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特開2022-191975大腸癌を予防する化合物のスクリーニング方法、大腸癌の検査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022191975
(43)【公開日】2022-12-28
(54)【発明の名称】大腸癌を予防する化合物のスクリーニング方法、大腸癌の検査方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20221221BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20221221BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20221221BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20221221BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12N1/20 A
C12N5/071
C12Q1/6869 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021100538
(22)【出願日】2021-06-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)『令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「次世代がん医療創生研究事業」「腸内細菌を指標とした大腸がんの早期診断方法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願』 『令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」「老化機構・制御研究拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願』
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【弁理士】
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】原 英二
(72)【発明者】
【氏名】奥村 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】小西 雄介
(72)【発明者】
【氏名】成川 恵
(72)【発明者】
【氏名】長山 聡
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA06
4B063QA18
4B063QR75
4B063QR77
4B063QX01
4B065AA01X
4B065AA90X
4B065BD50
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】大腸がんの発症を予防し得る物質をスクリーニングする方法を提供すること、新たな大腸癌の検査方法を提供することを課題とする。
【解決手段】大腸がんの発症に伴い、特徴的に増加している細菌を解析し、細胞増殖に影響を与える細菌を同定し、さらにこれら細菌が発がんを誘導する機構を明らかにした。当該細菌の増殖を指標として、大腸がんの発症を抑制する物質をスクリーニングすることができる。また、大腸癌患者の腸内細菌叢に多く検出され、健常者ではほとんど検出されない菌によって、大腸癌患者のスクリーニングを行うことができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発がん、又は再発を予防する物質をスクリーニングする方法であって、
細胞老化を誘導する細菌の増殖抑制を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項2】
前記細菌が、
大腸癌患者に特徴的に存在する細菌であることを特徴とする請求項1記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記細菌が、
酪酸を産生する細菌であることを特徴とする請求項1、又は2記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記細菌が、
Porphyromonas gingivalis、又はPorphyromonas asaccharolyticaであることを特徴とする請求項1~3いずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
細菌培養用の培地に対象とする物質、あるいは組成物を添加し、
前記細菌の増殖を指標としてスクリーングすることを特徴とする請求項1~4いずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
偏性嫌気性細菌と動物細胞の共培養方法であって、
3% O条件下で培養することを特徴とする共培養方法。
【請求項7】
動物細胞の培地に、
偏性嫌気性細菌を添加し、
培養することを特徴とする請求項6記載の共培養方法。
【請求項8】
発がん、又は再発を予防する物質をスクリーニングする方法であって、
大腸癌患者の腸内に特徴的に存在する短鎖脂肪酸を過剰産生する細菌を探索し、
前記細菌の短鎖脂肪酸の過剰産生の抑制を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項9】
前記細菌がFusobacterium nucleatum、Porphyromonas gingivalis、又はPorphyromonas asaccharolyticaの少なくともいずれか1つであることを特徴とする請求項8記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記短鎖脂肪酸が酪酸であることを特徴とする請求項8、又は9記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
細菌培養用の培地に対象とする物質、あるいは組成物を添加し、
前記細菌の増殖を指標としてスクリーングすることを特徴とする請求項8~10いずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
対象の糞便試料中の細菌を解析し、
Parvimonas micra、Prevotella intermedia、Peptostreptococcus stomatis、Porphyromonas asaccharolytica、Porphyromonas uenonis、Solobacterium moorei、Gemella morbillorum、Peptostreptococcus anaerobius、Porphyromonas gingivalis、Alloprevotella tannerae、Dialister pneumosintes、Fusobacterium nucleatum ssp.animalis、Fusobacterium nucleatum ssp.vincentii、Fusobacterium nucleatum ssp.fusiforme、Fusobacterium nucleatum ssp.nucleatumのいずれか1つ以上の細菌の検出頻度が健常者における検出頻度と比べて高い場合には、
大腸癌を罹患している可能性が高いとする大腸癌の検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸癌の予防に寄与する物質のスクリーニング方法に関する。大腸癌は患者数が多いにもかかわらず、有効な予防法がない。本発明は、大腸癌を予防し得る化合物や組成物のスクリーニング方法に関する。さらに、特定の細菌を検査することによる大腸癌を検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚生労働省の統計によれば、日本人の死因は男女ともにがんが第1位となっている。日本におけるがんの罹患数、死亡数は、人口の高齢化に伴い増加していることから、今後増々癌の罹患数は増加するものと考えられる。臓器別では、胃癌や前立腺癌、乳癌のように罹患数は増加しているにもかかわらず、死亡数は横ばい、あるいは微増の癌がある。その一方で、大腸癌のように罹患数、死亡数ともに増加しているがんもある。
【0003】
大腸癌は、日本対がん協会のがんの部位別統計によれば、がんによる死因のうち、女性ではトップ、男性でも3位であり、男女合わせて年間約5万人が大腸癌により死亡している(2016年統計)。世界的に見ても、大腸癌は著しく増加しており、新規罹患率第2位のがんとなっている(非特許文献1)。大腸癌は、早期に発見して治療を開始すれば、がんの中でも治癒率が高いことから、早期発見により死亡数は減少するものと考えられる。また、罹患数が増加していることから有効な予防法が望まれている。
【0004】
近年、次世代シーケンサーを用いて一度に大量の核酸配列を解析することができるようになった。これにより糞便中の細菌の16S リボソームRNA遺伝子(16S rDNA)配列の網羅的な解析から、腸内細菌叢の変化と種々の疾患が相関することが報告されてきている。また、特定の菌種と大腸癌との相関も報告されてきており、例えば、Fusobacterium nucleatumやBacteroides fragilisをApcmin/+マウスに導入すると腸腫瘍を発症することが明らかとなっている(非特許文献2、3)。さらに、pks+E.coliはコリバクチンの産生を介して(非特許文献4、5)、Peptostreptococcus anaerobiusは、PI3K-AKT経路を介して(非特許文献6)、Clostridium spp.は、二次胆汁酸の産生を介して(非特許文献7)、Bacteroides fragilisは、その産生する毒素によって(非特許文献8)、大腸癌発症を誘導することが報告されている。
【0005】
上記報告から、大腸癌患者のスクリーニングや、大腸癌の予防に腸内細菌叢の解析や特定の細菌を用いることは有用だと考えられてきている。本発明者らのグループは、腸内細菌叢の改善によって発がんリスクの軽減する方法について、クロストリジウム属の細菌が肝癌を誘発する可能性を見出し、クロストリジウム属の細菌を指標として、発がんリスクを軽減する食品成分や食品組成物をスクリーニングする方法を開示している(特許文献1)。しかし、大腸癌発症に相関して増減する細菌には偏性嫌気性細菌も多く、細菌の作用を直接解析することが技術的に困難である。そのため、大腸癌発症に直接的に関与する細菌の同定や、大腸癌発症の作用機序に踏み込んだ報告はほとんどない。また、居住地による食生活の違い、医療処置等が腸内細菌叢に大きく影響することから、大腸癌患者の腸内細菌叢において増加している細菌が大腸癌発症に直接関与するかは明らかではない。大腸癌患者で増減が認められる多くの腸内細菌が報告されているが、これらのほとんどが大腸癌発症の原因となる細菌ではなく、付随して増減する細菌である可能性が示唆されている。
【0006】
大腸癌は患者数、死亡率も高いことから、予防対策が望まれている。大腸癌発症に腸内細菌が関与していることを踏まえれば、日々の食生活を改善し、腸内細菌叢を健全に保つことで予防することが望ましい。大腸癌発症の原因となる細菌を特定することができれば、その細菌を減少させる化合物、あるいは食品成分をスクリーニングすることができる。スクリーニングによって得られた化合物や食品成分を摂取することによって、大腸癌発症に関与する細菌を減少させ、腸内細菌叢の改善を行い、大腸癌発症のリスクを低減することが可能となる。また、手術などによる治療後の再発予防のためにも腸内細菌叢の改善は有効であると考えられる。さらに、糞便試料に存在する特定の細菌の検出によって、大腸癌に罹患している患者をスクリーニングすることができれば、大腸癌患者の早期発見、早期治療につなげることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2014/126043号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Ferlay, J. et al.,2019, Int.J. Cancer Vol.144, pp.1941-1953.
【非特許文献2】Kostic, A. D. et al.,2013, Cell Host Microbe Vol.14,pp.207-215.
【非特許文献3】Wu,S. et al. 2009, Nat. Med. Vol.15, pp.1016-1022.
【非特許文献4】Nougayrede,J. P. et al., 2006, Science Vol.313, pp.848-851.
【非特許文献5】Pleguezuelos-Manzano,C. et al., 2020, Nature, Vol.580, pp.269-273.
【非特許文献6】Long,X. et al., 2019, Nat. Microbiol., Vol.4, pp.2319-2330.
【非特許文献7】Fu,T. et al., 2019, Cell Vol.176, pp.1098-1112.
【非特許文献8】Wu,S. et al., 2003, Gastroenterology Vol.124, pp.392-400.
【非特許文献9】Takayama,N. et al. 2010, J. Exp.Med. Vol.207, pp.2817-2830.
【非特許文献10】Takahashi,Y. et al., 2018, Stem Cell Reports, Vol.10, pp.314-328.
【非特許文献11】Sato,M. et al., 2016, Front. Microbiol. Vol.7, pp.1146.
【非特許文献12】Colnot,S. et al., 2004, Lab.Invest. Vol.84, pp.1619-1630.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、大腸癌発症に関与する細菌を特定し、特定された大腸癌の原因となる細菌を低減し、大腸癌を予防する化合物や食品成分をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。また、特定された細菌を検出することによる検査方法に関する。
【0010】
また、偏性嫌気性細菌と動物の培養細胞の共培養法を提供することを課題とする。今まで、嫌気条件下でのみ生育可能な偏性嫌気性細菌と酸素を必須とする動物細胞は数時間しか共培養することはできず、限られた解析しか行うことができなかった。長時間共培養を行うことができるようになれば、偏性嫌気性細菌が細胞に与える影響をさらに詳細に解析することができるようになる。偏性嫌気性細菌と培養細胞の共培養系は、腸内細菌の解析にとどまらず、種々の疾患と細菌との関連を解析するリサーチツールとなる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、大腸癌の原因となる細菌を低減する物質のスクリーニング方法に関する。また、偏性嫌気性細菌と培養細胞の共培養法に関する。さらに、腸内細菌を検出することによる大腸癌の検査方法に関する。
(1)発がん、又は再発を予防する物質をスクリーニングする方法であって、
細胞老化を誘導する細菌の増殖抑制を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
(2)前記細菌が、大腸癌患者に特徴的に存在する細菌であることを特徴とする(1)記載のスクリーニング方法。
(3)前記細菌が、酪酸を産生する細菌であることを特徴とする(1)、又は(2)記載のスクリーニング方法。
(4)前記細菌が、Porphyromonas gingivalis、又はPorphyromonas asaccharolyticaであることを特徴とする(1)~(3)いずれか1つ記載のスクリーニング方法。
(5)細菌培養用の培地に対象とする物質、あるいは組成物を添加し、前記細菌の増殖を指標としてスクリーングすることを特徴とする(1)~(4)いずれか1つ記載のスクリーニング方法。
(6)偏性嫌気性細菌と動物細胞の共培養方法であって、3% O条件下で培養することを特徴とする共培養方法。
(7)動物細胞の培地に、偏性嫌気性細菌を添加し、培養することを特徴とする(6)記載の共培養方法。
(8)発がん、又は再発を予防する物質をスクリーニングする方法であって、大腸癌患者の腸内に特徴的に存在する短鎖脂肪酸を過剰産生する細菌を探索し、前記細菌の短鎖脂肪酸の過剰産生の抑制を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
(9)前記細菌がFusobacterium nucleatum、Porphyromonas gingivalis、又はPorphyromonas asaccharolyticaの少なくともいずれか1つであることを特徴とする(8)記載のスクリーニング方法。
(10)前記短鎖脂肪酸が酪酸であることを特徴とする(8)、又は(9)記載のスクリーニング方法。
(11)細菌培養用の培地に対象とする物質、あるいは組成物を添加し、前記細菌の増殖を指標としてスクリーングすることを特徴とする(8)~(10)いずれか1つ記載のスクリーニング方法。
(12)対象の糞便試料中の細菌を解析し、Parvimonas micra、Prevotella intermedia、Peptostreptococcus stomatis、Porphyromonas asaccharolytica、Porphyromonas uenonis、Solobacterium moorei、Gemella morbillorum、Peptostreptococcus anaerobius、Porphyromonas gingivalis、Alloprevotella tannerae、Dialister pneumosintes、Fusobacterium nucleatum ssp.animalis、Fusobacterium nucleatum ssp.vincentii、Fusobacterium nucleatum ssp.fusiforme、Fusobacterium nucleatum ssp.nucleatumのいずれか1つ以上の細菌の検出頻度が健常者における検出頻度と比べて高い場合には、大腸癌を罹患している可能性が高いとする大腸癌の検査方法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】大腸癌患者において特徴的に見つかる細菌を示す図。(A)はコホート1での解析結果を示す。各プロット左は健常者、右は大腸癌患者試料から検出されたOTUの相対的な割合を示す。(B)はコホート2での解析結果を示す。各プロット左は健常者、真ん中は早期の大腸癌患者、右は進行した大腸癌患者試料から検出されたOTUの相対的な割合を示す。(C)は、コホート1の患者において、外科的切除の前後でのOTUの相対的な割合を示す。外科的切除による原発巣切除後に、これら細菌がほとんど検出されなくなることを示す図。各プロット左が切除前、右が切除後の試料を解析した結果を示す。
図2】偏性嫌気性細菌と動物細胞の共培養による解析方法を示す図。(A)は共培養法を模式的に示した図。(B)はポジティブコントロールであるドキソルビシンによる細胞老化を示す顕微鏡写真。(C)は細胞老化を誘導しないネガティブコントロールとして、グラム陰性菌である大腸菌、グラム陽性菌であるラクトバチルスとの共培養の結果を示す顕微鏡写真。
図3】細菌とヒト正常二倍体線維芽細胞TIG-3との共培養結果を示す顕微鏡写真。細菌との共培養によって(A)は増殖に変化が見られなかったもの、(B)は細胞増殖の遅延が観察されたもの、(C)は細胞死が観察されたものを示す。
図4】細菌の代謝産物による影響を解析する方法を示す図。(A)は解析方法を模式的に示す図。(B)は解析のスケジュールを示す図。(C)は培養開始時(0日目)、コントロールとして細菌の生育培地であるGAM、変法GAM培地(mGAM)のみを添加して培養を行った結果を、(D)はポジティブコントロールとしてドキソルビシン、ネガティブコントロールとしてグラム陰性菌である大腸菌、グラム陽性菌であるラクトバチルスの培養液を添加した結果を示す顕微鏡写真。
図5】細菌の代謝産物を添加する系で細胞増殖を解析した結果を示す図。(A)は増殖に変化が見られなかったもの、(B)は細胞増殖の遅延が観察されたもの、(C)は細胞老化が観察されたものを示す。
図6】細胞老化が観察された2種の細菌について、代謝産物を添加する系で細胞増殖を経時的に解析した結果を示す図。
図7】バクテリア培養上清を添加した細胞のmRNA発現プロファイルを示す図。
図8】(A)はDNA損傷マーカーであるγH2AX、pST/Qを免疫染色により解析した結果を示す写真。なお、DAPIにより、核の位置を示している。(B)はγH2AX、pST/Qが共染色されるfociが3個以上観察される細胞の割合を示すグラフ。
図9】バクテリア培養上清を添加した細胞で、細胞老化が誘導されることを示す図。(A)は細胞老化マーカーのmRNA発現レベルを、(B)はウェスタンブロットによる解析を行った図。(C)はROSの生成を解析した図、(D)はAnnexin V、PI染色によりアポトーシス細胞を検出し解析した図。(E)、(F)はヒト誘導型多能性幹細胞を腸に分化させたオルガノイドを用い、バクテリア培養上清の効果を解析した図。(E)は、各条件で培養したオルガノイドの経時的な変化を示す代表的な顕微鏡写真を示し、(F)は、培養9日目、及び12日目の細胞数をATP量によって解析した結果を示す図。
図10】酪酸の細胞に対する作用を解析した図。(A)は酪酸の細胞増殖に対する影響を、(B)は細胞老化マーカーのmRNA発現レベルを解析した図。
図11】短鎖脂肪酸の細胞に対する作用を解析した図。(A)は、TIG-3細胞に各バクテリア培養上清を1/30量添加して培養した条件と同じ濃度になるように短鎖脂肪酸を添加し、細胞に対する効果を解析した結果を示す。(B)は、上記条件で培養した細胞において、細胞老化に関与するp16INK4a、p21Cip1/Waf1、ラミンB1の遺伝子発現をRT-qPCRで解析した結果を示す図。(C)は、野生型P.gingivalis(ATCC33277)、酪酸合成欠損変異体(PGAGU118)の培養液中の酪酸濃度(左)、及び各細菌を培養した培養液を添加し、9日間培養したTIG-3細胞の典型的な顕微鏡写真(右)を示す図。
図12】臨床検体における酪酸産生菌の存在及び効果を解析した結果を示す図。(A)は、P.gingivalis、P.asaccharolyticaに特異的なプローブを使用したin situハイブリダイゼーション、抗p16抗体、抗IL-6抗体を用いた免疫染色の結果を示す図。(B)は癌部、非癌部における酪酸濃度を解析した結果を示す。
図13】APCΔ14/+マウスを用いた解析結果を示す図。(A)は、APCΔ14/+マウスにP.gingivalis、P.asaccharolyticaを強制投与し、大腸腫瘍の数(左)と大きさ(右)を解析した結果を示す図。(B)は、APCΔ14/+マウスに、野生型P.gingivalis(ATCC33277)、及び酪酸合成欠損変異体(PGAGU118)を強制投与し、大腸腫瘍の数(左)と大きさ(右)を解析した結果を示す図。下は各投与群における代表的な腫瘍の写真を示している。(C)は、APCΔ14/+マウスに、野生型P.gingivalisをABT-263と併用して投与することによる大腸腫瘍の数(左)と大きさ(右)を解析した結果を示す図。下は各投与群における代表的な腫瘍の写真を示している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、多数の大腸癌患者、健常者の腸内細菌叢を網羅的に解析し、大腸癌に罹患している患者に特徴的な腸内細菌を見出した。さらに、これら細菌を詳細に解析し、発がんストレス反応として知られる細胞老化やアポトーシスを誘導する細菌を同定した。また、これら細菌の代謝産物を解析し、細胞老化反応を誘導する物質を同定した。これらの知見をもとに、大腸癌発症に関与する細菌の増殖等を指標として、大腸癌発症を予防する化合物、食品成分、食品組成物をスクリーニングすることができる。また、糞便試料において大腸癌患者に多い細菌を検出することにより、対象が大腸癌に罹患しているリスクを検出することができる。
【0014】
本発明は、大腸癌発症に関与することが明らかとなった細菌の増殖抑制等を指標として、化合物、食品成分、食品組成物をスクリーニングする方法である。スクリーニングする物質は、化合物のライブラリーに含まれるような単一の化合物であってもよいが、食品からの抽出成分や、いくつかの物質が含まれる組成物であってもよい。
【0015】
スクリーニングの結果得られた大腸癌発症に関与する細菌の増殖を抑制する物質は、サプリメントや特定保健用食品として摂取することによって、大腸癌発症を予防できると考えられる。また、手術などによる大腸癌治療後にサプリメント等として摂取すれば、腸内細菌叢を改善し、良好な腸内細菌叢を維持することにより再発予防に寄与するものと考えられる。
【0016】
また、今回同定された細菌は、早期大腸癌患者においても有意に増加していることが認められる細菌が含まれていることから、早期大腸癌患者を検出する検査方法としても有用であると考えられる。
【0017】
(1)大腸癌患者で特徴的に増加している細菌
大腸癌発症に関与する腸内細菌叢の変化を解析するために、大腸癌患者、健常者の腸内細菌叢プロファイルの解析を行った。大腸癌の診断、あるいは大腸癌病変がないことを確認するために、大腸内視鏡検査を行う者を対象として、大腸癌患者、健常者の糞便試料を収集した。収集する糞便試料は、不測の影響を避けるために、大腸内視鏡検査、抗生物質投与、化学療法、放射線治療などの処置を行っていない者の試料を収集した。さらに、腸内細菌叢に影響を及ぼす疾患、例えば、消化管再建や炎症性腸疾患、重篤な肝障害などの疾患を有する者については解析対象から外した。
【0018】
1600名の中から、上記基準に沿って選択し、384名の健常者試料、63名の早期癌患者を含む380名の大腸癌患者試料を得て、常法によりメタシーケンス解析を行った。バクテリア16S rRNA遺伝子の可変領域1及び2(V1、V2)の配列をDADA2によりエラーを除きQIIME2(version 2019.10)により解析し、97%以上の相同性のOTUs(operational taxnomic units)にVSEARCHによって分類した。LEfSe(linear discriminant analysis effect size)による解析で、大腸癌患者では87のOTUsが増加し、24のOTUsが減少していることが認められた。ここで示した12のOTUsは、いずれもtwo-tailed Wilcoxonrank-sum testによる解析で大腸癌患者、健常者間で有意に差が認められた(P<0.05を有意差ありとして判定)。また、大腸癌患者で多数検出される12のOTUsは健常者ではほとんど検出されないことを見出した(図1(A))。大腸癌患者で顕著に検出されたOTUから同定された菌種を以下に示す(表1)。
【0019】
【表1】
【0020】
コホート1で検出された結果の再現性を確認するために、独立した他のコホート2において、同様の解析を行った。129人の健常者、136人の早期の大腸癌、153人の進行大腸癌患者を同様の基準で選択し、解析を行った(図1(B))。独立したコホートにおいても、同様の結果が得られただけではなく、早期癌においても4つのOTUs(P.stomatis、G.morbillorum、及び2つのF.nucleatum subsp.のOTUs)は、健常者に比べて有意な増加が認められた。また、コホート1で、外科的切除の前後で腸内細菌叢の解析を行ったところ、これら12のOTUsは外科的切除を行うと顕著な減少が認められほとんど検出されないことから、大腸癌と強い相関があると考えられる(図1(C))。
【0021】
(2)発がんストレスを与える細菌の同定
(i)細胞との共培養による解析
表1で示した細菌は大腸癌患者で特徴的に増加している細菌であるが、大腸癌発症に関与しているか、疾患症状に付随して増加しているかは不明である。正常な細胞に発がんストレスを与えると細胞老化、もしくはアポトーシスが起こることが知られていることから、細胞とこれら細菌を共培養し、細胞老化、又はアポトーシスを指標として、大腸癌発症に関与しているか解析することにした。
【0022】
種々の培養条件を検討した結果、3% Oコンディションであればここで解析した腸内細菌は、偏性嫌気性細菌であっても細胞と共培養できることが明らかとなった。大腸癌患者で増加している細菌を、ヒト胎児肺由来の正常二倍体線維芽細胞TIG-3(ヒューマンサイエンス振興財団より入手)と共培養し、細胞増殖に与える影響を解析した。
【0023】
共培養による解析に用いた細菌(表2)はRIKEN BRC(微生物材料開発室 JCM)より入手し、GAM寒天培地(日水製薬株式会社)、又はmGAM寒天培地(日水製薬株式会社)、37℃、嫌気性条件下で1~3日培養した後、集菌しPBSに懸濁した。各細菌は、異なるmoiでTIG-3細胞に感染させ、DMEM(ナカライテスク株式会社)に10% FBS(Gibco、Thermo Fisher Scientific株式会社)を添加した培地(以下、10% FBS/DMEMと記載する。)を用い、3% O、37℃で共培養し、細菌の細胞増殖に対する影響を観察した(図2(A))。
【0024】
【表2】
【0025】
ポジティブコントロールとして、DNA損傷を引き起こし、細胞老化を誘導するドキソルビシンを200 ng/mL濃度で添加し(図2(B))、ネガティブコントロールとして、細胞老化やアポトーシスを誘導しない大腸菌(Escherichia coli DH5α、グラム陰性菌、TOYOBOより入手)、ラクトバチルス(Lactobacillus salivalius JCM1040、グラム陽性菌、RIKEN BRCより入手)と共培養を行った(図2(C))。大腸菌、あるいはラクトバチルスと細胞を共培養すると、細菌の過増殖によって培養液のpHや組成が変化するために細胞が死滅するのが観察される。しかしながら、ドキソルビシンを添加した場合のように、細胞老化を示す典型的な像は観察されなかった。
【0026】
次に大腸癌患者で増加している表2に示す11種の菌について、同様にして共培養を行い、細胞増殖に対する影響を解析した(図3)。Parvimonas micra、Porphyromonas asaccharolytica、Alloprevotella tannerae、Prevotella intermediaの4種は、共培養によっても細胞は増殖阻害を受けることはなく、正常に増殖を続けた(図3(A))。また、Dialister pneumosintes、Solobacterium mooreiの2種では細胞増殖の遅延が観察された(図3(B))。他方、Fusobacterium nucleatum、Gemella morbillorum、Peptostreptococcus anaerobius、Peptostreptococcus stomatis、Porphyromonas gingivalisの5種は細菌の増殖に伴い、細胞死が生じるのが観察された(図3(C))。
【0027】
従来は、偏性嫌気性細菌と動物細胞は数時間程度であれば、共培養することができるが、動物細胞は酸素の供給を必要とし、嫌気性細菌は酸素存在下では増殖できないことから、長期間共培養を行うことはできないと言われていた。しかし、3% Oの条件であれば、動物細胞も偏性嫌気性細菌も長期間にわたって培養し、増殖させることができることを見出した。この培養条件を用いれば、共培養によって偏性嫌気性細菌と動物細胞を培養し、解析することができる。
【0028】
(ii)バクテリア培養上清による解析
細胞死が観察された5種の細菌は、癌の原因となる変異を生じさせている可能性がある。しかし、ネガティブコントロールである大腸菌、及びラクトバチルスとの共培養でも同様に細胞死が見られたことから、細菌の過増殖による培養液のpHの変化、栄養源の枯渇が細胞死を招いている可能性も否定できない。また、細胞死が観察されない菌についても、代謝産物を介して細胞に発がんストレスを与える可能性があることから、細菌の培養上清添加によって細胞にどのような変化が生じるか、解析を行った(図4)。
【0029】
各細菌は、GAM液体培地、又はmGAM液体培地中、嫌気条件下で2-3日培養後、遠心し培養液を回収し、0.22 μmの膜を用いて濾過し、バクテリア培養上清を得た。バクテリア培養上清は、細胞培養用培地の1/30、具体的には100 μLのバクテリア培養上清を、3 mLの10% FBS/DMEM培地に添加して解析を行った(図4(A))。TIG-3細胞は、0、3、6日目にバクテリア培養上清を添加した10% FBS/DMEMで、9日目にバクテリア培養上清を添加していない10% FBS/DMEM(正常DMEMと記載することもある。)に培地交換して培養を行い、細胞増殖に与える影響を解析した(図4(B))。
【0030】
培養開始時(0日目)、GAM培地コントロール、mGAM培地コントロール(図4(C))、ポジティブコントロールとしてドキソルビシン添加、ネガティブコントロールとして大腸菌、又はラクトバチルスを培養して得たバクテリア培養上清を添加した細胞の9日目、12日目(正常DMEMに培地を交換後3日目)の細胞の状態を示す(図4(D))。ドキソルビシンを添加して細胞を培養した場合には、9日目に培地を正常DMEMに交換し培養を継続しても、細胞増殖の回復は見られなかった。大腸菌、ラクトバチルスの培養上清を添加して培養した場合には、培地のみのコントロールと遜色なく、細胞が増殖することを確認した。
【0031】
大腸菌、ラクトバチルスは、共培養系では細胞死が観察されたが、バクテリア培養上清を添加してTIG-3細胞の増殖を確認する系では細胞死は生じないことから、共培養系で観察されたこれらの細菌による細胞死は、細菌が増殖することによる培養液の変化に起因したものであり、細菌の代謝産物によるものではないと結論付けられる。共培養系で偏性嫌気性細菌の影響を解析する場合には、moiを調節したり、培養条件を検討することが必要であるが、従来考えられてきた以上の期間動物細胞と培養し、解析することが可能である。
【0032】
次に、大腸癌患者で増加が認められた11種の細菌の培養上清を培地に添加して解析した。バクテリア培養上清を用いた解析では、Alloprevotella tannerae、Gemella morbillorum、Dialister pneumosintes、Prevotella intermedia、Parvimonas micra、の5種の細菌の培養上清は、細胞増殖に影響を与えなかった(図5(A))。また、Peptostreptococcus anaerobius、Solobacterium moorei、Peptostreptococcus stomatisの培養上清添加によって細胞が増殖遅延を生じることを見出した。図5(B)に示すように、これらのバクテリア培養上清を添加した細胞では、9日目にバクテリア培養上清を添加していない10% FBS/DMEMに交換すると、細胞の増殖力が回復する。一方、Fusobacterium nucleatum、Porphyromonas asaccharolytica、Porphyromonas gingivalisのバクテリア培養上清を添加した場合には、細胞増殖が回復しなかった。
【0033】
これら2種の細菌P.asaccharolytica、P.gingivalisの培養上清を加えて解析する系で、経時的に細胞数を計測した(図6)。上記と同様の条件で、ドキソルビシン添加、無添加(Mock)、E.coli、P.asaccharolytica、又はP.gingivalisの培養上清を培地に1/30添加し9日間培養し、9日目に通常の培地に戻して培養した結果を示す。写真は12日目(通常培地で培養後3日目)の典型的な細胞の様子を示している。P.asaccharolyticaとP.gingivalisの培養上清はドキソルビシン同様、ヒト正常二倍体線維芽細胞TIG-3に対し、不可逆的な細胞周期停止を引き起こしていた。
【0034】
バクテリア培養上清を用いた実験系で、細胞老化が認められたF.nucleatum、P.accharolytica、P.gingivalisのバクテリア培養上清を添加した細胞と、GAM培地のみを添加して培養した細胞のmRNA発現プロファイルを解析した(夫々図7中、FNsup.vs.GAM、PAsup.vs.GAM、PGsup.vs.GAMと記載)。DNA損傷を引き起こすドキソルビシン(DXRvs.Ctrl)、過剰発現することによって細胞老化が生じることが知られている活性化型Ras(HrasG12vs.Mock)のmRNA発現プロファイルとの比較を行った(図7)。
【0035】
バクテリア培養上清を添加することによって誘導される細胞老化においては、mRNA発現プロファイルは、活性化型Rasを強制発現させた際に生じるmRNA発現プロファイルよりも、ドキソルビシン添加によってDNA損傷、DNA損傷応答が生じた場合のmRNA発現プロファイルに似ていることが明らかとなった。
【0036】
mRNA発現プロファイルの解析結果から、バクテリア培養上清を添加した場合には、DNA損傷、それに続きDNA損傷応答が起きていることが推測された。そこで、DNA損傷マーカーで細胞を染色し、DNA損傷が生じているか解析を行った。DNA損傷マーカーであるγH2AX、ATMの基質であるST/Q配列のリン酸化を検出するpST/Qが共染色されるfociを顕微鏡によって解析した(図8)。なお、抗γH2AX抗体(メルクミリポア)、抗pST/Q抗体(Cell Signaling Technology)で免疫染色を行い、核はDAPIで染色した。
【0037】
P.asaccharolytica(Pa)、P.gingivalis(Pg)、F.nucleatum(Fn)、のバクテリア培養上清を添加した細胞では、ドキソルビシン(DXR)を添加した細胞で観察されるfociよりも小さいものの、抗γH2AX抗体、抗pST/Q抗体で共染色されるfociが観察される(図8(A))。共染色されるfociが3個以上生じている細胞の割合を調べると、バクテリア培養上清を添加した場合では、ドキソルビシン添加と比較すると少ないものの、コントロールである培地のみ(GAM)、あるいは大腸菌の培養上清を添加したもの(E.coli)と比較して有意に増加していることが認められる(図8(B))。したがって、バクテリア培養上清を添加することによって、DNA損傷が生じていることが示唆された。
【0038】
次にバクテリア培養上清添加後9日目の細胞における細胞老化マーカーの発現解析をリアルタイムPCRで行った。増殖抑制因子群の活性化に関わるp16、p21、細胞老化により発現量が減少することが知られているラミンB1、老化細胞により分泌されSASP因子と言われるIL-1β、IL-6の発現解析を行った(図9(A))。P.asaccharolytica(Pa)、P.gingivalis(Pg)、F.nucleatum(Fn)、いずれのバクテリア培養上清で処理した細胞においても、細胞老化を誘導する遺伝子であるp16INK4a、p21Cip1/Waf1発現の増加、SASP因子遺伝子であるIL-1、IL-6の増加、ラミンB1の発現減少が観察された。
【0039】
また、培養9日目の細胞溶解液をRIPA bufferによって調整し、抗p16INK4a抗体(IBL)、抗p21Cip1/Waf1抗体(Cell Signaling Technoligy)、抗ラミンB1抗体(abcam)、抗RB抗体(Santa Cruz)、Ser780のリン酸化を検出する抗リン酸化RB抗体(Cell Signaling Technoligy)、抗p53抗体(Santa Cruz)、Ser15のリン酸化を検出する抗リン酸化p53抗体(Cell Signaling Technoligy)、抗α-チューブリン抗体(Sigma Aldrich)を用いて、常法によりウェスタンブロット解析を行った。その結果、PCRで検出されたRNAレベルでの変化に加えて、リン酸化RBの減少、リン酸化p53の増加といった細胞老化で観察される変化と同様の変化が認められた。
【0040】
また、細胞老化に伴い活性酸素(ROS)産生が増強することも知られている。そこで、各バクテリア培養上清を添加した培地で9日間培養したTIG-3細胞のROS産生をH2DCFDAを用いて解析した。その結果、P.asaccharolytica(Pa)、P.gingivalis(Pg)、F.nucleatum(Fn)、いずれの培養上清で処理した細胞でもROSレベルの増加が認められた(図9(C))。次に、これらバクテリア培養上清による効果がアポトーシスを誘導しているものではないことを確認した。図9(D)は、P.asaccharolytica、P.gingivalis、又はE.coliの培養上清を添加して9日目にAnnexin V、あるいはPI染色を行ってアポトーシスが誘導されているか解析した結果を示している。アポトーシスを誘導する化合物としてアクチノマイシンD、細胞老化を誘導する化合物としてドキソルビシンを用いている。バクテリア上清を添加して培養した細胞は、いずれもAnnexin VやPI染色では陽性を示さず、アポトーシスが誘導されているのではないことが確認された。
【0041】
また、ヒト正常細胞より作製された誘導型多能性幹細胞(iPSC)TkDN4-M(非特許文献9)を東京大学から得て、腸上皮オルガノイドを形成させた(非特許文献10)。腸上皮オルガノイドの培養液にP.asaccharolytica、又はP.gingivalisの培養上清を、コントロールとして未使用の培養液(Mock)を1/30量添加し、9日間、3日毎に培地を変えて培養した後、3日間オルガノイド培養液に変えて培養を行った。経時的なオルガノイドの変化を図9(E)に、ATP量により相対的な細胞数を解析した結果を図9(F)に示す。P.asaccharolytica、及びP.gingivalis培養液を添加したオルガノイドはいずれも細胞増殖が抑制されていた。
【0042】
以上の結果から、これら3種の細菌の培養上清には、DNA損傷を引き起こし、発がんを誘導するようなジェノトキシックストレス因子が分泌されているものと考えられる。そこで、これら細菌の培養上清に含まれる代謝産物を質量分析で網羅的に解析した。大腸癌患者で有意に増加している11種の細菌を培養し、培養上清に含まれる代謝産物を解析したところ、細胞老化を誘導する3種の菌の上清で短鎖脂肪酸が顕著に増加していることが明らかとなった。代謝産物中に見出された短鎖脂肪酸の中でも、酪酸が細胞老化、細胞死を誘導する細菌の代謝産物に多く含まれていたので、酪酸の細胞増殖、細胞老化に対する作用を解析した(図10)。
【0043】
TIG-3細胞に0 mMから10 mMまでの濃度を変えて酪酸を添加し、細胞の増殖に対する作用を解析した。培養開始0、3、6日に酪酸を含む培地を、9日目に酪酸を含まない培地に交換し、12日目の細胞の状態を示している。酪酸濃度1 mMまでは細胞増殖を抑制することはなかったが、それ以上の濃度では細胞老化、細胞死が観察された(図10(A))。
【0044】
細胞老化マーカーについて解析を行ったところ、酪酸濃度依存的に細胞老化マーカーも変化することが明らかとなった(図10(B))。酪酸以外にも、細胞老化、細胞死を誘導する代謝産物が存在すると考えられることから、複数の代謝産物による複合的な効果によって、発がんストレスが生じている可能性があると考えられる。
【0045】
細菌の代謝産物中と同濃度の短鎖脂肪酸を単独もしくは混合してTIG-3細胞の培養液に添加し、細胞老化を誘導できるかどうか調べた(図11)。細胞老化を誘発するP.asaccharolytica、P.gingivalis、F.nucleatum、コントロールとしてE.coliの培養上清の短鎖脂肪酸量を測定し、細胞培養液に1/30添加した場合と同濃度の短鎖脂肪酸(表3中に、培地に添加した各短鎖脂肪酸、すなわち酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、イソ吉草酸の終濃度を示す。)をそれぞれ、あるいは混合液として(SCFAs mixture)TIG-3培養液に添加し、細胞老化を誘発するか解析を行った。
【0046】
【表3】
【0047】
各脂肪酸を添加後、9日目のTIG-3細胞の様子を図11(A)に示す、TIG-3細胞では、酪酸をP.gingivalis、F.nucleatumの培養上清を培養液に懸濁した時と同濃度で単独添加することにより細胞老化が観察された。また、短鎖脂肪酸の混合液を添加するとP.asaccharolytica、P.gingivalis、F.nucleatumで、培養上清を添加した場合と同様の細胞老化が観察された。これらの結果から、細菌の代謝産物である短鎖脂肪酸、特に酪酸によって、細胞老化が誘発され、がん発症の原因となっている可能性が示唆された。
【0048】
さらに、P.asaccharolytica、P.gingivalis、E.coliの培養上清に含まれる短鎖脂肪酸をそれぞれ1/30濃度で添加して培養した細胞をRT-qPCRにより解析し、細胞老化に関与する遺伝子の発現解析を行った(図11(B))。P.gingivalisの培養上清を1/30添加した場合と同じ濃度の酪酸添加は、p16INK4a、p21Cip1/Waf1、ラミンB1に対して、細胞老化によって誘導されるのと同様の発現変化をもたらしていた。また、P.asaccharolytica、P.gingivalisの培養上清中の短鎖脂肪酸を混合して添加すると、p16INK4a、p21Cip1/Waf1、ラミンB1の発現は、単独で添加するよりも強い細胞老化様の反応が誘導されていた。
【0049】
酪酸によって、p16INK4a、p21Cip1/Waf1発現が誘導され、SASP因子が分泌されることから、酪酸が細胞老化を促進していると考えられる。そこで、酪酸の産生を阻害した酪酸産生菌を用い、細胞老化誘導能を有するか検討を行った。野生型P.gingivalis(ATCC33277)、及び酪酸合成欠損変異体(PGAGU118、非特許文献11)が細胞老化に及ぼす影響を解析した。各細菌の培養液中の酪酸濃度図11(C)、左)、及び各細菌の培養上清を1/30量添加し、9日間培養したTIG-3細胞の典型的な写真を示す(図11(C)、右)。酪酸合成欠損変異体の培養上清を添加しても、細胞は細胞老化を生じず、増加し続けることから、酪酸が細胞老化を誘導することが強く示唆された。
【0050】
酪酸が細胞老化を誘導し、癌化に関与しているという考えをさらに検証するために、酪酸産生菌が多く検出された大腸癌組織検体を用いて解析を行った。大腸内腔には、15-25mMといった高濃度の酪酸が存在していると言われているが、腸上皮は粘液で被覆されていることから、腸内細菌の侵入を抑制しており、腸上皮における酪酸濃度はかなり低濃度であることが報告されている。患者組織試料を用いて、酪酸産生菌の存在や細胞老化に関わるタンパク質発現の解析を行った(図12)。解析に用いた試料の患者のプロファイルは下記のとおりである。
【0051】
【表4】
【0052】
酪酸産生菌であるP.asaccharolytica、P.gingivalisに特異的なプローブを用いて、in situ ハイブリダイゼーションを行ったところ、患者大腸癌組織中には、これら酪酸産生菌が潜入していることが明らかとなった。さらに、同じ領域における細胞老化に関わるp16やIL-6の発現を免疫染色によって確認したところ、これらタンパク質の発現増強が認められた(図12(A))。さらに、癌部では非癌部に比べ、酪酸濃度が高いことも明らかとなった(図12(B))。これらの結果は、酪酸を産生する菌がヒトの大腸組織において細胞老化を誘導していることを示唆している。
【0053】
さらに、酪酸産生菌が大腸癌発症を促進するか遠位結腸、及び直腸で大腸癌を多発するApcΔ14/+マウス(非特許文献12)を用いて解析を行った。1×10CFUのP.asaccharolytica、P.gingivalis、又は陽性対照としてF.nucleatum subsp.を1日おきに200 μlのPBSに懸濁し8週間強制経口投与し、腫瘍数、腫瘍の大きさを解析した(図13(A))。P.gingivalis、P.asaccharolyticaともに、コントロールであるPBS投与群と比較して、有意に腫瘍数の増加が認められた。また、P.gingivalis投与群では、P.asaccharolytica投与群と比較してより多くの腫瘍が発生している。これは、細菌の酪酸産生量、細胞老化の誘導能と強く相関していると考えられる。
【0054】
さらに、P.gingivalis、及び酪酸合成欠損変異体を用いて、酪酸生産量の低下によって、腫瘍発生が低減されるか検証を行った(図13(B))。上記と同様にして、ApcΔ14/+マウスに、P.gingivalis、及び酪酸合成欠損変異体を強制投与し、腫瘍の数、及び大きさの解析を行った(図13(B))。その結果、酪酸合成欠損変異体投与群では、腫瘍の数、大きさともに有意に減少していた。また、写真は、モデルマウスにおける野生型、酪酸合成欠損変異体を投与した典型的な大腸の腫瘍の様子を示している。
【0055】
さらに、老化細胞を選択的に取り除き細胞老化を抑制する化合物として知られているABT-263を100 mg/kgの投与量で週5日、2回の1週間の休薬期間を挟み、合計4週間投与を行った。P.gingivalisとともにApcΔ14/+マウスに投与し、腫瘍の数、及び大きさの解析を行った(図13(C))。腫瘍の数はABT-263投与によって、減少しているものの有意差は認められなかった(図13(C)左)。しかしながら、腫瘍の大きさはABT-263によって有意に小さくなっていることが認められた(図13(C)右)。
【0056】
これらの結果から、P.gingivalis、P.asaccharolyticaが、細菌の代謝産物である短鎖脂肪酸、特に酪酸の分泌を介して、細胞老化を誘導し、発がんを促進していることが示された。また、大腸癌患者に特徴的な細菌として絞り込まれたものの、共培養系、培養上清を加えた系のいずれにおいても単独では細胞に影響を及ぼさなかった細菌についても、他の細菌とともに細胞老化を誘導している可能性がある。
【0057】
また、大腸癌患者において検出され、健常者ではほとんど検出されなかった12種の細菌は、発がんに伴って増殖している細菌が含まれている可能性もあるが、大腸癌と高い相関があると考えられることから、大腸癌患者のスクリーニングに用いることができると考えられる。例えば便試料を検査し、これら細菌が検出された場合には、大腸内視鏡検査によってさらに検査を行う等、大腸癌患者のスクリーニングに用いることができる。特に、早期の大腸癌患者で検出された4種の細菌を検出することは、大腸癌の早期検出につながる可能性がある。
【0058】
また、上記実験結果を踏まえて、大腸癌患者に特徴的に認められ、細胞老化を誘導するP.gingivalis、P.asaccharolytica、及びF.nucleatumを指標として、化合物、食品成分、食品組成物をスクリーニングし、発がんを抑制する物質を得ることができる。具体的には、寒天培地、あるいは液体培地にスクリーニング対象とする物質を混合し、細菌の増殖を解析すればよい。
【0059】
また、細菌の代謝産物、特に短鎖脂肪酸が細胞老化を引き起こすことが明らかとなったことから、細菌が分泌する短鎖脂肪酸をマーカーとして、短鎖脂肪酸、特に酪酸の過剰な分泌を抑制する化合物、食品成分等をスクリーニングすることもできる。具体的には、P.gingivalis、P.asaccharolytica、及びF.nucleatumを候補物質を添加した培地で培養し、短鎖脂肪酸、特に酪酸産生量の低下を指標として、化合物や組成物をスクリーニングすればよい。
【0060】
上述のように腫瘍の外科的切除後にこれら細菌の検出頻度が顕著に減少することを鑑みると、これら細菌の増殖を抑制することができる物質や組成物、あるいは食品を摂取することにより、腸内環境を良好に維持し、大腸癌の予防、あるいは再発を抑制することができると考えられる。これら細菌の増殖を抑制、あるいは短鎖脂肪酸の過剰な分泌を抑制する化合物、食品成分、食品組成物をスクリーニングすることは、腸内細菌叢を良好に維持するサプリメントや機能性食品の開発につながり、大腸癌発症の抑制に寄与するものと考えられる。
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