(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022186218
(43)【公開日】2022-12-15
(54)【発明の名称】マイクロチャンバ、マイクロチャンバ装置、及びマイクロチャンバの製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20221208BHJP
G01N 24/00 20060101ALI20221208BHJP
G01N 21/03 20060101ALI20221208BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20221208BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
G01N24/00 Z
G01N21/03 Z
G01N37/00 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021094329
(22)【出願日】2021-06-04
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 幸志
(72)【発明者】
【氏名】石川 豊史
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 明男
(72)【発明者】
【氏名】馬渡 康徳
【テーマコード(参考)】
2G043
2G057
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043BA16
2G043CA04
2G043DA05
2G043EA01
2G043FA02
2G043KA09
2G057AA04
2G057AB04
2G057BA03
(57)【要約】
【課題】高い空間分解能及び高い検出感度による反応検出を可能とする、マイクロチャンバ、マイクロチャンバ装置、及びマイクロチャンバの製造方法を提供する。
【解決手段】マイクロチャンバ101は、凹部1021が設けられるダイヤモンド基板102と、凹部1021の側面1022上に形成され、NV中心を有するダイヤモンド結晶層1031と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹部が設けられるダイヤモンド基板と、
前記凹部の側面上に形成され、NV中心を有するダイヤモンド結晶層と、
を備える、マイクロチャンバ。
【請求項2】
請求項1に記載のマイクロチャンバであって、
前記ダイヤモンド基板の主面上に形成され、NV中心を有するダイヤモンド結晶層、をさらに備え、
前記凹部の側面上に形成されるダイヤモンド結晶層におけるNV中心の面密度は、前記ダイヤモンド基板の主面上に形成されるダイヤモンド結晶層におけるNV中心の面密度よりも高い、マイクロチャンバ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のマイクロチャンバであって、
前記凹部の側面の面方位は、前記ダイヤモンド基板の主面の面方位と異なる、マイクロチャンバ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のマイクロチャンバであって、
前記凹部の側面上に形成される前記ダイヤモンド結晶層は、前記ダイヤモンド基板からホモエピタキシャル成長されたダイヤモンドを含む、マイクロチャンバ。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載のマイクロチャンバと、
前記凹部に連通し、前記ダイヤモンド基板の主面に形成される流路と、を備える、マイクロチャンバ装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載のマイクロチャンバである、第1マイクロチャンバと第2マイクロチャンバとを備え、
前記ダイヤモンド基板の平面視において、前記第1マイクロチャンバに形成された凹部の径は、前記第2マイクロチャンバに形成された凹部の径と異なる、マイクロチャンバ装置。
【請求項7】
ダイヤモンド基板に凹部を形成する工程と、
窒素を含む混合ガスを供給しつつ、前記ダイヤモンド基板上に、ダイヤモンド結晶層をホモエピタキシャル成長させる工程と、を含む、マイクロチャンバの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロチャンバ、マイクロチャンバ装置、及びマイクロチャンバの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種試験のための微量な試料を収容可能なマイクロチャンバを用いた分析システムが化学分析において用いられる。マイクロチャンバは、フェムトリットルからナノリットルの容量のオーダーで試料を収容することができる。これにより、マイクロチャンバは、高い反応速度を有する化学反応を可能とする。特許文献1には、細胞単位でのバイオアッセイの解析を行うためのマイクロチャンバーアレイ装置が示される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載のように、マイクロチャンバを用いた化学反応の測定においては、測定対象となる領域が微小であり、試料の絶対量が少なくなる。この場合、高感度に化学反応を測定することが求められる。マイクロチャンバにおける化学反応の測定には、例えば、ELISA(Enzyme Linked ImmunoSolubent Assay)や表面プラズモン共鳴が活用されている。これらの手法においては、光学的な測定方法が用いられるため、空間分解能及び検出感度が限られる。
【0005】
そこで、本発明は、高い空間分解能及び高い検出感度による反応検出を可能とする、マイクロチャンバ、マイクロチャンバ装置、及びマイクロチャンバの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明は、高い空間分解能及び高い検出感度による反応検出を可能とする、マイクロチャンバ、マイクロチャンバ装置、及びマイクロチャンバの製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
本発明の一態様に係るマイクロチャンバは、凹部が設けられるダイヤモンド基板と、凹部の側面上に形成され、NV中心を有するダイヤモンド結晶層と、を備える。
【0008】
NV中心は、例えば試料中の1分子の原子核スピンの磁場に反応する。NV中心を有するダイヤモンド結晶層を凹部に形成することによって、凹部内での化学反応による外部磁場の変化をスピンの変化として検出可能となる。検出方法には、例えば、核磁気共鳴(NMR)が使用される。これにより、高い空間分解能及び高い検出感度による反応検出が可能となる。
【0009】
上記態様のマイクロチャンバにおいて、ダイヤモンド基板の主面上に形成され、NV中心を有するダイヤモンド結晶層、をさらに備え、凹部の側面上に形成されるダイヤモンド結晶層におけるNV中心の面密度は、ダイヤモンド基板の主面上に形成されるダイヤモンド結晶層におけるNV中心の面密度よりも高くてもよい。
【0010】
これにより、化学反応が行われる凹部内により多くのNV中心が設けられ、凹部内の化学反応をより適切に行うことができる。
【0011】
上記態様のマイクロチャンバにおいて、側面の面方位はダイヤモンド基板の主面の面方位と異なってもよい。側面の面方位と主面の面方位とが異なることによって、凹部の側面上に形成されるダイヤモンド結晶層に、ダイヤモンド基板の主面上に形成されるダイヤモンド結晶層より多くのNV中心が含まれるように、ダイヤモンド結晶層が形成される。
【0012】
上記態様のマイクロチャンバにおいて、凹部の側面上に形成されるダイヤモンド結晶層は、ダイヤモンド基板からホモエピタキシャル成長されたダイヤモンドを含んでもよい。
【0013】
凹部の側面上に形成されるダイヤモンド結晶層をホモエピタキシャル成長させることによって、ダイヤモンド結晶層の厚さが適切に調整されつつ、ダイヤモンド結晶層の形成が可能となる。よって、マイクロチャンバの寸法が適切に調整可能となる。
【0014】
上記態様のマイクロチャンバ装置は、凹部に連通し、ダイヤモンド基板の主面に形成される流路を、さらに備えてもよい。これにより、流路を通じて試料をマイクロチャンバへ導入することが可能となり、マイクロチャンバ装置の利便性が向上する。
【0015】
また、本発明の他の態様に係るマイクロチャンバ装置は、上記態様のマイクロチャンバである、第1マイクロチャンバと第2マイクロチャンバとを備え、ダイヤモンド基板の平面視において、第1マイクロチャンバの径は、第2マイクロチャンバの径と異なる。
【0016】
第1マイクロチャンバの径と第2マイクロチャンバの径とが異なることによって、一つのダイヤモンド基板上に、異なる寸法のマイクロチャンバを形成することが可能となる。これにより、マイクロチャンバ装置において反応ごとに適切なマイクロチャンバが選択され得るようにできる。
【0017】
本発明の他の態様に係るマイクロチャンバ装置の製造方法は、ダイヤモンド基板に凹部を形成する工程と、窒素を含む混合ガスを供給しつつ、ダイヤモンド基板上に、ダイヤモンド結晶層をホモエピタキシャル成長させる工程と、を含む。
【0018】
この製造方法によって、NV中心を有するダイヤモンド結晶層が凹部の側面に形成され、上記態様に係るマイクロチャンバが製造される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高い空間分解能及び高い検出感度による反応検出を可能とする、マイクロチャンバ、マイクロチャンバ装置、及びマイクロチャンバの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本実施形態に係るマイクロチャンバの斜視図である。
【
図2】
図1のII-II断面における断面図である。
【
図3】本実施形態に係るマイクロチャンバの製造工程を説明する図である。
【
図4】本実施形態に係る製造工程によって製造されたマイクロチャンバの例である。
【
図5】本実施形態に係るマイクロチャンバにおけるNV中心の分布を説明する図である。
【
図6】本実施形態に係るマイクロチャンバにおけるNV中心の量子化軸について説明する図である。
【
図7】本実施形態に係る他の形状のマイクロチャンバの例である。
【
図8】本実施形態に係る他の形状のマイクロチャンバにおけるNV中心の分布を説明する図である。
【
図9】本実施形態に係るマイクロチャンバ装置の平面図である。
【
図10】本実施形態に係るマイクロチャンバ装置の一部の斜視図である。
【
図11】本実施形態に係るマイクロチャンバ装置の一部におけるNV中心の分布を説明する図である。
【
図12】本実施形態に係るマイクロチャンバ装置の一部におけるマイクロビーズの輸送例を示す図である。
【
図14】NV中心の配向軸を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、各図において、同一の符号を付したものは、同一又は同様の構成を有する。
【0022】
図1には、本実施形態に係るマイクロチャンバ101の模式図が示される。マイクロチャンバ101は、ダイヤモンド基板102及びダイヤモンド基板102上に設けられるダイヤモンド結晶層103によって形成される。マイクロチャンバ101は、ダイヤモンド基板102に形成された凹部1021の側面1022上に、ダイヤモンド結晶層103の一部であるダイヤモンド結晶層1031が形成されることによって形成される。マイクロチャンバ101は、一端が開放され、内部に物質を収容可能な空間を形成する。なお、ダイヤモンド結晶層103は、ダイヤモンド基板102の厚さに対して非常に薄い厚さであるが、説明のために、各図においてはダイヤモンド結晶層103の厚さは実際より大きく示されている。
【0023】
凹部1021の直径φは、使用目的に応じて種々変更可能であるが、例えば、1~500μmの範囲である。なお、この範囲はダイヤモンドのドライエッチングを使ったプロセス技術により形成可能な範囲であって、現在入手が可能な基板のサイズにおいて形成可能な範囲である。凹部1021の深さdも、使用目的に応じて種々変更可能であるが、例えば、0.3~10μmの範囲である。ダイヤモンド基板102の平面的な大きさは、形成する凹部1021の数や必要に応じて形成する流路の形態に応じて種々変更可能であるが、例えば、ダイヤモンド基板102が矩形の場合は2mm角~12mm角であり、円形の場合は直径12.5mmである。ダイヤモンド基板102の平面的な大きさは、典型的には3mm角である。ダイヤモンド基板102の厚みは、形成する凹部1021の深さdに応じて設定されるが、典型的には、0.05~1mmの範囲である。ダイヤモンド結晶層103の厚みは、5nm以上で500nm以下であることが好ましい。5nm以下の厚みだと、スピンを生じるNV中心の密度が低くて感度が下がり過ぎるからであり、500nm以上の厚みでは、異常に結晶粒子が成長したり、丘状の異常な起伏を生じたり、ステップバンチングを生じたりして、過大な結晶成長に起因するダイヤモンド結晶層103における結晶の不完全性が増加するためである。
【0024】
ダイヤモンド結晶層1031は、以下に説明するNV中心を有する。
図13には、NV中心の構造を説明するための構造図が示される。NV中心とは、炭素原子Cで構成されるダイヤモンド結晶の格子点の一つを窒素原子Nと、窒素原子Nに隣接する炭素原子の抜けによる空孔Vとによって形成される複合欠陥である。この複合欠陥は、
図13に概念を示すように、電子eを捕獲することができる。電子eは、量子状態(スピンs)を有する。NV中心は、所定波長の光、例えば、緑色のレーザ光を強く吸収し、他の所定波長の光、例えば、赤い蛍光を発する。NV中心からの蛍光の強度は、電子eのスピンsに応じて変化するという特徴を有する。
【0025】
図2を参照してマイクロチャンバ101の断面構造について説明する。マイクロチャンバ101は、ダイヤモンド基板102に直径φ、深さdの円筒状の凹部1021にダイヤモンド結晶層1031が形成されることによって形成される。マイクロチャンバ101は、側面1022上のダイヤモンド結晶層1031と底部に位置するダイヤモンド結晶層201とを有する。ダイヤモンド結晶層1031及びダイヤモンド結晶層201は、NV中心を有するダイヤモンド結晶層である。
【0026】
図3を参照して、マイクロチャンバ101の製造方法について説明する。当該製造方法は、以下の工程(a)~(g)により構成されている。
(a)まず、ダイヤモンド基板102上に、所定の成膜方法でSiO
2膜301を形成する。スパッタリング法を適用する場合には、スパッタリング装置を用いてスパッタリングする。スパッタ条件は、特に限定はないが、例えば、アルゴンガス流量が30sccm、圧力が0.5Pa、RF出力が100W、かつ基板の加熱無しという条件である。
【0027】
ここで、ダイヤモンド基板102として、例えば、単結晶IIa型(001)HPHTダイヤモンド基板が用いられる。また、ダイヤモンド基板102には、微細加工の擾乱要因となる基板表面の残留微小凹凸や物理的付着物を取り除くために、スカイフ研磨後にウエット洗浄(SPM: Sulfuric-acid and hydrogen-peroxide mixture)が事前に施されている。また、ダイヤモンド基板102は、最終工程時に使用する反応性イオンエッチング(RIE: Reactive Ion Etching)によるCF4/O2エッチングガスへの耐性を有している必要がある。
【0028】
(b)レジスト302を、スピンコーターを用いて、スピンコーティングする。
【0029】
(c)フォトリソグラフィー装置を用いて、レジスト302上にパターンを描画する。マイクロチャンバ101では、円形のパターンが描画される。すなわち、パターンを適用した露光処理により、円形の凹部1021の形状以外の領域のレジスト302を硬化させてから化学的に硬化していない領域のレジスト302を除去する。
【0030】
(d)パターニングされたレジスト302をマスクとして、SiO2膜301に対し物理的エッチングを行う。物理的エッチングに限定はないが、例えば、電子サイクロトロン共鳴(ECR: Electron Cyclotron Resonance)プラズマ装置を用いる。エッチング条件は、特に限定はないが、例えば、エッチングガスがアルゴンガスであり、アルゴンガス流量が6.4sccm、圧力が1mTorr、マイクロ波出力が400W、かつ基板の加熱無しという条件である。
【0031】
(e)パターニングされたSiO2膜301をマスクとして、ダイヤモンド基板102の物理的エッチングを行う。ダイヤモンド基板102の物理的エッチングには、限定はないが、例えば、ダイヤモンド基板102表面の残渣発生が抑制され、所望の平滑度が得られる、CF4/O2混合ガスによるRIE法が用いられる。この工程により、ダイヤモンド基板102の上面におけるダイヤモンド結晶の面方位と、側面1022におけるダイヤモンド結晶の面方位とが異なるダイヤモンド基板102が形成される。
【0032】
(f)フッ酸によりSiO2膜301を除去する。ここまでの工程によって、ダイヤモンド基板102に凹部1021が形成される。
【0033】
(g)ダイヤモンド基板102上にダイヤモンドをホモエピキャシタル成長させることで、ダイヤモンド結晶層103を形成する。ダイヤモンド結晶層103の形成工程は、所定の結晶成長法、例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical Vapor Deposition)法によって行われる。形成工程においては、原料ガスとして、限定はないが、例えば、マスフローコントローラにより流量制御されたCH4ガス、H2ガス、N2ガスによる混合ガスが用いられる。
【0034】
形成工程におけるダイヤモンド基板102の基板温度は、300℃~900℃の範囲であることが好ましい。基板温度は、750℃~850℃の範囲であるとより好ましい。例えば、基板温度は、800℃とすることができる。基板温度が750℃以下であると、結晶性の劣化とともにダイヤモンド結晶層103におけるNV中心の収率に減少傾向がある。基板温度が850℃以上であると、基板の変形や結晶に歪が発生しうるからである。なお、上記及び以降のパラメータの範囲は、マイクロ波出力、ガス流量及びガス圧力などのプラズマ条件とも関連して変動し得るものである。
【0035】
形成工程における原料ガス中の炭素(C)に対する窒素(N)の比N/Cは、1%~18%の範囲であることが好ましい。N/Cは、1%~2%であるとより好ましい。例えば、N/Cは、1.75%とすることができる。1%以下であると、十分な量の窒素原子が取り込まれずNV中心の面密度が低下するからであり、2%以上であると、ダイヤモンド結晶に取り込むべき必要十分な窒素原子の量を超えてしまい、ダイヤモンド結晶層103の所望位置におけるNV中心の形成の制御が難しくなるおそれがあるからである。ダイヤモンド層の結晶性を損なうおそれがあるからである。
【0036】
形成工程におけるダイヤモンド結晶層103の成長速度は、0.7nm/h~500nm/hの範囲であることが好ましい。成長速度は、200~300nm/hの範囲であるとより好ましい。成長速度が200nm/h以下であると、窒素の取込みが減少し、ダイヤモンド結晶層103におけるNV中心の収率が減少し得るからである。また、成長速度が300nm/h以上であると、ダイヤモンド結晶層103においてにNV中心以外に欠陥が形成されたり、ダイヤモンド結晶層103の成長モードに変化が生じたりし得るからである。
【0037】
形成工程におけるダイヤモンド結晶層103の成長量Lwは、原料ガスの供給時間によって調整することができる。例えば、原料ガスの供給時間に応じて、ダイヤモンド結晶層103の成長量Lwは、25nm~250nmの範囲で調整され得る。
【0038】
ダイヤモンド結晶層103の形成工程において、ダイヤモンド基板102からホモエピキャシタル成長して形成されるダイヤモンド結晶における炭素原子(C)が、原料ガス中の窒素原子(N)によって置き換えられることによって、NV中心を有するダイヤモンド結晶層103が形成される。
【0039】
図4には、
図3の工程を用いて形成されたマイクロチャンバ101の凹部1021の一例が示される。
図4では、マイクロチャンバ101は円筒状である。
図4の(a)から(d)までに示される凹部1021aから凹部1021dの直径φ及び深さdはそれぞれ(a)φ=10μm,d=0.8μm,(b)φ=8μm,d=0.7μm,(c)φ=6μm,d=1.5μm,(d)φ=2μm,d=1.5μmである。このようにフォトリソグラフィー法で用いるパターンを種々に変更して所望の形状の凹部を形成可能である。
【0040】
図5を参照して、マイクロチャンバ101におけるNV中心の分布について説明する。
図5は、マイクロチャンバにおけるNV中心の分布に対応する発光分布の可視化結果である。具体的には、直径φ=6μm,深さd=1.5μmの凹部1021に、成長量Lw=250nmのダイヤモンド結晶層1031が設けられるマイクロチャンバ101において発光分布を可視化した。
図5において1から4の矢印で示される各位置は、
図6に示すODMR(Optically Detected Magnetic Resonance:光検出磁気共鳴)の蛍光強度の測定点である。
【0041】
マイクロチャンバ101は、532nmの波長のレーザ光によって励起され、マイクロチャンバ101のNV中心からの発光が、光学フィルターにより約594nm~815nmの波長域にて選択され、可視化されている。発光強度(光子数)は、マイクロチャンバ101のダイヤモンド結晶層1031に相当する位置にて強い値を示している。これにより、マイクロチャンバ101では、側面1022に形成されたダイヤモンド結晶層1031に他の面より多くNV中心が分布していることが示される。なお、
図5に示される強度は、ダイヤモンド結晶層1031の深さ方向にわたるNV中心からの発光が合計されて計測される強度である。なお、
図5における計測結果から得られるNV密度と量子保持時間(T
2)は、それぞれ7~8×10
14cm
-3、36μsである。
【0042】
図6を参照して、ダイヤモンド結晶層1031におけるNV中心の配向軸(量子化軸)の傾向について説明する。
図6には、
図5において1から4の矢印で示される各点におけるODMR(光検出磁気共鳴)の蛍光強度である。
【0043】
図14に示す通り、一般的には、NV中心を有するダイヤモンド結晶において、空孔Vと窒素Nとを結ぶベクトルが取り得る方向は、<111>方向に対して4種類ある。
図14では便宜上、(a)から(d)に示されるそれぞれの空孔Vと窒素Nとを結ぶベクトルの方向を、NV
1、NV
2、NV
3、NV
4、とする。この場合、
図6のODMRの蛍光強度の変化から、(110)面を貫く[110]方向の静磁場を仮定した場合において、位置1及び位置3では、NV
1、NV
2が支配的であり、位置2及び位置4では、NV
3,NV
4が支配的であることが示される。すなわち、マイクロチャンバ101の特定の位置のダイヤモンド結晶層1031におけるNV中心の配向は場所により秩序性を有する。
【0044】
NV中心を使用したセンシングにおいて、最小磁気検出感度は、NV中心の数nに対して、1/√n倍されることで向上する。通常、センシングには4つの配向軸の1つのNV中心におけるスピンがセンシングに関与し、他のスピンからの信号はセンシングにおいてはバックグラウンドの信号となる。よって、NV中心をより高効率に高感度センサーとして使用する場合、結晶中のNV中心の配向軸の秩序度は高い方が好ましい。この点、マイクロチャンバ101はNV中心の配向が秩序性を有しており、マイクロチャンバ101を用いることで、マイクロチャンバ101内の化学反応に応じた信号検出を高感度に行うことが可能となる。
【0045】
本実施形態において、NV中心の秩序度が高くなる理由としては、マイクロチャンバ101においてダイヤモンド結晶層1031がホモエピタキシャル成長によって行われたことが挙げられる。ホモエピタキシャル成長においては、成長層は基板の結晶構造を反映して成長する。マイクロチャンバ101では、側面1022の結晶構造に基づいて、秩序度が高いNV中心を有するダイヤモンド結晶層1031が形成される。また、ダイヤモンド結晶層1031が、側面1022の結晶構造に基づいて成長することによって、特異的に側面1022上にNV中心を多く有するダイヤモンド結晶層1031を形成することができる。
【0046】
これにより、ダイヤモンド結晶層1031におけるNV中心の面密度は、ダイヤモンド基板102の主面1023上に形成されるダイヤモンド結晶層1032におけるNV中心の面密度より高くなる。また、ダイヤモンド結晶層1031におけるNV中心の面密度は、ダイヤモンド結晶層201におけるNV中心の面密度より高くなる。
【0047】
図7には、本実施形態に係る他の形状のマイクロチャンバ701の例が示される。マイクロチャンバ701は、平面視においてハニカム形状を有する。マイクロチャンバ701のそれぞれは、ダイヤモンド壁702によって互いに隔てられる。マイクロチャンバ701の幅wは、例えば6μmである。また、マイクロチャンバ701の深さは380nmである。このように、形状を調整することによって、マイクロチャンバが設けられる表面における濡れ性を調整することが可能になる。このようなハニカム形状のマイクロチャンバ701は、バイオアッセイシステム(マイクロ分析システム)に適する。
【0048】
図8には、
図5と同様に、マイクロチャンバ701からの発光が可視化される。
図7に示されるように、マイクロチャンバ701においても、ダイヤモンド壁702内部、すなわちマイクロチャンバ701の側面において、多くのNV中心が存在していることが示される。
【0049】
図9には、本実施形態に係るマイクロチャンバを有するマイクロチャンバ装置900の平面図が示される。マイクロチャンバ装置900は、試料導入部901、流路902、及びマイクロチャンバ903,904,905,906,907を有する。試料導入部901、流路902、及びマイクロチャンバ903,904,905,906,907は、マイクロチャンバ装置900の基板に形成された凹部である。マイクロチャンバ装置900は、ダイヤモンド基板102及びダイヤモンド結晶層103によって形成される。なお、マイクロチャンバ903,904,905,906,907の部分のみが、ダイヤモンド基板102及びダイヤモンド結晶層103によって形成され、他の部分は適切な他の部材によって形成されてもよい。
【0050】
マイクロチャンバ装置900では、試料導入部901に、例えば細胞を含む溶液などの試料を投入する。試料導入部901に投入された試料は、試料導入部901から延びる流路902を通じて、流路902の端部に設けられるマイクロチャンバ903,904,905,906,907に達する。
【0051】
マイクロチャンバ903,904,905は、互いに径が異なる。ここでは、マイクロチャンバの径として直径を用いる。マイクロチャンバの径は、例えば、各マイクロチャンバにおいて、側面の距離のうち最大のものを用いることができる。なお、マイクロチャンバ906,907はそれぞれマイクロチャンバ903,904と同じ径である。
【0052】
図10には、マイクロチャンバ904及び流路902の斜視図が示される。
図10に示されるように、マイクロチャンバ904では、凹部1021が流路902と連通することで、流路902を通じてマイクロチャンバ904に試料が導入可能となる。
【0053】
マイクロチャンバ904のように、
図1のマイクロチャンバ101のように凹部1021の全周が囲まれないように、側面1022上にダイヤモンド結晶層1031を設けてマイクロチャンバを形成してもよい。
【0054】
図11には、
図5と同様に、マイクロチャンバ904,905からの発光が可視化される。マイクロチャンバ904の直径は25μmであり、マイクロチャンバ905の直径は50μmである。
図11に示されるように、マイクロチャンバ904,905のいずれにおいても、側面1022上のダイヤモンド結晶層1031に多くのNV中心が存在していることが示される。
図11に示すように、各マイクロチャンバの近傍に、マイクロチャンバの直径を示す数字をパターニングしておけば、利用者に直感的にマイクロチャンバの形状を認識させることができる。
【0055】
図12には、にピコリットルの液体や1細胞・微粒子を輸送できるピコピペット等のガラスチップを使用し、試料導入部901からマイクロチャンバ905へ1つのマイクロビーズ1201を輸送した場合の光学顕微鏡画像である。このとき、流路902の深さは3.5μmとしている。マイクロビーズ1201は、マイクロチャンバ905内で拡散及び移動が制限される。マイクロビーズ1201はマイクロチャンバ905の側面に到達する。マイクロチャンバ905の側面にはNV中心が多く分布しているため、マイクロチャンバ905を用いて、マイクロビーズ1201による影響のNMR計測が可能となる。
【0056】
本実施形態において示された、NV中心を有するマイクロチャンバは、ファインケミカル、ライフサイエンス又はバイオサイエンスなどの化学分野における分析の一つである生物学的試験(バイオアッセイ)において、高感度かつ高分解能な反応計測を可能とする。
【0057】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。実施形態が備える各要素並びにその配置、材料、条件、形状及びサイズ等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。
【符号の説明】
【0058】
101,701,903,904,905,906,907…マイクロチャンバ、102…ダイヤモンド基板、1021,1021a,1021b,1021c,1021d…凹部、1022…側面、1023…主面、103、1031、1032、201…ダイヤモンド結晶層、900…マイクロチャンバ装置