(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022044175
(43)【公開日】2022-03-17
(54)【発明の名称】細胞培養基材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20220310BHJP
【FI】
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020149668
(22)【出願日】2020-09-07
(71)【出願人】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100193725
【弁理士】
【氏名又は名称】小森 幸子
(74)【代理人】
【識別番号】100163038
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 武志
(74)【代理人】
【識別番号】100207240
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 喜弘
(72)【発明者】
【氏名】小川 竜平
(72)【発明者】
【氏名】高田 哲生
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 直人
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B029GA01
4B029GB09
(57)【要約】 (修正有)
【課題】細胞を接着状態で三次元培養でき、且つ細胞培養基材の表面の特性を簡便に制御できる、細胞培養基材、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】細胞接着性を有する細胞接着材料を含有する細胞接着層14の上に、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を含有する細胞非接着層16が積層されている、細胞培養基材10。前記細胞接着材料は、水膨潤性粘土鉱物、シリカ、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、コラーゲン、プロテオグリカン、RGDペプチド、CS-1ペプチド、ポリリジン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミンから選ばれる少なくとも1種であってよい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞接着性を有する細胞接着材料を含有する細胞接着層の上に、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を含有する細胞非接着層が積層されている、細胞培養基材。
【請求項2】
前記細胞接着材料は、水膨潤性粘土鉱物、シリカ、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、コラーゲン、プロテオグリカン、RGDペプチド、CS-1ペプチド、ポリリジン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミンから選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
前記細胞接着材料は、水膨潤性粘土鉱物またはシリカである、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
前記細胞非接着材料は、少なくとも1種の親水性高分子セグメントを有する高分子材料である、請求項1~3の何れか一項に記載の細胞培養基材。
【請求項5】
前記親水性高分子セグメントは、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリビニルアルコール、リン脂質含有ポリマーまたはこれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種である、請求項4に記載の細胞培養基材。
【請求項6】
前記細胞非接着材料は、前記親水性高分子セグメントと疎水性高分子セグメントを含むブロックポリマーである、請求項4又は5に記載の細胞培養基材。
【請求項7】
前記親水性高分子セグメントを構成する親水性モノマーが、N,N-ジメチルアクリルアミドであり、前記疎水性高分子セグメントを構成する疎水性モノマーが、2-メトキシエチルアクリレートである、請求項6に記載の細胞培養基材。
【請求項8】
前記細胞接着層の水接触角が30°~90°であり、前記細胞非接着層の水接触角が10°~70°である、請求項1~7のいずれか一項に記載の細胞培養基材。
【請求項9】
前記細胞接着層の厚みが、10nm~50μmであり、
前記細胞非接着層の厚みが、1nm~1000nmである、請求項1~8のいずれか一項に記載の細胞培養基材。
【請求項10】
さらに支持体を含み、前記細胞培養基材は前記支持体上に積層されており、前記支持体の表面は、前記細胞接着層と接する細胞接着層領域と、前記細胞非接着層と接する細胞非接着層領域とを有する、
請求項1~9のいずれか一項に記載の細胞培養基材。
【請求項11】
前記細胞接着層領域の割合が、前記支持体の表面全体の0.5%~90%である、請求項10に記載の細胞培養基材。
【請求項12】
前記細胞接着層領域と前記細胞非接着層領域がパターン状となっている、請求項10又は11に記載の細胞培養基材。
【請求項13】
支持体を含む細胞培養器材として用いられる、請求項1~12のいずれか一項に記載の細胞培養基材。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか一項に記載の細胞培養基材の製造方法であって、
前記細胞接着材料を含有する分散液または溶液を支持体の表面に塗布し乾燥して、前記細胞接着層を形成する工程と、
前記細胞接着層の上に、前記細胞非接着材料を含有する溶液を塗布し乾燥して、前記細胞非接着層を形成する工程と
を含む、細胞培養基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野における、細胞培養基材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物学、医学等の分野における、創薬スクリーニング(薬効、毒性試験など)においては、実験動物の細胞が用いられている。しかし、実験動物の細胞機能(例えば、肝細胞の代謝機能)は、ヒトとは大きく異なっていることが知られており、実験動物からヒトにおける種々の代謝機能を予測することは困難であった。従って、動物実験の代替法として、ヒト組織から分離、ヒト組織由来の癌化細胞、またはiPS(induced pluripotent stem cells)細胞などの幹細胞由来の組織を利用した創薬スクリーニング方法が検討されている。
【0003】
このような創薬スクリーニングを実施するには、材料としての細胞を生体外で効率よく培養させる必要があり、そのためには細胞を接着、増殖させるための基材が重要である。ここで、通常市販されているポリスチレン製培養器材を使用して細胞を培養した場合、細胞が平面にしか培養されず、生体内の細胞と比較して、得られる細胞の機能が低下していたり、性質が異なるなどの問題があった。そこで、創薬スクリーニングにおいては、細胞の機能、性質が生体内の細胞により近い、細胞凝集塊(スフェロイドともいう)を用いることが望ましいと考えられていた。細胞凝集塊とは、細胞が多数凝集して細胞塊を形成し、三次元状態になったものである。
【0004】
従来、細胞培養基材を用いて細胞凝集塊を形成する方法としては、細胞と比較的接着性の低い物質などを修飾し、細胞を浮遊状態で三次元培養する方法などが用いられてきた(例えば、特許文献1参照)。しかし、浮遊状態で培養しているため、細胞同士の癒着が起こりやすく、均一なサイズ、形状の細胞凝集塊を形成するのが困難であった。このため、特許文献2のように、細胞接着を阻害するポリマーと、細胞接着を促進するポリマーとを混合した細胞培養基材が検討されている。このような両ポリマー混合の基材を用いることにより、細胞接着を促進するポリマー上に、細胞を選択的に接着し、増殖することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第第2016/072369号パンフレット
【特許文献2】特開2014-079227号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1のような両ポリマー混合の場合、細胞凝集塊を形成するまで増殖させ、且つ基材と細胞凝集塊とを接着状態に維持するためには、両ポリマーの混合比の適用範囲が狭く、培養される細胞の状態によっては期待される性能が得られない場合があり、未だ改善の余地があった。
また、細胞接着を阻害するポリマーと細胞接着を促進するポリマーがいずれも水溶性のポリマーであるため、細胞培養時、培地水溶液等にポリマーが溶出され、細胞の機能・形態に影響を及ぼす可能性があった。さらに細胞接着を促進するポリマーである、コラーゲン、フィブロネクチンなどは、熱や滅菌処理などによる変質、架橋や不溶化処理した場合、細胞接着性が変化してしまうという課題があった。
細胞培養基材の分野においては、細胞の種類や利用目的によって、求められる表面の特性も異なるため、細胞を接着状態で三次元培養でき、且つ細胞培養基材の表面の特性を簡便に制御できる細胞培養基材が求められていた。
【0007】
本発明は、細胞を接着状態で三次元培養でき、且つ細胞培養基材の表面の特性を簡便に制御できる、細胞培養基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、細胞接着性を有する細胞接着材料を含有する細胞接着層の上に、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を含有する細胞非接着層を積層した細胞培養基材を用いることによって、上記課題が解決されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下に示す種々の具体的態様を提供する。
【0010】
[1]細胞接着性を有する細胞接着材料を含有する細胞接着層の上に、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を含有する細胞非接着層が積層されている、細胞培養基材。
【0011】
[2]前記細胞接着材料は、水膨潤性粘土鉱物、シリカ、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、コラーゲン、プロテオグリカン、RGDペプチド、CS-1ペプチド、ポリリジン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミンから選ばれる少なくとも1種である、[1]に記載の細胞培養基材。
【0012】
[3]前記細胞接着材料は、水膨潤性粘土鉱物またはシリカである、[1]又は[2]に記載の細胞培養基材。
【0013】
[4]前記細胞非接着材料は、少なくとも1種の親水性高分子セグメントを有する高分子材料である、[1]~[3]の何れかに記載の細胞培養基材。
【0014】
[5]前記親水性高分子セグメントは、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、N,N-ジアルキルアクリルアミド、ポリアクリルアミド、N,N-ジアルキルメタクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリビニルアルコール、リン脂質含有ポリマーまたはこれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種である、[4]に記載の細胞培養基材。
【0015】
[6]前記細胞非接着材料は、前記親水性高分子セグメントと疎水性高分子セグメントを含むブロックポリマーである、[4]又は[5]に記載の細胞培養基材。
【0016】
[7]前記親水性高分子セグメントを構成する親水性モノマーが、N,N-ジメチルアクリルアミドであり、前記疎水性高分子セグメントを構成する疎水性モノマーが、2-メトキシエチルアクリレートである、[6]に記載の細胞培養基材。
【0017】
[8]前記細胞接着層の水接触角が30°~90°であり、前記細胞非接着層の水接触角が10°~70°である、[1]~[7]のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0018】
[9]前記細胞接着層の厚みが、10nm~50μmであり、前記細胞非接着層の厚みが、1nm~1000nmである、[1]~[8]のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0019】
[10]さらに支持体を有し、前記細胞培養基材は前記支持体上に積層されており、前記支持体の表面は、前記細胞接着層と接する細胞接着層領域と、前記細胞非接着層と接する細胞非接着層領域とを有する、
[1]~[9]のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0020】
[11]前記細胞接着層領域の割合が、前記支持体の表面全体の0.5%~90%である、[10]に記載の細胞培養基材。
【0021】
[12]前記細胞接着層領域と前記細胞非接着層領域がパターン状となっている、[10]又は[11]に記載の細胞培養基材。
【0022】
[13]支持体を含む細胞培養器材として用いられる、[1]~[12]のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0023】
[14][1]~[13]のいずれかに記載の細胞培養基材の製造方法であって、
前記細胞接着材料を含有する分散液または溶液を支持体の表面に塗布し乾燥して、前記細胞接着層を形成する工程と、
前記細胞接着層の上に、前記細胞非接着材料を含有する溶液を塗布し乾燥して、前記細胞非接着層を形成する工程と
を含む、細胞培養基材の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、細胞を接着状態で三次元培養でき、且つ細胞培養基材の表面の特性を簡便に制御できる、細胞培養基材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】一実施形態としての細胞培養基材の構成例を示す図である。
【
図2】一実施形態としての細胞培養基材の他の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、以下に記載する構成要件の説明は、本発明を説明するための例示であり、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、図面の寸法比率は、図示の比率に限定されない。
【0027】
本発明の細胞培養基材は、細胞接着性を有する細胞接着材料を含有する細胞接着層の上に、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を含有する細胞非接着層が積層されていることを特徴とする。
【0028】
本発明において「細胞接着性」とは、接着細胞が接着可能であるかまたは接着しやすいことを意味する。「細胞非接着性」とは、接着細胞が接着可能でないかまたは接着しにくいことを意味する。
細胞接着性および細胞非接着性の評価方法としては、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。例えば、材料上に培養された細胞に対して、針状のAFM探針を挿入し引き上げて、細胞を基板より剥離することにより、探針にかかる負荷をAFMで測定し、材料に対する細胞の接着性を測定・評価する方法などが挙げられる。他の方法としては、例えば、簡易的には材料上で培養した細胞に対し、純水や培地やリン酸緩衝液等を流して、その前後での細胞の材料上への接着率または剥離率で評価する方法などが挙げられる。
【0029】
本発明の細胞培養基材は、上記構成を備えることにより、細胞を接着状態で三次元培養でき、且つ細胞培養基材の表面の特性を簡便に制御できる細胞培養基材を提供することができる。
本発明は、全て明らかになっているわけではないが、細胞培養基材の一部または全面に、細胞接着層と細胞非接着層とが積層された少なくとも2層構造を備えることにより、細胞接着層と細胞非接着層とがイオン性相互作用、水素結合、分子間相互作用などの相互作用により固定化され、細胞培養基材表面が適度に細胞接着性を有するようになると考えられる。このため、細胞は浮遊状態で増殖せず、細胞の一部が接着した接着状態で増殖することができ、均一なサイズ、形状の細胞凝集塊を形成することができる。また、積層構造を備えているため、細胞接着層と細胞非接着層の、厚みの比率、水接触角、タンパク吸着量などを制御することにより、細胞の種類、用途等に合わせて、簡便に細胞培養基材表面の特性を変化させることができる。さらに、細胞接着層と細胞非接着層とが相互作用するため、架橋や不溶化等の処理を行わなくても、細胞接着材料及び細胞非接触材料の溶出を制御することができ、細胞の機能・形態に影響を及ぼすことを回避することができる。
【0030】
以下、図面を用いて本実施形態の細胞培養基材の層構成について説明する。
【0031】
図1は、本発明の一実施形態としての細胞培養基材の構成例を示す図である。
図1に示すように、本実施形態の細胞培養基材10は、支持体12の上に、細胞接着層14と細胞非接着層16とが積層されている。言い換えれば、細胞培養基材10は、細胞接着層14と、細胞非接着層16とがこの順に直接積層している構造を有している。
なお、細胞非接着層14および細胞非接着層16は、それぞれ単層構造であってもよいし、多層構造であってもよい。
また、細胞培養基材10は、本発明の効果を阻害しない範囲内で、支持体12と細胞接着層14との間に、任意の層が介在していてもよい。任意の層としては、例えば基材との密着性を高めることを目的とした基材層などが挙げられる。
【0032】
図1に示すように、本発明の細胞培養基材10の最表面(細胞の一部を接着させる面)は、細胞非接着層16を有する。一方、細胞非接着層16における最表面の反対側の面においては、
図1に示すように細胞接着層14が細胞非接着層16の全面に配されていてもよいし、後述する
図2に示すように面の一部に配されていてもよい。好ましくは、上記反対側の面は、細胞接着層14が面の一部に配されているものであり、特に好ましくは、細胞接着層14が面の一部にパターン状に配されているものである。
【0033】
図2は、本発明の一実施形態としての細胞培養基材の他の構成例を示す図である。
図1に示す実施形態では、細胞非接着層16における最表面の反対側の面においては、細胞接着層14が細胞非接着層16の全面に配されていたが、
図2に示す実施形態では、面の一部に配されている点で異なる。
【0034】
図2に示す実施形態の細胞培養基材10は、支持体12の上に、細胞接着層14と細胞非接着層16とを有し、支持体12の表面は、細胞接着層14と接する細胞接着層領域Xと、前記細胞非接着層16と接する細胞非接着層領域Yとを有する。
【0035】
本発明において「細胞接着層領域」とは、支持体12と細胞接着層14とが接している領域、空間を意味する。
また、「細胞非接着層領域」とは、支持体12と細胞非接着層16とが接している領域、空間を意味する。
なお、上述した任意の基材層を含む場合は、支持体12の表面の代わりに任意の基材層の表面が、細胞接着層14および細胞非接着層16とそれぞれ接する領域を、細胞接着層領域Xおよび細胞非接着層領域Yという。
【0036】
図2に示す実施形態における細胞培養基材10の細胞接着層領域Xは、細胞接着層14と細胞非接着層16の2層構造を備えている。細胞非接着層領域Yは、細胞非接着層16の単層構造を備えている。
図2に示す実施形態の細胞培養基材10の最表面は、いずれの領域においても、細胞非接着層16である。
【0037】
上記構成により、細胞を、選択的に、細胞接着層領域に接着して培養することができる。このため、得られる細胞凝集塊Aのサイズ、形状をより均一にすることができる。単純な積層により器材作製が出来るため、ディスペンサーなどを利用すれば、本発明の構成は、大面積化や量産化に適している。また、細胞凝集塊Aは固定されているため、培地交換操作が容易になる点、顕微鏡での観察が容易になる点などが挙げられる。これらの技術を応用すれば、作製した細胞凝集塊Aをそのままの状態で薬剤試験などのキットなどとして流通させることが出来る。
【0038】
細胞接着層領域Xの割合は、特に限定されるものではないが、細胞凝集塊Aのサイズ、形状をより均一にする観点からは、好ましくは支持体の表面全体の0.5%~90%であり、より好ましくは5%~25%である。
【0039】
本実施形態の細胞培養基材10は、細胞接着層領域Xと細胞非接着層領域Yとを有していればよいが、細胞接着層領域Xと細胞非接着層領域Yとがパターン状を有しているものが特に好ましい。
本発明において「パターン状」とは、ある程度のばらつきをもって細胞接着層領域Xと細胞非接着層領域Yとが培養表面全体に分散して存在している状態を意味する。例えば、繰り返しパターンなどがあげられるが、必ずしも繰り返しパターンを形成している必要はない。パターン状の例としては、これに限定するものではないが、例えばライン状、ツリー状(樹状)、網目状、格子状、円形(ドット状)、四角形のパターン、または1もしくは2以上のこれらの組み合わせ等が挙げられる。
パターン状を有することにより、得られる細胞凝集塊Aのサイズ、形状をさらに均一にすることができる。
【0040】
ライン状、ツリー状(樹状)、網目状または格子状のパターン状である場合、特に限定されるものではないが、パターンが線状の場合における細胞接着層領域Xの線幅は、通常10~1000μm、好ましくは30~300μmである。パターンが円形(ドット状)の場合は、細胞接着層領域Xが通常直径が10~1000μm、抗がん剤などのドラッグスクリーニングとしては、30~300μmが好ましい。一方で、再生医学用や初代培養細胞としては、200μm以上が好ましい。また、細胞接着層領域Xの間隔(細胞非接着層領域Yに相当する)は、細胞凝集塊A同士が接着しないように50μm以上あった方が良く、量産性の観点から、1000μm以下であることが望ましい。
【0041】
以下、本実施形態の細胞培養基材を構成する各層について説明する。
【0042】
(細胞接着層)
細胞接着層は、細胞接着性を有する細胞接着材料を主原料とする薄膜である。細胞接着層は細胞非接着層の下層として配されることにより、細胞培養基材表面の細胞接着性を高める機能を有する。
【0043】
<細胞接着材料>
細胞接着材料は、細胞接着性を有しているものであれば特に限定されず、細胞が接着可能であるかまたは接着しやすいあらゆる材料を含む。細胞接着材料としては、これに限定するものではないが、例えば水膨潤性粘土鉱物、シリカなどの無機材料;フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、コラーゲン、プロテオグリカンなどの血清・細胞外マトリクス成分;RGDペプチド、CS-1ペプチドなどの細胞接着ペプチド;ポリリジン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミンなどのポリマー化合物などが挙げられる。これらの中でも、耐水性および支持体への密着性に優れる観点から、水膨潤性粘土鉱物、シリカなどの無機材料が好ましい。細胞接着材料は、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0044】
水膨潤性粘土鉱物としては、層状に剥離可能な水膨潤性粘土鉱物が挙げられ、好ましくは水または水と有機溶剤との混合溶液中で膨潤し均一に分散可能な粘土鉱物、より好ましくは水中で分子状(単一層)またはそれに近いレベルで均一分散可能な無機粘土鉱物が用いられる。具体的にはナトリウムを層間イオンとして含む水膨潤性ヘクトライト、水膨潤性モンモリロライト、水膨潤性サポナイト、水膨潤性合成雲母等が挙げられる。これらの粘土鉱物を混合して用いても良い。
【0045】
シリカ(SiO2)としては、コロイダルシリカが挙げられ、好ましくは水溶液中で均一に分散可能で、粒径が10nm~500nmのコロイダルシリカ、より好ましくは粒径が10~50nmのコロイダルシリカが用いられる。
【0046】
細胞接着層に含まれる細胞接着材料の含有量は、特に限定されないが、例えば、細胞接着層の固形分総量を基準として、50~100質量%の細胞接着材料を含むことが好ましい。
【0047】
細胞接着層は、上記細胞接着材料以外に、本発明の効果を阻害しない範囲で、公知の添加剤を含んでもよい。例えば防腐剤や抗菌剤、着色料、香料、酵素、糖類、たんぱく質、ペプチド類、アミノ酸類、細胞、DNA類、塩類、水溶性有機溶剤類、界面活性剤、高分子化合物、レベリング剤等が挙げられる。上記高分子化合物は、例えば、下限臨界溶解温度(LCST)を有する温度応答性高分子であってもよい。LCSTを有する温度応答性高分子を配合した場合、培地温度を下げることにより、接着している細胞が、容易に自然剥離することができ好ましい。このような性質を示す温度応答性高分子として、ポリN-イソプロピルアクリルアミドなどが好適に用いることが出来る。添加剤の含有量は、細胞の培養性に影響が無ければ、特に限定されないが、細胞接着材料に対する固形分換算で、0.01~50質量%が好ましい。また、細胞接着材料として無機材料を用いた場合、温度応答性高分子の含有量は、無機材料に対する固形分換算で「(無機材料質量/温度応答性高分子質量)×100」、1~1500質量%が好ましい。
【0048】
<水接触角>
細胞接着層は、水を接触させたときの接触角が、20°以上であることが好ましく、より好ましくは30°以上、さらに好ましくは40°以上である。また、同接触角が、90°以下であることが好ましく、より好ましくは70°以下である。水接触角が上記範囲内であると、細胞の接着が十分であり、立体的な細胞凝集塊を形成しやすくなる。
本発明において水接触角は、液滴法により測定される静的接触角を意味し、市販の接触角測定装置等により測定することができる。
【0049】
<フィブロネクチン吸着量>
細胞接着層は、フィブロネクチンを吸着させたときのフィブロネクチン吸着量が、0.1μg/cm2以上であることが好ましく、より好ましくは0.5μg/cm2以上、さらに好ましくは1μg/cm2以上である。また、同フィブロネクチン吸着量が、100μg/cm2以下であることが好ましく、より好ましくは50μg/cm2以下、さらに好ましくは20μg/cm2以下である。フィブロネクチン吸着量が上記範囲内であると、細胞の単層化・伸展を抑えることができ、立体的な細胞凝集塊を形成させやすくなる。
なお、フィブロネクチン吸着量は後述する実施例に記載の方法で測定することができる。
【0050】
(細胞非接着層)
細胞非接着層は、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を主原料とする薄膜である。細胞非接着層は、細胞接着層の上層として配されることにより、細胞培養基材表面の細胞接着性を適度に阻害する機能を有する。
【0051】
<細胞非接着材料>
細胞非接着材料は、細胞非接着性を有しているのであれば特に限定されず、細胞が接着可能でないかまたは接着しにくいあらゆる材料を含む。例えば、撥水性または撥油性を有する材料や、超親水性を有する材料も用いることができる。具体的には、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール等の低分子のエチレングリコール系材料;デシルメトキシシランなどの長鎖アルキル系材料;フルオロアルキルシランなどのフッ素系材料;シリコンなどの撥水性材料;ポリビニルアルコール、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリN,N-ジメチルアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、MPCポリマー等のリン脂質含有ポリマーまたはこれらの誘導体などから選択される親水性高分子セグメントを有する高分子材料;BSAタンパク等が挙げられる。細胞非接着材料は、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
細胞非接着層の材料としては、上記の中でも親水性高分子セグメントを有する高分子材料を用いるのが好ましい。親水性高分子セグメントを有する高分子材料は、細胞との優れた細胞非接着性を有し、且つ細胞毒性をほとんど示さないため、細胞凝集塊を精度よく形成できる傾向がある。
【0052】
細胞接着材料として無機材料を用いた場合、細胞非接着材料は、無機材料とイオン結合や水素結合などの相互作用を有するものが好ましく、特に無機材料と相互作用を有する親水性高分子セグメントを有する高分子材料が好ましい。
無機材料と相互作用を有する親水性高分子セグメントを有する高分子材料としては、限定されるものではないが、例えば、特開2017-214450号公報に開示されるような、親水性高分子セグメントおよび疎水性高分子セグメントを含むブロック共重合体(ブロックポリマー)である高分子材料を好適に用いることができる。親水性高分子セグメントの構成要素である親水性モノマーの好適な例としては、限定されるものではないが、例えばアルキルアクリルアミド、モルホリン含有アクリルアミド、アルコキシポリエチレングリコールアクリレート等が挙げられる。疎水性高分子セグメントの構成要素である疎水性モノマーの好適な例としては、限定されるものではないが、例えばアルコキシエチルアクリレート、アルコキシエチルメタクリレート等が挙げられる。
本実施形態の細胞培養基材に用いられる親水性高分子セグメントを有する高分子材料としては、疎水性モノマーである2-メトキシエチルアクリレート(MEA)、親水性モノマーであるN,N-ジメチルアクリルアミド(DMAA)をモノマー単位として含むのが好ましく、MEA-DMAA-MEAの構成を有するトリブロックポリマーが特に好ましい。MEAとDMAAの重合度比(MEA/DMAA)が、1/100~10/1が好ましく、1/50~5/1がより好ましく、1/10~2/1が特に好ましい。上記範囲であると細胞培養基材表面の細胞接着性を適度に阻害でき、細胞の単層化・伸展を抑えることができ、立体的な細胞凝集塊を形成させやすくなる。
【0053】
細胞非接着層に含まれる細胞非接着材料の含有量は特に限定されないが、例えば、細胞非接着層の固形分総量を基準として、50~100質量%の細胞非接着材料を含むことが好ましい。
【0054】
細胞非接着層は、上記細胞非接着材料以外に、本発明の効果を阻害しない範囲で、公知の添加剤を含んでもよい。添加剤は、上述した細胞接着層で述べたものと同様である。
【0055】
<水接触角>
細胞非接着層は、水を接触させたときの水接触角が、10°以上であることが好ましく、より好ましくは30°以上、さらに好ましくは40°以上である。また、同接触角が、70°以下であることが好ましく、より好ましくは60°以下、さらに好ましくは55°以下である。水接触角が上記範囲内であると、細胞の接着が十分であり、立体的な細胞凝集塊を形成しやすくなる。
【0056】
<フィブロネクチン吸着量>
後述の実施例に記載の方法で測定した場合、細胞非接着層は、フィブロネクチンを吸着させたときのフィブロネクチン吸着量が、0.001μg/cm2以上であることが好ましく、より好ましくは0.01μg/cm2以上、さらに好ましくは0.1μg/cm2以上である。また、同フィブロネクチン吸着量が、10μg/cm2以下であることが好ましく、より好ましくは5μg/cm2以下、さらに好ましくは1μg/cm2以下である。フィブロネクチン吸着量が上記範囲内であると、細胞の単層化・伸展を抑えることができ、立体的な細胞凝集塊を形成させやすくなる。
【0057】
(細胞培養基材の物性)
<厚み>
細胞培養基材の総厚みは、接着する細胞種や用途等に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。細胞培養基材の総厚みとは、細胞培養基材を構成する各層の厚みの総和を意味する。細胞培養基材の総厚みは、好ましくは11nm以上、より好ましくは30nm以上、さらに好ましくは50nm以上であり、好ましくは50μm以下、より好ましくは15μm以下、さらに好ましくは1μm以下である。総厚みが上記範囲の細胞培養基材であれば、表面平滑度が高く、膜厚均一な基材となる傾向にある。なお、支持体などの上に任意の基材層が設けられる場合、基材層の厚みは、本発明の効果を阻害しない範囲内で適宜設定すればよい。
【0058】
細胞接着層の厚みは、好ましくは10nm以上、より好ましくは20nm以上、さらに好ましくは40nm以上であり、好ましくは50μm以下、より好ましくは20μm以下、さらに好ましくは10μm以下である。厚みが10nm以上であれば、支持体などの表面の領域の影響を受けにくいため好ましい。また、厚みが10μm以下であれば膜形成が比較的容易である。
【0059】
細胞非接着層の厚みは、好ましくは1nm以上、より好ましくは10nm以上、さらに好ましくは20nm以上であり、好ましくは1000nm以下、より好ましくは300nm以下、さらに好ましくは50nm以下である。厚みが1nm以上であれば、立体的であり且つ容易に回収できる細胞凝集塊を形成させやすくなる。また、厚みが1000nm以下であれば膜形成が比較的容易である。
【0060】
細胞接着層と細胞非接着層との厚みの比率〔(細胞接着層)/(細胞非接着層)〕は、好ましくは0.01以上、より好ましくは0.1以上、さらに好ましくは1以上であり、好ましくは50,000以下、より好ましくは5,000以下、さらに好ましくは500以下である。厚みの比率が上記範囲の細胞培養基材であれば、表面平滑度が高く、膜厚が均一で、表面接着する細胞凝集塊が形成しやすい傾向にある。
【0061】
<細胞接着材料の露出度>
細胞接着材料が層状粘土鉱物の場合、水膨潤性粘土鉱物単独時のSi、Mg原子濃度の総量を100%として算出された水膨潤性粘土鉱物の露出度(%)[(細胞培養基材の表面におけるSi、Mg原子濃度の総量)/(単独の水膨潤性粘土鉱物のSi、Mg原子濃度の総量)×100]は、好ましくは3%以上、より好ましくは10%以上であり、好ましくは70%以下、より好ましくは30%以下である。露出率が上記範囲の細胞培養基材であれば、表面接着する細胞凝集塊が形成しやすい傾向にある。原子濃度は、例えばX線光電子分光法(XPS)によって求めることができ、具体的には、後述する実施例に記載の方法に従い元素分析することにより算出される原子濃度をいう。層状粘土鉱物以外の材料の場合も同様に原子濃度の総量を測定することができる。
【0062】
(細胞培養基材の形状)
細胞培養基材の形状は、細胞培養できるものであれば、特に限定されない。例えば、フィルム状のもの、皿状のもの、ボトル(ビン)状のもの、チューブ状のもの、太さ5nm~5mmの糸状または棒状のもの、バッグ(袋)状のもの、マルチウエルプレート状のもの、マイクロ流路状のもの、多孔質膜状または網状のもの(例えばトランスウエル、セルストレイナー)、粒径が好ましくは10~2000μm、より好ましくは100~500μmの球状のものなどが挙げられる。
【0063】
<支持体>
細胞培養基材は、支持体を含まなくてもよいが、輸送や保管等の利便性の面から支持体を含むのが好ましい。
支持体の材質は、培養基材が十分接着でき、且つ接着された培養基材上で細胞培養が可能であれば、特に限定されない。例えば、ポリスチレンのようなスチレン系樹脂、ポリプロピレンのようなポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスルホン系樹脂、フッ素系樹脂、セルロースのような多糖類天然高分子、ガラスやセラミックスのような無機材料、ステンレス、チタンのような金属類材料が好適に用いられる。
【0064】
支持体の形状には特に限定はなく、本発明の細胞培養基材の支持体となりうる形状であればよい。例えばフィルム状のもの、膜状のもの、板状のもの、球状のもの、多角形状のもの、棒状のもの、皿状のもの、ボトル(ビン)状のもの、チューブ状のもの、針・糸状のもの、繊維状のもの、バッグ(袋)状のもの、マルチウエルプレート状のもの、マイクロ流路状のもの、多孔質膜状または網状のもの(例えばトランスウエル、セルストレイナー)等が挙げられる。これらを組み合わせた形状でも良いし、特定の形状を有さない不定形状の支持体であっても良い。
【0065】
細胞培養基材は、基材単体で用いてもよいが、支持体を含む細胞培養器材として用いることが好ましい。細胞培養器材とした場合、輸送や保管等の利便性に優れるほか、そのまま培養容器や培養用担体として用いることもできるからである。なお、支持体から剥がして単独に使用してもよい。
【0066】
(細胞培養基材の製造方法)
細胞培養基材は、支持体に、細胞接着層及び細胞非接着層を積層させることにより製造することができる。細胞接着層及び細胞非接着層の成形方法は、公知の方法を適宜適用することができ、その種類は特に限定されない。例えば、支持体へ材料を含む溶液を塗布し、乾燥してコーティングする方法、支持体へ材料を吸着させる方法、支持体へ材料をコーティングした後に更に架橋処理を施す方法等が挙げられる。細胞接着層と細胞非接着層との積層方法は、公知の方法を適宜適用することができ、その種類は特に限定されない。
【0067】
細胞培養基材の製造方法としては、例えば、細胞接着材料を含有する分散液または溶液を支持体の表面に塗布し乾燥して、細胞接着層を形成する工程、
形成した細胞接着層の上に、前記細胞非接着材料を含有する溶液を塗布し乾燥して、細胞非接着層を形成する工程を行うこと等が挙げられる。
【0068】
分散液または溶液の溶媒種は、細胞接着材料、細胞非接着材料、任意の添加剤等を含むことができればよく、特に限定されない。例えば水、または水と混和性を有する溶剤及び/またはその他の化合物を含む水溶液であってよく、その中には更に、本発明の効果を阻害しない範囲内で、防腐剤や抗菌剤、着色料、香料、酵素、たんぱく質、コラーゲン、糖類、ペプチド類、アミノ酸類、細胞、DNA類、塩類、水溶性有機溶剤類、界面活性剤、高分子化合物、レベリング剤などを含んでもよい。
【0069】
分散液または溶液中の細胞接着材料の含有量は、塗布性や分散性を考慮して、通常、0.001~20質量%であり、0.01~5質量%が好ましい。
【0070】
溶液中の細胞非接着材料の含有量は、塗布性や分散性を考慮して、通常、0.001~20質量%であり、0.01~5質量%が好ましい。
【0071】
分散液または溶液の塗布方法は、公知慣用の方法でよく、例えば、分散液や溶液を支持体などに流延させる方法やバーコーターやスピンコーターによる塗布法、または噴霧などのスプレー法等が挙げられ、また、細胞接着層領域と細胞非接着層領域がパターン形状を有する場合、パターン形状に塗布する場合は、模様のあるゴム版に分散液をつけてから支持体などに転写する方法、また支持体などに塗布しない部分を予め遮蔽して塗布後遮蔽部分を取り除く方法、ディスペンサーやインクジェットプリンター方式による塗布方法等が挙げられる。
【0072】
乾燥方法も、分散液または溶液中の揮発成分が揮発し、細胞接着材料または細胞非接着材料の薄層ができれば、任意の方法でよい。例えば、室温自然乾燥、室温の風や加熱または熱風による乾燥、遠赤外線乾燥などがあげられる。或いは分散液または溶液をスピンコーターで回転しながら熱風を当てたり加熱したりする方法も挙げられる。
【0073】
以下に、細胞培養基材の好ましい製造方法の一例について説明する。
支持体としてのウエルプレートのウエル内に、細胞接着材料を含む溶液を入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、室温(20~25℃)~80℃で乾燥させる。続いて、必要に応じて洗浄して乾燥する。乾燥後のウエルプレートのウエル内に、細胞非接着材料を含む溶液を入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、室温~80℃で乾燥させる。乾燥後のウエルプレートを、蒸留水で数回リンスして、室温~80℃で一晩乾燥させることにより、細胞培養基材が得られる。
【0074】
(細胞培養基材の用途)
本発明の細胞培養基材は、様々な細胞、特に動物細胞を好適に培養することが可能である。動物細胞としては、由来は動物であればよく、ヒト、マウス、サル等が挙げられ、人工細胞であっても構わない。細胞種としては特に限定は無いが、上皮細胞(角膜上皮細胞など)、内皮細胞(ヒト臍帯静脈内皮細胞など)、線維芽細胞(ヒト皮膚線維芽細胞、マウス線維芽細胞など)、血球細胞、収縮性細胞(骨格筋細胞、心筋細胞など)、血液と免疫細胞(赤血球、マクロファージなど)、神経細胞(ニューロン、グリア細胞など)、色素細胞(網膜色素細胞など)、肝細胞、軟骨細胞、骨芽細胞、幹細胞(ES細胞、iPS細胞、造血幹細胞、皮膚幹細胞、生殖幹細胞、EC細胞、EG細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞)、各種がん細胞等が挙げられる。
【0075】
本発明の細胞培養基材を用いて得られる細胞凝集塊は、サイズが均一で、平面培養では得られない高い細胞活性が見られる事から、例えば薬物の毒性試験や薬効スクリーニング、動物実験の代替となる安全性評価モデルの構築、再生医療などに好適に用いることができる。
【0076】
(細胞の培養方法)
培養方法としては、公知慣用の方法を用いればよく、例えば皿状容器の底面に形成させた培養基材に、所定量の培地や培養試薬を入れ、細胞を播種して、所定温度、CO2濃度条件で培養してもよい。さらに、細胞培養液にコラーゲンやラミニンなどの足場剤や、培養液の粘性を上げるためにメチルセルロース等を使用してもよい。一方、前記細胞接着層と前記細胞非接着層が積層されている細胞接着領域が含まれておれば、細胞培養容器の形状にとらわれない。しかしながら、創薬スクリーニングの用途として均一な接着状態の細胞凝集塊を培養する場合、均一な接着状態の細胞凝集塊の直径は約10μm~約1000μmが好ましく、約50μm~約500μmがより好ましく、約80μm~約300μmがさらに好ましい。一方、均一な接着状態の細胞凝集塊の高さは約30μm~約500μmが好ましく、約50μm~約300μmがより好ましい。
【0077】
(細胞の剥離方法)
培養された細胞を基材から剥がす方法としては特に限定されないが、例えば、ピペットで培地を吸ったり出したりする「ピペッティング」操作で、穏やかな水流で細胞に物理的刺激を与えて、細胞を剥離してもよい。細胞接着層に温度応答性のポリマーを含有する場合は、温度を下げるだけで細胞を回収できる。
【0078】
細胞同士の結合を切り、単一細胞にしたい場合は、酵素処理による剥離法を使用してもよい。使用するタンパク分解酵素の種類は、細胞の種類により適宜選択すればよい。例えば、トリプシン、トリプシン/EDTA、TrypLE Select(Thermo Fisher Scientific社)が挙げられる。処理温度や時間は、細胞の種類や基材との接着強さにより適宜調整すればよい。例えば、培養終了後、培地を除去し、緩衝液等で細胞を洗浄して、酵素溶液を加え、37℃一定時間静置した後、酵素溶液を除去し、所定温度(6℃~37℃)の緩衝液または培地を加え、静置または「ピペッティング」操作により細胞を剥離する方法が挙げられる。
【実施例0079】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
<実施例1>
[細胞接着材料を溶媒に溶解させた溶液aの調製]
細胞接着材料として、水膨潤性粘土鉱物Laponite XLG(Rockwood Additives Ltd.社製(表中、Clayと略称する)0.16g、溶媒として蒸留水10gを室温で均一に混合して、1.6%Clay水溶液である、溶液aを調製した。
【0081】
[細胞非接着材料を溶媒に溶解させた溶液bの調製]
細胞非接着材料として、特開2017-214450の合成例1に従って合成した、MEA-DMAA-MEA(重合度:250-1500-250)の構成を有するトリブロックポリマーを用いた。具体的には、疎水性モノマーである2-メトキシエチルアクリレート(MEA、大阪有機化学株式会社製)2.915gと、RAFT剤であるジベンジルトリチオカーボネート0.013gと、重合開始剤であるジメチル2,2-アゾビス(2-メチルプロピオナート)0.002gと、溶媒であるtert-ブタノール7.2gおよび蒸留水0.8gとを混合し、窒素ガスにて60分間バブリングさせた。得られた溶液を70℃で7時間撹拌することで、重合反応を行った。次いで、親水性モノマーであるN,N-ジメチルアクリルアミド(DMAA、KJケミカルズ株式会社製)6.66gと、溶媒であるtert-ブタノール27.3gおよび蒸留水3.0gとを混合し、窒素ガスにて60分間バブリングさせた。調製したDMAAを含む溶液を、上記で得られた反応溶液に添加し、70℃で20時間撹拌することで、重合反応を行った。
1H-NMRから測定したこの段階でのMEAのコンバージョンは100%、DMAAのコンバージョンは99%であった。また、重量平均分子量(Mw)および数平均分子量(Mn)を測定したところ、重量平均分子量(Mw)は226000であり、数平均分子量(Mn)は103000であった。
この結果、MEA-DMAA-MEA(重合度:250-1500-250)の構成を有するトリブロックポリマー(表中、MD3と略称する)を得た。
【0082】
上記のようにして得られたMEA-DMAA-MEA(重合度:250-1500-250)の構成を有するトリブロックポリマーに、濃度が0.01重量%となるようにメタノールを加えて、均一に混合して、0.01%MD3メタノール溶液である、溶液bを調製した。
【0083】
[細胞培養基材の作成]
支持体としてIWAKI製組織培養用の6ウエルプレートのウエル内に、0.8mLの溶液aを入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、60℃で乾燥させ、細胞接着層を形成した。次いで、蒸留水で3回リンスした後60℃で乾燥させた。該乾燥後のプレートのウエル内に、0.8mLの溶液bを入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、60℃で乾燥させ、細胞非接着層を形成した。更に、該乾燥プレートを、蒸留水で3回リンスして、40℃の乾燥機で一晩乾燥し、実施例1の細胞培養基材を作製した。
【0084】
<実施例2~6>
実施例1において、溶液bを0.04%、0.08%、0.15%、0.3%および1.0%MD3メタノール溶液にそれぞれ変更した以外は同様の方法で、実施例2~6の細胞培養基材をそれぞれ作製した。
【0085】
<実施例7>
実施例1において、溶液aを0.1%Clay水溶液、溶液bを0.08%MD3メタノール溶液に変更した以外は同様の方法で、実施例7の細胞培養基材を作製した。
【0086】
<実施例8>
実施例1において、溶液aを5%Clay水溶液、溶液bを0.08%MD3メタノール溶液に変更した以外は同様の方法で、実施例8の細胞培養基材を作製した。
【0087】
<実施例9>
支持体としてのIWAKI製組織培養用6ウエルプレートのウエル内に、直径が500μmのドット状、ドット間距離が500μmのゴム版を用いて、適量の実施例1の溶液a(1.6%Clay水溶液)をゴム版に塗ってからウエル底面に押して溶液aをドット状に塗布して、60℃で乾燥して、蒸留水で3回リンスして再び60℃で乾燥させて、ドット状細胞接着層を形成させた。乾燥後のプレートのウエル内に、0.8mLの実施例3の溶液b(0.08%MD3メタノール溶液)を入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、60℃で乾燥させ、細胞非接着層を形成した。更に、該乾燥プレートを、蒸留水で3回リンスして、40℃の乾燥機で一晩乾燥し、下層にドット状細胞接着層、上層に細胞非接着層を備える、実施例9の細胞培養基材を作製した。
【0088】
<実施例10>
実施例9において、溶液aを0.8%Clay水溶液に変更した以外は同様な方法で、下層にドット状細胞接着層、上層に細胞非接着層を備える、実施例10の細胞培養基材を作製した。
【0089】
<実施例11>
実施例1において、溶液bを0.02%ポリビニルピロリドン(表中、PVPと略称する)エタノール溶液に変更した以外は同様の方法で、実施例11の細胞培養基材を作製した。
なお、実施例11の溶液bである0.02%PVPエタノール溶液は、ポリビニルピロリドンK90(和光純薬株式会社製)0.002g、溶媒としてエタノール10gを室温で均一に混合して調製したものを用いた。
【0090】
<実施例12>
[温度応答性を有する細胞接着材料を溶媒に溶解させた溶液aの調製]
温度応答性重合体を合成するモノマーとして、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)(株式会社興人製)1.13g、細胞接着材料として、水膨潤性粘土鉱物Laponite XLG(Rockwood Additives Ltd.社製0.16g、溶媒として蒸留水40gを室温で均一に混合し、更に、光重合開始剤としてIrg184(1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、富士フイルム和光純薬株式会社製)の2質量%のエタノール溶液200μLを混合して反応液を調製した。次いで、窒素雰囲気下で、45℃に加温した上記反応液をマグネチックスターラーで撹拌しながら、365nmにおける紫外線強度が40mW/cm2の紫外線を3分間照射し、NIPAMを重合反応させ、僅かに白濁したNIPAMの重合体と粘土鉱物からなる有機無機複合体分散液Nを作製した。更に、この分散液N全量に、エタノール792gを混合して溶液a12(表1には0.155%Nと略称する)を調製した。
【0091】
[細胞培養基材の作成]
実施例3において、溶液aを溶液a12に変更した以外は同様の方法で、実施例12の細胞培養基材を作製した。
【0092】
<比較例1>
支持体としてIWAKI製組織培養用の6ウエルプレートのウエル内に、0.8mLの実施例1の溶液aを入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、60℃で乾燥させた。更に、該乾プレートを、蒸留水で3回リンスして、40℃の乾燥機で一晩乾燥し、比較例1の細胞培養基材を作製した。
【0093】
<比較例2>
溶液bを先に塗布し、細胞非接着層を形成してから、溶液aを塗布して細胞接着層を形成させる、実施例1と逆の手順で細胞培養基材を作製した。すなわち、実施例1の細胞培養基材は、下層に細胞接着層、上層に細胞非接着層を備えるのに対して、比較例2の細胞培養基材は、下層に細胞非接着層、上層に細胞接着層を備える点で異なる。言い換えれば、比較例2の細胞培養基材の積層順序が、実施例1のものとは逆になっている。
具体的には、支持体としてIWAKI製組織培養用の6ウエルプレートのウエル内に、0.8mLの実施例1の溶液bを入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、60℃で乾燥させ、細胞非接着層を形成した。次いで、蒸留水で3回リンスした後60℃で乾燥させた。該乾燥後のプレートのウエル内に、0.8mLの実施例1の溶液aを入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、60℃で乾燥させ、細胞接着層を形成した。更に、該乾燥プレートを、蒸留水で3回リンスして、40℃の乾燥機で一晩乾燥し、比較例2の細胞培養基材を作製した。
【0094】
<比較例3>
溶液bを先に塗布し、細胞非接着層を形成してから、溶液aをドット状に塗布して細胞接着層パターンを形成させる、実施例9と逆の手順で細胞培養基材を作製した。すなわち、実施例9の細胞培養基材は、下層にドット状細胞接着層、上層に細胞非接着層を備えるのに対して、比較例3の細胞培養基材は、下層に細胞非接着層、上層にドット状細胞接着層を備える点で異なる。言い換えれば、比較例3の細胞培養基材の積層順序が、実施例9のものとは逆になっている。
具体的には、支持体としてのIWAKI製組織培養用6ウエルプレートのウエル内に、
0.8mLの実施例3の溶液b(0.08%MD3メタノール溶液)を入れ、ウエル底面を溶液が全面に濡れるように溶液を流延させた後、余分の溶液を除去して、60℃で乾燥させ、細胞非接着層を形成した。次いで、蒸留水で3回リンスした後60℃で乾燥させた。該乾燥後のプレートのウエル内に、直径が500μmのドット状、ドット間距離が500μmのゴム版を用いて、適量の実施例1の溶液a(1.6%Clay水溶液)をドット状に塗布して、60℃で乾燥して、蒸留水で3回リンスして再び60℃で乾燥させて、ドット状細胞接着層を形成させた。更に、該乾燥プレートを、蒸留水で3回リンスして、40℃の乾燥機で一晩乾燥し、下層に細胞非接着層、上層にドット状細胞接着層を備える、比較例3の細胞培養基材を作製した。
【0095】
<比較例4>
比較例4の細胞培養基材として、市販の低細胞・低たんぱく吸着培養器材EZ-BindShutII(IWAKI製)の6ウエルプレートを用いた。
【0096】
<比較例5>
比較例5の細胞培養基材として、市販のIWAKI製組織培養用6ウエルプレート(実施例1のコート用支持体)を用いた。
【0097】
[細胞培養基材の評価]
上記の実施例及び比較例より得られた細胞培養基材について、下記の評価手法及び評価基準に従って物性評価を行った。
【0098】
<水接触角>
細胞接着層、細胞非接着層および細胞培養基材の表面の20℃における水の接触角を接触角測定装置(協和界面科学株式会社製「DropMaster500」)を用いてそれぞれ測定した。結果を表1および表2に示す。なお、細胞非接着層の水接触角の値は、支持体に直接コートした場合の値である。
【0099】
<フィブロネクチン吸着量>
フィブロネクチン(ウシ血漿由来、富士フイルム和光純薬(株)製)(表中、FNと略称する)を、濃度が10mg/mLになるようにPBSに添加し、フィブロネクチン含有液を得た。このフィブロネクチン含有液を6ウエルプレートのウエルに1.5mL添加し、37℃で18時間インキュベートし、フィブロネクチンを細胞接着層、細胞非接着層および細胞培養基材の表面に接着させた。次に、添加したフィブロネクチン含有液を回収し、BCA Protein Assay Kitを用い、上記と同じフィブロネクチン含有液から検量線を作成して、回収液中のフィブロネクチン量を測定した。この測定結果から細胞接着層、細胞非接着層および細胞培養基材の表面へのフィブロネクチンの吸着量をそれぞれ算出した。結果を表1および表2に示す。なお、細胞非接着層のFN吸着量の値は、支持体に直接コートした場合の値である。
【0100】
<細胞接着材料の露出度>
細胞接着材料である水膨潤性粘土鉱物および細胞培養基材の表面の組成をXPS測定装置(Quantera SXM アルバックファイ社製)を用いて下記の条件で測定し水膨潤性粘土鉱物の成分であるSi、Mgを検出した。水膨潤性粘土鉱物単独時のSi、Mg原子濃度の総量を100%として算出された水膨潤性粘土鉱物の露出度(%)[(細胞培養基材の表面におけるSi、Mg原子濃度の総量)/(単独の水膨潤性粘土鉱物のSi、Mg原子濃度の総量)×100]を算出した。結果を表1および表2に示す。
・XPS装置
・X線源:単色化AlKα、ビーム径100μmφ、出力25W
・測定:エリア測定(ポイントφ100μm)、n=3
・帯電補正:C1s=284.8eV(C-C結合の文献値)
【0101】
<厚み>
細胞培養基材の各層の厚みを、株式会社キーエンス製の形状解析レーザ顕微鏡VK-Xシリーズ、(株)日立ハイテクサイエンス製の白色干渉顕微鏡VS1540、および大塚電子(株)製の顕微分光膜厚計(型式OPTM-A1)を用いてそれぞれ測定した。
形状解析レーザ顕微鏡と白色干渉顕微鏡を用いた場合は、予め支持体表面のある部分にマスキングテープを貼り、塗布液を塗布した後マスキングテープを剥がして、未塗布部分と塗布部分の境界付近の段差を測定して膜厚を求めた。結果を表1および表2に示す。なお、細胞非接着層の厚みは、支持体に直接コートした場合の値である。
【0102】
<細胞増殖性能>
細胞培養基材に、ジャパニーズ・コレクション・オブ・リサーチ・バイオリソーシス(JCRB)から入手したCHO-K1細胞をHam‘sF12培地(富士フィルム和光純薬(株))に、BALB/3T3 clone A31細胞をD-MEM培地(富士フイルム和光純薬(株))に懸濁し、1.0×104 cells/cm2となるように、5.0×104 cells/mLの細胞を播種し、37℃、5%CO2条件下で培養を行った。
培地交換は、培養3日目、6日目に培地を全量除去後、血清培地を2mL添加して行った。7日間増殖させた細胞を顕微鏡で確認した。細胞増殖性能は、下記の基準で評価した。結果を表1および表2に示す。
◎(優) :培地交換により剥離しないサイズが均一な細胞凝集塊(直径誤差±30%未満)が接着して増殖
〇(良) :培地交換により剥離しないサイズが不均一な細胞凝集塊(直径誤差±30%以上)が接着して増殖
△(可) :サイズが不均一な細胞凝集塊(直径誤差±30%以上)が接着して増殖し、培地交換により1~70%の細胞凝集塊が剥離
×(不可):細胞凝集塊が形成されず、細胞が未コート品同様であるか、またはサイズが不均一で、浮遊状態の細胞凝集塊が形成(表面に接着せず)
【0103】
上記の方法で19日間培養したCHO細胞の細胞凝集塊を任意に10個選び、平均の直径(細胞凝集塊平均直径)と平均の高さ(細胞凝集塊平均高さ)をVHX7000(株式会社キーエンス)を用いて計測したところ、表1のような結果が得られた。
【0104】
<実施例12の細胞培養基材における温感剥離評価>
実施例12の細胞培養基材をCHO細胞で7日間培養した結果、平均直径約200μmの細胞塊が表面に接着した状態で観察された。次いで、古い37℃の培養液を除去し、冷蔵庫に保管の6℃の培養液を加えて、室温(20~25℃)で5分静置した後、培養容器を軽く回したところ、接着した細胞凝集塊が自然に剥がれた。この細胞の低温による自然剥離性能は、細胞接着材料に配合されたNIPA重合体が、水溶液中での溶解性が温度に依存するからである。即ち、NIPA重合体は、約32℃以上の水中では溶解しにくく、一方約32℃以下の水中では溶解するため、培養温度37℃では、NIPA重合体が水に不溶で(疎水性を示す)、細胞が接着しやすく、6℃の冷たい培養液に変えると、NIPA重合体が水溶性(親水性)を示し、細胞の接着性が弱まり自然に剥がれるからである。
【0105】
【0106】
【0107】
実施例1~12の本発明に係る細胞培養基材は、細胞を接着状態で三次元培養できるものであり、良好な細胞凝集塊を得ることができた。実施例1~12の細胞培養基材により得られた細胞凝集塊は、培地の吸引による除去や、培地の添加時に移動しなかった。また、細胞凝集塊の接着強さを確認するため、分注ピペットで培地を吸って細胞にやや強くかけてみたところ、細胞凝集塊が剥離することが観察された。これらは、培地交換で細胞凝集塊が失ったり、細胞凝集塊同士が不要に融合することを防ぐことができる。特に、実施例9~10の細胞接着層と細胞非接着層が積層されている細胞接着領域をドット状にパターニングした細胞培養基材(
図2)は、均一なサイズの細胞凝集塊が得られたため、薬剤スクリーニングなど定量的な培養法に好適に用いることができる。
一方、細胞接着材料のみからなる層を配置した比較例1、上層に細胞接着層を備える比較例2~3、および市販の細胞培養基材である比較例4~5の細胞培養基材は、細胞凝集塊が形成されず、細胞が未コート品同様であるか、またはサイズが不均一で、浮遊状態の細胞凝集塊が形成された。