IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 山陽特殊製鋼株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022182485
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】耐食性に優れた工具鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221201BHJP
   C22C 37/06 20060101ALI20221201BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C37/06 Z
C22C38/60
C22C38/00 304
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021090071
(22)【出願日】2021-05-28
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆久
(57)【要約】
【課題】耐食性、耐摩耗性及び靱性に優れた工具鋼の提供。
【解決手段】工具鋼は、
C:2.0質量%以上3.0質量%以下、
Si:0.1質量%以上2.0質量%以下、
Mn:0.1質量%以上2.0質量%以下、
Cr:15.0質量%以上30.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以下、
W:4.0質量%以下、
V:3.0質量%以上8.0質量%以下、
Nb:3.0質量%以下、
Cu:0.01質量%以上0.15質量%以下
N:0以上0.100質量%以下、
並びに
P及び/又はS:合計で0質量%以上0.100質量%以下
を含有する。この工具鋼は、下記数式を満たす。この工具鋼における、残留オーステナイト相の体積率Pγは、30%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:2.0質量%以上3.0質量%以下、
Si:0.1質量%以上2.0質量%以下、
Mn:0.1質量%以上2.0質量%以下、
Cr:15.0質量%以上30.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以下、
W:4.0質量%以下、
V:3.0質量%以上8.0質量%以下、
Nb:3.0質量%以下、
Cu:0.01質量%以上0.15質量%以下、
N:0質量%以上0.100質量%以下、
並びに
P及び/又はS:合計で0質量%以上0.100以下
を含有しており、残部がFe及び不可避的不純物であり、
下記数式(1)、(2)及び(3)を満たす工具鋼。
Mo% + 0.5 * W% ≦ 2.0 (1)
3.0 ≦ V% + 0.5 * Nb% ≦ 8.0 (2)
Pγ ≦ 30 (3)
(これらの数式において、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表し、Pγは焼入れ及び焼戻しの後の残留オーステナイト相の体積率(体積%)を表す。)
【請求項2】
下記数式(4)を満たす請求項1に記載の工具鋼。
20 ≦ Pγ / Cu% ≦ 1000 (4)
(この数式において、Cu%はCuの質量含有率を表す。)
【請求項3】
Nの含有率が0.005質量%以上0.050質量%以下である請求項1又は2に記載の工具鋼。
【請求項4】
P及びSの合計の含有率が0.005質量%以上0.050質量%以下である請求項1から3のいずれかに記載の工具鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性、耐摩耗性及び高靱性が要求される用途に適した、工具鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
金型に、工具鋼が用いられている。工具鋼は、耐摩耗性及び靱性に優れる。しかし、一般的な工具鋼は、耐食性に劣る。耐食性が要求される用途には、工具鋼に代えて、マルテンサイト系ステンレス鋼が採用されることがある。
【0003】
特開平9-291346号公報にはC、Si、Mn、Cr、Mo、W、V及びNbを含有する工具鋼が開示されている。この合金は、耐摩耗性及び靱性に優れる。この合金はさらに、耐食性にも優れる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9-291346号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特開平9-291346号公報に開示された工具鋼が、弱酸が存在する環境下で使用されると、腐食が発生する。この工具鋼の耐食性には、改善の余地がある。
【0006】
本発明の目的は、耐食性、耐摩耗性及び靱性に優れた工具鋼の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る工具鋼は、
C:2.0質量%以上3.0質量%以下、
Si:0.1質量%以上2.0質量%以下、
Mn:0.1質量%以上2.0質量%以下、
Cr:15.0質量%以上30.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以下、
W:4.0質量%以下、
V:3.0質量%以上8.0質量%以下、
Nb:3.0質量%以下、
Cu:0.01質量%以上0.15質量%以下、
N:0質量%以上0.100質量%以下、
並びに
P及び/又はS:合計で0質量%以上0.100以下
を含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。この工具鋼は、下記数式(1)、(2)及び(3)を満たす。
Mo% + 0.5 * W% ≦ 2.0 (1)
3.0 ≦ V% + 0.5 * Nb% ≦ 8.0 (2)
Pγ ≦ 30 (3)
これらの数式において、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表し、Pγは焼入れ及び焼戻しの後の残留オーステナイト相の体積率(体積%)を表す。
【0008】
好ましくは、工具鋼は、下記数式(4)を満たす。
20 ≦ Pγ / Cu% ≦ 1000 (4)
この数式において、Cu%はCuの質量含有率を表す。
【0009】
好ましくは、Nの含有率は、0.005質量%以上0.050質量%以下である。好ましくは、P及びSの合計の含有率は、0.005質量%以上0.050質量%以下である。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る工具鋼は、耐食性、耐摩耗性及び高靱性が要求される用途に適している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る工具鋼は、溶製法、粉末冶金法等によって得られうる。典型的には、この工具鋼は、粉末の焼結によって得られる。換言すれば、この合金は、焼結体である。粉末は、典型的にはアトマイズによって得られる。この工具鋼は、熱処理を経て得られる。典型的な熱処理は、焼入れ及び焼戻しである。この工具鋼は、所定量の添加元素を含む。好ましくは、残部は、Fe及び不可避不純物である。以下、この工具鋼における各元素の役割が詳説される。
【0012】
[炭素(C)]
Cは、焼入れによってマトリックスに固溶する。Cは、焼戻しによってマトリックスから析出する。さらにCは、他の元素と結合して炭化物を形成する。従ってCは、工具鋼の耐摩耗性及び強度に寄与しうる。これらの観点から、Cの含有率は2.0質量%以上が好ましく、2.1質量%以上がより好ましく、2.2質量%以上が特に好ましい。過剰のCは過大な炭化物の析出を招来し、工具鋼の靱性を阻害する。過剰のCはさらに、工具鋼の耐食性を阻害する。靱性及び耐食性の観点から、Cの含有率は3.0質量%以下が好ましく、2.8質量%以下がより好ましく、2.6質量%以下が特に好ましい。
【0013】
[ケイ素(Si)]
Siは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Siはさらに、工具鋼の固溶強化にも寄与する。これらの観点から、Siの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.3質量%以上がより好ましく、0.4質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、工具鋼の加工性を阻害する。加工性の観点から、Siの含有率は2.0質量%以下が好ましく、1.5質量%以下がより好ましく、1.0質量%以下が特に好ましい。
【0014】
[マンガン(Mn)]
Mnは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Mnはさらに、工具鋼の熱処理特性を高める。これらの観点から、Mnの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.2質量%以上がより好ましく、0.3質量%以上が特に好ましい。過剰のMnは、工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Mnの含有率は2.0質量%以下が好ましく、1.5質量%以下がより好ましく、1.0質量%以下が特に好ましい。
【0015】
[クロム(Cr)]
Crは、炭化物を形成する。この炭化物は、工具鋼の耐摩耗性に寄与する。さらにCrは、工具鋼の耐食性にも寄与する。これらの観点から、Crの含有率は15.0質量%以上が好ましく、16.0質量%以上がより好ましく、17.0質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは過大な炭化物の析出を招来し、工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Crの含有率は30.0質量%以下が好ましく、25.0質量%以下がより好ましく、20.0質量%以下が特に好ましい。
【0016】
[モリブデン(Mo)、タングステン(W)]
Mo及びWは、工具鋼において、微細な炭化物MC(MはMo及び又はW)を形成する。この炭化物は、工具鋼の強度及び耐摩耗性に寄与する。強度及び耐摩耗性に関するWの効果は、Moのそれと比べて約半分である。従って本発明では、下記数式によって、Mo及びWの含有率の当量E1が算出される。
E1 = Mo% + 0.5 * W%
この数式において、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表す。強度及び耐摩耗性の観点から、当量E1は0.2質量%以上が好ましく、0.3質量%以上がより好ましく、0.4質量%以上が特に好ましい。過剰のMo及びWは過大な炭化物の析出を招来し、工具鋼の靱性を阻害する。この観点から、当量E1は2.0質量%以下が好ましい。換言すれば、好ましい工具鋼は、下記の数式(1)を満たす。
Mo% + 0.5 * W% ≦ 2.0 (1)
この当量E1は、1.5質量%以下がより好ましい。換言すれば、より好ましくは、工具鋼は下記の数式を満たす。
Mo% + 0.5 * W% ≦ 1.5
この当量E1は、1.0質量%以下が特に好ましい。換言すれば、特に好ましくは、工具鋼は下記の数式を満たす。
Mo% + 0.5 * W% ≦ 1.0
上記数式(1)を満たす観点から、Moの含有率は2.0質量%以下が好ましく、そして、Wの含有率は4.0質量%以下が好ましい。
【0017】
[バナジウム(V)]
Vは、焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。さらにVは、工具鋼において微細な炭化物VCとして存在する。この炭化物は、工具鋼の高温強度、軟化抵抗性及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Vの含有率は3.0質量%以上が好ましく、3.5質量%以上がより好ましく、4.0質量%以上が特に好ましい。過剰のVは過大な炭化物の析出を招来し、工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Vの含有率は8.0質量%以下が好ましく、7.0質量%以下がより好ましく、6.0質量%以下が特に好ましい。
【0018】
[ニオブ(Nb)]
Nbは、焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。さらにNbは、工具鋼において微細な炭化物NbCとして存在する。この炭化物は、工具鋼の高温強度、軟化抵抗性及び耐摩耗性に寄与する。過剰のNbは過大な炭化物NbCの析出を招来する。工具鋼において、炭化物NbCは炭化物VCよりも粗大になる傾向がある。この炭化物NbCは、工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Nbの含有率は3.0質量%以下が好ましい。
【0019】
[V及びNb]
前述の通り、Nb及びVは、焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。一方、過剰のV及び過剰のNbは、工具鋼の靱性を阻害する。粗大化抑制及び靱性に関するNbの効果は、Vのそれと比べて約半分である。従って本発明では、下記数式によって、V及びNbの含有率の当量E2が算出される。
E2 = V% + 0.5 * Nb%
この数式において、V%はVの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表す。結晶粒の粗大化の抑制の観点から、当量E2は3.0質量%以上が好ましい。靱性の観点から、当量E2は8.0質量%以下が好ましい。換言すれば、好ましい工具鋼は、下記の数式(2)を満たす。
3.0 ≦ V% + 0.5 * Nb% ≦ 8.0 (2)
この当量E2は、3.5質量%以上がより好ましく、4.0質量%以上が特に好ましい。この当量E2は、7.0質量%以下がより好ましく、6.0質量%以下が特に好ましい。
【0020】
[銅(Cu)]
本発明に係る工具鋼においてCuは、極めて重要な添加元素である。本発明者が得た知見によれば、Cuは、リン酸等の弱酸が存在する環境における、工具鋼の耐食性に寄与しうる。耐食性の観点から、Cuの含有率は0.01質量%以上が好ましく、0.02質量%以上がより好ましく、0.03質量%以上が特に好ましい。Cuは、オーステナイト安定元素である。この工具鋼における過剰のCuは、焼入れ及び焼戻しの後のオーステナイト相の、過剰の残留を招来する。過剰の残留オーステナイト相は、工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Cuの含有率は0.15質量%以下が好ましく、0.10質量%以下がより好ましく、0.07質量%以下が特に好ましい。
【0021】
[鉄(Fe)]
工具鋼の主成分は、Feである。従ってこの合金は、靱性に優れる。靱性の観点から、Feの含有率は60質量%以上が好ましく、65質量%以上がより好ましく、70質量%以上が特に好ましい。
【0022】
[窒素(N)]
Nは、炭化物及び窒化物の粗大化を招く。粗大な炭化物及び窒化物は、工具鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Nの含有量は0.100質量%以下が好ましく、ゼロであることが特に好ましい。なお、不可避的不純物としてのNの含有は、許容されうる。一方でNは、Cuとの相乗効果で、弱酸が存在する環境下での耐食性に寄与する。耐食性の観点からは、Nの含有率は0.005質量%以上が好ましく、0.010質量%以上がより好ましく、0.015質量%以上が特に好ましい。
【0023】
[硫黄(S)、リン(P)]
S及びPは、工具鋼の強度を阻害する。強度の観点から、S及びPの合計含有率は0.100質量%以下が好ましく、ゼロであることが特に好ましい。なお、不可避的不純物としてのS及びPの含有は、許容されうる。一方でS及びPは、Cuとの相乗効果で、弱酸が存在する環境下での耐食性に寄与する。耐食性の観点からは、S及びPの合計含有率は0.005質量%以上が好ましく、0.010質量%以上がより好ましく、0.015質量%以上が特に好ましい。工具鋼が、Sのみを含有してもよく、Pのみを含有してもよく、S及びPの両方を含有してもよい。
【0024】
[金属組織]
この工具鋼の金属組織は、マトリックスと、このマトリックスに分散する多数の金属炭化物とを含んでいる。マトリックスの主要元素は、Feである。マトリックスでは、Feに他の元素が固溶している。金属炭化物は、Cと、Fe又は他の元素との化合物である。金属炭化物として、FeC、M、MC及びMCが例示される。ここでMは、Cr、Mo、W、V及びNbから選択された1種又は2種以上の元素を表す。
【0025】
[残留オーステナイト相]
前述の通り、工具鋼は、焼入れ及び焼戻しを経て得られる。焼入れにおいて高温下に保持された状態にある合金では、組織はオーステナイトである。焼入れの冷却により、オーステナイトの多くはマルテンサイトに変態する。一部のオーステナイトは、冷却後も残留する。残留オーステナイトは、焼戻しによってマルテンサイトに変態する。この変態によって、二次硬化が生じる。本発明に係る工具鋼は、オーステナイト安定元素であるCuを含むので、焼戻し後もオーステナイトが残留しうる。残留オーステナイトは、一般的には、靱性に寄与しうる。本発明では、過剰の残留オーステナイトは、かえって工具鋼の靱性を阻害する。残留オーステナイト相の適切な体積率が得られうる熱処理条件が選定されることが、靱性の観点から好ましい。焼戻し後の残留オーステナイト相の率Pγは30体積%以下が好ましい。換言すれば、工具鋼が下記数式(3)を満たすことが好ましい。
Pγ ≦ 30 (3)
この率Pγは27体積%以下がより好ましく、25体積%以下が特に好ましい。
【0026】
残留オーステナイト相の率Pγは、X線回折によって測定される。測定のための典型的な装置は、株式会社リガクのX線応力測定装置「PSPC-MSF-3M」である。
【0027】
本発明では、下記の数式により、比R1が算出される。
R1 = Pγ / Cu%
この数式において、Pγは焼入れ及び焼戻しの後の残留オーステナイト相の体積率(体積%)を表し、Cu%はCuの質量含有率を表す。比R1は、20以上1000以下が好ましい。換言すれば、好ましい工具鋼は、下記の数式(4)を満たす。
20 ≦ Pγ / Cu% ≦ 1000 (4)
本発明者が得た知見によれば、この比R1が20以上1000以下である工具鋼は、耐食性と靱性とのバランスに優れる。この観点から、この比R1は50以上800以下がより好ましく、100以上500以下が特に好ましい。
【0028】
合金の組成の調整により、好ましい比R1が達成されうる。適正な熱処理条件により、好ましい比R1が達成されうる。例えば、焼入れ温度、焼入れ時間、焼戻し温度、焼戻し時間、焼戻し回数等の調整により、好ましい比R1が達成されうる。
【0029】
[粉末冶金法]
本発明に係る工具鋼は、粉末冶金法によって得られうる。粉末冶金法ではまず、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、ディスクアトマイズ法、粉砕法等により、金属粉末が製作される。この金属粉末が密閉容器に充填され、高温雰囲気で加圧されて固化し、成形体が得られる。好ましい加圧方法として、熱間等方圧加圧法が挙げられる。熱間等方加圧法では、摂氏数百度から2000度の高温下で、数十MPaから200MPaの等方的な圧力で粉末が加圧される。好ましくは、加圧媒体として、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスが用いられる。不活性ガスの使用により、金属粉末の酸化が抑制される。この成形体に、熱間加工が施される。さらにこの成形体に熱処理が施され、工具鋼が得られる。典型的な熱処理は、「焼なまし-焼入れ-焼戻し」である。これらの熱処理により、好ましい金属炭化物が析出する。これらの熱処理により、好ましい比率Pγが達成されうる。
【実施例0030】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0031】
[実施例1]
溶湯にアトマイズを施して、金属粉末を得た。この金属粉末を、円筒状のスチール缶に充填した。このスチール缶を密閉し、さらにこのスチール缶に真空脱気を施した。アルゴンガス雰囲気にて、圧力が200MPaであり温度が950℃である条件で、熱間等方加圧を行って、成形体を得た。この成形体に鍛造、圧延、熱間押出及び焼なましを施して、直径が70mmである丸棒を得た。この丸棒から、摩耗試験用試験片、浸漬試験片及び衝撃試験用試験片を切り出した。これらの試験片に約1150℃の焼入れを施し、さらに3時間の焼戻しを1回施した。なお、工具鋼において62HRC以上65HRC以下の硬度が達成されうるように、焼戻し温度を調整した(焼戻し温度の範囲は500-600℃であった)。この工具鋼の組成が、下記の表1に示されている。この工具鋼は、表1に示された元素以外に、不可避的不純物を含んでいる。
【0032】
[実施例2-17及び比較例1-8]
下記の表1及び2に示される通りの組成とした他は実施例1と同様にして、実施例2-17及び比較例1-8の工具鋼を得た。
【0033】
[摩耗試験]
直径が30mmであり、厚さが10mmである試験片を、西原式摩耗試験機にセットした。下記の条件で、水道水を含む環境下での摩耗量を測定した。
相手材:SUJ2(直径:30mm、厚さ:6mm)
荷重:882N
回転速度:860rpm
潤滑:滴下水道水(10cm/min)
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0034】
[浸漬試験]
縦、横及び高さがそれぞれ20mmである試験片を、リン酸水溶液に浸漬し、腐食減量を測定した。条件は、以下の通りである。
リン酸水溶液の濃度:0.033mol/L(計算上の水素イオン濃度:0.1mol/L)
pH:1.5
温度:25℃
時間:1時間
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0035】
[衝撃試験]
縦が10mmであり、横が10mmであり、長さが50mmである試験片を用意した。この試験片は、ノッチを有する。ノッチのサイズは「10R、2mmC」である。この試験片に、「JIS Z 2242:2005」の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を施し、衝撃値を測定した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0036】
[総合評価]
下記の基準に基づいて、各工具鋼を格付けした。
A:合金が、下記の(1)から(3)を満たす。
(1)摩耗量が30mg未満
(2)腐食減量が1g/(m・hr)未満
(3)衝撃値が16J/cmより大
B:合金が、下記の(1)から(3)を満たす。
(1)摩耗量が30mg未満
(2)腐食減量が1g/(m・hr)以上5g/(m・hr)未満
(3)衝撃値が16J/cmより大
C:合金が、下記の(1)から(3)を満たす。
(1)摩耗量が30mg未満
(2)腐食減量が5g/(m・hr)以上10g/(m・hr)未満
(3)衝撃値が16J/cmより大
D:合金が、下記の(1)から(3)を満たす。
(1)摩耗量が30mg未満
(2)腐食減量が5g/(m・hr)以上10g/(m・hr)未満
(3)衝撃値が14J/cmより大
F:合金が、下記の(1)から(3)のうちの少なくとも1つを満たさない。
(1)摩耗量が30mg未満であること、
(2)腐食減量が10g/(m・hr)未満であること
(3)衝撃値が16J/cmより大
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
【表3】
【0040】
【表4】
【0041】
表3及び4における評価項目の単位は、以下の通りである。
摩擦量:mg
腐食減量:g/(m・hr)
衝撃値:J/cm
【0042】
表3及び4に示されるように、各実施例の工具鋼は、全ての評価項目において優れている。以上の評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明に係る工具鋼は、金型、射出成形機、口金、パンチ、手工具、機械工具、刃物等の、種々の用途に用いられうる。