(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022189816
(43)【公開日】2022-12-22
(54)【発明の名称】電子メディエータのスクリーニング方法、電気化学的測定法、燃料電池及び装置の製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20221215BHJP
H01M 8/16 20060101ALI20221215BHJP
G01N 27/327 20060101ALI20221215BHJP
【FI】
G01N27/416 302M
H01M8/16
G01N27/327 353R
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022094419
(22)【出願日】2022-06-10
(31)【優先権主張番号】P 2021097392
(32)【優先日】2021-06-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載アドレス:https://doi.org/10.1002/elsa.202100036 電気通信回線発表日:令和3年6月26日
(71)【出願人】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鉞 陽介
(72)【発明者】
【氏名】豊岡 美穂
(57)【要約】
【課題】従来の問題点を少なくとも部分的に解決し得るメディエータ、並びにこれを用いる方法及び装置を提供すること。
【解決手段】メディエータのスクリーニング方法であって、水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、水への溶解度が低い化合物を選択する工程、酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、選択された化合物を連続サイクリックボルタンメトリに供したときの電流値維持率を算出する工程、及び良好な電流値維持率を示した候補化合物を電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程を含むスクリーニング方法、並びに電気化学的測定方法、及び燃料電池の製造法等を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学的測定に使用可能なメディエータのスクリーニング方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、及び
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、
を含む、電気化学的測定に使用可能なメディエータのスクリーニング方法。
【請求項2】
電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを使用する電気化学的測定方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素を固定化した電極に添加し、基質を添加し、
所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを用いて電気化学的測定を行うことを含む、電気化学的測定方法。
【請求項3】
電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる燃料電池の製造方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、及び
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、燃料電池を製造する工程、
を含む、燃料電池の製造方法。
【請求項4】
電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる電気化学的測定装置の製造方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、及び
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、電気化学的測定用装置を製造する工程、
を含む、電気化学的測定装置の製造方法。
【請求項5】
電流値維持率の算出を、サイクリックボルタンメトリにより行う請求項1~4のいずれか1項に記載の方法であって、工程v)として、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加してサイクリックボルタンメトリを連続的に行い、1サイクル目のサイクリックボルタンメトリにおける所定の電位V印加時の酸化電流値a1を100%とし、10サイクル目のサイクリックボルタンメトリにおける前記所定の電位V印加時の酸化電流値a10を測定して電流値維持率(a2/a1 %)に代えて(a10/a1 %)を算出する工程、
を含む、
請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
工程vii)において、電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを電極と接触させる、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
工程ii)において、化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が1.9以下である水溶性メディエータが選択対象から除外される、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
工程iii)において、化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.4以上である化合物が候補化合物として選択される、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子メディエータのスクリーニング方法、電気化学的測定法、燃料電池の製造方法及び電気化学的測定用装置の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素で修飾された電極は、医療用分析用のバイオセンサーやバイオ燃料電池等の生体電子デバイスの中心的な構成である。酵素修飾電極は、グルコース等の天然燃料分子から電流を発生させ得る。生体電子デバイスのほとんどは、メディエータ(電子メディエータともいう)と呼ばれるレドックス活性分子を介して、酵素活性部位と電極表面との間で媒介された電子移動を利用する。従来型のメディエータ分子(例えばフェリシアニド、フェナジン誘導体、キノン誘導体等)は水溶性であり、これらの酵素のタンパク質内部に埋没している活性部位内へと自由に拡散する。
【0003】
例えば特許文献1は、メディエータ分子が水への溶解性に優れることの重要性を強調している。例えば当該文献の段落[0013]には「親水性官能基を有するキノン類化合物は、親水性官能基を有さないキノン類化合物に比べ、水への溶解性に優れることが期待される。キノン類化合物が水への溶解性に優れることで、キノン類化合物が、液体試料中に溶解した標的物質および酵素分子と衝突する機会が増える。その結果、応答電流の増大及び測定に要する時間の短縮が期待できる。」とある。また当該文献の段落[0178]では、メディエータの水への溶解度が評価され、段落[0179]では試験した化合物が「メディエータとして好適な溶解度を示した」とある。このように、メディエータ分子は水への溶解度が高いことが望ましいことが技術常識であった。
【0004】
しかしながら、水溶液中で拡散するメディエータを備えた酵素燃料電池は、アノード電極とカソード電極との間で同じメディエータが両方の電極を行き来してしまい、出力が低下することがある。メディエータをいずれか一方の電極のみに接触させるために、半透膜等の複雑な構成を必要とし、電池の構造を複雑化し、電池の小型化の妨げになるため、望ましいわけではない。さらに、メディエータが酵素燃料電池の電極から離れて拡散してしまうという点は、別の側面においても課題となりうる。例えば、糖尿病管理のための連続グルコースモニタリングという用途等において、酵素燃料電池や酵素電極を利用したデバイスを患者の皮膚表面等に装着して利用する等といった実用場面を想定した際、人体皮膚表面に接触させたモニタリング用のデバイスからメディエータが漏出して、人体にそれが触れることを回避するという危険防止等の観点からも、容易に拡散して漏出しうるメディエータをそのまま使用することには危険が潜在しうる。
【0005】
こうした最近の背景により、酵素とメディエータとを共に固定化することがより重要となっている。現在までに、最も広く使用されている固定化方法の1つは、オスミウム錯体を架橋固定したレドックスヒドロゲルへの酵素の埋め込みである。しかし、オスミウム錯体はオスミウム原子が強い毒性を持つために、使用後の処分が困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2011/024487号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Haneda, et al., Electrochim. Acta 2012, 2, 175-178
【非特許文献2】Yoshida, et al., JPhys Energy. 2020, 82, 044004
【非特許文献3】Ito, et al., Biosens. Bioelectron. 2019, 1, 114-123
【非特許文献4】Nakashima, et al., Langmuir 2016, 32, 12986-12994
【非特許文献5】Yamashita, et al., Enzyme Microbial. Technol., 2013, 52, 123-128
【非特許文献6】Trifonov et al., ACS nano, 2013, 7, 11358-11368
【非特許文献7】Niiyama et al., J. Power Sorce, 2019, 427, 49-55
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題を少なくとも部分的に解決し得るメディエータ、並びにこれを用いる方法及び装置を提供することを課題とする。また、本発明は、上記の問題を少なくとも部分的に解決し得るメディエータを取得する方法、並びにこれを用いる方法及び装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題解決のために鋭意研究を重ね、種々の水溶性メディエータ分子を試験したが、電極から遊離しにくく、燃料電池においてメディエータがカソード/アノード電極の両方に作用してしまう課題やメディエータが電極から漏出するという課題を解決しうる性質の化合物は得られなかった。そこで本発明者らは、これまでのメディエータ分子に関する技術常識に反して、水溶性のメディエータ分子よりも、むしろ、水への溶解度が低いメディエータ分子の方が、電極からの脱離を抑制するのではないかと考え、酵素から電極への電子の受け渡しが可能な電子メディエータを見出すことができないかという新たな着想により、検討・探索に着手した。その取り組みの中で、候補化合物の水への溶解傾向及びオクタノールへの溶解傾向を評価し、従来であれば棄却されていたであろう、水への溶解傾向の低い化合物についてさらに、検討を進めた。その結果、驚くべきことに、水への溶解度が低いメディエータ分子であっても酵素から電極への電子の受け渡しが可能であることを見出し、さらに電極からの脱離を抑制され、電極の連続使用に適していることを見出し、かかる探索方法を一実施形態として包含する本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、以下の実施形態を包含する。
[1] 電気化学的測定に使用可能なメディエータのスクリーニング方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、及び
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、
を含む、電気化学的測定に使用可能なメディエータのスクリーニング方法。
[2] 電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを使用する電気化学的測定方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素を固定化した電極に添加し、基質を添加し、
所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを用いて電気化学的測定を行うことを含む、電気化学的測定方法。
[3] 電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる燃料電池の製造方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、及び
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、燃料電池を製造する工程、
を含む、燃料電池の製造方法。
[4] 電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる電気化学的測定装置の製造方法であって、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、及び
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、電気化学的測定用装置を製造する工程、
を含む、電気化学的測定装置の製造方法。
[5] 電流値維持率の算出を、サイクリックボルタンメトリにより行う実施形態1~4のいずれかに記載の方法であって、工程v)として、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加してサイクリックボルタンメトリを連続的に行い、1サイクル目のサイクリックボルタンメトリにおける所定の電位V印加時の酸化電流値a1を100%とし、10サイクル目のサイクリックボルタンメトリにおける前記所定の電位V印加時の酸化電流値a10を測定して電流値維持率(a2/a1 %)に代えて(a10/a1 %)を算出する工程、
を含む、実施形態1~4のいずれかに記載の方法。
[6] 工程vii)において、電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを電極と接触させる、実施形態4又は5に記載の方法。
[7] 工程ii)において、化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が1.9以下である水溶性メディエータが選択対象から除外される、実施形態1~6のいずれかに記載の方法。
[8] 工程iii)において、化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.4以上である化合物が候補化合物として選択される、実施形態1~7のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の効果として、電気化学的測定に使用し得るメディエータ分子を特定することができる。また、かかるメディエータ分子を電気化学的測定に用いることができる。また、そのような電気化学的測定法を構築することができ、さらにそのような電気化学的測定を行う装置を製造することができる。また、かかるメディエータ分子により燃料電池を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
ある実施形態において、本開示は、電気化学的測定に使用可能なメディエータのスクリーニング方法を提供する。このスクリーニング方法は、「i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程」を含み得る。
【0013】
また、本開示のスクリーニング方法は、「ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程」を含み得る。ここでいう水溶性メディエータ(拡散メディエータと表現することもある。)とは明らかに水溶性であるメディエータであり、例えば溶質1分子を溶解させるために溶媒が1分子しか必要とされないメディエータ、例えば溶質1分子を溶解させるために溶媒が1~10分子程度しか必要とされないメディエータ、及び例えば溶質1分子を溶解させるために溶媒が10~30分子程度しか必要とされないメディエータを包含するものとする。当業者であれば化合物の水溶性を適宜、評価することができる。一例として、化合物のオクタノール/水分配係数(logP)により評価する方法が挙げられるが、これに限らない。ある実施形態では、工程ii)において、結果的に化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が0.7以下、0.8以下、0.9以下、1.0以下、1.1以下、1.2以下、1.3以下、1.4以下、1.5以下、1.6以下、1.7以下、1.8以下、例えば1.9以下である水溶性メディエータが選択対象から除外されうる。
【0014】
また、本開示のスクリーニング方法は、「iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程」を含み得る。本明細書において、水への溶解度は、例えばオクタノール/水分配係数(logP)により評価することができる。この工程において、水への溶解度が低い化合物としては、例えば化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.0以上である化合物、例えば化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.1以上である化合物、例えば化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.2以上である化合物、例えば化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.3以上である化合物、例えば化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.4以上である化合物が挙げられる。水への溶解度が低い化合物のオクタノール/水分配係数(logP)は本来的には上限はないが、説明の便宜上、上限を50以下、40以下、30以下、20以下、10以下、8以下、例えば7以下、6.9以下、6.8以下、6.7以下、6.6以下、6.5以下、6.4以下、6.3以下、6.2以下、6.1以下、例えば6.0以下、例えば5.9以下、5.8以下、5.7以下、5.6以下、5.5以下、5.4以下、5.3以下、5.2以下、5.1以下、5.0以下と設定し得る。ある実施形態において、水への溶解度が低い化合物は、オクタノール/水分配係数(logP)が2.0~50、2.1~40、2.2~30、2.3~20、2.4~10、2.4~9、2.4~8、2.4~7、2.4~6.9、2.4~6.8、2.4~6.7、2.4~6.6、2.4~6.5、2.4~6.4、2.4~6.3、2.4~6.2、2.4~6.1、2.4~6.0、2.4~5.9、2.4~5.8、2.4~5.7、2.4~5.6、2.4~5.5、2.4~5.4、2.4~5.3、2.4~5.2、2.4~5.1、2.4~5.0の化合物であり得る。特に記載が無い場合は、本明細書中のlogPは化合物の還元体のlogPを意味する。
【0015】
logP値は、化合物の疎水性/親水性の尺度を表し、対象化合物のlogP値が大きいほど疎水性であり、小さいほど親水性である。logPは化合物が親水性であるか疎水性であるかを表すパラメータとして広く知られている。logPは測定により、又は下記式により求め得る。
【0016】
[数1]
オクタノール/水分配係数=logP (P=So/Sw)
(式中、Soは25℃におけるn-オクタノール中での該有機化合物の溶解度
Swは25℃における純水中での該有機化合物の溶解度である)
【0017】
一般に、n-オクタノールと水という二つの溶媒系における物質の分配係数は、上記式によりlogP値として算出される値と、測定により求めることができる値との間でほとんど差はない。logP値は学術文献にも記載されているが、logP値を計算により求める方法が近年提案されており、分子軌道計算に基づくもの、Hanschのデータを利用するフラグメント法、及びHPLCによる方法などがある。本明細書ではlogP値は、ソフトウエアChemDraw (Prime 6.01、PerkinElmer社製)の簡易計算法を用いて算出した。本明細書では便宜上、化合物のlogP値は、ChemDraw (Prime 6.01、PerkinElmer社製)により当該化合物について算出される値をいうものとする。また、本明細書では特に断らない限り、化合物のlogP値は、25℃における値をいうものとする。なお、これはlogP値をChemDraw (Prime 6.01、PerkinElmer社製)等のソフトウエアを用いて算出しなければならないことを意味するものではない。測定により求めたlogP値とソフトウエアにより計算した値とが十分に近いときは、測定により求めた値を使用し得る。測定により求めたlogP値とソフトウエアにより計算した値とで乖離がある場合は、換算係数aを使用して、
[数2]
ソフトウエアにより計算した値×a=測定により求めたlogP値
となるように換算し得る。また、本明細書おけるlogP値についての範囲は、ChemDraw (Prime 6.01、PerkinElmer社製)とは異なるソフトウエア又は測定法により値を求めた場合、当該異なるソフトウエア又は測定法により求めた換算値として、それぞれ読み替えるものとする。例えば、本明細書に開示のスクリーニング方法により電気化学的測定に使用可能なメディエータとして選択された、ある化合物Xについて、ソフトウエアのlogP計算値が2.4であるが、測定により求めたlogP値はAであり、本明細書に開示のスクリーニング方法により電気化学的測定に使用可能なメディエータとして選択された、ある化合物Yについて、ソフトウエアのlogP計算値が6.3であるが、測定により求めたlogP値はBであるとした場合、本明細書におけるlogPが2.4~6.3という範囲は、測定により求めたlogPとしてA~Bという範囲に読み替えるものとする。
【0018】
また、本開示のスクリーニング方法は、「iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程」を含み得る。特定の理論に拘束されることを望むものではないが、水への溶解度の低い化合物であっても、酸化されるとイオン化する化合物は、電気化学的測定に使用した場合、電極から脱離し得ると考えられる。したがって本開示のスクリーニング方法は、そのような化合物を選択対象から除外し得る。酸化されたときにイオン化する化合物としては、限定するものではないが、金属錯体が挙げられる。当業者であれば、任意の化合物について、酸化されたときにイオン化するか否か、容易に決定することができる。例えばフェロセンやフェロセン誘導体は酸化されたときにイオン化される。
【0019】
また、本開示のスクリーニング方法は、「v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、アンペロメトリを行い、電流値維持率(%)を算出する工程」を含み得る。ここで、電流維持率(電流値維持率)とは、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%としたときの、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2のパーセンテージ(a2/a1 %)をいう。なお、酸化還元酵素の存在下で電極と接触させとは、酸化還元酵素が電極上に固定化されている場合を含み、さらに、酸化還元酵素が電解質用液中に存在しそれが電極と接触している場合も含むものとする。また、所定時間経過中には、必ずしも電位Vを印加し続ける必要はなく、単に所定時間が経過すればよい。そして所定時間経過後(例えば、2秒後、5秒後、10秒後、20秒後、30秒後、60秒後、2分後、5分後、10分後などありうるがこれに限らない。)に該所定の電位Vを印加し酸化電流値a2を測定すればよい。印加する所定の電位は、例えば-0.2V~+0.5Vの範囲内の電位、例えば0V、+0.05V、+0.1V、+0.15V、+0.2V、+0.25V、+0.3V、+0.35V、+0.4V、+0.45V、例えば+0.5Vとし得るがこれに限らない。印加する所定の電位は、設計する測定系や、酸化還元酵素、基質(測定対象)に応じて決定し得る。所定の電位Vは、候補化合物の酸化還元電位よりも高い電位とし得る。これにより、所定の電位Vを印加することで、候補化合物が酸化され、応答電流が観測され得る。なお、当業者であれば、化合物の酸化還元電位は、従来公知の方法や、定法により容易に決定し得る。本明細書では、特に断らない限り、酸化還元電位は、Ag/AgCl電極を基準電極としたときの酸化還元電位をいうものとする。
【0020】
また、本開示のスクリーニング方法は、工程v)として、「v)選択された化合物を、酸化還元酵素を含む電極に添加し、基質を添加してサイクリックボルタンメトリを連続的に行い、電流値維持率(%)を算出する工程」を含み得る。選択された化合物は電極に対して、物理吸着による固定化を行うものとする。ここで、電流維持率とは、サイクリックボルタンメトリを用いる評価系の場合には、1サイクル目のサイクリックボルタンメトリにおける所定の電位V印加時の酸化電流値a1を100%としたときの、2サイクル目のサイクリックボルタンメトリにおける前記所定の電位V印加時の酸化電流値a2のパーセンテージ(a2/a1 %)をいう。また、特に断らない限り、サイクリックボルタンメトリにおける電流値とは、負の電位から正の電位を変化させているときの所定の電位印加時の電流値のことであり、酸化電流値と表現することもある。サイクリックボルタンメトリを行うときの印加電位の上限と下限とは電極の電位窓に応じて決定し得る。例えば炭素電極の電位窓は約-1.0V~約+1.0Vの範囲である。また掃引速度は適宜設定し得る。ある実施形態において、掃引速度は1 mV/sec、2 mV/sec、3 mV/sec、4 mV/sec、5 mV/sec、6 mV/sec、7 mV/sec、8 mV/sec、9 mV/sec、10 mV/sec、20 mV/sec、30 mV/sec、40 mV/sec、50 mV/sec、60 mV/sec、70 mV/sec、80 mV/sec、90 mV/sec、100 mV/sec、又は200 mV/secとし得るが、これに限らない。なお本明細書では、特に断らない限り、電位窓はpH 7における電位窓をいうものとする。
【0021】
また、本開示のスクリーニング方法は、「vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程」を含み得る。閾値は、電気化学的測定に使用可能なメディエータの電流維持率が含まれるが、電気化学的測定の使用に適さないメディエータの電流維持率が含まれないような値となるよう適宜、設定し得る。例えば、本発明者らはDPPD(N,N'-ジフェニル-p-フェニレンジアミン)、IPPD(4-イソプロピルアミノジフェニルアミン)及び6PPD((1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミン)がメディエータとして使用し得ることを確認した。これらの化合物はいずれも、特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、約100%の電流維持率を示した。ある実施形態において、閾値は、特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を160秒としたときに、96%以上、97%以上、98%以上、若しくは99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定し得る。またmPMS(1-Methoxy-5-methylphenazinium methylsulfate)は特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、電流維持率が71%であった。したがって、ある実施形態において、閾値は、当該特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、若しくは95%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定し得る。また、mPMSは特定の酸化還元酵素、及び特定の電極と使用した場合に、工程v)の所定時間を480秒としたときに、電流維持率が88%であり、所定時間を640秒としたときに、電流維持率が84%であった。そのため、mPMSを、当該特定の酸化還元酵素、及び特定の電極と使用し、所定時間を600秒とした場合には、電流維持率は84~88%の範囲に含まれるものと考えられる。ある実施形態において、閾値は、当該特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、88%を超える電流維持率、例えば90%以上、若しくは95%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定し得る。また、ある実施形態において、閾値は、特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を60秒、70秒、80秒、90秒、100秒、110秒、120秒、130秒、140秒、150秒、160秒、170秒、180秒、190秒、200秒、210秒、220秒、230秒、240秒、5分、6分、7分、8分、9分、10分、15分、20分、30分、60分、120分、180分、又は240分としたときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、又は99.5%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定し得る。また、ある実施形態において、閾値は、特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を60秒としたときに、96%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、75%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定され得る。これは候補化合物がいずれかの電流維持率条件を満たせばよいことを意味する。
【0022】
閾値の設定は、使用する具体的な酸化還元酵素の種類及びその由来、使用する電極の種類、具体的な電極材料及びその表面積、使用する溶媒、及び/又は電気化学的測定条件に応じて、適宜設定し得る。例えば、使用する具体的な酸化還元酵素の種類及びその由来、使用する電極の種類、具体的な電極材料及びその表面積、使用する溶媒等の条件を決定し、本明細書に開示されている良好な電子伝達特性を示したメディエータを用いて、電気化学的測定を行い、当該条件下での電流維持率を確認することができる。次に、当該条件下での電流維持率と同水準となる電流維持率を、当該条件における閾値として設定することができる。同水準とは、元の電流維持率±10%の電流維持率をいうものとする。例えばある酸化還元酵素Enzyme 1及び電極Electrode 1について、本明細書に開示のスクリーニング方法により電気化学的測定に使用可能なメディエータとして選択された化合物Xを使用し、工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上の電流維持率が得られた場合、閾値は工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定し得る。また、別の酸化還元酵素Enzyme 2及び電極Electrode 2について、本明細書に開示のスクリーニング方法により電気化学的測定に使用可能なメディエータとして選択された化合物Xを使用し、工程v)の所定時間を1200秒としたときに、90%以上の電流維持率が得られた場合、閾値は工程v)の所定時間を1200秒としたときに、90%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定し得る。ある実施形態において、閾値を決定するためのモデル化合物として、DPPD、IPPD又は6PPD、或いはBasic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用し得る。この場合、DPPD、IPPD又は6PPD或いはBasic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用してある条件下での電流維持率を決定し、次に、当該条件下での電流維持率と同水準となる電流維持率を、当該条件における閾値として設定することができる。このような閾値を便宜上、本明細書において、DPPDに基づく閾値、IPPDに基づく閾値、6PPDに基づく閾値、Basic blue 17に基づく閾値、フェナントレンキノンに基づく閾値、又はメチレンブルーに基づく閾値ということがある。ただし、これは閾値をDPPD、IPPD又は6PPD或いはBasic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用して決定しなければならないことを意味する訳ではない。DPPD、IPPD、6PPD、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを用いて閾値を設定し、本開示のスクリーニング方法により電気化学的測定に使用可能なメディエータとして化合物Zを選択したならば、次は、当該化合物Zを用いて閾値を設定し、本開示のスクリーニング方法を実行して、さらに別の化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとして選択し得る。
【0023】
ある実施形態において、特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、水溶性メディエータの電流維持率を確認しうる。そして、当該水溶性メディエータの電流維持率に基づく閾値を設定し、当該特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いた場合に該閾値を超える電流維持率を示す候補化合物を選択し得る。
【0024】
特定の実施形態では、工程v)において、サイクリックボルタンメトリを2周以上、例えば3、4、5、6、7、8、9、又は10周以上行うことができる。このとき、各サイクルにおける前記所定の電位印加時の電流値を、それぞれ、a2、a3、a4、a5、a6、a7、a8、a9、a10とする。また、各サイクリックボルタンメトリのサイクルにおける電流値維持率を算出することができる。このとき、各サイクルにおける電流値維持率を、それぞれ(a2/a1 %)、(a3/a1 %)、(a4/a1 %)、(a5/a1 %)、(a6/a1 %)、(a7/a1 %)、(a8/a1 %)、(a9/a1 %)、(a10/a1 %)とする。さらに、2、3、4、5、6、7、8、9、又は10サイクル目のサイクリックボルタンメトリについての電流維持率が閾値以上である候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとすることができる。上記のとおり、閾値は、電気化学的測定に使用可能なメディエータの電流維持率が含まれるが、電気化学的測定の使用に適さないメディエータの電流維持率が含まれないような値となるよう適宜、設定し得る。例えば、本発明者らはDPPD、IPPD及び6PPDがメディエータとして使用し得ることを確認した。これらの化合物はいずれも、工程v)においてDPPDは10mV/s、IPPD及び6PPDは20mV/sの走査速度での連続サイクリックボルタンメトリに供したときに、10サイクル目のCVにおいて、約100%の電流維持率(a10/a1%)を示した。mPMSは10サイクル目のCVにおいて71%の電流維持率(a10/a1 %)を示した。したがって、ある実施形態において、閾値は、工程v)において10mv/sの走査速度での連続サイクリックボルタンメトリを行ったときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、又は95%以上の電流維持率(a10/a1 %)を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定し得る。ただし上記の値は、走査速度を10mV/sまたは20mV/sとしたときの値である。異なる走査速度にてCVを行う場合は、閾値は対応する電流維持率(a10/a1%)に基づき決定される。
【0025】
ある実施形態において本開示は、電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを使用する電気化学的測定を提供する。この方法は、i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを用いて電気化学的測定を行う、ことを含み得る。工程i)~vi)については上記に説明したとおりである。閾値は、上記のように設定してもよく、例えば特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を160秒としたときに、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、例えば95%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定することができる。或いは、上記のようにモデル化合物として、例えばDPPD、IPPD又は6PPD或いはアズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用して電流維持率を測定し、これに基づき閾値を決定し得る。工程vii)の電気化学的測定は特に限定されず、例えば従来公知の電気化学的測定方法やその改良法や変法が挙げられる。また、工程vii)の電気化学的測定は、サイクリックボルタンメトリに限られず、アンペロメトリ、クロノアンペロメトリ、クーロンメトリ、クロノポテンシオメトリ、ボルタンメトリ、ポテンショメトリ、オープンサーキットポテンシャルなどあらゆる電気化学的測定が包含される。例えば測定対象基質がグルコースであれば、グルコースデヒドロゲナーゼやグルコースオキシダーゼを用いたアンペロメトリ法により、グルコースが酸化される際の電流を測定することで、試料中のグルコース濃度を算出することができる。また、例えば測定対象基質が乳酸であれば、乳酸デヒドロゲナーゼや乳酸オキシダーゼを用いたアンペロメトリ法により、乳酸が酸化される際の電流を測定することで、試料中の乳酸濃度を算出することができる。他の基質についても同様である。印加電圧は条件や装置の設定にもよるが、例えば-1000mV~+1000mV(vs. Ag/AgCl)などとすることができる。なお、工程v)と工程vii)とで、電気化学的測定の方法や条件は、同じである必要はない。
【0026】
ある実施形態において本開示は、電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる電極の製造方法を提供する。この方法は、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、電極を製造する工程、
を含み得る。工程i)~vi)については上記に説明したとおりである。閾値は、上記のように設定してもよく、例えば特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を60秒としたときに、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、例えば95%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定することができる。或いは、上記のようにモデル化合物として、例えばDPPD、IPPD又は6PPD或いはアズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用して電流維持率を測定し、これに基づき閾値を決定し得る。工程vii)は特に限定されず、例えば電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを電極にそのまま適用してもよく、有機溶媒に溶解させてから電極に適用することもでき、又は高分子に包摂して、電極に吸着させてもよい。電極は酸化還元酵素を固定化したものであり得る。酸化還元酵素の電極への固定化は任意の公知の方法により行い得る。例えば酸化還元酵素をビーズや膜、電極表面に固定化してもよい。固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、ポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、グルタルアルデヒドを用いて酸化還元酵素をカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。固定化する酸化還元酵素の量は、電気化学的測定或いは燃料電池発電に必要な電流を生じうる量とすることができ、適宜決定しうる。電極としては、例えばカーボン電極、金電極、白金電極などが挙げられ、この電極上に酸化還元酵素を塗布または固定化し得る。さらに、導電性材料としてCo、Pd、Rh、Ir、Ru、Os、Re、Ni、Cr、Fe、Mo、Ti、Al、Cu、V、Nb、Zr、Sn、In、Ga、Mg、Pbのうち少なくとも一種類の元素を含む金属微粒子が含まれていてもよく、これらは、合金であっても、めっきを施したものであってよい。カーボンとして、カーボンナノチューブやカーボンブラック、グラファイト、フラーレン、及びその誘導体等も含まれる。ある実施形態において本開示は、かかる電極を有するセンサーも提供する。
【0027】
ある実施形態において本開示は、電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる電極改変剤の製造方法を提供する。この方法は、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、電極改変剤を製造する工程、
を含み得る。工程i)~vi)については上記に説明したとおりである。閾値は、上記のように設定してもよく、例えば特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を60秒としたときに、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、例えば95%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定することができる。或いは、上記のようにモデル化合物として、例えばDPPD、IPPD又は6PPD或いはアズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用して電流維持率を測定し、これに基づき閾値を決定し得る。工程vii)は特に限定されず、例えば電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを電極改変剤に通常使用される成分と混合してもよく、又は特定の実施形態では電気化学的測定に使用可能とされたメディエータをそのまま電極改変剤として使用することもできる。電極改変剤に通常使用される成分としては水やエタノール、アセトンなどの溶媒が挙げられるがこれに限らない。
【0028】
ある実施形態において本開示は、電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる燃料電池の製造方法を提供する。この方法は、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、及び
vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、燃料電池を製造する工程、
を含み得る。工程i)~vi)については上記に説明したとおりである。閾値は、上記のように設定してもよく、例えば特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を160秒としたときに、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、例えば95%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定することができる。或いは、上記のようにモデル化合物として、例えばDPPD、IPPD又は6PPD或いはアズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用して電流維持率を測定し、これに基づき閾値を決定し得る。工程vii)の製造方法は特に限定されず、例えば従来公知の燃料電池の製造方法を含む。また、工程vii)にいう燃料電池は、アノード電極側に存在する酸化還元酵素を含むか、又はアノード電極に固定化された酸化還元酵素を含み得る。なお、本明細書において固定化は吸着固定化を含むものとする。また、燃料電池は燃料層を有し得る。燃料層には、酸化還元酵素に対応した基質、例えばグルコース等の燃料が含まれ得る。燃料層は、発電時に系に燃料が添加されるよう構成されていてもよい。燃料電池はまた、カソードを有し、アノードとカソードとの間に負荷抵抗及びそのための配線を備えうる。また、燃料電池は、場合によりアノードとカソードを分離するイオン交換膜を有し得る。イオン交換膜は1nm~20nmの孔を有し得る。アノードは炭素電極のような一般的な電極であり得る。例えば、カーボンブラック、グラファイト、活性炭等の導電性炭素質からなる電極や、金、白金等の金属からなる電極を用いることができる。具体的には、カーボンペーパー、グラッシーカーボン、HOPG(高配向性熱分解グラファイト)等が挙げられる。対をなすカソードとしては、例えば、白金や白金合金等、燃料電池において一般的に用いられている電極触媒を、カーボンブラック、グラファイト、活性炭のような炭素質材料、又は金、白金等からなる導電体に担持させた電極や、白金や白金合金等の電極触媒そのものからなる導電体をカソード電極として用い、酸化剤(カソード側基質、酸素等)を電極触媒に供給するような形態とすることができる。
【0029】
ある実施形態において本開示は、電気化学的測定に使用可能なメディエータをスクリーニングし、同定されたメディエータを用いる電気化学的測定装置の製造方法を提供する。この方法は、
i)候補となる化合物又は化合物群を選択対象として選択する工程、
ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程、
iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程、
iv)酸化されるとイオン化されるメディエータを選択対象から除外する工程、
v)選択された化合物を、酸化還元酵素の存在下で、電極と接触させ、基質を添加し、所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a1を100%とし、所定時間経過後に該所定の電位Vを印加したときの酸化電流値a2を測定して、電流値維持率(a2/a1 %)を算出する工程、vi)工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程、及び
vii)工程vi)において電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを使用し、電気化学的測定用装置を製造する工程、
を含み得る。工程i)~vi)については上記に説明したとおりである。閾値は、上記のように設定してもよく、例えば特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を160秒としたときに、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を1600秒としたときに、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、例えば95%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定されるか、または特定の酸化還元酵素、及び特定の電極を用いて、工程v)の所定時間を600秒としたときに、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、例えば99%以上の電流維持率を示す化合物の電流維持率と等しいか又はこれを超えるように設定することができる。或いは、上記のようにモデル化合物として、例えばDPPD、IPPD又は6PPD或いはアズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用して電流維持率を測定し、これに基づき閾値を決定し得る。工程vii)の製造方法は特に限定されず、例えば従来公知の電気化学的測定装置の製造方法を含む。また、工程vii)にいう電気化学的測定装置は、サイクリックボルタンメトリ測定用装置に限られず、アンペロメトリ、クロノアンペロメトリ、クーロンメトリ、クロノポテンシオメトリ、ボルタンメトリ、ポテンショメトリ、オープンサーキットポテンシャル等などあらゆる電気化学的測定を行うことができる電気化学的測定装置を包含する。電気化学的測定用装置は電極を備え得る。電気化学的測定用装置を製造する工程は、電気化学的測定に使用可能とされたメディエータを電極と接触させる工程を含み得る。電気化学的測定装置は、電気化学的測定に慣用的に用いられる他の構成も備え得る。例えば電気化学的測定装置は、ポテンショスタットやガルバノスタット、配線、情報処理機構等を備えてもよく、或いはこれらの構成に接続されていてもよい。情報処理機構は、CPU、メモリ、ハードディスクドライブ等の内部記憶媒体又は外部記憶媒体、又は外部記憶媒体接続機構、モデム、イーサーネット、無線LAN、Wifi(商標)、Bluetooth(登録商標)等の通信インタフェースや通信手段、ディスプレイ、タッチパネル、マウスやキーボードといった入力手段等を備え得る。前記メモリや外部記憶装置等の所定領域に設定したプログラムにしたがって電気信号を解析し、電気化学的測定を行ったり、定量測定を行うことができる。情報処理機構は、汎用又は専用コンピュータであり得る。また電気化学的測定用装置はポータブルデバイスであり得る。電極をこうした構成と接続することもまた、電気化学的測定用装置を製造する工程に包含されるものとする。
【0030】
本開示のスクリーニング方法は、ii)水溶性メディエータを選択対象から除外する工程を含み得る。メディエータが水溶性であるか否かを評価する方法は種々存在し、また水溶性とする基準も種々存在し得るが、どのような評価方法で評価しても、あるいはどのような基準を設けても、結果的に化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が1.9以下である水溶性メディエータが選択対象から除外されれば、本開示のスクリーニング方法の工程ii)とすることができる。
【0031】
また、本開示のスクリーニング方法は、iii)水への溶解度が低い化合物を選択する工程を含みうる。化合物の水への溶解度を評価する方法は種々存在し、また、溶解度を低い、とする基準も種々存在し得るが、どのような評価方法で評価しても、あるいはどのような基準を設けても、結果的に化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が2.4以上である化合物が候補化合物として選択されれば、本開示のスクリーニング方法の工程iii)とすることができる。
【0032】
なお、ある実施形態において、工程ii)と工程v)及びvi)は同時に行われうる。すなわち、工程ii)という工程を別途行わずとも、工程v)及びvi)により、水溶性メディエータは電流維持率が低下するため、結果的に除かれる。また、ある実施形態において、工程iii)と工程v)及びvi)は同時に行われうる。すなわち、工程iii)という工程を別途行わずとも、工程v)及びvi)により、電流が維持されれば、結果的に水溶性の低いメディエータが選択され得る。
【0033】
ある実施形態において、工程vi)「工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程」は、さらに、基質を添加し所定の電位を印加したときの応答電流値Iと、logP値Jの割合(比)であるI/Jにより、さらに候補化合物を選別する工程vi-2)を予備的工程として含み得る。この場合、便宜上、「工程v)において閾値以上の電流値維持率を示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程」を工程vi-1)ということがある。また、電気化学的測定として特に限りは無いが、例えばサイクリックボルタンメトリやアンペロメトリを使用することができる。メディエータは実用性を考慮すると、特定の用途では、基質を添加しサイクリックボルタンメトリにおいて0.4V時の酸化電流値Iは高い方が好ましい。あるいは、特定の用途では、基質を添加しアンペロメトリにおいて+0.4Vを印加してから一定時間後(例えば、10秒後)の応答電流値Iは高い方が好ましい。一方で、化合物のオクタノール/水分配係数(logP)もある程度高い方が、電流維持率は良好であり、電極への吸着性が高く、好ましい。一方で、化合物のオクタノール/水分配係数(logP)が高すぎると、電極界面からメディエータが酵素へ移行せず、電流値は低くなる可能性がある。本発明者らは、種々の化合物についてメディエータとしての特性を比較した結果、工程i)~工程vi-1)を経て選択されたメディエータ化合物のうち、当該化合物のlogP値Jに対して基質を添加しサイクリックボルタンメトリにおいて0.4V時の酸化電流値Iが高いもの、すなわちI/J比が高いものが、実用的な観点からは好ましいことを見出した。また、本発明者らは、種々の化合物についてメディエータとしての特性を比較した結果、工程i)~工程vi-1)を経て選択されたメディエータ化合物のうち、当該化合物のlogP値Jに対して基質を添加しアンペロメトリにおいて0.4Vを印加してから一定時間後(例えば、10秒後)の応答電流値Iが高いもの、すなわちI/J比が高いものが、実用的な観点からは好ましいことを見出した。したがって、I/Jにより、さらに候補化合物を選別することができる。なお、基質を添加しサイクリックボルタンメトリにおいて0.4V時の酸化電流値I若しくは基質を添加しアンペロメトリにおいて0.4Vを印加してから一定時間後(例えば、10秒後)の応答電流値Iは、用いる酸化還元酵素の種類、及び電極の面積に応じて変動し得る。そのため、種々の候補化合物のI/J比を比較する場合には、好ましくは、同一の酸化還元酵素、及び同一面積の同一電極を用いて、同一の測定系において評価を行う。また、アンペロメトリにおける0.4Vの印加電位及び10秒という一定時間は説明のための便宜的なものであり、同一の印加電位及び同一の経過時間後の応答電流値Iを評価する限り、他の条件を用いてI/Jを評価してもよい。
【0034】
電極面積は、種々の手法により決定し得る。ある実施形態において、便宜上、作用電極の面積を電極面積とすることができる。別の実施形態において、便宜上、作用電極の幾何面積を電極面積とすることができる。別の実施形態において、便宜上、作用電極の実効表面積を電極面積とすることができる。電極の実効表面積の算出方法としては、電気二重層キャパシタから推測する方法が知られている。また、Electrochemically active surface area = Cdl/Csから算出することができる。Cdlは電気二重層キャパシタンスであり、Csは標準電極物質のキャパシタンスである。例えば、カーボンのCsは0.02mF/cm2であるという報告がある(Dalton Trans., 2019, 48, 5429-5443参照)。化合物のI/J比を求めるに当たり、どの手法を用いて電極面積を算出するかは本質的ではなく、各化合物について、同一の電極面積の算出法を用いればよい。
【0035】
本発明者らが、DPPD、6PPD、IPPD、アズールA、又は10-フェニルフェノチアジンをメディエータとして使用し、酸化還元酵素としてグルコースデヒドロゲナーゼを使用し、所定の電極を使用し、基質を添加しサイクリックボルタンメトリにおいて0.4V時の酸化電流値Iを記録したときのI/J比は、この条件下では、それぞれ、1.4、3.14、2.78、0.013及び0.004と算出された。かかる条件下では、I/J比が0.2以上、0.3以上、0.4以上、例えば0.5以上、例えば0.6以上、0.7以上、0.8以上、0.9以上、例えば1以上となる化合物を、予備的工程vi-2)において選択し得る。
【0036】
また、本発明者らが、IPPD、Basic blue 17、フェナントレンキノン、又はメチレンブルーをメディエータとして使用し、酸化還元酵素として乳酸デヒドロゲナーゼを使用し、所定の電極を使用し、基質を添加しサイクリックボルタンメトリにおいて0.4V時の酸化電流値Iを記録したときのI/J比は、この条件下では、それぞれ、0.1188、2.064、0.768及び0.08と算出された。かかる条件下では、I/J比が0.03以上、0.04以上、0.05以上、0.1以上、0.2以上、0.3以上、0.4以上、例えば0.5以上、例えば0.6以上、0.7以上、0.8以上、0.9以上、例えば1以上となる化合物を、予備的工程vi-2)において選択し得る。
【0037】
上記のように、同じメディエータ化合物でも、用いる酸化還元酵素の種類や電極の種類に応じて、I/Jとして好ましい範囲は変動し得る。そこで、化合物を選択するためのI/J比の基準値は、モデル化合物として、例えばDPPD、IPPD又は6PPD或いはアズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーを使用してI/Jを決定し、これに基づき決定し得る。ある実施形態において、予備的工程vi-2)は、候補化合物について、基質を添加しサイクリックボルタンメトリにおいて0.4V時の酸化電流値Iと、logP値Jの割合であるI/Jを決定し、基準値以上のI/Jを示した候補化合物を、電気化学的測定に使用可能なメディエータとする工程を含む。このとき、基準値は、当該条件下でのDPPD、IPPD又は6PPD或いはアズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーのI/Jであり得る。
【0038】
なお、水溶性メディエータについては、メディエータの脱離を防止する処置を行わなければ電気化学的測定に使用することは困難であると考えられる。脱離を防止する処置としてはリンカーを用いた共有結合による連結等が挙げられる。本開示の電気化学的測定方法では、メディエータの脱離を防止する処置を行う必要がない、若しくは簡便な脱離抑制手法と組み合わせるだけでよい。脱離抑制手法として、ポリマー等で保護膜を形成する方法がありうる。これにより例えば物理的な衝撃による脱離を抑制し得る。ある実施形態において、本開示の電気化学的測定方法は、メディエータの脱離を防止する処置を含まない。ある実施形態において、本開示の電気化学的測定方法は、リンカーとの共有結合による連結等のメディエータの脱離を防止する処置を含まないが、物理的な衝撃による脱離を抑制するための簡便な脱離抑制手法は含んでもよい。また、本開示の電気化学的測定装置の製造方法では、メディエータの脱離を防止する処置を行う必要がない。すなわち、ある実施形態において、本開示の電気化学的測定装置の製造方法は、メディエータの脱離を防止する処置を含まない。ある実施形態において、本開示の電気化学的測定装置の製造方法は、メディエータの脱離を防止する処置を含まないが、物理的な衝撃による脱離を抑制するための簡便な脱離抑制手法は含んでもよい。
【0039】
本開示の方法に関し、候補となり得る化合物は特に限定されず、電子を伝達することができる化合物であればどのようなものでもよい。ある実施形態において、候補となる化合物は、メディエータとして機能することが知られている化合物であり得る。メディエータとして機能するとは、当該メディエータ分子を介して、酵素活性部位と電極表面との間で電子移動が媒介されることを言う。例えば電極を用いる系では、メディエータは、酸化還元酵素から電子を受け取って還元型となり、電極に電子を渡して酸化型に戻る。メディエータとして機能する化合物はこのような機能を果たしうる。別の実施形態において、候補となる化合物は、メディエータとして機能することが知られている公知化合物の誘導体であり得る。誘導体とは、元の化合物に1以上の置換基を追加したか、又は脱離させた化合物をいう。置換基の付加や脱離は当業者が有機合成の定法に従って行い得る。候補となる化合物としては、フェナジン誘導体、キノン誘導体、アントラキノン誘導体、フェニレンジアミン誘導体、フェノチアジン誘導体、金属錯体、フェリシアニド誘導体、フェロセン、フェロセン誘導体、PMS(フェナジンメトサルフェート)誘導体、PES(エチルフェナジニウムエチルサルフェート)誘導体、チオニン誘導体、ナフトキノン誘導体、ベンゾキノン誘導体、フタロシアニン誘導体、ビオロゲン誘導体、ベンジルビオロゲン誘導体等が挙げられるがこれに限らない。候補となる化合物としてはキノン類、フェナジン類、ビオロゲン類、シトクロム類、フェノキサジン類、フェノチアジン類、フェリシアン化物、例えばフェリシアン化カリウム、フェレドキシン類、オスミウム錯体およびその誘導体等が挙げられ、フェナジン化合物としては例えばPMS、メトキシPMSが挙げられるがこれに限定されない。候補となる化合物としては、フェニレンジアミン誘導体、N,N'-ジフェニル-p-フェニレンジアミン(DPPD)、4-イソプロピルアミノジフェニルアミン(IPPD)、(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミン(6PPD)、N,N,N',N'-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、2,3,5,6-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N-ジメチル-p-フェニレンジアミンが挙げられるがこれに限定されない。候補となる化合物としては、ブリリアントクレジルブルー、ガロシアニン、サフラニン-O、レソルフィン、アリザリンブリリアントブルー、フェノチアジノン、フェナジンエソスルフェート、ジクロロフェノールインドフェノール、フェロセン、ベンゾキノン、フタロシアニンが挙げられるがこれに限定されない。なお、本明細書において、候補となり得る化合物は、可能性としてあり得る化合物群の最大範囲を意味しており、各工程において除外される化合物がこの用語の範囲に包含されていても問題ないものとする。例えばフェロセンは金属錯体であり、工程iv)で除外される化合物であるが、候補となり得る化合物という用語は、電子を伝達することができるあらゆる化合物を包含するため、候補となり得る化合物という用語の範囲にはフェロセンも含まれる。ある実施形態において、候補となる化合物は、特定の範囲の酸化還元電位を有する化合物から選択し得る。例えばある実施形態において、候補となる化合物は、-0.3~+0.3V例えば-0.3~+0.2Vの範囲の酸化還元電位を有する化合物から選択し得る。ある実施形態において、候補となる化合物の酸化還元電位は、当該候補化合物を使用することが意図される酸化還元酵素の酸化還元電位よりも高い電位、例えば+0.1V以上、+0.11V以上、+0.12V以上、+0.13V以上、+0.14V以上、+0.15V以上、+0.16V以上、+0.17V以上、+0.18V以上、+0.19V以上、+0.2V以上、+0.21V以上、+0.22V以上、+0.23V以上、+0.24V以上、+0.25V以上、+0.26V以上、+0.27V以上、+0.28V以上、+0.29V以上、+0.3V以上、+0.31V以上、+0.32V以上、+0.33V以上、+0.34V以上、+0.35V以上、+0.36V以上、+0.37V以上、+0.38V以上、+0.39V以上、+0.4V以上、+0.41V以上、+0.42V以上、+0.43V以上、+0.44V以上、+0.45V以上、+0.46V以上、+0.47V以上、+0.48V以上、+0.49V以上、+0.5V以上高い電位であり得る。+0.1V以上高い電位とは、酸化還元酵素の酸化還元電位Kよりも+0.1V高い電位K+0.1V (0.1 higher than K and above)、及びこれよりも高い電位、例えばK+0.2V、K+0.3V・・・をいう。ある実施形態において、候補となる化合物の酸化還元電位は、還元電流を測定する場合やカソード電極に用いる場合について、当該候補化合物を使用することが意図される還元酵素の酸化還元電位よりも低い電位、例えば0.1V以上、0.11V以上、0.12V以上、0.13V以上、0.14V以上、0.15V以上、0.16V以上、0.17V以上、0.18V以上、0.19V以上、0.2V以上、0.21V以上、0.22V以上、0.23V以上、0.24V以上、0.25V以上、0.26V以上、0.27V以上、0.28V以上、0.29V以上、0.3V以上、0.31V以上、0.32V以上、0.33V以上、0.34V以上、0.35V以上、0.36V以上、0.37V以上、0.38V以上、0.39V以上、0.4V以上、0.45V以上、0.5V以上低い電位であり得る。0.1V以上低い電位(0.1 lower than L and below)とは、還元酵素の酸化還元電位Lよりも0.1V低い電位L-0.1V、及びこれよりも低い電位、例えばL-0.2V、L-0.3V・・・をいう。なお、還元酵素の酸化還元電位Lよりも0.1V以上低い電位のことを、還元酵素の酸化還元電位Lよりも-0.1V以下の電位と言い換えてもよい。
【0040】
ある実施形態において、電気化学的測定に使用可能なメディエータは、電極と接触させることで電極表面に吸着し得る。このとき、電極に吸着させるために、電極表面を酸処理して活性化するなどの特別の操作は必要ないが、行っても良い。さらに、電気化学的測定に使用可能なメディエータは、酸化還元酵素により触媒される酸化還元反応において、メディエータとして機能し得る。酸化還元酵素としては、EC第1群に分類される各種の酸化還元酵素、例えばグルコースオキシダーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、アマドリアーゼ(フルクトシルペプチドオキシダーゼまたはフルクトシルアミノ酸オキシダーゼともいう)、ペルオキシダーゼ、ガラクトースオキシダーゼ、ビリルビンオキシダーゼ、ピルビン酸オキシダーゼ、D-またはL-アミノ酸オキシダーゼ、アミンオキシダーゼ、コレステロールオキシダーゼ、コリンオキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ、サルコシンオキシダーゼ、D-またはL-乳酸オキシダーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼ、チトクロムオキシダーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、コレステロールデヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、アルデヒドオキシダーゼ、フルクトースデヒドロゲナーゼ、ソルビトールデヒドロゲナーゼ、D-またはL-乳酸デヒドロゲナーゼ、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ、グリセロールデヒドロゲナーゼ、17Bヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ、エストラジオール17Bデヒドロゲナーゼ、D-またはL-アミノ酸デヒドロゲナーゼ、グリセルアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼ、3-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ、ジアホラーゼ、カタラーゼ、グルタチオンレダクターゼ、チトクロムb5レダクターゼ、アドレノキシンレダクターゼ、チトクロムb5レダクターゼ、アドレノドキシンレダクターゼ、硝酸レダクターゼ、リン酸デヒドロゲナーゼ、ビリルビンオキシダーゼ、ラッカーゼ、ポリアミンオキシダーゼ、ギ酸デヒドロゲナーゼ、ピラノースオキシダーゼ、ピラノースデヒドロゲナーゼ、タウロピンデヒドロゲナーゼ等が挙げられるが、これに限らない。また、複数の酵素の組合せであってもよい。上記酵素の補酵素としては、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、ピロロキノリンキノン等が挙げられる。上記に挙げた酸化還元酵素は、例えばMethods in Enzymology(1~602巻)に記載の方法で、種々の基質を用いた活性測定を行うことができる。
【0041】
ある実施形態では、さらに、電気化学的測定に使用可能なメディエータの性能を評価しうる。例えば基質及び酸化還元酵素の存在下で+0.4Vの電位を印加したときに、少なくとも1nA、例えば2nA、3nA、4nA、例えば5nAの応答電流が観察されるか評価することができる。また、1μAや1mAの応答電流といった大きな電流も評価することができる。本開示の方法はこのような評価も含み得る。必要とされる応答電流は、設計する測定系に応じて決定され得る。
【0042】
ある実施形態において、電気化学的測定に使用可能とは、酵素電極を用いた基質の電気化学的測定に使用可能であることをいう。また、ある実施形態において、電気化学的測定に使用可能とは、電極について酸処理などの前処理を必要としない、酵素電極を用いた電気化学的測定に使用可能であることをいう。また、ある実施形態において、電気化学的測定に使用可能とは、メディエータをポリマーに連結して電極に固定化するなどの特別の処理を必要としない、酵素電極を用いた電気化学的測定に使用可能であることをいう。別の言い方をするならば、電気化学的測定に使用可能とは、メディエータを溶液又は電解質中に加えるだけで、そのまま電気化学的測定を行うことができることをいう。
【0043】
メディエータは、2次的考慮事項により、さらに特定のメディエータを選択したり、或いは特定のメディエータを除外したりすることができる。2次的考慮事項としては、通常のメディエータ選択において考慮される事項が挙げられ、例えば化合物の光に対する反応性、溶液中での保存安定性、毒性、揮発性、取り扱い容易性、粘性、細胞浸透性、細胞膜透過性、熱安定性、加水分解性、融点、沸点等が挙げられるがこれに限らない。2次的考慮事項は当業者が用途に応じて適宜決定し得る。
【0044】
ある実施形態において、酵素電極はアノード電極であり得る。ある実施形態において、電気化学的測定に使用可能とは、酵素電極を用いた基質の測定、例えばグルコースなどの基質の測定に使用可能であることを含む。
【0045】
ある実施形態において、本開示の方法によりスクリーニングされるメディエータから、特開2019-186112(特許6484741号)に記載のメディエータは除かれる。ある実施形態において、本開示の方法によりスクリーニングされるメディエータから、特開2019-180335(特許6484742号)に記載のメディエータは除かれる。ある実施形態において、本開示の方法によりスクリーニングされるメディエータから、国際公開第2019/198359パンフレットに記載のメディエータは除かれる。特に断らない限り、本開示の方法によりスクリーニングされるメディエータから、ポリマーと連結しているメディエータは除かれる。ある実施形態において、メディエータから、電極や酵素に架橋固定されたものは除かれる。
【0046】
ある実施形態において、アズールA、10-フェニルフェノチアジン、Basic blue 17、フェナントレンキノン又はメチレンブルーをメディエータとして使用しうる。ある実施形態において、これらの化合物のいずれか1以上を含む電極が提供される。ある実施形態において、該電極を含むセンサーが提供される。ある実施形態において、これらの化合物のいずれか1以上を含む電池が提供される。該電池は該電極を含み得る。ある実施形態において、これらの化合物のいずれか1以上を電極と接触させることを含む方法が提供される。電極は酸化還元酵素が固定化されたものであり得る。ある実施形態において、これらの化合物のいずれか1以上を含む組成物が提供される。ある実施形態において、該電極又はセンサーを用いる電気化学的測定法が提供される。ある実施形態において、該電池を用いる発電方法が提供される。
【0047】
以下の実施例により、本発明をさらに例証する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例0048】
[実施例1]
炭素電極上にグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)とフェニレンジアミン誘導体化合物とを共に固定化することにより、グルコース酸化のための新規の酵素電極システムを構築した。具体的にはまず、N,N'-ジフェニル-p-フェニレンジアミン(DPPD、東京化成工業社製、製品コードD0609)をメディエータ分子として使用し、酵素電極系を構築した。
【0049】
まず、0.5 × 0.5 cm (0.25 cm2)の炭素繊維(TCC-3250、Toho Tenax Co.、以下CFとも表記する)片を、以前に報告に記載されている方法(Haneda, et al., Electrochim. Acta 2012, 2, 175-178. 及びYoshida, et al., J Phys Energy. 2020, 82, 044004、参照によりこれらの文献を本明細書に組み入れる)に従ってカーボンナノチューブ(CNT、Baytube)で修飾した。次いで、1-ピレンブチル酸スクシンイミジルエステル(PBSE)(5 mg/mL)のジメチルホルムアミド溶液を20μL、前記CNT/CF上に塗布・乾燥した。なお、作製したCNT/CF電極の実効表面積は電気二重層キャパシタから推察することができる。サイクリックボルタンメトリによりCNT/CF電極とグラッシーカーボン電極の電気二重層キャパシタを測定したところ、それぞれ、5.5 mF・cm2、0.02 mF・cm2であった。用いたグラッシーカーボン電極の幾何面積(0.07 cm2)と実効面積はほとんど同じであるため、CNT/CF電極の実効面積は270cm2と推測できる。
【0050】
得られたPBSE修飾CNT/CFに対し、DPPD(1mg/mL、エタノール溶媒)を吸着固定し、水で洗浄した。その後、これをリン酸カリウムバッファー(50 mM、pH 7)中のGDH(キッコーマン バイオケミファ社製)溶液(10 mg/mL)に2時間浸し、GDH-DPPD/CNT/CF電極を作製した。
【0051】
200 mMグルコースを含む撹拌されたリン酸カリウムバッファー(100 mM、pH 7.0)中のGDH-DPPD/CNT/CF電極について、10 mV/sのスキャン速度にてサイクリックボルタンメトリを行った。
【0052】
DPPDの0.4Vにおける酸化電流は10連続のCVサイクルにおいて、一定の値に維持され、10サイクル目の酸化電流値は1サイクル目のCVにおける酸化電流値とほぼ同じであった(a10/a1=100%)。なお、10サイクルに要した時間は1200秒であった。したがって、1600秒後であったとしても少なくともa10/a1は75%以上である蓋然性は高い。
【0053】
つづいて、GDH-DPPD/CNT/CF電極について、40分ごとにCVを測定したところ、4時間後でもほぼ100%の活性が維持された。他の市販GDHを用いた場合にも同様の性能が観察され、DPPD吸着CNT/CF電極がさまざまなGDHについて、プラットフォーム電極として機能することが証明された。
【0054】
さらに、他の4-アミノジフェニルアミン誘導体についても安定した電子伝達が観察された。例えば4-イソプロピルアミノジフェニルアミン(IPPD、Sigma-Aldrich)及びN-(1,3-ジメチルブチル)-N'-フェニル-p-フェニレンジアミン(6PPD、東京化成工業)についても、DPPDと同様の結果が得られた。
【0055】
[比較例1]
上記と対照的に、典型的な可溶性のメディエータである、1-メトキシ-5-メチルフェナジニウム メチルサルフェート(mPMS)(Nakashima, et al., Langmuir 2016, 32, 12986-12994)をDPPDの代わりに用いて同様に評価したところ、1サイクル目においてかなり小さい電流(0.6 Vで0.93 mA/cm2)を示し、さらに10サイクルのCV中に大幅に減少した。CVを繰り返す度に電流値の減少が見られた。この減少は、mPMSの漏出に起因する可能性が高い。2サイクル目の電流維持率(a2/a1)は95%であり(測定に要した時間は160秒)、10サイクル目の電流維持率(a10/a1)は71%(測定に要した時間は1600秒)であった。また、4サイクル目の電流維持率(a4/a1)は88%であり(測定に要した時間は480秒)、5サイクル目の電流維持率(a5/a1)は84%(測定に要した時間は640秒)、であった。
【0056】
[実施例2]
CNT/CF電極の代わりに、グラッシー カーボン(GC)電極(0.07 cm2)を用いてDPPDを吸着させた。次いで、3 μLのGDH溶液(20 mg/mL、0.89 nmol)をDPPD修飾GC電極に滴下し、25℃で2時間以上乾燥させた。その後、電極をグルタルアルデヒド蒸気下、25℃で20分間インキュベートし、次いで水ですすいだ。
【0057】
作製した電極を用いて、0.25 Vを印加したクロノアンペロメトリを実施した。グルコース添加前に60秒、終濃度20mMグルコースとなるようグルコース溶液を添加してから60秒間測定した。グルコースを添加したところ、明らかに触媒電流が流れた。測定溶液を4回新しいものに入れ替えても、グルコース添加時に得られる電流値は1回目の溶液の際とほぼ同等であった。したがって、480秒間後も電流値維持率は100%であるといえる。以上より、CF/CNT電極でなく、GC電極でも同様のスクリーニングが可能であるといえる。
【0058】
[実施例3]
次に酵素電極に使用し得るメディエータをさらに探索した。また、酵素電極に使用し得るメディエータのスクリーニング方法を構築した。
【0059】
技術常識によれば、メディエータは水への溶解度が高いことが望ましいとされてきた(特許文献1参照)。また、その裏返しとして、水への溶解度が低い化合物は、従来、メディエータとして適当ではないか、或いはそのままでは使用できない、と考えられてきた。以前の研究では電極側を工夫し電極からメディエータの脱離を抑制する手法が考案され、例えば、メディエータがナノカーボン材料に閉じ込められ、溶液への脱離が防がれることが報告されている。例えば、Trifonovらは、メソポーラスなナノカーボン粒子にメディエータを追加し、メディエータの脱離を防ぐためにそれを酵素でキャップした(Trifonov et al., ACS nano, 2013, 7, 11358-11368)。また、Niiyamaらは孔径の制御されたMgO鋳型カーボンを用いた(Niiyama et al., J. Power Sorce, 2019, 427, 49-55)。
【0060】
本発明者らは溶解度が低いDPPD、IPPD及び6PPDがメディエータとして使用し得ることを確認し、特殊な電極を用いなくとも電極からメディエータの脱離を抑制できることを見出した。本発明者らは、これらの化合物がいずれも、水への溶解度が低いという点に着目した。そして、これまでのメディエータ分子に関する技術常識に反して、水溶性のメディエータ分子だけでなく、水への溶解度が低いメディエータ分子も酵素から電極への電子の受け渡しが可能であり、連続測定に適しているのではないかと考え、候補化合物の水への溶解傾向及びオクタノールへの溶解傾向を評価した。
【0061】
ここではメディエータ候補分子の水への溶解度の指標として、オクタノール/水分配係数(log P)を使用した。例えばDPPDのlogPはChemDraw(6.0)ソフトウエアによって5.01と計算された。6PPDのlogPは5.414であり、IPPDのそれは3.957であった。さらに、水への溶解度の低い化合物について検討し、本発明者らはアズールAに着目した。アズールAのlogPは2.4195と計算された。
【0062】
そこで、アズールAを用いて、上記のIPPDを用いた場合の手順と同様の手順でGDH酵素電極を作製し、グルコースを添加してCV測定を実際に行った。その結果、驚くべきことに、アズールAもまた、0.4Vのときの電流値が、1サイクル目と比較して、10サイクル目でも良好に維持され、さらには1サイクル目(100%)の値を超えて211%もの電流値が維持された。10サイクルに要した時間は600秒であった。これはアズールAが電極に吸着し、10サイクルのCVを行っても脱離しないことを示している。これにより、電気化学的測定に使用可能な新規メディエータを見出すことに成功した。また、水への溶解度として、オクタノール/水分配係数(log P)が2.4以上である化合物は、メディエータ分子として適当であることを確認した。
【0063】
[比較例2]
次に、水溶性のメディエータ分子であるアントラキノン-2-スルホン酸ナトリウムについて確認した。アントラキノン-2-スルホン酸ナトリウムのオクタノール/水分配係数(log P)は0.648と計算された。アントラキノン-2-スルホン酸ナトリウムを用いて、上記と同様の手順で酵素電極を作製し、基質を添加してCV測定を行った。ところが、アントラキノン-2-スルホン酸ナトリウムを用いた場合には、1サイクル目のサイクリックボルタンメトリから0.4Vのときに電流値が0であり、応答電流が見られなかった。これはメディエータが水溶性であり電極から脱離してしまったためと考えられる。したがって本発明者らは、メディエータ分子として、水溶性メディエータが不適当であることを確認し、水溶性メディエータを除く工程を、メディエータ化合物のスクリーニング方法における工程として追加した。別の言い方をするならば、メディエータ化合物のスクリーニング方法において、水溶性メディエータを、候補化合物から除外することができる。技術常識では、メディエータ分子は水溶性であることが望ましい、と認識されてきたため、この工程により候補化合物を大幅に絞り込むことができる。
【0064】
[比較例3]
さらに、水への溶解度の低い化合物を検討し、本発明者らはメディエータとして使用実績のあるフェロセンに着目した。フェロセンのオクタノール/水分配係数(log P)は2.66と計算された。そこで、フェロセンを用いて、上記と同様の手順でGDH酵素電極を作製し、グルコースを添加してCV測定を実際に行った。ところが、フェロセンを用いた場合は、0.5Vのときの酸化電流値が、1サイクル目と比較して、10サイクル目では、52%まで低下し、メディエータの電極からの脱離を示す結果となった。特定の理論に拘束されることを望むものではないが、フェロセンの場合、化合物が酸化されるとイオン化することから、酸化された形態のフェロセンは、酸化還元サイクル中に電極から脱離しやすいものと思われる。したがって本発明者らは、メディエータ分子として、水への溶解度が低いのみならず、酸化されたときにイオン化しない化合物が適当であることを見出し、これをメディエータ化合物のスクリーニング方法における工程として追加した。別の言い方をするならば、メディエータ化合物のスクリーニング方法において、酸化されたときにイオン化する化合物を、候補化合物から除外することができる。酸化されたときにイオン化する化合物としては金属錯体が挙げられる。多くの金属錯体がメディエータとして機能することが知られているため、この工程により候補化合物を大幅に絞り込むことができる。
【0065】
[比較例4]
上記の仮説を検証すべく、さらに、水への溶解度が低いが酸化されたときにイオン化する化合物である1,1-ジメチルフェロセンについて確認した。1,1-ジメチルフェロセンのオクタノール/水分配係数(log P)は3.70と計算された。1,1-ジメチルフェロセンを用いて、上記と同様の手順でGDH酵素電極を作製し、グルコースを添加してCV測定を実際に行った。1,1-ジメチルフェロセンを用いた場合、0.4Vのときの電流値は、1サイクル目と比較して、10サイクル目では49%まで低下し、同化合物の電極からの脱離を示す結果となった。これにより上記の仮説が検証された。すなわち、この工程により、メディエータとしての使用に必ずしも適さない化合物を候補化合物から効果的に除外することができる。
【0066】
ここで、1,1-ジメチルフェロセンのオクタノール/水分配係数(log P)が3.70であることは注目に値することである。なぜならば、水への溶解度が低い、という指標のみで選択するならば、1,1-ジメチルフェロセンは、オクタノール/水分配係数(log P)が2.66であるフェロセンよりも好ましい、あるいは有力であるかのように見える。しかしながら、水への溶解度が低い、という指標のみならず、酸化されたときにイオン化しないという指標と組み合わせると、本開示のスクリーニング方法は、1,1-ジメチルフェロセンを候補化合物から有効に除外することができる。
【0067】
[実施例4]
次に本発明者らは、水への溶解度が低く、なおかつ、酸化されたときにイオン化しない化合物について検討し、10-フェニルフェノチアジンに着目した。10-フェニルフェノチアジンのオクタノール/水分配係数(log P)は6.291と計算された。
【0068】
そこで、10-フェニルフェノチアジンを用いて、上記と同様の手順でGDH酵素電極を作製し、グルコースを添加してCV測定を行った。その結果、驚くべきことに、10-フェニルフェノチアジンもまた、0.4Vのときの電流値が、1サイクル目と比較して、10サイクル目でも良好に維持され、さらには1サイクル目(100%)の値を超えて196%もの電流値が維持された。これは10-フェニルフェノチアジンが電極に吸着し、10サイクルのCVを行っても脱離しないことを示している。なお、10サイクルに要した時間は600秒であった。これにより、電気化学的測定に使用可能な別の新規メディエータを見出すことに成功した。また、本発明のスクリーニング方法の有効性が裏付けられた。
【0069】
[実施例5]
次に本発明者らは、フラビン依存性乳酸デヒドロゲナーゼを用いて、候補化合物がメディエータとして機能するか調べた。フラビン依存性乳酸デヒドロゲナーゼとして、国際公開第2021/167011号パンフレットに記載の精製されたPichia kudriavzevii由来フラビン依存性乳酸デヒドロゲナーゼ(PkLDH)を使用した。Basic blue 17(トルイジンブルーと表現することもある)、9,10-フェナントレンキノン(フェナントレンキノンと表現することもある)、メチレンブルーは東京化成工業社より入手した。
【0070】
候補分子のオクタノール/水分配係数(log P)はChemDraw(6.0)ソフトウエアによって計算した。IPPDのlogPは3.96であり、Basic blue 17のlogPは3.44であり、フェナントレンキノンのlogPは3.25であり、メチレンブルーのlogPは3.53と計算された。
【0071】
炭素電極上にPkLDHとフェニレンジアミン誘導体化合物とを共に固定化することにより、乳酸酸化のための新規の酵素電極システムを構築した。具体的にはまず、IPPDをメディエータ分子として使用し、酵素電極系を構築した。
【0072】
実施例1と同様の手順にてPBSE修飾CNT/CFを作製した。得られたPBSE修飾CNT/CFに対し、IPPD(1mg/mL、エタノール溶媒)を用いてIPPDを吸着固定し、水で洗浄した。その後、これをリン酸カリウムバッファー(50 mM、pH 6.5)中のPkLDH溶液(10 mg/mL)に2時間浸し、PkLDH-IPPD/CNT/CF電極を作製した。
【0073】
10 mM L-乳酸ナトリウムを含む撹拌されたリン酸カリウムバッファー(100 mM、pH 7.0)中のPkLDH-IPPD/CNT/CF電極について、10 mV/sのスキャン速度にてサイクリックボルタンメトリを行った。
【0074】
0.4Vにおける酸化電流は5連続のCVサイクルにおいて、一定の値に維持され、10サイクル目の酸化電流値は1サイクル目のCVにおける酸化電流値を上回った(a10/a1=132%)。11サイクル以上についても同様に高い電流維持率が観察される蓋然性が高い。
【0075】
さらに、IPPDの代わりにBasic blue 17を用いて電極を作製した。L-乳酸ナトリウム添加時のCVにおいて、10サイクル目の0.4Vにおける酸化電流値は1サイクル目のCVにおける酸化電流値と比較して高い維持率であった(a10/a1=87%)。さらに、IPPDの代わりに9,10-フェナントレンキノンを用いて電極を作製した。L-乳酸ナトリウム添加時のCVにおいて、5サイクル目の0.4Vにおける酸化電流値は1サイクル目のCVにおける酸化電流値と比較して高い維持率であった(a5/a1=93%)。さらに、IPPDの代わりにメチレンブルーを用いて電極を作製した。L-乳酸ナトリウム添加時のCVにおいて、10サイクル目の0.4Vにおける酸化電流値は1サイクル目のCVにおける酸化電流値を上回った(a10/a1=140%)。したがって、Basic blue 17、9,10-フェナントレンキノン、及びメチレンブルーについても、同様に、安定した電子伝達が観察され、高い電流維持率が観察された。
【0076】
本発明のスクリーニング方法により見出されたメディエータは、酵素電極や電気化学的測定に使用しうる。また、本発明のスクリーニング方法により見出されたメディエータは、電気化学的測定用装置及びその製造に使用しうる。
本開示のスクリーニング方法により電気化学的測定に使用しうるメディエータを探索し得る。また、本開示のスクリーニング方法により探索したメディエータは、電極システムや、グルコースモニタリング用のセンサー、乳酸モニタリング用のセンサーさらにはセパレーターのないグルコース燃料電池や乳酸燃料電池等に使用し得る。
本明細書においては、特許出願および製造業者のマニュアルを含む多数の文書が引用されている。これらの文書の開示は、本発明の特許性に関連するとはみなされないが、その全体を参照により本明細書に組み入れることとする。より詳細には、全ての参照文書を、各個の文書が参照により組み入れられると具体的かつ個別に示されている場合と同様に、参照により本明細書に組み入れることとする。
本明細書に示した実施形態は、本発明を説明するための例示に過ぎない。当業者であれば本発明の範囲および趣旨を逸脱することなく種々の変法、改変及び修正が可能である、と理解する。本発明はかかる変法や均等物を包含する。