IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人 工学院大学の特許一覧

<>
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図1
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図2
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図3
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図4
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図5
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図6
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図7
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図8
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図9
  • 特開-急速凍結装置、及び急速凍結方法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022018555
(43)【公開日】2022-01-27
(54)【発明の名称】急速凍結装置、及び急速凍結方法
(51)【国際特許分類】
   F25C 1/00 20060101AFI20220120BHJP
   F25D 3/10 20060101ALI20220120BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20220120BHJP
   G01N 1/42 20060101ALI20220120BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20220120BHJP
   C12N 5/00 20060101ALI20220120BHJP
【FI】
F25C1/00 Z
F25D3/10 D
G01N1/28 J
G01N1/42
G01N1/28 T
C12M1/00 A
C12N5/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020121736
(22)【出願日】2020-07-15
(71)【出願人】
【識別番号】501241645
【氏名又は名称】学校法人 工学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森田 真人
(72)【発明者】
【氏名】坂本 哲夫
【テーマコード(参考)】
2G052
3L044
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
2G052AA28
2G052AA33
2G052AD26
2G052AD52
2G052EB08
2G052FD07
2G052GA32
2G052GA35
3L044AA04
3L044BA04
3L044CA03
3L044CA04
3L044DB03
3L044KA04
4B029AA27
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B065AA90X
4B065BC01
4B065BC41
4B065BD09
4B065BD50
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】      (修正有)
【課題】液中の試料の凍結速度を向上させ、凍結過程における試料のダメージを低減させることができる急速凍結装置及び急速凍結方法を提供する。
【解決手段】急速凍結装置10は、グローブボックス12の内部に配置されると共に表面に付着した試料を凍結可能に冷却された凍結用基板22と、エレクトロスプレー部30とを備えている。エレクトロスプレー部30は、細管状に形成され、且つ、先端部分が凍結用基板22と対向して配置された針状部材32を有している。この針状部材32には、試料が混合された試料液が内部に充填される。また、針状部材32は、電圧が印加されることにより試料液を凍結用基板22へ向かって電界噴霧させるように構成されている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
筐体の内部に配置されると共に表面に付着した試料を凍結可能に冷却された凍結用基板と、
細管状に形成され且つ先端部分が前記凍結用基板と対向して配置された針状部材を有し、前記針状部材は、前記試料が混合された試料液が内部に充填されると共に前記針状部材又は前記針状部材と対向して配置された対極部材に電圧が印加されることにより、前記試料液を前記凍結用基板へ向かって電界噴霧させるエレクトロスプレー部と、
を備える急速凍結装置。
【請求項2】
前記対極部材は前記凍結用基板とされ、
前記エレクトロスプレー部は、前記針状部材又は前記凍結用基板に電圧が印加されることにより、前記試料液を前記凍結用基板へ向かって電界噴霧させる、
請求項1に記載の急速凍結装置。
【請求項3】
前記凍結用基板は、金属製とされている、請求項1又は請求項2に記載の急速凍結装置。
【請求項4】
前記針状部材は、前記凍結用基板の装置下方側に配置されており、前記先端部分から装置上方側に向かって前記試料液を電界噴霧する、請求項1~請求項3の何れか1項に記載の急速凍結装置。
【請求項5】
前記凍結用基板の装置下方側には前記エレクトロスプレー部が配置されており、
前記凍結用基板の装置上方側には、前記表面に付着した試料を観察する観察手段が設けられている、
請求項4に記載の急速凍結装置。
【請求項6】
前記筐体の内部には、前記凍結用基板と前記針状部材の前記先端部分との間に乾燥窒素を含む雰囲気が形成されている、請求項1~5の何れか1項に記載の急速凍結装置。
【請求項7】
前記筐体の内部には、前記凍結用基板の前記表面に向かって乾燥窒素を噴出させる噴出部が設けられており、当該噴出部から乾燥窒素を噴出させることにより、前記凍結用基板と前記針状部材との間に乾燥窒素を含む雰囲気が形成されている、請求項6に記載の急速凍結装置。
【請求項8】
前記凍結用基板は、前記針状部材と対向する前記表面の少なくとも一部が内部筐体で覆われており、
前記内部筐体は、前記針状部材と対向する面に電界噴霧された前記試料液を通過させる通過部が設けられると共に、前記内部筐体の内側の空間を前記内部筐体の外側の空間よりも陽圧に設定し、前記内側の空間に乾燥窒素を含む前記雰囲気が形成されている、請求項6に記載の急速凍結装置。
【請求項9】
前記筐体の内部は、真空とされている、請求項1~請求項5の何れか1項に記載の急速凍結装置。
【請求項10】
前記試料は生体物質とされている、請求項1~請求項9の何れか1項に記載の急速凍結装置。
【請求項11】
前記生体物質は細胞とされ、
前記試料液は、培養液で構成されている、請求項10に記載の急速凍結装置。
【請求項12】
前記試料液には、当該試料液の揮発性を高める揮発性物質が添加されている、請求項1~請求項11の何れか1項に記載の急速凍結装置。
【請求項13】
前記試料液は、リン酸緩衝液で構成されている、請求項1~請求項12の何れか1項に記載の急速凍結装置。
【請求項14】
前記凍結用基板と前記針状部材との間には前記対極部材である引出電極が配置されており、
前記エレクトロスプレー部は、前記針状部材又は前記引出電極に電圧が印加されることにより、前記試料液を前記凍結用基板へ向かって電界噴霧させる、
請求項1に記載の急速凍結装置。
【請求項15】
細管状に形成され、且つ、先端部分が凍結用基板と対向して配置された針状部材の内部に試料が混合された試料液が充填される充填工程と、
前記針状部材又は前記針状部材と対向して配置された対極部材に電圧が印加されることにより前記針状部材が前記対極部材を対極とする電極として作用し、前記針状部材から前記凍結用基板へ向かって前記試料液が電界噴霧される噴霧工程と、
電界噴射によって液滴となった状態で前記凍結用基板の表面に付着した前記試料を凍結させる凍結工程と、
を有する急速凍結方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、急速凍結装置、及び急速凍結方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、極低温の環境下では、物質の移動や化学変化は殆ど起こらない。そのため、物質の凍結技術に関する研究は、細胞の長期保存や顕微鏡観察における凍結固定法として古くから行われている。
【0003】
ところで、上述した通り、凍結された状態の物質では物質内部の組織移動は殆ど起こらないことから、凍結後に物質の組織破壊などが起こることは想定されない。しかしながら、物質が凍結する過程では、凍結速度が遅い場合、物質中又は物質の周囲の水分が結晶化(氷晶化)することで組織移動が起こり、その結果、組織破壊が発生する場合がある。従って、凍結過程における物質のダメージを低減させるためには、凍結速度を上げ、物質中又は物質の周囲の水分の氷晶化を阻止することが効果的だとされている。
【0004】
そして、物質(試料)の凍結速度を向上させるためには、(1)物質の熱容量を小さくすること、及び(2)物質と冷媒との熱伝導性を向上させること、が重要とされている。
【0005】
下記特許文献1には、物質と冷媒との熱伝導性を向上させる方法として、所謂メタルタッチ法による凍結技術が開示されている。メタルタッチ法では、予め充分に冷却した熱伝導性の良い金属片に試料を圧着させて、凍結させる。金属片を冷媒とすることで、液体窒素や液化プロパンなど液体の冷媒を用いるよりも熱伝導性が向上し、凍結速度を向上させることができる。
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術は、一般的にハンドリングが可能な程度の大きさを有する組織切片等の試料に用いられるため、液中に浮遊する微小な試料を急速凍結させる方法について考慮されていない。また、試料を金属片に圧着させることから、圧着時の圧力で試料が破壊されるといった虞がある。
【0007】
そこで、液中の試料にも適用できる方法として、下記特許文献2の凍結技術が開示されている。特許文献2に記載の凍結技術では、培養液中の細胞(液中の試料)を培養液ごとアルミ箔の上に載せ、アルミ箔をそのまま液体冷媒中に浸すことにより細胞を凍結させている。これにより、液体冷媒と熱伝導性の高いアルミ箔が冷媒となって、培養液中の細胞の凍結速度を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10-142123号公報
【特許文献2】特開2016-85119号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献2に記載された凍結技術では、アルミ箔の上で細胞の周囲に培養液の層が厚く形成される。このため、試料全体の熱容量が大きくなり、培養液の氷晶化を防ぐほど充分に凍結速度を向上させることができないという課題があった。
【0010】
本開示は上記事実を考慮し、液中の試料の凍結速度を向上させ、凍結過程における試料のダメージを低減させることができる急速凍結装置及び急速凍結方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の第1の態様に記載の急速凍結装置は、筐体の内部に配置されると共に表面に付着した試料を凍結可能に冷却された凍結用基板と、細管状に形成され且つ先端部分が前記凍結用基板と対向して配置された針状部材を有し、前記針状部材は、前記試料が混合された試料液が内部に充填されると共に前記針状部材又は前記針状部材と対向して配置された対極部材に電圧が印加されることにより、前記試料液を前記凍結用基板へ向かって電界噴霧させるエレクトロスプレー部と、を備える。
【0012】
第1の態様に記載の急速凍結装置によれば、筐体の内部には、凍結用基板が配置されており、凍結用基板は、表面に付着した試料を凍結可能に冷却されている。ここで、凍結される試料は、エレクトロスプレー部から基板の表面に向かって電界噴霧される。すなわち、エレクトロスプレー部は、先端部分が凍結用基板と対向して配置された針状部材を備えており、針状部材は、針状部材又は針状部材と対向して配置された対極部材に電圧が印加されることにより、対極部材を対極とする電極として作用する。このため、当該針状部材の内部に充填された試料液がイオン化し、凍結用基板へ電解噴霧する。
【0013】
電界噴霧された個々の液滴は、クーロン崩壊の過程で試料液の水分が殆ど蒸発し、試料の周囲に極薄の水分層を有する微小な液滴のみが凍結用基板に付着する。これにより、試料の周囲の水分に起因する熱容量の増加を抑制し、凍結速度を向上させる。その結果、液中の試料の凍結過程における試料のダメージを低減させることができる。
【0014】
本開示の第2の態様に記載の急速凍結装置は、第1の態様に記載の構成において、前記対極部材は前記凍結用基板とされ、前記エレクトロスプレー部は、前記針状部材又は前記凍結用基板に電圧が印加されることにより、前記試料液を前記凍結用基板へ向かって電界噴霧させる。
【0015】
第2の態様に記載の急速凍結装置によれば、針状部材は、針状部材又は凍結用基板に電圧が印加されることにより、凍結用基板を対極とする電極として作用する。これにより、当該針状部材の内部に充填された試料液がイオン化し、対極である凍結用基板へ電解噴霧させることができる。
【0016】
第3の態様に記載の急速凍結装置は、第1の態様又は第2の態様に記載の構成において、前記凍結用基板は、金属製とされている。
【0017】
第3の態様に記載の急速凍結装置によれば、試料は、金属製の基板を冷媒として凍結される。すなわち、所謂メタルタッチ法によって試料が凍結される。これにより、試料と冷媒との熱伝導率が高められ、凍結速度が向上する。その結果、凍結過程における試料のダメージを低減させることができる。
【0018】
第4の態様に記載の急速凍結装置は、第1の態様~第3の態様の何れか1態様に記載の構成において、前記針状部材は、前記凍結用基板の装置下方側に配置されており、前記先端部分から装置上方側に向かって前記試料液を電界噴霧する。
【0019】
第4の態様に記載の急速凍結装置によれば、針状部材が凍結用基板よりも装置下方側に配置されており、針状部材の先端部分から上方側に向かって試料液が電界噴霧される。従って、個々の液滴には基板に向かう方向(上方向)とは反対方向(下方向)の重力が作用する。これにより、例えば、要求される凍結速度を満たさない大きな液滴は重力によって基板に到達する前に落下させることができる。このため、凍結用基板に到達する液滴の粒径を制御することが可能になる。
【0020】
第5の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第4の態様に記載の構成において、前記凍結用基板の装置下方側には前記エレクトロスプレー部が配置されており、前記凍結用基板の装置上方側には、前記表面に付着した試料を観察する観察手段が設けられている。
【0021】
第5の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、凍結用基板の装置下方側から凍結用基板に付着した試料を、凍結用基板の装置上方側の観察手段を用いて観察することができる。従って、利用者は、凍結された直後の試料を即座に観察することができる。また、上記構成によれば、エレクトロスプレー部、凍結用基板、観察手段を装置上下方向に直線状に配置させることができるため、装置の横方向への大型化を抑制することができる。
【0022】
第6の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第1の態様~第5の態様の何れか1態様に記載の構成において、前記筐体の内部には、前記凍結用基板と前記針状部材の前記先端部分との間に乾燥窒素を含む雰囲気が形成されている。
【0023】
第6の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、針状部材と凍結用基板との間に乾燥窒素を含む雰囲気が形成される。これにより、試料の周囲に付着した水分の蒸発が促されると共に大気中の水分が霜となって基板表面に付着することを抑制する。その結果、試料の熱容量を一層小さくすることができ、且つ、大気中の水分に起因する基板と試料との熱伝導率の低下を抑制することができ、ひいては、凍結速度の向上に寄与する。
【0024】
第7の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第6の態様に記載の構成において、前記筐体の内部には、前記凍結用基板の前記表面に向かって乾燥窒素を噴出させる噴出部が設けられており、当該噴出部から乾燥窒素を噴出させることにより、前記凍結用基板と前記針状部材との間に乾燥窒素を含む雰囲気が形成されている。
【0025】
第7の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、噴出部によって、基板の表面の近傍の小範囲に乾燥窒素を含む雰囲気を形成することができる。これにより、筐体の内部全体を乾燥窒素で満たすことにより凍結用基板と針状部材の間に雰囲気を作る場合と比較して、乾燥窒素の使用量を低減させることができる。その結果、低コスト化が促される。
【0026】
第8の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第6の態様に記載の構成において、前記凍結用基板は、前記針状部材と対向する前記表面の少なくとも一部が内部筐体で覆われており、前記内部筐体は、前記針状部材と対向する面に電界噴霧された前記試料液を通過させる通過部が設けられると共に、前記内部筐体の内側の空間を前記内部筐体の外側の空間よりも陽圧に設定し、前記内側の空間に乾燥窒素を含む前記雰囲気が形成されている。
【0027】
第8の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、内部筐体の内側を乾燥窒素の雰囲気とすることで、上記請求項5に係る急速凍結装置と同様に、凍結速度の向上に寄与する。しかも、内部筐体の内側の空間は内部筐体の外側の空間よりも陽圧に設定されているため、内部筐体の内側に外側の大気が侵入しない。これにより、筐体の内部全体を乾燥窒素で満たすことにより凍結用基板と針状部材の間に雰囲気を作る場合と比較して、乾燥窒素の使用量を低減させることができる。その結果、低コスト化が促される。
【0028】
第9の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第1の態様~第5の態様の何れか1態様に記載の構成において、前記筐体の内部は、真空とされている。
【0029】
第9の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、筐体の内部を真空とすることにより、試料液を電界噴霧した際に、各々の液滴が断熱膨張される。この断熱膨張の過程によって系の温度が下がると、試料が急速に冷却される。これにより、基板に付着した後の凍結速度が向上する。
【0030】
第10の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第1の態様~第9の態様の何れか1態様に記載の構成において、前記試料は生体物質で構成されている。
【0031】
第10の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、試料液を電界噴射させることにより、試料の周囲に極薄の水分層を有する微小な液滴のみが凍結用基板に付着する。これにより、試料を急速に凍結させて凍結過程における氷晶化を防ぎ、生体物質のダメージを抑制する。これにより、例えば、生体物質を生存状態で凍結固定することができる。更に、凍結固定された生体物質は、生存状態で真空に置くことができるため、真空下でなければ観察試料を観察することができない電子顕微鏡でも、生存状態の生体物質を観察することができる。
【0032】
なお、ここでいう生体物質とは、生存状態と死亡状態を有する生体を意味し、各種細胞や微生物、細菌、ウイルス等を含む概念とする。
【0033】
第11の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第10の態様に記載の構成において、前記生体物質は細胞とされ、前記試料液は、培養液で構成されている。
【0034】
第11の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、培養液中の細胞を生存状態で凍結させることができる。これにより、例えば、細胞の凍結保存の分野に適用した場合、培養液に凍結保存液等を添加することなく、細胞を凍結保存させることができる。
【0035】
第12の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第1の態様~第11の態様の何れか1態様に記載の構成において、前記試料液には、当該試料液の揮発性を高める揮発性物質が添加されている。
【0036】
第12の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、試料液の揮発性を高めて、試料液の蒸発をさらに促すことができる。これにより、試料の熱容量が一層小さくなり、凍結速度が向上する。
【0037】
第13の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第1の態様~第12の態様の何れか1態様に記載の構成において、前記試料液は、リン酸緩衝液で構成されている。
【0038】
第13の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、例えば、細胞の試料を凍結させる場合、培養液よりも細胞のイオン濃度に近い濃度のリン酸緩衝液を試料液とすることにより、細胞に与える負荷を低減させることができる。
【0039】
第14の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置は、第1の態様に記載の構成において、前記凍結用基板と前記針状部材との間には前記対極部材である引出電極が配置されており、前記エレクトロスプレー部は、前記針状部材又は前記引出電極に電圧が印加されることにより、前記試料液を前記凍結用基板へ向かって電界噴霧させる。
【0040】
第14の態様に記載の本発明に係る急速凍結装置によれば、凍結用基板と針状部材との間に引出電極を配置して針状部材の対極として作用させたため、凍結用基板を対極部材とする構成と比較して対極間の距離を短くすることできる。これにより、針状部材又は引出電極に印加される電圧を小さくしつつ、内部に充填された試料液を電界噴霧させることができる。その結果、試料の急速凍結に要する消費電力を抑制することができる。
【0041】
第15の態様に記載の本発明に係る急速凍結方法は、細管状に形成され、且つ、先端部分が凍結用基板と対向して配置された針状部材の内部に試料が混合された試料液が充填される充填工程と、前記針状部材又は前記針状部材と対向して配置された対極部材に電圧が印加されることにより前記針状部材が前記対極部材を対極とする電極として作用し、前記針状部材から前記凍結用基板へ向かって前記試料液が電界噴霧される噴霧工程と、電界噴射によって液滴となった状態で前記凍結用基板の表面に付着した前記試料を凍結させる凍結工程と、を有する。
【0042】
第15の態様に記載の本発明に係る急速凍結方法によれば、上述した通り、液中の試料の凍結速度を向上させ、凍結過程における試料のダメージを低減させることができる。
【発明の効果】
【0043】
以上説明したように、本開示に係る急速凍結装置は、液中の試料の凍結速度を向上させ、凍結過程における試料のダメージを低減させることができるという優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
図1】第1実施形態に係る急速凍結装置の全体構造を側面から見た状態を概略的に示す概略側面図である。
図2図1に示す凍結用基板と針状部材の先端を拡大して示す部分拡大側面図である。
図3】針状部材から噴霧された液滴がクーロン崩壊する過程を説明するための模式図である。
図4】第1実施形態に係る急速凍結装置によって凍結用基板に付着した試料を光学顕微鏡で観察した結果を示す図である。
図5】比較例として、機械的スプレー法で凍結用基板に付着した試料を光学顕微鏡で観察した結果を示す図である。
図6】第1実施形態の変形例1を示す図2に対応する部分拡大側面図である。
図7】第1実施形態の変形例2を示す図2に対応する部分拡大側面図である。
図8】第1実施形態の変形例3を示す図2に対応する部分拡大側面図である。
図9】第2実施形態に係る急速凍結装置の全体構造を側面から見た状態を概略的に示す概略側面図である。
図10図9に示す凍結用基板と針状部材の先端を拡大して示す部分拡大側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
[第1実施形態]
(全体概要)
以下、図1図4に基づいて第1施形態に係る急速凍結装置10について説明する。図1に示すように、急速凍結装置10は、対極部材としての凍結用基板22を備えた凍結部20とエレクトロスプレー部30を主たる構成として備えている。これら凍結部20及びエレクトロスプレー部30は、筐体としてのグローブボックス12内に収容されている。
【0046】
以下では、急速凍結装置10を用いて液中の試料を急速凍結する方法について説明する。液中の試料は、エレクトロスプレー部30から微小な粒子として噴霧され、予め冷却された凍結用基板22に到達する。凍結用基板22に到達した。表層にわずかな水分層を有して凍結用基板22に付着した試料は、凍結用基板22を冷媒として急速に凍結される。以下、各構成について順番に説明する。
【0047】
なお、エレクトロスプレー部30とは、公知のエレクトロスプレー法によってキャピラリニードルからなる針状部材32に充填された試料液を電界噴霧させる機構である。ここで、エレクトロスプレー法による電界噴霧とは、試料液が充填された針状部材32と対向電極の間に高電圧を印加することにより、電極間に生じた静電気力によって試料液を分裂させることである。このように分裂した試料液は、試料の周囲に極薄の水分層を有する噴霧状の微小な液滴となる。本実施形態の急速凍結装置10では、凍結用基板22が針状部材32の対極とされている。
【0048】
以下、各構成について順番に説明する。
【0049】
(グローブボックス)
図1に示されるように、グローブボックス12は、透明な筐体で構成されており、筐体の開閉部(不図示)を閉塞状態とすることにより、内部に密閉された空間を形成することができる。グローブボックス12の内部には、円柱状の支持柱14が設けられている。支持柱14は、グローブボックス12の収容された凍結用基板22、エレクトロスプレー部、観察手段としての光学顕微鏡50などを支持している。
【0050】
グローブボックス12の内部には、図示しないガス循環装置から供給される乾燥窒素が充填されている。これにより、グローブボックス12の内部に乾燥窒素を含む雰囲気NAが形成されている。
グローブボックス12内を雰囲気NAとする目的は、グローブボックス内の空気を乾燥窒素に置換して空気中の水分を除去することにある。後述するように、凍結用基板22は冷却状態でグローブボックス12内に配置されており、グローブボックス12内の雰囲気を大気と同様にした場合、大気中に含まれる微量の水分が霜となって基板の表面に付着することがある。基板の表面に霜が付着すると、エレクトロスプレー部30から噴霧された試料液の液滴と凍結用基板22との熱伝導効率が霜によって低下する。
このため、グローブボックス12内の雰囲気を乾燥窒素で置換して空気、ひいては、空気中に含まれる水分を除去することにより、凍結用基板22の表面に霜が付着することを抑制している。なお、上記観点からは、グローブボックス12内は乾燥窒素を含む雰囲気とされることが好ましい。グローブボックス12内の乾燥窒素の置換量は霜の発生を抑制しうる量であればよい。理想的にはグローブボックス12内の空気が100%乾燥窒素で満たされることが好ましい。しかし、グローブボックス12内に乾燥窒素以外の気体が、ある程度の不可避不純物として含まれる場合でも同様の効果を発揮できればよく、凍結用基板22の表面に霜が付着することを抑制できる程度に乾燥窒素を含む雰囲気NAであればよい。また、後述するように、雰囲気NAは、グローブボックス12などの閉鎖空間の全体に形成されていてもよいが、例えば、試料が付着する凍結用基板22の表面の周囲のみに形成されていてもよい。
【0051】
(凍結用基板)
凍結用基板22は、凍結部20の一部を構成している。凍結部20には、凍結用基板22に加えて、冷却用タンク24が含まれている。
【0052】
凍結用基板22は、金属製の板状部材とされており、装置上下方向を板厚方向として略水平に配置されている。凍結用基板22の材質については、特に制限はなく、試料との熱伝達効率を考慮して適宜設定することができる。試料と凍結用基板22との熱伝導性を向上させる観点からは、例えば、凍結用基板22を、銀、銅、金、アルミニウム、鉄等の金属製とすることができる。若しくは、ダイヤモンド、カーボンナノチューブなど、金属製の基板よりも更に熱伝導効率の高い材料で凍結用基板22を構成してもよい。 また、凍結用基板22の材質は、耐久性があり、雑菌等による汚染が少なく、滅菌処理が可能であることが好ましい。本実施形態では、一例としてステンレス製とされている。
【0053】
上記凍結用基板22は、第1アーム16を介して支持柱14に固定されている。また、第1アーム16と凍結用基板22は、第1アーム16の先端に設けられた連結部16Aを介して連結されている。凍結用基板22は、凍結用基板22の板厚方向両面の一方の面を上面として連結部16Aに取り外し可能に装着されている。本実施形態では、凍結用基板22の下面22Aに試料が付着する。このため、凍結用基板22に付着した試料を後述する光学顕微鏡50で観察する場合、凍結用基板22を連結部16Aから取り外し、付着した側の面が上方側を向くように裏返して再び連結部16Aに装着することで観察することができる。
【0054】
なお、試料の観察をより容易にするために、支持柱14又は第1アーム16に公知のアクチュエータを用いた回転機構を設ける構成とし、凍結用基板22を自動で回転させて裏返す構成としてもよい。
【0055】
また、凍結用基板22の下面22Aには、冷却用タンク24が接続されている。冷却用タンク24の内部には、一例として液体窒素が充填されている。液体窒素は循環路26を通じて冷却用タンク24とグローブボックス12の外部の循環装置(不図示)との間を循環する冷媒であり、冷却用タンク24に接続された凍結用基板22を冷却している。
【0056】
凍結用基板22の装置上方側には、観察手段としての光学顕微鏡50が配置されている。光学顕微鏡50は、第2アーム17を介して支持柱14に固定されており、凍結用基板22に付着した試料を上方側から観察可能とされている。
【0057】
(エレクトロスプレー部)
エレクトロスプレー部30は、針状部材32と、シリンジポンプ34、電源36を含んで構成されている。
【0058】
針状部材32は、エレクトロスプレー法における試料液の充填部を構成している。針状部材32は、第3アーム18を介して支持柱14に固定され、凍結用基板22の下方側に配置されている。
【0059】
より具体的に説明すると、針状部材32は、細管状のキャピラリニードルで構成されており、先端部分が先細りしながらテーパー状に縮径している。針状部材32は、装置の上下方向(鉛直方向)を軸方向とする姿勢で配置され、先端部分が凍結用基板22の下面と対向して配置されている。凍結用基板22と針状部材32との距離は、凍結用基板22と針状部材32間の電位差や、試料液の量、種類等を考慮して適宜設定することができる。本実施形態では、一例として、凍結用基板22の下面22Aと針状部材32の先端との距離L1が、5.0cm~10cm程度に設定されている。
【0060】
針状部材32の形状、構造、大きさ(長さ、太さ等)、材質等については、特に制限はなく、充填及び通過させる試料液の量や種類を考慮して適宜設定することができる。例えば、針状部材32の長さは、試料液が容易に吸引され、静電気力により試料液が電界噴霧されやすいことを考慮して決定される。また、針状部材32の太さは、試料液の詰まりが生じないように考慮して決定される。また、針状部材32の材質は、耐久性があり、雑菌等による汚染が少なく、滅菌処理が可能であることが好ましい。本実施形態の針状部材32は、一例として、針長43mm、外径64mm、内径0.15mmに形成されたステンレス製の針状部材で構成している。
【0061】
針状部材32の基端部には、シリンジポンプ34が接続されている。シリンジポンプ34は、図示しないモータ等の動力により針状部材32の内部に試料液を供給する。シリンジポンプ34から針状部材32へ供給される試料液の流入速度は、試料液の量や種類、印加電圧の値を考慮して適宜設定することができる。一例として、試料液の流入速度が0.1~30ml/minに設定されている。
【0062】
針状部材32は、電源36と電気的に接続されており、エレクトロスプレー部30の作動時に、電源36から高電圧を印加される。電源36から印加される電圧については、特に制限はないが、針状部材32と凍結用基板22との距離を考慮して、対極とされる凍結用基板22との間で必要とされる電位差を得られるように適宜設定することができる。本実施形態では、一例として、針状部材32と凍結用基板22との間の電位差が2.0~5.0kV程度となるように針状部材32に正の電圧が印加される。本実施形態では、凍結用基板22がアースされ、電位が0Vに保持されているため、電源36から針状部材32に+2.0~5.0kVの正の電圧が印加されている。
【0063】
なお、本実施形態では針状部材32に電圧を印加する構成としたが、本開示はこれに限らない。針状部材32と凍結用基板22との間の電位差が2.0~5.0kV程度となるように設定できればよく、例えば、針状部材32をアースして、電源36から凍結用基板22に-5.0~-2.0kVの負の電圧を印加してもよい。
【0064】
次に、針状部材32に電圧が印加された後、電界噴霧された試料液が凍結用基板22に付着するまでの過程について、図3を用いて説明する。本実施形態の試料液は、培養液に細胞を混合(浮遊)させたものとなっている。培養液については、特に限定はなく、細胞を一時的に又は長期的に生存状態で保持できる溶液であればよい。本実施形態では、生理的食塩水を主成分とし、リン酸緩衝液が添加された溶液が培養液とされている。また、細胞の種類についても特に限定はないが、本実施形態では、一例として赤血球とされている。
【0065】
図3に示されるように、電源36から針状部材32に電圧が印加されると、針状部材32と凍結用基板22との間に電界が発生する。これにより、試料液の表面には、表面張力に加えて静電気力などが作用する。針状部材32の先端部分では、静電気力が表面張力を超えることにより、試料液が円錐形に歪められる(コーン形成)。やがて、先端部分の液柱の不安定性から液柱が分裂し、微細な液滴が噴霧される。
【0066】
個々の液滴は、発生直後の状態では、細胞を含む液滴と培養液のみで構成される液滴とが混在している。しかし、個々の液滴は、イオン化により電荷を帯びており、クーロン力により反発し、分裂を繰り返す(クーロン崩壊)。この分裂の過程で培養液が蒸発するため、培養液のみで構成される液滴が消滅する。また、細胞と培養液からなる液滴は、大部分の培養液が蒸発し、細胞の周囲にわずかな培養液を有する微小な液滴のみが凍結用基板22に到達する。凍結用基板22に到達した細胞は、凍結用基板22を冷媒として急速に凍結される。
【0067】
このとき、凍結用基板22の熱容量は充分に大きく、また、細胞に影響を与えないうえで、細胞の熱容量は限界まで小さくなっているため、凍結速度の原理的な限界に到達した条件となっている。
【0068】
図4及び図5を用いて、凍結用基板22に到達した液滴の大きさについて比較例と共に説明する。なお、図4及び図5では、観察された赤血球が実線で囲われた部分であり、液滴の外形線が破線で示されている。
【0069】
図5は、比較例として、赤血球が混合された培養液を機械的スプレー法で噴霧させて凍結用基板22に付着させた状態を光学顕微鏡50で観察した図である。機械的スプレー法とは、例えば、容器内で加圧した気体によってノズルから液体を押し出し、液滴を形成する霧吹きである。なお、ノズルの先端から凍結用基板22までの距離は、針状部材32と凍結用基板との距離と同一に設定されている。図5に示されるように、機械的スプレー法で凍結用基板22に付着した液滴は、ノズルから発生した液滴のサイズのまま凍結用基板22に到達するため、粒子径が大きくなる。この図の拡大倍率では、液滴全体が示されていないが、破線で示された外見線の曲率から計算すると、赤血球の径が20μm程であるのに対し、液滴全体の粒子径が数百μm程にもなることが判明した。この場合、培養液による熱容量の影響で、液滴全体の熱容量が大きくなるため、赤血球の凍結速度が緩やかになる。また、凍結速度が緩やかになることで、培養液が氷晶化し、赤血球に悪影響を与えてしまう。
【0070】
一方、図4には、赤血球が混合された培養液をエレクトロスプレー部30から噴霧させて凍結用基板22に付着させた状態を光学顕微鏡50で観察した図である。この図に示されるように、エレクトロスプレー部30の電界噴射により凍結用基板22に付着した液滴は、赤血球の径が20μm程であるのに対し、液滴全体の粒子径が40μm程とされ、100μm以下となっている。このように、赤血球の周囲には、わずかに残った培養液で構成された極薄の水分層が形成されるばかりであり、極めて微小な液滴となっている。この場合、凍結用基板22の熱容量は充分に大きく、また、細胞に影響を与えないうえで、細胞の熱容量は限界まで小さくなっているため、機械的スプレー法による赤血球の凍結速度と比較して、凍結速度が著しく向上する。また、凍結速度が速く、且つ、赤血球に付着した培養液の量がわずかであるため、培養液は無氷晶化が可能であり、赤血球に与えるダメージが非常に少ないことが判明した。
【0071】
なお、液滴の大きさは、液滴の飛距離や電界の強さ、培養液の成分など、種々の数値の最適化により、さらに微小な液滴による噴霧が可能である。エレクトロスプレー法の原理では、電界噴霧された液滴の飛距離(針状部材32の先端から凍結用基板22の下面22Aまでの距離)が長いほど、個々の液滴同士が反発する機会が増えるため、培養液の蒸発量を増やすことができる。従って、針状部材32と凍結用基板22との距離を広げることにより、図5に示す観察結果よりも粒子径を小さくすることができる。一方で、針状部材32と凍結用基板22との距離を過度に広げすぎると、凍結用基板22状の試料の付着領域が広がるため、試料を観察用に凍結固定する観点からは、任意の領域に到達する試料が不足するため好ましくない。また、針状部材32と凍結用基板22との距離を広げて、培養液の部分を完全に蒸発させ、熱容量を極限まで向上させることも原理的には可能であるが、細胞を生存維持で保持するという観点では、試料の周囲に若干の培養液の層が形成されることが好ましい。
【0072】
(作用並びに効果)
以上説明した通り、本実施形態の急速凍結装置10は、グローブボックス12の内部に凍結用基板22が配置されており、凍結用基板22は、下面22A(表面)に付着した試料を凍結可能に冷却されている。ここで、凍結される試料は、エレクトロスプレー部30から基板の表面に向かって電界噴霧される。具体的には、エレクトロスプレー部30は、先端部分が凍結用基板22と対向して配置された針状部材32を備えており、針状部材32は、電圧が印加されることにより、凍結用基板22を対極とする電極として作用する。このため、当該針状部材32の内部に充填された試料液がイオン化し、対極である凍結用基板へ電解噴霧する。
【0073】
図3に示されるように、電界噴霧された個々の液滴は、クーロン崩壊の過程で試料液の水分が殆ど蒸発し、試料の周囲に極薄の水分層を有する微小な液滴のみが凍結用基板22に付着する。これにより、試料の周囲の水分層に起因する熱容量の増加を抑制し、凍結速度を向上させることができる。その結果、液中の試料の凍結過程における試料のダメージを低減することに寄与する。
【0074】
特に、本実施形態のように、培養液中の細胞などの生体物質を急速凍結させる場合、試料の周囲にわずかな水分層しか残らないため、凍結過程において、水分層を無氷晶化させた状態で凍結することができる。その結果、生体物質へのダメージが低減され、生体物質を生存状態で凍結固定することができる。更に、このように凍結固定された生体物質は、真空下でも観察することが可能になる。従って、真空下でなければ観察試料を観察することができない電子顕微鏡でも、生存状態の生体物質を観察することが可能になる。
【0075】
更に、本実施形態では、培養液中の細胞を培養液毎噴霧させて急速凍結させることが可能であるため、細胞の長期保存の観点からも有利な効果を奏する。すなわち、既存の技術による細胞の長期保存は、複雑な工程を伴うものが多く、保存対象の細胞が凍結保存液の中で保存される。これに対し、本実施形態では、簡単な工程にして、且つ、培養液ごと細胞を凍結することができる。よって、低コスト化が実現されると共に、細胞にとって好適な環境で凍結させることができるため、細胞の生存率の向上に寄与する。
【0076】
また、エレクトロスプレー法による液中試料の凍結は、電子顕微鏡による試料の観察の観点においても有利な効果を奏する。すなわち、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて試料を観察する場合、液中の試料をそのまま凍結しても、試料の周囲の水分層によって、観察対象の試料を観察することができない。しかし、本実施形態によれば、急速凍結された試料の表面には殆ど水分層形成されないため、走査電子顕微鏡による液中試料の観察も可能になる。
【0077】
また、本実施形態では、凍結用基板22が熱伝導性に優れた金属製の基板とされているため、試料は、金属製の基板を冷媒として凍結される。すなわち、所謂メタルタッチ法によって試料が凍結される。これにより、金属以外の材質の基板を冷媒とする構成と比較して、試料と冷媒との熱伝導率が高められ、凍結速度を向上させることができる。
【0078】
一方、既存のメタルタッチ法では、冷却した基板に物理的な圧力を与えて試料を接着させる必要があるところ、本実施形態では、試料液を噴霧させ、微小な液滴にして基板に到達させる。このため、凍結用基板22に試料が付着した際に試料に与える物理的な衝撃が少なく、物理的な衝撃による試料の破壊を防ぐことができる。
【0079】
また、本実施形態では、針状部材32が凍結用基板22よりも装置下方側に配置されており、針状部材32の先端部分から上方側に向かって試料液が電界噴霧される。従って、個々の液滴には基板に向かう方向(上方向)とは反対方向(下方向)の重力が作用する。これにより、例えば、要求される凍結速度を満たさない大きな液滴は重力によって基板に到達する前に落下させることができる。このため、凍結用基板22に到達する液滴の粒径を制御することが可能になる。更に基板に到達した液滴についても、基板に付着する際の速度を低減させることができるため、試料に与える物理的な衝撃を最小限にすることができる。
【0080】
また、針状部材32よりも装置上方側に凍結用基板22が配置されるため、電界噴射の失敗した場合に噴霧されずに落下する試料液や、電界噴射の後に針状部材32の内部に残留し、外部に漏れた試料液などが凍結用基板22に落下することを防止することができる。
【0081】
また、本実施形態では、凍結用基板22の装置下方側から凍結用基板22に付着した試料を、凍結用基板22の装置上方側の光学顕微鏡50を用いて観察することができる。従って、利用者は、凍結された直後の試料を即座に観察することができる。また、上記構成によれば、エレクトロスプレー部30、凍結用基板22、光学顕微鏡50を装置上下方向に直線状に配置させることができるため、装置の横方向への大型化を抑制することができる。
【0082】
また、本実施形態によれば、針状部材32と凍結用基板22との間に乾燥窒素を含む雰囲気NAが形成される。これにより、試料の周囲に付着した水分(培養液)の蒸発が促されると共に大気中の水分が霜となって基板表面に付着することを抑制することができる。その結果、試料の熱容量を一層小さくすることができ、且つ、大気中の水分に起因する基板と試料との熱伝導率の低下を抑制することができ、ひいては、凍結速度の向上に寄与することができる。
【0083】
以上、図6図8に示す急速凍結装置10について説明したが、急速凍結装置10には、以下の変形例1~変形例3の構成も適用可能である。
【0084】
(変形例1)
試料が付着する凍結用基板22の表面付近に雰囲気NAを形成する方法として、図6に示す変形例1を上記急速凍結装置10に適用することができる。この変形例1では、グローブボックス12の内部に噴出部40が設けられており、噴出部40から凍結用基板22の下面22A(表面)に向かって乾燥窒素が噴出されている。これにより、凍結用基板22の表面付近に乾燥窒素を含む雰囲気NAが形成される。
【0085】
上記変形例1によれば、噴出部40によって、凍結用基板22の表面の近傍の小範囲に雰囲気NAを形成することができる。これにより、グローブボックス12の内部全体に乾燥窒素の雰囲気NAを作る場合と比較して、乾燥窒素の使用量を低減させることができる。その結果、低コスト化が促される。
【0086】
(変形例2)
また、試料が付着する凍結用基板22の表面付近に雰囲気NAを形成する他の方法として図7に示す変形例2を上記急速凍結装置10に適用することができる。この変形例2では、凍結用基板22において、針状部材32と対向する表面の一部を内部筐体60で覆っている。この内部筐体60は、装置上方側に開口した箱体状に形成され、凍結用基板22の下面22Aに配置されている。また、内部筐体60は、針状部材32の先端部分と対向する面に、通過部62が設けられている。通過部62は、一例として、針状部材32と同軸的に配置された貫通穴である。針状部材32から噴霧された試料液は、当該通過部62を通って凍結用基板22に到達する。
【0087】
また、内部筐体60の側面には、図示しないガス循環装置と連通する連通部64が設けられており、連通部64を通って内部筐体60の内部(内側の空間)に乾燥窒素が供給されている。これにより、内部筐体60の内部に雰囲気NAが形成される。また、窒素を供給する際の内圧の上昇により、内部筐体60の内部は外部の空間よりも陽圧に設定されている。
【0088】
上記構成によれば、内部筐体60の内側を乾燥窒素の雰囲気NAとすることで、変形例1と同様に凍結用基板22の表面の近傍の小範囲に雰囲気NAを形成することができる。更に、変形例2では、内部筐体60の内部は外部の空間よりも陽圧に設定されているため、内部筐体60の内部に外部の大気が侵入しない。このため、変形例1よりも更に乾燥窒素の使用量を低減させることができる。
【0089】
なお、変形例2では、内部筐体60のサイズを最小にするために内部筐体によって凍結用基板22の表面の一部を覆う構成としたが、凍結用基板22全体を収容できる内部筐体でもよい。この場合も、乾燥窒素の使用量を低減させるという点では同様の効果を得られる。
【0090】
(変形例3)
また、急速凍結後の試料の保存及び移動を容易にする方法として、図8に示す変形例3を急速凍結装置10に適用してもよい。この変形例では、凍結用基板22の表面に薄膜部70が形成されており、薄膜部70の表面に電界噴霧された液滴が付着する構成となっている。つまり、上記実施形態では、電界噴霧された液滴が直接凍結用基板22に付着するが、変形例3では、液滴が薄膜部70を介して凍結用基板22に間接的に付着する点に特徴がある。電界噴霧された液滴は、上述した通り、熱容量が限界に近い値まで小さくされているため、薄膜部70を介して間接的に凍結用基板22に付着した場合であっても、凍結速度をある程度向上させることができる。薄膜部70は、シート状部材で構成されてもよく、凍結用基板22の表面に材料をコーティングして形成してもよい。薄膜部の材質は、必要に応じて適宜設定することができるが、例えば、アルミニウム箔などの金属箔や、樹脂材料、又はカーボン材料などのシート状部材やコーティング剤を用いて薄膜部を形成することができる。
【0091】
上記構成によれば、試料の急速凍結が完了した後に、シート部材、又はコーティング材によるコーティング層のみを凍結用基板22から剥離させることで試料の保存及び移動を容易にすることができる。
【0092】
[第2実施形態]
以下、図9及び図10を用いて、第2実施形態に係る100について説明する。なお、前述した第1実施形態と同一構成部分については、同一番号を付してその説明を省略する。この第2実施形態に係る100では、凍結用基板22と針状部材32の間に引出電極102が配置されており、当該引出電極102が針状部材32の対極として作用する点に特徴がある。すなわち、引出電極102が、本開示における対極部材に相当する。
【0093】
図9に示されるように、引出電極102は金属製の板状部材とされており、装置上下方向を板厚方向として略水平に配置されている。なお、引出電極102の材質としては、導電性を有し、電極として作用するものであれば特に制限はない。
【0094】
引出電極102は、図示しないアームを介して支持柱14に固定されており、凍結用基板22の装置下方側において、凍結用基板22と針状部材32との間に配置されている。なお、凍結用基板22の下面22Aと針状部材32の先端との距離L1は、上記第1実施形態と同様に、一例として、5.0cm~10cm程度に設定されている。
【0095】
図10に示されるように、この引出電極102には、引出電極102を板厚方向に貫通する貫通孔104が設けられている。この貫通孔104は、エレクトロスプレー部30の針状部材32と同軸的に配置されており、針状部材32から電界噴霧された液滴を基板の下方側から上方側へ通過させるために設けられている。すなわち、針状部材32から引出電極102へ電界噴霧された液滴は、一部が貫通孔104を通過して凍結用基板22の下面22Aに付着し、急速凍結される。なお、貫通孔104の内径寸法は、針状部材32、引出電極102、凍結用基板22との相互距離、試料液の量、種類等を考慮して適宜設定することができる。本実施形態では、一例として、貫通孔104の内径寸法が1.0mm~10.0mm程度に設定されている。
【0096】
電源36から針状部材32に高電圧が印加されると、引出電極102が対極として作用するため、針状部材32と引出電極102との間電位差が生じる。この電位差によって、針状部材32と引出電極102の間に電界が発生し、静電気力によって針状部材32に充填された試料液を電界噴霧させる。
【0097】
ここで、引出電極102は凍結用基板22と針状部材32との間に配置されているため、第1実施形態の構成と比較して、対極間の距離L2が短く設定されている。なお、距離L2とは、引出電極102の下面102Aと針状部材32の先端との距離である。電界噴霧に必要な静電気力は対極間の距離に反比例するため、対極間の距離が近づくほど、小さな電位差で試料液を電界噴霧させることができる。本実施形態では、針状部材32と対極の引出電極102との距離L2が第1実施形態における距離L1よりも小さく設定されているため、第1実施形態よりも針状部材32に印加する電圧を小さくして電界噴霧することができる。なお、引出電極102と針状部材32との距離L2や、及び、引出電極102と針状部材32との間の電位差等は、試料液の量、種類、凍結用基板22と針状部材32との距離L1等を考慮して適宜設定することができる。
【0098】
本実施形態では、一例として、距離L2が0.5cm~2.0cm程度に設定されており、針状部材32と引出電極102との間の電位差が0.5~3.0kV程度となるように針状部材32に正の電圧が印加される。より具体的には、引出電極102がアースされており、電位差が0Vに保持されているため、電源36から針状部材32に+0.5~3.0kVの正の電圧が印加されている。なお、本開示は針状部材32に電圧を印加する構成に限らず、針状部材32をアースして、電源36から引出電極102に-3.0~-0.5kV の負の電圧を印加してもよい。
【0099】
(作用・効果)
上記構成の100は、基本的には第1実施形態における急速凍結装置10の構成を踏襲しているため、同様の作用及び効果を得ることができる。
【0100】
また、本実施形態では、凍結用基板22と針状部材32との間に引出電極102を配置して針状部材32の対極として作用させたため、対極間の距離L2を短くすることできる。これにより、電源36から針状部材32に印加される電圧を小さくしつつ、内部に充填された試料液を電界噴霧させることができる。その結果、試料の急速凍結に要する消費電力を抑制することができる。
【0101】
[補足事項]
上記各実施形態及び各種変形例は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更、組み合わせが可能である。
【0102】
また、上記各実施形態では、グローブボックスの内部の雰囲気を乾燥窒素を含む雰囲気NAとしたが、本開示はこれに限らない。例えば、グローブボックス12の内部を真空にしてもよい。この場合、内部を真空とすることにより、電界噴霧された各々の液滴が、断熱膨張される。この断熱膨張の過程によって系の温度が下がると、試料が急速に冷却される。これにより、乾燥窒素などを使用することなく、基板に付着した後の試料の凍結速度を向上させることができるという利点がある。
【0103】
また、上記各実施形態では、生理的食塩水を主成分とする培養液を試料液とし適用しているが、本開示はこれに限らない。例えば、試料液をリン酸緩衝液のみで構成してもよい。この場合、培養液よりもより細胞のイオン濃度に近い濃度のリン酸緩衝液を試料液とすることにより、細胞に与える負荷を低減させることができる。すなわち、溶液中の細胞は、細胞膜がイオンや水分のやり取りをしている。そのため、純水や非常にイオン濃度の高い液体を用いた場合、細胞内の成分に悪影響を及ぼす。逆に言えば、上記リン酸緩衝液のように細胞内と比較的イオン濃度の近い液体であれば、多少溶液の成分が変化しても細胞に大きな影響を与えず、負担を低減させることができる。また、例えば、上記実施形態の培養液に食塩水を添加してもよい。これにより、培養液の粘性が増し、電界噴霧を好適にするために培養液の表面張力を調整することができる。また、例えば、試料液に試料液の揮発性を高める揮発性物質を添加してもよい。この場合、試料液の揮発性が高まることにより、試料液の水分の蒸発をさらに促すことができる。
【0104】
また、上記各実施形態では、グローブボックス12の中に、凍結速度を向上させるために乾燥窒素の雰囲気を形成する構成としたが、本開示はこれに限らない。乾燥窒素に代えて、アルゴンやヘリウムガスの雰囲気としてもよく、同様の効果を得ることができる。
【0105】
また、上記各実施形態では、エレクトロスプレー部30を凍結用基板の装置下方側に配置したが、本開示はこれに限らない。エレクトロスプレー部30の一部又は、前部を凍結用基板22の装置上方側に配置してもよい。また、凍結用基板22の装置上方側に針状部材32を配置して、凍結用基板22の上方側から下方に向かって試料液を電界噴霧させてもよい。なお、この場合、第2実施形態では、凍結用基板22の装置上方側において、凍結用基板22と針状部材32との間に引出電極102が配置される構成となる。
さらに、本開示はこれに限らず、凍結用基板22と針状部材32が水平方向に沿って並ぶ構成としてもよい。すなわち、針状部材32が水平方向を軸方向として配置され、水平方向に沿って試料液が電界噴霧される。この場合、凍結用基板は、装置左右方向を板厚方向とする姿勢で配置される。
【0106】
また、上記各実施形態では、凍結用基板22を備える凍結部20とエレクトロスプレー部30とがグローブボックス12の内部に配置される構成としたが、本開示はこれに限らず、一部がグローブボックス12の外部に配置されてもよい。
【0107】
また、上記各実施形態では観察手段を光学顕微鏡50としたが、本開示はこれに限らない。各種観察機器を観察手段とすることができる。
【符号の説明】
【0108】
10 急速凍結装置
12 グローブボックス(筐体)
22 凍結用基板(対極部材)
30 エレクトロスプレー部
32 針状部材
50 光学顕微鏡(観察手段)
40 噴出部
60 内部筐体
100 急速凍結装置
102 引出電極(対極部材)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10