(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022177423
(43)【公開日】2022-12-01
(54)【発明の名称】水中測位システム
(51)【国際特許分類】
G01S 7/52 20060101AFI20221124BHJP
G01S 3/808 20060101ALI20221124BHJP
G01S 7/526 20060101ALI20221124BHJP
【FI】
G01S7/52 V
G01S3/808
G01S7/526 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021083663
(22)【出願日】2021-05-18
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100116207
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100096426
【弁理士】
【氏名又は名称】川合 誠
(72)【発明者】
【氏名】巻 俊宏
(72)【発明者】
【氏名】堀本 大洋
【テーマコード(参考)】
5J083
【Fターム(参考)】
5J083AC30
5J083AC32
5J083AD01
5J083AD18
5J083AE03
5J083AF15
5J083AF18
5J083AG11
5J083CA09
5J083CA12
5J083CA13
(57)【要約】
【課題】水中移動体の測位を、高精度で、かつ、低コストで行うことができるようにする。
【解決手段】音響信号を水中に発信する基準局と、音響信号の送受信を行う送受波器と、深度センサと、姿勢センサと、制御装置とを有する水中移動体と、を備える水中測位システムであって、音響信号は、基準局の位置情報を含み、送受波器は、音響信号の到来角を計測し、深度センサは、水中移動体の深度を計測し、姿勢センサは、水中移動体の姿勢を計測し、制御装置は、水中移動体の深度と音響信号の到来角とに基づいて、基準局から水中移動体までの水平距離を算出し、算出された水平距離と、音響信号の到来角と、基準局の位置情報とに基づいて、水中移動体の位置情報を算出し、音響信号の到来角のうちの仰俯角が閾値未満である場合には、基準局は、仰俯角が閾値以上となるまで水中移動体に接近する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
推進装置を有するとともに、音響信号を水中に発信する基準局と、
前記音響信号の送受信を行う送受波器と、深度センサと、姿勢センサと、制御装置とを有する水中移動体と、
を備える水中測位システムであって、
前記音響信号は、前記基準局の位置情報を含み、
前記送受波器は、前記音響信号の到来角を計測し、
前記深度センサは、前記水中移動体の深度を計測し、
前記姿勢センサは、前記水中移動体の姿勢を計測し、
前記制御装置は、前記姿勢センサが計測した水中移動体の姿勢に基づいて前記送受波器が計測した音響信号の到来角を補正し、前記深度センサが計測した水中移動体の深度と補正された音響信号の到来角とに基づいて、前記基準局から水中移動体までの水平距離を算出し、算出された水平距離と、補正された音響信号の到来角と、前記送受波器が受信した基準局の位置情報とに基づいて、前記水中移動体の位置情報を算出し、前記音響信号の到来角のうちの仰俯角が閾値未満である場合には、前記送受波器から前記基準局に前記水中移動体の位置情報を送信し、
前記基準局は、前記水中移動体の位置情報を受信すると、前記推進装置を作動させ、前記仰俯角が閾値以上となるまで前記水中移動体に接近することを特徴とする水中測位システム。
【請求項2】
前記基準局は前記音響信号をブロードキャストし、前記水中移動体は複数であり、各水中移動体の制御装置が各水中移動体自身の位置情報を算出する請求項1に記載の水中測位システム。
【請求項3】
前記基準局は複数であり、前記水中移動体の送受波器は複数の基準局が発信した音響信号を受信する請求項1又は2に記載の水中測位システム。
【請求項4】
前記制御装置は、水中音速プロファイルを推定し、推定された水中音速プロファイルから得られた水中音速を考慮して、前記送受波器が計測した音響信号の到来角を補正する請求項1又は2に記載の水中測位システム。
【請求項5】
前記基準局及び/又は水中移動体は、水温センサ及び塩分濃度センサを有し、前記制御装置は、前記水温センサが計測した水温、前記塩分濃度センサが計測した塩分濃度、及び、前記深度センサが計測した水圧の値を用いて、前記水中音速プロファイルを推定する請求項4に記載の水中測位システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水中測位システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、海洋調査等においては、センサを搭載した自律型水中ロボット(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)等の水中移動体が利用されている(例えば、非特許文献1及び2参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】浦環、外8名、「2組のハイドロフォンアレイを用いたマッコウクジラの追跡観測実験」、生産研究、東京大学生産技術研究所、2004年、56巻2号、p.27~30
【非特許文献2】吉澤真吾、「小型水中ロボット用の音響測位技術」、水域ロボットシンポジウム、2020年11月6日<URL:http://islab.elec.kitami-it.ac.jp/yoshizawa/slide/Underwater_Robot _Symposium2020 _Yoshizawa.pdf >
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記従来の水中移動体においては、基準局から水中移動体までの距離を測定するために、音響信号の往復伝播時間を使用しているので、複数の水中移動体の位置を同時に測位することが困難である。
【0005】
海中を広域かつ効率的に探査するためには、センサを搭載した水中移動体を複数同時に展開することが望ましく、高品質の探査のためには、これら複数の水中移動体の位置をリアルタイムかつ高精度に求める必要がある。しかし、上述のように、音響信号の往復伝播時間を使用しているので、基準局と水中移動体とを1対1として測位する必要があり、同時に展開可能な水中移動体の数に限界がある。
【0006】
もっとも、近年注目されているOWTT(One Way Travel Time)という方法では、基準局及び水中移動体が備える音響信号の送受信器を完全に同期させて、所定のタイミングで基準局が送信した音響信号を水中移動体が受信するまでの時間に基づいて、基準局から水中移動体までの距離を測定するので、このような問題は解決される。しかし、前記OWTTでは、すべての水中移動体及び基準局が備える時計を原子時計レベルの高い精度で同期させておく必要があるので、コストが非常に高くなる、という問題がある。
【0007】
本開示は、前記従来の問題点を解決して、基準局から発信された音響信号の到来角及び水中移動体の深度情報を使用して測位することにより、水中移動体の測位を、高精度で、かつ、低コストで行うことができる水中測位システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そのために、水中測位システムにおいては、推進装置を有するとともに、音響信号を水中に発信する基準局と、前記音響信号の送受信を行う送受波器と、深度センサと、姿勢センサと、制御装置とを有する水中移動体と、を備える水中測位システムであって、前記音響信号は、前記基準局の位置情報を含み、前記送受波器は、前記音響信号の到来角を計測し、前記深度センサは、前記水中移動体の深度を計測し、前記姿勢センサは、前記水中移動体の姿勢を計測し、前記制御装置は、前記姿勢センサが計測した水中移動体の姿勢に基づいて前記送受波器が計測した音響信号の到来角を補正し、前記深度センサが計測した水中移動体の深度と補正された音響信号の到来角とに基づいて、前記基準局から水中移動体までの水平距離を算出し、算出された水平距離と、補正された音響信号の到来角と、前記送受波器が受信した基準局の位置情報とに基づいて、前記水中移動体の位置情報を算出し、前記音響信号の到来角のうちの仰俯角が閾値未満である場合には、前記送受波器から前記基準局に前記水中移動体の位置情報を送信し、前記基準局は、前記水中移動体の位置情報を受信すると、前記推進装置を作動させ、前記仰俯角が閾値以上となるまで前記水中移動体に接近する。
【0009】
他の水中測位システムにおいては、さらに、前記基準局は前記音響信号をブロードキャストし、前記水中移動体は複数であり、各水中移動体の制御装置が各水中移動体自身の位置情報を算出する。
【0010】
更に他の水中測位システムにおいては、さらに、前記基準局は複数であり、前記水中移動体の送受波器は複数の基準局が発信した音響信号を受信する。
【0011】
更に他の水中測位システムにおいては、さらに、前記制御装置は、水中音速プロファイルを推定し、推定された水中音速プロファイルから得られた水中音速を考慮して、前記送受波器が計測した音響信号の到来角を補正する。
【0012】
更に他の水中測位システムにおいては、さらに、前記基準局及び/又は水中移動体は、水温センサ及び塩分濃度センサを有し、前記制御装置は、前記水温センサが計測した水温、前記塩分濃度センサが計測した塩分濃度、及び、前記深度センサが計測した水圧の値を用いて、前記水中音速プロファイルを推定する。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、水中移動体の測位を、高精度で、かつ、低コストで行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施の形態における水中測位システムの動作を鉛直面に投影した模式図である。
【
図2】本実施の形態における水中測位システムの動作を水平面に投影した模式図である。
【
図3】水中音速と水温及び塩分濃度との関係を示すグラフである。
【
図4】水中音速の層の境界面に対する角度と屈折による角度変化との関係を示すグラフである。
【
図5】本実施の形態における水中移動体の実証機の写真である。
【
図6】本実施の形態における基準局の実証機の写真である。
【
図7】本実施の形態における水中移動体の実証機及び基準局の実証機の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、実施の形態について詳細に説明する。
【0016】
図1は本実施の形態における水中測位システムの動作を鉛直面に投影した模式図、
図2は本実施の形態における水中測位システムの動作を水平面に投影した模式図、
図3は水中音速と水温及び塩分濃度との関係を示すグラフ、
図4は水中音速の層の境界面に対する角度と屈折による角度変化との関係を示すグラフである。
【0017】
図において、10は本実施の形態における水中測位システムに含まれる水中移動体であり、海や河川において潜水状態で水中を航行乃至移動し、例えば、画像を撮影したり、温度計、化学センサ等によって水の状態を測定したりすることにより、種々の調査や観測を行う装置であるが、いかなる目的に使用されるものであってもよい。また、前記水中移動体10は、例えば、無人水中航走体、無人探査機、自律型水中ロボット(AUV)等であるが、それに限定されるものでなく、例えば、水中を遊泳する潜水夫(ダイバー)が手に持って種々の調査や観測を行う装置であってもよいし、潜水夫(ダイバー)が操縦する水中スクーターや有人潜水艇であってもよく、水中を移動するものであれば如何なるものであってもよい。ここでは、説明の都合上、前記水中移動体10は、海中を自律的に移動するAUVであるものとして説明する。
【0018】
また、20は、基準局であり、本実施の形態においては、ブイや浮標のような水面31に位置する浮遊装置であって、推進装置としてのスラスタ25を有し、航行可能なものであるとする。
【0019】
前記基準局20は、前記スラスタ25に加え、水中に音響信号を発信するとともに受信する送受波器21と、GNSS(Global Navigation Satellite System)衛星からの信号を受信して位置を計測する位置センサとしてのGNSS受信器22と、基準局20の方位を計測する方位計測装置としての方位センサ23と、基準局20の各部の動作を制御する制御装置24とを有する。
【0020】
前記GNSS受信器22は、スマートフォン、カーナビゲーション装置等に使用されているGPS受信器等の位置センサと同様のものであって、受信したGNSS衛星からの信号に基づいて、基準局20のX-Y座標軸上における位置、すなわち、基準局20の絶対位置を計測して出力する。
【0021】
また、前記送受波器21は、所定の間隔で定期的に又は任意のタイミングで音響信号をブロードキャストすることにより発信する送波器としての機能、及び、水中移動体10からの音響信号を受信する受波器としての機能を有する。なお、前記送受波器21は、送波器としての部分と受波器としての部分が別個になったものであってもよいが、ここでは、説明の都合上、送波器としての部分と受波器としての部分とが一体となったものであるとして説明する。そして、前記GNSS受信器22が計測した基準局20の絶対位置の情報(位置情報)も、送受波器21からの音響信号(ブロードキャスト信号)に乗せて発信される。なお、送受波器21における受波器として機能する部分は、必ずしも受信した音響信号の到来角を計測する必要がないので、例えば、単一のハイドロフォン(水中マイク)から構成されたものであってもよい。
【0022】
さらに、前記方位センサ23は、地磁気センサ、MEMSジャイロ、ガスレートジャイロ、光ファイバージャイロ等を有し、これらの検出結果に基づいて、基準局20のヨー(yaw)方向を検出する。なお、前記GNSS受信器22が方位を検出可能なものであって方位計測装置として機能し得る場合には、前記方位センサ23を省略することもできる。
【0023】
さらに、前記制御装置24は、CPU等の演算装置、メモリ等の記憶装置、通信装置等を含む一種のコンピュータであり、スラスタ25の動作を制御して、基準局20を所望の位置にまで移動させる。
【0024】
また、前記水中移動体10は、水中に音響信号を送信するとともに受信する送受波器11と、水中における水中移動体10の深度(水面31からのZ軸方向の距離)を計測する深度センサ12と、水中における水中移動体10の姿勢を計測する姿勢センサ13と、水中における水中移動体10の測位を演算によって行う制御装置14とを有する。
【0025】
前記深度センサ12は、水圧を計測し、計測した水圧に基づいて、前記深度センサ12が取り付けられた水中移動体10の深度を算出して出力する。なお、基準局20における送受波器21の深度、及び、水中移動体10における深度センサ12と送受波器11との深さ(高さ)の差が既知であるので、水中移動体10の深度が分かれば、送受波器21と送受波器11との深度差dzを求めることができる。
【0026】
また、前記姿勢センサ13は、例えば、三軸ジャイロセンサ、三軸加速度センサ等を用いて、前記姿勢センサ13が取り付けられた水中移動体10のヨー(yaw)方向、ロール(roll)及びピッチ(pitch)方向の姿勢を計測して出力する。
【0027】
前記送受波器11は、基準局20に対して音響信号を発信する送波器としての機能、送受波器21が発信した音響信号を受信する受波器としての機能、及び、当該音響信号が到来した方向(到来角)を計測して出力する機能を有する。前記送受波器11は、送波器としての部分と受波器としての部分が別個になったものであってもよいが、ここでは、説明の都合上、送波器としての部分と受波器としての部分とが一体となったものであるとして説明する。そして、前記受波器としての部分は、望ましくは、複数のハイドロフォンから構成されたハイドロフォンアレイであって、3つ以上のハイドロフォンを有し、受信した音響信号の到来角を三次元的に計測することができるものである。なお、前記音響信号の到来角は、複数のハイドロフォンに到来した音響信号間の時間差、又は、位相差に基づいて計測されるものであり、その方法は公知であり、非特許文献1及び2には、受信した音響信号の到来角を二次元的に計測する場合の方法が説明されている。
【0028】
また、前記制御装置14は、CPU等の演算装置、メモリ等の記憶装置、通信装置等を含む一種のコンピュータであり、前記送受波器11が出力した音響信号の到来角、前記深度センサ12が出力した深度差dz、及び、姿勢センサ13が出力した姿勢に基づいて、水中移動体10の位置を算出して出力する。なお、
図1に示されるように、基準局20の送受波器21の水深をz
1 とし、水中移動体10の送受波器11の水深をz
2 とすると、深度差dzは、次の式(1)によって表すことができる。
dz=z
2 -z
1 ・・・式(1)
【0029】
前記制御装置14は、具体的には、前記深度差dzと、音響信号の到来角のうちの仰俯角(elevation-angle)θr とに基づき、三角関数を用いて、水平面(X-Y平面)における基準局20から水中移動体10までの距離、すなわち、水平距離rを算出し、該水平距離rと、所定の方位(例えば、北)に対する水中移動体10の方向である方位角を示すヨー角(yaw-angle)θy と、音響信号の到来角のうちの方位角(azimuth-angle)θa とに基づき、三角関数を用いて、前記水平距離rのX軸方向成分dx及びY軸方向成分dyを算出し、該水平距離rのX軸方向成分dx及びY軸方向成分dyと、深度差dzと、前記基準局20の絶対位置の情報とに基づいて、水中移動体10の位置を算出する。
【0030】
次に、前記水中移動体10の位置を算出する方法について詳細に説明する。
【0031】
図1に示されるように、基準局20は水面31に位置し、送受波器21の水深がz
1 であり、水中移動体10は、水中において水面31から鉛直方向(Z軸方向)に下がった位置であって、送受波器11の水深がz
2 となる位置にいるものとする。そして、深度センサ12は、深度を計測して出力する。
【0032】
また、送受波器11は、所定の間隔で定期的に又は任意のタイミングで基準局20の送受波器21から発信されたブロードキャスト信号である音響信号を受信する。なお、該音響信号には、GNSS受信器22が計測した基準局20のX-Y-Z座標軸上における位置の情報も含まれているものとする。そして、前記送受波器11は、受信した音響信号の到来角を計測して出力する。また、姿勢センサ13は、水中移動体10の姿勢を計測して出力する。
【0033】
すると、制御装置14は、送受波器11が出力した音響信号の到来角の値を、姿勢センサ13が計測した水中移動体10の姿勢によって補正し、水中移動体10に対する前記音響信号の到来角のうちから、
図1に示されるような仰俯角θ
r の値を取得する。また、基準局20における送受波器21の深度z
1 、及び、水中移動体10における深度センサ12と送受波器11との深さ(高さ)の差が既知であるので、制御装置14は、深度センサ12の出力から、送受波器11の水深をz
2 を算出し、前記式(1)に従って、送受波器21と送受波器11との深度差dzを算出することができる。
図1から、明らかなように、基準局20から水中移動体10までの水平距離rは、次の式(2)によって表すことができる。
r=dz/tanθ
r ・・・式(2)
【0034】
そこで、前記制御装置14は、前記式(2)に従って演算を行い、水平距離rの値を取得する。
【0035】
続いて、前記制御装置14は、姿勢センサ13が計測した水中移動体10の姿勢のうちから、
図2に示されるような北を示す矢印Nに対する方位角を示すヨー角θ
y を所得し、また、送受波器11が出力した音響信号の到来角の値を、姿勢センサ13が計測した水中移動体10の姿勢によって補正し、水中移動体10に対する前記音響信号の到来角のうちから、
図2に示されるような方位角θ
a の値を取得する。なお、
図2において、矢印Aは水中移動体10の直進する方向(進行方向)を示している。
図2から、明らかなように、前記水平距離rのX軸方向成分dx及びY軸方向成分dyは、次の式(3)及び(4)によって表すことができる。
dx=-r×cos(θ
a +θ
y )・・・式(3)
dy=-r×sin(θ
a +θ
y )・・・式(4)
【0036】
そして、
図2に示されるように、水平面(X-Y平面)における基準局20及び水中移動体10のX座標軸上及びY座標軸上の値を、それぞれ、(x
1 、y
1 )及び(x
2 、y
2 )とすると、水中移動体10のX座標軸上及びY座標軸上の値は、次の式(5)及び(6)によって表すことができる。
x
2 =x
1 -r×cos(θ
a +θ
y )・・・式(5)
y
2 =y
1 -r×sin(θ
a +θ
y )・・・式(6)
【0037】
そこで、前記制御装置14は、前記式(5)及び(6)に従って演算を行い、水中移動体10のX座標軸上の値x2 及びY座標軸上の値y2 を取得する。なお、水中移動体10のZ座標軸上の値z2 は、深度である。
【0038】
このように、水中移動体10は、基準局20から発せられる音響信号のみにより、基準局20からの水平距離r及び方位角を求めることができる。したがって、水中移動体10が複数である場合でも、各水中移動体10は、互いに独立して、基準局20からの水平距離r及び方位角を求めることができる。すなわち、単一の基準局20から発せられるブロードキャスト信号である音響信号により、複数の水中移動体10が同時に、基準局20からの相対位置を計測することもできる。
【0039】
また、「発明が解決しようとする課題」の項で説明した従来の水中移動体のように音響信号の往復伝播時間を使用するものでなく、水中移動体10は、基準局20から発せられる音響信号を受信するだけなので、測位間隔(時間間隔)を短くすることができ、しかも、水中移動体10が複数であっても、測位することができる。
【0040】
さらに、GNSS受信器22が計測した基準局20の絶対位置の情報(位置情報)が送受波器21からの音響信号(ブロードキャスト信号)に乗せて発信されるので、水中移動体10の絶対位置の計測が可能となり、海中調査やマッピングなどに大いに役立つことを期待することができる。
【0041】
なお、前記基準局20は、必ずしも単一である必要はなく、複数であってもよい。この場合、水中移動体10は、複数の基準局20からの相対位置を計測することができるので、自身の絶対位置の計測精度を向上させることができる。また、複数の基準局20が広範囲に亘って存在すると、水中移動体10も広範囲に亘って移動しつつ自身の絶対位置を計測することが可能となる。
【0042】
ところで、水中音速は、水温、塩分濃度及び圧力により、
図3に示されるように変化する(例えば、非特許文献3参照。)。そして、水中を進む音波は、音速の違いにより屈折することが、スネルの法則として、知られている。一般に、海洋では、水深によって水温が大きく変わり、水中音速の違いも大きくなるので、測位誤差が小さい高精度な音響測位のためには、水中音速の鉛直方向の分布である水中音速プロファイルを求め、それによる音の屈折を考慮することが望ましい。
【非特許文献3】ポール・ピネ、「海洋学 原著第4版」、東海大学出版会、2010年発行、p.177
【0043】
そこで、本実施の形態においては、必要に応じて、水中移動体10及び/又は基準局20に図示されない音速センサ、水温センサ、塩分濃度センサ等を取り付けて水中音速プロファイルを求めるようにする。これにより、基準局20から水中移動体10までの水平距離rを計算する際に、音の屈折を考慮することが可能となり、測位誤差を小さくし、測位精度を向上させることができる。具体的には、水温センサによって水温を計測し、計測された水温に基づき、メドウィンの式、ユネスコの式等の公知の関係式(例えば、非特許文献4の7.3節参照。)によって水中音速を求め、スネルの法則(例えば、非特許文献4の3.4節参照。)によって音の屈折を計算する。
【非特許文献4】海洋音響学会編、「海洋音響の基礎と応用」、成山堂書店、2004年発行
【0044】
なお、水中音速を求める場合、塩分濃度も計測することがより望ましく、精度も向上するが、水温と比較すると、水中音速への影響が小さいので、塩分濃度は一定値であると仮定することもできる。また、圧力(水圧)は深度センサ12によって計測される。
【0045】
本実施の形態においては、次のようにして、水中音速プロファイルを推定することができる。まず、基準局20及び水中移動体10の両方が有する図示されない水温センサによって水温を計測する。基準局20が計測した水温は、音響信号に乗せて発信される。水中移動体10の制御装置14は、基準局20が計測した水温及び水中移動体10が計測した水温の両方をリアルタイムで取得することができるので、両方の水温の間の変化は直線的であると仮定して、水温プロファイルを求め、さらに、塩分濃度及び圧力の値を用い、メドウィンの式、ユネスコの式等の公知の関係式によって水中音速プロファイルを推定する。この場合、塩分濃度は、水温と同様にして計測するか、又は、一定値であると仮定することによって求められ、圧力は水中移動体10の深度によって求められる。
【0046】
さらに、送受波器11が受信する音響信号の強度を計測するようにすれば、基準局20から水中移動体10までの水平距離rの精度をより向上させることができる。
【0047】
また、水中音速が層状に分布し、ほぼ水深のみに依存して水平方向の変化が非常に小さくなっているので、測位誤差は、仰俯角θr が小さくなるほど、大きくなる。そこで、本実施の形態においては、仰俯角θr が所定の閾値θmin 未満となる場合、すなわち、θr <θmin の条件を満たす場合、前記制御装置14は、送受波器11を制御して、前述のようにして算出した水中移動体10の位置情報、すなわち、X-Y-Z座標軸上の値(x2 、y2 、z2 )を音響信号に乗せて基準局20に送信させ、該基準局20は、当該音響信号を受信すると、スラスタ25を作動させてθr ≧θmin となるまで、水中移動体10に接近するようになっている。これにより、測位誤差を小さくし、測位精度を向上させることができる。
【0048】
具体的には、基準局20が移動する方向αは、次の式(7)及び(8)を満たす角度である。
sin(α)=(y2 -y1 )/r・・・式(7)
cos(α)=(x2 -x1 )/r・・・式(8)
【0049】
ここで、前記水平距離rは、次の式(9)で表される。
r={(x2 -x1 )2 +(y2 -y1 )2 }1/2 ・・・式(9)
【0050】
そして、基準局20は、水中移動体10が基準局20からの相対位置を計測する際の仰俯角θr が前記閾値θmin 以上となるまで、すなわち、次の式(10)が満たされるまで移動する。
r≦(z2 -z1 )/tanθmin ・・・式(10)
【0051】
これを実現するためには、基準局20自身の方位を知る必要があるので、前記基準局20は、方位センサ23によって自身の方位を計測する。なお、GNSS受信器22が方位を検出可能なものである場合には、方位センサ23を省略することができる。そして、制御装置24は、これらの計算を行うととともに、スラスタ25の動作を制御して、基準局20を前記式(10)が満たされるまで移動させる。
【0052】
水中移動体10が複数である場合、2台以上の水中移動体10について、同時に、θr <θmin となる場面が想定される。この場合、基準局20は、最も条件が厳しい(つまり、仰俯角θr が最小となる)水中移動体10に接近することが望ましいと思われる。ただし、例えば、有人潜水艇と無人探査機とが混在している場合のように、水中移動体10によって測位の重要性が異なる場合もあるので、一概には言うことはできない。
【0053】
前述のように、仰俯角θr が小さくなるほど測位誤差が大きくなるのは、水中音速が層状に分布し、ほぼ水深のみに依存して水平方向の変化が非常に小さくなっていることに因る。音速の異なる層に入るとき、音波はスネルの法則によって屈折する。スネルの法則は、非特許文献4の3.4節に示される式3.70により、次の式(11)で表すことができる。
νA /cosθ=νB /cos(θ+Δθ)・・・式(11)
【0054】
ここで、νA 及びνB は、それぞれ、層A及び層Bの音速であり、θは、層Aから層Bへ入射する音波の層Aと層Bとの境界面に対する角度であり、境界面が水平面であるときは仰俯角θr に等しい。また、Δθは屈折による音波の角度変化である。
【0055】
前記式(11)及びcosθの微分の定義により、角度変化Δθは、Δθの値が小さい場合、次の式(12)で近似することができる。
Δθ=(νA -νB )/νA /tanθ・・・式(12)
【0056】
前記式(12)から、角度変化Δθは、θの値が小さいほど、すなわち、仰俯角θr が小さいほど、大きくなることが分かる。したがって、仰俯角θr が小さくなるほど測位誤差が大きくなることが分かる。
【0057】
実際の海や河川の音速分布は、水の流れ、降雨等の様々の要因によって時空間的に変動しており、更に各種センサの計測誤差もあるので、たとえ水中音速を計測して仰俯角θr を補正したとしても、どうしても誤差が残ってしまう。この誤差が仰俯角θr 及び前記式(2)によって表される水平距離rに与える影響は、前記の考察により、仰俯角θr が小さくなるほど、大きくなることが分かる。
【0058】
図4は、非特許文献4の8.4節に示される
図8.7を参考にして、ν
A =1530〔m/s〕及びν
B =1520〔m/s〕とした場合に前記式(12)から求められるθとΔθとの関係を示すグラフである。
図4において、横軸はθの値〔deg〕を示し、縦軸はΔθの値〔deg〕を示している。
【0059】
図4によれば、θが30〔deg〕以下になると、Δθが急激に大きくなることが分かる。このことから、前記閾値θ
min は、30〔deg〕程度が妥当である、と言える。
【0060】
次に、実際に製作された水中移動体10及び基準局20の実証機について説明する。
【0061】
図5は本実施の形態における水中移動体の実証機の写真、
図6は本実施の形態における基準局の実証機の写真、
図7は本実施の形態における水中移動体の実証機及び基準局の実証機の写真である。
【0062】
本発明の発明者は、
図5~7に示されるような水中移動体10の実証機及び基準局20の実証機を実際に作製した。
【0063】
前記水中移動体10の実証機は、
図5に示されるように、推進器を備えて海中を自律的に移動するAUVであり、音響信号を受信する送受波器11として、SSBL(Super Short Base Line)又はUSBL(Ultra Short Base Line)と称されるハイドロフォンアレイが搭載されている。該ハイドロフォンアレイは、具体的には、Blueprint subsea社製のX150 USBL Transponder Beaconという製品<URL:https://www.blueprintsubsea.com/pages/product.php?PN=BP00795>である。また、当該ハイドロフォンアレイには、姿勢センサ13として機能するセンサも組み込まれている。さらに、前記実証機は、深度センサ12として、Blue Robotics社製のBar30という製品<https://bluerobotics.com/store/sensors-sonars-cameras/sensors/bar30-sensor-r1/>が搭載されている。
【0064】
また、前記基準局20の実証機は、
図6に示されるように、水面に浮かぶブイや浮標のような浮遊装置であるが自律的な移動が可能なものであり、GNSS受信器22として、GPS(Global Positioning System)衛星からの信号を受信して測位するGPS受信器が搭載されている。
【0065】
そして、前記水中移動体10の実証機は、
図7に示されるように、前記基準局20の実証機から音響信号を受信して測位する。
【0066】
このように、本実施の形態において、水中測位システムは、スラスタ25を有すると共に、音響信号を水中に発信する基準局20と、音響信号の送受信を行う送受波器11と、深度センサ12と、姿勢センサ13と、制御装置14とを有する水中移動体10とを備える。そして、音響信号は、基準局20の位置情報を含み、送受波器11は、音響信号の到来角を計測し、深度センサ12は、水中移動体10の深度を計測し、姿勢センサ13は、水中移動体10の姿勢を計測し、制御装置14は、姿勢センサ13が計測した水中移動体10の姿勢に基づいて送受波器11が計測した音響信号の到来角を補正し、深度センサ12が計測した水中移動体10の深度と補正された音響信号の到来角とに基づいて、基準局20から水中移動体10までの水平距離rを算出し、算出された水平距離rと、補正された音響信号の到来角と、送受波器11が受信した基準局20の位置情報とに基づいて、水中移動体10の位置情報を算出し、音響信号の到来角のうちの仰俯角θr が閾値θmin 未満である場合には、送受波器11から基準局20に水中移動体10の位置情報を送信し、基準局20は、水中移動体10の位置情報を受信すると、スラスタ25を作動させ、仰俯角θr が閾値θmin 以上となるまで水中移動体10に接近する。
【0067】
これにより、水中移動体10の測位を、高精度で、かつ、低コストで行うことができる。基準局20から水中移動体10までの相対位置関係を、原子時計のような高価な装置を使用することなく、正確に計測することができるので、基準局20の位置情報及び基準局20からの方位に基づいて、水中移動体10の位置情報を、低コストでありながら、正確に得ることができる。また、仰俯角θr が閾値θmin 未満である場合には、仰俯角θr が閾値θmin 以上となるまで基準局20が水中移動体10に接近するので、測位誤差を小さくし、測位精度を向上させることができる。
【0068】
また、基準局20は音響信号をブロードキャストし、水中移動体10は複数であり、各水中移動体10の制御装置14が各水中移動体10自身の位置情報を算出する。したがって、複数の水中移動体10の位置情報を同時に、かつ、個別に得ることができる。
【0069】
さらに、閾値θmin は30〔deg〕である。これにより、屈折による音波の角度変化Δθが大きくなることがなく、測位誤差を小さくすることができる。
【0070】
さらに、基準局20は複数であり、水中移動体10の送受波器11は複数の基準局20が発信した音響信号を受信する。これにより、水中移動体10は、複数の基準局20からの相対位置を計測することができるので、自身の絶対位置の計測精度を向上させることができる。また、複数の基準局20が広範囲に亘って存在すると、水中移動体10も広範囲に亘って移動しつつ自身の絶対位置を計測することが可能となる。
【0071】
さらに、制御装置14は、水中音速プロファイルを推定し、推定された水中音速プロファイルから得られた水中音速を考慮して、送受波器11が計測した音響信号の到来角を補正する。これにより、基準局20から水中移動体10までの水平距離rを計算する際に、音の屈折を考慮することが可能となり、測位精度を向上させることができる。
【0072】
さらに、基準局20及び/又は水中移動体10は、図示されない水温センサ及び塩分濃度センサを有し、制御装置14は、水温センサが計測した水温、塩分濃度センサが計測した塩分濃度、及び、深度センサ12が計測した水圧の値を用いて、水中音速プロファイルを推定する。したがって、低コストでありながら、測位精度を向上させることができる。
【0073】
以上のように、本明細書の開示によれば、本発明は、原子時計のような高額な装置を使用することなく、複数の水中移動体10の水中測位を実現することができるので、低コストかつ大規模なマルチ移動体による水中探査の実現に大きく寄与する。現在、複数の海中ロボット(特に、自律型水中ロボット:AUV)の同時展開技術が注目されており、国家プロジェクトによる大規模開発も進行中である(例えば、非特許文献5参照。)。一方では、「水中ドローン」と呼ばれるような、従来よりも低コストの海中探査移動体が実現されつつあり(例えば、非特許文献6参照。)、水中工事、漁業、資源探査、洋上エネルギ開発、インフラ点検等の様々な用途への適用が期待されていることから、低コストなマルチ移動体探査を実現し得る本発明への需要は、大きいと思われる。
【非特許文献5】第2期SIP海洋課題「革新的深海資源調査技術」概要<URL:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/sanyo/dai41/shiryou5.pdf >
【非特許文献6】巻俊宏、水中ドローン ~ローコストAUVは使い物になるか~、ニュースレター「海」、NO.33、オキシーテック、2017年5月、p.14~18
【0074】
なお、本明細書の開示は、好適で例示的な実施の形態に関する特徴を述べたものである。ここに添付された特許請求の範囲内及びその趣旨内における種々の他の実施の形態、修正及び変形は、当業者であれば、本明細書の開示を総覧することにより、当然に考え付くことである。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本開示は、水中測位システムに適用することができる。
【符号の説明】
【0076】
10 水中移動体
11 送受波器
12 深度センサ
13 姿勢センサ
14 制御装置
20 基準局
21 送受波器
22 GNSS受信器
23 方位センサ
24 制御装置
25 スラスタ
31 水面