(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022180189
(43)【公開日】2022-12-06
(54)【発明の名称】量子回路
(51)【国際特許分類】
G06N 10/00 20220101AFI20221129BHJP
G06F 7/38 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
G06N10/00
G06F7/38 510
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021087147
(22)【出願日】2021-05-24
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、総括実施型研究ERATO「齊藤スピン量子整流プロジェクト」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】大門 俊介
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 英治
(72)【発明者】
【氏名】沙川 貴大
(57)【要約】
【課題】NISQデバイス上で、多数回の量子ゲート操作を必要とする量子アルゴリズムと同様の演算結果を得られる短縮量子回路を提供する。
【解決手段】n個の第1量子ビット,…,第n量子ビットを含む始状態に対して操作を行うことにより、終状態を得る量子回路であって、第1量子ビット,…,第n量子ビットに対してアダマールゲートを作用させ、第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートを作用させ、第k(k=1,…,n-1)量子ビットを制御ビット、第k+1ビットを目標ビットとして制御NOTゲートを作用させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
n個の第1量子ビット,…,第n量子ビットを含む始状態に対して操作を行うことにより、終状態を得る量子回路であって、
前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対してアダマールゲートを作用させ、
第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートを作用させ、
第k(k=1,…,n-1)量子ビットを制御ビット、第k+1ビットを目標ビットとして制御NOTゲートを作用させる量子回路。
【請求項2】
n個の第1量子ビット,…,第n量子ビットを含む始状態に対して操作を行うことにより、終状態を得る量子回路であって、
前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対してアダマールゲートを作用させ、
第k(k=1,…,n-1)量子ビットを目標ビット、第k+1ビットを制御ビットとして制御NOTゲートを作用させ、
第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートを作用させる量子回路。
【請求項3】
n個の第1量子ビット,…,第n量子ビットを含む始状態に対して操作を行うことにより、終状態を得る量子回路であって、
前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対してアダマールゲートを作用させ、
第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートを作用させ、
第k(k=1,…,n-1)量子ビットを制御ビット、第k+1ビットを目標ビットとして制御NOTゲートを作用させる量子回路と等価な量子回路。
【請求項4】
前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対して作用することにより、前記始状態に対する量子フーリエ変換の結果として前記終状態を取得する、請求項1から3のいずれか1項に記載の量子回路。
【請求項5】
前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対して作用することにより、前記始状態に対する逆量子フーリエ変換の結果として前記終状態を取得する、請求項1から3のいずれか1項に記載の量子回路。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項に記載の量子回路に、半古典的な手法を適用した量子回路。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子回路に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、数十量子ビットを操作することができる量子コンピュータが用いられており、量子状態の初期化、量子演算及び量子測定の過程で生じるノイズの影響を低減するための研究が続けられている。近年用いられている量子コンピュータのように、ノイズの影響を受けることを前提とした量子コンピュータは、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)デバイスと呼ばれている。
【0003】
ノイズの影響を低減するために、例えば、非特許文献1及び非特許文献2には、強化学習を用いて量子状態の制御方法を学習する研究が記載されている。また、非特許文献3には、強化学習を用いて量子エラー訂正のための量子ゲート系列を生成する研究が記載されている。
【0004】
さらに、非特許文献4及び非特許文献5には、量子ゲートを実現するマイクロ波パルスの形状を機械学習によって最適化する研究が記載されている。また、非特許文献6及び非特許文献7には、量子コンピュータをニューラルネットワークに用いて機械学習を行う研究が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Chunlin Chen, Daoyi Dong, Han-Xiong Li, Jian Chu, and Tzyh-Jong Tarn, "Fidelity-Based Probabilistic Q-Learning for Control of Quantum Systems", IEEE Transactions on Neural Networks and Learning Systems, Volume 25, Issue 5 , 2014
【非特許文献2】Marin Bukov, Alexandre G. R. Day, Dries Sels, Phillip Weinberg, Anatoli Polkovnikov, and Pankaj Mehta, "Reinforcement Learning in Different Phases of Quantum Control", Phys. Rev. X 8, 031086, 2018
【非特許文献3】Thomas Fosel, Petru Tighineanu, Talitha Weiss, and Florian Marquardt, "Reinforcement Learning with Neural Networks for Quantum Feedback", Phys. Rev. X 8, 031084, 2018
【非特許文献4】Nikolaj Moll, Panagiotis Barkoutsos, Lev S. Bishop, Jerry M. Chow, Andrew Cross, Daniel J. Egger, Stefan Filipp, Andreas Fuhrer, Jay M. Gambetta, Marc Ganzhorn, "Quantum optimization using variational algorithms on near-term quantum devices", Quantum Science and Technology, Volume 3, Number 3, 2018
【非特許文献5】Navin Khaneja, Timo Reiss, Cindie Kehlet, Thomas Schulte-Herbruggen, and Steffen J. Glaser, "Optimal control of coupled spin dynamics: design of NMR pulse sequences by gradient ascent algorithms", Journal of Magnetic Resonance, Volume 172, Issue 2, Pages 296-305, 2005
【非特許文献6】K. Mitarai, M. Negoro, M. Kitagawa, and K. Fujii, "Quantum circuit learning", Phys. Rev. A 98, 032309, 2018
【非特許文献7】Vojtech Havlicek, Antonio D. Corcoles, Kristan Temme, Aram W. Harrow, Abhinav Kandala, Jerry M. Chow and Jay M. Gambetta, "Supervised learning with quantum-enhanced feature spaces", Nature, volume 567, pages 209-212, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、NISQデバイスによって実質的に実行可能な量子ゲート操作の回数は依然として数十回程度に限られている。このため、量子超越性が確認されており産業上重要であるが、より多数回の量子ゲート操作を必要とする量子アルゴリズムは、NISQデバイス上で実行することが困難である。
【0007】
そこで、本発明は、NISQデバイス上で、多数回の量子ゲート操作を必要とする量子アルゴリズムと同様の演算結果を得られる短縮量子回路を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係る量子回路は、n個の第1量子ビット,…,第n量子ビットを含む始状態に対して操作を行うことにより、終状態を得る量子回路であって、前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対してアダマールゲートを作用させ、第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートを作用させ、第k(k=1,…,n-1)量子ビットを制御ビット、第k+1ビットを目標ビットとして制御NOTゲートを作用させるものである。ただし、floor(x)はx以下の最大の整数として定義される。
【0009】
本発明の一態様に係る量子回路は、n個の第1量子ビット,…,第n量子ビットを含む始状態に対して操作を行うことにより、終状態を得る量子回路であって、前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対してアダマールゲートを作用させ、第k(k=n,…,2)量子ビットを目標ビット、第k-1ビットを制御ビットとして制御NOTゲートを作用させ、第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートを作用させるものである。
【0010】
本発明の一態様に係る量子回路は、n個の第1量子ビット,…,第n量子ビットを含む始状態に対して操作を行うことにより、終状態を得る量子回路であって、前記第1量子ビット,…,第n量子ビットに対してアダマールゲートを作用させ、第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートを作用させ、第k(k=1,…,n-1)量子ビットを制御ビット、第k+1ビットを目標ビットとして制御NOTゲートを作用させる量子回路と等価な量子回路である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、NISQデバイス上で、多数回の量子ゲート操作を必要とする量子アルゴリズムと同様の演算結果を得られる短縮量子回路を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態に係る量子回路1を示す図である。
【
図2A】量子ビット数が「3」の場合の、基準量子回路と本実施形態による短縮量子回路を比較する図。
【
図2B】量子ビット数が「3」の場合の、基準量子回路と本実施形態による短縮量子回路の出力結果を比較する図。
【
図3A】量子ビット数が「4」の場合の、基準量子回路と本実施形態による短縮量子回路を比較する図。
【
図3B】量子ビット数が「4」の場合の、基準量子回路と本実施形態による短縮量子回路の出力結果を比較する図。
【
図4】量子ビット数が「4」~「8」の場合の、基準量子回路と本実施形態による短縮量子回路の出力結果を比較する図。
【
図5】本実施形態に係る量子回路2を示す図である。
【
図6】量子回路1に対応する基準量子回路である量子フーリエ変換の量子回路3を例示する図である。
【
図7】近似量子フーリエ変換の量子回路4を例示する図である。
【
図8】本実施形態に係る量子回路2と、量子回路3,4における計算量を比較する図である。
【
図9】半古典的な手法を適用した量子フーリエ変換の量子回路5を例示する図である。
【
図10】半古典的な手法を適用した近似量子フーリエ変換の量子回路6を例示する図である。
【
図11】本実施形態に係る量子回路2に、半古典的な手法を適用した量子回路7を示す図である。
【
図12】半古典的な手法を適用した量子回路5~7における計算量を比較する図である。
【
図13】本実施形態に係る量子回路1と、量反復的量子位相推定(IQPE)のアルゴリズムとの計算量を比較する図である。
【
図14】ショアの素因数分解のアルゴリズムを実行する量子回路を表した図である。
【
図15】ショアの素因数分解のアルゴリズムにおいて、本実施形態による短縮量子回路と基準量子回路を用いた場合の出力結果を示す図である。
【
図16】量子位相推定のアルゴリズムを実行する量子回路を表した図である。
【
図17】量子位相推定のアルゴリズムにおいて、本実施形態による短縮量子回路を用いた場合の出力結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
添付図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。なお、各図において、同一の符号を付したものは、同一又は同様の構成を有する。
【0014】
図1は、本実施形態に係る量子回路1の一例を示す図である。量子回路1は、量子コンピュータに実装される。量子コンピュータは、任意のハードウェア(例えば超伝導量子回路や光量子回路)により量子ビットを構成し、量子回路1に基づいて、量子ビットに対して量子ゲート操作を行うことにより量子計算を行う。
【0015】
図1に示すように、量子回路1は、第1量子ビットq
1、第2量子ビットq
2、…、第n量子ビットq
nを含む始状態|Ψ>11に対して、まずアダマールゲートHを作用させている。次に、第1量子ビットq
1と第n量子ビットq
n、第2量子ビットq
2と第n-1量子ビットq
n-1、…というように、第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートSを作用させる。
【0016】
さらに、第1量子ビットq1を制御ビット、第2量子ビットq2を目標ビット、第2量子ビットq2を制御ビット、第3量子ビットq3を目標ビット、…というように、第k(k=1,…,n-1)量子ビットを制御ビット、第k+1ビットを目標ビットとする制御NOTゲートCを作用させ、終状態|Ψ´>を得る。
【0017】
量子回路1は、量子フーリエ変換と逆量子フーリエ変換に適用可能な量子回路であり、通常の量子ゲート数で構成される回路(基準量子回路)よりも少ない数の量子ゲートで構成される短縮量子回路である。すなわち、量子回路1は、基準量子回路を近似する量子回路であり、基準量子回路によって量子演算を行った場合の(q1,q2,…,qn)の理論上の測定値の確率分布p(q1,q2,…,qn)=|<q1,q2,…,qn|Ψ´>|2を得ることができる。
【0018】
一方、NISQデバイスは、量子演算の数が多くなるほどノイズの影響を強く受け、信頼できる解が得られづらくなる。このため、基準量子回路よりも量子回路1のほうが少ない演算数で演算結果を得ることができるので、ノイズの影響を抑えて、より精度の高い(理論解に近い)測定値を得ることができる。
【0019】
図2Aは、量子ビット数nが「3」の場合の、逆量子フーリエ変換を実行する基準量子回路C1(Original circuit)と、本実施形態による短縮量子回路C2(Compressed circuit)を示す図、
図2Bは、基準量子回路C1と短縮量子回路C2の出力結果を比較する図である。
図2Aに示すように、基準量子回路C1のゲート数は「19」であるのに対し、本実施形態による短縮量子回路C2のゲート数は「6」であり、ゲート数はかなり少なくなっている。
図2Bに示すグラフG1は、基準量子回路C1を用いた場合の量子コンピュータの出力結果(観測確率:Probabilities)と、理論上の理想的な出力結果(Ideal IQFT)を示している。また、グラフG2は、短縮量子回路C2を用いた場合の量子コンピュータの出力結果と、理論上の理想的な出力結果(Ideal IQFT)を示している。
【0020】
グラフに示すように、理想的な出力として期待される値は、「001」と「100」である。これに対し、基準量子回路C1を用いた場合には、観測確率は「011」と「100」が高くなっており、理想的な観測確率とは一致していない。一方、短縮量子回路C2を用いた場合には、観測確率は「001」と「100」が高くなっており、理想的な観測確率と一致している。このように、量子ゲートの多い基準量子回路では、量子ゲートのエラーの影響を大きく受けているのに対し、本実施形態による短縮量子回路は、基準量子回路よりも精度の高い結果が得られた。
【0021】
また、
図3Aは、量子ビット数nが「4」の場合の、逆量子フーリエ変換を実行する基準量子回路C3(Original circuit)と、本実施形態による短縮量子回路C4(Compressed circuit)を示す図、
図3Bは、基準量子回路C3と短縮量子回路C4の出力結果を比較する図である。
図3Aに示すように、基準量子回路C3のゲート数は「36」であるのに対し、本実施形態による短縮量子回路C4のゲート数は「9」であり、ゲート数はかなり少なくなっている。
図3Bに示すグラフG3は、基準量子回路C3を用いた場合の量子コンピュータの出力結果(観測確率:Probabilities)と、理論上の理想的な出力結果(Ideal IQFT)を示している。また、グラフG4は、短縮量子回路C4を用いた場合の量子コンピュータの出力結果と、理論上の理想的な出力結果(Ideal IQFT)を示している。
【0022】
グラフに示すように、理想的な出力として期待される値は、「0000」と「1000」である。これに対し、基準量子回路C3を用いた場合には、観測確率は「0000」、「0100」、「1000」および「1100」が高くなっており、理想的な観測確率とは一致していない。一方、短縮量子回路C4を用いた場合には、観測確率は「0000」と「1000」が高くなっており、理想的な観測確率と一致している。なお、量子ビット数が「4」の場合、理想の確率分布と基準量子回路C3を用いた場合の確率分布の類似度を表すバタチャリア係数は0.69であるのに対し、理想の確率分布と短縮量子回路C4を用いた場合の確率分布の類似度を表すバタチャリア係数は0.91であった。このように、量子ビット数が「4」の場合にも、量子ゲートの多い基準量子回路では、量子ゲートのエラーの影響を大きく受けているのに対し、本実施形態による短縮量子回路は、基準量子回路よりも精度の高い結果が得られた。
【0023】
本実施形態による量子回路1は、特願2020-139201に記載された量子回路生成方法を用いて生成した、量子ビット数n=2,3,4の場合の量子フーリエ変換と逆量子フーリエ変換に適用可能な短縮量子回路を、一般化したものである。
図4は、量子ビット数nが「4」~「8」の場合の、基準量子回路(Original)を用いた場合の理想の確率分布との類似度(○)と、本実施形態による短縮量子回路(Compressed)を用いた場合の理想の確率分布との類似度(●)を示す図である。
図4に示すように、n=4~8のいずれの場合にも、本実施形態による短縮量子回路の方が、基準量子回路よりも精度の高い結果が得られた。以上のことから、量子ビット数nを任意の値に一般化しても、同様の結果が得られると考えられる。
【0024】
図5は、本実施形態に係る量子回路2の一例を示す図である。量子回路2は、量子コンピュータに実装される。量子コンピュータは、任意のハードウェア(例えば超伝導量子回路や光量子回路)により量子ビットを構成し、量子回路2に基づいて、量子ビットに対して量子ゲート操作を行うことにより量子計算を行う。
【0025】
図5に示すように、量子回路2は、第1量子ビットq
1、第2量子ビットq
2、…、第6量子ビットq
6を含む始状態|Ψ>11に対して、まずアダマールゲートHを作用させている。次に、第1量子ビットq
1を目標ビット、第2量子ビットq
2を制御ビット、第2量子ビットq
2を目標ビット、第3量子ビットq
3を制御ビット、…というように、第k(k=1,…,n-1)量子ビットを目標ビット、第k+1ビットを制御ビットとする制御NOTゲートCを作用させる。さらに、第1量子ビットq
1と第n量子ビットq
n、第2量子ビットq
2と第n-1量子ビットq
n-1、…というように、第j(j=1,…,floor(n/2))量子ビットと第n+1-jビットを交換するスワップゲートSを作用させて終状態|Ψ´>を得る。
【0026】
量子回路2は、量子フーリエ変換と逆量子フーリエ変換に適用可能な量子回路であり、通常の量子ゲート数で構成される回路(基準量子回路)よりも少ない数の量子ゲートで構成される短縮量子回路である。すなわち、量子回路2は、基準量子回路を近似する量子回路であり、基準量子回路によって量子演算を行った場合の(q1,q2,…,q6)の理論上の測定値の確率分布p(q1,q2,…,q6)=|<q1,q2,…,q6|Ψ´>|2を得ることができる。量子回路2も量子回路1と同様に、特願2020-139201に記載された量子回路生成方法を用いて生成した短縮量子回路を一般化したものである。
【0027】
次に、
図6~
図13を用いて、本実施形態に係る量子回路(短縮量子回路)の実施例と、本実施形態に係る量子回路にて近似可能な基準量子回路との計算量の比較について説明する。以下の例では、第1量子ビットq
1~第6量子ビットq
6の6量子ビット(n=6)に対して演算を行う量子回路の例を挙げている。
【0028】
図6は、量子フーリエ変換の量子回路3を例示する図である。
図6に示すように、量子回路3は、第1量子ビットq
1~第6量子ビットq
6の始状態に対して、アダマールゲートH、π/2~π/32の位相シフトを行う制御位相シフトゲートU
1、スワップゲートSを作用させる。
【0029】
図7は、近似量子フーリエ変換の量子回路4を例示する図である。量子回路4は、量子回路3から、角度の小さい制御位相シフトゲート(
図7の例では、π/16ゲートU
1とπ/32ゲートU
1)を除いた回路である。
【0030】
図8は、量子回路3(QFT)と、量子回路4(AQFT)と、本実施形態による量子回路2(Model)における各量子ゲートの計算量を比較する図である。nは量子ビット数を表している。
図8に示すように、T-gate(位相シフトゲート)とCNOT(制御NOTゲート)については、量子回路3(QFT)の計算量がO(n
2)、量子回路4(AQFT)の計算量がO(nlogn)であるのに対し、量子回路2(Model)の計算量はT-gateでは0、CNOTでO(n)である。Hadamard(アダマールゲート)については、いずれの量子回路についてもO(n)である。以上のとおり、短縮量子回路である量子回路2は最も計算量が小さいため、計算速度が最も速く、NISQコンピュータではノイズの影響も最も小さいことが分かる。
【0031】
図9は、半古典的な手法を適用した量子フーリエ変換の量子回路5を例示する図である。半古典的な手法では、量子計算の途中で量子測定を行ってメモリ(古典メモリ)に測定結果C
6~C
1を保存し、可能な限りメモリに保存した値を利用して計算する。量子回路5では、各量子ビットについて、アダマールゲートHを作用させた後、量子測定を入れている。
図10は、半古典的な手法を適用した近似量子フーリエ変換の量子回路6を例示する図である。具体的には、量子回路5から、π/16ゲートU
1とπ/32ゲートU
1を除いている。
【0032】
一方、
図11は、本実施形態による量子回路2のモデルに、半古典的な手法を適用した場合の量子回路7を示す図である。
図11に示すように、第1量子ビットq
1~第6量子ビットq
6の始状態に対して、アダマールゲートHを作用させた後、量子測定を行って測定結果C
6~C
1をメモリに保存し、保存した値C
6~C
1を用いて、スワップゲートと制御NOTゲートの操作に対応する演算を行えばよい。
【0033】
図12は、半古典的な手法を適用した量子回路5(QFT)、量子回路6(AQFT)、量子回路7(Model)における各量子ゲートの計算量を比較する図である。
図12に示すように、T-gate(位相シフトゲート)については、量子回路5(QFT)の計算量がO(n
2)、量子回路6(AQFT)の計算量がO(nlogn)であるのに対し、量子回路7(Model)の計算量は0である。CNOTについては、いずれの量子回路も0、Hadamard(アダマールゲート)については、いずれの量子回路もO(n)である。以上のとおり、半古典的な手法を適用した場合にも、短縮量子回路である量子回路7は最も計算量が小さく、NISQコンピュータではノイズの影響が最も小さいことが分かる。
【0034】
また、
図13は、逆量子フーリエ変換を使用する量子位相推定のアルゴリズムである、反復的量子位相推定(IQPE:Iterative Quantum Phase Estimation)と、
図1に示す量子回路1との計算量を比較する図である。
図13では、IQPEによる計算量と、半古典的な手法を適用して反復的量子位相推定を行った場合(AQFT)の計算量と、短縮量子回路1において反復計算を行った場合(Model)の計算量を示している。この場合にも、短縮量子回路の計算量が最も小さく、NISQコンピュータではノイズの影響が最も小さいことが分かる。
【0035】
次に、
図14~
図17を用いて、本実施形態による量子回路の適用例について説明する。
(適用例1:ショアの素因数分解)
図14は、ショアの素因数分解のアルゴリズムを実行する量子回路を表した図である。
図14に示すIQFT(Inverse quantum Fourier transform)は、逆量子フーリエ変換を実行する量子回路であり、本実施形態による量子回路1(短縮量子回路)をIQFTの量子回路に適用することができる。IQFTの出力は、観測ビットq
1~q
4の測定値である。
【0036】
図15は、ショアの素因数分解のアルゴリズムにおいて、逆量子フーリエ変換の基準量子回路と、本実施形態による短縮量子回路を用いた場合の、出力結果を比較する図である。
図15(a)~(c)は、各観測ビットの測定値の組合せ0000~1111の観測確率を示しており、
図15(a)は理論上の理想的な出力、
図15(b)は基準量子回路の結果、
図15(c)は本実施形態による短縮量子回路の結果を示している。具体的には「57」の素因数分解「3×19」の例を示しており、期待される出力は「0000」と「1000」である。
【0037】
図15(b)に示すように、基準量子回路を用いた場合の観測確率は「0010」と「1010」が高くなっており、理想的な観測確率とは一致していない。このように、基準量子回路では、量子ゲートのエラーの影響を大きく受けることが分かる。一方、
図15(c)に示すように、本実施形態による短縮量子回路を用いた場合には、「0000」と「1000」の観測確率が最も高くなっており、理想的な観測確率と一致している。以上のことから、本実施形態による短縮量子回路は、ショアの素因数分解のアルゴリズムに適用可能であり、基準量子回路よりも精度の高い結果が得られることが実証された。
【0038】
(適用例2:量子位相推定)
図16は、量子位相推定のアルゴリズムを実行する量子回路を表した図である。
図16のQFT†(逆量子フーリエ変換)に、本実施形態による量子回路1(短縮量子回路)を適用することができる。
【0039】
図17は、量子位相推定のアルゴリズムにおいて、本実施形態による短縮量子回路を用いた場合の出力結果を示す図である。
図17(a)は入力位相(正解)が「π/8」の場合、
図17(b)は入力位相(正解)が「π/4」の場合である。位相推定の量子アルゴリズムにおいて、入力位相をφ
uとした場合に、理論上最大確率で観測される位相は、任意の量子ビット数で{φ
u,2π-φ
u}であることが証明されている。すなわち、入力位相がπ/8であれば{π/8,15π/8}、入力位相がπ/4であれば{π/4,7π/4}である。
【0040】
図17(a)において、最も高い確率で観測されているビットは「0001」(π/8)と「1111」(15π/8)であり、正解のビットが観測される確率が最も高くなっている。同様に、
図15(b)においては、「0010」(π/4)と「1110」(7π/4)が最も高い確率で観測されており、正解のビットが観測される確率が最も高くなっている。以上のことから、本実施形態による短縮量子回路は、量子位相推定のアルゴリズムに適用可能であることが実証された。
【0041】
以上のように、本実施形態による量子回路1,2は、量子フーリエ変換および逆量子フーリエ変換の両方のアルゴリズムに適用可能な短縮量子回路として用いることができる。また、対応する基準量子回路に比べて量子ゲート数が少ないため、計算速度が速く、且つノイズの影響も小さく抑えることができる。なお、量子回路1,2として示した量子回路の他にも、量子回路1,2と等価な終状態を得る全ての量子回路を適用することができる。例えば、スワップゲート、アダマールゲート、制御NOTゲートの順に作用させる量子回路を用いることもできる。
【符号の説明】
【0042】
1~7、C1~C4…量子回路、11…始状態、12…終状態、H…アダマールゲート、S…スワップゲート、C…制御NOTゲート