(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022176825
(43)【公開日】2022-11-30
(54)【発明の名称】スピン偏極電流を生成する導電性構造体、それを用いた電極及び方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/095 20210101AFI20221122BHJP
C25B 11/054 20210101ALI20221122BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20221122BHJP
C25B 3/25 20210101ALI20221122BHJP
B01J 35/02 20060101ALI20221122BHJP
B01J 31/28 20060101ALI20221122BHJP
B32B 7/025 20190101ALI20221122BHJP
C25B 3/20 20210101ALI20221122BHJP
B22F 1/10 20220101ALI20221122BHJP
B22F 7/04 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
C25B11/095
C25B11/054
C25B1/04
C25B3/25
B01J35/02 H
B01J31/28 Z
B32B7/025
C25B3/20
B22F1/10
B22F7/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021083466
(22)【出願日】2021-05-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.電気通信回線を通じた公開(科学研究費助成事業データベースのウェブサイトへの掲載) 掲載日:令和3年1月27日 掲載アドレス:https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PUBLICLY-19H04603/
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、「スピン角運動量の能動的制御による革新的電気化学反応の創出」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100168273
【弁理士】
【氏名又は名称】古田 昌稔
(72)【発明者】
【氏名】須田 理行
(72)【発明者】
【氏名】山本 浩史
【テーマコード(参考)】
4F100
4G169
4K011
4K018
4K021
【Fターム(参考)】
4F100AB01B
4F100AB25B
4F100AH00B
4F100AT00A
4F100BA02
4F100BA07
4F100DE01B
4F100GB41
4F100JG01B
4G169AA03
4G169AA04
4G169AA12
4G169BA21A
4G169BA21B
4G169BA27A
4G169BA27B
4G169BB02A
4G169BB02B
4G169BC33A
4G169BC33B
4G169BE01B
4G169BE06B
4G169BE21A
4G169BE21B
4G169CB02
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4G169CB25
4G169CB57
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4G169CB81
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4G169CC40
4G169DA06
4G169EA01X
4G169EA01Y
4G169EA08
4G169EB18Y
4G169EB19
4G169EE06
4G169FA01
4G169FA03
4K011AA68
4K011AA69
4K011DA01
4K011DA10
4K018AD20
4K018BA01
4K018BA02
4K018BB05
4K018CA33
4K018GA01
4K018JA21
4K018KA33
4K021AA01
4K021AC01
4K021AC14
4K021BA02
4K021BA11
(57)【要約】
【課題】電流のスピン偏極率を向上させるための技術を提供する。
【解決手段】本発明は、スピン偏極電流を生成する導電性構造体10であって、所定方向に沿って繰り返し存在する複数の構造単位16を備え、複数の構造単位16のそれぞれは、導電性粒子12のような導電体と、導電体に吸着したキラル分子14と、を含み、所定方向に電流を流したときに電流が複数の構造単位16を通過して電流のスピン偏極率が増幅される。導電性構造体10は、電極として使用されうる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピン偏極電流を生成する導電性構造体であって、
所定方向に沿って繰り返し存在する複数の構造単位を備え、
前記複数の構造単位のそれぞれは、導電体と、前記導電体に吸着したキラル分子と、を含み、
前記所定方向に電流を流したときに前記電流が前記複数の構造単位を通過して前記電流のスピン偏極率が増幅される、
導電性構造体。
【請求項2】
前記構造単位が層状であり
前記複数の構造単位が積層されている、
請求項1に記載の導電性構造体。
【請求項3】
前記導電体が金属ナノ粒子を含む、
請求項1又は2に記載の導電性構造体。
【請求項4】
前記金属ナノ粒子がAuナノ粒子を含む、
請求項3に記載の導電性構造体。
【請求項5】
前記導電体は、層状化合物の任意の層である、
請求項1又は2に記載の導電性構造体。
【請求項6】
前記層状化合物が遷移金属ダイカルコゲナイドである、
請求項5に記載の導電性構造体。
【請求項7】
前記キラル分子がチオール基を有する化合物である、
請求項1から6のいずれか1項に記載の導電性構造体。
【請求項8】
前記キラル分子の分子長が1nm以下である、
請求項1から7のいずれか1項に記載の導電性構造体。
【請求項9】
導電性を有する基板をさらに備え、
前記複数の構造単位が前記基板の表面上に配置されており、
前記所定方向は、前記基板の前記表面に垂直な方向である、
請求項1から8のいずれか1項に記載の導電性構造体。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載の導電性構造体を含む、
電極。
【請求項11】
請求項10に記載の電極を用いて電気化学反応を起こさせることを含む、
方法。
【請求項12】
前記電気化学反応がエナンチオ選択的反応又は水分解反応である、
請求項11に記載の方法。
【請求項13】
請求項10に記載の電極を用いてエナンチオ選択的反応を起こさせることを含む、
有機化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン偏極電流を生成する導電性構造体、それを用いた電極及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
既存の電気化学反応は、電子の持つ「電荷」の自由度を利用した化学反応である。一方、電子はもう一つの自由度として「スピン角運動量」を持っている。スピン角運動量を能動的に制御した電子の流れは、「スピン偏極電流」として把握される。物性物理学及び電子工学の分野においては、スピン角運動量の制御によるエレクトロニクス技術、すなわち「スピントロニクス」が盛んに研究されている。スピントロニクスの研究成果は、巨大磁気抵抗効果(GMR)、トンネル磁気抵抗効果(TMR)といった工業的応用から近年のトポロジカル絶縁体の発見などの学術的進展に至るまで、様々なブレイクスルーを産み出し続けている。
【0003】
スピントロニクスを応用したデバイスは、通常、スピンの向きを制御するために、強磁性材料、外部磁場又はその両方を必要とする。一方、有機分子を使用してスピントロニクスを応用したデバイスを作る試みもなされている。しかし、一般的に強い磁気的性質を持たない有機分子によってスピンの向きを制御するのは困難であると考えられていた。
【0004】
そのような従来の認識を覆す現象、すなわち、キラル分子を通過したトンネル電子が室温でスピン偏極効果を受けるという現象が近年報告された(非特許文献1)。この現象は、キラリティ誘起スピン選択性(Chirality-Induced Spin Selectivity:CISS)と呼ばれている。キラリティ誘起スピン選択性は、強磁性材料及び外部磁場を用いることなく、室温でスピン偏極電流を生成できる可能性を示している。
【0005】
実際、非特許文献2には、Au電極の表面上にキラル分子からなる自己組織化二次元膜を形成してスピン偏極電流を得ることが記載されている。
【0006】
非特許文献3には、キラル分子を化学吸着させた20nm未満のFe3O4ナノ粒子を電極の表面上に堆積させてスピン偏極電流を得ることが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】B. Gohler et al., "Spin Selectivity in Electron Transmission Through Self-Assembled Monolayers of Double-Stranded DNA", Science 331, 894 (2011).
【非特許文献2】Massimo Innocenti et al., "Spin dependent electrochemistry: Focus on chiral vs achiral charge transmission through 2D SAMs adsorbed on gold", Journal of Electroanalytical Chemistry, Volume 856, 1 January 2020, 113705
【非特許文献3】Wenyan Zhang et al., "Enhanced Electrochemical Water Splitting with Chiral Molecule-Coated Fe3O4 Nanoparticles", ACS Energy Letters 2018, 3, 2308-2313
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
デバイス、電気化学反応などの様々な用途にスピン偏極電流を応用するには、スピン偏極率を向上させることが重要である。しかし、CISS効果に関する従来の報告例は、キラル分子による単分子膜におけるトンネル電流に限られている。そのため、スピン偏極率は、必ずしも十分な値に到達していない。キラル分子の分子設計のみでスピン偏極率を劇的に向上させることも期待できない。
【0009】
本発明の目的は、電流のスピン偏極率を向上させるための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
スピン偏極電流を生成する導電性構造体であって、
所定方向に沿って繰り返し存在する複数の構造単位を備え、
前記複数の構造単位のそれぞれは、導電体と、前記導電体に吸着したキラル分子と、を含み、
前記所定方向に電流を流したときに前記電流が前記複数の構造単位を通過して前記電流のスピン偏極率が増幅される、
導電性構造体を提供する。
【0011】
別の側面において、本発明は、上記本発明の導電性構造体を含む、電極を提供する。
【0012】
さらに別の側面において、本発明は、上記本発明の電極を用いて電気化学反応を起こさせることを含む、方法を提供する。
【0013】
さらに別の側面において、本発明は、上記本発明の電極を用いてエナンチオ選択的反応を起こさせることを含む、有機化合物の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、電流のスピン偏極率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、実施形態1に係る導電性構造体の模式的な断面図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す導電性構造体の製造方法を示すフローチャートである。
【
図3】
図3は、実施の形態2に係る導電性構造体の模式図である。
【
図4】
図4は、
図3に示す導電性構造体の製造方法を説明する図である。
【
図6A】
図6Aは、実施例及び比較例のデバイスの電気抵抗の測定結果を示すグラフである。
【
図6B】
図6Bは、実施例及び比較例のデバイスの磁気抵抗の測定結果を示すグラフである。
【
図7A】
図7Aは、比較例5のデバイスの電気抵抗の測定結果を示すグラフである。
【
図7B】
図7Bは、比較例5のデバイスの磁気抵抗の測定結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例及び比較例の電極を用いたサイクリックボルタンメトリー測定の結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、高速液体クロマトグラフィーの溶離液の紫外可視分光測定及び円二色性分光測定の結果を示すグラフである。
【
図10】
図10は、鏡像体過剰率(ee)とキラル分子層の数との関係を示すグラフである。
【
図11】
図11は、クロノクーロメトリー測定の結果を示すグラフである。
【
図12】
図12は、水分解反応における反応水溶液の可視吸収スペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(本発明の基礎となった知見)
本発明者は、電流に複数回のCISS効果、すなわち「多重CISS効果」を与えることによって、スピン偏極率を増幅できるのではないかと考えた。具体的には、キラル分子を用いて導電体のネットワークを構築し、そのネットワーク用いて電流に多重CISS効果を電流に与えることを想到し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されない。
【0018】
(実施形態1)
図1は、実施形態1に係るスピン偏極電流を生成する導電性構造体10の模式的な断面図である。導電性構造体10は、所定方向Dに沿って繰り返し存在する複数の構造単位16を備えている。複数の構造単位16のそれぞれは、導電性粒子12及びキラル分子14を含む。キラル分子14が配位子の役割を果たし、導電性粒子12のネットワークが構築されている。所定方向Dに電流を流したときに電流が複数の構造単位16を通過して電流のスピン偏極率が増幅される。導電性構造体10は、電流に複数回のCISS効果、すなわち多重CISS効果を付与しうる。導電性構造体10によれば、向上したスピン偏極率を有するスピン偏極電流を生成することができる。「所定方向D」は、構造単位16の繰り返しの方向に平行な方向でありうる。
【0019】
導電性構造体10において、複数の導電性粒子12が構造単位16に含まれていてもよい。導電性構造体10において、複数のキラル分子14が構造単位16に含まれていてもよい。単一の導電性粒子12に複数のキラル分子14が吸着していてもよい。導電性粒子12が複数のキラル分子14によって取り囲まれていてもよい。この場合、導電性粒子12の凝集が効果的に阻止され、導電性粒子12が面内方向及び積層方向の両方向において離散的に存在できる。これにより、スピン偏極電流が緩和されることを抑制し、多重CISS効果を高めることができる。
【0020】
本実施形態において、構造単位16は層状である。複数の構造単位16が積層されて導電性構造体10が形成されている。このような構造によれば、複数の構造単位16の積層数に応じてスピン偏極率を増加させることができる。
【0021】
図1の模式図において、導電性粒子12は、所定方向Dに平行な方向において互いに隣り合う導電性粒子12がキラル分子14によって架橋されている。ただし、層状の構造単位16の面内に平行な方向において互いに隣り合う導電性粒子12がキラル分子14によって結合されていてもよく、斜め方向において互いに隣り合う導電性粒子12がキラル分子14によって結合されていてもよい。隣り合う層の導電性粒子12がキラル分子14によって互いに隔絶されている限りにおいて、導電性構造体10が全体として3次元ネットワーク構造をなしていてもよい。なお、「斜め方向」は、所定方向Dに平行な方向および層状の構造単位16の面内に平行な方向の両方向に対して傾斜した方向である。
【0022】
導電性粒子12は導電体の一例である。後述するように、粒子以外の形状の導電体を用いることも可能である。
【0023】
本実施形態において、導電性構造体10を通じて得られるスピン偏極電流は、磁場の掃引に伴う磁気抵抗(magnetoresistance:MR)の変化を測定することによって確認されうる。
【0024】
本実施形態において、導電性構造体10は、導電性を有する基板18を備えている。基板18は、導電性構造体10を支持している。複数の構造単位16が基板18の表面上に配置されている。電流の流れる方向である所定方向Dは、基板18の表面に垂直な方向である。基板18によって導電性構造体10の剛性が確保されうる。基板18が導電性を有するので、キラル分子14による導電性粒子12のネットワークに電流を供給しやすい。キラル分子14による導電性粒子12のネットワークを基板18に固定化することによって、導電性構造体10を様々な用途に使用することが可能となる。
【0025】
基板18の材料は特に限定されない。基板18の材料として、金属材料、導電性セラミック、炭素材料、導電性樹脂などが挙げられる。基板18の形状も特に限定されない。基板18は、板状であってもよく、棒状であってもよい。
【0026】
導電性粒子12は、ナノオーダーの寸法を有する粒子、つまり、ナノ粒子でありうる。導電性粒子12の寸法がナノオーダーである場合、導電性粒子12を通過する緩和過程における電流のスピン偏極率の減衰を抑えることができる。
【0027】
導電性粒子12は、スピン拡散長以下の直径を有していてもよい。スピン偏極率は、スピン拡散長よりも小さい直径を有する粒子内ではほぼ保存される。例えば、導電性粒子12がAuナノ粒子であると仮定する。Auのスピン拡散長は約50nmである。そのため、数nmの直径を有するAuナノ粒子を通過する緩和過程での電流のスピン偏極率の減衰は小さい。高いスピン偏極率が維持された状態で電流が次の構造単位16に流れ込み、キラル分子14による偏極過程へと移行すれば、更なるスピン偏極率の向上を期待できる。緩和過程と偏極過程とを繰り返すことで、最終的には100%に近いスピン偏極率が得られる可能性もある。「スピン拡散長」とは、スピン流が消失する長さの目安を意味する。
【0028】
導電性粒子12は、例えば、1nm以上50nm以下の範囲の平均粒径を有する。導電性粒子12の平均粒径は、次の方法によって特定されうる。透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて導電性粒子12を観察する。得られたTEM像において、任意に選んだ100個の導電性粒子12の面積円相当径を画像処理によって算出する。得られた面積円相当径の平均値を導電性粒子12の平均粒径とみなすことができる。
【0029】
導電性粒子12は、導電性を有する材料でできている。導電性を有する限りにおいて導電性粒子12の材料は特に限定されない。導電性粒子12は、金属ナノ粒子を含んでいてもよく、非金属ナノ粒子を含んでいてもよい。金属ナノ粒子としては、Auナノ粒子、Agナノ粒子、Cuナノ粒子、Ptナノ粒子などが挙げられる。金属ナノ粒子は、貴金属ナノ粒子であってもよい。非金属ナノ粒子としては、炭素ナノ粒子、半導体ナノ粒子などが挙げられる。導電性粒子12として金属ナノ粒子を使用すると、導電性粒子12及びキラル分子14の配置を制御しやすいので、導電性構造体10の製造が容易になる。炭素ナノ粒子、半導体ナノ粒子のような非金属ナノ粒子は、長いスピン拡散長を有することによるスピン偏極率の向上を期待できる。半導体ナノ粒子としては、CdSe、CdS、PbSeナノ粒子、PbSなどの半導体材料のナノ粒子が挙げられる。
【0030】
導電性粒子12は、典型的には、Auナノ粒子を含む。Auのスピン拡散長は比較的長いので、Auは導電性粒子12の材料として適している。また、還元法などの既知の方法によって均一な大きさのAuナノ粒子を作製しやすい。
【0031】
導電性構造体10において、複数の導電性粒子12によって導電性の層が構築されていてもよい。この場合、導電性の層の数によってスピン偏極率を調節することが可能である。
【0032】
キラル分子14は、キラリティを有する分子である。キラル分子14は、例えば、導電性粒子12に化学的又は物理的に吸着している。キラル分子14はL体又はD体である。導電性構造体10は、L体のキラル分子14のみを含んでいてもよく、D体のキラル分子14のみを含んでいてもよい。導電性構造体10におけるキラル分子14の鏡像体過剰率が大きければ大きいほど、スピン偏極率が増加しうる。L体又はD体が100%であれば、スピン偏極効果は最大になる。導電性構造体10におけるキラル分子14の鏡像体過剰率はゼロでなく、例えば、50%以上100%以下であり、90%以上100%以下であってもよい。
【0033】
キラル分子14の種類は、導電性粒子12などの導電体に応じて適切に選択されうる。一例において、キラル分子14は、チオール基を有する化合物である。チオール基を有する化合物は、金-硫黄結合によってAuに特異的に結合する。すなわち、チオール基を有する化合物は、導電性粒子12としてのAuナノ粒子との相性に優れている。キラル分子14は、ジチオール化合物であってもよい。ジチオール化合物は、チオール基を分子内に2つ有する化合物である。チオール基は、分子の両末端に位置しうる。詳細には、チオール基は、アルキル鎖の両末端に位置しうる。
【0034】
基板18は、Au薄膜によって形成された表面を有していてもよい。この場合、チオール基を有するキラル分子14が金-硫黄結合によって基板18の表面に固定される。その結果、キラル分子14は、高い配向性を持つ自己組織化単分子膜を形成しうる。
【0035】
キラル分子14の分子長は、例えば、1nm以下である。この場合、導電性粒子12の粒子間距離を1nm以下に抑えることができる。導電性粒子12の粒子間距離が抑えられると、導電性粒子12の粒子間の電子伝導過程がほぼ完全なトンネル過程となり、導電性構造体10が金属の電気伝導性に近い電気伝導性を示す。つまり、長距離の金属伝導を実現するために、短い分子長のキラル分子14を選択することが望ましい。キラル分子14が直鎖状の炭素鎖を有する化合物であってもよい。この場合、炭素鎖における炭素の数は、分子の主鎖という意味において、例えば2以上10以下でありうる。
【0036】
上記のような要望を満たすキラル分子14としては、導電性粒子12を架橋可能である限り特に限定されず、ジチオール、ジアミンなどが挙げられる。ジチオールとして、L-ジチオトレイトール、D-ジチオトレイトールなどが挙げられる。
【0037】
導電性構造体10の用途は様々である。例えば、導電性構造体10を電気化学反応における電極(例えば、作用電極)として用いることができる。この場合、高いスピン偏極率を有するスピン偏極電流を用いた電気化学反応を起こさせることが可能となる。
【0038】
本実施形態の導電性構造体10を含む電極によれば、光学活性な有機化合物を製造することが可能である。すなわち、導電性構造体10を含む電極を用いた電気化学反応によって、光学活性な有機化合物を製造することができる。例えば、ラセミ体の化合物をエナンチオ選択的に反応させ、光学活性体に導くことができる。この例については後の実施例で説明する。天然に存在する光学活性な化合物(糖、アミノ酸など)をジアステレオ選択的に反応させ、光学活性体に導くこともできる。導電性構造体10を含む電極を使用すれば、特殊な触媒などを使用せずに不斉合成を行うことが可能である。
【0039】
上記に関連して、電気化学反応の1つの例は、エナンチオ選択的反応である。エナンチオ選択的反応とは、不斉の要素を持たない化合物に対して酸化反応、還元反応、付加反応、置換反応などの所定の反応を行うことで、一方のエナンチオマーを優先的に生成させる反応である。スピン偏極電流を用いたエナンチオ選択的反応によれば、高い鏡像体過剰率(ee:enantiomeric excess)を達成できる可能性がある。通常の電流がアキラルな現象であるのに対し、スピン偏極電流はキラリティを有する。すなわち、CISS効果の逆効果として、スピン偏極電流は電気化学反応における「不斉源」としての役割を担いうる。
【0040】
電気化学反応の他の1つの例は、水分解反応である。ランダムなスピン角運動量を有する通常の電流に対し、スピン偏極電流は同方向のスピン角運動量を有するため、電気化学反応の過程においてもスピン三重項状態を優先的に生成しうる。水(H2O)の電気分解反応においてはスピン三重項を基底状態とする酸素(O2)とスピン一重項を基底状態とする過酸化水素(H2O2)の生成反応が競合する。高いスピン偏極率を有するスピン偏極電流を用いて水分解反応を行うと、O2が生成する反応の競合反応となるH2O2の生成が抑制されうる。これは、スピン三重項状態のO2が選択的に生成されて一重項状態のO2の生成が抑制されることに起因する。結果として、水の電気分解反応が効率的に進行しうる。
【0041】
次に、導電性構造体10の製造方法について説明する。
【0042】
図2は、
図1に示す導電性構造体10の製造方法を示すフローチャートである。ステップS1において、基板18にキラル分子14をコーティングする。例えば、キラル分子14を含む溶液を塗布してもよく、キラル分子14を含む溶液に基板18を浸漬してもよい。基板18の表面上にキラル分子14の自己組織化単分子膜を形成してもよい。
【0043】
次に、導電性粒子12を堆積させる。導電性粒子12は、還元法などの既知の方法によって予め合成されうる。例えば、導電性粒子12の分散液に基板18を接触させることによって基板18の表面上に導電性粒子12を堆積させることができる。これにより、導電性粒子12とキラル分子14とを含む構造単位16が形成される。
【0044】
ステップS3において、構造単位16の現在の層数nが所望の層数n
tに達したかどうかを判断する。所望の層数n
tの構造単位16が形成されるまで、ステップS1の工程とステップS2の工程とを繰り返し実施する。これにより、
図1に示す導電性構造体10が得られる。なお、ステップS1とステップS2の順序は逆であってもよい。
【0045】
(実施形態2)
図3は、実施形態2に係るスピン偏極電流を生成する導電性構造体20の模式図である。導電性構造体20は、層22及びキラル分子14を含む複数の構造単位26を有する。本実施形態において、層22は、層状化合物の任意の層である。層22は、導電体の一例である。キラル分子14は、層状化合物の層間にインターカレーションされている。層状化合物の各層に垂直な方向、つまり、層の積層方向に平行な方向に電流を流すと、電流のスピン偏極率が増幅される。
【0046】
層状化合物は、遷移金属ダイカルコゲナイドでありうる。遷移金属ダイカルコゲナイドは、本実施形態の導電性構造体20の一部を好適に構成しうる。遷移金属ダイカルコゲナイドは、MX2で表される物質群である。Mは遷移金属原子であり、Xは酸素以外のカルコゲン原子である。遷移金属は、典型的には、Mo、WなどのVI族の遷移金属である。遷移金属ダイカルコゲナイドは、しばしば、層状の結晶構造を有する。層状の遷移金属ダイカルコゲナイドの1層の厚さは、例えば、数オングストロームであり、本実施形態の導電性構造体20の骨格として適している。
【0047】
層状化合物の他の例は、MXene(マキシン)である。MXeneは、チタン、バナジウムなどの遷移金属と炭素、窒素などの軽元素とを含む化合物の総称であり、グラフェンのようなシート状の構造を有する。MXeneの具体例として、Ti3C2MXeneが挙げられる。
【0048】
層状化合物の他の例は、層状ペロブスカイト化合物である。
【0049】
キラル分子14は、キラルアミンでありうる。キラルアミンとして、メチルベンジルアミン(MBA)などが挙げられる。メチルベンジルアミンは、R体であってもよく、S体であってもよい。
図3に示すように、複数の分子(例えば、2分子)のメチルベンジルアミンが層状化合物の層間にインターカレーションされうる。層間において、メチルベンジルアミンの芳香環が重なり合ってπ結合が形成されうる。
【0050】
導電性構造体20は、実施形態1で説明した基板18を備えていてもよい。この場合、層22が基板18の表面に平行となるように基板18の上に複数の構造単位26が配置されうる。これにより、複数の構造単位26の積層方向に電流を流すことが可能である。
【0051】
図3に示す導電性構造体20は、次の方法によって製造することができる。
図4は、
図3に示す導電性構造体20の製造方法を説明する図である。導電性構造体20は、層状構造を有する遷移金属ダイカルコゲナイド32にキラル分子14をインターカレーションさせることによって製造されうる。例えば、VI族の遷移金属ダイカルコゲナイドのLUMOは、-6.0eVから-5.5eVの範囲にある。そのため、遷移金属ダイカルコゲナイドのLUMOと弱ルイス塩基であるアミン類のHOMO(例えば、-6.2eV)との間の酸塩基反応によるインターカレーションが可能である。
【実施例0052】
[電極の作製]
以下の方法で実施例及び比較例の電極を作製した。
【0053】
(実施例1)
(Auナノ粒子の合成)
AuPPh3Clを1-ドデカンチオールの共存下、ベンゼン中でtert-ブチルアミンボラン錯体を還元剤として用いて55℃で1時間加熱した。これにより、Auナノ粒子を得た。反応液にエタノールを加えてAuナノ粒子を沈殿させた後、遠心分離法によって沈殿を回収した。この処理を3回繰り返してAuナノ粒子を精製した。
【0054】
透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてAuナノ粒子を観察した。
図5は、Auナノ粒子のTEM像を示している。TEM像からAuナノ粒子の平均粒径を算出した。Auナノ粒子の平均粒径は約5nmであった。
【0055】
Auナノ粒子をヘキサンに再分散させた後、K2Sのジメチルスルホキシド(DMSO)溶液(5mg/mL)とAuナノ粒子とを混合し、混合液を攪拌した。これにより、1-ドデカンチオールからS2-への配位子交換反応を行った。混合液からDMSO相を分取し、Auナノ粒子のDMSO分散液を得た。
【0056】
(基板上へのAuナノ粒子の集積化)
グラッシーカーボン基板の上にAu薄膜(厚さ50nm)をスパッタリング法によって形成した。Au薄膜を200℃(周囲温度)で12時間アニールし、(111)面配向のAu薄膜を有する基板を得た。この基板を酸素プラズマ処理によって洗浄した後、L-ジチオトレイトールのエタノール溶液(~1mg/mL)に浸漬した。これにより、Au薄膜の表面をチオール化した。
【0057】
次に、Auナノ粒子のDMSO分散液に基板を浸漬し、Auナノ粒子を基板の表面に吸着させた。
【0058】
チオール化の工程とAuナノ粒子を吸着させる工程と交互に5回繰り返してAuナノ粒子を集積化させ、キラル分子によって架橋されたAuナノ粒子の多層膜を基板の表面上に形成した。このようにして、実施例1の導電性構造体(電極)を作製した。
【0059】
(実施例2)
L-ジチオトレイトールに代えて、D-ジチオトレイトールを用いたことを除き、実施例1と同じ方法によって、実施例2の導電性構造体(電極)を作製した。
【0060】
(実施例3)
チオール化の工程及びAuナノ粒子を吸着させる工程を交互に7回繰り返したことを除き、実施例1と同じ方法によって、実施例3の導電性構造体(電極)を作製した。
【0061】
(実施例4)
チオール化の工程及びAuナノ粒子を吸着させる工程を交互に7回繰り返したことを除き、実施例2と同じ方法によって、実施例4の導電性構造体(電極)を作製した。
【0062】
(比較例1)
L-ジチオトレイトールに代えて、アキラル分子(meso体)であるジチオエリトリトールを用いたことを除き、実施例1と同じ方法によって、比較例1の導電性構造体(電極)を作製した。
【0063】
(比較例2)
チオール化の工程及びAuナノ粒子を吸着させる工程をそれぞれ1回のみ行ったことを除き、実施例2と同じ方法によって、比較例2の導電性構造体(電極)を作製した。
【0064】
(比較例3)
スパッタリング法によってグラッシーカーボン基板上にAu薄膜を形成した。得られた構造体を比較例3の電極として用いた。
【0065】
(比較例4)
L-ジチオトレイトールに代えて、ラセミ体であるD,L-ジチオトレイトールを用いたこと、チオール化の工程及びAuナノ粒子を吸着させる工程を交互に7回繰り返したことを除き、実施例1と同じ方法によって、比較例4の導電性構造体(電極)を作製した。
【0066】
(比較例5)
(Agナノ粒子の合成)
AgNO3を1-オクタデシルアミンの共存下、180℃で10分間加熱した。これにより、平均粒径約5nmのAgナノ粒子を得た。反応液にエタノールを加えてAgナノ粒子を沈殿させた後、遠心分離法によって沈殿を回収した。この処理を3回繰り返してAgナノ粒子を精製した。
【0067】
Agナノ粒子をトルエンに再分散させた後、L-アラニンを大過剰に加え、一昼夜攪拌した。これにより、1-オクタデシルアミンからL-アラニンへの配位子交換反応を行った。反応液にエタノールを更に加えてAgナノ粒子を沈殿させた後、遠心分離法によって沈殿を回収した。この処理を3回繰り返して未反応の1-オクタデシルアミン及びL-アラニンを除去した。これにより、L-アラニンによって修飾されたAgナノ粒子の粉末を得た。Agナノ粒子の粉末を錠剤成型用ピストンシリンダーによって加圧し、Agナノ粒子の固体ペレットを作製した。
【0068】
実施例及び比較例の電極の構成を表1に示す。「繰り返し回数」は、チオール化の工程及びAuナノ粒子を吸着させる工程の繰り返し回数を示す。「繰り返し回数」は、リンカー分子と導電体とを含む構造単位の積層数に対応する。
【0069】
【0070】
L-ジチオトレイトール、ジチオエリトリトール(meso体)及びD-ジチオトレイトールの構造を以下に示す。
【0071】
【0072】
[スピン偏極電流の測定及びスピン偏極率の評価]
実施例1の電極の表面上にアルミナ絶縁膜(厚さ2~3nm)をスパッタリング法によって形成した。さらに、スピン偏極電流を検出するための磁性薄膜であるNi薄膜をアルミナ絶縁膜の上にスパッタリング法によって形成した。このようにして、実施例1の磁気抵抗検出用デバイスを作製した。同じ方法によって、実施例2及び比較例1の磁気抵抗検出用デバイスも作製した。なお、アルミナ絶縁膜は、Niが導電性構造体を貫通してNi薄膜が下部の基板と導通することを防ぐ役割を持つ。
【0073】
まず、外部磁場を印加せず、実施例1及び比較例1のデバイスの電気抵抗の温度依存性を測定した。結果を
図6Aに示す。
図6Aのグラフの横軸は温度(K)を示し、縦軸は300Kでの電気抵抗R
300Kに対する各温度での電気抵抗Rの比率を示している。
図6Aに示すように、実施例1のデバイス及び比較例1のデバイスのいずれも、室温から極低温まで単調に電気抵抗が減少する金属的な温度依存性を示した。
【0074】
次に、グラッシーカーボン基板の表面に対して垂直な方向、すなわち、電流の流れる方向と平行な方向に外部磁場を印加し、磁場の掃引に伴う磁気抵抗(MR)の変化を測定した。結果を
図6Bに示す。MR(%)は、下記式(1)から算出した。
【0075】
MR(%)=100×[R(H)-R(H=0)]/R(H=0)・・・(1)
R(H) :磁場下での抵抗
R(H=0):ゼロ磁場での抵抗
【0076】
図6Bのグラフの横軸は磁場の強さを示し、縦軸は磁気抵抗MRを示している。
図6Bに示すように、L体を用いて作製した実施例1のデバイスから、印加磁場に対して正の傾きを有するMR曲線が得られた。D体を用いて作製した実施例2のデバイスから、負の傾きを有するMR曲線が得られた。meso体を用いて作製した比較例1のデバイスからは、明確なMRシグナルが得られなかった。
【0077】
以上の結果は、L体からダウンスピン選択性が得られたこと、及び、D体からアップスピン選択性が得られたことを意味する。Ni電極中のスピン偏極率を30%程度と仮定すると、実施例1及び実施例2のデバイスを流れる電流中のスピン偏極率は80%に相当する。つまり、実施例1及び実施例2のデバイスは、非常に高いスピン偏極率を達成した。なお、スピン角運動量が電子の運動方向と平行なスピンをアップスピンと定義する。スピン角運動量が電子の運動方向と反平行なスピンをダウンスピンと定義する。
【0078】
また、以上の事実は、実施例1及び実施例2の電極が金属の電気伝導性とCISS効果によるスピン偏極とを両立していたことを明らかにする。電極が金属の電気伝導性を有することは、電極を電気化学反応などの様々な用途に応用するうえで重要である。
【0079】
なお、実施例1及び実施例2のデバイスを流れる電流中のスピン偏極率は、下記式(2)から算出した。Ni電極中のスピン偏極率(=30%)は、文献“E. Y. Tsymbal et al., J. Phys.: Cond. Matter 2003, 15, R109.”に基づく値を採用した。
【0080】
(スピン偏極率)=
(MRの値)/(Ni電極中のスピン偏極率)×100(%)・・・(2)
【0081】
次に、比較例5のペレットをAu電極上にAgペーストで固定した。その後、ペレットの表面上にアルミナ絶縁膜(厚さ2~3nm)をスパッタリング法によって形成した。さらに、Ni薄膜をアルミナ絶縁膜の上にスパッタリング法によって形成した。このようにして、比較例5の磁気抵抗検出用デバイスを作製した。
【0082】
先に説明した方法によって、比較例5のデバイスの電気抵抗の温度依存性を測定した。結果を
図7Aに示す。
図7Aに示すように、比較例5のデバイスも、室温から極低温まで単調に電気抵抗が減少する金属的な温度依存性を示した。
【0083】
次に、比較例5のデバイスの磁気抵抗を測定した。具体的には、磁場の掃引に伴う磁気抵抗(MR)の変化を測定した。測定は先に説明した方法に従って300Kと2Kとの2点の温度で実施した。結果を
図7Bに示す。
図7Bに示すように、比較例5のデバイスからは、明確なMRシグナルが得られなかった。この結果は、比較例5のペレットを形成する過程において、L-アラニン配位子を介さないAgナノ粒子同士の接触(導通)が起こり、キラル分子を介さない非スピン偏極電流が支配的となったことが原因であると考えられる。
【0084】
[エナンチオ選択的還元反応]
実施例4、比較例2又は比較例3の電極を作用電極として用い、Ag/AgClを参照電極として用い、Ptを対電極として用い、10-camphorsulfonic acid(10-カンファースルホン酸)から10-sulfonic acid borneolへの還元反応を行った。具体的には、(1R)-(-)-10-camphorsulfonic acidのKCl水溶液、(1S)-(+)-10-camphorsulfonic acidのKCl水溶液、及び、それらを等量で含むラセミ体のKCl水溶液をそれぞれ0.1mol/Lの濃度で調製した。これらの水溶液に各電極を浸漬してサイクリックボルタンメトリー測定を行った。結果を
図8に示す。
【0085】
図8(a)は、比較例3の電極を用いたサイクリックボルタンメトリー測定の結果を示すグラフである。
図8(b)は、比較例2の電極を用いたサイクリックボルタンメトリー測定の結果を示すグラフである。
図8(c)は、実施例4の電極を用いたサイクリックボルタンメトリー測定の結果を示すグラフである。各グラフの横軸は、印加した電位を示している。縦軸は、検出された電流値を示している。「rac-CSA」は、ラセミ体の結果を示す。「R-CSA」は、R体の結果を示す。「S-CSA」は、S体の結果を示す。
【0086】
図8(a)に示すように、キラル分子層が0層、すなわち比較例3のアキラル電極を用いた場合、R体、S体、及びラセミ体に対する還元電流密度に差異は見られなかった。
【0087】
図8(b)に示すように、キラル分子及び導電体をそれぞれ1層ずつ有する比較例2の電極を用いた場合、R体に対してやや高い電流密度が観測された。つまり、R体が選択的に還元された。比較例2の電極はエナンチオ選択性を示した。ラセミ体にもR体が含まれるので、ラセミ体とS体との間にも電流密度の違いが観測された。
【0088】
図8(c)に示すように、キラル分子及び導電体の構造単位の積層数が7層である実施例4の電極を用いた場合、エナンチオ選択性が顕著に向上した。なお、ラセミ体の10-カンファースルホン酸をエナンチオ選択的に反応させ、10-sulfonic acid borneol(R-SAB)を生成させる反応は以下に示す通りである。
【0089】
【0090】
[鏡像体過剰率の定量]
実施例2、実施例4、比較例2又は比較例3の電極を作用電極として用い、Ag/AgClを参照電極として用い、Ptを対電極として用い、10-camphorsulfonic acidのラセミ体の還元反応を行った。具体的には、(1R)-(-)-10-camphorsulfonic acid及び(1S)-(+)-10-camphorsulfonic acidを等量で含むラセミ体のKCl水溶液(0.1mol/L)に各電極を浸漬し、-0.9Vにて6時間かけて還元反応を行った。その後、キラルカラム(ダイセル社製、CHIRALPAK-IB)を用いた高速液体クロマトグラフィーに反応液を通して光学分割を行った。高速液体クロマトグラフィーの溶離液中のエナンチオマーの存在を紫外可視分光検出器(UV)及び円二色性分光検出器(CD)によって経時的に検出した。溶離液としてn-ヘキサンとエタノールとを3:1の体積比で含む20℃の混合液を用いた。溶離液の流量は8mL/minであった。溶離液を流しながら2.0g/Lの濃度を有する1mLのサンプルをカラムに注入して分離を行った。紫外可視分光測定の測定波長は200nmであった。結果を
図9に示す。
【0091】
図9は、高速液体クロマトグラフィーの溶離液の紫外可視分光測定及び円二色性分光測定の結果を示すグラフである。詳細には、
図9(a)(b)(c)及び(d)は、それぞれ、比較例3、比較例2、実施例2及び実施例4の結果である。
図9の各グラフの横軸は、高速液体クロマトグラフィーによる分離の経過時間を示している。縦軸は、信号強度を示している。各グラフに示す層の数は、キラル分子層の数を表し、表1に示す繰り返し回数に対応している。
【0092】
図9(a)に示すように、アキラル電極である比較例3の電極を用いて還元反応を行った場合、等量のR体及びS体が生成した。つまり、エナンチオ選択性が見られなかった。これに対し、
図9(b)(c)及び(d)から理解できるように、キラル分子層の数が増加するに従ってR体の鏡像体過剰率(ee)が増加した。
【0093】
図10は、鏡像体過剰率(ee)とキラル分子層の数との関係を示すグラフである。鏡像体過剰率は、UV及びCDの検出結果(
図9)のそれぞれのピーク面積から見積もった。キラル分子層の数が増加するに従ってR体の鏡像体過剰率が増加し、最終的に25%程度の鏡像体過剰率が得られた。この値は、強磁性Ni電極により報告されている鏡像体過剰率である11.5%を大きく上回る結果である。
【0094】
[水分解反応]
実施例3、実施例4又は比較例4の電極を作用電極として用い、Ag/AgClを参照電極として用い、Ptを対電極として用い、0.1mol/Lの濃度のNa
2SO
4水溶液の電気化学的水分解反応を行った。水溶液に各電極を浸漬し、1.4Vで40分間かけてクロノクーロメトリー測定を行った。結果を
図11に示す。
【0095】
図11は、クロノクーロメトリー測定の結果を示すグラフである。横軸は、経過時間を示す。縦軸は、トータル電荷量を示す。
図11のグラフは、経過時間に対するトータル電荷量の変化を表している。キラル電極である実施例3(L体)及び実施例4(D体)の電極を用いた場合、アキラル電極である比較例4(ラセミ体)の電極を用いた場合に比べ、高い電流密度が得られた。つまり、実施例3及び実施例4の電極を使用した場合、効率的に水分解反応が進行した。
【0096】
40分間の反応後、o-トリジンを酸化還元指示薬として用い、紫外可視吸収分光分析によって、反応水溶液中における過酸化水素の量を定量した。結果を
図12に示す。
【0097】
図12は、水分解反応における反応水溶液の可視吸収スペクトルを示すグラフである。アキラル電極である比較例4の電極が使用された反応水溶液は、過酸化水素によるo-トリジンの酸化に起因する強い吸収帯をλ=440nm付近に有していた。キラル電極である実施例3(L体)及び実施例4(D体)の電極が使用された反応水溶液は、アキラル電極が使用された反応水溶液の吸光度に比べて全体的に低い吸光度を示した。可視吸収スペクトルから、過酸化水素の生成がキラル電極によってアキラル電極の1/6程度に抑制されていることが明らかとなった。