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特開2022-26413水電解装置のアノード電極及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022026413
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】水電解装置のアノード電極及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/04 20210101AFI20220203BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20220203BHJP
   C25B 9/23 20210101ALI20220203BHJP
   C25B 11/03 20210101ALI20220203BHJP
   B01J 23/75 20060101ALI20220203BHJP
   B01J 23/46 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
C25B11/06 A
C25B1/10
C25B9/10
C25B11/03
C25B11/08 A
B01J23/75 M
B01J23/46 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020129873
(22)【出願日】2020-07-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギ ・産業技術総合開発機構「水素利用等先導研究開発事業/水電解水素製造技術高度化のための基盤技術研究開発/アルカリ性アニオン交換膜を用いた低コスト高性能水電解装置の開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適応を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博
(72)【発明者】
【氏名】井ノ口 魁
(72)【発明者】
【氏名】大橋 真智
(72)【発明者】
【氏名】王 瑞祥
【テーマコード(参考)】
4G169
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4G169AA02
4G169BB02A
4G169BB02B
4G169BC31A
4G169BC31B
4G169BC67A
4G169BC67B
4G169BC74A
4G169BC74B
4G169CB81
4G169DA05
4K011AA04
4K011AA11
4K011AA32
4K011AA67
4K011BA07
4K011BA10
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB11
4K021DB18
4K021DB31
4K021DB36
4K021DB43
4K021DB53
(57)【要約】
【課題】水電解装置の電解性能を向上させることができるアノード電極及びその製造方法を提供する。
【解決手段】水電解装置のアノード電極は、イオン交換膜に対する接触面から又は当該接触面付近から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層を有する導電性の多孔質媒体を有する。これは、導電性の多孔質媒体に対して、触媒の微粒子を含む触媒インクをスプレー塗布して乾燥させる工程を繰り返し行って、イオン交換膜に対する接触面から又は当該接触面付近から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層を有する多孔質媒体からなるアノード電極を製造する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水電解装置のアノード電極であって、
イオン交換膜に対する接触面から又は当該接触面付近から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層を有する導電性の多孔質媒体
を有する、水電解装置のアノード電極。
【請求項2】
前記触媒層が、前記多孔質媒体の厚さの1/2以上となっている
請求項1記載の水電解装置のアノード電極。
【請求項3】
前記多孔質媒体の厚さが、150μm以上300μm以下である
請求項2記載の水電解装置のアノード電極。
【請求項4】
前記多孔質媒体の厚さが、150μm以上200μm以下である
請求項2記載の水電解装置のアノード電極。
【請求項5】
前記触媒層に含まれる触媒が、CuCoOx又はLiCoOxである
請求項1乃至3のいずれか1つ記載の水電解装置のアノード電極。
【請求項6】
前記触媒層に含まれる触媒が、IrO2である
請求項1乃至3のいずれか1つ記載の水電解装置のアノード電極。
【請求項7】
導電性の多孔質媒体に対して、触媒の微粒子を含む触媒インクをスプレー塗布して乾燥させる工程を繰り返し行って、イオン交換膜に対する接触面から又は当該接触面付近から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層を有する多孔質媒体からなる、水電解装置のアノード電極を製造する方法。
【請求項8】
前記工程の繰り返し後、さらに、焼成工程及びプレス工程を含む請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記工程の前に、前記多孔質媒体をプレスして所定の厚みに成形する工程をさらに含む請求項7又は8記載の方法。
【請求項10】
請求項1乃至4のいずれか1つ記載のアノード電極を有するアニオン交換膜水電解装置。
【請求項11】
請求項5記載のアノード電極を有するプロトン交換膜水電解装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水電解装置のアノード電極及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、アルカリ性のアニオン交換膜(AEM:Anion Exchange Membrane)水電解装置のアノードのために、多孔質媒体としてのニッケル発泡金属(Ni-foam)を事前に厚さ0.5mmになるようにロールプレスしてから、当該ニッケル発泡金属にCuCoOx等を含む触媒インクをスプレー塗布することで触媒層を形成して、多孔質媒体を基体として触媒を担持させた多孔質移動層電極(PTE:Porous Transport Electrode)を得る技術が開示されている。なお、PTEの基体となる多孔質媒体の層を多孔質移動層(PTL:Porous Transport Layer)と呼ぶ。この非特許文献1においては、触媒層の形成状態についての考察はなされていない。
【0003】
また、非特許文献2には、PTLの構造として、触媒層に近い領域は低多孔度の構造とし、離れた領域は高多孔度の構造とすることで、PTL断面方向に孔径や多孔度の勾配を付けるという技術が開示されている。これによって、接触抵抗の低減だけでなく気泡の除去にも効果的であるとされる。しかしながら、触媒層の状態を述べたものではない。
【0004】
さらに、特許文献1には、水電解セルの多孔質電極の孔径を100μm以下(80μmが望ましく、最も望ましくは0.1乃至50μm)にすることで、それよりも大きい孔径の電極よりも電解性能が向上することが示されている。多孔質電極には触媒が含まれているが、具体的な触媒層の形成状態については触れられていない。
【0005】
このように従来技術では触媒層の形成状態について考察されていないが、本願発明者の新たな知見によれば、触媒層の形成状態は水電解装置の電解性能に大きな影響を与えることが分かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2018-28134号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】C.C.Pavel, et al.,"Highly efficient platinum group metal free based membrane-electrode assembly for anion exchange membrane water electrolysis", Angew. Chem. Int. Ed. 53 (2014) 1378-1381.
【非特許文献2】P.Lettenmeier, et al.,"Towards developing a backing layer for proton exchange membrane electrolyzers", J. Power Sources, 311 (2016) 153-158.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、一側面として、水電解装置の電解性能を向上させることができるアノード電極及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の発明に係る水電解装置のアノード電極は、イオン交換膜に対する接触面から又は当該接触面付近から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層を有する導電性の多孔質媒体を有する。
第2の発明に係る水電解装置のアノード電極では、第1の発明における上記触媒層が、上記多孔質媒体の厚さの1/2以上となっている。
第3の発明に係る水電解装置のアノード電極では、第2の発明における上記多孔質媒体の厚さが、150μm以上300μm以下である。
第4の発明に係る水電解装置のアノード電極では、第2の発明における上記多孔質媒体の厚さが、150μm以上200μm以下である。
第5の発明に係る水電解装置のアノード電極では、第1乃至第3の発明のいずれかにおける上記触媒層に含まれる触媒が、CuCoOx又はLiCoOxである。
第6の発明に係る水電解装置のアノード電極では、第1乃至第3の発明のいずれかにおける上記触媒層に含まれる触媒が、IrO2である。
第7の発明に係る製造方法は、導電性の多孔質媒体に対して、触媒の微粒子を含む触媒インクをスプレー塗布して乾燥させる工程を繰り返し行って、イオン交換膜に対する接触面から又は当該接触面付近から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層を有する多孔質媒体からなる、水電解装置のアノード電極を製造するものである。
第8の発明に係る製造方法では、第7の発明における上記工程の繰り返し後、さらに、焼成工程及びプレス工程を含む。
第9の発明に係る製造方法では、第7又は第8の発明における上記工程の前に、上記多孔質媒体をプレスして所定の厚みに成形する工程をさらに含む。
第10の発明に係るアニオン交換膜水電解装置は、第1乃至第4の発明のいずれかのアノード電極を有する。
第11の発明に係るプロトン交換膜水電解装置は、第5の発明のアノード電極を有する。
【発明の効果】
【0010】
一側面によれば、水電解装置の電解性能を向上させることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、AEM水電解装置の構成例を示す図である。
図2図2は、本実施の形態に係るPTEの構造を示す図である。
図3図3は、本実施の形態に係るPTEの製造方法の概要を示す図である。
図4図4は、実施例におけるアノード用のPETの製造方法を示す図である。
図5図5は、多孔質媒体、比較例及び実施例を比較するための走査型電子顕微鏡写真(表面及び断面)を示す図である。
図6図6は、比較例の走査型電子顕微鏡写真(表面及び断面)を示す図である。
図7図7は、実施例PTE-2の走査型電子顕微鏡写真(表面及び断面)を示す図である。
図8図8は、実施例PTE-3の走査型電子顕微鏡写真(表面及び断面)を示す図である。
図9図9は、比較例及び実施例のi-V特性を示す図である。
図10図10は、PTL及び比較例についての孔径の分布を示す図である。
図11図11は、実施例についての孔径の分布を示す図である。
図12図12は、比較例及び実施例の構成のまとめを示す図である。
図13図13は、厚みと1.0A/cm2における電圧との関係を表す図である。
図14図14は、厚みと塗布量との関係を示す図である。
図15図15は、PEM水電解装置の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
まず、本実施の形態に係るアノード電極の適用先であるAEM水電解装置について説明しておく。図1に、本実施の形態に係るAEM水電解装置の構成例を示す。AEM水電解装置は、中央にアルカリ性のAEMを有し、AEMのアノード側には、CuCoOxやLiCoOx等の触媒層(CL:Catalyst Layer)が形成されたPTLが設けられており、その外側にアノードの複極板(Bipolar plate)が設けられている。このアノードの複極板には、フローチャネル(flow channel)が設けられており、アノードとカソードの間に直流電流を流すと触媒層で4OH-→O2+2H2O+4e-という反応が起こり、アノードの複極板からはO2とH2Oが排出される。生成したH2Oの一部はAEM中を拡散し、カソードに到達し、アノード反応の反応物となる。なお、CuCoOx等は一例であって、BET(Brunauer, Emmett, Teller)表面積で100m2/g程度以上(粒径10nm程度以下)の触媒微粒子であれば、触媒の種類は問わない。
【0013】
一方、AEMのカソード側には、NiやPt/Cの触媒層が形成されたPTLが設けられており、その外側にカソードの複極板が設けられている。このカソードの複極板にもフローチャネルが設けられており、アノードとカソードの間に直流電流を流すと触媒層で4H2O+4e-→2H2+4OH-という反応が起こり、カソードの複極板からはH2とOH-が排出される。OH-はイオン担体となり、AEM中をアノードへ移動し、カソード反応の反応物となる。カソードの複極板からはH2が排出される。AEM中の水分移動はカソードからアノード方向への電気浸透力(electro-osmosis)による移動と濃度差に伴うカソードからアノード方向への拡散(diffusion)の二つのモードがあり、正味の移動量は両者のバランスによって決まる。実施例ではカソード複極板から排出されるH2の相対湿度は70-90%程度である。
【0014】
本実施の形態では、導電性の多孔質媒体を基体として触媒層が形成されたPTEとして、図2に示すような構造を有するものを採用する。
【0015】
すなわち、PTE200には、AEM100に対する接触面(又は当該接触面付近)から、10nm以下の孔径をもたらす触媒層250が設けられている。なお、触媒層250の下、すなわちAEM100とは反対側には主に多孔質媒体の層がある。このような10nm以下の孔径をもたらす緻密な触媒層250をAEM100に対する接触面(又は当該接触面付近から)設けることで、電解性能が向上する。
【0016】
すなわち、PTE200の内部だけでなく、PTE200のAEM100側の表面の触媒被覆率が十分に高くなるように触媒層250を形成するだけではなく、その触媒層250が10nm以下の孔径をもたらすような緻密さを有するように形成する。
【0017】
この触媒層250の厚みは、PTE200の厚みの1/2以上とすることが好ましく、より好ましくは、PTE200の7割以上が好ましい。但し、触媒層250の厚みとPTE200の厚みが同じになるようにするのは好ましくない。
【0018】
さらに、PTE200の厚みは、あまり薄くすると電解性能の劣化が生ずるので、150μm以上300μm以下であることが好ましく、より好ましくは、150μm以上200μm以下である。薄くすると、上で述べたような触媒層250の厚みを実現するための触媒量を減らすことができる。なお、この厚みは、水電解装置に組み付ける前の厚みであり、組み付けられた後は、複極板などによって挟まれて80%程度の厚みになる。
【0019】
このようなPTEを製造する方法について、図3を用いて説明する。まず、PTLとなる多孔質媒体をロールプレスなどのプレスにかけて、所定の厚みにする(ステップ(a))。予め所定の厚みの多孔質媒体が得られれば、本ステップはスキップできる。なお、多孔質媒体の多孔度は、例えば60%乃至80%である。その後、結着剤としてのフッ素系樹脂(PTFE:Poly Tetra Fluoro Ethylene)と触媒の微粒子とを含む触媒インクを多孔質媒体にスプレー塗装して乾燥させる工程を複数回繰り返す(ステップ(b))。この工程では、スプレーと多孔質媒体との距離を長めに設定し、一度の塗工量を抑えて、スプレー塗工の時間間隔を十分に長くとることで乾燥させる。このように重ね塗りの回数を多くして少しずつ塗っていくことで、表面又は表面付近から10nm以下の孔径をもたらす緻密な触媒層を形成する。
【0020】
多孔質媒体において所定の触媒担持量となるまで上記の塗工を行った後、塗工を行った多孔質媒体を真空オーブン内で乾燥させる(ステップ(c))。さらに、PTFEの結着性を高めるために、オーブンにてPTFEの焼成を行う(ステップ(d))。そして、焼成後の多孔質媒体の表面の平滑度を高めるため、ロールプレスなどのプレスを行い(ステップ(e))、剥離した触媒などを取り除くように空気を吹き付けることで、上で述べたようなPTEが作製される。なお、ステップ(e)以降については他の方法を採用するようにしても良い。
【0021】
これによって、アニオン水電解装置の電解性能を向上させることができるようになる。
【0022】
[実施例]
ここでは、最初にPTEの製造方法について図4を用いて具体的に説明する。
まず、アノード触媒としてCuCoOxの微粒子を用い、これに触媒結着剤としてのPTFE溶液と分散剤、それに水を加えて触媒インクを調合した。このインクを超音波ホモジナイザーで十分に攪拌したものをスプレーに装着した(ステップ(1))。
【0023】
一方、触媒を塗工する対象となる多孔質媒体にはニッケル発泡金属を用いた。このニッケル発泡金属の初期厚みは300μm、多孔度は80%である。ニッケル発泡金属をそのまま、あるいはロールプレス機にかけ、元の300μmから種々の厚み(100乃至250μm)に均一に延伸させたサンプルを用意した(ステップ(2))。
【0024】
そして、それらのサンプルにスプレー塗工を行った(ステップ(3))。このスプレー塗工では、重ね塗りの工程を所定の触媒担持量になるまで繰り返して行った。より具体的には、比較例(PTE-1)では、一度の塗工で1mg/cm2程度の触媒を塗工し、これを繰り返す重ね塗りを行った。この塗工時には、スプレーと多孔質媒体との距離を6乃至8cmに設定してスプレーを行った。なお、スプレー時のガス圧は0.15MPa(G)である。
【0025】
一方、実施例に係るサンプル(PTE-2、PTE-3)については、スプレーと多孔質媒体との距離を12-14cmと長めに設定し、さらに一度の塗工量を触媒0.5mg/cm2以下に抑え、重ね塗りの回数を増やすことで、最終的な触媒塗工量は変えずに、多孔質媒体表面(すなわちAEMと接する面)に、より多くの触媒を担持させた。さらに重ね塗りの時間間隔を十分に長くとり、一度塗工した触媒インクが乾燥してから次の塗工を行った。このような塗工工程によって、多孔質媒体の表面から、緻密な触媒層を形成できるようになる。
【0026】
塗工が完了したサンプルについては、真空オーブン内で100℃に昇温し、約1時間の加熱乾燥を行った(ステップ(4))。その後、PTFEの結着性を高めるため、別のオーブンにて370℃以上まで真空中で昇温し、PTFEの焼成を行った(ステップ(5))。そこから取り出したサンプルには、その表面の平滑度を確実にするため、再度ロールプレスにかけた(ステップ(6))。最後に焼成及びロールプレス工程で剥離してしまった触媒を取り除くために、ドライヤーにより冷風を吹きかけた。こうして多孔質媒体に触媒を塗工することでPTEを作製した。PTEの触媒層はPTFEと触媒からなる。
【0027】
塗工方法と触媒塗布量の違いによる触媒担持状態の違いを示すため、図5に、多孔質媒体(PTLのみ)及び各サンプルPTEの走査型電子顕微鏡写真を示す。なお、図5の上段は、PTL表面の写真、及び使用後のPTEサンプルのAEM側の写真であり、下段は、サンプル中央部を切断して撮影した断面写真である。また、この図において、PTL及びPTE-1乃至PTE-3は、すべて厚み300μmである。上段の表面写真を比較すると、触媒による表面被覆率が、PTE-1とPTE-2及びPTE-3とで異なることが分かる。また、下段の断面写真を比較すると、触媒の浸透の仕方が異なっており、PTE-1よりPTE-2及びPTE-3では表面から触媒層が形成されて、PTE-2よりPTE-3の方がより下方向にも触媒層が形成されていることが分かる。より具体的には、図6乃至8の拡大写真を用いて説明する。
【0028】
一度の塗工における塗布量が多い比較例PTE-1の拡大写真を図6に示す。比較例PTE-1の表面(上段)の写真を見て分かるように、表面の触媒被覆が十分でなく、多孔質媒体にある孔がそのまま観察できる。PTE-1断面写真(下段)を見ると、触媒は断面方向中央付近に多く堆積していることが分かる。これは、スプレーと多孔質媒体との距離が短く内部に触媒インクが浸透しやすいためである。
【0029】
一度の塗工における塗布量を削減し且つスプレーと多孔質媒体との距離を離した実施例PTE-2の拡大写真を図7に示す。実施例PTE-2の表面写真(上段)を見て分かるように、PTE-1と比べて触媒が表面を覆う被覆率が高いことが分かる。断面写真(下段)を見ても、緻密な触媒層が表面付近に形成されていることが分かる。ただし触媒層の一部にいくらか大きめのクラック(隙間)が確認できる。なお、触媒層の厚みは100μm以下である。
【0030】
PTE-2と同じ塗工方法であるが塗布量を増量した実施例PTE-3の拡大写真を図8に示す。実施例PTE-3の表面写真(上段)を見ると、その表面の触媒被覆率はPTE-2とほぼ同様であることが分かる。一方、断面写真(下段)を見ると、触媒担持量を増やしたことで、多孔質媒体の厚み(300μm)の半分以上(150μm以上)が緻密な触媒層に占められていていることが分かる。また、この触媒層には大きなクラックがほぼ見られない。
【0031】
図9に、比較例PTE-1及び実施例PTE-2及びPTE-3を、AEM水電解装置のアノードに適用して得られた電流密度(i)-電圧(V)特性を示す。このi-V特性では、同じ電流密度であれば電圧が低いほど電解性能が優れることを意味する。よって、電解性能は、PTE-3>PTE-2>PTE-1の順番で優れている。
【0032】
このような特性差を検討するに、PTE-1がPTE-2に比べて電解性能が劣るのは、低電流密度(<0.1A/cm2)で顕著な活性化過電圧に差があることが主要因である。活性化過電圧は触媒活性に起因する電解時の損失を意味し、比較例PTE-1では表面の触媒被覆率が低く、活性な触媒量(表面積)が少ないためであることが分かる。すなわち、塗工法の改良により表面近傍により触媒を堆積できるようになったため、実施例PTE-2では活性化過電圧が下がり、電解性能が向上した。
【0033】
さらに実施例PTE-2及びPTE-3を見ると、低電流密度(<0.1A/cm2)域では差は見られない(すなわち、活性化過電圧に差はない)が、0.3A/cm2以上で有意な差が生じていることが分かる。一般的に、発生したガス気泡が電極表面上に滞留すると電解液の供給(物質移動)を妨げ、結果として濃度過電圧が上昇する。この濃度過電圧は電流密度が大きいところで顕著になる。PTE-3では緻密な触媒層の厚みが増し、また触媒層における大きなクラックが減ったため、電解反応で生成した酸素ガス気泡が滞留するスペースが電極近傍に無く、電解反応を阻害する割合が減ったためであると考えられる。
【0034】
よってPTE製造においては、緻密な触媒層を表面付近に形成させ、活性化過電圧を低減するとともに、その緻密な触媒層の厚みを基体の半分以上(より好ましくは7割以上)とすることで、濃度過電圧を低減することでより優れた電解性能を実現できることが分かる。具体的には、1.0A/cm2での電圧では約90mVの電圧低下を実現した。
【0035】
図10及び図11に、多孔質媒体(PTL)と比較例PTE-1、実施例PTE-2とPTE-3について、水銀圧入法を用いて内部の孔径分布を測定した結果を示す。図10及び図11では、横軸が孔径dp[μm]を表し、縦軸はdV/d(logdp)[mL/g]を表す。多孔質媒体(PTL)については、孔径100μm程度を中心としたピークのみが存在するが、比較例PTE-1及び実施例PTE-2及びPTE-3では、0.01μm(10nm)以下の領域にもピークが現れる。これが緻密な触媒層によるピークであると考えられる。
【0036】
孔径100μm程度のピークは、PTL>PTE-1>PTE-2>PTE-3となるのは、触媒層の厚みの増加を反映している。PTE-1、PTE-2及びPTE-3のように触媒層を形成すると、孔径100μm程度の孔は減るが孔径10μm程度の孔は増加している。10nm程度の孔については、PTE-1、PTE-2及びPTE-3でそのピークの現れ方は異なっているが、10nm以下の孔が主たる孔となっている。
【0037】
以上を図12を用いてまとめる。図12の第1段目は、AEMに接する多孔質媒体(PTL)を模式的に示し、第2段目は、AEMに接し且つ主に内部に触媒層を含むPTE-1を模式的に示しており、第3段目は、AEMに接する表面から薄い緻密な触媒層が形成されたPET-2を模式的に示しており、第4段目は、AEMに接する表面から厚い緻密な触媒層が形成されたPET-3を模式的に示している。
【0038】
PTE-1は、第2段目に示すように、触媒が内部に堆積し、AEMと接する表面の触媒被覆率が低くなっている。そのため、触媒層の有効面積が低くなり、活性化過電圧が大きい。これに対して、PTE-2は、第3段目に示すように、触媒層を表面に形成できており、表面の触媒被覆率は高く、活性過電圧を低減できている。ただし触媒層内に大きめクラック(すきま)が残っている。さらに、PTE-3は、第4段目に示すように、表面状態はほぼPTE-2と同じであるが、緻密な触媒層の厚みが多孔質媒体の半分以上を占め、大きなクラックがほぼ見られない。これにより生成ガス気泡の滞留を抑制し、濃度過電圧を低減するものである。
【0039】
このように、PTEは、表面を十分被覆する緻密な触媒層を形成するとともに、その厚みを基体たる多孔質媒体の半分以上とすることで、活性過電圧及び濃度過電圧の両方を小さくでき、電解性能を向上させることができる。この緻密な触媒層は、10nm以下の孔径を有する触媒層である。
【0040】
次に、触媒塗工工程前の多孔質媒体の厚みの影響について述べる。触媒を塗工する前に多孔質媒体をロールプレスで延伸させることで、その厚みを調節する。ただし、厚みを薄くするほど、多孔質媒体の多孔度は低くなり、孔径も小さくなっていく。ここでは、様々な厚みの多孔質媒体に対し、多孔質媒体の厚みの6乃至8割程度が触媒層となるように触媒をスプレーで塗工した。塗工方法は、PTE-2及びPTE-3と同じである。
【0041】
結果として厚さの違いによらず、表面近傍に緻密な触媒層を作成することができた。図13に、厚み(t0 PTL)と1.0A/cm2での電解電圧(V)との関係を示している。なお、厚さ300μmについては、比較例PTE-1、実施例PTE-2及びPTE-3についても示している。
【0042】
これを見ると、厚みが150乃至300μmの範囲では、1.0A/cm2での電圧は、1.86乃至1.88Vの範囲に入り、厚みの影響はほぼ見られないことが分かる。但し、厚み100μmのPTEについては、他のPTEと比べて著しく電解性能が劣る。これは100μmのPTEでは触媒を担持することで、PTEの柔軟性が失われ、AEMにPTEを押し付けた際に、部分的に両者の間に隙間が生じるためであると考えられる。これは、走査型電子顕微鏡写真では表面の触媒被覆は十分高いにも関わらず、i-V特性において活性化過電圧が他のサンプルの場合と比べて大きい事実から推測される。
【0043】
図14は、図13における各厚みのPTEにおける触媒担持量[mg/cm2]を示している。なお、300μmについてはPTE-3の触媒担持量を示している。これを見て分かるように、厚みを薄くすることで、同様な性能のPTEを製造するのに要する触媒量を低減できる。また厚みが薄いほど塗工工程において、緻密な触媒層を作製するのが容易になる。よって、PTEの厚みについては、150乃至200μm程度とすることが、触媒担持量削減の点からは有利と言える。
【0044】
[PEM(Proton Exchange Membrane)水電解装置について]
本実施の形態に係るアノード電極であるPTEは、AEM水電解装置だけではなく、類似の構成を有するPEM水電解装置のアノード電極に適用することもできる。
【0045】
図15に、PEM水電解装置の構成例を示す。PEM水電解装置は、中央に酸性のPEMを有し、PEMのアノード側には、IrO2の触媒層(CL:Catalyst Layer)が形成されたPTLが設けられており、その外側にアノードの複極板(Bipolar plate)が設けられている。このアノードの複極板には、フローチャネル(flow channel)が設けられており、アノードとカソードの間に直流電流を流すと触媒層でH2O→1/2O2+2H++2e-という反応が起こり、アノードの複極板からはO2と反応に使われなかった余剰分のH2Oが排出される。
【0046】
一方、PEMのカソード側には、Ptの触媒層が形成されたPTLが設けられており、その外側にカソードの複極板が設けられている。このカソードの複極板にもフローチャネルが設けられており、アノードとカソードの間に直流電流を流すと触媒層で2H++2e-→2H2という反応が起こり、カソードの複極板からはH2が排出される。この時電気浸透力によってPEM中をアノードからカソードに移動したH2OもH2と一緒にカソードの複極板から排出される。PEMにおいてはアノード、カソード間に水分の濃度差がほとんど生じないので拡散による水分移動は無視できる。
【0047】
PEM水電解装置におけるアノード電極の多孔質媒体(PTL)には、チタン製多孔材料が用いられるが、触媒層の形成は、AEM水電解装置と同様である。
【符号の説明】
【0048】
100 AEM 200 PTE 250 緻密な触媒層
図1
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図15