(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022025992
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】微小構造体と分子検出法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220203BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20220203BHJP
G01N 33/553 20060101ALI20220203BHJP
G01N 33/544 20060101ALI20220203BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220203BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20220203BHJP
C12Q 1/6837 20180101ALI20220203BHJP
B82Y 30/00 20110101ALN20220203BHJP
【FI】
C12M1/00 A
G01N33/543 525W
G01N33/553
G01N33/544 Z
G01N33/53 D
G01N33/53 M
G01N33/53 Y
B82Y40/00
C12Q1/6837 Z
B82Y30/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020129235
(22)【出願日】2020-07-30
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】510273880
【氏名又は名称】コリア ユニバーシティ リサーチ アンド ビジネス ファウンデーション
【氏名又は名称原語表記】KOREA UNIVERSITY RESEARCH AND BUSINESS FOUNDATION
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100126354
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】金 賢徹
(72)【発明者】
【氏名】加藤 大
(72)【発明者】
【氏名】中村 史
(72)【発明者】
【氏名】マン ボック グ
(72)【発明者】
【氏名】チュル ミン ジョー
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB15
4B029BB20
4B029CC03
4B029CC13
4B029FA01
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ05
4B063QR32
4B063QR48
4B063QR55
4B063QS32
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】細胞集団を形成する個々の細胞が発現しているマーカー分子や分泌する生体分子を選択的に検出する機構を備えた微小構造体、その作製方法、およびその微小構造体を用いて検出対象となる分子を検出・特定する、具体的解決手段の提供。
【解決手段】本発明は、内面に生体分子を検出するためのプローブを固定化することが可能な材料表面が配置され、作製を望む厚さ・直径の薄膜で作製した、半球殻状の微小構造体の作製方法、ならびにそれを利用した標的生体分子の検出方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的分子の検出に使用するための半球殻状の中空多層微小構造体であって、
磁性体材料を含む第1の材料で構成されたほぼ微小半球殻の形態の第1の薄膜層と、
蛍光色素で標識されたプローブを着脱可能に固定し得、前記蛍光色素との間で蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせ得る材料を含む第2の材料で構成され、前記微小半球殻の内側表面に配置された第2の薄膜層と
を備え、
前記第2の薄膜層によって規定される中空の空間に少なくとも1つの対象の細胞またはその一部を捕捉し得るサイズを有し、
前記プローブが、前記標的分子に特異的に結合し得る分子であって、前記標的分子との結合により構造が変化し、それにより、前記蛍光色素の発光/消光の変化を生じさせ得る分子である、半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項2】
前記第1の材料が、ニッケル、鉄、コバルト、ガドリニウム、ルテニウム、酸化鉄、酸化クロム、フェライト、およびネオジムからなる群から選択される磁性体材料を含む、請求項1に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項3】
前記第2の材料が、SP2混成軌道を有する元素、SP2結合領域とSP3結合領域が混在する元素、または金属を含む、請求項1または2に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項4】
前記第2の材料が、ナノカーボン、ナノグラフェン、または金を含む、請求項3に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項5】
前記第2の薄膜層が、その表面にアミノ基を有する、請求項4に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項6】
前記プローブが、タンパク質、ペプチド、または核酸分子である、請求項1~5のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項7】
前記プローブが、蛍光色素でその一端が修飾され、他端が、ピレン分子またはチオール基で修飾された核酸分子である、請求項6に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項8】
前記標的分子が、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞表面分子、または細胞分泌小胞を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項9】
前記各薄膜層の膜厚が、0.1nm~1mmの範囲にある、請求項1~8のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
【請求項10】
複数の請求項1~9のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体を含む、半球殻状の中空多層微小構造体のアレイ。
【請求項11】
前記第2の薄膜層の表面に着脱可能に固定された前記プローブを含む、請求項1~10に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイ。
【請求項12】
前記プローブが、スペーサー分子を介して前記第2の薄膜層の表面に着脱可能に固定されている、および/または前記蛍光色素が前記プローブにスペーサー分子を介して結合している、請求項11に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイ。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか一項に記載の標的分子の検出に使用するための半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法であって、
a)基板上に単層で配置された所望のサイズの鋳型微粒子を準備するステップであって、前記鋳型微粒子が、所定の除去プロセスにより除去可能な材料からなる、ステップ、
b)前記単層で前記基板上に配置された前記鋳型微粒子を前記第2の材料で被覆するステップ、
c)前記第2の材料で被覆された前記鋳型微粒子をさらに前記第1の材料で被覆するステップ、および
d)前記鋳型微粒子を前記所定の除去プロセスにより除去して、前記半球殻状の中空多層微小構造体を得る、ステップ
を含む、半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法。
【請求項14】
前記ステップb)と前記ステップc)との間に、さらに別の材料で被覆する少なくとも1つのステップを含む、請求項13に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法。
【請求項15】
前記ステップd)の後に、
粘着剤を用いて、前記半球殻状の中空多層微小構造体を、前記基板表面から前記粘着剤表面へ転写するステップ、および/または
前記プローブを前記第2の薄膜層に着脱可能に固定するステップ
を含む、請求項13または14に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法。
【請求項16】
前記さらに別の材料が、前記第1または第2の材料とは異なる元素または元素アロイを含む材料からなる、請求項14に記載の製造方法。
【請求項17】
前記粘着剤が、可溶性の粘着剤である、請求項15に記載の製造方法。
【請求項18】
前記可溶性の粘着剤がポリジメチルシロキサンであり、前記粘着剤を溶剤中で可溶化ステップを含む、請求項17に記載の製造方法。
【請求項19】
請求項11または12に記載の少なくとも1つの半球殻状の中空多層微小構造体もしくはそのアレイまたは請求項15、17、または18に記載の製造方法により製造された少なくとも1つの半球殻状の中空多層微小構造体もしくはそのアレイを用いて標的分子の検出を行う方法であって、
a)前記第2の薄膜層に着脱可能に固定された前記プローブを含む前記半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイを、前記標的分子を含むまたは含むことが疑われる溶液中に置くステップ、および
b)前記プローブの前記蛍光色素の蛍光の発光を測定するステップであって、前記蛍光発光の検出により、前記標的分子と前記プローブとの結合が推定され、前記溶液中の前記標的分子の存在が確認されるステップ、
を含む、方法。
【請求項20】
前記ステップa)において、
前記溶液中に分散された前記半球殻状の中空多層微小構造体の配向を外部磁場を印加することにより制御すること
を含む、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記標的分子が、細胞の分泌物であり、前記ステップa)とb)との間に、前記半球殻状の中空多層微小構造体の中空の空間に前記細胞またはその一部を捕捉するステップを含む、請求項19または20に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内面と外面の材料が異なる2層以上の薄膜の接合材料で構成された、半球殻や半楕円殻などの構造を有する微小構造体と、それらを利用した物質検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微粒子などの微小構造体は、新規物性を有する材料開発の素材として、また、生命科学分野では標的となるタンパク質やDNAを可視化する標識物として、広く利用されている。微粒子は一般的に作製が容易な球状のものが広く用いられるが、楕円や多角形といった複雑な形状を持つ微粒子は光学特性などにおいて異方性を有することから応用用途が広く、作製法の開発が盛んに進められている。
【0003】
特開2011-101941号公報(「中空微小体およびその作製方法」)(特許文献1)では、お椀のような形状をした半球殻微粒子の作製方法が、WO2013/069732(「磁気ナノ粒子」)(特許文献2)では、この半球殻微粒子を磁性体で作製し、細胞精製技術に応用する方法が、それぞれ開示されている。
【0004】
特開2011-101941号公報(特許文献1)では、平坦基板上に整列配置させたポリスチレン粒子の上に、真空蒸着もしくはスパッタにより金属薄膜を構成し、薬剤処理や加熱等によりポリスチレン粒子を取り除くことで半球殻微粒子を作製する方法が開示されている。しかし、この作製した微粒子の生命科学分野での具体的な用途、特に医療診断で重要となる、タンパク質やDNAなどの生体分子を検出する応用用途については、示されていない。
【0005】
WO2013/069732(特許文献2)では、上記特開2011-101941号公報(特許文献1)のひとつの応用用途として、細胞と同等サイズ(直径約10μm)の半球殻状微粒子を、ニッケルや鉄などの磁性体材料を用いて作製し、微粒子の内側窪み部分に細胞をサイズ選択的に捕捉して精製回収する方法が開示されている。半球殻状微粒子を作製する際、磁性体薄膜の間に絶縁層を挟んで複層構造とすることで、磁気微粒子の物性を超常磁性とする作製方法も開示されている。しかし、細胞回収以外の用途、特に回収した細胞の表面に発現している生体分子を検出することで、細胞の種類や性質を特定する方法は示されていない。
【0006】
生体分子の中でも細胞が分泌する分泌物は、近年「メッセージ物質」として着目されており、分泌物の種類と量はその細胞の「個性」を反映する重要な指標である。細胞は分泌物を介して周辺細胞と相互作用を行い、自身に至適な環境を構築したり、あるいは周辺環境に適応を行う。これは疾患との関連も多く指摘されており、例えば腫瘍組織ではがん細胞が分泌物を介して周辺の正常細胞に影響を及ぼすことで、自身の増殖に有利な微小環境を構築すると考えられている。これらのことから、細胞集団中の個々の細胞が分泌する物質を1細胞単位で厳密に測定することは、疾患メカニズムの解明と新規治療標的の発見のためにも重要である。
【0007】
1細胞単位で分泌物を計測する技術については、これまでにいくつかの報告がある。Jun Arita, "Analysis of the Secretion from Single Anterior Pituitary Cells by Cell Immunoblot Assay", Endocrine Journal, Vol. 40, 1, 1-15 (1993)(非特許文献1)では、分泌物を捕捉する抗体を固定化したシートの上に細胞を培養し、細胞から放出されて抗体に捕捉された分泌物を後から染色し可視化することにより、各細胞の分泌量を計測している。特開2014-233208号公報(「細胞分泌液網羅的分析装置、および、方法」)(特許文献3)では、数十ミクロンの微小なチャンバ内に細胞をそれぞれ捕捉し、各細胞から放出された分泌物がチャンバ内に溜まり濃縮されたものを検出することで、各細胞の分泌量を計測している。しかし、いずれの方法も隣接し合う細胞が互いに離れた、完全に孤立化した個々の細胞の分泌物を計測する手法のみが開示されており、ネットワークを構築し相互作用する細胞集団中の個々の細胞の分泌物を計測する手段は開示されていない。
【0008】
一方、特定の生体分子を検出するためには、生体分子が存在しない時は何の反応も生じないが、生体分子が存在する時のみシグナルを生じる(例えば蛍光を発する)プローブスイッチの利用が有用である。このような目的で、アプタマー分子がしばしば用いられる。アプタマーは抗体と同様に、特定の標的分子と選択的に結合するペプチドや核酸などの総称で、合成と修飾が容易など多くの観点から、標的分子検出プローブとして有用である。Ueno et al., "Molecular design for enhanced sensitivity of a FRET aptasensor built on the graphene oxide surface", Chem. Commun., 49, 10346-10348, (2013)(非特許文献2)では、蛍光色素で修飾したアプタマープローブとグラフェン膜を利用した生体分子検出法が示されている。平坦グラフェン表面に蛍光アプタマーを固定化すると、アプタマーがグラフェン表面に吸着するため蛍光色素とグラフェン表面間の距離が近くなり、蛍光色素とグラフェン間に蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)が生じるため消光するが、標的分子が結合するとアプタマー構造が変化し、蛍光色素がグラフェン表面から遠ざかるため、蛍光が生じる。すなわち、標的生体分子の存在を蛍光の発生として検出するセンシング技術が示されている。しかし、グラフェンは原子レベルで超平坦であるため、湾曲した表面へ連続的な大面積の薄膜を形成することが難しく、微小構造体のような立体的素材へ成膜した例はこれまでに無い。また、非特許文献2では同センシング技術をマイクロ流路デバイスに搭載して溶液中の生体分子を検出する方法が示されているが、個々の細胞が発現する生体分子や放出する分泌物を検出する方法については示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011-101941号公報
【特許文献2】WO2013/069732
【特許文献3】特開2014-233208号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Jun Arita, "Analysis of the Secretion from Single Anterior Pituitary Cells by Cell Immunoblot Assay", Endocrine Journal, Vol. 40, 1, 1-15 (1993)
【非特許文献2】Ueno et al., "Molecular design for enhanced sensitivity of a FRET aptasensor built on the graphene oxide surface", Chem. Commun., 49, 10346-10348, (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、細胞集団を形成する個々の細胞が発現しているマーカー分子や分泌する生体分子を選択的に検出する機構を備えた微小構造体、その作製方法、およびその微小構造体を用いて検出対象となる分子を検出・特定する、具体的解決手段の提供が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記状況に鑑み、内面に生体分子を検出するためのプローブを固定化することが可能な材料表面が配置され、作製を望む厚さ・直径の薄膜で作製した、半球殻状の微小構造体の作製方法、ならびにそれを利用した標的生体分子の検出方法を提供する。また、本発明は、上記微小構造体の外面が磁性体で構成されており、外部磁場の印加により配向を制御することが可能な微小構造体の作製方法と制御方法、上記微小構造体の内面が、分子固定化が可能でかつ蛍光FRETを生じさせることが可能な、SP2混成軌道を有する薄膜状構造、または金属製の薄膜状構造である微小構造体の作製方法、上記微小構造体に生体分子や細胞を捕捉した後、内面に固定化した、分子構造の変化により蛍光を発するタンパク質、ペプチド、あるいは核酸分子と標的生体分子の選択的反応により標的分子を蛍光検出する方法を提供する。
【0013】
より具体的には、本開示は、以下の[1]から[21]を含む。
[1]標的分子の検出に使用するための半球殻状の中空多層微小構造体であって、
磁性体材料を含む第1の材料で構成されたほぼ微小半球殻の形態の第1の薄膜層と、
蛍光色素で標識されたプローブを着脱可能に固定し得、上記蛍光色素との間で蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせ得る材料を含む第2の材料で構成され、上記微小半球殻の内側表面に配置された第2の薄膜層と
を備え、
上記第2の薄膜層によって規定される中空の空間に少なくとも1つの対象の細胞またはその一部を捕捉し得るサイズを有し、
上記プローブが、上記標的分子に特異的に結合し得る分子であって、上記標的分子との結合により構造が変化し、それにより、上記蛍光色素の発光/消光の変化を生じさせ得る分子である、半球殻状の中空多層微小構造体。
[2]上記第1の材料が、ニッケル、鉄、コバルト、ガドリニウム、ルテニウム、酸化鉄、酸化クロム、フェライト、およびネオジムからなる群から選択される磁性体材料を含む、上記[1]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[3]上記第2の材料が、SP2混成軌道を有する元素、SP2結合領域とSP3結合領域が混在する元素、または金属を含む、上記[1]または[2]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[4]上記第2の材料が、ナノカーボン、ナノグラフェン、または金を含む、上記[3]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[5]上記第2の薄膜層が、その表面にアミノ基を有する、上記[4]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[6]上記プローブが、タンパク質、ペプチド、または核酸分子である、上記[1]~[5]のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[7]上記プローブが、蛍光色素でその一端が修飾され、他端が、ピレン分子またはチオール基で修飾された核酸分子である、上記[6]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[8]上記標的分子が、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞表面分子、または細胞分泌小胞を含む、上記[1]~[7]のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[9]上記各薄膜層の膜厚が、0.1nm~1mmの範囲にある、上記[1]~[8]のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体。
[10]複数の上記[1]~[9]のいずれか一項に記載の半球殻状の中空多層微小構造体を含む、半球殻状の中空多層微小構造体のアレイ。
[11]上記第2の薄膜層の表面に着脱可能に固定された上記プローブを含む、上記[1]~[10]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイ。
[12]上記プローブが、スペーサー分子を介して上記第2の薄膜層の表面に着脱可能に固定されている、および/または上記蛍光色素が上記プローブにスペーサー分子を介して結合している、上記[11]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイ。
[13]上記[1]~[12]のいずれか一項に記載の標的分子の検出に使用するための半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法であって、
a)基板上に単層で配置された所望のサイズの鋳型微粒子を準備するステップであって、上記鋳型微粒子が、所定の除去プロセスにより除去可能な材料からなる、ステップ、
b)上記単層で上記基板上に配置された上記鋳型微粒子を上記第2の材料で被覆するステップ、
c)上記第2の材料で被覆された上記鋳型微粒子をさらに上記第1の材料で被覆するステップ、および
d)上記鋳型微粒子を上記所定の除去プロセスにより除去して、上記半球殻状の中空多層微小構造体を得る、ステップ
を含む、半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法。
[14]上記ステップb)と上記ステップc)との間に、さらに別の材料で被覆する少なくとも1つのステップを含む、上記[13]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法。
[15]上記ステップd)の後に、
粘着剤を用いて、上記半球殻状の中空多層微小構造体を、上記基板表面から上記粘着剤表面へ転写するステップ、および/または
上記プローブを上記第2の薄膜層に着脱可能に固定するステップ
を含む、上記[13]または[14]に記載の半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイの製造方法。
[16]上記さらに別の材料が、上記第1または第2の材料とは異なる元素または元素アロイを含む材料からなる、上記[14]に記載の製造方法。
[17]上記粘着剤が、可溶性の粘着剤である、上記[15]に記載の製造方法。
[18]上記可溶性の粘着剤がポリジメチルシロキサンであり、上記粘着剤を溶剤中で可溶化ステップを含む、上記[17]に記載の製造方法。
[19]上記[11]または[12]に記載の少なくとも1つの半球殻状の中空多層微小構造体もしくはそのアレイまたは上記[15]、[17]、または[18]に記載の製造方法により製造された少なくとも1つの半球殻状の中空多層微小構造体もしくはそのアレイを用いて標的分子の検出を行う方法であって、
a)上記第2の薄膜層に着脱可能に固定された上記プローブを含む上記半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイを、上記標的分子を含むまたは含むことが疑われる溶液中に置くステップ、および
b)上記プローブの上記蛍光色素の蛍光の発光を測定するステップであって、上記蛍光発光の検出により、上記標的分子と上記プローブとの結合が推定され、上記溶液中の上記標的分子の存在が確認されるステップ、
を含む、方法。
[20]上記ステップa)において、
上記溶液中に分散された上記半球殻状の中空多層微小構造体の配向を外部磁場を印加することにより制御すること
を含む、上記[19]に記載の方法。
[21]上記標的分子が、細胞の分泌物であり、上記ステップa)とb)との間に、上記半球殻状の中空多層微小構造体の中空の空間に上記細胞またはその一部を捕捉するステップを含む、上記[19]または[20]に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明より前には、細胞のネットワークの中で1つ1つの細胞が分泌しているものを個々に計測できる技術は存在しなかった。本発明により、集団を形成する個々の細胞が分泌する物質の種類と量を特定することができる。例えば、疾患の疑いがある場合に実施される生検では、一部の組織を採取して個々の細胞の特性を検査するが、本発明は、その際に分泌物を指標として疾患細胞などを特定する簡便な検査手法となり得る。すなわち、分泌物により癌細胞と他の細胞とを区別する技術の開発に繋がると期待できる。また、本発明は、疾患検査に限らず、環境中の特定の物質や微生物の検出にも応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一態様としての2層構造の微小構造体の模式図である。
【
図2】本発明の一態様としての微小構造体の作製方法の模式図である。
【
図3】本発明の一態様としての、内面がナノカーボン膜である微小構造体の内面に固定化した蛍光アプタマーを用いて標的分子を検出する方法の模式図である。
図3-1は、蛍光色素を取り付けたDNAアプタマーを用いて標的分子を検出する方法の例を示す。
図3-2は、蛍光色素とピレン基を取り付けたDNAアプタマーを用いて標的分子を検出する方法の例を示す。
【
図4】本発明の一態様としての、微小構造体の内面に固定化した、蛍光色素を取り付けたDNAアプタマー、もしくは蛍光色素とピレン基を取り付けたDNAアプタマーを用いて、標的分子であるvaspinを検出した場合の蛍光顕微鏡画像の代表例と、その画像を元に蛍光輝度の変化を比較したグラフである。
【
図5】本発明の一態様としての、微小構造体の内面に固定化した蛍光アプタマーを用いて標的分子を検出する方法の、別の例の模式図である。
図5-1は、内面がAuである微小構造体の内面に固定化した蛍光アプタマーを用いて標的分子を検出する方法の例を示す。
図5-2は、内面にナノグラフェンを固定化した微小構造体に蛍光アプタマーを吸着させて標的分子を検出する方法の例を示す。
【
図6】本発明の一態様としての、内面に蛍光アプタマーを固定化した微小構造体を用いて標的分子を検出する方法の具体例の模式図である。
図6-1は、基板上にアレイ状に整列させた微小構造体を用いて標的分子を検出する方法の例を示す。
図6-2は、微小な片持ち梁の先端に取り付けた微小構造体を用いて標的分子を検出する方法の例を示す。
図6-3は、溶液中に分散させた磁性を有する微小構造体を細胞に装着することで標的分子を検出する方法の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.標的分子の検出に使用するための半球殻状の中空多層微小構造体
【0017】
本発明は、1つの局面において、標的分子の検出に使用するための半球殻状の中空多層微小構造体(以下、単に「微小構造体」という。)を提供する。本発明の微小構造体は、磁性体材料を含む第1の材料で構成されたほぼ微小半球殻の形態の第1の薄膜層と、蛍光色素で標識されたプローブを着脱可能に固定し得、その蛍光色素との間で蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を生じさせ得る材料を含む第2の材料で構成され、上記微小半球殻の内側表面に配置された第2の薄膜層とを備える。典型的には、本発明の微小構造体は、その中空の空間に少なくとも1つの対象の細胞またはその一部を捕捉し得るサイズを有し、第2の薄膜層に配された上記プローブは、標的分子に特異的に結合し得、その標的分子との結合により構造が変化し、それにより、蛍光色素の発光/消光の変化を生じさせ得る分子である。
【0018】
図1は、本発明の微小構造体6の例を示す。この例では、第1の薄膜層1としての磁性体金属薄膜と第2の薄膜層2としてのナノカーボン薄膜からなる、2層構造の半球殻状微小構造体6を示しているが、層数は2層にとらわれず、中間層として異なる元素あるいは元素アロイの薄膜層を複層挟んでいても良い。薄膜元素の種類は、蛍光ON/OFFのスイッチングにより標的分子を検出する場合は、内面(第2の薄膜層)を分子固定化が可能でかつ蛍光FRETを生じさせることが可能な、SP
2混成軌道を有する元素、SP
2結合領域とSP
3結合領域とが混在する元素、または金属(すなわち、第2の材料)を含む薄膜状構造である得るが、その他の場合においてはこの範疇にとらわれない。第1の薄膜層を構成する第1の材料は、典型的には、ニッケル、鉄、コバルト、ガドリニウム、およびルテニウムのような金属、または金属酸化物(例えば、酸化鉄、酸化クロムなど)、フェライト、またはネオジムのような合金を含むが、これらに限定されない磁性体材料(例えば、強磁性体、超常磁性体)であり得る。第2の材料の典型的な例には、ナノカーボン、ナノグラフェン、および金が含まれる。第2の材料として金を用いる場合、後述する具体例に示すように、第2の薄膜層表面に正電荷を帯びさせるために第2の薄膜層を形成する金にアミノ基を付加し、それにより例えば、負電荷を帯びたDNAアプタマーの第2の薄膜層表面への結合を促進させることもできる。
【0019】
本発明に関して、「磁性体材料」という場合、用語「磁性体」は、当該分野で用いられる通常の意味で用いられる。本発明の目的のためには、少なくとも本発明において用いられる「磁性体材料」は、外部磁場を印加した際に、その磁場により微小構造体の配向が制御可能な程度に磁性を有することが望ましい。
【0020】
薄膜の膜厚は、微小構造体6の構造が保持できる範囲で自在に選択可能であり、一層あたりの膜厚は、典型的には、約0.1nm~1mmであり、より好ましくは、約1nm~10μmであり、最も好ましくは約1nm~1μmの範囲であるが、これらの範囲に限定されず、目的に応じて適宜決定し得る。また、微小構造体の形状は本微小構造体作製時の鋳型の形状に応じて変化し、半球形、円柱形、円錐形、楕円形、角柱形などがあり得るが、この範囲に限定されない。なお、例えば、半球殻状の微小構造体6を作成するための鋳型微粒子自体は、必ずしも半球状である必要はなく、球状であってもよいことは本明細書の記載から理解されうるであろう。本明細書中、「ほぼ半球形」、「ほぼ半球殻状」、または「ほぼ球状」という場合には、特に断らない限り、ここに例示した形状またはその殻形状を全て含むものとし、また、実際の製造の場面で許容されうる形状の歪みを有するものも含まれるものとする。本微小構造体のサイズ(直径)もまた、作製時の鋳型の形状に応じて変化させることができ、約1nm~約1cmの範囲にあり、好ましくは約1nm~約500μm、より好ましくは約5nm~約100μm、最も好ましくは約10nm~約50μmである。本発明の微小構造体の半球殻状構造の中空部分(凹面側空洞部)のサイズ(直径)もまた、鋳型の形状に応じて自在に作製することができ、約1nm~約1cmの範囲にあり、好ましくは約1nm~約500μm、より好ましくは約5nm~約100μm、最も好ましくは約10nm~約50μmである。典型的には、この空洞部のサイズは、少なくとも単一細胞またはその一部を受容することができるサイズ(直径)にすることができる。
【0021】
本発明に関して、「対象の細胞」は、典型的には、ヒトを含む哺乳動物(例えば、ヒト、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、マウス、ラットなど)から取得された細胞であるが、これらに限らず、鳥類、は虫類、両生類、昆虫、微生物、植物等の細胞も含み得る。
【0022】
2.標的分子の検出に使用するための半球殻状の中空多層微小構造体の製造方法
【0023】
本発明はまた、別の局面において、本発明の微小構造体の製造方法を提供する。この製造方法は、
a)基板上に単層で配置された所望のサイズの鋳型微粒子を準備するステップ、
b)上記単層で上記基板上に配置された鋳型微粒子を第2の材料で被覆するステップ、
c)第2の材料で被覆された上記鋳型微粒子をさらに第1の材料で被覆するステップ、および
d)上記鋳型微粒子を所定の除去プロセスにより除去して、半球殻状の中空多層微小構造体を得るステップを含む。
【0024】
典型的には、上記鋳型微粒子は、所定の除去プロセスにより除去可能な材料からなる。任意的に、上記ステップb)とステップc)との間に、さらに別の材料で被覆する少なくとも1つのステップを含んでもよく、上記ステップd)の後に、粘着剤を用いて、前記半球殻状の中空多層微小構造体を、前記基板表面から前記粘着剤表面へ転写するステップ、および/またはプローブを第2の薄膜層に着脱可能に固定するステップを含んでもよい。
【0025】
なお、第1の材料、第2の材料、およびプローブの典型的な要件は、上記セクション1で本発明の微小構造体に関して記載した。
【0026】
図2は、本発明の微小構造体6の作製方法の典型的な例を示す。はじめに、平坦基板3の上に鋳型となる微粒子4を単層配置する。平坦基板3の素材としては、ガラス、シリコン、プラスチックなどがあり得るが、鋳型微粒子4のサイズより小さな表面平坦性を備えた基板であれば、この範囲に限定されず、目的に応じてどのような基板でも利用可能である。鋳型微粒子4についても、ポリスチレン粒子、セルロース粒子、ガラス粒子などがあり得るが、作製を望む微小構造体と同等のサイズ、形状の微粒子であればこの範囲に限定されない。また、鋳型微粒子4のサイズは、作製を望む微小構造体のサイズにより、約1nm~1cmの範囲にあり、典型的には約1nm~500μm、より典型的には約5nm~100μm、最も典型的には約10nm~50μmである。鋳型微粒子4を載せた平坦基板を、微小構造体6内側の薄膜素材を形成可能な、薄膜形成装置5の試料室内に設置する。
【0027】
薄膜形成装置5としては、スパッタ装置、抵抗加熱型真空蒸着装置、化学気相蒸着装置などがあり得るが、鋳型微粒子サイズと同程度以下の、膜厚約0.1nm~1mmの内でいずれかの範囲の薄膜を形成可能な装置であればこの範囲に限定されない。
【0028】
また、ナノカーボン薄膜を作製する場合は、SP2結合とSP3結合領域が混在したカーボン薄膜を形成可能な、アンバランスドマグネトロンスパッタ装置などを用いる。ナノカーボン薄膜はSP2結合とSP3結合領域が混在したカーボン薄膜で、SP2結合領域でπ-π結合相互作用によりピレンやナノグラフェン、DNAのような環状構造を有する分子を結合させることができ、またSP3結合領域が存在するため、半球殻状の微小構造体のような曲面にも連続膜を形成可能である。SP2結合とSP3結合領域との比は、スパッタ条件により自在に調整可能である。
【0029】
試料室に設置した試料に対して、薄膜形成装置5の使用手順に従い、内面素材となる薄膜を任意の膜厚で作製することで、平坦基板3上の鋳型微粒子4の上に、内面素材の薄膜を形成する。次に、この試料を微小構造体外側面の磁性体金属薄膜を形成可能な、薄膜形成装置5の試料室内に設置し、内面薄膜形成時と同様に薄膜を形成する。これにより、
図1のような2層構造の薄膜が鋳型微粒子4の上に形成される。薄膜の層数を3層以上とする場合は、この手順を繰り返して層数を増やす。以上の手順で鋳型微粒子4の上に複層構造の薄膜を形成した後、鋳型微粒子4を除去することで、
図1のような微小構造体6を得る。
【0030】
鋳型微粒子4の除去方法は、高温加熱、有機溶媒処理、活性酸素処理などの方法があり得る。一例としては、鋳型ポリスチレン粒子を500℃、1時間加熱処理することで除去できるが、鋳型微粒子4が該方法で除去され、かつ薄膜層は除去されない方法であれば、この範囲に限らない。また、磁性を有する微小構造体を作製する場合は、磁気モーメント維持のために、酸素濃度が15%以下の雰囲気中で鋳型微粒子の除去を行うとよい。
【0031】
3.本発明の微小構造体を用いた標的分子の検出方法
【0032】
本発明は、さらに別の局面において、少なくとも1つの本発明の微小構造体もしくはそのアレイ、または本発明の微小構造体の製造方法により製造された少なくとも1つの本発明の微小構造体もしくはそのアレイを用いて標的分子の検出を行う方法を提供する。この方法は、典型的には、
a)第2の薄膜層に着脱可能に固定されたプローブを含む半球殻状の中空多層微小構造体またはそのアレイを、標的分子を含むまたは含むことが疑われる溶液中に置くステップ、および
b)上記プローブの蛍光色素の蛍光の発光を測定するステップを含む。
【0033】
典型的には、上記蛍光発光の検出により、標的分子とプローブとの結合が推定され、溶液中の標的分子の存在が確認される。
【0034】
なお、第2の薄膜層およびプローブの典型的な要件は、上記セクション1の本発明の微小構造体の説明において記載した。また、「アレイ」は、当該分野で通常使用される意味で使用され、本発明に関して「微小構造体のアレイ」という場合、2つ以上の微小構造体が一次元または二次元に配列された微小構造体の集団を意味する(例えば、
図2、4、6-1、6-3等を参照)。
【0035】
図3は、プローブとしてのタンパク質、ペプチド、または核酸分子と、標的分子との選択的反応により標的分子を検出する方法の一例を示す。ここでは、非限定的な例として、プローブとして、蛍光色素で修飾したDNAアプタマーを用い、第2の薄膜層としてナノカーボン膜を用いる。なお、本明細書中、用語「アプタマー」は、当該分野で通常使用される意味で使用されており、特定の分子に結合することが可能なペプチドや核酸分子の総称を意味する。
【0036】
図3-1は、蛍光色素分子7をいずれか片側の末端に修飾したDNAアプタマー8と内面薄膜(第2の薄膜層)2がナノカーボン薄膜である微小構造体6を用いた非限定的な例を示す。DNAアプタマー8の長さは、目的に応じて変化し得る。典型的には、約80から100ヌクレオチドであるが、この範囲に限定されず、下限値の非限定的な例として10、20、30、40、50、60、70、80ヌクレオチド、上限値の非限定的な例として90、100、110、120、130、140、150ヌクレオチド、またはそれ以上があり得、最適な範囲はこれらの下限値と上限値の組み合わせから目的に応じて適宜選択し得る。
【0037】
図3-1に示される本発明の非限定的な例においては、アプタマー8を微小構造体6と混合すると、アプタマー8のDNA主鎖がナノカーボン薄膜2の表面と親和性を有するため、アプタマー8がナノカーボン薄膜2表面に吸着し、その結果、蛍光色素7がナノカーボン薄膜2の表面に近付くため蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)が生じ、蛍光色素7から蛍光が生じなくなる。そこにアプタマー8に対する標的分子9が結合すると、標的分子9のアプタマーDNA主鎖への結合によりアプタマー8がナノカーボン薄膜2から解離し、それと共に蛍光色素分子7もナノカーボン薄膜2の表面から解離するためFRETが解消され、その結果、蛍光が生じる。すなわち、標的分子9が存在する電極微小構造体6の内側から蛍光が生じることにより、標的分子9の存在を検出できる。
【0038】
図3-2は、環状構造を有するピレン分子10を片側末端に、蛍光色素分子7をもう片側末端に修飾したDNAアプタマー8と内面薄膜2がナノカーボン薄膜である微小構造体6を用いた非限定的な例を示す。同アプタマー8を、同微小構造体6と混合すると、ナノカーボン薄膜2のSP
2結合領域とピレン分子10がπ-π相互作用により結合し、その結果、アプタマー8を微小構造体6内側面に固定化できる。しかも、アプタマー8のDNA主鎖はナノカーボン薄膜2表面と親和性を有するため、アプタマー8がナノカーボン薄膜2表面に吸着し(分子が寝る)、その結果、蛍光色素7がナノカーボン薄膜2表面に近付くため蛍光FRETが生じ、蛍光色素7から蛍光が生じなくなる。そこにアプタマー8に対する標的分子9が結合すると、標的分子9のアプタマーDNA主鎖への結合によりアプタマー8の構造が変化し(分子が起きる)、蛍光色素7がナノカーボン薄膜2表面から遠ざかるためFRETが解消され、その結果、蛍光が生じるようになる。すなわち、電極微小構造体6の内面から蛍光が生じることにより、標的分子9の存在を検出できる。
【0039】
検出対象の生体分子としては、タンパク質、ペプチド、核酸、細胞表面分子、細胞分泌小胞等が対象として想定されるが、これらに限定されず、アプタマーと結合可能な分子であればどのような分子も検出可能である。また、
図3ではDNAアプタマーを例としたが、RNAアプタマー、タンパク質、ペプチドなど異なる種類のアプタマーでも全く同様の原理で検出できる。さらに、アプタマーに限らず、標的分子と選択的に結合可能でかつ分子構造の変化により蛍光の発光・消光が変化する分子であれば、同様な原理で標的分子を検出可能であることは当業者には容易に理解できる。
図3-2では、ピレン分子を介してナノカーボン薄膜表面にアプタマーを固定化したが、炭素六員環構造の個数はピレン分子のように4個であることにとらわれず、π-π結合によりアプタマーを固定化可能であれば2個、3個、4個以上でもよい。固定化可能な炭素六員環構造の最小個数はアプタマー分子のサイズにより決定されるが、例えば、DNAアプタマーの塩基数が80であれば4個(ピレン分子)で十分に固定化可能である。
【0040】
図3-1と
図3-2の違いについて、
図3-1では標的分子9の結合によりアプタマー8が微小構造体6表面から解離してしまうため、標的分子9が結合するほど微小構造体6表面に吸着したアプタマー8分子数が減少していく問題があるが、一方で蛍光色素7が微小構造体6表面から十分に遠ざかるため、蛍光の発光・消光の変化が
図3-2の場合に比べてより明確になるという利点があり、またピレン分子10のアプタマー8への導入が不要のため、分子の作製が容易で相対的に安価であることが長所である。一方、
図3-2では
図3-1に比べて蛍光色素分子7が微小構造体6表面から遠ざかる距離が制限される問題があるが、その対処法として、蛍光色素7とDNAアプタマー8の間、もしくはDNAアプタマー8とピレン分子10の間にスペーサーを導入してもよい。そうすることで、標的分子9が結合しアプタマー8の構造が変化した際の、蛍光色素分子7と微小構造体6表面間の解離距離を大きくすることができる。スペーサー分子としては、ポリエチレングリコールなど高分子、ポリペプチド、DNA、RNAなどの鎖状分子等を使用するとよい。スペーサー長は、約0.1nm~約30μmの範囲であり得、典型的には、約0.1nm~約1μmの範囲であり得るが、高分子、ポリペプチド、核酸分子等で実現可能であれば、これらの範囲に限定されない。
【0041】
図4は、
図3で説明した蛍光DNAアプタマーを用いた生体分子検出の非限定的な例として、生体分子のひとつであるvaspinを検出した例である。
図3-1、
図3-2に示すとおり、蛍光色素7とアプタマー8、
図3-2の場合はさらにピレン分子10が連結した複合体としての蛍光DNAアプタマーを、直径15μm、内面がナノカーボン薄膜、外面がニッケル製の微小構造体6内面に固定化し、そこにvaspin溶液を添加した際の、vaspin反応前後の蛍光輝度を比較したものである。標的分子9であるvaspinの添加により、
図3-1、
図3-2いずれの場合も蛍光輝度が反応前に比べて上昇した。また、コントロールとして牛血清アルブミン(BSA)を添加した場合は、反応前後で蛍光輝度の変化は見られなかった。この結果から、蛍光DNAアプタマーを用いて、標的分子の有無を蛍光輝度値の変化として選択的に検出可能であることが実証された。
【0042】
図5は、
図3に示したナノカーボン膜以外の薄膜内面で標的生体分子を検出する方法の非限定的な例を示す。
【0043】
図5-1はその一例として、金(Au)表面14での生体分子検出を示したものである。Au表面14と結合が生じるチオール基(S)を片側末端に、蛍光色素12をもう片側末端に取り付けたDNAアプタマー13を、内面がAuである微小構造体6と混合すると、チオール基(S)を介してDNAアプタマー13が微小構造体6内面のAu表面14に固定化される。DNA塩基はAu表面に対して親和性を有しているため、DNAアプタマー13がAu表面14に吸着しFRETが生じるため、蛍光が消光する。そこに標的分子9が結合すると、
図3-2と同様にDNAアプタマー13の構造が変化して蛍光が生じることにより、標的分子9の存在を検出できる。さらに、Au表面14にアミノ基を取り付ける等の表面処理により、Au表面14が正電荷を帯びるようにし、負電荷を有するDNAアプタマー13がAu表面14に静電相互作用により吸着しFRETが生じるようにすることもできる。Au表面14にアミノ基を取り付ける場合には、片側末端にアミノ基、もう片側末端にチオール基を有するアルキル鎖を用意し、DNAアプタマー13を内面がAuである微小構造体6に固定化する場合と同様に混合すればよい。DNAアプタマー13とアミノ基およびチオール基が付加されたアルキル鎖を任意の比率で予め混合し、内面がAuである微小構造体6と混合して固定化することにより、Au表面14にDNAアプタマー13とアミノ基が付加されたアルキル鎖を任意の比率で固定化することができる。アルキル鎖長はFRETが生じる効率を考慮し、約0.1nm~約20nmの範囲であり得、典型的には、約0.1nm~約5nmの範囲であり得る。
【0044】
図5-2は、ナノサイズのグラフェン膜であるナノグラフェン20を、微小構造体6内面のアミノ基に固定化して標的分子9を検出する方法の非限定的な例を示す。この場合は蛍光アプタマー(12、13)をナノグラフェン20に共有結合などで強固に固定化せず、アプタマー13をナノグラフェン20表面に吸着させる。標的分子9が結合すると
図3-1と同様にアプタマー13の構造が変化し、ナノグラフェン20の表面から解離することで蛍光が生じる。この例ではアプタマー13は解離してしまうが、
図4に示すとおり高感度に標的分子9を検出することができる。微小構造体6内面にアミノ基を導入する方法は、微小構造体内面の材料を二酸化ケイ素など水酸基を有する材料とし、そこに3-aminopropyltriethoxysilaneなどのシランカップリング剤を反応させる方法、または前述のアミノ基を有するアルキル鎖をAu表面に固定化する方法などで実現できる。なお、
図5-2の場合において、アミノ基を有するアルキル鎖を用いてアミノ基を導入する場合は、FRETが生じる効率を考慮する必要が無いため、アルキル鎖長は約0.1nm~約30μmの範囲であり得、典型的には、約0.1nm~約1μmの範囲であり得、さらに、アミノ基とチオール基を繋ぐ鎖部分の材料は、アルキル鎖に加えて高分子、ポリペプチド、核酸分子等でもよい。
【0045】
図6は、具体的な生体分子の検出の非限定的な例として、細胞が分泌する分泌物を、蛍光アプタマーを固定化した微小構造体により検出する方法である。この例では、標的分子を分泌しない一般細胞15と、標的分子を分泌する目的細胞16の混合物に対して、目的細胞16を捕捉した半球殻状微小構造体6からのみ蛍光が生じる様子を示す。
図6には3つの実施形態を示す。
【0046】
図6-1は、基板3上に微小構造体6をアレイ状に配置し、各微小構造体6に細胞を捕捉して検出する手順を示す。アレイ状に微小構造体6を配置するには、
図2の手順で作製した基板3上の微小構造体6の上から粘着材17を貼って剥がすことにより、粘着材17の上に微小構造体6を転写することで実現できる。
【0047】
図6-2は、微小な片持ち梁の先端に微小構造体6を取り付け、基板3上に接着している細胞に微小構造体6をかぶせて検出する態様を示す。微小な片持ち梁としては原子間力顕微鏡のカンチレバー18などを用いればよい。
【0048】
図6-3は、磁性を有する微小構造体6を溶液中に分散させた後、磁場の印加により微小構造体6を基板上に接着している細胞に装着して分泌物19を検出する態様を示す。この場合は基板3上に接着する細胞の隆起部(直径約5μm)と同程度のサイズの微小構造体6を作製し、溶液中に微小構造体6を分散させた後、細胞が接着する基板3の裏側から磁石を当てることで細胞方面に微小構造体6を集積させることで、細胞に対して微小構造体6を装着する。微小構造体6が細胞表面全体を被覆しないため、被覆されていない細胞表面で他の細胞からの分泌物19を授受できるため、周辺環境からの刺激に対する細胞の応答を計測できる点が特長である。
【0049】
なお、
図6-1から
図6-3で用いる微小構造体6の内面には、標的分子19を検出するための蛍光アプタマーなどのプローブ分子が予め固定化されていることは、言うまでもない。
【0050】
図2で作製した微小構造体6を溶液に分散させる場合は、基板3の上に任意の溶液を滴下し、基板3の裏面から超音波を当てることで微小構造体6が基板3から剥離するため、溶液に微小構造体6が分散する方法が効果的であるが、一方で一部の微小構造体6が超音波により破壊される問題が生じる場合がある。この問題を解決する手段としては、
図2で作製した基板3上の微小構造体6の上に可溶化可能な粘着材17を貼って剥がすことで、
図6-1のように粘着材17表面に微小構造体6を転写した後、粘着材17をチューブに入れて可溶化処理を行い、粘着材17を溶かすことで溶液分散した微小構造体6を得る方法がある。例えば、
図2の基板3に対してポリジメチルシロキサン(PDMS)を付着させて剥がすと、PDMS表面に微小構造体6が転写されるが、このPDMSをチューブ内に入れ、イソプロパノールをチューブに加えるとPDMS表面が可溶化するため、微小構造体6がイソプロパノール中に分散する。これを回収し、任意の溶液に置換することで、破損すること無く溶液中に分散した微小構造体6を得ることができる。粘着剤の「可溶性」については、上記では、有機溶媒に対する可溶性を説明したが、これに限らず、例えば、粘着剤は水溶性のものであってもよい。
【0051】
以上、本発明について具体例を用いて説明したが、本発明の技術的範囲はこれらの具体的に限定されるものではなく、添付の特許請求の範囲に記載される発明およびその等価物の技術的範囲内で種々のバリエーションが可能であり、それらバリエーションも、本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明に係る微小構造体、それに固定する生体分子(蛍光色素等で修飾されたものを含む)、およびその組み合わせ、ならびにその製造方法、制御方法、および使用方法等は、多様な分野に適用可能であるが、とりわけ、環境中の物質や微生物の検出など、環境検査チップ分野、多数の細胞の中からの特定の細胞の検出などの細胞診断分野、血液中からの特定の細胞の検出などの血液リキッドバイオプシー分野等における適用において有用である。
【符号の説明】
【0053】
1・・・第1の薄膜層、2・・・第2の薄膜層、3・・・平坦基板、4・・・鋳型微粒子、5・・・薄膜形成装置、6・・・微小構造体、7・・・蛍光色素、8・・・DNAアプタマー、9・・・標的分子、10・・・ピレン分子、11・・・チオール基、12・・・蛍光色素、13・・・DNAアプタマー、14・・・Au薄膜、15・・・標的分子を分泌しない一般細胞、16・・・標的分子を分泌する目的細胞、17・・・粘着材、18・・・原子間力顕微鏡カンチレバー、19・・・分泌物、20・・・ナノグラフェン。