(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022187406
(43)【公開日】2022-12-19
(54)【発明の名称】脂質二重膜形成器具の製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 19/00 20060101AFI20221212BHJP
【FI】
B01J19/00 K
B01J19/00 321
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021095432
(22)【出願日】2021-06-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「嗅覚受容体を活用したバイオハイブリッド匂いセンサ」 委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
(72)【発明者】
【氏名】森本 雄矢
(72)【発明者】
【氏名】大岸 憲人
(72)【発明者】
【氏名】大崎 寿久
【テーマコード(参考)】
4G075
【Fターム(参考)】
4G075AA24
4G075AA39
4G075BD15
4G075BD26
4G075DA02
4G075DA18
4G075EB50
4G075EC09
4G075FA01
4G075FA05
4G075FA12
4G075FA20
4G075FB04
4G075FB12
(57)【要約】
【課題】ダブルウェルチャンバーのような脂質二重膜形成器具を、簡単に製造することができる、脂質二重膜形成器具の製造方法を提供すること。
【解決手段】脂質二重膜形成器具の製造方法は、基板と、該基板に形成された2個のウェルであって、一部が接触するように隣接して配置された2個のウェルと、該2個のウェルの接触部分に配置され、該2個のウェルを隔てる隔壁であって、貫通孔が設けられた隔壁とを具備する脂質二重膜形成器具を、形成された脂質二重膜形成器具の表面粗さが10nm~500nmの範囲となる樹脂を原材料として用いる光造形法により、前記樹脂で一体的に形成することを含む。形成された脂質二重膜形成器具の表面の、水に対する接触角が60°~110°である、
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、該基板に形成された2個のウェルであって、一部が接触するように隣接して配置された2個のウェルと、該2個のウェルの接触部分に配置され、該2個のウェルを隔てる隔壁であって、貫通孔が設けられた隔壁とを具備する脂質二重膜形成器具を、形成された脂質二重膜形成器具の表面粗さが10nm~500nmの範囲となる樹脂を原材料として用いる光造形法により、前記樹脂で一体的に形成することを含み、形成された脂質二重膜形成器具の表面の、水に対する接触角が60°~110°である、脂質二重膜形成器具の製造方法。
【請求項2】
形成された脂質二重膜形成器具の表面粗さが100nm~400nmの範囲にある、請求項1記載の方法。
【請求項3】
脂質二重膜形成器具を形成後、脂質二重膜形成器具の表面に疎水性コーティングを行うことを含む請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記脂質二重膜形成器具は、前記基板中に、前記ウェルの少なくとも一方に連通するマイクロ流路をさらに具備する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記2個のウェルと、前記隔壁とを具備するユニットが、1枚の基板内に複数個設けられている、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
基板と、該基板に形成された2個のウェルであって、一部が接触するように隣接して配置された2個のウェルと、該2個のウェルの接触部分に配置され、該2個のウェルを隔てる隔壁であって、貫通孔が設けられた隔壁とを具備する脂質二重膜形成器具であって、表面粗さが10nm~500nmの範囲にある樹脂から成り、表面の、水に対する接触角が60°~110°である、脂質二重膜形成器具。
【請求項7】
前記基板中に、前記ウェルの少なくとも一方に連通するマイクロ流路をさらに具備する、請求項6に記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項8】
前記2個のウェルと、前記隔壁とを具備するユニットが、1枚の基板内に複数個設けられている、請求項6又は7に記載の脂質二重膜形成器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質二重膜形成器具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物を構成する細胞や、細胞内に存在するミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体等の各種オルガネラ、細胞核等は、外側が生体膜で覆われており、この生体膜は、基本的に脂質二重膜から構成されている。生理活性を有する様々なタンパク質、すなわち、レセプターや酵素等がこの脂質二重膜を貫通する形で脂質二重膜上に保持されている。これらの膜貫通タンパク質は、生体内で重要な役割を果たしている。特に、細胞膜上に存在する各種レセプターは、生体内に存在するリガンドと結合することにより、様々な生理学的反応を引き起こす引き金になることがわかっている。このため、レセプターの機能を亢進する各種リガンドや、レセプターの機能を阻害する阻害剤等が医薬品として用いられており、また、新たな医薬品として利用可能な天然又は人工のリガンドや阻害剤が研究されている。また、嗅覚レセプターを脂質二重膜に保持して臭気センサーを開発する研究も行われている。
【0003】
これらの膜貫通タンパク質や、そのリガンド、阻害剤、又は臭気センサー等を開発するためには、生体内と同じ状態、すなわち、膜貫通タンパク質が生体膜に保持された状態で各種測定を行うことが望まれる。従来より、脂質二重膜の形成方法自体は周知であり、液滴接触法、刷毛塗り法、吹き付け法及び貼り合わせ法が知られている。これらのうち、脂質二重膜形成操作が簡便で、かつ、脂質二重膜形成後の測定操作も簡便に行うことができる、液滴接触法が広く用いられている。液滴接触法では、例えば、浅い円筒状の凹部(ウェル)を2個隣接して配置し、かつ、2個のウェルが互いに接する境界部分を空隙(一辺数mm程度)とし、この空隙を、貫通孔を有する隔壁で塞いだダブルウェルチャンバー(以下、「DWC」と呼ぶことがある)を用いる方法が知られている。この方法は、このDWCの各ウェルに脂質溶液を充填し、次いで、各ウェルに水系緩衝液を添加して脂質溶液中に緩衝液の液滴を形成させると、ウェルの境界部分(貫通孔の部分)で脂質溶液と緩衝液との界面が形成され、この部分に脂質二重膜が形成されることを利用するものである(特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-81405号公報
【特許文献2】特開2015-077559号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kawano, et al., PLOS ONE, 9, 7, e102427, (2014)
【非特許文献2】Tsuji, et al., Lab on a Chip, 13, 1476-1481, (2013)
【非特許文献3】Yamada, et al., Science Advances, 7, eabd2013, (2021)
【非特許文献4】小宮ら, ファルマシア, 55, 5, (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、DWCは、ドリルを用いてプラスチック製の基板にウェルを形成し、別途作製した隔壁を、2個のウェルの境界部分に接着剤等で貼り付けることにより製造されている。これらは手作業であり、手間と時間がかかる。
【0007】
本発明の目的は、DWCのような脂質二重膜形成器具を、簡単に製造することができる、脂質二重膜形成器具の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、光造形法により、樹脂を原材料として、脂質二重膜形成器具を一体的に形成することが可能であることを見出し、かつ、光造形法により製造した脂質二重膜形成器具を用いて高効率に再現性良く脂質二重膜を形成することができることを実験的に確認して本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
【0010】
(1) 基板と、該基板に形成された2個のウェルであって、一部が接触するように隣接して配置された2個のウェルと、該2個のウェルの接触部分に配置され、該2個のウェルを隔てる隔壁であって、貫通孔が設けられた隔壁とを具備する脂質二重膜形成器具を、形成された脂質二重膜形成器具の表面粗さが10nm~500nmの範囲となる樹脂を原材料として用いる光造形法により、前記樹脂で一体的に形成することを含み、形成された脂質二重膜形成器具の表面の、水に対する接触角が60°~110°である、脂質二重膜形成器具の製造方法。
(2) 形成された脂質二重膜形成器具の表面粗さが100nm~400nmの範囲にある、(1)記載の方法。
(3) 脂質二重膜形成器具を形成後、脂質二重膜形成器具の表面に疎水性コーティングを行うことを含む(1)又は(2)記載の方法。
(4) 前記脂質二重膜形成器具は、前記基板中に、前記ウェルの少なくとも一方に連通するマイクロ流路をさらに具備する、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 前記2個のウェルと、前記隔壁とを具備するユニットが、1枚の基板内に複数個設けられている、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6) 基板と、該基板に形成された2個のウェルであって、一部が接触するように隣接して配置された2個のウェルと、該2個のウェルの接触部分に配置され、該2個のウェルを隔てる隔壁であって、貫通孔が設けられた隔壁とを具備する脂質二重膜形成器具であって、表面粗さが10nm~500nmの範囲にある樹脂から成り、表面の、水に対する接触角が60°~110°である、脂質二重膜形成器具。
(7) 前記基板中に、前記ウェルの少なくとも一方に連通するマイクロ流路をさらに具備する、(7)に記載の脂質二重膜形成器具。
(8) 前記2個のウェルと、前記隔壁とを具備するユニットが、1枚の基板内に複数個設けられている、(6)又は(7)に記載の脂質二重膜形成器具。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高効率で再現性良く脂質二重膜を形成することができる脂質二重膜形成器具を簡単に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】脂質二重膜形成器具である公知のDWCを模式的に示す図である。
【
図2】下記実施例において、光造形した脂質二重膜形成器具の (a)寸法、 (b)全体写真、(c)チップ上面図、および隔壁正面図の拡大写真を示す。寸法の単位はmm。撮影した器具では隔壁厚さ(W)は200μm、貫通孔の直径(D)は800μm。
【
図3】下記実施例で作製した脂質二重膜形成器具で計測したα-ヘモリシンの電気信号を示す図である。
【
図4】下記実施例で作製した脂質二重膜形成器具の材料(造形機, および表面コート) と, 脂質二重膜形成成功率の関係を示す図である。
【
図5】下記実施例で作製した、(a)マイクロ流路組み込み脂質二重膜形成器具、 (b)アレイ化脂質二重膜形成器具を示す図である。寸法の単位はmm。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の方法により製造される脂質二重膜形成器具は、基板と、該基板に形成された2個のウェルであって、一部が接触するように隣接して配置された2個のウェルと、該2個のウェルの接触部分に配置され、該2個のウェルを隔てる隔壁であって、貫通孔が設けられた隔壁とを具備するものである。このような脂質二重膜形成器具自体は周知であり、例えば、特許文献1及び特許文献2に記載されている、DWCを挙げることができる。
【0014】
周知のDWCの一具体例の模式図を
図1に示す。
図1の(a)は平面図であり、(b)は(a)中のb-b'線切断部端面図である。なお、
図1は、発明の理解のためにDWCを模式的に示すものであり、各構成要素の寸法比率は実物とは大きく異なる。
【0015】
図1に模式的に示す具体例では、基板10中に、2つのウェル14及び16が形成され、それらの境界が隔壁12により隔てられている。隔壁12には、貫通孔18(
図1の(b)参照)が設けられている。
図1に示す例では、ウェルの平面形状が基本的に円形であり、2つの円が接する境界部分のみが直線状になっているが、ウェルの形状は限定されるものではなく、上記範囲の孔径の貫通孔を有する隔壁によって隔てられていれば、他の形状でも問題はない。ウェルのサイズは、特に限定されないが、水又は水溶液の液滴を脂質溶液中に形成した際に脂質溶液が液滴によって圧迫されやすくなるように孔径が2mm~8mm程度、さらに好ましくは3mm~5mm程度、深さは孔径の50%~200%、さらに好ましくは50%~100%程度が好ましいが、この範囲よりも大きくても小さくてもよい。隔壁に設けられた貫通孔の数は1個でも複数個でもよく、通常、1個~10個程度、好ましくは1個~6個程度である。貫通孔が複数存在する場合には、必ずしも全ての貫通孔において脂質二重膜が形成されるわけではなく、脂質溶液が液滴によって強く圧迫される貫通孔においてのみ脂質二重膜が形成される。隔壁に設けられている貫通孔の直径は、通常、400μm~1600μm程度、隔壁の厚さは、通常40~200μm程度である。
【0016】
なお、本発明の製造方法によれば、2個のウェルの少なくとも一方、好ましくは両方のウェルにそれぞれ連通するマイクロ流路をさらに具備する脂質二重膜形成器具を製造することも可能である。さらに、1回の光造形処理で、1枚の基板内に、DWCを複数個形成することも可能である。
【0017】
本発明の方法では、このようなDWC等の脂質二重膜形成器具を、光造形法により製造する。光造形法は、光硬化樹脂を紫外線レーザーや類似の光源で硬化することによってスケールモデルやプロトタイプやパターンを作製する方法であり、市販の光造形機(一種の3Dプリンター)に採用されている方法である。光造形法自体は周知であり、光造形法を採用した光造形機も市販されているので、市販の光造形機を用いて容易に行うことができる。
【0018】
光造形法に使用する光硬化性樹脂としては、形成された脂質二重膜形成器具の表面粗さが10nm~500nmの範囲となるもの、好ましくは100nm~400nmの範囲となるものを用いる。表面粗さをこの範囲に設定することにより、脂質二重膜を高効率で再現性良く形成することが可能になる。なお、本発明において、表面粗さは、算術平均表面粗さを意味する。このような樹脂としては、セラミック樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂等を挙げることができるが、表面粗さが上記範囲内となる他の光硬化樹脂を用いることもできる。これらの光硬化樹脂は、市販の光造形機に付属して販売されているので、市販品を用いることができる。このような光硬化樹脂を採用した市販の光造形機としては、DigitalWax 028J, 樹脂:Therma DM210 (DWS社)、microArch S140, 樹脂:BMF HTL Resin (Boston Micro Fabrication社)、Perfactory, 樹脂:R11 (envisionTEC社)等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。脂質二重膜形成器具の設計図は、一般的な市販のCADソフトウェアにより作成することができ、CADソフトウェアを用いて出力したファイルを光造形機の制御ソフトウェアに入力し、原材料となる光硬化樹脂を装填して光造形法を実施することができる。
【0019】
脂質二重膜形成器具を形成後、脂質二重膜形成器具の表面に疎水性コーティングを行うことが好ましい。疎水性コーティングを行うことにより、脂質二重膜をより効率良く、再現性をもって形成することが可能になる。疎水性コーティングとしては、フッ化アクリル系樹脂や、パラキシリレン系ポリマー(パリレン等)をコーティングするものが好ましい。疎水性コーティングは、疎水性コーティング後の面と水の接触角が60°~110°となるものが好ましい。これらの疎水性コーティング剤は、市販されているので、市販品を好ましく用いることができる。なお、疎水性コーティングを行わなくても、水との接触角がこの範囲となる光硬化性樹脂を原料として用いる場合には、疎水性コーティングは不要である。
【0020】
本願発明は、上記本願発明の方法により製造された装置をも提供する。すなわち、本発明は、基板と、該基板に形成された2個のウェルであって、一部が接触するように隣接して配置された2個のウェルと、該2個のウェルの接触部分に配置され、該2個のウェルを隔てる隔壁であって、貫通孔が設けられた隔壁とを具備する脂質二重膜形成器具であって、表面粗さが10nm~500nmの範囲にある樹脂から成り、表面の、水に対する接触角が60°~110°である、脂質二重膜形成器具をも提供する。
【0021】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例0022】
図1に模式的に示すDWCを基板内に設けたチップを光造形法により製造した。ウェルの直径は2.2~4mm、深さは2~3mm、隔壁の厚さは40μm~200μm、貫通孔の直径は400μm~1600μmであった。また、各ウェルの底部には、電気的な計測を可能にするため、銀-塩化銀電極を配置した。この脂質二重膜形成器具は、ウェルと隔壁が一工程で一体成形されており、同質材料であることを特徴とする。
【0023】
一般的なCADソフトウェア(Inventor Professional 2019, Autodesk)を用いて出力したチップのSTLファイルを、光造形機の制御ソフトウェアに入力してチップを造形した。作製に当たっては、以下の3種類の市販の光造形機と樹脂の組み合わせを用いた。
(1) 光造形機:AGILISTA-3110, 樹脂:AR-M2 (キーエンス株式会社)。樹脂はアクリル樹脂とウレタンの混合物である(比較例)。
(2) 光造形機:DigitalWax 028J, 樹脂:Therma DM210 (DWS社)。樹脂はセラミック樹脂である。
(3) 光造形機:microArch S140, 樹脂:BMF HTL Resin (Boston Micro Fabrication社)。樹脂はアクリル樹脂である。
造形完了後、十分に洗浄・乾燥させた。
【0024】
必要に応じて, 以下の3種類のいずれかの表面コーティングを施した。
(1) Novec 1700, スリーエム ジャパン株式会社。フッ化アクリル系の疎水性薄膜をチップ表面に形成する。
(2) パリレン C, Cookson Electronics。パラキシリレン系ポリマーの疎水性薄膜をチップ表面に形成する。
(3) MPCポリマー Lipidure CR3001 0.5wt% PMB, 日油株式会社。2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)をモノマーとするポリマーの親水性薄膜をチップ表面に形成する。
【0025】
疎水性の測定
前項の3種類の光造形機と樹脂、および3種類の表面コーティングの組み合わせを用いて 一体チップを作製した。チップの平らな部分に、1μLのMilli-Q (Direct-Q UV3, メルク株式会社)、又はn-Decane (Sigma-Aldrich)を滴下した。ハイスピードマイクロスコープVM-900 (商品名、キーエンス株式会社)を使用して、側面から液滴の写真を撮影した。撮影後、ImageJ Fiji(商品名)のContact Angleプラグインを用いて、液滴と造形物の接触角を計測した。
【0026】
表面粗さの測定
前々項の3種類の光造形機と樹脂の組み合わせを用いて、一体チップを作製した。チップの側壁の凹凸を、触針式薄膜段差計Dektak 6M (BRUKER社)によって計測した。得られた凹凸データから、チップの表面粗さを、算術平均粗さRa (JIS B 0601-2013, ISO 4287-1997)によって計算した。
【0027】
脂質および水溶液の準備
脂質分散溶液を作製した。リン脂質(ジフィタノイルホスファチジルコリン(DphPC) (Sigma-Aldrich))をn-デカン(Sigma-Aldrich)に分散させ、10mg/mLのリン脂質分散溶媒を調製した。KCl緩衝溶液を作製した。1Mリン酸水素二カリウム水溶液と1Mリン酸二水素カリウム水溶液を調製し、それぞれ12.2mLと7.8mLを混合し、超純水で希釈して200 mL とすることで、0.1Mのリン酸カリウム緩衝溶液を得た。次に、14.9gの塩化カリウムに0.1Mのリン酸カリウム緩衝溶液20mLを加え、超純水で200mLにメスアップして、1.0M塩化カリウムと10mMのリン酸カリウム緩衝溶液(pH 7.0)を得た。
【0028】
α-ヘモリシン(αHL)溶液を作製した。αHLは水溶性の膜タンパク質で、脂質二重膜に結合して七量体を形成し、最狭部約1.5nmの貫通孔を脂質二重膜に開ける。さらに、1M KCl水溶液中で電気計測を行った場合、αHL七量体一つが膜上で示すコンダクタンスは約1nSである。αHLは、凍結乾燥された状態で購入され(Sigma-Aldrich)、前項のKCl緩衝溶液で10μMになるように溶解・分注したストック溶液の状態で冷凍保管した。実験直前に、ストック溶液を1M KCl緩衝溶液でさらに希釈し、10 nMに分注して使用した。
【0029】
脂質・水溶液のチップへの滴下による脂質二重膜形成
左右のウェルそれぞれに、1μLずつ脂質分散溶液を滴下した。続いて接地電極側のウェルに30μLのKCl緩衝溶液を滴下した。さらにパッチアンプ電極側のウェルにαHL溶液30μLを滴下した。この時点で液滴同士が融合した場合、疎水性の細い棒(ノズルアダプターNC09518, 株式会社アイシス)を用いて隔壁表面をなぞることで、液滴を分離させた。疎水性の棒をウェル内に入れることで、棒の周りに脂質分散溶液の層が形成され、それを動かすことで, 脂質分散溶媒が隔壁の貫通孔にトラップされ、液滴が分離されると考えられる。この操作は, Re-paintingと呼称される非特許文献1に記載されている操作である。
【0030】
ウェル底面の電極を介して、電気計測器に接続した。計測器には、本出願人のグループが自作した増幅器(ポケットアンプU2)、および計測用ソフトウェア(PocketAmpUSB)を使用した。印加電圧は50mVとし、増幅率は1 mV/pA、サンプリング周波数5 kHzにおいてイオン電流を観測した。さらに、取得シグナルに1 kHzのアナログローパスフィルタを施した。なお, PCと充電器を接続していると電源ノイズが混入するため、PCはバッテリー駆動の状態で計測を行った。脂質二重膜の形成、およびαHL由来の膜貫通孔の膜への形成を示す1nSの電流シグナルを観測した。
【0031】
チップ材料と脂質二重膜形成成功率の関係の検証
脂質二重膜形成成功率の計算手順を以下に示す。
(1) 脂質分散溶媒、水滴を前項の手順に従って導入したチップを振動させ、水滴同士を故意に融合させる。
(2) Re-paintingを行い、液滴が分離された場合、Re-painting成功回数Aを1増やし、(1)に戻る。
(3) 30回連続でRe-paintingを行っても液滴が分離されなかった場合、Re-painting失敗回数Bを1増やし、(1)に戻る。
(4) B > 6 となった場合、実験を終了し、 膜形成成功率αを以下の式で計算する。
α = A / (A + B) x 100 (%)
【0032】
脂質二重膜形成成功率を、一体チップの造形機・表面コートの組み合わせごとに計算した。なお、この実験では隔壁さは200μm、貫通孔の直径は800μmに固定した。
【0033】
光造形によるマイクロ流路組み込みデバイス, およびアレイ化デバイスの作製
それぞれのデバイスの仕様に合わせてCADを設計し、光造形機に入力して造形した。なお、マイクロ流路組み込みの脂質二重膜形成デバイス、およびアレイ化脂質二重膜形成デバイスの双方とも、設計は公知(非特許文献2、3)である。
【0034】
結果
一体チップの作製
造形した一体チップの寸法および写真を
図2に示す。
【0035】
疎水性の測定 (n=3, 標準偏差)
造形機と樹脂、表面コーティングごとの水・油との接触角を下記表1に示す。
【0036】
【0037】
この結果から, 以下のことが読み取れる。
(1) 表面コーティング無しの値から、樹脂の種類によって親水性・親油性が変わることが分かる。DigitalWaxでは従来手法のアクリルと大差ない疎水性を示すが、microArch, AGILISTAを使用した際には、アクリルより高い親水性を示す。
(2) 親水的な樹脂であっても、Novec, Paryleneで疎水表面コーティングを行うことで、十分な疎水性が得られることが分かる。
【0038】
表面粗さの測定 (n=2, 標準偏差)
造形機と樹脂ごとの表面粗さを下記表2に示す。
【0039】
【0040】
この結果から、造形機と樹脂の種類によって、表面粗さが異なることが読み取れる。
【0041】
一体チップによる脂質二重膜形成とα-ヘモリシンの電気計測
実際に光造形で一体成形したチップでαHLを計測した際の電気信号を
図3に示す。
【0042】
チップ材料と脂質二重膜形成成功率の関係の検証
一体チップの造形機、および表面コートの組み合わせごとに脂質二重膜形成成功率を計測したグラフを
図4に示す。
【0043】
このグラフから、以下のことが読み取れる。
(1) Re-painting、膜形成に失敗している組み合わせのうち、”microArch,表面コートなし”, ”DigitalWax, MPCポリマー”, “AGILISTA, MPCポリマー”の3つの組み合わせは, いずれも材料表面が高い親水性を示す組み合わせである。この組み合わせで膜形成が失敗した理由は以下のように考察される。
(i)セパレータの細孔に水が入ってしまい、上手く油がトラップされないため、脂質二重膜が形成できなくなると考えられる。
(ii) このことから、チップ材料表面が疎水的である場合、脂質二重膜形成が成功しやすくなることが分かる。
(iii) セパレータの疎水性が高いほど脂質二重膜が形成しやすいことは公知(非特許文献4)である。
【0044】
一方で、Re-painting、膜形成に失敗している最後の組み合わせである”AGILISTA, Novecコート”は十分に高い疎水性を示す。この組み合わせで膜形成が失敗した理由は、以下のように考察される。
(1) 表面粗さが大きい場合、セパレータ表面の凹凸によって細孔からの油の排出が促進され、膜形成までの間、貫通孔上に油を保持できないため、脂質二重膜が形成できなくなると考えられる。
(2) μmオーダーでの表面粗さは、光造形の積層誤差や造形時の樹脂の収縮に由来すると思われ、従来手法(パリレンを用いた隔壁等)での表面粗さとは発生の原理が異なる。
(3) μmオーダーでの表面粗さに関しての考察は、現状行われていないと考えられる。また、一般に、光造形によって造形した造形物の表面粗さは10 nm~50 nmが下限となると言われている。このことから、一体チップの中では、表面粗さが(10nm~50nm)~500nmの範囲にあることで、脂質二重膜形成の成功率が上昇すると考えられる。
【0045】
光造形によるマイクロ流路組み込みデバイス, およびアレイ化デバイスの作製
各デバイスの造形例を
図5に示す。
図5に示されるように、これらの機能化デバイスも光造形によって容易に一体成形できることが確認できた。