹起する方法を提供する。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のa)~f)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドを含む、抗ワクモワクチン組成物。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
c) 配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
d) 配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e) a)~d)のいずれかのポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f) a)~e)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
【請求項2】
下記のa)、d’)、e’)及びf’)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドを含む、請求項1に記載の組成物。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
d’) 配列番号1に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e’) a)のポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f’) a)、d’)又はe’)のポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
【請求項3】
e)又はe’)のポリペプチドが、配列番号4に示されるアミノ酸配列からなる、又は配列番号4に示されるアミノ酸配列を含む、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
e)のポリペプチドが、配列番号5に示されるアミノ酸配列からなる、又は配列番号5に示されるアミノ酸配列を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
下記のa)~f)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドをコードする核酸を含む、抗ワクモワクチン組成物。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
c) 配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
d) 配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e) a)~d)のいずれかのポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f) a)~e)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
【請求項6】
ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質をさらに含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質と組み合わせて用いるための、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の抗ワクモワクチン組成物を家畜に投与することを含む、家畜においてワクモに対して特異的な免疫応答を惹起する方法。
【請求項9】
家畜が、ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質を投与された家畜である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質を投与することをさらに含む、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
家畜がニワトリである、請求項8~10のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家畜、特にニワトリに寄生する外部寄生虫であるワクモ(Dermanyssus gallinae)に対するワクチン組成物及びその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
ワクモによる吸血被害は、世界中の養鶏場(特に採卵鶏)における大きな問題である。ワクモは、吸血によってニワトリの貧血、産卵率の低下及び免疫応答の低下等による生産性の低下をひき起こす。また、ワクモは様々な病原体の伝播にも関与することが報告されている。
【0003】
ワクモの防除方法としては、鶏舎の徹底した洗浄、殺虫剤の散布等が挙げられる。しかし、ワクモは非吸血時には鶏舎のヒビ割れのような隙間に棲息するため、洗浄又は薬剤散布で隙間に棲息するワクモを完全に防除することは困難である。また薬物散布は、生産物に薬物が残留するおそれがあることに加え、最近報告されているように薬剤耐性を有するワクモが出現するという問題を伴う。このように、現行の防除方法、特に薬剤散布は幾つかの問題を有することから、薬剤散布以外の新たなワクモ防除法が必要とされている。
【0004】
抗ワクモワクチンは、薬剤散布に代わるワクモの防除方法として有望な手段である。ワクモと同様に家畜の吸血性外部寄生虫であるマダニに関する抗マダニワクチンの開発研究は、既に先行して行われている。
【0005】
抗マダニワクチンとしては、マダニから宿主に注入される分子をワクチン抗原として用いるもの、及びマダニの腸管内で発現してマダニの恒常性維持に関わる分子をワクチン抗原として用いるもの、等が挙げられる。前者の場合、マダニから宿主に注入される因子の働きが宿主内部における免疫応答によって阻害されることで、マダニの吸血が抑制される。また後者の場合、吸血に伴って宿主からマダニの体内に持ち込まれた免疫活性物質によってマダニ体内の標的分子の機能が阻害される。
【0006】
マダニは宿主に寄生して数日にわたって吸血を続けるため、宿主内部における免疫応答によって吸血を抑制するワクチンも有効である。一方、ワクモの吸血時間は5分から長くて1時間程度であり、マダニに比べると極めて短時間しかニワトリ個体に留まらない。そのため、より高い防除効果が期待できる抗ワクモワクチンとしては、宿主内部における免疫応答によってワクモ由来の分子の機能を阻害することでワクモを防除するものよりも、吸血に伴って宿主からワクモの体内に持ち込まれた免疫活性物質によってワクモを防除するものの方が有利であると考えられる。
【0007】
抗ワクモワクチンの開発に向けて、いくつかの抗原候補とその有効性に関する報告がなされている(例えば、非特許文献1~3)。また本発明者らも、ワクモのカテプシンL-2及びフェリチン2が、抗ワクモワクチンとして利用可能であることを報告している(非特許文献4、特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Bartley K et al., Int J Parasitol 2015;45:819-830.
【非特許文献2】Lima-Barbero JF et al., Vaccines (Basel) 2019; 7:190.
【非特許文献3】Wright HW et al., Parasit Vectors 2016; 9:544.
【非特許文献4】Murata S et al., Parasite. 2021; 28:9.
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2015/182754
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、ワクモに対する免疫応答を惹起することができるワクモ由来抗原性物質を用いた抗ワクモワクチンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、幾つかのワクモ由来ポリペプチドがワクチン抗原として利用可能であることを見いだし、下記の各発明を完成させた。
【0012】
(1) 下記のa)~f)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドを含む、抗ワクモワクチン組成物。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
c) 配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
d) 配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e) a)~d)のいずれかのポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f) a)~e)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
(2) 下記のa)、d’)、e’)及びf’)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドを含む、(1)に記載の組成物。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
d’) 配列番号1に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e’) a)のポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f’) a)、d’)又はe’)のポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
(3) e)又はe’)のポリペプチドが、配列番号4に示されるアミノ酸配列からなる、又は配列番号4に示されるアミノ酸配列を含む、(1)又は(2)に記載の組成物。
(4) e)のポリペプチドが、配列番号5に示されるアミノ酸配列からなる、又は配列番号5に示されるアミノ酸配列を含む、(1)~(3)のいずれか一項に記載の組成物。
(5) 下記のa)~f)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドをコードする核酸を含む、抗ワクモワクチン組成物。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
c) 配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
d) 配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e) a)~d)のいずれかのポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f) a)~e)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
(6) ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質をさらに含む、(1)~(5)のいずれか一項に記載の組成物。
(7) ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質と組み合わせて用いるための、(1)~(6)のいずれか一項に記載の組成物。
(8) (1)~(7)のいずれか一項に記載の抗ワクモワクチン組成物を家畜に投与することを含む、家畜においてワクモに対して特異的な免疫応答を惹起する方法。
(9) 家畜が、ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質を投与された家畜である、(8)に記載の方法。
(10) ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる他の抗原性物質を投与することをさらに含む、(8)又は(9)に記載の方法。
(11) 家畜がニワトリである、(8)~(10)のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、対象においてワクモに対する特異的な免疫応答を惹起することができ、ワクモを防除することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ワクモのシスタチンDg-Cysの全長アミノ酸配列(配列番号10)を示す。下線はシグナル配列、囲みはシスタチン保存部位と推定された配列である。
図2】ワクモの銅トランスポーターDg-Ctr-1の全長アミノ酸配列(配列番号12)を示す。下線は膜貫通ドメインと推定された配列である。
図3】ワクモのシステインプロテアーゼDg-CRP-2の全長アミノ酸配列(配列番号14)を示す。下線はシグナル配列、網掛けの枠はプロペプチドインヒビタードメイン(プロドメイン)、実線の枠はペプチダーゼC1Aサブファミリードメイン(成熟ドメイン)を示す。白矢印は、カテプシンLプロテアーゼのプロドメインに保存されているERFNINモチーフとGNFDモチーフを示す。黒矢印はペプチダーゼ活性部位を示す。
図4】生育ステージ及び吸血状態の異なるワクモにおけるDg-Cys mRNA、Dg-Ctr-1 mRNA、Dg-CRP-2 mRNA及び内部コントロールであるElf1a1 mRNAの発現を示す図である。
図5】ワクモの唾液腺、中腸及び卵巣におけるDg-Cys mRNA、Dg-Ctr-1 mRNA、Dg-CRP-2 mRNA並びに内部コントロールであるElf1a1 mRNA及びActin mRNAの発現を示す図である。
図6】インビトロフィーディングアッセイに使用したデバイスの概略図である。
図7】組換えDg-Cys免疫ニワトリの血漿を摂取したワクモの生存率の推移を示す図である。
図8】組換えDg-Ctr-1免疫ニワトリの血漿を摂取したワクモの生存率の推移を示す図である。
図9】組換えDg-Ctr-1免疫ニワトリの血漿を摂取したワクモの生存率の推移を示す図である。
図10】組換えDg-CPR-2免疫ニワトリの血漿を摂取したワクモの生存率の推移を示す図である。
図11】組換えDg-CPR-2免疫ニワトリの血漿を摂取したワクモの生存率の推移を示す図である。
図12】組換えDg-Cys免疫ニワトリの血漿、組換えDg-Ctr-1免疫ニワトリの血漿、及びこれらの混合血漿を摂取したワクモの生存率の推移を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に示す本発明の説明は、代表的な実施形態又は具体例に基づくことがあるが、本発明はそのような実施形態又は具体例に限定されるものではない。また、本明細書において示される各数値範囲の上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。また、本明細書において「~」又は「-」を用いて表される数値範囲は、特に断りがない場合、その両端の数値を上限値及び下限値として含む範囲を意味する。
【0016】
本発明は、下記のa)~f)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドを含む、抗ワクモワクチン組成物を提供する。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
c) 配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド
d) 配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e) a)~d)のいずれかのポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f) a)~e)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
【0017】
a)のポリペプチドは、ワクモのシスタチンDg-Cysのシグナル配列を除いた部分である。a)のポリペプチドのアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列を配列番号1及び6に、Dg-Cys全長のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列を配列番号10及び9に、それぞれ示す。InterProScan v5.32-71.0(https://www.ebi.ac.uk/interpro/about/interproscan/)を用いた推定によると、Dg-Cysのアミノ酸配列は、図1に示すように、1-29位にシグナル配列を、85-98位にシスタチン保存部位(配列番号4)を有している。配列番号1のアミノ酸配列は、配列番号10のアミノ酸配列の30-140位に相当する。タンパク質のアミノ酸配列情報等に関する公的データベースを用いた相同性検索(BLASTサーチ)によれば、配列番号10のアミノ酸配列と最も高い同一性を示すのは、真菌の一種であるPenicillium brasilianumのhypothetical protein PEBR_41116(55.67%)であった。
【0018】
b)のポリペプチドは、ワクモの銅トランスポーターDg-Ctr-1の細胞外ドメインである。b)のポリペプチドのアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列を配列番号2及び7に、Dg-Ctr-1全長のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列を配列番号12及び11に、それぞれ示す。InterProScan v5.32-71.0(https://www.ebi.ac.uk/interpro/about/interproscan/)を用いた推定によると、Dg-Ctr-1のアミノ酸配列は、図2に示すように、54-76位、110-127位及び133-152位に3つの膜貫通ドメインを、1-53位に細胞外ドメインを有している。配列番号2のアミノ酸配列は、配列番号12のアミノ酸配列の1-53位に相当する。タンパク質のアミノ酸配列情報等に関する公的データベースを用いた相同性検索(BLASTサーチ)によれば、配列番号12のアミノ酸配列と最も高い同一性を示すのは、ミツバチに寄生するダニであるTropilaelaps mercedesaeのhigh affinity copper uptake protein 1-like(同一性55.56%)であった。
【0019】
c)のポリペプチドは、ワクモのシステインプロテアーゼDg-CRP-2の全長からN末端側1~20位のアミノ酸を除いた部分である。c)のポリペプチドのアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列を配列番号3及び8に、Dg-CRP-2全長のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列を配列番号14及び13に、それぞれ示す。InterProScan v5.32-71.0(https://www.ebi.ac.uk/interpro/about/interproscan/)を用いた推定によると、Dg-CRP-2のアミノ酸配列は、図3に示すように、1-16位にシグナル配列を、27-86位にプロペプチドインヒビタードメイン(プロドメイン)を、114-329位にペプチダーゼC1Aサブファミリードメイン(成熟ドメイン)を有しており、またプロドメインは、カテプシンLプロテアーゼのプロドメインに保存されている特徴的モチーフ様配列を有している。配列番号3のアミノ酸配列は、配列番号14のアミノ酸配列の21-331位に相当する。ワクモからは、カテプシンL-1(Dg-CatL-1)(Bartley K et al., Parasitology, 2012; 139, 755-765.)及びシステインプロテアーゼ-1(Dg-CPR-1)(Bartley K et al., Parasites & Vectors, 2015; 8, 350.)が同定されているが、タンパク質のアミノ酸配列情報等に関する公的データベースを用いた相同性検索(BLASTサーチ)によれば、これらのアミノ酸配列に対する配列番号14の同一性はそれぞれ40.20%及び33.03%であり、最も高い同一性を示すのは、ミツバチに寄生するダニであるVerroa jacpbspniのcathepsin L1-like(同一性74.84%)であった。
【0020】
ワクモは、卵から1-2日程度で孵化して幼ダニとなり、吸血することなく1日程度で脱皮して第一若ダニとなる。第一若ダニは吸血後、脱皮して1-2日程度で第二若ダニとなり、さらに吸血後、脱皮して1-2日程度で成ダニとなる。成ダニは吸血後、12時間以内に4-7個程度の卵を産み、その後、吸血と産卵を5回程度繰り返す。このようなワクモのライフサイクルを考慮すると、抗ワクモワクチンにおいては、複数の発育ステージのワクモに対して抗ワクモ効果を発揮することができる抗原の使用が好ましい。Dg-Cys、Dg-Ctr-1及びDg-CPR-2は、いずれもワクモ中腸において、幼ダニから成ダニまでの全ての生育ステージで、さらに吸血時及び飢餓時の両方で発現しているポリペプチドである。中腸で発現しているポリペプチドは、虫体内に取り込まれた宿主の血液の消化及び吸収に関与するタンパク質であると予想されることから、Dg-Cys、Dg-Ctr-1又はDg-CPR-2を対象に投与し、当該対象の体内でこれらのポリペプチドに対する特異的な免疫応答を惹起すること、例えば特異抗体や抗原特異的細胞傷害性T細胞の産生を誘導することによって、複数の生育ステージのワクモを、その吸血状態によらず、効率的に防除することができると期待される。
【0021】
本発明においては、a)~c)のいずれかのポリペプチドの免疫学的等価物であるポリペプチドを利用することもできる。本発明にいう免疫学的等価物とは、a)~c)のいずれかのポリペプチドが投与されたときと同等のワクモ特異的な免疫応答を惹起することのできるポリペプチドを意味する。a)~c)のいずれかのポリペプチドの免疫学的等価物の非限定的な例としては、以下のポリペプチドを挙げることができる。
d) 配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド
e) a)~d)のいずれかのポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド
f) a)~e)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド
【0022】
d)のポリペプチドは、配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる。配列番号1に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるd)のポリペプチドは、シグナル配列を持たないDg-Cysに対して、そのアミノ酸配列が変異前のアミノ酸配列と90%以上の同一性を維持する範囲で変異を加えたポリペプチド(シグナル配列を持たないDg-Cysの変異体と呼ぶ)に相当し、配列番号2に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるd)のポリペプチドは、Dg-Ctr-1細胞外ドメインに対して、そのアミノ酸配列が変異前のアミノ酸配列と90%以上の同一性を維持する範囲で変異を加えたポリペプチド(Dg-Ctr-1細胞外ドメインの変異体と呼ぶ)に相当し、配列番号3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるd)のポリペプチドは、全長からN末端側1~20位のアミノ酸を欠損させたDg-CPR-2に対して、そのアミノ酸配列が変異前のアミノ酸配列と90%以上の同一性を維持する範囲で変異を加えたポリペプチド(全長からN末端側1~20位のアミノ酸を欠損させたDg-CPR-2の変異体と呼ぶ)に相当する。
【0023】
アミノ酸配列の同一性は、アラインメント長に対する同一アミノ酸残基数の割合で表され、比較される2つのアミノ酸配列のアラインメントは、同一となるアミノ酸残基の数が最も多くなるように常法に従って行われる。配列同一性は、当業者に公知の任意の方法により、例えばBLAST等の配列比較プログラムを用いて決定することができる。
【0024】
好ましい実施形態において、d)のポリペプチドは、配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と95%以上、例えば95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる。
【0025】
また、配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸残基が置換され、欠失し、挿入又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつワクモ特異的な免疫応答を惹起することのできるポリペプチドも、a)~c)のいずれかのポリペプチドの免疫学的等価物に包含される。
【0026】
e)のポリペプチドは、a)~d)のいずれかのポリペプチドの免疫原性断片である。ここで免疫原性断片とは、a)~d)のいずれかのポリペプチドが投与されたときと同等のワクモ特異的な免疫応答を惹起することのできる、a)~d)のいずれかのポリペプチドの断片を意味する。免疫原性断片の長さは、元のポリペプチドより短いものであるかぎり制限はない。
【0027】
e)のポリペプチドの好ましい例は、Dg-Cysのシスタチン保存部位に相当する配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、配列番号4に示されるアミノ酸配列を含む配列番号1に示されるアミノ酸配列の部分アミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、シグナル配列を持たないDg-Cysの一部分に相当するポリペプチドであって、シスタチン保存部位を含むもの)、又は配列番号4に示されるアミノ酸配列を含む配列番号1に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列の部分アミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、シグナル配列を持たないDg-Cysの変異体の一部分に相当するポリペプチドであって、シスタチン保存部位を含むもの)を挙げることができる。
【0028】
e)のポリペプチドの別の好ましい例は、Dg-CPR-2のペプチダーゼC1Aサブファミリードメイン(成熟ドメイン)に相当する配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、配列番号5に示されるアミノ酸配列を含む配列番号3に示されるアミノ酸配列の部分アミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、全長からN末端側1~20位のアミノ酸を欠損させたDg-CPR-2の一部分に相当するポリペプチドであって、成熟ドメインを含むもの)、又は配列番号5に示されるアミノ酸配列を含む配列番号3に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列の部分アミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、全長からN末端側1~20位のアミノ酸を欠損させたDg-CPR-2の変異体の一部分に相当するポリペプチドであって、成熟ドメインを含むもの)を挙げることができる。
【0029】
f)のポリペプチドは、a)~e)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなる。f)のポリペプチドの非限定的な例としては、以下のポリペプチドを挙げることができる。
f)-1:配列番号10、12又は14に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、Dg-Cys全長、Dg-Ctr-1全長又はDg-CPR-2全長)
f)-2:配列番号10、12又は14に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、Dg-Cys全長の変異体、Dg-Ctr-1全長の変異体又はDg-CPR-2全長の変異体)
f)-3:a)~e)、f)-1及びf)-2よりなる群から選択される少なくとも2種のポリペプチドをその構成に含む融合ポリペプチド
f)-4:a)~e)、f)-1~f)-3のいずれかのポリペプチドと他の機能性ポリペプチド、例えばFLAGタグ、Hisタグ、HAタグ、Mycタグ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ又は蛍光タンパク質等との融合ポリペプチド
【0030】
好ましい実施形態において、抗ワクモワクチン組成物は、下記のa)、d’)、e’)及びf’)よりなる群から選択される少なくとも1種のポリペプチドを含む。d’)、e’)及びf’)のポリペプチドは、それぞれd)、e)及びf)のポリペプチドに包含される。
a) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、シグナル配列を持たないDg-Cys)
d’) 配列番号1に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、シグナル配列を持たないDg-Cysの変異体)
e’) a)のポリペプチドの免疫原性断片であるポリペプチド(すなわち、シグナル配列を持たないDg-Cysの免疫原性断片)
f’) a)、d’)又はe’)のポリペプチドのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に任意のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド(すなわち、シグナル配列を持たないDg-Cys、その変異体又はその免疫原性断片の付加体)
【0031】
上記の免疫学的等価物は、a)~c)のいずれかのポリペプチドが投与されたときと同等のワクモ特異的な免疫応答を惹起する能力、すなわち免疫原性を有していれば足り、これらのポリペプチドが有する生理活性を保持していることは必ずしも要求されない。したがって、免疫学的等価物において、アミノ酸の置換、欠失及び/又は挿入の部位、変異後のアミノ酸残基の種類及び付加されるアミノ酸配列に、特別な制限はない。以下、a)~c)のポリペプチド及びそれらの免疫学的等価物を、まとめて抗原性ポリペプチドと表す。
【0032】
抗原性ポリペプチドは、これらをコードする核酸を含む発現ベクターを適当な宿主細胞、例えば大腸菌その他の微生物、昆虫細胞又は動物細胞等に導入し発現させることを含む遺伝子工学的生産方法によって作製することができる。核酸の作製、宿主細胞の種類と核酸の導入方法、タンパク質の発現及び精製等を含む、遺伝子工学的生産方法における各操作は、種々の遺伝子工学的操作を詳細に解説した実験操作マニュアル書の指示に基づいて、当業者に公知又は周知の方法により行うことができる。
【0033】
また、抗原性ポリペプチドをコードする核酸を利用した無細胞系の合成方法も、抗原性ポリペプチドの遺伝子工学的な生産方法の1つである。無細胞タンパク質合成系としては、大腸菌、コムギ胚芽、酵母、ウサギ網状赤血球、昆虫細胞及び哺乳類培養細胞といった細胞の抽出液を利用する系や、タンパク質合成に必要な因子を組み合わせて構成した再構成型の系が挙げられる。
【0034】
さらに、抗原性ポリペプチドは、種々の保護基で修飾されたアミノ酸を原料として、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の有機化学的合成方法によって作製することもできるが、遺伝子工学的技術によって、前記の核酸、特に発現ベクターに組み込まれたDNAを原核生物又は真核生物から選択される適当な宿主細胞を用いた好適な発現系に導入することによって生産することが好ましい。
【0035】
抗原性ポリペプチドは、ワクモに対する特異的な免疫応答を惹起する能力、すなわち免疫原性を保持する限り、化学修飾されていてもよく、また他の物質とコンジュゲートを形成していてもよい。化学修飾の例としては、グリコシル化、アセチル化、アシル化、ADPリボシル化、アミド化、PEG化、フラビン化、ホルミル化、γカルボキシル化、ヨウ素化、メチル化、ミリストイル化、リン酸化、プレニル化、セレノイル化、ユビキチン化、脱メチル化、酸化、水酸化、硫酸化、環化、架橋化等を挙げることができる。また、コンジュゲートを形成し得る他の物質の例としては、例えば血清アルブミン、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、免疫グロブリンFcドメイン等の担体タンパク質、例えばβガラクトシダーゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素タンパク質、コロイド金属、発色物質、化学発光物質、蛍光物質、ステアリン酸やリン脂質等の脂質、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン、重合ストレプトアビジン、ニュートラアビジン、ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体等を挙げることができる。
【0036】
本発明はまた、上記の抗原性ポリペプチドをコードする核酸を含む抗ワクモワクチン組成物を提供する。核酸は、ワクモに対する特異的免疫応答の惹起が求められる対象の体内で抗原性ポリペプチドが発現する能力を有するものであればよく、その例としては、抗原性ポリペプチドをコードするmRNA、又は対象の細胞内で機能するプロモーター配列の制御下に抗原性ポリペプチドをコードするDNAを組み込んだ発現ベクターを挙げることができる。発現ベクターは、プロモーター配列の他に、転写発現を調節する任意の機能性塩基配列、例えばオペレーター配列、エンハンサーなどをさらに含んでいてもよい。
【0037】
本発明における抗ワクモワクチン組成物は、上記の抗原性ポリペプチドの少なくとも1種、又はこれらをコードする核酸の少なくとも1種を含むものであり、2種以上の抗原性ポリペプチドの任意の組み合わせ又は1種以上の抗原性ポリペプチドと1種以上の他のワクモの抗原性物質との組み合わせであり得て、あるいは抗原性ポリペプチドをコードする2種以上の核酸の任意の組み合わせ又は抗原性ポリペプチドをコードする1種以上の核酸と1種以上の他のワクモの抗原性物質との組み合わせを含むものであり得る。好ましい実施形態において、抗ワクモワクチン組成物は、a)、d’)、e’)及びf’)よりなる群から選択される1種のポリペプチド又はこれをコードする核酸と、1種以上の抗原性ポリペプチド、抗原性ポリペプチドをコードする1種以上の核酸又は1種以上の他のワクモの抗原性物質との組み合わせを含む。
【0038】
他のワクモの抗原性物質とは、ワクモに対して特異的な免疫応答を惹起することができる、上記の抗原性ポリペプチド及びこれをコードする核酸以外の物質であり、その例としては、ワクモのカテプシンL(Bartleyら、Parasitology、2012、Vol.139、pages 755-765)、カテプシンL2由来抗原(WO2015/182754)、フェリチン2由来抗原(WO2015/182754)等を挙げることができる。
【0039】
本発明はさらに、有効量の抗ワクモワクチン組成物を対象に投与することを含む、対象においてワクモに対して特異的な免疫応答を惹起する方法を提供する。ワクモは、有効量の抗ワクモワクチン組成物を投与された対象から吸血することで、対象の血液に含まれる抗体等の免疫成分を体内に取り込む。ワクモ体内に取り込まれた免疫成分は、中腸に発現し、ワクモの生命活動に必要とされるDg-Cys、Dg-Ctr-1又はDg-CPR-2を認識してその機能を阻害することで、抗ワクモ効果、例えばワクモの殺傷、成長抑制、産卵抑制、又は卵からの孵化阻害等の効果を発揮するものと考えられる。したがって、本発明は、有効量の抗ワクモワクチン組成物を対象に投与することを含む、対象から吸血したワクモを防除する方法、例えばワクモを殺傷する、その成長若しくは産卵を抑制する、又は卵からの孵化を阻害する方法を提供する。
【0040】
対象は、ワクモに対する特異的免疫応答の惹起が求められるヒト又は非ヒト動物であり、例えばマウス、ラット、ハムスター、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、家禽(ニワトリ、ヤケイ、アヒル、カモ、ガチョウ、ガン、シチメンチョウ、ホロホロチョウ、キジ、キンケイ、ウズラ等)、サル等を挙げることができる。本発明において好ましい対象は、ウシ、豚、家禽等の家畜であり、より好ましくは家禽、特にニワトリである。
【0041】
本明細書中で用いられる有効量とは、対象においてワクモに対する特異的な免疫応答を惹起するのに十分な量、あるいは対象から吸血したワクモを防除する、例えばワクモを殺傷する、その成長若しくは産卵を抑制する、又は卵からの孵化を阻害するのに十分な量を意味する。かかる有効量は、投与される対象、使用する抗原性物質その他の医学的又は獣医学的要因によって適宜調節される。
【0042】
抗ワクモワクチン組成物は、有効成分である上記の抗原性ポリペプチドの少なくとも1種、又はこれらをコードする核酸の少なくとも1種に加えて、アジュバント、緩衝剤、抗酸化剤、保存剤、賦形剤、担体等の薬学的に許容される成分を含んでもよい。また、有効成分が発現ベクターの形態である場合、ウイルスベクターを利用することも可能である。薬学的に許容される成分は当業者に周知であり、当業者が通常の実施能力の範囲内で、有効成分の性質や製剤の形態に応じて適宜選択して使用することができる。
【0043】
抗ワクモワクチン組成物の投与方法は特に制限されないが、例えば点眼投与、点鼻投与、噴霧投与、散霧投与、飲水投与、経口投与、混餌投与、卵内接種、穿刺、筋肉注射、皮下注射等を挙げることができる。本発明において特に好ましい投与方法は穿刺、筋肉注射、皮下注射等である。
【0044】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。実施例において、市販のキットを用いた操作はキット製造者のプロトコルに従って行った。なお本発明は、本明細書に記載の特定の方法論、プロトコル、細胞株、動物種及び属、コンストラクト並びに試薬に限定されるものではなく、これらは適宜変更することができるものであることは当業者に容易に理解されるものである。
【実施例0045】
試験例 Dg-Cys、Dg-Ctr-1及びDg-CPR-2の発現プロファイル解析
1)ワクモの採取
日本国内の採卵農場から、発育段階と性別が混在したワクモを入手した。入手後2日以内に、暗赤色の丸いワクモを1200μLのエクストラロングフィルターチップ(WATSON Bio Lab, Tokyo, Japan)を用いて採取することで、吸血後ワクモを分離した。残りのワクモは、TubeSpin Bioreactor 600(TPP Techno Plastic Products)内で、25℃、70%の湿度で2週間維持し、飢餓時ワクモとした。一部のワクモを形態観察によって卵、幼ダニ、第一若ダニ、第二若ダニ及び成ダニに分別し、残りのワクモをフィーディングアッセイに用いた。
【0046】
2)レーザーキャプチャー・マイクロダイセクション及びcDNA合成
吸血後又は飢餓状態にある様々な生育ステージのワクモをカルノア液で固定してパラフィンに包埋した後、5μmの厚さの切片に切断した。切片をLCMフィルム(Meiwafosis)でプレコートしたスライドグラスにマウントし、1%トルイジンブルーで染色した後、Ls-Pro300(Meiwafosis)を用いて唾液腺、中腸、卵巣の各組織を切離し、回収した。RNAqueousR-Micro Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いて組織から全RNAを抽出し、SuperScriptTM First-Strand Synthesis System for reverse transcription polymerase chain reaction(RT-PCR)(Invitrogen)及び300pmolのランダムヘキサマープライマー(北海道システムサイエンス)を用いて、cDNAを合成した。
【0047】
3)遺伝子発現解析
以下の特異的プライマーセットを設計し、cDNAを鋳型として、Ex-Taqポリメラーゼ(Takara Bio)を用いてPCRを行った。内部コントロールとしては、Elf1a1又はActinを増幅した。なお、唾液腺から抽出したRNAサンプルは少量又は低品質であったため、唾液腺から合成したcDNAサンプル中の標的遺伝子の検出は、同じプライマーセットを用いたnested PCRで行った。
【表1】
【0048】
Dg-Cysは卵を除く全ての生育ステージで、Dg-Ctr-1及びDg-CPR-2は全ての生育ステージで、さらに吸血後及び飢餓時の両方で発現しており(図4)、またいずれもワクモ中腸及び卵巣において発現している(図5)ことが確認された。
【0049】
実施例1 抗ワクモワクチン抗原として使用する組換えタンパク質の調製
1)cDNAの合成
ワクモを600μLのBuffer RLT Plus(RNeasy Plus Mini Kit)(Qiagen)に懸濁し、1.5mLマイクロチューブ用の1.5mL Homogenization Pestle(Scientific Specialties)を用いて十分にホモジナイズした。RNeasy Plus Mini Kitを製造元の指示に従って用いて、全RNAを単離した。単離した全RNAから、PrimeScript Reverse Transcriptase(Takara Bio)及び200pmolのオリゴ(dT)18プライマー(北海道システムサイエンス)を用いてcDNAを合成した。
【0050】
2)組換えタンパク質の調製
抗ワクモワクチン抗原として使用されるシグナル配列を持たないDg-Cys(以下、組換えDg-Cysと呼ぶ)、Dg-Ctr-1細胞外ドメイン(以下、組換えDg-Ctr-1と呼ぶ)、及び全長からN末端側1~20位のアミノ酸を欠損させたDg-CPR-2(以下、組換えDg-CPR-2と呼ぶ)は、BICシステム(Takara Bio)を用いて、ヒスチジンタグとの融合タンパク質として発現させた。発現ベクター構築のため、相同組換え部位を含む以下の特異的プライマーセットを設計し、cDNAを鋳型として、KOD-Plus-Neo(TOYOBO)を用いてPCRを行った。
【表2】
【0051】
得られたDg-Cys増幅断片及びDg-Ctr-1増幅断片はそれぞれpBIC4 DNAベクター(Takara Bio)と共に、Dg-CPR-2増幅断片はpBIC3 DNAベクター(Takara Bio)と共にBrevibacillusコンピテントセル(Brevibacillus Expression System, Takara Bio)に導入し、相同組換えによって各ベクターのクローニングサイトに組み込んだ。形質転換体を2SY培地又はTM培地で培養後、上清を回収し、Ni Sepharose 6 Fast Flow(Thermo Fisher Scientific)又はTALONR Metal Affinity Resins(Clontech Laboratories)を用いて組換えタンパク質を精製した。
【0052】
実施例2 ワクチン効果の判定
1)ニワトリへの免疫
各組換えタンパク質を含むPBS溶液をアジュバントの軽質流動パラフィンと混合してエマルジョンとし、3週齢のニワトリ(Hy-Line Brown)に皮下投与した。免疫4週間後に初回免疫と同様に追加免疫を行った。追加免疫から3週間後に、ヘパリン処理した血液を回収し、2000×gで10分間遠心処理して血漿を分離した(免疫血漿)。また、組換えタンパク質と形質流動パラフィンのエマルジョンの代わりにコントロールとしてPBSと軽質流動パラフィンのエマルジョンを皮下投与したニワトリから同様にして血液を回収し、血漿を分離した(対照血漿)。
【0053】
2)ELISAによる抗体価の測定
各組換えタンパク質を96ウェルプレート(住友ベークライト株式会社)に100 ng/ウェルとなるように添加し、carbon-bicarbonateバッファー中で16時間インキュベートしてコーティングした。ウェルをPBSで3回洗浄した後、0.05% Tween 20と1%BSAを含むPBS(PBS-T)を加え、37℃で2時間ブロッキングを行った。ウェルをPBS-Tで5回洗浄した後、PBSで2000倍から2倍段階希釈した試験血漿又は対照血漿を加えた。
【0054】
次いで、組換えDg-Cys又は組換えDg-Ctr-1をコーティングしたプレートについては、室温で1時間インキュベートした後、PBS-Tで5回洗浄し、抗ニワトリIgYペルオキシダーゼウサギ抗体(Sigma-Aldrich)を加えて室温で1時間インキュベートした。PBS-Tで5回洗浄した後、TMB One Component HRP Microwell Substrate(Bethyl Laboratories)を加えて室温で20分間、暗所で反応させた。反応を0.18M H2SO4でクエンチし、450nmで吸光度を測定した。
【0055】
また、組換えDg-CRP-2をコーティングしたプレートについては、血漿を添加した後に25℃で30分間インキュベートし、次いでPBS-Tで5回洗浄し、抗ニワトリIgY [IgG] (H+L)-HRPヤギ抗体(Bethyl laboratories)を加えて37℃で1時間インキュベートした。PBS-Tで5回洗浄した後、TMB One Component HRP Microwell Substrate(Bethyl Laboratories, Montgomery)を加えて37℃で15分間、暗所で反応させた。反応を0.18M H2SO4でクエンチし、450nmで吸光度を測定した。
【0056】
アッセイはデュプリケートで行った。カットオフ値をOD450=0.13に設定し、カットオフ値よりも高い吸光度を示した最大希釈率を抗体価とした。組換えDg-Cysを免疫したニワトリの抗体価を表3に、組換えDg-Ctr-1を免疫したニワトリの抗体価を表4に、組換えDg-CRP-2を免疫したニワトリの抗体価を表5に示す。組換えDg-Ctr-1を10μg/回で免疫した1個体を除いて、対照群を上回る抗体価の上昇が認められ、各組換えタンパク質を免疫したニワトリが特異抗体を産生していることが確認された。
【表3】
【表4】
【表5】
【0057】
2)インビトロフィーディングアッセイ
抗体値が>8000であった免疫血漿を用いてインビトロフィーディングアッセイを行った。健康なニワトリから新鮮な血液を採取し、40℃でインキュベートした後、2000×gで10分間遠心分離して血漿を除去して血球画分とし、除去した血漿と同量の免疫血漿又は対照血漿を加えて混合することで、アッセイ用血液試料を調製した。
【0058】
インビトロフィーディングアッセイには、Ariizumi et al.(The Journal of Veterinary Medical Science, 2021, 83:558-565)に記載されたデバイス(図6)を用いた。約100匹のワクモを収容した300μLのフィルターチップをデバイス本体に入れた後にラバーキャップタイプ2(GE Healthcare)を装着し、27G針(テルモ)を用いて換気のための貫通孔を設けた。デバイス上部にアッセイ用血液試料を充填し、40℃、高湿度(70-80%)環境下、暗所で適度に振盪しながら4時間静置して、パラフィルム越しにワクモに吸血させた。吸血したワクモを回収し、湿度70%、温度25℃で保管して観察した。観察期間中、死亡ワクモ数を日ごとにカウントした。また、吸血ワクモの回収日から7日目の時点の新生ワクモ数(幼ダニ及び第一若ダニの数)をカウントした。以下の式に基づいて死亡率、繁殖効率及び増加率を算出した。
死亡率=死亡ワクモ数/吸血ワクモ数
繁殖効率=7日目の新生幼ダニ及び第一若ダニの数/吸血成ダニ数
増加率=観察期間後のワクモ総数/吸血ワクモ総数
【0059】
死亡率、増加率及び繁殖効率については、Fisherの正確検定を用いて免疫群と対照群とを比較し、オッズ比及び95%信頼区間(CI)を推定した。また死亡率を1から減算した値を生存率とし、その推移をカプランマイヤー曲線で示して、ログランク検定を行った。P値< 0.05を有意な差とした。
【0060】
Dg-Cys
組換えDg-Cys免疫血漿から調製した血液試料を用いて、インビトロフィーディングアッセイを2回実施した。観察集団の多くが成ダニであった実験1では、生存率への影響は観察されなかったが(図7A)、若ダニ(主に第一若ダニ)を対象とした実験2では、免疫群の生存率に有意な低下が認められた(図7B)。実験1において、免疫群は対照群と比較して繁殖効率は43%、増加率は24%低下しており、いずれも有意な差であった(表6及び7)。
【表6】
【表7】
【0061】
以上から、組換えDg-Cysは、ニワトリにおいてワクモに対する免疫応答を惹起し、このニワトリの血液を摂取したワクモの生存率、特に第一若ダニの生存率の低下、成ダニの繁殖効率の低下、及びワクモ総数の増加率の低下をもたらすことが確認された。
【0062】
Dg-Ctr-1
組換えDg-Ctr-1免疫血漿から調製した血液試料を用いて、インビトロフィーディングアッセイを2回実施した。観察集団の多くが若ダニ(主に第一若ダニ)であった実験1では、生存率の有意な低下が観察された(図8A)。一方、異なる生育ステージが混在しているミックスステージを対象とした実験2では、生存率への影響は観察されなかった(図8B)。実験2について、成ダニと若ダニ(主に第一若ダニ)に分けて再度解析を行ったところ、成ダニでは生存率に差は認められなかったが(図9A)、若ダニでは免疫群の生存率に有意な低下が認められた(図9B)。以上から、組換えDg-Ctr-1は、ニワトリにおいてワクモに対する免疫応答を惹起し、このニワトリの血液を摂取したワクモの生存率、特に第一若ダニの生存率の低下をもたらすことが確認された。
【0063】
Dg-CPR-2
組換えDg-CPR-2免疫血漿から調製した血液試料を用いて、インビトロフィーディングアッセイを2回実施した。観察集団の多くがミックスステージであった実験1では、生存率の有意な低下が観察され(図10A)、同じく観察集団の多くがミックスステージであった実験2では免疫群の生存率の値は対照群を下回っていたものの、有意な低下は認められなかった(図10B)。実験2について、成ダニと若ダニ(主に第一若ダニ)に分けて再度解析を行ったところ、成ダニでは生存率に差は認められなかったが(図11A)、若ダニでは免疫群の生存率に有意な低下が認められた(図11B)。また、実験2において、免疫群は対照群と比較して繁殖効率は16%、増加率は25%低下していたが、いずれも有意な差ではなかった(表8及び9)。
【表8】
【表9】
【0064】
以上から、組換えDg-CPR-2は、ニワトリにおいてワクモに対する免疫応答を惹起し、このニワトリの血液を摂取したワクモの生存率、特に第一若ダニの生存率の低下をもたらし、また成ダニ繁殖効率及びワクモ総数の増加率を低下させる傾向があることが確認された。
【0065】
Dg-CysとDg-Ctr-1の組み合わせ
Dg-Cys免疫血漿とDg-Ctr-1免疫血漿を1:1で混合した後、健康ニワトリ由来の血球画分と混合してアッセイ用血液試料Dg-Cys+Dg-Ctr-1を調製した。対照血漿、Dg-Cys免疫血漿及びDg-Ctr-1免疫血漿のそれぞれから調製したアッセイ用血液試料と共に、インビトロフィーディングアッセイに供し、成ダニを観察対象として生存率への影響を評価した。カプランマイヤー曲線を図12に、日ごとの生存率を表10に示す。
【表10】
【0066】
Dg-Cys免疫血漿は単独でも、対照血漿と比較してワクモ成ダニの生存率を有意に低下させた(5日目、7日目、11日目)。Dg-Ctr-1免疫血漿は、単独では成ダニの生存率を有意には低下させなかったが、Dg-Cys+Dg-Ctr-1混合免疫血漿は、Dg-Cys免疫血漿及びDg-Ctr-1免疫血漿のそれぞれの濃度が1/2になっているにもかかわらず、Dg-Cys免疫血漿単独、Dg-Ctr-1免疫血漿単独よりも成ダニの生存率を低下させた。以上から、Dg-CysとDg-Ctr-1の組み合わせは、それぞれを単独で用いた場合よりもワクモの生存率を大きく低下させることが確認された。
【配列表フリーテキスト】
【0067】
配列番号1 シグナル配列を持たないDg-Cysのアミノ酸配列
配列番号2 Dg-Ctr-1細胞外ドメインのアミノ酸配列
配列番号3 全長からN末端側1~20位のアミノ酸を欠損させたDg-CPR-2のアミノ酸配列
配列番号4 Dg-Cysシスタチン保存部位のアミノ酸配列
配列番号5 Dg-CPR-2成熟ドメインのアミノ酸配列
配列番号6 シグナル配列を持たないDg-Cysをコードする塩基配列
配列番号7 Dg-Ctr-1細胞外ドメインをコードする塩基配列
配列番号8 全長からN末端側1~20位のアミノ酸を欠損させたDg-CPR-2をコードする塩基配列
配列番号9 Dg-Cys全長をコードする塩基配列
配列番号10 Dg-Cys全長のアミノ酸配列
配列番号11 Dg-Ctr-1全長をコードする塩基配列
配列番号12 Dg-Ctr-1全長のアミノ酸配列
配列番号13 Dg-CPR-2全長をコードする塩基配列
配列番号14 Dg-CPR-2全長のアミノ酸配列
配列番号15 Dg-Cys検出用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号16 Dg-Cys検出用リバースプライマーの塩基配列
配列番号17 Dg-Ctr-1検出用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号18 Dg-Ctr-1検出用リバースプライマーの塩基配列
配列番号19 Dg-CPR-2(144bp)検出用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号20 Dg-CPR-2(144bp)検出用リバースプライマーの塩基配列
配列番号21 Dg-CPR-2(102bp)検出用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号22 Dg-CPR-2(102bp)検出用リバースプライマーの塩基配列
配列番号23 Elf1a1検出用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号24 Elf1a1検出用リバースプライマーの塩基配列
配列番号25 Actin検出用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号26 Actin検出用リバースプライマーの塩基配列
配列番号27 Dg-Cys発現ベクター構築用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号28 Dg-Cys発現ベクター構築用リバースプライマーの塩基配列
配列番号29 Dg-Ctr-1発現ベクター構築用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号30 Dg-Ctr-1発現ベクター構築用リバースプライマーの塩基配列
配列番号31 Dg-CPR-2発現ベクター構築用フォワードプライマーの塩基配列
配列番号32 Dg-CPR-2発現ベクター構築用リバースプライマーの塩基配列
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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