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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022045633
(43)【公開日】2022-03-22
(54)【発明の名称】抗真菌剤組成物、化合物及び抗真菌剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/06 20060101AFI20220314BHJP
   C12N 9/26 20060101ALI20220314BHJP
   A61P 31/10 20060101ALI20220314BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220314BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALI20220314BHJP
   A61K 38/46 20060101ALI20220314BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20220314BHJP
   C12N 15/56 20060101ALN20220314BHJP
   C07K 19/00 20060101ALN20220314BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20220314BHJP
【FI】
A61K45/06
C12N9/26 Z
A61P31/10
A61P43/00 111
A61P43/00 121
A61K31/7048
A61K38/46
C12N15/29 ZNA
C12N15/56
C07K19/00
C12N15/62 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020151325
(22)【出願日】2020-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100145012
【弁理士】
【氏名又は名称】石坂 泰紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182914
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 善紀
(72)【発明者】
【氏名】神谷 典穂
(72)【発明者】
【氏名】平良 東紀
【テーマコード(参考)】
4B050
4C084
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
4B050CC02
4B050DD13
4B050GG06
4B050LL01
4C084AA01
4C084AA02
4C084AA07
4C084AA20
4C084BA36
4C084BA44
4C084DC22
4C084NA05
4C084ZB321
4C084ZB322
4C084ZC192
4C084ZC751
4C084ZC752
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA15
4C086MA03
4C086MA05
4C086NA05
4C086ZB32
4H045BA10
4H045BA41
4H045BA50
4H045CA30
4H045DA89
4H045EA20
4H045FA33
4H045FA74
4H045FA83
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】抗真菌剤の単独使用よりも抗真菌活性に優れる抗真菌剤組成物を提供すること。
【解決手段】本開示の一側面は、脂質修飾タンパク質と、可溶化剤と併用して用いる抗真菌剤と、を含む、抗真菌剤組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質修飾タンパク質と、可溶化剤と併用して用いる抗真菌剤と、を含む、抗真菌剤組成物。
【請求項2】
前記脂質修飾タンパク質は脂質部とタンパク質ドメインとを有し、
前記脂質部は、炭素数6~25の脂肪族炭化水素基及びステロール基からなる群より選択される少なくとも一種の官能基を有する、請求項1に記載の抗真菌剤組成物。
【請求項3】
可溶化剤と併用して用いる前記抗真菌剤はアムホテリシンB製剤を含む、請求項1又は2に記載の抗真菌剤組成物。
【請求項4】
脂質部と、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインの少なくとも一方を含むタンパク質ドメインと、を有する、化合物。
【請求項5】
前記脂質部は、炭素数6~25の脂肪族炭化水素基及びステロール基からなる群より選択される少なくとも一種の官能基を有する、請求項4に記載の化合物。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の化合物を含む、抗真菌剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、抗真菌剤組成物、化合物及び抗真菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
真菌症の治療には種々の抗真菌剤が用いられている。例えば、ポリエンマクロライド系薬剤であるアムホテリシンBは抗真菌活性に優れるものとして知られている。抗真菌剤は有益であるものの、多量に使用することによって、副作用の発生及び耐性菌等の発生を誘導し得る懸念がある。そのため、抗真菌剤の使用量を低減することが望まれている。しかし、単純に抗真菌剤の使用量を低減すると十分な効果が得られない場合がある。抗真菌剤の使用量を低減しつつ、十分な抗真菌活性を発揮し得る抗真菌剤組成物を提供することができれば有用である。
【0003】
抗真菌剤の抗真菌活性を増強する作用を有する化合物の検討が行われている。例えば、特許文献1には、アムホテリシンBの抗真菌活性を増強する環状ペプチド化合物が開示されている。
【0004】
タンパク質に脂質を導入する方法として、化学修飾や酵素を用いた様々な方法が知られている(例えば、特許文献2,3及び非特許文献1等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-118912号公報
【特許文献2】国際公開第2018/004014号
【特許文献3】特開2011-219417号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Mari Takahara and Noriho kamiya, “Synthetic Strategies forArtificial Lipidation of Functional Proteins,” Chemistry A European Journal,2020, 26, p.4645-4655
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本開示は、抗真菌剤の単独使用よりも抗真菌活性に優れる抗真菌剤組成物を提供することを目的とする。本開示はまた、新規化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一側面は、脂質修飾タンパク質と、可溶化剤と併用して用いる抗真菌剤と、を含む、抗真菌剤組成物を提供する。
【0009】
本発明者らは、脂質修飾タンパク質に抗真菌剤の抗真菌活性を増強する効果があるという新規知見を見出した。上記抗真菌剤組成物は、上記知見に基づいてなされたものであり、可溶化剤と併用して用いるような抗真菌剤(例えば、アムホテリシンB等)と、脂質修飾タンパク質とを含むことで、上述の抗真菌剤を単独で用いる場合に比べて、抗真菌活性に優れる。上記抗真菌剤組成物は、使用に際し必ずしも可溶化剤を用いる必要はない。
【0010】
上記脂質修飾タンパク質は脂質部とタンパク質ドメインとを有し、上記脂質部は、炭素数6~25の脂肪族炭化水素基及びステロール基からなる群より選択される少なくとも一種の官能基を有してもよい。脂質修飾タンパク質が上述の官能基を含む脂質部を有することで、抗真菌活性の増強効果により優れる。
【0011】
可溶化剤と併用して用いる上記抗真菌剤はアムホテリシンB製剤を含んでよい。
【0012】
本開示の一側面は、脂質部と、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメイン少なくとも一方を含むタンパク質ドメインと、を有する、化合物を提供する。
【0013】
上記化合物は、キチナーゼ由来のタンパク質ドメインに脂質を導入した新規化合物である。当該化合物は、抗真菌剤と併用することによって、抗真菌活性を増強することができる。当該化合物はまた、キチナーゼ由来のタンパク質ドメインを有していることから、単独で用いた場合にも真菌の増殖及び育成を抑制し得る。
【0014】
上記脂質部は、炭素数6~25の脂肪族炭化水素基及びステロール基からなる群より選択される少なくとも一種の官能基を含んでよい。上記化合物が上述の官能基を含むことで、抗真菌活性の増強効果により優れる。
【0015】
本開示の一側面は、上述の化合物を含む、抗真菌剤を提供する。
【0016】
抗真菌剤は、上述の化合物を含むことから優れた抗真菌活性を発揮し得る。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、抗真菌剤の単独使用よりも抗真菌活性に優れる抗真菌剤組成物を提供できる。本開示によればまた、新規化合物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、MALDI-TOF-MSの結果示すグラフである。
図2図2は、吸光度測定の結果を示すグラフである。
図3図3は、抗真菌活性増強効果の評価結果の写真である。
図4図4は、MALDI-TOF-MSの結果示すグラフである。
図5図5は、トリコデルマビリデの生育時間を40時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真である。
図6図6は、トリコデルマビリデの生育時間を60時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真である。
図7図7は、トリコデルマビリデの生育時間を40時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真である。
図8図8は、トリコデルマビリデの生育時間を60時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真である。
図9図9は、抗真菌活性増強効果の評価結果の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本開示の実施形態について説明する。ただし。以下の実施形態は、本開示を説明するための例示であり、本開示を以下の内容に限定する趣旨ではない。本明細書において例示する材料は特に断らない限り、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。組成物中の各成分の含有量は、組成物中の各成分に該当する物質が複数存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0020】
[抗真菌剤組成物]
抗真菌剤組成物の一実施形態は、脂質修飾タンパク質と、可溶化剤と併用して用いる抗真菌剤と、を含む。上記抗真菌剤とは、真菌の増殖及び生育を抑制する作用を有する剤を意味する。
【0021】
脂質修飾タンパク質とは、脂質を導入したタンパク質のことを意味し、脂質部とタンパク質ドメインとが結合したものである。脂質修飾タンパク質は特にこれに限定するものではないが、例えば、化学合成によって調製されたものであってよく、また微生物由来トランスグルタミナーゼの存在下で、タンパク質ドメインと、脂質ペプチドとを反応させて調製されたものであってよい。微生物由来トランスグルタミナーゼを用いる方法で得られる脂質修飾タンパク質は、上記タンパク質ドメインと上記脂質とがイソペプチド結合によって結合されたものであってよい。
【0022】
微生物由来トランスグルタミナーゼを用いて脂質修飾タンパク質を調製する方法では、微生物由来トランスグルタミナーゼがグルタミン(Q)残基を基質として認識できることから、グルタミン残基を含有するペプチド部を有するタンパク質ドメイン及び1級アミノ基を有する化合物、並びにリジン(K)残基を含有するペプチド部を有するタンパク質ドメイン及びグルタミン残基を有する化合物を基質として、当該タンパク質ドメイン及び当該化合物の設計に応じて、種々の脂質修飾タンパク質を調製することができる。なお、脂質修飾タンパク質の調製条件の自由度が比較的広いことから、グルタミン残基を含有するペプチド部を有するタンパク質ドメイン及び1級アミノ基を有する化合物の組合せで脂質修飾タンパク質を調製することが望ましい。
【0023】
上記脂質修飾タンパク質を構成するタンパク質ドメインは、例えば、酵素、緑色蛍光タンパク質、毒素、抗体、及び抗原タンパク質等に由来するタンパク質ドメインを含んでよい。酵素としては、例えば、キチナーゼ等が挙げられる。酵素に由来するタンパク質ドメインは、例えば、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメイン(キチン分解ドメインともいう)の少なくとも一方を含むタンパク質ドメイン等が挙げられる。ここで、キチナーゼは微生物、昆虫、動物又は植物に由来するものであってもよい。キチナーゼとしては、例えば、リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼ、及びガジュマル由来のキチナーゼ等を用いることができる。リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼは、例えば、野生型リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼAであってよく、キチン結合ドメイン(LysM:LysM1及びLysM2)及び触媒ドメイン(CatD)を含む。ガジュマル由来のキチナーゼは、例えば、ガジュマル乳液由来キチナーゼB等であってよい。
【0024】
微生物由来トランスグルタミナーゼを用いて脂質修飾タンパク質を調製する場合には、上述のタンパク質ドメインに、微生物由来トランスグルタミナーゼが当該タンパク質ドメインを基質として認識できるように、例えば、グルタミン残基を露出するように前処理を施した天然タンパク質、及びグルタミン残基を含有するペプチドを導入した融合タンパク質を設計し、これを原料として用いることができる。
【0025】
融合タンパク質は化学合成によって得られるものであっても、形質転換した宿主を利用してタンパク質を発現して得られるものであってもよい。形質転換した宿主を利用して得られる融合タンパク質としては、例えば、融合タンパク質を設計して、当該融合タンパク質をコードする核酸配列と、当該核酸配列に作動可能に連結された1以上の調節配列とを有する発現ベクターで形質転換された宿主によって、当該融合タンパク質を発現させることで得られるものを用いてもよい。ここで、調節配列、発現ベクター、及び宿主等は特に制限されるものではない。
【0026】
融合タンパク質をコードする核酸の製造方法は特に限定されず、設計した遺伝子を利用してポリメラーゼ連鎖反応(PCR)等で増幅してクローニングする方法であってよく、又は化学合成によって製造する方法であってもよい。融合タンパク質の精製等を容易にするために、改変タンパク質のアミノ酸配列のN末端に開始コドン及びHisタグからなるアミノ酸配列を付加したアミノ酸配列からなる改変タンパク質、をコードする核酸を合成してもよい。
【0027】
融合タンパク質のより具体的な例としては、野生型リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼA(GeneBankアクセッション番号:BAE98134)の部分的なアミノ酸配列を有する、配列番号2、配列番号3、配列番号4、若しくは配列番号5で表されるアミノ酸配列又は配列番号2~5で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含む融合タンパク質、及び高感度緑色蛍光タンパク質(EGFP)(GeneBankアクセッション番号:HM640279)のアミノ酸配列を有する、配列番号7、若しくは配列番号8で表されるアミノ酸配列又は配列番号7~8で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含む融合タンパク質が挙げられる。融合タンパク質は、例えば、配列番号2、配列番号3、配列番号4、若しくは配列番号5で表されるアミノ酸配列又は配列番号2~5で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列のみからなる融合タンパク質、配列番号7、若しくは配列番号8で表されるアミノ酸配列又は配列番号7~8で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列のみからなる融合タンパク質等であってよい。
【0028】
配列番号2で表されるアミノ酸配列は、野生型リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼAの触媒ドメイン(CatD)に相当するアミノ酸配列に対して、YGGGGで表されるアミノ酸配列、FYPLQMRGGで表されるグルタミン残基を含むタグ(Qタグ)及びHisタグを導入したものである。
【0029】
配列番号3で表されるアミノ酸配列は、野生型リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼAのキチン結合ドメイン(LysM)に相当するアミノ酸配列に対して、FYPLQMRGGで表されるグルタミン残基を含むタグ(Qタグ)及びHisタグを導入したものである。
【0030】
配列番号4で表されるアミノ酸配列は、野生型リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼAの触媒ドメイン(CatD)に相当するアミノ酸配列に対して、FYPLQMRGGで表されるグルタミン残基を含むタグ(Qタグ)及びHisタグを導入したものである。
【0031】
配列番号5で表されるアミノ酸配列は、野生型リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼAのキチン結合ドメイン(LysM)及び触媒ドメイン(CatD)に相当するアミノ酸配列に対して、FYPLQMRGGで表されるグルタミン残基を含むタグ(Qタグ)及びHisタグを導入したものである。
【0032】
配列番号7で示されるアミノ酸配列は、高感度緑色蛍光タンパク質(EGFP)(GeneBankアクセッション番号:HM640279)のアミノ酸配列に対して、MRHKGSで表されるリジン残基を含むタグ(Kタグ)及びHisタグを導入したものである。
【0033】
配列番号8で示されるアミノ酸配列は、高感度緑色蛍光タンパク質(EGFP)(GeneBankアクセッション番号:HM640279)のアミノ酸配列に対して、FYPLQMRGで表されるグルタミン残基を含むタグ(Qタグ)及びHisタグを導入したものである。
【0034】
上述の融合タンパク質の例では、タンパク質精製用のタグとして、Hisタグを導入した例で示したが、Hisタグに代えて、例えば、Sterpタグ、HAタグ、及びMycタグ等を用いてもよい。精製用のタグは、融合タンパク質のN末端側及びC末端側のいずれに導入されていてもよい。
【0035】
上記脂質修飾タンパク質が有する脂質部は、例えば、炭素数6~25の脂肪族炭化水素基及びステロール基からなる群より選択される少なくとも一種の官能基を含んでもよい。脂肪族炭化水素基は、飽和炭化水素基であっても、不飽和炭化水素基であってもよく、環構造を有していてもよい。ステロール基は、例えば、コレステロール基等であってよい。脂質修飾タンパク質が上述の官能基を含む脂質部を有することで、抗真菌活性の増強効果により優れる。脂肪族炭化水素基の炭素数の下限値は、例えば、7以上、8以上、10以上、12以上、又は14以上であってよい。上記炭素数の下限値が上記範囲内であることで、水溶液中での自己会合性を獲得できる。脂肪族炭化水素基の炭素数の上限値は、例えば、20以下、18以下、又は16以下であってよい。上記炭素数の上限値が上記範囲内であることで、細胞膜との親和性を向上し得ることから、抗真菌活性の増強効果をより向上し得る。脂肪族炭化水素基の炭素数は上述の範囲内で調整してよく、抗真菌活性の増強効果をより向上させる観点から、例えば、12~20、12~18、又は14~16であってよい。
【0036】
可溶化剤と併用して用いる抗真菌剤とは、一般に可溶化剤と併用することで可溶化させて使用される抗真菌剤のことを意味する。本実施形態に係る抗真菌剤組成物は可溶化剤を必ずしも含む必要はない。可溶化剤は抗真菌剤の溶媒への溶解性を向上させ得るものを意味し、抗真菌剤と混合して用いる低分子化合物の他、リポソームのように抗真菌剤を封入することで溶解性を向上させるものであってもよい。可溶化剤と併用して用いる上記抗真菌剤は、例えば、アムホテリシンB製剤、及びイトラコナゾール等を含んでよい。アムホテリシンB製剤としては、例えば、アムホテリシンB、及びリポソームアムホテリシンB等が挙げられる。
【0037】
上述の抗菌剤組成物は、本開示の趣旨に反しない範囲で、脂質修飾タンパク質及び可溶化剤と併用して用いる抗真菌剤に加えてその他の成分を含んでもよい。その他の成分としては、例えば、可溶化剤等が挙げられる。可溶化剤としては、例えば、天然脂質、合成界面活性剤、環状糖質、及び両親媒性高分子化合物等が挙げられる。環状糖質としては、例えば、シクロデキストリン誘導体等であってよい。
【0038】
[化合物及び抗真菌剤]
化合物の一実施形態は、脂質部と、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインの少なくとも一方を含むタンパク質ドメインと、を有する。当該化合物は、上述の脂質修飾タンパク質であって、特定のタンパク質ドメインを有する化合物である。当該新規化合物は抗真菌剤の抗真菌活性を増強する効果を有し、抗真菌活性増強剤として使用し得る。ここで抗真菌活性の増強効果とは、共に用いる抗真菌剤を単独で使用した場合の抗真菌活性よりも上記新規化合物を併用した場合の抗真菌活性の方が強いことを意味する。
【0039】
また、当該新規化合物は、それ自体、真菌の増殖及び生育を抑制する作用を発揮し得る。当該新規化合物は、例えば、1.0μMにおいて、真菌であるトリコデルマビリデ(10,000胞子/mL)の増殖を40時間ほぼ完全に抑制し得ることから、単独で抗真菌剤としても使用できる。真菌の増殖抑制期間は、例えば、45時間、又は50時間とすることもできる。
【0040】
上記化合物を構成する上記脂質部は、炭素数6~25の脂肪族炭化水素基及びステロール基からなる群より選択される少なくとも一種の官能基を含んでよい。脂肪族炭化水素基は、飽和炭化水素基であっても、不飽和炭化水素基であってもよく、環構造を有していてもよい。ステロール基は、例えば、コレステロール基等であってよい。脂肪族炭化水素基の炭素数の下限値は、例えば、7以上、8以上、10以上、12以上、又は14以上であってよい。上記炭素数の下限値が上記範囲内であることで、水溶液中での自己会合性を獲得できる。脂肪族炭化水素基の炭素数の上限値は、例えば、20以下、18以下、又は16以下であってよい。上記炭素数の上限値が上記範囲内であることで、細胞膜との親和性を向上し得ることから、抗真菌活性の増強効果をより向上し得る。脂肪族炭化水素基の炭素数は上述の範囲内で調整してよく、抗真菌活性の増強効果をより向上させる観点から、例えば、12~20、12~18、又は14~16であってよい。
【0041】
タンパク質ドメインは、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインの少なくとも一方を含み、キチナーゼ由来のキチン結合ドメインのみを含んでも、キチナーゼ由来の触媒ドメインのみを含んでも、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインの両方を含んでもよい。タンパク質ドメインは、上記化合物自体の抗真菌活性をより高める観点から、好ましくは、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインの両方を含む。
【0042】
上述の化合物は、例えば、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインの少なくとも一方を含むタンパク質ドメインに、脂質部を化学修飾することで調製ことができる。より具体的には、微生物由来トランスグルタミナーゼが、グリシン残基及び1級アミノ基(例えば、リジン残基であってもよい)を特異的に反応させ、イソペプチド結合を生成することを利用して調製することもできる。
【0043】
化合物の製造方法の一実施形態は、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインを含むタンパク質ドメイン並びにグルタミン残基を含むペプチド(Qタグ)を有する融合タンパク質と、1級アミノ基を有する脂質ペプチドとを、微生物由来トランスグルタミナーゼの存在下で反応させること、を含む、化合物の製造方法である。1級アミノ基がリジン残基に由来する場合、上記1級アミノ基を有する脂質ペプチドは、リジン残基を含むペプチド(Kタグ)を有する脂質と読み替えてよい。またQタグとKタグとは入れ替えることもできる。
【0044】
Qタグは、タンパク質ドメインのC末端、若しくはN末端に直接結合してもよく、アミノ酸残基数1~10程度のペプチド鎖を介して結合してもよい。このようなペプチド鎖を構成するアミノ酸残基としては、グリシン残基、セリン残基及びプロリン残基からなる群から選択される少なくとも1種のアミノ酸残基を含んでよく、グリシン残基、及びセリン残基からなる群から選択される少なくとも一種のアミノ酸残基を含んでよい。上記ペプチド鎖としては、例えば、GGGS、PGGG、SGGGS、及びPGGGS等が挙げられる。
【0045】
Qタグはグルタミン残基のみで構成されてもよいが、好ましくはその他のアミノ酸残基を有する。Qタグを構成するアミノ酸残基数は、例えば、1~27、2~27、2~10、2~8、又は2~7であってもよい。
【0046】
Qタグを構成するグルタミン残基以外のアミノ酸残基は、グルタミン残基及びリジン残基以外のアミノ酸残基であってよい。Qタグを構成するグルタミン残基及びリジン残基以外のアミノ酸残基としては、例えば、グリシン(G)残基、アラニン(A)残基、バリン(V)残基、ロイシン(L)残基、イソロイシン(I)残基、チロシン(Y)残基、プロリン(P)残基、トリプトファン(W)残基、フェニルアラニン(F)残基、ヒスチジン(H)残基及びアルギニン(R)残基からなる群から選ばれる少なくとも1種のアミノ酸残基を含んでもよく、又はグリシン残基、アラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基、チロシン残基、トリプトファン残基、及びフェニルアラニン残基からなる群から選ばれる少なくとも1種の疎水性アミノ酸残基を含んでもよい。Qタグを構成するグルタミン残基及びリジン残基以外のアミノ酸残基としては、例えば、メチオニン(M)残基、アルギニン(R)残基、グリシン残基及びセリン(S)残基からなる群から選ばれる少なくとも1種のアミノ酸残基を含んでもよい。
【0047】
Qタグとしては、例えば、FYPLQMRG、LLQG、及びAWHRPQFGG等で表されるアミノ酸配列であってよい。
【0048】
Kタグはリジン残基のみで構成されてもよいが、その他のアミノ酸残基を有してもよい。Kタグを構成するアミノ酸残基数は、例えば、1~27、2~27、2~10、2~8、又は2~7であってもよい。
【0049】
Kタグを構成するリジン残基以外のアミノ酸残基は、グルタミン残基及びリジン残基以外のアミノ酸残基であってよい。Kタグを構成するグルタミン残基及びリジン残基以外のアミノ酸残基としては、例えば、ヒスチジン残基、プロリン残基、トリプトファン残基及びアルギニン残基からなる群から選ばれる少なくとも1種のアミノ酸残基を含み、より好ましくは、ヒスチジン残基及びアルギニン残基からなる群から選ばれる少なくとも1種の塩基性アミノ酸残基を含む。Kタグを構成するグルタミン残基及びリジン残基以外のアミノ酸残基としては、例えば、グリシン残基及びセリン残基からなる群より選ばれる少なくとも1種のアミノ酸残基を含んでもよい。
【0050】
Kタグとしては、例えば、MRHKGS、KGS、RKGS及びHKGS等で表されるアミノ酸配列であってよく、K、RK、HK及びRHK等であってもよい。
【0051】
融合タンパク質としては、上述の抗真菌剤組成物における説明でも記載した、野生型リュウキュウイノモトソウ由来のキチナーゼAの部分的なアミノ酸配列を有する、配列番号2~5で表されるアミノ酸配列又は配列番号2~5で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含む融合タンパク質等を用いることができる。上記化合物自体の抗真菌活性をより向上させる観点からは、配列番号5で表されるアミノ酸配列又は配列番号5で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含む融合タンパク質を用いることが好ましい。
【0052】
微生物由来トランスグルタミナーゼは、野生型の微生物由来トランスグルタミナーゼ、又は野生型の微生物由来トランスグルタミナーゼの変異体であってよい。本明細書において「野生型の微生物由来トランスグルタミナーゼの変異体」とは、野生型の微生物由来トランスグルタミナーゼのアミノ酸配列に依拠して、そのアミノ酸配列を改変したもの又は野生型の微生物由来トランスグルタミナーゼのアミノ酸配列によらずに人工的に設計及び合成したものであり、トランスグルタミナーゼ活性を有するタンパク質である。
【0053】
野生型の微生物由来トランスグルタミナーゼの変異体は、例えば、野生型の微生物由来トランスグルタミナーゼのアミノ酸配列(シグナルペプチド部分を除く)において、1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当するアミノ酸配列を有する。アミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加は、部分特異的突然変異誘発法等の当業者において周知の方法によって行うことができる。アミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加は、例えば、1~10個のアミノ酸残基、1~5個のアミノ酸残基、1~3個のアミノ酸残基、1個のアミノ酸残基に対して行われてもよい。具体的には、国際公開2018/004014号に開示された微生物由来トランスグルタミナーゼの変異体等を使用することができる。
【0054】
本実施形態に係る製造方法において、微生物由来トランスグルタミナーゼと、融合タンパク質と、1級アミノ基を有する脂質ペプチドとを、溶媒に溶解させた反応溶液中で反応を行う。溶媒は水を含み、例えば、リン酸緩衝生理食塩水を用いることができる。反応温度は、微生物由来トランスグルタミナーゼの活性に合わせて調整することができ、例えば、50℃以上、又は60℃以上であってよく、70℃以下であってよい。
【0055】
以上、幾つかの実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に何ら限定されるものではない。また、上述した実施形態についての説明内容は、互いに適用することができる。
【実施例0056】
以下、実施例及び比較例を参照して本開示の内容をより詳細に説明する。ただし、本開示は、下記の実施例に限定されるものではない。
【0057】
[融合タンパク質の調製]
野生型リュウキュウイノモトソウ由来キチナーゼA(GeneBankアクセッション番号:BAE98134)の部分的なアミノ酸配列(配列番号1)に基づいて、配列番号2~5に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を設計した。これらの融合タンパク質はいずれも、グルタミン(Q)残基を含むFYPLQMRGGのアミノ酸配列及びHisタグを有する。以下、配列番号2に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を例に説明する。配列番号3~5も同様にして融合タンパク質を調製した。
【0058】
次に、設計した上記融合タンパク質をコードする核酸を合成した。当該核酸をクローニングベクター(pET22b+)にクローニングした。その後、当該核酸を、PCR法によって遺伝子組換えを行うことで、目的タグ配列が挿入された発現ベクターを得た。この発現ベクターの配列は、DNAシーケンスにより同定した。
【0059】
配列番号2で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする核酸を含む上記発現ベクターで、大腸菌BL21(DE3)株に対してヒートショック法を用いて形質転換した。形質転換した大腸菌を、アンピシリンナトリウム100μg/mLで含むLB寒天培地に植菌して、37℃で一晩静置することでコロニーを得た。得られた大腸菌コロニーを、アンピシリンナトリウム100μg/mLで含むLB培地10mLに植菌して、37℃、200rpmで4時間培養した。その後、500mLのLB培地に植菌して、37℃、120rpmで培養を行い、OD600が0.6に到達した時点で、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(Isopropyl β-D-1-Thiogalactopyranoside:IPTG)を終濃度が0.5mMとなるように添加して、培養温度を15℃に下げ、更に16時間培養を継続した。
【0060】
培養後、培養液を6000×g、7分間の条件で遠心分離を行い、菌体を回収した。得られた菌体をTBS緩衝液(25mMのTris-HCl及び150mMのNaCl水溶液の混合液、pH7.4)で3回洗浄した後、上清を除去し、ペレット状になった菌体を-80℃で凍結保存した。凍結保存したペレットをTBS緩衝液15mLに溶解させた後、超音波処理によって菌体を粉砕し、遠心分離(温度:4℃、遠心力:18000×g、時間:20分間)によって破砕した菌体の沈殿物と、タンパク質が溶解した溶液とを分離した。得られた溶液を0.45μmのPVDFメンブレンフィルター及び0.22μmのPVDFメンブレンフィルターでろ過して、不溶性画分及び菌体を除去した。不溶性画分等が除去された溶液に対してHisTrap Excel カラム(1mL)を用いて、タンパク質の精製を行った。得られたタンパク質に対してSDS-PAGEを行い、設計した融合タンパク質に対応する分子量帯に相当するバンドの出現が見られ、融合タンパク質の発現及び純度を確認した。
【0061】
(実施例1)
[脂質ペプチドの調製]
Fmoc固相合成法によって、GGGS-MRHKGSのアミノ酸配列を1アミノ酸ずつ縮合して合成することでリジン残基を有するKタグを調製した。その後、KタグのN末端アミノ酸のアミノ基とラウリン酸(C12)とを縮合して脂質ペプチドを合成した。得られた脂質ペプチドは、逆相液体クロマトグラフィー(RP-HPLC)によって精製した。精製後の脂質ペプチドの同定及び純度の測定は、MALDI-TOF-MS及びRP-HPLCによって行った。ラウリン酸に代えて、ミリスチン酸(C14)、パルミチン酸(C16)、ステアリン酸(C18)又はコレステロール(Chol)を用いて同様に脂質ペプチドを合成した。
【0062】
[脂質修飾タンパク質の調製:融合タンパク質と脂質ペプチドとの反応]
上述の配列番号2に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を10μM、上述の脂質ペプチドを100μM、及び微生物由来トランスグルタミナーゼを0.1U/mLを、10mLのTris-HCl(pH8.0)に溶解させ、1質量/体積%となるようにn-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)を更に配合して混合溶液を調製した。得られた混合溶液を37℃の条件下で、60分間反応させた。60分間経過後、NEM(N-エチルマレイミド、N-Ethylmaleimide)を終濃度が1mMとなるように添加して反応を停止させた。別途、純水による置換、Binding Buffer(10mMのTris-HCl,0.5MのNaCl,及び20mMのイミダゾール,pH7.4)による平衡化を行うことでNi-NTAスラリーを調製した。Ni-NTAスラリー溶液500μLを、上記脂質修飾サンプル溶液500μLに加えた。この混合液を1時間室温でローテーターによって緩やかに混合し、Hisタグ融合タンパク質をNi-NTAスラリーに吸着させた後、遠心分離によって上清を除去した。続いて、Binding Bufferを300μL添加し、遠心分離、上清の除去によってNi-NTAスラリーを洗浄した。この洗浄操作を5回繰り返した。その後、Elution Buffer(20mMのTris-HCl,0.5MのNaCl,及び1Mのイミダゾール,pH7.4)150μLを洗浄後のNi-NTAスラリーに加え、5分間緩やかに振盪し、Ni-NTAスラリーに結合したタンパク質を脱着させ、遠心分離によってHisタグ融合脂質修飾タンパク質が含まれる上清を回収した。回収した上清サンプルを、適当な緩衝液で置換した脱塩カラム(PD Spin Trap G25)に添加し、遠心分離することで脱塩されたサンプルを回収した。最終精製サンプルの濃度は、NanoDropによる吸光度測定によって算出した。脂質修飾タンパク質の同定及び純度の測定は、MALDI-TOF-MS、SDS-PAGE及びRP-HPLCによって行った。
【0063】
RP-HPLCを用いた測定は、4.6×250mmのInertsil ODS-3カラムを用いて室温(25℃)で行った。移動相は0.1%TFA含有Milli-Q水及び0.1%TFA含有アセトニトリルを使用した。脂質修飾タンパク質(0.5mg/mL、20μL)の溶出は、30分間後にアセトニトリルの濃度勾配が30%から60%になるように流速1.0mL/minで移動相を送液する条件で行い、220nmの吸光度で検出した。また、MALDI-TOF-MSを用いた測定は、0.5mg/mLの脂質ペプチド溶液2μLと、α-シアノ-4-ヒドロキシけい皮酸(CHCA)マトリックスとを用いて行った。図1に、MALDI-TOF-MSの結果を示す。図1中、Y-CatD onlyは融合タンパク質単独を示し、Y-CatD-C12はラウリン酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質を示し、Y-CatD-C14はミリスチン酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質を示し、Y-CatD-C16はパルミチン酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質を示し、Y-CatD-C18はステアリン酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質を示し、Y-CatD-Cholはコレステロールを用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質を示す。図1に示す結果から、脂質修飾タンパク質が得られていることが確認された。
【0064】
<脂質修飾タンパク質のキチン分解活性の評価>
実施例1において調製した脂質修飾タンパク質及び脂質ペプチドについて、キチン分解活性の評価を行った。水溶性基質としてグリコールキチンをTris-HCl緩衝液(pH8.0)に溶解させ、終濃度0.1質量%となるように調整した。ここに、脂質修飾タンパク質又は脂質ペプチドを20nM添加し、37℃で15分間反応させた。15分間経過後、フェリシアン化カリウム(K[Fe(CN)])を加え、100℃で15分間加熱した。加熱後の溶液の吸光度測定によって還元糖濃度を測定し、キチン分解活性を評価した。
【0065】
図2に吸光度測定の結果を示す。図2は420nmにおける吸光度の結果を示したものである。図2中、C12,C14,C16,C18及びCholは、それぞれ、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸及びコレステロールを用いて調製した脂質ペプチドを示す。図2に示されるとおり、脂質ペプチドを導入した脂質修飾タンパク質も、融合タンパク質の有するキチン分解活性が維持されており、キチン分解活性が融合タンパク質に比べて大幅に低下することは無いことが確認された。
【0066】
<脂質修飾タンパク質の抗真菌活性増強効果の評価>
真菌としてトリコデルマビリデ(Trichoderm viride)を用い、抗真菌剤としてアムホテリシンBを用いて、実施例1において調製した脂質修飾タンパク質及び脂質ペプチドについての抗真菌活性増強効果の評価を行った。評価はより具体的には、96ウェルプレートの各ウェルに、滅菌水10μL、抗真菌剤を含む水溶液10μL、脂質修飾タンパク質又は脂質ペプチドを含む水溶液(終濃度:1.0μM)10μL、及びポテトデキストロール液体培地(PD)に懸濁したトリコデルマビリデ(Trichoderm viride、20,000spores/mL)30μLの合計60μLの溶液を測りいれた。トリコデルマビリデの終濃度は10,000spores/mLとなるよう調整した。抗真菌剤を含む水溶液の濃度は、終濃度が5μM,2.5μM,1.25μM,0.625μM,0.3125μM,及び0.15625μMとなるように段階希釈して調整した溶液を用いた。また抗真菌剤を添加しない例として抗真菌剤を含む水溶液の代わりに滅菌水10μLを用いた。
【0067】
96ウェルプレートに各溶液を測り取った後、室温(25℃)にて60時間静置することでトリコデルマビリデの生育を行った。60時間経過後、各溶液中のトリコデルマビリデの生育状況を、630nmの光を用いた濁度測定及び写真撮影を行うことで評価した。図3に、抗真菌活性増強効果の評価結果の写真を示す。図3中、CatD-Lipidで示す列は脂質修飾タンパク質を添加した溶液の列であり、Lipid onlyで示す列は融合タンパク質と反応させる前の脂質ペプチドを添加した溶液の列であり、AmpB onlyで示す列はアムホテリシンBのみを添加した列である。なお、脂質ペプチドを添加した溶液の列のうちC14で示されるミリスチン酸を用いた脂質ペプチドを添加した列は、溶液を添加する位置が他のものとずれており、抗真菌剤を含む溶液の濃度は一行ずつ他の列の溶液とずれている。
【0068】
図3中、白線を付した位置は抗真菌効果が確認される最低濃度を示す。図3に示されるとおり、アムホテリシンBのみを添加した溶液の結果を基準として、脂質ペプチドを添加した溶液では特段、抗真菌活性の増強効果が確認されていない。これに対して、脂質修飾タンパク質を添加した例ではいずれも抗真菌活性の増強効果がみられており、特にミリスチン酸(C14)及びパルミチン酸(C16)を用いた例で増強効果が特に顕著である。このように、脂質修飾タンパク質を併用することによってアムホテリシンBのみを用いる場合に比べて抗真菌活性が増強されることが確認された。
【0069】
(実施例2)
[脂質ペプチドの調製]
Fmoc固相合成法によって、GGGS-RHKのアミノ酸配列を1アミノ酸ずつ縮合して合成することでリジン残基を有するKタグを調製した。その後、KタグのN末端アミノ酸のアミノ基とカプリル酸(C8)とを縮合して脂質ペプチドを合成した。得られた脂質ペプチドは、逆相液体クロマトグラフィー(RP-HPLC)によって精製した。精製後の脂質ペプチドの同定及び純度の測定は、MALDI-TOF-MS及びRP-HPLCによって行った。カプリル酸に代えて、パルミチン酸(C16)を用いて同様に脂質ペプチドを合成した。
【0070】
[脂質修飾タンパク質の調製:融合タンパク質と脂質ペプチドとの反応]
上述のカプリル酸(C8)あるいはパルミチン酸(C16)を用いて調製された脂質ペプチド(GGGS-RHKのアミノ酸配列を有する脂質ペプチド)と、配列番号3に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質とを基質として、実施例1と同様にして微生物由来トランスグルタミナーゼの存在下における反応によって、脂質修飾タンパク質を調製した。
【0071】
図4に、MALDI-TOF-MSの結果を示す。図4中、LysM-Qは融合タンパク質単独を示し、LysM-C16はパルミチン酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質を示し、LysM-C8はカプリル酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質を示す。図4に示す結果から、脂質修飾タンパク質が得られていることが確認された。
【0072】
<脂質修飾タンパク質の抗真菌活性増強効果の評価>
実施例2において調製した脂質修飾タンパク質及び融合タンパク質(LysM)について、実施例1と同様にして、抗真菌活性増強効果の評価を行った。ただし、トリコデルマビリデの生育時間を40時間及び60時間の2種とした。なお、比較のため、実施例1で調製した融合タンパク質(Y-CatD)、パルミチン酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応で得られた脂質修飾タンパク質(Y-CatD-C16)、更に、実施例1度同様の方法によって調製したカプリル酸を用いた脂質ペプチドと融合タンパク質との反応によって調製した脂質修飾タンパク質(Y-CatD-C8)に対して、同様の抗真菌活性増強効果の評価を行った。図5に、トリコデルマビリデの生育時間を40時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真を示す。図6に、トリコデルマビリデの生育時間を60時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真を示す。
【0073】
図5の(a)及び図6の(a)は、実施例2において調製した脂質修飾タンパク質及び融合タンパク質(LysM)の結果を示す。図5の(b)及び図6の(b)は、比較のために行った実施例1で調製した脂質修飾タンパク質及び融合タンパク質(Y-CatD)の結果を示す。図5及び図6中、ControlはアムホテリシンBのみを添加した溶液の例である。図5及び図6中、白線を付した位置は抗真菌効果が確認される最低濃度を示す。
【0074】
図5及び図6に示されるとおり、アムホテリシンBのみを添加した溶液の結果を基準として、融合タンパク質を添加した溶液では抗真菌活性の増強効果が確認されていないか、わずかに増強効果が確認されるに留まった。これに対して、脂質修飾タンパク質を添加した例を見ると、抗真菌活性の増強効果がカプリル酸(C8)を用いた例でわずかに増強効果が確認され、パルミチン酸(C16)を用いた例では顕著な増強効果が得られた。さらに図6に示されるようにトリコデルマビリデの生育時間の長い場合であって、特にパルミチン酸を用いた例では増強効果が維持されていることが確認された。このように、触媒ドメインだけでなく、キチン結合ドメインを用いた場合でも、脂質修飾タンパク質を併用することによってアムホテリシンBのみを用いる場合に比べて抗真菌活性が増強されることが確認された。
【0075】
(実施例3)
実施例2にて、効果が高いことが確認されたパルミチン酸(C16)を用いて調製された脂質ペプチド(GGGS-RHKのアミノ酸配列を有する脂質ペプチド)を用いて、融合タンパク質の違いによる抗真菌活性増強効果への影響を更に検討した。融合タンパク質としては、配列番号2~5に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を用いた。
【0076】
[脂質修飾タンパク質の調製:融合タンパク質と脂質ペプチドとの反応]
上述のパルミチン酸(C16)を用いて調製された脂質ペプチド(GGGS-RHKのアミノ酸配列を有する脂質ペプチド)と、配列番号2~5に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質とを基質として、実施例1と同様にして微生物由来トランスグルタミナーゼの存在下における反応によって、脂質修飾タンパク質を調製した。
【0077】
<脂質修飾タンパク質の抗真菌活性増強効果の評価>
実施例3において調製した脂質修飾タンパク質について、実施例1と同様にして、抗真菌活性増強効果の評価を行った。ただし、トリコデルマビリデの生育時間を40時間及び60時間の2種とした。なお、比較のため、野生型リュウキュウイノモトソウ由来キチナーゼAに対して、同様の抗真菌活性増強効果の評価を行った。図7に、トリコデルマビリデの生育時間を40時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真を示す。図8に、トリコデルマビリデの生育時間を60時間とした際の抗真菌活性増強効果の評価結果の写真を示す。
【0078】
図7及び図8中、融合タンパク質として、配列番号2に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を用いた脂質修飾タンパク質をY-CatD-C16で示し、配列番号3に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を用いた脂質修飾タンパク質をLysM-C16で示し、配列番号4に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を用いた脂質修飾タンパク質をCatD-C16で示し、配列番号5に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を用いた脂質修飾タンパク質をLysM-CatD-C16で示した。図7及び図8中、アムホテリシンBのみを添加した溶液の例をBlankとした。図7及び図8中、白線を付した位置は抗真菌効果が確認される最低濃度を示す。
【0079】
図7及び図8に示されるとおり、アムホテリシンBのみを添加した溶液の結果を基準として、野生型リュウキュウイノモトソウ由来キチナーゼAを添加した例(図7及び図8中、VIで示される列)でわずかに抗真菌活性増強効果が確認されるにとどまっている。これに対して、脂質修飾タンパク質を添加した例(図7及び図8中、II~Vで示される列)では顕著な抗真菌活性増強効果が確認された。
【0080】
図7に示されるとおり、キチン結合ドメイン及びキチン触媒ドメインの両方を有する脂質修飾タンパク質を用いた結果(図7中、IVで示される列)では、アムホテリシンBを配合していない場合(最下段)であってもトリコデルマビリデの生育が抑制されていることが示されており、当該脂質修飾タンパク質はそれ自体抗真菌剤としての作用を有することが確認された。
【0081】
図7に示す結果において、例えば、アムホテリシンBのみを添加した溶液の結果(図7中、Iで示される列)に対して、キチナーゼ由来のキチン結合ドメイン及び触媒ドメインの両方を有する脂質修飾タンパク質の併用系(図7中、IVで示される列)ではアムホテリシンBの濃度を2倍以上希釈しても同等の真菌の増殖抑制効果が得られており、同濃度のアムホテリシンBに比べて、脂質修飾タンパク質を併用することで少なくとも16倍(2倍)程度の抗真菌活性を発揮し得ることが確認された。
【0082】
(実施例4)
野生型リュウキュウイノモトソウ由来キチナーゼAに代えて、高感度緑色蛍光タンパク質(EGFP)を用いて得られる脂質修飾タンパク質を調製し、その抗真菌活性増強効果を確認した。
【0083】
[融合タンパク質の調製]
高感度緑色蛍光タンパク質(EGFP)(GeneBankアクセッション番号:HM640279)のアミノ酸配列(配列番号6)に基づいて、配列番号7及び8に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を設計した。以下、配列番号7に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質を例に説明する。配列番号8に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質も同様に調製した。
【0084】
次に、設計した上記融合タンパク質をコードする核酸を合成した。当該核酸をクローニングベクター(pET22b+)にクローニングした。その後、当該核酸を、PCR法によって遺伝子組換えを行うことで、目的タグ配列が挿入された発現ベクターを得た。この発現ベクターの配列は、DNAシーケンスにより同定した。
【0085】
配列番号2で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする核酸を含む上記発現ベクターで、大腸菌BL21(DE3)株に対してヒートショック法を用いて形質転換した。形質転換した大腸菌を、アンピシリンナトリウム100μg/mLで含むLB寒天培地に植菌して、37℃で一晩静置することでコロニーを得た。得られた大腸菌コロニーを、アンピシリンナトリウム100μg/mLで含むLB培地10mLに植菌して、37℃、200rpmで4時間培養した。その後、500mLのLB培地に植菌して、37℃、120rpmで培養を行い、OD600が0.6に到達した時点で、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(Isopropyl β-D-1-Thiogalactopyranoside:IPTG)を終濃度が0.5mMとなるように添加して、培養温度を15℃に下げ、更に16時間培養を継続した。
【0086】
培養後、培養液を6000×g、7分間の条件で遠心分離を行い、菌体を回収した。得られた菌体をTBS緩衝液(25mMのTris-HCl及び150mMのNaCl水溶液の混合液、pH7.4)で3回洗浄した後、上清を除去し、ペレット状になった菌体を-80℃で凍結保存した。凍結保存したペレットをTBS緩衝液15mLに溶解させた後、超音波処理によって菌体を粉砕し、遠心分離(温度:4℃、遠心力:18000×g、時間:20分間)によって破砕した菌体の沈殿物と、タンパク質が溶解した溶液とを分離した。得られた溶液を0.45μmのPVDFメンブレンフィルター及び0.22μmのPVDFメンブレンフィルターでろ過して、不溶性画分及び菌体を除去した。不溶性画分等が除去された溶液に対してHisTrap Excel カラム(1mL)を用いて、タンパク質の精製を行った。得られたタンパク質に対してSDS-PAGEを行い、設計した融合タンパク質に対応する分子量帯に相当するバンドの出現が見られ、融合タンパク質の発現及び純度を確認した。
【0087】
[脂質修飾タンパク質の調製:融合タンパク質と脂質ペプチドとの反応]
上述のパルミチン酸(C16)を用いて調製された脂質ペプチド(GGGS-RHKのアミノ酸配列を有する脂質ペプチド)と、配列番号8に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質とを基質として、実施例1と同様にして微生物由来トランスグルタミナーゼの存在下における反応によって、脂質修飾タンパク質を調製した。
【0088】
<脂質修飾タンパク質の抗真菌活性増強効果の評価>
実施例4において調製した脂質修飾タンパク質について、実施例1と同様にして、抗真菌活性増強効果の評価を行った。ただし、96ウェルプレートの各ウェルに測り取る溶液60μLを構成する滅菌水10μLに代えて、20mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)10μLを用いた。なお、比較のため、高感度緑色蛍光タンパク質(EGFP)(GeneBankアクセッション番号:HM640279)、上述のパルミチン酸(C16)を用いて調製された脂質ペプチド(GGGS-RHKのアミノ酸配列を有する脂質ペプチド)、及び配列番号7に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質に対して、同様の抗真菌活性増強効果の評価を行った。図9に、抗真菌活性増強効果の評価結果の写真を示す。
【0089】
図9中、実施例4で調整された脂質修飾タンパク質はEGFP-C16で表し、高感度緑色蛍光タンパク質は、Wild-type EGFPで表し、上述のパルミチン酸(C16)を用いて調製された脂質ペプチド(GGGS-RHKのアミノ酸配列を有する脂質ペプチド)はLipid onlyで表し、配列番号7に示すアミノ酸配列からなる融合タンパク質をEGFP-Kで表す。図9中、アムホテリシンBのみを添加した溶液の例をAmpB onlyで表す。図9中、白線を付した位置は抗真菌効果が確認される最低濃度を示す。
【0090】
図9に示されるとおり、融合タンパク質としてEGFPを用いた場合であっても、実施例1~3と同様に脂質修飾タンパク質の併用によって抗真菌剤の抗真菌活性増強効果が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本開示によれば、抗真菌剤の単独使用よりも抗真菌活性に優れる抗真菌剤組成物を提供できる。本開示によればまた、新規化合物を提供できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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