(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022187352
(43)【公開日】2022-12-19
(54)【発明の名称】嗅覚受容体の阻害剤、消臭剤、消臭方法
(51)【国際特許分類】
A61L 9/01 20060101AFI20221212BHJP
A61K 8/35 20060101ALI20221212BHJP
A61K 8/49 20060101ALI20221212BHJP
A61K 8/46 20060101ALI20221212BHJP
A61K 8/34 20060101ALI20221212BHJP
A61K 8/37 20060101ALI20221212BHJP
A61Q 15/00 20060101ALI20221212BHJP
A61L 9/04 20060101ALI20221212BHJP
【FI】
A61L9/01 H
A61K8/35 ZNA
A61K8/49
A61K8/46
A61K8/34
A61K8/37
A61Q15/00
A61L9/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021095342
(22)【出願日】2021-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100220836
【弁理士】
【氏名又は名称】堂前 里史
(72)【発明者】
【氏名】江口 諒
(72)【発明者】
【氏名】田澤 寿明
(72)【発明者】
【氏名】福谷 洋介
(72)【発明者】
【氏名】阿部 雅司
【テーマコード(参考)】
4C083
4C180
【Fターム(参考)】
4C083AC211
4C083AC771
4C083AC841
4C083AD531
4C083CC17
4C083EE18
4C180AA03
4C180BB02
4C180BB03
4C180BB04
4C180BB11
4C180BB12
4C180BB13
4C180BB14
4C180CA04
4C180EB03X
4C180EB04X
4C180EB07X
4C180EB12X
4C180EB14X
(57)【要約】
【課題】実用的な消臭剤に適した嗅覚受容体の阻害剤;前記阻害剤を用いた消臭剤及び消臭方法を提供する。
【解決手段】OR2T11等の阻害剤は、α-イロン、フルフリルメチルジスルフィド、フルフリルメルカプタン、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオール、ゲラニオール、シトラール、リナリルアセテート、ターピニルアセテート、アセチルセドレン、δ-ダマスコン、フルフリルメチルスルフィド、チオゲラニオール、8-メルカプトメントン、ベンジルメルカプタン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-ダマスコン、β-ダマセノンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
OR2T11、及び、OR2T11と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり、
α-イロン、フルフリルメチルジスルフィド、フルフリルメルカプタン、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオール、ゲラニオール、シトラール、リナリルアセテート、ターピニルアセテート、アセチルセドレン、δ-ダマスコン、フルフリルメチルスルフィド、チオゲラニオール、8-メルカプトメントン、ベンジルメルカプタン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-ダマスコン、β-ダマセノンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、阻害剤。
【請求項2】
OR2T11、及び、OR2T11と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり、
ターピニルアセテート、アセチルセドレン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-イロン、フルフリルメチルスルフィド、フルフリルメチルジスルフィド、チオゲラニオール、ベンジルメルカプタン、フルフリルメルカプタン、α-ダマスコン、δ-ダマスコン、β-ダマスコン、8-メルカプトメントンおよび4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオールからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、阻害剤。
【請求項3】
OR2T1、及び、OR2T1と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり、
ベンジルアセテート、メチルベンゾエート、リナリルアセテート、メチルブチレート、α-ダマスコン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、β-ダマセノン、β-ダマスコン、アンドロステノンおよびジエチルサクシネートからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、阻害剤。
【請求項4】
OR2T6、及び、OR2T6と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり、
メチルベンゾエート、メチルブチレート、β-ダマセノンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、嗅覚受容体の阻害剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の阻害剤を含む、消臭剤。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の阻害剤を用いる、消臭方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嗅覚受容体の阻害剤、消臭剤、消臭方法に関する。
【背景技術】
【0002】
嗅覚は、嗅上皮の嗅神経細胞に存在する嗅覚受容体が匂い分子に応答することで認識されている。一の嗅覚受容体は複数の匂い分子に対して応答し得ること、また、一の匂い分子が複数の嗅覚受容体に結合して作用し得ることが知られている。
嗅覚受容体の匂い分子に対する応答に基づいて、悪臭の知覚を抑制することが提案されている。例えば、特許文献1、2では、OR4S2の脱感作を利用するメチルメルカプタン臭抑制剤が提案されている。当該メチルメルカプタン臭抑制剤は、OR4S2のアゴニストとして機能する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-10794号公報
【特許文献2】特開2020-10795号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1、2のメチルメルカプタン臭抑制剤は、受容体を脱感作させてメチルメルカプタン臭を抑制する。そのため、メチルメルカプタン臭等の含硫化合物臭を嗅ぐ前にメチルメルカプタン臭抑制剤を嗅覚受容体に対して事前に作用させる必要がある。
しかし、このメチルメルカプタン臭抑制剤を事前に、かつ、確実に作用させるためには、アゴニストが含硫化合物臭よりも高濃度で対象空間に存在する必要があり、消臭剤として実用的ではない。
そこで本発明は、実用的な消臭剤に適した嗅覚受容体の阻害剤;前記阻害剤を用いた消臭剤及び消臭方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、下記の態様を有する。
[1] OR2T11、及び、OR2T11と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり;α-イロン、フルフリルメチルジスルフィド、フルフリルメルカプタン、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオール、ゲラニオール、シトラール、リナリルアセテート、ターピニルアセテート、アセチルセドレン、δ-ダマスコン、フルフリルメチルスルフィド、チオゲラニオール、8-メルカプトメントン、ベンジルメルカプタン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-ダマスコン、β-ダマセノンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、阻害剤。
[2] OR2T11、及び、OR2T11と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり;ターピニルアセテート、アセチルセドレン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-イロン、フルフリルメチルスルフィド、フルフリルメチルジスルフィド、チオゲラニオール、ベンジルメルカプタン、フルフリルメルカプタン、α-ダマスコン、δ-ダマスコン、β-ダマスコン、8-メルカプトメントンおよび4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオールからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、阻害剤。
[3] OR2T1、及び、OR2T1と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり;ベンジルアセテート、メチルベンゾエート、リナリルアセテート、メチルブチレート、α-ダマスコン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、β-ダマセノン、β-ダマスコン、アンドロステノンおよびジエチルサクシネートからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、阻害剤。
[4] OR2T6、及び、OR2T6と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体の応答を抑制する阻害剤であり;メチルベンゾエート、メチルブチレート、β-ダマセノンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、嗅覚受容体の阻害剤。
[5] [1]~[4]のいずれかの阻害剤を含む、消臭剤。
[6] [1]~[4]のいずれかの阻害剤を用いる、消臭方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、実用的な消臭剤に適した嗅覚受容体の阻害剤;前記阻害剤を用いた消臭剤及び消臭方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】実施例において硫化水素に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した結果を示す図である。
【
図2】実施例においてメチルメルカプタンに対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した結果を示す図である。
【
図3】実施例においてメチルメルカプタンに対するOR2T11の応答を測定した結果を示す図である。
【
図4】実施例においてメチルメルカプタンに対するOR2T1の応答を測定した結果を示す図である。
【
図5】実施例においてメチルメルカプタンに対するOR2T6の応答を測定した結果を示す図である。
【
図7】官能試験1の採点結果の平均値を示すグラフである。
【
図8】官能試験2の採点結果の平均値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本明細書における以下の用語の意味は、下記の通りである。
「嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチド」とは、細胞膜上に発現可能なポリペプチドであって、匂い分子の結合によって細胞内のcAMP量を増加させるポリペプチドをいう。
「含硫化合物臭」とは、硫黄原子を分子内に含む化合物から生じる匂いを意味する。
「アゴニスト」とは、嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体の応答を活性化する化合物である。
「アンタゴニスト」とは、嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体のアゴニストによる活性化を阻害する化合物である。
「パーシャルアゴニスト」とは、アゴニストであって、当該アゴニストが結合する嗅覚受容体に相対的に弱く作用し、当該嗅覚受容体の応答を活性化する化合物である。
「インバースアゴニスト」とは、嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体の応答を不活化させる化合物である。すなわち、「インバースアゴニスト」は、不活性型受容体への親和性が高く、平衡を不活性型受容体優位の方向へずらし、細胞内シグナルの発生を抑制する。
本明細書および特許請求の範囲において数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。
【0009】
<嗅覚受容体の阻害剤>
一実施形態に係る阻害剤は、含硫化合物に対する嗅覚受容体の応答を抑制する。
一実施形態において嗅覚受容体は、OR2T11、OR2T1、OR2T6、OR2T11と同等の機能を有するポリペプチド、OR2T1と同等の機能を有するポリペプチド及びOR2T6と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上である。
【0010】
含硫化合物は、硫黄元素を分子内に含む化合物であれば特に限定されない。例えば、硫化水素、二酸化硫黄等の無機硫黄化合物;2-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール、3-メルカプト-2-メチル-1-ペンタノール、3-メルカプト-2-メチル-1-プロパノール、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール、3-メルカプト-1-ヘキサノール、3-メチル-3(2-メチルジスルファニル)-ブタン-1-オール、又は3-メルカプト-3-メチル-1-ヘキサノール等のスルファニルアルカノール;3-メルカプト-2-メチルペンタナール、1-メルカプト-3-ペンタノン、2-メルカプト-3-ペンタノン、3-メルカプト-3-ペンタノン、又は4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン等のスルファニルアルデヒド又はケトン;3-メチル-3-メルカプトブチルアセテート又は3-メチル-3-メルカプトブチルフォルメート等のスルファニルエステル;メチルメルカプタン、エチルメルカプタン、アリルメルカプタン、t-ブチルメルカプタン、2-メチルプロピルメルカプタン、1-メトキシヘプタン-3-チオール、4-メトキシ-2-メチルブタン-2-チオール、1-プロパンチオール、2-プロパンチオール、2-スルファニルエタノール、2-(メチルチオ)-2-プロパンチオール又は3-メルカプト-3-メチルブタン-1-オール等のチオール;メチルイソチオシアネート、エチルイソチオシアネート又はアリルイソチオシアネート等のイソチオシアネート;メチルチオメタン、メチルジチオメタン、メチルトリチオメタン、エチルチオエタン、エチルジチオエタン等のチオメタン、チオフェン、ジチオフェン、テルチオフェン、テトラヒドロチオフェン、2,5-ジメチルチオフェン、2-アセチルチオフェン等のチオフェン類;2-イソブチルチアゾール、2-アセチルチアゾール、4-エチル-5-プロピルチアゾール等のチアゾール;3,5-ジメチル-1,2,4-トリチオラン、1,2,4-トリチオラン、3-メチル-1,3,5-トリチオラン等のチオラン;チオグリコール酸;ジチオグリコール酸;メチル-2-プロペニルジスルフィド、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド、ジメチルトリスルフィド、ジアリルスルフィド、ジアリルジスルフィド、ジアリルトリスルフィド、ジアリルテトラスルフィド、チイラン、(1-メチルエチル)-チイラン、又はジフェニルジスルフィド等のスルフィド;アリシン;アリイン;アホエン;レンチオニン;システイン;グルタチオン;メチルチオメタン;チオ酢酸;チオ酢酸メチルからなる群から選ばれる少なくとも1種以上が挙げられる。
【0011】
(OR2T11の阻害剤)
OR2T11は、ヒト嗅覚受容細胞での発現が確認されている嗅覚受容体であり、Gene ID:127077としてGenBank(NCBI)に登録されている。OR2T11は、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
一実施形態において、OR2T11はOR2T11と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。OR2T11と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、OR2T1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0012】
例えば、含硫化合物がメチルメルカプタンである場合、OR2T11等の阻害剤は、α-イロン、フルフリルメチルジスルフィド、フルフリルメルカプタン、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオール、ゲラニオール、シトラール、リナリルアセテート、ターピニルアセテート、アセチルセドレン、δ-ダマスコン、フルフリルメチルスルフィド、チオゲラニオール、8-メルカプトメントン、ベンジルメルカプタン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-ダマスコン、β-ダマセノンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される。
【0013】
含硫化合物がメチルメルカプタンである場合、α-イロン、フルフリルメチルジスルフィド、フルフリルメルカプタン、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオールは、OR2T11等のパーシャルアゴニストである。
含硫化合物がメチルメルカプタンである場合、ゲラニオール、シトラール、リナリルアセテート、ターピニルアセテート、アセチルセドレン、δ-ダマスコン、フルフリルメチルスルフィド、チオゲラニオール、8-メルカプトメントン、ベンジルメルカプタンは、OR2T11等のアンタゴニストである。
含硫化合物がメチルメルカプタンである場合、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-ダマスコン、β-ダマセノン、β-ダマスコンは、OR2T11等のインバースアゴニストである。
【0014】
例えば、含硫化合物が硫化水素である場合、OR2T11等の阻害剤は、ターピニルアセテート、アセチルセドレン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-イロン、フルフリルメチルスルフィド、フルフリルメチルジスルフィド、チオゲラニオール、ベンジルメルカプタン、フルフリルメルカプタン、α-ダマスコン、δ-ダマスコン、β-ダマスコン、8-メルカプトメントンおよび4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオールからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される。
【0015】
含硫化合物が硫化水素である場合、ターピニルアセテート、アセチルセドレン、β-イオノン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、α-イロン、フルフリルメチルスルフィド、フルフリルメチルジスルフィド、チオゲラニオール、ベンジルメルカプタン、フルフリルメルカプタンは、OR2T11等のアンタゴニストである。
含硫化合物が硫化水素である場合、α-ダマスコン、δ-ダマスコン、β-ダマスコン、8-メルカプトメントン、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオールは、OR2T11等のインバースアゴニストである。
【0016】
(OR2T1の阻害剤)
OR2T1は、ヒト嗅覚受容細胞での発現が確認されている嗅覚受容体であり、Gene ID:26696としてGenBank(NCBI)に登録されている。OR2T1は、配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
一実施形態において、OR2T1はOR2T1と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。OR2T1と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、OR2T1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0017】
例えば、含硫化合物が硫化水素である場合、OR2T1等の阻害剤は、ベンジルアセテート、メチルベンゾエート、リナリルアセテート、メチルブチレート、α-ダマスコン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、β-ダマセノン、β-ダマスコン、アンドロステノンおよびジエチルサクシネートからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される。
【0018】
含硫化合物が硫化水素である場合、ベンジルアセテート、メチルベンゾエート、リナリルアセテート、メチルブチレート、α-ダマスコン、α-イオノン、α-イソメチルイオノン、β-ダマセノン、β-ダマスコン、アンドロステノン、ジエチルサクシネートは、OR2T1等のアンタゴニストである。
【0019】
(OR2T6の阻害剤)
OR2T6は、ヒト嗅覚受容細胞での発現が確認されている嗅覚受容体であり、Gene ID:254879としてGenBank(NCBI)に登録されている。OR2T6は、配列番号3のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
一実施形態において、OR2T6はOR2T6と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。OR2T6と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、OR2T6のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0020】
例えば、含硫化合物が硫化水素である場合、OR2T6等の阻害剤は、メチルベンゾエート、メチルブチレート、β-ダマセノンおよびβ-ダマスコンからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される。
含硫化合物が硫化水素である場合、メチルベンゾエート、メチルブチレート、β-ダマセノン、β-ダマスコンはOR2T6等のアンタゴニストである。
【0021】
(作用効果)
以上説明した一実施形態に係る嗅覚受容体の阻害剤は、嗅覚受容体のアンタゴニストとして機能する。そのため、含硫化合物臭を嗅ぐ前に嗅覚受容体に作用させる必要がなく、含硫化合物臭よりも高濃度で対象空間にアンタゴニストを存在させる必要もない。
したがって、一実施形態に係る嗅覚受容体の阻害剤は、消臭剤として実用的である。
【0022】
<消臭剤、消臭方法>
一実施形態によれば、上述の一実施形態に係る嗅覚受容体の阻害剤を含む消臭剤が提供される。一実施形態に係る消臭剤によれば、嗅覚受容体の阻害剤が嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体の含硫化合物臭に対する応答を抑制する。その結果、含硫化合物臭の知覚が阻害され、消臭効果が発揮される。
【0023】
一実施形態によれば、上述の一実施形態に係る嗅覚受容体の阻害剤を用いる消臭方法が提供される。一実施形態に係る消臭方法によれば、嗅覚受容体の阻害剤が嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体の含硫化合物臭に対する応答を抑制する。その結果、含硫化合物臭の知覚が阻害され、消臭効果が発揮される。
【0024】
一実施形態において、消臭剤は、嗅覚受容体のアンタゴニストからなる態様でもよく、組成物の態様でもよい。組成物の場合、嗅覚受容体のアンタゴニストは含硫化合物臭を抑制するための有効成分として組成物に含有される。組成物は、嗅覚受容体のアンタゴニストによる含硫化合物臭抑制作用が損なわれない範囲内であれば、嗅覚受容体のアンタゴニスト以外の他の成分をさらに含んでもよい。他の成分としては、例えば、消臭成分、防臭成分、芳香成分、添加剤が挙げられる。
【0025】
一実施形態によれば、嗅覚受容体のアンタゴニストを用いた含硫化合物臭の抑制方法が提供される。含硫化合物臭の抑制方法では、メチルメルカプタン臭の抑制対象(個体)に嗅覚受容体のアンタゴニストを適用する。嗅覚受容体のアンタゴニストの適用は、組成物は、嗅覚受容体のアンタゴニストによる含硫化合物臭抑制作用が損なわれない範囲内であれば、抑制対象が含硫化合物にさらされる前でもよく、抑制対象が含硫化合物にさらされる後でもよく、抑制対象が含硫化合物にさらされるのと同時でもよい。
【0026】
一実施形態においては、含硫化合物臭の抑制対象が含硫化合物にさらされる前に、消臭剤を嗅覚受容体のアンタゴニストとして適用される。適用された嗅覚受容体のアンタゴニストは、抑制対象の嗅覚受容体の応答を阻害する。その結果、抑制対象が含硫化合物にさらされても、含硫化合物に対する嗅覚受容体の応答が抑制され、含硫化合物臭の知覚が抑制される。
消臭剤は、含硫化合物臭の抑制対象に携行されてもよく、含硫化合物臭が発生し得る空間に静置されてもよく、含硫化合物臭が発生し得る物質と混合されてもよい。
【0027】
含硫化合物臭の抑制対象(個体)は、特に限定されない。例えば、パーマネント剤の悪臭の低減を望む者;人間及び動物の糞便臭の低減を望む者;家庭、病棟、介護施設等で排泄処置に従事し得る者;人間及び動物の排泄物の処理、清掃に従事する者;排水管、汚水処理施設の点検、清掃又は工事に従事する者等が挙げられる。抑制対象は、特に限定されないが、ヒトが好ましい。
含硫化合物臭が発生し得る空間、物質としては、例えば、人間及び動物用のトイレ;医療施設、介護施設の排泄物処理;紙おむつ、生理用品;パーマネント剤;パーマネント剤を用いる美容室等;肌着、下着、マスク、フェイスシールド、リネン類等の服飾類、布製品、織物;洗濯用洗剤、柔軟剤;香粧品、洗浄剤、デオドラント等の外用剤、医薬品;食品等;冷蔵庫内;生ゴミ等の廃棄物;含硫化合物臭が発生する製品の製造設備等が挙げられる。ただし、消臭剤、消臭方法の適用はこれら例示には何ら限定されない。
【実施例0028】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0029】
<ヒト嗅覚受容体発現細胞の調製>
(pCI-ヒト嗅覚受容体ベクター、pCI-ヒトRTP1Sベクター)
GenBankに登録されている配列情報を基に、表1、2に記載のヒト嗅覚受容体をコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA Human mixed(G3041:Promega)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpCIベクター(Invitrogen)に製品プロトコルにしたがって組み込んだ。具体的には、pCIベクター上に存在するNheI制限酵素サイト、BamHI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列が組み込み、その下流のMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列の下流に嗅覚受容体遺伝子を組み込んだ。次いで、ヒトRTP1Sをコードする遺伝子をpCIベクターのMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトへ組み込んだ。
【0030】
【0031】
【0032】
(嗅覚受容体発現細胞)
Hana3A細胞を50%コンフルエントになるように96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)で培養した。表3に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(コーニング BioCoat)の各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO2雰囲気で保持したインキュベータ内で24時間培養し、ヒト嗅覚受容体392種のそれぞれを発現させたHana3A細胞を調製した。
【0033】
【0034】
<含硫化合物>
以下の匂い物質を含硫化合物として使用した。
・メチルメルカプタン(2%ガス/窒素)(相互産業株式会社)
・硫化水素(1.5%ガス/窒素)(相互産業株式会社)
【0035】
<Glo Sensorアッセイ>
嗅覚受容体の応答の測定には、Glo Sensorアッセイを行った。Hana3A細胞に発現した嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsと共役しアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値として測定し、嗅覚受容体の応答を測定した。
ルシフェラーゼの活性測定には、Glo Sensor cAMP Reagent(Promega)を用い、製品プロトコルにしたがって測定を行った。各種刺激条件について、臭気刺激前のルシフェラーゼ由来の発光値に対して、臭気刺激後のルシフェラーゼ由来の発光値で除した値、(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を算出した。匂い物質の刺激により誘導された(刺激後の発光値)/(刺激前の発光値)を応答強度の測定値とした。
【0036】
<含硫化合物に応答する嗅覚受容体の探索>
(OR2T11、OR2T1、OR2T6の同定)
嗅覚受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGlo Sensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2.5~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した後、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてメチルメルカプタンガス又は硫化水素ガスを気相終濃度が所定の値になるようにシリンジで注入した。10分間、嗅覚受容体発現細胞と悪臭分子を接触させ、その後、Glo Sensorアッセイを行い、悪臭分子に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した。結果を
図1、2に示す。
【0037】
結果は、銅イオン存在下での各受容体発現細胞における、匂い刺激なしの条件での応答強度を1としたときの、匂い刺激に対する相対応答強度で表す(
図1、2)。
392種類の嗅覚受容体それぞれを発現させた細胞について、銅イオン存在下で悪臭分子に対する応答を測定した結果、メチルメルカプタンに対して最も高い応答性を示した嗅覚受容体としてOR2T11が同定された。他にも、メチルメルカプタンに対して応答性を示した嗅覚受容体としてOR2T1が同定された。硫化水素に対しては最も最も高い応答性を示した嗅覚受容体としてOR2T11が同定された。他にも、硫化水素に対して応答性を示した嗅覚受容体としてOR2T1、OR2T6が同定された。
【0038】
(OR2T11、OR2T1、OR2T6の応答の含硫化合物に対する濃度依存性)
異なる濃度のメチルメルカプタンに対するOR2T11、OR2T1、OR2T6の応答を測定した。結果を
図3、4、5に示す。
結果、OR2T11及びOR2T1はメチルメルカプタン濃度依存的な応答を示し、メチルメルカプタン受容体であることが確認された。このうち、OR2T11が最も応答性が高くメチルメルカプタンに特に高感度な受容体であることが分かった(
図3、4、5)。
【0039】
<試験物質>
試験物質(Compounds)として105種の化合物をGlo Sensor Bufferで希釈し、200μM(終濃度100μM)になるよう調製した。
【0040】
<OR2T11の阻害剤>
OR2T11発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGlo Sensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を2.5~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。その後、Glo Sensorアッセイを行い、試験物質を添加する前の嗅覚受容体の応答強度を測定し、基準データを得た。次いで、96ウェルプレートの各ウェルに試験物質を25μL添加し、10分後にGlo Sensorアッセイを行い、試験物質に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定し、試験データを得た。
その後、5Lのフレックサンプラーバッグ内に96ウェルプレートと空気循環用のファンを入れ純空気で満たした。最後に悪臭分子としてメチルメルカプタンを気相終濃度が所定の値になるようにシリンジで注入した。10分間、嗅覚受容体発現細胞と悪臭分子を接触させ、その後、Glo Sensorアッセイを行い、悪臭分子に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した。
応答強度の測定の結果、OR2T11の阻害剤が同定された。OR2T11の阻害剤の応答強度の測定結果を表4に示す。
【0041】
【0042】
表4に示すように、これらの阻害剤はOR2T11のメチルメルカプタンに対する応答を抑制した。
【0043】
次に、含硫化合物を硫化水素に変更し、OR2T11の阻害剤を同様に同定した。その応答強度の測定結果を表5に示す。
【0044】
【0045】
表5に示すように、これらの阻害剤はOR2T11のメチルメルカプタンに対する応答を抑制した。
【0046】
<OR2T1の阻害剤>
OR2T1発現細胞の培養物を用い、含硫化合物として硫化水素を用いた以外は同様にしてOR2T1の阻害剤を同定した。その応答強度の測定結果を表6に示す。
【0047】
【0048】
表6に示すように、これらの阻害剤はOR2T1の硫化水素に対する応答を抑制した。
【0049】
<OR2T6の阻害剤>
OR2T6発現細胞の培養物を用い、含硫化合物として硫化水素を用いた以外は同様にしてOR2T6の阻害剤を同定した。その応答強度の測定結果を表7に示す。
【0050】
【0051】
表7に示すように、これらの阻害剤はOR2T1の硫化水素に対する応答を抑制した。
【0052】
<官能試験1>
(試験サンプル)
以下の試験サンプルを使用し、メチルメルカプタン臭の消臭効果を試験した。
・β-ダマスコン
・δ-ダマスコン
・Iso E super(合成香料、Tetramethyl Acetyloctahydronaphthalenes)
【0053】
(試験内容)
官能試験1は12名の評価者で行った。まず、試験サンプル0.5mLをろ紙に染み込ませ、ファンと一緒に10Lバッグに封入し、1時間以上室温で放置し、飽和かおり空気を調製し、飽和かおり空気を容積3Lの匂い袋1に移し替えた。一方、容積3Lの別の匂い袋2を準備し、無臭空気で満たした。その後、気体のメチルメルカプタン(2%ガス/窒素)0.5mLを匂い袋1、2のそれぞれに注入し、「無臭空気+悪臭」の袋、「かおり空気+悪臭」の袋を作製した。
図6に示すように、δ-ダマスコン、Iso E super、β-ダマスコンの順に評価者にメチルメルカプタン臭と試験サンプルの香りとを同時に提示した。各評価者は、下記の基準にしたがって、「快・不快度」、「悪臭強度」の2項目を採点した。
12名分の採点結果の平均値を
図7、表8に示す。
【0054】
「快・不快度」
次の評価基準で+4点から-4点まで1点刻みの9段階で評価した。
+4:極端に快適である;
+3:非常に快適である;
+2:快適である;
+1:やや快適である;
0:快適でも不快でもない;
-1:やや不快である;
-2:不快である;
-3:非常に不快である;
-4:極端に不快である。
【0055】
「悪臭強度」
次の評価基準で+5点から0点まで1点刻みの6段階で評価した。
+5:強烈;
+4:強い;
+3:らくに感知できる;
+2:弱い;
+1:やっと感知できる;
0:無臭。
【0056】
【0057】
本実施例では、芳香消臭脱臭剤協議会の定める感覚的消臭試験の基準を採用した。芳香消臭脱臭剤協議会では悪臭強度又は快・不快度が1以上下がった場合を「消臭効果あり」としている。
官能試験1の結果から、β-ダマスコン、δ-ダマスコンはIso E superより優れた消臭効果を示した。このことから、β-ダマスコン、δ-ダマスコンはメチルメルカプタン臭の消臭剤として有用であると期待された。また、β-ダマスコンはδ-ダマスコンより優れた消臭性能を発揮することが期待された。
【0058】
<官能試験2>
(試験サンプル)
以下の試験サンプルを使用した。
・パラフィン(ブランク)
・β-イオノン
・Iso E super(合成香料、Tetramethyl Acetyloctahydronaphthalenes)
【0059】
(試験内容)
官能試験2は7名の評価者で行った。まず、試験サンプル500μLを染み込ませた綿球を容積15mLの褐色瓶に封入した。また、3Lの匂い袋3を無臭空気で満たし、メチルメルカプタン(2%ガス/窒素)を1.5mL加えた。
各評価者には、パラフィンを封入した褐色瓶から瓶口で試験サンプルの匂いを10回、深く吸引させた。その直後、匂い袋3内の臭気を嗅がせ、悪臭強度を回答させ、官能試験1と同様の採点基準により6段階で評価させた。
パラフィンの次に、Iso E super、β-イオノンについてこの順に同様に悪臭強度を各評価者に評価させた。アンタゴニストによる阻害効果の継続時間が不明であったことから、パラフィン、Iso E super、β-イオノンの順に評価させた。
ここで、心理バイアスの影響を考慮し、同じ濃度の匂い袋3を3つ用意し、各サンプルの後に異なる匂い袋を使用させた。
7名分の採点結果の平均値を
図8、表9に示す。
【0060】
【0061】
官能試験2の結果から、β-イオノンがメチルメルカプタン臭の消臭剤として有用であると期待された。