(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022026979
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】腎機能低下ネコに対する腎機能保護剤およびそれを含むネコ用飼料及びネコ用医薬品
(51)【国際特許分類】
A61K 31/232 20060101AFI20220203BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20220203BHJP
A23K 50/40 20160101ALI20220203BHJP
A23K 20/158 20160101ALI20220203BHJP
【FI】
A61K31/232
A61P13/12
A23K50/40
A23K20/158
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020130714
(22)【出願日】2020-07-31
(71)【出願人】
【識別番号】000003274
【氏名又は名称】マルハニチロ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(71)【出願人】
【識別番号】597039087
【氏名又は名称】アイシア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 れえ子
(72)【発明者】
【氏名】小林 沙織
(72)【発明者】
【氏名】岡田 淳子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼井 達
(72)【発明者】
【氏名】青野 綾美
(72)【発明者】
【氏名】河原▲崎▼ 正貴
【テーマコード(参考)】
2B005
2B150
4C206
【Fターム(参考)】
2B005AA05
2B150AA06
2B150AB10
2B150DA55
2B150DA58
4C206AA01
4C206AA02
4C206DB09
4C206DB47
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZA81
4C206ZC61
(57)【要約】
【課題】 腎臓に他の哺乳動物と異なる特徴を有するネコに対して、腎機能保護剤およびネコ用飼料及びネコ用医薬品を提供する。
【解決手段】 ドコサヘキサエン酸(DHA)のエステルを含有する、ネコ腎機能保護剤を用いる。エステルとしては、グリセリドエステルが好ましい。投与量としては、DHAの量として125mg/kg/day以上であることが好ましい。また、投与形態としては、経口投与が好ましい。また、上記のネコ腎機能保護剤を含有するネコ用飼料及びネコ用医薬品が提供される。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドコサヘキサエン酸(DHA)のエステルを含有する、ネコ腎機能保護剤。
【請求項2】
前記エステルはグリセリドエステルである、請求項1に記載のネコ腎機能保護剤。
【請求項3】
投与量が、DHAの量として125mg/kg/day以上である、請求項1または2に記載のネコ腎機能保護剤。
【請求項4】
経口投与剤である、請求項1~3のいずれか1項に記載のネコ腎機能保護剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のネコ腎機能保護剤を含有する、ネコ用飼料。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載のネコ腎機能保護剤を含有する、ネコ用医薬品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎機能低下ネコに対する腎機能保護剤およびそれを含むネコ用飼料及びネコ用医薬品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ネコは、水分の摂取がほかの動物と比べて少ない一方で、主たる栄養源として肉等のタンパク質を摂取するため腎臓への負荷が大きく、15歳以上で約30%が腎臓病を発症しているといわれている。
【0003】
ネコ以外の動物の腎疾患の臨床症状では、主として尿量の減少、浮腫、腎臓のろ過機能を担う糸球体の損傷による蛋白尿を認め、病理学的に免疫性介在性、糖尿病性、高血圧などを起因とした糸球体病変を認める。
【0004】
そして、ネコ以外の腎臓の解剖学的特徴として、皮質において、小葉間動脈と隣接する腎小葉の小葉間静脈が尿細管周囲でシャントしていることである。したがって、これらの腎小葉は互いに血管で連絡しており、腎機能は小葉単位ではなく、葉単位として機能していると考えられる。したがって、腎機能は、腎臓で全体的に低下することとなる。
【0005】
一方、ネコの腎疾患における臨床症状では、主として多飲多尿、脱水症状が見られ、蛋白尿があまり認められない。元来ネコは、水分の摂取の少ない動物であることから、腎臓での水分の再吸収を高めるために、尿細管が発達している。そして、尿細管の損傷(尿細管間質病変)が腎疾患に影響するといわれる。
【0006】
ネコの各種腎病理所見により、局所的な増悪を認めるものの、全体の機能には必ずしも反映しないことから、ネコの腎機能は小葉単位で機能し、ネコの腎臓の構造はほかの動物とは異なるといわれている(非特許文献1)。加えて、ネコでは、腎疾患のなかでも多発性嚢胞腎(PKD)に関する症例が多く報告されている。PKDの発症は、ネコ1000頭に1頭の割合と推測されている。PKDは、ゆっくりと進行する不可逆的な遺伝性の腎臓の病気で、ペルシャネコやペルシャと血縁関係にあるネコに多く見られることが知られている。
【0007】
哺乳動物の一般的な腎機能保護には、従来からDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)の投与が有用との記載はいくつか知られている。例えば、ネコのライフステージにおける長鎖高度不飽和脂肪酸の要求量は、成長期にはEPA+DHAで0.06g/kg、成動物の維持には0.0016g/kg、妊娠後期と泌乳最盛期は0.0028~0.0034g/kgと極微量であること(非特許文献2)、また、蛋白尿の抑制に必要な投与量としてω-3魚油(Omega3 Fish Oil)として、最低1g/4.55kgBWとの報告がされている(非特許文献2)。しかしながら、この報告では、前提として、ω-3魚油に含まれるDHA/EPAの含有量が不明であること、また注釈にはネコでのデータはなく、ヒトデータから著者の経験値に基づくとの記載があり、実際のネコに対するDHA/EPAの効果については証明されていない(非特許文献3)。
【0008】
さらにまた、イヌについては、ω-3脂肪酸(Omega-3)の上限摂取耐用量は、2,080mg/10kgとの記載があるが、ここにおいてもネコについてのω-3脂肪酸の上限摂取耐用量は不明であると記載されている(非特許文献4)。
【0009】
さらに言えば、安全性の観点の一つとして、血小板凝集性についての議論が一部でされているが、健常ネコにおいては、n-6/n-3比と血小板凝集能に相関関係がある(非特許文献5)という報告もあれば、一方でネコ(年齢、性別、体重等不明)にEPA+DHA総量として1.75g/dayあるいは2.625g/day与えた場合でも血小板凝集能に変化を認めないとの報告(非特許文献6)もあり、議論が分かれているのが現状である。
【0010】
ネコ以外の動物におけるDHAの効果については、腎障害モデルラットに対して、DHA高含有トリグリセリド(H-DHA-TG)を2,000mg/kg以上(DHAとして1,200mg/kg以上)投与することで、血圧上昇、脳卒中発症および蛋白尿の漏出抑制させる技術が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】日本獣医腎泌尿器学会誌, 2019, 11(1), 4-12.
【非特許文献2】ペット栄養学会誌, 2006, 9 (1), p.218
【非特許文献3】Can. Vet. J., 2012, 53,631-638.
【非特許文献4】J Vet Intern Med ., 2013, 27, 217-226.
【非特許文献5】J Nutr., 1998, 128, 2645S-2647S.
【非特許文献6】J Veterinary. Med, 1994, 8, 247-252.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、腎臓に他の哺乳動物と異なる特徴を有するネコに対して、腎機能保護剤を提供することにある。また、該腎機能保護剤を含有する、ネコ用飼料及びネコ用医薬品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、ドコサヘキサエン酸(DHA)のエステルを含有することにより、ネコの腎機能を保護する作用を有することを見出した。
すなわち、本発明は、以下に示すものである。
[1] ドコサヘキサエン酸(DHA)のエステルを含有する、ネコ腎機能保護剤。
[2] グリセリドエステルである、[1]に記載のネコ腎機能保護剤。
[3] 投与量が、DHAの量として125mg/kg/day以上である、[1]または[2]に記載のネコ腎機能保護剤。
[4] 経口投与剤である、[1]~[3]のいずれかに記載のネコ腎機能保護剤。
[5] [1]~[4]のいずれかに記載のネコ腎機能保護剤を含有する、ネコ用飼料。
[6] [1]~[4]のいずれかに記載のネコ腎機能保護剤を含有する、ネコ用医薬品。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、腎臓に他の哺乳動物と異なる特徴を有するネコに対して、腎機能保護剤を提供することができ、また、該腎機能保護剤を含有する、ネコ用飼料及びネコ用医薬品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に用いられるネコの腎機能保護剤としては、DHAのエステルを用いることが出来る。ここで、DHAのエステルとしては特に制限はないが、エチルエステル、グリセリドエステル、グリセロリン脂質等を挙げることができる。これらの中では、グリセリドエステルが好ましい。
【0017】
また、エステルがグリセリドエステルである場合、グリセリドのα位、β位、γ位のいずれかにDHAがエステル結合していればよい。すなわち、DHAのモノ-、ジ-、トリ-グリセリドであってもよいし、DHAと他の脂肪酸との混合グリセリドエステルであってもよい。この場合の、グリセリドエステル中のDHAの含有量としては特に制限はないが、例えば、グリセリドエステルを構成する全脂肪酸に対するDHAの割合として、例えば、20~99質量%、50~99質量%、60~95質量%、65~90質量%などを挙げることができる。
【0018】
腎機能保護剤のネコへの投与量としては特に制限はないが、DHAの量として、125mg/kg/day以上であれば好ましく、例えば、125~2000mg/kg/day、150~1800mg/kg/day、250~1500mg/kg/dayなどを挙げることができる。
【0019】
腎機能保護剤の投与方法としては特に制限はないが、例えば、経口投与などを挙げることができる。
【0020】
本発明のネコ用飼料としては、上述のネコ腎機能保護剤を含有するものである。ネコ用飼料の形態としては特に制限はないが、例えば、ペースト状、固形状、液体状などのものを挙げることができる。
本発明のネコ用の医薬品としては、上述のネコ腎機能保護剤を含有するものである。ネコ用医薬品の形態としては特に制限はないが、例えば、錠剤、散剤(粉薬)、顆粒剤、液剤、注射剤などが挙げられる。
【実施例0021】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0022】
<実施例1> 健常ネコを用いたDHA投与量の設定
健常ネコ5匹に、DHA高含有トリグリセリド(H-DHA-TG:マルハニチロ株式会社製)を夕方の給餌前に直接あるいは市販のペットフード(ペースト状)に混ぜて0.45mL/kg/day(DHAとして250mg/kg/day)もしくは0.9mL/kg/day(DHAとして500mg/kg/day)を28日間投与した。摂取期間中は、自由飲水とし、朝と夕に一般的な飼料25g/匹を給餌した。摂取開始前と摂取28日後に、一般身体検査所見、血液検査(一般生化学検査、凝固系検査)を実施した。
【0023】
その結果、一般身体検査は正常範囲内であった。血液検査においては、DHA250 mg/kg/day相当投与時、血糖値(低下)の有意な変動を、また、投与量をDHA500mg/kg/dayに漸増した際には、TG(低下)の有意な変動を認めたが、健常の範囲であり、問題はないと判断した。DHAは脂質代謝の改善をすることが知られており、DHA250mg/kg/day投与時(p=0.19)、500mg/kg/day投与時(p=0.04)で血中中性脂質の低下を認め用量依存的な応答を確認した。また、凝固系(PT,APTT)については、有意な変動は認められず、DHA500mg/kg/day相当までは、凝集性にかかわる問題はないと判断した。
【0024】
なお、用いたDHA高含有トリグリセリド(H-DHA-TG:マルハニチロ株式会社製)の脂肪酸組成を表1に示す。
【0025】
【0026】
<実施例2> 腎機能低下ネコに対するDHA高含有トリグリセリドの投与
腎機能低下雌性ネコ5匹に、DHA高含有トリグリセリド(H-DHA-TG:マルハニチロ株式会社製)を夕方の給餌前に直接あるいは市販のペットフード(ペースト状)に混ぜて0.23mL/kg/day(DHAとして125mg/kg/day)もしくは0.45mL/kg/day(DHAとして250mg/kg/day)を28日間投与した。試験対象の上記ネコ5匹のうち3匹は、バソプレッシンV2-受容体拮抗薬(トルパブタン、商品名:サムスカ、大塚製薬株式会社)を3~4mg/kg/day併用して投与した。摂取期間中は、自由飲水とし、朝と夕にカリウム制限飼料20g/匹を給餌した。摂取開始前と摂取28日後に、一般身体検査所見、血液検査(一般生化学検査、SDMA)、尿検査を実施した。
【0027】
腎機能低下雌性ネコ5匹は、一般身体検査、血液検査において正常値を示した。
また、上記5匹のネコに与えられた、実際のH-DHA-TGが含まれた餌の摂餌量は、平均して半量から全量であった。
腎機能に関する指標である血中の対称ジメチルアルギニン(SDMA)、尿中タンパククレアチニン比(UPC)、近位尿細管損傷マーカーであるN-アセチルグルコサミニダーゼ(NAG)については、H-DHA-TGを0.23mL/kg/day(DHAとして125mg/kg/day)投与した際は、統計的に有意な低下は認められなかったが、SDMAは、5例中3例が低下、UPCは、5例全例が全体的に低下する傾向が認められた。加えて、NAGは、高度に悪化していた1例において大幅な改善が認められた。
さらに、H-DHA-TGを0.45mL/kg/day(DHAとして250mg/kg/day)投与した際には、SDMA,UPC,NAGの全てにおいて、5例全例において例外なく低下を示し、全体としてH-DHA-TGの投与前後で有意な低下が認められた。結果を表2および表3に示す。
【0028】
【0029】
【0030】
<比較例1> 腎障害モデルラットとの比較
自然発症高血圧易脳卒中ラット(SHR-SP/Izm、日本エスエルシー株式会社)4週齢を1週間馴化後、8質量%食塩含有固形飼料(AIN-93G、オリエンタル酵母工業株式会社)と飲水を自由摂取させ、下記表4の組成物の経口投与を4週間行った。
【0031】
【0032】
4週間経過後の、血清SDMA、尿中UPC、NAGを表5に示す。
【0033】
【0034】
腎障害モデルラットでは、対照群と比較して、DHA投与量が1,200mg/kg/day以上で蛋白尿の漏出抑制、SDMAの有意な減少が認められるが、NAG値については変化が認められなかった。
【0035】
一方、実施例2に示す通り、ネコでは、非投与時と比較して、DHA125~250mg/kg/dayという上記のラットに対するDHA投与量と比較して低用量のDHA投与においても、SDMA,UPC、NAGの低下が認められた(表2、表3)。したがって、ネコにおいては、低用量かつ、異なる作用機序で効果を発揮していることが示された。
また、上述の試験においては、実際の摂餌量について考慮すると、DHAの推定摂取量は、62.5~250mg/kg/dayと考えられる。
より確実な効果を発現するDHA用量としては、好ましくは、125mg/kg/day以上、より好ましくは、150mg/kg/day以上、更に好ましくは、250mg/kg/day以上の範囲での摂取である。よって、他の動物種と比較して低用量かつ現実的な投与量で腎機能を保護する効果を有する。
【0036】
上述するように、腎機能低下(軽度腎障害)を有するネコに対して、DHAとして125mg/kg/day以上投与することで、血中SDMAの低下、尿中タンパク漏出の抑制、近位尿細管損傷の改善が認められた。また、この投与量は、ラット、ヒトでの有効量の約1/5であった。