(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022053437
(43)【公開日】2022-04-05
(54)【発明の名称】菌種識別キット、菌種識別方法、及びプライマーペア
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20220329BHJP
C12Q 1/689 20180101ALI20220329BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20220329BHJP
C12Q 1/683 20180101ALI20220329BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220329BHJP
【FI】
C12Q1/04 ZNA
C12Q1/689 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/683 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020208546
(22)【出願日】2020-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2020160022
(32)【優先日】2020-09-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】711002926
【氏名又は名称】雪印メグミルク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加田 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】阿部 萌子
(72)【発明者】
【氏名】木村 彰
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA12
4B063QA13
4B063QA18
4B063QQ06
4B063QQ28
4B063QQ34
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR14
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR62
4B063QS25
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリをいかなるDNA配列解読機器も使用せず、迅速かつ簡便に菌種識別するキットを提供することである。
【解決手段】ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定するための試薬を含む、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとの菌種識別キットを提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定するための試薬
を含む、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとの菌種識別キット。
【請求項2】
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子であることを特徴とする、請求項1に記載のキット。
【請求項3】
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定するための前記試薬が、
ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNAの領域の一部又は全部を増幅するための試薬、及び
増幅されたアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNA断片を処理するための制限酵素
であり、制限酵素による切断パターンが、菌種の識別に用いられる、請求項1又は2に記載のキット。
【請求項4】
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、XspI、DraI、EcoT22I、及びSmiIのうちの少なくとも1つであり、
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、BstPI、FbaI、BciT130I、NdeI、PstI、BamHI、SspI、HincII、及びPsp1406Iのうちの少なくとも1つである、請求項3に記載のキット。
【請求項5】
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードする領域の一部又は全部を増幅するための前記試薬が、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子をPCR増幅する際のプライマーペアであり、
前記プライマーペアの塩基配列が、いずれも、ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリの各基準株のアラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列を含み、
プライマーの鎖長が、いずれも18~40ヌクレオチドであり、
増幅される断片の長さが、700~1200ヌクレオチドである、
請求項3又は4のいずれかに記載のキット。
【請求項6】
前記プライマーペアが、それぞれ、下記の塩基配列を有する請求項5に記載のキット
(フォワード)5’-ATGGTTCCAGGTATTCATCGT/CCCAGCTGT-3’(配列番号5及び6)
(リバース)5’-G/ATCTTCGTAATAAACACGCGGTAAG/ACGATC-3’(配列番号7~10)、又は
(フォワード)5’-ATGGATAATCGACCAATTGGAGTTTTAG-3’(配列番号11)
(リバース)5’-ATCCTCAGCATC/TTACATGATGACCAACAAT-3’(配列番号12及び13)。
【請求項7】
ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定すること
を含む、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとの菌種識別方法。
【請求項8】
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子であることを特徴とする、請求項7に記載の菌種識別方法。
【請求項9】
前記、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定することが、
ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNAの領域の一部又は全部を増幅すること、及び
増幅されたアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNA断片を制限酵素で処理し、切断パターンを識別に用いること
である、請求項7又は8に記載の菌種識別方法。
【請求項10】
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、XspI、DraI、EcoT22I、及びSmiIのうちの少なくとも1つであり、
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、BstPI、FbaI、BciT130I、NdeI、PstI、BamHI、SspI、HincII、及びPsp1406Iのうちの少なくとも1つである、請求項9に記載の菌種識別方法。
【請求項11】
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子をPCR増幅するためのプライマーペアを用い、
前記プライマーペアの塩基配列が、いずれも、ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリの各基準株のアラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列を含み、
プライマーの鎖長が、いずれも18~40ヌクレオチドであり、
増幅される断片の長さが、700~1200ヌクレオチドである、
請求項7~10のいずれかに記載の菌種識別方法。
【請求項12】
前記プライマーペアが、それぞれ、下記の塩基配列を有する、請求項11に記載の菌種識別方法
(フォワード)5’-ATGGTTCCAGGTATTCATCGT/CCCAGCTGT-3’(配列番号5及び6)
(リバース)5’-G/ATCTTCGTAATAAACACGCGGTAAG/ACGATC-3’(配列番号7~10)、又は
(フォワード)5’-ATGGATAATCGACCAATTGGAGTTTTAG-3’(配列番号11)
(リバース)5’-ATCCTCAGCATC/TTACATGATGACCAACAAT-3’(配列番号12及び13)。
【請求項13】
ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードする領域の一部又は全部を増幅するためのプライマーペア。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌種識別キットに関する。本発明は、特に、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリを迅速かつ簡便に識別可能なキットに関する。本発明は、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとを識別する方法にも関する。本発明は、プライマーペアにも関する。
【背景技術】
【0002】
ラクトバチルス・ガセリは、ラクトバチルス属に属する乳酸菌であり、整腸や内臓脂肪低減、免疫機能向上等種々の生理作用を持つことから、プロバイオティクスとして産業上きわめて重要な菌種となっている。一方、2018年にラクトバチルス・ガセリの一部の菌株を、ラクトバチルス・パラガセリとして分類することが提唱され、以降全ゲノム配列情報に基づいて算出されたAverage Nucleotide Identity(ANI)値を用いて、それまでラクトバチルス・ガセリに分類されていた菌株のうち、ラクトバチルス・ガセリ基準株JCM1131T又はラクトバチルス・パラガセリ基準株JCM1130Tのいずれとの一致度が高いかを指標に、ラクトバチルス・ガセリであるか、あるいはラクトバチルス・パラガセリであるかを識別することが可能になった。また、乳酸菌の種同定にしばしば用いられる2つの遺伝子、フェニルアラニルトランスファーRNA合成酵素αサブユニット遺伝子pheS及びRNAポリメラーゼαサブユニット遺伝子rpoA遺伝子の塩基配列を解読し、2種の基準株との相同性を比較することにより、いずれの乳酸菌であるかを識別することも可能であることが確認された。したがって、今後産業上有用なラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリが発見された場合には、それらのいずれであるかを識別して正確に記載することが求められている。
非特許文献1は、従来ラクトバチルス・ガセリに分類されていた、全ゲノム配列が公開されている75株について、ANI値に基づき94%の一致度で分類した際に、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリの2種に分割できることを報告している。この方法では、ANI値に基づく分類のため、全ゲノム配列の情報の解読が必要であった。全ゲノム配列の解読は次世代シーケンサー等解析技術の改良により、以前よりはるかに安価にかつ短期間に行えるようになってきてはいるものの、約2x106塩基対の塩基配列を解読する必要があるため、数日から数週間程度の期間を要する。また、次世代シーケンサーを完備していない研究施設では実施することは不可能であり、外部機関へ解析を依頼することが必要である。
非特許文献2では、ANI値に加えてフェニルアラニルトランスファーRNA合成酵素αサブユニット遺伝子pheS及びRNAポリメラーゼαサブユニット遺伝子rpoA遺伝子の配列を解読し、各基準株との相同性からラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリの2種に識別できることを報告している。全ゲノム配列の解読と比較すれば、格段に簡便かつ迅速に識別できるものの、これら2つの遺伝子の配列を解読することにかわりなく、これら遺伝子についてPCR等を使用してクローニングしてから数時間から数日程度の期間を要する。また、配列解読には従来のサンガー法に基づくシーケンサーが必要であり、それを備えていない研究施設では解析を外部機関に依頼する必要もある。
このように、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリの識別には、いずれも数時間から数週間程度を要する何らかの塩基配列情報の解読が必要であり、また次世代シーケンサーや、従来型のサンガー法によるシーケンサー等配列解読機器も必要であった。したがって、特別な機器を必要とせず汎用的な機器を使用した、迅速かつ簡便な、これら2種の乳酸菌の菌種識別キットが求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Bioscience of Microbiota,Food and Health. 2017年36巻4号155-159頁
【非特許文献2】Int J Syst Evol Microbiol.2018年68巻11号3512-3517頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、従来にない迅速かつ簡便に菌種を識別するキット又は方法を提供することである。特に、ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリについてその菌種を、いかなる配列解読機器も使用せずに識別するキット又は方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子に着目することで、これら2種の菌種を識別することが可能であることを確認して、本発明を完成するに至った。
このようなキット又は方法を提供するためには、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリの間で菌種間の差異があることのみではなく、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリの各々において、菌株ごとの差異がない、あるいは、差異があってもこの差異に影響されないことが必要である。また、未知のラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリに対しても広く適用できるようにするためには、これまでに見出されていた識別に使用される遺伝子に比べて両菌種間の遺伝子配列の相同性が低いことが、識別の精度を上げる上で望ましい。ラクトバチルス・ガセリ基準株JCM1131Tの配列と、ラクトバチルス・パラガセリ8株の配列について、これまでに見出されている識別に使用される遺伝子群の相同性及びアミノ酸ラセマーゼ遺伝子群の相同性を比較したところ、これまでに利用されている遺伝子群に比べてアミノ酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列の相同性が低いことが確認できた。一方、菌株間の相同性の値のばらつきを示す標準偏差については小さいほうが望ましい。これまでに識別に使用されている遺伝子群とアミノ酸ラセマーゼ遺伝子群について相同性の標準偏差を比較したところ、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子群の相同性の標準偏差の方が小さいことが確認された。これまでの識別に利用される遺伝子では、このような観点で遺伝子を選択することはこれまでに行われていなかった。すなわち、本発明者らは、ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、このような制約を満たすことを見出すことにより、発明を完成させたのである。
すなわち本発明には以下の構成が含まれる。
<1>
ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定するための試薬
を含む、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとの菌種識別キット。
<2>
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子であることを特徴とする、<1>に記載のキット。
<3>
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定するための前記試薬が、
ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNAの領域の一部又は全部を増幅するための試薬、及び
増幅されたアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNA断片を処理するための制限酵素
であり、制限酵素による切断パターンが、菌種の識別に用いられる、<1>又は<2>に記載のキット。
<4>
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、XspI、DraI、EcoT22I、及びSmiIのうちの少なくとも1つであり、
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、BstPI、FbaI、BciT130I、NdeI、PstI、BamHI、SspI、HincII、及びPsp1406Iのうちの少なくとも1つである、<3>に記載のキット。
<5>
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードする領域の一部又は全部を増幅するための前記試薬が、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子をPCR増幅する際のプライマーペアであり、
前記プライマーペアの塩基配列が、いずれも、ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリの各基準株のアラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列を含み、
プライマーの鎖長が、いずれも18~40ヌクレオチドであり、
増幅される断片の長さが、700~1200ヌクレオチドである、
<3>又は<4>のいずれかに記載のキット。
<6>
前記プライマーペアが、それぞれ、下記の塩基配列を有する<5>に記載のキット
(フォワード)5’-ATGGTTCCAGGTATTCATCGT/CCCAGCTGT-3’(配列番号5及び6)
(リバース)5’-G/ATCTTCGTAATAAACACGCGGTAAG/ACGATC-3’(配列番号7~10)、又は
(フォワード)5’-ATGGATAATCGACCAATTGGAGTTTTAG-3’(配列番号11)
(リバース)5’-ATCCTCAGCATC/TTACATGATGACCAACAAT-3’(配列番号12及び13)。
<7>
ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定すること
を含む、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとの菌種識別方法。
<8>
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子であることを特徴とする、<7>に記載の菌種識別方法。
<9>
前記、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定することが、
ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNAの領域の一部又は全部を増幅すること、及び
増幅されたアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNA断片を制限酵素で処理し、切断パターンを識別に用いること
である、<7>又は<8>に記載の菌種識別方法。
<10>
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、アラニンラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、XspI、DraI、EcoT22I、及びSmiIのうちの少なくとも1つであり、
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子が、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子である場合、前記制限酵素が、BstPI、FbaI、BciT130I、NdeI、PstI、BamHI、SspI、HincII、及びPsp1406Iのうちの少なくとも1つである、<9>に記載の菌種識別方法。
<11>
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子をPCR増幅するためのプライマーペアを用い、
前記プライマーペアの塩基配列が、いずれも、ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリの各基準株のアラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列を含み、
プライマーの鎖長が、いずれも18~40ヌクレオチドであり、
増幅される断片の長さが、700~1200ヌクレオチドである、
<7>~<10>のいずれかに記載の菌種識別方法。
<12>
前記プライマーペアが、それぞれ、下記の塩基配列を有する、<11>に記載の菌種識別方法
(フォワード)5’-ATGGTTCCAGGTATTCATCGT/CCCAGCTGT-3’(配列番号5及び6)
(リバース)5’-G/ATCTTCGTAATAAACACGCGGTAAG/ACGATC-3’(配列番号7~10)、又は
(フォワード)5’-ATGGATAATCGACCAATTGGAGTTTTAG-3’(配列番号11)
(リバース)5’-ATCCTCAGCATC/TTACATGATGACCAACAAT-3’(配列番号12及び13)。
<13>
ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードする領域の一部又は全部を増幅するためのプライマーペア。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列差を利用して、ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリを識別するキット又は方法を提供するものである。そして、該キット又は方法を使用することにより、いかなる塩基配列の解読も必要とせず、迅速、簡便に、かつ特殊な機器を必要とせず正確にラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリの菌種を識別することが可能になった。したがって、本発明によれば新たな菌種識別キット及び菌種識別方法の提供が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】アラニンラセマーゼ遺伝子の増幅及び制限酵素処理後、電気泳動を行い、DNA断片をUVトランスイルミネーターで可視化し、DNA分子量マーカーとともに撮影を行った図である。
【
図2】グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の増幅及び制限酵素処理後、電気泳動を行い、DNA断片をUVトランスイルミネーターで可視化し、DNA分子量マーカーとともに撮影を行った図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1.菌種識別キット
(ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのゲノムDNA)
本明細書の識別対象である「ラクトバチルス・ガセリ」又は「ラクトバチルス・パラガセリ」とは、種々の分離源(由来)から単離された乳酸菌のうち、一般的な菌種同定方法である16SリボゾーマルRNA遺伝子の塩基配列によりラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリとして同定された菌株を意味する。すなわち、「ラクトバチルス・ガセリ」又は「ラクトバチルス・パラガセリ」とは、それぞれ、ラクトバチルス・ガセリ基準株JCM1131T又はラクトバチルス・パラガセリ基準株JCM1130Tと、16SリボゾームRNA遺伝子の塩基配列の相同性が97%以上である菌株を指す。
識別したい菌株から、細胞壁やタンパク質を分解する酵素(リゾチームやプロテイナーゼK等)、又はガラス製のビーズ等を利用して、菌体を溶解、破砕する方法によりゲノムDNAを抽出することができる。市販の細菌用ゲノムDNA抽出・精製キットを利用してもよく、その方法は問わない。
【0009】
本明細書において、「菌種識別」又は「菌種を識別する」とは、対象とする菌株が、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリのいずれに該当するかを判定することを意味する。また、菌株を含む試料を分析する場合、菌株を含む試料に、両方が含まれている場合は、「菌種識別」又は「菌種を識別する」は、両方が含まれていると判定することを含む。
【0010】
本明細書において、乳酸菌が単離される「種々の分離源(由来)」とは、ラクトバチルス・ガセリ及び/又はラクトバチルス・パラガセリを含む可能性があるあらゆるサンプルを意味する。サンプルには、ラクトバチルス・ガセリ及び/又はラクトバチルス・パラガセリを培養した培養液サンプル以外に、食品サンプル(発酵乳、サプリメントなど)、飲料サンプル(乳酸菌飲料など)、生体サンプル(糞便など)、乳酸菌スターターサンプル(凍結スターターなど)などが含まれる。サンプルには、食品サンプル、飲料サンプル、生体サンプル、及び乳酸菌スターターサンプルなどに対して、抽出、培養、及び遠心分離などの操作を行ったものが含まれる。
【0011】
本発明のキットは、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定するための試薬を含む。このような試薬は、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定できればよく、任意の試薬を用いることができる。この試薬は、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子を構成するDNAの領域の一部又は全部を増幅するための試薬(例えば、プライマーペア)であることが好ましい。このような試薬は、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子を構成するDNAの領域の一部又は全部を増幅するための試薬に加えて、増幅されたアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNA断片を処理するための制限酵素をさらに含むことがより好ましい。
【0012】
(アミノ酸ラセマーゼ遺伝子の単離とクローニング)
本明細書において「アミノ酸ラセマーゼ遺伝子」とは、L-アミノ酸からD-アミノ酸への反応、及びD-アミノ酸からL-アミノ酸への反応を触媒する酵素(アミノ酸ラセマーゼ)をコードする遺伝子である。アミノ酸ラセマーゼ遺伝子は、アラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子であることが好ましい。
配列番号1及び2は、それぞれ、ラクトバチルス・ガセリ基準株JCM1131T及びラクトバチルス・パラガセリ基準株JCM1130Tのアラニンラセマーゼ遺伝子の塩基配列(1128塩基)である。
配列番号3及び4は、それぞれ、ラクトバチルス・ガセリ基準株JCM1131T及びラクトバチルス・パラガセリ基準株JCM1130Tのグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列(798塩基)である。
アミノ酸ラセマーゼ遺伝子の単離には、ゲノムDNAを鋳型にしたPCRを利用した方法が最も簡便であるが、ファージやプラスミドによるゲノムDNAライブラリー等のPCRを利用しない方法も利用できる。PCRを利用する場合には、目的のアミノ酸ラセマーゼ遺伝子を増幅するように設計した1対のオリゴヌクレオチドをプライマーとして利用し、汎用的なサーマルサイクラーにより遺伝子断片を特異的に増幅することができる。プライマーは、目的の遺伝子を含んで増幅するように設計すればよく、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内に設計しても、その外側に設計してもよい。また、目的の遺伝子を含む領域を増幅できれば混合塩基のプライマーでもよい。PCRのアニーリング温度、伸長時間などの各種条件は、増副産物であるDNA断片の長さ等を考慮して、適宜決定することができる。
【0013】
プライマー又はプライマーペアは、ラクトバチルス・ガセリ基準株JCM1131Tとラクトバチルス・パラガセリ基準株JCM1130Tのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子における塩基配列の差異のいずれか少なくとも1つを含む領域を増幅するように設計することが好ましい。
具体的には、アラニンラセマーゼ遺伝子を構成するDNAの特定又は全体の領域を増幅する場合、開始コドンAから214、325、540、900、921、936、及び1031番目の塩基のいずれか少なくとも1つを含む領域を増幅するように設計することが好ましい。これらの塩基全てを含む領域を増幅するように設計することがより好ましい。
また、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子を構成するDNAの特定又は全体の領域を増幅する場合、開始コドンAから103、105、109、123、234、459、519、612及び647番目の塩基のいずれか少なくとも1つを含む領域を増幅するように設計することが好ましい。これらの塩基全てを含む領域を増幅するように設計することがより好ましい。
プライマーの塩基配列が、アラニンラセマーゼ遺伝子の塩基配列を「含む」とは、プライマーの塩基配列が、アラニンラセマーゼ遺伝子の塩基配列の一部又は全部と重複することを意味する。プライマーペアを構成するフォワード及びリバースプライマーの塩基配列が、いずれも、アラニンラセマーゼ遺伝子、又はグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列と、好ましくは10塩基以上、より好ましくは12塩基以上、さらに好ましくは15塩基以上、最も好ましくは18塩基以上重複する。なお、フォワードプライマー及びリバースプライマーは、目的の遺伝子を挟むようにして設計する必要がある。したがって、リバースプライマーを、目的の遺伝子の配列に対して相補的な配列となるように設計する必要がある。
【0014】
アラニンラセマーゼ遺伝子の特定又は全体の領域を増幅する場合、プライマーは、さらに好ましくは、以下の塩基配列を有する。
(フォワード)5’-ATGGTTCCAGGTATTCATCGT/CCCAGCTGT-3’(配列番号5及び6)
(リバース)5’-G/ATCTTCGTAATAAACACGCGGTAAG/ACGATC-3’(配列番号7~10)
また、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の特定又は全体の領域を増幅する場合、プライマーは、さらに好ましくは、以下の塩基配列を有する。
(フォワード)5’-ATGGATAATCGACCAATTGGAGTTTTAG-3’ (配列番号11)
(リバース)5’-ATCCTCAGCATC/TTACATGATGACCAACAAT-3’(配列番号12及び13)
【0015】
プライマーの鎖長は、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子の特定又は全体の領域を増幅できれば、特に限定されることはないが、好ましくは15~100ヌクレオチド、より好ましくは17~100ヌクレオチド、さらに好ましくは18~100ヌクレオチド、さらに好ましくは18~50ヌクレオチド、さらに好ましくは18~40ヌクレオチドである。
増幅されるDNA断片の長さは、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子の特定又は全体の領域を増幅できれば、特に限定されることはないが、例えば、200~1500ヌクレオチド、300~1400ヌクレオチド、400~1300ヌクレオチド、500~1200ヌクレオチド、600~1200ヌクレオチド、又は700~1200ヌクレオチドである。
PCRを行うDNAポリメラーゼについても、通常遺伝子クローニングに使用するグレードのもの(Ex Taq(タカラバイオ)、KOD DNA Polymerase(Toyobo)等)を使用すれば問題なく、特段の酵素に限定されるものではない。
【0016】
PCRを用いない場合には、例えばコロニーハイブリダイゼーションにより目的の遺伝子を単離することも可能である。まず、ゲノムDNAを抽出した後、目的の遺伝子を切断しない適切な制限酵素により切断してプラスミドにクローニングし、プラスミドによるゲノムDNAライブラリーを作製する。大腸菌等に保持させたプラスミドライブラリーをニトロセルロース等のメンブレンに転写し、目的の遺伝子をインサートとして保有するプラスミドを取得する。このインサートを利用して菌種の識別に利用してもよい。
【0017】
(制限酵素処理)
本明細書の記載の制限酵素とは、DNAを切断する酵素のうち特定の塩基配列を厳密に認識して特定の部位で切断するII型制限酵素を指す。本明細書において、「制限酵素による切断パターン」とは、制限酵素でDNA断片を処理したことにより現れるDNA断片の出現様式、特に、DNA断片の数及び長さの出現様式を意味する。「制限酵素による切断パターン」は、制限酵素による切断に基づき生じた断片の長さに由来するパターン、及び制限酵素により切断されなかったことにより生じた断片(すなわち増幅された断片それ自体)の長さに由来するパターンの両方を含む。
本明細書において、増幅されたアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードする領域を「処理」するとは、当該増幅された領域と制限酵素とを共存させることを意味する。必要に応じて緩衝液等を共存させることもできる。
ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのゲノム上に存在するアミノ酸ラセマーゼ遺伝子としては、アラニンラセマーゼ遺伝子、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子がある。2菌種のこれら遺伝子の塩基配列上には菌種毎に保存された特有の制限酵素認識配列が存在する。これを菌種識別に利用すればよく、例えばアラニンラセマーゼ遺伝子の場合には、XspI、DraI、EcoT22I、SmiI等が利用できる。グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子である場合、BstPI、FbaI、BciT130I、NdeI、PstI、BamHI、SspI、HincII、及びPsp1406I等が利用できる。
2種の菌種の遺伝子DNAの切断パターンが異なれば、突出末端を生成する制限酵素でも、平滑末端を生成する制限酵素でもよく、認識する塩基配列数も問わない。制限酵素は目的の塩基配列が正確に切断できればよく、市販のものでも、自身で調製したものでもよい。
制限酵素によるDNA断片の切断は、制限酵素に応じた塩の種類及び濃度の緩衝液中で10~30分間程度行えばよく、PCR操作後のサンプルであれば少量(1~2μL程度)を切断すれば十分であり、直接制限酵素処理用サンプルとして利用できる。PCR反応液を制限酵素処理のために交換する操作も必要ない。
【0018】
(電気泳動)
制限酵素処理した後のDNA断片を、緩衝液を含むアガロース内で定電圧下にて泳動し、DNAの分子量に依存した分離を行う。泳動は電圧にもよるが、100から200V程度で15から30分間程度行えばよい。アガロース濃度も分離が目視で明確ならば何ら制限はなく、通常1から2%程度とすればよい、緩衝液もトリス塩を利用した一般的なDNA分離用緩衝液を利用でき、酢酸を含む緩衝液(TAE緩衝液)でも、ホウ酸を含む緩衝液(TBE緩衝液)でも構わない。電気泳動担体としては、アガロース以外にポリアクリルアミドゲル等も利用可能であり、分子量に応じた分離ができれば担体は問わない。
【0019】
2.菌種識別方法
本発明のラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとの菌種識別方法は、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリにおける、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子内の塩基配列の差異を特定することを含み、好ましくは、ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNAの領域の一部又は全部を増幅すること、及び増幅されたアミノ酸ラセマーゼ遺伝子をコードするDNA断片を制限酵素で処理し、切断パターンを識別に用いること
を含む。
語句の定義等に関しては、前述のものを適用することができる。
【0020】
本発明の菌種識別方法は、任意で、以下の工程(a)~(c)のいずれか1つ以上を含むことができる。
(a)サンプルから対象となる菌株を抽出及び/又は培養すること
(b)制限酵素で処理された、増幅されたDNA断片を、切断パターンを得るために電気泳動に供すること
(c)特定の切断パターンを基に、対象となる菌株がラクトバチルス・ガセリであるか、ラクトバチルス・パラガセリであるか、又はその両方が含まれるかを判断すること。
前記工程(c)において、特定の切断パターンは、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリとを識別できれば特に限定されず、例えば、制限酵素により切断されていない切断パターン、又は制限酵素により2つもしくは3つに切断された切断パターンでもよい。
【0021】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0022】
〔実施例1〕アミノ酸ラセマーゼ遺伝子群(2遺伝子)の抽出
pheS遺伝子及びrpoA遺伝子は、これまでにラクトバチルス・ガセリの識別に利用されている。また、ラクトバチルス・ガセリが含まれるラクトバチルスアシドフィラスグループの菌株レベルでの識別が可能な遺伝子として、fusA、gpmA、gyrA、gyrB、lepA、pyrG、recAの7遺伝子が報告されている。これらの9遺伝子群と、アミノ酸ラセマーゼ2遺伝子群(alr、murI)のラクトバチルス・ガセリ基準株とラクトバチルス・パラガセリ各株(K7、JV-V03、JCM1130、JCM5343、JCM5344)の塩基配列の相同性について、同一性を指標に算出すると、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子以外の群の同一性は、平均値96.6%(標準偏差2.01%)であった。一方でアミノ酸ラセマーゼ遺伝子群の同一性は、平均値94.1%(標準偏差0.296%)であった。
したがって、その他の遺伝子群と比較して、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子群は、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリ間において、菌種間の同一性が低く、標準偏差も小さいことが分かった。
【0023】
〔実施例2〕in silico解析による識別用制限酵素の選択(アラニンラセマーゼ)
(1)塩基配列情報
ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリとしては、表1の全ゲノム配列がデータベース上に公開され、ANI値を用いてラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのいずれかに分類された88菌株のアラニンラセマーゼ遺伝子の塩基配列情報を使用した。
【0024】
【0025】
(2)制限酵素認識配列の検索
ゲノム配列情報からアラニンラセマーゼ遺伝子の塩基配列を抽出し、遺伝子全長(終止コドンを含まない)1128塩基対の塩基配列をクエリーとして、制限酵素認識配列検索ツール「Takara Cut-Site Navigator」(http//www.takara-bio.co.jp/enzyme/enzyme_search.php)で制限酵素認識配列を検索した。その結果、ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのアラニンラセマーゼ遺伝子の塩基配列中に各菌種に特有な認識部位として、XspI、DraI、EcoT22I、SmiIによる認識配列を見出した(表2)。例えば、アラニンラセマーゼ遺伝子全長1128塩基対を対象とした場合、各制限酵素で処理を行うと表3に示す断片が出現し、これらの断片を電気泳動によって分離することにより2菌種のどちらであるか識別を行うことが可能となる。
【0026】
【0027】
【0028】
〔実施例3〕in silico解析による識別用制限酵素の選択(グルタミン酸ラセマーゼ)
(1)塩基配列情報
ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリとしては、表1の全ゲノム配列がデータベース上に公開され、ANI値を用いてラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのいずれかに分類された8菌株のグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列情報を使用した。
【0029】
(2)制限酵素認識配列の検索
ゲノム配列情報からグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列を抽出し、遺伝子全長(終止コドンを含まない)798塩基対の塩基配列をクエリーとして、制限酵素認識配列検索ツール「Takara Cut-Site Navigator」(http//www.takara-bio.co.jp/enzyme/enzyme_search.php)で制限酵素認識配列を検索した。その結果、ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリのグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列中に各菌種に特有な認識部位として、BstPI、FbaI、BciT130I、NdeI、PstI、BamHI、SspI、HincII、Psp1406Iによる認識配列を見出した(表4)。例えば、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子全長798塩基対を対象とした場合、各制限酵素で処理を行うと表5に示す断片が出現し、これらの断片を電気泳動によって分離することにより2菌種のどちらであるか識別を行うことが可能となる。
【0030】
【0031】
【0032】
〔実施例4〕ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリゲノム配列未解読株の菌種識別(アラニンラセマーゼ)
(1)菌株
16SリボゾーマルRNA遺伝子の配列からラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリであることが同定され、かつ全ゲノム情報が解読されていない菌株のうち、pheS遺伝子及びrpoA遺伝子の塩基配列の相同性から、ラクトバチルス・ガセリと同定された株を4株、ラクトバチルス・パラガセリと同定された株を18株使用した(表6)。
【0033】
【0034】
(2)アラニンラセマーゼ遺伝子の増幅
表6に記載のラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリの22菌株からリゾチーム及びプロテナーゼK処理を行うことにより菌体を破砕し、ゲノムDNA抽出・精製キットであるDNeasy Blood and Tissue Kit(QIAGEN)を使用してゲノムDNAを回収した。このゲノムDNA(1μL)を鋳型に一対のプライマー5’-ATGGTTCCAGGTATTCATCGT/CCCAGCTGT-3’(配列番号5及び6)及び5’-G/ATCTTCGTAATAAACACGCGGTAAG/ACGATC-3’(配列番号7~10)(各1μM)を使用して、アラニンラセマーゼ遺伝子の全長(1128塩基対)をPCRにて増幅した。PCRにはEx Taq(タカラバイオ)を使用した。
【0035】
(3)アラニンラセマーゼ遺伝子DNA断片の制限酵素処理
PCRによって得られたアラニンラセマーゼ遺伝子のDNA断片を2μL、制限酵素DraI(15U/μL)(タカラバイオ)を0.5μL、該制限酵素に添付の10倍濃縮緩衝液(10xM buffer)を1μL、ミリQ水を6.5μL混合し、37℃にて15分間処理を行った。
【0036】
(4)電気泳動
制限酵素処理を行ったDNA断片を含む溶液10μLを0.5μg/mL臭化エチジウム及び2%(w/v)アガロースを含む1xTAE緩衝液(40mM Tris-HCl(pH8.0)、20mM 酢酸、1mMエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム)中にアプライし、同緩衝液中にて100V定電圧下サブマリン型電気泳動槽にて30分間泳動した。
【0037】
(5)可視化
電気泳動後のサンプルをUVトランスイルミネーターで可視化し、DNA分子量マーカー(100bp DNA Ladder(タカラバイオ))とともに撮影を行った(
図1)。上から1500塩基対、1000塩基対、900塩基対、800塩基対の順で、最下段が100塩基対である。
【0038】
(6)菌種識別
株A、株B、株C、株DはpheS遺伝子及びrpoA遺伝子の塩基配列解読によってラクトバチルス・ガセリに分類されていることから、本発明による識別キットでは、DraIで切断した場合に理論的には表3の通り97塩基対と1031塩基対のDNA断片が出現することが期待される。実際に電気泳動した結果、約1000塩基対の長さの断片と、約100塩基対の長さの断片が得られた。以上から、これら4菌株はpheS遺伝子及びrpoA遺伝子の配列解読結果と一致してラクトバチルス・ガセリと正しく識別された。一方、残りの18株は同様の方法でラクトバチルス・パラガセリに分類されていることから、本発明による識別キットではDraIで切断した場合に理論的には表3の通り228、360、540の各塩基対のDNA断片が出現することが期待される。実際に本キットを使用して電気泳動した結果、3つの断片が得られ、各々の長さは約200、約400、約550塩基対であった。以上から、これら22菌株はpheS遺伝子及びrpoA遺伝子の配列解読結果と一致してラクトバチルス・パラガセリと正しく識別された。電気泳動像では、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリのパターンは明確に異なっており、アラニンラセマーゼ遺伝子を使用した2菌種の識別は容易に行えることが確認できた。
【0039】
〔実施例5〕ラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリゲノム配列未解読株の菌種識別(グルタミン酸ラセマーゼ)
(1)菌株
16SリボゾーマルRNA遺伝子の配列からラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリであることが同定され、かつ全ゲノム情報が解読されていない菌株のうち、pheS遺伝子及びrpoA遺伝子の塩基配列の相同性から、ラクトバチルス・ガセリと同定された株を4株、ラクトバチルス・パラガセリと同定された株を18株使用した(表6)。
【0040】
(2)グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の増幅
表6に記載のラクトバチルス・ガセリ又はラクトバチルス・パラガセリの22菌株からリゾチーム及びプロテナーゼK処理を行うことにより菌体を破砕し、ゲノムDNA抽出・精製キットであるDNeasy Blood and Tissue Kit(QIAGEN)を使用してゲノムDNAを回収した。このゲノムDNA(1μL)を鋳型に一対のプライマー5’-ATGGATAATCGACCAATTGGAGTTTTAG-3’(配列番号11)及び5’-ATCCTCAGCATC/TTACATGATGACCAACAAT-3’(配列番号12及び13)(各0.2μM)を使用して、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子の全長(798塩基対)をPCRにて増幅した。PCRにはEx Taq(タカラバイオ)を使用した。
【0041】
(3)グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子DNA断片の制限酵素処理
PCRによって得られたグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子のDNA断片を2μL、制限酵素BamHI(15U/μL)(タカラバイオ)を0.5μL、該制限酵素に添付の10倍濃縮緩衝液(10xK buffer)を1μL、ミリQ水を6.5μL混合し、30℃にて1時間処理を行った。
【0042】
(4)電気泳動
制限酵素処理を行ったDNA断片を含む溶液3μLを2%(w/v)アガロースを含む1xTBE緩衝液(89mM トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、89mM ホウ酸、2mMエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム)中にアプライし、同緩衝液中にて100V定電圧下サブマリン型電気泳動槽にて30分間泳動した。
【0043】
(5)可視化
電気泳動後のサンプルを1μg/mL臭化エチジウムで15分間染色し、流水で15分間脱色した後、UVトランスイルミネーターで可視化し、DNA分子量マーカー(100bp DNA Ladder(タカラバイオ))とともに撮影を行った(
図2)。上から1500塩基対、1000塩基対、900塩基対、800塩基対の順で、最下段が100塩基対である。
【0044】
(6)菌種識別
株A、株B、株C、株DはpheS遺伝子及びrpoA遺伝子の塩基配列解読によってラクトバチルス・ガセリに分類されていることから、本発明による識別キットでは、BamHIで切断した場合に理論的には表5の通り339塩基対と459塩基対のDNA断片が出現することが期待される。実際に電気泳動した結果、約350塩基対の長さの断片と、約450塩基対の長さの断片が得られた。以上から、これら4菌株はpheS遺伝子及びrpoA遺伝子の配列解読結果と一致してラクトバチルス・ガセリと正しく識別された。一方、残りの18株は同様の方法でラクトバチルス・パラガセリに分類されていることから、本発明による識別キットではBamHIで切断した場合に理論的には表5の通り798塩基対のDNA断片が出現することが期待される。実際に本キットを使用して電気泳動した結果、約800塩基対のDNA断片が得られた。以上から、これら22菌株はpheS遺伝子及びrpoA遺伝子の配列解読結果と一致してラクトバチルス・パラガセリと正しく識別された。電気泳動像では、ラクトバチルス・ガセリとラクトバチルス・パラガセリのパターンは明確に異なっており、グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子を使用した2菌種の識別は容易に行えることが確認できた。
本発明によれば、アミノ酸ラセマーゼ遺伝子の塩基配列の差を利用して、制限酵素処理することにより、ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・パラガセリをいかなる配列解析も行わず迅速、簡便に識別することが可能である。これにより、新たな菌種識別キット及び菌種識別方法を提供することが可能となった。