(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022032135
(43)【公開日】2022-02-25
(54)【発明の名称】電波遮蔽損失算出方法、電波遮蔽損失算出装置、及び電波遮蔽損失算出プログラム
(51)【国際特許分類】
H04B 17/391 20150101AFI20220217BHJP
【FI】
H04B17/391
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020135647
(22)【出願日】2020-08-11
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】特許業務法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 光貴
(72)【発明者】
【氏名】山田 渉
(72)【発明者】
【氏名】久野 伸晃
(72)【発明者】
【氏名】淺井 裕介
(72)【発明者】
【氏名】鷹取 泰司
(72)【発明者】
【氏名】杜 ▲キン▼
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】高田 潤一
(57)【要約】
【課題】遮蔽物の厚みが大きい場合であっても遮蔽物による電波遮蔽損失を高い精度で計算することができる電波遮蔽損失算出方法を提供する。
【解決手段】この電波遮蔽損失算出方法では、送信機の電波を放射する位置と、受信機の電波を受信する位置と、遮蔽物の位置及び形状の情報から、遮蔽物に対して等価スクリーン領域が算出される。そして遮蔽物ではなく等価スクリーン領域により電波が遮蔽されるとして、電波遮蔽損失が算出される。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電波を放射する送信機と前記電波を受信する受信機との間の電波伝搬経路上に存在する遮蔽物による前記電波の電波遮蔽損失を算出する電波遮蔽損失算出方法であって、
送信点は、前記送信機の前記電波を放射する位置であり、
受信点は、前記受信機の前記電波を受信する位置であり、
前記送信点から放射状に広がり前記送信点から見た前記遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線と、前記受信点から放射状に広がり前記受信点から見た前記遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線との交点の位置を算出し、前記交点の集合を外郭線とする平面領域である等価スクリーン領域を算出する等価スクリーン算出ステップと、
前記等価スクリーン領域で前記電波が遮蔽されるとして前記電波遮蔽損失を算出する電波遮蔽損失算出ステップと、
を含むことを特徴とする電波遮蔽損失算出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
前記電波遮蔽損失算出ステップは、
前記遮蔽物が存在しないと仮定した場合に前記等価スクリーン領域から放射される散乱波が前記受信点に誘起する電界が、前記等価スクリーン領域で遮蔽される電界であるとして前記電波遮蔽損失を算出する
ことを特徴とする電波遮蔽損失算出方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法であって、
前記電波遮蔽損失算出ステップは、
前記等価スクリーン領域をメッシュで分割し、
それぞれの前記メッシュ毎に前記電波遮蔽損失を算出し、前記メッシュ毎の前記電波遮蔽損失を前記メッシュ全体で足し合わせることで前記電波遮蔽損失を算出する
ことを特徴とする電波遮蔽損失算出方法。
【請求項4】
電波を放射する送信機と前記電波を受信する受信機との間の電波伝搬経路上に存在する遮蔽物による前記電波の電波遮蔽損失を算出する電波遮蔽損失算出装置であって、
メモリと、
プロセッサと、
を備え、
前記メモリは、
前記送信機の前記電波を放射する位置である送信点の情報と、
前記受信機の前記電波を放射する位置である受信点の情報と、
前記遮蔽物の位置及び形状の情報と、を記憶し、
前記プロセッサは、
前記メモリに記憶される情報に基づいて、前記送信点から放射状に広がり前記送信点から見た前記遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線と、前記受信点から放射状に広がり前記受信点から見た前記遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線との交点の位置を算出し、前記交点の集合を外郭線とする平面領域である等価スクリーン領域を算出する等価スクリーン算出処理と、
前記等価スクリーン領域で前記電波が遮蔽されるとして前記電波遮蔽損失を算出する電波遮蔽損失算出処理と、
を実行することを特徴とする電波遮蔽損失算出装置。
【請求項5】
請求項4に記載の電波遮蔽損失算出装置であって、
前記電波遮蔽損失算出処理において、前記プロセッサは、
前記遮蔽物が存在しないと仮定した場合に前記等価スクリーン領域から放射される散乱波が前記受信点に誘起する電界を、前記等価スクリーン領域で遮蔽される電界として前記電波遮蔽損失を算出する
ことを特徴とする電波遮蔽損失算出装置。
【請求項6】
コンピュータにより実行され、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の電波遮蔽損失算出方法を前記コンピュータに実行させる電波遮蔽損失算出プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波伝搬において遮蔽物による電波遮蔽損失を算出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電波による通信システムにおいて、電波を受信する受信機における電波強度は、電波伝搬の経路上に存在する遮蔽物による影響を受ける。特に周波数が高く波長が短い電波は、回折性が弱く、遮蔽物による伝搬損失(電波遮蔽損失)が大きい。一方で、大きな情報量をより速く通信することができるように、通信する電波の周波数がより高い通信システム(例えば、第5世代移動通信システム)が求められている。
【0003】
このため、通信システムを構築するに当たり、電波を放射する送信機,電波を受信する受信機,及び遮蔽物の情報から予測的に電波遮蔽損失を算出することの重要性が増している。電波遮蔽損失を算出する方法に関しては、これまで様々な技術が提案され、その検討がなされている。
【0004】
非特許文献1は、ナイフエッジ回折モデル(KEDM;Knife-Edge Diffraction Model)及び物理光学近似(PO;Physical Optics approximation)法に基づく電波遮蔽損失の算出に関する検討結果を記載している。この検討では、送信機と受信機との間に特定の距離で遮蔽物(金属物体又は人)を設置する場合において、KEDM及びPO法それぞれに基づく電波遮蔽損失を算出し、実際の電波遮蔽損失の計測結果と比較を行っている。検討結果から、PO法に基づく電波遮蔽損失の算出は複雑な形状の遮蔽物に適していることを見出している。
【0005】
非特許文献3には、高周波電波の電波伝搬において、ナイフエッジ遮蔽物による電波遮蔽損失を算出する方法が示されている。この方法は、送信機とナイフエッジ遮蔽物との間の距離と、ナイフエッジ遮蔽物の高さと、電波の周波数から電波遮蔽損失を与えるノモグラムを作成することにより行われる。また電波伝搬の経路上に複数のナイフエッジ遮蔽物が存在する場合において、送信機と受信機を結ぶ直線と、送信機からナイフエッジ遮蔽物の先端を眺める直線と、受信機からナイフエッジ遮蔽物の先端を眺める直線により得られる三角形の頂点を先端にもつナイフエッジ遮蔽物を計算上与えることで、大きな誤差なく電波遮蔽損失を与えられることが示されている。
【0006】
その他、本技術分野の技術レベルを示す文献として以下の非特許文献2がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Xin DU, Kentaro Saito, Jun-ichi Takada, Mitsuki Nakamura, Motoharu Sasaki, Yasushi Takatori, “Shadowing Effect Prediction based on Physical Optics Approach for Millimetre Wave Mobile Communication”, 電子情報通信学会技術研究報告 vol. 118, no. 504, AP2018-192, pp. 35-40, 2019年3月
【非特許文献2】Xin DU, 齋藤 健太郎, 高田 潤一, 中村 光貴, 久野 伸晃, 山田 渉,鷹取 泰司, “ミリ波帯伝搬における見通し波遮蔽損失の実験及び予測手法” , 電子情報通信学会ソサイエティ大会 B-1-30, 2019年9月
【非特許文献3】K. Bullington, “Radio Propagation at Frequencies above 30 Megacycles”, Published in: Proceedings of the IRE, vol. 35 , Issue. 10, pp. 1122 - 1136, Oct. 1947
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1で言及されるように、PO法に基づく従来の電波遮蔽損失の算出方法は、複雑な形状をもつ遮蔽物による電波遮蔽損失を算出するのに適している。しかしながら、PO法に基づく従来の電波遮蔽損失の算出方法においては、遮蔽物を厚みのないスクリーンにより与えて計算を行うため、遮蔽物の厚みが大きくなるほど計算精度が劣化するという課題がある。
【0009】
本発明の1つの目的は、上述の課題を鑑みて、遮蔽物の厚みが大きい場合であっても、高い精度で電波遮蔽損失を算出することを可能にする電波遮蔽損失算出方法、電波遮蔽損失算出装置、及び電波遮蔽損失算出プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様に係る電波遮蔽損失算出方法は、電波を放射する送信機と電波を受信する受信機との間の電波伝搬経路上に存在する遮蔽物による電波遮蔽損失を算出する方法である。この電波遮蔽損失算出方法は、送信点から放射状に広がり送信点から見た遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線と、受信点から放射状に広がり受信点から見た遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線との交点の位置を算出し、交点の集合を外郭線とする平面領域である等価スクリーン領域を算出する等価スクリーン算出ステップと、等価スクリーン領域で電波が遮蔽されるとして電波遮蔽損失を算出する電波遮蔽損失算出ステップとを含むことを特徴とする。
【0011】
ここで、送信点は、送信機の電波を放射する位置である。受信点は、受信機の電波を受信する位置である。
【0012】
また、本発明の一態様に係る電波遮蔽損失算出装置は、電波を放射する送信機と電波を受信する受信機との間の電波伝搬経路上に存在する遮蔽物による電波遮蔽損失を算出する装置であって、メモリと、プロセッサとを備える。
【0013】
メモリは、送信機の電波を放射する位置である送信点の情報と、受信機の電波を受信する位置である受信点の情報と、遮蔽物の位置及び形状の情報とを記憶する。プロセッサは、メモリに記憶される情報に基づいて、送信点から放射状に広がり送信点から見た遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線と、受信点から放射状に広がり受信点から見た遮蔽物の外郭線上の点を通る複数の直線との交点の位置を算出し、交点の集合を外郭線とする平面領域である等価スクリーン領域を算出する等価スクリーン算出処理と、等価スクリーン領域で電波が遮蔽されるとして電波遮蔽損失を算出する電波遮蔽損失算出処理とを実行することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
以上述べたように、本発明によれば、遮蔽物の厚みを考慮した等価スクリーン領域を与えて電波遮蔽損失を算出することで、遮蔽物の厚みが大きい場合であっても電波遮蔽損失を高い精度で算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法が対象とする状況の一例を示す概念図である。
【
図2】本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法における等価スクリーン領域の算出方法の概要を説明するための図である。
【
図3】等価スクリーン領域の算出において等価スクリーン領域の外郭線となる交点の位置を算出する方法を説明するための概念図である。
【
図4】電波遮蔽損失を算出する手順を示すフローチャートである。
【
図5】等価スクリーン領域のメッシュ分割を説明するための概念図である。
【
図6】PO法に基づいて電波遮蔽損失を算出する場合のそれぞれの値を説明するための概念図である。
【
図7】電波遮蔽損失算出装置の構成例を示すブロック図である。
【
図8】
図7に示す電波遮蔽損失算出装置のプロセッサが実行する電波遮蔽損失算出プログラムの処理を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。ただし、以下に示す実施形態において各要素の個数、数量、量、範囲などの数に言及した場合、特に明示した場合や原理的に明らかにその数が特定される場合を除いて、その言及した数に、この発明が限定されるものではない。また、以下に示す実施の形態において説明する構造などは、特に明示した場合や明らかに原理的にそれに特定される場合を除いて、この発明に必ずしも必須のものではない。なお、各図中、同一又は相当する部分には同一の符号を付しており、その重複説明は適宜に簡略化ないし省略する。
【0017】
1.対象
図1は、本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法が対象とする状況の一例を示す概念図である。送信機1及び受信機2は、距離を隔てて地面GNDに設置されている。送信機1及び受信機2は、直接地面GNDに設置されていても良いし、地面GND上の構造物の上に設置されていても良い。送信機1及び受信機2は、典型的には、アンテナである。この場合においてアンテナは、全方向性アンテナ(半波長ダイポールアンテナやホイップアンテナ等)であっても良いし、指向性アンテナ(パラボラアンテナや八木アンテナ等)であっても良い。
【0018】
送信機1は、電波4を放射する。送信点Txは、送信機1における電波4を放射する位置である。受信機2は、電波4を受信する。受信点Rxは、受信機2における電波4を受信する位置である。送信機1が放射する電波4は、典型的には、ある情報を含むように変調された搬送波である。送信機1及び受信機2は、電波4によって通信を行う。
【0019】
送信機1と受信機2との間の電波伝搬経路上には、遮蔽物3が存在している。遮蔽物3は、例えば人や樹木、建築物等である。
図1の点線矢印(電波4の伝搬経路の一部を示す。)で示されるように、送信機1が放射する電波4は、遮蔽物3による吸収,反射,散乱の影響を受ける。これにより電波4の一部が遮蔽され、受信機2が受信する電波4の電波強度は、遮蔽物3が存在しない空間を電波が伝搬する場合と比べて低くなる。すなわち、遮蔽物3は伝搬損失を増加させる。
【0020】
本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法では、このような
図1に示される状況を対象として、遮蔽物3による伝搬損失(電波遮蔽損失)が算出される。
【0021】
2.電波遮蔽損失算出方法
本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法では、送信点Txの位置と、受信点Rxの位置と、遮蔽物3の位置及び形状の情報から平面領域である等価スクリーン領域が算出される(等価スクリーン算出ステップ)。そして遮蔽物3ではなく等価スクリーン領域ESCにより電波4が遮蔽されるとして、PO法に基づいて電波遮蔽損失が算出される(電波遮蔽損失算出ステップ)。
【0022】
ここで遮蔽物3の形状の情報は、少なくとも遮蔽物3の表面全体の空間上の位置情報を含んでいる。表面全体の空間上の位置情報は、表面全体に渡る連続的な位置情報であっても良いし、後述するように等価スクリーン領域を算出するのに十分な精度を保つ程度の離散的な位置情報であっても良い。
【0023】
2-1.等価スクリーン算出ステップ
図2は、等価スクリーン領域ESCを算出する方法の概要を説明するための概念図である。
図2中のLS1は、送信点Txから放射上に広がり送信点Txから見た遮蔽物3の外郭線上の点OP1を通る直線である。
図2中のLS2は、受信点Rxから放射状に広がり受信点Rxから見た遮蔽物3の外郭線上の点OP2を通る直線である。直線LS1,及び直線LS2は、送信点Txから見た遮蔽物3の外郭線上,及び受信点Rxから見た遮蔽物3の外郭線上全体に渡る連続的又は離散的な点OP1,及び点OP2に対して得られる。
図2において、直線LS1及び直線LS2はその一部のみが描かれている。
【0024】
電波遮蔽損失算出方法では、直線LS1と直線LS2との交点IPの位置が算出される。そして、
図2に示されるように、複数の直線LS1,及びLS2に対して得られる交点IPの集合を外郭線とする領域が等価スクリーン領域ESCとして算出される。ここで交点IPが離散的である場合は、隣り合う2つの交点IPを適当な直線又は曲線で結ぶことで等価スクリーン領域ESCを算出する。ここで、交点IPの位置の算出は次のように行われる。
【0025】
図3は、交点IPの位置を算出する方法を説明するための概念図である。
図3は、送信点Tx、受信点Rx、及び交点IPを通る平面による遮蔽物3の断面(点線)を覗く図を示している。
図3中のaは、送信点Txから遮蔽物3までの距離である。
図3中のbは、受信点Rxから遮蔽物3までの距離である。
図3中のcは、遮蔽物3の厚みである。
図3中のhは、送信点Txと受信点Rxを通る直線から点OP1,及び点OP2までの高さである。ここで遮蔽物3は、厚みをもつ方向に高さhの変化はないとしている。距離a、距離b、厚みc、及び高さhは、遮蔽物3の形状の情報により与えられる値である。
【0026】
交点IPの位置は、遮蔽物3の送信点Tx側の面を基点とする交点IPの水平方向の距離xと、送信点Txと受信点Rxを通る直線を基点とする交点IPの垂直方向の高さyにより与えられる。
【0027】
図3に示すそれぞれの値について、辺の長さの比の関係から、次の関係式(1)が得られる。
【0028】
【0029】
式(1)より、交点IPの位置として距離x及び高さhが次の式(2)及び式(3)により算出される。
【0030】
【0031】
【0032】
2-2.電波遮蔽損失算出ステップ
本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法では、遮蔽物3が存在しないと仮定した場合に、PO法に基づく等価スクリーン領域ESCから放射される散乱波が受信点Rxに誘起する電界を、等価スクリーン領域ESCにより遮蔽される電界であるとして電波遮蔽損失が算出される。
【0033】
また本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法では、等価スクリーン領域をメッシュで分割し、メッシュ毎に散乱波の電界(以下「散乱電界」とも称する。)が算出される。そして、メッシュ毎の散乱電界をメッシュ全体で足し合わせることにより、受信点Rxにおける散乱電界(散乱波が受信点Rxに誘起する電界)を与えることで電波遮蔽損失が算出される。
【0034】
図4は、電波遮蔽損失算出ステップにおいて電波遮蔽損失を算出する手順を示すフローチャートである。
【0035】
ステップS200では、等価スクリーン領域ESCをメッシュで分割するメッシュ分割が行われる。
【0036】
ここで
図5に、等価スクリーン領域ESCのメッシュ分割を説明するための概念図を示す。等価スクリーン領域ESCを分割するメッシュは、
図5に示すように、例えば直角二等辺三角形である。あるいは等価スクリーン領域ESC全体を覆うことが可能な適当な図形であっても良い。メッシュのサイズは、電波4の波長λの0.1倍程度とする。
【0037】
それぞれのメッシュに対して、その空間上の位置の情報が与えられる。
図5では、メッシュの位置を送信点Txからメッシュまでの距離rmにより与えている。
【0038】
再度
図4を参照する。ステップS200を行った後、手順はステップS210に進む。
【0039】
ステップS210,ステップS220,及びステップS230の手順で、PO法に基づいて受信点Rxにおける散乱電界を算出する。ここで
図6に、PO法に基づいて受信点Rxにおける散乱電界を算出する場合のそれぞれの値を説明するための概念図を示す。
図6では、位置rmであるメッシュに対して電波遮蔽損失の算出を行う場合を示している。
【0040】
メッシュの位置rm及び受信点Rxの位置rを、
図6に示すように、送信点Txを基準点とする位置ベクトルにより与える。このとき、メッシュを始点、受信点Rxを終点とするベクトルはr-rmである。また
図6中のnは、等価スクリーン領域ESC上の単位法線ベクトルである。
【0041】
図6中の4mstは、電波4が位置rmのメッシュ上に誘起する等価面電流及び等価面磁流に伴ってメッシュから放射する散乱波である。
図6中のEi、Hi,及びkiは、それぞれ電波4により位置rmのメッシュに入射する電波の電界,磁界,及び波数ベクトルである。
図6中のEms,及びksは、それぞれ散乱波4mstの散乱電界、及び波数ベクトルである。
【0042】
再度
図4を参照する。ステップS210では、位置rmのメッシュ上に誘起する等価面電流J及び等価面磁流Mが算出される。等価面電流J及び等価面磁流Mは、それぞれ以下の式(4)及び式(5)により与えられる。
【0043】
【0044】
【0045】
ここで、Ev,及びEhは、電界Eiの、入射面垂直方向成分,及び水平方向成分である。Hv,及びHhは、磁界Hiの、入射面垂直方向成分,及び水平方向成分である。Rv,及びRhは、メッシュの位置rmにおける等価スクリーン領域ESCの、垂直偏波の反射係数,及び水平偏波の反射係数でありスカラーである。
【0046】
いま等価スクリーン領域ESCは、等価スクリーン算出ステップで算出した何ら物理量を持たない領域であるから、反射係数Rv,及びRhは0となる。よって、式(4)及び式(5)から、等価面電流J,及び等価面磁流Mは次の式(6)及び式(7)で与えられる。
【0047】
【0048】
【0049】
これら式(6)及び式(7)により、等価面電流J,及び等価面磁流Mが算出される。ここで、電界Ei,及び磁界Hiは、電波4の情報及び伝搬する空間の情報と、メッシュの位置rmにより算出される。単位法線ベクトルnは、等価スクリーン領域ESCにより与えられる。
【0050】
ステップS210を行った後、手順はステップS220に進む。
【0051】
ステップS220において、等価面電流J,及び等価面磁流Mに対する電気型ベクトルポテンシャルA,及び磁気型ベクトルポテンシャルBが算出される。
【0052】
電気型ベクトルポテンシャルA,及び磁気型ベクトルポテンシャルBは、等価面電流J,及び等価面磁流Mに伴う散乱波4mstがメッシュを開口面として放射されるとして、次の式(8)及び式(9)により算出される。電気型ベクトルポテンシャルA,及び磁気型ベクトルポテンシャルBは、位置rの関数である。
【0053】
【0054】
【0055】
ここで、eはネイピア数、jは虚数単位である。Smは、メッシュの領域を表し、式(8)及び式(9)における積分がメッシュの領域を積分範囲とする面積分であることを示す。
【0056】
ステップS220を行った後、手順はステップS230に進む。
【0057】
ステップS230において、位置rmのメッシュにおける散乱電界Emsが算出される。そしてメッシュ毎の散乱電界Emsをメッシュ全体で足し合わせることで、受信点Rxにおける散乱電界Esが算出される。
【0058】
一般にメッシュと受信点Rxとの距離|r-rm|は、電波4の波長λより十分大きい。またメッシュのサイズは前述するように波長λの0.1倍程度としている。よって散乱電界Emsは遠方界として、次の式(10)により算出される。散乱電界Emsは、位置rの関数である。
【0059】
【0060】
ここで、εは真空誘電率、μは真空透磁率、ηは波動インピーダンス、ωは電波4の角周波数である。ksnは、波数ベクトルksの方向を持つ単位ベクトルである。
【0061】
受信点Rxにおける散乱電界Esは、次の式(11)により算出される。散乱電界Esは、位置rの関数である。
【0062】
【0063】
ここで、aTH,及びaTEは、それぞれ送信機1の方位角方向放射パターン及び仰角方向放射パターンにより与えられるゲインである。aRH,aREはそれぞれ受信機2の方位角方向放射パターン及び仰角方向放射パターンにより与えられるゲインである。これらの放射パターンは、送信機1,及び受信機2の情報として与えられる。Cは、メッシュ全体の集合を表し、式(11)における和がメッシュ全体で計算されることを示している。
【0064】
ステップS230を行った後、手順はステップS240に進む。
【0065】
ステップS240において、受信点Rxの位置rにおける散乱電界Esが等価スクリーン領域ESCにより遮蔽される電界であるとして、次の式(12)が電波遮蔽損失として算出される。
【0066】
【0067】
さらに、受信点Rxにおいて受信する電波の電力レベルが次の式(13)により算出されても良い。
【0068】
【0069】
ここでEfreeは、遮蔽物3が存在しない空間において、受信点Rxが受信する電波4の電界である。電界Efreeは、送信機1の情報と、受信機2の情報と、電波4の情報と、伝搬する空間の情報から算出される。
【0070】
3.電波遮蔽損失算出装置
本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法は、以下に示す電波遮蔽損失算出装置により実行される。
【0071】
3-1.構成例
図7は、本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出装置10の構成例を示すブロック図である。電波遮蔽損失算出装置10は、典型的には、各種情報処理を行うコンピュータである。電波遮蔽損失算出装置10は、メモリ11と、プロセッサ12とを備えている。電波遮蔽損失算出装置10は、電波が伝搬する環境を示す伝搬環境情報が入力として与えられ、電波遮蔽損失を出力する。
【0072】
伝搬環境情報は、送信機1の情報と、受信機2の情報と、遮蔽物3の情報と、伝搬する空間の情報を含んでいる。送信機1の情報は、少なくとも送信点Txの位置と、送信機1の方位角方向及び仰角方向それぞれの放射パターンと、送信機1が放射する電波4の情報(電界、磁界、及び波数ベクトル)を含んでいる。受信機2の情報は、少なくとも受信点Rxの位置と、受信機2の方位角方向及び仰角方向それぞれの放射パターンを含んでいる。伝搬する空間の情報は、少なくとも誘電率と、透磁率を含んでいる。
【0073】
電波遮蔽損失算出装置10は、通信システムを構築する為の事前の調査を目的として、電波伝搬シミュレーション装置(例えばレイトレーシングを用いたシミュレーション装置)の一部として適用されても良いし、通信システムを運用している間に存在する遮蔽物3の影響を評価する評価装置として適用されても良い。
【0074】
伝搬環境情報は、電波遮蔽損失算出装置10がシミュレーション装置として適用される場合、シミュレーション条件として予め与えられる。一方で電波遮蔽損失算出装置10が通信システムを運用している間の評価装置として適用される場合は、送信機1、受信機2、及び伝搬する空間に関する情報は既知の情報として予め与えられ、遮蔽物3に関する情報はカメラ,レーダー等のセンサ装置により検出された値が与えられる。
【0075】
メモリ11は、データを一時的に記憶するRAM(Random Access Memory)と、プロセッサ12で実行可能な制御プログラムや制御プログラムに関連する種々のデータを記憶するROM(Read Only Memory)とを含んでいる。電波遮蔽損失算出装置10に与えられる伝搬環境情報は、メモリ11に記憶される。
【0076】
プロセッサ12は、電波遮蔽損失算出プログラムPGMを実行し、メモリ11から読みだす電波環境情報に基づいて電波遮蔽損失を算出する。ここで電波遮蔽損失算出プログラムPGMは、
図7に示されるように、メモリ11に記憶され、プロセッサ12は、メモリ11から電波遮蔽損失算出プログラムPGMを読み出して実行する。あるいは、電波遮蔽損失算出装置10が図示されないネットワークに接続され、ネットワークを介して電波遮蔽損失算出プログラムPGMが電波遮蔽損失算出装置10に提供されることで、プロセッサ12は、電波遮蔽損失算出プログラムPGMを実行しても良い。
【0077】
3-2.電波遮蔽損失算出プログラム
図8は、プロセッサ12が電波遮蔽損失算出プログラムPGMの実行により行う処理を示すブロック図である。プロセッサ12は、電波遮蔽損失算出プログラムPGMの実行により、等価スクリーン算出処理PRC1と、電波遮蔽損失算出処理PRC2とを行う。
【0078】
等価スクリーン算出処理PRC1において、プロセッサ12は、前述する等価スクリーン算出ステップにおいて示されるように、送信点Txの位置と、受信点Rxの位置と、遮蔽物3の位置及び形状の情報から等価スクリーン領域ESCを算出する。送信点Txの位置、受信点Rxの位置、及び遮蔽物3の位置及び形状の情報は、伝搬環境情報により与えられる。
【0079】
電波遮蔽損失算出処理PRC2において、プロセッサ12は、前述する電波遮蔽損失算出ステップにおいて示されるように、伝搬環境情報及び等価スクリーン領域ESCに基づいて電波遮蔽損失を算出する。
【0080】
電波遮蔽損失算出処理PRC2においてプロセッサ12が実行する処理は、
図4に示すフローチャートと同一である。従って、ここでの説明は省略する。
【0081】
4.効果
以上説明したように、本実施の形態に係る電波遮蔽損失算出方法,及び電波遮蔽損失算出装置では、等価スクリーン算出ステップ(等価スクリーン算出処理PRC1)で遮蔽物3の厚みを考慮した等価スクリーン領域ESCが算出される。そして電波遮蔽損失算出ステップ(電波遮蔽損失算出処理PRC2)で、遮蔽物3ではなく等価スクリーン領域ESCにより電波4が遮蔽されるとして、PO法に基づいて電波遮蔽損失が算出される。これにより、遮蔽物3の厚みを考慮した電波遮蔽損失を算出することができ、遮蔽物3の厚みが大きい場合であっても電波遮蔽損失を高い精度で計算することができる。
【符号の説明】
【0082】
1 送信機
2 受信機
3 遮蔽物
10 電波遮蔽損失算出装置
11 メモリ
12 プロセッサ
PGM 電波遮蔽損失算出プログラム
PRC1 等価スクリーン算出処理
PRC2 電波遮蔽損失算出処理
ESC 等価スクリーン領域
Tx 送信点
Rx 受信点
OP1 送信点から見た遮蔽物の外郭線上の点
OP2 受信点から見た遮蔽物の外郭線上の点
LS1 送信点と点OP1を通る直線
LS2 受信点と点OP2を通る直線
IP 直線LS1と直線LS2の交点