(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022041237
(43)【公開日】2022-03-11
(54)【発明の名称】香気成分解析方法、香気成分解析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220304BHJP
G01N 33/497 20060101ALI20220304BHJP
G01N 33/02 20060101ALI20220304BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N33/497 Z
G01N33/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020146326
(22)【出願日】2020-08-31
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ▲1▼公開日:令和1年8月31日 公開場所:第66回食品科学工学会 公開方法:学会の要旨集に掲載 ▲2▼公開日:令和2年3月27日 公開場所:日本農芸化学会シンポジウム 公開方法:学会の要旨集に掲載
(71)【出願人】
【識別番号】000116297
【氏名又は名称】ヱスビー食品株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504359134
【氏名又は名称】エーエムアール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】特許業務法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐川 岳人
(72)【発明者】
【氏名】坂倉 幹始
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA18
2G041EA05
2G041FA30
2G041GA14
2G041LA08
2G045AA40
2G045FB20
2G045JA01
2G045JA07
(57)【要約】
【課題】各食品に特徴的な香気成分について、定量的な評価を行うことができる香気成分解析方法を提供する。
【解決手段】本発明は、食品を喫食したときに口腔から鼻孔へ抜ける揮発性の香気成分(レトロネーザルアロマ)を、コンピュータ10を用いて解析する香気成分解析方法である。本解析方法は、複数の食品の各々の香気成分を質量分析計9で測定し、時間軸に対する香気成分の強度の波形を取得する第1の工程と、前記強度の波形の3次微分を算出して、躍度の波形を取得する第2の工程を備えている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品を喫食したときに口腔から鼻孔へ抜ける揮発性の香気成分を、コンピュータを用いて解析する香気成分解析方法であって、
複数の食品の各々の前記香気成分を分析計又は匂いセンサで測定し、得られたデータから時間軸に対する前記香気成分の強度の波形を取得する第1の工程と、
前記第1の工程で取得された前記強度の波形の3次微分を算出して、躍度の波形を取得する第2の工程と、
を備えることを特徴とする香気成分解析方法。
【請求項2】
前記第2の工程で取得された前記躍度の波形に対してフーリエ変換を実行して、当該躍度の波形に含まれる周波数成分を取得する第3の工程と、
前記第3の工程で取得された前記周波数成分から、前記複数の食品の識別に寄与する寄与周波数を判別分析により抽出する第4の工程と、
前記第4の工程で抽出された前記寄与周波数を含む領域に対して逆フーリエ変換を実行して、躍度に関する新たな躍度情報を取得する第5の工程と、
を備えることを特徴とする請求項1に記載の香気成分解析方法。
【請求項3】
前記躍度情報の面積を算出し、当該面積の大小で前記香気成分の強弱を判定する第6の工程を備えることを特徴とする請求項2に記載の香気成分解析方法。
【請求項4】
前記第3の工程において、前記躍度の波形に対して窓関数による前処理が実行されることを特徴とする請求項2に記載の香気成分解析方法。
【請求項5】
前記第1の工程において、前記香気成分の強さは、前記食品の喫食開始から嚥下までの期間で測定されることを特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載の香気成分解析方法。
【請求項6】
前記第4の工程において、前記判別分析は、主成分分析、PLS判別又はOPLS判別を用いて行われることを特徴とする請求項2~4の何れか1項に記載の香気成分解析方法。
【請求項7】
食品を喫食したときに口腔から鼻孔へ抜ける揮発性の香気成分をイオン源から導入された励起ガスにより混合し、イオン化した香気ガスを分析計又は匂いセンサに誘導して分析する香気成分解析装置であって、
複数の食品の各々の前記香気成分を前記分析計又は前記匂いセンサで測定し、得られたデータを処理するデータ処理部を備え、
前記データ処理部は、前記データから時間軸に対する前記香気成分の強度の波形を取得する強度波形取得手段と、前記強度の波形の3次微分を算出して、躍度の波形を取得する躍度波形取得手段と、を有することを特徴とする香気成分解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品を喫食したときに口腔から鼻孔へ抜ける香気成分を解析する香気成分解析方法、及び香気成分解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、人が食品を喫食したとき感じる飲食物の香りに、口腔から鼻孔へ抜けていくレトロネーザルアロマがある。レトロネーザルアロマは食品の美味しさへの寄与が大きいと言われており、人の喫食動作に合わせてリアルタイムでレトロネーザルアロマの量を計測する解析が行われている。
【0003】
例えば、特許文献1のレトロネーザル香気の分析装置は、咽喉内部を模した管部、管部の内部温度を一定に保つための保温部、試料導入部、試料排出部、吸気導入部、吸気排出部、呼気導入部及び呼気排出部を有し、飲食物の嚥下後に呼吸によって呼気と共に、主に咽喉の内部から放出される香気を模擬的に再現する。
【0004】
この分析、評価方法は、飲食後の咽喉内壁に付着残留する成分から呼気に伴って揮発する成分を、人工的に構成した咽喉モデルを使用して模擬的に再現し、呼気に含まれる揮発性成分を一旦捕集し、もしくはそのまま分析機器に導入して分析する。そして、得られた分析結果を基に揮発性成分の咽喉内での残留性、嚥下後の香気の持続性を評価する(特許文献1/段落0011,0015、
図1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の分析、評価方法は、人が行う官能評価ではないため、ある程度再現性をもって香気成分を評価することができる。しかしながら、呼気に含まれる香気成分の呼吸回数毎の減衰状況のみから評価しているため、実際はより短期間で消失する香気成分の傾向を精度よく取得することはできなかった。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、各食品に特徴的な香気成分について、定量的な評価を行うことができる香気成分解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、第1発明は、食品を喫食したときに口腔から鼻孔へ抜ける揮発性の香気成分を、コンピュータを用いて解析する香気成分解析方法であって、複数の食品の各々の前記香気成分を分析計又は匂いセンサで測定し、得られたデータから時間軸に対する前記香気成分の強度の波形を取得する第1の工程と、前記第1の工程で取得された前記強度の波形の3次微分を算出して、躍度の波形を取得する第2の工程と、を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明の香気成分解析方法では、第1の工程において分析計等により複数の食品の各々から香気成分の時間軸に対する強度の波形を取得する。その後、第2の工程において当該強度の波形から躍度の波形を取得する。躍度は当該強度の3次微分の値であり、香気成分が口腔から鼻孔へ抜ける勢い(変化量)を意味する。このため、本解析方法は、各食品に特徴的な香気成分の傾向について、定量的な評価を行うことができる。
【0010】
第1発明の香気成分解析方法において、前記第2の工程で取得された前記躍度の波形に対してフーリエ変換を実行して、当該躍度の波形に含まれる周波数成分を取得する第3の工程と、前記第3の工程で取得された前記周波数成分から、前記複数の食品の識別に寄与する寄与周波数を判別分析により抽出する第4の工程と、前記第4の工程で抽出された前記寄与周波数を含む領域に対して逆フーリエ変換を実行して、躍度に関する新たな躍度情報を取得する第5の工程と、を備えることが好ましい。
【0011】
この構成によれば、第3の工程で躍度の波形に対してフーリエ変換を実行すると、周波数成分、すなわち躍度の振幅スペクトルが得られる。また、第4の工程で判別分析を実行すると、複数の食品を識別する香気成分の寄与周波数を抽出することができる。さらに、第5の工程で当該寄与周波数を含む領域に対して逆フーリエ変換を実行すると、寄与周波数に対する躍度情報、すなわち各食品の香気成分の特性を示すノイズを除去した躍度の波形が得られる。このように、本解析方法は、複数の食品の香気成分に対して、より定量的な評価を行うことができる。
【0012】
また、第1発明の香気成分解析方法において、前記躍度情報の面積を算出し、当該面積の大小で前記香気成分の強弱を判定する第6の工程を備えることが好ましい。
【0013】
躍度情報は、逆フーリエ変換を実行して得られる躍度の波形であり、その振幅が上下方向に変化して負の値もとり得る。このため、例えば、当該躍度波形を二乗して正の関数とした上で、その面積を算出する。本解析方法では、当該面積の大小で香気成分の強弱を判定することで、香気成分を精度よく評価することができる。
【0014】
また、第1発明の香気成分解析方法において、前記第3の工程において、前記躍度の波形に対して窓関数による前処理が実行されることが好ましい。
【0015】
この構成によれば、フーリエ変換を実行する対象波形は、周期性のある連続的なデータであることが前提となる。従って、躍度の波形に対して、事前に窓関数の処理を実行しておくことで、不連続点が含まれた場合に、これを解消することができる。
【0016】
また、第1発明の香気成分解析方法において、前記第1の工程において、前記香気成分の強さは、前記食品の喫食開始から嚥下までの期間で測定されることが好ましい。
【0017】
本発明で解析する香気成分は、食品を喫食したとき口腔から鼻孔へ僅かの時間で抜けていく。このため、検査者は、当該香気成分について、香気が消えない食品の喫食開始から嚥下までの期間で測定する。これにより、本解析方法は、確実に香気の強さを測定することができる。
【0018】
また、第1発明の香気成分解析方法において、前記第4の工程において、前記判別分析は、主成分分析、PLS判別又はOPLS判別を用いて行われることが好ましい。
【0019】
第4の工程の判別分析には、主成分分析、PLS判別又はOPLS判別を用いることができる。これらの判別手法により、本解析方法は、香気成分の識別に寄与する寄与周波数を精度よく抽出することができる。
【0020】
また、上記目的を達成するため、第2発明は、食品を喫食したときに口腔から鼻孔へ抜ける揮発性の香気成分をイオン源から導入された励起ガスにより混合し、イオン化した香気ガスを分析計又は匂いセンサに誘導して分析する香気成分解析装置であって、複数の食品の各々の前記香気成分を前記分析計又は前記匂いセンサで測定し、得られたデータを処理するデータ処理部を備え、前記データ処理部は、前記データから時間軸に対する前記香気成分の強度の波形を取得する強度波形取得手段と、前記強度の波形の3次微分を算出して、躍度の波形を取得する躍度波形取得手段と、を有することを特徴とする。
【0021】
本発明の香気成分解析装置は、解析する香気成分を、例えば所定の容器に入れておき、イオン源から励起ガスを導入して混合し、香気ガスとする。そして、当該香気ガスを分析計等により検出する。データ処理部は、分析計等で測定し、得られたデータから香気成分の時間軸に対する強度の波形を取得する(強度波形取得手段)。さらに、データ処理部は、強度の波形の3次微分を算出して、躍度の波形を取得する(躍度波形取得手段)。これにより、本解析装置は、各食品に特徴的な香気成分の傾向について、定量的な評価を行うことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、各食品に特徴的な香気成分を解析して、定量的な評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の香気成分解析装置の概要を説明する図。
【
図2】香気成分解析装置を用いた香気成分解析方法のフローチャート。
【
図3】(a)香気成分の測定データ(香気を弱く感じる食品)。(b)香気成分の測定データ(香気を強く感じる食品)。
【
図4】(a)躍度波形を示す図(香気を弱く感じる食品)。(b)躍度波形を示す図(香気を強く感じる食品)。
【
図5】ハミング窓関数を実行した躍度波形(香りを強く感じる食品)。
【
図7】OPLS判別のスコアプロット結果を示す図。
【
図8A】OPLS判別のローディングプロット結果を示す図。
【
図11A】躍度波形を示す図(香気を強く感じる食品)。
【
図13A】(a)香気成分の測定データ(食品X「Tomato」)。(b)香気成分の測定データ(食品X「Basil Piece」)。
【
図13B】(a)香気成分の測定データ(食品Y「Tomato」)。(b)香気成分の測定データ(食品Y「Basil Chip」)。
【
図14A】(a)躍度波形を示す図(食品X「Tomato」)。(a)躍度波形を示す図(食品X「Basil Piece」)。
【
図14B】(a)躍度波形を示す図(食品Y「Tomato」)。(a)躍度波形を示す図(食品Y「Basil Chip」)。
【
図15A】(a)躍度の二乗波形を示す図(食品X「Tomato」)。(a)躍度の二乗波形を示す図(食品X「Basil Piece」)。
【
図15B】(a)躍度の二乗波形を示す図(食品Y「Tomato」)。(a)躍度の二乗波形を示す図(食品Y「Basil Chip」)。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して、本発明に係る香気成分解析方法及び香気成分解析装置の実施形態について説明する。
【0025】
[第1実施形態]
初めに、
図1を参照して、本発明の第1実施形態に係る香気成分解析装置1の概要を説明する。
【0026】
香気成分解析装置1は、主にイオン源3と、連結デバイス5と、接続チューブ7と、質量分析計9と、コンピュータ10と、試料バイアル瓶11とで構成されている。
【0027】
イオン源3は、大気圧下の気相中において香気成分をイオン化する大気圧イオン化法を利用した装置である。イオン源3は、具体的には、DART(Direct Analysis in Real Time)イオン化法の原理を利用した装置が適している。
【0028】
連結デバイス5は、質量分析計9に接続することにより、質量分析の感度を飛躍的に強化することが可能な装置である。連結デバイス5は、励起ガス導入口、試料ガス導入口及びイオン化試料ガス放出口を有している。連結デバイス5としては、Volatimeship(製品名、バイオクロマト社製)等を用いることができる。連結デバイス5を用いることで、試料ガス(実際は、被験者から採取する)の挙動を1秒単位で連続的かつリアルタイムで測定することができる。
【0029】
今回、イオン源3のノズルから励起ヘリウムガスを噴出させ(流量2~3L/min)、連結デバイス5の混合室に励起ヘリウムガスを導入した。また、試料バイアル瓶11に格納された試料ガスを、トランスファーライン11aを介して連結デバイス5の混合室に導入し(流量0.5L/min)、混合した。
【0030】
接続チューブ7は、連結デバイス5のイオン化試料ガス放出口と、質量分析計9のイオン化試料ガス導入部9aとを接続する任意の長さ、直径の管である。接続チューブ7としては、例えば、抵抗発熱線(ニクロム線等)を周囲に接触させた耐熱性チューブ(例えば、耐熱性樹脂、セラミックス製等)を用いることができる。
【0031】
質量分析計9は、大気圧下においてリアルタイムにて高感度の質量分析を可能とする装置である。質量分析計9としては、例えば、液体クロマログラフ質量分析計の1つであるLCMS-8040(製品名、島津製作所製)を用いることができる。連結デバイス5と質量分析計9との接続は、連結デバイス5のイオン化試料ガス放出口を、接続チューブ7を介して質量分析計9のイオン化試料ガス導入部9aと接続することにより実現される。
【0032】
なお、質量分析計9のイオン化試料ガス導入部9aは排気管9bを備えており、真空ポンプ(図示省略)を用いてイオン化試料ガス以外の気体を外部へ排気することができる(流量10L/min)。
【0033】
本発明は、上述の質量分析計9に限られず、他の分析手段を用いてもよい。例えば、匂いの種類を識別可能な匂いセンサを用いて、その出力データから後述する香気成分の解析を行うこともできる。
【0034】
コンピュータ10(本発明の「データ処理部」)は、演算部10aと、表示部10bとで構成されている。演算部10aはCPUであり、解析のための専用プログラム、アプリケーションにより各種処理を実行する。演算部10aは、具体的には、質量分析計9の出力データから香気成分の強度の波形を取得したり、高速フーリエ変換、判別分析等の処理を実行したりする(詳細は後述する)。
【0035】
また、表示部10bはディスプレイであり、測定結果や解析結果を表示することができる。コンピュータ10は、RAM、ROM等による記憶部を備えていてもよい。
【0036】
次に、
図2を参照して、香気成分解析装置1を用いた香気成分解析方法(解析1)のフローチャートを説明する。以下では、適宜、
図3~
図10を参照して説明を補足する。
【0037】
まず、検査者は、香気成分解析装置1を用いて、レトロネーザルアロマの強度を測定する(STEP01)。今回、2種類の食品を喫食した際の、当該食品に含まれるレトロネーザルアロマ(以下、香気又は香気成分という)の強度を調べた。
【0038】
図3は、質量分析計9による測定データ(質量分析データ)を示している。
図3(a)は、香気を弱く感じる食品についての、時間(横軸)に対する香気の強度(縦軸)の波形である。また、
図3(b)は、香気を強く感じる食品についての、時間に対する香気の強度の波形である。図示するように、
図3(a)の強度波形と、
図3(b)の強度波形とでは、強度の最大値(最大強度)が異なる。
【0039】
レトロネーザルアロマは、食品喫食時に口腔から鼻孔へ、僅かの時間で抜けていく揮発性の香気成分である。このため、検査者は、香気が消えない食品の喫食開始から嚥下までの期間で測定を行う必要がある。なお、香気の強度は、0.2秒毎に測定した。
【0040】
図2に戻り、検査者は、香気成分解析装置1を用いて、レトロネーザルアロマの躍度波形を取得する(STEP02)。ここで、「躍度」とは、香気の強度の3次微分(加速度の変化率)の値である。
【0041】
図4は、今回取得した躍度波形を示している。
図4(a)は香気を弱く感じる食品であって、時間(横軸)に対する躍度(縦軸)の波形(
図3(a)の強度の波形の3次導関数)である。また、
図4(b)は香気を強く感じる食品であって、時間に対する躍度の波形(
図3(b)の強度の波形の3次導関数)である。
【0042】
図2に戻り、検査者は、香気成分解析装置1を用いて、躍度波形の特定領域にハミング窓関数による前処理を実行する(STEP03)。次ステップの高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transfer)を実行する際、その対象は周期性のある連続的な関数(定常信号)であることが前提となる。そこで、躍度波形(非定常信号)に対してハミング窓関数を実行し、スペクトル解析を実行し易くする。今回、食品喫食時の感覚インパクトが強かった領域であって、風味への寄与が大きいと推定される周波数を選択する。
【0043】
図4(b)の領域Rは、香気を強く感じる食品の躍度波形に対してハミング窓関数を実行した領域を示している。この実行により、
図5に示すような、領域Rに対応する期間についての詳細な躍度波形が得られる。
【0044】
図2に戻り、検査者は、香気成分解析装置1を用いて、ハミング窓関数を実行した躍度波形のFFTを実行する(STEP04)。これにより、周波数分析(スペクトル解析)が行われ、躍度波形に含まれる周波数成分が取得される。
【0045】
図6は、
図5の躍度波形に対してFFTを実行して得られた周波数特性(振幅スペクトルグラフ)を示している。グラフの横軸は周波数(Hz)で、縦軸はNorm(振幅)である。今回の周波数分析によれば、比較的大きな振幅のピークが表れる周波数は、(1)0.5(Hz)付近、(2)1.0(Hz)付近、(3)2.1(Hz)付近、(4)2.6(Hz)付近であることが分かる。
【0046】
図2に戻り、検査者は、香気成分解析装置1を用いて、周波数分析結果に対して判別分析(多変量解析)を実行する(STEP05)。これにより、香気を弱く感じる食品、香気を強く感じる食品の2種類を比較し、両者の識別のために寄与が大きい周波数成分を選定することができる。
【0047】
今回、判別分析として、OPLS判別(OPLS-DA: Orthogonal Partial Least Square -Discriminant Analysis)を採用した。この判別分析により、多くのカテゴリーデータ(目的変数)を幾つかのカテゴリー(サンプル群)に分類することが可能となる。なお、OPLS判別の代わりに、主成分分析、PLS判別、線形判別等を採用してもよい。
【0048】
図7は、上述の周波数分析についての、OPLS判別によるスコアプロット結果を示している。ここでは、上記2種類の食品(何れも濃度が等しいフレーバーを添加したゲル状の食品)に含まれるSample1(キサンタン)及びSample2(タマリンド)について分析した。なお、Sample1は香気を弱く感じる、キサンタンガムにより粘度を付与した食品であり、Sample2は香気を強く感じる、タマリンドガムにより粘度を付与した食品である。
【0049】
図示するように、Sample1によるグループAと、Sample2によるグループBが横軸方向で分離されるので、両者に差異があることが分かる。また、縦軸は同じグループ内の差異であり、Sample2の方が大きな差異があることが分かる。
【0050】
次に、
図8Aに、上述の周波数分析についての、OPLS判別によるローディングプロット(Biplot)結果を示す。図中の丸印は、FFTにより得られた周波数(Hz)を示している。
【0051】
図示するように、丸印はグループBの付近に存在しているが、Sample2に関連する周波数であることを意味する。特に、Sample2の特徴をよく示すデータは、破線で囲んだ領域に存在する28個の周波数(Frequency:Hz)であり、データの詳細を
図8Bに示した。ここで、Normは振幅、Phaseは位相である。
図8Bの周波数は、上記2種類の食品を識別するのに寄与が大きい周波数と予想される。
【0052】
図2に戻り、検査者は、香気成分解析装置1を用いて、香気の識別に寄与大の周波数に対して逆高速フーリエ変換(IFFT:Inverse Fast Fourier Transfer)を実行する(STEP06)。具体的には、
図8Bの28個の周波数に対してIFFTを実行する。
【0053】
図9は、香気の識別に寄与が大きい周波数(寄与周波数)特性、いわば香気の識別に寄与しないノイズを除去した周波数特性を示している。また、
図10は、この周波数特性に対してIFFTを実行して得られた躍度波形(本発明の「躍度情報」)を示している。このような処理により、香気の差異を表す躍度を再構築することができる。
【0054】
図2に戻り、検査者は、香気成分解析装置1を用いて、躍度最小モデルを適用する(STEP07)。
図10に示した躍度波形は、躍度の振幅が上下方向に変化して負の値もとり得る。このため、例えば、図中の区間Sについて当該躍度波形を二乗して正の関数とした上で、その面積を算出する。
【0055】
面積の大小で香気成分の強弱を判定すると、香気を弱く感じる食品と香気を強く感じる食品とで差異が明確となるので、香気について精度の高い評価を行うことができる。以上で、一連の香気成分解析方法のフローが終了となる。
【0056】
今回、躍度波形のピークの前後20秒弱の期間に対してハミング窓関数を実行した(
図4(b)参照)。しかしながら、当該ピークの前後約50秒の期間に対してハミング窓関数を実行し、解析1と同様に香気成分の解析処理を行ってもよい(解析2)。
【0057】
図11Aの領域Tは、香気を強く感じる食品の躍度について、ハミング窓関数を実行した部分を示している。この実行により、領域Tに対応する期間の詳細な躍度波形が得られる(図示省略)。そして、当該躍度波形に対してFFTを実行することで、
図11Bに示す周波数特性(振幅スペクトルグラフ)が得られる。
【0058】
解析1は、ハミング窓関数の領域が比較的狭いため、被験者が食品を喫食した際の咀嚼から嚥下直後までの状態の香気成分を解析していることになる。一方、解析2では、解析1の状態に加えて、被験者が食品の嚥下後に感じる風味(余韻)の香気成分も解析対象となる。この風味は、喫食後に胃や食道から湧き上がり鼻に抜けていく、いわゆる戻り香であり、口腔内に残り、ゆっくりと鼻に抜けていく香りを含む。
【0059】
解析2では、解析1と同様に、周波数分析結果に対して判別分析(多変量解析)を実行し、さらに、寄与周波数に対してIFFTを実行する。これにより、
図12に示す香気成分の躍度情報を取得することができる。
【0060】
なお、香気の識別に寄与しない(又は寄与が小さい)非寄与周波数の特性を取得してもよい。この非寄与周波数は通常、利用されないことが多いが、被験者毎の喫食時のデータ(個人差が生じるデータ)となり得るため、有用である。
【0061】
図12は、寄与周波数特性に対してIFFTを実行して得られた躍度波形(実線)を示している。ここで、区間Uは香気成分の強度(Intensity)の値が高く、食品の特徴が表れる領域であるため、「インパクト領域」と定義した。インパクト領域は、被験者が食品を喫食した直後の先味から嚥下前の中味の期間の香気成分に相当する。この領域において躍度が大きいとき、鼻から抜けてゆく香気成分の変化量(増加)が激しいということができる。
【0062】
また、区間Vは、香気成分の強度の値が低下し始めた後の領域であり、「余韻領域」と定義した。余韻領域は、主に被験者が食品を嚥下した後の後味の期間の香気成分に相当する。この領域において躍度が小さいとき、香気成分の変化量(減少)が激しいということができる。このような処理によっても、香気の差異を表す躍度情報を再構築することができる。
【0063】
[第2実施形態]
次に、
図13A~
図15Bを参照して、本発明の第2実施形態を説明する。第2実施形態では、第1実施形態とは異なる食品を用いて、当該食品の香気成分を解析した。なお、香気成分解析装置1は、第1実施形態と同じものを使用した。
【0064】
今回、トマトとバジルからなる2種類の食品について、それぞれの食品の香気成分由来イオンを解析した。食品の一方は、スライスしたトマトの切り口に、その約半分を覆う大きさの1枚のバジルの葉を乗せたものである(Basil Piece;食品X)。食品の他方は、スライスしたトマトの切り口(大きさは同じ)に、切り刻んだバジルの葉を乗せたものである(Basil Chip;食品Y)。
【0065】
図13A、
図13Bは、質量分析計9による測定データ(質量分析データ)を示している。
図13Aは、食品Xについての時間(横軸)に対する香気の強度(縦軸)の波形である。また、
図13Bは、食品Yについての時間に対する香気の強度の波形である。
【0066】
図13Aは、(a)「Tomato」についての強度の波形と、(b)「Basil Piece」についての強度の波形とに分けられている。これは、「Tomato」と「Basil」が異なる物質でイオン化の効率が異なることから、香気成分の強度の指標を分離する必要があるためである。従って、両者は、縦軸のスケールが異なっている。
【0067】
図13A中の「α」は、食品Xの喫食開始の時刻であり、それぞれ「α~β」の期間が咀嚼動作の期間、「β~γ」の期間が嚥下動作の期間、「γ」以降の期間が余韻期間である。食品Xは、被験者が喫食開始からバジルの香気を強く感じ、嚥下動作の期間に強度のピークが表れることが分かる。これは、被験者がバジルを噛み切る確率が高いという理由に由来する。
【0068】
一方、
図13Bの食品Yは、喫食開始から徐々にバジルの香気を感じるようになり、嚥下動作の期間の後半にピークが表れることが分かる。これは、被験者がバジルを噛み切る確率が低いという理由に由来する。なお、食品Yの香気の強度波形は、食品Xの香気の強度波形とは異なっているものの、この結果だけからでは香気の感覚の差異を認識し難いといえる。
【0069】
次に、
図14A、
図14Bに、躍度の波形を示す。
図14Aは食品Xについての時間(横軸)に対する躍度(縦軸)の波形である。また、
図14Bは食品Yについての時間(横軸)に対する躍度(縦軸)の波形である。
【0070】
図14A(a)は「Tomato」についての躍度波形であり、
図14A(b)は「Basil Piece」についての躍度波形である。また、
図14B(a)は「Tomato」についての躍度波形であり、
図14B(b)は「Basil Chip」についての躍度波形である。図示するように、躍度波形で表すと、香気の感覚の差異が分かり易くなる。
【0071】
以上から、第1実施形態で説明した高速フーリエ変換、判別分析、逆高速フーリエ変換等の処理を実行しなくても、躍度波形から各食品に特徴的な香気成分の傾向について、ある程度、定量的な評価を行うことができるといえる。
【0072】
最後に、
図15A、
図15Bは、躍度の二乗波形を示している。これは、第1実施形態と同様に、躍度最小モデルの概念を適用した結果である。
図15Aは食品Xについての時間(横軸)に対する躍度面積(縦軸)の波形である。また、
図15Bは食品Yについての時間(横軸)に対する躍度面積(縦軸)の波形である。
【0073】
図15A(a)は「Tomato」についての躍度面積の波形であり、
図15A(b)は「Basil Piece」についての躍度面積の波形である。また、
図15B(a)は「Tomato」についての躍度面積の波形であり、
図15B(b)は「Basil Chip」についての躍度面積の波形である。
【0074】
この結果からは、「Basil Piece」(
図15A(b))の方が「Basil Chip」(
図15B(b))よりも躍度面積の値が大きいことが分かる。すなわち、バジルの形状が大きい食品Xの方が咀嚼中に感じるバジルの風味が強い。このように、躍度面積を比較することで、2種類の食品の差異が明確となるため、香気について精度の高い評価を行うことができる。
【0075】
以上のような、複数の食品を差別化可能な分析手法を用いることで、目的の風味の食品を効率良く製造することができる。例えば、上述のトマトとバジルの食品の例では、躍度波形や躍度面積の波形から、目的の風味に合うようにバジルの量を調整することができる。また、異なる種類のバジル又は異なる材料を選択して、風味を変化させてもよい。このように、本発明の香気成分解析方法は、新商品の開発のための試験等に利用することができる。
【符号の説明】
【0076】
1…香気成分解析装置、3…イオン源、5…連結デバイス、7…接続チューブ、9…質量分析計、9a…イオン化試料ガス導入部、9b…排気管、10…コンピュータ、10a…演算部、10b…表示部、11…試料バイアル瓶。