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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022053191
(43)【公開日】2022-04-05
(54)【発明の名称】多孔質膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 9/26 20060101AFI20220329BHJP
   B01D 69/02 20060101ALI20220329BHJP
   B01D 71/16 20060101ALI20220329BHJP
   B01D 71/30 20060101ALI20220329BHJP
   B01D 71/34 20060101ALI20220329BHJP
   B01D 71/40 20060101ALI20220329BHJP
   B01D 71/42 20060101ALI20220329BHJP
   B01D 71/56 20060101ALI20220329BHJP
   B01D 71/68 20060101ALI20220329BHJP
【FI】
C08J9/26 102
B01D69/02
B01D71/16
B01D71/30
B01D71/34
B01D71/40
B01D71/42
B01D71/56
B01D71/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020159864
(22)【出願日】2020-09-24
(71)【出願人】
【識別番号】501241645
【氏名又は名称】学校法人 工学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】赤松 憲樹
(72)【発明者】
【氏名】中尾 真一
(72)【発明者】
【氏名】大野 誠弥
【テーマコード(参考)】
4D006
4F074
【Fターム(参考)】
4D006GA03
4D006GA06
4D006GA07
4D006MA03
4D006MA22
4D006MA24
4D006MA25
4D006MA31
4D006MB02
4D006MC18
4D006MC27
4D006MC29X
4D006MC37X
4D006MC39
4D006MC54
4D006MC62
4D006MC63
4D006NA40
4D006PA01
4D006PB02
4D006PB03
4D006PB08
4D006PB20
4D006PB52
4F074AA02
4F074AA35
4F074AA36
4F074AA38
4F074AA48
4F074AA49
4F074AA71
4F074AA87
4F074AA98
4F074CB34
4F074CB45
4F074DA14
4F074DA23
4F074DA24
4F074DA43
(57)【要約】
【課題】安価にかつ簡便に製造することが可能であり、ファウリング耐性の高い多孔質膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ベースポリマーとポリ(2-メトキシエチルアクリレート)とを含むブレンドポリマーを含有し、多孔構造を有する多孔質膜。ベースポリマーと、ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)と、溶媒と、を含む製膜溶液を準備する工程と、前記製膜溶液を用い、相分離法によって多孔質膜を析出させる工程と、を含む多孔質膜の製造方法。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベースポリマーとポリ(2-メトキシエチルアクリレート)とを含むブレンドポリマーを含有し、多孔構造を有する多孔質膜。
【請求項2】
前記多孔構造が、前記多孔質膜の一方の面側から他方の面側に向けて孔径が大きくなるに伴い空隙率が大きくなっている非対称多孔構造である請求項1に記載の多孔質膜。
【請求項3】
前記ベースポリマーが、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、及びポリアミドからなる群より選ばれる1種又は2種以上のポリマーである、請求項1又は請求項2に記載の多孔質膜。
【請求項4】
ベースポリマーと、ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)と、溶媒と、を含む製膜溶液を準備する工程と、
前記製膜溶液を用い、相分離法によって多孔質膜を析出させる工程と、
を含む多孔質膜の製造方法。
【請求項5】
前記ベースポリマーが、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、及びポリアミドからなる群より選ばれる1種又は2種以上のポリマーである請求項4に記載の多孔質膜の製造方法。
【請求項6】
前記相分離法が、非溶媒誘起相分離法である請求項4又は請求項5に記載の多孔質膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、多孔質膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体に溶解した高分子などの溶質や、液体に含まれる汚濁物などを多孔質膜によって分離する膜処理技術がある。膜処理技術を利用した水処理として、例えば、浄水処理、下排水処理、海水淡水化処理、工業用水処理など挙げられる。水処理以外に、例えば生体分子を含有するサンプル処理が挙げられる。
現在、膜処理技術を用いた水処理施設の大型化が急速に進んでおり、今後より広い範囲における膜処理技術の活用が有望視されている。
一方で、膜を長期間用いることにより膜が汚れて膜性能の劣化(ファウリング)が生じる。ファウリングは膜処理における動力費、さらに洗浄及び交換のコストを押し上げ、膜処理技術において大きな問題となっている。
【0003】
そこで、ファウリングを抑制する膜(低ファウリング膜)の開発が盛んに行われている。例えば、多孔質膜にファウリングを抑制する性質(低ファウリング性)を有するポリマーを物理的・化学的に膜面に固定する技術として、(a)物理的付着(例えば非特許文献1)、(b)紫外線やプラズマを利用したグラフト(例えば非特許文献2)、(c)ATRP:原子移動ラジカル重合(例えば非特許文献3)による方法が提案されている。
また、膜原料に低ファウリングポリマーを含有させる製膜技術として、(d)相分離誘起製膜が提案されている(例えば非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】K. Akamatsu et al, Ind. Eng. Chem. Res., 50 (2011) 12281-12284
【非特許文献2】K. Akamatsu et al, Sep. Purif. Technol., 204 (2018) 298-303
【非特許文献3】Y. C. Chiang et al, J. Membr. Sci., 339 (2009) 151-159
【非特許文献4】G. V. Dizon et al, J. Membr. Sci., 550 (2018) 45-58
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
多孔質膜に低ファウリング性を有するポリマーを物理的・化学的に膜面に固定する技術として、(a)物理的に付着させる技術は、簡便な手法が多いが、修飾ポリマーが剥離し易い。また、(b)紫外線やプラズマを利用したグラフト、(c)ATRPによる方法は、膜の安定性は高いが、複数の改質ステップを要し、実用性に乏しい。
また、(d)相分離誘起製膜は、様々なポリマーのブレンドが検討されているが、高価なポリマーを使用する場合が多く、コスト面の課題がある。
【0006】
本開示は、上記課題に鑑み、安価にかつ簡便に製造することが可能であり、ファウリング耐性の高い多孔質膜及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
<1> ベースポリマーとポリ(2-メトキシエチルアクリレート)とを含むブレンドポリマーを含有し、多孔構造を有する多孔質膜。
<2> 前記多孔構造が、前記多孔質膜の一方の面側から他方の面側に向けて孔径が大きくなるに伴い空隙率が大きくなっている非対称多孔構造である<1>に記載の多孔質膜。
<3> 前記ベースポリマーが、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、及びポリアミドからなる群より選ばれる1種又は2種以上のポリマーである、<1>又は<2>に記載の多孔質膜。
<4> ベースポリマーと、ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)と、溶媒と、を含む製膜溶液を準備する工程と、
前記製膜溶液を用い、相分離法によって多孔質膜を析出させる工程と、
を含む多孔質膜の製造方法。
<5> 前記ベースポリマーが、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、及びポリアミドからなる群より選ばれる1種又は2種以上のポリマーである<4>に記載の多孔質膜の製造方法。
<6> 前記相分離法が、非溶媒誘起相分離法である<4>又は<5>に記載の多孔質膜の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、安価にかつ簡便に製造することが可能であり、ファウリング耐性の高い多孔質膜及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本開示に係る多孔質膜の製造方法の一例を示す概略図である。
図2】実施例及び比較例で製造した多孔質膜の膜表面のFT-IR(ATR法)スペクトルを示す図である。
図3】実施例及び比較例で製造した多孔質膜の表面を示すFE-SEM画像である。
図4】実施例及び比較例で製造した多孔質膜の断面を示すFE-SEM画像である。
図5】PMEAブレンド比に対する純水透過係数と膜厚の関係を示すグラフである。
図6】ウシ血清アルブミン(BSA)透過試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の実施形態について図面を参照しながら説明する。
なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
また、本明細書中の「工程」の用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても、その工程の所期の目的が達成されれば本用語に含まれる。
本開示において、ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を、「MEAポリマー」又は「PMEA」と称する場合がある。
【0011】
本発明者は、本開示に係る多孔質膜に先立ち、バイオマテリアル素材として開発されてきたMEAポリマーに着目し、多孔膜に対してプラズマグラフト重合法によってMEAポリマーを修飾することで、ファウリング抑制に優れた多孔質膜を製造することができることを見出した。
しかし、プラズマグラフト重合法は、修飾工程が複雑でスケールアップが困難といった問題がある。そこで、より簡便にファウリング抑制に優れた多孔質膜を製造する方法について検討を重ねた結果、ベースポリマーとポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を特定の良溶媒に溶解させた製膜溶液を用い、相分離誘起製膜手法により多孔膜を作製すると、安価にかつ簡便にファウリング耐性の高い多孔質膜を製造することができることを見出した。
【0012】
<多孔質膜>
本開示に係る多孔質膜は、ベースポリマーとポリ(2-メトキシエチルアクリレート)とを含むブレンドポリマーを含有し、多孔構造を有する多孔質膜である。
【0013】
ベースポリマーは、本開示に係る多孔質膜において含有量(質量%)が最も多く、多孔質膜のベースとなるポリマーである。ベースポリマーは、MEAポリマーとのブレンドポリマーとして多孔質膜を構成することができれば特に限定されない。ベースポリマーとして、例えば、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、ポリアミドなどが挙げられる。多孔質膜に含まれるベースポリマーは1種でも2種以上でもよい。ベースポリマーとしては、製膜性、MEAポリマーとの相溶性、膜強度、入手性などの観点からポリフッ化ビニリデン(PVDF)が好ましい。
【0014】
PVDFは、製膜性に優れ、かつ、機械的および化学的な耐久性に優れているので、本開示の多孔質膜の素材として好適である。
PVDFとしては、PVDFのホモポリマーやコポリマーを用いることができる。コポリマーとしては、ポリビニリデンフルオライド-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド-クロロトリフルオロエチレン共重合体などを挙げることができる。
PVDFの分子量は特に限定されないが、例えば、重量平均分子量で1万~1000万のポリマーを使用することができる。
【0015】
本開示に係る多孔質膜におけるベースポリマーの含有量(質量%)は、ベースポリマーの種類にもよるが、例えばPVDFを用いる場合は、製膜性、膜強度などの観点から、55~95質量%であり、65~85質量%でもよい。
【0016】
(ポリ(2-メトキシエチルアクリレート))
ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)(以下、MEAポリマー)は、2-メトキシエチルアクリレートを重合させたポリマーである。
MEAポリマーは安価な材料であり、市場で入手することも可能である。MEAポリマーは、2-メトキシエチルアクリレートの単独重合体でもよいし、2-メトキシエチルアクリレートと、他のモノマーとの共重合体であってもよい。
【0017】
MEAポリマーの分子量は特に限定されないが、例えば、重量平均分子量で1万~500万のMEAポリマーを使用することができる。
【0018】
本開示に係る多孔質膜におけるMEAポリマーの含有量(質量%)は、ベースポリマーの種類にもよるが、製膜性、膜強度などの観点から、例えば5~45質量%であり、15~35質量%でもよい。
【0019】
(その他の成分)
本開示に係る多孔質膜は、ファウリング耐性を著しく損なわない範囲でベースポリマー及びMEAポリマー以外の成分(その他の成分)を含んでもよい。
その他の成分としては、ベースポリマー及びMEAポリマー以外のポリマー、添加剤が挙げられる。
その他の成分として、例えば、孔径制御のための親水性物質として、エチレングリコール、ジエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、グリセリン等が挙げられ、これらを1種又は2種以上含んでもよい。
【0020】
(多孔構造)
本開示に係る多孔質膜の多孔構造の孔の形状、大きさ、分布、形態は特に限定されない。多孔質膜の用途にもよるが、例えば、分離膜として使用する場合、多孔質膜の一方の面側から他方の面側に向けて孔径(平均)が大きくなるに伴い空隙率が大きくなっている非対称多孔構造を有する非対称多孔質膜が好ましい。非対称多孔質膜は、典型的には、一方の面側はスポンジ状の構造を持ち、他方の面側は孔の小さい緻密な構造を持った多孔質膜である。緻密な層を分離面として機能させることで精密ろ過膜や限外ろ過膜、ナノろ過膜や逆浸透膜として用いることができる。
【0021】
孔径は特に限定されないが、非対称多孔質膜の一方の面側は1~1000μmであり、他方の面側は0.001~50μmである。なお、孔径の測定は、多孔質膜の各面を電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)で観察し、無作為に選んだ50個の各孔の最大径を測定して数平均によって算出される。
【0022】
また、本開示に係る多孔質の空隙率は特に限定されない。なお、本開示に係る多孔質膜が非対称多孔質膜の場合、分離面として機能する緻密層と支持層では空隙率が大きく変化する。そのため、空隙率は一概に言えないが、膜全体の平均空隙率として、例えば、25~85%が挙げられる。
【0023】
(膜厚)
本開示に係る多孔質膜の厚みは特に限定されないが、膜厚が薄過ぎると、製造中、膜設置中、又は使用中に破損し易く、厚過ぎると溶液が透過し難くなり、動力費が高くなる可能性がある。本開示に係る多孔質膜の膜厚は、膜の用途などに応じて選択すればよいが、例えば、10μm~1.0mmである。なお、膜厚は、無作為に選んだ5箇所で測定した厚みの平均値として算出される。
【0024】
<多孔質膜の製造方法>
本開示に係る多孔質膜の製造方法は、ベースポリマーと、ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)と、溶媒と、を含む製膜溶液を準備する工程と、
前記製膜溶液を用い、相分離法によって多孔質膜を析出させる工程と、を含む。
【0025】
(製膜溶液を準備する工程)
まず、ベースポリマーと、ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)と、溶媒と、を含む製膜溶液を準備する。
膜素材となるベースポリマー及びポリ(2-メトキシエチルアクリレート)としては、前述した材料を用いることができる。
【0026】
溶媒は、ベースポリマー及びポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を溶解することができれば特に限定されない。例えば、ベースポリマーとしてPVDFを用いる場合は、PVDFは物理的及び化学的耐久性に優れるため、溶媒は限られるが、PVDFとPMEAがともに溶解する良溶媒として、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)を好適に用いることができる。
なお、ベースポリマーとして、PVDF以外のポリマーを用いる場合、例えば、ハンセン溶解度パラメータに基づいて良溶媒を選択することができる。
NMP以外の溶媒として、例えば、ジメチルアセトアミドが挙げられる。
溶液には、ベースポリマー及びポリ(2-メトキシエチルアクリレート)以外の成分として、既述の「その他の成分」を含んでもよい。
【0027】
製膜溶液は、MEAポリマーのブレンド比が大きいほど、膜中のMEAポリマーの割合が大きくなり、透水性能が高い多孔質膜を製造し易い。ただし、ベースポリマーの割合が低くなると膜強度が低下する。また、製膜溶液における総ポリマー濃度が低すぎると膜強度が低下し、高すぎると透過性能が低い多孔質膜となる。
よって製膜溶液におけるベースポリマーとMEAポリマーの質量比(ベースポリマー:MEAポリマー)は、30:1~1:1が好ましく、5:1~2:1がより好ましい。
また、製膜溶液におけるベースポリマーの含有量は、例えば、10~30質量%であり、望ましくは15~25質量%である。また、製膜溶液におけるMEAポリマーの含有量は、例えば、1~10質量%であり、望ましくは3~8質量%である。
【0028】
(相分離法によって多孔質膜を析出させる工程)
前記製膜溶液を用い、相分離法によって多孔質膜を析出させる。
相分離法は非対称膜を作製するための製膜技術であり、例えば、以下の方法が挙げられる。
(A)非溶媒誘起相分離法(Non-solvent Induced Phase Separation:NIPS)
非溶媒(溶媒:可溶、ポリマー:不溶)中で溶液の相互拡散によって相分離を誘発する方法
(B)熱誘起相分離法(Thermally Induced Phase Separation:TIPS)
キャスト後の溶液を加温または冷却することにより相分離を誘発する方法
(C)水蒸気誘起相分離法
湿度調整可能な空間でキャスト液と水蒸気を接触させ、相分離を誘発する方法
(Vapor Induced Phase Separation:VIPS)
【0029】
本開示に係る多孔質膜の製造方法では、相分離法として、NIPS、TIPS、VIPSのいずれの方法を採用してもよい。ここで、NIPSの一例について説明する。図1は、本開示に係る多孔質膜をNIPSによって製造する方法の一例を示している。
まず、ベースポリマー(膜素材ポリマー)、MEAポリマー、溶媒(良溶媒)、添加剤等からなる製膜溶液(キャスト液)をガラス板等の平たんな面上に薄く引き延ばす(キャスト)。
一定時間(数秒~数分程度)この状態に置いておくと表面だけ良溶媒の蒸発が進み、表面のポリマー濃度が高まり薄膜が張った状態になる。
この状態から一気にガラス板を凝固液(貧溶媒)に漬け込むことで、膜表面から貧溶媒が進入し良溶媒と混合状態になることで、ポリマーの溶解性が低下し固化する(相分離誘起)。
また、良溶媒は貧溶媒の方へ抜け出していき、固化した高分子ポリマーに抜け孔ができる。表層側には乾燥状態にしたときにポリマー濃度が濃くなっていることと、表層側で一気に固化が進行することから緻密な層ができ、内部の方はゆっくり固化することからスポンジ状の多孔構造の非対称膜ができ、数分後には白色化した膜を回収できる。
【0030】
本開示においてNIPSによって多孔質膜を析出させる場合、上記方法に限定されず、例えば、ロール状の不織布上に連続的にキャストし、貧溶媒中を潜り抜けさせて巻き取る方法を採用することで大量生産することができる。
また、本開示に係る多孔質膜を析出させる際の貧溶媒としては、ベースポリマー、良溶媒の種類に応じて選択すればよい。例えば、ベースポリマーとしてPVDF、良溶媒としてNMPを用いる場合、貧溶媒としては水を用いることができる。
【0031】
上記方法により、安価にかつ簡便に、低ファウリング性に優れた多孔質膜(低ファウリング膜)を製造することができる。
本開示に係る多孔質膜の用途は特に限定されないが、例えば、水処理に用いることでファウリングを効果的に抑制することができ、製膜コストだけでなく、ランニングコスト、膜交換コストの抑制にも大きく貢献できる。
【実施例0032】
以下、本開示に係る多孔質膜及びその製造方法について、実施例を挙げてさらに具体的に説明する。ただし、これら各実施例は、本発明を制限するものではない。
【0033】
(試薬)
実施例で使用した試薬は以下のとおりである。
・Poly(vinylidene fluoride)[PVDF](Solef(登録商標)6010.,SOLVAY.,Mw:300,000-320,000[Da] powder)
・1-Methyl-2-pyrrolidone[NMP](和光特級、富士フイルム和光純薬株式会社)
・Deionized water[DI-water(純水)](Elix(登録商標)Essential 5(UV).,Millipore.)
・2-Methoxyethyl Acrylate[MEA](和光一級、富士フイルム和光純薬株式会社)
・2,2’-Azobis(isobutyronitrile)[AIBN](和光特級、富士フイルム和光純薬株式会社)
・1,4-Dioxane[1,4-ジオキサン](試薬特級、富士フイルム和光純薬株式会社)
・Tetrahydrofuran[THF](試薬特級、富士フイルム和光純薬株式会社)
・Hexane[ヘキサン](試薬特級、富士フイルム和光純薬株式会社)
・Bovine Serum Albumin[BSA](pH5.2、SIGMA-ALDRICH)
【0034】
<膜素材の準備>
ベースポリマーは、市販のポリフッ化ビニリデン(PVDF)を用いた。
ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)(PMEA)は、以下の手順により合成した。
蒸留したMEAモノマー20[g]と1,4-ジオキサン100[g]をナス型フラスコに入れ、窒素バブリングを30[min]行った。バブリング終了後、AIBN0.08[g]と小型攪拌子を入れ、重合温度75[℃]、重合時間24[h]でラジカル重合を行った。
ラジカル重合終了後、ヘキサン500[mL]が入ったビーカーに重合後の溶液を流し込むことで、ヘキサンに不溶なポリマーが析出した。このとき、混合溶液全体が白濁するが、ビーカーの底には高い重合量の白色沈殿物が存在するため、その沈殿物を目的ポリマーとして得られた。
沈殿物(ポリマー)以外のヘキサンや1,4-ジオキサンを含んだ白濁溶液は除去し、THF10[mL]でポリマーを完全に溶解させた。10[mL]で溶解しなかった場合はさらに10[mL]ずつ加えた。ポリマーの溶解に要したTHFの15倍量のヘキサンを溶液に入れて再度ポリマーを析出させた。この操作を合計3回繰り返すことでMEAポリマー(PMEA)が得られた。
【0035】
<多孔質膜の製造>
(製膜溶液の作製)
表1に示すように、PVDF:PMEAのブレンド比を15:0、15:1、15:3、15:5、15:7とし、溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を用いて70℃で1~4時間攪拌し、製膜溶液(キャスト溶液)を作製した。
【0036】
【表1】

【0037】
(相分離法による製膜)
作製したキャスト溶液を室温まで自然冷却した後、ガラス板上に広げ、厚み200μmのギャップナイフで薄く均一に延ばした。
30秒経過後、ガラス板ごと非溶媒(純水)中に浸漬させることで、相分離により多孔質膜(PMEA0~PMEA7)を析出させた。
【0038】
[評価]
<FT-IR分析>
作製した膜に対し、FT-IR(ATR)表面スペクトル測定を行い、PMEAが膜表面に存在するか確認した。各膜の膜表面のFT-IR(フーリエ変換赤外分光法)スペクトルを図2に示す。PMEAをブレンドした膜(PMEA1、3、5、7)にはPMEA特有のC=Oに由来するピークが1740cm-1付近に確認できた。
また、PMEAのC=Oピーク強度とPVDFのピーク強度の比は、PMEA/PVDFブレンド比の増加に伴い大きくなることが確認できた。したがって、PMEA/PVDFブレンド比の増加は、膜表面へのPMEA存在割合の増加に寄与することが裏付けられた。
【0039】
<FE-SEM観察>
FE-SEMを用いて、膜表面及び膜断面の構造を観察した。図3は、各膜の表面(キャスト時のガラス基板と逆側)を示すFE-SEM画像であり、図4は、各膜の断面を示すFE-SEM画像である。
いずれの膜も一方の面側(キャスト時のガラス基板と逆側)と他方の面側で多孔構造が異なる非対称多孔構造となっている。また、図4に見られるように、PMEAをブレンドしていない膜に比べ、PMEAをブレンドした膜の空隙部分が大きくなっていることがわかる。
【0040】
<純水透過実験>
流量2L/分、供給温度25℃とし、クロスフロー方式で純水透過試験を行い、純水透過係数(Lp)を求め、膜の透水性能を比較した。さらに、マイクロメーターを用いて膜面5箇所を無作為に計測し、その平均値を膜厚として評価した。
図5は、PMEAブレンド比に対する純水透過係数Lpと膜厚の関係を示すグラフである。Lpが高いほど膜抵抗が小さく、低い圧力で水が透過するため、膜分離に有利である。PMEAをブレンドしたことで膜の透水性能が大幅に向上していることが分かる。なお、PMEA3が最も純水透過係数Lpが大きく、PMEA5及びPMEA7では、純水透過係数Lpが低下している。これは、PMEAブレンドの割合が増加したことによるものではなく、総ポリマー含有量(ブレンドポリマー含有量)が高いことに起因していると推測される。
また、膜厚に大きな違いはなく、PMEAをブレンドした膜は、膜厚を薄くせずに、すなわち、膜強度を下げずに、高い透水性能を発揮できることがわかる。PMEAをブレンドしたことで、膜の内部構造変化(図4)が純水透過係数の増加に大きく影響を及ぼしたと考えられる。
【0041】
<ウシ血清アルブミン(BSA)透過試験>
純水透過係数算出後、フラックスを4×10-6[m-2-1]一定で10[min]間隔(透過液の採取時間は約5[min])、合計30[min]測定した。
純水透過後、供給液全体がBSA1000[ppm]になるよう調製し、BSA透過試験を合計180[min]行った。BSA透過試験中、透過液は純水透過試験時同様10[min]間隔で5[min]採取した。
【0042】
また、阻止率を求めるためにバイアルを用いて、供給液を30[min]間隔で採取しTOC-V(島津製作所社製)を用いて、予め作製していたBSA検量線を用いてBSA濃度を求めた。透過液は30[min]おきに採取したが、低フラックスの場合はバイアルに十分な量の透過液が採取できないため、純水で希釈して希釈倍率をTOCの測定結果に掛け合わせ、濃度を補正した。TOC測定結果で得た供給液濃度と透過液濃度を下記式を用いて見かけの阻止率を算出した。
obs=(1-C/C
obs:見かけの阻止率
:透過液濃度(mol/m
:供給液濃度(mol/m
【0043】
図6は、BSA透過試験結果を示すグラフである。試験開始後、純水からBSA1000ppm水溶液に交換することで、PMEAをブレンドしていない膜では透水性能が急激に低下し、低ファウリング性が低いことがわかる。一方、PMEAをブレンドした膜、特にPMEA3、5、7では透水性能が若干低下したものの、試験終了時までほぼ一定であり、低ファウリング性に優れることが分かる。また、PMEAブレンドの割合が大きくなるにつれ、低ファウリング性が高くなっていることがわかる。
【0044】
上記のように、PMEAをブレンドしたことで膜の内部構造変化や透水性能の向上が見られた。さらに、PMEA/PVDFブレンド比の増加が膜表面にPMEAを多く存在させることに寄与することが明らかとなった。したがって、PMEAブレンドPVDF膜は、ファウリングを抑制することが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本開示に係る多孔質膜は、様々な用途においてファウリングを抑制することができ、水処理以外にも、タンパク分画など新しい用途を開拓できる可能性がある。特にタンパク様物質や多糖様物質に対する低ファウリング性に優れると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6