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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022176672
(43)【公開日】2022-11-30
(54)【発明の名称】ペプチド及び医薬用組成物
(51)【国際特許分類】
   C07K 7/06 20060101AFI20221122BHJP
   A61K 38/08 20190101ALI20221122BHJP
   A61P 37/06 20060101ALI20221122BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
C07K7/06 ZNA
A61K38/08
A61P37/06
A61P35/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021083215
(22)【出願日】2021-05-17
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】松田 正
【テーマコード(参考)】
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084AA07
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA16
4C084BA23
4C084CA59
4C084NA14
4C084ZB081
4C084ZB082
4C084ZB271
4C084ZB272
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA13
4H045BA14
4H045BA15
4H045BA16
4H045BA17
4H045EA20
4H045FA10
(57)【要約】
【課題】本発明は、免疫抑制活性を有するペプチド及び医薬用組成物を提供する。
【解決手段】Trp-Xaa-Xaa-Ile-Leuで表されるアミノ酸配列(配列番号1;ここで、Xaa及びXaaは任意のアミノ酸残基を表す)を含み、かつ、免疫抑制活性を有するペプチド、及び前記ペプチドを有効成分として含有する医薬用組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Trp-Xaa-Xaa-Ile-Leu(配列番号1;ここで、Xaa及びXaaは任意のアミノ酸残基を表す)で表されるアミノ酸配列を含み、かつ、免疫抑制活性を有するペプチド。
【請求項2】
XaaがPro残基又はAla残基である、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
XaaがVal残基又はAla残基である、請求項1又は2に記載のペプチド。
【請求項4】
残基数20以下のアミノ酸配列からなる、請求項1~3のいずれか一項に記載のペプチド。
【請求項5】
配列番号2~4のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のペプチドの末端に、リンカー配列を介して又は介さずに膜透過性ペプチドが付加されたペプチド。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載のペプチドを有効成分として含有する医薬用組成物。
【請求項8】
免疫関連疾患の治療のための、請求項7に記載の医薬用組成物。
【請求項9】
免疫関連疾患が、自己免疫疾患又は免疫系異常活性化に起因する疾患である、請求項8に記載の医薬用組成物。
【請求項10】
Tリンパ腫の治療のための、請求項7に記載の医薬用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチド及び医薬用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫系の中核を担うT細胞の活性化はT細胞表面に発現するT細胞受容体(TCR)がMHC/抗原ペプチド複合体を認識することにより誘導される。MHC/抗原ペプチドとTCRタンパク質複合体が結合すると、TCRタンパク質複合体に存在するキナーゼ分子LCKとCD3ζ分子が相互作用し、CD3ζ中の免疫受容体チロシン活性化モチーフITAM(immunoreceptor tyrosine-based activating motif)のチロシンリン酸化が誘導される。ITAMがリン酸化されるとZAP-70がリクルートされ一連のTCRシグナル下流分子のチロシンリン酸化を促進し、NF-κB、NFAT等の転写因子の活性化を介してT細胞増殖誘導性サイトカインIL-2の産生とそれに引き続くT細胞の増殖や活性化反応が引き起こされる。そのため、TCRシグナル伝達を介したT細胞活性化は免疫応答において重要な役割を担い、その機能低下は免疫不全症を誘発する一方、異常亢進は自己免疫疾患やアレルギーの発症を促進することが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
自己免疫疾患やアレルギー治療には免疫抑制剤としてステロイドや細胞毒性薬であるシクロホスファミド、アザチオプリンやメトトレキサートの他、特異的免疫抑制剤としてTCR下流分子カルシニューリンを標的とするシクロスポリンAやタクロリムス、さらにIL-2受容体下流のmTORを標的とするラパマイシンなどが知られているが、自己免疫疾患も多岐に渡り、さらなる新規メカニズムを有する薬の開発が切望されている。
【0004】
STAP-2(Signal transducing adaptor protein-2)は、N末端側からリン脂質結合性を有するPHドメイン、リン酸化チロシン結合領域であるSH2様ドメイン、及びSH3ドメイン含有タンパク質への結合性を示すプロリンリッチ領域を有するアダプタータンパク質である。免疫系においてSTAP-2はアレルギー応答を担うマスト細胞のIgE/FcεRIシグナル伝達を制御する機能を有すること、マクロファージにおけるLPS/TLR4シグナル伝達を亢進させること、EBウイルス感染B細胞でのLMP1によるNF-κBの活性を抑制することなどが報告されている(非特許文献2~4)。また、STAP-2はT細胞の接着やケモカインによる細胞遊走、活性化細胞死(AICD)を制御することやB細胞造血ストレスを制御することも報告されている(非特許文献5~8)。STAP-2は、乳がん特異的チロシンキナーゼBrk(Breast tumor kinase)と相互作用し、STAT3の活性化に寄与すること、及びSTAP-2の遺伝子ノックダウンにより乳がん細胞や前立腺がんの増殖が抑制されることが報告されている(非特許文献9~11)。また、STAP-2は慢性骨髄性白血病(CML)の原因遺伝子であるBCR-ABLチロシンキナーゼの活性を亢進することでBCR-ABL依存的な細胞増殖を増強すること、さらにSTAP-2の遺伝子ノックダウンによりヒトCMLがん細胞の腫瘍形成を抑制することも報告されている(非特許文献12、13)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J.Cell Sci.114: 243-244, 2001
【非特許文献2】J.Immunol.192: 3488-3495, 2014
【非特許文献3】J.Immunol.176: 380-389, 2006
【非特許文献4】Mol.Cell.Biol.28: 5027-5042, 2008
【非特許文献5】J.Immunol.179: 2397-2407, 2007
【非特許文献6】J.Immunol.183: 7966-7974, 2009
【非特許文献7】J.Immunol.188: 6194-6204, 2012
【非特許文献8】Haematologica.106: 424-436, 2021
【非特許文献9】J. Biol. Chem. 285: 38093-38103, 2010
【非特許文献10】Cancer Sci. 102: 756-761, 2011
【非特許文献11】J. Biol. Chem. 292:19392-19399, 2017
【非特許文献12】Oncogene 31: 4384-4396, 2012
【非特許文献13】Biochem. Biophys. Res. Commun. 463: 825-831, 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、免疫抑制活性を有するペプチド及び前記ペプチドを有効成分として含有する医薬用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、STAP-2の部分アミノ酸配列を含むペプチドがITAMに結合し、STAP-2の活性を抑制し、免疫抑制活性を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、以下のペプチド、及び医薬用組成物を提供するものである。
[1] Trp-Xaa-Xaa-Ile-Leu(配列番号1;ここで、Xaa及びXaaは任意のアミノ酸残基を表す)で表されるアミノ酸配列を含み、かつ、免疫抑制活性を有するペプチド。
[2] XaaがPro残基又はAla残基である、[1]に記載のペプチド。
[3] XaaがVal残基又はAla残基である、[1]又は[2]に記載のペプチド。
[4] 残基数20以下のアミノ酸配列からなる、[1]~[3]のいずれか一項に記載のペプチド。
[5] 配列番号2~4のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
[6] [1]~[5]のいずれか一項に記載のペプチドの末端に、リンカー配列を介して又は介さずに膜透過性ペプチドが付加されたペプチド。
[7] [1]~[6]のいずれか一項に記載のペプチドを有効成分として含有する医薬用組成物。
[8] 免疫関連疾患の治療のための、[7]に記載の医薬用組成物。
[9] 前記免疫関連疾患が、自己免疫疾患又は免疫系異常活性化に起因する疾患である、[8]に記載の医薬用組成物。
[10] Tリンパ腫の治療のための、[7]に記載の医薬用組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、免疫抑制活性を有するペプチド及び前記ペプチドを有効成分として含有する医薬用組成物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例2において、ITAMとGSTタグ付きSTAP-2(GST-STAP-2)タンパク質C末領域欠損タンパク質(GST-STAP-2 C)との結合をプルダウン及びウエスタンブロット法により解析した結果を示した図である。上段はプルダウン及び抗GST抗体によるウエスタンブロット法によりITAMに結合したGST-STAP-2タンパク質量を解析した結果、下段は細胞可溶化液を抗GST抗体によるウエスタンブロット法により総GST-STAP-2タンパク質量を解析した結果を示す。
図2】実施例2において、STAP-2の332~348番目のアミノ酸配列を有するペプチド(GST-STAP-2 C 332-348)とITAMとの結合をプルダウン法及びウエスタンブロット法により解析した結果を示した図である。上段はプルダウン及び抗GST抗体によるウエスタンブロット法によりITAMに結合したGST-STAP-2タンパク質量を解析した結果、下段は細胞可溶化液を抗GST抗体によるウエスタンブロット法により総GST及びGST-STAP-2タンパク質量を解析した結果を示す。
図3】実施例3において、ペプチド#1又はペプチド#2でJurkat細胞を処理し、細胞増殖及びTCRシグナルの活性化でのIL-2産生を測定した結果を示した図である。左図が細胞増殖、右図がIL-2産生を測定した結果をそれぞれ示す。図中、non-pepは、ペプチドを添加しなかった場合の結果を示す。
図4】実施例3において、ペプチド#A、ペプチド#B、ペプチド#A-WT又はペプチド#A-1AでJurkat細胞を処理し、細胞増殖及びTCRシグナルの活性化でのIL-2産生を測定した結果を示した図である。左図が細胞増殖、右図がIL-2産生を測定した結果をそれぞれ示す。図中、non-pepは、ペプチドを添加しなかった場合の結果を示す。
図5】実施例3において、ペプチド#A-WT、ペプチド#A-1A、ペプチド#A-2A、ペプチド#A-3A、ペプチド#A-4A又はペプチド#A-5AでJurkat細胞を処理し、細胞増殖を測定した結果を示した図である。
図6】実施例4において、ペプチド#A-WT、ペプチド#W1、ペプチド#W2又はペプチド#W3でJurkat細胞を処理し、TCRシグナルの活性化を行い、IL-2産生を測定した結果を示した図である。
図7】実施例4において、ペプチド#A-WT、ペプチド#W1、ペプチド#W2又はペプチド#W3でJurkat細胞を処理し、細胞増殖を測定した結果を示した図である。
図8】実施例4において、ペプチド#A-WT、ペプチド#TW、ペプチド#FW又はペプチド#HWでJurkat細胞を処理し、TCRシグナルの活性化を行い、IL-2産生を測定した結果を示した図である。
図9】実施例4において、ペプチド#A-WT、ペプチド#TW、ペプチド#FW又はペプチド#HWでJurkat細胞を処理し、細胞増殖を測定した結果を示した図である。
図10】実施例5において、ペプチド#A-WT又はペプチド#WT-3BでヒトT細胞株MOLT4細胞、マウスT細胞株EL-4又はマウスNKT細胞株2E10細胞を処理し、細胞増殖を測定した結果を示した図である。
図11】実施例5において、ペプチド#A-WT又はペプチド#WT-3Bでヒト前立腺がん細胞株DU145細胞を処理し、細胞増殖を測定した結果を示した図である。
図12】実施例6において、実験的自己免疫性脳脊髄炎モデルマウスを用いて、ペプチド#A-WT又はペプチド#WT-3Bを投与して、病態スコアを観察した結果を示す。図中、Group1は1%DMSO/PBSコントロール投与群、Group2はペプチド#A-WT投与群、Group3はペプチド#WT-3B投与群をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<免疫抑制活性を有するペプチド>
本発明に係るペプチドは、Trp-Xaa-Xaa-Ile-Leu(配列番号1)で表されるアミノ酸配列を含み、かつ、免疫抑制活性を有するペプチド(以下、免疫抑制ペプチドとも称する)である。配列番号1において、Xaa及びXaaは任意のアミノ酸残基を表す。
【0012】
Xaa及びXaaとしては、本発明に係る免疫抑制ペプチドが免疫抑制活性を有すれば、如何なるアミノ酸残基であってもよいが、Xaaとしては、Pro残基、Ala残基等が挙げられる。Xaaとしては、Val残基、Ala残基等が挙げられる。配列番号1で表されるアミノ酸配列としては、例えば、Trp-Pro-Val-Ile-Leu(配列番号2)、Trp-Pro-Ala-Ile-Leu(配列番号3)、Trp-Ala-Val-Ile-Leu(配列番号4)等が挙げられる。
【0013】
STAP-2のアミノ酸配列は公知であり、ヒトSTAP-2のアミノ酸配列(配列番号5)は、National Center for Biotechnology Information(NCBI)のReference Sequence DatabaseにNP_001013863.1として登録されている。STAP-2は、N末端側から、リン脂質結合性を示すPHドメイン(配列番号5の1-147番目までの領域)、リン酸化チロシン結合領域であるSH2様ドメイン(配列番号5の152~247番目までの領域)、及びSH3ドメイン含有タンパクへの結合性を示すプロリンリッチ領域(配列番号5の247~403番目までの領域)を有するタンパク質である。
【0014】
配列番号2で表されるアミノ酸配列は、配列番号5の332~336番目の部分アミノ酸配列に相当する。
【0015】
本発明に係る免疫抑制ペプチドは、残基数20以下のアミノ酸配列からなることが好ましい。好ましい実施形態において、本発明に係る免疫抑制ペプチドのアミノ酸残基数は、19以下、18以下、17以下、16以下、15以下、14以下、13以下、12以下、11以下又は10以下であってもよい。
【0016】
本発明に係る免疫抑制ペプチドのアミノ酸残基数は5以上であり、例えば、6以上、7以上、8以上又は9以上であってもよい。
【0017】
本発明に係る免疫抑制ペプチドは、配列番号1で表されるアミノ酸配列以外の任意のアミノ酸配列を含むことができる。例えば、本発明に係る免疫抑制ペプチドは、配列番号5で表されるアミノ酸配列において、配列番号2で表されるアミノ酸配列のN末端側又はC末端側に隣接している部分アミノ酸配列を、それぞれ配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端側又はC末端側に付加的に含むことができる。配列番号5で表されるアミノ酸配列において、配列番号2で表されるアミノ酸配列のN末端側又はC末端側に隣接している部分アミノ酸配列を付加的に含むアミノ酸配列としては、例えば、配列番号5の332~343番目の部分アミノ酸配列、配列番号5の332~348番目の部分アミノ酸配列等が挙げられる。
【0018】
T細胞の活性化はT細胞表面に発現するT細胞受容体(TCR)がMHC/抗原ペプチド複合体を認識することにより誘導される。MHC/抗原ペプチドとTCRタンパク質複合体が結合すると、TCRタンパク質複合体に存在するキナーゼ分子LCKとCD3ζ分子が相互作用し、CD3ζ中の免疫受容体チロシン活性化モチーフITAM(immunoreceptor tyrosine-based activating motif;以下、ITAMとも称する)のチロシンリン酸化が誘導される。STAP-2は、ITAMと結合し、LCKのCD3ζへの結合を促進する。本発明に係る免疫抑制ペプチドは、STAP-2のITAMへの結合を競合阻害し、LCKとCD3ζへの結合を阻害することにより、LCKからの下流シグナル伝達を抑制する。本発明に係る免疫抑制ペプチドにより、LCKのリン酸化が抑制されると、一連のTCRシグナル下流分子のチロシンリン酸化が抑制され、NF-κB、NFAT等の転写因子の活性化を介するT細胞増殖誘導サイトカインIL-2の産生とそれに引き続くT細胞の増殖や活性化反応が抑制される。
【0019】
上記の通り、本発明に係る免疫抑制ペプチドは、免疫抑制活性を有する。免疫抑制活性としては、T細胞の免疫活性を抑制する作用であれば、特に制限はなく、例えば、T細胞におけるIL-2の産生抑制、T細胞増殖抑制、T細胞活性化抑制等が挙げられる。本発明に係る免疫抑制ペプチドは、免疫抑制活性を有するため、自己免疫疾患等の免疫関連疾患やT細胞リンパ腫等の疾患の治療に有用である。自己免疫疾患としては、例えば、バセドウ病、関節リウマチ、橋本甲状腺炎、1型糖尿病、全身性エリテマトーデス、血管炎、アジソン病、多発性筋炎、皮膚筋炎、乾癬、シェーグレン症候群、全身性強皮症、糸球体腎炎等が挙げられる。
また、キメラ抗原受容体遺伝子導入T細胞(CART)療法に伴う副作用として知られるサイトカイン放出症候群(サイトカインストーム)に加えて、新型コロナ感染症における重症化も免疫細胞の暴走やサイトカインストームによって引き起こされることから、これらも前記免疫関連疾患に含まれる。すなわち、本発明に係る免疫抑制ペプチドは、免疫系異常活性化に起因する新型コロナ感染症重症化治療薬としても有用である。
【0020】
<膜透過性ペプチドが付加された免疫抑制ペプチド>
本発明に係る免疫抑制ペプチドは、免疫抑制活性を損なわないかぎりにおいて、他の物質が付加された修飾ペプチドの形態で用いることができ、これらの修飾ペプチドも本発明に包含される。
【0021】
修飾ペプチドの一つの例は、上記の免疫抑制ペプチドの末端に、リンカー配列を介して又は介さずに膜透過性ペプチドが付加されたペプチドである。したがって本発明は、上記の免疫抑制ペプチドの末端に、リンカー配列を介して又は介さずに膜透過性ペプチドが付加されたペプチドをさらに提供する。
【0022】
膜透過性ペプチド(細胞膜透過ペプチド、cell-penetrating peptides、以下、CPPsとも称する)は、結合した物質の細胞膜透過性を高める能力を有するペプチドであり、様々な物質、例えばタンパク質、ペプチド、高分子量の薬物、ナノ粒子、リポソーム等を細胞内に導入するためのツールとして利用されている。
【0023】
本発明においては、公知のCPPsから選択される任意のものを利用することができ、その例としては、オリゴアルギニンペプチド、ヒト免疫不全ウイルス1型のTatタンパク質由来のアルギニンに富む塩基性ペプチド(TATペプチド、配列番号6)、ヒトT細胞白血病ウイルスII型のRexタンパク質由来のアルギニンに富む塩基性ペプチド(HTLV-II-Rex、配列番号7)、フロックハウスウイルス由来のアルギニンに富む塩基性ペプチド(FHV coat(35-49)、配列番号8)等を挙げることができる。オリゴアルギニンペプチドは、複数個の連続するArg残基からなるペプチドである。オリゴアルギニンペプチドのArg残基数は、4~16個程度であればよく、好ましくは6~12個、より好ましくは8~12個である。
【0024】
CPPsは、本発明に係る免疫抑制ペプチドのN末端又はC末端のどちらに付加されてもよい。またCPPsは、本発明に係る免疫抑制ペプチドのN末端又はC末端に直接付加されてもよく、リンカー配列を介して付加されてもよい。
【0025】
リンカー配列(リンカーペプチド)としては、2個のペプチドをそれぞれの機能を妨げることなく連結することができる当業者に公知のリンカー配列から適宜選択したものを利用することができる。リンカー配列のアミノ酸残基数は、1~10個であることが好ましく、例えば1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、2~3個、2~4個、2~5個又は2~10個である。また、リンカー配列を構成するアミノ酸残基は、Gly、Ala、Ser、Pro等の比較的嵩の小さいアミノ酸残基が好ましく、特にGlyが好ましい。特定の実施形態において、リンカー配列は、グリシンが1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、2~3個、2~4個又は2~5個連続する配列である。
【0026】
膜透過性ペプチドが付加された本発明に係る免疫抑制ペプチドの好ましい例は、1~5個のグリシンからなるリンカー配列を介して膜透過性ペプチドが付加された免疫抑制ペプチドである。
【0027】
<他の修飾ペプチド>
修飾ペプチドの別の例は、1又は複数個のアミノ酸残基が適当な物質により化学修飾された免疫抑制ペプチドである。化学修飾としては、例えば、アシル化、プレニル化、アセチル化、リン酸化、グリコシル化、PEG化等を挙げることができる。
【0028】
修飾ペプチドのまた別の例は、蛍光物質その他の標識化合物が付加された免疫抑制ペプチドである。標識化合物としては、例えば、蛍光物質(例えばFITC、ローダミン等)、金属粒子(例えば金コロイド等)、蛍光マイクロビーズ(例えばLuminex(登録商標、ルミネックス社)等)、色素タンパク質(例えばフィコエリトリン、フィコシアニン等)、放射性同位体(例えばH、14C、32P、35S、125I、131I等)、酵素(例えばペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等)、ビオチン、ストレプトアビジン等を挙げることができる。
【0029】
修飾ペプチドのさらなる別の例は、機能性タンパク質と融合した免疫抑制ペプチドである。機能性タンパク質としては、例えば、Hisタグ、GSTタグ、HAタグ、FLAGタグ等のタグペプチド、GFPその他の蛍光タンパク質等を挙げることができる。
【0030】
<ペプチドの調製>
本発明において、ペプチドは、種々の保護基で修飾されたアミノ酸を原料として、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の有機化学的合成方法によって作製することができる。
【0031】
ペプチドは、ペプチドをコードする核酸を含む発現ベクターを適当な宿主細胞に導入し発現させることを含む遺伝子工学的生産方法によって、あるいはペプチドをコードする核酸を無細胞タンパク質合成系において翻訳することを含む遺伝子工学的生産方法によって作製することもできる。ペプチドをコードする核酸の作製、宿主細胞の種類と遺伝子の導入方法、ペプチドの発現及び精製等を含む、遺伝子工学的生産方法における各操作は、種々の遺伝子工学的操作を詳細に解説した実験操作マニュアル書の指示に基づいて、当業者に公知又は周知の方法により行うことができる。本発明は、免疫抑制ペプチドをコードする核酸、当該核酸を含む発現ベクター及び形質転換された宿主細胞も別の態様として提供する。
【0032】
<医薬用組成物>
本発明に係る医薬用組成物は、本発明に係る免疫抑制ペプチドを有効成分として含有する。上記の通り、本発明に係る免疫抑制ペプチドは、STAP-2のITAMへの結合を競合阻害し、LCKとCD3ζへの結合を阻害することにより、LCKからの下流シグナル伝達を抑制する。本発明に係る免疫抑制ペプチドにより、LCKのリン酸化が抑制されると、一連のTCRシグナル下流分子のチロシンリン酸化が抑制され、NF-κB、NFAT等の転写因子の活性化を介するT細胞増殖誘導サイトカインIL-2の産生とそれに引き続くT細胞の増殖や活性化反応が抑制される。従って、本発明に係る免疫抑制ペプチドを有効成分として含有する医薬用組成物は、自己免疫疾患等の免疫関連疾患やT細胞リンパ腫等の疾患の治療に有用である。自己免疫疾患としては、例えば、バセドウ病、関節リウマチ、橋本甲状腺炎、1型糖尿病、全身性エリテマトーデス、血管炎、アジソン病、多発性筋炎、皮膚筋炎、乾癬、シェーグレン症候群、全身性強皮症、糸球体腎炎等が挙げられる。
また、新型コロナ感染症における重症化は免疫細胞の暴走やサイトカインストームによって引き起こされることから、新型コロナ感染症における重症化は、前記免疫関連疾患に含まれる。すなわち、本発明に係る医薬用組成物は、免疫系異常活性化に起因する新型コロナ感染症重症化の治療に有用である。
【0033】
本発明に係る医薬用組成物は、本発明の免疫抑制ペプチドの作用を損なわない限り、その他の有効成分を含有していてもよい。その他の有効成分としては、例えば、公知の免疫抑制剤等が挙げられる。公知の免疫抑制剤としては、ステロイドや細胞毒性薬であるシクロホスファミド、アザチオプリンやメトトレキサートの他、特異的免疫抑制剤としてTCR下流分子カルシニューリンを標的とするシクロスポリンAやタクロリムス、さらにIL-2受容体下流のmTORを標的とするラパマイシン、キメラ抗原受容体遺伝子導入T細胞(CART)療法に伴う副作用として知られるサイトカイン放出症候群(サイトカインストーム)の治療薬トシリズマブ等が挙げられる。
【0034】
本発明に係る医薬用組成物の投与経路は特に限定されるものではなく、標的とする細胞及びそれを含む組織に応じて適宜決定される。例えば、本発明に係る医薬用組成物の投与経路としては、経口投与、関節への直接投与、経皮投与、経静脈投与、腹腔内投与、注腸投与等が挙げられる。
【0035】
本発明に係る医薬用組成物は、通常の方法によって、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤、徐放剤などの経口用固形剤、溶液剤、シロップ剤などの経口用液剤、注射剤、注腸剤、スプレー剤、貼付剤、軟膏剤などに製剤化することができる。製剤化は、製剤上の必要に応じて、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、流動化剤、溶剤、溶解補助剤、緩衝剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、防腐剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤、着色剤等を配合して常法により行うことができる。
【0036】
本発明に係る医薬用組成物をヒトやヒト以外の動物に投与し、T細胞増殖誘導サイトカインIL-2の産生とそれに引き続くT細胞の増殖や活性化反応を抑制することができる。ことができる。当該動物としては、特に限定されるものではなく、ヒトであってもよく、ヒト以外の動物であってもよいが、ヒトが好ましい。非ヒト動物としては、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等の哺乳動物や、ニワトリ、ウズラ、カモ等の鳥類等が挙げられる。
【0037】
本発明に係る免疫抑制ペプチドを細胞内に効率的に送達するため、本発明の係る医薬用組成物は、ペプチドの細胞内移行を促進するための薬剤、例えばカチオン性脂質、非共有結合的にタンパク質と複合体を形成して細胞内に移行する膜透過性ペプチド、センダイウイルス由来エンベロープ(HVJ-E)、磁性ナノ粒子といったタンパク質トランスフェクション試薬において利用される物質を、本発明に係る医薬用組成物の中に配合してもよく、又は本発明に係る医薬用組成物と共に投与してもよい。
【実施例0038】
次に実施例等を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
<細胞培養>
以降の実験で用いたヒトT細胞株(Jurkat、MOLT4)、マウスT細胞株(EL-4)、マウスNKT細胞株(2E10)は10%ウシ胎児血清(FCS)を含むRPMI培地、ヒト胎児由来腎上皮細胞株HEK293T、ヒト前立腺がん細胞株DU145は10%FCSを含むDMEM培地を用いて37℃、5%COの条件下で継代培養した。
【0040】
<細胞の増殖/生存の測定>
以降の実験において、細胞の増殖/生存の測定は、市販の細胞係数用キット(製品名:Cell Counting Kit-8、同仁化学社製)を用いて行った。具体的には、各種細胞株を96-ウェルプレートに20,000細胞/ウェルの割合で播き直した。その後、所定時間培養した後、各ウェルに生存する細胞の数を、前記市販キットを用いて計測した。
【0041】
<リン酸カルシウム法による遺伝子導入とプルダウンアッセイ>
STAP-2発現ベクター遺伝子のHEK293T細胞へのトランスフェクションはリン酸カルシウム法で行った。必要量のプラスミドDNAに0.25M CaCl溶液500μLを加え、激しく撹拌しながら2×HBS、PO緩衝液[42mM HEPES(pH7.10)、290mM NaCl、14mM NaHPO]を500μL加えた後、15分間室温にて静置しDNA-リン酸カルシウム共沈殿を形成させた。この溶液を10cmディッシュで培養した50%コンフルエントのHEK293T細胞に滴下し、37℃、5%COの条件下で36時間培養した後、細胞を6,000rpm、4℃で1分間遠心分離し、PBSで洗浄後の細胞ペレットを細胞溶解液[50mM Tris-HCl(pH7.4)、0.15M NaCl、1%NP-40、1mM PMSF、1mM NaVO]にて4℃、30分間穏やかに攪拌して可溶化させ、4℃、15,000rpmで60分間遠心分離し、得られた上清を細胞可溶化液(total cell lysate sample)とした。細胞可溶化液にGlutathione Sepharose(GSHプルダウンアッセイ)、またはITAMペプチド(QQCQNQLYNELNLGRREEYDVLDKRRGR;配列番号9)を付加させたセファロースビーズ(ITAMペプチドを用いたプルダウンアッセイ)を加え、4℃で1時間半穏やかに攪拌した。反応後は免疫沈降法と同様に処理し、ウエスタンブロット解析用のサンプルを作製し、ITAMペプチドと結合するタンパク質をウエスタンブロット法により解析した。
【0042】
<STAP-2恒常的発現Jurkat細胞の樹立>
STAP-2恒常的発現Jurkat細胞は、STAP-2発現プラスミドDNAをエレクトロポレーション法でJurkat細胞へ導入することにより樹立した。具体的には、Jurkat細胞を回収してRPMI(FCS及び抗生物質不含)で3回洗浄し、1×10細胞の細胞を500μLのRPMI(FCS及び抗生物質不含)に懸濁し、Gene PulserII(Bio-Rad社製)を用いて300V、975μFの条件でパルスをかけプラスミドDNAを細胞内に導入した。得られた細胞を1mg/mL G418を含む培地で2週間培養して薬剤選別し、細胞をクローン化し、STAP-2恒常的発現Jurkat細胞株を樹立した。
【0043】
<抗CD3抗体及び抗CD28抗体によるTCRシグナル活性化>
抗CD3抗体及び抗CD28抗体によるTCRシグナルの活性化は、次の通り行った。上記で得られたSTAP-2恒常的発現Jurkat細胞(以下、Jurkat細胞と略記する)3×10細胞/mLに対して抗CD3抗体を5μg/mL、抗CD28抗体を1.5μg/mLの終濃度になるように加えた後、37℃で一定時間インキュベートし、TCRシグナルを活性化させた。
【0044】
<ウエスタンブロット解析>
以降の実験において、各細胞におけるタンパク質の発現量の測定は、次の通りにして行った。まず、各細胞を細胞溶解液にて処理して細胞可溶化液(total cell lysate sample)を調製した。得られた細胞可溶化液に対してSDS-PAGEを行い、タンパク質を分離した後、PVDF膜に転写した。この転写膜を、各一次抗体液と反応させた後にHRP標識二次抗体と反応させ、化学発光用試薬(製品名:「Immobilon(登録商標) Western Chemiluminescent HRP Substrate」、Millipore社製)を用いて化学発光させ、タンパク質バンドとして検出した。
【0045】
[実施例1]ペプチドの合成
STAP-2のアミノ酸配列(配列番号5)を参考に、下記表1に示すペプチドを設計した。各ペプチドは、N末端側から順に、8個のArg残基からなるオリゴアルギニン配列(オクタアルギニン配列)、2個のGly残基からなるリンカー配列、及びSTAP-2の部分アミノ酸配列又はその改変配列を有する。化学合成したこれらのペプチド(ペプチド純度95%以上)をGL Biochemより購入し、10%DMSO溶液にして実験に用いた。
【0046】
【表1】
【0047】
[実施例2]SATP-2におけるITAM結合配列の同定
GSTタグを付加した種々のSTAP-2タンパク質C末領域(GST-STAP-2 C)を作製し、GST-STAP-2 CとITAMとの結合をプルダウン法により解析した。その結果を図1に示す。図1の結果から、STAP-2の244~348番目のアミノ酸配列がITAMに結合し、STAP-2の244番目~328番目のアミノ酸配列はITAMに結合しないことが示されたことから、STAP-2の329~348番目のアミノ酸配列(GST-STAP-2 C 329-348)がITAMと結合することが分かった。
図2は、STAP-2の332~348番目のアミノ酸配列を有するペプチド(GST-STAP-2 C 332-348)とITAMとの結合をプルダウン法及び抗GST抗体によるウエスタンブロット法により解析した結果をそれぞれ示す。図2の結果から、STAP-2の332~348番目のアミノ酸配列を有するペプチドがITAMと結合することが分かった。
【0048】
[実施例3]膜透過性ペプチドを付加したペプチドのJurat細胞における細胞増殖抑制及びIL-2産生抑制活性の検討
実施例1で得られたペプチド#1又はペプチド#2でJurkat細胞を処理し、TCRシグナルの活性化を行い、IL-2の産生と細胞増殖を測定した。IL-2の測定はELISA法により行った。具体的には、ELISA MAX(登録商標)Standard Sets(BioLegend社製)を用い、添付のプロトコールに従って行った。
その結果を図3に示す。図3に示したように、N末端にオクタアルギニン配列をSTAP-2の332~348番目のアミノ酸配列に付加したペプチドである、ペプチド#1でJurkat細胞を処理すると、ペプチド#1で処理しなかったJurkat細胞と比較して有為なIL-2産生の低下および細胞増殖の低下が観察された。それに対し、ペプチド#1の336番目のロイシン、341番目のロイシンをそれぞれアラニンに置換したペプチドであるペプチド#2では、IL-2の産生も細胞増殖も有為な低下が観察されなかった。この結果は、ペプチド#1がITAMを介するTCRシグナルを阻害し、IL-2産生および細胞増殖を抑制したことを示している。
【0049】
次に、ペプチド#1と同じ膜透過性ペプチドに、STAP-2の332~343番目のアミノ酸配列に付加したペプチドであるペプチド#AでJurkat細胞を処理し、TCR刺激を行い、IL-2産生と細胞増殖に対する効果を測定した。その結果を図4に示す。図4に示したように、ペプチド#Aで処理すると、ペプチド#Aで処理しないJurkat細胞と比較して有為なIL-2産生の低下および細胞増殖の低下が観察された。それに対し、前記膜透過性ペプチドに、STAP-2の337~348番目のアミノ酸配列に付加したペプチドであるペプチド#Bでは、IL-2産生も細胞増殖も有意な低下が観察されなかった。また、前記膜透過性ペプチドに、STAP-2の332~336番目の5残基のアミノ酸配列に付加したペプチドであるペプチド#A-WTでも、ペプチド#Aと同様の有為なIL-2産生の低下および細胞増殖の低下が観察された。
【0050】
次に、ペプチド#A-WTにおいて、STAP-2の332~336番目の5残基のアミノ酸をC末端側から順次Alaに置換したペプチドであるペプチド#A-1A、ペプチド#A-2A、ペプチド#A-3A、ペプチド#A-4A又はペプチド#A-5Aで、Jurkat細胞を処理し、TCRシグナルの活性化を行い、細胞増殖に対する効果を測定した。その結果を図5に示す。図5に示したように、ペプチド#A-3A及びペプチド#A-4Aでは、ペプチド#A-WTと同様に細胞増殖抑制が観察されたが、ペプチド#A-1A、ペプチド#A-2A及びペプチド#A-5Aでは、細胞増殖抑制が観察されなかった。この結果から、STAP-2の332~336番目の5残基のアミノ酸配列中、332番目のアミノ酸残基であるTrp残基、335番目のアミノ酸残基であるIle残基及び336番目のアミノ酸残基であるLeu残基が重要であることが分かった。
【0051】
[実施例4]膜透過性ペプチドを付加しないペプチド及び膜透過性ペプチドが異なるペプチドのJurat細胞における細胞増殖抑制及びIL-2産生抑制活性の検討
下記の表2に示すペプチドを合成し、実施例3と同様の方法により、Jurkat細胞における細胞増殖抑制及びIL-2産生抑制活性を評価した。ペプチド#W1は、STAP-2の332~336番目のアミノ酸配列からなり、ペプチド#A-WTからオクタアルギニン配列及びリンカー配列を取り除いたペプチドである。ペプチド#W2は、STAP-2の344~348番目のアミノ酸配列からなり、ペプチド#W3は、STAP-2の339~345番目のアミノ酸配列からなる。ペプチド#TW1、#FW1及び#HW1は、ペプチド#A-WTのオクタアルギニン配列を他の膜透過性ペプチド配列に置き換えたペプチドであり、それぞれ、N末端から順にTATペプチド、FHV coat(35-49)又はHTLV-II-Rexと、2個のGly残基からなるリンカー配列と、STAP-2の332~336番目のアミノ酸配列とからなる。
【0052】
【表2】
【0053】
結果を図6図9に示す。図6及び図7に示したように、ペプチド#W1、ペプチド#W2及びペプチド#W3で処理した場合、いずれもIL-2産生の低下及び細胞増殖の抑制が観察されなかった。ペプチド#W1は、ペプチド#A-WTから膜透過性配列を除いた、STAP-2の332~336番目のアミノ酸配列からなるペプチドであるが、ペプチド#W1であっても、IL-2産生の低下および細胞増殖の低下が観察されなかった。しかしながら、図8及び図9に示したように、ペプチド#W1にそれぞれ異なる膜透過性ペプチドが付加されたペプチド#TW1、ペプチド#FW1及びペプチド#HW1はいずれもペプチド#A-WTと同様にIL-2産生の低下および細胞増殖の低下が観察された。特にペプチド#FW1は、ペプチド#A-WTよりも強いIL-2産生の低下および細胞増殖の低下が観察された。これらの結果から、免疫抑制ペプチドの免疫抑制活性の発揮には、ペプチドの細胞内導入が重要であること、及び膜透過性ペプチドが付加された免疫抑制ペプチドは、膜透過性ペプチドの種類によらず、IL-2産生抑制および細胞増殖抑制活性を発揮することが分かった。
【0054】
[実施例5]Jurkat細胞以外のT細胞に対する細胞増殖抑制及びIL-2産生抑制活性の検討
Jurkat細胞の代わりに、Jurkat細胞以外のヒトT細胞である、ヒトT細胞株MOLT4細胞を用いて、実施例3と同様の方法により、ぺプチド#A-WTのヒトT細胞の細胞増殖に対する効果について検討した。また、T細胞のTCRタンパク質複合体におけるITAMは動物種を越えてT細胞活性化に寄与することから、TCRを有するマウスT細胞株EL-4およびNKT細胞株2E10を用いて、ペプチド#A-WTのマウスT細胞の細胞増殖に対する効果について検討した。ネガティブコントロールとしては、ペプチド#A-WTのSTAP-2の332~336番目のアミノ酸配列を、SPAP-2の344~348番目のアミノ酸配列に置換した、配列番号25で表されるアミノ酸配列からなるペプチド#WT-3Bを用いた。その結果を図10に示す。図10に示したように、ペプチド#A-WTで処理すると、ヒトT細胞株MOLT4細胞では細胞増殖抑制が観察された。それに対し、ネガティブコントロールであるペプチド#WT-3Bは細胞増殖抑制活性が観察されなかった。また、図10に示したように、ペプチド#A-WTは、マウス由来細胞においても増殖抑制活性を示し、動物種を越えて作用することが分かった。
【0055】
次に、Jurkat細胞の代わりに、上皮がんであるヒト前立腺がん細胞株DU145細胞を用いて、ペプチド#A-WT、ペプチド#A、ペプチド#B及びペプチド#WT-3Bの細胞増殖に対する効果を検討した。その結果を図11に示す。図11に示したように、T細胞では細胞増殖抑制が観察されたペプチド#A-WT及びペプチド#Aは、上皮がんであるDU145細胞に対しては細胞増殖抑制活性が観察されなかった。この結果から、本発明の免疫抑制ペプチドの効果は、T細胞特異的であることが分かった。
【0056】
[実施例6]実験的自己免疫性脳脊髄炎モデルマウスを用いた免疫抑制ペプチドの効果の検討
実施例5の結果から、ペプチド#A-WTは、動物種を越えて作用することが分かったことから、マウスモデルにおいても免疫抑制ペプチドが作用しうることが推測された。そのため、T細胞の活性化に強く依存することが知られている実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)マウスモデルを用いて、本発明に係る免疫抑制ペプチドの効果を検討した。
EAEはヒトの多発性硬化症(MS)と病態が類似することから、MSの治療法の解明における自己免疫疾患モデルとして広く用いられている。EAEの発症メカニズムは末梢組織で活性化したリンパ球が脊髄や脳を含めた中枢神経系に浸潤し、炎症性サイトカインの産生を介して炎症を誘導することで脱髄が起こり、四肢麻痺が観察される。そこで、EAEマウスモデルに対してペプチド#A-WTを投与し、その効果を検証した。具体的には、MOG抗原を尾根部皮下に投与したEAEマウスに、抗原投与直後と抗原投与2日後に百日咳毒素を尾静脈に投与し、抗原投与後8日目からDMSO/PBS、ペプチド#A-WT又はネガティブコントロールとしてペプチド#WT-3Bを隔日で尾静脈に投与し、病態スコアを観察した。その結果を図12に示す。図12に示したように、ペプチド#A-WT投与群では、ペプチド非投与群、ペプチド#W-3B投与群と比較して、顕著な病態スコアの改善が認められた。この結果から、ペプチド#A-WTは、自己免疫疾患モデルマウスにおいて病態改善効果を示すことが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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