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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022037023
(43)【公開日】2022-03-08
(54)【発明の名称】有機鉛化合物の量を低下させる方法
(51)【国際特許分類】
   C07B 63/02 20060101AFI20220301BHJP
   C07C 31/125 20060101ALI20220301BHJP
   C07C 29/88 20060101ALI20220301BHJP
   C07F 7/08 20060101ALI20220301BHJP
   A62D 3/176 20070101ALI20220301BHJP
   C07F 7/26 20060101ALI20220301BHJP
   A62D 101/24 20070101ALN20220301BHJP
【FI】
C07B63/02 Z
C07C31/125
C07C29/88
C07F7/08 W
A62D3/176
C07F7/26
A62D101:24
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021195331
(22)【出願日】2021-12-01
(62)【分割の表示】P 2021546379の分割
【原出願日】2021-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2020086205
(32)【優先日】2020-05-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(74)【代理人】
【識別番号】100145713
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 竜太
(74)【代理人】
【識別番号】100136939
【弁理士】
【氏名又は名称】岸武 弘樹
(74)【代理人】
【識別番号】100087893
【弁理士】
【氏名又は名称】中馬 典嗣
(72)【発明者】
【氏名】本田 祥太
(72)【発明者】
【氏名】西山 聖
(72)【発明者】
【氏名】磯村 武範
(57)【要約】      (修正有)
【課題】有機化合物中の除去が困難である鉛成分を工業的に効率良く除去することが可能な、有機化合物の精製方法を提供する。
【解決手段】有機鉛化合物の量を低下させる方法であって、前記有機鉛化合物に紫外線を照射することにより前記有機鉛化合物の化学形態を変化させる工程を含む、方法とする。好ましくは、前記有機鉛化合物が有機溶媒に溶解している状態で、前記有機鉛化合物に紫外線を照射する、方法とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機鉛化合物の量を低下させる方法であって、
前記有機鉛化合物に紫外線を照射することにより、前記有機鉛化合物の化学形態を変化させる工程を含む、方法。
【請求項2】
前記有機鉛化合物が有機溶媒に溶解している状態で、前記有機鉛化合物に紫外線を照射する、請求項1に記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機鉛化合物の量を低下させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機合成によって合成される有機化合物の中には、電子材料や医薬品原体として用いられるものが多くある。これらの用途において、不純物の含有量は厳しい管理が要求されており、例えば、電子材料や医薬品原体における金属不純物の含有量としては質量基準でppbレベルが、特に最先端の半導体の製造に用いられる有機化合物においては、質量基準でサブppbレベルの含有量であることが要求されている。
【0003】
有機化合物の合成においては、有機金属化合物を用いた反応が広く用いられているが、上記有機金属化合物を用いた反応においては、用いる金属中に微量の金属不純物が含まれていることが多く、製造された有機化合物中にこれらの金属不純物が含有される。一般的に混入する金属不純物としては、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム、鉄、亜鉛、ニッケル、銅等が挙げられる。このため、有機化合物を製造した後、種々の精製方法によって含有する金属不純物を除去している。このような有機化合物の精製方法としては、蒸留や分液操作等が一般的に知られている。また、金属不純物の除去方法としては、酸洗浄、イオン交換樹脂による洗浄、キレート樹脂による洗浄、活性炭による洗浄が用いられている。除去すべき対象となる金属不純物の除去効率等を勘案して上記の精製操作を組み合わせることにより、有機化合物の精製が行われている。
【0004】
例えば、有機合成によく用いられるグリニャール反応では、有機ハロゲン化物と金属マグネシウムより、有機マグネシウムハライド化合物(グリニャール試薬)を製造し、反応を行うことがある。この時、金属マグネシウム中に鉛等の微量の金属不純物が含有している。そこで、グリニャール反応によって製造された有機化合物中の金属不純物の除去方法として、グリニャール試薬を用いて製造された鉛成分を含む有機化合物に、ヨウ素等のハロゲンを接触させたのちに水洗等の洗浄工程を経ることで、鉛の含有量を質量基準で3~10ppb程度に低減する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-128630号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1記載の方法により、有機化合物中の鉛の含有量を質量基準でppbレベルまで除去することが可能である。しかしながら、上記特許文献1の方法は、有機化合物とハロゲンとを接触させるため、有機化合物の種類によっては、ハロゲンとの副反応が生じる場合があり、品質を低下させる可能性があるため、副反応が生じない鉛成分の除去方法が望まれていた。さらに上記特許文献1記載の方法では、さらなる高純度、すなわち鉛の含有量が質量基準でサブppbのレベルまで除去することが困難であることが本発明者らの検討によって判明した。
【0007】
さらに、上記鉛成分を含む有機化合物、特に上記グリニャール試薬によって製造した有機化合物中の鉛成分を除去する方法として、イオン交換樹脂やキレート樹脂等、上記の除去方法や、上記特許文献1記載の方法と他の方法を単独および複数組み合わせた場合においても鉛の含有量を質量基準でサブppbレベルまで除去するのは困難であることも本発明者らの検討によって判明した。従って、本発明の目的は、有機化合物中の除去が困難である鉛成分を工業的に効率良く除去することが可能な、有機化合物の精製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。まず最初に、グリニャール試薬によって製造した有機化合物中に含有される鉛成分について分析を行ったところ、該有機化合物中に含有される鉛成分は、鉛単体、或いは塩化鉛等の無機塩の状態の他に、有機化合物に鉛が結合した有機鉛化合物の状態で存在していることが示唆された。さらに、これらの鉛成分を含有する有機化合物に対し、イオン交換樹脂、キレート樹脂、及び活性炭等の精製処理を行った結果、鉛単体、或いは塩化鉛等の無機塩は効率的に除去できるものの、有機鉛化合物については除去が困難であることが判明した。
【0009】
上記の知見を元に本発明者らは、有機鉛化合物を効率的に除去する方法を検討した結果、鉛成分を含有する有機化合物に紫外線を照射し、次いで上記の精製操作を用いることによって効率良く鉛の含有量を質量基準でサブppbレベルまで除去できることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち第一の本発明は、不純物として、鉛成分を含む有機化合物より、鉛の含有量が低下した有機化合物を得る、有機化合物の精製方法であって、前記鉛成分を含む有機化合物に紫外線を照射した後、該有機化合物中の鉛成分を除去する有機化合物の精製方法である。
【0010】
上記第一の本発明は、以下の態様を好適に採り得る。
1)前記鉛成分が、有機鉛化合物を含むこと。
2)前記有機化合物が、有機ケイ素化合物であること。
3)前記鉛成分を含む有機化合物を有機溶媒に溶解せしめ、次いで、該有機溶媒に溶解せしめた有機化合物に紫外線を照射すること。
4)前記有機溶媒に溶解せしめた前記鉛成分を含む有機化合物の濃度が、0.01~1.0質量%であること。
5)前記紫外線の波長が210~350nmであること。
6)前記鉛成分を含む有機化合物に照射する紫外線の積算光量が、0.1~100J/cmであること。
7)前記有機溶媒の、前記鉛成分を含む有機化合物に照射する紫外線の波長におけるモル吸光係数が、100L・mol-1・cm-1以下であること。
8)前記鉛成分を除去する方法が、前記紫外線を照射した後の前記有機溶媒に溶解せしめた有機化合物と水とを接触させ、次いで水層を除去する方法であること。
9)前記鉛成分を除去する方法が、前記紫外線を照射した後の前記有機溶媒に溶解せしめた有機化合物と吸着剤とを接触させる方法であること。
【0011】
また、第二の本発明は、上記第一の本発明に記載の有機化合物の精製方法により、前記有機化合物を精製することを含む有機化合物の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の有機化合物の精製方法によれば、不純物として、鉛成分を含有する有機化合物中の鉛の含有量を質量基準でサブppbレベルまで低減することができる。このように、本発明の有機化合物の精製方法により、有機化合物中の鉛の含有量を高度に低減できる理由について詳細は不明であるが、本発明者らは以下のとおり推測している。すなわち、上記のとおり、該有機化合物中に含有される鉛成分としては、鉛単体、或いは塩化鉛等の無機塩の状態の他に、有機化合物に鉛が結合した有機鉛化合物の状態で存在している場合がある。特に有機金属化合物を調製して製造された有機化合物中には、有機金属化合物の調製時に用いられる金属中に鉛が含有していることが多く、反応によって有機化合物に鉛が結合した有機鉛化合物が含有する傾向にあるものと推測される。
【0013】
上記のイオン交換樹脂、キレート樹脂、及び活性炭等の方法は、比較的低分子で分子サイズの小さい鉛単体、或いは鉛の無機塩については、これらを吸着することにより除去が可能である一方、分子サイズの大きな有機鉛化合物については、除去効果が低いものと推測される。本発明の有機化合物の精製方法では、有機鉛化合物等の鉛成分を含有する有機化合物に紫外線を照射することにより、有機鉛化合物の炭素と鉛の結合が切断される等、化学形態が変化しているものと推測される。化学形態が変化した後の鉛成分は、溶媒中でイオン性の化学形態に変化しており、その結果、イオン交換樹脂、キレート樹脂、及び活性炭等の方法によって鉛成分を除去することが可能になったものと推測している。
【0014】
本発明の有機化合物の精製方法における有機化合物中の鉛成分を除去する方法は、紫外線照射と他の除去方法を組み合わせた方法であり、工業的に簡便な方法で、効率良く有機化合物中の鉛の含有量を低減させることが可能であり、産業上の利用可能性が極めて高い。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0016】
本実施形態の有機化合物の精製方法は、不純物として、鉛成分を含む有機化合物に紫外線を照射した後、該有機化合物中の鉛成分を除去することが特徴である。以下本実施形態の有機化合物の精製方法について詳述する。
【0017】
(鉛成分を含む有機化合物)
本実施形態の有機化合物の精製方法において用いられる、鉛成分を含有する有機化合物とは、有機化合物中に鉛成分を不純物として含有するものであり、特にその構造は制限されない。本明細書及び特許請求の範囲において「不純物として含有する」とは、有機化合物に対する当該不純物の含有量が質量換算で1%以下であることを示す。ここで上記有機化合物とは、本実施形態の有機化合物の精製方法により鉛成分を除去する対象となる化合物を示し、後述するとおり、有機化合物を有機溶媒に溶解させる場合もあるが、この場合、不純物の含有量の基準としての有機化合物に上記有機溶媒は含まれない。上記のとおり、有機化合物中に含有される鉛成分の形態としては、鉛単体、或いは塩化鉛等の無機塩の状態の他に、有機化合物に鉛が結合した有機鉛化合物の状態が挙げられる。本実施形態の有機化合物の精製方法においてこれらの形態が単独、あるいは混合物の状態で含有している有機化合物のいずれも好適に用いることができるが、本実施形態の有機化合物の精製方法による鉛成分の除去効果が高い点で、有機鉛化合物を含むことが好ましい。
【0018】
また、本実施形態の有機化合物の精製方法における有機化合物中の鉛成分の除去効率の観点から、該有機化合物中の鉛の含有量は質量換算で1ppb~1000ppmであることが好ましく、10ppb~100ppmであることがより好ましく、10ppb~1ppmであることが特に好ましい。有機化合物中の鉛の含有量が上記の範囲を超える場合、前記公知の方法等により、予め鉛の含有量を低減させてから本実施形態の有機化合物の精製方法を用いても良い。有機化合物中の鉛の含有量はICP-OESやICP-MSの方法により分析することができる。
【0019】
有機化合物に鉛成分が含有される場合として具体的には、有機マグネシウム化合物(一般に、グリニャール試薬として知られる)や、有機銅リチウム化合物、有機亜鉛化合物、有機希土類化合物、有機鉛化合物等の有機金属化合物を用いて製造された有機化合物が挙げられる。特に金属単体を用いて有機金属化合物を製造し、製造に用いる場合には、金属単体中に不純物として鉛成分が含まれる傾向にある。本実施形態の有機化合物の精製方法は、上記有機金属化合物を製造して製造を行った有機化合物についても好適に用いることができる。
【0020】
また、本実施形態の有機化合物の精製方法を用いる有機化合物として、炭素-ケイ素結合を有する有機ケイ素化合物を用いることも可能である。有機ケイ素化合物の一種であるカルボシラン化合物等は、グリニャール試薬を用いて合成することができるが、前述のとおり、製造工程にて鉛成分が金属不純物として混入しやすいため、本実施形態の有機化合物の精製方法を用いることが好適である。
【0021】
(紫外線)
本実施形態の有機化合物の精製方法において、上記鉛成分を含む有機化合物に紫外線を照射する。紫外線を照射することによって、有機鉛化合物の炭素と鉛の結合が切断される等、化学形態が変化するものと推測される。従って、鉛成分を含む有機化合物に照射する紫外線の波長としては有機鉛化合物の鉛と炭素の結合エネルギーを勘案して適宜決定すれば良い。紫外線の波長としては、210~350nmの範囲であることが好ましい。
【0022】
効率的に鉛成分を除去できる点から、鉛成分を含む有機化合物に照射する紫外線の波長として具体的には、210~350nmの範囲にあることが好ましく、220~320nmの範囲であることがより好ましく、240~300nmの範囲であることが特に好ましい。350nm以上の波長では、有機鉛化合物に由来する吸収をもたないために、反応が起こりにくく、鉛成分の除去効果が低下する傾向にある。一方、210nmより短い波長では、有機化合物の吸収による副反応が生じやすい傾向にある。
【0023】
また、本実施形態の有機化合物の精製方法における紫外線照射量は、積算光量で規定される。積算光量は有機化合物中の鉛の含有量に合わせて適宜調整すればよく、0.1J/cm~100J/cmの範囲であることが好ましく、1J/cm~80J/cmの範囲であることがより好ましく、10J/cm~60J/cmの範囲であることが特に好ましい。
【0024】
積算光量は、紫外線の強度と照射時間の積で求めることができる。従って、照射する紫外線の強度及び照射時間は、積算光量が上記範囲となるように適宜設定すればよい。
【0025】
紫外線を照射する装置としては、紫外線を発する光源であれば、特に制限されず、紫外線蛍光ランプ、水銀ランプ、重水素ランプ、紫外線LED、紫外線レーザーなどを用いることができる。
【0026】
また、紫外線の照射方法としては、上記鉛成分を含む有機化合物を固体状態のまま照射しても良いし、或いは、該有機化合物を有機溶媒に溶解させた後に紫外線を照射しても良い。該有機化合物への紫外線照射が効率良く行える点、及び紫外線照射の後の鉛成分を除去する際に効率良く行えることから、上記有機化合物を有機溶媒に溶解させた後に紫外線を照射することが好ましい。上記有機化合物を有機溶媒に溶解させた後に紫外線を照射する場合、紫外線の透過性が高い石英製容器に有機化合物溶液を加え、そこに紫外線を照射することが好ましい。
【0027】
(有機溶媒)
上記鉛成分を含む有機化合物を溶解させる有機溶媒について、対象の有機化合物を溶解せしめる溶媒であれば、特に制限はないが、紫外線照射による効果が高い点から、照射する紫外線の透過性が高い有機溶媒、すなわち、照射する紫外線の波長に吸収を有しない有機溶媒を用いることが好ましい。具体的には、照射する紫外線の波長におけるモル吸光係数εが、100L・mol-1・cm-1以下であることが好ましく、50L・mol-1・cm-1以下であることがより好ましく、10L・mol-1・cm-1以下であることが特に好ましい。上記モル吸光係数εは小さい程好ましく、下限値は0であることが好ましいが、モル吸光係数εが0.001L・mol-1・cm-1であれば十分である。かかる有機溶媒として具体的に例示すれば、波長が210nm以上220nm以下である紫外線の透過性の高い溶媒としては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタンなどの脂肪族炭化水素系溶媒;アセトニトリル、プロピオニトリルなどのニトリル系溶媒;メタノール、エタノール、プロパノールなどの脂肪族低級アルコール系溶媒などが挙げられる。波長が220nm以上250nm以下である紫外線の透過性の高い溶媒としては、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジイソプロピルエーテルなどのエーテル系溶媒;クロロホルム、ジクロロメタンなどの塩素系溶媒などが挙げられる。波長が250nm以上310nm以下である紫外線の透過性の高い溶媒としては、ベンゼン、トルエンなどの芳香族系溶媒;酢酸エチル、酢酸プロピルなどのエステル系溶媒などが挙げられる。
【0028】
有機溶媒に溶解せしめる鉛成分を含む有機化合物の濃度は、紫外線照射の効果および後処理の操作性の観点から、0.01~10質量%の範囲とすることが好ましく、0.01~1.0質量%の範囲とすることがより好ましい。
【0029】
有機溶媒に溶解せしめた鉛成分を含む有機化合物に紫外線を照射する際の温度については特に制限されず、該有機化合物および有機溶媒が安定な温度で適宜設定すれば良く、通常0~30℃の範囲で適宜設定すれば良い。
【0030】
(添加剤)
鉛成分を含む有機化合物を有機溶媒に溶解せしめた後、紫外線を照射する場合、紫外線照射による効果を高める点で他の成分を添加しても良い。添加する他の成分として具体的には、ベンゾフェノン、アントラセン、カンファーキノン等の光増感剤等が挙げられる。また、有機化合物が(メタ)アクリル基、ビニル基、エポキシ基等の重合性基を有する場合、ジブチルヒドロキシトルエン、ベンゾキノン等の重合禁止剤を添加してもよい。これらの添加剤の添加量は、所望する効果を勘案して適宜決定すれば良いが、光増感剤であれば、鉛成分を含む有機化合物1質量部あたり、0.01~1質量部の範囲で、重合禁止剤であれば、鉛成分を含む有機化合物1質量部あたり、0.01~1質量部の範囲で用いれば良い。
【0031】
(鉛成分の除去方法)
本実施形態の有機化合物の精製方法では、鉛成分を含む有機化合物に紫外線を照射した後、鉛成分を除去する。鉛成分の除去方法としては、特に制限されず公知の除去方法を用いることができる。除去方法として具体的には、水や酸による洗浄、ろ過、該有機化合物をイオン交換樹脂、キレート樹脂、活性炭等の吸着剤と接触させる方法等が挙げられる。これらの除去方法は、1回の操作で鉛成分を十分に除去することが可能であるが、所望する鉛の含有量に応じてこれらの操作を組み合わせて実施しても良い。以下、紫外線照射後の鉛成分の除去方法について説明する。
【0032】
(水による洗浄)
鉛成分を含む有機化合物を溶解せしめる有機溶媒として、炭化水素系溶媒、エーテル系溶媒、塩素系溶媒などの水と分液する有機溶媒を選択した場合、紫外線照射後の有機化合物を含有する溶液と水とを接触させて、次いで水層を除去することにより、有機化合物中の鉛成分を除去することが可能である。このとき、鉛成分の水への溶解性を上げるために、硝酸や塩酸などの希酸を使用してもよい。希酸を用いる場合、酸の濃度は0.001~1mol/Lの範囲で用いれば良い。
【0033】
上記有機化合物に溶解せしめた鉛成分を含む有機化合物と水を接触させる際の温度については特に制限されず、該有機化合物および有機溶媒が安定な温度で適宜設定すれば良く、通常0~30℃の範囲で適宜設定すれば良い。
【0034】
(ろ過)
鉛成分が無機塩として沈殿した場合には、ろ過操作で鉛成分を系外に除くことができる。紫外線照射後の有機化合物を含有する溶液を、フィルターやろ紙を用いてろ過操作を行い、ろ液を回収することで、鉛成分を低減させた有機化合物溶液を得ることができる。
【0035】
(吸着剤処理)
紫外線照射後の有機化合物を含有する溶液を吸着剤と接触させることで、有機化合物中の鉛成分を吸着剤に吸着せしめて除去することも可能である。鉛成分を除去するための吸着剤としては、公知の金属処理で使用される活性炭、イオン交換樹脂、キレート樹脂、合成吸着剤を用いることができる。活性炭は粒状、粉末状、繊維状のいかなる形状のものを用いてもよく、原料はヤシ殻などの天然物由来、合成樹脂由来のものでよく、前処理として150~250℃での加熱減圧乾燥を行うことが好ましい。活性炭による鉛成分を含む有機化合物溶液の処理においては、バッチ処理、カラム処理ともに適用することが可能である。バッチ処理においては、具体的には紫外線を照射した有機化合物溶液に1~15質量%の活性炭を添加し、0~30℃の液温度で0.5~48時間の撹拌・振とうを行った後にろ過により活性炭を除去することで、鉛成分を低減させた有機化合物溶液を得ることができる。カラム処理においては、具体的にはPTFE、PFA、ガラスなどの筒状容器に有機化合物を溶解せしめた有機溶媒で活性炭を充填したのち、空間速度1~50h-1で紫外線を照射した有機化合物溶液を液温度0~30℃で通液することで、鉛成分を低減させた有機化合物溶液を得ることができる。
【0036】
イオン交換樹脂は陽イオン交換樹脂を用いることができ、強酸性、弱酸性、ゲル型、ポーラス型のいかなる陽イオン交換樹脂を用いてよい。キレート樹脂は公知の金属処理で用いられるキレート樹脂を用いることができ、具体的な例としては、イミノ二酢酸型、ニトリロ三酢酸型、エチレンジアミン四酢酸型、ジエチレントリアミン五酢酸型、トリエチレンテトラミン六酢酸型、などが挙げられる。合成吸着剤はポリスチレン型、ポリメタクリル酸型のものを用いてよく、具体的な例としては、スチレンージビニルベンゼン共重合体、エチルスチレンージビニルベンゼン共重合体、メタクリル酸メチル-エチレングリコールジメタクリレート共重合体などが挙げられ、スチレンのベンゼン環に臭素などのハロゲンが置換されたものを用いてもよい。イオン交換樹脂、キレート樹脂、合成吸着剤の前処理としては、公知の方法で処理したのちに、最終工程で有機化合物を溶解する有機溶媒で樹脂中の溶媒を置換することが好適である。イオン交換樹脂、キレート樹脂、合成吸着剤による鉛成分を含む有機化合物溶液の処理においては、バッチ処理、カラム処理ともに適用することが可能であり、具体的には上記の活性炭処理と同様の操作で鉛成分を低減させた有機化合物溶液を得ることができる。
【0037】
(その後の処理)
上記本実施形態の有機化合物の精製方法を行うことで、鉛成分を含有する有機化合物中の鉛の含有量を大幅に低減させることが可能であり、質量基準でサブppbレベルまで低減することも可能である。従って、本実施形態の有機化合物の精製方法を用いて有機化合物を製造することで得られる有機化合物は高純度であり、電子材料や医薬品原体等の用途に用いることができる。有機化合物の化学純度を向上させる場合には、再結晶やカラムクロマトグラフィー等、公知の精製操作を行い、純度を向上させることも可能である。鉛成分を含有する有機化合物がカルボシラン化合物である場合、本実施形態の有機化合物の精製方法を用いて鉛成分を除去した後、公知の方法にて重縮合させることで、鉛の含有量が高度に低減されたポリカルボシラン化合物を製造することができる。
【0038】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されず、本発明の趣旨の範囲内で、上記の実施形態を適宜変更してもよい。
【実施例0039】
以下に実施例を挙げて本発明をより詳細に述べるが、本発明はこれらの実施例に何ら制限されるものではない。
【0040】
(合成例1)
塩化鉛18.1g(65mmol)をテトラヒドロフラン60mLに分散させ、窒素を通気して系内を置換し、5℃に冷却した。3mmol/Lメチルマグネシウムクロリドのテトラヒドロフラン溶液72mL(215mmol)を滴下ロートで滴下した。次いで、(クロロメチル)トリメチルシラン8.0g(65mmol)をテトラヒドロフラン60mLに溶解させた溶液を滴下し、滴下完了後に室温に昇温後25分間撹拌した。水100mLを加えて残存するメチルマグネシウムクロリドを反応させたのち、テトラヒドロフランを減圧留去した。底に分液した有機相を回収し、水で洗浄して、(トリメチルプルンビル)(トリメチルシリル)メタンの粗体15gを得た。シリカゲルを充填剤としたカラムクロマトグラフィーで精製を行い、(トリメチルプルンビル)(トリメチルシリル)メタン 13g(38mmol、収率58%、ガスクロマトグラフィー純度99%)を得た。
【0041】
(実施例1)
合成例1で得られた(トリメチルプルンビル)(トリメチルシリル)メタンをアセトニトリルに溶解させて、1.0質量%アセトニトリル溶液を調製した。溶液3mLを石英製試験管(φ12×90mm、容量5mL)に加え、254nm紫外線ランプ(アズワン社製ハンディーUVランプ SLUV-8)を用いて、紫外線を4時間照射した。このときの、積算光量は43J/cmであった。照射後、0.45umPTFEフィルターでろ過を行い、鉛成分を除去した。得られたろ液をGC/MSで測定して鉛除去率を算出したところ、28%であった。
【0042】
なお、実施例1~6において鉛の除去率は、GC/MS(アジレント・テクノロジー社製7890B-5977B)により測定した。ガスクロマトグラフィーのカラムはジメチルポリシロキサンカラム、キャリアガスはヘリウムを使用した。注入口温度を280℃とし、オーブン温度を40℃から340℃まで昇温させて測定を実施した。注入量は1μLとした。得られたクロマトグラム上で(トリメチルプルンビル)(トリメチルシリル)メタンのピークの面積値を求め、鉛の除去率は以下のとおり求めた。
【0043】
鉛除去率(%)=100×{1-(処理後のピークの面積値)/(紫外線照射前のピークの面積値)}
【0044】
(実施例2)
アセトニトリルの代わりに、ヘキサンを用いて実施例1と同様の操作を行った結果、除去率は22%であった。
【0045】
(実施例3)
(トリメチルプルンビル)(トリメチルシリル)メタンの濃度を0.1質量%にした以外は実施例1と同様の操作を行った結果、除去率は98%であった。
【0046】
(実施例4)
(トリメチルプルンビル)(トリメチルシリル)メタンの濃度を0.01質量%にした以外は実施例1と同様の操作を行った結果、除去率は100%であった。
【0047】
(実施例5)
ランプの波長を312nmにした以外は実施例1と同様の操作を行った結果、除去率は48%であった。
【0048】
(実施例6)
ランプの波長を365nmにした以外は実施例1と同様の操作を行った結果、除去率は3%であった。
【0049】
上記実施例1~6の結果を表1に示した。
【0050】
【表1】
【0051】
(合成例2)
マグネシウム3.65g(150mmol)をジエチルエーテル40mLに分散させ、窒素を通気して系内を置換した。臭化n-ブチル20.6g(150mmol)のジエチルエーテル溶液35mLをゆっくりと滴下し、n-ブチルマグネシウムブロミド溶液を調製した。そこに、氷浴下でギ酸エチル5.55g(75mmol)のジエチルエーテル溶液10mLをゆっくりと滴下し、滴下が終了したら、氷浴を取り除き、さらに10分間反応させた。そこに、水10mLを還流が起こる程度の速さで加えたのち、冷希硫酸(0.2%)40mLを添加した。エーテル相を回収し、常圧でエーテルを留去させたのち、15%水酸化カリウム水溶液7.5mLを加え、3時間加熱還流させた。有機相を回収し、無水炭酸カリウムで乾燥させたのち、乾燥剤をろ別した。エーテルを留去し、5-ノナノール9.0g(62mmol、収率83%、ガスクロマトグラフィー純度98%)を得た。鉛含有量を分析したところ、含有量は48ppbであった。
【0052】
なお、以下の実施例において、有機化合物中の鉛の除去率は、ICP-MSにより以下の方法により測定した。
【0053】
(鉛除去率の測定方法)
有機化合物を溶解させた有機溶媒溶液1mLをテフロン(登録商標)製の容器に添加して、ホットプレートで加熱を行い、有機溶媒を揮発させた。そこに、超純水1mL、硝酸(60%)3mLとフッ化水素酸(50%)2mLを滴下して、加熱を行い、湿式分解を行ったのち、さらに加熱を続け、乾固させた。有機化合物が完全分解するまで、湿式分解と乾固を繰り返したのち、残存した鉛成分を硝酸(60%)0.2mLで回収したのち、20mLにメスアップした液を測定溶液とした。測定溶液中の鉛濃度をICP-MS(アジレント・テクノロジー社製 ICP-MS7900)で定量し、鉛の除去率は以下のとおり求めた。
【0054】
鉛除去率(%)=100×{1-(処理後の鉛濃度)/(紫外線照射前の鉛濃度)}
【0055】
(実施例7)
合成例2で得られた5-ノナノールをヘキサンに溶解させて、1.0質量%ヘキサン溶液を調製した。溶液3mLを石英製試験管(φ12×90mm、容量5mL)に加え、254nm紫外線ランプ(アズワン社製ハンディーUVランプ SLUV-8)を用いて、紫外線を2時間照射した。このときの紫外線強度は3mW/cmであり、積算光量は22J/cmであった。照射後、水を3mL加えよく撹拌したのち、水相を除去する水洗操作を実施した。水洗操作を計3回行ったのち、前述した方法で鉛含有量を分析したところ、鉛含有量は12ppbであり、鉛除去率を算出したところ、75%であった。
【0056】
(比較例1)
実施例7と同様の溶液を調製した後、紫外線照射を行わずに、水洗操作のみを行った結果、除去率は0%であった。
【0057】
(比較例2)
実施例7と同様の操作で紫外線照射を行った後、水洗操作を行わなかった結果、除去率は1%であった。
【0058】
(実施例8)
積算光量を11J/cmにした以外は、実施例7と同様の操作を行った結果、鉛含有量は22ppb、鉛除去率は54%であった。
【0059】
(実施例9)
積算光量を2J/cmにした以外は、実施例7と同様の操作を行った結果、鉛含有量は44ppb、鉛除去率は8%であった。
【0060】
(実施例10)
5-ノナノールの濃度を0.1質量%にした以外は、実施例7と同様の操作を行った結果、鉛含有量は2ppb、鉛除去率は95%であった。
【0061】
(実施例11)
5-ノナノールの濃度を0.01質量%にした以外は、実施例7と同様の操作を行った結果、鉛含有量は0.9ppb、鉛除去率は98%であった。
【0062】
(実施例12)
溶解させる有機溶媒をクロロホルムに変更した以外は、実施例7と同様の操作を行った結果、鉛含有量は8ppb、鉛除去率は84%であった。
【0063】
(実施例13)
紫外線ランプの波長を312nmに変更した以外は、実施例7と同様の操作を行った結果、含有量は30ppb、除去率は38%であった。
【0064】
(実施例14)
紫外線ランプの波長を365nmに変更した以外は、実施例7と同様の操作を行った結果、含有量は46ppb、除去率は4%であった。
【0065】
(実施例15)
合成例2で得られた5-ノナノールをジイソプロピルエーテル(DIPE)に溶解させて、1.0質量%ジイソプロピルエーテル溶液を調製した。溶液30mLを石英製試験管(φ22×200mm、容量50mL)に加え、254nm紫外線ランプ(アズワン社製ハンディーUVランプ SLUV-8)を用いて、紫外線を2時間照射した。このときの紫外線強度は3mW/cmであり、積算光量は22J/cmであった。照射後の溶液を、イミノ二酢酸型のキレート樹脂を500mg充填したカラムに通液した。得られた溶液を前述した方法で鉛含有量を分析したところ、鉛含有量は0.9ppbであり、鉛除去率は、98%であった。
【0066】
(実施例16)
実施例15と同様の操作で紫外線照射を行った溶液に、粒状活性炭の白鷺WG-H(大阪ガスケミカル株式会社)を5質量%加えて24時間振とうしたのちにろ過で活性炭を除去した。得られたろ液を前述した方法で鉛含有量を分析したところ、鉛含有量は4ppbであり、鉛除去率は、91%であった。
【0067】
(比較例3)
実施例15と同様の溶液を調製した後、紫外線照射を行わずに、キレート樹脂処理操作のみを行った結果、除去率は0%であった。
【0068】
(比較例4)
実施例15と同様の溶液を調製した後、紫外線照射を行わずに、活性炭処理操作のみを行った結果、除去率は1%であった。
【0069】
上記実施例7~16、及び比較例1~4の結果を表2に示した。
【0070】
【表2】
【0071】
(合成例3)
マグネシウム1.3g(55mmol)をテトラヒドロフラン30mLに分散させ、窒素を通気して系内を置換した。(クロロメチル)トリメチルシラン6.8g(55mmol)のテトラヒドロフラン溶液20mLをゆっくりと滴下し、(トリメチルシリル)メチルマグネシウムクロリド溶液を調製した。そこに、氷浴下でトリメチルシリルクロリド5.4g(50mmol)をゆっくりと滴下し、滴下が終了したら、氷浴を取り除き、さらに室温で4時間反応させた。そこに、5%塩化アンモニウム水溶液40mLを加えたのち、室温で30分撹拌した。有機相を回収し、残った水相からジエチルエーテル50mLで3回抽出し、先に回収した有機相と合わせた。有機相を水20mLで3回、飽和食塩水20mLで1回洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥させたのち、乾燥剤をろ別した。溶媒を留去し、ビス(トリメチルシリル)メタン4.3g(27mmol、収率53%、ガスクロマトグラフィー純度97%)を得た。鉛含有量を分析したところ、含有量は30ppbであった。
【0072】
(実施例17)
合成例3で得られたビス(トリメチルシリル)メタンをヘキサンに溶解させて、1.0質量%ヘキサン溶液を調製した。溶液3mLを石英製試験管(φ12×90mm、容量5mL)に加え、254nm紫外線ランプ(アズワン社製ハンディーUVランプ SLUV-8)を用いて、紫外線を2時間照射した。このときの紫外線強度は3mW/cmであり、積算光量は22J/cmであった。照射後、水を3mL加えよく撹拌したのち、水相を除去する水洗操作を実施した。水洗操作を計3回行ったのち、前述した方法で鉛含有量を分析したところ、鉛含有量は7ppbであり、鉛除去率を算出したところ、78%であった。
【0073】
(比較例5)
実施例17と同様の溶液を調製した後、紫外線照射を行わずに、水洗操作のみを行った結果、除去率は0%であった。
【0074】
(比較例6)
実施例17と同様の操作で紫外線照射を行った後、水洗操作を行わなかった結果、除去率は1%であった。
【0075】
(実施例18)
合成例3で得られたビス(トリメチルシリル)メタンをジイソプロピルエーテル(DIPE)に溶解させて、1.0質量%ジイソプロピルエーテル溶液を調製した。溶液30mLを石英製試験管(φ22×200mm、容量50mL)に加え、254nm紫外線ランプ(アズワン社製ハンディーUVランプ SLUV-8)を用いて、紫外線を2時間照射した。このときの紫外線強度は3mW/cmであり、積算光量は22J/cmであった。照射後の溶液を、イミノ二酢酸型のキレート樹脂を500mg充填したカラムに通液した。得られた溶液を前述した方法で鉛含有量を分析したところ、鉛含有量は0.3ppbであり、鉛除去率は99%であった。
【0076】
(比較例7)
実施例18と同様の溶液を調製した後、紫外線照射を行わずに、キレート樹脂処理操作のみを行った結果、除去率は0%であった。
【0077】
上記実施例17、18、及び比較例5~7の結果を表3に示した。
【0078】
【表3】