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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022187478
(43)【公開日】2022-12-19
(54)【発明の名称】イオン輸率評価法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/416 20060101AFI20221212BHJP
【FI】
G01N27/416 341M
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022089372
(22)【出願日】2022-06-01
(31)【優先権主張番号】P 2021094921
(32)【優先日】2021-06-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業/超高効率プロトン伝導セラミック燃料電池デバイスの研究開発(WP1 革新的高性能電極・部材の開発)」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(72)【発明者】
【氏名】籠宮 功
(72)【発明者】
【氏名】八木 祐太朗
(57)【要約】
【課題】
従来の評価方法の問題を解決し、伝導イオン種が2種類ある場合について、輸率を正確に評価することができる評価法を提供すること。
【解決手段】
固体電解質2に対する2種類の伝導イオン種の輸率測定方法であって、固体電解質2に与えた、2種類の伝導イオン種に対する2条件の異なる化学ポテンシャル勾配下において固体電解質2に発生した起電力を測定し、起電力の差に基づいて2種類の伝導イオン種を構成する1種類ごとの伝導イオン種の輸率を、同時に測定することができるイオン輸率測定方法である。
【選択図】 図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体電解質に対する2種類の伝導イオン種の輸率測定方法であって、前記固体電解質に与えた、前記2種類の伝導イオン種に対する2条件の異なる化学ポテンシャル勾配下において前記固体電解質に発生した起電力を測定し、前記起電力の差に基づいて前記2種類の伝導イオン種を構成する1種類ごとの伝導イオン種の輸率を、同時に測定することができることを特徴とするイオン輸率測定方法。
【請求項2】
前記固体電解質の雰囲気を酸化雰囲気下又は還元雰囲下とする気混合気体であって、前記酸化雰囲気下又は還元雰囲気下とする混合気体の所定成分の分圧が、前記固体電解質が有する対向面の一方面側と他方面側とで異なる混合気体を、前記固体電荷質に与えて、前記固体電解質に発生した起電力を測定し、前記起電力の差に基づいて前記混合気体の酸化雰囲気下とする所定成分に基づく伝導イオン種と他の所定成分に基づく伝導イオン種、又は前記混合気体の還元雰囲気下とする所定成分に基づく伝導イオン種と他の所定成分に基づく伝導イオン種の輸率を、同時に測定することができることを特徴とする請求項1に記載のイオン輸率測定方法。
【請求項3】
前記起電力の差をとることにより導かれる複数の連立方程式を解く工程を含むことを特徴とする請求項1に記載のイオン輸率測定方法。
【請求項4】
前記起電力の差をとることにより導かれる複数の連立方程式を解く工程を含むことを特徴とする請求項2に記載のイオン輸率測定方法。
【請求項5】
前記混合気体が固体電解質の雰囲気を酸化雰囲気下とする場合には、前記混合気体は素分子と水蒸気を含む混合気体であり、前記混合気体が前記固体電解質の雰囲気を還元雰囲気下とする場合には、水素分子と水蒸気を含む混合気体であって、測定する伝導イオン種の一方はプロトン(t)、他方は酸化物イオン(t)であることを特徴とする請求項3に記載のイオン輸率測定方法。
【請求項6】
前記混合気体が固体電解質の雰囲気を酸化雰囲気下とする場合には、前記混合気体は素分子と水蒸気を含む混合気体であり、前記混合気体が前記固体電解質の雰囲気を還元雰囲気下とする場合には、水素分子と水蒸気を含む混合気体であって、測定する伝導イオン種の一方はプロトン(t)、他方は酸化物イオン(t)であることを特徴とする請求項4に記載のイオン輸率測定方法。
【請求項7】
前記還元雰囲気下のイオン輸率測定方法において、前記測定の系統誤差を小さくするため、前記測定の条件が与える酸素分圧勾配の差を小さくなるように前記測定の2条件を組み合わせることを特徴とする請求項2、4~6の何れか1項に記載のイオン輸率測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン輸率評価法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン輸率評価法の対象は例えば燃料電池材料である。イオン輸率の評価は濃淡電池起電力法(emf法、単に「起電力法」と言う場合がある)で行われることがある。
【0003】
特許文献1では、起電力測定法により数式(A1)~(A3)によってイオン輸率を算出することが以下のように記載されている。
【0004】
(数A1)

(数A2)

(数A3)
【0005】
焼結体の両側にPtをスパッタし、電極(I)及び電極(II)を作製し、電極(I)側のガスにおける水蒸気分圧をPH2O(I)、水素分圧をPH2(I)、酸素分圧をPO2(I)、電極(II)側のガスにおける水蒸気分圧をPH2O(II)、水素分圧をPH2(II)、酸素分圧をPO2(II)とする。t はプロトンの輸率、t 2-は酸化物イオンの輸率、Rは気体定数、Fはファラデー定数、Tは温度(K)を示している。各電極のガス分圧が異なると起電力Vcellが生じ、起電力Vcellは式(A1)、式(A2)で表される。加湿水素雰囲気下におけるイオン輸率(t +t 2-)を測定には式(A3)を使用する。測定された起電力を横軸log[PH2(II)]、縦軸Vのグラフにプロットしその直線近似したときの傾きと、イオン輸率(t +t 2-)が1であるときの傾きから、イオン輸率を算出した。このとき、電極の過電圧の影響を式(A3)で補正を行った。式(A3)において、Vcellは式(A1)に(t +t 2-)=1を代入したときに得られる値である。
【0006】
非特許文献1では、各伝導イオン種について、各化学ポテンシャル勾配下で起電力を測定することで、その伝導イオン種の輸率を求めることができることが記載されている。
特に、酸化物イオン輸率は、以下の式(A4)に示すように、任意の酸素分圧勾配下で生じた起電力を測定することで求めることができる。
(数A4)

ここで、t 2-は酸化物イオン輸率、Rは気体定数、Tは絶対温度、Fはファラデー定数、pO(II), pO(I)はそれぞれ任意の酸素分圧である。
また、プロトン輸率は、式(A5)に示すように、任意の水素分圧勾配下、もしくは、水蒸気・酸素分圧勾配下で起電力を測定することで求めることができる。
(数A5)

ここでは、プロトン輸率、pH2(I),pH2(II)はそれぞれ任意の水素分圧である。同様に、pHO(I),pHO(II)はそれぞれ任意の水蒸気分圧である。
プロトン、酸化物イオン、水酸化物イオン等の複数のイオン種が伝導する場合、起電力、各輸率の関係は、式(A6)のように表される。
(数A6)

ここで、tOH 、tH3O は、それぞれOH、Hのイオン輸率である。ここで、プロトン、酸化物イオンの2種のみが伝導する系の場合、酸素分圧勾配のみのついた条件下で測定した起電力より酸化物イオン輸率が求まり、水素分圧勾配のみのついた条件下で測定した起電力よりプロトン輸率が求まる。
【0007】
しかしながら、これまでの起電力法では、固体電解質の輸率評価法について、伝導イオン種が1種類の場合にはイオン輸率を正確に評価できるが、伝導イオン種が2種類ある場合には正確に評価することに問題があった。そこで本発明者は、プロトン/酸化物イオンの各輸率を同時に評価できる手法を示し(特願2021-094921)、さらに還元雰囲気下における系統誤差を小さくできる手法を発明した。
なお、その評価法について酸化雰囲気下における評価法を単に「酸化雰囲気下評価法」、還元雰囲気下における評価法を単に「還元雰囲気下評価法」、そして、さらに還元雰囲気下における系統誤差を小さくできる評価法を単に「追加還元雰囲気下評価法」と言う場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2019/107194号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】D.P. Sutija, T. Norby, P. Bjiirnbom, “Transport number determination by the concentration-cell/open-circuit voltage method for oxides with mixed electronic, ionic and protonic conductivity”, Solid State Ionics 28-30 (1988) 1586-1591.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、上記のような従来の評価方法の問題を解決し、伝導イオン種が2種類ある場合について、輸率を正確に評価することができ、追加還元雰囲気下評価法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する本発明は以下の通りである。
(1)固体電解質に対する2種類の伝導イオン種の輸率測定方法であって、前記固体電解質に与えた、前記2種類の伝導イオン種に対する2条件の異なる化学ポテンシャル勾配下において前記固体電解質に発生した起電力を測定し、前記起電力の差に基づいて前記2種類の伝導イオン種を構成する1種類ごとの伝導イオン種の輸率を、同時に測定することができることを特徴とするイオン輸率測定方法である。
(2)前記固体電解質の雰囲気を酸化雰囲気下又は還元雰囲下とする気混合気体であって、前記酸化雰囲気下又は還元雰囲気下とする混合気体の所定成分の分圧が、前記固体電解質が有する対向面の一方面側と他方面側とで異なる混合気体を、前記固体電解質に与えて、前記固体電解質に発生した起電力を測定し、前記起電力の差に基づいて前記混合気体の酸化雰囲気下とする所定成分に基づく伝導イオン種と他の所定成分に基づく伝導イオン種、又は前記混合気体の還元雰囲気下とする所定成分に基づく伝導イオン種と他の所定成分に基づく伝導イオン種の輸率を、同時に測定することができることを特徴とする(1)に記載のイオン輸率測定方法である。
(3)前記起電力の差をとることにより導かれる複数の連立方程式を解く工程を含むことを特徴とする(1)に記載のイオン輸率測定方法である。
(4)前記起電力の差をとることにより導かれる複数の連立方程式を解く工程を含むことを特徴とする(2)に記載のイオン輸率測定方法である。
(5)前記混合気体が固体電解質の雰囲気を酸化雰囲気下とする場合には、前記混合気体は酸素分子と水蒸気を含む混合気体であり、前記混合気体が前記固体電解質の雰囲気を還元雰囲気下とする場合には、水素分子と水蒸気を含む混合気体であって、測定する伝導イオン種の一方はプロトン(t)、他方は酸化物イオン(t)であることを特徴とする(3)又は(4)に記載のイオン輸率測定方法である。
(6)前記混合気体が固体電解質の雰囲気を酸化雰囲気下とする場合には、前記混合気体は酸素分子と水蒸気を含む混合気体であり、前記混合気体が前記固体電解質の雰囲気を還元雰囲気下とする場合には、水素分子と水蒸気を含む混合気体であって、測定する伝導イオン種の一方はプロトン(t)、他方は酸化物イオン(t)であることを特徴とする(4)に記載のイオン輸率測定方法である。
なお、(5)、(6)の記載において、(2)に記載の酸化雰囲気下とする所定成分は酸素分子、他の所定成分は水蒸気や窒素分子等であり、一方、(2)に記載の還元雰囲気下とする所定成分は水素分子、他の所定成分は水蒸気や窒素分子等がそれぞれ相当する。
(7)前記還元雰囲気下のイオン輸率測定方法において、前記測定の系統誤差を小さくするため、前記測定の条件が与える酸素分圧勾配の差を小さくなるように前記測定の2条件を組み合わせることを特徴とする(2)、(4)~(6)の何れか1つに記載のイオン輸率測定方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の輸率評価法によれば、固体電解質について伝導イオン種が2種類ある場合について輸率を正確に評価することができ、さらに追加還元雰囲気下評価法としてさらに還元雰囲気下における測定の系統誤差を小さくすることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】(a)試料下端を化学ポテンシャルP、試料上端をPとした場合と(b)それとは逆に試料下端をP、試料上端をPとした場合の化学ポテンシャル勾配下でのemf法による測定装置を概念的に示す図である。
図2】(a)酸化雰囲気下、(b)還元雰囲気下のemf測定のセットアップ(MFC:マスフローコントローラー、GC:ガスクロマトグラフ)
図3】酸化雰囲気下の測定されたYSZのemf(条件(A)-(E))を示す図である。
図4】酸化雰囲気下の測定されたYSZの酸化物イオン、プロトン、電子の各輸率を示す図である。
図5】還元雰囲気下の測定されたYSZのemf(条件(F)-(J))を示す図である。
図6】還元雰囲気下のYSZの各輸率を示す図である。
図7】(a)酸化雰囲気下、(b)還元雰囲気下で得られたemfから計算された系統誤差を示す図である。
図8】測定されたemfから理論emfを差し引くことによって計算された分極と熱起電力を示す図である。
図9】600℃における区別された分極と熱起電力を示す図である。
図10】酸化雰囲気下、還元雰囲気下の600℃で測定された分極と温度emfのPO分圧勾配(pOCh2/pOCh1)との関係を示す図である。
図11】還元雰囲気下で測定されたSTA05のemfを示す図である。
図12】還元雰囲気下で測定されたSTA05の各輸率を示す図である。
図13】式(15)、(16)を用いて計算したYSZのEact,(B)-Eact,(c)と、Eact,(E)-Eact,(A)を示す図である。
図14】還元雰囲気下で測定したemfより計算したYSZのEact,(H)-Eact,(F)とEact,(J)-Eact,(F)を示す図である。
図15】式(15)を用いて計算したSTA05のEact,(H)-Eact,(F)とEact,(J)-Eact,(F)を示す図である。
図16】還元雰囲気下評価法と追加還元雰囲気下評価法によるそれぞれの輸率について、酸素分圧勾配と、分極と熱起電力の和との関係を示す図である。
図17】還元雰囲気下評価法と追加還元雰囲気下評価法による、電子、プロトン及び酸化物イオンそれぞれの輸率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0015】
起電力法(emf法)はイオン輸率を求めるために広く用いられている。この方法は、図1に示すように化学ポテンシャル勾配下で試料間に生じる開回路電圧を測定する方法である。そのイオン輸率は、その化学ポテンシャル勾配下によるネルンストの式(式(1))によるemfの理論値と実測したemf値の比から求めることができる。
【数1】

ここで、pとpはそれぞれ化学ポテンシャル、Rは気体定数、Tは絶対温度、Fはファラデー定数、nは次の平衡反応式(2)における電荷数nである。
【0016】
【数2】

純粋な酸化物イオン伝導体にとって、式(1)における化学ポテンシャルは酸素分圧に相当し、理論的な起電力emfは、式(3)のように表すことができる。ここで、pOCh1、pOCh2はそれぞれ図2中chamber1、chamber2の酸素分圧である。
【0017】
【数3】

純粋なプロトン伝導体の場合には、式(1)における化学ポテンシャルは、水素分圧に相当し、その場合の理論的な起電力emfは、式(4)のように表すことができる。
【0018】
【数4】

ここで、pHCh1、pHCh2は、それぞれ図2中chamber1、chamber2の水素分圧である。水蒸気の平衡反応(式(5))を用いれば、式(4)から式(6)を導くことができる。
【0019】
【化1】

【数5】

ここで、pHOCh1とpHOCh2は、それぞれchamber1、chamber2の水蒸気分圧である。もし試料が酸化物イオン-電子混合伝導体であれば、酸素分圧下での起電力Eactは以下の式(7)で表すことができる。ここで、tは酸化物イオンの輸率である。
【0020】
【数6】

試料がプロトン-電子混合伝導体であれば、水素分圧下での起電力Eactは以下の式(8)で表すことができる。
【0021】
【数7】

ここで、t はプロトンの輸率である。水蒸気の平衡反応(式(5))は、式(8)から式(9)を導く。
【数8】

このように、これまでの先行研究に多くの報告があるように、起電力測定法によりEactを測定できれば、いずれの混合伝導体においても簡単に輸率を求めることができる。しかし、式(10)に示したように、実際に測定した起電力(Emeas)には、電極による分極(Epola)と熱起電力(Ethermal)が含まれてしまうことが分かっている。このことが、輸率を正確に求めることを困難にしている。
【0022】
【数9】

分極および熱起電力は、イオン輸率を過剰に評価してしまう。この問題を解決するために、我々は2条件の異なる化学ポテンシャル勾配下(A,B)で起電力を測定し、その起電力の差をとることを提案する。これにより、式(11)に示されるように分極と熱起電力を差し引くことができる。
【0023】
【数10】

ここでtは任意のイオン輸率である。なお式(11)は、2条件の異なる化学ポテンシャル勾配下で分極及び熱起電力が一定であることを仮定している。イオン-電子混合伝導体の場合には、輸率は式(11)より求めることができる。なぜなら式(11)においてtのみが未知数だからである。
プロトン伝導、酸化物イオン伝導、電子伝導を示すトリプルコンダクターの場合、上記の差をとる方法で輸率を求めることは、混合伝導体に比べてより困難である。式(12)は酸化雰囲気下でのEactを示している。式(7)と(9)から式(12)が導かれる。
【0024】
【数11】

【数12】

【数13】

ここでtは、電子またはホールの輸率、tionは、プロトン、酸化物イオンを併せたトータルのイオン輸率である。これまでの典型的な起電力法では酸素分圧勾配での測定、水蒸気勾配での測定の2つの測定からtとtionを求めることができる(非特許文献1)。しかし、この2つの測定だけでは、先述した分極、熱起電力の効果を除去することが難しい。ここでは、3つ以上の異なる条件の化学ポテンシャル勾配下での起電力の測定によって、以下のプロセスから正確に求められることを述べる。
【0025】
【数14】

式(15)は、トリプルコンダクターの場合にある任意のA,Bの2つの化学ポテンシャル勾配下での測定された起電力の差をとったものである。式(15)では、2つの未知数t,tionが含まれる。したがって、式(15)だけからではt,tionを一義的に決めることはできない。しかし、さらに異なる化学ポテンシャル勾配下(例えば、C,D)での起電力を測定し、その差をとり(式(16))、式(15)、(16)の連立方程式を解くことで、t,tionを求めることができる。
【0026】
【数15】

ここで、もし試料がトリプルコンダクターではなく混合伝導体であった場合、この連立方程式を解けば、t, tのうちいずれかが0であることが導かれる。さらに、試料が純粋なイオン伝導体であった場合、この連立方程式を解けばt=1もしくはt=1が導かれる。このように、この方法によりトリプルコンダクターだけでなく、混合伝導体、イオン伝導体の輸率を求めることができる。
【0027】
【数16】

式(17)は還元雰囲気下でのトリプルコンダクターで生じる起電力(Eact)を示す。酸化雰囲気の場合と同様のプロセス(つまり、いくつかの異なる化学ポテンシャル下での測定した起電力の差をとり、その連立方程式を解く方法)で、還元雰囲気下でのtion、tを求めることができる。本発明による測定方法では、分極と熱起電力を差し引き、連立方程式を解くコンビネーション(コンビネーション法と名付ける)で、正確なプロトン、酸化物イオンの輸率を求める。
【実施例0028】
図1に示すemf法による測定装置1は、固体電解質2と電圧測定器を備える。固体電解質2は対向面6、6を有し、対向面6、6には多孔質Pt電極5、5がそれぞれ付されている。固体電解質2から発生した起電力は多孔質Pt電極5、5を通じて電圧測定器で測定される。固体電解質2の雰囲気を例えば酸化雰囲気下とする混合気体について、混合気体の成分の分圧(化学ポテンシャル)は、対向面の6、6の一方面側(試料上端)3と他方面側(試料下端)4とではそれぞれP、Pで異なっている。
【0029】
図1(a)では一方面側(試料上端)3での混合気体の分圧はPで他方面側(試料下端)4ではPであるが、同(b)では一方面側(試料上端)3での混合気体の分圧はPで他方面側(試料下端)4ではPとなっている。具体的には、図2に示す装置1A(1A´)を使用してemf測定を行った。図2(a)は酸化雰囲気下でのセットアップ、図2(b)は還元雰囲気下でのセットアップを、それぞれ示したものである。
【0030】
STA05(SrTi0.95Al0.054-d)は、以前の研究で報告された従来の固相反応法(Y.Yagi,I.Kagomiya and K.Kakimoto,Solid State Sci.,2020,108,106407)によって合成されたものである。YSZ(TZ-8YS、東ソー株式会社)は、1500℃で2時間焼結した。焼結ペレットは約1.0mmの厚さに研磨した。多孔質Pt電極(塗布面積:~0.4cm)は、10wt%の炭素粉末を含むPtペーストをペレットの両面に塗布し、930°C、1時間焼結するプロセスを使用して準備した。
【0031】
(酸化雰囲気下評価法、還元雰囲気下評価法)
図2に示すようにして、emf測定のセットアップを行った(同図においてMFCはマスフローコントローラー、GCはガスクロマトグラフを示す)。ペレットサンプルは、気密シールを形成するために使用されたパイレックス(登録商標)ガラスリングを備えた石英管上に置かれた。シーリングプロセスでは、サンプルとガラスリングをProboStatセル(NorECs AS)で780°Cに加熱した。ガスシール後、400°C~600°Cの温度範囲で起電力実験を行った。温度は、サンプルの近くに配置されたKタイプの熱電対を使用して測定した
【0032】
表1には、emf測定で用いられた化学ポテンシャル勾配の条件を示す。各チャンバー内の総流量は、酸化性雰囲気を使用した実験では100ccm、還元性雰囲気を使用した実験では50ccmであった。ガス流量は、マスフローコントローラー(8300MC-0-1-1、KOFLOC Corp.、FCS-T2000-PSD-1#A、Fujikin Inc.)とマスフローメーター(LogMIX、FRONTO Co.、RK1250 、KOFLOC Corp.)で制御した。ガスを室温でバブラーに通して、湿潤ガスを得た。 pO、pH、およびpHOは、YSZセンサー(MPO-AH05G25、本山株式会社)、ガスクロマトグラフ(MicroGC、Varian 490-GC、Agilent Inc.)、および湿度計(EE33-MFTJ、TEKHNE Co.HD2717T.DR、DeltaOHM)を使用して評価した。化学ポテンシャル勾配下のサンプルの起電力は、電圧計(Keithley 6514、Tektronix Inc.)を使用して測定した。
【表1】
【0033】
コンビネーション法を用い、酸化雰囲気下でYSZの輸率を、式(15,16)を用い求めた。図4に、酸化雰囲気下で測定したYSZの起電力(emf)を示す。このYSZにとって、酸素分圧勾配下で測定した起電力の絶対値は、水蒸気勾配下で測定した起電力の絶対値よりも顕著に大きい値を示した。式(12)から分かるように、この結果は、プロトン伝導、電子(ホール)伝導に比べて、酸化物イオン伝導が支配的であることを意味し、これまで報告されているものと矛盾しない結果である。
【0034】
図13は式(15),(16)を用い、Eact,(B)-Eact,(c)と、Eact,(E)-Eact,(A)を計算した結果を示したものである。ここで、添え字(B),(C),(E),(A)は、それぞれ表1に示した測定に用いたガス条件である。これらのEact,(B)-Eact(c)、act(E)-Eact,(A)は、コンビネーション法により輸率を求めるのに用いた。図4は、コンビネーション法(式(12~16))から求められた、酸化雰囲気下でのYSZの輸率を示す。得られた酸化物イオン輸率は1に近く、プロトン、電子輸率はそれぞれほとんどゼロである。酸化物イオン輸率において1からわずかにずれがあることは、Eactの中に除去しきれなかったわずかな系統誤差があることを示している。
【0035】
図5に還元雰囲気下で測定したYSZの起電力の結果を示す。YSZは、酸素分圧勾配下の場合に比べ、水素分圧勾配下、水蒸気分圧勾配下の場合の方がより大きい起電力を示した。この結果も、式(17)から分かるように、酸化物イオン伝導が、プロトン伝導、電子伝導に比べて支配的であることを示す。図14には、この還元雰囲気下でコンビネーション法により計算したEact,(H)-Eact,(F)とEact,(J)-Eact,(F)の結果を示す。ここで、添え字(H),(F),(J),(F)は表1で示したガス雰囲気条件下での実験結果であることを示す。図6に、式(13,14,17)を用い、還元雰囲気下でコンビネーション法で求められたYSZの輸率を示す。
【0036】
これらの結果は、酸化雰囲気下で得られた場合と似た傾向を示す。すなわち、還元雰囲気下においても酸化物イオン輸率がほぼ1に近い。この図6中のエラーバーは、YSZが本来純粋な酸化物イオン伝導体であることを踏まえ、式(18)から得られる系統誤差から見積もったものである。ここで添え字A,Bは測定したEactと理論的なEtheoにおける任意のガス雰囲気条件(化学ポテンシャル勾配)である。図7は酸化・還元両雰囲気下で測定された起電力について式(18)から求められた系統誤差を示したものである。酸化雰囲気下の測定において、表1で(B),(C)の条件下でのemfの差をとった場合、-0.3から0.1mVの範囲の系統誤差が、(E),(A)の条件下でのemfの差をとった場合、-1.2から-0.3mVの範囲の系統誤差が生じていることが分かった。
【数17】
【0037】
還元雰囲気下で測定において、表1で(H),(F)の条件下でのemfの差をとった場合、-6から-4mVの範囲の系統誤差が生じ、(J),(F)の条件下でのemfの差をとった場合、6から10mVの範囲の系統誤差が生じた。このように、還元雰囲気下の場合の系統誤差は、酸素雰囲気下の場合に比べて大きい。この理由を以下に述べる。
【0038】
図7における系統誤差の原因として、このコンビネーション法で分極の効果を完全にキャンセルされていないためである。具体的に、測定した起電力に含まれる分極を以下のように見積もった。上述のようにYSZの酸化物イオン輸率は1であるので、Eactは、EO,theoとイコールになるはずである。それゆえ、式(10)にしたがい、測定した起電力EmeasからEO,theoを引けば、分極、熱起電力分を見積もることができる。図8は酸化雰囲気条件下において見積もった分極・熱起電力分のemfを示す。分極・熱起電力は、測定温度において酸素分圧に依存することが分かる。熱起電力は温度にのみに依存するため、酸素分圧に依存するのは分極の方であると考えることができる。
【0039】
この点について、より詳しく確かめるために、分極と熱起電力を分離して見積もることを試みた。そのために、酸素分圧勾配と水蒸気分圧勾配の向きを図3の場合(図1(a)のセットアップ)と逆にし(図1(b)のセットアップ)、600°Cで起電力(Ereverse)を測定した。このEreverseは、式(19)で表すことができる。したがって、式(10)で示した分圧勾配の向きが順方向で測定されたEmeasと足して2で割ることにより(式(20))、Eact、Epola(p)の項は消去でき、熱起電力(Ethermal)を抽出できる。
【数18】

【数19】
【0040】
図9は以上の方法で熱起電力(Ethermal)と分極(Epola)を区別した600°Cにおける結果を示す。熱起電力は、酸素分圧に対してほぼ一定である。しかし、分極は酸素分圧が低下すると顕著に低下することが分かる。式(11,15,16)は、分極の酸素分圧依存性を考慮していない(分極は酸素分圧に依存せず一定であることを仮定している)。
【0041】
したがって、図9における分極の酸素分圧依存性が図7に示された系統誤差の主因であると考えることができる。この系統誤差が最終的に輸率の誤差となる。図10は、600℃において、酸素分圧勾配(pOCh2/pOCh1)に対する分極+熱起電力(分極と熱起電力の和)を酸化雰囲気、還元雰囲気下での起電力測定結果の場合について比較したものである。
【0042】
見積もられた分極+熱起電力は、酸化雰囲気、還元雰囲気において異なることが分かる。上述のように熱起電力は同じ温度であれば一定であるので、この結果は、分極が酸素分圧勾配だけでなく、試料周囲の酸化、還元雰囲気にも依存していることを意味する。
図10の結果によれば、還元雰囲気下の場合に酸素分圧勾配に対する分極+熱起電力の変化がより大きいので、還元雰囲気下でのキャンセルしきれなかった分極により生じる系統誤差の方が、酸化雰囲気下でのそれに比べ大きいことを示唆する。
【0043】
このように、式(11,15,16)を用い、還元雰囲気下の起電力測定において分極を完全にキャンセルすることは、酸化雰囲気下での起電力測定に比べてより難しいことが分かる。以上の考察は、図7において還元雰囲気の場合での系統誤差が酸化雰囲気の場合に比べて大きいことと矛盾せず、つじつまが合う。
以上より、2つの条件(例えば、A,B)における化学ポテンシャル勾配の差をできるだけ小さくして、式(11,15,16)を用いEmeas,A-Emeas,Bを計算することで、キャンセルしきれない分極から生じる系統誤差の最小化が可能である。
【0044】
以上の方法は、STA05の輸率を決定するのにも応用できる。図11に還元雰囲気下で測定したSTA05の起電力を示す。化学ポテンシャル勾配がない条件下(表1の(F)条件)で測定した起電力は正の値を示した。本来この条件下で測定すれば起電力はゼロになるはずなので、この測定値には、YSZの場合と同様に分極、熱起電力が含まれていることが分かる。水素分圧勾配下((H)条件)で測定した起電力は、負に大きい値を示した。一方、水蒸気勾配下((J)条件)で測定した起電力は、正で小さい値を示した。これらの結果は、式(17)から分かるように、STA05ではプロトン輸率の方が酸化物イオン輸率に比べて大きいことを意味する。このように、STA05の還元雰囲気下ではプロトン伝導が支配的である。
【0045】
図15に、式(15)、(16)に基づいて求めた(Eact,(H)-Eact,(F),Eact,(J)-Eact,(F))を示す。図12にコンビネーション法により計算したプロトン、酸化物イオン、電子(ホール)の各輸率を示す。ここでは、上述のYSZの場合で述べたように、この計算によりキャンセルしきれなかった分極より系統誤差が生じる。図12には、還元雰囲気下のYSZの測定(図6)より見積もられた誤差をエラーバーで示す。プロトン輸率は1に近く、酸化物イオン、電子(ホール)はゼロに近い。プロトン輸率は温度を下げると大きくなる傾向を示す。
【0046】
一方、電子(ホール)の輸率は温度を下げると小さくなる傾向を示す。以前の全導電率の酸素分圧依存性の結果により、この系の電子伝導のキャリアはホールあることが分かっている。一般に、温度を下げると、式(21)の欠陥方程式において右から左に反応が進むので、ペロブスカイト構造内により多くのプロトン欠陥を導入できることが知られている。したがって、温度低下に伴うプロトン欠陥量の増加が、STA05のプロトン輸率の向上に寄与したと考えている。以上の結果を総括すると、STA05は、400℃-600℃の温度範囲でプロトンとホールの混合伝導体であることが分かる。
【化2】
【0047】
(追加還元雰囲気下評価法)
図16に示すように、測定した起電力(emf)に含まれる系統誤差の原因となる熱起電力(熱起電力成分)と分極(分極成分)との和は酸素分圧勾配に依存する。したがって、より酸素分圧勾配の差が小さい2つの条件下で測定したemfの差を取ることで、系統誤差をより小さくし、より正確な輸率の導出が可能である。
【0048】
表2に500°Cにおいて行った追加還元雰囲気下評価法の測定条件と「還元雰囲気下評価法での測定条件及びを示す。そして、これらの測定条件における酸素分圧勾配、熱起電力と分極(電極分極)の和及び系統誤差も表2に示す。
【表2】

【表3】
【0049】
表2の熱起電力と分極(電極分極)の和を図16にプロットした。以上の測定条件から求められたYSZの500°Cにおける還元雰囲気下評価法、追加還元雰囲気下評価法による輸率を図17及び表3に示す。表2に示したように、測定の2条件がそれぞれ与える酸素分圧勾配の差が小さい新条件(P)、(O)及び、測定条件(M)、(K)を用いることで、還元雰囲気下評価法での測定条件((J)-(F)及び(H)-(F))に比べて、emfに含まれる系統誤差が小さくなっているのが分かる。測定の2条件がそれぞれ与える酸素分圧勾配の差が小さくなると、測定の2条件におけるそれぞれの熱起電力と分極成分の和の差が小さくなるためである。その結果として、表3、図17に示すように、YSZの酸化物イオン輸率が0.971と導出でき、旧測定の1.113に比べより1に近い値として求めることができた。(YSZは、酸化物イオン輸率が1であることが知られている。)すなわち各々の測定条件が与える各々の酸素分圧勾配の差を小さくなるように測定の2条件を組み合わせることによって、還元雰囲気下評価法による測定の系統誤差を小さくすることができるのである。
【産業上の利用可能性】
【0050】
燃料電池用固体電解質や電極材料開発のための評価法に利用可能のため、開発の活発化と併せて本評価法の需要も増加すると考えている。
【符号の説明】
【0051】
1、1´、1A、1´A:起電力法による測定装置
2:固体電解質
3:一方面側
4:他方面側
5:多孔質電極(多孔質Pt電極)
6:固体電解質の対向面

図1
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