(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022052817
(43)【公開日】2022-04-05
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質、及びその製造方法、並びにリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20220329BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20220329BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20220329BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20220329BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/36 C
C01G53/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020159279
(22)【出願日】2020-09-24
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中林 崇
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
(72)【発明者】
【氏名】生頼 浩
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
(72)【発明者】
【氏名】軍司 章
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AC06
4G048AD04
4G048AD06
4G048AE05
5H050AA07
5H050AA08
5H050AA19
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA08
5H050FA17
5H050FA18
5H050GA02
5H050GA06
5H050GA12
5H050GA27
5H050HA02
5H050HA12
(57)【要約】 (修正有)
【課題】Ni割合80%以上の正極活物質であって、放電容量、レート特性、サイクル特性が良好なリチウムイオン二次電池用正極活物質の提供。
【解決手段】下記組成式(1);Li
1+aNi
bCo
cMn
dM1
eAl
fO
2+α(1)[M1はTi、Ga、Mg、Zr、Znから選択される一つ以上の元素であり、a、b、c、d、e、f、αは、-0.04≦a≦0.08、0.80≦b<1.0、0≦c<0.2、0≦d<0.2、0<e<0.08、0<f<0.04、0<e+f<0.08、b+c+d+e+f=1、-0.2<α<0.2を満たす。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面における、M1の原子濃度D1とAlの原子濃度D2、一次粒子中央部のM1の原子濃度D3とAlの原子濃度D4とが、D1>D3、D1/D3>D2/D4である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成式(1);
Li1+aNibCocMndM1eAlfO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、M1はTi、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される一つ以上の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.08、0.80≦b<1.0、0≦c<0.2、0≦d<0.2、0<e<0.08、0<f<0.04、0<e+f<0.08、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、
前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、
前記二次粒子の内部にある一次粒子において、当該一次粒子同士の界面における、M1の原子濃度D1とAlの原子濃度D2と、前記一次粒子の中央部における、M1の原子濃度D3とAlの原子濃度D4とが、D1>D3であり、かつ、D1/D3 > D2/D4であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項2】
前記M1の係数eと前記Alの係数fが、0.5≦e/f≦5である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項3】
前記D1は前記D3の3.7倍以上である請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池。
【請求項5】
下記組成式(1);
Li1+aNibCocMndM1eAlfO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、M1はTi、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される一つ以上の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.08、0.80≦b<1.0、0≦c<0.2、0≦d<0.2、0<e<0.08、0<f<0.04、0<e+f<0.08、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、造粒体を得る造粒または共沈工程と、前記造粒体を酸化性雰囲気下で焼成して、前記組成式(1)で表される化学組成を有し、二次粒子の内部にある一次粒子において、当該一次粒子同士の界面におけるM1の原子濃度D1とAlの原子濃度D2と、前記一次粒子の中央部におけるM1の原子濃度D3とAlの原子濃度D4とが、D1>D3であり、かつ、D1/D3 > D2/D4であるリチウム複合化合物を得る焼成工程と、を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質、及びその製造方法、並びにリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
高いエネルギー密度を有する軽量な二次電池として、リチウムイオン二次電池が広く普及している。リチウムイオン二次電池は、用途の拡大に伴って、更なる高容量化が求められている。また、優れた充放電サイクル特性等も必要とされている。
【0003】
このような状況下、電池特性を大きく左右する正極活物質について、高容量や量産性の確立に加え、リチウムイオン挿入脱離抵抗、および、拡散抵抗の低減や、結晶構造の安定化等に関する検討がなされている。リチウムイオン二次電池用の正極活物質としては、α-NaFeO2型の結晶構造(以下、層状構造ということがある。)を有するリチウム遷移金属複合酸化物が広く知られている。層状構造を有する酸化物としては、従来、LiCoO2が用いられてきたが、高容量化や量産性等の要求から、Li(Ni,Co,Mn)O2で表される三元系や、LiNiO2を異種元素置換したニッケル系等の開発がなされている。
【0004】
層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物のうち、ニッケル系は、寿命特性が必ずしも良好でないという短所を有している。しかしながら、ニッケル系は、コバルト等と比較して安価なニッケルで組成され、比較的高容量を示すため、各種の用途への応用が期待されている。特に、リチウムを除いた金属(Ni、Co、Mn等)当たりのニッケルの割合を高くした化学組成について期待が高まっている。
【0005】
例えば、特許文献1には、リチウム遷移金属系化合物の主成分原料と、原子価が5価または6価を取りうる金属元素から構成される化合物(添加剤)との、微細かつ均一な混合物が焼成されたものであり、添加元素が、粒子表面から深さ方向に、具体的には深さ10nm程度の範囲に濃度勾配を持って存在する連続的組成傾斜構造を有することを特徴とするリチウム二次電池正極材料用リチウム遷移金属系化合物粉体が記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、Li1+aNibMncCodTieMfO2+α …(1)
(ただし、前記式(1)中、Mは、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7<b≦0.9、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0<e≦0.25、0≦f<0.3、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)で表され、かつX線光電子分光分析に基づくTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるリチウムイオン二次電池用正極材料が記載されている。
【0007】
さらに、特許文献3には、リチウムニッケルコバルトマンガン酸化物にリチウムチタン酸化物、リチウムタンタル酸化物、リチウムジルコニウム酸化物、および、リチウムタングステン酸化物のうちいずれか1種以上のリチウム金属酸化物で構成された第1の被覆層と、前記第1の被覆層上に、アルミ酸化物で構成された第2の被覆層を有するリチウムイオン二次電池用正極材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許5428251号公報
【特許文献2】特許6197981号公報
【特許文献3】特許6533733号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
リチウムを除いた金属当たりのニッケルの割合が70%以上であり、ニッケルの含有率が高いニッケル系は、結晶構造の安定性が低いため、良好な充放電サイクル特性を実現することが困難であるという欠点を持つ。一般的に、ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物は、充放電時、結晶構造が不安定になり易い性質を有している。結晶構造中において、Niは、MeO2(Meは、Ni等の金属元素を表す。)で構成される層を形成している。放電時には、これらの層間にリチウムイオンが挿入されて、リチウムサイトを占有し、放電時には、リチウムイオンが脱離する。このようなリチウムイオンの挿入や脱離に伴って生じる格子歪みないし結晶構造変化が、充放電サイクル特性等に影響している。そこで、格子歪みや結晶構造変化を抑制するため、充放電には寄与しない安定な添加元素を加える手法がある。
【0010】
上述した特許文献1、2は、Ni-Co-Mn系の正極活物質の表面に添加元素による濃度勾配や表面濃化層を形成することで格子歪みや結晶構造変化を抑制し、一定の効果を得ている。また、特許文献3は、さらに被覆層を形成することで、サイクル特性向上に一定の効果を得ている。しかしながら、高容量化等の目的でニッケルの割合を80%以上に高くすると、安定性の維持が更に困難になる。また、被覆層を有すると抵抗が高くなり、放電容量や、出力の低下などが懸念される。さらに、比較的多量のコバルトで安定性を維持しているため、原料コストを含めた生産性に劣る。よって、Ni比がより高く、且つCo比をより低くした、もしくは、Coを含まない正極活物質において、高い放電容量と良好な充放電サイクル特性が求められている。
【0011】
そこで、本発明は、Niの割合を80%以上にした高Ni比の正極活物質に係わり、高い放電容量と良好な充放電サイクル特性を備えたリチウムイオン二次電池用正極活物質(以下、単に「正極活物質」ということがある。)、更には、Co含有量をより低減した、もしくは、Coを含まない正極活物質においても同様の特性を備えた正極活物質、及びその製造方法、並びにこの正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、
下記組成式(1);
Li1+aNibCocMndM1eAlfO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、M1はTi、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される一つ以上の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.08、0.80≦b<1.0、0≦c<0.2、0≦d<0.2、0<e<0.08、0<f<0.04、0<e+f<0.08、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、前記二次粒子の内部にある一次粒子において、当該一次粒子同士の界面における、M1の原子濃度D1とAlの原子濃度D2と、前記一次粒子の中央部における、M1の原子濃度D3とAlの原子濃度D4とが、D1>D3であり、かつ、D1/D3 > D2/D4であるリチウムイオン二次電池用正極活物質である。
【0013】
本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、
下記組成式(1);
Li1+aNibCocMndM1eAlfO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、M1はTi、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される一つ以上の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.08、0.80≦b<1.0、0≦c<0.2、0≦d<0.2、0<e<0.08、0<f<0.04、0<e+f<0.08、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、造粒体を得る造粒または共沈工程と、前記造粒体を酸化性雰囲気下で焼成して、前記組成式(1)で表される化学組成を有し、二次粒子の内部にある一次粒子において、当該一次粒子同士の界面におけるM1の原子濃度D1とAlの原子濃度D2と、前記一次粒子の中央部におけるM1の原子濃度D3とAlの原子濃度D4とが、D1>D3であり、かつ、D1/D3 > D2/D4であるリチウム複合化合物を得る焼成工程と、を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Niの割合を80%以上にした高Ni比の正極活物質において、高い放電容量と、良好な充放電サイクル特性を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質を提供することができる。特に、Ni比80%以上、且つCo比6%以下とした正極活物質においても、高い放電容量と、良好な充放電サイクル特性を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】リチウムイオン二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
【
図2】本発明の正極活物質の二次粒子並びに一次粒子の一例を模式的に示す図である。
【
図3】本発明の実施例1における一次粒子のSTEM像並びにEDX分析による各元素の測定箇所を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質、及びその製造方法、並びにそれを用いたリチウムイオン二次電池について詳細に説明する。
【0017】
<正極活物質>
本実施形態に係る正極活物質は、層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を有し、リチウムと遷移金属とを含んで組成されるリチウム遷移金属複合酸化物を含む。この正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物の一次粒子や一次粒子が複数個凝集して構成された二次粒子を主成分としている。また、リチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムイオンの挿入及び脱離が可能な層状構造を主相として有する。
【0018】
本実施形態に係る正極活物質は、主成分であるリチウム遷移金属複合酸化物の他、原料や製造過程に由来する不可避的不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分、例えば、ホウ素成分、リン成分、硫黄成分、フッ素成分、有機物等や、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される他成分等を含んでもよい。
【0019】
本実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物は、下記組成式(1)で表される。
Li1+aNibCocMndM1eAlfO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、M1はTi、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される一つ以上の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.08、0.80≦b<1.0、0≦c<0.2、0≦d<0.2、0<e<0.08、0<f<0.04、0<e+f<0.08、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]
【0020】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムを除いた金属当たりのニッケルの割合が80%以上である。すなわち、Ni、Co、Mn、M1及びAlの合計に対する原子数分率で、Niが、80at%以上含まれている。ニッケルの含有率が高いため、高い放電容量を実現することができるニッケル系酸化物である。また、ニッケルの含有率が高いため、LiCoO2等と比較して原料費が安価であり、原料コストを含めた生産性の観点からも優れている。
【0021】
一般に、ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物は、充放電時、結晶構造が不安定になり易い性質を有している。結晶構造中において、Niは、MeO2(Meは、Ni等の金属元素を表す。)で構成される層を形成している。放電時には、これらの層間にリチウムイオンが挿入されて、リチウムサイトを占有し、放電時には、リチウムイオンが脱離する。MeO2で構成される層の遷移金属サイトに多量のニッケルが存在しているため、リチウムイオンの挿入や脱離に伴って、電荷補償のためにニッケルの価数が変化すると、大きな格子歪みないし結晶構造変化を生じる。このようなリチウムイオンの挿入や脱離に伴って生じる格子歪みないし結晶構造変化が、放電容量特性、充放電サイクル特性に影響している。
【0022】
そこで、上述したように格子歪みや結晶構造変化を抑制するために、充放電には寄与しない安定な添加元素を加える手法がある。上述した特許文献1、2もその例であるが、従来は、専ら二次粒子の表面、換言すれば二次粒子を構成する表面の一次粒子を改質するに留まり、二次粒子を構成する内部の一次粒子については改善の余地があった。そこで、本実施形態では、二次粒子の内部に位置する個々の一次粒子に着目し、添加元素の影響について検討を加えたものである。
【0023】
その結果、二次粒子の内部に位置する個々の一次粒子(以下、単に一次粒子と言うことがある。)において、前記組成式中のM1についての表面の原子濃度を高くすることにより、Niの価数変化に伴う一次粒子の表面近傍の格子歪みや結晶構造変化が低減され、かつ二次粒子についても格子歪みや結晶構造変化をより抑制することができる。結果、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。また、上記組成式中のM1とAlを同時に添加することにより、Alが層状構造の形成を促進し層状構造が形成する温度が低下するため、層状構造が形成される温度と、層状構造形成より高温で起きるLiとM1の反応温度との差が大きくなり、M1の表面濃化が促進される。結果、M1の表面の原子濃度が高くなり、放電容量を維持したまま、充放電サイクル特性がさらに良好となることを見出したものである。尚、上記したM1の原子濃度、一次粒子における界面、表面や中央部の定義については後述する。
【0024】
(化学組成)
ここで、組成式(1)で表される化学組成の意義について説明する。
【0025】
組成式(1)におけるaは、-0.04以上0.08以下とする。aは、化学量論比のLi(Ni,Co,Mn, M1,Al)O2に対するリチウムの過不足を表している。aは、原料合成時の仕込み値ではなく、焼成して得られるリチウム遷移金属複合酸化物における値である。組成式(1)におけるリチウムの過不足が過大である場合、すなわち、Ni、Co、Mn、M1及びAlの合計に対し、リチウムが過度に少ない組成や、リチウムが過度に多い組成であると、焼成時、合成反応が適切に進行しなくなり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが生じ易くなったり、結晶性が低下し易くなったりする。特に、ニッケルの割合を80%以上に高くする場合には、このようなカチオンミキシングの発生や結晶性の低下が顕著になり易く、放電容量、充放電サイクル特性が損なわれ易い。これに対し、aが前記の数値範囲であれば、カチオンミキシングが少なくなり、各種電池性能を向上させることができる。そのため、ニッケルの含有率が高い組成においても、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0026】
aは、-0.03以上0.06以下とすることが好ましい。aが-0.03以上0.06以下であると、化学量論比に対するリチウムの過不足がより少ないため、焼成時、合成反応が適切に進行し、カチオンミキシングがより生じ難くなる。そのため、より欠陥が少ない層状構造が形成されて、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。なお、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を主成分とする正極活物質についても、正極活物質に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との比が0.96以上1.08以下であることが好ましく、0.97以上1.06以下であることがより好ましい。熱処理によって焼成される焼成前駆体には、他成分が混入する場合があり、焼成時の反応比が化学量論比から逸脱する虞がある。しかし、このような原子濃度比であれば、焼成時、組成式(1)で表される化学組成に基づいてカチオンミキシングや結晶性の低下が抑制されている可能性が高い。そのため、各種電池性能を向上させる正極活物質が得られる。
【0027】
以上は正極活物質として製造された粉末の状態でのaの好適範囲を述べたが、組成式(1)で表される正極活物質がリチウムイオン二次電池の正極に組み込まれている場合においては、Liの挿入脱離を伴う充放電が実施されているため、aは-0.9から0.06の範囲が好ましい。
【0028】
組成式(1)におけるニッケルの係数bは、0.80以上1.00未満とする。bが0.80以上であると、ニッケルの含有率が低い他のニッケル系酸化物や、Li(Ni,Co,M1)O2で表される三元系酸化物等と比較して、高い放電容量を得ることができる。また、ニッケルよりも希少な遷移金属の量を減らせるため、原料コストを削減することができる。
【0029】
ニッケルの係数bは、0.85以上としてもよいし、0.90以上としてもよいし、0.92以上としてもよい。bが大きいほど、高い放電容量が得られる傾向がある。また、ニッケルの係数bは、0.95以下としてもよいし、0.90以下としてもよいし、0.85以下としてもよい。bが小さいほど、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が小さくなり、焼成時、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングや結晶性の低下が生じ難くなるため、良好なレート特性及び充放電サイクル特性が得られる傾向がある。
【0030】
組成式(1)におけるコバルトの係数cは、0以上0.2未満とする。コバルトは積極的に添加されていてもよいし、不可避的不純物相当の組成比であってもよい。コバルトが前記の範囲であると、結晶構造がより安定になり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが抑制される等の効果が得られる。そのため、高い放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。一方、コバルトが過剰であると、正極活物質の原料コストが高くなる。また、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、放電容量が低くなったり、M1で表される金属元素による効果が低くなったりする虞がある。これに対し、cが前記の数値範囲であれば、高い放電容量、良好なレート特性及び充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物の原料コストを削減できる。
【0031】
コバルトの係数cは、0.01以上としてもよいし、0.02以上としてもよいし、0.03以上としてもよいし、0.04以上としてもよい。cが大きいほど、コバルトの元素置換による効果が有効に得られるため、より良好な充放電サイクル特性等が得られる傾向がある。コバルトの係数cは、0.06以下としてもよいし、0.03以下としてもよいし、0.01以下としてもよい。cが小さいほど、原料コストを削減することができる。本実施形態では、ニッケルの係数bが0.90以上のとき、コバルトの係数cを0以上0.03以下とすることができる。コバルトの添加量が多いほど結晶構造がより安定になり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが抑制される等の効果が得られるのに対し、ニッケルの係数bが0.90以上の場合は、元々コバルトを添加する余地が小さく、一次粒子表面におけるM1の濃化により一次粒子表面近傍の結晶構造が安定化する効果によって、コバルト量が低減可能になると考えられる。
【0032】
組成式(1)におけるマンガンは、遷移金属ではあるものの、充放電中も+4価のまま安定に存在すると考えられる。そのため、マンガンを用いると、充放電中の結晶構造が安定する効果が得られる。
【0033】
組成式(1)におけるマンガンの係数dは、0以上0.2未満とする。マンガンが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の放電容量が低くなる虞がある。これに対し、dが前記の数値範囲であれば、より高い放電容量、及び充放電サイクル特性が得られる傾向がある。
【0034】
マンガンの係数dは、0.01以上としてもよいし、0.03以上としてもよいし、0.05以上としてもよいし、0.10以上としてもよい。dが大きいほど、マンガンの元素置換による効果が有効に得られる。マンガンの係数dは、0.15以下としてもよいし、0.10以下としてもよいし、0.05以下としてもよい。dが小さいほど、ニッケル等の他の遷移金属の割合が高くなり、放電容量等が高くなる傾向がある。
【0035】
組成式(1)におけるM1は、Ti、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される少なくとも1種以上の元素である。(以下、M1と言う)。これらの元素は、LiとNiが反応して層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を形成し始めた後に、Liと反応して濃化層を形成する。この場合、LiとNiの反応が開始する比較的低温の焼成工程で正極活物質の一次粒子表面にM1が存在し、その後の高温焼成工程においてM1が一次粒子表面に濃化層を形成しやすい。特に、固相法を用いてLiを除くM1を含む全ての元素を予め混合し、微粉砕する、または、LiとM1を含む全ての元素を予め混合し、微粉砕することによって、M1は一次粒子表面に分布することが可能になる。また、少なくともTiを含有することがより好ましい。Tiは4価をとりうるので、Oとの結合が強く結晶構造の安定化の効果が大きい。また、分子量が比較的小さく、添加したときの正極活物質の理論容量の低下が小さいためである。このような性質の金属元素を用いると、適切な合成条件を選択することで、一次粒子の表面に濃化して分布させることが可能となる。そのため、これらの金属元素M1を用いると、充放電中における正極活物質表面からの結晶構造劣化を抑制する効果が得られる。
【0036】
組成式(1)におけるM1の係数eは、0を超え0.08未満とする。M1が添加されていると、上述のように正極活物質の表面の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。一方、M1が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、放電容量が低くなったり、マンガンによる結晶構造を安定化させる効果が低くなって充放電サイクル特性が低下したりする虞がある。また、M1が4価をとりうるTiなどの場合、一次粒子表面近傍に相対的に2価のニッケルの割合が増加してカチオンミキシングがおこりやすくなる。これに対し、eが前記の数値範囲であれば、高い放電容量と良好な充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物が得られる。M1の係数eは、0.01以上0.05以下であることが好ましく、0.01以上0.03以下であることがより好ましい。eが0.01以上であると、一次粒子表面のニッケルの割合が低くなり、一次粒子の表面の結晶構造変化が低減される。一方、eが0.05以下であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合を十分保つことができ、高い放電容量を得ることができる。そのため、より欠陥が少ない層状構造が形成されて、高い放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0037】
組成式(1)におけるアルミニウムは、一次粒子表面に濃化層を形成せず、一次粒子内部に均一固溶する。アルミニウムを用いると、むしろM1の表面濃化が促進され、一次粒子表面のニッケルの割合が低くなる。そのため、一次粒子の表面近傍の結晶構造の変化が低減される。
【0038】
組成式(1)におけるアルミニウムの係数fは、0を超え0.04未満とする。アルミニウムが添加されていると、上述のように正極活物質の表面近傍の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。一方、アルミニウムが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、放電容量が低くなったり、マンガンによる結晶構造を安定化させる効果が低くなって充放電サイクル特性が低下したりする虞がある。アルミニウムの係数fは、0.01以上0.04未満であることが好ましく、0.01以上0.02以下であることがより好ましい。fが0.01以上であると、一次粒子表面のM1の割合が高くなり、その結果一次粒子表面のニッケルの割合が低くなり、一次粒子の表面近傍の結晶構造変化が低減される。一方、fが0.04未満であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合を十分保つことができ、高い放電容量を得ることができる。そのため、より欠陥が少ない層状構造が形成されて、高い放電容量や充放電サイクル特性を得ることができる。
【0039】
組成式(1)におけるM1の係数eとアルミニウムの係数fの和e+fは、0を超え0.08未満とする。M1とアルミニウムが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、放電容量が低くなったり、マンガンによる結晶構造を安定化させる効果が低くなって充放電サイクル特性が低下する虞がある。また、M1の係数eとアルミニウムの係数fの比e/fは、0.5以上5以下であることが好ましい。e/fが0.5以上であるとM1の係数eが相対的に高くなり、一次粒子の表面のM1の割合を高くでき、好ましい。e/fが5以下であるとアルミニウムの係数fが相対的に高くなり、アルミニウム添加によるM1の表面濃化を促進する効果が得られ、好ましい。また、e/fは1.0以上3以下であることがより好ましい。e/fが1.0以上3以下であると、一次粒子同士の界面におけるM1の原子濃度D1が高くなり、その結果、一次粒子表面のニッケルの割合が低くなり、充放電サイクル特性が良好となる。
【0040】
組成式(1)におけるαは、-0.2を超え0.2未満とする。αは、化学量論比のLi(Ni,Co,Mn,M1, Al)O2に対する酸素の過不足を表している。αが前記の数値範囲であれば、結晶構造の欠陥が少ない状態であり、適切な結晶構造により、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。なお、αの値は、不活性ガス融解-赤外線吸収法によって測定することができる。
【0041】
(二次粒子)
正極活物質の一次粒子の平均粒径は、0.05μm以上2μm以下であることが好ましい。正極活物質の一次粒子の平均粒径を2μm以下とすることで、正極活物質の反応場を確保でき、高い放電容量が得られる。より好ましくは1.5μm以下、さらに好ましくは1.0μm以下である。また、正極活物質の二次粒子の平均粒径は、例えば、3μm以上かつ50μm以下であることが好ましい。
【0042】
正極活物質の二次粒子(造粒体)は、後述する正極活物質の製造方法によって製造された一次粒子を、乾式造粒又は湿式造粒によって造粒することによって二次粒子化することができる。造粒手段としては、例えば、スプレードライヤーや転動流動層装置等の造粒機を利用することができる。
【0043】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、BET比表面積が、好ましくは0.1m2/g以上、より好ましくは0.2m2/g以上、更に好ましくは0.3m2/g以上である。また、BET比表面積が、好ましくは1.5m2/g以下、より好ましくは1.2m2/g以下である。BET比表面積が0.1m2/g以上であると、成形密度や正極活物質の充填率が十分に高い正極を得ることができる。また、BET比表面積が1.5m2/g以下であると、リチウム遷移金属複合酸化物の加圧成形時や充放電に伴う体積変化時に、破壊、変形、粒子の脱落等を生じ難くなると共に、細孔による結着剤の吸い上げを抑制することができる。そのため、正極活物質の塗工性や密着性が良好になり、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0044】
(二次粒子を構成する一次粒子)
本発明の実施形態の正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物の複数の一次粒子が凝集した二次粒子を含み、二次粒子の内部は、複数の一次粒子同士が界面(表面)を介して隣接し合って構成されている。但し、全ての一次粒子同士が界面を形成しているものではなく、多くの一次粒子同士が界面を形成していることでよい。この二次粒子内部の一次粒子において、その界面(一次粒子の表面と言ってもよい)におけるM1の原子濃度D1(at%)とAlの原子濃度D2(at%)と、前記一次粒子の中央部における、M1の原子濃度D3(at%)とAlの原子濃度D4(at%)とが、D1>D3であり、かつ、D1/D3 > D2/D4の関係を満たすことがよい。つまり、M1は表面に濃化し、一方のアルミニウムは、粒子内部に均一固溶したものであると言える。ここで、M1の原子濃度D1、D3は(M1/(Ni+Co+Mn+M1+Al))、アルミニウムの原子濃度D2、D4は(Al/(Ni+Co+Mn+M1+Al)で表され、EDX等で確認することができる。尚、このM1が表面濃化され、かつ、アルミニウムが均一固溶した一次粒子は、二次粒子の表面に位置する一次粒子を除いた一次粒子であることが肝要であり、内部の一次粒子の個数のうち少なくとも50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは100%のM1が表面濃化し、かつ、アルミニウムが均一固溶した一次粒子であることが良い。
【0045】
二次粒子の表面だけでなく二次粒子内部の個々の一次粒子においても表面濃化層があることが効果的である。M1が濃化した層は、極薄くても相対的にNiの割合が低下するため、表面近傍の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることに繋がる。また、M1の濃化層が二次粒子表面だけにある場合は、二次粒子内部に浸透した電解液が接触すると、一次粒子表面から結晶構造の劣化が始まり、充放電サイクル特性が低下する要因となるからである。一次粒子の表層にM1が濃化した層が存在することを示す指標として、一次粒子の表面におけるM1の濃度D1を用いる。なお、一次粒子の中央部とは、一次粒子の平均粒子径をrとしたとき、一次粒子の表面から一次粒子の中央部に向かって0.2r以上の深さである範囲とする。
【0046】
M1の原子濃度D1、D3は、D1>(100×e)≧D3であることが好ましい。D1>(100×e)であると、一次粒子の表面近傍において、M1が一次粒子内で均一に分布しているときの濃度より高いので、相対的に一次粒子の表面のNi割合が低下する。よって、表面近傍の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。また、D1>(3.5×(100×e)であることが、さらに好ましい。表面のNi割合がより低下する。一方、(100×e)≧D3であると、一次粒子の中央部において、M1が一次粒子内で均一に分布しているときの濃度と同等、または、より低いので、M1が中央部以外、例えば表面近傍で濃化層を形成していると考えられる。また、D3>(100×e/4)であると、一次粒子の表面近傍だけでなく中央部までM1が拡散して存在するため、充放電サイクルにおけるLiの挿入脱離に伴う結晶構造の膨張収縮に表面近傍と中央部で大きな差が生じず、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0047】
また、M1の原子濃度D1、D3は、D1がD3の3.5倍以上であることが好ましい。D1がD3の3.5倍以上であれば、一次粒子の表面近傍にM1が十分濃化された状態となり、相対的に一次粒子の表面近傍のNi割合が低下する。そのため、前記表面近傍の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。より好ましくは、D1がD3の3.7倍以上である。また、D1はD3の30倍以下であることがより好ましい。D1と3の差が大きすぎると、相対的にNi,Co,Mn, Alが、一次粒子の表面と一次粒子の中央部で大きな濃度差が生じる。そのため、充放電サイクルにおけるLiの挿入脱離に伴う結晶構造の膨張収縮に表面近傍と中央部で大きな差が生じ、M1の濃化層が膨張収縮の差で孤立する恐れがある。
【0048】
また、Co,Mn, Alについては、それぞれ一次粒子の表面と一次粒子の中央部における濃度差が、M1の濃度差と比較して小さいことが好ましい。一次粒子の表面と一次粒子の中央部におけるCo、Mn、Alの濃度差がそれぞれM1の濃度差と比較して小さければ、Liの挿入脱離に伴う結晶構造の膨張収縮に表面近傍と中央部で大きな差が生じることがない。よって、良好な充放電サイクル特性が得られる。
【0049】
正極活物質の粒子の平均組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry;AAS)等によって確認することができる。正極活物質の一次粒子におけるM1、アルミニウムの原子濃度は、断面加工した正極活物質を用い、走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscopy;STEM)およびエネルギー分散型X線分析(Energy dispersive X-ray spectrometry;EDX)を用いてNi,Co,Mn,M1, Alの各元素の濃度を定量分析できる。
【0050】
<正極活物質の製造方法>
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物が組成式(1)で表される化学組成となるような原料比の下、適切な焼成条件によって、リチウムと、ニッケル、コバルト等との合成反応を確実に進行させることにより製造できる。本発明の実施形態に係る正極活物質の製造方法を、以下に説明する。
【0051】
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は造粒工程または共沈工程のいずれかにより造粒体を得る工程と、前記造粒体を酸化性雰囲気下で焼成する焼成工程とを含む。なお、これらの工程以外の工程が加わっても良い。例えば、前記造粒体と炭酸リチウムや水酸化リチウムとを混合する混合が加わっても良い。また、焼成工程で得られた正極活物質に水酸化リチウムや炭酸リチウムが多く残留している場合は、正極を作製するための合剤塗工工程において、スラリー状の電極合剤がゲル化するため、焼成工程に引き続き、水洗工程及び乾燥工程を追加して、残留している水酸化リチウムや炭酸リチウムを低減させることができる。なお、水洗および乾燥工程を追加する場合は、水洗および乾燥工程後に得られた正極活物質において、組成式(1)を満たすものとする。焼成工程で終了する場合は、焼成工程後に得られた正極活物質において、組成式(1)を満たすものとする。なぜならaに関しては、電池に使用する状態における正極活物質での値が重要であるからである。
【0052】
造粒体を造粒工程により得る場合は、造粒工程の前に、原料混合工程を行う。リチウムを含む化合物と組成式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物とを混合しても良いし、組成式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物のみを混合しても良い。Liをより均一に分散させるという観点からは、リチウムを含む化合物と組成式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物とを混合することが好ましい。例えば、これらの原料をそれぞれ秤量し、粉砕及び混合することにより、原料が均一に混和した粉末状の混合物を得ることができる。原料を粉砕する粉砕機としては、例えば、ボールミル、ビーズミル、ジェットミル、ロッドミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。原料の粉砕は、乾式粉砕としてもよいし、湿式粉砕としてもよい。乾式粉砕の後、水等の溶媒を加えて原料と溶媒から構成されるスラリーとしてもよいし、予め原料に水等の溶媒を加えてスラリー化してから湿式粉砕してもよい。平均粒径0.3μm以下の均一で微細な粉末を得る観点からは、水等の媒体を使用した湿式粉砕を行うことがより好ましい。また、原料を均一に分散させることが好ましく、例えば湿式混合においては分散剤を用いてスラリー中の原料の分散性を向上させるとよい。原料の分散性が向上すると、M1の濃化層の厚さにムラがなくなるので好ましい。分散剤は、ポリカルボン酸系、ウレタン系、アクリル樹脂系を用いることができ、アクリル樹脂系が好ましい。分散剤の添加量はスラリーの粘度を調整するため任意に加えることができる。
【0053】
造粒工程は、前記原料混合工程で得られた混合物を造粒して粒子同士が凝集した二次粒子(造粒体)を得る。混合物の造粒は、乾式造粒及び湿式造粒のいずれを利用して行ってもよい。混合物の造粒には、例えば、転動造粒法、流動層造粒法、圧縮造粒法、噴霧造粒法等の適宜の造粒法を用いることができる。
混合物を造粒する造粒法としては、噴霧造粒法が特に好ましい。噴霧造粒機としては、2流体ノズル式、4流体ノズル式、ディスク式等の各種の方式を用いることができる。噴霧造粒法であれば、湿式粉砕によって精密混合粉砕したスラリーを、乾燥しながら造粒させることができる。また、スラリーの濃度、噴霧圧、ディスク回転数等の調整によって、二次粒子の粒径を所定範囲に精密に制御することが可能であり、真球に近く、化学組成が均一な造粒体を効率的に得ることができる。造粒工程では、混合工程で得られた混合物を平均粒径(D50)が3μm以上50μm以下となるように造粒することが好ましい。本実施形態において、より好ましい造粒体の二次粒子は平均粒径(D50)が5μm以上20μm以下である。
【0054】
造粒体を共沈工程により得る場合は、Ni,Co,Mn, M1, Alを含む水溶液のpHを調整することにより共沈体を得ればよい。尚、Ni, Co, Mn, M1, Alを全て一括で共沈させてもよいし、Ni,Co,Mn, M1, Alのうちの一種以上を共沈(沈降)させた後に、その他の元素を同時または各々の元素を別々に共沈体の表面に沈降(共沈)させても構わない。
【0055】
造粒工程において組成式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物のみを混合して造粒体を得た場合、および、共沈工程で造粒体を得た場合は、造粒体とリチウム化合物を混合する。造粒体とリチウム化合物の混合は乾式混合によって行うことが出来る。造粒体とリチウム化合物の混合を行う混合機としては、例えばV型混合機、アトライターなどを用いることができる。また、造粒体とリチウム化合物の混合の前に、造粒体を加熱処理しても構わない。造粒体の粒子強度が高くなり、造粒体を壊すことなくリチウム化合物の混合ができる。
【0056】
リチウムを含む化合物としては、例えば、炭酸リチウム、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等が挙げられる。また、炭酸リチウム、水酸化リチウムを用いることが好ましく、焼成工程で生じるガスが水蒸気または炭酸ガスであり、製造装置へのダメージが少なく、工業利用性や実用性に優れている。特に、少なくとも炭酸リチウムを用いることがより好ましく、リチウムを含む原料中、炭酸リチウムを80質量%以上の割合で用いることがより好ましい。炭酸リチウムは、リチウムを含む他の化合物と比較して供給安定性に優れ、安価であるため、容易に入手することができる。また、炭酸リチウムは、弱アルカリ性であるため、製造装置へのダメージが少なく、工業利用性や実用性に優れている。
【0057】
Li以外の金属元素を含む化合物としては、炭酸塩、水酸化物、オキシ水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、酸化物等のC、H、O、Nで組成された化合物が好ましく用いられる。粉砕の容易性や、熱分解によるガスの放出量の観点からは、炭酸塩、水酸化物、又は、酸化物が特に好ましい。また、硫酸塩を用いても構わない。水などの溶媒に容易に溶解し、好ましい。
【0058】
焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)は、化学量論比のとおり、略1:1で反応させることが望ましい。遷移金属サイトを占有する2価のニッケルの割合が高く、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得られる。また、焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)は、より好ましくは0.98以上1.07以下である。但し、焼成時、焼成前駆体に含まれているリチウムが焼成用容器と反応したり、揮発したりする可能性がある。リチウムの一部が、焼成用容器との反応や、焼成時の蒸発によって滅失することを考慮し、仕込み時に、リチウムを過剰に加えておくことは妨げない。
【0059】
焼成工程では、造粒体を熱処理して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を焼成する。焼成工程は、熱処理温度が一定の範囲に制御される一段の熱処理で行ってもよいし、熱処理温度が互いに異なる範囲に制御される複数段の熱処理で行ってもよい。但し、結晶の純度が高く、高い放電容量、良好なレート特性や充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物を得る観点からは、第1熱処理工程と、第2熱処理工程とを含むことが好ましく、第1熱処理工程と第2熱処理工程の条件を満たすことが肝要である。
【0060】
第1熱処理工程は、酸化性雰囲気下で400℃以上750℃未満の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理して第1前駆体を得る。第1熱処理工程は、リチウム化合物とニッケル化合物等との反応により、水分または炭酸成分を除去すると共に、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶を生成させることを主な目的とする。焼成前駆体中のニッケルを十分に酸化させて、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングを抑制し、ニッケルによる立方晶ドメインの生成を抑制する。また、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化を小さくするために、マンガンを十分に酸化させて、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くし、イオン半径が大きい2価のニッケルの割合を増加させる。
【0061】
第2熱処理工程では、第1熱処理工程で得られた第1前駆体を700℃以上900℃以下の熱処理温度で、2時間以上100時間以下にわたって熱処理してリチウム遷移金属複合酸化物を得る。第2熱処理工程は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を、適切な粒径や比表面積まで粒成長させることを主な目的とする。
【0062】
第2熱処理工程において、熱処理温度が700℃以上であれば、ニッケルを十分に酸化させてカチオンミキシングを抑制しつつ、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を適切な粒径や比表面積に成長させることができる。また、マンガンを十分に酸化させて、2価のニッケルの割合を高くすることができる。a軸の格子定数が大きく、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されている主相が形成されるため、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。また、熱処理温度が900℃以下であれば、リチウムが揮発し難く、層状構造が分解し難いため、結晶の純度が高く、放電容量、充放電サイクル特性等が良好なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0063】
焼成工程においては、熱処理の手段として、ロータリーキルン等の回転炉、ローラーハースキルン、トンネル炉、プッシャー炉等の連続炉、バッチ炉等の適宜の熱処理装置を用いることができる。第1熱処理工程、第2熱処理工程を同一の熱処理装置を用いて行ってもよいし、互いに異なる熱処理装置を用いて行ってもよい。
【0064】
以上の造粒工程または共沈工程、及び、焼成工程を経ることにより、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物で構成された正極活物質を製造することができる。M1の分布や、カチオンミキシング量や、比表面積は、主として、熱処理前の前駆体の作製方法、ニッケル等の金属元素の組成比、第1前駆体に残留している未反応の水酸化リチウムや炭酸リチウムの残留量、第2熱処理工程の熱処理温度や熱処理時間の調整によって制御することができる。組成式(1)で表される化学組成において、M1を一次粒子表面に濃化させ、アルミニウムを一次粒子内に均一に固溶させると供に、十分にカチオンミキシングを低減させると、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を示す優れた正極活物質が得られる。
【0065】
なお、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物は、不純物を除去する目的等から、焼成工程の後に、脱イオン水等によって水洗を施す洗浄工程、洗浄されたリチウム遷移金属複合酸化物を乾燥させる乾燥工程等に供してもよい。また、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物を解砕する解砕工程、リチウム遷移金属複合酸化物を所定の粒度に分級する分級工程等に供してもよい。
【0066】
水洗工程では、焼成工程で得られたリチウム遷移金属複合酸化物を水洗する。リチウム遷移金属複合酸化物の水洗は、リチウム遷移金属複合酸化物を水中に浸漬させる方法、リチウム遷移金属複合酸化物に通水する方法等、適宜の方法で行うことができる。リチウム遷移金属複合酸化物を水洗することにより、リチウム遷移金属複合酸化物の表面や表層付近に残留している炭酸リチウム、水酸化リチウム等の残留アルカリ成分を除去することができる。リチウム遷移金属複合酸化物を浸漬する水は、静水であってもよいし、攪拌されてもよい。水としては、脱イオン水、蒸留水等の純水、超純水等を用いることができる。
水洗工程では、リチウム遷移金属複合酸化物を水中に浸漬させる場合、浸漬する水に対するリチウム遷移金属複合酸化物の固形分比を、33質量%以上、且つ、77質量%以下とすることが好ましい。固形分比が33質量%以上であれば、リチウム遷移金属複合酸化物から水に溶出するリチウムの量が少なく抑えられる。そのため、高い放電容量、良好なレートを示す正極活物質を得ることができる。また、固形分比が77質量%以下であれば、粉体の水洗を均一に行えるので、不純物を確実に除去することができる。
リチウム遷移金属複合酸化物を水洗する時間は、20分以下が好ましく、10分以下がより好ましい。水洗する時間が20分以下であれば、リチウム遷移金属複合酸化物から水に溶出するリチウムの量が少なく抑えられる。そのため、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を示す正極活物質を得ることができる。
【0067】
水中に浸漬させたリチウム遷移金属複合酸化物は、適宜の固液分離操作により回収することができる。固液分離の方法としては、例えば、減圧式濾過、加圧式濾過、フィルタープレス、ローラープレス、遠心分離等が挙げられる。水中から固液分離したリチウム遷移金属複合酸化物の水分率は、20質量%以下とすることが好ましく、10質量%以下とすることがより好ましい。このように水分率が低いと、水中に溶出しているリチウム化合物が多量に再析出することが無いため、正極活物質の性能が低下するのを防止できる。固液分離後のリチウム遷移金属複合酸化物の水分率は、例えば、赤外線水分計を用いて測定することができる。
【0068】
乾燥工程では、水洗工程で水洗されたリチウム遷移金属複合酸化物を乾燥する。リチウム遷移金属複合酸化物を乾燥させることにより、電解液の成分と反応して電池を劣化させたり、結着剤を変質させて塗工不良を生じたりする水分が除去される。また、水洗工程と乾燥工程を経ることにより、リチウム遷移金属複合酸化物の表面が改質されるため、正極活物質の粉体としての圧縮性が向上する効果が得られる。乾燥の方法としては、例えば、減圧乾燥、加熱乾燥、減圧加熱乾燥等を用いることができる。
乾燥工程における雰囲気は、二酸化炭素を含まない不活性ガス雰囲気、又は、高真空度の減圧雰囲気とする。このような雰囲気であれば、雰囲気中の二酸化炭素や水分との反応により、炭酸リチウムや水酸化リチウムが混入した状態になるのが防止される。
乾燥工程における乾燥温度は、300℃以下が好ましく、80℃以上、且つ、300℃以下がより好ましい。乾燥温度が300℃以下であれば、副反応を抑制して乾燥させることができるため、正極活物質の性能が悪化するのを避けることができる。また、乾燥温度が80℃以上であれば、水分を短時間で十分に除去することができる。乾燥後のリチウム遷移金属複合酸化物の水分率は、500ppm以下であることが好ましく、300ppm以下であることがより好ましく、250ppm以下であることがさらに好ましい。乾燥後のリチウム遷移金属複合酸化物の水分率は、カールフィッシャー法により測定することができる。
【0069】
乾燥工程では、乾燥条件を変えた2段以上の乾燥処理を行うことが好ましい。具体的には、乾燥工程は、第1乾燥工程と、第2乾燥工程と、を有することが好ましい。このような複数段の乾燥処理を行うと、リチウム遷移金属複合酸化物の粉体表面が急速な乾燥で変質するのを避けることができる。そのため、粉体表面の変質によって乾燥速度が低下するのを防止することができる。
【0070】
第1乾燥工程では、水洗工程で水洗されたリチウム遷移金属複合酸化物を80℃以上、且つ、100℃以下の乾燥温度で乾燥させる。第1乾燥工程においては、主として恒率乾燥期間の乾燥速度でリチウム遷移金属複合酸化物の粒子表面に存在する大部分の水分が除去される。
第1乾燥工程において、乾燥温度が80℃以上であれば、短時間に大量の水分を除去することができる。また、乾燥温度が100℃以下であれば、高温で生じ易いリチウム遷移金属複合酸化物の粉体表面の変質を抑制することができる。
第1乾燥工程における乾燥時間は、10時間以上、且つ、20時間以下とすることが好ましい。乾燥時間がこの範囲であると、リチウム遷移金属複合酸化物の粉体表面の変質が抑制される比較的低い乾燥温度であっても、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子表面に存在する大部分の水分を除去することができる。
【0071】
第2乾燥工程では、第1乾燥工程で乾燥させたリチウム遷移金属複合酸化物を190℃以上、且つ、300℃以下の乾燥温度で乾燥させる。第2乾燥工程S42においては、正極活物質の性能を悪化させる副反応を抑制しつつ、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子表層付近に存在する水分を低減し、適正な水分率に乾燥されたリチウム遷移金属複合酸化物を得る。
第2乾燥工程において、乾燥温度が190℃以上であれば、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子表層付近に浸透している水分を十分に除去することができる。また、乾燥温度が300℃以下であれば、正極活物質の性能を悪化させる副反応を抑制して乾燥させることができる。
第2乾燥工程における乾燥時間は、10時間以上、且つ、20時間以下とすることが好ましい。乾燥時間がこの範囲であると、正極活物質の性能を悪化させる副反応を抑制して、リチウム遷移金属複合酸化物を十分に低い水分率まで乾燥させることができる。
【0072】
<リチウムイオン二次電池>
次に、前記のリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極活物質(リチウムイオン二次電池用正極活物質)を正極に用いたリチウムイオン二次電池について説明する。
図1は、リチウムイオン二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
図1に示すように、リチウムイオン二次電池100は、非水電解液を収容する有底円筒状の電池缶101と、電池缶101の内部に収容された捲回電極群110と、電池缶101の上部の開口を封止する円板状の電池蓋102と、を備えている。
電池缶101及び電池蓋102は、例えば、ステンレス、アルミニウム等の金属材料によって形成される。正極111は、正極集電体111aと、正極集電体111aの表面に形成された正極合剤層111bと、を備えている。また、負極112は、負極集電体112aと、負極集電体112aの表面に形成された負極合剤層112bと、を備えている。
【0073】
正極集電体111aは、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。正極合剤層111bは、前記のリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極活物質を含んでなる。正極合剤層111bは、例えば、正極活物質と、導電材、結着剤等とを混合した正極合剤によって形成される。
負極集電体112aは、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。負極合剤層112bは、リチウムイオン二次電池用負極活物質を含んでなる。負極合剤層112bは、例えば、負極活物質と、導電材、結着剤等とを混合した負極合剤によって形成される。
なお、負極活物質、導電材、結着剤などは、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる適宜の種類を用いることができる。
【0074】
図1に示すように、正極集電体111aは、正極リード片103を介して電池蓋102と電気的に接続される。一方、負極集電体112aは、負極リード片104を介して電池缶101の底部と電気的に接続される。捲回電極群110と電池蓋102との間、及び、捲回電極群110と電池缶101の底部との間には、短絡を防止する絶縁板105が配置される。電池缶101には、内部に非水電解液が注入される。
【0075】
このリチウムイオン二次電池100は、円筒形の形態とされているが、リチウムイオン二次電池の形状や電池構造は特に限定されず、例えば、角形、ボタン形、ラミネートシート形等の適宜の形状やその他の電池構造を有していてもよい。
また、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、各種の用途に使用することができる。用途としては、例えば、携帯電子機器、家庭用電気機器等の小型電源や、電力貯蔵装置、無停電電源装置、電力平準化装置等の定置用電源や、船舶、鉄道車両、ハイブリッド鉄道車両、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。前記のリチウム遷移金属複合酸化物は、ニッケルの含有率が高く、高い放電容量を示すのに加え、良好な充放電サイクル特性を示すため、長寿命が要求される車載用等として、特に好適に用いることができる。
【0076】
リチウムイオン二次電池に用いられている正極活物質の化学組成は、電池を分解して正極を構成する正極活物質を採取し、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析、原子吸光分析等を行うことによって確認することができる。リチウムの組成比(組成式(1)における1+a)は充電状態に依存するため、リチウムの係数aが-0.9≦a≦0.08を満たすか否かに基づいて、正極活物質の化学組成を判断することもできる。
【実施例0077】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0078】
本発明の実施例に係る正極活物質を合成し、元素分布、放電容量、充放電サイクル特性(容量維持率)について評価した。また、実施例の対照として、化学組成を変えた比較例に係る正極活物質を合成し、同様に評価した。
【0079】
[実施例1]
はじめに、原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン、酸化チタン、酸化アルミニウムを用意し、各原料を金属元素のモル比でLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.85:0.03:0.09:0.01:0.02となるように秤量し、固形分比が30質量%となるように純水を加えた。そして、粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して平均粒径が0.2μm未満となるよう原料スラリーを調製した(原料混合工程)。
【0080】
続いて、得られた原料スラリーをノズル式のスプレードライヤー(大川原化工機社製、ODL-20型)で噴霧乾燥させてD50が12μmの造粒体を得た(造粒工程)。噴霧圧は0.13MPa、噴霧量は260g/minである。そして、乾燥させた造粒体を熱処理してリチウム遷移金属複合酸化物を焼成した(焼成工程)。具体的には、造粒体を、連続搬送炉で、大気雰囲気下、400℃で5時間にわたって脱水処理した。そして、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、700℃で6時間にわたって熱処理して第1前駆体を得た(第1熱処理工程)。その後、第1前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、820℃で10時間にわたって熱処理(第2熱処理工程)してリチウム遷移金属複合酸化物を得た(第2熱処理工程)。焼成によって得られた焼成粉は、目開き53μmの篩を用いて分級し、篩下の粉体を試料の正極活物質とした。
【0081】
[実施例2]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.85:0.03:0.09:0.02:0.01となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0082】
[実施例3]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.85:0.03:0.08:0.02:0.02となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0083】
[実施例4]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.85:0.03:0.08:0.03:0.01となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0084】
[実施例5]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.85:0.03:0.05:0.03:0.03となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0085】
[実施例6]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.88:0.03:0.05:0.03:0.01となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0086】
[実施例7]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.90:0.03:0.03:0.03:0.01となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0087】
[比較例1]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.03:0.85:0.03:0.10:0.02となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0088】
[比較例2]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.03:0.85:0.03:0.09:0.03となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0089】
[比較例3]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.03:0.90:0.03:0.05:0.02となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0090】
[実施例8]
はじめに、原料として、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン、酸化チタン、酸化アルミニウムを用意し、各原料を金属元素のモル比でNi:Co:Mn:Ti:Alが、0.88:0.03:0.05:0.03:0.01となるように秤量し、固形分比が20質量%となるように純水を加えた。そして、粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して平均粒径が0.2μm未満となるよう原料スラリーを調製した(原料混合工程)。
【0091】
続いて、得られた原料スラリーをノズル式のスプレードライヤー(大川原化工機社製、ODL-20型)で噴霧乾燥させてD50が12μmの造粒体を得た(造粒工程)。噴霧圧は0.13MPa、噴霧量は260g/minである。そして、乾燥させた造粒体を650℃で熱処理して遷移金属複合酸化物を焼成した(焼成工程)。水酸化リチウムと得られた遷移金属複合酸化物をモル比でLi:遷移金属が1.03:1.00となるように秤量し、V型混合機を用いて混合した。そして、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、500℃で10時間にわたって熱処理して第1前駆体を得た(第1熱処理工程)。その後、第1前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、820℃で32時間にわたって熱処理(第2熱処理工程)してリチウム遷移金属複合酸化物を得た(第2熱処理工程)。焼成によって得られた焼成粉は、目開き53μmの篩を用いて分級し、篩下の粉体を試料の正極活物質とした。
【0092】
[比較例4]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.03:0.85:0.03:0.09:0.03となるように秤量した以外は、実施例8と同様にして正極活物質を得た。
【0093】
(正極活物質の化学組成の測定)
合成した正極活物質の化学組成を、ICP-AES発光分光分析装置「OPTIMA8300」(パーキンエルマー社製)を使用して、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析によって分析した。また、正極活物質の酸素量(組成式(1)におけるα)を不活性ガス融解-赤外線吸収法によって分析した。その結果、実施例1~8に係る正極活物質、比較例1~4に係る正極活物質は、いずれも、リチウムのみが仕込みと異なる、表1に示すとおりの化学組成であった。
【0094】
(元素濃度分布)
合成した正極活物質のM1、Alの濃度分布は次の手順で測定した。はじめに、作製した正極活物質の粉末を集束イオン/電子ビーム加工観察装置「nano DUET NB5000」(日立ハイテクノロジーズ製)を使用して加速電圧:30kV(サンプリング)、10kV(仕上げ)の条件でFIB加工して薄片化した。次に、走査透過型電子顕微鏡「JEM-ARM200F」(日本電子製)を使用してSTEM観察して、二次粒子内部の一次粒子界面(表面)を特定した。そして、エネルギー分散型X線分析装置「JED-2300T」(日本電子製)を用いて、二次粒子内部の一次粒子界面におけるM1の濃度D1、同じくAlの濃度D2と、一次粒子中央部のM1の濃度D3、同じくAlの濃度D4を測定した。測定箇所は2ヶ所とし、平均値を用いた。その結果を表1に示す。
【0095】
図2(a)にリチウムイオン二次電池用正極活物質の二次粒子の一例を模式的に示し、
図2(b)に一次粒子の一例を模式的に示す。
図2(a)に示すように、正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、二次粒子の内部にも一次粒子表面が存在する。隣り合う一次粒子の表面が接して界面を形成している(
図3参照)。
図2(b)に示すように、個々の一次粒子の界面でのM1およびAlの原子濃度D1とD2、表面から0.2r以上の深さでのM1およびAlの原子濃度D3とD4を測定するものである。尚、実質的には界面と表面は同義であり、本明細書において「一次粒子の界面」とあるのは、「一次粒子の表面」と言い換えても良い。
【0096】
図3に実施例1の二次粒子内部の一次粒子のSTEM像と界面(表面)と中央部におけるEDX分析箇所を示す。
また、実施例と比較例のNi、Co、Mn、M1(Ti)、 Alのそれぞれの濃度について、一次粒子の界面と、一次粒子の中央部における濃度(at%)をそれぞれ測定した。結果を表2に示す。
【0097】
(正極)
合成した正極活物質を正極の材料として用いてリチウムイオン二次電池を作製し、リチウムイオン二次電池の放電容量、容量維持率を求めた。はじめに、作製した正極活物質と、炭素系の導電材と、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)に予め溶解させた結着剤とを質量比で94:4.5:1.5となるように混合した。そして、均一に混合した正極合剤スラリーを、厚さ20μmのアルミニウム箔の正極集電体上に、塗布量が10mg/cm2となるように塗布した。次いで、正極集電体に塗布された正極合剤スラリーを120℃で熱処理し、溶媒を留去することによって正極合剤層を形成した。その後、正極合剤層を熱プレスで加圧成形し、直径15mmの円形状に打ち抜いて正極とした。
【0098】
(放電容量)
続いて、作製した正極と負極とセパレータを用いて、リチウムイオン二次電池を作製した。負極としては、直径16mmの円形状に打ち抜いた金属リチウムを用いた。セパレータとしては、厚さ30μmのポリプロピレン製の多孔質セパレータを用いた。正極と負極とをセパレータを介して非水電解液中で対向させて、リチウムイオン二次電池を組み付けた。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させた溶液を用いた。
【0099】
作製したリチウムイオン二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の質量基準で40A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の質量基準で40A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電し、放電容量(初期容量)を測定した。
【0100】
(充放電サイクル特性(容量維持率))
作製した正極と負極とセパレータを用いて、リチウムイオン二次電池を作製した。負極としては、銅箔の負極終電体上に黒鉛を塗布した負極を直径16mmの円形状に打ち抜いて用いた。セパレータとしては、厚さ30μmのポリプロピレン製の多孔質セパレータを用いた。正極と負極とをセパレータを介して非水電解液中で対向させて、リチウムイオン二次電池を組み付けた。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させ、さらに1.5質量%のビニレンカーボネートを溶解させた溶液を用いた。
【0101】
作製したリチウムイオン二次電池を、50℃の環境下で、正極合剤の質量基準で200A/kg、上限電位4.2Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の質量基準で200A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電するサイクルを計100サイクル行い、100サイクル後の放電容量を測定した。初期容量に対する100サイクル後の放電容量の分率を容量維持率として計算した。その結果を表1に示す。
【0102】
【0103】
【0104】
表1に示すように、実施例1~8は、組成式(1)で表される化学組成が満たされており、D1>D3であり、かつ、D1/D3 > D2/D4であった。また、実施例1~8のe/fは0.5≦e/f≦5の範囲にあった。特に、実施例1はe/fが0.5とM1よりもAlの含有量が多いにもかかわらず、D1>D3となっており、Tiが表面に濃化していることがわかった。このことから、TiとAlの比にかかわらず、Alは均一固溶し、Tiは表面濃化することがわかった。また、D1/D3は、Alを添加していない比較例1~4では3.3以下であるのに対し、Alを添加した実施例1~8では3.5以上と大きく、Alを添加することによりTiの表面濃化が促進されることがわかった。AlはLiNiO2形成エネルギーを低下させることが知られており、Alを添加することで、LiNiO2形成温度が低下し、LiNiO2形成温度とTiがLiNiO2に固溶を開始する温度との差が大きくなり、Tiの表面濃化が促進されたものと考えられる。また、この事象は、Alの含有量がTiの含有量よりも多くても起き得るため、Alの含有量がTiの含有量よりも多くてもAlは均一固溶し、Tiは表面濃化したものと考えられる。その結果、本発明の実施例は190Ah/kgを超える高い放電容量が得られ、容量維持率も79%以上を示し、充放電サイクル特性に優れることが確認できた。つまり、組成式(1)で表される化学組成が満たされており、D1>D3であり、かつ、D1/D3 > D2/D4である場合、高い放電容量を維持したまま、充放電サイクル特性を向上させることができることが確認できた。特に、D1/D3が3.7以上の実施例1~2、4~8では80%以上の容量維持率が得られた。さらに、界面Ni比が70%未満の実施例4~6では90%以上の容量維持率が得られた。