(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022176044
(43)【公開日】2022-11-25
(54)【発明の名称】低級オレフィンの製造方法、低級オレフィン組成物の製造方法、プロピレン組成物の製造方法、並びに、低級オレフィン製造用ナフサ、低級オレフィン組成物、及びポリオレフィン系重合体
(51)【国際特許分類】
C07C 1/20 20060101AFI20221117BHJP
C07C 11/06 20060101ALI20221117BHJP
【FI】
C07C1/20
C07C11/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021187182
(22)【出願日】2021-11-17
(31)【優先権主張番号】P 2021082573
(32)【優先日】2021-05-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】菊池 聡
(72)【発明者】
【氏名】清水 俊克
(72)【発明者】
【氏名】芝 雄介
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AC13
4H006BB62
4H006BC10
(57)【要約】
【課題】メタノール生成量の少ない低級オレフィン又は低級オレフィン組成物の製造方法、メタノール生成量の少ない低級オレフィン製造用ナフサ、及びメタノール含有量の少ない低級オレフィン組成物を提供する。
【解決手段】エーテルを含有するナフサを分解する工程を含む低級オレフィンの製造方法であって、該エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子に対して非対称構造を有し、該ナフサに含まれる、該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である、低級オレフィンの製造方法。エーテルを含む低級オレフィン製造用ナフサであって、該エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子に対して非対称構造を有し、該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である、低級オレフィン製造用ナフサ。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エーテルを含有するナフサを分解する工程を含む低級オレフィンの製造方法であって、
該エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子に対して非対称構造を有し、
該ナフサに含まれる、該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である、低級オレフィンの製造方法。
【請求項2】
前記ナフサに含まれる、前記エーテルに由来する酸素原子の含有量が0.1質量ppm以上である、請求項1に記載の低級オレフィンの製造方法。
【請求項3】
前記エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子と結合する2つの炭素原子について、密度汎関数法によって求めた、一方の炭素原子の電荷E1と他方の炭素原子の電荷E2との差の絶対値ΔE(ΔE=|E1-E2|)が0.05[単位:e]以上である、請求項1又は2に記載の低級オレフィンの製造方法。
但し、eは電子素量を意味し、e=1.602176634×10-19[単位:C]である。
【請求項4】
前記ΔE[単位:e]、及び、得られた低級オレフィンにおけるメタノール生成比率Bが、下記式(1)及び(2)を満たす、請求項3に記載の低級オレフィンの製造方法。
0.05≦ΔE 式(1)
B≦1.25×ΔE+0.10 式(2)
【請求項5】
前記エーテルがモノエーテルである、請求項1~4のいずれか1項に記載の低級オレフィンの製造方法。
【請求項6】
前記エーテルのエーテル結合を構成している酸素原子と結合する2つの炭素原子の一方がメチル基の炭素原子である、請求項1~5のいずれか1項に記載の低級オレフィンの製造方法。
【請求項7】
前記低級オレフィンがプロピレンである、請求項1~6のいずれか1項に記載の低級オレフィンの製造方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の低級オレフィンの製造方法を用いて、低級オレフィン及びメタノールを含有する低級オレフィン組成物を製造することを含む、低級オレフィン組成物の製造方法。
【請求項9】
請求項7に記載の低級オレフィンの製造方法を用いて、プロピレン及びメタノールを含有するプロピレン組成物を製造することを含む、プロピレン組成物の製造方法。
【請求項10】
エーテルを含む低級オレフィン製造用ナフサであって、
該エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子に対して非対称構造を有し、
該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である、低級オレフィン製造用ナフサ。
【請求項11】
前記エーテルに由来する酸素原子の含有量が0.1質量ppm以上である、請求項10に記載の低級オレフィン製造用ナフサ。
【請求項12】
前記エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子と結合する2つの炭素原子について、密度汎関数法によって求めた、一方の炭素原子の電荷E1と他方の炭素原子の電荷E2との差の絶対値ΔE(ΔE=|E1-E2|)が0.05[単位:e]以上である、請求項10又は11に記載の低級オレフィン製造用ナフサ。
但し、eは電子素量を意味し、e=1.602176634×10-19[単位:C]である。
【請求項13】
前記エーテルがモノエーテルである、請求項10~12のいずれか1項に記載の低級オレフィン製造用ナフサ。
【請求項14】
前記エーテルのエーテル結合を構成している酸素原子と結合する2つの炭素原子の一方がメチル基の炭素原子である、請求項10~13のいずれか1項に記載の低級オレフィン製造用ナフサ。
【請求項15】
前記低級オレフィンがプロピレンである、請求項10~14のいずれか1項に記載の低級オレフィン製造用ナフサ。
【請求項16】
請求項10~15のいずれか1項に記載の低級オレフィン製造用ナフサの分解生成物である、低級オレフィン又はその誘導体を含有する低級オレフィン組成物。
【請求項17】
前記低級オレフィンが、1分子中に不飽和結合を1個又は2個含む炭素数2~4の不飽和炭化水素である、請求項16に記載の低級オレフィン組成物。
【請求項18】
さらに、メタノールを含有する、請求項16又は17に記載の低級オレフィン組成物。
【請求項19】
請求項16~18のいずれか1項に記載の低級オレフィン組成物に含有される低級オレフィン又はその誘導体に由来する繰り返し単位を含む、ポリオレフィン系重合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナフサから低級オレフィンを製造する低級オレフィンの製造方法と、該低級オレフィンの製造方法により低級オレフィン組成物又はプロピレン組成物を製造する方法に関する。
さらに、本発明は、低級オレフィン製造用ナフサと、この低級オレフィン製造用ナフサを用いた低級オレフィン組成物、及びポリオレフィン系重合体に関する。
本発明において、「低級オレフィン」とは、1分子中に不飽和結合を1個又は2個含む炭素数2~4の不飽和炭化水素を意味し、具体的にはエチレン、プロピレン、1-ブテン、2-ブテン、イソブテン、1,2-ブタジエン及び1,3-ブタジエンが挙げられる。
【背景技術】
【0002】
低級オレフィンの代表的な製造方法としては、ナフサ(30~230℃程度の沸点範囲をもつ原油由来の炭化水素混合物)を水蒸気の存在下に熱分解(スチーム・クラッキング)する方法が知られている(例えば特許文献1)。
ナフサには、含酸素化合物が含まれており、ナフサを熱分解して各種低級オレフィンを製造する際、含酸素化合物の熱分解物に由来するメタノールを生成する場合がある。なお、ナフサに含まれる含酸素化合物は種々存在するが、それら含酸素化合物からメタノールが生成する割合は一定ではなく、その詳細は明らかにされていない。
含酸素化合物の熱分解物に由来するメタノールは、プロピレン等の製品低級オレフィンに混入すると、プロピレン等の低級オレフィンを重合する際に用いる触媒の性能を低下させるという問題があった。
【0003】
このため、ナフサ中の含酸素化合物の含有濃度がナフサの品質の良否の判断基準とされており、通常、ナフサの購入者は、ナフサ中に種々存在する含酸素化合物の含有濃度を確認して購入している。
また、ナフサ中の含酸素化合物の含有濃度はナフサ価格にも反映され、含酸素化合物の含有濃度の高いものは安価であり、低いものは高価格で販売されている。
【0004】
以上のような背景から、ナフサの購入者は、通常、購入した含酸素化合物含有量が多いナフサに、含酸素化合物含有濃度が低いナフサをブレンドし、ナフサ中の含酸素化合物の含有濃度を低減してから、低級オレフィンの製造に用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のとおり、従来、ナフサに含まれる含酸素化合物の種類と、該含酸素化合物の熱分解に由来するメタノールの生成量との関係についての詳細は明らかにされていなかった。そのため、ナフサ中の含酸素化合物の含有濃度からナフサの良否を判定しても、必ずしもその含有濃度に、実際に熱分解により低級オレフィンを製造した際のメタノール生成濃度が比例するとは限らなかった。即ち、メタノール生成濃度の低い良質なナフサを的確に判定する方法はこれまで知られていなかった。
【0007】
本発明はこれらの問題点を解決することを目的とする。すなわち、本発明は、メタノール生成濃度の低い低級オレフィンの製造方法、低級オレフィン組成物の製造方法、プロピレン組成物の製造方法及び低級オレフィン製造用ナフサを提供することを課題とする。さらに、本発明は、該低級オレフィンの製造方法及び/又は該低級オレフィン製造用ナフサにより製造したメタノール含有量の少ない低級オレフィン組成物、及びこの低級オレフィン組成物を用いたポリオレフィン系重合体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねた結果、含酸素化合物の中でもエーテル結合の酸素原子に対して非対称構造を有する特定のエーテルが、ナフサの熱分解工程において分子中の特定の結合が選択的に分解し易く、特に、分解によりメタノールを生成し易いこと、該非対称構造を有する特定のエーテル、より好ましくは非対称構造を有する特定のエーテルの、エーテル結合の酸素原子に結合する2つの炭素原子の電荷の値の差の絶対値ΔE[単位:e]が所定値以上であるエーテルに由来する酸素原子の含有量でナフサの良否を判定できるとの知見を得、この知見に基づき本発明を完成させた。
【0009】
即ち、本発明は以下を要旨とする。
【0010】
本発明の第一の要旨は、エーテルを含有するナフサを分解する工程を含む低級オレフィンの製造方法であって、該エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子に対して非対称構造を有し、該ナフサに含まれる、該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である、低級オレフィンの製造方法に関する。
本発明の第二の要旨は、前記低級オレフィンの製造方法を用いて、低級オレフィン及びメタノールを含有する低級オレフィン組成物を製造することを含む、低級オレフィン組成物の製造方法に関する。
本発明の第三の要旨は、前記低級オレフィンの製造方法を用いて、プロピレン及びメタノールを含有するプロピレン組成物を製造することを含む、プロピレン組成物の製造方法に関する。
本発明の第四の要旨は、エーテルを含む低級オレフィン製造用ナフサであって、該エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子に対して非対称構造を有し、該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である、低級オレフィン製造用ナフサに関する。
本発明の第五の要旨は、前記低級オレフィン製造用ナフサの分解生成物である、低級オレフィン又はその誘導体を含有する低級オレフィン組成物に関する。
本発明の第六の要旨は、前記低級オレフィン組成物に含有される低級オレフィン又はその誘導体に由来する繰り返し単位を含む、ポリオレフィン系重合体に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、熱分解におけるメタノール生成量の少ないナフサをより的確に判定し、このようなナフサを用いてメタノール含有濃度の低い低級オレフィンを製造することができる。
本発明によれば、ナフサ中の特定のエーテル、具体的にはエーテル結合を構成している酸素原子と結合する2つの炭素原子について、密度汎関数法によって求めた、一方の炭素原子の電荷E1と他方の炭素原子の電荷E2との差の絶対値ΔE(ΔE=|E1-E2|)が0.05[単位:e]以上であるエーテルに由来する酸素原子の含有量から、ナフサの低級オレフィン原料としての良否を的確に判定することができる。
このため、例えば、含酸素化合物の含有濃度が高いために安価なナフサの中から、ΔEが0.05[単位:e]以上のエーテルに由来する酸素原子の含有量の低いナフサを選択して、安価な原料ナフサを用いた上でメタノール生成濃度を抑えて高純度の低級オレフィンを製造することができる。また、含酸素化合物の含有濃度が高いナフサであっても、ΔEが0.05e[単位:e]以上のエーテルに由来する酸素原子の含有量が低いものであれば、含酸素化合物含有濃度の低いナフサをブレンドすることなく、そのまま原料ナフサとして用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】各種エーテルのΔE[単位:e]とメタノール生成比率Bとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施することができる。
【0014】
なお、特に断らない限り、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味し、「A~B」は、
A以上B以下であることを意味する。
【0015】
本発明において、「低級オレフィン」とは、1分子中に不飽和結合を1個又は2個含む炭素数2~4の不飽和炭化水素を意味し、具体的にはエチレン、プロピレン、1-ブテン、2-ブテン、イソブテン、1,2-ブタジエン及び1,3-ブタジエンが挙げられる。
【0016】
<低級オレフィンの製造方法>
本発明の低級オレフィンの製造方法は、エーテルを含有するナフサを分解する工程を含む低級オレフィンの製造方法であって、該エーテルが、エーテル結合を構成している酸素原子(以下、「エーテル酸素原子」と称す場合がある。)に対して非対称構造を有し、該ナフサに含まれる、該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である。
【0017】
本発明の低級オレフィンの製造方法において、前記ナフサに含まれるエーテルが、エーテル酸素原子に対して非対称構造を有しており、且つ、前記エーテルに由来する酸素原子の含有量を20,000質量ppm以下とすることで、後述する理由により、前記ナフサを熱分解して得られた低級オレフィン中のメタノールの含有量を低減することができる。
【0018】
さらに、本発明の低級オレフィンの製造方法において、前記エーテルは、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子について、密度汎関数法によって求めた、一方の炭素原子の電荷E1[単位:e]と他方の炭素原子の電荷E2[単位:e]との差の絶対値ΔE(ΔE=|E1-E2|)を0.05[単位:e]以上とすることで、後述する理由により、前記ナフサを熱分解して得られた低級オレフィン中のメタノールの含有量をより効果的に低減することができる。
なお、本明細書において、「e」は電子素量を意味し、e=1.602176634×10-19[単位:C]である。
【0019】
さらに、本発明の低級オレフィンの製造方法において、前記ΔE[単位:e]、及び、得られた低級オレフィンにおけるメタノール生成比率Bが、下記式(1)及び(2)を満たすことで、前記ナフサを熱分解することにより、メタノールの含有量が低減された低級オレフィンを得ることができる。
0.05≦ΔE 式(1)
B≦1.25×ΔE+0.10 式(2)
【0020】
前述のとおり、メタノールは、低級オレフィンを重合する際の重合触媒に悪影響を与える。前記式(1)及び(2)を満たす条件で、ナフサを熱分解して得られた低級オレフィンは、メタノールの含有量が低減されているため、プロピレン等の低級オレフィンを製造する場合に有効である。
【0021】
前記式(2)は、B≦1.25×ΔE+0.05を満たす条件であることがより好ましい。
【0022】
なお、前記メタノール生成比率Bは、ナフサを熱分解する際に生成するメタノールの生成割合を示す指標であり、「ナフサに含まれるエーテル中の酸素原子数」に対する、「凝縮水に含まれるメタノール中の酸素原子数」の比率を意味する。メタノール生成比率Bの具体的な測定は実験例の項に記載した。
【0023】
<エーテル>
エーテルは、本発明の低級オレフィンの製造方法において、熱分解原料であるナフサに含まれる化合物である。
【0024】
本発明の低級オレフィンの製造方法において、前記エーテルは、エーテル酸素原子に対して非対称構造を有する(以下、このようなエーテルを「非対称エーテル」と称す場合がある。)。
【0025】
さらに、本発明の低級オレフィンの製造方法において、前記非対称エーテルは、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子について、密度汎関数法によって求めた、一方の炭素原子の電荷E1と他方の炭素原子の電荷E2との差の絶対値ΔE(ΔE=|E1-E2|)を0.05[単位:e]以上とすることで、後述する理由により、前記ナフサを熱分解して得られた低級オレフィン中のメタノールの含有量をより効果的に低減することができる。
前記2つの炭素原子の電荷の値は、前記エーテルの分子構造について、密度汎関数法(DFT)計算を行い算出される。DFTの計算条件には、基底関数系としてdef-TZVPを使用し、溶媒効果としてCOSMO溶媒和モデル(COnductor like Screening MOdel)を採用し、解析方法としてMullikenの電荷密度解析法(Population Analysis)を用いることができる。
前記ΔEの計算には、量子化学計算ソフト「TURBOMOLE」(TURBOMOLE社製)及びTURBOMOLE用のグラフィカルユーザーインターフェイス「TmoleX」(TURBOMOLE社製)を使用できる。
【0026】
一般的に、前記ΔEが大きいエーテルは、エーテル酸素原子に対して非対称構造を有する、非対称エーテルである。本発明者らは、非対称エーテルは、熱分解条件下で熱分解してメタノールを生成し易い傾向があることを見出した。
さらに本発明者らは、エーテルのΔEが大きいほど、エーテル酸素原子に結合する2つの炭素原子間に電荷の偏りがあるため、このようなエーテルは熱分解条件下で熱分解してメタノールを生成し易い傾向があることを見出した。
【0027】
さらに、本発明者らは、前記エーテルとして、非対称エーテル、より好ましくは前記ΔE[単位:e]が0.05以上である非対称エーテルを用い、且つ、ナフサに含まれる非対称エーテルに由来する酸素原子の含有量を20,000質量ppm以下とすることで、前記ナフサを熱分解して得られた低級オレフィン中のメタノールの含有濃度を低減できることを見出した。
【0028】
例えば、エーテル酸素原子に対して非対称構造を有する非対称エーテルとして、2-メトキシブタン(CH3CH2CH(CH3)-O-CH3)、メトキシシクロペンタン(C5H9-O-CH3)、1-メトキシプロパン(CH3CH2CH2-O-CH3)は、ΔE[単位:e]がそれぞれ0.181、0.151、0.084であり、ΔEが大きく、電荷の偏りが大きいため、分子中の特定の結合が選択的に分解され易い。その結果、これらのエーテルを含有するナフサの熱分解工程において、前記エーテルはメタノールを生成し易い。
【0029】
一方、エーテル酸素原子に対して対称構造を有するエーテル(以下、「対称エーテル」という。)として、ジメチルエーテル(CH3-O-CH3)、ジエチルエーテル(CH3-CH2-O-CH2-CH3)、ジイソプロピルエーテル((CH3)2CH-O-CH(CH3)2)、ジプロピルエーテル(CH3-CH2-CH2-O-CH2-CH2-CH3)は、ΔE[単位:e]がそれぞれ0.004、0.001、0.010、0.000であり、ΔEが小さく、電荷の偏りが小さいため、分子中の特定の結合が選択的に分解されるということが起こりにくい。その結果、これらの対称エーテルを含有するナフサの熱分解工程において、前記対称エーテルはメタノールを生成し難い。
【0030】
本発明の低級オレフィンの製造方法では、非対称エーテルの含有量が所定値以下のナフサを熱分解して低級オレフィンを製造するので、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量を低減できる。
【0031】
前記非対称エーテルは、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量を効果的に低減できることから、分子中にエーテル酸素原子を1つのみ有するモノエーテルであることが好ましい。
【0032】
さらに、前記ΔE[単位:e]が0.05以上の非対称エーテルは、分子中の少なくとも1つのエーテル結合のΔEの値が0.05以上のものであるが、ΔEの値とメタノールの生成量との相関性が高いため、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量を効果的に低減できることから、分子中にエーテル酸素原子を1つのみ有するモノエーテルであることが好ましい。
【0033】
また、前記非対称エーテル、好ましくは、前記ΔEが0.05以上の非対称エーテルは、2-メトキシブタン、メトキシシクロペンタン、1-メトキシプロパンのように、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子の一方がメチル基の炭素原子であることが、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量をより効果的に低減できることから、好ましい。
【0034】
なお、エーテルが、1分子中に2以上のエーテル結合を有する場合には、各エーテル結合部のΔEは各々のエーテル酸素原子に結合する2つの炭素原子の電荷の差の絶対値として求められ、前記エーテルのΔEは、2以上のΔEの中で最も大きい値のことをいう。
【0035】
<ナフサ・低級オレフィン製造用ナフサ>
ナフサは、本発明の低級オレフィンの製造方法において、低級オレフィン製造の熱分解原料として用いられる。
前記ナフサの一実施形態として、エーテルを含む低級オレフィン製造用ナフサであって、該エーテルが、エーテル酸素原子に対して非対称構造を有し、該エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下である、低級オレフィン製造用ナフサを挙げることができる。
低級オレフィン製造用ナフサに含まれる前記エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm以下であれば、前記ナフサを熱分解して得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量を低減できる。前記エーテルに由来する酸素原子の含有量は、1,000質量ppm以下であることが好ましく、100質量ppm以下であることがより好ましく、さらに好ましくは50質量ppm以下である。
【0036】
前記低級オレフィン製造用ナフサにおいて、前記エーテルは、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子について、上述した密度汎関数法によって求めた、一方の炭素原子の電荷E1と他方の炭素原子との電荷E2の差の絶対値ΔE(ΔE=|E1-E2|)を0.05以上とすることが、上述した理由により好ましい。
【0037】
前記低級オレフィン製造用ナフサにおいて、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量をより効果的に低減できることから、前記エーテルは、分子中にエーテル酸素原子を1つのみ有するモノエーテルが好ましい。
【0038】
前記低級オレフィン製造用ナフサにおいて、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量をより効果的に低減できることから、前記エーテルは、2-メトキシブタン、メトキシシクロペンタン、1-メトキシプロパンのように、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子の一方がメチル基の炭素原子であるエーテルが好ましい。
【0039】
本発明の低級オレフィン製造用ナフサにおいて、前記ナフサに含まれる前記エーテルに由来する酸素原子の含有量の上限は、ナフサを熱分解して得られた低級オレフィンにおけるメタノール生成量を抑制する観点から、20,000質量ppm以下である。1,000質量ppm以下であることが好ましく、100質量ppm以下であることがより好ましく、さらに好ましくは50質量ppm以下である。
【0040】
一方、前記ナフサに含まれる前記エーテルに由来する酸素原子の含有量の下限は特に限定されない。通常は、一般的な分析機器であるGC及びGC/MS測定による定量下限値から0.1質量ppm以上であるが、0.2質量ppm以上であることが好ましく、0.5質量ppm以上であることがより好ましく、1質量ppm以上であることがさらに好ましく、10質量ppm以上であることが特に好ましく、20質量ppm以上であることが最も好ましい。
【0041】
このようなナフサは、例えば、前記エーテルに由来する酸素原子の含有量として20,000質量ppm以下のナフサを購入又は入手することにより得られる。また、購入又は入手したナフサの、前記エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppmを超える場合は、これに非対称エーテルに由来する酸素原子の含有量が20,000質量ppm未満のナフサ等を混合して該含有量を低下させることにより得られる。
【0042】
<ナフサの分解方法>
本発明の低級オレフィンの製造方法は、上記のように前記非対称エーテル、好ましくはΔE[単位:e]が0.05以上の非対称エーテル含有量の低いナフサを選択して、或いは調製して、用いること以外は常法に従って低級オレフィンを製造することができる。
【0043】
即ち、前記非対称エーテル、好ましくはΔEが0.05以上の非対称エーテルが酸素原子の含有量として20,000質量ppm以下のナフサを、水蒸気の存在下、700~1000℃の温度において熱分解(スチーム・クラッキング)させることにより低級オレフィンを得る。
【0044】
熱分解の条件のうち、ナフサと水蒸気との比率は、ナフサ100質量部に対して水蒸気20~100質量部であることが好ましく、30~70質量部であることが更に好ましく、35~60質量部であることが特に好ましい。水蒸気量が20質量部未満の場合には、熱分解炉内に設置された分解反応を行うための配管への炭素質物質の沈着が多くなる傾向にある。他方、水蒸気量が100質量部を超える場合には、水蒸気に与える熱量が増大し、装置にかかるエネルギー負荷が過大なものとなる。
【0045】
また、熱分解の反応温度は、通常700~1000℃であり、好ましくは750~950℃である。反応温度が700℃未満の場合はナフサの熱分解が十分に進行せず、目的とする低級オレフィンの収率が低下する。他方、反応温度が1000℃を超える場合には、ナフサの熱分解が過剰となり、メタン等の好ましくない副生成物の発生が増加して、目的とする低級オレフィンの収率が低下する傾向となる。
【0046】
また、熱分解の反応時間は、好ましくは0.01~1秒、より好ましくは0.04~0.7秒である。反応時間が0.01秒未満の場合はナフサの熱分解が十分に進行せず、目的とする低級オレフィンの収率が低下する傾向となる。他方、反応時間が1秒を超える場合には、ナフサの熱分解が過剰となり、メタン等の好ましくない副生成物の発生が増加して目的とする低級オレフィンの収率が低下する傾向となる。
【0047】
また、熱分解の反応圧力は、好ましくは0.01~1.5MPa(ゲージ圧力)、より好ましくは0.05~0.5MPa(ゲージ圧力)、さらに好ましくは0.07~0.2MPa(ゲージ圧力)である。
【0048】
熱分解の反応域を出た反応生成物は、急冷することによって、過剰な分解の進行を抑制することができる。冷却温度は、特に限定されないが、例えば、工業的スケールで実施する場合は、好ましくは200~700℃、より好ましくは250~650℃とすることができ、パイロットや実験室等の小スケールで実施する場合は、好ましくは0~100℃、より好ましくは3~40℃とすることができる。
【0049】
このようにして得られる低級オレフィンを含む反応生成物については、常法に従って、精製、分画等の処理を行うことができる。これにより、エチレン、プロピレン、ブテン、ブタジエン等の低級オレフィン、芳香族炭化水素類、その他の炭化水素類がそれぞれ得られる。また、エタン、プロパン等の飽和炭化水素は、回収して再び熱分解に供することができる。なお、低級オレフィンのうちブテン及びブタジエンは、通常、ブタンとの混合物として得られる。そのため、別工程にてブタジエンを溶媒抽出により単離し、抽出残であるブテン及びブタンの混合物については別工程で重合、精留等により利用、分画することが好ましい。
【0050】
<低級オレフィン組成物の製造方法・プロピレン組成物の製造方法>
本発明の低級オレフィンの製造方法を用いることで、低級オレフィン及びメタノールを含有する低級オレフィン組成物を製造することができる。
より詳しくは、本発明の低級オレフィンの製造方法を用いることで、低級オレフィンを含有し、さらにメタノールの生成が抑えられた、即ち、メタノール含有量の少ない低級オレフィン組成物を製造することができる。
【0051】
さらに、本発明の低級オレフィンの製造方法を用いることで、プロピレン及びメタノールを含有するプロピレン組成物を製造することができる。
より詳しくは、本発明の低級オレフィンの製造方法を用いることで、プロピレンを含有し、さらにメタノールの生成が抑えられた、即ち、メタノール含有量の少ないプロピレン組成物を製造することができる。
【0052】
本発明の低級オレフィン組成物の製造方法、又は、本発明のプロピレン組成物の製造方法において、前記エーテルは、上述した理由により、分子中にエーテル酸素原子を1つのみ有するモノエーテルが好ましい。
【0053】
さらに、本発明の低級オレフィン組成物の製造方法、又は、本発明のプロピレン組成物の製造方法において、前記エーテルは、上述した理由により、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子の一方がメチル基の炭素原子であるエーテルが好ましい。
【0054】
前述のとおり、メタノールは、低級オレフィン又はプロピレンを重合する際の重合触媒に悪影響を与えることから、本発明の製造方法は、プロピレン等の低級オレフィンを製造する場合に有効である。
【0055】
<低級オレフィン組成物>
本発明の低級オレフィン組成物は、本発明の低級オレフィン製造用ナフサの分解生成物である、低級オレフィン又はその誘導体を含有する組成物である。
【0056】
前記「低級オレフィン」とは、1分子中に不飽和結合を1個又は2個含む炭素数2~4の不飽和炭化水素を用いることができる。具体的にはエチレン、プロピレン、1-ブテン、2-ブテン、イソブテン、1,2-ブタジエン及び1,3-ブタジエンが挙げられる。中でも、エチレン、プロピレン、1-ブテン及び2-ブテンからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0057】
前記「その誘導体」、すなわち「低級オレフィンの誘導体」とは、本発明の低級オレフィン製造用ナフサを分解する際に生成する化合物であってもよいし、或いは又、本発明の低級オレフィン製造用ナフサの分解生成物である低級オレフィンを用いて得られた化合物であっても良い。
前記「低級オレフィンの誘導体」は、特に限定されるものではないが、例えば、下記のエチレンの誘導品、プロピレンの誘導品、及びブテンの誘導品が挙げられる。
【0058】
a)エチレンの誘導品:エチレンの酸化反応によるエチレンオキサイド、エチレングリコール、エタノールアミン、グリコールエーテル等、塩素化による塩化ビニルモノマー、1,1,1-トリクロロエタン、塩化ビニリデン、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。また、エチレンの重合により得られた、α-オレフィン、更に、α-オレフィンを原料として、オキソ反応それに続く水素化反応により高級アルコ一ルが挙げられる。或いは又、エチレンの重合により得られた、低密度や高密度のポリエチレン等が挙げられる。また、エチレンと酢酸との反応により得られた酢酸ビ二ル等が挙げられる。また、エチレンのワッカー反応により得られたアセトアルデヒド及びその誘導体である酢酸エチル等が挙げられる。
【0059】
b)プロピレンの誘導品:プロピレンのアンモ酸化により得られたアクリロニトリル、プロピレンの選択酸化により得られたアクロレイン、アクリル酸およびアクリル酸エステル、プロピレンのオキソ反応により得られたノルマルブチルアルデヒド、2-エチルへキサノール等のオキソアルコール等が挙げられる。また、プロピレンの重合により得られたポリプロピレン等が挙げられる。また、プロピレンの選択酸化によるプロピレンオキサイド及びプロピレングリコール、プロピレンの水和によるイソプロピルアルコール等が挙げられる。また、プロピレンのワッカー反応により得られたアセトン、更に、アセトンより得られたメチルイソブチルケトンやアセトンシアンヒドリンや、アセトシアンヒドリンから得られたメチルメタクリレート等が挙げられる。
【0060】
c)ブテンの誘導品:ブテンの酸化脱水素により得られたブタジエンが挙げられる。また、ブタジエンのアセトキシ化、水素化、加水分解を経て得られた、1,4-ブタンジオールや、これを原料として得られた、γ-ブチ口ラクトン、Ν-メチルピロリドン等のピロリドン類等が挙げられる。さらに、ピロリドン類の脱水反応により得られた、テトラヒドロフラン、ポリテトラメチレングリコール等が挙げられる。また、ブタジエンを用いて得られた種々の合成ゴムが挙げられる。
【0061】
本発明の低級オレフィン製造用ナフサを用いることにより、上述した理由により、低級オレフィンを含有し、さらにメタノールの生成が抑えられた、即ち、メタノール含有量の少ない低級オレフィン組成物を製造することができる。
【0062】
本発明の低級オレフィン組成物において、前記低級オレフィン製造用ナフサに含まれる前記エーテルは、エーテル酸素原子に対して非対称構造を有する非対称エーテルである。
【0063】
本発明の低級オレフィン組成物において、前記低級オレフィン製造用ナフサに含まれる前記エーテルは、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量をより効果的に低減できることから、分子中にエーテル酸素原子を1つのみ有するモノエーテルが好ましい。
【0064】
本発明の低級オレフィン組成物において、前記低級オレフィン製造用ナフサに含まれる前記エーテルは、得られた低級オレフィン中の生成メタノールの含有量をより効果的に低減できることから、2-メトキシブタン、メトキシシクロペンタン、1-メトキシプロパンのように、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子の一方がメチル基の炭素原子であるエーテルが好ましい。
【0065】
さらに、前記エーテルが、エーテル酸素原子と結合する2つの炭素原子の一方がメチル基の炭素原子であるエーテルの場合、本発明の低級オレフィン組成物はメタノールを含有する。
【0066】
前記低級オレフィン組成物中の低級オレフィンの含有割合は、特に限定されないが、前記低級オレフィン組成物の総質量100%に対して、好ましくは70質量%以上であり、より好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上であり、特に好ましくは95%質量%以上、とりわけ好ましくは98質量%以上である。前記低級オレフィン組成物中の低級オレフィンの含有割合は、100質量%であってもよい。
【0067】
前記低級オレフィン組成物中のメタノールの含有量は、特に限定されないが、前記低級オレフィン組成物の総質量に対して、好ましくは10,000質量ppm以下であり、より好ましくは1,000質量ppm以下、さらに好ましくは100質量ppm以下、特に好ましくは10質量ppm以下、とりわけ好ましくは5質量ppm以下であり、最も好ましくは1質量ppm以下である。
【0068】
このような低級オレフィン組成物又は、前述したように、非対称エーテルを、該非対称エーテルの酸素原子の含有量として20,000質量ppm以下含むナフサを選択し、該ナフサのクラッキングを行うことにより、得ることができる。
【0069】
<ポリオレフィン系重合体>
本発明のポリオレフィン系重合体は、本発明の低級オレフィン組成物に含有される低級オレフィン又はその誘導体を、公知の重合方法を用いて、重合してなる、ポリオレフィン系重合体である。
本発明のポリオレフィン系重合体は、オレフィンに由来する繰り返し単位(以下、「低級オレフィン単位」という。)又はその誘導体に由来する繰り返し単位(以下、「低級オレフィン誘導体単位」という。)を含む、ポリオレフィン系重合体である。
即ち、本発明のポリオレフィン系重合体は、低級オレフィン単位のみを含む重合体であっても良いし、低級オレフィン単位と低級オレフィン誘導体単位を含む重合体であっても良いし、低級オレフィン誘導体単位のみ含む重合体であっても良い。
なお、前記「繰り返し単位」とは、低級オレフィン又はその誘導体の重合反応によって直接形成された単位を意味し、重合体を処理することによって該単位の一部が別の構造に変換されたものであってもよい。
【0070】
本発明のポリオレフィン系重合体は、本発明の低級オレフィン組成物に含有されるメタノールを、蒸留等の公知のメタノール分離方法により除去したものを重合してなるポリオレフィン系重合体であってもよい。
或いは又、本発明のポリオレフィン系重合体は、本発明の低級オレフィン組成物をそのまま重合してなるポリオレフィン系重合体であってもよい。この場合、上述した理由により前記低級オレフィン組成物中のメタノール含有量が少ないため、低級オレフィンを重合する際に用いる触媒の性能がメタノールにより実質的に損なわれず、得られたポリオレフィン系重合体は、分子量分布や不純物等の観点から品質的に優れている。
【実施例0071】
以下に実施例に代わる実験例及び比較実験例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【0072】
実験例及び比較実験例で使用した化合物の名称は以下のとおりである。
2-メトキシブタン(東京化成工業(株)製)
メトキシシクロペンタン(東京化成工業(株)製)
1-メトキシプロパン(東京化成工業(株)製)
ジメチルエーテル(小池化学(株)製)
ジエチルエーテル(東京化成工業(株)製)
ジイソプロピルエーテル(東京化成工業(株)製)
ジプロピルエーテル(東京化成工業(株)製)
【0073】
<評価方法>
(1)ΔEの計算方法
実験例及び比較実験例に用いたエーテルについて、該エーテル中のエーテル酸素原子に結合する2つの炭素原子の電荷の差の絶対値ΔE[単位:e]を下記の手順に従って計算した。
前記エーテルの分子構造について、密度汎関数法(DFT)計算を行い、前記2つの炭素原子の電荷の値を算出した。DFTの計算条件には、基底関数系としてdef-TZVPを使用し、溶媒効果としてCOSMO溶媒和モデル(COnductor like Screening MOdel)を採用し、解析方法としてMullikenの電荷密度解析法(Population Analysis)を用いた。
次いで、前記エーテル中のエーテル結合の酸素原子に結合する2つの炭素原子について、一方の炭素原子の電荷E1と他方の炭素原子の電荷E2との差の絶対値ΔE(ΔE=|E1-E2|)(単位:e)を算出した。なお、「e」は電子素量を意味し、e=1.602176634×10-19[単位:C]である。例えば、ΔEが0.05[単位:e]である場合、これをSI系単位で表すと、ΔE=0.05×1.602176634×10-19[単位:C]である。
前記ΔEの計算には、量子化学計算ソフト「TURBOMOLE ver7.2」(TURBOMOLE社製)及びTURBOMOLE用のグラフィカルユーザーインターフェイス「TmoleX ver4.4.1」(TURBOMOLE社製)を使用した。
【0074】
(2)メタノール生成比率Bの算出
ナフサの熱分解に由来して生成したメタノールは、実質的に、実験例及び比較実験例で得られた凝縮水に含まれ、ガス成分及び油分には含まれないことから、実験例及び比較実験例で得られた凝縮水のメタノール生成比率Bを、ガスクロマトグラフィー質量分析測定装置(GC/MS装置)(装置名:GCMS-QP2010Ultra、(株)島津製作所製)を用いて、下記の条件で測定した。
なお、実験例及び比較実験例に用いたブランクナフサからはメタノールが生成しないことを事前に確認した。
<GC/MS測定条件>
キャリアガス: ヘリウム、線速40cm/sec
カラム: SUPELCOWAX-10(Supelco社製、内径0.32mm×
長さ60m×膜厚0.25μm)
温度(昇温条件): 50℃(保持時間5分)→20℃/分で昇温→200℃(保持
時間2.5分)
注入口温度: 200℃
MSインターフェース温度: 200℃
イオン源温度: 200℃
サンプル量: 0.5μL
スプリット比: 1:5
測定モード: SIM(m/z=31)
【0075】
実験例及び比較実験例で得られた凝縮水から熱分解生成物であるメタノールの生成量を定量し、濃度既知のメタノールの標準溶液を用いて予め作成した検量線に基づいて、下記式より添加したエーテルに対するメタノール生成比率Bを求めた。
【0076】
[メタノール生成比率B]=[凝縮水中のメタノール中の酸素原子数]÷[ブランクナフサに添加したエーテル中の酸素原子数]
【0077】
つまり、メタノール生成比率Bが1.00の場合は、添加したエーテルがすべてメタノールとして定量されたことを意味する。なお、ここで添加したエーテル中に含まれる酸素原子の数は、エーテル化合物1分子当たり1酸素原子である。
【0078】
[実験例1]
原料として使用するブランクナフサに対し、2-メトキシブタンをエーテル由来の酸素原子の含有量として50質量ppmとなるように添加し、次いで、水蒸気の存在下に熱分解炉を用いて下記熱分解条件で熱分解した。得られた熱分解生成物を5℃で急冷し、気液分離器を用いて0.1MPa(ゲージ圧力)下、5℃の条件で気液分離して、ガス成分と分離液を得た。さらに前記分離液を、分液ロートを用いて大気圧下、室温の条件で油分と凝縮水とに油水分離した。
【0079】
<熱分解条件>
ナフサ流量:83.1g/hr
水蒸気/ナフサ質量比:0.4
滞留時間:0.6秒
熱分解温度:810℃
熱分解圧力:0.1MPa(ゲージ圧力)
【0080】
上述した方法により前記凝縮水のメタノール生成比率Bを測定し、ΔEの値と共に、表1に示した。また、ΔEとメタノール生成比率Bの関係を
図1に示した。
【0081】
[実験例2~3、比較実験例4~7]
エーテルの種類及び該エーテル由来の酸素原子の含有量を表1記載のとおりに変更した以外は、実験例1と同様の条件で、ガス成分、油分及び凝縮水を得、同様に評価を行った。評価結果を表1及び
図1に示した。
なお、実験例1とは表1記載の実験例1-1乃至実験例1-3のことをいう。実験例2とは表1記載の実験例2-1乃至実験例2-3のことをいう。実験例3は表1記載の実験例3-1乃至実験例3-3のことをいう。
図1には、実験例1-1、実験例2-1、実験例3-1及び比較実験例4~7をプロットした。
【0082】
【0083】
実験例1~3及び比較実験例4~7の対比から、エーテルのΔEの値とメタノール生成比率Bとには相関があり、エーテル酸素原子に対して非対称構造を有するエーテルは、メタノール生成比率Bが高く、メタノールを生成し易いことが分かる。さらに、ΔEが0.05以上のエーテルは、ΔEの値が大きいほどメタノールを多く生成する傾向があることが分かる。
【0084】
また、表1の実験例1~3より、エーテル結合を構成している酸素原子に対して非対称構造を有するエーテルは、エーテル酸素原子濃度が20,000質量ppm以下の条件において、エーテル酸素原子濃度を50質量ppm、500質量ppm、5,000質量ppmとしたところ、メタノール生成比率がほぼ同等の値であった。その理由として、非対称構造を有するエーテルは、ΔEが大きいため、エーテル酸素原子に結合する2つの炭素原子間において電荷の偏りが大きく、熱分解条件下で熱分解してメタノールを生成し易いためと推察される。
【0085】
従って、エーテルの中でもエーテル酸素原子に対して非対称構造を有するエーテルの含有濃度を所定値以下としたナフサを用いることで、メタノール生成濃度を抑えて製品価値の高い低級オレフィンを製造することができることが分かる。