(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022188296
(43)【公開日】2022-12-20
(54)【発明の名称】電気音響変換器
(51)【国際特許分類】
H04R 17/00 20060101AFI20221213BHJP
H04R 1/00 20060101ALI20221213BHJP
H04R 7/04 20060101ALI20221213BHJP
【FI】
H04R17/00
H04R1/00 310F
H04R7/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022168940
(22)【出願日】2022-10-21
(62)【分割の表示】P 2021503482の分割
【原出願日】2020-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2019041572
(32)【優先日】2019-03-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019149322
(32)【優先日】2019-08-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100148080
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 史生
(72)【発明者】
【氏名】三好 哲
(57)【要約】
【課題】振動板とエキサイターとからなる、良好な可撓性を有する電気音響変換器の提供を課題とする。
【解決手段】振動板とエキサイターとを有し、エキサイターの動的粘弾性測定による周波数1Hzでの損失正接の、0~50℃の温度範囲における極大値が0.08以上であり、エキサイターの厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板の厚さとヤング率との積の、3倍以下であることにより、課題を解決する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動板の一方の主面に、エキサイターを備える電気音響変換器であって、
前記エキサイターの動的粘弾性測定による周波数1Hzでの損失正接が、0~50℃の温度範囲内に極大値を有し、前記極大値が0.08以上であり、さらに、
前記エキサイターの厚さと、動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積が、前記振動板の厚さと、ヤング率との積の、3倍以下であることを特徴とする電気音響変換器。
【請求項2】
前記エキサイターの厚さと、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での貯蔵弾性率との積が、前記振動板の厚さと、ヤング率との積の、0.3倍以上である、請求項1に記載の電気音響変換器。
【請求項3】
前記エキサイターの動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での損失正接が、0.08未満である、請求項1または2に記載の電気音響変換器。
【請求項4】
前記エキサイターが、圧電体層と、前記圧電体層の両面に設けられた電極層とを有する、圧電フィルムを有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の電気音響変換器。
【請求項5】
前記圧電体層が、高分子材料を含むマトリックス中に、圧電体粒子を分散してなる高分子複合圧電体である、請求項4に記載の電気音響変換器。
【請求項6】
前記圧電フィルムが、前記電極層の表面に設けられた保護層を有する、請求項4または5に記載の電気音響変換器。
【請求項7】
前記圧電フィルムが、圧電特性の面内異方性を有さない、請求項4~6のいずれか1項に記載の電気音響変換器。
【請求項8】
前記エキサイターが、前記圧電フィルムを、複数層、積層した積層体を有する、請求項4~7のいずれか1項に記載の電気音響変換器。
【請求項9】
前記圧電フィルムが、厚さ方向に分極されたものであり、かつ、前記積層体において、隣接する前記圧電フィルムの分極方向が逆である、請求項8に記載の電気音響変換器。
【請求項10】
前記積層体が、前記圧電フィルムを、1回以上、折り返すことにより、前記圧電フィルムを、複数層、積層したものである、請求項8または9に記載の電気音響変換器。
【請求項11】
前記積層体が、隣接する前記圧電フィルムを貼着する貼着層を有する、請求項8~10のいずれか1項に記載の電気音響変換器。
【請求項12】
前記振動板と、前記エキサイターとを貼着する貼着層を有する、請求項1~11のいずれか1項に記載の電気音響変換器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エキサイターを用いる電気音響変換器に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の物品に接触して取り付けることで、物品を振動させて音を出す、いわゆるエキサイター(励起子)が、各種の用途に利用されている。
例えば、オフィスであれば、プレゼンテーションおよび電話会議等の際に、会議用テーブル、ホワイトボードおよびスクリーン等にエキサイターを取り付けることで、スピーカーの代わりに音を出すことができる。自動車等の車両であれば、コンソール、Aピラーおよび天井等にエキサイターを取り付けることで、ガイド音、警告音および音楽等を鳴らすことができる。また、ハイブリット車および電気自動車のように、エンジン音が出ない自動車の場合には、バンパー等にエキサイターを取り付けることで、バンパー等から車両接近通報音を出すことができる。
【0003】
このようなエキサイターにおいて振動を生じる可変素子としては、コイルとマグネットとの組み合わせ、ならびに、偏心モータおよび線形共振モータ等の振動モータ等が知られている。
これらの可変素子は、薄型化が困難である。特に、振動モータは、振動力を増加するためには質量体を大きくする必要がある、振動の程度を調節するための周波数変調が難しく応答速度が遅い、等の難点がある。
【0004】
一方、近年では、例えば、可撓性を有するディスプレイに対応する要求等に応じて、スピーカーにも、可撓性が要求されている。しかしながら、このようなエキサイターと振動板とからなる構成では、可撓性を有するスピーカーへの対応は困難である。
【0005】
可撓性を有する振動板に、可撓性を有するエキサイターを貼着することで、可撓性を有するスピーカーとすることも考えられる。
例えば、特許文献1には、有機エレクトロルミネッセンスディスプレイ等の可撓性を有するディスプレイと、ポリフッ化ビニリデン(PVDF:Poly VinyliDene Fluoride)等の圧電膜を電極で挟持した可撓性を有するスピーカーとを一体化してなるフレキシブルディスプレイが記載されている。この可撓性を有するスピーカーは、PVDFを励起子(エキサイター)とし、ディスプレイを振動板として音を出力するエキサイター型スピーカーと位置付けることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
可撓性を有するスピーカーは、二つ折りに折り畳まれる、持ち運びのために巻き取られる、曲げ伸ばしを繰り返し行われるなど、様々な形態での利用が予想される。また、可撓性を有するスピーカーは、折り畳まれた状態、および、巻き取るように丸められた状態等で、長時間、保持されることも考えられる。
従って、可撓性を有するスピーカーには、様々な用途および状況等に対応して、非常に高い可撓性が要求される。しかしながら、現状では、様々な用途および状況等に対応して、十分な可撓性(フレキシブル性)を有するスピーカーは、実現されていない。
【0008】
本発明の目的は、このような従来技術の問題点を解決することにあり、振動板とエキサイターとを有する電気音響変換器であって、様々な用途および状況等に対応可能な、高い可撓性を有する電気音響変換器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的を達成するために、本発明は、以下の構成を有する。
[1] 振動板の一方の主面に、エキサイターを備える電気音響変換器であって、
エキサイターの動的粘弾性測定による周波数1Hzでの損失正接が、0~50℃の温度範囲内に極大値を有し、極大値が0.08以上であり、さらに、
エキサイターの厚さと、動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板の厚さと、ヤング率との積の、3倍以下であることを特徴とする電気音響変換器。
[2] エキサイターの厚さと、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板の厚さと、ヤング率との積の、0.3倍以上である、[1]に記載の電気音響変換器。
[3] エキサイターの動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での損失正接が、0.08未満である、[1]または[2]に記載の電気音響変換器。
[4] エキサイターが、圧電体層と、圧電体層の両面に設けられた電極層とを有する、圧電フィルムを有する、[1]~[3]のいずれかに記載の電気音響変換器。
[5] 圧電体層が、高分子材料を含むマトリックス中に、圧電体粒子を分散してなる高分子複合圧電体である、[4]に記載の電気音響変換器。
[6] 圧電フィルムが、電極層の表面に設けられた保護層を有する、[4]または[5]に記載の電気音響変換器。
[7] 圧電フィルムが、圧電特性の面内異方性を有さない、[4]~[6]のいずれかに記載の電気音響変換器。
[8] エキサイターが、圧電フィルムを、複数層、積層した積層体を有する、[4]~[7]のいずれかに記載の電気音響変換器。
[9] 圧電フィルムが、厚さ方向に分極されたものであり、かつ、積層体において、隣接する圧電フィルムの分極方向が逆である、[8]に記載の電気音響変換器。
[10] 積層体が、圧電フィルムを、1回以上、折り返すことにより、圧電フィルムを、複数層、積層したものである、[8]または[9]に記載の電気音響変換器。
[11] 積層体が、隣接する圧電フィルムを貼着する貼着層を有する、[8]~[10]のいずれかに記載の電気音響変換器。
[12] 振動板と、エキサイターとを貼着する貼着層を有する、[1]~[11]のいずれかに記載の電気音響変換器。
【発明の効果】
【0010】
このような本発明によれば、振動板とエキサイターとを有し、様々な用途および状況等に対応可能な、高い可撓性を有する電気音響変換器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の電気音響変換器の一例を概念的に示す図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す電気音響変換器のエキサイターを構成する圧電フィルムの一例を概念的に示す図である。
【
図3】
図3は、圧電フィルムの作製方法の一例を説明するための概念図である。
【
図4】
図4は、圧電フィルムの作製方法の一例を説明するための概念図である。
【
図5】
図5は、圧電フィルムの作製方法の一例を説明するための概念図である。
【
図6】
図6は、圧電フィルムの作製方法の一例を説明するための概念図である。
【
図7】
図7は、圧電フィルムの作製方法の一例を説明するための概念図である。
【
図8】
図8は、本発明の電気音響変換器に用いられるエキサイターの別の例を概念的に示す図である。
【
図9】
図9は、本発明の電気音響変換器に用いられるエキサイターの別の例を概念的に示す図である。
【
図10】
図10は、本発明の実施例を説明するための概念図である。
【
図11】
図11は、本発明の実施例を説明するための概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の電気音響変換器について、添付の図面に示される好適実施態様を基に、詳細に説明する。
【0013】
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様に限定されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
図1に、本発明の電気音響変換器の一例を概念的に示す。
図1に示す電気音響変換器10は、エキサイター14と、振動板12とを有する。電気音響変換器10において、エキサイター14と振動板12とは、貼着層16によって貼着されている。
電気音響変換器10のエキサイター14(後述する圧電フィルム18)には、駆動電圧を印加するための電源PSが接続されている。
後に詳述するが、このような電気音響変換器10は、エキサイター14(圧電フィルム18)に駆動電圧を印加することで、エキサイター14が面方向に伸縮する。このエキサイター14の面方向の伸縮によって、振動板12が撓み、その結果、振動板12が、厚さ方向に振動する。この厚さ方向の振動によって、振動板12は、音を発生する。すなわち、振動板12は、圧電フィルム18に印加した電圧(駆動電圧)の大きさに応じて振動して、圧電フィルム18に印加した駆動電圧に応じた音を発生する。
【0015】
本発明の電気音響変換器10において、振動板12は、好ましい態様として、可撓性を有するものである。なお、本発明において、可撓性を有するとは、一般的な解釈における可撓性を有すると同義であり、曲げること、および、撓めることが可能であることを示し、具体的には、破壊および損傷を生じることなく、曲げ伸ばしができることを示す。
振動板12は、好ましくは可撓性を有し、後述するエキサイター14との関係を満たすものであれば、制限はなく、各種のシート状物(板状物、フィルム)が利用可能である。
振動板12としては、一例として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンサルファイト(PPS)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリイミド(PI)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、トリアセチルセルロース(TAC)および環状オレフィン系樹脂等からなる樹脂フィルム、発泡ポリスチレン、発泡スチレンおよび発泡ポリエチレン等からなる発泡プラスチック、べニア板、コルクボード、牛革などの皮革類、カーボンシート、和紙などの各種板紙、ならびに、波状にした板紙の片面または両面に他の板紙をはりつけてなる各種の段ボール材、等が例示される。
また、本発明の電気音響変換器10では、可撓性を有するものであれば、振動板12として、有機エレクトロルミネセンス(OLED(Organic Light Emitting Diode)ディスプレイ、液晶ディスプレイ、マイクロLED(Light Emitting Diode)ディスプレイ、無機エレクトロルミネセンスディスプレイなどの表示デバイス、および、プロジェクター用スクリーン等も好適に利用可能である。
【0016】
図示例の電気音響変換器10においては、好ましい態様として、このような振動板12と、エキサイター14とは、貼着層16によって貼着されている。
【0017】
本発明において、貼着層16は、振動板12とエキサイター14とを貼着可能であれば、公知のものが、各種、利用可能である。
従って、貼着層16は、貼り合わせる際には流動性を有し、その後、固体になる、接着剤からなる層でも、貼り合わせる際にゲル状(ゴム状)の柔らかい固体で、その後もゲル状の状態が変化しない、粘着剤からなる層でも、接着剤と粘着剤との両方の特徴を持った材料からなる層でもよい。また、貼着層16は、液体等の流動性を有する貼着剤を塗布して形成するものでも、シート状の貼着剤を用いて形成するものでもよい。
ここで、本発明の電気音響変換器10では、エキサイター14を伸縮させることで、振動板12を撓ませ振動させて、音を発生させる。従って、本発明の電気音響変換器10では、エキサイター14の伸縮が、直接的に振動板12に伝達されるのが好ましい。振動板12とエキサイター14との間に、振動を緩和するような粘性を有する物質が存在すると、振動板12へのエキサイター14の伸縮のエネルギーの伝達効率が低くなってしまい、電気音響変換器10の駆動効率が低下してしまう。
この点を考慮すると、貼着層16は、粘着剤からなる粘着剤層よりも、固体で硬い貼着層16が得られる、接着剤からなる接着剤層であるのが好ましい。より好ましい貼着層16としては、具体的には、ポリエステル系接着剤およびスチレン・ブタジエンゴム(SBR)系接着剤等の熱可塑タイプの接着剤からなる貼着層が好適に例示される。
接着は、粘着とは異なり、高い接着温度を求める際に有用である。また、熱可塑タイプの接着剤は『比較的低温、短時間、および、強接着』を兼ね備えており、好適である。
【0018】
貼着層16の厚さには、制限はなく、貼着層16の材料に応じて、十分な貼着力(接着力、粘着力)が得られる厚さを、適宜、設定すればよい。
ここで、本発明の電気音響変換器10においては、貼着層16が薄い方が、振動板12に伝達するエキサイター14の伸縮エネルギー(振動エネルギー)の伝達効果を高くして、エネルギー効率を高くできる。また、貼着層16が厚く剛性が高いと、エキサイター14の伸縮を拘束する可能性もある。
この点を考慮すると、貼着層16は、薄い方が好ましい。具体的には、貼着層16の厚さは、貼着後の厚さで0.1~50μmが好ましく、0.1~30μmがより好ましく、0.1~10μmがさらに好ましい。
【0019】
なお、電気音響変換器10において、貼着層16は、好ましい態様として設けられるものであり、必須の構成要素ではない。
従って、電気音響変換器10は、貼着層16を有さず、公知の圧着手段、締結手段、および、固定手段等を用いて、振動板12とエキサイター14とを固定してもよい。例えば、エキサイター14が矩形である場合には、四隅をボルトナットのような部材で締結して電気音響変換器を構成してもよく、または、四隅と中心部とをボルトナットのような部材で締結して電気音響変換器を構成してもよい。
しかしながら、この場合には、電源PSから駆動電圧を印加した際に、振動板12に対してエキサイター14が独立して伸縮してしまい、場合によっては、エキサイター14のみが撓んで、エキサイター14の伸縮が振動板12に伝わらない。このように、振動板12に対してエキサイター14が独立して伸縮した場合には、エキサイター14による振動板12の振動効率が低下してしまい。振動板12を十分に振動させられなくなってしまう可能性がある。
この点を考慮すると、本発明の電気音響変換器においては、振動板12とエキサイター14とは、図示例のように、貼着層16で貼着するのが好ましい。
【0020】
上述したように、本発明の電気音響変換器10は、振動板12およびエキサイター14を有する。上述したように、エキサイター14は、振動板12を振動させて、音を出力させるためのものである。さらに、本発明においては、振動板12およびエキサイター14は、好ましくは、共に、可撓性を有する。
図示例の電気音響変換器10において、エキサイター14は、圧電フィルム18を、3枚、積層して、隣接する圧電フィルム18を、貼着層19で貼着した構成を有する。各圧電フィルム18には、圧電フィルム18を伸縮させる駆動電圧を印加する電源PSが接続される。
【0021】
図示例のエキサイター14において、圧電フィルム18は、高分子材料を含むマトリックス中に圧電体粒子を分散してなる高分子複合圧電体を、電極層で挟持し、さらに、好ましい態様として、保護層で挟持したものである。このような圧電フィルム18に関しては、後に詳述する。
なお、
図1に示すエキサイター14は、圧電フィルム18を、3層、積層したものであるが、本発明は、これに制限はされない。すなわち、本発明の電気音響変換器10において、エキサイターは、圧電フィルム18を、1層のみ、有するものでもよい。また、発明の電気音響変換器10において、エキサイターが、圧電フィルム18を、複数層、積層したものである場合には、圧電フィルム18の積層数は、2層でもよく、あるいは、4層以上でもよい。この点に関しては、後述する
図8に示すエキサイター56および
図9に示すエキサイター60も、同様である。
【0022】
本発明の電気音響変換器において、エキサイター14は、圧電フィルム18を積層したものに限定はされない。すなわち、本発明の電気音響変換器において、エキサイターは、好ましくは可撓性を有し、かつ、後述する低周波数(1Hz)における、損失正接、および、振動板に対するバネ定数の関係を満たすものであれば、各種の構成のものが利用可能である。
好ましくは、エキサイターは、後述する高周波数(1kHz)における、振動板に対するバネ定数の関係、および、損失正接の、一方、より好ましくは両方の条件を満たす。
このような条件を満たす、本発明に利用可能なエキサイターとしては、一例として、常温で粘弾性を有する粘弾性マトリックス中に高分子複合圧電体等からなる圧電体層の両面に電極を設けた圧電フィルムを1層有する、もしくは、複数層積層した、エキサイター、および、励起子等が例示される。
なお、以下に圧電フィルム18において説明する、圧電体層内の分極方向、圧電特性の面内異方性、積層および貼着層、ならびに、折り返しての積層等に関しては、これらのエキサイターにおいても同様である。
【0023】
本発明の電気音響変換器10において、エキサイター14は、動的粘弾性測定による周波数1Hzでの損失正接(tanδ)が、0~50℃の温度範囲内に極大値を有し、かつ、0~50℃の温度範囲内における極大値が0.08以上である。さらに、本発明の電気音響変換器10は、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率(E’)との積が、振動板12の厚さとヤング率との積の、3倍以下である。
好ましくは、本発明の電気音響変換器10は、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板12の厚さとヤング率との積の、0.3倍以上である。
また、好ましくは、本発明の電気音響変換器10において、エキサイター14は、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での損失正接が、0.08未満である。
本発明の電気音響変換器10は、このような構成を有することにより、優れた可撓性を有し、さらには、好ましくは音響特性にも優れた電気音響変換器を実現している。
本発明において、貯蔵弾性率(ヤング率)および損失正接の測定(動的粘弾性測定)は、動的粘弾性測定機を用いて、公知の方法で行えばよい。動的粘弾性測定機としては、一例として、SIIナノテクノロジー社製のDMS6100粘弾性スペクトロメーターが例示される。
測定条件としては、一例として、測定周波数は0.1~20Hz(0.1Hz、0.2Hz、0.5Hz、1Hz、2Hz、5Hz、10Hzおよび20Hz)が、測定温度は-20~100℃が、昇温速度は2℃/分(窒素雰囲気中)が、サンプルサイズは40mm×10mm(クランプ領域込み)が、チャック間距離は20mmが、それぞれ、例示される。
【0024】
可撓性を有する電気音響変換器10において、エキサイター14は、次の用件を具備したものであるのが好ましい。
(i) 可撓性
例えば、携帯用として新聞や雑誌のように書類感覚で緩く撓めた状態で把持する場合、絶えず外部から、数Hz以下の比較的ゆっくりとした、大きな曲げ変形を受けることになる。この時、エキサイター14が硬いと、その分、大きな曲げ応力が発生し、破壊に繋がる恐れがある。従って、エキサイター14には適度な柔らかさが求められる。また、歪みエネルギーを熱として外部へ拡散できれば応力を緩和することができる。従って、エキサイター14は、数Hz以下の比較的ゆっくりとした、大きな曲げ変形を受けた際には、損失正接が適度に大きいことが求められる。
(ii) 音質
電気音響変換器10では、20Hz~20kHzのオーディオ帯域の周波数でエキサイター14を伸縮させ、その伸縮のエネルギーによって振動板12が振動することで音が再生される。従って、振動エネルギーの伝達効率を高めるために、オーディオ帯域の周波数ではエキサイター14には適度な硬さが求められる。
【0025】
エキサイター14は、動的粘弾性測定による周波数1Hzでの損失正接が、0~50℃の温度範囲内に0.08以上の極大値を有し、さらに、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板12の厚さとヤング率との積の、3倍以下である。すなわち、エキサイター14は、動的粘弾性測定による周波数1Hzでの損失正接が0.08以上となる極大値が、0℃~50℃の温度範囲にある。なお、本発明において、0~50℃の温度範囲は、常温の温度範囲である。
このことは、エキサイター14が、常温において、ゆっくりした周波数の動きに関しては、柔らかく、しかも、損失正接が大きいこと、すなわち、曲げた際に弾性歪エネルギーが速やかに熱になり拡散されることを示している。
【0026】
本発明の電気音響変換器10は、可撓性を有する。そのため、非使用時には、折り畳まれた状態、および、巻き取るように丸められた状態等で、長時間、保持されることも考えられる。この際において、エキサイター14の損失正接(内部損失)が小さいと、曲げられたことによる弾性歪エネルギーが熱として拡散されない。その結果、圧電フィルム18にクラックおよび破壊等が生じ、また、積層して貼着された圧電フィルム18同士の剥離等が生じる。
これに対して、本発明の電気音響変換器10のエキサイター14は、常温、すなわち0~50℃の温度範囲における、動的粘弾性試験による周波数1Hzにおける損失正接の極大値が0.08以上である。その結果、エキサイター14は、外力によるゆっくりとした動きに対しては、曲げられたことによる弾性歪エネルギーを好適に熱として拡散できるので、上述のような損傷を防止することができ、すなわち、高い可撓性を得られる。
エキサイター14の、動的粘弾性試験による周波数1Hzにおける損失正接の、0~50℃の温度範囲における極大値は、0.1以上が好ましく、0.3以上がより好ましい。
なお、0~50℃における、動的粘弾性試験による周波数1Hzにおける損失正接の極大値の上限には、制限はない。エキサイター14に利用可能な材料、好ましいエキサイター14の構成等を考慮すると、0~50℃における、動的粘弾性試験による周波数1Hzにおける損失正接の極大値は、0.8以下であるのが好ましい。
なお、上述した効果が、より好適に得られる点で、エキサイター14は、周波数1Hzにおける損失正接の最大値が、0~50℃の温度範囲内に存在するのが好ましい。
【0027】
一方、振動板12は、ある程度の剛性を有するものである。このような振動板12に剛性の高いエキサイターが組み合わされると、硬く、曲げにくくなり、電気音響変換器の可撓性は悪くなる。
これに対して、本発明の電気音響変換器10は、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板12の厚さとヤング率との積の、3倍以下である。すなわち、エキサイター14は、常温におけるゆっくりとした動きに対しては、バネ定数が、振動板12の3倍以下である。
このような構成を有することにより、エキサイター14は、折り曲げる、および、丸める等の外力によるゆっくりした動きに対しては、柔らかく振舞うことができ、すなわち、ゆっくりとした動きに対して、良好な可撓性を発現する。
本発明の電気音響変換器10において、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積は、振動板12の厚さとヤング率との積の、1倍以下であるのが好ましく、0.3倍以下であるのがより好ましい。
振動板12の厚さとヤング率との積に対する、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積の下限には、制限はない。エキサイター14に利用される材料、好ましいエキサイター14の構成等を考慮すると、振動板12の厚さとヤング率との積に対する、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積は、0.1倍以上であるのが好ましい。
【0028】
すなわち、本発明の電気音響変換器10は、使用者が折り曲げる、および、丸めるなどの、外力によるゆっくりとした動きに関しては、柔らかく、かつ、曲げられたことによる弾性歪エネルギーを速やかに熱として拡散できる、優れた可撓性を有する。
【0029】
本発明の電気音響変換器10は、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板12の厚さとヤング率との積の、0.3倍以上であるのが好ましい。すなわち、エキサイター14は、常温における早い動きでは、バネ定数が、振動板12の0.3倍以上であるのが好ましい。
電気音響変換器10は、エキサイター14の面方向の伸縮によって振動板12を振動させることにより、音を発生する。従って、エキサイター14は、オーディオ帯域の周波数(20Hz~20kHz)では、振動板12に対して、ある程度の剛性(硬さ、コシ)を有するのが好ましい。
本発明の電気音響変換器10は、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での貯蔵弾性率との積を、振動板12の厚さとヤング率との積の、好ましくは0.3倍以上、より好ましくは0.5倍以上、さらに好ましくは1.0倍以上とする。すなわち、エキサイター14は、常温における早い動きに対しては、バネ定数が、振動板12の0.3倍以上であるのが好ましく、0.5倍以上であるのがより好ましく、1.0倍以上であるのがさらに好ましい。
これにより、オーディオ帯域の周波数において、振動板12に対するエキサイター14の剛性を十分に確保して、電気音響変換器10が、高いエネルギー効率で、高い音圧の音を出力できる。
振動板12の厚さとヤング率との積に対する、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1kHz、25℃での貯蔵弾性率との積の上限には、制限はない。エキサイター14に利用可能な材料、好ましいエキサイター14の構成等を考慮すると、振動板12の厚さとヤング率との積に対する、エキサイター14の厚さと動的粘弾性測定による周波数1kHz、25℃での貯蔵弾性率との積は、10倍以下であるのが好ましい。
【0030】
また、本発明の電気音響変換器10において、エキサイター14は、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃での損失正接が、0.08未満であるのが好ましい。すなわち、エキサイター14は、常温における早い動きでは、損失正接が小さいのが好ましい。
上述のように、電気音響変換器10は、エキサイター14の面方向の伸縮によって振動板12を振動させることにより、音を発生する。従って、エキサイター14は、オーディオ帯域の周波数では、エネルギーが高い方が好ましい。
本発明の電気音響変換器10は、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃でのエキサイター14の損失正接を、好ましくは0.08未満、より好ましくは0.05未満、さらに好ましくは0.03未満である。これにより、オーディオ帯域の周波数において、エキサイター14の伸縮による熱エネルギーが拡散されにくくなり、振動板12に、より高いエネルギーを与え、電気音響変換器10が、高いエネルギー効率で、高い音圧の音を出力できる。
なお、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃でのエキサイター14の損失正接の下限には、制限はない。エキサイター14に利用可能な材料、好ましいエキサイター14の構成等を考慮すると、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける周波数1kHz、25℃でのエキサイター14の損失正接は、0.01以上であるのが好ましい。
【0031】
上述のように、図示例の電気音響変換器10において、エキサイター14は、圧電フィルム18を、3枚、積層して、隣接する圧電フィルム18を、貼着層19で貼着した構成を有する。
【0032】
図2に、圧電フィルム18を断面図によって概念的に示す。
図2に示すように、圧電フィルム18は、圧電性を有するシート状物である圧電体層20と、圧電体層20の一方の面に積層される下部薄膜電極24と、下部薄膜電極24上に積層される下部保護層28と、圧電体層20の他方の面に積層される上部薄膜電極26と、上部薄膜電極26上に積層される上部保護層30とを有する。後述するが、圧電フィルム18は、好ましい態様として、厚さ方向に分極されている。
なお、図面を簡潔にして、エキサイター14の構成を明確に示すために、
図1では、下部保護層28および上部保護層30は、省略している。
【0033】
圧電フィルム18において、圧電体層20は、好ましい態様として、
図2に概念的に示すように、常温で粘弾性を有する高分子材料からなる粘弾性マトリックス34中に、圧電体粒子36を分散してなる高分子複合圧電体からなるものである。なお、本明細書において、「常温」とは、0~50℃程度の温度域を指すのは、上述のとおりである。
【0034】
ここで、高分子複合圧電体(圧電体層20)は、次の用件を具備したものであるのが好ましい。
(i) 可撓性
例えば、携帯用として新聞や雑誌のように書類感覚で緩く撓めた状態で把持する場合、絶えず外部から、数Hz以下の比較的ゆっくりとした、大きな曲げ変形を受けることになる。この時、高分子複合圧電体が硬いと、その分大きな曲げ応力が発生し、粘弾性マトリックス34と圧電体粒子36との界面で亀裂が発生し、やがて破壊に繋がる恐れがある。従って、高分子複合圧電体には適度な柔らかさが求められる。また、歪みエネルギーを熱として外部へ拡散できれば応力を緩和することができる。従って、高分子複合圧電体の損失正接が適度に大きいことが求められる。
【0035】
以上をまとめると、エキサイター14に用いるフレキシブルな高分子複合圧電体は、20Hz~20kHzの振動に対しては硬く、数Hz以下の振動に対しては柔らかく振る舞うことが求められる。また、高分子複合圧電体の損失正接は、20kHz以下の全ての周波数の振動に対して、適度に大きいことが求められる。
さらに、貼り付ける相手材(振動板)の剛性に合わせて、積層することで、簡便にバネ定数を調節できるのが好ましく、その際、貼着層19は薄ければ薄いほど、エネルギー効率を高めることができる。
【0036】
一般に、高分子固体は粘弾性緩和機構を有しており、温度上昇あるいは周波数の低下とともに大きなスケールの分子運動が貯蔵弾性率(ヤング率)の低下(緩和)あるいは損失弾性率の極大(吸収)として観測される。その中でも、非晶質領域の分子鎖のミクロブラウン運動によって引き起こされる緩和は、主分散と呼ばれ、非常に大きな緩和現象が見られる。この主分散が起きる温度がガラス転移点(Tg)であり、最も粘弾性緩和機構が顕著に現れる。
高分子複合圧電体(圧電体層20)において、ガラス転移点が常温にある高分子材料、言い換えると、常温で粘弾性を有する高分子材料をマトリックスに用いることで、20Hz~20kHzの振動に対しては硬く、数Hz以下の遅い振動に対しては柔らかく振舞う高分子複合圧電体が実現する。特に、この振舞いが好適に発現する等の点で、周波数1Hzでのガラス転移温度が常温、すなわち、0~50℃にある高分子材料を、高分子複合圧電体のマトリックスに用いるのが好ましい。
【0037】
常温で粘弾性を有する高分子材料としては、公知の各種のものが利用可能である。好ましくは、高分子材料は、常温において、動的粘弾性試験による周波数1Hzにおける損失正接(Tanδ)の極大値が、0.5以上である高分子材料を用いる。
これにより、高分子複合圧電体が外力によってゆっくりと曲げられた際に、最大曲げモーメント部における高分子マトリックスと圧電体粒子との界面の応力集中が緩和され、高い可撓性が期待できる。
【0038】
また、常温で粘弾性を有する高分子材料は、動的粘弾性測定による周波数1Hzでの貯蔵弾性率(E’)が、0℃において100MPa以上、50℃において10MPa以下、であるのが好ましい。
これにより、高分子複合圧電体が外力によってゆっくりと曲げられた際に発生する曲げモーメントが低減できると同時に、20Hz~20kHzの音響振動に対しては硬く振る舞うことができる。
【0039】
また、常温で粘弾性を有する高分子材料は、比誘電率が25℃において10以上有ると、より好適である。これにより、高分子複合圧電体に電圧を印加した際に、高分子マトリックス中の圧電体粒子にはより高い電界が掛かるため、大きな変形量が期待できる。
しかしながら、その反面、良好な耐湿性の確保等を考慮すると、高分子材料は、比誘電率が25℃において10以下であるのも、好適である。
【0040】
このような条件を満たす常温で粘弾性を有する高分子材料としては、シアノエチル化ポリビニルアルコール(シアノエチル化PVA)、ポリ酢酸ビニル、ポリビニリデンクロライドコアクリロニトリル、ポリスチレン-ビニルポリイソプレンブロック共重合体、ポリビニルメチルケトン、および、ポリブチルメタクリレート等が例示される。また、これらの高分子材料としては、ハイブラー5127(クラレ社製)などの市販品も、好適に利用可能である。なかでも、高分子材料としては,シアノエチル基を有する材料を用いることが好ましく、シアノエチル化PVAを用いるのが特に好ましい。
なお、これらの高分子材料は、1種のみを用いてもよく、複数種を併用(混合)して用いてもよい。
【0041】
このような常温で粘弾性を有する高分子材料を用いる粘弾性マトリックス34は、必要に応じて、複数の高分子材料を併用してもよい。
すなわち、粘弾性マトリックス34には、誘電特性や機械的特性の調節等を目的として、シアノエチル化PVA等の粘弾性材料に加え、必要に応じて、その他の誘電性高分子材料を添加しても良い。
【0042】
添加可能な誘電性高分子材料としては、一例として、ポリフッ化ビニリデン、フッ化ビニリデン-テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン-トリフルオロエチレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン-トリフルオロエチレン共重合体およびポリフッ化ビニリデン-テトラフルオロエチレン共重合体等のフッ素系高分子、シアン化ビニリデン-酢酸ビニル共重合体、シアノエチルセルロース、シアノエチルヒドロキシサッカロース、シアノエチルヒドロキシセルロース、シアノエチルヒドロキシプルラン、シアノエチルメタクリレート、シアノエチルアクリレート、シアノエチルヒドロキシエチルセルロース、シアノエチルアミロース、シアノエチルヒドロキシプロピルセルロース、シアノエチルジヒドロキシプロピルセルロース、シアノエチルヒドロキシプロピルアミロース、シアノエチルポリアクリルアミド、シアノエチルポリアクリレート、シアノエチルプルラン、シアノエチルポリヒドロキシメチレン、シアノエチルグリシドールプルラン、シアノエチルサッカロースおよびシアノエチルソルビトール等のシアノ基またはシアノエチル基を有するポリマー、ならびに、ニトリルゴムやクロロプレンゴム等の合成ゴム等が例示される。
中でも、シアノエチル基を有する高分子材料は、好適に利用される。
また、圧電体層20の粘弾性マトリックス34において、シアノエチル化PVA等の常温で粘弾性を有する材料に加えて添加される誘電性ポリマーは、1種に限定はされず、複数種を添加してもよい。
【0043】
また、粘弾性マトリックス34には、誘電性ポリマー以外にも、ガラス転移点Tgを調節する目的で、塩化ビニル樹脂、ポリエチレン、ポリスチレン、メタクリル樹脂、ポリブテン、および、イソブチレン等の熱可塑性樹脂、ならびに、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、アルキド樹脂、および、マイカ等の熱硬化性樹脂を添加しても良い。
さらに、粘弾性マトリックス34には、粘着性を向上する目的で、ロジンエステル、ロジン、テルペン、テルペンフェノール、および、石油樹脂等の粘着付与剤を添加しても良い。
【0044】
圧電体層20の粘弾性マトリックス34において、シアノエチル化PVA等の粘弾性を有する高分子材料以外の材料を添加する際の添加量には、特に限定は無いが、粘弾性マトリックス34に占める割合で30質量%以下とするのが好ましい。
これにより、粘弾性マトリックス34における粘弾性緩和機構を損なうことなく、添加する高分子材料の特性を発現できるため、高誘電率化、耐熱性の向上、圧電体粒子36および電極層との密着性向上等の点で好ましい結果を得ることができる。
【0045】
圧電体粒子36は、ペロブスカイト型またはウルツ鉱型の結晶構造を有するセラミックス粒子からなるものである。
圧電体粒子36を構成するセラミックス粒子としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、チタン酸ジルコン酸ランタン酸鉛(PLZT)、チタン酸バリウム(BaTiO3)、酸化亜鉛(ZnO)、および、チタン酸バリウムとビスマスフェライト(BiFe3)との固溶体(BFBT)等が例示される。
これらの圧電体粒子36は、1種のみを用いてもよく、複数種を併用(混合)して用いてもよい。
【0046】
このような圧電体粒子36の粒径には制限はなく、圧電フィルム18のサイズ、および、エキサイター14の用途等に応じて、適宜、選択すれば良い。圧電体粒子36の粒径は、1~10μmが好ましい。
圧電体粒子36の粒径をこの範囲とすることにより、圧電フィルム18が高い圧電特性とフレキシビリティとを両立できる等の点で好ましい結果を得ることができる。
【0047】
なお、
図2においては、圧電体層20中の圧電体粒子36は、粘弾性マトリックス34中に、均一かつ規則性を持って分散されているが、本発明は、これに制限はされない。
すなわち、圧電体層20中の圧電体粒子36は、好ましくは均一に分散されていれば、粘弾性マトリックス34中に不規則に分散されていてもよい。
【0048】
圧電フィルム18において、圧電体層20中における粘弾性マトリックス34と圧電体粒子36との量比には、制限はなく、圧電フィルム18の面方向の大きさおよび厚さ、エキサイター14の用途、ならびに、圧電フィルム18に要求される特性等に応じて、適宜、設定すればよい。
圧電体層20中における圧電体粒子36の体積分率は、30~80%が好ましい。また、圧電体層20中における圧電体粒子36の体積分率は、50%以上がより好ましく、従って、50~80%とするのが、さらに好ましい。
粘弾性マトリックス34と圧電体粒子36との量比を上記範囲とすることにより、高い圧電特性とフレキシビリティとを両立できる等の点で好ましい。
【0049】
圧電フィルム18において、圧電体層20の厚さには、特に限定はなく、電気音響変換器10の用途、エキサイター14における圧電フィルムの積層数、圧電フィルム18に要求される特性等に応じて、適宜、設定すればよい。
圧電体層20が厚いほど、いわゆるシート状物のコシの強さなどの剛性等の点では有利であるが、同じ量だけ圧電フィルム18を伸縮させるために必要な電圧(電位差)は大きくなる。
圧電体層20の厚さは、10~300μmが好ましく、20~200μmがより好ましく、30~150μmがさらに好ましい。
圧電体層20の厚さを、上記範囲とすることにより、剛性の確保と適度な柔軟性との両立等の点で好ましい結果を得ることができる。
【0050】
図2に示すように、図示例の圧電フィルム18は、このような圧電体層20の一面に、下部薄膜電極24を有し、その上に下部保護層28を有し、圧電体層20の他方の面に、上部薄膜電極26を有し、その上に上部保護層30を有してなる構成を有する。ここで、上部薄膜電極26と下部薄膜電極24とが電極対を形成する。
なお、本発明において、下部薄膜電極24および下部保護層28、ならびに、上部薄膜電極26および上部保護層30における上部および下部とは、圧電フィルム12を説明するために、便宜的に図面に合わせて名称を付しているものである。従って、圧電フィルム12における上部および下部には、技術的な意味は無く、また、実際の使用状態とは無関係である。
圧電フィルム18は、これらの層に加えて、例えば、上部薄膜電極26、および、下部薄膜電極24からの電極の引出しを行う電極引出し部を有し、電極引き出し部が電源PSに接続される。また、圧電フィルム18は、圧電体層20が露出する領域を覆って、ショート等を防止する絶縁層等を有していてもよい。
【0051】
すなわち、圧電フィルム18は、圧電体層20の両面を電極対、すなわち、上部薄膜電極26および下部薄膜電極24で挟持し、この積層体を、下部保護層28および上部保護層30で挟持してなる構成を有する。
このように、圧電フィルム18において、上部薄膜電極26および下部薄膜電極24で挾持された領域は、印加された電圧に応じて伸縮される。
【0052】
エキサイター14において、圧電フィルム18の下部保護層28および上部保護層30は、必須の構成要件ではなく、好ましい態様として設けられるものである。
圧電フィルム18において、下部保護層28および上部保護層30は、上部薄膜電極26および下部薄膜電極24を被覆すると共に、圧電体層20に適度な剛性と機械的強度を付与する役目を担っている。すなわち、圧電フィルム18において、粘弾性マトリックス34と圧電体粒子36とからなる圧電体層20は、ゆっくりとした曲げ変形に対しては、非常に優れた可撓性を示す一方で、用途によっては、剛性や機械的強度が不足する場合がある。圧電フィルム18は、それを補うために下部保護層28および上部保護層30が設けられる。
なお、
図1に示すエキサイター14は、好ましい態様として、全ての圧電フィルム18が、下部保護層28および上部保護層30の両方を有している。しかしながら、本発明は、これに制限はされず、保護層を有する圧電フィルムと、有さない圧電フィルムとが混在してもよい。さらに、圧電フィルムが保護層を有する場合には、圧電フィルムは、下部保護層28のみを有してもよく、上部保護層30のみを有してもよい。一例として、
図1に示すような3層構成のエキサイター14であれば、図中最上層の圧電フィルムが上部保護層30のみを有し、真ん中の圧電フィルムが保護層を有さず、最下層の圧電フィルムが下部保護層28のみを有するような構成でもよい。
【0053】
下部保護層28および上部保護層30には、制限はなく、各種のシート状物が利用可能であり、一例として、各種の樹脂フィルムが好適に例示される。
中でも、優れた機械的特性および耐熱性を有するなどの理由により、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンサルファイト(PPS)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリイミド(PI)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、トリアセチルセルロース(TAC)、および、環状オレフィン系樹脂等からなる樹脂フィルムが、好適に利用される。
【0054】
下部保護層28および上部保護層30の厚さにも、制限はない。また、下部保護層28および上部保護層30の厚さは、基本的に同じであるが、異なってもよい。
ここで、下部保護層28および上部保護層30の剛性が高過ぎると、圧電体層20の伸縮を拘束するばかりか、可撓性も損なわれる。そのため、機械的強度やシート状物としての良好なハンドリング性が要求される場合を除けば、下部保護層28および上部保護層30は、薄いほど有利である。
【0055】
圧電フィルム18においては、下部保護層28および上部保護層30の厚さが、圧電体層20の厚さの2倍以下であれば、剛性の確保と適度な柔軟性との両立等の点で好ましい結果を得ることができる。
例えば、圧電体層20の厚さが50μmで下部保護層28および上部保護層30がPETからなる場合、下部保護層28および上部保護層30の厚さは、100μm以下が好ましく、50μm以下がより好ましく、25μm以下がさらに好ましい。
【0056】
圧電フィルム18において、圧電体層20と下部保護層28との間には下部薄膜電極24が、圧電体層20と上部保護層30との間には上部薄膜電極26が、それぞれ形成される。以下の説明では、下部薄膜電極24を下部電極24、上部薄膜電極26を上部電極26、とも言う。
下部電極24および上部電極26は、圧電体層20(圧電フィルム18)に電圧を印加するために設けられる。
【0057】
本発明において、下部電極24および上部電極26の形成材料には制限はなく、各種の導電体が利用可能である。具体的には、炭素、パラジウム、鉄、錫、アルミニウム、ニッケル、白金、金、銀、銅、チタン、クロムおよびモリブデン等、これらの合金、これらの金属および合金の積層体および複合体、ならびに、酸化インジウムスズ等が例示される。中でも、銅、アルミニウム、金、銀、白金、および、酸化インジウムスズは、下部電極24および上部電極26として好適に例示される。
【0058】
また、下部電極24および上部電極26の形成方法にも制限はなく、真空蒸着およびスパッタリング等の気相堆積法(真空成膜法)やめっきによる成膜や、上記材料で形成された箔を貼着する方法等、公知の方法が、各種、利用可能である。
【0059】
中でも特に、圧電フィルム18の可撓性が確保できる等の理由で、真空蒸着によって成膜された銅およびアルミニウム等の薄膜は、下部電極24および上部電極26として、好適に利用される。その中でも特に、真空蒸着による銅の薄膜は、好適に利用される。
下部電極24および上部電極26の厚さには、制限はない。また、下部電極24および上部電極26の厚さは、基本的に同じであるが、異なってもよい。
【0060】
ここで、前述の下部保護層28および上部保護層30と同様に、下部電極24および上部電極26の剛性が高過ぎると、圧電体層20の伸縮を拘束するばかりか、可撓性も損なわれる。そのため、下部電極24および上部電極26は、電気抵抗が高くなり過ぎない範囲であれば、薄いほど有利である。
【0061】
圧電フィルム18においては、下部電極24および上部電極26の厚さと、ヤング率との積が、下部保護層28および上部保護層30の厚さとヤング率との積を下回れば、可撓性を大きく損なうことがないため、好適である。
例えば、下部保護層28および上部保護層30がPET(ヤング率:約5GPa)で、下部電極24および上部電極26が銅(ヤング率:約130GPa)であるとする。この場合に、下部保護層28および上部保護層30の厚さが25μmであるとすると、下部電極24および上部電極26の厚さは、1.0μm以下が好ましく、0.3μm以下がより好ましく、中でも0.1μm以下とするのが好ましい。
【0062】
上述したように、圧電フィルム18は、常温で粘弾性を有する高分子材料を含む粘弾性マトリックス34に圧電体粒子36を分散してなる圧電体層20を、下部電極24および上部電極26で挟持し、さらに、この積層体を、下部保護層28および上部保護層30を挟持してなる構成を有する。
このような圧電フィルム18は、動的粘弾性測定による周波数1Hzでの損失正接(Tanδ)の極大値が常温に存在するのが好ましく、0.1以上となる極大値が常温に存在するのがより好ましい。
これにより、圧電フィルム18が外部から数Hz以下の比較的ゆっくりとした、大きな曲げ変形を受けたとしても、歪みエネルギーを効果的に熱として外部へ拡散できるため、高分子マトリックスと圧電体粒子との界面で亀裂が発生するのを防ぐことができる。
【0063】
圧電フィルム18は、動的粘弾性測定による周波数1Hzでの貯蔵弾性率(E’)が、0℃において10~30GPa、50℃において1~10GPaであるのが好ましい。
これにより、常温で圧電フィルム18が貯蔵弾性率に大きな周波数分散を有することができる。すなわち、20Hz~20kHzの振動に対しては硬く、数Hz以下の振動に対しては柔らかく振る舞うことができる。
【0064】
また、圧電フィルム18は、厚さと動的粘弾性測定による周波数1Hzでの貯蔵弾性率との積が、0℃において1.0×106~2.0×106N/m、50℃において1.0×105~1.0×106N/mであるのが好ましい。
これにより、圧電フィルム18が可撓性および音響特性を損なわない範囲で、適度な剛性と機械的強度を備えることができる。
【0065】
さらに、圧電フィルム18は、動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおいて、25℃、周波数1kHzにおける損失正接が、0.05以上であるのが好ましい。
これにより、圧電フィルム18を用いたスピーカーの周波数特性が平滑になり、スピーカーの曲率の変化によって最低共振周波数f0が変化した際の音質の変化量を小さくできる。
【0066】
以下、
図3~
図7を参照して、圧電フィルム18の製造方法の一例を説明する。
【0067】
まず、
図3に示すように、下部保護層28の上に下部電極24が形成されたシート状物18aを準備する。このシート状物18aは、下部保護層28の表面に、真空蒸着、スパッタリング、および、めっき等によって、下部電極24として銅薄膜等を形成して作製すればよい。
下部保護層28が非常に薄く、ハンドリング性が悪い時などは、必要に応じて、セパレータ(仮支持体)付きの下部保護層28を用いても良い。なお、セパレータとしては、厚さ25~100μmのPET等を用いることができる。セパレータは、上部電極26および上部保護層30を熱圧着した後、下部保護層28に何らかの部材を積層する前に、取り除けばよい。
【0068】
一方で、有機溶媒に、シアノエチル化PVA等の常温で粘弾性を有する高分子材料(以下、粘弾性材料とも言う)を溶解し、さらに、PZT粒子等の圧電体粒子36を添加し、攪拌して分散してなる塗料を調製する。有機溶媒には制限はなく、ジメチルホルムアミド(DMF)、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等の各種の有機溶媒が利用可能である。
シート状物18aを準備し、かつ、塗料を調製したら、この塗料をシート状物18aにキャスティング(塗布)して、有機溶媒を蒸発して乾燥する。これにより、
図4に示すように、下部保護層28の上に下部電極24を有し、下部電極24の上に圧電体層20を形成してなる積層体18bを作製する。なお、下部電極24とは、圧電体層20を塗布する際の基材側の電極を差し、積層体における上下の位置関係を示すものではない。
【0069】
この塗料のキャスティング方法には、特に、限定はなく、スライドコータおよびドクターナイフ等の公知の方法(塗布装置)が、全て、利用可能である。
なお、粘弾性材料がシアノエチル化PVAのように加熱溶融可能な物であれば、粘弾性材料を加熱溶融して、これに圧電体粒子36を添加/分散してなる溶融物を作製し、押し出し成形等によって、
図3に示すシート状物18aの上にシート状に押し出し、冷却することにより、
図4に示すような、下部保護層28の上に下部電極24を有し、下部電極24の上に圧電体層20を形成してなる積層体18bを作製してもよい。
【0070】
上述したように、圧電フィルム18において、粘弾性マトリックス34には、シアノエチル化PVA等の粘弾性材料以外にも、PVDF等の高分子圧電材料を添加しても良い。
粘弾性マトリックス34に、これらの高分子圧電材料を添加する際には、上述した塗料に添加する高分子圧電材料を溶解すればよい。または、上述した加熱溶融した粘弾性材料に、添加する高分子圧電材料を添加して加熱溶融すればよい。
下部保護層28の上に下部電極24を有し、下部電極24の上に圧電体層20を形成してなる積層体18bを作製したら、圧電体層20の分極処理(ポーリング)を行う。
【0071】
圧電体層20の分極処理の方法には、制限はなく、公知の方法が利用可能である。好ましい分極処理の方法として、
図5および
図6に示す方法が例示される。
【0072】
この方法では、
図5および
図6に示すように、積層体18bの圧電体層20の上面20aの上に、間隔gを例えば1mm開けて、この上面20aに沿って移動可能な棒状あるいはワイヤー状のコロナ電極40を設ける。そして、このコロナ電極40と下部電極24とを直流電源42に接続する。
さらに、積層体18bを加熱保持する加熱手段、例えば、ホットプレートを用意する。
【0073】
その上で、圧電体層20を、加熱手段によって、例えば、温度100℃に加熱保持した状態で、直流電源42から下部電極24とコロナ電極40との間に、数kV、例えば、6kVの直流電圧を印加してコロナ放電を生じさせる。さらに、間隔gを維持した状態で、圧電体層20の上面20aに沿って、コロナ電極40を移動(走査)して、圧電体層20の分極処理を行う。
これにより、圧電体層20は厚さ方向に分極される。
【0074】
このようなコロナ放電を利用する分極処理(以下、便宜的に、コロナポーリング処理とも言う)において、コロナ電極40の移動は、公知の棒状物の移動手段を用いればよい。
また、コロナポーリング処理では、コロナ電極40を移動する方法にも、制限はされない。すなわち、コロナ電極40を固定し、積層体18bを移動させる移動機構を設け、この積層体18bを移動させて分極処理をしてもよい。この積層体18bの移動も、公知のシート状物の移動手段を用いればよい。
さらに、コロナ電極40の数は、1本に限定はされず、複数本のコロナ電極40を用いて、コロナポーリング処理を行ってもよい。
また、分極処理は、コロナポーリング処理に制限はされず、分極処理を行う対象に、直接、直流電界を印加する、通常の電界ポーリングも利用可能である。ただし、この通常の電界ポーリングを行う場合には、分極処理の前に、上部電極26を形成する必要が有る。
なお、この分極処理の前に、圧電体層20の表面を加熱ローラ等を用いて平滑化する、カレンダー処理を施してもよい。このカレンダー処理を施すことで、後述する熱圧着工程がスムーズに行える。
【0075】
このようにして積層体18bの圧電体層20の分極処理を行う一方で、上部保護層30の上に上部電極26が形成されたシート状物18cを、準備する。このシート状物18cは、上部保護層30の表面に、真空蒸着、スパッタリング、めっき等によって上部電極26として銅薄膜等を形成して、作製すればよい。
次いで、
図7に示すように、上部電極26を圧電体層20に向けて、シート状物18cを、圧電体層20の分極処理を終了した積層体18bに積層する。
さらに、この積層体18bとシート状物18cとの積層体を、上部保護層30と下部保護層28とを挟持するようにして、加熱プレス装置や加熱ローラ対等で熱圧着して、圧電フィルム18を作製する。
【0076】
後述するが、
図1に示す電気音響変換器10において、エキサイター14は、このような圧電フィルム18を積層して、好ましい態様として貼着層19で貼着した構成を有する。ここで、図示例のエキサイター14は、好ましい態様として、
図1に圧電体層20に付した矢印で示すように、隣接する圧電フィルム18における分極方向が互いに逆である。
【0077】
圧電セラミックスを積層した一般的な積層セラミック圧電素子は、圧電セラミックスの積層体を作製した後に分極処理を行う。各圧電層の界面には共通電極しか存在せず、そのため、各圧電層の分極方向は積層方向で交互になる。
【0078】
これに対して、図示例のエキサイター14を構成する圧電フィルム18は、積層前の圧電フィルム18の状態で分極処理を行うことができる。圧電フィルム18は、好ましくは、
図5および
図6に示すように、上部電極26および上部保護層30を積層する前に、コロナポーリング処理によって圧電体層20の分極処理を行う。
従って、エキサイター14は、分極処理済の圧電フィルム18を積層して作製できる。好ましくは、分極処理を施した長尺な圧電フィルム(大面積の圧電フィルム)を作製し、切断して個々の圧電フィルム18とした後に、圧電フィルム18を積層してエキサイター14とする。
そのため、エキサイター14は、隣接する圧電フィルム18における分極方向を、積層方向で揃えることもできるし、
図1に示すように、交互にもできる。
【0079】
図1に示すエキサイター14は、好ましい態様として、隣接する圧電フィルム18の分極方向を互いに逆にして、複数層(図示例は3層)の圧電フィルム18を積層し、隣接する圧電フィルム18を貼着層19で貼着した構成を有する。
【0080】
本発明において、貼着層19は、隣接する圧電フィルム18を貼着可能であれば、公知のものが、各種、利用可能である。
従って、貼着層19は、上述した、接着剤からなる層でも、粘着剤からなる層でも、接着剤と粘着剤との両方の特徴を持った材料からなる層でもよい。また、貼着層19は、液体等の流動性を有する貼着剤を塗布して形成するものでも、シート状の貼着剤を用いて形成するものでもよい。
ここで、エキサイター14は、積層した複数枚の圧電フィルム18を伸縮させることで、例えば、後述するように振動板12を振動させて、音を発生させる。従って、エキサイター14は、各圧電フィルム18の伸縮が、直接的に伝達されるのが好ましい。圧電フィルム18の間に、振動を緩和するような粘性を有する物質が存在すると、圧電フィルム18の伸縮のエネルギーの伝達効率が低くなってしまい、エキサイター14の駆動効率が低下してしまう。
この点を考慮すると、貼着層19は、粘着剤からなる粘着剤層よりも、固体で硬い貼着層19が得られる、接着剤からなる接着剤層であるのが好ましい。より好ましい貼着層19としては、具体的には、ポリエステル系接着剤およびスチレン・ブタジエンゴム(SBR)系接着剤等の熱可塑タイプの接着剤からなる貼着層が好適に例示される。
接着は、粘着とは異なり、高い接着温度を求める際に有用である。また、熱可塑タイプの接着剤は『比較的低温、短時間、および、強接着』を兼ね備えており、好適である。
【0081】
エキサイター14において、貼着層19の厚さには制限はなく、貼着層19の形成材料に応じて、十分な貼着力を発現できる厚さを、適宜、設定すればよい。
ここで、図示例のエキサイター14は、貼着層19が薄い方が、圧電体層20の伸縮エネルギー(振動エネルギー)の伝達効果を高くして、エネルギー効率を高くできる。また、貼着層19が厚く剛性が高いと、圧電フィルム18の伸縮を拘束する可能性もある。
この点を考慮すると、貼着層19は、圧電体層20よりも薄いのが好ましい。すなわち、エキサイター14において、貼着層19は、硬く、薄いのが好ましい。具体的には、貼着層19の厚さは、貼着後の厚さで0.1~50μmが好ましく、0.1~30μmがより好ましく、0.1~10μmがさらに好ましい。
なお、後述するが、図示例のエキサイター14は、隣接する圧電フィルムの分極方向が互いに逆であり、隣接する圧電フィルム18同士がショートする恐れが無いので、貼着層19を薄くできる。
【0082】
図示例のエキサイター14においては、貼着層19のバネ定数(厚さ×ヤング率)が高いと、圧電フィルム18の伸縮を拘束する可能性がある。従って、貼着層19のバネ定数は圧電フィルム18のバネ定数と同等か、それ以下であるのが好ましい。
具体的には、貼着層19の厚さと、動的粘弾性測定による周波数1Hzでの貯蔵弾性率(E’)との積が、0℃において2.0×106N/m以下、50℃において1.0×106N/m以下であるのが好ましい。
また、貼着層の動的粘弾性測定による周波数1Hzでの内部損失が、粘着剤からなる貼着層19の場合には25℃において1.0以下、接着剤からなる貼着層19の場合には25℃において0.1以下であるのが好ましい。
【0083】
なお、電気音響変換器10を構成するエキサイター14において、貼着層19は、好ましい態様として設けられるものであり、必須の構成要素ではない。
従って、本発明の電気音響変換器10を構成するエキサイターが、圧電フィルム18を積層したものである場合には、貼着層19を有さず、公知の圧着手段、締結手段、および、固定手段等を用いて、エキサイターを構成する圧電フィルム18を積層して、密着させて、エキサイターを構成してもよい。例えば、圧電フィルム18が矩形である場合には、四隅をボルトナットのような部材で締結してエキサイターを構成してもよく、または、四隅と中心部とをボルトナットのような部材で締結してエキサイターを構成してもよい。あるいは、圧電フィルム18を積層した後、周辺部(端面)に粘着テープを貼着することで、積層した圧電フィルム18を固定して、エキサイターを構成してもよい。
しかしながら、この場合には、電源PSから駆動電圧を印加した際に、個々の圧電フィルム18が独立して伸縮してしまい、場合によっては、各圧電フィルム18各層が逆方向に撓んで空隙ができてしまう。このように、個々の圧電フィルム18が独立して伸縮した場合には、エキサイターとしての駆動効率が低下してしまい、エキサイター全体としての伸縮が小さくなって、当接した振動板等を十分に振動させられなくなってしまう可能性がある。特に、各圧電フィルム18各層が逆方向に撓んで空隙ができてしまった場合には、エキサイターとしての駆動効率の低下は大きい。
この点を考慮すると、本発明の電気音響変換器を構成するエキサイターは、図示例のエキサイター14のように、隣接する圧電フィルム18同士を貼着する貼着層19を有するのが好ましい。
【0084】
本発明の電気音響変換器10は、エキサイター14の厚さと、動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積が、振動板12の厚さとヤング率との積の3倍以下である。すなわち、エキサイター14は、常温におけるゆっくりとした動きに対しては、バネ定数が、振動板12の3倍以下である。
上述した説明から明らかなように、エキサイター14の厚さと、動的粘弾性測定による周波数1Hz、25℃での貯蔵弾性率との積には、貼着層19の厚さはもちろん、貼着層19の貯蔵弾性率等の物性も、大きく影響する。
他方、振動板12の厚さとヤング率との積、すなわち、振動板のバネ定数には、振動板の厚さはもちろん、振動板の物性も、大きく影響する。
従って、本発明の電気音響変換器10では、常温におけるゆっくりとした動きに対して、エキサイター14のバネ定数が振動板12のバネ定数の3倍以下となるように、貼着層19の厚さおよび材料(種類)、ならびに、振動板12の厚さおよび材料を、適宜、選択するのが好ましい。言い換えれば、本発明の電気音響変換器10においては、圧電フィルム18の特性等に応じて、貼着層19の厚さおよび材料、ならびに、振動板12厚さおよび材料を、適宜、選択することで、好適に、常温におけるゆっくりとした動きに対するエキサイター14のバネ定数を、振動板12のバネ定数の3倍以下にできる。
【0085】
図1に示すように、電気音響変換器10において、各圧電フィルム18の下部電極24および上部電極26には、圧電フィルム18を伸縮させる駆動電圧を印加する電源PSが接続される。
電源PSには、制限はなく、直流電源でも交流電源でもよい。また、駆動電圧も、各圧電フィルム18の圧電体層20の厚さおよび形成材料等に応じて、各圧電フィルム18を適正に駆動できる駆動電圧を、適宜、設定すればよい。
後述するが、図示例のエキサイター14は、隣接する圧電フィルム18の分極方向が逆である。そのため、隣接する圧電フィルム18では、下部電極24同士および上部電極26同士が対面する。従って、電源PSは、交流電源でも直流電源でも、対面する電極には、常に同じ極性の電力を供給する。例えば、
図1に示すエキサイター14では、図中最下層の圧電フィルム18の上部電極26と、2層目(真ん中)の圧電フィルム18の上部電極26とには、常に同じ極性の電力が供給され、2層目の圧電フィルム18の下部電極24と、図中最上層の圧電フィルム18の下部電極24とには、常に同じ極性の電力が供給される。
【0086】
下部電極24および上部電極26から電極の引き出し方法には、制限はなく、公知の各種の方法が利用可能である。
一例として、下部電極24および上部電極26に銅箔等の導電体を接続して外部に電極を引き出す方法、および、レーザ等によって下部保護層28および上部保護層30に貫通孔を形成して、この貫通孔に導電性材料を充填して外部に電極を引き出す方法、等が例示される。
好適な電極の引き出し方法として、特開2014-209724号公報に記載される方法、および、特開2016-015354号公報に記載される方法等が例示される。
【0087】
上述したように、図示例の電気音響変換器10において、エキサイター14は、複数層の圧電フィルム18を積層して、隣接する圧電フィルム18同士を貼着層19で貼着した構成を有する。
また、図示例のエキサイター14は、隣接する圧電フィルム18の分極方向が、互いに逆である。すなわち、図示例のエキサイター14は、圧電フィルム18の積層方向(厚さ方向)に向かって、分極方向が交互になるように、圧電フィルム18が積層される。
【0088】
上述したように、このようなエキサイター14に貼着層16によって振動板12を貼着することにより、
図1に示す本発明の電気音響変換器10が構成される。
エキサイター14は、複数層の圧電フィルム18を積層したものである。圧電フィルム18を構成する圧電体層20は、粘弾性マトリックス34に圧電体粒子36を分散してなるものである。また、圧電体層20を厚さ方向で挟むように、下部電極24および上部電極26が設けられる。
【0089】
このような圧電体層20を有する圧電フィルム18の下部電極24および上部電極26に電圧を印加すると、印加した電圧に応じて圧電体粒子36が分極方向に伸縮する。その結果、圧電フィルム18(圧電体層20)が厚さ方向に収縮する。同時に、ポアゾン比の関係で、圧電フィルム18は、面内方向にも伸縮する。
この伸縮は、0.01~0.1%程度である。
上述したように、圧電体層20の厚さは、好ましくは10~300μm程度である。従って、厚さ方向の伸縮は、最大でも0.3μm程度と非常に小さい。
これに対して、圧電フィルム18すなわち圧電体層20は、面方向には、厚さよりもはるかに大きなサイズを有する。従って、例えば、圧電フィルム18の長さが20cmであれば、電圧の印加によって、最大で0.2mm程度、圧電フィルム18は伸縮する。
【0090】
上述したように、振動板12は、貼着層16によってエキサイター14に貼着されている。従って、圧電フィルム18の伸縮によって、振動板12は撓み、その結果、振動板12は、厚さ方向に振動する。
この厚さ方向の振動によって、振動板12は、音を発生する。すなわち、振動板12は、圧電フィルム18に印加した電圧(駆動電圧)の大きさに応じて振動して、圧電フィルム18に印加した駆動電圧に応じた音を発生する。
ここで、PVDF等の高分子材料からなる一般的な圧電フィルムは、分極処理後に一軸方向に延伸処理することで、延伸方向に対して分子鎖が配向し、結果として延伸方向に大きな圧電特性が得られることが知られている。そのため、一般的な圧電フィルムは、圧電特性に面内異方性を有し、電圧を印加された場合の面方向の伸縮量に異方性がある。
これに対して、図示例の電気音響変換器10において、エキサイター14を構成する、粘弾性マトリックス34中に圧電体粒子36を分散してなる高分子複合圧電体からなる圧電フィルム18は、分極処理後に延伸処理をせずとも大きな圧電特性が得られるため、圧電特性に面内異方性がなく、面内方向では全方向に等方的に伸縮する。すなわち、図示例の電気音響変換器10において、エキサイター14を構成する圧電フィルム18は、等方的に二次元的に伸縮する。このような等方的に二次元的に伸縮する圧電フィルム18を積層したエキサイター14によれば、一方向にしか大きく伸縮しないPVDF等の一般的な圧電フィルムを積層した場合に比べ、大きな力で振動板12を振動することができる。その結果、振動板12は、より大きく、かつ、美しい音を発生できる。
【0091】
上述したように、図示例のエキサイター14は、このような圧電フィルム18を、複数枚、積層したものである。図示例のエキサイター14は、好ましい態様として、さらに、隣接する圧電フィルム18同士を、貼着層19で貼着している。
そのため、1枚毎の圧電フィルム18の剛性が低く、伸縮力は小さくても、圧電フィルム18を積層することにより、剛性が高くなり、エキサイター14としての伸縮力は大きくなる。その結果、エキサイター14は、振動板12がある程度の剛性を有するものであっても、大きな力で振動板12を十分に撓ませて、厚さ方向に振動板12を十分に振動させて、振動板12に音を発生させることができる。
また、圧電体層20が厚い方が、圧電フィルム18の伸縮力は大きくなるが、その分、同じ量、伸縮させるのに必要な駆動電圧は大きくなる。ここで、上述したように、エキサイター14において、好ましい圧電体層20の厚さは、最大でも300μm程度であるので、個々の圧電フィルム18に印加する電圧が小さくても、十分に、圧電フィルム18を伸縮させることが可能である。
【0092】
ここで、図示例の電気音響変換器10において、上述したように、エキサイター14は、隣接する圧電フィルム18の圧電体層20の分極方向が、互いに逆である。
圧電フィルム18において、圧電体層20に印加する電圧の極性は、分極方向に応じたものとなる。従って、印加する電圧の極性は、
図1に矢印で示す分極方向において、矢印が向かう方向側(矢印の下流側)の電極の極性と、逆側(矢印の上流側)の電極の極性とは、全ての圧電フィルム18で一致させる。
図示例においては、分極方向を示す矢印が向かう方向側の電極を下部電極24、逆側の電極を上部電極26として、全ての圧電フィルム18において、上部電極26と下部電極24との極性を同極性にする。
従って、隣接する圧電フィルム18の圧電体層20の分極方向が、互いに逆であるエキサイター14においては、隣接する圧電フィルム18では、一方の面で上部電極26同士が対面し、他方の面で下部電極同士が対面する。そのため、図示例のエキサイター14では、隣接する圧電フィルム18の電極同士が接触しても、ショート(短絡)する恐れがない。
【0093】
上述したように、エキサイター14を良好なエネルギー効率で伸縮するためには、貼着層19が圧電体層20の伸縮を妨害しないように、貼着層19を薄くするのが好ましい。
これに対して、隣接する圧電フィルム18の電極同士が接触しても、ショートする恐れが無い図示例のエキサイター14では、貼着層19が無くてもよく、好ましい態様として貼着層19を有する場合でも、必要な貼着力が得られれば、貼着層19を極めて薄くできる。
そのため、高いエネルギー効率でエキサイター14を伸縮させることができる。
【0094】
なお、上述したように、圧電フィルム18においては、厚さ方向の圧電体層20の伸縮の絶対量は非常に小さく、圧電フィルム18の伸縮は、実質的に、面方向のみとなる。
従って、積層される圧電フィルム18の分極方向が逆であっても、下部電極24および上部電極26に印加する電圧の極性さえ正しければ、全ての圧電フィルム18は同じ方向に伸縮する。
【0095】
なお、エキサイター14において、圧電フィルム18の分極方向は、d33メーター等で検出すれば良い。
または、上述した際のコロナポーリング処理の処理条件から、圧電フィルム18の分極方向を知見してもよい。
【0096】
図示例のエキサイター14は、好ましくは、上述したように、長尺(大面積)の圧電フィルムを作製し、長尺な圧電フィルムを切断して、個々の圧電フィルム18とする。従って、この場合は、エキサイター14を構成する複数枚の圧電フィルム18は、全て同じものである。
しかしながら、本発明は、これに制限はされない。すなわち、本発明の電気音響変換器において、エキサイターは、例えば、下部保護層28および上部保護層30を有する圧電フィルムと有さない圧電フィルムなど、異なる層構成の圧電フィルムを積層した構成、および、圧電体層20の厚さが異なる圧電フィルムを積層した構成等、各種の構成が利用可能である。
【0097】
図1に示す電気音響変換器10において、エキサイター14は、複数枚の圧電フィルム18を、隣接する圧電フィルム同士で分極方向を逆にして積層して、好ましい態様として、隣接する圧電フィルム18を貼着層19で貼着したものである。
本発明の電気音響変換器において、圧電フィルムを積層してなるエキサイターは、これに制限はされず、各種の構成が利用可能である。
【0098】
図8に、その一例を示す。なお、
図8に示すエキサイター56は、上述したエキサイター14を同じ部材を、複数、用いるので、同じ部材には同じ符号を付し、説明は、異なる部位を主に行う。
図8に示すエキサイター56は、本発明の電気音響変換器に用いられるエキサイターのより好ましい態様であり、長尺な圧電フィルム18Lを、例えば長手方向に、1回以上、好ましくは複数回、折り返すことにより、圧電フィルム18Lを複数層、積層したものである。また、上述した
図1等に示すエキサイター14と同様、
図8に示されるエキサイター56も、好ましい態様として、折り返しによって積層された圧電フィルム18Lを、貼着層19によって貼着している。
厚さ方向に分極された長尺な1枚の圧電フィルム18Lを、折り返して積層することで、積層方向に隣接(対面)する圧電フィルム18Lの分極方向は、
図8中に矢印で示すように、逆方向になる。
【0099】
この構成によれば、一枚の長尺な圧電フィルム18Lのみでエキサイター56を構成できる。また、この構成によれば、駆動電圧を印加するための電源PSが1個で済み、さらに、圧電フィルム18Lからの電極の引き出しも、1か所でよい。
そのため、
図8に示すエキサイター56によれば、部品点数を低減し、かつ、構成を簡略化して、圧電素子(モジュール)としての信頼性を向上し、さらに、コストダウンを図ることができる。
【0100】
図8に示すエキサイター56のように、長尺な圧電フィルム18Lを折り返したエキサイター56では、圧電フィルム18Lの折り返し部に、圧電フィルム18Lに当接して芯棒58を挿入するのが好ましい。
上述したように、圧電フィルム18Lの下部電極24および上部電極26は、金属の蒸着膜等で形成される。金属の蒸着膜は、鋭角で折り曲げられると、ヒビ(クラック)等が入りやすく、電極が断線してしまう可能性がある。すなわち、
図8に示すエキサイター56では、屈曲部の内側において、電極にヒビ等が入り易い。
これに対して、長尺な圧電フィルム18Lを折り返したエキサイター56において、圧電フィルム18Lの折り返し部に芯棒58を挿入することにより、下部電極24および上部電極26が折り曲げられることを防止して、断線が生じることを好適に防止できる。
【0101】
本発明の電気音響変換器において、エキサイターは、導電性を有する貼着層19を用いてもよい。特に、
図8に示すような、長尺な1枚の圧電フィルム18Lを、折り返して積層したエキサイター56では、導電性を有する貼着層19は、好ましく利用される。
図1および
図8に示すような、隣接する圧電フィルム18の分極方向が逆であるエキサイターにおいては、積層される圧電フィルム18において、対面する電極には、同じ極性の電力が供給される。従って、対面する電極間で短絡が生じることは無い。
一方で、上述したように、圧電フィルム18Lを、折り返して積層したエキサイター56は、鋭角的に折り返される屈曲部の内側において、電極の断線が生じやすい。
従って、導電性を有する貼着層19によって、積層した圧電フィルム18Lを貼着することにより、屈曲部の内側において電極の断線が生じても、貼着層19によって導通を確保できるので、断線を防止して、エキサイター56の信頼性を大幅に向上できる。
【0102】
ここで、エキサイター56を構成する圧電フィルム18Lは、好ましくは、
図2に示すように、下部電極24および上部電極26に対面して積層体を挟持するように、下部保護層28および上部保護層30を有する。
この場合には、導電性を有する貼着層19を用いても、導電性を確保できない。そのため、圧電フィルム18Lが保護層を有する場合には、積層される圧電フィルム18Lの下部電極24同士および上部電極26同士が対面する領域において、下部保護層28および上部保護層30に貫通孔を設けて、下部電極24および上部電極26と、導電性を有する貼着層19とを接触させればよい。好ましくは、下部保護層28および上部保護層30に形成した貫通孔を銀ペーストまたは導電性の貼着剤で塞ぎ、その上で、導電性を有する貼着層19で隣接する圧電フィルム18Lを貼着する。
【0103】
下部保護層28および上部保護層30の貫通孔は、レーザ加工、ならびに、溶剤エッチングおよび機械研磨などによる保護層の除去等によって形成すればよい。
下部保護層28および上部保護層30の貫通孔は、好ましくは圧電フィルム18Lの屈曲部以外で、積層される圧電フィルム18Lの下部電極24同士および上部電極26同士が対面する領域に1か所でもよく、複数個所でもよい。または、下部保護層28および上部保護層30の貫通孔は、下部保護層28および上部保護層30の全面に、規則的または、不規則に形成してもよい。
導電性を有する貼着層19には、制限はなく、公知のものが、各種、利用可能である。
【0104】
以上の電気音響変換器のエキサイターは、積層された圧電フィルム18の分極方向が、隣接する圧電フィルム18で逆方向であるが、本発明は、これに制限はされない。
すなわち、本発明の電気音響変換器において、圧電フィルム18を積層したエキサイターは、
図9に示すエキサイター60のように、圧電フィルム18(圧電体層20)の分極方向が、全て同方向であってもよい。
ただし、
図9に示すように、積層する圧電フィルム18の分極方向が、全て同方向であるエキサイター60では、隣接する圧電フィルム18同士では、下部電極24と上部電極26とが対面する。そのため、貼着層19を十分に厚くしないと、貼着層19の面方向の外側の端部において、隣接する圧電フィルム18の下部電極24と上部電極26とが接触して、ショートしてしまう恐れがある。
そのため、
図9に示すように、積層する圧電フィルム18の分極方向が、全て同方向であるエキサイター60では、貼着層19を薄くすることができず、
図1および
図8に示すエキサイターに対して、エネルギー効率の点で、不利である。
【0105】
以上、本発明の電気音響変換器について詳細に説明したが、本発明は上述の例に限定はされず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変更を行ってもよいのは、もちろんである。
【実施例0106】
以下、本発明の具体的実施例を挙げ、本発明についてより詳細に説明する。
【0107】
[圧電フィルムの作製]
上述した
図3~
図7に示す方法によって、
図2に示すような圧電フィルムを作製した。
まず、下記の組成比で、シアノエチル化PVA(CR-V 信越化学工業社製)をメチルエチルケトン(MEK)に溶解した。その後、この溶液に、PZT粒子を下記の組成比で添加して、プロペラミキサー(回転数2000rpm)で分散させて、圧電体層を形成するための塗料を調製した。
・PZT粒子・・・・・・・・・・・1000質量部
・シアノエチル化PVA・・・・・・・100質量部
・MEK・・・・・・・・・・・・・・600質量部
なお、PZT粒子は、市販のPZT原料粉を1000~1200℃で焼結した後、これを平均粒径3.5μmになるように解砕および分級処理したものを用いた。
【0108】
一方、幅が23cm、厚さ4μmの長尺なPETフィルムに、厚さ0.1μmの銅薄膜を真空蒸着してなる、
図3に示すようなシート状物を用意した。すなわち、本例においては、上部電極および下部電極は、厚さ0.1mの銅蒸着薄膜であり、上部保護層および下部保護層は厚さ4μmのPETフィルムとなる。
なお、プロセス中、良好なハンドリングを得るために、PETフィルムには厚さ50μmのセパレータ(仮支持体PET)付きのものを用い、薄膜電極および保護層の熱圧着後に、各保護層のセパレータを取り除いた。
【0109】
このシート状物の下部電極(銅蒸着薄膜)の上に、スライドコータを用いて、先に調製した圧電体層を形成するための塗料を塗布した。塗料は、乾燥後の塗膜の膜厚が40μmになるように、塗布した。
次いで、シート状物の上に塗料を塗布した物を、120℃のオーブンで加熱乾燥することでMEKを蒸発させた。これにより、
図4に示すような、PET製の下部保護層の上に銅製の下部電極を有し、その上に、厚さが40μmの圧電体層を形成してなる積層体を作製した。
【0110】
この積層体の圧電体層を、上述した
図5および
図6に示すコロナポーリングによって、厚さ方向に分極処理した。なお、分極処理は、圧電体層の温度を100℃として、下部電極とコロナ電極との間に6kVの直流電圧を印加してコロナ放電を生じさせて行った。
【0111】
分極処理を行った積層体の上に、
図7に示すように、PETフィルムに銅薄膜を真空蒸着してなる同じシート状物を積層した。
次いで、積層体とシート状物との積層体を、ラミネータ装置を用いて120℃で熱圧着することで、圧電体層と上部電極および下部電極とを接着して、圧電体層を上部電極と下部電極とで挟持し、この積層体を、上部保護層と下部保護層とで挟持した。
これにより、
図2に示すような圧電フィルムを作製した。
【0112】
[実施例1]
図10に概念的に示すように、作製した圧電フィルムを5×100cmに切断して、長尺な圧電フィルムFを作製した。
長手方向の一方の端部において、所定の保護層のみを剥離して電極面を露出させ、電極引き出し用の銅箔Cを電極面に積層して、引き出し電極とした。
圧電体層に積層し、シート状物を、元のように貼着した。
【0113】
次いで、熱接着シート(トーヨーケム社製、リオエルムTSU41SI-25DL、厚さ25μm)を5×20cm程度に切断して、熱接着シートAとした。
次いで、
図10および
図11に概念的に示すように、この熱接着シートAを挟むように、圧電フィルムFの銅箔と逆側の端部を折り返し、加熱プレス機で接着した。
図11に示すように、このような、圧電フィルムFを折り返して熱接着シートAを挟み、加圧プレス機で接着する操作を、圧電フィルムFを長手方向に表裏反転して、繰り返し、行った。これにより、圧電フィルムFを4回折り返して、5層積層した、
図11の下段に示すようなエキサイターを作製した。
作製したエキサイターの厚さは、350μmであった。
【0114】
厚さ300μmのPETフィルムを用意した。
このPETフィルムを30×20cmに切断して、振動板とした。
【0115】
作製したエキサイターおよび振動板について、1×4cmの短冊状の試験片を作製して動的粘弾性測定を行い、周波数1Hzにおける損失正接(tanδ)、周波数1kHzにおける損失正接、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率(E’)、および、周波数1kHz、25℃における貯蔵弾性率を測定した。
なお、材料の応答が十分に弾性的である場合、貯蔵弾性率はヤング率と一致する。そのため、振動板については、得られた測定データから、周波数1Hz、25℃における振動板の貯蔵弾性率を、振動板のヤング率とした。
【0116】
測定は、動的粘弾性測定機(SIIナノテクノロジー社製、DMS6100粘弾性スペクトロメーター)を用いて行った。
測定条件は、測定温度範囲は-20~100℃とし、昇温速度は2℃/分(窒素雰囲気中)とした。測定周波数は0.1Hz、0.2Hz、0.5Hz、1Hz、2Hz、5Hz、10Hzおよび20Hzとした。測定モードは引っ張り測定とした。さらに、チャック間距離は20mmとした。
【0117】
その結果、エキサイターは、周波数1Hzの損失正接が、0~50℃の温度範囲において、18℃に0.2の極大値(最大値)を有していた。また、エキサイターの周波数1kHz、25℃における損失正接は、0.07であった。
また、エキサイターの周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率は、5.1GN/m2であった。上述のように、エキサイターの厚さは、350μmである。従って、エキサイターの、厚さと、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率との積は、350μm×5.1GN/m2で、1.8MN/mである。
さらに、エキサイターの動的粘弾性測定から得られたマスターカーブにおける、エキサイターの周波数1kHz、25℃における貯蔵弾性率は、15.4GN/m2であった。エキサイターの厚さは、350μmである。従って、エキサイターの、厚さと、周波数1kHz、25℃における貯蔵弾性率との積は、350μm×15.4GN/m2で、5.4MN/mである。
【0118】
他方、振動板(厚さ300μmのPETフィルム)のヤング率は、5GPaであった。
振動板の厚さは300μmであるので、振動板の厚さとヤング率との積、すなわち、振動板のバネ定数は、1.5MN/mである。
従って、振動板のバネ定数の3倍は、4.5MN/mである。また、振動板のバネ定数の0.3倍は、0.45MN/mである。
【0119】
熱接着シート(トーヨーケム社製、リオエルムTSU41SI-25DL、厚さ25μm)および加熱プレス機を用いて、30×20cmの振動板の中央に、エキサイターを貼着して、電気音響変換器を作製した。
【0120】
[比較例1]
厚さ50μmのPETフィルムを用意した。このPETフィルムを30×20cmに切断して、振動板とした。
振動板のヤング率を、実施例1と同様に測定した。その結果、振動板のヤング率は、5GPaであった。
振動板の厚さは50μmであるので、振動板の厚さとヤング率との積、すなわち、振動板のバネ定数は、0.25MN/mである。従って、振動板のバネ定数の3倍は、0.75MN/mである。
この振動板を用いた以外は、実施例1と同様に、電気音響変換器を作製した。
【0121】
[比較例2]
熱接着シートAを、日東シンコー社製のFB-ML4(厚さ70μm版)に変更した以外は、実施例1と同様に、エキサイターを作製した。作製したエキサイターの厚さは、530μmであった。
【0122】
作製したエキサイターについて、実施例1と同様に、周波数1Hzでの損失正接の0~50℃における極大値、および、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率を測定した。
その結果、エキサイターは、周波数1Hzでの損失正接が、0~50℃の温度範囲において、15℃に0.07の極大値(最大値)を有していた。
また、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率は、4.7GN/m2であった。上述のように、エキサイターの厚さは、530μmである。従って、エキサイターの厚さと、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率との積は、530μm×4.7GN/m2で、2.5MN/mである。
このエキサイターを用いた以外は、実施例1と同様に、電気音響変換器を作製した。
【0123】
[比較例3]
比較例2のエキサイターと、比較例1の振動板とを用いて、実施例1と同様に電気音響変換器を作製した。
【0124】
[実施例2]
厚さ4000μmのPETフィルムを用意した。このPETフィルムを30×20cmに切断して、振動板とした。
振動板のヤング率を、実施例1と同様に測定した。その結果、振動板のヤング率は、5GPaであった。
振動板の厚さは4000μmであるので、振動板の厚さとヤング率との積、すなわち、振動板のバネ定数は、20MN/mである。従って、振動板のバネ定数の3倍は、60MN/mである。また、振動板のバネ定数の0.3倍は、6MN/mである。
この振動板を用いた以外は、実施例1と同様に、電気音響変換器を作製した。
【0125】
[評価]
作製した電気音響変換器について、以下のようにして、可撓性の評価を行った。
鉄製の丸棒を用い、振動板の中央部が曲率半径5cmになるように180°折り返す屈曲試験を、10000回、行った。
10000回の屈曲試験を行っても、いずれの界面からも剥離を生じない場合をA;
1000~9999回の屈曲試験の間に、何れかの界面から剥離を生じた場合をB;
999回までの屈曲試験の間に、何れかの界面から剥離を生じた場合をC;
と評価した。
【0126】
また、実施例1と実施例2の電気音響変換器に関しては、音圧の測定も行った。
音圧の測定は、電気音響変換器にサイン波を印加して、振動板の中央から、振動板の表面と直交する方向に1m離れた場所に測定マイクを配置して、行った。
結果を下記の表に示す。
【0127】
【0128】
上記の表に示すように、エキサイターの周波数1Hzでの損失正接が0~50℃の温度範囲内に極大を有し、かつ、この極大が0.08以上であり、さらに、エキサイターの厚さと、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率との積が、振動板のバネ定数(厚さ×ヤング率)の3倍以下である本発明の電気音響変換器は、良好な可撓性を有する。
これに対して、エキサイターの厚さと、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率との積が、振動板のバネ定数の3倍を超える比較例1、および、エキサイターの周波数1Hzでの損失正接が0~50℃の温度範囲内に極大を有するが、この極大が0.08未満である比較例2は、可撓性に劣る。
さらに、エキサイターの周波数1Hzでの損失正接が0~50℃の温度範囲内に極大を有するが、この極大が0.08未満であり、かつ、エキサイターの厚さと、周波数1Hz、25℃における貯蔵弾性率との積が、振動板のバネ定数の3倍を超える比較例3は、可撓性が非常に悪い。
【0129】
また、エキサイターの厚さと、周波数1kHz、25℃でのエキサイターの貯蔵弾性率との積が、振動板のバネ定数の0.3倍以上であり、かつ、エキサイターの周波数1kHz、25℃での損失正接が、0.08未満である、実施例1は、高い音圧が得られ、音響特性にも優れる。
一方、エキサイターの周波数1kHz、25℃での損失正接が、0.08未満であるが、エキサイターの厚さと、周波数1kHz、25℃でのエキサイターの貯蔵弾性率との積が、振動板のバネ定数の0.3倍未満である実施例4は、実施例1に比して、若干、音圧が低い。
【0130】
他の実施例および比較例として、長尺な圧電フィルムを折り返すのではなく、カットシート状の圧電フィルムを用いて、同様の電気音響変換器を作製した。
すなわち、作製した圧電フィルムから、5×20cmに切断した圧電フィルムを5枚、切り出した。この圧電フィルムを5枚、実施例1および実施例2、ならびに、比較例1~3と同様に、接着剤シートを挟んで積層、接着して、5枚の圧電フィルムを積層したエキサイターを作製した。
このエキサイターを用いた以外は、実施例1および実施例2、ならびに、比較例1~3と同様に、振動板を貼着して、電気音響変換器を作製した。作製した電気音響変換器に対して、同様に評価を行った。なお、電極の引き出しは、個々の圧電フィルムから、同様に行った。
その結果、いずれの電気音響変換器でも、エキサイターを5×100cmの長尺な圧電フィルムを折り返して作製した実施例1および実施例2、ならびに、比較例1~3と、ほぼ同じ結果が得られた。
さらに、25×20cmの圧電フィルムを用意して、これも交互に表裏反転して、4回繰り返し折り返すことで、5×20cmのエキサイターを作製した。この場合でも、実施例1および実施例2、ならびに、比較例1~3と、ほぼ同じ結果が得られた。
【0131】
以上の結果より、本発明の効果は、明らかである。