(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022021475
(43)【公開日】2022-02-03
(54)【発明の名称】腱又は靭帯の治療用ゲル材料
(51)【国際特許分類】
A61L 27/18 20060101AFI20220127BHJP
A61B 17/56 20060101ALI20220127BHJP
A61F 2/30 20060101ALI20220127BHJP
A61L 27/52 20060101ALI20220127BHJP
【FI】
A61L27/18
A61B17/56
A61F2/30
A61L27/52
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020125055
(22)【出願日】2020-07-22
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】520160440
【氏名又は名称】ジェリクル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【弁理士】
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】酒井 崇匡
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 琢
(72)【発明者】
【氏名】岩永 康秀
(72)【発明者】
【氏名】田中 栄
(72)【発明者】
【氏名】増井 公祐
(72)【発明者】
【氏名】成田 真一
【テーマコード(参考)】
4C081
4C097
4C160
【Fターム(参考)】
4C081AB18
4C081CA181
4C081DA12
4C097AA21
4C160LL30
(57)【要約】 (修正有)
【課題】腱又は靭帯の治療において瘢痕組織の進入を抑制し、腱内細胞による治癒を促進し、腱本来の機能を効率的に回復させる、ゲル材料、及び治療方法の提供。
【解決手段】腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療においてIII型コラーゲンの発現を抑制するための、高分子ゲルを含むゲル材料であって、前記高分子ゲルが、親水性ポリマーが架橋することにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルであって、1~5重量%の範囲の高分子含有量、及び100~10000Paの範囲の弾性率を有することを特徴とする、該ゲル材料。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療においてIII型コラーゲンの発現を抑制するための、高分子ゲルを含むゲル材料であって、
前記高分子ゲルが、親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルであって、1~5重量%の範囲の高分子含有量、及び100~10000Paの範囲の弾性率を有すること
を特徴とする、該ゲル材料。
【請求項2】
前記親水性ポリマーが、ポリエーテル骨格又はポリビニル骨格を有する、請求項1に記載のゲル材料。
【請求項3】
前記親水性ポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、請求項1又は2に記載のゲル材料。
【請求項4】
前記親水性ポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有する第2のポリマーユニットからなる、請求項1~3のいずれか1に記載のゲル材料。
【請求項5】
前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、イソチオシアネート基、アルデヒド基、ヨードアセトアミド基、ビニルスルホン基、及び-CO2PhNO2よりなる群から選択される、請求項4に記載のゲル材料。
【請求項6】
腱又は靭帯の縫合手術後に腱又は靭帯を被覆するために用いられる、請求項1~5のいずれか1に記載のゲル材料。
【請求項7】
上記腱又は靭帯を被覆することにより、III型コラーゲンの発現を抑制し、かつI型コラーゲンの発現を維持することができる、請求項6に記載のゲル材料。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1に記載のゲル材料を作製するためのキットであって、親水性ポリマーを含有する2以上の溶液が格納されている、キット。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか1に記載のゲル材料により、縫合手術後の腱又は靭帯の周囲を被覆することを含む、腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療方法。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか1に記載のゲル材料により、縫合手術後の腱又は靭帯の周囲を被覆することを含む、腱又は靭帯においてIII型コラーゲンの発現を抑制する方法。
【請求項11】
腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療方法であって、
側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Aと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Bとを用意する工程、
ポリマー溶液A及びBを、縫合手術後の腱又は靭帯の周辺に付与することにより、親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有する高分子ゲルを形成して、上記腱又は靭帯の周囲を被覆する工程、及び
上記被覆により、腱又は靭帯におけるIII型コラーゲンの発現を抑制する工程、
を含む、該治療方法。
【請求項12】
前記高分子ゲルが、1~5重量%の範囲の高分子含有量、及び100~10000Paの範囲の弾性率を有する、請求項11に記載の治療方法。
【請求項13】
前記第1及び第2の親水性ポリマーが、ポリエーテル骨格又はポリビニル骨格を有する、請求項11又は12に記載の治療方法。
【請求項14】
前記第1及び第2の親水性ポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、請求項11~13のいずれか1に記載の治療方法。
【請求項15】
前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、イソチオシアネート基、アルデヒド基、ヨードアセトアミド基、ビニルスルホン基、及び-CO2PhNO2よりなる群から選択される、請求項11~14のいずれか1に記載の治療方法。
【請求項16】
腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療に有効な薬剤のスクリーニング方法であって、請求項1~7のいずれか1に記載のゲル材料によって被覆された腱又は靭帯において、I型コラーゲンの増殖活性を有する化合物を探索及び同定する工程を含む、該スクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腱又は靭帯の治療に好適なゲル材料、及び当該ゲル材料を用いる腱又は靭帯の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、腱靭帯損傷に対する治療は現在においても有効な治療法は確立されていない。一方、腱断裂であれば縫合手術、靭帯断裂に対しては靭帯再建術などの外科的治療が選択され、部分損傷においては保存的治療が選択される。
【0003】
しかしながら、いずれの治療においても腱靭帯の治癒過程において腱外細胞(線維芽細胞や炎症性細胞)からなる瘢痕組織による治癒が混在しており、腱や靭帯そのものの治癒が阻害されてしまう(例えば、非特許文献1)。そのため、治癒した腱靭帯は瘢痕組織と同等の強度に低下することで腱本来の機能を発揮することができなくなる。このことから、術後の再断裂やスポーツ復帰に支障をきたし、多くの患者のQOL(Quality Of Life)を低下させることになる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Best et.al,The FASEB Journal,vol.33,July 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、腱又は靭帯の治療において瘢痕組織の進入を抑制し、腱内細胞による治癒を促進し、腱本来の機能を効率的に回復させる手法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討の結果、親水性ポリマーが分子間で架橋した3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルを用い、損傷又は断裂した腱靭帯の周囲を当該ハイドロゲルで被覆することにより、III型コラーゲンを主成分とする瘢痕組織の進入を抑制することができ、腱内細胞による内因性治癒が効率的にもたらされることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、一態様において、腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療に好適なゲル材料に関し、より具体的には、
<1>腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療においてIII型コラーゲンの発現を抑制するための、高分子ゲルを含むゲル材料であって、前記高分子ゲルが、親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルであって、2~5重量%の範囲の高分子含有量、及び100~10000Paの範囲の弾性率を有することを特徴とする、該ゲル材料;
<2>前記親水性ポリマーが、ポリエーテル骨格又はポリビニル骨格を有する、上記<1>に記載のゲル材料;
<3>前記親水性ポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、上記<1>又は<2>に記載のゲル材料;
<4>前記親水性ポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有する第2のポリマーユニットからなる、上記<1>~<3>のいずれか1に記載のゲル材料;
<5>前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、及び-CO2PhNO2よりなる群から選択される、上記<4>に記載のゲル材料;
<6>腱又は靭帯の縫合手術後に腱又は靭帯を被覆するために用いられる、上記<1>~<5>のいずれか1に記載のゲル材料;
<7>上記腱又は靭帯を被覆することにより、III型コラーゲンの発現を抑制し、かつI型コラーゲンの発現を維持することができる、上記<6>に記載のゲル材料;及び
<8>上記<1>~<7>のいずれか1に記載のゲル材料を作製するためのキットであって、親水性ポリマーを含有する2以上の溶液が格納されている、キット
を提供するものである。
【0008】
別の態様において、本発明は、上記ゲル材料を用いた腱又は靭帯の治療に関し、より具体的には、
<9>上記<1>~<7>のいずれか1に記載のゲル材料により、縫合手術後の腱又は靭帯の周囲を被覆することを含む、腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療方法;
<10>上記<1>~<7>のいずれか1に記載のゲル材料により、縫合手術後の腱又は靭帯の周囲を被覆することを含む、腱又は靭帯においてIII型コラーゲンの発現を抑制する方法;
<11>腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療方法であって、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Aと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Bとを用意する工程、ポリマー溶液A及びBを、縫合手術後の腱又は靭帯の周辺に付与することにより、親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有する高分子ゲルを形成して、上記腱又は靭帯の周囲を被覆する工程、及び上記被覆により、腱又は靭帯におけるIII型コラーゲンの発現を抑制する工程、を含む、該治療方法;
<12>前記高分子ゲルが、1~5重量%の範囲の高分子含有量、及び100~10000Paの範囲の弾性率を有する、上記<11>に記載の治療方法;
<13>前記第1及び第2の親水性ポリマーが、ポリエーテル骨格又はポリビニル骨格を有する、上記<11>又は<12>に記載の治療方法;
<14>前記第1及び第2の親水性ポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、上記<11>~<13>のいずれか1に記載の治療方法;及び
<15>前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、イソチオシアネート基、アルデヒド基、ヨードアセトアミド基、ビニルスルホン基、及び-CO2PhNO2よりなる群から選択される、上記<11>~<14>のいずれか1に記載の治療方法
を提供するものである。
【0009】
更なる態様において、本発明は、上記ゲル材料を用いるスクリーニング方法にも関し、より具体的には、
<16>腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療に有効な薬剤のスクリーニング方法であって、上記<1>~<7>のいずれか1に記載のゲル材料によって被覆された腱又は靭帯において、I型コラーゲンの増殖活性を有する化合物を探索及び同定する工程を含む、該スクリーニング方
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のゲル材料及び治療方法によれば、患部周囲からの炎症性細胞や線維芽細胞の進入を抑制することができるとともに、これまで腱靭帯の治癒過程にて不可避と考えられてきたIII型コラーゲンを主成分とする瘢痕組織の進入を抑制又は排除することできる。これにより、腱内細胞によるI型コラーゲンの発現に基づく内因性治癒を促進し、腱本来の機能を効率的に回復させることができるという従来の手法では得られなかった効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、術後21日目における本発明のゲルで被覆した屈筋腱(ゲル群)及びゲルで被覆しない屈筋腱(コントロール群)の画像である。
【
図2】
図2は、本発明のゲルで被覆した屈筋腱(ゲル群)及びゲルで被覆しない屈筋腱(コントロール群)の組織断面を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0013】
1.本発明のゲル材料
本発明のゲル材料は、腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療においてIII型コラーゲンの発現を抑制するための高分子ゲルを含むゲル材料である。そして、当該高分子ゲルが、親水性ポリマーが架橋することにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルであって、1~5重量%の範囲の高分子含有量、及び100~10000Paの範囲の弾性率を有することを特徴とするものである。ここで、「弾性率」とは、貯蔵弾性率G’を意味する。
【0014】
(1-1)親水性ポリマー
上記高分子ゲルを構成する親水性ポリマーは、架橋されることによってハイドロゲルを形成し得るものであって、より詳細には、最終的なゲルにおいて、当該ポリマーが互いに或いは任意の低分子化合物を介して架橋することにより網目構造、特に、3次元網目構造を形成し得るポリマーである。かかる親水性ポリマーは、水溶液中でのゲル化反応(架橋反応等)によってハイドロゲルを形成し得るものであれば、当該技術分野において公知のものを用いることができるが、好ましくは、ポリエーテル骨格又はポリビニル骨格を有する親水性ポリマーである。
【0015】
ポリエーテル骨格を有するポリマーとしては、代表的には、ポリアルキレングリコール骨格を有するポリマーを挙げることができる。好ましくは、複数のポリエチレングリコール骨格の分岐を有するポリマー種が挙げられ、特に、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールが好ましい。4分岐型のポリエチレングリコール骨格よりなるゲルは、一般に、Tetra-PEGゲルとして知られており、それぞれ末端に活性エステル構造等の求電子性の官能基とアミノ基等の求核性の官能基を有する2種の4分岐高分子間のAB型クロスエンドカップリング反応によって網目構造ネットワークが構築される(Matsunagaら、Macromolecules、Vol.42、No.4、pp.1344-1351、2009)。また、Tetra-PEGゲルは各高分子溶液の単純な二液混合で簡便にその場で作製可能であり、ゲル調製時のpHやイオン強度を調節することでゲル化時間を制御することも可能である。そして、このゲルはPEGを主成分としているため、生体適合性にも優れている。
【0016】
また、ポリビニル骨格を有する親水性ポリマーとしては、ポリメチルメタクリレートなどのポリアルキルメタクリレートや、ポリアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリN-アルキルアクリルアミド、ポリアクリルアミドなどを挙げることができる。
【0017】
親水性ポリマーは、1x103~1x105の範囲、好ましくは、5x103~5x104の範囲、より好ましくは1x104~4x104の範囲の重量平均分子量(Mw)を有する。
【0018】
好ましい態様では、親水性ポリマーは、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2のポリマーユニットの組み合わせである。例えば、第1のポリマーユニットが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し、第2のポリマーユニットが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有することが好ましい。かかる求核性官能基と求電子性官能基が架橋することにより3次元網目構造を有するゲルが形成される。ここで、求核性官能基と求電子性官能基の合計は、5以上であることが好ましい。これらの官能基は、末端に存在することがさらに好ましい。
【0019】
第1及び第2のポリマーユニットに存在する求核性官能基としては、チオール基(-SH)、アミノ基又はなどを挙げることができ、当業者であれば公知の求核性官能基を適宜用いることができる。好ましくは、求核性官能基は-SH基である。求核性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求電子性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0020】
第1及び第2のポリマーユニットに存在する求電子性官能基としては、活性エステル基を用いることができる。このような活性エステル基としては、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、イソチオシアネート基、アルデヒド基、ヨードアセトアミド基、ビニルスルホン基、-CO2PhNO2(Phは、o-、m-、又はp-フェニレン基を示す)などを挙げることができ、当業者であればその他の公知の活性エステル基を適宜用いることができる。好ましくは、求電子性官能基はマレイミジル基である。求電子性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求核性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0021】
末端に求核性官能基を有するポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にチオール基を有する下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【化1】
【0022】
式(I)中、R11~R14は、それぞれ同一又は異なり、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO2-R17-、-R16-CO2-NH-R17-、-R16-CO-R17-、又は-R16-CO-NH-R17-を示し、ここで、R15はC1-C7アルキレン基を示し、R16はC1-C3アルキレン基を示し、R17はC1-C5アルキレン基を示す。)
【0023】
n11~n14は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n11~n14の値が近いほど、均一な立体構造をとることができ、高強度となる。このため、高強度のゲルを得るためには、同一であることが好ましい。n11~n14の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n11~n14の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n11~n14は、25~250の整数値が挙げられ、35~180が好ましく、50~115がさらに好ましく、50~60が特に好ましい。そして、その分子量としては、1x103~1x105の範囲、好ましくは、5x103~5x104の範囲、より好ましくは1x104~4x104の範囲の重量平均分子量(Mw)が好ましい。
【0024】
上記式(I)中、R11~R14は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R11~R14は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。R11~R14は、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO2-R17-、-R16-CO2-NH-R17-、-R16-CO-R17-、又は-R16-CO-NH-R17-を示す。ここで、R15はC1-C7アルキレン基を示す。R16はC1-C3アルキレン基を示す。R17はC1-C5アルキレン基を示す。
【0025】
ここで、「C1-C7アルキレン基」とは、分岐を有してもよい炭素数が1以上7以下のアルキレン基を意味し、直鎖C1-C7アルキレン基又は1つ又は2つ以上の分岐を有するC2-C7アルキレン基(分岐を含めた炭素数が2以上7以下)を意味する。C1-C7アルキレン基の例は、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基である。C1-C7アルキレン基の例は、-CH2-、-(CH2)2-、-(CH2)3-、-CH(CH3)-、-(CH2)3-、-(CH(CH3))2-、-(CH2)2-CH(CH3)-、-(CH2)3-CH(CH3)-、-(CH2)2-CH(C2H5)-、-(CH2)6-、-(CH2)2-C(C2H5)2-、及び-(CH2)3C(CH3)2CH2-などが挙げられる。
【0026】
「C2-C7アルケニレン基」とは、鎖中に1個若しくは2個以上の二重結合を有する状又は分枝鎖状の炭素原子数2~7個のアルケニレン基であり、例えば、前記アルキレン基から隣り合った炭素原子の水素原子の2~5個を除いてできる二重結合を有する2価基が挙げられる。
【0027】
一方、末端に求電子性官能基を有するポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にN-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基を有する下記式(II)で表される化合物が挙げられる。
【化2】
【0028】
上記式(II)中、n21~n24は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n21~n24の値は近いほど、ゲルは均一な立体構造をとることができ、高強度となるので好ましく、同一である方が好ましい。n21~n24の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n21~n24の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n21~n24は、5~300の整数値が挙げられ、20~250が好ましく、30~180がより好ましく、45~115がさらに好ましく、45~55であればさらに好ましい。本発明の第2の四分岐化合物の分子量としては、1x103~1x105の範囲、好ましくは、5x103~5x104の範囲、より好ましくは1x104~4x104の範囲の重量平均分子量(Mw)が好ましい。
【0029】
上記式(II)中、R21~R24は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R21~R24は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。式(II)中、R21~R24は、それぞれ同一又は異なり、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R25-、-CO-R25-、-R26-O-R27-、-R26-NH-R27-、-R26-CO2-R27-、-R26-CO2-NH-R17-、-R26-CO-R27-、又は-R26-CO-NH-R27-を示す。ここで、R25はC1-C7アルキレン基を示す。R26はC1-C3アルキレン基を示す。R27はC1-C5アルキレン基を示す。
【0030】
本明細書において、アルキレン基及びアルケニレン基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、アシル基、又はアリール基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルキルオキシ基やアラルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0031】
また、本明細書において、ある官能基について「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。
【0032】
別の態様として、親水性ポリマーを架橋させるために低分子化合物を追加的に用いることもできる。より具体的には、第1のポリマーユニット又は第2のポリマーユニットの一方を、低分子化合物に置き換えることが可能である。この場合、低分子化合物は、分子内に1以上の求核性官能基又は求電子性官能基を有する。これにより、例えば、第1のポリマーに替えて、分子内に求核性官能基を有する低分子化合物を用い、これと側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2のポリマーと反応させることで、第2のポリマー間を架橋しゲル化させることができる。かかる「分子内に求核性官能基を有する低分子化合物」としては、分子内にチオール基を有する化合物を挙げることができ、例えば、ジチオスレイトールを用いることができる。
【0033】
(1-2)ハイドロゲル
上述のように、本発明のゲル材料は、上記親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲル(高分子ゲル)を含むものである。本明細書中において、「ゲル」とは、一般に、高粘度で流動性を失った高分子の分散系であり、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’≧G”の関係性を有する状態をいう。また、「ハイドロゲル」は、水を含有するゲルである。
【0034】
本発明のゲル材料に含まれるハイドロゲルは、1~5重量%の範囲、好ましくは、2~4重量%の範囲の高分子含有量を有する。また、当該ハイドロゲルは、100~10000Paの範囲、好ましくは、500~5000Paの範囲の弾性率を有する。これら高分子含有量と弾性率を適切な範囲内とすることで、腱や靭帯の周辺をハイドロゲルで被覆した際に、ゲルが膨張し過ぎる等による望ましくない影響を抑えることができ、また、一定期間、患部に留まるための適切な強度を有するものとすることができる。
【0035】
また、本発明のゲル材料に含まれるハイドロゲルは、好ましくは、500~10000Paの浸透圧を有する。一般に、浸透圧(Π
os)は、透析装置中に作製したサンプルを濃度が異なるPolyvinylpyrrolidone(PVP)溶液によって逆浸透し、以下に示すFlory-Rehner の平衡式を用いて算出することができる。
【数1】
ここで、Π
sw及びΠ
elは、それぞれ対象サンプルの膨潤圧と弾性圧を表し、Π
PVP は、PVP 溶液の浸透圧を表す。
【0036】
2.本発明の治療方法等
本発明は、別の観点において、上記ゲル材料を用いて腱又は靭帯の損傷又は断裂を治療する方法にも関する。より詳細には、損傷又は断裂により治療が必要となった腱又は靭帯の患部の周囲を上記ゲル材料で被覆することにより、その治癒を促進するものである。そのような患部の被覆は、典型的には、腱又は靭帯の縫合手術後に行われる。
【0037】
縫合手術後の腱又は靭帯を上記ゲル材料で被覆することによって、患部周囲からの炎症性細胞や線維芽細胞の進入を抑制し、瘢痕組織の進入を抑制又は排除することできる。本発明では、驚くべきことに、これまで腱靭帯の治癒過程にて不可避と考えられてきた瘢痕組織を抑制又は排除した状態であっても、腱又は靭帯の治癒が効率的に進むことを明らかにした。
【0038】
本明細書において、治療の対象となる腱又は靭帯は、ヒト、ウマ、ブタ、イヌ、ネコ、モルモット、ウサギ、ラット及びマウスからなる群から選択される哺乳動物の腱又は靭帯である。典型的には、人体における腱又は靭帯である。
【0039】
本明細書において、腱又は靭帯の「損傷又は断裂」には、外傷性の損傷又は断裂 (例えば、スポーツ損傷、酷使、又は医療又は外科的介入による)、遺伝的な起源又は疾患による損傷、及び疾患を含み得る。「断裂」には、部分的な断裂も含まれる。
【0040】
本明細書において「腱」には、アキレス腱、肩腱板、、手及び手首、膝蓋腱、屈筋腱(flexor tendon)、伸筋腱が含まれる。腱の「損傷」には、腱症(tendinosis)、腱炎(tendinitis)、滑膜炎、腱鞘炎(tenosynovitis)、及び裂離(avulsion)等のその他の損傷や腱関連疾患が含まれ得る。
【0041】
また、本明細書において「靭帯」には、膝関節、肩、肘関節、足関節、脊椎における靭帯が含まれる。例えば、膝靭帯の「損傷」としては、外側側副靭帯損傷、内側側副靭帯損傷、前十字靭帯損傷、後十字靭帯損傷が挙げられる。
【0042】
必ずしも理論に拘束されるわけではないが、後述の実施例で示すように、腱又は靭帯の周囲を上記ゲル材料で被覆した場合には、瘢痕組織に特徴的なIII型コラーゲンの発現が有意に抑制されるとともに、腱内細胞によるI型コラーゲンの発現が維持されており、かかるI型コラーゲンの発現による内因性治癒によって腱又は靭帯の修復が生じているものと考えられる。かかる治癒過程は従来には解明されていなかったものであり、本発明によって初めて明らかとなった機構である。腱を構成するコラーゲンの95%程度はI型コラーゲンで構成されているところ、かかる治癒過程は合理的かつ理想的なものであり、腱や靭帯の本来の機能を維持した状態で治癒が生じる点で本発明において初めて達成された効果であるということができる。
【0043】
したがって、本発明の方法は、上記ゲル材料により縫合手術後の腱又は靭帯の周囲を被覆することを含む、腱又は靭帯においてIII型コラーゲンの発現を抑制する方法ということもできる。或いは、上記ゲル材料により縫合手術後の腱又は靭帯の周囲を被覆することによって、III型コラーゲンの発現を抑制し、かつI型コラーゲンの発現を維持することができると表現することもできる。
【0044】
代表的な態様として、本発明の腱又は靭帯の損傷又は断裂の治療方法は、以下の工程を含む:
a)側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Aと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Bとを用意する工程;
b)ポリマー溶液A及びBを、縫合手術後の腱又は靭帯の周辺に付与することにより、親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有する高分子ゲルを形成して、上記腱又は靭帯の周囲を被覆する工程;及び
c)上記被覆により、腱又は靭帯におけるIII型コラーゲンの発現を抑制する工程。
【0045】
工程a)及びb)で用いる親水性ポリマーの種類等については、本発明のゲル材料について既に述べたとおりである。
【0046】
ポリマー溶液A及びBにおける溶媒は、水であるが、場合によっては、エタノールなどのアルコール類やその他の有機溶媒を含む混合溶媒とすることもできる。好ましくは、ポリマー溶液A及びBは、水を単独溶媒とする水溶液である。ポリマー溶液A及びBの容量は、それらが付与される患部の面積や構造の複雑さなどに応じて適宜調節することができるが、典型的には、それぞれ0.1~20mlの範囲、好ましくは、1~10mlである。
【0047】
ポリマー溶液A及びBのpHは、典型的には、4から8の範囲であり、好ましくは、5~7の範囲である。ポリマー溶液A及びBのpHの調節は、該技術分野において公知のpH緩衝剤を用いることができる。例えば、クエン酸-リン酸バッファー(CPB)を用い、クエン酸とリン酸水素二ナトリウムの混合比を変えることで、pHを上述の範囲に調節することができる。
【0048】
工程b)において、ポリマー溶液AとBは、それぞれ独立して腱又は靭帯の周辺に付与してもよいし、或いは、直前にポリマー溶液AとBを混合した溶液を調製したうえで、当該混合溶液を腱又は靭帯の周辺に付与してもよい。これにより、高分子ゲル(ハイドロゲル)をin-situで形成することができる。
【0049】
その際のゲル化時間は、好ましくは、10~300秒の範囲であり、より好ましくは、30~100秒の範囲である。繰り返しになるが、かかるゲル化時間は、主として、ポリマー溶液におけるポリマー濃度やpH、イオン強度を適宜設定することで調節することができる。ここで、「ゲル化時間」とは、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”が、G’=G”となるまでに要する時間である。
【0050】
また、工程b)により腱又は靭帯の周辺に形成された高分子ゲルは、腱又は靭帯が修復・再生するのに必要な期間、患部周辺に存在することが好ましい。例えば、当該高分子ゲルは、生体内において10~90日の分解速度であることが好ましく、20~50日の分解速度がより好ましい。
【0051】
ポリマー溶液A及びBを混合する手段としては、例えば、国際公開WO2007/083522号公報に開示されたような二液混合シリンジを用いて行うことができる。混合時の二液の温度は、特に限定されず、前駆体ユニットがそれぞれ溶解され、それぞれの液が流動性を有する状態の温度であればよい。例えば、二液の温度は異なってもよいが、温度が同じである方が、二液が混合されやすいので好ましい。
【0052】
工程c)は、腱又は靭帯の周囲を高分子ゲルで被覆することにより、腱又は靭帯におけるIII型コラーゲンの発現を抑制する工程である。これは、主として、腱又は靭帯の周囲を高分子ゲルで被覆することによって、部周囲からの炎症性細胞や線維芽細胞の進入を抑制し、III型コラーゲンが多く存在する瘢痕組織の進入が抑制又は排除されることに基づくものである。必ずしも理論に拘束されるものではないが、本発明の治療方法によれば、上記瘢痕組織の進入に基づく外因性のIII型コラーゲン発現は抑えつつ、腱内細胞によるI型コラーゲンの発現を維持し、これによる内因性治癒をもたらすことができると考えられる。
【0053】
また、別の態様において、本発明は、上記ゲル材料(高分子ゲル)を作製するためのキットであって、親水性ポリマーを含有する2以上の溶液が格納されている、キットにも関する。かかるキットは、上述の治療方法において用いるのに好適である。溶液中に含まれる親水性ポリマーの種類については上述のとおりであり、架橋されることによってハイドロゲルを形成し得るもの用いることができる。好ましくは、当該溶液は、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Aと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2の親水性ポリマーを含むポリマー溶液Bであることができる。また、典型的には、第1及び第2の親水性ポリマーが、ポリエーテル骨格又はポリビニル骨格を有するポリマーであり、好ましくは、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである。
【0054】
かかるキットは、上述の治療方法において用いるのに好適である。その場合、ゲル材料によって被覆された腱又は靭帯の周囲を覆うための医療器具をさらに含むものであってもよい。かかる医療器具は、縫合手術後の腱又は靭帯を安定的に固定するために好適なものであり、例えば、中空の円柱形状を形成し得る器具である。ただし、患部の位置や術後の状況等に応じて適切な形状の器具を用いることができる。
【実施例0055】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0056】
1.ポリマー溶液の調製
原料ポリマーとして、末端に-SH基を有するTetra-PEG-SH(テトラチオール-ポリエチレングリコール)及び末端にマレイミジル基を有するTetra-PEG-MA(テトラマレイミジル-ポリエチレングリコール)を用いた。これら原料ポリマーは、それぞれ日油株式会社から市販されているものを用いた。分子量 (モル質量) は、どちらも20000である。ポリマー溶液の緩衝剤として、クエン酸ナトリウム緩衝液 (pH5.10;富士フィルム和光純薬製) を用いた。
【0057】
用いた溶液条件は以下のとおりある。
[ポリマー溶液A]
濃度:2.5wt% Tetra-PEG-SH
pH:5.10
[ポリマー溶液B]
濃度:2.5wt% Tetra-PEG-MA
pH:5,10
【0058】
2.ラットの屈筋腱断裂モデルへの適用
ラットの屈筋腱断裂モデルを作成し、腱縫合術後に腱周囲に25μlのポリマー溶液A及び25μlのポリマー溶液Bを注入し、90秒分後にゲル化したことを確認した。縫合した腱患部をゲルで被覆することで、周囲からの炎症性細胞や線維芽細胞の進入を問題なくブロックすることを確認した。一方、ゲルで被覆しない場合には、腱が瘢痕組織により強く覆われていた。本発明のゲルで被覆した修復腱(ゲル群)とゲルで被覆しない修復腱(コントロール群)の画像を
図1に示す。
【0059】
そこで、本発明のゲルで被覆した修復腱(ゲル群)とゲルで被覆しない修復腱(コントロール群)を組織学的に評価したところ、術後21日目において、ゲル群ではepitenonやparatenonといった腱内の組織に腱の長軸に沿った強い細胞増殖が見られたのに対し、コントロール群では腱周辺に線維芽細胞の乱雑な異常増殖と新生血管が強くみられた(
図2)。これにより、ゲル群では腱内に存在している前駆細胞が主に治癒に関与していることが示唆された。
【0060】
さらに、両群の治癒過程について、器官培養を行った腱組織を用いて発現遺伝子の比較解析を行ったところ、コントロール群では瘢痕組織で特徴的なCol3a1(TypeIII Collagen)が術後早期から強く発現していたのに対し、ゲル群ではCol3a1は少量の発現に留まり、術後2~3週にかけてCol1a1(Type1 Collagen)の発現が強くみられた。以上のことから、コントロール群ではTypeIII Collagenを主成分とした瘢痕組織の治癒が早期から起こるのに対し、ゲル群では腱内細胞によるTypeIII Collagenによる治癒が生じていることが分かった。